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読むのが遅い。それでも、読みたい。そこで、読みっぱなしが多くなる。何度も何度も読んで読み返してという読書法を好む人もいるらしいが、私の場合、何度も読み返すという本は少ない。 あの本は、三回読んだ、あの本は2回、あの本は8回くらいというふうに数えられるくらいだ。もっとも詩集は読み返す。 なぜか最近、アーサー・ビナードの『出世ミミズ』を読み返した。ユーモアと鋭い風刺が寝る前の読書にあっているようだ。 たとえば、「乳牛狩り」という2ページのエッセイ。 セオドア・ルーズベルトは狩が好きだった。あるとき、熊狩りに行った。側近は大統領のために小熊を捕らえて準備しておいた。しかし、大統領は小熊を哀れんで射殺しなかった。このことは大評判になった。 さて、ルーズベルト大統領が成獣の熊を射殺した時にも大評判になった。その時、マークトウェインの言った言葉が面白い。 「大統領は熊だと思い込んでいるようだが、本当は牝牛を射止めただけ。牝牛を殺すなんて大人気ない。乳を搾ってから解放してやったらいいのに」 ビナードさんの解釈「要するに、大統領の娯楽ハンティングなんか、用意されたものを撃つにきまっている。獲物が熊でも乳牛を射殺しているようなものだと。」 話は三段階になっている。ルーズベルトの故事、マーク・トウェインの皮肉、ビナードさんの解釈。 こうした上質の風刺とユーモアのある文章を読みながら、日本のあの人この人の行状を思い浮かべると思わず笑が浮かぶ。 殺伐とした、あるいは未来の閉ざされたような出来事の多い日々にはこうした本はありがたい。 米原万里さんの本もユーモアと風刺に富んでいた。また、読み返す時があるだろう。
2006/05/31
ここ数日晴れ間が続いている。農家も家庭菜園にいそしむ人も、大急ぎで収穫している。 ジャガイモ、玉ネギ、裸麦、と大忙しだ。 コンバインが活躍している。トラクターで田圃を耕しているひともいる。 なんとあのコンバインは400万円、あのトラクターは300万円。兼業農家だから買うのか買えるのか。専業農家であれを買おうとしたらと計算しかかったら、気の毒になった。 我が家の家庭菜園は、玉ネギを少し残しているだけ。それよりも長雨が続いたせいで、低湿地である畑の野菜の生長が遅れている。特にきれいに芽が出揃っていたほうれん草が全滅している。ねぐされだろう。こんな低湿地しか借りれなかったのが残念。 ここのところ体調を崩しているが、明日は無理をしてでも畑に出ておかないといけないだろう。 明日も晴れ。でももうすぐ梅雨が来る。
2006/05/30
米原万里さんが亡くなられた。残念でならない。惜しい。悔しい。 米原万里さんの著作は多い。同時通訳時代の裏話。少女時代のチェコの外国人学校の思い出、その他。 一冊、一冊が待ちどおしかった。 米原さんの最後の作品は、多分『必笑小咄のテクニック』だったと思う。癌を患いそれが転移し治療を続けながら、こんな楽しい本を書いた。すごいと思った。 週刊文春の「私の読書日記」も楽しみだった。米原さんに教えられて読んだ本は多い。コラムを書かせたら、米原万里か、斉藤美奈子と思いながら、この週の週刊文春だけは欠かさず目を通した。 癌の治療を続けながら、テレビに出たのはこの間のような気がする。 惜しい人をなくしたものだ。それに早すぎる。米原さんは1950年生まれだ。 もっともっと生きてたくさん語ってほしかった。 こころから米原万里さんの冥福をお祈りします。
2006/05/29
テレビを見ていると保険のCMが溢れている。○○、△△、××、とぞくぞくと保険のCMだ。 政府は、国民のセーフティーネットの一つである国民保険や、医療制度や、年金制度などを削りに削っている。小さな政府、官から民へというわけだ。 国民とくに中低所得層は不安でいっぱいだ。そこへ保険業界が「安心」「安心」といって保険を売り込む。なるほどこれが官から民の正体か。 アメリカでは、国民皆保険制度がない。だから私的保険入るほかない。ところが、所得格差のひどいアメリカでは、保険に加入できない人たちがすごくいる。一説に4000万人ともいうくらいだ。 日本政府はこのアメリカのような社会を目指しているようだ。そうなれば、庶民に「無駄な」出費はしないですむし、CMの半分以上を占めるアメリカの保険業界にも喜ばれ、日本の保険業界にも喜ばれる。そしてめでたく「小さな政府」も実現するというわけだ。 そうしてなお不安な人びとは強い国家という幻想、ナショナリズムの幻想へといざない。強権国家が実現し、支配層は安泰。 溢れる保険CMを見ながらそんなことを考える。そして、そんな社会はごめんだと思う。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ (メモ) 今日のニュースによれば、目がバンクが大儲けしているというけれど、「法人税」はまだ払っていないのだそうだ。60兆円もの国税投入、ゼロ金利による300兆円余の利得。いたれりつくせりに保護されての大儲けだ。 早くゼロ金利もなくし、国税も返し、法人税も払ってほしいものだ。
2006/05/28
与党の「日本国憲法の改正手続きに関する法律案要綱」と民主党の「日本国憲法の改正及び国政における重要な問題に係る案件の発議手続き及び国民投票に関する法律案要綱」とを読み比べてみて驚いた。民主党の言う国政に関する国民投票の部分をのそけば、ニ三の例外はあるが、一字一句同じなのだ。 国政に関する部分を除いて違うのは国家公務員等の活動の制限をするかしないか。罰則をかすかかさないか。投票総数の2分の1か、有効投票の2分の1か。くらいしかない。 ここで両党は違いを演出し、論議を演出するのだろう。だが、それ以外は論議になりようがない。これは出来レースである。 そのほとんど同じ両党案の問題点を以下いくつか上げてみよう。 ・憲法改正なのに、投票までの日数が60~180日と短いこと。これは1年ないし2年をかけてもいいところだ。 ・憲法改正広報協議会委員をはじめNHKでの放送時間、憲法審査会委員が両院の議席数によって割り振られること。これでは、反対する側がほとんど排除に近い状態になる。 ・昨日も書いたが、最低投票数あるいは最低投票率を設けていないこと。憲法にいう過半数とは、その重要性からいって投票権を有する者の過半数と考えるのが妥当ではないか。とすれば投票権を有する者の過半数の賛成を持って承認とみなすと書けばよい。投票しないものは、否認したものとするのである。 次に難しい問題なのだが、心配なことがある。それは、宣伝が国民投票の前7日間だけの禁止になっていることだ。自由の問題と係るから難しいのだが、金のある側の一方的な情報に曝される恐れがある。 それに、マスメディアの現状から見て、改憲賛成の側にたっての番組が垂れ流される恐れもある。 二つの法案が出揃って、与党と民主党が足並みを揃えて改憲に取り組もうとする姿勢が明らかになった。 ささいな違いをのぞいて一字一句同じ提案をする二大政党のまやかしにだまされてはならない。小沢氏のいう対案対決など、権力を手に入れるための猿芝居にすぎない。かね
