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< ロングバケーション > アン:「もうすぐお正月だし、みんなで行こうよ!」アンの傍らで二人とも頷く。マーク:「タカシは家族同伴だろ?」タカシ:「もちろん!長い事出張ってことにして、留守にしてたからね、うんと楽しい思いをさせてやりたいんだ・・・」 マーク:「タカシ、そのバケーションに良かったら、二人ほど僕の友人を連れて行きたいんだが・・・」タカシ:「もちろん、君の友人なら大歓迎だけど・・・ぼくの知ってる人?」マーク:「きっとね、二人ともMr.伊藤のホームパーティの常連だよ。『スウェ-デンの女医』とカリフォルニアから来てたジョンだよ・・憶えてるだろ?」 タカシ:「勿論、憶えているけど・・・まさか!あの二人も君たちの・・・」マーク:「ビンゴ!そうなんだ、それに今度の作戦にも力を貸してもらっている。彼らのシップでアメリカとヨーロッパ、中国の動向を監視してもらっていたんだ」タカシ:「それじゃあ言うこと無いよ、僕からもお礼を言いたいし」マーク:「よし、決まりだ」 タカシ、マーク、アン、+コンピュータの「ダディ」が声をそろえて 『 決まりだ!ロングバケーション!!』 完やっと完結しました、長い間愛読していただき、有り難うございました。 沢田 佳
2010.09.17
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< 最終章 >タカシたちを乗せた天蓋=マザーシップが天空にその姿を消したころ、「巨大な手」たちもアフリカの大地に、予定された氷山を運び終え、揃ってゆるやかに上昇を始め、やがて青い空に溶けてゆくように見えなくなった。「巨大な手」たちは元の半透明にもどり、多くの個々となって月のまわりを通過しながらそれぞれの銀河系へ帰って行くのだが、途中で彼らは、月の裏側にむかって手を振る仕草を見せた。そんな彼らを、「ありがとう!」と言いながら見送っているのは、マザーシップの中のタカシ、アン、マークの3人である。すべてのスターライフたちを見送った3人は祝福のハグを交わす。「やったね!」「お見事!!」元の姿に戻ったタカシにアンは、「タカシ、ご苦労様!」そしてマークは、「祝杯を挙げる前にタカシ、光シャワーを浴びてさっぱりしておいでよ。もう何日も浴びてないだろう」「ああ、できれば温泉といきたいところだけど・・贅沢言ってられないね」そこでアンが一言、「そうよ、今一番忙しいのは前田首相なんだから」光シャワーのあるブロックへ歩きはじめながら、タカシが切り返す。「仕方ないさ、今までのんびりしてたんだから」アンとマークは、かおを見合わせて眉を上げる。『そりゃ、そうだね』と、目がものを言っている。数分後、マザーシップは月の表に移動していた。3人は大きなディスプレイの前に立ち、地球を眺めている。彼らが手にしているのは、タカシの好きな北海道産のワインを満たしたグラスだ。マークが口を開く「タカシ、何か一言ないかい」「そうだね・・まずは弥勒様と大勢来てくれたスターライフさんたちに感謝を、それから・・・ここにいるお二人と大願寺のみなさん、今一番多忙な前田首相に、ご苦労様と言いたい!」マークとアンそろって、「Yeah!」「それから、もうひとつ」タカシは地球を覗き込むようにして言った「地球のみなさん、恒久平和実現のため、この過渡期を誠実に頑張ってくださいね。ぼくらは、しばらく息抜きさせてもらいますから!」 マークとアンがまた声を合わせて、「そうだ!ロングバケーションだ!」3人は久しぶりの祝杯を挙げた。 ☆次回で完結予定です
2010.09.12
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にほんブログ村 今日も、しいな☆pinkroseさんのコメントにお答えするかたちでつぶやきます。それは、「大 変 更」の完結を間近に控えた今だからこそ、あえて明らかにしておきたい思いがあるからです。しいな☆pinnkroseさんのおっしゃる>「何をもって「救い」とするか・・それは その人それぞれなのでしょう・・。大切なのは、その「救い」になる基が、自分にあるのかどうか・・」の中で特に「その『救い』になる基が自分にあるのかどうか・・」ぼくは独断でこのことにこそ大きな鍵、つまり解りそうでいて解ったように思えない思考の迷路を解き明かす鍵があるように思えるのです。僕流に言わせてもらえば、「その『救い』の基が自分にあるのかどうか・・」と考えるよりも「自分は『どうあれば救われた』と思えるのか・・そういうふうに発想を転換することがベターだと考えたのです。ぼくの救いは身近では、奥さんと協力して我が子たちを独り立ちさせる。そして遠くでは、是非会いたいひとに会える場所が欲しい。6年前に亡くなった大好きな父、僕の腕の中で息を引き取っていった友、祖父母、愛犬、愛猿みんなに会える「アーカイブ星」のような場所があったら・・・そう願っています。あきれる方も大勢いらっしゃるでしょう。でも、ひょっとして可能性がまったく無いわけじゃないとしたら・・・アメリカの人類学者だったと思うのですが(今ネットで探してる)彼女が集めたデータに人間に死直後に僅かながら体重が一瞬にして減少する、例の「21g」ではありませんよ、最近のデータです。そこで、アインシュタインの相対性理論によると、「質量とエネルギーは等価」です。エネルギーもごくわずかですが質量を持ちます。