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出勤前に叔母の病院に電話しました。昨日、病院に行って、4月14日の退院が可能かどうか、今日お返事をいただけることになっていました。退院して大丈夫というお返事だったので、14日に退院して、そのまま老健に移ることに決めました。老人ホームではないのですが、とりあえずしばらくはその施設で過ごせます。この施設は、自宅から車で20分で行けるので、近くに入所できてありがたいです。施設のいい点は、病院と違っていろいろお楽しみがあること。叔母は右半身が不自由になる前には、押し花を習っていて、大作も作っていましたし、絵手紙なども好きで良く書いていました。不自由になってからも、デイサービスでの工作などは好きでした。悪い点は、病院ほどリハビリが受けられないことです。骨折後2ヶ月以上、毎日リハビリしてきたので、この点が心配だったのですが、毎日のリハビリが重大な意味を持つ期間は過ぎたようですし、生活自体がリハビリになるので、それほど気にすることはないそうです。施設と相談して、14時入所に決まりました。病院に電話して、13時退院にしてもらいました。病院ではパジャマでしたが、施設では普通の服がいりますし、他にも必要な物があるでしょうから、準備が忙しくなりますが、入所前に施設に行き、説明を受けるので、その日程はまた後日連絡があるそうです。とりあえず、一歩前進しました。さあ、もう少ししたら仕事に行かなくちゃ。今日は土曜で普段はとても混むけれど、あいにくの雨なので、それほどじゃないかも。働く身にはありがたい雨・・・と言ったらいけませんね!
March 31, 2012
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今日は婦人会の最後のお仕事、交通当番。家族の朝ご飯を作り、お弁当を作り、シュウトメちゃんのポータブルトイレを洗い、洗濯機を回して、干した後、交通当番ウエアを着て、春休みだから、子どもはほとんど通らない交差点に7時15分から立ちました。ペアで立つんですけど、相方さんは現れませんでした。確信犯かうっかりか子どものために立つっていう理由で、春休みに、登校時間に立つこと自体がヘンだものね~。確信犯でも私、怒りませんよ~。1時間立つ決まりですが、私自身も、40分で切り上げちゃいました。2回目の洗濯機を回した後、叔母の病院へ。実は昨日、施設から電話があったんです。4月14日から2人部屋が空いたそうで、もし病院側の退院許可が出れば、施設に入所できるそうです。病院で、入院担当の婦長さんに事情を説明し、明日、担当のドクターに聞いていただくことになりました。4月14日なら、手術から2ヶ月以上になるので、多分、許可が出るんじゃないかなと個人的には思ってますが・・・。急いで帰宅して、洗い終わった洗濯物を干し、身支度をして、友人とランチに出かけました。朝から超忙しかったけど、その後はゆったりと。ランチはバイキング。一昨日の夕食に別の友人とバイキングを食べたばかりで、結構、胃には悪いかも。体重計を思うと、もっと悪いかも・・・。しかし、白鳥公園横のこのお店、体にいいメニューが多くて、お皿が空になると、別のお料理が出てくるので、おなかいっぱいなのに、ついまた食べてしまうのでありました。でも、ゆったりしたバイキングレストランで、久しぶりに会うすみれさんとたくさんしゃべって食べて、その後、美術館まで行ってしまって、癒されたひと時を過ごしました。行ったのは名古屋ボストン美術館。「時代を彩るファッション」というイベント中。ダイアナ妃が来日した時のロイヤルブルーのドレスとか、クリスチャン・ディオール、シャネル、ジバンシイなどのドレス、オードリー・ヘップバーン、ジャクリーン・ケネディの素敵な写真やイラストレーションなどなど、目の保養ができて幸せでした。50年も60年も前のドレスもありましたが、今見ても充分魅力的なだけでなく、生地もとっても素敵。保存状態がいいと美しさってそんなにも長持ちするのですね。張りのあるシルク。許されるなら生地に触ってみたかった~。スパンコールを丁寧に縫いつけた生地や、羽がたくさん縫い付けてある生地、繊細なレースの生地、美しい女性が着て歩いたら、どんな風に揺れて、シャンデリアの下で、どんな風に光るんだろうと想像するだけでも楽しい時間でした。その後、すみれさんのお知り合いとお茶。この方のお舅さんが傑作でした。83歳で再婚して、大阪で新世帯を持ったそうです。うちのシュウトメちゃんもどこかで新世帯もってくれないかな。帰宅して、午前中に叔母の病院から持ってきた洗濯物を洗って干し、夕食を作り、なんだかクタクタよ~。明日は普段は休みの土曜日ですけど、出勤です。
March 30, 2012
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長い間会っていなかった友人と一緒に夕食を食べました。昨夜、急に約束したのですが、お互いに他の用事もあったので、遅い時間から会うことにしたのです。晩ご飯を作り、シュウトメちゃんの分を電動座椅子の前に出しておけば私が夜にいなくても誰も困りません。電動座椅子の横に電子レンジがあるのですが、シュウトメちゃんはとりあえずそれが使えます。食事は、最寄駅の前にあるホテルの10階のバイキング。夜景の見える席に案内していただきました。混んでなかったので、ゆっくりのんびり話が出来ました。お互い、苦労する内容は異なるけれど、苦労は察することが出来るので、「私たちは、頑張らなくちゃいけないと思って、頑張ってきたんだけど、自分の自然な気持ちに反することに、あんまり頑張らなくていいんだよね」と言い合いました。若い頃「自分はこうしたいけど、今の環境ではそれは我がまま」とか、「もっとこうしなくちゃいけないのに出来ない」とか、いろいろな思い込みがあって、自由でないと感じていたけれど、思い込みさえ捨てていれば、本当はもっと自由だったのですよね。したいことがあったら「○○がしたいからします」と言って、自己責任で、出来ることはたくさんあったのに、「我がままはいけない」という気持ちが強かったんですよね。自分の人生なので、我がままでもいいんですっ。51歳になって気がつくことなんでしょうか?そんなこと、友人はずっと前に気がついてたみたいです。ストレスの原因には、自分のエネルギーを奪われますが、なるべく奪われないように、自分の状態を保てるように、ストレスからダメージを受けにくい自分にしていきたい私と友人でありました。ホテルのバイキングは正解でしたよ。3時間も()ゆっくりおしゃべりできました。
