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JR東日本 EF651103牽引:チキ工臨JR東日本では、レール輸送にキヤを導入し切り替えることになり、首都圏における機関車によるレール輸送は、令和3年3月ダイヤ改正において消滅してしまったようです。平日の運用が多いようでしたので、撮影する機会も殆ど無かったのですが、運良く捉えることができた写真が2枚ほどありました。平成21年12月5日 北松戸~松戸間にて EF651103牽引 チキ4連207系900番台の最終運用を撮りに行った際、偶然に捉えたものです。定尺レール輸送の2連×2の4両編成で、チキ5200のようです。平成24年8月25日 大宮駅にて EF651103牽引 ロンチキ5連大宮駅で駅撮りをしているときに偶然撮ることができたロンチキです。チキ5500が5連になっているようです。偶然ですが、両方ともEF651103が牽引していました。本当はC編成も撮ってみたかったのですが、運用やダイヤを調べるのが面倒で、結局は撮ることはありませんでした。
2025.03.31
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国鉄 ED7679牽引:荷物列車(日豊本線)昭和54年、中学生の最後、卒業旅行で九州に初めて行きました。初期の交流機関車の引退も始まり、後進のED76が台頭していた頃でしょうか?ED76自体はそれほど興味があったわけでもなく、貨物列車も殆ど撮っていませんので、記録としては手元に残らない状態でしたが、偶然ながらキハ82特急「にちりん」の待ち時間に荷物列車が通り掛り、貴重な記録を残すことが出来ました。昭和54年3月24日 東別府~西大分間にて ED7679牽引 荷物列車時刻表を見ると、大分13:53着の急行荷物列車1031レがありますね。東小倉から宮崎行きの荷物列車で、大分から先では1日1往復しかありません。多分、この列車でしょう。当時は日豊本線にも多数の客車列車が走っていましたので、SGを搭載したED76は、かなり幅を利かせていたのではないかと思いますが、何故か写真は殆ど撮っていませんでした。移動のときも、たまたま電車が多かったようです。ブルトレのヘッドマークも省略されていた頃であり、自分が乗って行った「彗星」ですらED76の写真を撮っていませんでしたから・・・。中学生時代は写真代すら厳しかったですから、フィルムも節約していた可能性があります。その割りに、地獄めぐりでしょーもない写真を撮っていたりして・・・その分、ED76とか撮っておけば良かったのに・・・なんて今さら思います。
2025.03.30
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国鉄 ED7667牽引:貨物列車今回は、国鉄時代に1コマだけ撮影していたED76牽引の貨物列車の写真をご紹介したいと思います。ED76(基本番台)は、九州における電化延伸で電気機関車の増備が必要となった際、それまで保守に難のあったED72やED73に代わって、昭和40~51年に製造された60Hz交流機関車です。今回ご紹介する67号機は、昭和49年3月29日落成の三菱製。当時の運用までは良く知りませんが、ブルトレや普通列車、貨物列車まですべての運用に関わっていたものと思われます。昭和54年3月25日 日豊本線 津久見駅にてED7667が牽引する貨物列車で、次位にDE10と思われる機関車を連結しています。別府から延岡へ移動する際、急行列車の窓から追い抜きざまに撮影しており、おそらく当方の乗車した急行列車を退避していたのではないか思います。当時は既にED76が幅を利かせており、特に電化の遅かった区間では殆どがED76牽引になっていたと思われます。同機は、民営化後にJR九州に継承され、ブルトレの牽引などに当たっていたようですが、寝台特急「さくら」が廃止になった際に余剰となり、平成12年3月31日付で廃車されたそうです。※追記当時の時刻表を見返しましたら、大分~延岡を直通する普通列車は1日僅か3本のみで、しかもすべて客車列車であることが判明しました。別府で宿泊して高千穂線に乗り継ぎ、さらに高千穂峡の観光をしているので、大分初発の普通列車に可能性はゼロ。このことから、別府8:00発の急行「日南1号」以外には考えられないということになりました。
2025.03.29
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JR貨物 ED76牽引:貨物列車(鹿児島本線)2025年3月ダイヤ改正。近年はあまり話題が見つからないのですが、直前になってからJR貨物の九州地区において、EF81とED76の運用が消滅することを知りました。ここ10年くらいにおいても、老朽化したカマを置き換えるために北陸で運用されていたEF81が九州へ転用されるなどの動きがありましたが、EF510-300番台の新造が完了したのでしょうか、ここに来て国鉄形はお役御免となったようです。ED76は、昭和40年から製造された九州向けの交流機関車で、0番台と1000番台で117両が製造されたようですが、貨物大合理化やブルトレを含む客車列車の激減により、国鉄末期までに58両も廃車になってしまったそうです。早いものでは20年弱くらいしか活躍していないカマも含まれており、今では考えられないほど勿体ないことをしています。ただ、ED76はその性能から九州以外に使用できる線区がないため、当時としては仕方がなかったのでしょう。民営化以降、九州へは1度しか行ったことがないため、1泊2日の中で精いっぱい貨物列車を撮影した結果、4コマほどED76を撮影することができました。平成24年9月22日 原田~天拝山間にて ED7683牽引 4081レ平成24年9月22日 箱崎~千早間にて ED761022牽引 4085レ平成24年9月23日 福工大前~九産大前間にて ED761013牽引 2072レ平成24年9月23日 福工大前~九産大前間にて ED7659牽引 2083レ門司~博多では、貨物列車のスジを通勤時間帯から外しているようで、メインとなる時間はまだ日の出前。特に日本地図で東となる九州では、夜明けが遅いことが撮影のネックとなりました。民営化から38年、最後まで活躍したED76は、良くここまで頑張ってくれました。
2025.03.28
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小田急電鉄 5000形・5200形 通勤型車両小田急電鉄5000形は、昭和44~57年の長きにわたって製造された通勤車の決定版とも言える車両です。途中、地下鉄乗り入れ用の9000形の製造が行われたために製造が中断しましたが、また製造を再開しています。4両編成の導入から始まり、後に6両編成が製造されます。後期車となる6両編成はスタイルが一新され、形式上は区別されていませんが、5200形とも呼ばれていました。平成18年10月14日 海老名駅にて 5056 急行 小田原行き平成18年10月14日 海老名駅にて 5063 急行 新宿行き平成20年1月5日 和泉多摩川駅にて 5054 急行 新宿行き平成20年1月5日 和泉多摩川駅にて 5063 回送平成20年1月5日 和泉多摩川駅にて 5064 急行 箱根湯本行き平成20年1月5日 和泉多摩川駅にて 5567 急行 新宿行き平成20年1月26日 栢山~富水間にて 急行 小田原行き 平成20年1月26日 栢山~富水間にて 5555 回送平成20年1月26日 風祭~箱根板橋間にて 5570 急行 箱根湯本行き平成24年1月24日 参宮橋~代々木八幡間にて 5063 回送平成24年2月19日 新松田~開成間にて国鉄時代から通勤車の写真はあまり撮っていませんでしたので、これらの写真も廃車が始まってからとなります。昔はこの小田急顔があまり好きになれませんでしたが、今こうしてみると、これこそが小田急顔という感じがします。平成24年3月16日、その長きにわたる活躍に終止符を打つことになりました。
2025.03.27
