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ある会社員Aさんの話・・・今日会社をリストラされた。理由は・・・積み木を3つ積み上げられなかったからだ。私の会社では、3日間連続で積み木を積み上げられなかったらクビなのだ。私は昨日の時点で2日連続で失敗していた。本当は昨日の夜に練習しようと思ったのだ。だが、ビールを飲んで野球中継に熱中してしまった・・・それで今日、3日連続失敗が確定した・・・どうしよう・・・明日から給料なしだ。今までは手取り30万の給料があったのに、明日から無職だ。どうする?(ピラリと会社の掲示板に紙が・・・)「わが社では、社長の寛大な処置により、4回連続積み木の積み上げに成功したら再雇用することにする!そのチャンスは永久に認めるものとする!」な、なに~!!!再雇用だとぅ!?4回連続で成功すれば手取り30万の生活に戻れる。4回連続成功できなければ、無職・・・どうする?奥さんと子ども2人を抱えて、無職でいいのか?それとも家でちょっとビールと野球中継を我慢して練習するか?そして手取り30万の生活を取り戻すか?Aさんの行く末は・・・・さて、追試免除になった生徒諸君・・・中1で4名中2で1名中3で6名君たちには、いつでも復活のチャンスが用意されている。たかが4回連続でペナテストに合格すればいいのだ。いいか?良く聞けよ?こんなこと書くと、君たちが恥をかくかもしれないが、書くからね!ペナテストは、例えば授業で「いいかい?2×2は4ですよ~。覚えてね。ちょっとノートに練習してみてね?できた?じゃあテキストの練習問題をやってみようか。2×2=っていう問題を解いてみてね~!」ということをやったとする。そして3日後、一枚の紙切れが配られる。その紙には、こう書いてある。「問題 次の計算を解きなさい。 2 × 2 = 」分かる?これが松江塾の「ペナテスト」だよ?落ちて良いわけ?落ちるってどういうこと?もしかしてお前は双子か?この前授業に出ていたのは、双子の兄か?そしてお前は弟なのか?それとも、脳みそを乗せ換えたのか?さっきのAさんはあの後どうしたの思う?奥さんと子ども2人抱えて、無職を選ぶか?それとも手取り30万を取り戻すか?たった4回連続、積み木を3個積み上げればいいんだよ?絶対に4回連続にチャレンジするよね?何回だってチャレンジするよね?無職収入ゼロ か 手取り30万 だもんね!Aさんの取るべき道は誰にだって分かるよね?今君らが頑張っているペナテスト。全て合格するくらい頑張ってみろよ。将来の手取りは30万どころじゃなくなるんだよ?リアルな話だけど、勉強を頑張るってそう言うことだよ?いい?なんでも準備は大事だよね?ドラクエだって、ファイナルファンタジーだって、何の武器も防具も装備しないで出発したら、レベル1のスライムに殺されるでしょ?それと同じことをしようとしてるんだよ?どうして俺があんなに「ぎゃーぎゃー」言ってるか分からないか?俺の友達には、何の準備もしないで社会に出て、今になってボロボロになってる奴がたくさんいるんだよ!!!!!!!!!!!!!君らにはそうなってほしくないの!!!!!!!!!気がつけ~!!!!!!!!!!!それから、追試免除リーチになってる人達!!見てて分かるよね?一度免除されると、精神的に負けるんだよ!絶対に免除を食らうなよ!体育祭の練習がきつい?そんなの、みんな同じじゃんか!全員リーチ食らってるか?合格者はいないのか?そんなことはないでしょ?合格者だって、ごろごろいるでしょ?それを「甘え」と言うんだ~!!!!いいからやれ!!!授業を集中して聞け!!!!!!!!!!ほんとにもうっ!!!!!!!
2006.05.31
塾長、もしくは塾の先生は「多重人格」であることが望ましい。生徒をやさしく、暖かく包み込む人格と生徒に厳しく、時には冷たく接する人格が絶妙のバランスで混ざり合っているべきだと思うのだ。中途半端は望ましくない。やさしくもなければ厳しくもない・・・これでは塾人としては価値がない。その先生がそこにいるだけで、生徒が「何か言葉にできないもの」を感じるようでなければ・・・。僕は優しさが「4」、冷たさが「6」だと自覚している。やさしいレベルは「+10」だろう。とにかく「でろでろ」にやさしいと思う。きびしいれべるは「-10」だね。徹底的に「冷たい」。塾にいるときには、「+4」とか「-3」なんていう中途半端なときを作らないようにしている。「+10」か「-10」か。生徒は僕の姿を教室のガラスの扉を開く前に見ただけで、今がどっちなのか分かるはずだ。「目」でわかるからだ。僕の「目」は、遊び人時代には徹底的に「口説きツール」として利用した。今はやさしさを伝えたり、厳しさや冷たさを伝えたりする「ビーム」を出す道具になっている。「やさしさ」から「冷たさ」へのスイッチの切り替わりポイントは、高校生か、もしくは中3が熟知しているだろう。やさしいときは、何をやっても大丈夫だ。「すごーい!!!前髪が超立ってる~!」とか言って、僕の前髪をくしゃくしゃにしてもOKだ。冷たいときは、何をやっても無駄だ。「先生!もう絶対におしゃべりをしません!」と直立不動で泣き叫んでも、この世でもっとも冷たい視線と冷え切った笑顔で、「ふ~ん・・・。で? 早く帰りなよ・・・。みんなの邪魔だから・・・」で終了である。厳しいのか、やさしいのか、何だか分かんない先生って、着いていく気がしないもんね。僕が生徒ならね。
2006.05.31
先日も書いたが、実はあるアイデアが「ふっ」と湧き出てきた。塾あってもよさそうなのに、僕の知る限り、どの塾にもない。学校はそれで起死回生の一発大逆転をしているところもあるのに・・・むしろ、それで学校の人気やランクが決まるところもあるのに・・・・どうして塾にないんだろう。それは「制服」 である。ほぼ毎日通う塾である。いちいち洋服を選ぶのも大変だ。だから中学校のジャージで来たり、中学の制服のまま来る子もいる。でも、彼らは思春期だ。特に松江塾のように「女子高化」している塾では、「外見」の占めるウエイトは大きい。塾は勉強をするところ?かわいい制服を着ても支障はあるまい。本当に本当に最高に素敵な制服があれば・・・これ以上の口コミはないだろう。値段が高い?たかが学校の部活だって、おそろいのジャージをそろえる時代だ。塾に制服があってもおかしくはない。着たくて着たくてしょうがない、周りから羨望の眼差しで見られる。そんな制服がある塾ならば、みんな嬉々として通塾するのではないか。たしかに費用はかさむだろう。でも、どの塾もやっていないのは間違いがない。このアイデア、批判9割賛同1割であろう。どう思います?
2006.05.31
昨日ある小学生がペナテストにダブル不合格をした。この生徒、今までのペナテストでほとんど落ちることはなかった子だ。他の生徒が50点、60点というヘボい点を取るようなテストでも、きっちりと勉強して合格を勝ち取っていた。ところが昨日のテストはダブル不合格である。そしてその子の口から出た言葉・・「もう嫌!明日の追試来ない!今度の金曜日も落ちる!!」投げやりともとれるその発言に、僕は何もフォローをしなかった。なぜか・・・彼女はペナテストの合格を積み重ねることで、自分はいつも合格して当たり前という「自分の位置」を確立していたのだ。つまり、「自分は出来る子だ」「頭がいい子」だ、と思い込むようになっていたのだ。だから昨日の不合格は、自分自身を全否定されたような気がしたのだろう。僕はこの状況を「とてもいいこと」だと判断した。「自分は出来る子なのだ。」と思い込むことはとても大事だ。それを「自信」という。単なるうぬぼれではない。ペナテスト合格という根拠があるからだ。中学生にも言っているが、一回目の期末テストでいい結果を出すことは、次からのテストでの自分の位置を決めることなのである。一回まわりから「出来る奴」というポジションを与えられると、次から「ポジションを下げたくない!」という気持ちが芽生えるのだ。今回の小学生も同じだ。明らかに「出来る子」なのだ。それを自分でもよく分かっている。だから昨日のダブル不合格が、とてつもなく「屈辱」なのだ。そのやりきれない思いが「投げやり発言」につながったのだと思う。その子は「みゆ」という。おそらくみゆを見た100人全員が「かわいい」と言う子である。彼女の成分の80%は「素直さ」で、残りの20%が「負けん気」で出来ていると思う。そんな子だ。みゆ昨日は悔しかったよね。俺もびっくりしたよ。まさかみゆが不合格なんて・・・でもね、きっといつもよりも勉強量がちょっとだけ少なかったのかもしれないね。ちょっとだけほんのちょっとだけ「これくらいで合格するだろう・・・」と思ってたのかもしれないね。松江塾のペナテストは、ちょっとした油断が命取りだよね。みゆはそのことを誰よりも知ってるよね。みゆが当たり前のように合格してきたテストでも、周りの友達は落ちてたよね。その子たちはみゆよりも勉強してこなかったからだよね?見ていて分かってるよね?みゆは知ってるよね?「やれば絶対に余裕で合格することを・・・」今回のダブル不合格で追試免除にリーチがかかったね。でも、金曜日の国語で合格すればいいんだよ。漢字の読みが20個 書きが32個それだけだよね。どうすれば合格するか、分かるよね?金曜日の○付け、楽しみにしてるよ!また、「いつも通りの」合格を見せてね!!さて、松江塾には約100人の「超頑張る子」がいる。松江っ子列伝・・・まだまだ続くのである。
2006.05.31
僕が楽天ブログを書き始めて半年が経つ。アクセスカウンタの不調で、120000アクセスが吹っ飛んだが、どうやらまた25000アクセスまで復活してきた。合計すると、半年で145000アクセスだ。ぼくのブログの場合、その大部分が「松江塾の保護者」である。もともと保護者向けに書き始めたブログだから、当たり前である。さて、まだまだペーペーとはいえ、半年の間には楽天ブログにはたくさんの塾ブロガーが現れ、そしてさまざまな理由から消えていった。中には突然筆を置いた方もいるようだ。これについて、僕は思うところがある。皆さんそうだと思うが、ブログのことは絶対に生徒や保護者に言っていると思う。自分の思いを誰に伝えたいか・・・見ず知らずの人ではないはずだ。生徒であろう。保護者であろう。だからブログを書き始めると、すぐに塾生や保護者にお知らせしたはずだ。そのブログ、たかが日記であっても、「途中でやめる」というのはいかがなものか。僕らは常日頃、生徒たちに「継続することの重要性」を伝えているはずだ。間違っても「何か始めても、嫌だったら、飽きたらすぐにやめていいよ!」とは言っていないはずだろう。僕らは自分自身を「継続のお手本」として見せ付ける義務がある。みかみ先生が「ブログ=仕事」としているのも納得だ。たかがブログ。でも、その「たかがブログ」すら継続することのできない塾長に、わが子を預けられるか?想いが枯渇したのだろうか・・・ネタが思い浮かばなくなったのだろうか・・・塾の先生は「作家」ではない。ブログにしたって、ただの日記として書いている人などいないだろう。みんな「塾の先生」の立場から何かを「発信」したいから始めたんでしょ?それを中断するってことは、よっぽどの事情でもない限り、あってはならないと思うのだ。思うようにアクセスが伸びない?著名な塾長の目に留まらない?そういうことにブログの価値を置いている時点で、何か失格だと思う。僕が半年間、700本近い記事を書き続けられるのも、ある一人の保護者から「継続することが大事ですよね」と言われて気がついたからだ。僕らは努力のお手本継続のお手本成功のお手本苦労のお手本復活のお手本今の子供たちには、親以外に手本とすべき大人が「テレビの中」にしかいない。だからみんなどこか「現実離れ」しているのだ。僕らはそんな子達のリアルなお手本になるべきだ。たかがブログ。されどブログ。「俺は半年間、毎日5本の記事を書き続けてるんだぞ!半年で14万人もの人が俺の記事を読んでくれてるんだぞ!なぜだか分かるか?」ブログを書き続けているだけで、ただそれだけだって、子供たちに何か大事なことを伝えられる気がする。だから僕は書き続ける。あ・・・楽天さ~ん。僕の消えた120000アクセスはいつ頃戻るんでしょうか・・・?
