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平日のお休み、野外博物館『北海道開拓の村』へ行ってきました。おもしろいと噂には聞いていたけれど、ほんとに楽しかったです!しかもこの日は久しぶりの快晴で、屋外日和 ゆっくりと時間をかけ見て回りました。北海道開拓の村は、明治から昭和初期にかけて建築された北海道各地の建造物を、54.2ヘクタールの敷地に移築復元・再現した野外博物館。1983年開村だそう。広い敷地内がすべて開拓時代の街並みで、当時を体感するにはかなりいい体験でした。明治~昭和初期といえば、私的に大好きな時代。部屋の造りや、家具、装飾にいたるまで、じつに良くて、わくわくしながらその場その場での暮らしを妄想しつつ歩きました。本棚や、縁側、木製品に囲まれた生活の道具すべてが、なんだかよくて、いままさに自分が求めているスタイルがあることを実感します。新聞社、医院、商店、理髪店、学校、郵便局、寺、旅館、写真館、民家、漁家住宅などなど・・・52箇所に及ぶ見学可能な建造物が並んでいました。さすがに全部のなかには入らなかったけれど、時間のゆるす限り、一日中いてもきっと飽きないです。ちょうど中間地点には、おばさんがひとりで切り盛りする軽食堂があります。お昼が近いので、ここでうどんを食べることにしましたが、釣り銭がきれていたようで、、、手元にあった小銭千二百五十円で、ぎりぎりかけうどん二杯と月見うどん一杯を注文。天ぷらうどんは惜しかったけど、これがまたとても美味しくて大満足でしたよ。うどんができるのを待っている間、食堂の前の道を馬車鉄道が通り過ぎて行きました。村内の入口から奥まで敷かれたレールの上を、夏は馬車鉄道が走り、冬季は馬そりが代わって走るのだそうです。途中乗車はできないらしく乗れませんでしたが、次は必ず乗りたい!立ち止まって大量ウンコをするのも、馬らしい愛嬌であります。あいにく小さい家人が撮ったへたくそーな写真しかないのも御愛嬌。 こちらは旧松橋家住宅の内部。明治30年頃の建物です。室内全体がめちゃくちゃいい雰囲気で、いつまでも佇んでいたくなりました。そしてこの後は、開拓の村を後にして、広大な野幌森林公園を散策してきました。上の写真は入口にある野幌百年記念塔。北海道開拓100年を記念して、昭和45年に完成したそうです。鉄の外壁と地上100Mのそのフォルム。国道からも結構目立ちます。8階には展望室があって札幌市街を見渡せます。公園を散策、とはいっても、沢山のコースが作られていて、本格的な遊歩道です(本格的?)。着の身着のまま来た私たちは、手前のほうをちょこちょこと1キロほどゆっくり歩いただけでしたが。行けども行けども啼き声がするばかりで、野鳥の姿は見えませんでした。小さな森の生き物に数々遭遇して、散策終了。心地よさと緑の匂いで元気になった休日でした。
2009.07.31
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本編の2年後に作られた大好きな『ヘヴン』を二倍に希薄したような、やや冗長なラブサスペンス。詰め込み気味の130分が残念ではあったけれど、これを96分という密度の濃い作品『ヘヴン』に昇華していくティクヴァ監督のすごさを再認識できただけでも、観てよかったとおもう。 《あらすじ》 交通事故に遭い瀕死の状態だったところを、逃走中の強盗犯・ボド(ベンノ・フユルマン)に助けられた看護師のシシー(フランカ・ポテンテ)。その後、再会を果たしたふたりの運命は大きく変わっていく―。 精神病院で働く母のもと院内で育ったシシーは、大人になり、誰より患者たちに慕われる看護師へと成長する。良くも悪くも、病院での生活に縛られていたシシーが、運命の恋によって、はじめてしがらみという囚われの城から抜け出していく物語。それと同時に、過去にトラウマを抱えたゴロツキのボドも、偶然シシーの命を救ったことがきっかけで、新しい人生を歩み始める。やはり、キーワードは偶然と運命。精神病院が舞台という私的偏愛シチェーションの特異な環境のなかで、よい意味で斬新な映像で見せる恋愛劇は、魅力的な俳優陣に支えられ、時おりハッとするような良い場面があった。ラストの”逃避行”というキーワードもまた『ヘヴン』へと繋がっていくのです。 ● ● ● ●監督・脚本/ トム・ティクヴァ 製作/ シュテファン・アルント 音楽/ ラインホルト・ハイル トム・ティクヴァ 出演/ フランカ・ポテンテ ベンノ・フユルマン ヨアヒム・クロール (カラー/130分)
2009.07.30