March 28, 2012
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叔母の退院後は1人暮らしに戻るのは厳しいので、施設入所ということで、2ヶ所に申し込みに行き、1ヶ月以上先のこととして話を進めています。(病院側から、そういうお話がありました。)今日は2ヶ所目の施設の相談員さんとの面接に行ってきました。シュウトメちゃんも弱ってきて、叔母もこういう状態で、2人の介護で忙しい日々が私にきたということにはいったい、どんな意味があるのだろうと時折考えます。ここから少々怪しい日記になります~。京都のヨーダ易者さんに、忙しいのは私の宿命と聞いたので、今の忙しさは、私の魂としては了承済みになっていると感じています。(ここで既にこんな怪しい話はダメ~という方、ごめんなさい。)「人の役に立つ人間でなくては」という思いがあるために、2人の介護を通じて、役に立つ人間だという証明を、自分自身がしたがっているのかなと最初は思いましたが、そういう気持ちは私の中で格段に薄れてきているので、それはちょっと違う気がしました。(今は、この世的に人の役に立っていることが、それほど大事とは思わなくなりました。この世の人はみんな、新しい経験をしている魂です。しかし、今日の日記はどこまでも怪しい・・・)シュウトメちゃんと叔母は昭和1桁生まれ。2人とも、長いこと、働き者で通してきたと思います。今は人の世話にならなくては生きていけなくなりました。そういう人生の先輩の姿から、何かを学びなさいと神様に言われているのかもしれませんね。正解なんかわからなくて当たり前なのですが、今のところ、それが一番納得がいく気がします。昨年読んだ本、「降りていく生き方」が私の中で時間をかけて育っている感覚があります。【送料無料】 降りていく生き方 「べてるの家」が歩む、もうひとつの道 / 横川和夫 【単行本】以前書いた感想 その1 その2スポコン漫画で育ってきた世代ですので、本人はナマケモノでも、努力、根性、成長、といった価値観が根付いています。もっと成長して立派にならないとと奮起することは、今のままの自分ではとてもダメだから、という事が前提になります。この価値観の根っこは、「今の自分じゃダメだ」という気持ちで、それは現在の自分の否定ではという疑問が湧いています。こういう向上思考が日本をここまで発展させてきた原動力で、素晴らしいことだと思う反面、諸刃の刃で、うまく結果が出せない場合に、自分を責める傾向を強めて、うつ病患者や自殺者を増やしてしまうことに繋がる気がします。「降りていく生き方」のメインの登場人物たちは、精神病患者。幻聴や幻覚を伴う精神病を抱えて生きています。この状況は、努力、根性、成長、といった価値観では変えられません。精神病患者というごく限られた人の話ではないと思えました。シュウトメちゃんも、叔母も、世話してもらえなければ生活できません。リハビリ面では、努力、根性、成長、という価値観も大事ですが、自分のあるがままの状況を受け入れないと、苦しいばかりだと思います。「降りていく生き方」の精神病患者さんたちは、幻聴も幻覚も、もちろん受け入れがたいことだったでしょうが、治らない、受け入れるしかないと言う状況を自覚して、それに絶望して暴れたりしないようにすることを決意し、幻聴・幻覚の発表会までして、受け入れるようになっていきました。それは、自分が今、与えられている経験を受け入れることでもあります。この世的に見ると劣悪な条件を、自分の魂が望んだ経験として、それでは経験させていただきますという気持ちになれるかどうか条件が劣悪に思えるほど、ハードルが高いわけです。私のダブル介護など、高いハードルとは呼べませんね。謹んで、この経験を受けさせていただこうと思います。「世の中の役に立つ人間になりなさい」と言われて育ってきました。シュウトメちゃんや叔母の世代なら、それに加えて、「身を粉にして働け」と言われてきたことでしょう。ある日発作で倒れてみると、体が不自由になっていたわけです。シュウトメちゃんも叔母も、どんなに受け入れがたかったことか。この2人の人生の先輩は、ちょっと我儘で自己中ではありますが、近くにいてお世話するのが私の魂の決めた道でしたら、ちゃんとガス抜きしつつ、素直にその道を行こうと思います。でも、毒ガスだからヤバイと思ったら逃げます~。
March 26, 2012
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昨日は婦人会のメンバーで作業する、最後のおつとめ日でした。個人的にはまだ30日の交通当番があるんですけどね~。昨日は3時間かけて公民館の大掃除と障子の張替え。私の掃除担当場所はキッチンと会議室でした。キッチンはそんなに使わないんですけど、磨く作業が多いので、けっこう体力仕事なんですよね~。家のキッチンも3時間かけて磨くときれいになるだろうなぁ。(遠い目)10年前に婦人会の役員をした時は、時代が好景気でしたので、最後は班長さんたちと婦人会役員での1泊の温泉旅行がありました。全部でいくらかかったんでしょうね~。そこそこ楽しいことではありますが、主婦が家を空けて出るのに支障がある役員もいるので、旅行がなくなってよかったです。その代わりに、大掃除後はフレンチのランチに行きました。それでも、お子さんが小さい方で欠席の人いました。そういう方には、ランチ代ほどのプレゼントがあります。ランチから帰ると、張っておいた障子紙が乾いているので(笑)、障子をはめて完了です。交通当番がもう終わった役員は、役員用の荷物を新しい方に渡して、もう婦人会は卒業です。また10年後にまわってくるんだろうな~。私は30日に交通当番があるので、役員用荷物はまだ渡せません。交通当番は蛍光色のベストを着て、黄色の帽子をかぶるんですよ。この交通当番、子供たちの登校時間に交差点に立って、部活の中・高生が少し通りますが、ごく少数です。安全指導をするというものなのですけど、30日は春休みです。学校が休みの期間、ゼロの日だからという交通当番は、やめてもいいんじゃないかと思っています。少しでも役員の負担を軽くしていく方向がいいよね。夜はオットと日帰り人工温泉に行きました。天然温泉の方がいいけど、土曜の夜は混むから。人工温泉の方が空いてる。(笑)今日は仕事です。私の職場は日曜日、激混みなのよね~。