2006.05.31
これが今日最後の記事だと思う。全然勉強に関係ないのだが、塾ブログの中で最近流行っているのが「ダイエット」だね。じるりん先生やマッチ先生などが毎日己の食欲と戦っていらっしゃる。さて、僕は「痩せている」身長168cmで体重56キロだ。ダイエットの必要は無いのだ。その代わり、別の問題がある・・・「貧相な身体」なのだ。これから梅雨、夏とどんどん薄着になっていく。そんな時に、今の「ぺらぺら」の身体では・・・夏期講習を乗り切れないかもしれない!!それはまずい。これでも難病患者になる前は、「胸囲100センチ」を誇っていたのだ。当たり前のように腹筋は6個に分かれていたのだ。すれ違う女の子達が振り返って「うっとり」するような「逆三角形」の身体だったのだ。取り戻してやるぅ~!!今日から「腹筋の鬼」になってやるぅ~。目標!腹筋を6個に割る!!!!絶対に割る!!!男は30歳から身体に責任を持つべきだ!!!腹筋が6個に割れたら、B’zの稲葉顔負けの「へそだし」&「短パン」で塾に登場だぜぃ!!お~本当に勉強に関係なかったな~この記事の評価は相当低いだろうな~ま、いいか。でもさ、塾の先生って生活が不規則だから、「太る」か「痩せる」かのどっちかだと思うんだよね。今現在、腹筋がきれいに6個に分かれている人なんているのかな~?ぜすと艦長あたりは割れてるかもな~
2006.05.30
松江塾は、いや、塾長である僕は、「問答無用」なことが多い。中3にもなると、僕にウダウダお願いをしても意味が無いことを知っている。だから、言い訳がましいことを言ってこない。小学生は「まだまだ」だ。「88点なんだから、おまけで合格にしてください~!」「明日の追試来なくてもいいでしょ~?」そういうふざけた発言に対して、「一切問答無用」である。ここでは「甘え」は通用しない。頑張る子には天国頑張らない子には地獄なのである。僕の「問答無用」攻撃を食らうのは、100%「頑張らない子」である。松江塾は、頑張らない子を何とかして「頑張る子」に変身させるところである。だから、甘えから来る「ウダウダ」には、断固厳しく対処する。なぜか。世の中がそうだからである。親の羽にくるまれて、いつまでもヌクヌクと生きていけるほど、世の中は甘くない。親が厳しく接することができないのであれば、僕が厳しさを教えるまでだ。松江塾は「世の中訓練所」だ。小学生だろうが、中学生だろうが、高校生だろうが、松江塾で「世の中の仕組み」をしっかりと学んでもらう。勉強を教えるだけが松江塾ではない。「世の中の仕組み」まで学べるのが、松江塾の付加価値の一つだろう。頑張れば成功する。頑張らなければ成功しない。努力を惜しまない者は周りから認められる。努力から逃げる者は周りから見捨てられる。向上心のある者は、そういう仲間に恵まれる。向上心のない者は、そういう仲間に足を引っ張られる。大人ならば当たり前のことも、子どもにとっては「未知」の世界だ。誰かが教えなければなるまい。だから僕は「問答無用」なのだ。分かる?
2006.05.30
松江塾の一学年は、定員20名である。Sクラス10名Aクラス10名と決めている。よ~っく読んでいらっしゃる方はお気づきかもしれないが、ちょこちょことテスト結果を載せる中で、中3生が21名在籍しているのだ。そう。Sクラス11名Aクラス10名なのだ。これは完璧な定員オーバーだが、こういうことになったのには理由がある。今年の出だしは、定員に達してきっちり20名スタートだったのだが、ある生徒Fとしよう。この生徒を中心にして、裏技のようなことが行われたのだ。Fは以前から休みがちであった。当然、中3になってもちらほら休み、ついには2週間丸々欠席ということになったのだ。僕の堪忍袋の緒が切れて、Fには「退塾」してもらうことに決めた。そして、そしてちょうどそのタイミングでNという生徒から「体験希望」が舞い込んだ。Fは退塾、それと入れ替わるように空席にNが入る・・こう考えた僕は、Nの体験学習を了承した。そしてFに連絡。一時はFも了承し、全ては順調だった。Nはやる気満々で、無駄な空席が無くなった。やれやれ・・・とそんな時、Fが突然塾に現れ、「実は、絶対にやめたくないのだ!」という意思表示が・・・おいおい・・・だが真剣に訴えてくる生徒も目の前にして、「帰れ」とも言えず・・・結局机を一つ増やし、現状の完成である。ただし、Fとはある約束をしている。「今後一度でも欠席をしたら、その日その場で退塾」という約束である。その日以来、Fは無欠席である。追試は免除になってしまったが、昨日の理科でも80点台と、なかなかやる気も出てきたようだ。だからといって、欠席即退塾に変わりは無いのだが・・・。この条件にする前は、「ちょっと熱っぽい・・・」「ちょっとお腹が痛い・・・」「微熱が・・・」「家の用事で・・・」と何かしらの理由をつけて欠席していたのに、何だ、ちゃんと無欠席で来れるじゃないか。他の生徒で、ちょくちょく休む生徒・・・本気で来ようと思えば、来れるでしょ?欠席は許さんよ。話は飛んだが、こんな理由で現在は21名の中3生である。僕の記憶にあるかぎり、現時点の成績は過去最低である。この成績を例年通りの「松江塾らしい」成績にまで力ずくで上げなければならない。それは僕の願いでもあり、生徒達の願いでもあり、そして保護者の願いでもある。塾に関係している人全員の願いであるのだから、どんな手段を用いても達成しなければならない。自分の「常識の殻」をもう一枚破らなくては。
2006.05.30
小学生や中1生に英語を教えていて思う。英語を勉強していくうえで、「カタカナ語」をたくさん知っていることは大きなアドバンテージである、と。そしてこの「カタカナ語」力は、個人差がなかり大きい。たとえば、「desk」の読み方を「デスク」と理解した段階で、苦もなく「ああ、机だ!!」と反応できる子と、「机のことをデスクって言うんだ。へえ~。」という子に分かれるのだ。これは普段の生活の中で、どれだけのカタカナ語に接しているかにかかってくるだろう。先日中3の国語の授業で、「レジャーランド」と言う言葉の意味が分からずに問題を解くことができない生徒がいた。こうなると、英語どうのという問題ではなくなってしまう。以前、ある保護者と進路面談をしたときの話なのだが、この保護者のお子さんは、大変国語ができた。その語彙力はすさまじいものだった。そのことを伝えると、面白い答えが返ってきた。「小さい頃から、一つのものを複数の名前で呼ぶように心がけていた」そうなのである。たとえば、子供との会話の中で自分を指して、「私はね・・・」「お母さんはね・・・」「母はね・・・」「あなたの母親である私はね・・・」という具合らしい。その生徒は英語もすさまじくできたので、おそらくその複数の名称の中に英語も入っていたのだとおもう。なるほど~・・・と感心させられた。語彙力と言うのは、使わなければ増えない。じゃあどうすれば増えるのか。それはなるべく「たくさんの言葉」のシャワーを浴びせかける以外にないのだ。ほんのちょっとした意識の差だと思う。「鉛筆けずったの?」「ペンソゥけずったの?」これで語威力は2倍。たったこれだけのことだ。何も英語を話すべきだと行っている訳ではない。日本語としてほとんど定着しているカタカナ語も多様してみたら?という提案である。「lunch」を「ランチ」と読めるようになっても、「お昼ご飯」だと分からない子がいるという現実・・・何度も言うが、親のちょっとした「意識の差」である。
2006.05.30
松江塾にはこんな生徒がいる。その子は入塾してからまだ数ヶ月しかたっていない。笑顔のかわいい、とても素直な子だ。さてこの生徒、ペナ部が進化してすぐに「追試免除権」を獲得した。それまでは、授業はまじめに聞いているが、いまひとつ「完成度」の低い理解をしていたようだ。テストで不合格になることも多く、黙々とペナ部活動をしている姿を見かけることが多かった。そして、追試免除・・・それでもいつもどおりの笑顔を見せてくれた。「すぐに復活しろよ!」という僕の一言に、「うん!分かった!」とさわやかに笑いながら答えた。その次の授業日・・・その生徒の机の上に「小さいノート」が置いてあることに気がついた。いつも一番前に座る子なので、すぐに目に付いたのだ。ふっと手に取り、中を見ると、「びっしり」と次のペナテストについての情報が書かれていた。僕が授業中に「ぼそっ」とテストに出すようなことを言うと、ささっとノートに書き込むのだ。特に気負うでもなく、当たり前にそんなことをやっていたのだ。ペナ部進化前には見られない姿だった。そして今日を迎えた。今日からの一週間、全てのペナテストに一発合格すれば、「追試免除」から復活できる。その子は5時ちょっとすぎに塾に来て、なにやら勉強を始めた。いつもと横顔の真剣さが違って見えた。6時45分のことだったと記憶している・・・友達とひそひそとおしゃべりをしているその子に、声をかけた。「しゃべってるけど、大丈夫なの?テスト受かるの?」その子は、いつもの笑顔で答えてくれた。「うん、受かるよ。」ごく自然に出た言葉のようだった。僕はその声色で、その子が今日本当に合格することを確信した。結果は・・・数学100点。合格理科100点。合格その子の名前は「ひとみ」という。ひとみ。頑張ったね。これで分かったよね?合格するレベルって、そんな感じなんだよ。受ける前から「受かる」って分かってたよね?そのレベルにまで行けばいいだけなんだ。簡単なことだよね?木曜日のペナテストにダブル合格すれば、追試免除から復活だ。英語のテスト内容は、今日あのノートに書いたよね?社会は歴史の「あのプリント」だよね?その二つ、どのレベルまでマスターすればいいか分かるよね?もう大丈夫だよね?合格は、「したらうれしい」ものじゃないんだ。「したいからする」ものなんだよね。こっち側で待ってるからね。木曜日に会おうね。さて、頑張る松江っ子はまだ100人近くいる。一人一人の頑張り方は違う。だが、みんなただひたすらに「一生懸命」なのだ。今日も明日も頑張れ松江っ子!!!