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201系:中央快速線(サクラ編)中央快速線から201系が引退してかなりの年月が経過してしまいましたが、かつてサクラをメインとして写真撮影に行ったことがありました。※撮影は、平成19年4月1日、飯田橋~市ヶ谷間にて。既にE233系の置換えも進んでいましたが、まだ若干201系の方が多く来たように記憶しており、それほど長い時間ではありませんが、存分に春を満喫できました。桜吹雪を狙いましたが、電車の通過タイミングと風の強まりを同時に捉えるのはなかなか困難です。最後の1枚、やっと201系通過時に風が吹き、サクラ舞う瞬間を辛うじて捉えることができました。
2025.03.26
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JR貨物 EF641000番台重連牽引:貨物列車(武蔵野線)令和7年3月改正で消滅してしまったEF641000番台による重連運用。殆どは地元の東北貨物線での記録ばかりですが、武蔵野線での写真が1枚だけありました。※撮影は、平成23年7月27日、東川口~東浦和間にて。EF641041+EF641020牽引 89レ当時の状況は良く覚えていませんが、このスジは首都圏で運用されているEF64を稲沢に持っていくための重連運用だったような気がします。近くてもあまり近づかない場所でした。
2025.03.25
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JR貨物 EF641000番台重連牽引:貨物列車(東北貨物線2)前記事からの続きです。ワムからオールコンテナ化された焼島行きの紙輸送はですが、その後もEF641000番台の重連運用は堅持されました。平成22年11月30日 EF641023ほか 8089レ平成22年12月24日 EF641013+EF641018 8089レ平成22年12月29日 EF641036+EF641014 8089レここで8089レによる重連運用が終わっています。なんでか?よく覚えていません。しかし、高崎への重連運用は定期の2085レへと引き継がれ、変わらぬ姿を見せてくれました。平成23年2月25日 EF641006+EF641016 2085レ平成23年4月11日 EF641037+EF641003 2085レ平成23年6月28日 EF641035+EF651034 2085レ平成23年7月18日 EF641041+EF641025 重単2085レ平成23年10月28日 EF641047+EF641002 2085レ平成23年12月16日 EF641049+EF641050 2085レ平成23年12月28日 EF641038+EF641017 2085レ平成23年12月29日 EF641003+EF641049 2085レ平成24年1月9日 EF641019+EF641041 重単2085レ平成24年3月15日 EF641046+EF641005 2085レ平成24年3月17日のダイヤ改正において、中央東線の貨物列車がすべてEH200化されることで高崎線の貨物列車も整理が行われたようで、この重連運用も解消されてしまいました。地元でもEF64の運用はEF65とともに激減することになり、以降、貨物列車の写真もあまり撮らなくなってしまいました。模型ネタを2題。いずれもマイクロエースから。1つ目はマニ30。写真館では実写写真→国鉄 マニ30:現金輸送車マル鉄回顧録では前回品→マイクロエース マニ30入線前回製品はコンテナ列車に連結するようになった晩年のスタイルで、不要となった車掌室側の貫通幌が撤去された後の姿でしたが、今度の製品は貫通幌が撤去される前の姿で発売だそうです。意外と近いところで生産されたため、迷わず注文しました。参考販売サイトA1495 マニ30-2010 ホロ付[マイクロエース]《07月予約》A1495 マイクロエース マニ30-2010 ホロ付 Nゲージ 鉄道模型 【未定予約】[鉄道模型]マイクロエース (Nゲージ) A1495 マニ30-2010 ホロ付2つ目は、同じくマイクロエースのワサフ8800タイプ。写真館では→20系寝台客車:寝台特急「北星」急行「北星」の特急化にあたり、20系併結専用として3両のみが製造されたレア種。昔から製品化して欲しかった車両。残念ながらワサフ8000のバリエーションで、屋根や妻面の表現は実写と異なるとのことですが、テールランプが前後とも点灯するらしいので、荷物列車への充当としても逆向き連結など面白いシーンに使えそうです。A7262 ワサフ8802タイプ(青)[マイクロエース]《09月予約》[鉄道模型]マイクロエース (Nゲージ)A7262 ワサフ8802タイプ(青)いずれも単品のため、送料が掛かる場合がありますのでご注意!
2025.03.24
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JR貨物 EF641000番台重連牽引:貨物列車(東北貨物線1)国鉄最後の直流形電気機関車として製造されたEF641000番台。上越線の旧型電機たちを駆逐するために製造された、上越線専用の機関車と言っていい形式です。貨物列車や客車列車の大幅な削減により余剰となった同機は、首都圏の旧型電機やそれらを駆逐した新性能電気機関車たちでさえも追い払うほどの勢いで勢力を西へ拡大していきました。その中でも、上越線を含め、中央本線のような勾配を有する区間では重連運用を常とし、魅力のある運用を演出していました。地元の東北貨物線でも一時的ですが重連運用を見ることができました。ただし、これは本務運用ではなく、新潟方面へのカマの送り込みのためだったと記憶しています。令和7年3月改正でEF641000番台による重連運用が消滅してしまったと行くことなので、今回は地元で運用された重連運用の写真をアーカイブしておきたいと思います。平成22年3月24日 EF641037+EF641025 6789レ平成22年7月26日 EF641019ほか 6789レ平成22年8月18日 EF641034ほか 6789レ平成22年8月24日 EF641018+EF641019 6789レ平成22年9月30日 EF641015+EF641006 6789レまだあまり貨物列車の情報に疎かったころ、地元にワムを連結した貨物列車があるという情報に心が湧きました。いわゆる焼島貨物です。撮影当初はEF65PF牽引でしたが、ダイヤ改正からEF641000番台でしかも重連運用となりました。元々平日限定の運転だったと記憶していますが、列車番号は季節運転へと格下げされ、同様に平日限定の運転となっていました。当時としても希少なワム貨物でしたが、平成22年10月5日の運用をもってすべてがコンテナ化されたため、混結ではありましたがこのようなスタイルは見納めになってしまいました。しかし、オールコンテナ化後もEF641000番台による運転は継続されました。その2に続きます。模型ネタを2題。いずれもマイクロエースから。1つ目はマニ30。写真館では実写写真→国鉄 マニ30:現金輸送車マル鉄回顧録では前回品→マイクロエース マニ30入線前回製品はコンテナ列車に連結するようになった晩年のスタイルで、不要となった車掌室側の貫通幌が撤去された後の姿でしたが、今度の製品は貫通幌が撤去される前の姿で発売だそうです。意外と近いところで生産されたため、迷わず注文しました。参考販売サイトA1495 マニ30-2010 ホロ付[マイクロエース]《07月予約》A1495 マイクロエース マニ30-2010 ホロ付 Nゲージ 鉄道模型 【未定予約】[鉄道模型]マイクロエース (Nゲージ) A1495 マニ30-2010 ホロ付2つ目は、同じくマイクロエースのワサフ8800タイプ。写真館では→20系寝台客車:寝台特急「北星」急行「北星」の特急化にあたり、20系併結専用として3両のみが製造されたレア種。昔から製品化して欲しかった車両。残念ながらワサフ8000のバリエーションで、屋根や妻面の表現は実写と異なるとのことですが、テールランプが前後とも点灯するらしいので、荷物列車への充当としても逆向き連結など面白いシーンに使えそうです。A7262 ワサフ8802タイプ(青)[マイクロエース]《09月予約》[鉄道模型]マイクロエース (Nゲージ)A7262 ワサフ8802タイプ(青)いずれも単品のため、送料が掛かる場合がありますのでご注意!