March 25, 2012
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シュウトメちゃん、本日は体調不良でデイサービスはお休み。季節の変わり目はよく体がだるくなります。歯医者の予約もキャンセル。「無理して出かけて転んで骨折でもしたら大変だから、歯医者は止めておく」との発言に、もちろんそんな無理はしないで~と賛成しました。具合が悪い日は寝てるのが一番。歯医者は入れ歯を作り直すためで、今はまともに噛めないので、ペースト状のおかずとお粥など、ちょっと食べ応えのない食事になっています。軟らかく煮たおかずが一番いいので、なるべく作りますが、毎回はちょっと大変なので、煮物以外は、普通のおかずを、ミックスバーでガーッと粉々にしています。お豆腐ばかり食べていては飽きてしまいますしね。歯って大事です。叔母は元気でした。ロングヘアが好きで伸ばしているのですが、病院の看護婦さんにとっては悩みの種。私が病院に行くと、看護婦さんがやってきて、叔母の髪を結ぶのが手間だし、シャンプーも短いほうが楽なので、訪問の床屋さんに切ってもらいたいと説得してとのこと。以前入院した時も、同じことがありました。「髪を伸ばしたかったら、退院してからね。病院にいる間は看護婦さんの言うとおりにしよう。」と叔母を説得。叔母は顔をしかめながらも了解してくれました。退院して施設に入ったら、施設でも同様かもしれませんが。叔母は転院してから、1度、おもらししてしまったようで、布パンツから紙パンツに変更されてしまいました。やはり看護婦さんが大変だから仕方ないのですが、人のお世話になるって、こういうことなのですね。施設入所の手続きは、koala家から20分のところに申し込んでいますが、善処するけれど、約束は出来ないので、他の施設も当たって欲しいと言われていまして、40分の施設での面接も、病院帰りに申し込んできました。来週の月曜日、出勤前に面接にくることになりました。いろいろで疲れました。私も気分転換を。叔母の病院の帰りにお一人様カレーランチしました。サラダ(既に食べた)とカレーとナンとドリンクのセット。このお店はインド人がやっているし、インド音楽が流れていて、美味しかったし、ちょっと気分転換するにはいい感じでした。
March 23, 2012
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北野天満宮に行く途中で、タクシーの運転手さんから、晴明神社の話が出ました。若い女の子たちがよく行く場所、とのこと。「私たちも若い女の子なので(おいおい・・・)行く予定です」と運転手さんに言うと、北野天満宮に行く途中にあるので、待っててあげるから、ちょっと見てきたら?と言われました。この親切な運転手さんは、普段は観光タクシーの業務をしているそう。ホントはそれが一番時間のない観光を充実させてくれると思います。でもまあ、私たちのメインは観光でなくおしゃべりで、あんまり突っ込んだ話を運転手さんの前で繰り広げる気もないので、では貸切で観光タクシーにしてくださいとは言わず、ご親切に感謝しながら、晴明神社に寄りました。目的地、北野天満宮は梅林で有名です。目的の梅は、5部咲きくらいでしたが、木によっては7分咲きくらい。なかなか広い梅園できれいでしたよ。京都を歩きながら友人と深~い話が出来た時間を持てて、いろいろ知ったこと、気がついたことがあり、私もまだまだ~と思った京都1泊旅行でした。メールでお話しいている仲でも、たまには会ってじかに話すのって、やはり違うな~とも感じました。やはり、経験しないとわからないことがありますね。身近な人が経験してるからわかっている気がする、というのと、本人が実際に経験して衝撃を受けたというのは違うのですよね。もちろん同じ経験をしても、受取り方は人によって違います。私にはわかったつもりになっていることがありました。それを友人は「koalaさん、それは悪いけど、自分が経験すると全然違う。私も経験して、こんな風に感じるんだって驚いた」と語りました。いろいろ話を聞くと、やはり私はわかった気になっていただけと思われました。また、私は今まで、あまりに自分勝手なシュウトメちゃんや叔母に、イラッとくることも多かったし、人間としてここがダメ、みたいに心の中で否定することも多かったのですけど、私の目にどのように見えたとしても、その人はその人の人生を自己責任で生きているので、「私はここまでしかお世話できません」と言うことはできても、否定するのは間違っていたと感じました。「子曰く、人の己を知らざるを憂えず、人を知らざるを憂う」(笑)私のことを知りもしないで、いろいろ断定してくる人(職場のジャイアン的存在)などにムッとしてきた私ですが、私がシュウトメちゃんや叔母にしてきたことが返ってきていたんだ、わかったつもりで、自分は正しく相手は間違っていると裁くことは、ジャイアンも私にすぐしてくるけど、私だってシュウトメちゃんや叔母にしてきたんだということがストンと理解できました。人のお世話で忙しいことも、易のヨーダおじいちゃまによると生年月日と名前で決まっている運命だそうです。信じるかどうかは別にして、私は人の役に立つことによって、自分の存在価値を感じられるという意味で、それを選んだのかも。今、人の役に立つことで存在意義を感じるという部分を脱皮するためにも、シュウトメちゃんや叔母は大事だったんですね。