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冷戦下、スーパーヒーローが実在するアメリカでスーパーヒーローの活動を禁ずる『キーン条約』が施行された世界で、唯一認可されたヒーローが殺された。たった一人、違法に活動を広げるヒーローがその謎を調べていくうち、恐るべき陰謀が明らかに……という内容。
ヒーロー物を名乗っておきながら、いやだからこそその内容は現実世界の風刺と社会性に満ちている。ヒーロー物なのに超人は一人しかおらず、ヒーローとは何かを考えさせられる作品となっている。
……と、ここでちょっと区切る。原作のネタバレを多分に含んだ考察なので消します。不快な内容かも知れないので、見たい方は覚悟を持ってどうぞ。責任は一切取れないのでご了承ください。
オジマンディアスは冷戦の中『共通の敵』を作成することで米露を団結させ、世界を一つに、戦争を無くすことに成功した。これに他のヒーローも賛同、口をつぐんで終わるのだが、これに一つ意見を言いたい。
共通の敵を作り対立する者たちを一つにする。現実創作どちらでもよくある話だ。WW2の米露だってこの方式で枢軸国と戦い勝利した。つまりオジマンディアスはこの時代を再現しようというのだ。
しかし、その『共通の敵』がいなくなったからこそ生まれたのが冷戦じゃないのか?
『ウォッチメン』の最後、世界中が冷戦の終結、核戦争の回避に喜んでいたが、あの騒ぎ方を見ると一過性の馬鹿騒ぎに過ぎない気がしてならない。
第一、作りだされた『共通の敵』は枢軸国のような現実に存在し今戦っている、あるいは戦うかもしれない相手ではなく、あくまでオジマンディアスの創作であり、大量の人間を虐殺したのは事実だがこれから襲う予定は一切ないのだ。
仮に、台風に備えて強固な壁を作ったとしよう。
予想外の大嵐で大きな被害が来た。次来た時のため壁を作る。人々は壁を作るため一致団結して製作し、整備を怠らない。
しかし、台風は全然やってこない。
十年、二十年三十年なんでもいい。とにかく台風は全然やってこず、やがて台風が来たということすら風化していく。壁は見向きされなくなっていき荒れ果て、人々は壁の中でまた争いごとを始める。
人々をもう一度団結させるにはどうすればいいか? また台風が来るしかない。
オジマンディアスは『共通の敵』を捏造する際多くの人間を殺したが、それは『必要最低限の犠牲』と言った。
だが、人々がその脅威を忘れ核戦争の脅威が再び来れば、また同じ行為をするだろう。
いったい、『必要最低限の犠牲』とは何人なのか?
結局彼は問題を先延ばしにしているだけで、実際は何一つ変えていないのかもしれない。
……なんてことが言えるのは、冷戦が終結して核戦争の脅威が去った時代に育った人間の言葉なんだろうな。
核戦争がいまにも起こりうることと認識していた当時の人たちにとって、その脅威からの脱却は何よりも大事なことであり、意味のあることだったんだろう。冷戦が自然回避されるなんて想像したのは少数派だったに違いない。ましてはあんなに早く終わるなんて、空想上の世界でも思われなかったらしい(70、80年代、またはそれ以前のアニメには、90年や21世紀以後も冷戦が終結していないのが実に多い)
その点では、オジマンディアスは冷戦を終結されたヒーローとして賞讃されるべきなのだが、それは今現在の危険性を摘み取った、と見るべきではないか。
ま、ここまで語った理由は、単にわしがロールシャッハのファンであって彼を否定するようなエンディングが認められづらいというだけなんだが(ぉ
またこんな文を書いてしまった、怒られたらどうしよう(だから書くなって
現実VS虚構(ニッポンVSゴジラ) 2016.08.31
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