2006/05/27
国民投票法案を与党と民主が提出した。 両党案の対照表。 詳しく検討するのは後日。 すぐ目に付く最大の問題点は、与党案、民主党案ともに最低投票数を設けていないことだ。 与党は有効投票の過半数、民主党は投票総数の過半数だが、いずれにしても、投票率が非常に低い場合も成立してしまう。投票率がたとえば50%程度であったとしたら、その過半数、つまり投票権を持つ国民の4分の1の賛成で改正賛成ということになってしまう。 国の未来を決める重要な法案にそれはないだろう。 与党も民主党も意識してそれを外している。議会で修正して最低投票数を設定するなどありえないだろう。 これはどちらもが主権者である国民を裏切ろうとしていることになる。
2006/05/26
「国歌、国旗がいけないというほうがおかしいんじゃないですか」という声がテレビから聞えた。見ると首相が答弁している。例によってすりかえ答弁をしているらしい。 教育基本法をめるぐ論議のなかでのことらしいが、それを強制していいのかと問うたことへの答えらしかった。 教育基本法改正案の審議が始まったが、二つの案はほとんど同じ趣旨だ。それをすり合わせても出来上がるのは、与党が望むものになるだろう。 「愛国心」が問題の焦点になっているが、法律の仕組みとして、権力にはめていたたがを外してしまえば、あとはなにでも出来る。たががはめられている現在でも「指導要領」を使って思うままの教育行政をおこなっている現実を忘れてはならない。 「愛国心」の強制のぜひについても、どうにでもいえる。「国歌、国旗」法の場合にも強制はしないと何べん明言、確約したことか。 首相は、強制はしないといいながら、教員が「職務として」教えることは当然だといっている。「国歌、国旗」が東京都を始め各地で教員の「職務として」強制され、強制を求められていることからすれば、このことばもおそろしい。 さらにいえば、与党案、民主党案がともに法として表現が違うだけで同じ趣旨だということがおそろしい。 どちらが通っても修正で擦り寄っても、「職務として」の強制はそこにあり、国民は一部をのぞいて心の中まで縛られることになるからだ。 追記、「一部」とは、法を執行する側の勢力。
2006/05/25
珍島大橋の下は鳴梁(ミョンニャン)海峡。ここで秀吉の朝鮮侵略の際、大海戦があった。 朝鮮軍の総大将は、李舜臣(イスンシン)。秀吉軍の総大将は来島通総。村上水軍の頭である。 この戦いで秀吉軍は大敗する。330隻の秀吉軍は12隻の朝鮮軍に敗れ、来島通総は殺される。 大切なのはこのあとである。珍島の人たちは村上水軍の死者を丁寧に葬った。408年を経た今も年月に風化されながら、3,40の韓国式の墓が残っており、供養が続けられているという。 以上は、24日の愛媛新聞投書欄にあった「韓国に眠る来島水軍を知って」(目隈健壬 広島県)から適当にメモしたものである。大切なことだと思うので残しておきたい。 なお、珍島は、東学農民軍を日本軍が追い詰め滅亡させた土地でもある。追い詰めた日本軍の主力は、愛媛松山の後備大隊。 殺した死体はみせしめのため曝され葬ることを許されなかった。その事実が発掘され再評価されたのは、極最近である。 村上水軍も今の愛媛にあった。後備大隊も愛媛。ともに日本の行為。葬ったものと曝したものと日朝関係史の一こまとしてメモしておく。
2006/05/24
あることで役所の戸籍係へ行った。戸籍係りは私の相談に「それは個人情報だから」と答えた。そうではないかと思っていたが、話を聞くと改めてその厳しさに感じ入った。 庶民レベルでこの方で得るものはどれほどだろう。それよりも特別な階層、地位にある人たちが得るもののほうが多いのではないだろうか。たとえば政治家はこれによって守られる部分が大きいに違いない。 「公」から「民」へを合言葉に、経済の自由かってやり放題が広がる傍らで、庶民の「私」は狭められつつあるようだ。 教育基本法が改悪されれば、行政の思うままの教育が押し付けられ、教育の自由つまり「私」の領域は狭められるに違いない。 国民投票法案だって、与党案は露骨に主権者の自由を狭める、権利をさばめるものになっている。そんな法案が前提とする改憲案はもっと露骨に「私」の領域を無くそうというものだ。 共謀罪ももちろん「私」の領域をほとんどなくそうとする。 小さな政府といいながら、小さくなるのは庶民への財政で、国家権力はかえって大きくなり続けている。 そんなことを考えていたら、文部科学省が学校の罰則をきびしくするようにいっているという。テレビでちょっと耳にしたこのニュースは、教育においても「公」から「民」へといって庶民を切り捨てながら、そこに生まれる矛盾には、厳しい力で抑えようとしていることがわかる。 広がる自由を謳歌する人たちがいる一方で、抑圧され「私」と自由を狭められる人たちがいる。「私」の広さや自由でも格差が生じているようだ。
2006/05/23
NHKの窓口に電話した。ちょっと意見を述べたいと思ったからである。総合受付のお嬢さんからいかにも疲れたという感じの男の声に変わる。 「もしもしこちら○○ともうします。ちょっとNHKにいいたいことがありまして」 「はいはいどんなことでしょう」 「NHKと契約していない件数が一千万件以上あるというのはどうしてですか」 「NHKといたしましてはいろいろとやっております」 「NHKに抗議するため途中で契約を打ち切った者には執拗に請求書を送ってくるのにおかしいではないですか」 「そういうお考えなのですね」 「そういうお考えではないですよ。未契約者を放置して抗議による契約解除者を差別しているではありませんか」 「NHKは放置はいたしておりません。努力はいたしております。」 こんなやりとりが暫く続く。電話に出ている担当者は聞くだけが仕事だから、いうほうも疲れる。 「NHKはチャンネルを増やしすぎです。多すぎます。増やしては視聴者に負担を増やしすぎです」 「そういうご意見なのですね」 以下なにをいっても承っておきます。そういうご意見なのですね。を繰り返す。 「デジタル化で国民に負担を負わせるのはいけないことではないですか」といったらやっと返答がかえってきた。それが 「国が決めたことですから」である。 担当者によるとこうした抗議や苦情は、まとめてメールでNHK本部に送るのだそうだ。NHK上層部は果たして、どこまで応えてくれるだろう。多分統計的に処理した数字を見るくらいに違いない。NHKはあの事件後もあまり変わっていない。 といって私も、返答を期待していたわけではない。ただ、一千件を超す未契約者を放置し、多チャンネル化に走り、デジタル化を進め、それによって視聴者を無視し続けることに一言いいたかっただけだ。