まんがよみ日記
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「私は〇〇〇〇です」昔の私の志向をご存じの方ならこの記憶を共有できるかもしれない。ひところ私が足繁く通っていた劇団の主宰者が、その劇団の節目のタイミングで、その劇団の主要メンバーと思しき人物たちに「あなたは〇〇〇〇(劇団名)ですか?」ときいていた。劇団というのは、世間の人がどう思っているかはよくわからないが、「所属」というよりは、集団としての表現活動の拠点であり、実際その劇団の主要メンバーで「私は○○○○です」と言った人はそう多くなく、かつ意外な人物だった記憶。さて、「□□□です」と、そのよりどころを名乗ることについて考えてみる。1.自分で名乗る2.他の人からそう呼ばれる自称、の反対語はなさそうなので、ここでは1または2の言葉で表現できるケースをそれぞれ考えたい。1. 自分で名乗る場合「私は□□□です」と自分で名乗るのは自由だ。報道などで時々「自称ホニャララ」と呼ばれているのをみていたたまれない気持ちになるのは、自分だけがそう思って名乗っている様子だと報告されている、あるいは、名乗ってはいても、実質はそれにふさわしい活動実積がないことを伝えているからだろう。2.他の人からそう呼ばれる場合他の人から「あなたは□□□ですよね」と言われて嬉しい場面や、名誉だと感じることも場合によってはあるだろう。しかし、自分が望んでいない場合にそう呼ばれるのは、本人にとっては大変困ることだと思う。嫌だと思っていてもそう呼ばれ続ける、というのは、健全とは言えないし、そう長く続けられるものではない。つまり、「自分で名乗る」「他の人からそう呼ばれる」の両方について、双方の了解と合意があってこそ「私は□□□です」は成り立ち、認められると言える。ここからは、あるバンドについて、あくまで個人ブログの書き手として、私の考えを述べる。そもそも、あのバンドは1989年に解散してから、その実体はないのだ。まずそれを前提にしたいと思う。そのうえで、解散時の4人のメンバーは、最後にそのバンドのメンバーだった方々として、敬意を向けるに値すると私は考える。最後まで、そのバンドであり続けてくれたことには感謝しかない。解散後、メンバーの皆さまは、それぞれの音楽を追究する活動を続けてこられた。大人になった私たちが、改めてその良さにしびれるほどのカッコよさをもって、そのバンドの曲を演奏する活動をしてくれたというその功績だけでも、解散時の4人のメンバーが、そのバンドのメンバーだ、ということに私は何の不満もなく、当然だと考える。亡くなったメンバーは、その死によってそのバンドを構成するメンバーではなくなるものなのだろうか。近年、この解散時の4人が、あのバンドの曲を、オリジナルへの理解とリスペクトをもって演奏してくださっていた、その姿を見たことがあれば、そのように思うことはないだろう。それらの活動は、CDやDVDの作品として記録され残っていて、今なお正規に流通していてだれでもみることができる。少なくとも2011年以降、はじめは3人で、次は4人で、そして2人で、解散時のメンバーはそれぞれご自分の音楽を続けながら、あのバンドの曲を演奏する活動をしていたことを、ちゃんと見て知ってほしい。そしてDVDにもなって残っている2015年のライブでは、リーダーがステージ上で、大きな声でそのバンドの名を名乗った。誇らしげに、ちょっと照れながら。そうはっきり名乗ってくださったのを目撃した方々の感激はいかばかりだったか。DVDの本編はもちろん、YouTubeでみられるダイジェスト版でも、その場面をみるたびに胸が熱くなる。その数か月後、お一人はご病気で、お一人はやむを得ない事情で、そのバンドで活動することができなくなった。そこからさらに歳月を経て、あとの2人でそのバンドの名を名乗ることになったのは、そのお2人が望んだというよりは、それらの過程があって、結果として、2人でそうなったのだ。だから、こういう周囲の方々と、このような活動をしてきたのですよ、ということを逐一見ないことには、どうして2人でそう名乗っていたのかは理解できないと思う。論拠を出せ、証明をしろ、と言うこと自体が、このバンドの置かれた状況を理解していないということだ。そんな長い何年もの記録なんか読めないと言うならば、この問題の本質に立ち入ることはできないと思う。こういうプロセスを経てこうなったのが、このバンドの今だと、物語的に説明するしかない。過去はすでに過去のものだ。事実は消えない。しかし、40周年に至るまで、その楽曲が世にずっとあって存在感を持ち続けてきたのは、これらの楽曲を歌い続けてくださってきたことによるものだ。オリジナルへの理解とリスペクトをもって演奏してくださっていたのは誰なのかを、忘れないでいたい。
2023年07月17日