2006.05.30
先ほどある保護者の方から電話があり、生徒が1人退塾した。ここ数回の授業を欠席していたので、そんな予感はしていたのだが・・・やはり休みが多かったり、遅刻が多かったりすると、松江塾には着いて来れない。僕は休んだ子にフォローをするつもりもないし、遅刻をした子のために授業を戻すこともしない。そうすることは、一見「やさしい」「真心のこもった」扱いに思われるが、絶対に違う。塾は「生徒を鍛える」ために存在しているのだ。その子の弱い部分、駄目な部分に目をつぶっていては駄目なのである。僕は松江塾の生徒を「息子」「娘」だと思っている。だから、困難から逃げようとしている子を見ると、むちゃくちゃ腹が立つ。赤の他人の子であれば、何も思わないであろう。身内だから腹が立つのだ。勉強ができようができまいが関係ない。「頑張る」「立ち向かっていく」「逃げない」「我慢する」息子や娘にはそう育って欲しいのだ。だから当然厳しい。それでいいですよね?松江塾の保護者のみなさん! さて、松江塾は一度退塾した生徒の復学を一切認めていない。今日退塾した生徒が松江塾の扉を開くことは二度とない。困難から逃げることができて、本人は「ほっ」としているだろう。大きなストレスが取り払われて、家庭は一瞬の平和を取り戻すだろう・・・また「あの笑顔」を見られる日々が続くだろう・・・次の困難がやって来るまでは・・・・。今回のことで、その子のお母さんはとてもとても胸を痛めたことだろう。僕が直接電話で話したわけではないが、斉藤君の話によればその声は衰弱しきっておられたようだ。回復したら、ぜひ「次」の「逃げ」のことを考えてもらいたい。塾をやめることで訪れた平和は、長くは続かないと思う。つぎは部活かもしれない。受験かもしれない。遊びかもしれない。友達に引きずられるかもしれない。何が、いつやってくるかは分からないが、「その時」は確実にやってきます。塾はその一発目だったに過ぎないのだ。「次」にどう対処するか、で子供の将来は大きく変わってくるはずだ。大変なご苦労をされているのも十分知っている。入塾の際にそんなお話も随分聞かせていただいた。だが、現在の松江塾の保護者の方々の中には、もっともっと大変な苦労をされている方がたくさんいらっしゃるのだ。それでも、子供をどうにかできるのは、自分しかいないことを皆さんよく分かっていらっしゃるのだ。忘れないでもらいたい。あなたがあなただけが親なのだ。親が家庭の中で燦然と輝いていない限り、子供は暗闇に迷うのだ。暗闇に迷い込んでいる子供は、明かりを欲しているのだ。今ならまだ間に合うと思う。明かりを「外」に見つけてしまう前に、家庭の「中」に明かりをともしてもらいたい。退塾者が出てしまうことは、非常に辛い。厳しいことを言うようだが、言わせてもらう。頑張る者が残る現実。頑張れない者が去っていく現実。塾という小さなところであるが、そこはまさに世の中の縮図である。ということで、中1の座席が一つ空きました。キャンセル待ちをしていただいている方で、松江塾で頑張りたい!!思っている方がいましたら、ご連絡ください。先着順です。
2006.05.29
みかみ先生とかぶってしまうが、僕は授業中に「モチベーショントーク」をする。授業の最後とか最初と決めているわけではない。生徒の突っ込みや何気ない話題のフリで突然始める。時には50分間全部そういう話になるときもある。そういう話を聞いているとき、頑張る生徒達は、「眼がキラキラ」してる。眼球のど真ん中に「炎」が見えるのだ。そういう話を聞いているとき、頑張らない生徒達は、「眼がドンヨリ」してる。眼球のど真ん中に「炎」が見えないのだ。こういうところから「差」が生まれるのだな・・・と思いつつ、一生懸命全員の目に「炎」をともそうと頑張るのだ。全員の目に炎がともった後の授業はすさまじい。レスポンスの速さ、吸収の良さ、問題を解くスピード、何をとっても完璧なのだ。「スタディーハイ」とでも呼べそうな状態だ。みかみ先生は、「モチベーション」という科目を作りたいくらいだ、とよくおっしゃっているが、本当にそのとおりだと思う。授業の前にHRの時間を作って、そこで徹底的に「モチベーショントーク」をやろうかな・・・何かいいかもね。
2006.05.29
ペナ部レベル4が爆裂中である。今日の時点での状況を整理してみる。追試免除・・・5名追試免除リーチ・・・5名1回不合格者・・・3名不合格なし・・・8名である。「不合格なし」とは、前回のテストを合格しているので、不合格のストックが無いということであり、1回不合格者とは、前回のテストを不合格になっていて、今のところ不合格回数が1回ということである。追試免除リーチとは、文字通り今日の一教科目のテストで落ちた時点で3回連続不合格が確定し、追試免除になる生徒たちだ。追試免除者とは、今日からの一週間、ペナテスト全てに合格すれば「復活」ができる生徒である。授業・復習・確認を「やればやるほど」楽になり、やらなければやらないほど、「辛く」なるシステムである。幸いにして、追試免除を喜ぶ生徒は松江塾にはいないようだ。免除になっている生徒は、全員5時に来て勉強をしている。テストは8時からなのにも関わらず、である。これが松江っ子のあるべき姿だろう。もっと強烈に「テストに落ちたくない!!!」と思うのだ!もっと強烈に「テストに受かりたい!!!」と思うのだ。その積み重ねが、自分の学力をグイグイ引き上げるはずだ。テストに対する意識を高めよう。いつも頭の片隅にペナテストを置いておこう。松江塾にいる限り、逃げられないのだから。今A教室の中には、ほぼ満席状態で中3生がいる。一番多いのが、数学の「平方根」を勉強している生徒達だね。曖昧な理解では絶対に合格できない。ルートを自在に操れなければ、合格は厳しいだろう。頑張れよ~。それにしても、日に日に「やる気のない生徒」が消えていく。というか、「やる気に満ちた生徒」に変わっていく。松江塾が厳しいことなど、十分すぎるほど分かっている。もう何週間も家族と夕食を食べていない生徒もいるだろう。そういうご家庭には、本当に申し訳ないことをしていると自覚している。ただ、本当に本当に気がついてもらいたいのだ。授業日以外に来なくていい方法はあるということを。授業をしっかりと聞こう。その場で理解しよう。家に帰ったら、必ず復習をしよう。本当に理解できているかどうかを確認しながらね。そしてテストの直前にもう一度確認しよう。どのレベルまで「分かって」いれば合格できるかは、もう分かるよね?それだけでいいんだよ。それだけすらやっていない子、いるよね?早く一刻も早く気がついてね~!!!!
2006.05.29
僕の奥さんはここ数日「ネットオークション」にはまっている。買うほうではなく、「売る」ほうだ。美容師さんなので、ご他聞にもれず「お洒落」であり、洋服も着なくなったものが「たんまり」あったのだ。それを売りさばいているようだ。特に趣味と呼べるようなものがない人なので、楽しみながら洋服の写真を撮ったり、その写真をネット上にアップしたりしている姿をみると、ちょっとうれしくなる。誰かがうれしそうにしているのを見ると、こっちまでうれしくなるよね。と、そんなとき、「ふっ」と何かが降りてきた。大発見かもしれない。学校がやっていて、且つ成功してるのに、僕が知る限りどこの塾でもやっていないことがあるじゃないか!!!まさに塾に常識を覆すものだったりして・・・え~これ、どーなの?うわっ!!ちょっと心拍数が上がってきたよ。奥さんに話してみよう。
2006.05.29
今夏期講習の日程を作っている。今年は去年までの日程を一切考慮せず、全く新しいスタイルにしようと思っている。去年までは、中3生をメインにしながら全学年をバランスよく配置するスタイルだった。だが、今年の中3生のレベルは「まだまだ」なのだ。平均偏差値が50を超えたものの、まだ偏差値40台が数人いる。これでは「松江塾」とは言えない。毎年のように、平均偏差値60に到達するには、「信じられない!」レベルの特訓が必要だ。そこで、夏期講習は完全に「受験生のため」スタイルにする。もちろん中2.中1.小学生も講習はあるのだが、去年とほぼ同じか、若干減らす方向にする。そして、中3生の授業を爆発的に増やす。昨日作った(仮)案では、中3生は夏休み中に通常月の4倍以上の授業をこなす。去年の日程だと通常月の2.5倍だから、そうとう増えたことになるね。まだ確定ではないが、方針は大体決めた。煮詰めていこうかな。
2006.05.29
今日のMR闘魂先生の記事には、全く同感である。我々塾の先生は、勉強のできる子と出来ない子、頑張れる子と頑張れない子、向上心のある子とない子素直な子とそうでない子などなど・・・この仕事をしていない人の何百倍もの子供に接するのだ。その情報量たるや、すさまじい量になるだろう。自然と子供たちの「ある意味での差」を見つけずにはいられない状況なのだ。さて、僕なりにいろいろ記事にも書いてきたが、勉強のできる子の特徴をちょっと。彼らは「勉強に対する価値観」が出来上がっているということに着目したい。早い子であれば、小5には確実に出来上がっている。「なぜ勉強をまじめにやる必要があるのか・・」これをある程度自分の言葉で言えるのである。彼らがそういう価値観をどこで構築するのか・・・言うまでもなく「家庭」である。親「勉強しなさい!」子「もうちょっとしたらやるよ。」親「そんなんじゃ、将来困るわよ!勉強をしないとね・・」子「うるさいな~。」こんな状況でいくら伝えても何の意味をない。子供にとってストレスのかかった状況で何を伝えても、シャットアウトされるのがおちであろう。普段の食事時の当たり前の会話の中で。休日のドライブの車中で。家族団らんのひと時に・・・そういう場面で、子供と「話し合う」ことが大事なのだ。子供にもバンバン意見や考えを言わせる。そういうノンストレス時であれば、子供は親の期待に応えるような内容を口にするだろう。その繰り返しが大事だ。つまり「刷り込み」だ。徹底的に「勉強に対する価値観」を刷り込むのだ。これは悪いことではあるまい。誰だって勉強は辛い。乗り越えようとする壁が高ければ高いほど辛い。逃げたくもなる。そのときに逃げないのは心の奥底に「勉強をしないと・・・」というものが刷り込まれているからだろう。僕自身もそうであったが、この刷り込みからは逃げられないのだ。大事なことは、子供にとって、ノンストレスな場面で刷り込んでいくことだ。ストレスのかかった場面でこれをやると、どんどん勉強から離れていくことは間違いがない。気をつけて早速実践することをお勧めする。
2006.05.28
日曜日はどうしても家族ネタが多くなる。さて、長男の日曜参加を終え、夫婦の会話はもっぱら子供のことである。そこでふと気がついたのが、「妹の成長が異常に速い」ことである。たとえば、去年の日曜参観のことを話していると、長男はちょうどひらがなが読めた頃だね、とか数を20まで数えられるようになった頃だったよね、という話題になる。ところが、来年年少として幼稚園に入る娘には、それらのことが全てできるのだ。全く意識していなかったのだが、上の子が出来ることは、自然と下の子も「出来て当たり前」というつもりになっていたのだろう。先週3歳になった娘とは、人としての会話がパーフェクトに出来る。会話の駆け引きまでするようになっている。誰が教えたわけでもないが、僕と奥さん、そして長男の会話に混ざっているうちに、自然と習得したようなのだ。疑問詞への対応も完璧だ。長男のときは、「子供」として扱っていた年代でも、妹は「人」として接するのが当たり前になっているのだ。だから、「ぶーぶー」とか「にゃんにゃん」などという幼児語がほとんど消え去った。教育業界には、「早期教育」というジャンルがあるが、意識的に、そして上手にやれば、かなり早い段階でしっかりとした考えを持つ子供になると思う。日本人はよく、子供を子ども扱いしすぎるといわれている。子供の意識などを知るためのインタビューで、欧米の子供たちは、しっかりと大人顔負けの受け答えをするが、日本の子供は「ふにゃふにゃ」して、あまりはっきりと意見を言わない映像を見たことがあるだろう。周りの大人の接し方だと思う。ちょっと考えされられた。あいつはまだ、3歳なのに!!!!!なぜ僕の発言にいちいち「つっこみ」を入れるんだ!!