言い方は悪いですが、2人とも、人の役に立つどころか、世話がないと生きられません。役に立つことが存在意義なら、存在意義がないの?生きていること自体は、存在意義にはならないの?人の役にたつかどうかは結果を出せるかどうかということ。結果抜きに、あるがままの条件で生きていること、そのこと自体の意義を認めること、それは現代日本の価値観からはうんと外れているけれど、私がずっと求めていた価値観なのかもしれない・・・今、生かされていることは、本当にありがたいことです。それは今、生かされている人全てのことです。役に立っていると思える人の命だけがありがたいんじゃありません。人間は、こういう風であらねばならないとか、何が正しいか、しょっちゅう考えて正しくあろうとするとか、あの人は間違っているとジャッジするとか、人の役に立って自分の存在意義を感じるとか、そういうの、ぜ~んぶ、もういらない、ただ、私自身でいよう、と思いました。Eikoさんのお母様に指摘されたとおり、私は変わり者なので、全然理解できなくても普通なのかもしれません。私と感性が似ている人だけに理解できるゴタクでありました~。この後、大徳寺と錦市場に寄って、美味しいランチもいただきましたが、私、おしゃべりに夢中で、画像はありません。(笑)3時の新幹線に乗って帰り、一旦家に帰ってバタバタと支度して、6時には婦人会の会合に出席、8時過ぎに帰宅しました。
March 22, 2012
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易のヨーダ先生(失礼!)においとまをして、暗くなりかかった京都を散策。この風情ある小道は石塀小路だったと思います。徒歩圏内に見所がたくさんあるので、ライトアップ期間もあって賑わっていました。円山公園で、火の用心の子供たちとすれ違いました。私の子供の頃は、この子達みたいに、子ども会で夜の「火の用心」行列がありました。「火の用心!マッチ一本家事のもと!」と大きな声を出しながら、言葉の最後で、拍子木?を打ってカチカチと音を出して。今、家庭でマッチを使うことも少ないでしょうね。我が家ではお仏壇で使いますが、チャッカマン使用家庭も多いのでは。とても懐かしい気持ちになりました。円山公園の横は八坂神社です。ちょうちんのライトアップが雰囲気があって素敵でした。その隣は知恩院。以前、紅葉を見にライトアップにきたときは、知恩院も夜間入場できたので、今回も出来ると思っていたら残念、あの重厚な三門は、ライトアップされつつも、しっかりと閉まっておりました。門の向かい側に、小さなねぶたのような人形がいくつもあったので、時間が来るとこれでねり歩くのかもしれません??少し疲れたので、よーじやさんで買物の後、喫茶店に入りました。その後、青蓮院門跡(しょうれんいんもんぜき)のライトアップに行こうと思っていたのですが、とにかくおしゃべりが盛り上がってしまいまして、夜もすっかり更けたので、青蓮院門跡はパスしてホテルへ。ホテルに帰ってお酒を飲みながら食事して、おしゃべり。ラストオーダーのお時間ですと言われたので、バーへ移動。その後部屋に移動して、3時まで語りとおして眠りについたのでありました。友人と出かけてお泊りというのは、実は私、ほとんどないです。年に1回もないくらいの頻度。しかし、これは癖になりそうです。(笑)
March 21, 2012
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圓徳院はねねの終焉の地です。高台寺の向かい側にあります。そのすぐ横に、この「易」の看板がありまして、それに目を留めたのがkoalaの友人でした。「koalaさん、ここに入っていい?」え?何だかすごく怪しげだけど・・・もちろんいいです実は私も聞いてみたいことがあったのですよ。友人の相談事は、私に聞かれても全くかまわないとのことで、易の先生のお勧めもあり、友人の横で私もお話を聞きました。友人は結婚以来、仕事も家のことも大変な人なのですが、それは生年月日と名前から、そういう運命が決まってるとか。この時、私、ちょっと予感がしました。私と友人の最大の共通点はここなのです。ということは私もそういう運命が決まってるんじゃない?彼女はとても仕事の出来る人で、私はそうじゃないので、違うかもしれないとは思いましたが。そのほか、友人のプライバシーは書けませんが、もう笑っちゃうぐらい納得の言葉が続きました。先生は高齢の可愛いおじいちゃまで、雰囲気はヨーダ!友人は相談したいことについて、今年は準備期間だと聞いて、だからとんとん拍子に話が進まないのか、と納得。私もみていただきました。私の予感、あたりました。相談したかったのはこういうことです。「自分には困ったことがそんなに起きないけれど、周囲の身近な人に次々と困ったことが起きて、それをサポートする役目になって、あまりに忙しい。自分は基本的にのんきな人間で、もう少しぼーっときままに生活するような性格だと思うのだけれど、逆に誰かのために動く仕事が山のように来てしまう。これはどういうことでしょう?」というもの。バカみたい?ヨーダ先生は一言「それはないものねだりです。あなたはのんきな生活を送る人ではありません。」えっ、そうなの?「のんきな生活がやってきたら、いっぱいすることを自分で探して、結局は忙しい日々を送ることになります。隣の芝生は青いんです。」「あなたは自分ではそう思っていないけど、強い人なんです。」(思ってないです。私、ヘタレです。)「そして外の仕事と家庭の仕事を両方こなす運命にあります。」(そう、友人と同じなの~やっぱり)「長女に多いですが(長女です、当たっています)、物事をきちんとこなしたい人で強い人は、頼られます。だから、今の状況があるんです。これは今年と来年特に忙しい。ただ、平成19年、20年の大変さではありません」ああ、平成19年と20年は末期がんの実母を介護して看取った日々!あの苦しさを繰り返したくないです。あれよりマシって思えばいいの?来年までずっと忙しいの?しかしまあ、そうですか~。のんびりしたいのはないものねだりだったのね。