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 自民税調が成人ニート、フリーターを扶養控除の対象から外すことを検討しているという。子育て減税財源に使うのだそうだ。 なんとも貧しい、世間知らずの発想だ。 ニート、フリーターといっても、私の周りをみても、本田由紀さんたちの調査などをみても、正規職員としての採用を希望しながらできないため、やむを得ずそうしている場合が多い。 その非正規雇用に苦しむ人たちを支えている家族から扶養控除を外したら、生活への圧力はますばかりだ。 そうでなくても、非正規雇用が増大した未来には、子育て以前に結婚が困難な人が増え、結婚しても、子どもを持ちにくい世帯が増えることは容易に予想できる。 子育て減税を言う前にすべきことは、正規雇用の増大だ。 それから、若年層の就労促進の狙いもあるとのことだが、まるで、若者がすき好んでそうしているかのようだ。 こんな現実離れのした政治家には、あきれるばかりだ。
2006/05/22
今日は晴れて暑い。田圃では、空豆、ジャガイモの収穫で忙しそう。愛媛新聞には、玉ネギの収穫風景が写っている。なにぶん雨続きなのだ。 新聞のその写真のとなりには、世界の穀物減産とある。米国の旱魃やロシアのカンパなどの異常気象が減産の主因だという。 レスター・ブラウン氏の談話。「地球温暖化や地下水の使いすぎなどによって、世界穀物生産は厳しい状況に直面している。さらに、原油価格の上昇で今後、穀物生産がバイオ燃料向けの作物の生産に転換される可能性も高まっている。世界の人口は増え、需要は増加の一途をたどるので、穀物価格が急騰し、途上国の食糧難が深刻化する恐れがある。」 その結果世界39カ国が食糧援助に頼らなければならなくなるとのこと。 長雨のあいまの収穫日和はのどかにみえるが、成長至上主義の経済政策、果てしない欲望膨張を追及する経済は、このような光景の背後に暗い未来を隠している。日本の政府の農業切捨て政策が失敗であったと知る日はいつだろう。 それはそんなに先ではないような気がする。 本当に大切なことを捨てて、与党・政府、官財その他は間違った道を歩んでいる。
2006/05/21
ようやく晴れた。何日曇りと雨の日がつづいたことか。大麦は青みを残したまた黒ずみかけ、畑は手入れができず、夏が思いやられた。 晴れ間はあさってまで、また曇りの日が続くという長期予報。 国会は、共謀罪が議長斡旋で一週間延びた。延びたけれどもよくなるわけではない。報道はすこし増えているが、NHKは共謀罪のかわりに何とか法という言い方を先にいうように変わった。報道も内容への切り込みようがたりない。 教育基本法改悪については、与党が密室で密議を続けている。民主党案も認められない。 国民投票法案は、与党が大綱を出したが、有効投票の過半数などふざけている。この法案も主権者である国民をこけにしたものだ。 在日米軍再編問題についてはほとんど聞えてこない。国民の承認なしに、2プラス2で合意=国民の承認とみなすなどとはふざけている。 BSE問題も、なにも解決しないまま輸入再開。つまり、アメリカに妥協。 などなど。 国会は、国民をめぐる諸問題はいまだ雲と雨のかげにある。
2006/05/20
共謀罪について今日にも強行採決されそうだとのことです。 ファックス・メールなど出来ることをしたいと思っています。━━━━━━━━━━━ まるごと 転送 大 歓 迎 ━━━━━━━━━━━ "WORLD PEACE NOW" ニュース Vol.56 2005/5/19 最新情報・解除->> http://www.worldpeacenow.jp/━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━こんにちは。「非戦」・「非暴力」・「イラク占領認めない」・「日本の協力認めない」"WORLD PEACE NOW"メルマガチームです。ごぶさたしておりました。5月19日、戦前の治安維持法を髣髴とさせる、共謀罪が、国会で強行採決される危険があります。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060518-00000224-kyodo-pol話しあうことさえ、罪にできうる、とにかく、ありえない法律。法律は、「疑わしきは罰せず」が基本。それが、共謀、話し合ってるだけでそうなってしまう。、「疑わしいから罰せる」、密告も歓迎(密告した人は無罪)。つまり警察が選べるということ。もちろん政府は、法律ができるまでは、罰さない と答弁しておりますけど、法的には、それは重大だ っていえば罰することができるわけで。できちゃったらあっちのもの。ストップ!共謀罪。フリートークが当たり前。 ------------------------------目次■特 共謀罪リンク集■1 アクション■2 ニュースピックアップ■3 カレンダーピックアップ■4 ピックアップ■ 編集後記 ------------------------------特●共謀罪リンク集ヤフーhttp://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/conspiracy/「共謀罪って・・なんだ?」http://kyobo.syuriken.jp/日弁連 共謀罪」に関する与党再修正案に対するコメントhttp://www.nichibenren.or.jp/ja/special_theme/060515.htmlhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060518-00000119-mai-soci小倉利丸さん投稿・朝日新聞が「共謀罪」を論じた社説に対する異論 http://blog.goo.ne.jp/c-flows/e/9e94b49d88998e4ad39bc1a979406fd2・NSAの違法通信記録収集は共謀罪と無縁ではない http://list.jca.apc.org/public/aml/2006-May/006787.htmlウィキペディア 共謀罪http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%B1%E8%AC%80%E7%BD%AA ・・・国際社会とは言っても、賛同しているのはアメリカと日本だけ、単語として正しくない。