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昼、隣りの課の上司が突然「警察!」と大声をあげる。「飛び降りた!」と日本語になっていない。あわてて通報する同じ課の女性も住所が言えなくなっている。 隣りのビルから飛び降りた人がいたらしい。窓際に駆け寄る人。自分は死体を見るのがいやだったので机に張り付く。なんとなく社内が興奮している。警察が通報者から事情を聞くためとびこんでくる。同じ課のなんでも笑って話すおやぢがやっぱり笑って話しかけてくる。サイレンと警察の拡声器で騒然となる界隈。 死に対して恐いと感じる自分。死について考えてみようかと思ったがなにも浮かばない。論理よりさきに動物的な感情が先に来るところにまだ精神の健康を感じる。不謹慎な話だが。死を前に死は語れない。語るとは対象から距離がないと語れないものなのかもしれない。恋や平和や人生のように。 非常線を張られて車が出せなくなったので徒歩で外出。 地下鉄の中の広告でヒッチコックが宣伝しているマンションを発見。なんでだよ。と思ったら撮影所の隣りに建つかららしい。鳥が襲ってきたり殺人を目撃してしまったりいつのまにか犯人にされてしまったりするのか?と思うやつはいないだろうが。人選がよくわからん。 人選がよくわからんなあと思いつつふりかえればそこに竹之内豊の予備校広告。これもまたよくわからん。 目的地につくと得意先が「メガネどうしたの?」という。今日は電車で来たんですよ、と答える。いつも車で来るのでメガネの顔しかみたことないらしい。キャラも変えたほうがいいのかしら。 帰社するとふつうの風景に戻っている。井上陽水の「傘がない」を思い出す。都会の冷淡さとみるかタフさとみるか。自分としては同じ風景になっている安堵感が先にくる。しばらくはそこを通りたくない。 あんまり仕事の能率があがらなかったのでけっとばして定時で退社。 帰宅途中実家に電話。母に誕生日おめでとうを言う。ありがとね5●歳の誕生日を祝ってくれて。とおもいっきりサバを読む母。まあいいだろう今日ぐらいは。忙しそうだったのでさっさと切る。元気そうでなにより。 そういえば「石野真子と五つ子」と誕生日が一緒というのを毎年聞かされていたが未確認。歳がばれるよその人選。まあいいや。みんなみんなまとめてはっぴーばーすでー。(♂)
2005年01月31日
書類をコピーしにコンビニに行く。 派手に泣きだすコドモに遭遇。小林まこと「一ニの三四郎」風にいえば「びえええーーーん」と表記するのが適当なような。あまりの激しさになんか危ないものを感じる。がんばれ親。泣いてもムダだと思わせろ。 自分には経験がないものの武道を習わせるとポジティブな意味での無力感で暴れていたやつも喧嘩をしなくなるという。圧倒的に強いやつが世の中にはゴロゴロいる、という現実にぶつかって自分の位置付けをして謙虚に(少しは)なるらしい。 ということを考えると、序列づけをしない昨今の教育はどこか違うということになる。かつて「15の春を泣かすな」とかいうフレーズがあったが、泣かせまくったほうがいいのだ。 だから親よ、涙に勝て。などと考えながらコピー終了。教育問題は子供がいないからこそいくらでも語れるが言葉の軽いことではあるよ(感嘆文)。子供の泣き声の着ボイスの携帯があったらやだなあ。びえええーーーん。 家に帰って玄関を掃除。葉っぱを集めて袋に詰める。隣りの奥さんと遭遇。挨拶をかわす。大人だなあ。と思う。いやむこうからみてもこっちは立派なおっさんなんだろうけど。ちゃんと顔をみて挨拶したけど、いまだに顔を覚えていない。ダメだ社会人として。ちゃんとイラストでかけるぐらいにしよう。あんまり見つめるのもなんだけど(自意識過剰)。 ポトフの材料を買いにスーパーへ。昨日買ったのが「キムヨンジャのキムチ」。なぜに演歌歌手?商品名がアホらしくてGETしたのだが、これって「氷川きよしのタクワン」みたいなもんか。それって売れるのか。って買うやつがここにいる。 マンガ喫茶で一条ゆかり「プライド」3巻を読む。 お嬢様育ちと場末出身の女が火花をちらす歌の世界で、はじめて共同作業したらうまくいくという展開がいい。濃いなああいかわらず。 歌ネタつながりでハロルド作石「BECK」をはじめて読む。バンドそのもののネタよりも中高生のもつ馬鹿さかげんがいい。おおいにはまる。ゴリラーマンと同じ作者だけにそのへんの青さがぐっとくる。これって今の高校生が読んでどうなんだろう。もしかしたらかつての中高生が愛読しているのかも。 パンやに寄る。クリームパンとかフツウのしか残ってないのが残念。おねえさん髪型かえましたね。といおうかどうか迷う。いってどうするよ。と迷いながらも会計終了。なんなんだ。(♂)
2005年01月30日
朝起きて洗濯しつつシャワーを浴びる。別に外出する予定もないが少しでも勤労意欲を高めようと寒い中あびるシャワー。ナルな自分に酔う。惜しむべきは鏡に映る肉体だけである。目をそらすな自分。めざせデューク更家。 床を拭き洗濯物をかたづける。ご飯に冷蔵庫の残りをかけて朝食。意外とうまい。精神の信号。うまい、とかまずい、とかいう感覚がなくなったら自分としたらアウトだ。とりあえず心身健康だ。ただこういう単純なリアクションをもっと磨きたいとは思う。 読書するとか芝居を見にいくとかそういうことでも磨ける感性はあるが、日常の感性だって十分サビを落とせる。もとい、落とす習慣をつけなければいけない。サビさせるのが日常のほとんどを占めているのだから。 たとえば洗濯物を干すときに、ああキレイな空とか寒くなったねえとかふっと感じること。この繰り返しだけでも生活って潤う。ほんとはそこで一句詠むとか絵を描くとかできればいいのだが。さらにその感想を共有できる相手がいればいいのだが。とか考えながら洗濯物を干す。 日本人の繊細な感性というのはやはり四季が培ったものなのだろう。ということはエアコンが普及することで日本人のアドバンテージは失われているのか。でも寒いよここエアコンないと。 ひさびさに昼はパスタを茹でる。ツナと納豆をぶっかけてまじぇまじぇして食うジャンクな味付け。イタリア人は怒るだろうか。すまんジローラモ。でもうまい。珈琲をいれてかみさんをおくりだす。 映画「キル・ビルvol.1」を鑑賞。WOWOWでやっていたのを録画しておいたのだがエグくてかみさんがいやがるのでほっておいたのだ。ようやく観られた。残酷なシーンが多いのはたしかだが日本のB級映画がとにかく好きなんだなあという愛情いっぱいさが伝わってきてグー。 こっそりぱくるより愛をこめてこういうカタチにするオマージュはいい。好感がもてる。日本でもやんないかなこういうの。たとえばかつての70年代のヒーローがやたらギター背負って馬に乗ってたのって西部劇への愛だろう。たぶんだけど。あとはかつてのグループサウンズのひねりのなさとかいい。余裕がなくていい。パクりだってどうどうとパクりだってわかるよういやればパクりでない。芸術である。 ところでなにができるだろう。そういえばタランティーノの「レザボアドッグス」を舞台を幕末にかえてTHEガジラが芝居にしていたけど。あんまり成功した企画ではなかったが。あれなんかタランティーノも喜ぶと思うのだが。 そんなことをしているうちに夕方。キムチチゲ材料を買いにでかける。 自分の家の2件隣りの玄関があいている。引っ越しの際挨拶に数回行ったのだが一度もでてきてくれなかった。今日通りがかりにみたら結構たくさん人間が住んでいる様子。挨拶ぐらい顔だしてくれよ。まあいまさら素性をしらべるのもなんなので「デビット・ベッカムさんのおうち」(仮称)ということにしておく。根拠はない。ところでガイジンの名前にさんをつけるとヘンなのってなぜ?(♂)
2005年01月29日