2025.03.23
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JR四国 2000系:特急「いしづち」(アンパンマン)※本記事は、2022-02-13に投稿したもので、当時の表現になっています。国鉄時代から通して四国には未だに1回しか行ったことが無く、JR四国の車両・列車もその時に撮影したものしかありません。その中でも、短時間で多く記録できるように、とにかく動き回りました。国鉄時代、四国初めての特急列車として「しおかぜ」「南風」が設定され、キハ181系により運転が始まりましたが、国鉄末期にキハ185系が置き土産として導入されます。JRになって間もなく、本四連絡橋(瀬戸大橋)が開通し、さらにキハ181系の置換えを目的に2000系気動車が導入されます。宇高連絡船の廃止によって四国の玄関が変わってしまいましたが、四国で一番の都市である高松からも特急列車が存置され、瀬戸大橋組と併結・分割を行うようになり、予讃本線では特急「いしづち」の愛称が誕生しました。特急「いしづち」では、8000系電車と2000系気動車が使用されていましたが、新型気動車の導入により、2000系は2020年3月8日をもって運用から撤退してしまったそうです。ダイヤ改正ではその辺りの動きもチェックしていた筈なんですが、どうも失念してしまったようです。※撮影は、平成22年7月25日、高松駅にて。2000系 2110 2000系 2152アンパンマン仕様の2000系2両編成で出発を待つ特急「いしづち13号」です。昭和40年代から続く鉄道趣味では、どうしてもこのような装飾をしている車両が邪道に映ってしまい、邪道を通り越して許せない存在になってしまいます。しかし、DF50やキハ181系特急、キハ58系急行、雑型の郵便荷物気動車などを国鉄時代に一切記録することができなかった四国に30年以上の時を越えてやっと訪問することができたため、とにかく目の前に映った列車は捕獲するようにしていました。まあこれもデジタル時代のお蔭であります。この写真を撮影した当時はまだまだこの時代が続くと思っていましたが、10年も経つと時代が移り変わってしまうもので、高松から2000系気動車が消えてしまった事実を思うと、記録しておいて良かったと思います。
2025.03.22
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ED7712牽引旧型客車:磐越西線 普通列車磐越西線におけるED77形電気機関車牽引の旧型客車による普通列車です。※撮影は、昭和57年3月21日、翁島~更科(信)間にてED7712牽引 旧型客車による普通列車Wikipediaによると、磐越西線に50系客車が入線したのが昭和55年10月とされていますが、私はこの頃に2度ほど磐越西線の電化区間を訪問しており、1度も50系客車を目撃したことはありません。新潟側の方が早くに50系化されたように記憶していますが、電化区間に残った普通列車は基本的に旧型客車だったようです。まだクルマの免許を誰も持っていなかったので、翁島~磐梯町間10kmの道無き道を線路沿いにひたすら歩きましたが、当時は列車本数も少なく、撮影できたのは3コマしかありません。3月にしては珍しく雪がありません。この日は残念ながら冷たい雨が降りっぱなし。同行した3人で凍えながらひたすら歩きました。途中、更科信号所では、見るに見かねた珍客に同情したか、熱いお茶をご馳走になりました。この時、既に臨時雇用員として国鉄の研修期間であり、実習を兼ねて大宮操車場で働いていました。こういうところでも職員であるだけで色々面倒見てもらえたんですよね。
2025.03.21
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JR貨物 EF641000番台重連牽引:貨物列車(中央東線)全然マークしていなかった話ですが、令和7年3月大は改正において、最後まで残っていた中央西線のEF641000番台による重連仕業の貨物列車がなくなってしまったそうです。これまで、年末年始やお盆の長期運休の際には、重連どころか4重連回送など話題があったEF64。中央西線や中央東線では重連運転が当たり前でしたが、時代が変わり、EH200の導入による効率的な運用が功を成したため、とうとうこの時が来てしまったという印象です。これらの重連運用をわざわざ狙いに行ったことはありませんが、偶然にも撮っていたものがありましたのでご紹介したいと思います。平成20年10月11日 相模湖駅にて EF641017ほか重連牽引平成21年3月28日 相模湖付近にて EF641025ほか重連牽引いずれも中央東線にその他の列車を撮りに行った際、たまたま終わり時間が同じだったことで撮ることができた同じ列車です。列車番号は控えていませんでした。当時はまだ性能の良くないコンデジだったため、両方ともブレてしまって勿体ない写真になってしまったのが残念。他にも地元で撮った重連写真もありますので、いずれご紹介したいと思います。
2025.03.20
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JR東日本 DE101109DE10シリーズで、今回は別記事での再掲写真からDE101109号機をご紹介したいと思います。平成24年3月13日 青森車両センターにて青森車両センターで駐機中の同機を偶然に撮影したものです。同機は、昭和46年8月3日 日本車両にて落成昭和46年8月7日 一ノ関機関区配置昭和59年2月 盛岡機関区へ転属昭和62年3月 青森東運転区へ転属この間、青森運転所東支区、青森車両センターへ改称令和元年10月30日 廃車同機は工事用列車等牽引のほか、当時はまだ走っていた特急「あけぼの」「日本海」や急行「はまなす」の回送等の牽引も担当していたようですが、さすがにこれらの列車も全部消滅し、廃車になってしまっても仕方のない流れですね。しかし、驚いたことに、この車両は廃車後に整備を受け、東武鉄道のSL大樹用として、今も元気に走っているようです。そのうち再会できるかもしれません。
2025.03.19
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E217系:総武快速線113系の置換用として平成6年に誕生したE217系。そのE217系も交代の時期が到来し、令和2年頃から後継のE235系への置換えが始まりました。置換えのペースがそれほど早くなかったようでしたので、特に意識して撮影もしていなかったのですが、気が付けば4年程が経過し、いよいよ令和7年3月のダイヤ改正に合わせてすべてが運用離脱になるようです。この間、海外譲渡の話もあったようで、廃車ペースも遅かったようなのですが、これが破談となって急速な淘汰になったみたいですね。平成20年5月3日佐倉~物井間にて房総各線の113系廃車が迫った頃にモノサクで撮影したことがありました。初めてE217系を撮影したかもしれません。そのくらい興味がありませんでした。平成29年12月19日 東京駅地下ホームにて快速「エアポート成田」の愛称がなくなるということで、大手町勤務時代の利便性も相俟って東京駅で撮影したことがありました。特に、同時に直通廃止が話題となった、快速「エアポート成田」と併結されていた鹿島線「鹿島神宮」行きを撮影したものです。令和5年4月25 亀戸駅にて令和5年11月21日 新小岩にて時は流れ、まだE217系も見ることができたのですが、かなり本数が少なくなったような印象が濃くなってきた頃でした。この頃からコンデジの調子が悪くなってきて、チャンスを逃してしまうケースが多くなってきました。気が付けば横須賀線の走行シーンの写真は1枚もなく、撮ったものが快速「エアポート成田」の比重が多かったため、コマ数が非常に少なかった形式として終ってしまいました。E217系:快速「エアポート成田」E217系:東海道本線 普通列車
2025.03.18
