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「大学時代の恩師、宇佐美悦子先生へ呼ばれた杉下さん。フランス文学の講師だったらしい。フランス文学が合わなかったらしいな。まあ確かに杉下さんに愛とかはなあ」
「ずいぶん失礼な発言だが、文句もつけられんな。教育方針で大学側と揉めて辞表を提出、その後は翻訳家として活躍しているらしい。杉下さんが単位を落としていたとは驚きだ」
「その恩師にずいぶん久々に呼び出された杉下さん。山荘の物置代わりに使ってた離れで、男が死んでいたようです。部屋は密室状態で、警察は服毒自殺と断定しましたが、その死んだ使用人さんの身元がわからないらしいです。宇佐美先生も知らなくて、借金でなにもかも失ったところを拾ったとか。遺骨とか棄てるわけにはいかないので、杉下さんに探して欲しいと」
「筋は通ってるけど、じゃあ最初のあれは……?」
「一応身元は判明した。身内は居なかったがな。しかし、自殺ではなく他殺ではないかと疑いだした杉下さん。どうもあの男は、宇佐美さんの言っていた人物像とは違う、かなりの悪党だという話もあるな。とすると、あの現場の様子は?」
「毒の場所を知っている誰かが、毒を持ち出して急須に仕込んだ。気付かれないようにお茶を入れて毒殺、指紋がそいつのしかなかったのは、手袋をしていたかふき取った後握らせたかかな」
「待て、現場は完全に密室だったんだぞ? 長野県警が自殺と断定した理由もそれだろう」
「何かしら方法があるのかもしれません。猿、リス、氷は冗談だとしても、何かトリックを使ったのなら痕跡があるはず」
「でもさ、事件から日が経ってるんだよ? そんなこと考え付く頭のいい犯人なら、とっくに痕跡なんて……」
「つまらないじゃないか」
「え?」
「あっさり自殺と断定されちゃって。そんな頭のいい犯人なら物足りなさを感じるだろう。その場合、手がかりを全て残して、」
「もっと手ごわい相手を探す、と。杉下さん挑戦状受け取りやがった、数十年ぶりの再戦というわけだな、教師と生徒の。昔から採点の言い争いしていたそうだし」
「無論猿やリスの痕跡はなし、か」
「でも収穫はありましたよ。枕元にあった宇佐美さんの著書に、万年筆の中の盗聴器。盗聴器を送ったのが犯人でしょうか。もう一つの詩集にはカタカナで読みが翻訳家がそんなことするわけありません。ですから使用人の榊さんが書いたのでしょう。書かれているのはどれも愛の告白の言葉。つまり、フランス語で告白したかったんじゃないでしょうか」
「仮にその女性をキャテリーヌ、榊さんをジュリアンとしようか。キャテリーヌは最初相手にしなかったが、押しの一手でやられたのかもしれん。徐々に距離が縮まった二人は、特製ハーブティ悦子ブレンドを飲み会う仲に」
「悦子ブレンド?」
「ジュリアン特製のハーブティですよ。キャテリーヌのためにブレンドしたものだから、無論キャテリーヌ自身は知りません。色々ブレンドしすぎてごっちゃな味だそうですが、とにかくキャテリーヌは気に入り、二人で楽しむその時間は至福の時だったでしょう」
「その愛は深まるにつれ、キャテリーヌはジュリアンの愛が本物か、疑心と嫉妬に満ちていく。彼は私を本当に愛しているのか、思い余って盗聴器を――」
「待ってよ、それはいくらなんでも飛躍しすぎてない? 宇佐美……違った、キャテリーヌは聡明で大人な女性なんでしょ? そんなストーカーじみたことするなんて」
「ではここで、キャテリーヌ自身を掘り下げてみよう。フランス文学の人気講師、恋人は人気俳優なんて噂が立つほど知的で美しい女性だった。しかし、そんなあほな噂が立つのは本物に付き合ってる気配が感じられないからでは。つまり、キャテリーヌは恋多き女性どころかウブな乙女だったのかも」
「静馬が言うとなんか調子狂いますね。杉下さんだとなんか淫靡です。でも、もし恋愛が出来ない身体的な理由があるとすれば?」
「身体的な理由?」
「何度か踏み出そうと思ったが、ダメだったんだろう。となると、キャテリーヌがフランス文学にのめり込んだのは、愛だの恋だのを虚構の世界でしか満たせなかったからかもしれん。しかしジュリアンは違った。だとしたら、深みのはまるのは当然だ」
「すごい幸せだったろうねえ。でも、それだからこそ不安も募っていく。それで盗聴器を仕込んだのか……」
「しかしそれで知ってしまった、羊の皮を被った狼の正体。元より結婚詐欺師だったんです。前の奥さんも同じ手で殺してます。キャテリーヌを次のターゲットとし、毒はあのメチャクチャな味のハーブティに入れてあったんです。その毒でジュリアンを殺したんですよ」
「なるほどな……てあれ? 密室はどうした? どうやって密室を作ったんだ?」
「作ってないよんなもん。鍵を閉めたのも、毒のビンから指紋をふき取ったのもジュリアン、いや榊さん自身だ。最初は財産目当てだったけど、後々本気になったんだろう。実際毒は飲ませてなかったらしいし。罪を着せないため、自分を殺した相手を死ぬ間際に庇ったのさ」
「あるのかなあ、そんなこと」
「わからんね。しかし、あのメチャクチャなブレンドは頭痛や美肌効果にいいハーブを使った結果らしい。いずれにしろ、キャテリーヌ、いや宇佐美さんは自首した方がいい」
「え、でも榊さん自身が許して庇ったのに?」
「だったら杉下さん呼ばないでしょ。挑戦なんかじゃなくて、宇佐美さん自身裁いて欲しかったんですよ。『死者達が戻ってこなかったらなら、今更何を、生者達は知りたいのか』。昔やった問題のようですね。その解答は『死者達がもはや黙っていられないのなら、生者達も沈黙を守ってよいものか?』沈黙を破りたくなっただけですよ」
「そうだな。でも本当は、自分が真に身を焦がすほど愛した、愛されたことを誰かに知って欲しかったのかもしれない。杉下さんはこういうのは本当に苦手だな」
「最大の苦手科目だな。結婚も失敗してるし」
現実VS虚構(ニッポンVSゴジラ) 2016.08.31
レビュー企画 相棒Legend12 2015.09.20
レビュー企画 相棒Legend11 2015.07.28
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