2006.05.28
たった今幼稚園の日曜参観から戻ってきた。幼稚園の一生懸命な姿勢には感心した。雨の中の交通整理に始まり、保護者の誘導、スタッフ全員が共通の意識を持って頑張っていたようだ。今日は室内保育だったのだが、大体が子供の後ろにその保護者が立つ。年少の時には気がつかなかったことが、年中あたりになると見えてくる。「親」と「子」だ。先生の話を一生懸命に聞いている子の後ろには、その子供以上に先生の話を食い入るように聞いている両親の姿が・・・隣の子とおしゃべりをしている子の後ろには、授業中だというのに笑い声を上げながら話しているママたち。子は親の鏡とは、まさにこのことだね。おしゃべりをしているママたちも、頭では分かってるらしく、自分の子供が先生から注意をされると、「こら!先生の話をちゃんと聞きなさい!」と一言注意して、また友達とのおしゃべりに没頭する。話している内容は子育てのことだ。その人なりに、一生懸命わが子をまっすぐ育てたいのは伝わってくる。ただ、「時」を「場所」を考えるべきだ。子供に「先生の話をちゃんと聞きなさい!」と言うのであれば、その前に、自分がしっかりと聞くべきだ。自分は生徒ではないから、もう学生ではないから先生の話を聞かなくてもいい、とでも思っているのだろうか・・・そういうところを、子供はしっかりと見ているんですよ・・・でも、20人の子供がいれば、20パターンの子育てがあるのだな・・・と痛感させられた。幼稚園が「こういう方針でやります!」という姿勢を見せても、やはり強大な影響力を持っているのは、家庭であり、親であるのだ。わが身をちょっと省みた2時間であった。
2006.05.28
今日は長男が通う幼稚園の日曜参観だ。同業者として、幼稚園の姿勢をしっかりと見てくるつもりだ。と同時に、長男が先生の話を頷きながら眼を見て聞けているかもチェックしてくる。日ごろそれだけは言い聞かせているからね。さて、行ってきます。ちなみに3歳になったばかりの妹は、もう30分も前から玄関でスタンバイしており、奥さんはもう30分も鏡の前に張り付いている。女子は面白い・・・
2006.05.28
もうそろそろ6月だね。ということは、一発目の私立高校の入試まで「あと8ヶ月」だね。やばい。本当にやばい。今年の中3・・・まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ×30000くらいやばい。絶対に全員の笑顔が見たい。落ちたときの、あのなんとも言えない顔なんて見たくない。このままだと「やばい」。やるやってやる何だって、どこまでだってやってみせる!そうじゃないと、悲しみの涙になりそうな気がするから・・・まだまだだ。本当にまだまだ・・・さて、夏期講習の日程に命を込める。去年の中3生は115時間の授業だった。オプション講座を入れたら135時間だった。今年はその2倍はほしい。出来れば3倍は・・・講習って大体去年ベースで決めるけど、それはやめよう。一回全部真っ白にする。そうじゃないと、何人かが悲しみの涙を流してしまう・・・考えよう。
2006.05.27
「何を勉強したらいいのか分からない」これって、絶対に聞いたことがあるよね。親子の「勉強しなさい!」争議の時には、子供にとっては伝家の宝刀とも言えよう。「どうしてこんな点数なの!?」「難しかったんだもん・・・」「じゃあ勉強しなさいよ!」「だって、何を勉強したらいいか分からないんだもん・・・」こう言われてしまったら、親の次の言葉は決まっている。「何のために塾に行ってるのよ!塾の先生に聞きなさい!!」さて・・・何を勉強したらいいのか分からない子は多い。勉強しよう!と思って机に座るが、「・・・・・・・」さて何をしようか、となるわけだ。 そういう子たちは、まず「テストを良く観察」しよう。例えば「社会」塾のテキストや学校の教科書と「テスト」を机に並べる。テストの問題を一問一問見てみよう。その内容は、教科書やテキストのどこに書いてある?そこを探して「線」を引いてみよう。とりあえず全部やってみよう。終わったら、良く考えて欲しい。テストの時に、その知識が全部頭にインプットされていれば、テストは満点だったはずだ。用語一つを独立して覚えていても意味はないよね?「沖ノ鳥島」だけしっていても駄目だってことが分かる?「日本の最南端で、護岸工事によって守られている島が沖ノ鳥島」だよね。なんでそんなことになっているかというと、「沖ノ鳥島が無くなったら、領海・経済水域が減っちゃうんだ」よね。そうやって、他の知識をセットでつなげて覚えておけばいいんだよね。松江塾生だったら、毎回のペナテストをよく観察してみよう。どこまで分かっていれば、どこまで覚えていれば合格できたのか・・・自分の勉強には何が足りなかったのか。それを良く考えよう。そう意識していけば、数ヶ月で自分なりの勉強の仕方が分かるはずだ。
2006.05.27
僕を含めて塾の先生は、子供達に「勉強しろ~!」と言う。なぜか。勉強ができたほうがこの世はお得だから?その方がお金持ちになれるから?幸せな人生が送れるから?僕の大学時代の友人に、T君という人がいる。現役で東大に進学僕と一緒に公認会計士を目指し、大学3年の時に一発で合格。その後大手の監査法人に就職。3年で退社。今は秋葉原のフィギアショップで働くフリーターだ。時給は1050円だそうだ。僕の奥さんの従兄弟にひさし君という人がいる。学生時代は沖縄で暴走族のリーダーをしていて、成人式は仲間とおそろいのはかま姿で暴れていたが、今現在はガテン系の特殊資格を取得して、手取り70万円だそうだ。勉強ができることが人生を幸せにするのか。勉強ができるとお金持ちで、できないと貧乏なのか。そうではない。と僕は思う。別に勉強じゃなくてもいいのだ。自分が決めた道で「とことん頑張れれば」、それでいいのだ。要は「頑張れる能力」を、社会に出るまでに身につけることが必要なのだ。頑張れる能力さえ身についてしまえば、どこに行ってもやっていける。成功したい!お金持ちになりたい!と思えば可能だろう。頑張る能力を身につけるための「練習台」が、勉強であれスポーツであれ、趣味であれ、何だっていいのだ。そんな中で、塾には勉強で頑張りたいという子達が集まる。だから塾の中では「勉強」が努力の練習台だ。勉強している内容が将来役に立つかと聞かれれば、「役に立たない」もののほうが多いだろう。(僕は理科とか全然分からないし・・・)でも、辛い辛い勉強を「ひーひー」言いながら頑張りぬくことが、自分の「頑張れる能力」を鍛え上げているのだ。どの塾長のブログを見ても、同じようなことが書いてあるはずだ。みんな分かってるんだ。勉強ができることが「偉く」て、できないことが「駄目」なわけではない。対象は何だっていい。「頑張れれば」いいのだ。さあ、何で頑張る?松江塾は、「勉強」で頑張ってもらうからね。
2006.05.27
何年か前に、もうひとつ新しい塾を作ろうかと考えたことがある。その名も・・・「再生塾」である。生徒は中3のみ中学の始業式と同時に年度が始まり、途中入塾は一切なし。スタート時のメンバーだけで受験を目指す。入塾条件は、「偏差値40以下」か「オール2以下」である。塾の授業は週6日時間は毎日5時から11時。小学校1年生の内容から徹底的にやり直すカリキュラムを組む。夏までに中2の内容までやり直し、11月の最後までに中3の内容をやりきる。そして12月、1月、2月で入試の向けた仕上げをするのだ。やむをえない場合以外の欠席や理由のない遅刻、怠慢な態度等は全て退塾要因とする。保護者と完全にタッグを組み、家での生活管理等を記入した報告用紙を提出してもらう。中3のスタート時に、学力が壊滅状態にある場合、生半可なやり方では何の成果も意味もない。他の学年との掛け持ちでどうこうなるものでもない。やるなら徹底的に集中特化作戦だろう。こういうニーズは間違いなく存在する。そして、絶対に流行る。もしこれから塾を作ろうかと思っている方がいれば、参考にしてもらいたい。
2006.05.27
あっ!今お子さんの体内に怠け虫が入った~!さあ、どうする!?この怠け虫は、子供の体内で活発に活動し、「子供の可能性」と「将来の選択肢」を餌にしている厄介な奴だ。この怠け虫に体内を食い荒らされた子供は、ある年齢になると、「ふっ」と気づく。もう自分には「可能性」がほとんどなく、「将来の選択肢」が残されていないことを・・・・そんなことになっては大変だ!!早いうちにこの怠け虫を退治しなくては!!ホームセンターに殺虫剤を買いに行かねば!!って、そんなところにはせいぜいゴキブリを退治する殺虫剤しか売っていない。どうする?安心してくれ。怠け虫を退治する薬は・・・「目標」だ。怠け虫はこの「目標」が大嫌いだ。子供の中に「目標」が芽生えたとき、怠け虫は排泄物と一緒に肛門から出て行くのだ。こんなことは、家庭の医学を読めば、書いてある。書いてあるのだが、家庭の医学を見る機会はあまり多くないので、 僕が書いてみた。じゃん♪
2006.05.27