他の国は全面的に反対『共謀罪』与党修正案を検証する(東京新聞)http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20060502/mng_____tokuho__000.shtml共謀罪ブログ・共謀罪TVhttp://wave.ap.teacup.com/kyobozai/共 謀 罪―5つの質問―自由法曹団 警察問題委員会http://www.jlaf.jp/iken/2004/iken_20040115_02.html関組長の東京・永田町ロビー活動日記blog版http://sekigumi.ti-da.net/グーグルニュースhttp://news.google.co.jp/news?hl=ja&hs=d1v&lr=lang_ja&client=firefox&rls=org.mozilla%3Aja%3Aofficial&ct=title&ie=Shift_JIS&q=%8B%A4%96d%8D%DF&scoring=d盗聴法(組織的犯罪対策法)に反対する市民連絡会http://tochoho.jca.apc.org/index.html●できること >> とにかく広めること。注目し、広め、できることをしましょう。 ------------------------------■1 アクション <大切なこと>議員さんにファックスやメールを送るときは、同じ内容ではなく、その議員さんのHPなどをご覧になって、いつもこちらは見ている(応援している)という姿勢で書くと効果が高まります。共謀罪法案を止めようとがんばっている野党議員に抗議メールを送ったら、がっくりしてしまいます。一人一人に合った内容のものを、そして、野党議員には感謝や励ましの言葉を。共謀罪法案成立をなんとかして止めたい、と思っている方々に直接行動のお願いです。けれども「いまからでもできること」はあります。●アクション1「議員にファックス」作戦 時間がない方は、せめて委員長と理事にファックスを。とくに選挙民からの訴えは効果抜群だそうです。選挙区の議員さんがいたら迷わずファックス!ファックスは届くと目立つので事務所の空気を動かすこともできるでしょう。批判や苦情ではなく、対話する姿勢でご意見を送るほうが効果があると思います。委員長石原伸晃 自民 東京8区FAX 03-3508-7275 FAX 03-3593-7101 nobuteru@nobuteru.or.jpほかhttp://tochoho.jca.apc.org/ut/syghm.html●アクション2<転載歓迎>◎5月19日(金)に共謀罪を衆院法務委員会で強行採決しようという動きが強まっていますが、もし強行採決された場合は、下記のように衆議院議員面会所で緊急集会を行いますが、強行採決できない状況をつくることが一番重要です。みんなの力で強行採決をさせないようにがんばりましょう。★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆強行採決された場合5.19共謀罪の強行採決に抗議する緊急集会☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆■とき:5月19日(金)午後5時30分~■ところ:衆議院議員面会所(衆議院第一議員会館の向かい側、地下鉄国会議事堂前駅1番出口・永田町駅1番出口から徒歩3分)■発言:国会議員、市民、表現者 ほか■主催:共謀罪の新設に反対する市民と表現者の集い実行委員会■呼びかけ人魚住昭(ジャーナリスト)大谷昭宏(ジャーナリスト)岡本厚(『世界』編集長)小倉利丸(ネットワーク反監視プロジェクト)石下直子(盗聴法《組織的犯罪対策立法》に反対する神奈川市民の会)きくちゆみ(グーロバル・ピースキャンペーン)北村肇(『週刊金曜日』編集長)木村まき(横浜事件第三次再審請求人)斉藤貴男(ジャーナリスト)佐高信(評論家)佐藤憲一(盗聴法《組対法》に反対する市民連絡会)設楽ヨシ子(ふぇみん婦人民主クラブ共同代表)篠田博之(『創』編集長)高田健(許すな!憲法改悪・市民連絡会)俵義文(子どもと教科書全国ネット21) 二木啓孝(日刊現代編集部長)西野瑠美子(「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク)寺澤有(ジャーナリスト)寺中誠(アムネスティ・インターナショナル日本)富山洋子(日本消費者連盟)西村仁美(ルポライター)福山真劫(平和フォーラム事務局長)元木昌彦(講談社 元『週刊現代』編集長)森達也(TVディレクター・映画監督・作家)森原秀樹(反差別国際運動日本委員会)矢野まなみ(移住労働者と連帯する全国ネットワーク)星川淳(グリーンピース・ジャパン事務局長/作家・翻訳家)■問い合わせ先日本消費者連盟 TEL 03-5155-4765『創』編集部 TEL 03-3225-1413mail@tsukuru.co.jp参考:http://tochoho.jca.apc.org/■2 カレンダーピックアップ 5/195・19共謀罪の強行採決を許さない緊急集会http://tochoho.jca.apc.org/
2006/05/19
新聞もテレビも、メディアは、小嶋社長の逮捕でにぎわっている。もう一つにぎわっているのは民主党小沢代表と小泉首相の党首会談がどうのこうのという話題だ。 小嶋社長の逮捕はもっとはやくやれたはずだが、いいタイミングを計ったものだ。小沢代表は自民党の「剛腕」幹事長であった人物だし、現在の改革路線の道筋を敷いた人物だ。そんな人物を持ち上げて紙面や画面を埋めるメディアはもちろん何かを隠そうとしているように思える。 小嶋社長も小沢代表も、目くらまし、ごまかし、だろう。もう一つ、こぞって国民を脅かそうとしているのが、国家財政破綻だ。破綻破綻というのなら、それなりの対処があろうが、国民から搾り取ることしか考えず、相変わらずの財界、政界、官界奉仕の財政だ。 政官財とマスメディアが一体になって、隠す、ごまかす、脅すことをしている。 今、国民、それも庶民の間には、不安と疑問と怒りが深く潜在している。 先日もある会合で話題になったのは、そういうことばかりだった。 教育基本法改悪、共謀罪、国民投票法案、医療費の改悪、在日米軍再編問題などなど山積みする重要課題は、マスメディアの表面に出ることはほとんどない。政官財と一体になってそうしているのだろう。
2006/05/18