会社の同僚とサシで飲む。 内容は先週の旗開きの反省。というのがたてまえ。女装に反省もなにもないもんだ。ちなみに今後に活かさないから反省という←自分ではそう思っている。ハムレットが物語で内省するのに対して日本人はやたら反省する。だから「ハムレット」は理解されない。なんて聞いたことがあるが。どうだろう。 薄いカーテンが下りた軽い鬱みたいになって1週間がすぎた。すごく昔の出来事のような気がする。反省はなにもないが鬱になったのがせめてもの己へのなんらかの罰なんだろう。芝居をやり終わった直後もいつも同じ状態だった。いきおいで裸になった自己嫌悪というか。アドレナリンを出しすぎてバッドトリップというか。とにかく一時的にバランスが崩れる。修行の甘さか。 そういう精神状態を酒を呑んで発散するのはバッカスに怒られると思う。だから会社の話から夫婦トークまでしょうもない話をだらだらしゃべって3時間をすごす。愚痴というよりは事件を語ってサカナにする彼のセンス。ツッコミが楽しい。 家の話をする。 たとえばそれは自分に娘がいたとして、やがて大きくなる。娘の前に現れるオトコがたとえば「元演劇人でまんが好きでサブカルチャー好きなデブ」だったらどうよ?←結婚は許さん!みたいな話。 自分なり相手の親に感謝する根拠。なにかといえばそういう部分である。自虐の意味でなく「自分なんか」を受け入れてくれるヒトたち。自分が親の立場で受け入れる側だとしたらどうなんだろうね。というシュミレーションをしてみて笑う。 ちなみに同僚は「鉄道マニアでコンタックス好き」だ。コアな部分をあげるとそういうことになる。コアな部分だけで紹介したらだれでもこういうキャラになる。 喋りまくってなんも残らない。これもまたひとつの発散なのかも。またこういう罪のない(でも聞くひとによっては当り障りのある内容)時間をつくってくれる同僚には感謝する。 ほろ酔いで帰宅。またもや寝過ごす。 タクシーの運転手さんと軽く世間話。 最近はすっかり寝過ごすヒトも減ったねえ。不景気でサイフがきついんじゃないの?キツイから緊張してちゃんと家に帰るんだろうね。という話。すみませんサイフはきついんですけどそれ以上にアルコールに弱いだけです。と答える。 酒について反省を生かしたほうがいいかもしれない。(♂)
2005年01月28日
寝過ごしたわけではないが終点で起こされずいぎたなく寝ているとさみしい。 都会のぬくもりを要求するほどあつかましくはないが。乗り換えは終点だからかまわないのだが、そこでむさぼる睡眠が惜しい。寝顔をさらされてああこいつは気付かないのだという目でみられるのがいやだ。獣神サンダーライガーのマスクでもかぶればいいのか。これなら絶対おこされない。ってますますじゃん。 だからせめて私だけでもと電車で降りるときだれか寝ているとつっついてやる。肩を触るとスリだと思われるかもしれないので雑誌をまるめてひざのあたりをついついやって走り去る。口笛とともに。中にはいつまでも寝ていたいひともいるだろうがいまのところない。だいたいは感謝する余裕もなく走りさる。というより感謝する脳が覚醒するまえに私は目の前にいない。コビトさんのしわざにしかみえない。すまん放送禁止用語で。 これをみんなでやれば、寝過ごしてタクシー代を払うこともないのだ。しょうもないビジネスホテルに泊まることもないし。ファミレスでまずい珈琲をすすることもない。マンガ喫茶で読み尽くした「美味しんぼ」を読んでダウナーに入ることもない。サウナで貞操の危機(あるいは出会いの場か)もないだろう。森林公園からスタンドバイミーごっこをひとりやることもない。ってそれは学生のころの私だ。寒かったぜ比企郡。 ってあげていくと寝過ごし産業というのが世の中にあるのかもしれない。年間何億円がみんなが起こさないがために動くのだとしたら、それはそれで日本経済に役にたっているのか。そうかそれでみんな起こさないのね(絶対違う)。 だから今日も私は降り際にみつけては起こす。日本経済の役にはたたないかもしれないが、企業戦士(ぷぷ)の家庭の財政と平和を乱さないようにするだけでこれはこれで平和の原因だろう。ひとりの労働意欲をうばわないことで会社が、やがては国がよくなるかもしれない。よくなれば、世界がよくなるかもしれない。 少なくとも私の妄想力だけはほらひとつの親切でこんなに膨らむぢやないか。 だから私もたまには起こしてくれ、アメあげるから。(♂)
2005年01月27日
元同僚♀と焼き鳥を食う。 おもな目的は共通の友人の結婚式写真を渡すためである。前の週に「渡すものがあるので通過する改札にて1分くれ」というそっけないアポメールを送り、それもなんなのでとごはんを食べることにしたのだ。そっけないのは相手の多忙を慮ってのこと。といっても信用してもらえなかったのは私の不徳の致すところ。 時間きっかりに登場した彼女はあいかわらずニコニコしていた。笑顔で怒り笑顔で泣くヒトである。つまりはそういう顔だ(失礼)。その笑顔で「太ったね」という。うるせえよ。って、笑顔で怒らせるヒトでもある。 待ち合わせの場所からちょっと離れた焼き鳥やにとびこむ。生ビール2つと適当なツマミを注文。近況報告。といってもなんでも別の同僚から聞いているらしい。すげえよオレより知ってるよ会社事情。そのうち人事は彼女に聞いたほうがいいかもしれない。 たまに呑みにいっていた元同僚というだけで思い出話をするほど共通の職場でなく会うまでは不安だったのだが喋りだすとどうでもいい話ができる。彼女の話術だ。聞き上手さはちょっと真似できない。どんなところにいっても通用するだろう←よいしょしてもなんもでないのだけど。 家にかかってくるマンションなどの勧誘電話までつきあってしまうらしい。さっさと切れよそんなもん。というと「だって買うかもしれないじゃないいつかは」という。いつかになれば考えりゃいいじゃんというと「でもねえ」という。相手はマンション売ってなんぼの商売してるんだからあなたも相手も時間をつかうことで損をしてるんだよというと「そうかなあ」という。 回転レシーブのように会話をかえすヒトだ。ツッコンでもツッコんでも拾いつづける。だいいちいつのまにかオレも勧誘のヒトみたいな会話になっている。こんな調子で粘り腰で断るんだろうか。さすが元卓球部員(意味不明)。 記憶力が異常にいいのも気配りの元ネタなのかもしれない。私の個人的データでさえ漏れなく覚えているのがすばらしい←というか恐いぜ。悪い事ができない。ごまかすと容赦のないツッコミが入るのだ。妻にしたら恐いタイプだ。頼むからそろそろ忘れてくれあのころのオレの発言。っていうほどなんか言ったわけではないが、たぶん若さの勢いみたいなセリフをこの女は覚えているに違いない。消すならいまか(笑)。 口が堅いのも尊敬できる。共通の友人の写真を渡すときに聞いたのは「~さんの職場電撃結婚も知ってたよ。だって奥さんが自分で話ふってたし。なんできづかないのみんな?」という。わかんねえよ男はそういうの。「でもだれにも黙ってたけどね。他のヒトにいうならもんたまさんに言うよ」こういうのって転がされているんだろうか。まあいいけど。 それよりはこうやって日記に書く私が軽すぎるだけかもしれないが。ほんとはヒトとしてあたりまえであることがいいヒトなのかもしれない。私にはできないが。 なにはともあれ元気でよかった。次は痩せて会おうとこっそり決意←約束にあらず。(♂)
2005年01月26日
どうも明日、自分の仕事以外の仕事で自分の体をひっぱられるらしい。 らしい、というのはボスから帰社するやいなや「あしたなんだけどさあ」と発生した事故処理の応援に行かされる旨を告げられたのだが、詳細がまだはっきりしていないのである。せめてそれくらい計画を組んでくれ。忙しいのはわかるけど。 私にはその仕事との接点がないし抱えている仕事があるので応援とか誠意とかそういうあいまいな浪花節で動くのはどうも納得がいかないのである。給料の範囲外だろう。という線引きをするほどもらっていないのも腹がたつ。あ、それはオレの仕事か。 「事故の大元になったヤツにケツをふいてもらってもらってくださいよ」といちおう部下の立場をわきまえつつぶーぶー言う。ぶーぶー言っていちおうカタチの上はすっきりしてでかけるはめになる。 「昼飯はおごるから」と言われるが「大元の元凶にカネをださせないと納得いかないですよ」と答えたらボスもさるもの。「帰ったら領収書を担当者におしつけるよ」という←ヤマダくんボスに座蒲団やって。 文句いったってやらされるのは決まっているのだがどうもあたりまえのように頼まれている気がして頭にきている。そんなにヒマにみえますかね?というと「その部門に明るいヒトに行ってもらうことにしているんだよ」となかなかうまいことを言う。将来自分が部下をもつことになったらこのフレーズはつかわせてもらおう。上司の技術、それはアメとムチだ。 たしかにこういう事故のときでさえ「窓際」なやつには頼まないのは不思議だ。あまっているんだから使えばいいのに。「窓際」にするにはするなりの筋のとおしかたがあるのかもしれない。 ああ素直になりたい。言われたらまっすぐにはいはいいえるフットワークと性格のよさがあればこんなにストレスにならなくていいのに。「フツウの仕事」として受けられるのに。 あるいは絶対にいやとゴネつづけるアホさがあれば「頼まれないライセンス」がもらえるのに。そういう治外法権があれば余計なストレスがないのに。 どっちにしろ「いやな仕事」を極力やりたくない。やるならハードボイルドにコトをすませたいと思う。 O.ヘップバーンは言った。「私が成功した理由?それはいやな仕事をしなかったことよ」 ・・・手遅れかオレ?(♂)