詳しいことは10個くらい記事をさかのぼって読んでもらいたいが、例の「ペナ部進化形」で、結構高い確率で「リーチ」になる子が出ている。それだけ「怠けて」いる生徒が多いということだ。理由は確かにあるだろう。体育祭の1週間前だ。部活の大会前だ。時間はあるだろうが、気合いを入れて勉強をするほどの体力が残っていないのだろう。だが、それは・・・「気のせい」だ。朝から夕方まで体育祭の練習をし、その後2時間部活をやったとしても、友達とカラオケに行ったらはっちゃけるだろう。好きなドラマなら何時間でも見続けられるだろう。友達と好きな子の話をしたら、何時間だって話は尽きないだろう。要は「気持ち」だ。「追試免除権」は、条件を満たした生徒には例外なく与える。自らやる気を出して「復活」するまでは、絶対に追試はない。もちろんペナ部もない。言い訳は一切聞かない。実際に同じ生活を送っていながら、受かっている子が何人もいるのだから・・・ここであまい顔をしたら、絶対にその子のためにならない。僕は生徒達に幸せになってもらいたい。塾の先生なのだから、「勉強」を利用して幸せを掴んでほしい。話は飛ぶが、この「ペナ部進化形」に関して、僕がものすごく感心していることがある。それは、保護者から一切クレームが来ないことである。追試やペナ部を免除するということは、塾がやるべき「フォロー」という作業をしていないことだ。「月謝払っているんだから、フォローをしてほしい!」というクレームが来そうなものである。だが、松江塾の保護者達はご存知なのだ。「追試やペナ部は、その前の段階で勉強をさせるためのシステムであって、単純に後からフォローするものではない」ということを・・・。追試やペナ部は、本来絶対に避けなければならないものである。そのために、授業をしっかりと聞き、復習をし、確認をするということを自ら自覚して、やらせるためのシステムなのだ。いわば、「重~い刑法」のようなものだろう。その法律があるから、悪いことをしないのだ。悪いことをしてしまった人間を更生させるための刑務所ではないのだ。そういう目的で作られたシステムだということを、しっかりと理解していただいているのだ。だからこそ、3回連続不合格なんていう訳の分からないことをしでかした生徒には、容赦なく「追試免除権」を与える。追試を受けたいなら、ペナ部でしっかりとフォローしたいのなら、「復活」すればいい。復活は授業をしっかりと聞き、復習をし、確認をすれば絶対にできる。いい?ここが「松江塾」だということを忘れないで欲しい。塾ではないのだ。「松江塾」なのだ。ここにはここの「ルール」がある。そのルールは、学力を上げるためにしか存在していない。分かるね?
2006.05.26
僕はコンスタントに一日4~5個の記事を書いている。塾ママからのメールで、「毎日、よくあんなにたくさんの記事を書けますよね。一日読むのをサボると、どんどん溜まっちゃいます」みたいなことが書いてあることが多いが、その源泉は何か。僕は24時間のうち、7時間を睡眠にあてている。残りは17時間だ。その時間は、全て塾もしくは生徒のことを考えている。1人の生徒のことを考えている場合もあれば、クラス全体のことや学年全体のことを考えていることもある。すると・・・ふっ・・・と降りてくるのだ。本当に「ふっ・・・」という表現がぴったりだと思う。記事のネタをひねり出すことはほとんどない。僕はパソコンを二つ持っている。一つは塾。もう一つは家だ。家のパソコンは、5分くらいで突然落ちる。たっぷり記事を書いていて、突然落ちたときの衝撃は本当に大きい。液晶の画面を何度殴ったことか・・・だから、あまり家では書かないことにしているのだ。で、思いついたことを頭の中に溜めておいて、家のパソコンで3分くらいで書き上げるか、塾に来てから一気に書く。あとは休み時間の10分間に書き上げることが多いかな。だから何を書いたらいいか、悩みながら書くということはないのだ。それは内容の軽さを見ればお分かりだろうが・・・。たまに「超傑作」が思いついても、忘れてしまうこともある。そのときの衝撃も大きい。記憶の沼に潜り込み、一生懸命に探しても出てこない。そのときの「辛さ」と来たら・・・さて、またあまり意味のない記事を書いてしまった。ここまでお付き合いしていただいた方には申し訳ないが、この先に、意味のある記事を続けられなくなったところで・・・さて保護者にメールを送らなければ・・・・・
2006.05.26
無ければ無いで困るけど、あんまり有りすぎても困るのが「反抗期」だ。反抗期はある日突然やってくると思いがちだが、その「サイン」はある。反抗期というものは、親が見て分かるときには、すでに中盤にさしかかっているのだ。入り口はもっともっと、「ず~っと」前にあったのだ。どうやってそれを見分けるか。僕が思うに、「親と目が合わなくなったこと」がサインだと思うのだ。日常における親子の会話というものは、意識しないと「目」を合わせないことが多い。「早くご飯食べちゃってね~、片付かないから・・・」「うん。」「今日学校どうだったの?」「え~、別に大したことは無かったね~。」「○○ちゃん元気?今日お母さんとスーパーで会ったのよ。」「へ~、別に元気なんじゃないの?分かんない。クラス違うし。」こんなごくありふれた会話が、目を合わせないで行われているだろう。お母さんは洗い物をしながら、息子や娘はテレビを見ながら。話を振っているお母さんからすれば、まさかこの時点で反抗期の入り口を子供が通っていることなど分かるまい。そして食器洗いが終わったお母さんがソファーに座ったとき・・・子供は何か用事を思い出したように部屋を出ていく。「宿題やるの?」「うん。結構たくさんあるからね・・・」お母さんは気にも留めずにテレビを見る。反抗期の入り口を通過した子供というのは、「親と空間を共有すること」を嫌うようになる。子供も意識していないかもしれない。空間が狭ければ狭いほどその傾向は顕著だ。なぜそうなのか、はっきりとは言えないレベルなのだが、とにかく、「気まずい」のだ。何となく・・・本当に、何となくなのだが・・・さて、わが子はどうか・・・
2006.05.26
今日は奥さんのお買い物に付き合って、午前中からお出かけをした。昼食は出先のファミレスで食べたのだが・・・そのファミレスで僕らの後ろの席に座っていた男子高校生3人・・・あそこまで行ってしまうと先生でも親でも塾の先生でも、もうどうにもならないか・・・賞味期限を3ヶ月くらす過ぎた秋刀魚の眼が「新鮮」に思えるほどよどんだ眼脊椎動物であることを無視した座り方来年幼稚園の年少に入園する予定の子達のほうがはるかに知性的と思われるような会話僕には彼らの会話が全く聞き取れなかった・・・「ふぁふぉにゅいじぇんどぅお~!!」「みゅやじゅいどぅえ?」「ひゃひゃひゃひゃ~あぁぁぁl!」彼らの5年後、10年後はどうなっているのだろうか・・・ノルウェーの永久凍土の下にでも閉じ込められていなければいいが・・・彼らの「分岐点」はどこだったのか。おそらく3,4歳の頃には、ぴっかぴかの笑顔で「ママ~!」と言っていたはずなのに・・・わずか10数年で「みゅあじゅいどぅえ~?」になってしまうとは・・・恐るべし!
2006.05.26
あと1週間で、最大派閥である第一中の体育祭だ。どの学年も練習に打ち込んでいる様子が、生徒たちの肌の色でわかる。朝早く起きて学校に行き、炎天下で体育祭のダンスやら組体操やらの練習をし、夜は塾で猛勉強・・・確かに疲れるわな・・・昨日の中3Sクラスのペナテストがぼろぼろだったのもうなづけるな。あれだけ勉強を頑張れる彼らだから、体育祭の練習にだって手を抜くはずがない何事にも全力投球なのはすばらしいことだね。今年の体育祭も、見学に行く。塾とは違った生徒たちの様子を見るのは楽しいしね。普段はなかなか顔を合わせない保護者の方々とも会えるチャンスだし。塾でほとんど毎日のように顔を合わせているのに、どうして僕らが学校に行くとみんなモリモリ駆け寄ってくるんだろうね。「先生~!!」とか言いながら走ってきてくれるみんなの姿を見るのは本当にうれしい。と同時に、塾生以外の子たちからの「誰?この人・・」みたいな視線が痛い・・・塾生たちが「塾の先生だよ」って言っても、信じない子がほとんどらしい。そりゃそうだな・・・今年は去年のような失敗は犯さない。去年はデジカメの充電が午前中しかもたなかった。何百枚も撮るからね。今年は予備のバッテリーと使い捨てカメラを持参!!楽しみだな~。
2006.05.26
先ほどのテストで、中3Aクラスの追試免除権を獲得した生徒が決まった。10名中・・・4名が追試が免除になった。この4人は、明日から追試で塾に来なくてもいいのだ。今まではテストで9割を取れなければ、翌日に塾に来て類似テストを追試として受け、それで合格すれば帰宅、落ちればペナ部で強制勉強、その後追追試という流れであった。それが免除権を獲得すると、テストの翌日に追試を受けに来なくていいのだ。出る問題が分かっているテストで、9割すら取れない生徒は、「追試に来なくてもいい権利」をゲットできるのだ!!免除権をゲットした4人は、今頃うれしくてうれしくて仕方がないだろう。授業でやった内容をベースにして作った問題、もしくはあらかじめテスト問題を渡している状態で9割すら取れなかったのだ。しかも3回も連続で。それは学校の教科書の内容で、中間・期末テストの試験範囲であり、入試の試験範囲なのに、それを9割取らない状態でも「いい」と思っているのだ。だから追試免除権を与えたのだ。今までは塾で「どうしてもマスターしてもらいたい内容」を追試やペナ部として強制的に勉強させていたが、明日からは、その時間を「自由」に使えるのだ。良かったね。ゴールデンタイムのテレビが見れるね。ゲームだってできるね。友達とメールだってやりたい放題だね。本当に良かったね。おめでとう。さて、せっかく手に入れた「追試免除権」・・・放棄するなんてアホな人もいないとは思うが・・・いつでも放棄することはできる。一応お知らせしておく。一週間に行われるペナテストに全て合格すればいい。それだけだ。出る問題、内容は分かっているテストだ。何度も言っているが、それがペナテストだ。たったそれだけでいいのだ。それだけで、「パラダイスな免除権」を放棄できるのだ。まさかそんなアホはいないと思うけどね・・・
2006.05.25
今中3のAクラスの子達が「英ペナテスト」を受けている。10人中、なんと6人が「追試免除」にリーチがかかった状態だ。この英語の結果によっては、明日からの追試が免除される。つまり、今日のテストでヘボい点であっても、明日塾に来なくてもいいのだ。好きなだけテレビを見ていいのだ。ゲームだってやりたい放題だ。う~ん、パラダイスだ。さて、何人が「追試免除権」を獲得できるのか・・・!!乞うご期待!!!!