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この映画をはじめて観たのは、もう何年も前。わけがわからず詰らなかったはずなのに、ラストの鉄球場面が頭から離れなくて、この度再見してみる。あの当時、政治的な映画だということを知っていていたのだっけ、、、。いま観ると、とても政治色が濃くて“国営放送局RAI委嘱の劇場公開を約束されたTV映画”であることにみょうに納得した。オーケストラの面々が、自分の楽器について自由に語るドキュメンタリー風でありながら、にわかに暴走し始め、さながら国家間の争いの様相を呈する。誰もが身勝手な行動をとり、指揮者に楯突いてもうメチャクチャ!そこへ突如現れるのが、なにもかもを破壊する巨大な鉄球で、13世紀に建てられた歴史ある寺院の礼拝堂を壁ごとぶち壊していくのだ。礼拝堂でのリハーサルは混乱を極め、それを取材に入っていたTVカメラが映像に収めている――という構図になっている。 改めて観たところで、やはり面白くはなかった。物語がないし、エンターテイメントに欠けるし。これは大好きなフェリーニの数多い監督作のひとつとして、ぜひ観ておきたいファンに限りガッカリしない作品なのかもしれない。ただ、破壊シーンだけは、何度観ても圧巻!ほんとはカラーです 監督/ フェデリコ・フェリーニ 製作/ ファビオ・ストレッリ 脚本/ フェデリコ・フェリーニ ブルネッロ・ロンディ 撮影/ ジュゼッペ・ロトゥンノ 音楽/ ニーノ・ロータ 出演/ ボールドウィン・バース クララ・コロシーモ チェーザレ・マルティニョニ (カラー/72分/イタリア=西ドイツ合作)
2009.07.29
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チェコ人形劇の大家イジー・トルンカが描く、民話「バヤヤ王子」。古典的な英雄物語に、可愛らしい歌声と格調高い音楽が、独特の空間を演出しています。トルンカ作品はどれもそうかもしれませんが、大人こそ、その細部に気づいて楽しめる気がします。 《あらすじ》 貧しい青年バヤヤは母の化身の白馬に乗り、三匹の竜を倒して三人の姫を救い出す。姫たちは騎士姿のバヤヤに憧れるが、貧しい吟遊詩人姿のバヤヤを彼と気づかず、求婚を突っぱねてしまう―――。 ちょと暗い。冒頭からして、もう暗い。人形劇を愛したというチェコの文化も、例えばロマン・カチャーノフのロシア映画『ミトン』なども、抑圧された国民の意識を感じるような、お国柄から生まれる暗さが好きです。活劇シーンあり、幻想チックであり、なんといっても表情が変わらないというのに、仕草や人形の陰影でそれが生まれてくる繊細なニュアンスが素晴らしい。右下の写真の、道化のような召使いがとってもいい存在感。見た目もいい。姫たちの幸せを見守る、どこかユーモアのあるキャラに愛着が湧きました。 監督・脚本/ イジー・トルンカ 原作/ ボジェナ・ニェムツォヴァー 音楽/ ヴァーツラフ・トロヤン (カラー/78分) ■ウィアード・ムーヴィーズ・ア・ゴー!ゴー!〈no.3〉■ そして、偶然読み終えた本も一緒にご紹介。世界各国のアニメーションの歴史や作家を紹介しています。大好きなシュヴァンクマイエルや、トルンカにも頁を割いていて、好きな方は興味津々でしょう。おおざっぱだけど、アニメーションの歴史がわかります。マンガではなくてアニメーション。創生期の作品は知らないものばかりでしたが、かなり食指が動くものばかりでした!簡単には観られないけど、いつかきっと観たいです。レネ・ラルーの『ファンタスティック・プラネット』(フランス)を筆頭に、カレル・ゼマン(チェコ)、ユーリ・ノルシュテイン(ロシア)など、、、大好きになりそうな作家がわんさかですー。まずは、ゼマンから。手頃なのを手に入れてみようっと。
2009.07.27
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自殺を決意した男が、自殺を手伝う人間を探すうちに一人の老人に出会う。老人は生きることについて淡々と語り続ける―――。 ずっと観たいと思い続けてきた映画です。それゆえ、期待が大きすぎたかも。イラン映画の妙味、素朴さはとても生きているけれど、観尽くした感のあるテーマからは、お国柄の魅力以上のものは得られませんでした。やはり期待が大きすぎたのでしょう。自殺の幇助をしてくれる人を探して、男はあてどなく車を走らせています。なにがあったのかは描かれないままに。金になる仕事がある―と声を掛けるも、内容を言うと途端に断られてしまう・・・。しかしついに、それを引き受けてくれる老人と出会うのですが。男が段取りを説明したその車中で、突然老人は淡々と語り出すのです。自分も同じように死のうと考えたことがある、と―――。音楽もなく、景色は全編ほとんど変わらず、ロングショットを多用しながら、どこまでもさり気ない。感動させようとはしないし、素朴さだけが取り柄と言っても過言ではないような地味な作品ですが、人生の本質がきっちり語れられているのはいい。可もなく不可もなく、茶色い風に吹かれながら、哀感に触れているのは心地がいい。唐突なエンディングは、なんとなく感情を白けさせてしまった。● ● ● ● 監督・製作・脚本/ アッバス・キアロスタミ 撮影/ ホマユン・パイヴァール 出演/ ホマユン・エルシャディ アブドルホセイン・バゲリ アフシン・バクタリ (カラー/98分)
2009.07.22