民主党は5月12日付で、日本国教育基本法案(新法)要綱を発表した。民主党の対案である。 現行教育基本法にくらべて、改正案としてだされている二つの法律案はどちらも、官僚の作文そのままの格調の低い文体で、なかみも現行法がもつ豊かさをほとんど抜き去ったものとなっている。 民主党案の前文は、「心身ともに健やかな人間の育成は、教育の原点である家庭と、学校、地域、社会の、広義の教育の力に達成されるものである」という文から始まっている。これは、現行の「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである」という高らかな宣言に比べて志の低いものである。しかも、教育の責任を家庭を中心とする社会、地域に負わせている。 民主党の前文は以下、羅列的に「教育の課題」「目ざす教育」という風に展開するが、課題では、「自由と責任についての正しい認識」と「共生の精神の醸成」をいい、目ざす教育では「公共の精神」と「日本を愛する心」の「涵養」、「子孫に思いをいたし、伝統」を尊ぶことを強調している。 ここには自民党と共通する国家を中心とし、国家に奉仕する人間の育成を柱とする教育観が伺われる。これは、与党、民主の改憲案の基礎となる思考と共通するものだ。つまり、国家と主権者の立場を逆転する思考である。 民主党案の条項にも、問題点がいくつもある。4,6,7条は改めて条項を起こすまでもないことである。10、11、12条も現行の社会教育のままでなにの不都合もない。 こうして現行条文をことさらに分割する一方で重要な条項がさりげなく削除されている。現行5条の男女共学、10条の「教育は不当な支配に屈することなく、国民全体に対して直接に責任を」負うという重要な条文である。 その代わりに、18条で「民主的な」行政運営と和らげ、19条の「教育振興にかんする計画」で行政の権限を大きくしている。国家、行政による教育の支配をより容易にしようとしているのである。 こうみてくると民主党案が政府、与党案とその骨格において極めて共通していることがわかる。こうした対案は、対案ともいえないだろう。 細かく条文を見てみると以下のような点が引っかかる。 ・「適切かる最善な」という表現、解釈次第では、格差教育を許容する。 ・「家庭」の強調。これは家庭に過重の負担を強いる。「家庭における教育は、教育の原点」という表現は前文と二箇所で繰り返されている。「保護者は、・・・第一義的な責任を有する」という条文もあわせて考える時、教育の基本法としてはあまりにも親に責任を課しすぎている。 ・宗教的教育内容が強調されすぎている。「宗教的な伝統や文化」という時、国家神道の亡霊が再びよみがえらないという保証はない。 こうした前文や条項の内容が、大きな権限を持たされた国家や地方の行政によって協力に実行されるとき、日本国憲法を基礎にうたわれてきた国民の教育権に支えられて理念と理想とは違った、国家が支配し、同時に、多くの責任を親と家庭が負う教育が行われるだろう。 ことばは違っても、本質において民主党案と政府・与党案とは骨格においてほとんど共通する。
2006/05/16
死について、こんなこともあったとはっと気づかされることがあった。斎藤美奈子さんの『冠婚葬祭のひみつ』のある箇所の記述にあったのだ。 少子高齢化が進んでいるということは、年間の死者の数がそれだけ増えていくことでもある。こんな当たり前のことに、改めて気づいた。 高齢者だけの単身世帯は増え続ける。夫婦だけの高齢者世帯も増える。それを支える縁戚も家族も少ない。そして遠く離れている場合も多い。 結婚しない結婚できない若者が高齢化する頃には、独身の高齢者が孤独に死んでゆくことも増えるだろう。 見回してみれば、近所でも夫婦だけの家庭。単身の家庭が結構ある。こどもも一人か二人が多い。 死をどうむかえるかという大きな問題の周りにこのような問題もあったのだ。 市や町が孤独な死者を葬る時代がやってくるのだろうか。
2006/05/15
☆ シンディー・シーハンは、母の日に行動を呼び掛けている。イラクで亡くなった息子の母として。彼女の悲しみは深い。 子を奪われたのは彼女だけではない、アメリカ軍戦死者2400名の母親たちがいる。 イラクにはもっとたくさんの母を奪われた子と子を奪われた母がいる。世界の各地に母を亡くしたり、奪われた子と子を奪われたり、亡くした母がいる。そのひとたちの悲しみも深い。 母の日はどのようにしてどこで生まれたものがわからないが、このような母と子も忘れてはならない。 ☆ 今日は『ピカソトモリジアニの時代展』に行く。ピカソが数点、モジリアニが数点。クレーとカンディンスキーも2,3点ずつ。その他は知らない画家達だ。 キュービズム初期のピカソの作品が、伝統のうえにあることがよくわかる。落ち着いた温かい作品群だ。はるか以前、300点ほどの作品を展示したピカソ展があったが、その時と印象がすこし違って感じられた。 クレーとカンディンスキーがよかった。彼らの作品も温かく包み込むような作品だ。 彼らの描いた時代とその背景をしりたくなった。 ☆ 新聞を見る。小さく、国会会期延長を自民党幹部がいっているとある。教育基本法を改正(改悪)するためだという。 民主党の「対案」をプリントアウトして、チラッとみた。与党案と骨格が似ているという印象。これからじっくりと検討する予定だ。 教育基本法、共謀罪とこのさい一気にやろうとするつもりか。 大転換がかるがるとやられようとしている。
2006/05/14
揺れ動いていた国民投票法案だが、NHKニュースによると与党単独での法案提出をするらしい。 今論議されている国民投票法は、もちろん憲法改正のための法案である。憲法改正の必要はないと私は思うが、改正が必要だと主張する人びとも多く、その手続きとしての国民投票法が検討されているわけだ。 憲法改正は国民の主権にかかわる重大もんだいだ。そして、国民投票は主権者である国民が主権を行使する重要かつまれな機会だ。 ところが、国民に国民投票とはなにか、どういう意味をもつか、知らされていない。もちろん、与党や民主党の案なども知らされてはいない。ペーパーやホームページに掲載してもそれは知らされているということにはならない。 私は憲法を変える必要はないと考えるから、国民投票法の制定も必要ないと考えるが、もしそれが必要だとしても、国民に国民投票というものの意義を徹底する期間を十二分に保障するべきだと思う。 それは、一年とか二年とか、かかっていい。その期間に十分議論もし宣伝もして国民に主権行使の重大な行為であることを徹底してしらせるのである。 国会での進行は早すぎる。 共謀罪の場合、国連決議に賛成しながら、国内法の整備を遅らせているのに、共謀罪についてだけ審議を急いでいる。議会が取り組むべきなのにしない不作為は山ほどあるのに、国民投票だけに不作為をいいたてる。 政府与党は自分達に都合のよい場合だけ、そのような振る舞いをする。 国民投票法案も、共謀罪も、教育基本法改正もみな同じだ。それら全体を通して彼らが狙っている「国のあり方」に私はNOという。
2006/05/12