2006.05.25
ここ数週間、実は非常にやばい状況だった。それは「自分自身」が、である。何が原因という訳ではないのだが、とにかく何かがやばかった。人生初の「五月病」だったのか?だがそれも今週の頭から消え去ったようだ。プロフの写真を見れば、何か「憑き物」が取れたような顔をしていると思わない?そう・・・何かが取れたのである。もうテンション「↑」である。良かった良かった・・・もしかしたら生徒にも同じ苦しみを味わっている子がいるかもしれないね。そういうケアも大事だな・・・さて、今日の嵐のど真ん中で吠えまくるぜぃ!!
2006.05.25
僕は松江塾をやめたいという生徒・保護者に対して、ほとんど引き止めたり、考え直すことを説得したりはしない。ある場合を除いては・・・「松江塾を○○という理由でやめたいんですけど・・・」「はい、了解しました。」で終わりである。だが、世の中そういう塾ばかりではない。むしろ、やめさせないために「あの手この手」を使ってくるだろう。某大手塾には、「退塾阻止マニュアル」なるものがあるくらいだ。塾長が土下座までする塾もあると聞いたこともある。さて、一保護者として、子供を退塾させるには相当のパワーが必要だ。向こうは対策会議まで開いて退塾を阻止してくるわけだから、うまく丸め込まれることが多いはずだ。それなりの事前準備が必要だ。今日はその一回目。まず大事なのは、やめるのかやめないのか中途半端な状態で塾に行かないこと。お母さんとしては、「相談」のつもりだと思うのだが、塾と相談してところで結果は決まっている。「やめるべきではない」と言われて終了だ。それで話が終わればいいのだが、相談を持ちかけることで、「あの生徒は先々やめるかもしれない。」と塾側にマークされてしまうのだ。一度そうマークされてしまったら、講師と生徒との間に気まずい空気が生まれてしまう。そんな環境が勉強に適しているわけがない。いつも通っている美容院に行って、「次からこの美容院に来るのはやめようと思うんだけど、どうかしら・・・」なんて絶対にいえないでしょ。それと同じ。やめるか、やめないかは「塾」抜きで考えるべきだ。今日はここまで。
2006.05.25
明日の中3生!特にAクラスの中3生!!追試免除にリーチかかってる奴何人もいるよな!俺はやると言ったら絶対にやるからな!明日の結果次第では、追試免除だからな!絶対だからな!!追試がなくなることが何を意味するか分かるよな!?ペナテストが10点でも20点でも30点でも・・・「俺は知らないよ~。授業をちゃんと聞いてない君が悪いんでしょ~」ってことだからな!?いいの?本当にそれでいいの?それじゃ他の塾に行くのと変わらないよ?復活のチャンスがあるからって、なめてる?いいかい、あれだけ気合いを入れて説明した新システム。始まった直後にリーチかかってる奴が、週の4回のテストに全部合格することが簡単にできると思ってるのか?無理無理絶対に無理。だから、明日落ちるな。いいな。明日のテストは絶対に!絶対に!!絶対に!!!絶対に!!!!絶対に!!!!!絶対に!!!!!!合格しろ。英語は文法だけだ。テキストのページなんて言わなくても分かるよな?社会はあのプリント表裏全部だぞ!出る問題なんて、大体予想つくよな?社会なんて、もう問題持ってる筈だよな?落ちる奴なんていないよな?仮にそんなテストで落ちたら・・・自分が1000000%悪いって言われても仕方ないよな?いいか。人生「頑張りどころ」ってあるんだぞ。それが明日だぞ!落ちるなよ。松江塾の中3生の保護者の方で、この記事を読んだ方は、お子さんに見せてください。特にAクラスの子は「絶対」です。よろしくお願いします。
2006.05.24
頑張れる子と頑張れない子っていると思う。僕は自分の二人の子供を生まれたときから育て、そして観察しているが、「頑張る」ということは、教えなければ駄目だと思うのだ。二足歩行のように、いずれできるようになうものではないのだ。そのために親は頑張らなければならない。できたら褒め、怠けたら怒り、迷っていたら助言をし、どうしても無理なら手をさしのべる。親子の密なコミュニケーションの中で育んでいく力が「頑張る力」だと思う。文字を教えるのも大事だろう。数字が読めるのも大事。お箸が正しく使えるのだって大切なことだ。だが、そういったことを教えていく中で、常に「何事も頑張らなくてはならない」という姿勢を身につけていくように仕向けるべきだ。と僕は思う。さて塾生が増えてくると、いろいろな子がいる。頑張れる子がいれば、頑張れない子もいる。頑張れない子には、頑張ることを教える。泣こうがわめこうが、「頑張らない」という道を進ませない。さて、タイトルの内容に全く触れていないが・・・頑張れない子の特徴について。これは100%僕の「感じた」ことである。実証データがあるわけではない。ただ事実として「そう」なのだ。「頑張れない子は物質的にとても満たされている場合が多い」のだ頑張るという行為は、目標に向かって突き進むことだ。そのためには自分のわがままを押し殺さなければならない。テレビが見たくても見ない。遊びたくても遊ばない。本当は勉強したくなくても勉強する。「頑張る」には、常に裏側に「我慢」がくっついてくるのだ。子供が物質的に満たされている場合はどういうことか。欲しいものが手に入るのである。そこに「我慢」の育つ余地はない。子供に我慢をさせることは大事だと思う。「みんな持ってるから・・・」と言われると、親はぐっとくる。それは分かる。「買ってくれるまで口きかないから!」と言われると、親はぐらっとくる。それも分かる。だが、ここは親力をレベルアップさせるチャンスだ。親が「我慢」をしよう。それで子供の「我慢力」が育つ。我慢ができるようになれば、「頑張ること」もできるようになると思うのだが・・・いかが?
2006.05.24
高校部の人数が激増し、毎日誰かしらのがり勉姿を目にするようになっている。今は中間テストの時期だから当たり前だが、高校生になるとテスト前でなくても勉強に気合いが入っている。誰もが「ガンガン」気持ちよく勉強しているわけではない。「授業がわからん!やばい!!」と言いながら勉強している子もいるし、「先生~!どーしよ~・・・」と言いながらやっている子もいる。だがいずれにしても、みんないつでもエンジン全開なのだ。高校生になると、「ベースが勉強」という状態が完全に出来上がっている。勉強or部活とか勉強or遊びというように、勉強が一つの選択肢にはなっていないのだ。それに対し中学生を見ていると、まだまだ勉強が一つの選択肢になっているようだ。「毎日やって当たり前」というようにはなっていない。これは変だよね。中3と高1なんて1歳しか違わないのに・・・中2と中3の違いと同じなのにね・・・おかしいな~。中学生は中学生扱いをし、高校生は高校生扱いをしているということなのか・・・よく小学生でも、家庭で徹底的に子供扱いをされている子は、とてつもなく精神年齢が低かったりすることがるが、それと同じなのかもしれないね。こちらが高校生として認め、高校生として扱い、勉強をやるのが当たり前という態度で接すれば自ずと子供はそうなっていくのだ。部活が忙しいよね~体育祭の練習で疲れるよね~今日は打ち上げだよね~なんて言っているから、彼らはいつまでも「中学生」なのだ。高校生と同じく、今勉強している内容が今後の人生に直結することは変わりがないはずだ。むしろ、高校受験と大きく関わる中学生の時期こそ、勉強に対する意識を大きく持ってもらわなければ駄目なはずだ。子供を変えるには、まず大人の意識を変えよう。子供を子供と思った瞬間に、子供は子供になる。アジアには小さいときから労働力として家庭を助ける子供がたくさんいる。またアフリカには小さいときから戦力として戦場に出て行く子供がたくさんいる。彼らは、「子供」として認識されていないのだろう。労働力として意識すれば子供は働くのだ。戦力として意識すれば子供は戦場で戦うのだ。幸いにもここは日本だ。小学生のうちから大人と同じ労働を課せられることもなければ、戦場に行く必要もない。ただし、勉強をする必要はある。子供は子供ではない。目の前の問題に向かって、自らの頭で考え、自ら行動し、自ら結果を判断し、自ら次への反省点を見つける存在なのだ。まわりの大人がそう意識することで、子供は自ずとそうなっていくのだ。高校生は自分の人生選択の岐路に立たされていると、周りの大人が意識するから彼らは頑張るのだ。中学生は大人が行き先を決めてあげなければ判断ができないと、周りの大人が意識するから自分の希望する進路すら決められないのだ。世界には、1歳の弟を背中に背負いながら畑仕事をする5歳児だっている。世界には、それが悪いかどうかを判断する前に、目の前の敵を打ちころす10歳児だっているのだ。そういう環境が良いか悪いかではなく、子供は大人が意図的に用意した環境の中で目いっぱい成長する。大人が「この子は小学生だから・・・」と意識してしまったら、小学生なのだ。僕自身がそうであったことを反省する。中学生と高校生に差はない。高校生には厳しいが、中学生にちょっと甘くなる理由がない。中学生だって、人生の岐路に立っているのだ。親が決めることではない。全て自分で決めるのだ。親は後ろから見ているだけで良い。倒れそうなったら支えてあげれば良い。道を誤りそうになったら、後ろからそっと教えてあげれば良い。それだけでいいのだ。さあ、中学生諸君!!今やっている勉強は、自分自身の人生を決める勉強だ。選ぶのは自分自身だ。どうする?