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西武鉄道 4000系:池袋発 快速急行 長瀞・三峰口行き※本記事は、2020-03-07に投稿したもので、当時の表現になっています。西武鉄道では、長年にわたって運転されてきた池袋発の秩父鉄道直通の快速急行列車について、令和2年3月のダイヤ改正において系統分割されることになり、運転が取りやめになることとなりました。改正後、4000系による運転は飯能~西武秩父(長瀞・三峰口)のみとなり、池袋からは急行を乗り継ぐことになります。レジャー客に人気のあった列車であるだけに残念ですが、これからのホームドア設置に向けて、ドア位置・ドア数の合わない列車を走らせるのは不合理となるため、時代の趨勢から仕方がないのでしょうね。時間が早い列車で、今まで乗車したことも撮影したこともなかったのですが、その姿を記録したかったので、悪あがき的に1日だけ撮影に出掛けました。※撮影は、令和2年2月8日です。池袋駅にて 送り込み回送列車早朝の池袋発列車は、車庫から回送でやってきます。池袋到着時点で既に方向幕が準備されており、画になります。池袋駅にて 快速急行 長瀞・三峰口行き 出発待機長瀞行きと三峰口行きは、4連併結の8両編成。途中の横瀬で切り離し、続行で秩父鉄道を目指します。併結部分の貫通路は使用されていないため、乗る際は注意が必要です。前走りに乗って走行写真を考えましたが、折り返し時間の間合いは意外に短く、先行する列車がありません。仕方なく、記念も兼ねて乗車してみました。乗車率は座席定員で見ても7割くらいは埋まっている感じで、かなり人気が高いようです。車内も賑やかで、むしろ池袋から高イビキで寝ているサラリーマンが完全に浮いていました。石神井公園駅にて撮影の都合があるので1駅だけで下車。最後部からロケハンをしながらの乗車でしたが、快速急行はあっと言う間についてしまいました。少数の乗客が下車し、ここから乗り込む乗客は少ないようです。秋津駅にて 快速急行 長瀞・三峰口行き土休日の秩父鉄道直通列車は2本あり、先の列車からちょうど1時間後に池袋を出発します。上りのレッドアローを撮影しながら、もう1本の4000系を撮影することができました。東西に走っている池袋線では、朝の下りは逆光となり、上り列車もこの季節では日没。撮影にはちょっと厄介な列車でしたね。西武鉄道のアプリでは、形式や特徴を備えた列車を楽しいアイコンで表示しています。
2025.03.17
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今回は、写真なしの思い出話です。令和7年3月、ダイヤ改正でとある無人駅が廃止となりました。経営の厳しい北海道では、毎年いくつかの駅が廃止になっています。1日の乗降人員が1ケタとか、場合によっては0人というような駅もあり、無くなって当たり前ですね。こんな駅でも、昔は列車交換の関係で駅員がいた訳ですから、人口の減少や産業の衰退など、地方を取り巻く状況は非常に厳しいものと感じます。ニュースでも取り上げられていますが、今回の廃止で最東端の無人駅であった「東根室」駅が廃止になりました。ここは昭和55年に初めて渡道した際に通過していますが、下車はしていません。そしてもう一つ、日本最北の無人駅だった「抜海」駅が廃止となりました。この抜海駅も下車したことはなく、稚内への通り道として数回通過したことがあるくらい。本来なら縁のない駅ですが、思い出があります。初めて渡道したのが昭和55年3月、高校1年の最期でした。夕張→御崎と移動し、北上して宗谷本線稚内へと向かいます。乗車したのはもちろん急行「利尻」です。この急行「利尻」で稚内に向かい、すぐに急行「宗谷」で折り返してくる予定でした。途中、どこかの駅で車内のドアが開かなくなるという異変が起きていました。どうも故障ではなく、吹雪いてデッキに入ってきた雪が、客室ドアを凍らせたようです。そして、早朝なので状況が良くわかりませんでしたが、列車がかなり遅れだしていたようでした。南稚内駅への到着も1時間以上遅れていたでしょうか、なんと、南稚内駅で上り「宗谷」と交換になってしまいました。もちろん、下りの「利尻」から上りの「宗谷」に乗り換えるなど想定されていないでしょうから、特に案内も無かったように記憶しています。そして稚内駅に着くと、『大雪の影響で上り列車の運転は難しい』との情報でした。待つこと数時間、上りの普通列車を動かすとのこと。ただし、途中で運転できなくなるかもしれないという条件付きでした。それまで経験したことのない案内でした。稚内を発車してすぐに南稚内へ。そして宗谷本線へと入ります。そこで到着した1つ目の駅が抜海駅でした。当時はまだ有人駅だったはずです。ここで暫く停車。発車する様子が伝わってきません。次に流れてきた放送は、『これ以上先に進むことができなくなりましたので、稚内へ引き返します。』でした。1駅をゆっくり戻ると、南稚内に到着。車掌が回ってきて、『稚内駅まで戻るお客さんはいらっしゃいますか?』・・・『戻ります』・・・4~5人くらい居たような記憶です。そしてゆっくりと稚内駅へ戻ってきました。その日の上り急行「天北」は運休、結局「利尻」も運休となり、その日は全面運休。さらに追い打ち、『夜間は駅を閉めるので出てください』。外に出て待機などすれば、おそらく数時間で凍死するような猛吹雪。途方に暮れていたところ、かなり歳が行っていそうな大学生から『ユース行くけど一緒に行くか?』と声を掛けられました。当時は携帯電話など想像も付かない時代ですから、おそらく公衆電話から連絡してくれたのでしょう。受け入れてもらえることになりました。駅から目も開けられないほどの猛吹雪で真っ暗な街を、他の大勢の大学生たちとともにユースホステルに向かいました。翌日、早朝から駅に向かい、ただひたすら開通を待ちます。そして、やっと運転再開したのが上りの急行「天北」でした。しかも、天北線は不通のままなので、宗谷本線経由という北海道国鉄らしい、柔軟な対応によるものでした。車内は足止めを喰らった大学生たちで大賑わいでした。10日間くらいの長い行程の一部ですが、まだ旅慣れしていない高校生にとっては非常にインパクトのあった出来事でした。その思い出の片隅に張り付いていたのが「抜海」駅というローカル駅で、この出来事がなければおそらくは何の記憶にも残らなかった駅だと思います。そんな駅も利用客が大きく減少し、無人駅化、秘境化、そして廃止の道を辿ることになるとは・・・時代の波は容赦ありません。寂しい限りです。キハ54系:特別快速「きたみ」
2025.03.16
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JR四国 キハ185系:特急「うずしお」2025年3月のダイヤ改正を迎えましたが、遠いところの話で直前まで知らなかったネタがありました。JR四国で活躍する国鉄の置き土産であるキハ185系。未だに1回しか行ったことがない四国でも、やはりどうしても押さえておきたかったキハ185系で、訪問時にこれを目当てに高徳線を訪問しました。送り込みを兼ねた?運用で、1往復だけ存置されていたキハ185系による特急「うずしお」ですが、今改正で完全撤退となったそうです。1回切りの撮影ですが、ここでまとめとしたいと思います。※撮影は、平成22年7月25日、オレンジタウン~志度間にて。「うずしお8号」この回で本日最大の目的、四国での撮影のメインの一つとなっていたキハ185系使用の「うずしお」。余剰車がJR九州に売却されて久しく、数もJR当初よりかなり減らしてしまった貴重な車両となっています。しかし、2両編成とは寂しいですね。「うずしお5号」この区間では、比較的近い時間にキハ185系の「うずしお」が交錯します。この列車は何と4両編成!と思ったら、アンパンマン列車が増結されていたのでした。同じくこちらは後部を欲張って撮影したもの。最後部車は、塗装がJR塗装となって間もない頃の仕様となっています。こちらの方が私的には自然に見えます。「うずしお」のアンパンマン列車を運転する際のみ、専用のヘッドマークを取り付けているようです。私的にはどうでも良いことですが、滅多に行けない四国で意図せずに記録できたことは素直に嬉しく思います。JR四国 N2000系:特急「うずしお」
2025.03.15