教育基本法改悪審議がすすめられ、大詰めになってきた。11日の朝日は、両面の紙面を使って特集を組んでいる。批判点をぼかした両論併記のいつものとおりの紙面づくりだ。 この特集に森良喜朗氏のコメントがある。 教育勅語にはいいことが書いてある。戦後は教員組合が台頭し偏向教育を行った。公への奉仕心の教育の欠如が今のような社会をつくった。などといっている。 文部省と自民党政府が戦後50年やってきたことが(教育も含めて)「今のような社会」を作り上げたということを棚に上げている。 「規範が入ることで、国旗掲揚とか国歌斉唱との時の立ち居振る舞いを含め、先生は子ども達の心身の発達過程に応じて教えこんでいけるようになる」とも言っている。基本法改正の本音が一番よく出ているところだ。「立ち居振る舞い」つまり、一人ひとりの行動のすみずみまで縛ろうというのである。そして、心の底まで教え込む。 日本国を構成する全部を国として愛国心を盛り込むことは、日本人は好戦的民族ではないから、軍国主義に進むはずがないともいう。どう規定しようと愛国心を法で強制すべきではない。日本国を構成するすべてなどというのも恐い。日本の政治も経済も現状も肯定せよというようだからだ。それに日本民族云々は民族の属性としてそういうものがあるというのもおかしいし、歴史上の事実も無視している。好戦的であろうがなかろうが軍国主義はおこるのである。 同じ紙面で東京商工会議所教育改革委員会副委員長吉川稲美という人がやはり教育基本法の改正を論じている。 彼女も公の精神や愛国心の欠如をその理由としてあげている。どこにだれにということがあいまいな文章なのだが、今の社会やひとびとにかけているというのであろう。 この二人に共通しているのは、今の社会、今のひとびといって、実際に荒廃しているのは、なにでありどこかを曖昧にしていることだ。 政治家、財界人、高級官僚、言論人など教育基本法改悪を主張する人びとにこそ、頽廃、荒廃が溢れている。彼らは自らの権益のためなら何をしてもいいかのように振舞っている。 教育の荒廃というが、それを生み出した彼ら自身の50年の教育支配を無視している。 頽廃、荒廃したこれらの人びとが基本法改悪を押し上げ、頽廃、荒廃した政治家がその改悪法を制定することなど私の望むところではない。 教育基本法改悪で彼らが狙っているもっと大きな悪を思えばなおさらである。
2006/05/11
100万年前、アフリカ大陸に12万5000人くらいの人間の祖先がいたそうだ。1万年前の旧石器時代の終わりに500万人。 1650年頃、6億。1750年頃7億。1800年頃9億。1900年頃16億。2000年頃60億。(以上孫引き) この調子で増えていけば、エネルギー、食糧、水などの消費は限界を超えるだろう。ただ、人口が増えるだけでなく、成長路線をすべての国が取り続けると推定だきるから、その消費量は増え続ける。 環境問題でも、限界点がありそうな気がする。エネルギー、食糧、水なども限界点がありそうな気がする。 そんなことを、経済や政治や文化や生活や、さまざまなことを考える時、ものさしの一つに入れておきたい。 高層ビルの立ち並ぶ、上海の街の写真を見ながらふと考えたことである。
2006/05/10
イランの核開発の問題で主要国が右往左往している。なぜイランはあれほどかたくなになるのか、それには理由があるはずだ。そこで簡単な歴史を調べてみた。 話はパーレビ王朝の支配からはじまる。西側諸国は王朝を支持しその苛酷な支配を認めていた。 1951年、ムハンマド・モサデクが民主的合法的に選出され王の支配は覆る。モサデクはアングロ・イラン石油会社を国有化するなどの改革を進める。 1953年、これを嫌ったアメリカとイギリスは、CIAとMI6を使ってクーデターを起こさせる。これによりムハンマド・レザ・シャーが王に復帰。パーレビ王朝の支配が再開する。 この時の作戦名は「アジャックス作戦」CIAの指揮官はセオドア・ルーズベルトの孫、キム・ルーズベルト) 1979年2月、ホメイニのイスラム革命。 1980年~1988年、イラン・イラク戦争。 アメリカは、イラクを支援。イラクの原油の輸送を護衛。イラン民間航空機を米駆逐艦がミサイルで撃墜。 80年代半ばイラクのフセイン軍が化学兵器(マスカードガス装填のスカッドミサイル数百発をイラン軍攻撃に使用) 1983年3月、北イラクのクルド人都市ハラブジャをイラク空軍が毒ガス攻撃。3000人以上が死亡。 1990年アメリカ軍のイラク侵攻。 現在、イランは核兵器保有国、イスラエル、ロシア、パキスタン、インドに包囲され、アメリカ軍とアメリカ軍軍事顧問団がイランを包囲して駐留している。 このように見ただけでも、イランの不安が分かる。かつて、民主政権を倒され、イラクを支持してイスラム革命に干渉、妨害され、多大の被害を蒙った。隣の国イラクがアメリカの都合で支持され倒されて歴史も見ている。 そうした政策を進めてきた、アメリカ、イギリスなどの国に警戒心を持つのは自然だろう。その上、イランは現在核兵器所有国に囲まれ、アメリカ軍に包囲されている。 アメリカは、中東の支配強化とイランの石油を狙い、現政権を倒すため虎視眈々としている。 核拡散の脅威を言うが、その前にアメリカやイギリスの無法を見つめておく必要がある。イランが核を保有することの賛成はしないが、核の脅威を理由にまた誤ったイラン攻撃を行うことがあってはならない。
2006/05/08
日米同盟ということばが溢れている。新聞やテレビはもちろん野党なども平気でこのことばを使っている。私はこのことばには違和感があった。 安保条約を日米両政府は結んでいる。この安保条約に規定される内容が、新ガイドライン以来無視され膨張し続けている。米軍再編に関する合意は、全く条約を外れたものになってしまった。このようなことが両国議会を経た条約なしに行われるのは、異常であるが、それを批判する声はほとんどきこえない。 日米同盟ということばが使われ始めたのには、以下のような歴史があるらしいが、私の感じでは、新ガイドライン以来のように思う。 安保条約が、すでに日本国憲法から見て疑義があるのに、日米同盟は、日本国憲法に反するのではないか、そんなことを思っていたら、水島朝穂氏(法学者)のホームページに以下引用するような文章があり、納得した。 関連する部分だけを抜粋して紹介する。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ここで「同盟」とは軍事同盟のことである。「日米同盟」という物言いが、おおらかに、あっけらかんと使われるようになって久しい。この言葉は、かつては括弧抜きでは使えなかった。ちょうど25年前の81年5月、鈴木善幸首相がレーガン米大統領との日米共同声明において、初めて「同盟関係」という文言を使った。だが、首相は帰国後、「同盟には軍事を含まず」と語り、立場を失った外相が辞任したことがある。 近年では、「日米同盟」という言葉がメディアに氾濫しているが、日本国憲法のもとで同盟が当然に認められるものではないことへの自覚があまりにも足りない。 日本国憲法は、その国際協調主義(前文・98条)と、憲法9条の無軍備平和主義とがセットになって、実は軍事同盟を原理的に否定している、と私は考えている。 このことを最もはっきりと打ち出したのは、1959年3月の砂川事件東京地裁判決である。