2005年01月25日
食堂のおばさんはイイヒトだ。彼女が来てから格段にメニューのレベルがあがった。おいしいとかまずいとかいったらやっぱり所詮社員食堂なんだけど、愛がある←この陳腐ないいかた。でもそうとしか言いようがない。漬物とかも材料はともかくどうも個人的に漬けているようだ。すげえ。 時間におくれる連絡をしても快く待っててくれるし、遅めにいけばおまけがつくこともある。それをめあてに行くほど食欲でがつがつしているわけではないのでほんとに恐縮する。きっとこの仕事が好きなんだろう。リアクションの薄い会社でそのモチベーションを維持するのってなんだろう。あの少し困ったような笑顔からいえばほんとにイイヒトだからとしかいいようがない。 いちばんおいしい瞬間に少しでもちかづけようと長蛇の列になろうとじっくりつくるスタイルは大胆ともいえるがその列にならぶのは悪い気分ではない。なんとなくみんなもそれほどいらいらせず待っている不思議な間がある。あのキャラがなせるわざだ。 社員ひとりひとりにわざわざ●●さんはうどんですか?蕎麦ですか?と名前をよびかけてわたしていくのもいい。なんかあったかい。 でも、もう1年近く違う名前で呼ばれている私。いまさら修正できないのをだれが責められよう。 ・・・小声ではこのまえ修正したんだけどね、どうも聞こえなかったみたい。ま、いいか。(♂)
2005年01月24日
かみさんの職場の話。 同じ職場にダメダメ社員君♂がいるのだが、女の子(自分のストライクゾーン限定)にはやさしいらしい。逆にいえばストライクゾーンでない女の子はいじめたりするらしい。というたいへんわかりやすい性格の方だそうだ(苦笑)。何のために職場に来てんだか。いじめのためか? 先日職場で寿司を配る機会があって、あるそいつの「ストライクゾーンの女の子」がワサビが苦手でサビヌキを頼んだ。そこまではよかったのだが、寿司屋さんがフツウのもサビヌキもまぜて持ってきたらしい。女の子はあきらめてまあいいやと思ったやさき。 ある職員が蓋をあけて口をつけてひとこと「あれ、ワサビ入ってないよこれ」言った刹那。 ダッシュで接近して容赦なく奪い去るダメ男。「あ、あったあった!」ご本人は蓋をあけているのに。ましてや口をつけているのに。 当然断りもひとこともなしまた笑顔でひきかえしていくダメ男。彼女にむかって最短距離で戻っていくダメ男。そのスピードたるやもうバイオニックジェニーもびっくりの加速だったとか。ぎゅーん。 一同硬直。しかし硬直に気付かないダメ男君。 以後、彼のあだ名がサビヌキ君になったのはいうまでもない。っていうか、仕事につかえよその気遣いとスピード。 ところで女の子にはそれって王子様にみえるんだろうか。(♂)
2005年01月23日
最近行ってなかったのでプレゼントをさげて実家に行く。昨日も飲み会なのに。いいかげんまんがよみ日記というタイトルをやめて酒のまれ日記とでもしようか。 ローカル線の電車の中でよしながふみ「愛すべき娘たち」(白泉社)を読む。家族の連作集。愛も憎しみもとんがっている。痛みがひりひり伝わる作品群が泣ける。家族ネタというのがかなりツボ。 かみさんが買った軽くて暖かい室内の防寒具を母へ渡す。色といい機能性といいツボだったらしくよろこぶ。よかったよかった。 母の筝の弟子が寿つづきだという話。父が芸者にもてたという話。と話題をあちこちとばしつつすすむ酒。ワインと焼酎を飲み、夜がふけていく。 自分がかつて家庭教師をした教え子(母の筝の弟子のお兄さん)が離婚したという話。偏屈だけどいいやつなのに。何年もあっていない家庭教師(=私)にわざわざ結婚祝いも贈ってくれたようなやつだ。なにがあったんだろう。 奥さんがあんまり家庭的でなかったらしい。それだけならまだしも、1歳になる息子が白血病になって抱えていかなければいけないという。向こう側の母娘そろって「病気のこどもの面倒はみきれません」といっておしつけたらしい。若いのに。絶句。 本人はふつうのサラリーマンなので昼がいない。妹やら定年になった父やらみんなで面倒をみているらしい。せめてみんなで助け合う環境にあることだけが救いである。幸多かれ。 こういう話を聞くとほんと人生いろいろだなあと思う。自分の意思でないところでふりかかる事件と、それにめげず頑張る人。ほんと尊敬する。この場合同情するのは失礼だ。本人は愉快にやっているかもしれないのに。助け合う関係というのはほんと美しい。 と、兄家族から電話。6歳の甥が電話に出て得意げになぜかゴスペラーズのメンバーのフルネームをずらずら言う。わけわからん。村上以外の名前を知ってるうえに憶えているってすげえぜ甥よ。ま、なんも役にはたたないだろうが。 とりあえず今日は泊まり。(♂)
2005年01月22日
本日旗開き。 組合の行事である。早い話が飲み会だ。ってこの日記飲んでばっかりだ。ほとんど形骸化した赤い旗(苦笑)を1年に1回だけひらくのだ。そして1年間またしまうという。ほとんど桂離宮の虫干しである。2礼2拝でもするべきなのか。 簡単なおつまみと酒を用意して会社の食堂で組合員も非組合員も騒ぐ。酒を呑んで呑まれて1年間がんばりましょうとまあそんなところだろう。もう意味なんてないけど。 挨拶のあとタル酒を組合役員で鏡開き。乾杯して開宴。 早々にひっこむ役員3人(私を含む)。というのは、宴会の途中で仮装なり女装をして現れるという企画なのである。これは去勢された現代の労働者階級を象徴する深遠な企画なのだ(嘘)。 意味なんてない。ただのアホネタである。けろ氏にメイクを頼んで服を着る。あらかじめ用意していた女の服である。波田陽区に似てるからといって着物とギターという手もあったが、それでは逃げだ。ってアホネタに熱くなってどうする。でも不真面目はマジメにやんないと面白くない。ガチンコ勝負でもうひとりの女装に勝つことを宣言。いたた。 もともと家で試着はしていた。スネだけ剃った。メイクもせずに鏡に映ったのはおばはんであった。不思議だ。女の人は男の格好をしても女だが、男は女のかっこうをすると女だ。ってオレだけか。人類が成長過程で女から男へと移行する名残なのか。と生物学的な見地から分析してみる。分析してテレをごまかしているわけではない。 ビューラーが入らない。しかたなくむりやりアイメイク。しまった芝居のときやっとくんだった。男なら通常睫はいじらないのだ。肌をいじられていくがどうなっているのか全然わからない。唇をいじられているがこれまたどうなっているんだろう。 芝居をやっているときにメイクさんがある一定の表情をするのが不思議だったのだが、ひさびさにやってもらって謎が判明した。絵を描くヒトの顔なのだ。冷徹に見極めてかきこみ、減らし、また観察する。素材の問題もあるので(苦笑)たいへんな苦戦を強いられている様子だ。吉野家の材料で高級フランス料理はつくれまい。 もうひとりのメイクをしている新人コが私の顔をみながら「ジャスコにいそうですよねー」とのたまう。なぜ限定してそう思う? メイクを確認してといわれてウィッグをつけて鏡をみる。しっかりメイクされたバケモンがいた。やっぱりおばはんだ。 わかぎえふのエッセイで「毒薬と令嬢」という女芝居を男で演じるときに役者が鏡をみて「おーおかんがおる!」と騒いだという話があったのだが母親には似てなかった。新宿のある地域にいそうな顔である。どうみてもうっとりとはならない。彼らは脳内美人なんだろうか。それはそれで幸せだろう。 鏡をみてもうっとりしない自分に安心したようながっかりしたような。どこか冷静な自分がいる。顔になんかつけてるなーみたいな。つまらん←自分が。よかった女装主義者じゃない、とも思う。←つまらん。 かわいいとか美人とかいうのはきっとメイクや素材ではない。精神性である。うっとりする技術とうっとりさせる技術。顔の微妙な筋肉でメッセージを伝えられなければいけないのだ。 自分がいかに役者にむいてないかよくわかる。私の中にガラスの仮面はないようだ。メイクからある種の憑依ができるヒトが役者になれるのだ。それは間違いない。板垣恵介「メイキャッパー」なんてマンガがあったけど。メイクでヒトがかわる。というのはかわりたい、かわらなきゃという意思があってはじめて成立するのだ。 このメイクでスイッチが入らないのは自分のイマジネーションの貧弱さだ。「ああなりたい!」という目標。それは変態度と比例するのだが。あるいは自分が醜い!というコンプレックスがあったりすればメイクをみた瞬間にリバウンドがくるのかもしれない。「私ってこんなに美しいの?」というような。どこかでメイクしない自分に自信(?)をもっているナルな部分がメイク効果を妨げているのかもしれない。いやそこまでメイクについて哲学は日常でいらないのだけれど。 よびだされてようやく会場に登場→受けた。安心。やれやれ。 さらばおばはん。(♂)