健康運は大丈夫だそうで、過労でダウンってことなはいみたい。もっと働けるってことか。喜んでいいのか・・・(謎)夫婦運も聞いちゃいました。ちょっとオットのメンタル面が気になったので。オットは私を頼ってるそうです。私がオットを頼りにしてて結婚したんだけど、振り返ってみれば、今の状況は先生のおっしゃるとおり。ヨーダ先生、ありがとうございました。またお会いしたいです。友人共々、大うけした占いでした。「占いっていうのは統計学ですからね」とおっしゃる。私たちのかけずりまわってる状況は、統計学で説明できちゃうことに過ぎないのね。友人と「統計に出てるって・・・、笑うしかないよね」と言いつつ、圓徳院に入りました。こちらがお庭です。夕方で少し暗くなってきました。昔は灯りが少なくて、お庭の白砂に月光が反射するのが灯りだったことでしょう。ここにはたくさんの襖絵があり、有名なものもあるのですが、私たちが惚れた(笑)のは新しいこの襖絵。この鯉が蓮に向かって泳いでいるのが4枚の襖に描かれています。鯉に別れを告げて、八坂神社方面に向いました。ちょうど京都東山花灯路ライトアップというイベント中で、京都の夜をそぞろ歩きするのには最適な夜でした。
March 20, 2012
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午前中は哲学の道沿いに住むEikoさんに会いに行きました。普段はついでに哲学の道周辺を散策するのですが、今回は午後から別の友人と会う約束だったので、行きはバス、帰りはタクシーでEikoさん宅に寄っただけで、あのあたりの画像はありません。この画像は全て高台寺のもの。別の友人とまわりました。高台寺はねねが秀吉を弔うために建てた寺院。素敵な所ですよ。さて、Eikoさんはお体の不自由さはアップしちゃいましたが、心の自由さは、反比例して拡大中。七宝焼を長いこと極めていらしたけれど、もう無理だから、絵の具で書を書いているの、と作品を見せてくれました。Eikoさんの七宝焼きの作品はこちら→その1 その2画像をクリックしてください。また画面にメールアドレスが出ますが、これは現在使われていません。たわしみたいなので、いろんな色の絵の具を使って字を書くの。とってもいい!と言ったら、来年東京で個展を開くんだ~とのたまいました。始めて1年なんですけどね、彼女はいつも道が開けちゃう人なんです。お母様も交えて、楽しくおしゃべりさせていただきました。このお母様は77歳で、ご自身も病気の中、Eikoさんのお世話があり、Eikoさんって、あまり妥協をしない性格なので、とても大変なのですが、本当に明るくて強い方です。私に向かって「Eikoのお友達は、本当にみんないい方だけど、ちょっと変わってはるのよ」とおっしゃる。 「類は友を呼びますねぇ、お母様。」 お母様には親近感を感じています。お世話する生活してる者同士の親近感です。お母様はEikoさんが怒りすぎ、とおっしゃる。体が不自由な方は、お世話になるので大人しいと思われている人も多いかと思いますが、それは個人差もありますが、違うんじゃないかな。Eikoさんの返答がとても納得がいきました。シュウトメちゃんも叔母も、怒るんです。昔のシュウトメちゃんは超ヒステリックでしたし、叔母なんかあんまり怒ると泣き出すし、私、困ってました。納得できてよかったです。体が不自由で自分で出来ないことを頼むのに、違うことをされて、違うと主張しなかったら、永遠に自分の望むことはしてもらえない。自分で直せないんだから、きっぱりとこうして欲しいと言って、それができるまで、言い続けるしかない。それなのに、望むようにしてもらえないと頭にくる。なるほど。それは頭にくるかもしれません。でも、Eikoさんにお世話する側の立場で言いました。「Eikoちゃんの言うことはわかった。はがゆいよね。親子だし、中途半端で我慢することないと思うよ。でも、お母様も怒られてもどうしようもないんだから、怒るのはなるべくやめて~。私はお母様側の立場だからね~。」言うは易し。怒りのコントロールは難しいんですよね。わかってるけど、お母様とタッグを組んじゃった。今回の私の旅のテーマは「怒りのコントロール」だったかも。だって、この次に会う友人のkoalaへの手土産は、「怒らないこと」という本だったんですスリランカ初期仏教の長老にして日本語の堪能なアルボムッレ・スマナサーラさんの書いた本でした。続編?が出ていたのでポチしました。【送料無料】怒らないこと【送料無料】怒らないこと(2)帰ってから読んだら、これが面白い。その話はまたいつか。2時間ほどEikoさん宅でおしゃべりを愉しみ、次に会う友人のもとに向いました。時間は午後1時。今回の1泊旅行、そういえばご飯の画像が一枚もない~!ランチは祇園のイタリアンでいただきました。今回の旅行は観光が目的じゃなくて、友人との話が目的なので、とにかくしゃべりまくっておりました。(笑)忙しいと言いながらこの長い日記今、朝ご飯と子どものお弁当を作り、洗濯をしました。今から燃えるゴミを出して、シュウトメちゃんの眼科に行きます。12時半くらいに家を出て、18時まで仕事です。出勤前にシュウトメちゃんなどの仕事が入ると、晩ご飯の下ごしらえをして出る余裕がないので、帰宅後すぐに忙しくて、51歳には少々堪えるのですが、仕方ないですね~。ヤフーの原発ブログは、情報収集の時間が満足に取れないので休みます。楽天のお気楽ブログは、下書きが携帯でも出来るので、ちょっとした時間で書き足せて、後でまとめるのが可能だし、自分の気持ちを書くだけなので、サッと書けるので続けられそうです。
March 19, 2012
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京都に行ってきました。建仁寺法堂の天井画 双龍図です。とても楽しい時間を過ごしましたが、帰宅したら、また、ただごとでない多忙の中におります。(苦笑)私は元気でおりますのでご心配なく。京都の旅行記と画像は、少しずつアップしたいです~。
March 18, 2012