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E353系:特急「はちおうじ号」平成31年3月ダイヤ改正において、「中央ライナー」の特急化によって誕生した特急「はちおうじ」。令和7年3月ダイヤ改正のプレスがあり、特急「おうめ」とともに登場からわずか6年で廃止になってしまいます。特急 はちおうじ・おうめ 運転終了中央快速におけるグリーン車の連結により、スピードの出せない特急は用済みということなのでしょうが、登場した経緯、走っている距離も含め、なんだかすべてが中途半端で微妙な話題です。平成31年3月19日 東京~神田間にて E353系 特急「はちおうじ1号」運転開始の翌日、仕事がちょっと遅くなり、ちょうど発車時間になりそうだったので、神田川の橋梁下で待ってみました。ISOを最大にしても1/25秒がやっと。しかもコンデジなのでファインダー画像が流れてしまうため、流し撮りは難しいですね。時間も把握していなかったのですが、改正前の「青梅ライナー1号」のスジが使用されていました。令和元年6月26日 新宿駅にて E353系 特急「はちおうじ5号」こちらも残業帰りの一服後、ちょうど案内表示が出ていたので。ヘッドマークが無い車両というのは写真として記録性に足りず、まったく写欲が湧きません。したがって、こんなサボを撮っておくことくらいしかないのが趣味的に非常に残念です。E257系:「中央ライナー」
2025.03.14
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E353系:特急「おうめ」平成31年3月ダイヤ改正において、「青梅ライナー」の特急化によって誕生した特急「おうめ」。令和7年3月ダイヤ改正のプレスがあり、「はちおうじ」と同様に登場からわずか6年で廃止になってしまうそうです。特急 はちおうじ・おうめ 運転終了中央快速におけるグリーン車の連結により、スピードの出せない特急は用済みということなのでしょう。まあ、乗り心地は全然違うんでしょうけど。令和2年5月8日 新宿駅にてこの日は22時半まで残業。新宿駅に着いたのは22:40を回っていました。すると、青梅行き特急「おうめ3号」が到着するというアナウンス。「青梅ライナー」が特急化され「おうめ」になりましたが、その際1往復のみの設定となって不評を買った列車です。そして、早くも1年後の令和2年3月の改正において、「はちおうじ」の1本を「おうめ」に振替え、2本体制となりました。E257系:「青梅ライナー」
2025.03.13
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189系M51編成(豊田車):快速「ホリデー快速富士山」※本記事は、2018-03-11に投稿したもので、当時の表現になっています。平成30年3月のダイヤ改正を直前に、最後の土日となった平成30年3月11日の運転をもって、189系豊田車による「ホリデー快速富士山」が最終運用となりました。まだ金曜日運転の「快速山梨富士」が残っていますが、ヘッドマークの掲出がありませんし、撮影に行く予定もないので、ここでまとめにしたいと思います。※撮影は、平成30年2月17日、新宿駅にて189系M51編成 「ホリデー快速富士山1号」あまり縁のなかった中央線の列車ですが、デジカメを買ってからは富士急への訪問があったりと、何回か撮影の機会があった「ホリデー快速」。デジカメで撮り始めた頃は「ホリデー快速河口湖」でしたが、外国人の訪日景気から名称を「富士山」にあらためました。「富士山」になってからも撮影したことがありましたが、先般引退したM50編成による「ホリデー快速富士山」しか撮ったことがありませんでしたので、国鉄色のM51編成が新鮮に映ります。終焉を迎えた新宿駅はホーム端が狭く、キツキツの状態。何とか先頭の頭をかわし、換算720mmで入線シーンを撮れました。既にヘッドマークも準備されていましたので助かりました。新宿駅ではまともな撮影は難しいと思っていましたが、みんな心遣いがあり、誰も居ないようなアングルで撮ることができました。もう最後になる可能性が高いので、記念になりそうなものはすべて記録に。横サボも自由席と指定席が色分けしているのをこの時初めて知りました。最後に後方東京方を撮って終了。本来なら走行写真を撮りたいところでしたが、改正前に押さえておきたい列車が沢山あったため、手短に済ませてしまいました。
2025.03.12
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115系:快速「ホリデー快速むさしの」「ホリデー快速むさしの」は、八王子・府中本町と大宮を直通で結ぶ快速列車で、臨時列車の位置付けですが、毎日運転となっていました。平日と休日とでは運転設定が異なり、休日では八王子~大宮間の「ホリデー快速むさしの」として1往復のみ、平日は「快速むさしの」として八王子・府中本町~大宮間を3往復します。また、休日は間合い運用として、大宮~鎌倉間を「ホリデー快速鎌倉」として運転される日がありました。同列車は、平成9年に「こまちリレー号」として運転されたのが始まりで、急行形や特急形も使用されていましたが、平成14年から115系化、さらに平成16年からは「快速むさしの」に名称が変更になっています。平成20年4月12日 大宮駅にて比較的に早い時間の設定なので、それまで写真を撮ることがありませんでした。このときは別の列車を撮るために大宮駅に居たもので、たまたまの撮影だったのです。同日、到着後の様子を撮影したものですが、休みの日にもかかわらず、6両編成の割りにかなりの乗客が居ました。直ぐに回送で発車してしまうため仕方なく撮った写真ですが、それなりに記録になったかと。平成20年8月22日 大宮駅にてこれは2度目。他の列車を撮影していて、アングルが選べませんでした。「ホリデー快速鎌倉」の運転が無い日は、クリーム地の平日用「快速むさしの」と表示されたマークが取り付けられました。平成20年11月3日 大宮駅にて上の写真とほぼ同じ構図です。珍しくキャノンF-1(ネガ)で撮影したものです。「ホリデー快速鎌倉」運転の日は、「むさしの」の表示が無い、オレンジ地の兼用ヘッドマークを使用しています。平成21年5月3日 西浦和駅にてこれもついでに撮った写真です。この日も「ホリデー快速鎌倉」運転の日だったので、オレンジのヘッドマークを付けています。平成21年5月23日 さいたま新都心駅(大宮操車場駅)にて最後に撮った写真です。予期していない時に通ったものを撮影したので、最後にしてはお粗末な写真になってしまいました。利用客の多い同列車は、平成22年12月4日の改正から正式な定期列車の運転となりましたが、快速運転ではなくなったため、「むさしの号」という名称に変更されました。同時に、205系または209系500番代による共通運用となったため、115系によるヘッドマーク付き運転も終了することとなりました。
2025.03.11
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小田急電鉄 8000形:準急 新宿行き平成30年3月、小田急電鉄のダイヤ改正で、他にも大きな動きがありましたが、自分の知識があまりないので、捉え切れないものが多くあったようです。その中で、地味ながら記録出来ていたものがありました。複々線化によって、本線と千代田線直通の系統が整理される中で、本線の新宿駅発着となる準急が無くなってしまうということでした。平成23年10月29日 喜多見駅にて 8565 準急 新宿行き平成24年1月24日 代々木八幡~参宮橋間にて 8065+8553 準急 新宿行き偶然ですが、両方とも8000形の編成でした。もしかしたら他にもあったかもしれませんが、視認性の良くない車両もあるので、区別が付かないものは除外しました。準急の種別自体は残るようですが、すべて千代田線への乗り入れ運用になるらしく、4000形以外の準急列車はなくなってしまうようです。全然着目していなかったので、他に写っているものがなく、残念でした。KATOから西武鉄道のしかも西武秩父線シリーズとも言えるラインナップが発売されるそうです。送料無料◆10-1359 KATO カトー 西武鉄道5000系 (レッドアロー) 6両セット Nゲージ 鉄道模型 【7月予約】[鉄道模型]カトー (Nゲージ) 10-1359 西武鉄道5000系<レッドアロー> 6両セット[鉄道模型]カトー 【再生産】(Nゲージ) 10-431 西武 E851 セメント列車 8両セット送料無料◆10-431 KATO カトー 西武 E851 セメント列車 8両セット Nゲージ 再生産 鉄道模型 【8月予約】送料無料◆10-1358 KATO カトー 西武鉄道101系 (初期形) 新塗色 6両セット Nゲージ 鉄道模型 【7月予約】[鉄道模型]カトー (Nゲージ) 10-1358 西武鉄道101系<初期形>新塗色 6両セット