2005年01月21日
すみません。セカチューもノルウェーの森もハリポタも蹴りたい背中も読んでません。でも本好きを名乗ってます。こんな私はダメですか。 メジャーに対して「けっ」というセンスっていまさらどうなのかなあとは最近思っている。なんというかアンチ巨人を名乗るぐらいの恥ずかしさだ。アンチという時点でアンチではない。たいした政策案もつくれないまま反対しつづける革新政党みたいだ。意識しないでアンチでいたい。だってアンチって保守だろう。 さて本書。前からきにはなっていた作家なのだがどうも文体がとっつきにくくて敬遠していた。雑誌の連載にはそぐわない人だ。 テンションが高すぎるのか。違うモードにいるのだ。雑誌はどっちかというとだらだら脳味噌をたれながすツールだ。たれながすにふさわしい文がある。町田の文は、たとえるならコンビニに置いてある名入りの包丁みたいなものだ。わざわざそこに置かなくてもいいだろう。そんな印象である。 たまたま体力気力が弱っていたので精神のドーピングのために購入。なんだか武士みたいな語り口のエッセイにはまる。とくにサービスするわけでなくバランスよく過剰な感情が気持ちいい。かといってトラウマと闘うようなむちゃさかげんがあるわけでなく本人も書いているように偏屈さが全編バランスよく漂っている。って、バランスのいい偏屈さってなんだよ。 作文の授業で無責任な教師は「みたまんまを書いて感じたことをかきなさい」という。この言い方には欠陥がある。「みる」という位置付けがないのだ。だからこの場合教師はコドモがみたまんまを書いたらきっと怒るに違いないのだ。「感じ」なくてもみたことを細かに書くだけでもその人をあらわすのだ。 これを読むとよくわかる。なにを「みてる」のか、という点での独特さがこの作家の魅力なんだろう。どこか品があるのも不思議。正しくパンクをやることでいきついたものでもあるのだろうか。 ディズニーが嫌い、とかそういうあんまり人に言えないセンスを持つ人におすすめ。って、それはオレだよ。(♂)
2005年01月20日
会議で1日縛られるもなりつづける電話に血圧があがる。 いっそのこと電源をきればいいのだ。思い切って切るということができないからストレスが溜まる。「オレはしかたなく電話にでてやってんだぜ」というメッセージを出そうと「あーん?」というヤクザの電話番(スカジャン着用推奨)みたいな声でリアクションしてみるも伝わらない。たすけて百太郎。 午後、プロから経営分析の説明を聞くために外出。社長がなんぴとたりとも外部の人間をいれさせねえ!と赤木軍馬みたいなことをいうので外の場所を借りることにしたのだ←意味不明だよ。とにかくてくてく秋葉原へ。 すごい外装だよここは。欲望まるだし具合でいえば歌舞伎町とはるね。 秋葉原といえばメイド喫茶だ。なんだその言い切り方は。行ったことないけど企画の発想は買う。メイドファッションの店員がでてきてアニメ声で「お客様は2名様ですか?」というかわりに「旦那様はお二人様ですか?」というらしい。意味わかんねえよそれ。趣味の世界はおそろしい。たとえば カメラバー ってあるらしい。まじかよ。キープして愛でるのか。そういうわけで喫茶店の企画を考えてみた。 テツ御用達の鉄道喫茶 ミリタリーマニア御用達のピストル喫茶 オーディオマニア御用達のサンスイ喫茶 根付マニア御用達の根付喫茶 ・・・なんかどれも珈琲濃そうだ。しかもこのうちどれかは絶対にある。というかなければ出店すればあたるぜ。権利はよろこんで譲る。 最近新聞に載っていたのだが秋葉原があるからこそ近くの大学に進学するという若者層が存在するとか。なんだろう電脳世界。さっきから伝聞ばっかりだけど。伝聞ならなんでもありうるのが秋葉原なんだろう。 ま、私には無縁な街だが。(♂)
2005年01月19日
疲れてないのに頭がまわらない。いや疲れているとわからないぐらい疲れているのか。脳内麻薬の分泌過剰か。珈琲のオーバードーズか。外出を極力控えて書類整理ですごす。 大学のレジュメではないが人に会ってやるべきことを書いてコピー。相手に渡しつつ自分ももって打ち合わせ。これはいい。と自画自賛。伝えるべきことを忘れない。間違えない。書きながら整理できる。記録にも残る。話も簡単に済む。 話はなるべく短いほうがいいのだ。おたがい貴重な時間を有効に使える。時はカネなり。みんなコドモのころの校長先生の朝礼の挨拶でたたきこまれているはずだ。話が長いとありがたい話もただの貧血の原因になる。 わかっているはずなのにどうして世の中は長い話の好きな人が多いのだろう。それとも自分が体験したいやなことを後世に伝える体育会系のノリなのか。たのむからやめてくれ。 仕事の指示を簡略化した指示というのは実は技術だ、というのは最近気付いたことだ。どうしてみんな難しく書くのか。簡単に書くというのは深い理解をしてないとできないようだ。読んだ人がしやすい誤解をあらかじめ予想して防ぐ注意書きであるとか、そのへんの親切が欠けている例が多い。 そもそも大学の先生だってろくな日本語をつかわず板書をしまくったあげくかんじんな日本語は口頭注意ですましたりするのだ。一番日本語に通じていなくてはならない方々がそういうことをやるからシモジモはでたらめをやるのだ。日本語は正しくつかってもらいたい。話し上手にならなくていいからせめて5W1Hをはっきりさせてくれ。 そういう要求を他人にはするから伝票がすすまないのだ。といっているやさきに電話が。 「ああ、その件ですが説明がいるんですよ」・・・なんだ、オレも日本語が足りないじゃないか。(♂)
2005年01月18日
古本屋で200円で購入。買っておいてなんだけど30代でこの本を読むのはかなり恥ずかしい。 鴻上が見せてきた警句に満ちた切り口そのものは自分の学生時代にそのまま影響をうけたものだからだ。芝居を多少なりとも齧っていたならみあげるような存在だっただけにみあげなくなったいま古びてしまっているのが哀しい。 著者は本書を時事ネタが多かったために絶版になった過去の本の総集編としてとらえているが、時事ネタがなかったとしても読んでいていたたまれなくなると思う。いたたまれなくなる前に過去のものとしてフィルターをかけて読むというテクニックを大人の本読みは持ってしまうのだが。読む同窓会とでもいおうか。 言っている演劇論そのものはいまでも十分通用するものだ。なぜなのか考えてみた。それはずばり批評の距離である。無責任に言い放つかんじというのが結局大人になってしまった自分にはおもしろいけど蒼さがみえてしまうのだ。 切る側から切られる側へ。切ったからには責任をとらなければいけない社会の一員となった今、ツッコミがどうも「あーそうきたね」と見てしまう。そこにあるのは鮮やかな社会批評ではなくある種の伝統芸能だ。「なんか80年代だよなー」みたいな。 距離というのは他にもあてはまる。結局このエッセイからみえる濃い人間関係が学生のときからそれほど発展していないようにみえるというか。たとえば社会とのかかわりというか。このへんの歳のとりかたが赤面させるのかもしれない。いやみんなそうやって生きているのだろうけど。 かつての共産主義に染まった若者というのもこういう思いをして卒業したのかもしれない。イデオロギーに価値がないのであればたとえば“PUNK”でもいい。キリクチはいいけど、建設的にはどうすんのよ?というジレンマが大人の階段を上らせたのか。というのは大げさだろうか。あらゆる「新しさ」は古くなる宿命にある。 この人がよく使う描写で(卑怯ではあるのだが)「・・・といって微笑みました」というのがある。これだけはいまでも読むと胸にキュンとくる。「これだけは」ってあんまり強調するのもなんだけど。 どこに行くんだろうこれから。(♂)
2005年01月17日