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今日は長女の卒業式でした。式典は苦手なワタクシ、式には出ませんでした。朝8時から美容院で、9時20分から着付け。先日、前撮りで袴姿はもう見ているんですけど、卒業当日と思うと、やはり感慨深いものがありました。この間入学したような気がするのに。大学への道は、私、めちゃくちゃ通ったんですよ。交通の便が悪いので、電車+バスだとすごく時間がかかり、車を買うことにしたのです。長女の運転で、私は助手席に乗って。帰り道ももちろん。交通量が多く、スピードを出す車も多い道だったので、助手席に乗ってるだけで、それはもう肩が凝りました。思い返せば懐かしいです。(笑)自宅に連れ帰り、着替えして、今度は名古屋で謝恩会です。マリオットホテルが会場だって。長女は実行委員なので、遅くなるのかな。駅までお迎えに行くのはオットに頼みました。
March 15, 2012
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昨日は叔母の転院日でした。最初は、施設入所の許可が出ないと転院はダメと、転院先の病院にダメ押しされて困っちゃったんですが、何とか考慮いただき、入所許可どころか、入所依頼の病院側の書類をやっと戴いた日に転院できることに。早く出しに行かなくちゃ行けないんですが、これを提出するのも、予約をとってくださいと言われていまして、病院側から、今日その書類を戴けるという説明もなかったので、予約がまだとってないんですね。近々予約しないと。叔母の移動は介護タクシーを病院から頼んでいただきました。家を8時に出て、荷物をまとめ、支払いを済ませました。10時までに転院先の病院まで来てくださいと言われていたら、午前中に全部手続きが終わるかな~って思いません?それは非常に甘い見通しだったのがわかりました。帰宅できたのは午後3時半でした。疲れました~。前の病院を退院し、次の病院の入院手続きの前のわずかな隙に、叔母のかかっていた内科に出向き、(事前に訪問して、その時は投薬を断られ、前の病院を退院したらすぐに来るように言われていました)退院した病院の投薬以来の書類を渡して、内科のお薬を出していただきました。入院中に、通院の医療機関の投薬があってはいけないわけですね。病院によって必要なものも違うので、足りない物を買いに走りました。忙しい!と思うとストレスになるので、ちょっと社会勉強してる~!と楽しむことにしました。まあ、この辺はなるべく、というヤツですね。それでも、時々、忙しい!とイラッときましたよ。私はこの日、せっかくの休みなのでということでアロママッサージの予約を入れていたのですが、途中でこれは無理だと諦めて、キャンセルの連絡をしました。アロマの先生はいい人で、キャンセル料も一切取らないのですが、自分としては、この時間には全て終わってアロママッサージでリラックスしている自分を想像していた私としては、「何でこうなるの~?ヨガもマッサージも全然通えない~!」とイラッとしますよね。そういう時は、私、イラッとしてるわ~と自分の感情を認めたほうがいいですね。~koalaのストレス回避アドバイス(になってるか謎)でした~とりあえず、転院というひとつの仕事は終わった~!
March 13, 2012
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一昨日は叔母の、昨日はシュウトメちゃんのお世話があり、今日は仕事で、明日は叔母の転院の日です。めまぐるしいです~。職場で黙祷のアナウンスが入りました。私はちょうどレジにいました。私以外は、レジを中断して黙祷できたのですが、運悪く、私のそのとき受け持っていたお客様は、黙祷の時間を許せない事情があったのか、レジをするように言われましたので、私は最初の一瞬だけの黙祷になってしまいました。でも、気持ちは黙祷していましたよ。昨年の今日、あの大地震と大津波が起こりました。原発事故も・・・。原発ブログもまだ書いています。よろしければ読んでくださいね。
March 11, 2012
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今日は長女の職場へ行って来ました。長女は今、大学4年なのですが、中途枠で就職先が決まったので、一足先にアルバイトとして、そのお店に勤務しています。お店は記念撮影などをするスタジオです。正社員になるまで、アルバイトで頑張ります。長女は、今月の15日に卒業式で、袴姿になります。その前撮りを、今日お願いしてあったのです。当日着るのは、自前の振袖と買った時の特典で呉服屋さんが無料でレンタルしてくださる袴なのですが、今日は、自前の振袖+お店の袴の写真を撮っていただき、憧れの(笑)矢絣と袴の着付けもしていただいて、こちらもたくさん写真を撮っていただきました。自前の振袖のより、矢絣が似合う~。(爆)社長さんや専務さん、店長さん、先輩方ともお会いできて、緊張しましたが、色々お話も聞けてありがたかったです。メイクや着付けが大事な仕事になってくる職場なので、しっかり頑張って、技術を身につけて、大変だけど、その大変さを楽しんで働いて欲しいと、欲張りですがそれが親の願いです。
March 8, 2012
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お騒がせしました~。今朝、オットが庭に来た大福を確保しました。風邪が治ったんだから、外で遊びたいよね。まだ結膜炎が治っていないとか、避妊手術が済んでいないとか、そんな理由で外に出してもらえないっていうこと、大福には理解できないよね。・・・とにかくほっとしました。
March 7, 2012