旧安保条約に基づく刑事特別法(施設区域を侵す罪)違反に問われた被告人を無罪としつつ、理由のなかで、憲法9条・前文の予定するわが国の安全保障方式は、国連による軍事的安全措置を最低線としており、安保条約による米軍の駐留は違憲であるとの判断を示した。ところが、最高裁は同年12月、安保条約は高度の政治性を有し、一見極めて明白に違憲無効と認められない限り、裁判所の司法審査は及ばす、憲法は自衛権も、他国に安全保障を求めることも禁じていないから、駐留米軍は9条2項にいう戦力に該当しないという判断を示した。最高裁は、「統治行為論」(衆院解散や安保条約といった高度の政治性のある行為は、違憲審査になじまず、政治部門の判断に委ねられるという考え方)を採用したように見せかけて、実は安保条約に対するラフな憲法判断を行ってしまったのである。「疑似統治行為論」とされる所以である。 この判決以来、安保条約の合・違憲性について議論されることはほとんどなくなった。だが、私は、47年たったいまでも、憲法の基本原理に忠実な解釈(もちろん、国連の集団安全保障に対する過大かつ楽観的な評価はあるものの)をとった砂川一審判決を読みなおす価値があると考えている。 ( これが「同盟」なのか?(その1) 2006年5月1日 より)
2006/05/07
今日も続けて憲法記念日の社説をいくつか読んだ。産経は直接憲法に触れて社説はなかったが、改憲の立場であることははっきりしている。 読売は、民主党小沢代表の言説を引き合いに出しながら、改憲へ向けてより積極的になることを求めている。 毎日は、「今年も政治の世界で改正のエネルギーは散逸し凝縮することはないだろう」という文からはじめ、さまざまな例を挙げて、改正の必要をのべている。むすびは、「憲法改正という日本ではおそらく政治的に最大の難事が必要であろう現実は、集団的自衛権の行使と自衛隊の海外派遣がどうしても必要になる時と見られていた。」ところが、その「大きな機会は必要性と情熱両方の消失によって失われたのである」と、改正の機会を逃したことを嘆いている。 毎日の社説の表題は「憲法記念日 情熱を同取り戻すか 改正空騒ぎのあとしまつ」であり、取り戻すべき情熱とは憲法改正の情熱と見られる。毎日新聞は、憲法改正の立場を明らかにしていると思われる。 昨日の朝日といい、四大全国紙は、憲法問題についてその立ち位置を明らかにした。鮮明さの違いはあっても、「改憲」の立場に四大紙は、立っている。 琉球新報が、「憲法60年・輝きを増す「9条」/改正論の前に貢献評価を」と明確に宣言するのとあまりにも違いすぎる。 思えば60年安保でもマスメディアは共同声明を発して運動を抑制した。 そんなにさかのぼらなくても、有事法制、小泉改革などからはじまって共謀罪まで、足並みを揃えて、基本的には、支配勢力の側に立ってきた。いまさら驚くべきことではないかもしれないが、15年戦争に向けて煽り続けた日々があったことを改めて、思い浮かべる。 (注)戦争に向けて民衆を煽ったことは、あれこれの記録に明らかである。なによりも保存されている各新聞がそれを証明している。
2006/05/06
朝日の3日、4日の社説は長大なものだった。3日、憲法記念日は、「軍事突出する危うさ 米軍再編最終合意」であり、4日は、「国民と伝統に寄り添って 天皇と憲法を考える」だった。 この長大な二つの社説をあわせてみるとき、憲法問題について正面から触れることを避けていることが分かる。新ガイドライン以降政権側の政策を肯定してきた立場からすれば、当然なのかもしれない。 3日の社説は、日米合意について、疑問や心配、印象を連ねる。いわく、日本の負担が増大するのではないか。安保戦略での負担、軍事協力の推進、基地の移転が進むのか、納税者の負担は、などなど。(しかし、沖縄の荷が軽くなることは評価している。) そこで、社説はその心配疑問について掘り下げ、追及するということはしない。求めるのは政府の十分な説明だけである。 それというのも社説は、日米の国益が一致しない場合だけを危惧し、「日米同盟はもっと広い政治的な文脈のなかにおいて考える必要がある」と日米同盟肯定の立場に立っているからだ。 そういう立場だから、心配や疑問は書くけれども、日米の軍事関係が強化されるところに生じる危機については、負担が重くなるというのみで、鮮明にしない。 今回の日米最終合意が日本国憲法に大きく違反することに、朝日のこの日の社説は一切触れない。 このような立場は、4日の「天皇と憲法を考える」という社説に、もろに現れる。憲法について触れるのなら、憲法がその根本から改悪されることに触れ態度を明らかにすべきである。 それが、天皇と憲法などに触れる。 この社説は、ようするに国民は天皇に寄り添っているのだから、伝統を生かしながら、それを尊重すべきであるということに尽きる。 この長い社説のほとんどは、いかに天皇と国民が寄り添ってきたかをセンチメンタルな文体で描くだけだ。それも伝統を生かすということで一部の批判をかわしながら。 この二日の社説で、朝日は、触れるべき事に触れず、書くべきことを書かなかった。 そこから、支配勢力や政権に寄り添おうという姿勢を見るのは私だけだろうか。
2006/05/05
広島の平和祈念資料館が重文に指定されることになった。4日の朝日は美談仕立てで、建築の背景を紹介している。 被爆から1年後、東京帝大助教授丹下健三は広島の焼け野にたった。残留放射能を心配する周囲に「たとえ我が身朽ちるとも」と意に介さなかった、といった調子である。 美談仕立てのこの記事には、抜け落ちているものがある。「日本の伝統美である格子状のデザインで設計した広島平和記念資料館を、伊勢神宮をイメージしたコンクリート柱で支え」という表現に見られる、無神経さにそれが伺える。 格子状のデザインが日本の伝統美であるとは思えないが、問題は、被爆を記念する資料館の柱がなぜ伊勢神宮なのか。記者は、それを素通りしている。 実は、この資料館のプランは1942年の「大東亜建設記念営造計画」の一部として採用されたのと同一のプランに基づいている。 富士山麓に壮大な神道式ゾーンを形成するはずだった「大東亜共栄圏思想の記念碑として構想した壮麗な空間」は、規模が大幅に縮小された形で、広島平和記念資料館として実現することになった。 記者の描く美談の裏にこのような無反省が隠されていることをしっておいてもいいだろう。伝統美、神道式柱がそうした過去の残滓であることを知っておいてもいい。 熱烈な国家主義者が、あっというまに、何の反省もなく、熱烈な平和主義者になり、また、先祖がえりをしようとしているような安易な転換がここにもあるということ。それが戦後の平和運動の情緒的上滑りの雰囲気と結びついているのではないかという疑念を、こんなエピソードからふと思ったのである。 (参考)米山リサ著『広島ー記憶のポリティクス』(岩波書店)による。 さらに、米山リサは、井上章一の著書から資料を得ている。
2006/05/04