2025.03.10
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EF58牽引 20系寝台客車:寝台急行「銀河」急行「銀河」の歴史、それはかなり古くまで遡ります。なので省略。私の知っている範囲でご紹介いたします。昭和40年代後半、「銀河」は2往復が設定されており、上下共に「銀河1号」は東京~名古屋間に急行「紀伊」を併結、A寝台車を含む全車が寝台車両で組成されていました。「銀河2号」はA寝台車を含む寝台車両が中心ですが、夜間乗降の需要があったのか、普通座席車を2両連結していました。この座席車には元特急3等車のスハ44・スハフ43も含まれていました。昭和50年3月、山陽新幹線博多開業による大改正により、「銀河1号」は特急列車に格上げされ、さらに運転区間を米子まで延長し、寝台特急「いなば」となります。これは、当時の寝台特急「出雲」が平日ですら90%を超える乗車率があり、寝台券を入手するのが日本一困難な列車であったことから、これを補完するために増発したものと考えられます。同時に相方となる「紀伊」も特急列車に格上げされています。一方、急行列車として東京~大阪間に存置された「銀河2号」は、20系による寝台専用列車に生まれ変われました。当時、特急車両を急行列車に転用した奔りであり、九州夜行急行「阿蘇」「くにさき」「雲仙」「西海」の14系化などにも見られた現象です。牽引機については、特急化された「いなば」「紀伊」も急行「銀河」もEF58が続投となっています。今回は、ほんの少しだけですが、EF58が牽引していた時代の急行「銀河」の写真をご紹介いたします。昭和52年 田町駅にて EF5841牽引 20系「銀河」回送急行「銀河」は、旧客編成であった頃からEF58牽引が定番で、20系化後も暫くの間はEF58が牽引していました。担当は宮原区となります。宮原区のEF58は、原形窓車か白Hゴムか極端に形態差がありましたので、EF58ファンにはあたりハズレが大きかったのではないでしょうか。昭和52年10月31日 大船~戸塚間にて EF58牽引 20系「銀河」中学二年生で鎌倉へ社会科見学に行った際、横須賀線の窓から写した上り急行「銀河」です。このときは、珍しく機関車次位にナハネ20の回送車を連結し、珍妙な編成になっています。牽引機のEF58の先頭部がブレてしまい、番号が判読できないのが残念なところです。昭和53年8月5日 真鶴~根府川間にて EF5883牽引」EF5883号機牽引の「銀河」で、撮影場所は当時全国的に名を馳せた白糸川橋梁です。昭和54年頃 東京駅にて EF58101牽引EF58101号機がまだ原形ライトを保っていたときのものです。当時、急行「銀河」は宮原区のEF58が担当していましたので、美しい姿のEF58が20系を牽引する姿を見ることができました。(一部に美しくないヤツもいましたが・・・。)東海道の寝台特急はヘッドマーク付が殆どでしたので、当時EF58はゴロゴロいましたし、ヘッドマークの付いていない列車というだけで、魅力は全く感じませんでした。そんなこともあって、EF58が牽引している写真というのはここにあるだけしか撮っていませんでした。
2025.03.09
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DD51牽引:北海道JR貨物編久し振りにDD51型ディーゼル機関車です。今回は、民営化後の北海道内で撮影した、JR貨物所属牽引の貨物列車編です。昭和62年12月13日 仁山~大沼間にて DD511087牽引小沼湖畔の有名撮影地。JR化してまだ間もない頃ですが、まだ青函トンネルは開業していないため、本州から海を渡ってきたコンテナではないでしょうか? 昭和62年12月13日 池田園~大沼 DD511149牽引こちらは同日の大沼駅を挟んで反対側。ナンバーが読み取れなかったのですが、拡大スキャンしてナンバーが判明しました。昭和62年12月13日 池田園~大沼 DD51牽引 ワキ5000こちらはワキ5000で組成された貨物列車。当時の状況から考えて、紙輸送ではないかと思われます。サイドから撮ってしまったので列車の全容が判らず、記憶も既に無いのですが、かなりのスピードでファインダー内を横切って行った記憶があることから、全車がワキ5000で組成され、最高速の85km/hで運転されていたかもしれません。昭和63年2月24日 石倉~野田生間にて DD51牽引景色優先で撮影したため、ナンバーの判読はできません。また、この時もまだ青函トンネルは開業していません。緩急車の連結は省略されているようですが、8両目にコキフ50000が代用で連結されているようです。昭和63年2月24日 野田生~石倉間にて DD51牽引 ワム貨物こちらも同日で上り列車となります。ワムで組成されていることから紙輸送だと思われます。機関車次位にタキとワキ25000が連結されていますが、こちらは検査入場の回送等と考えられます。昭和63年6月24日 有珠~長和間にて DD511046牽引こちらは青函トンネル開業後ですね。道内で初めてDD51牽引「北斗星」を撮影に行った時のものです。確か「北斗星5号」の前走りだったように記憶しています。平成2年9月5日 楓~新夕張間にて DD511059牽引この時はフェリーでクルマを持ち込んでの撮影でした。石勝線で撮影していた際に偶然撮れたものですが、当時はオリジナルではない塗装が非常に嫌いであり、なんの興味も持っていませんでした。今になってみれば、なぜカラーで撮っていなかったのか、非常に勿体ない気持ちです。平成2年9月9日 旭浜~静狩間にて DD511153牽引C623「ニセコ」運転日の谷間、勿体ないので「北斗星」の撮影へ。その際に撮影したもの。まだ大半が国鉄コンテナですね。平成2年9月10日 崎守~黄金間にて DD51牽引 ワム貨物「北斗星」を待っている際、反対側から来てしまったためこんな構図に。ワムの連なる編成は紙輸送で間違いないでしょう。平成2年9月10日 崎守~黄金間にて DD511158牽引これも前走りの貨物列車だったかもしれません。ちょっとスカスカ感が大きいですね。これ以降も数度北海道を訪れていますが、残念ながら貨物列車を撮影する機会はなかったようです。DD51も状態の良いものが廃車されてしまうような大量余剰を抱えた時代でもあり、更新車や更新色というものなど存在せず、やっと試験塗装車が出現しだした頃でした。
2025.03.08