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猫の大福が、夕方、逃げちゃいました。私が仕事から帰ったときには既に逃げた後でした。大福は離れの家で飼っていました。我が家は母屋と離れがあって、生活の主な場は母屋、私とオットの居間と寝室が離れにありました。普通はお年寄りが離れに隠居するのですが、我が家の場合、シュウトメちゃんが生活の拠点である母屋に住んでいないと不便なので、私たちが代わりました。昨日から、私が仕事に行く間に入れてあった部屋の戸を開けられるようになっていたのですが、それを知っていたのは、大福と一緒に暮らしていた私とオットだけ。言っておけばよかったんですが、基本的に離れの家は、子供たちには関係ないので、言ってなかったんです。自分が玄関を開けるときに気をつけようと思っていただけでした。でも、私より先に帰宅した長女が、大福と遊ぼうと、ドアを開けたとたん、玄関にいた大福が逃げちゃったそうです。長女はかなりショックを受けていたので可哀想でした。多分、気のすむまで外で遊んだら戻ってくるよ、と言ったのですが、なにしろ、今日の出勤前に獣医さんに寄って、まだ治らない結膜炎の目薬の新しいのをいただいてきたばかり。目が治っていないのに、目薬しなくちゃいけないのに、と落ち込んでいまして・・・気持ちは私も一緒なのでよくわかります。大福を居間でなく、寝室に入れて出かければよかったです。居間の戸は昨日から開けられるようになっていたけれど、寝室のドアは無理だったのに、まあいいやって出かけた私。病気が治って、しばらくしたら避妊手術をして、それから外に出してやろうと思ってたのですが、元々自由なノラ猫生活をしていた大福は、毎日すごく外に出たがって甘えておねだりしていました。現在、逃亡から2時間半経過。このくらいじゃ遊び飽きるはずないよね~。結膜炎、せっかくかなりよくなっていたのに悪化しないといいけど。(涙)
March 6, 2012
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滋賀の日帰り旅行で、久し振りにほぼ1日自分の時間を過ごしました。その後は、また忙しい毎日に戻りました。予定表に、シュウトメちゃんと叔母のために出かける(主に病院)の予定が色々書き込まれて、ヨガとか温泉、アロママッサージなど、私が個人的に行きたい予定は書かれておりません。長女の卒業式(私は送迎だけ)と袴姿の前撮り(やっぱり送迎)の予定も入ってたわ。婦人会の定例会、総会、公民館の大掃除と反省会ランチも入ってる。そして、そして~。実は、京都1泊も入っています。ネット友2人に会うのでありました。1人は京都在住、もう1人は京都にその日用事のある遠方の友。楽しみな予定を入れて、プチ介護の日々も愉しみ(?)ましょう。叔母の転院が決まりました。最初は、施設への入所が決定したら転院できるとのことでしたが、そちらは施設申し込みに提出する、叔母の現状報告書類がまだ病院からいただけていないのでずっと保留でした。しかし、転院先の病院に、12日から、部屋の空きがあり、個室なら空くのでということで、転院が決まりました。今いる病院は、入りたい人がきっとたくさん待っています。小さな病院では出来ない手術や検査を待つ人も、部屋が空かないと手術や検査ができないこともあります。叔母は手術は2月10日に済んでいるし、リハビリのための入院なので、リハビリがしてもらえる病院なら他だっていいのです。重篤な症状の方のために、病室を空けてあげたい。転院先で、個室代を払う期間が短いといいけれど、まあ、叔母のお金だし。(←冷たい姪のワタクシ)シュウトメちゃんは、今月もまた、脳神経外科と泌尿器科、眼科、歯科の受診があります。循環器内科もそのうち頼まれるかも。う~ん、ま、ちょっと忙しいけど、仕方ないですよね。
March 5, 2012
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観光客に向けたのぼりが立っていますが、ここは白雲館という建物で、明治時代に建った学校です。近江商人が子どもの教育充実を図るため、その費用の殆どが寄付で賄われたということですが、洋風でロマンチックな建築ですよね。自宅の庭園がこんなに見事な近江商人ばかりではないにしろこんな学校を全額寄付で建ててしまうなんて、かなり羽振りのいい商人が多かったことがわかります。この学校の男女の比率は?驚くことに、ほぼ半々だったそうです。近江商人で采配をふるっていたのが、奥さんでした。商談は男の仕事ですけれど、奉公の子供たちを仕込むのは全ておかみさんの仕事でした。女がしっかりしていないと、立派な家も傾いちゃうのです。12歳で奉公に出された子供たちをきちんと役立つまでに仕込み、合格の子どもはそれぞれ仕事につかせ、役に立たないと判断された子は、家に戻されたとか。家では食べられないので奉公に出されたのでしょうに世の中、甘くなかったですね。さて、近江八幡には八幡堀というお堀があります。安土桃山時代に、豊臣秀次が、八幡山に八幡城を築城しました。もちろんお城を守るためのお堀ではありますが、琵琶湖からの水運を使うという役割も大きかったようです。秀次は、秀吉の実子である秀頼が生まれて邪魔になったので、無実の罪をきせられ断首、血縁者も全て殺害された、悲劇の人ですが、お城はもちろん、謀反人の築城ということで取り壊しされました。このお堀は、京の都に行き来する重要な水路でしたので、たくさんの情報もここで交わされたことでしょうね。琵琶湖を制する者は天下を制すとも言われたそうです。今は、このお堀を、船で楽しむことが出来るそうです。桜の時期に乗るといい感じですね。お堀を掘った土を埋めた土地は、地下水が出ないので、水が貴重になり、色々工夫しなくてはいけなかったとか、あれこれ面白い話がガイドさんから聞けました。さて、このあと、日牟禮八幡宮(ひむれはちまんぐう)を参拝しました。夕方で、寒さが半端じゃなかったです!ここで普通に参拝した後、ガイドさんがにこっと笑って、皆さん、お祈りごとがありますか?といっしゃる。この裏に、岩がありまして、その岩に手をついて、お願い事をすると、願いが叶うと言われているそうです。もちろん、お祈りごとをしてきましたよ!(笑)この日牟禮八幡宮の目と鼻の先に「たねや」さんと「クラブハリエ」があります。和菓子はたねやさん、洋菓子はクラブハリエ。私たちはクラブハリエに入りました。クラブハリエの名物は、出来立てふわふわのバームクーヘンなのですが、夕方5時ではとっくに売り切れでありました。(涙)でも、とにかく寒いので、温かい店内に入っただけで天国。(笑)ケーキとコーヒーをいただきました。ゆっくりしていたかったのですが、6時閉店とか!とにかく温まり、手先がかじかんでいたのが治りまして、お土産を買い、ありがたくタクシーで駅に向いました。遅い時間で晩ご飯を食べようと思うと、お店は限られます。たまにはいいかも~と、若い子の行くような居酒屋さんで晩ご飯。ああいうお店ってちょっとうるさいのだけど、我儘は言わずに、楽しんでホットウーロン茶で乾杯しました。小雨の中の、駆け足の日帰り旅でしたが、楽しかったです。