2006.05.24
僕は本来真面目な人間ではない。子供は好きだし、勉強を教えるのも好きだ。保護者の方の相談に乗るのだって、文章を書くのだって大好きだ。だが、根っこの部分で「不真面目」なのだ。僕の中の「奥」のほうに潜んでいる「不真面目」は、「怠ける」という形になって現れる。イメージとしては、たっぷり怠ければ「不真面目」が出て行くはずだが、そうではない。どんなに怠けても怠けても「不真面目」はなくなってくれないのだ。この「不真面目」が体の中にある程度たまってくると、日常生活や仕事に支障が出始める。僕がいろいろな方に迷惑やご心配をかけてしまうのもこの時期なのだ。ではこの「不真面目」を体内から駆除するにはどうすればいいか。彼とは長い付き合いなので、いろんなことを試してみた。その結果、「はじける」ことが一番いいことが分かった。思えば、幼少期から「子供っぽくない」とか「いつも何か考えているような顔つき」と言われ、中学受験高校受験大学受験資格試験と自分を追い込み続け、そして今は「塾の先生」として自分を追い込んでいる。もちろんこの仕事は大好きだし、天職だとも思っている。好きでやっていることには間違いがない。ただ根っこの部分で不真面目なのは事実なのだ。これを体内からたたき出し、またガンガン頑張っていくためには、「とっ拍子もないこと」をやり、パカーンとはじけ飛ぶことが必要なのだ。数ヶ月ごとにやってくる「パカーン」の時期・・・今までの「パカーン」は言えないことのほうが圧倒的に多い。今回の「パカーン」は塾生を相当驚かせたようだ。教室に入ってきた生徒達の足が一瞬止まるくらいだからね。さて、体内の「不真面目」が出て行ったようだ。気合いが入った!やるぜぃ!!
2006.05.24
特に小さい子供がいる人・・・気がついているだろうか。子供は、生まれて初めて見る動作や能力的に自分には出来ない動作を親がやっているときには、好奇心の塊のような目で、じっと観察している。ときには自分で手を出してやってみようとするだろう。親がはさみや包丁を使っているとき、珍しいがちょっと危ない工具などを使っているときなどが分かりやすいかな。そういうときの子供は、いろんなことを考えているんだと思う。逆に、やろうと思えばもう自分でもできるはずのこと、また能力的に十分できることを親がやってあげているとき・・・子供の目は大体焦点があっていない。急いでいるからといって、洋服のボタンをかけてあげているとき、靴を履かせているときなどが分かりやすいと思う。わが子の顔を見てあげてほしい。何も見ていないのである。何も考えていないのである。前にも書いたが、今朝幼稚園の前でそういう目をした園児を見たのだ。お母さんが一生懸命制服の着崩れを直しているのだ。子供の目は焦点が合っておらず、ただそこに立っているだけなのだ。僕は背筋が寒くなった。お母さんには「当たり前」のことだろう。だがあの瞬間、確実にその子の脳みそは止まっていたはずだ。自分が能動的に何かをしなくても、自分の身の回りのことはツツガナク進んでいく。それに慣れてしまったら・・・とても怖いことだ。時間がかかってもいいではないか。ちょっとくらい遅刻をしたっていいではないか。明日はもう少し早く起きればいいだけの話だ。子供にやらせよう。やり方を教えよう。その積み重ねが本当に大事だ。「誰かが手を貸してくれるだろう・・・」そう考えることが当たり前になっている小・中学生は、お先真っ暗だからね。わが子をそうしたい?
2006.05.24
その気になれば3分で覚えられるような内容を、こねこねたらたらずるずるず~っと1時間も2時間も3時間もかけて覚えようとだけしている子っているよね。「よし!覚えよう!!」って500回くらいは言ってる。でも暗記作業に入ったかと思いきや、良く見ると・・・「目」がイッてる。どうしたら彼らに「焦って勉強する姿勢」を身につけさせられるのだろうか。僕がよく言うのは、「暗記テスト中、隣にチェーンソーを持った筋肉ムキムキの人が立っていて、制限時間内に答えを書き終わらなかったら、そのチェーンソーで腕をちょん切られるくらいのことを想像しながら覚えろよ!!」である。現実に起こりうることではないが、何かそういった「覚悟」のようなものをもって勉強に取り組んで欲しい。現実に降りかかるのは、その場ではなく「数年後」なのだ。「数年後」には間違いなく社会から評価される立場になるのだ。 そのときの評価基準は、「どれだけのものを身につけてこれたか」である。知識技術諸々社会に出るまでに、人よりもたくさんのものを吸収できた人間が「勝つ」のだと思う。いい?負けるよ。それでいいの?そのへんをリアルに考えてみてよ。現実なんだよ!自分の10年後、20年後を見られる道具があり、それで自分の将来を見たとしたら・・・おそらく塾生全員が中学トップに君臨できるんだろうな。そういうことをもっと伝えて行きたい。
2006.05.23
中3生達から「イベント待望論」が噴出し始めている。その代表格が「夏期合宿」だ。松江塾の夏期講習には、夏期合宿がない。僕が小学生・中学生だった頃に大手塾の夏期合宿に参加したが、あまり意味のあるものと思えなかった。だから松江塾でもやっていない。どこの塾でもそうだと思うが、この時期にはいろいろな宿泊施設から合宿お誘いのDMが届く。確かに快適な環境と普段とは違う場所で勉強することは、彼らにとって魅力的かもしれない。だが、一般的な塾の合宿費用を見てみると・・・高い・・・合宿なしの夏期講習で、10万弱の費用がかかるのに、さらに合宿費用まで・・・となると家庭の負担はかなり大きくなってしまうだろう。すぐにGO!とはいかないのだ。もし、だ。もし仮に松江塾が合宿をやるとすれば、何かしらの「ノルマ」を課す合宿になるだろう。単語2000語完全暗記とか計算問題2万題制覇とか、関数問題3000題完答とか、地理歴史完全暗記とか、完全に「目で見える成果」を課すだろうね。合宿で授業をやるなんて、馬鹿馬鹿しくて・・・それだけは絶対にしたくない。さて、昨日も明け方まで夏期講習の日程で悩んでいたのだが、今日も寝られないんだろうな・・・・ちなみに、昨日の睡眠時間・・・50分~!!!いえーい
2006.05.23
僕は「余裕~」な空気の中では何事も頑張れない。もともと「怠け癖」のある人間である。もう一歩前進するためには、自ら置かれている状況のハードルを上げなければならない人間なのだ。松江塾のスタイルが、一般的な塾とかけ離れているのも、「ハードル」の一つだ。普通の保護者であれば、松江塾の建物に入った瞬間に眉をひそめるだろう。講師はだぼだぼ・びりびりのジーパン、茶髪・金髪・白髪当たり前・・・教室内にはおよそ教育機関とは思えない音楽が流れ・・・おそらく講師だと思われる人間が子供達と教室内を走り回り・・・そんな光景を惜しげもなくガラス張りの教室から外に見せているのだ。ありえないでしょ!?僕なんて、率先して「シルバーカーキアッシュ」という訳の分からない髪色にしちゃったし、高野君なんてズボン下げすぎて足が20センチくらいしかないし。町田君なんて、今日も明日もダンスの練習があるし、渋谷さんなんて今日もセクシーダイナマイツ!だし、斉藤君なんて、どこからどう見ても「軟派なキャッチ君」だし、そんな、塾としては致命的な講師陣を前面に出しているなんて・・・普通できないよね。でもやっている。どうしてか・・・それは、そういうマイナス要因を補うほどに頑張ってもらうためだからである。もちろん僕自身もそうである。とりあえず、敢えて「マイナス5」を抱える。他塾は「バリッとスーツ」「さわやかな笑顔」「丁寧な対応」で「プラス5」スタートだ。さて、早くも「10」も差が着いてしまった。どうする?他塾は授業で「プラス5」を上乗せし、合計「10」だよ。さて松江塾は「10」に並ぶには授業で「プラス15」、並んでもしょうがないので、無敵じゃなくちゃ意味がないので、授業で「プラス20」を上乗せするのだ。すると、「15」だ。やった!勝った!!!結果的に「5」勝ったことになるが、塾の要である「授業」において、他塾は「プラス5」松江塾は「プラス20」なのである。松江っ子たちが、3時間も4時間も5時間も机にかじりつき「ガツガツ」勉強できるのも、普通の塾に行っていたらぱっとしていなかった子達が勉強でヒーローになれるのも、松江塾の授業は「プラス20」だからだ。最初に敢えて「マイナス」を抱え込むことで、それを埋めるためによりいっそうの努力をすることになるのだ。それが結果的に「最強の授業」を提供できることになっているのだと思う。誰だって「マイナス」は抱えたくないよね。でも、僕らはやっている。自らハードルを上げることで、より高く飛べることを知っているから。おかげさまで、松江塾の保護者達は「見かけ」よりも「実」を重視される方が多い。本音を言えば、僕の髪色を「それはちょっと・・・」と思っている方もいるのだろうが、そこは僕のわがままを許していただいていると思っている。勝手な思い込みかもしれないが・・・でも、僕は昔から自分自身に「ギャップ」がないと駄目なのよ・・・
2006.05.23
先ほど計算道場に参加している方から、通常授業に移行したいとの連絡を受けた。小6生である。今現在は松江塾で計算道場を、他塾で通常授業を受講している子だ。その他塾には中学コースがないために、今の段階で松江塾に完全移行されるようだ。さて・・・それは大変うれしいことなのだが、その生徒は女の子である。中2生でも中間テスト終了後に新規入塾生がいる。この生徒も女の子である。最近、入塾者がほとんど女子生徒である。どうだろう・・・正確に数えたことはないが、6:4か7:3で女子が多いように感じる。理想は半々だが、実際に授業が始まってしまえば関係ないか。
2006.05.23
思春期の子供は、とにかく「多感」だ。それが親にとって望ましいか、望ましくないかは別として、「多感」・・・これに尽きる。ぼくのかわいいかわいい生徒にNoAhという子がいて、その子がブログを書き続けていることをご存知だろう。その子の今日の記事を見て、泣きたくなった。中には携帯からこのブログを読んでいて、ご覧になれない方もいよう。ちょっと引用させてもらう(NoAh,嫌だったら消すから言ってね。俺の携帯にメール頂戴ね)以下引用_____________________家を出てから塾に行くまでの距離できるだけ時間をかけて自転車をこいだできるならこのまま自転車を止めて静かなところに独りで座っていたかった別に塾が嫌だとか家が嫌だとかじゃないけれども空はもう暗くってほんのりと蒼くて星が見えなくて寂しくてできるだけ独りでいたくて誰とも喋りたくなくてでも独りは寂しくて誰かの隣にいたくて結局自転車は進んだままで止まることなく進んだままで空はやっぱり蒼くって私は独りで泣きそうで_____________________県内最難関の女子高に通う子である。勉強は「バリバリ」頑張っている。塾でも「魂」のこもった姿勢で勉強に挑んでいる。笑顔のかわいい子だ。その胸には、こんなにも複雑なものを秘めているんだね。大人になるにつれ、日々の生活に追われるになり、忘れかけていく・・・これが若さなのかな・・・・・・それにしても、若いというだけで、立派な詩人たりうるのだな・・・