5月だというのに今日は春霞のようにかすんでいる。黄砂がやってきたのだ。 今年は例年以上に黄砂が多い。中国では死者も出たというし、ソウルなどでも外出もままならぬ日があったという。 そんな時、タイムリーに出版されてのが、この本。つまり『黄砂ーその謎を追う』である。 筆者は、黄砂研究では、世界の先端をいっているらしい。その筆者が具体的に分かりやすく書いたのがこの本だ。 韓国では、注意報、警報、警告と三段階の警報が出されるという黄砂。中国では、浮塵、揚塵、砂塵暴、強砂塵暴、極強砂塵暴と五段階に分けられるという黄砂。 その黄砂の様子から書き起こした筆者はレイザーを利用した研究、から始まり上空の黄砂を捕捉し、電子顕微鏡での研究、気球と使っての調査など、研究の具体的な状況を分かりやすく教えてくれる。 そして、黄砂の発生地、発生の原因、黄砂が環境にもたらす影響などにも触れる。中国奥地の砂漠で発生した黄砂が、途中の砂漠で発生した黄砂や黄土地帯の黄砂と一体になり、中国の工業地帯のさまざまな浮遊物を巻き込みながら、日本列島をすっぽりと覆う幅で、中国から朝鮮半島、日本列島、太平洋と流れ、それを渡ってアメリカ大陸にまで行き着く黄砂の研究は科学への興味を欠きたててくれる興味に満ちている。 太平洋に降り注ぐ黄砂が、プランクトンの餌となり、二酸化炭素の吸収を助けているのではないか。とか、黄砂が地球温暖化の抑制をしているのではないかとか、興味深い話も詰まっている。 少年の時によんだら、もしかして、一人の科学者が誕生するかもしれないと思わせるような楽しく、知的興奮に満ちた本であった。
2006/05/02
先日共謀罪に関する朝日の社説を紹介した。私は批判を持ちながら、「生ぬるい」というひとことで片付けたのだったが、「JCJふらっしゅ」の小倉利丸さんの論文を読んで自分のいたらなさを反省させられた。転載・紹介歓迎ということなので、自戒を込めて紹介する。とんでもない朝日の社説(共謀罪)・ 小倉利丸 朝日新聞が28日づけ社説で、民主党案支持を打ち出しました。私は廃案以外にないと考えていますが、この朝日の社説は、共謀罪の必要を認めたうえで、民主党の対案の線での審議を提起しています。朝日新聞28日付社説共謀罪 乱用の余地を残すなhttp://www.asahi.com/paper/editorial20060428.html 朝日の動向はマスメディア全体にもおおきな影響をもちますから、たいへん危惧ています。わたしはこの朝日の社説には以下の点で反対です。 そもそも朝日の社説は、法案の条文解釈の「政治学」がわかっていません。 たとえば、与党案について、社説は「共謀罪を適用するのは、暴力団などを想定し「対象となる罪を実行することを共同の目的とする団体」に限定する。罪となるのは、共謀するだけでなく、下見をするといった「犯罪の実行に資する行為が行われた場合」という文言を加える。これが与党案だ。」と解説していますが、これは、与党の説明をオウム返しにしているだけで、与党の条文解釈の罠にはまっています。 どのような場合であれ、法案を読む上で必要なことは、以下の点です。・ 法案に書いてないことは政府・与党がいくら口頭や文書で「解説」してもそれを信じてはいけない。法案に書いてないことは、法案ではない。・ 国会審議の過程で与党側が答弁で行った法解釈(とりわけ野党が受け入れやすい解釈)には何の拘束力もない。・ 国会で口頭で説明しても法案に明記することを避ける場合は、口頭説明を鵜呑みにしてはいけない。・ 法案に書いてないのは書けない理由があるからだ、なぜ書けないのかを考えて法案の真意を見抜かなければいけない。 この点で、朝日の社説は以下の点で間違っています。・ 共謀罪の適用対象を「暴力団」だと想定しているということは法案のどこにも書いていない。・ 社説は、団体の限定を「対象となる罪を実行することを共同の目的とする団体」と鈎括弧をつけて説明しているが、このような定義はされていない。 法案に書かれているのは、「その共同の目的がこれらの罪又は別表第一に掲げる罪を実行することにある団体に係るものに限る」である。 法案では「罪を実行することにある団体に係るものに限る」という意図的に意味をあいまいにした表現をもちいているところに着目してこの法案を読みとらなければいけません。この法案が述べていることは、「罪を実行する目的の団体」という誤解の余地のないものではなく、「罪を実行することにある団体」というなんとでも解釈できる表現になっているのはなぜなのかを社説は見落としている。・ 「犯罪の実行に資する行為」が下見をするとった行為をさす、というのは与党側の議会対策上の「方便」としての説明にすぎず、法案にはいっさいそのような限定はない。 朝日の社説の最悪なのは、これらの説明を与党側の「言い訳」として説明していない点にある。法案を読むチャンスのない一般読者は、朝日のこの説明を法案そのものと勘違いするでしょう。これでは朝日は与党の代弁者といわれてもしかたがないでしょう。 他方、民主党案もたいへん大きな問題を孕んでいます。民主党案では、越境組織犯罪に限定して共謀罪を適用しようというわけですが、こうした限定をつけたとしても、移住労働者の当事者による組織や支援組織はまるごと共謀罪の適用対象となります。 しかも、現在、日本の多くの市民運動やNGOで国際的な連携をとっていないところは逆に非常に少ないと思います。グリンピースやアムネスティのような組織だけでなく、地域で活動している小さな運動体でもなんらかの海外との連携をとっているところは多いといえます。 国連の越境(国際)組織犯罪防止条約そのものができた経緯は、90年代以降急速に拡大し始めた反グローバル化の運動や移民たちの社会運動への抑え込みという意図があったことは明らかで、単なるやくざやマフィア対策の条約ではなく、ポスト冷戦期に登場し始めた新しいグローバルな民衆の運動に対する治安維持の国際法という側面があります。この点を忘れてはならないと思います。 くりかえしますが、国際組織犯罪に限定するという妥協案は、限定ではなく、むしろ日本のエスニックマイノロティをターゲットとして監視する差別的な法案になるということであり、隠されたレイシズムであるということです。 朝日の社説のように、国連の条約を鵜呑みにし、民主党の修正案か自民党案か、という共謀罪を前提とした議論が支配的になると、廃案という主張が一気にふっ飛んでしまいます。 その結果、またもや、ターゲットになるのは移住労働者や外国籍のマイノリティということになる。現在の日本の治安維持体制の傾向からすれば、こうした限定でもよいから共謀罪を成立させることに「メリット」があると考える右派は多いということに私たちは十分警戒したいと思います。共謀罪廃案までがんばりましょう。
2006/05/01
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