March 3, 2012
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五個荘を後にしてJRで近江八幡へ行くため、タクシーで能登川駅に行きました。しかし、人身事故の影響で電車が止まってました!近江八幡でお願いしてあったガイドさんへ連絡しました。何とか電車は30分遅れで到着し、ガイドさんは快くお迎えしてくれました。観光時間は2時間でいいですか?短縮が必要ですか?とおっしゃるので、私たちの時間はあるのですが、ガイドさんのご都合は大丈夫ですかと伺うと、時間がおありならぜひたくさん見て行ってくださいと、なんと1時間延長で3時間の案内をしてくださいました。本来なら1時半から3時半だったのに、2時から5時まで。近江八幡は見所たっぷりの場所で、3時間でも駆け足でした。お好きなテーマでご案内できますから、またおいでくださいねと、とても親切で近江八幡を愛するガイドさんでした。ありがとうございました。古い建物の続く路地。こういうところを歩くのは大好きです。坪庭に松が植えてある家が続いていました。豪商の家々で、これはステイタスだったとか。坪庭に松を植えても、その家からは幹しか見えません。でも、道を歩く人たちには立派な松が見えます。下の画像の家、右側にうだつがあります。うだつは延焼を防ぐために屋根の上に少し壁を高く作ったものですが、松の左側にも、写っていませんが、うだつがあるのです。うだつとうだつの間を壊してしまうと、延焼がかなり防げるということです。なるほど!ステイタスだという坪庭の松が植えてある、豪商の家々の続く路地は壮観ですよ。資料館に入りました。子どもがおままごとに使うものも、こんな芸術的なミニチュアだったとか。下駄もお膳も、とても精巧で可愛いです。お膳の画像の上に、入館チケットを置いて、お膳の小ささをアピールしようと思ったのですが、成功してますか?(笑)お雛様もうりざね顔の古いものがたくさんありました。近江八幡のお雛様は、劣化下お人形は、京都にお直しに出されるとかで、やはりお直ししたお顔は、少し現代風になります。現代風になったものとなっていないものの差が面白かったです。一番上は現代風イケメンのお顔じゃないですか?(笑)中央は、昔のままのお顔。最後は、お直しされつつも割に昔風のお顔かな?と思います。お直しする方の好みが反映されるのかも?こちらは山車の原寸大の模型です。干支の動物を毎年作るのが慣わしで、最後は燃やしてしまうので、本物は残らないそうです。さて、こちらは屋敷のお部屋の画像です。地元で商売をしているだけでは「近江商人」とは言いません。江戸や京都などに出かけて行って、外から見るから「近江商人」と呼ばれます。そう言われるとなるほどと思いますね。大口の話をまとめてから、運んできたり、運んでいったりするわけですが、ここがその商談の場だったそうです。普通の相手は上の画像、段階が上がると、下の画像の前の部屋。座卓が見えますか? 重要な商談は奥のいいお部屋で、とのことでした。こういう話はいっぱいあって書き切れませんが、面白いですよね。着物の展示もありました。この画像では伝えきれないですね~。どの着物も、刺繍がとても細やかで美しく、保存状態も素晴らしいです。長くなりました。後半に続きます。(笑)飽きちゃった?
March 3, 2012
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新幹線とJR電車で五個荘へ行きました。「ごかしょう」と読みます。近江商人の豪邸の並ぶ古い町み、白壁、舟板張り、藁葺きの家、水路が続き、鯉が泳ぐ水路もありまして、小雨の降る、寒い中でしたが、散策を楽しみました。お屋敷の庭園もそれは立派なものでした。お雛様めぐりを中心に、五個荘の一般観光コースも回っていただくボランティアガイドさんをお願いしてありました。五個荘観光ボランティアガイド五個荘を愛する方たちがガイドをなさっているとのことで、とても親切にガイドしてくださいました。近江商人のお雛様はやはり豪華です。私たちはよく近場のお雛様めぐりをしますが、こちらの御殿飾りなどはとても保管状態もよく、きちんと大切に管理されてきたことが偲ばれます。お屋敷の2階からの眺めも素敵でした。五個荘で有名なのが、三中井百貨店を築いた中江家。朝鮮半島や中国で、現地に暮らすお金持ちの日本人相手に本格的な百貨店をいくつも展開していた中江家でしたが、戦争に負けた時点で、全ての百貨店は没収されたそうです。>素敵な古民家で営業の、めんめんたなかさんでランチ。しかし、古民家は素敵だけれど、このランチはしょぼすぎます。1000円のとろろご膳(商品名ちょっとうろ覚え)ですが、この素うどんを普通に出すお店は愛知には多分ないです。お味は普通に美味しいですが、観光地価格でも質素すぎ。自家製麺のお店も愛知は多いですけど、もっと美味しくて、ランチで1000円も出せば、いろんなものがつきます。近江商人の心がけがたりないよ~。(正直に書いちゃった。ネットでの評判はいいし、ガイドブックやパンフレットにも載っているお店ですが、古民家のよさにあぐらをかいちゃいけません。)このお店からタクシーで駅に向かい、近江八幡を目指しました。しかし、人身事故の影響で、電車が30分遅れになってしまいました。午後の部はまたアップしますね。
March 3, 2012
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