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小田急電鉄 7000形LSE:特急「はこね」(リバイバル塗装)小田急電鉄では、平成30年10月13日の「特急ロマンスカー・LSE(7000形)さよならツアー」の開催をもって、LSEの営業運転が終了しました。昭和55年に誕生して以来、歴代のロマンスカーの中でも一番好きなデザインでしたが、小田急電鉄そのものに撮影に行く機会がなく、さらにHiSEと同様の塗装となってからは全く興味が失せ、足を運ぶ機会は一度もありませんでした。そんな中、LSE撮影のきっかけとなったのがリバイバル塗装によるオリジナルの復活でした。ちょうど500系「のぞみ」や寝台特急「富士」「はやぶさ」の引退で小田原方面へ足を延ばす機会があり、デジカメ導入と共に仕事でも現場回りで小田急沿線への仕事も重なったため、何度か撮影する機会に恵まれました。LSEについてはその殆どが過去ログで整理済みですが、特急「はこね」だけはLSE引退の機会を捉えてまとめようと残していましたので、ここに最後のアーカイブで締めにしたいと思います。平成20年1月26日 「はこね11号」 小田原駅にてLSEにリバイバル塗装が復活後、3度目の訪問で初めてオリジナル塗装を捉えることができました。平成20年1月26日 「はこね12号」 風祭~箱根板橋間にて500系「のぞみ」の間隔が開く時間を利用し、箱根登山鉄道の区間まで深追い。初めてこの区間での撮影をしました。既に3軌条では無くなっており、もっと早く来ていればと後悔。平成20年1月26日 「はこね25号」 栢山~富水間にてせっかく捉えたスジを見過ごすことが惜しくなり、500系「のぞみ」の撮影を捨てて、撮影を続行しました。平成23年10月29日 「はこね8号」 経堂駅にて好評のリバイバル塗装はそのまま走り続け、また捉える機会がありました。この間も何度か小田急沿線に出掛けていますが、リバイバル塗装になかなか当たらず、371系「あさぎり」の撮影に行った際に同業者からの情報で撮影することができました。平成23年10月29日 「はこね21号」 経堂駅にて上り列車は出来が良くなかったため、上り折り返しまで待機。やっときれいな順光の写真を撮ることができました。平成23年11月13日 「はこね35号」 新宿駅にて井の頭線の撮影の帰り、新宿駅の乗り換えで偶然にLSEを発見。東日本大震災復興のステッカーも。平成24年2月19日 「はこね7号」 新松田~開成間にて平成24年2月19日 「はこね21号」 渋沢~新松田間にてこの日は、HiSE、RSE、そしてLSE更新色がすべて最終運用となったロマンスカー史上もっとも大きな転換を迎えた日。白いポツポツは汚れではなく雪。残存が約束され、復刻塗装が2編成に増えるLSEとしては主役になれなかった日でした。平成30年1月31日 「はこね45号」 新宿~南新宿間にて現場回りの仕事が無くなり、小田急線での撮影の機会も全くなくなりました。新宿での会議があった際、LSE引退のアナウンスがあったことからどうしても「ホームウェイ」の記録を残したくなり、帰宅時間を調整して寄り道しました。この頃はまだ2編成とも残っており、「ホームウェイ」撮影前にもう1本のLSEに出会いました。平成30年2月17日 「はこね2号」 豪徳寺駅にて小田急電鉄複々線化完了に伴うダイヤ改正で多摩急行廃止などの動きがあり、午前中をメインに撮影。偶然にも「はこね2号」に運用されている姿を捕らえました。平成30年2月17日 「はこね23号」 新宿駅にて「あさぎり」→「ふじさん」化に伴い、最後に「あさぎり」を待ち構えていると、またLSEに出会いました。ダイヤ改正後は小田急線へ撮影に行く機会もなくなり、これが最後のショットとなりました。他のロマンスカーと比較して晩年とは言えそこそこのカットが残せたので悔いはないですが、職場旅行というのが無くなってしまって以来ロマンスカーに乗ってもなかなかLSEに当たることが無く、惜しむらくは1度も乗車機会がなかったのが残念です。『小田急電鉄:7000形LSE「ホームウェイ」』『小田急電鉄:7000形LSE「さがみ」』『小田急電鉄:7000形LSE「スーパーはこね」』『小田急電鉄 7000形LSE車 特急「はこね」(新塗装)』
2025.03.07
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E3系0番台:「なすの」平成9年から秋田新幹線「こまち」用として使用されてきたE3系0番台。後継E6系の導入により平成26年3月のダイヤ改正で一線を退き、車齢の新しい一部の車両は改造が行われたり、「こまち」に充当しない一般の「やまびこ」「なすの」にも運用されていました。コロナ禍における運転本数の削減もあってか、最後まで残っていたE3系0番台は令和3年3月のダイヤ改正を待たずに運用から外れることが発表され、回復の兆しも見えないことから、このまま引退となってしまったようです。※撮影は、平成26年6月14日、大宮駅にて。E3系+E5系 「なすの253号」E3系+E5系 「なすの268号」まだE3系が「こまち」から撤退した直後で、残党がいるということをあまり意識していなかった頃です。別の写真を撮っていたら偶然にも隣のホームにE3系が入って来たので慌てて撮影したもの。それまで併結相手はE2系のみでしたので、E5系との併結シーンも初めて見ました。さらにちょうど10分後、上りのE5系を見ていたら、後部にE3系が連結されていたので2度目のビックリ。短時間で2本のE3系0番代が見られたのはラッキーでした。その後も何度か走行しているところ目撃したことはありましたが、特に追い掛けることはしなかったので、この機会の記録だけに終わってしまいました。
2025.03.06
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DD51牽引 旧型客車:普通列車(根室本線421レ)昭和54年の時刻表から根室本線を見ると、気動車による普通列車が多い中で、区間は異なりますが、3往復程の客車普通列車が運転されていたようです。このうちの1往復は、全国で4往復が存在した寝台車付きの夜行普通列車で、北海道では「からまつ」を名乗っていました。しかし、この「からまつ」が昭和55年10月のダイヤ改正で廃止されてしまうと、客車列車による普通列車は激減し、滝川~釧路間、釧路~根室間に1往復ずつのみと、大変貴重な存在になっていました。昭和56年3月16日 池田駅にて DD51578牽引 421レこの写真は、池北線を北見側から踏破し、池田駅での交換待ちの際に偶然に出くわしたときのもの。当時の時刻表を見ると・・・根室本線 下り 421レ 池田 11:29着 11:49発 釧路行き池北線 上り 932D 池田 11:21着 11:37発 帯広行きとなっており、池北線から直通の帯広行きにもかかわらず、421レが到着してから932Dが発車するまで8分も停車時間があったため、余裕で撮影できたということのようです。昭和56年3月17日 落合~新得間にて DD51642牽引 421レ翌日、早朝から狩勝峠での撮影に臨みました。とは言いましても、当時は地図も持っていませんでしたので、比較的に安直な場所を選んでいます。めちゃくちゃ気温が低く、カップラーメンを食べるために鍋に雪を入れ、沸騰させるまで30分も掛かりました。雪が積もっていますので、乾いた枯れ草を集めるのも一苦労。極寒の大地で食べたカレーヌードルは、生涯忘れられないおいしさです。この区間唯一の普通客車列車となった421レ・422レは、客車3両に荷物車が5両という、人荷が逆転した編成。時刻表を見る限り、根室本線には急行荷物列車が設定されていませんので、1往復の客車列車と夜行急行が帯広・釧路・根室方面の荷物輸送を担っていたということが分ります。
2025.03.05