なんと90兆ジュールのエネルギーが1gの質量を保つことになるということ!物質がなくて、エネルギーだけが存在することは無いそうです。その物質のエネルギーが高くなると、エネルギーの分だけ質量が増えます。逆に、エネルギー状態が低くなれば(化学反応であっても)その分、質量は減ります。その変化は90兆ジュールで1gなので、通常の化学変化では質量の変化として観測できないと教わりました。そこに「宇宙の総エネルギーは常に一定である」をあてはめると・・・視認不能となった物質はエネルギーと共に何処かに移動したとは考えられないでしょうか?ブッダの示した「極楽世界」を「アーカイブ星」と言い換えれば、どうでしょう。ぼくらは、会いたかった人に会えるかもしれないのです!(頭、イカレテルと思われるかも・・・)それを『救い』と位置づけるのは突飛なのかも・・・でも僕にとっては素晴らしい世界なのです。その世界がある、そう思えるだけでこの大変な現世を少しは楽しく生きてゆける原動力になる、僕はそう考えています。小説「大 変 更」に登場する「巨大な手」は、「質量とエネルギーは等価」から発想したものなのです。
2010.09.09
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みなさん、こんばんは。沢田 佳です、いつも応援ありがとうございます!さて、今日は突然ですが、仲良くさせていただいているブログのお友達からある質問を受けました。それは、この小説の肝心なことです。とっくにこの小説の中で説明しておかなければならなかった事柄だったのです。この大事なきっかけを与えてくださった ☆しいなさん☆♪に感謝しつつはじめます。肝心なこととは、「救いという名の真理」が何かということです。まずはじめに、僕の考える「真理」とは、決して難しいことではなく、例えば「万有引力」であり、この世では僕は決して君ではない。なにも難しい方程式に基づいてややこしい計算などしなくても理解できること。今あなたの目の前に鉄アレイがあるとして、その頑丈な鉄アレイも手入れしなければいずれは錆びて朽ち果ててしまう。 実に簡単なことです。ところが、「救いという名の真理」となると、そのとたん、読み手の方の内側に疑問や不快な印象を与えてしまうでしょう。当然のことです。何をもって「救い」とするか・・・さまざまに意見が分かれることでしょう。ぼくは僕なりにある答えを得ています。こういうと宗教って思うでしょうね。たしかにぼくは宗教を大切にしてます。しかし、いくら高僧の残した教えを読んでもなにか腑に落ちなかった。この世の命を終えたあと、かたちは違えども命(生命エネルギー)は永遠に続く。だから「善を成せ、悪を慎め」なんでしょうね・・・でもそれだけじゃどうしても納得出来ないことがたくさんこの世には有る。なんとか科学的理論で納得したい。ぼくは15歳のころから真面目にそう考えていました。そしてやっと見つけた答えが、ホーキング博士の「この宇宙には始まりや終わりといった特異点を設ける必要は無い。宇宙は生成と消滅を繰り返している」という「無境界境界理論」それに、アインシュタインの格言で「私たちはいつか、今より少しは物事を知っているようになるかもしれない。しかし、自然の真の本質を知ることは永遠にないだろう」なぜなら、「宗教を基としない科学は、不揃いな足のようであり、科学をあてにしない宗教は盲目である」このように教えてくれています。 ちゃんと伝えられたでしょうか。ぼくは仏教と物理学(量子力学)に救われた気になれています。
2010.09.07
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< 別れのとき > 一部の小国の代表たちの拍手につづいて、割れるような拍手が巻き起こった。それは、1分以上も鳴り止まず、その様子は衛星放送を通じて世界中に報じられ、感動の嵐に巻き込まれるように、地球上が拍手に包まれたのである。 同じ頃、大願寺救世堂前庭は、タカシ扮する弥勒如来との別れを惜しむ僧侶たちによって埋め尽くされていた。 タカシは、僧侶たちを見回してから言葉を発した。「この度、私がこの世に現れたのは予定をはるかに大変更してのことであった・・・・・今、別れるにあたり、貴方がたに残す言葉があります。仏法は単なる学問ではありません。まずは、貴方がた自身が救われることを考えなさい。自らが救われると知り、歓喜した命でなければ他の命を救うことなど出きません。その為にこそ経典を学ぶのです。決して偉くなるためではありません。 この度の危機は、多くの人々とスターライフの皆さんの協力を得て脱することが出来ましたが、諸行無常(この世のすべての事物は移り行く、常に一定を保つ事はできない)の理は変りません。すべての人々に救いという名の真理を知らしめるまで、僧侶の役目は終わらないのです・・・では、またいつか、何処かで必ず逢えましょう。その日を楽しみにして、ひとたびここでお別れいたしましょう」 すべてを話し終えたタカシは、弥勒如来は、慈しむようにすべての僧たちを見渡してから振り返り、救世堂の中へ戻ってゆく。合掌し、平伏したのち官長と大老僧のふたりによって救世堂の扉が閉められた。僧たちが合掌する中、救世堂の真上に浮かんでいた巨大な天蓋(じつは、アンたちの乗るマザーシップ)が神々しく輝きはじめ、はじめはゆっくりと・・・やがて急上昇し、天空へ消えて行った。
2010.09.02
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