キムチチゲの日。 夫婦のイベントに飢えていたのでかみさんに肉を頼み、私は地元のスーパーへ。シメジとキムチとニラとビールを買う。白菜と葱は買い置きを使用予定。 仕事帰りのかみさんと合流。バス運賃が家族割引で100円で済む←儲けた。 宇多田ヒカルのライブDVDをかけながら野菜を切る。かわいい顔して歌声は情念こもっていて不思議。演歌だ。氷川きよしと潜在的には同じか。悪口でなくてただの市場分析。まあ宇多田にはおっさんの熱狂的ファンはつかないだろうが。 熱狂的ファンといえば。モジャモジャ頭眼鏡マフラー男@韓国(Y某)である。あれだけの特殊な年齢層を熱くさせる存在が今年は女からでるとみた。いまから予言しておく。根拠ないけど。 だいいちおやじをも熱狂させるアイドルってどんなだよ。というのはわからないがいまから狙えば独占市場だ。たとえばマリア・シャラポワはどうだ。「マリア様」とかいうのだろうか。怒るぞキリスト教徒。なりきりグッズならすぐにでも手に入りそうだが。まあふつうの薄着をしてテニスラケットをもてばOK!←ほんとかよ。早い話がファンが観てるところは2ヶ所だ。断言。 先日のしゃぶしゃぶで白菜をやたら細く切ってあったのを思い出し固い部分をこころもち細く切る。鍋に水とチゲの素をいれカセットコンロに火をつけ落ちついたところで炒めたキムチをほおりこむ。NHKでプロの味付けというので紹介していたのだ。たしかにうまみがでているような気がする。 さっさと材料をいれてだらだら話す夫婦トーク。具とともにストレスと勤労意欲が溶けていく。そんな日曜日。(♂)
2005年01月16日
会社の課の新年会。 土曜日にやんなよとかほんとは大学の同級生の新年会の日なんだよとか午後雪降ったらどうしようとか。ついつい出てしまう不平を抱えても私は幹事。不平よりは楽しい飲み会にしようとモードを切り替える。男らしい。って、文句書いているオレのどこが男らしいのか。 男らしい男と女らしい女はみたことがない(美輪明宏) ということで許せ。5時で退社して年末のうちに予約をいれておいた白山のしゃぶしゃぶ屋へ。メンバーは現場の3人と自分の課の4人と新しく入る1人、総務2人。黒ブタ食べ放題。飲み放題。ビール10本を頼む。 あいたコップをせめてつぎまくり皿をかたづける。あんまり飲んじゃいかんとは思っていたがついつい入れるガソリン。かたづけ魔と化していたら総務のギャル子が「かたづけはやるから飲んでくださいよー」ありがとう。でもやめない。幹事だしせめてやることやらんと。 飲める人に酒をどんどんすすめれば場はなんとかもりあがるのだ。メンツが意外と(というと失礼だが)草食系が多いのが救い。シモネタ大暴走にはならず。おやぢのダジャレは許そう。 テレビのリモコンの話になる。なぜオヤジは寝るとリモコンを握ったまんまなのか。どうも全国共通らしい。テツ&トモもネタにしていたぐらいだ。 あるおっさんいわく「あれは見てるつもりなんだよ。オレはねえ2時間ドラマならキャストをみてあいつとあいつが犯人だろうってかみさんに言うんだよだいたいあたってんな」ほう。「でも最近は2人ともテレビの前でうたたねしてるんだよ」ほう。と、別のおっさんが「イビキうるさいって怒られるよ」あるある、と激しく同意するオヤヂたち。だったら見ないで寝たほうがよくないっすか?というと「もう歳とってるから早く寝ると早朝トイレ行きたくなるんだよ」あーあ。 ダジャレも多少の説教も許そう。時間多少オーバーして落ち着かせてしめる。雪も降らなかったしほろ酔いで帰宅。地元のみぞれに足跡がつくだれも外出しないそんな夜。(♂)
2005年01月15日
寒さのせいか人の香水がやたら気になる。 あの香りからこの香りへ。いつも女の人の後ろについていっているような気がする。それともついているのか。わんっわんっ。 匂いばかりは文章で表現しづらい。メモすると面白いけど。 いっそのこと匂い日記はどうだ?畑→キンモクセイ→カレーなら少年の夕方みたいだし(安い!)石鹸系→フローラル系→煙草だと大人な生活がみえる。この発想も安いな。 嗅覚は語ると変態とみられそうだ。カラダに近いからだろう。語られたくなければつけるな諸君。クンクン。 一日いらいらしている日。 なにが消耗するって、端から塗り潰していけばいいのに保留事項ばっかりで手をつけては手をとめなければいけない仕事ばかりということである。ケリをつけてひとつひとつ忘れていければ楽なのに。 誰かに問い合わせたいけど誰かがいないとか、何か材料をもって直に会いにいけばいいのに会いにいく時間がない。あるいは材料がない。アイドリングして出発できないドライブみたいだ。 不二子ちゃんみたいな秘書がほしい、とは前から言っているがこんなときほしいのはカプセル怪獣だ。投げればかなえてくれる秘密のカプセル。とにかくなんらかの手をうちたいのだ。 砂山を掘っているような気になる。掘っては崩れ掘っては崩れ。なにやってんのかなー。 近道はない。目の前のものをひとつひとつやれることからやっていくしかないのだ。そしてやれないならクリアーの状況をいかに把握するか。 同時進行で半端なことたくさん抱えていかなきゃいけないなんて。人生みたいだ。 ・・・そうか、だから疲れるのか。というと哲学的だが。深さはない。ただの安易な結論。テーマは愛ですというC級クリエーターみたいだ。 今日の潤い:電車の中で熱く「おにいちゃん論」を語る婦女子@酔っぱらいを発見。男はイモウトを求め女はアニを求める。嗚呼世紀末。(♂)
2005年01月14日
以前オーディオマニアを糾弾したことがある。 ほんとに音楽好きじゃねえだろ。ただのフェテイッシュじゃねえの?もう目的が目的じゃないじゃん。 この言い方ではどうも糾弾にはならないようだ。「そうだよ。悪い?」とあっさり言い返すのがマニアだ。もとい、その糾弾すらも悦びに転嫁するのがやつらだ(たぶん)。それがとことん思い知らされたのが本書。 昭和レトロな表紙につられて購入。本好き、もとい本フェチ必読の書。さらに言うならコレクターなら(本にかぎらず)本書に「あるある」と激しく同意すること間違い無し。 読むためでなく集めるために集める。そのいさぎよさはもう手がつけられない。古本を愛し、愛でる様子は病気をとおりこして尊敬に値する。とにかく熱狂し暴走する著者は可愛い。笑える。 函がないから自分でつくるとか、このへんのマメさって凄い。本人にとってはふつうなんだろう。 著者のギャグにフェチネタが多いのは知っていたが。まさか本人そのものとは。江戸川乱歩が好きというのもうなずける。 本書で知ったのだが出版弾圧の厳しい時期に乱歩がつくった自分史のファイルがあるらしい。そしてその復刻版が売られ、また買う人がいるという世界があるらしい。と、「らしい」つづきでこういうのを聞くともうなにがなんだか。一流の武道家の対決をみているようだ。常人にははかりしれないヨロコビというのが世の中にはまだまだあるのだろう。 そもそもこの本が単行本化するにあたって限定で検印を押したモノを売ったところあっという間に売り切れたというエピソードも心温まる。って温まるのか。どこにいるのかマニア。 自分の中にはコレクター遺伝子はない!と思っていたが、これを読む限りほぼ理解の範疇にあるところをみると自信がなくなった。陰性というか覚醒していないだけのようだ。くわばらくわばら。 それともこれを痛みをもって読むようになったら、覚醒とみていいんだろう。うん、まだ大丈夫。・・・まだ。(♂)
2005年01月13日
労働組合の義理で外出。他労組の旗開きに参加。 挨拶長いだろうなあと思ったら果たしてそのとおり。出てくるひとみんな演説するする←ツッコむとこそこなのか。憲法の話するぞ次あたり。とか、展開を予想しつつ聴く。 「演説カラオケ」ってあったらこの人たちに受けるなあ。「Aの~の~、アカオビンおねがいします」とかボタン押したりして。ってマジメに聴けよオレ。 でも目の前にあるのはご馳走。「労働者の苦しい現状が」と演説する人の目の前にはご馳走。ここもツッコみどころのような。 ほんとは労働者は団結しなければいけないのだろう。でも出席しているそれぞれの会社のだいたいの収入がわかるので「あんたそんなこといったってこれだけもらってるじゃん!」とか裏拳をココロの中で入れる。収入が少ないやつほどほんとはリーダーシップがとっていいはずなのだが。 この場合もたざる者が強い。病院にたむろする老人の病気自慢みたいだが。「わしのほうが重病じゃあ!」「いやいやわしのほうが」とか。ああ自虐主義。 あまりにつっこみどころ満載な空間に酔いも醒める。でも批判ばかりしている自分はどうなのか、といったときにどうも確固たるものがないというのがつらい。 イデオロギーでなにもかも語ろうとする人と、まったくなんももたないあげく茶々いれて何も語らない人と。どっちもどっちだろう。 黙々とフルーツを盛り付けて食う私。さっさとフェードアウト。いいかげん、こういう場でもふつうにふるまいたいものだ。 唯一確信しているのは、考えを語ったら百万光年ヒくだろうなあということだけだ。牛と蛙のぬいぐるみにでも語らせるか。おたがいぬいぐるみで会話すれば摩擦は避けられるかも。 ・・・だから茶々をやめようよオレよ。(♂)