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キハ181系:急行「シュプール白馬・栂池」『キハ65系エーデル車:急行「シュプール白馬・栂池」』『DE10牽引 14系リゾート客車:急行「シュプール白馬・栂池」』『DE10牽引 20系寝台客車:急行「シュプール白馬・栂池」』に続き、今回はキハ181系による急行「シュプール白馬・栂池」です。平成2年2月16日 急行「シュプール白馬・栂池11号」この頃には山口線訪問もしなくなっており、山陰本線でしか見られないキハ181系を見られるのは大変うれしいことでした。何せ、気動車の中では一番好きな車両でしたから。しかも、塗装変更前の姿を最後に見ることができた瞬間でもありました。平成2年2月16日 429D大糸線各駅には収容スペースが殆どないため、客車列車はプッシュプルとし、糸魚川までその都度回送されていました。一方で、単線で線路容量も足りない大糸線内では、交換設備からはみ出してしまう長編成は回送列車ですら何本も設定するとができないため、気動車による「シュプール」に関しては、回送するスジを一般営業列車に充て、折り返し普通列車として運転されることが特徴的でした。平成2年2月17日 急行「シュプール白馬・栂池9号」こちらは翌日にキハ181系が充当された9号です。あまりピントが合ってなくて見づらいんですよ。天気が悪かったのもあるし、この頃はかなり視力が落ちてきたので、ピント合わせすら勘だったような気がします。平成2年1月号のDJでは、このキハ181系のシュプール号の設定はなかったのですが、翌2月号の予定から突如姿を現しています。この前までは「サロンカーなにわ」「ゆうゆうサロン岡山」などの欧風客車も使われていたようですが、まるでピンチヒッターのようにキハ181系が加勢し始めたように見えます。この後、急な旅程の変更により、日本海側経由で板谷峠へ向かうことになってしまいました。その際に乗車した糸魚川行きの普通列車が、ちょうど9号折り返しの429Dとなっており、普通列車ではありますが、人生で初めてキハ181系に乗ることができました。各駅では編成がホームからはみ出してしまうため、確か1~2号車しか乗車できなくなっていたと思いますが、超ローカル線では乗客が殆どおらず、ゆったりと過ごせた記憶です。悲しいかな、キハ181系の乗車できたのはこの時が最初で最後となってしまいました。
2025.03.04
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青森観光バス:日野ブルーリボン今回は地味なバスネタです。寝台特急「日本海」の最期を撮影に行った、青森県で撮った写真です。待ち時間に暇だったので、国道を眺めていると、なんか古そうなバスがやってきたので撮影しておきました。路線バスではないので、その素性はわかりませんでした。青森観光バス(青森200か・622)日野ブルーリボン撮影地である鶴ヶ坂~津軽新城間で会いました。家に帰ってから調べてみましたら、日野ブルーリボントップドアの観光バス顔仕様みたいです。拡大してみると、青森競輪の送迎バスのようで、時刻表で見ると激少な設定。非常に貴重なシーンを収めました。さすがにもう引退しているでしょうね。
2025.03.03
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E231系山手線:いいとも最終回ラッピング編成令和7年2月28日、新宿アルタが45年の歴史に幕を下ろしたそうです。アルタと言えば、お店そのものよりもやはり「笑っていいとも!」ですよね。国民的番組です。既に就職していたので、あまり見たことはないのですが、金曜日のさんまとのトークは好きでしたので、日曜日の笑っていいとも!増刊号は録画して見ていたように記憶しています。今回はこれに関連したネタを思い出したので、予定を急遽差し替えてご紹介したいと思います。※以下本文は、2014-04-02に投稿したもので、当時の表現になっています。平成26年3月31日をもって、31年間続いてきたフジテレビ長寿番組「笑っていいとも!」が終了しました。思えば、私がちょうど国鉄に入社した年からずっとやっていたんですね。考えたらエライ長い年月でした。放送終了間近となった平成26年3月19日より、笑っていいとも最終回を告知するラッピング車が、山手線506編成に施されて走るようになりました。短期間ですので捉える機会はないと思っていましたが、朝からの人身事故に伴って迂回乗車した際、偶然にも乗った電車がこの「いいともラッピング車」でした。※撮影は、平成26年3月31日、池袋駅にて。すべてケータイ写真なので画質が悪い点はご勘弁を。田端駅では撮影する暇がなかったので、下車駅の新宿で降り際に撮影できればよいと思っていました。ちょうど先頭車でしたし。しかし、考えてみたら山手線側はみんなホームドアが設置されてしまったので撮りづらかったんですね。失敗したと思いました。池袋で撮影したのは理由があります。ただでさえ遅刻になって困ってしまったのに、今度は強風で線路に飛んできた支障物を撤去するため抑止になってしまったのです。それもしばらく掛かりそうだと。そうか、じゃ~反対ホームから撮れるではないか・・・このアングル、ホーム端ギリギリなので、ケータイでなければ全体を写せなかったかもしれません。サイドも重要なのでちょっとアップにしてみました。今までラッピング車は数えられないほど運転されましたが、芸能人の顔が入ったヘッドマークというのは記憶にありません。また、今回のラッピングについてJR東日本から何の告知もありませんし、車内は何ら手が付けられていなかったので、イベントということではなく、単なるフジテレビが広告主だったということのようです。私自身、別にタモリさんのファンでもいいとものファンでもありません。単なる記録としてラッキーだったということですが、我が女房と娘はいいとも出演実績があることから、相当な思い入れがあるようで、羨ましがられました。
2025.03.02
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EF81牽引:寝台特急「日本海」奥羽本線内におけるED75700番台牽引が解消され、寝台特急「日本海」は大阪~青森間の全線にわたりEF81が牽引することになりました。今回は、後期~終盤のEF81が牽引しているシーンご紹介します。昭和61年9月8日 下浜~道川 間にて EF81125牽引 「日本海3号」ヘッドマーク復活後、初めて撮影した「日本海」は、まだギリギリ国鉄時代でした。塗装変更車など存在せず、ナチュラルな姿が当たり前の時代でした。平成4年8月18日 八郎潟~鯉川間にて 「日本海3号」次の出会いは民営化後、平成になってからでした。この頃はSLやDL列車の撮影ばかりで、風景中心の鉄道写真ばかり撮っていました。そんなこともあって、今になってしまうと機関車のナンバーが判らないなど、残念な部分もあります。平成20年4月22日 金沢駅にて EF8146牽引 下り「日本海」2往復設定されていた「日本海」は、平成20年3月ダイヤ改正で1往復に縮小されました。前の写真のすぐ後に結婚したため、SL以外の撮影には行かなくなってしまい、この間の記録が殆どありません。撮影活動を再開したといえるのは、デジカメを購入してからになります。485系「雷鳥」がなくなるということで急遽北陸へ出向き、帰路の寝台特急「北陸」乗車までの待ち時間に撮影することが出来た久し振りの「日本海」。当時のデジカメの性能が良くなかったため、あまりブレずに撮れた唯一の「日本海」でした。平成24年3月11日 青森駅にて EF81101牽引 上り「日本海」そして時は流れ、平成24年3月ダイヤ改正で「日本海」は廃止されることになってしまいました。25年勤続のお疲れ様休みを利用し、いざ東北へ出掛けました。思い立ったのがギリギリであったため、東日本大震災のちょうど1年後というタイミングの悪さでしたが、後悔を残さないために青森バルブへ特攻しました。平成24年3月12日 鶴ヶ坂~津軽新城間にて EF81106牽引 下り「日本海」翌日は走行写真の撮影に有名撮影地へ。大雪の年であったため、撮影も大変なものでした。冬の磐越西線以来の過酷さでしたが、成果を得ることが出来たことでそれも良い思い出です。平成24年3月13日 鶴ヶ坂駅にて EF81107牽引 下り「日本海」さらに翌日はもう1か所の撮影地を目指したのですが、大雪で足場が悪いうえに意外と時間がなく、仕方なく駅撮りになってしまいました。しかも、現れた「日本海」はヘッドマークが雪の付着で全く見えず、もうそれはガッカリしました。そしてこれがラストショットとなりました。初めて出会った昭和49年以来、ブルトレの中でも一番好きだった寝台特急「日本海」。乗ることすら叶いませんでしたが、ブルトレファンの原点となった列車。最後にトワイ色が1枚も撮れなかったのは残念でしたが、最後の数日を一緒に過ごすことができて本当に良かったです。20系寝台客車 ナハネフ21:寝台特急「日本海」24系寝台客車:寝台特急「日本海」
2025.03.01
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