2006.05.23
ペナ部進化によって、すさまじい結果が出たね。やっぱり松江っ子はやれるじゃないか!!中3Sクラス 英語テスト90点96点93点92点79点76点93点94点90点64点91点11人中8人合格!中3Sクラス 社会テスト94点98点100点100点92点96点100点100点98点96点98点11人全員合格!であった。さすがだ。中3Aクラス 数学テスト100点85点80点40点75点35点15点10点80点20点10人中合格者1名・・・中3Aクラス 理科テスト100点86点100点72点100点79点58点37点93点44点10人中4人合格こういう結果であった。Sクラスの連中は「さすが」である。若干たるんでいたメンバーも、引き締まったようだ。Aクラスも、Sクラスと比べると見劣りがするが、進化前は、「ヘボヘボ」だったのだ。数学などは、「惜しい」生徒が増えてきた。理科にしてもそうだろう。こうやって試行錯誤していくと、その都度「救う」ことができる生徒が数名ずつ現れるのだ。だが、まだまだへぼい点を取る生徒がいることも事実だ。そういう子たちは、何かしら「レスポンス」が遅いのだ。おそらく、ペナ部免除にリーチがかかって初めて「やばっ!」となるのだろう。Aクラスで、今日ダブル不合格だった生徒!!!!!勝負は木曜日の英語だからね。範囲は「have been to~」と「It ・・・ to ~構文」と「how to 構文」だよ!それだけだよ!!!!!合格しろ!!駄目なら・・・「追試免除」のパラダイスが待ってるからね。一回「ペナテストに落ちても追試で来なくてもいい♪」のを体験したら、戻っては来れないと思え!!そこは「パラダイス」という名の「地獄」だからね。
2006.05.22
どうやらゼスト艦長の塾が大改造を始めるようである。松江塾もその流れに乗ろうと思う。松江塾が入っているテナントは、改造ポイントが2箇所ある。一つは、裏の横重さんの事務所を塾として使わせていただくこと。これに関しては、去年7月の移転の際に、「塾生が増えて、裏にあるうちの事務所まで教室にできるくらいになればいいよね~」とおっしゃっていただけているので、何とかなるか。まさかこんなに早くそうなろうとは思っていなかったが・・・。二つ目は、「塾前面のガラス」である。松江塾のテナントは、「コンビニ」をイメージしてもらうのが一番はやい。道路に面した壁が全部ガラスなのだ。幅が9メートル、高さが3メートル強である。移転当時は借金生活だったため、手作りの「松江塾」やら「電話番号」やらをぺたぺたと貼っていた。だが、そろそろレベルアップするかな。見る人の度肝を抜くようなデザインにしたいと思う。これについては、「before」と「after」をお知らせしようと考えている。絶対に日本で唯一つのデザインにしてやる!他の塾長は「びびって」できないデザインにしようと思う!「それはありえないでしょ~!」というものがいいね。それでいて「無敵の塾」というのがビシビシと伝わるのがいい。さて、考えよう。
2006.05.22
中1の富士見中の生徒が、初めての中間テストの初日を終え、塾に自習をしに来た。やはり最初の話題は「今日どうだった?」である。返ってきた答えは「微妙・・・」痛恨の返答だ。ほとんどの場合、「微妙」という返答の場合は「できなかった」時である。多少びびりながら、どの問題ができなかったのかを聞いてみた。すると、微妙と答えた科目では「一問」間違えてしまったというのだ。そのとき、僕はその生徒がどういうレベルで勉強をしていたのか気付かされた。いい意味で「小学校と同じ」感覚だったのだ。ご存知、小学校のテストは「100点が当たり前」だ。その生徒は、中学校に入っても「100点が当たり前」の感覚だったのだ。そういう感覚で日ごろの勉強に取り組んでいたのだ。僕らはとかく「小学校と中学校とでは、テストのレベルが違う」ことを強調しがちだ。でも、それは「超上位層」の子には関係がないのかもしれない。むしろ、「中学のテストなんて100点取って当たり前!」くらいのことを言い続けたらどうか。そうすれば、全員が高い意識レベルでテストに挑むのではないか。そんなことを考えさせられた。なんて書いているうちに、その生徒は黙々と英語のワークをやり始めた。すごいね。今回の英語の試験範囲は「Are you ~?」までなのだ。その子はもう、中1の全単語を「読めて意味が分かる」レベルなのに、1ページごと、1問ごとに気合いを入れながら取り組んでいる。そんな姿勢が「一問間違って、微妙だった・・・」と言わしめるのだろう。見習いたい。
2006.05.22
A塾とB塾という二つの塾があるとする。二つの塾のスタイルは全く同じ。講師のレベルも同じ。規模も同じだとする。つまり、全く同じ塾が二つあったとする。そうすると、生徒は自宅の近くにあるか、仲のいい友達が通っているほうに行く。塾に個性がない場合、「距離」と「友達」から解き放たれることはない。では塾の個性とは・・・それは「違っている」ということに他ならない。いつもにぎわっている塾を見てみよう。明らかに「全て」が違うだろう。講師が違う。授業が違う。設備が違う。システムが違う。「塾」というものは「こういうものだ」という固定観念がほぼ出来上がっていると思うのだ。僕が新規の入塾希望者やその保護者と話していると、塾の内容を熱心に知ろうとしている人と、そうではない人がいることに気付く。塾の内容をあまり知ろうとぜずに入塾させようとしている人は、「塾はどこも同じ」と思っているのだ。だから、説明を聞いても聞かなくても同じだと思うのだろう。そうね・・・例えば「スーパー」を考えてみる。いかに個性的な商品を品揃えしているか、いかに定員の接客マナーがいいか。そんなことを切々と説明しても、お客さんは、「スーパーとは、食料品や日用雑貨を買うところ」と思い込んでいるだろう。だから、そんな説明は意味がないのだ。「近くて安い」ところであれば行くのだ。そういう固定観念の出来上がった商売では、より強烈な「個性」が必要だ。僕が常々書いているが、「面白い授業」は当たり前。「成績が伸びる」のも当たり前。「熱心な指導」も当たり前の当たり前。塾経営者が「これこそ我が塾の個性だ!」と気合いを入れて取り組んでいる内容は、全て「当たり前」なのだ。いくらそこに力を入れても、保護者から見れば「当たり前」なのだ。それではスーパーと同じように、「距離」と「価格」から切り離されることはない。必要なのは「付加価値」だ。それも、塾の経営とは全く関係がないと思われるようなところでの「付加価値」が大事だと思う。ともすれば「奇抜」とも受け取られるかもしれない。だがにぎわっている塾は、必ずどこかで「奇抜」なのだ。塾の人気を支えるのは紛れもなく「口コミ」だ。その口コミに乗るのは、「当たり前のこと」ではなく、「奇抜さ」なのだ。松江塾の場合、その指導スタイルが「奇抜」であろう。どこに追加料金も取らずに週2日の授業に対して週4日のペナ部を設けている塾があるだろうか。どこに、「笑い」を取れない授業をすることで塾長に怒られる塾があるだろうか。挙げればきりがないが、ママたちの口コミに「ねえ、ちょっと聞いてよ!!」と乗っかるためには、「ネタとして面白くなければ」だめなのだ。熱心なのはいいことだが、それを「ネタ」として口コミに乗せるママは多くはない。熱心なのは当たり前だからね。「熱心さ」が話題になる時点でまずいでしょ。「あの魚屋さん、新鮮な魚を売ってるのよ!!」なんて誰も言わないのと同じ。「新鮮さ」を売りにするなら、全て「いけす」販売をすればいい。そこまでやれば、それが強烈な「個性」になるだろう。塾屋さんは、もともと頭を使うのが好きな人種だ。だから一生懸命に考えるのだろう。「どうすれば・・」でも空回りしていることが多いよね。僕だったら、地域の魚屋でトップレベルの新鮮な魚を定員が全員イケメンで、彼らが「魚の気ぐるみ」を着て販売する。そして絶対に旬の魚を店頭で焼く。あと、「大きいビニール袋」は絶対だよね。これはスーパーで秋刀魚を買ったことがある人なら分かるはず・・・ものは何でもやりようだ。塾も同じ。最後に大事なのは、常識から外れることを「恐れないこと」。そして、「やりぬくこと」。恥ずかしそうにやると、見ているほうが恥ずかしくなる。「やり手」は当たり前のように「やりきる」パワーが必要だ。と思うのだが・・・如何?
2006.05.22
先ほどかかってきた営業電話に、もう少しで切れそうになった。内容は、パソコンを使った個別指導システムだったんだけど、「塾長一人で小学生から高校生まで何十人でも指導・管理できますよ~。」というのが売りらしい。そこまではよくある話だし、別にそういうシステムを否定する気もない。ただ、僕の考え方として、コミュニケーションのない指導はしたくない!だけなのだ。生徒が大きいヘッドホンをつけて、パソコンの画面を見つめているとき、僕は何をすればいい?って感じになるからね。そう伝えたのだが、営業の方は、こちらの言うことなど聞かないのが一般的だ。「県北の塾で、大成功している塾がありますよ~。」これもよくあるパターンだよね。成功事例を列挙しだした。僕が切れそうになったのは次のこの言葉。「○○塾っていう塾の塾長さんは、こんど4台目の車を買ったらしいですよ~。」・・・・は?そういう言葉で乗せようとしていることに腹が立つ。お金がほしいんだったら、そういう仕事をしてるっつうの!!遊び人時代は、今の2倍以上稼いでたっつうの!!車は1台でいいんだよ!そんなことのために毎日12時過ぎまで仕事してないの!わかる?電話だと思って、好き勝手言うよね~・・・本当にもう・・・・
2006.05.22
ワールドカップまであと少し。テレビなどでも特集が組まれ、盛り上がりを見せている。僕はこういう大きなスポーツイベントがある年に受験をする生徒は「ラッキー」だと思う。中には、深夜の中継番組を見るために「生活リズム」が狂ってしまう子もいるが、ものはやりようだ。一流のスポーツ選手で、努力をしていない人はいない。子供に「努力のすばらしさ」を伝えるいい機会だと思う。年俸○○億円なんて良く聞くけど、それは彼らの努力に見合った額だと思う。「へ~、すごいね~」で終わらせては勿体ないよね。ジャンルは違っても、努力は何かしらに形を変えて自分に戻ってくることを教えたい。受験の年にスポーツイベントを迎えたら、ちょっとした息抜きに中継を見て、子供と一緒に「何か」を伝えたい。大きな刺激を受けること間違いなしだろう。それにしても、彼らの努力はすごい。自分を「ラッキー」と評価している人がほとんどいないよね。やっぱり、分かってるんだね。自分の成功の理由を。生徒たちにも何か感じてもらいたいね。
2006.05.21
季節も変わるので、自分自身を大きくイメチェンしようとしていたら・・・何だか訳が分からなくなってしまった・・・もう誰だかわからないだろうな。う~ん・・・
2006.05.21
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