2005年01月12日
組合のイベントの打ち合わせで集まる。来週予定されている「旗開き」についてである。 会社なら仕事始め。サッカー部なら初蹴り。邦楽ならお弾き初め。組合なら旗開き。新年のはじめに意味をもたせるのって日本人だよなあ。組合活動の原点にたちかえればマルクス・レーニンが新年最初に旗を前に神妙に酒を飲んだとは思えないのだが。 新年もなにもドイツ人ならビール。ロシア人ならウォッカで年中飲んだくれているに違いない(偏見)。まあ飲めれば言い訳はなんでもいいのだが飲兵衛には。 ビンゴの景品なにがいいか?という話にそれぞれの生活感が出る。なにがほしいかという話ですぐでてこない自分はたぶんだいぶ恵まれているのだろう。それともただの自意識過剰か。 買いたいモノがないのって不幸だ。あれがほしいこれがほしいというのがあって労働意欲が増すのだけれど。労働意欲がないわけではないのだが。 そんなとき引っ越し以来部屋を占拠している本の山が頭をよぎるのだ←まだあんのかよ!否、頭を占めているといっていい。一種の不良債権か。 それなのにまだ本を買うって正気のサタではないよ俺よ。今日も福井晴敏「終戦のローレライ」文庫版を睨めッコして買うのをやめたところだ。 だれか「俺図書館」つくってくんないかなー。無料で読ますから。多少マニアックだけど(『多少』は当社比)。 ようするにほしいのはうしろめたくないスペースだ。 ・・・って景品にならんだろう。 今日のぼやきあるいは呪い:電車に落ちているカンをちゃんとゴミ箱に捨てた俺に幸あれ。さもなくば捨てた奴に災いを。喝!(♂)
2005年01月11日
世間的には3連休の最終日にして成人式。私にとっては休みの2日目。街に放浪にでかける。 晴れ着姿がたくさん。素直にきれいだなあと思う。もっとこういう場があればいいのに。女の人は着付けが面倒でやってらんないだろうが。国会の開会式で着るくらいなんだからもっと需要があるだろう。 値段がはるというのもあれは結局そういう場が少ないからブツが特化してしまうわけで。しょっちゅうつかうモノとなればつくりも変わるだろう。でも、紋付で車は乗れないよな。せめて新年の挨拶回りもハッピでやったらどうだろう。語尾とかつい河内弁や江戸ことばになったりして。「ガテン承知の介!」とか←死語だろうそれは。でもハッピだと足どりは軽そうだ。 カフェーでハイネケンを注文。鞄に小山薫堂「一食入魂」(ぴあ)を忍ばせてきたので読む。プロデューサーが日々食べることに気合をいれた日記。というとイヤミになりそうなのが、この人コンビニのアイスから銀座の名店まで節操がない。そこがいい。 よく文豪が「~は~にかぎる」とか書いているのを見るとはったおしてやろうかと思うのだが。一生で食う食事の回数を計算したうえでたいした数ではないと見切り、食べることへの執着をつづった日記。わりと好感をもってだらだら読める。 ただ食べることに関していえば料理番組もこの手の本も私の精神衛生上よくない。結局そこで食べられないという状況があこがれよりは嫉妬をおこしてしまうのだ。損な性分だ。 マンガ「有閑倶楽部」で「ある店のミルフィーユがうまい」と書いたら何年かして読者から「あのマンガを読んで絶対東京で食べてやると決意した」という話を聞いたというエピソードを一条ゆかりが書いていた。そうだ、腹をたててないで食べにいけばいいのだ。という実行力がない人がきっと嫉妬するのだろう。動けよオレ。 ほどほどにやめて西村ミツル原作「思い出の味 大陸食堂」(講談社)最終刊を読む。父の遺志をついで食堂を経営する男が鋭敏な舌を活かして人の思い出のメニューを探る話。ブックオフで覗いたら4巻がでていたので本日購入。面白い設定だったのになあ。ネタ切れか。人気か。「食」のマンガは難しい。超人か薀蓄かどっちかになってないともたないようだ。 夕食の材料を買って帰宅。本日のメニューは牛丼と味噌汁の予定。(♂)
2005年01月10日
朝8時30分起床。洗濯機にスイッチをいれつつごはんと味噌汁で朝食。コーヒーを沸かしている間に床を磨く。 休日は遅くまで寝ても早く起きてもどっちも損した気になるのってヘンかも。前者は活動時間が短くなってしまうという気がするし後者はたまの休みなのになんで寝ないんだ?というツッコミをしてしまう。つまり休みはいくらあっても満足しないという贅沢な性分なのだ。ちなみに日本語ではそれをぐーたらという。いいかげんどっちかにしろよおれよ。 めずらしく夫婦ともに休日。コーヒーをいっしょに飲む。洗濯物を指導つきで干す。トイレを洗う。掃除をするとなんだか偉くなった気がするのって不思議。ただの家事でしかないんだけど。 それにしても寒い。暖房はつけているのだが。ふだんは夕食メニューのポトフをつくる。切ったキャベツと人参と芋とタマネギとベーコンをコンソメで煮る簡単メニュー。 J-WAVEを聴きながらやる仕込みの時間が好きだ。ただ切る作業で無心になる。コドモのときのプラモデルを組み立てるときの精神状態ってこんなかんじだったような気がする。喜怒哀楽のないニュートラルな時間。こういう時間がたぶん己になにかを溜めるのだろう。エネルギーであるとか、ゆとりであるとか。大人のヨロコビだ。 やわらかくなった野菜をハフハフ言って食う昼食。あったまる。これで寒さ対策万全。さらにパンがあれば言うことなしなのだが。 なれないことをしたので眠気。しばらく昼寝。 夕方起きて2人で買い物へ。パン屋とスーパーで夕食の買い物。二人だということでついつい買ってしまう。 スーパーでプロがキャベツの千切りにつかうピーラーのデモビデオが放映中。2人で口をあけてながめる。台詞のリズムのいい名調子にくわえ、つかえるメニューの名前をならべて聞き手の食欲をそそりつつ数字を連呼していかにいろいろな薄さを切れるかアピールする手口は凄い。さらにめったに息継ぎをしないので聴いている側はつい集中してひきこまれてしまうのだ。あれ生で聴いたらたぶん買っちゃうな、と思わせる語り口。感動しつつ鑑賞。 夜は蕎麦。以前いただいた手焼きの皿と小鉢が蕎麦にぴったりハマることを発見。サイズといい見た目といいぐー。よくなじんでいる。日本人がつくるから日本人の食事にあうのだ。そして日本のご飯をよくつくる人こそ日本のご飯にあったいい皿をつくれるのかもしれない。そして日本酒とともに食う。こんなに贅沢があるだろうか。あとはぐい飲みさえあれば完璧←あ、タカリではないですねんのため。(♂)
2005年01月09日
午前中請求書を処理。コンビニオニギリを齧りながら端末を叩く。ひーん。午後ボスと残った得意先をまわって挨拶回り。ついでに得意先の工場と雑談。 比較的そこは納期がきつくてもなんとかしてくれるフットワークの軽いところなのだが、バイト君をよくつかう。という話からバイト君の評価の話になる。 はいわかりました!とただただ愛想がいいやつはダメですね。わかってないで適当ということが多いです。むしろ無愛想でこいつわかってんのかなーというやつのほうが丁寧にやってくれますよ。 「男は黙ってなんとか」というコピーがあったが、実際そうかもしれない。愛想がいいのがいいとか悪いとかではなくてつかいみちなんだろう。場に応じた愛想というか、そういう単純作業が必要な場でもれる愛想というのはただの集中力の欠如なのだ。きっとこういう場で「無愛想」なやつは営業の場になれば愛想よくできるのかも。巧言令色少なきかな仁。と自分によく言い聞かせるのだがこういう話を聞くと実感。 オレもそういう場では愛想よくしそうだなあ←だめじゃん。 予定より早く終わったのでボスとお茶を飲む。先日会社のつきあいの関係で社長代理でパーティーに出席したときの話。 「挨拶に立った男がさあ、中国のここ10年の動きと最近の日中関係の緊張について語りはじめてさ。天安門からこの前のアジアカップのブーイングまで」居酒屋の政治談義みたいなもんですね。「まだだれも酒飲んでないんだよそれが。『反日教育によって染まった中国を支える層がどうの』とかなんとか10分以上演説はじめちゃって」シラフでそれですか。すごいですね。「公的な場なんだけどどうなのかなあそれ。ふつう思想信条はそういう場では語らないだろう?だれが聴いているかわからないんだし」チャットや書き込みではないわけですしね。「場を考えないやつだなあと思って。なんでその場で反中トークなのかよくわからないんだよ前後のつながりが。早く終われとか言ってたんだけどね」リアクションに困りますしね。「でも挨拶ってだれも途中でとめられないんだよなあ」 同じ状況を思い出した。自分の出身の演劇サークルの●周年記念パーティーの挨拶だ。招待を受けていた老俳優がいた。当日体調が悪くて欠席した。悪いと思ったらしく代理の者に挨拶文を持たせた。とここまではフツウの話である。問題はその後だ。 その場は「自分がいかに体調が悪いか」をえんえん脈々とつづった文のお披露目会になった。老人である。ましてやシェイクスピアを齧っていた老人である。自己主張が商売の役者をやっていた老人である。 結果はやたら長くてハンパに表現力に富み、自分が主役の文章になった。しかも内容は病気のひどさについてである。「全身に毒素が駆け巡り小生・・・」←このフレーズだけいまだに覚えている。バカ正直に十数分間全文を読み上げる代理。酒も呑まないうちに聴かされる出席者。かなりブルーにさせたものである。つーか、あんたの病気はこの際どうでもいいだろうよご老人! 難しいね挨拶、という話。「やっぱりああいうちゃんとした場は出るべきだよいやいやでも。挨拶のときみんなにどうみられるか覚えるしね」とはボスの弁。反面教師ばっかりですけどね。でも実はボスの挨拶も長いですよ。とはさすがに言えなかったが。 TPOを考えて土曜日なのではやめに退社。(♂)
2005年01月08日
昼は環●通り沿いのファミレスで世界一遅い応対に出会い、夜は駅にたむろする集団がホーム越しに大声で会話するのに出会い。そんなアホのアタリ日の今日。 帰宅して折込チラシでさらにアホなのを発見。以下原文のまま掲載(色を含む)。「マジやばい!」が、いっぱい! 共用施設がマジやばい! おしゃれなカフェラウンジがあるんだって 「マジやばい!」 気軽に健康相談メディカルカウンセラールーム 「マジやばい!」 浴室テレビ標準装備 「マジやばい!」 ホテルライクなフロントサービス 「マジやばい!」 生ゴミの処理が簡単・便利・清潔キッチンディスポーザー標準装備 「マジやばい!」 急がなきゃマジやばい! 頭痛。 マンションの広告である。このコピーも「やばい」けどこれをとおすクライアントもかなり「やばい」。これで買う気になるやつはもっと「やばい」だろう。つくりも「やばい」に決まっている(断言)。いまどきディスポーザーって、あんた環境考えなさいよ。 あー実名が書きたい←書いたほうがよろこんだりして。ちなみにマンションの名前にはARTが入っている。すごいね芸術的だよいろんな意味で。 まあ明日も仕事なのに夜中にこれを書き写しているオレが一番「やばい」のかも。ぎょえー。(♂)
2005年01月07日
挨拶まわりだけで1日終る。 10日前に年末の挨拶でまわったからいいじゃん、ともボスの手前言えず。タオルをもってぺこぺことコメツキバッタになる。寒い日だ。 それでも年明けとなると新しいリセットされた気になるから私も日本人だ。ハレとケに支配されている。会社にいる思想的にレフティーな方は伝票をだすとき必ず平成を西暦に書き換えてだす暇な・・・もといマメな人だ。が、その人でさえも年賀状はだすらしい。思想としてあいいれないんでねえの年賀という習慣は?まあはなから思想に純度なんて期待してないんだけど。 違法駐車やら渋滞の原因やらとかくガスを食うやら副作用がいっぱいのこの習慣。なくならないのが不思議っすねー?というと先輩K曰く「めったに行かない相手先だと機会つくって挨拶しとかないとますます行きづらくなるんだよなー」との弁。なるほど。形式も使いようだなあと納得。年賀状みたいなもんか。とりあえず出すことで顔をつなぐというのか。 ・・・高い年賀状だぜ。ねみー。(♂)
2005年01月06日
早々に仕事をきりあげ有楽町へ。ビール片手に鑑賞。仕事初日からなかなかただしい勤労姿勢。いいのか。いいんだよまだ正月気分で。と早めに酩酊。 文革前の混沌とした世界を舞台に「はびこる悪!享楽の世界!貧しくも正しく生きる人々に近寄る魔の手!つぎつぎ現れる謎の拳法の遣い手!運命やいかに!オールカラープリント」・・・とかべったべたな塗りたくったような印刷でポスターをつくりたくなるような内容に脱帽。タランティーノは絶対くやしがること間違いなし。 お約束ってこうも気持ちいいのか。わかってやっている距離感が素敵。いろいろ撮り方を知っているはずなのにわざとお約束にしているかんじが好き。 だって、 ヒロインはちゃんと薄幸だし。 敵が現れるとさらにつぎにそれより強い敵が現れるし。 悪の軍団が現れるとちゃんと風がふいてみんなが窓を閉めるし。 伏線とかめんどくさいことすっとばしちゃうし。 悪いやつがちゃんとゴージャスだし。 凄いやつがそこらへんで市民生活をおくっているし。 この「ちゃんと」がポイントである。王道ってすばらしい。理屈を言わせないのだ。わかりやすくてなにが悪い? ドリブルもできてパスもできてちゃんと守備やってという小器用な選手よりもズドンと一発入れるストライカーが偉い。少なくとも映画に関してはそう思う。どんなテクよりも監督がひたすらこれやりてー!という主張=愛と情熱がみんなをハッピーにするのだ。 前作「少林サッカー」もそうなのだが、ぶさいくな男や女が凄くかっこよくみえてくるような展開、見せ方が不思議で素敵。そういう意味では二枚目というのは二枚目にしかなれないという意味で不幸な気さえしてくる。 いろいろな場面で拍手したくて我慢しつつ鑑賞←みんななんでしないのかなー。笑いのリアクションが早いのは気持ちいいんだけど。すぱっと終わるクールさもまた香港ぽくてぐー。 ほんとうにおもしろいとサイコーとかすてきとか好きとか感想が原始的になるのを発見。ヘタに言葉をならべると汚すような気さえしてくる。 たくさんパワーをもらって帰宅。 ところでなんでチャンバラ映画でこういうのできないかな日本?もともと時代劇が爺婆のモノになっているというところも変なのだけれど。とりかえせチャンバラ。かっこいいのできそうだけどなー。(♂)
2005年01月05日
最後の休みの日ぐらい朝のんびりしようと思ったがゴミの日だときづき指定の袋にぎうぎうつめる。 あわてて出していると車が来た。セーフ。しかし正月よく食ったねこのゴミよ。むかいの少年が雪山の残骸で遊んでいたのでおはようございますと声をかけるとおはようございますと答える。その躾やよし。 いまだにコドモにコドモ口調で喋れない。自分が親になったらでちゅよーとか言うようになるんだろう。年賀状でコドモつきハガキが来るとけっと鼻くそ飛ばしたくなるメンタリティはとっくにないが←むしろほほえましい。先輩で甥といっしょに写って年賀ハガキにしているヒトがいたのは笑った。いいじゃないかここまでくればオジバカも。オレはやらんけど。 室内着を年末年始酷使したので洗って干す。ぼんやりベランダから見る外は快晴。こういう「間」というか、「時間」をあるときフラッシュバックで思い出すことがあるのだろう。適度の風でこの分厚いスウェットも乾くことだろう。 布団に入りだらだらと「デスノート」を読んできたら寝てしまう。思ったより内臓が酒疲れなのか休み疲れなのかへばっている。今年の目標。適度の運動と睡眠。って日記書いているから夜更かしするんじゃん!と自分につっこむ。 床を拭いたり皿をあらったりとやることはある。勤労意欲をあおるためJ-WAVEをつけると書家の人が出ていておもしろいことを言っていた。 その人は作品をしあげるにあたって必ずジョギングを1時間するらしい。インタビュアーが疲れませんか?というと「ストイックにあらゆるモノを落としてへばってなにもかも余計なものを考えなくなったときにまだ自分に残っているものがほんとうに書きたいモノなのです」とのこたえ。なるほど。 芸術家きどりで澱のようなモノが心身にまとわりつくような堕落した生活をする人って多い。このストイックさが新鮮に思う。よく個性がどうのというがかんたんにつぶされるようでは個性ではないのだ。ちなみにどちらも過去の自分の考えかただったりする←ダメじゃん。 あと音楽をたっぷり聴いて創作活動に生かすとも言っていた。「インプットが音楽でアウトプットが書なのです」かっこいい。 夕方になりスーパーへ。 BGMはサンボマスター。はじめてちゃんとアルバムで聴く。浅草キッドのブログでかなり狂ったように聴いている様子が書かれていたりミュージシャンが好むミュージシャン(ある時期の吉田美奈子やストリートスライダーズがそうだ)として名前があったので気になってはいたのだ。 やんちゃな泣き出しそうなボーカルとちゃんとその歌心をサポートする演奏に泣きのツボかなり押される。テンションかなり高い。このまま解散したら伝説だな~とか不穏なことを考える。あー涙がでてきそう。みためあんなにダサいのに。 マンガ喫茶で「空手小公子小日向海流」と「天才ファミリーカンパニー」を読む。最近バーリートゥードに飽きたのって歳くったせいだろうか。マンガだったらこのネタおもしろいんだけど。PRIDEとか生臭くてイヤだ。四点打撃やめようよもう死者でるぞそろそろ。みんな曙バカにするけど路上で喧嘩売ってみろって。カベだぞカベ。二ノ宮知子最高。バブルはじけた部分を扱ってるのなんてもっと評価されていいと思うのだが。 今夜は野菜たっぷりパスタ。(♂)
2005年01月04日
最後の餅を炙ってお雑煮に投げ込んで朝ご飯。 毎年この時期になるとだれか詰まらせるのを考えるとこれほど危険な食べ物はないのではないか。夏の若夫婦のパチンコ、冬の年寄りの餅。両方禁止しろ←もはや季語だ。不思議とこいつらの相性がいいのが問題なのだ。あと練炭業者は訴訟をおこせ。迷惑だろう本来と違う使い方は。 テレビをつけると映画「スーパーサイズミー」を使った英語講座。ってどんな引用だよ。自己責任というわりにはマクドナルドに訴訟ふっかけたりよくわからないよアメリカ人。 映画のスポンサーが競合他社だったりしたらブラックで笑えるのだけれど。だれかファーストフード各店でそれぞれ人体実験しないかなあ。「スーパーサイズミー」vol.6とか。牛丼とかコンビニとかいかがでしょう。回転寿司で健康になったりして。 ああ、清く正しい正月にモクモクと黒い考えが。 朝から洗濯。ヨーグルトに実家からもらったゆずジャムをほおりこんで食いながら「踊る大捜査線」のDVD-R編集。個人的にしか鑑賞しないから適当なのは許せ。とだれにいうともなくCMはカット。DVD-Rにしたら枚数にしたら映画を含めて3枚。こういう作業はそれほど苦にならない。あとはパッケージが自分の手書きになるのが気にいらない。いちおうディスクはPCのプリンター対応ではあるのだが。やっぱり香港海賊版だと「舞踊的大捜査線」なんだろうか。すてきだぜ漢字。未確認だけど。 映画に行こうと思ったが適当な時間帯がなく断念。またの降雪にそなえてスーパーへ。安いぜ冬靴。と値段はよかったがサイズがない。店員に聞いたらやっぱり最大で●●センチだとか。精神的苦痛が。訴訟おこすぞ←それじゃあアメリカ人だって。「デカ靴に人権を!」と党でも結党するか。名誉総裁は深キョンだな。イアンソープはどうしてるんだ靴は。オセアニアにでも行かないとダメなのか。もー。 靴屋を探してさまようもみつからず。あとでネットで探さねば。近隣にどっかあるだろう。ブックオフでプラネテス4巻を入手。ついでにたちよみで「U31」を読む。モーニングに不定期連載された戦力外通告を受けたサッカー選手の物語。野球よりも引退が早いだけに「栄光と影」がはっきり出る世界。熱く読ませる。こういうのをもっと読みたい。野球は結構この手の作品はあるのだけれど。野球ほどおっさんになる前に引退するのがキツい。たいして社会経験させられるわけでもないだろうに。 サッカーは過酷だ。Jリーグの引退平均年齢は25と聞いた。契約できない選手の行き先はトラック運転手か飲食関係だとか。年棒とはまだみあわない世界かもしれない。 レゲエ君といわれたGK森はバーテン。日本代表MF山田隆裕はメロンパンチェーンのオーナー。どこに行ったんだ高校選手権の得点王森崎?天才磯貝は?でも平山クン大学は引退後入学でもいいだろう? 昼食は松屋でブタキムチ丼。正月にこういうもの食うとうらぶれた気分になることを発見。バイト君の滑舌が悪い。こっちの耳が悪いのか。早口言葉をやれ。というかモノ噛め。はっきり言う日本語って学校で習わないのか。斉藤孝先生に習ってこい。 気分転換にコーヒーをケンタッキーで飲むもバイト君が1万円のおつりを数えずに渡したのでさっそくハガキに書いて投函する。あら親切。 休みが長いと発想がおばはん化するなあ。(♂)
2005年01月03日
デパートに行く。 わざわざ混んでいる時期に行かなくても・・・と思いながらこういうときでないと服を買わないので二人でおでかけ。 雪道の凍結がはげしい。転びそうになるもセーフ。転びそうになった家に軽く怒りを覚える。帰省して不在なんだろうけど。自分は雪かきをしたので大威張りだ。バス停で後ろの姉ちゃんが必死にアイスバーンをつぶしている。偉いぜ。ってオレもやれよ。 駅前で獅子舞とお囃子が。原始的な音楽にDNAが覚醒。正月らしく顔がたれる。でろーん。 2人で待ち合わせ場所を決めて別れた直後に電話が鳴る。すぐにかけつけるとマス酒をすするかみさんのすがたが。ふたりで木の香りを愉しみながら八海山を飲む。マスは先着でプレゼントということでありがたくいただくが●●百貨店●●店という焼印はいただけない。ま、タダだしな。文句も言えまい←言ってるじゃん。 シャツを1点購入。日用品売り場へむかうも土気色した私の顔をみて解放される。連日の酒で眠い。イスで休憩。追加でシャツを買ってもらう。うれしい。 別の駅へむかい昼食。焼き鳥丼とヅケ丼。ランチビール←またかよ。バイト子が慣れなくておろおろしているのも許せる寛容さも正月ならではだ。 いっそのこと正月を世界に拡大すればいいのだ。名づけて大正月共栄圏。これで平和間違い無しだ。とか神道といういいかげんな宗教意識しかもたない自分は考える。そのアホさを許せ。かつて中内功は言った。「売上はすべてを癒す」その言葉に従えば「すべては正月によって癒される」どうだ?って中内じゃ例が悪すぎるだろう。まあみんな平和のために戦争しているわけだけどな。 昼食後解散。電気屋で買い物後、ブックオフでサンボマスターとYUKIを購入。「プラネテス」みつからずしかたなく本屋へ。店員がだらだら喋っているのに頭きてべつの店へ行く。って全然寛容じゃないよオレ。 家まで駅から歩く。珈琲が飲みたい。(♂)
2005年01月02日
朝お雑煮を食う。おせちの写真を撮る。 食べ物への見た目へのこだわりって世界でも有数ではないのかニッポン。どんなにアホ主婦でも弁当は可愛くつめることができるのってもっと技術として誇っていいと思う。まあそのセンスがわかんねえやつにはわかんねえのだろうが。わかるかいアメリカ人? でもって例によってビール。ふだん朝からはさすがにホモサピエンスとしてダメだろうと自粛しているだけにうまい。禁断の味。スーパードライロング缶を2人であける。ついでに久保田を少々。コーヒーを沸かして「猟奇的な彼女」を2人で鑑賞。 韓国ネタでいえば、最近聞いたバカニュース。西武百貨店池袋店の福袋は「ヨン様なりきりグッズ」らしい。だれが買うんだ。伊勢丹新宿店は「3000万円一軒家」だとか。たしか去年は三越で「世界に1冊だけの雑誌編集権」~百万円というのがあった。 正月だからってなにやっても許されると思うなよ流通業界。 正月気分ついでに各店の企画を紹介。(スヌーピー右翼御用達新聞12月31日号より)ヒマだねオレも。●日本橋三越:純金の将棋駒(百万円)・スタジオアルタで結婚式ができる福袋(2百万5千円・・・タモリに『お友達を紹介してもらいます&歓声つき』といわれるのだろうか)●西武池袋:ヨン様なりきりセット(2万円←マフラーとメガネとカツラかよ。あるいはあけるとおばさんがおっかけてくるフェロモンか)ミセス用韓流スターおっかけセット(1万円←何入ってるんだろう?捕獲用武器か)●上野松坂屋:講談人力車で上野の名所めぐり(2万円)韓流スターなりきりセット(2万円・・・おまえもか)●大丸東京:合コン必勝のメイクサービス券(5千円)●プランタン銀座:その道のプロが最上級の美人になれるファッションをコーディネート(2万1千円・・・ピーコに罵倒される権利、とか罵倒させる権利とかいかがでしょう) 日本も平和だね。ということで。 昼かみさん実家に挨拶に行き、やはりおせちとビールをいただく。メンバーは義父・義母・義妹・義母の姉夫婦。正しい婿のありかたとしてここでもガバガバ飲む。 今年のゆるーい決意。ビールは喉越しにこだわらずちびちび飲もう。って年始めに決意することなんだろうか。 決意というほどではないのだけれど。先日読んだ柴門ふみのインタビューで興味深い台詞あり。気にいる。以下要約↓「ハードスケジュールをこなす秘訣。それはなにも考えないことです。朝5時おきしなければいけないなら寒いだ・早いだ・疲れているだ言わず『5時だから起きる!以上!』と思うこと」 なるほど。というか調子がいいときはこれができるのだけれどやはり年々言い訳が増えていくのが大人な訳で。 ま、これもまたゆるーく決意。赤い顔で考えてもねえ。(♂)
2005年01月01日
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