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3連休中の雨降りの日、我が家のヴェランダ。こだわりのない無造作なヴェランダには、毎年すこしの花と野菜を植えています。外から見えない、気合の入っていない脱力ぶり。床がキタナいのが気になる。反対側には洗濯ものを干すので、左側だけでちまちま。じょうろなんか、小学校で使うペットボトル・ジョウロですよ(笑)ここには映っていないけれど、端の方では水をあげ過ぎたサボテンが死んでいます。今年は、家人がミニトマトを育てています。めずらしくよく面倒をみて、最近実が膨らみはじめました。品種は「アイコ」。尖がった形をしていて甘い。たくさん生って、お弁当や食卓に並ぶのが待ち遠しいです。それからこの週末、驚きの再会がありました。知人の通夜で駆けつけた葬儀場にて。先日お芝居を観に行った時、最前列に後姿を見た、あの芝居仲間のおねえさんです。まさか札幌にいるとは知らず、こんなに近くの斎場で働いていたなんて!帰りがけに声を掛けると「あ、なんか見たことある・・」と返事。数秒後、思い出してくれました。10年ぶりの再会です。お仕事中だったので、近況と私の電話番号を渡して別れました。気が向いたらお茶にでも誘ってくれるかな。幾つか上のおねえさんは、当時司書をしていて、たくさんの本を読み、変わったところがまた好きでした。映画やお芝居や恋愛のこと、珈琲を飲みながらよく語り合いました。なによりも葬儀場で働いていることが妙に納得で、人に興味がある以上、人間観察のできる職場を求めてしまう性のようなもの。じつは私も、葬儀場に勤めようとして、時間帯が合わずに諦めた経緯があったりするのでした。あのころ付き合っていた腐れ縁の彼と、今は夫婦になったそう。「あなたは、あの頃の彼と結婚したの?」「いえ・・・別な人と・・・」時は流れるお城が見える―――不幸を介した偶然の引き寄せに感謝した夜でした。
2009.07.20
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大阪で暮らす倦怠期のサラリーマン夫婦のもとへ、東京から華やかで奔放な姪がやってきて家庭の空気を乱すようになる。いたたまれなくなった妻・三千代は、姪を連れて東京へ行き、夫の所へは帰らぬつもりで仕事を探し始めるのだが、夫が迎えに来て結局は元の平凡だが心安らかな生活に戻る・・・・。 顔を合わせるなり「お腹がすいた、ご飯は?」と聞かれる。わたしは答える。「わたしはご飯じゃない!」どんな家庭でも子どもがいればとくに、“ めしイコール ”な存在にならざるをえない妻。三千代も家事に追われ、転勤で華やかな東京を離れて、いまは地味な生活を送っている典型的な主婦。恋愛をしていた独身時代とは180度違う生活に、自分が自分でなくなっていくような感覚さえ覚えたような・・・。わたしも同じように経験したことだから、彼女の気持ちがよくわかります。結婚っていったいなに?? と壁にぶち当たること何べんか、、。周りからは、「幸せそうね」と言われることで、「わたしって幸せなの?」ともっとわからなくなったりする、いかにも守られてる感たっぷりの主婦だけど、悩まないはずはないです。独身時代の自由は奪われ、ほぼ365日ご飯の支度をして、たまに出掛けると、イヤなことが待っている、、、。三千代のように家を飛び出す勇気がある人は、たくさんはいないでしょう。それゆえ、彼女の行動力は希望の徴のようです。姪のわがままに黙って我慢する忍耐力、頑なに夫と連絡をとらない頑固さ、たしかに時代は流れ、現代では稀となったかもしれないけれど、彼女の生き方は好きです。この映画の場合、夫がまたいい人なのがツボでしょう。演じているのは、先日の『有りがたうさん』が爽やかだった上原謙。頼りなげな優男で、妻の胸中掴みあぐねて、ちょっと鈍感だけれど、彼の飄々とした存在だからこその、いいドラマになっていたと思います。三千代の家出が許されるのも、姪が甘えやすいのも、夫の性格。あんなに優しく、なにもなかったように迎えに来てくれるんなら、帰りましょう――と言ってしまうだろうなぁ。家出してきた三千代にたいする、大らかな母親の対応がすごく良かった。それから東京に暮らす義弟の一喝もまた、微笑ましい。わがまま姪っ子には『若い人』の島崎雪子、三千代役には原節子など、美しい見惚れる女優さんが揃っています。原節子といえば、同じく成瀬作品の『驟雨』でも、倦怠期の夫婦を演じていましたが、こちらもいい映画でした。詰るところ、夫婦には絶え間ない思いやりが肝心なのでしょう。やりたくもない家事に明け暮れ、顔をみれば「めし」と言われても、家庭に入ったことで妻の生活がどれほど一変したかを夫が理解してあげられれば、自ずと優しい言葉も思いやりも掛けられるというもの。大事にしてもらえれば、美味しいもの作ってあげたい気持ちになる、そんなに単純なことが立ち行かなくなるのが倦怠期なのかもしれません。思いやり、思いやり・・・。ずいぶん忘れてました・・・。● ● ● ●監督/ 成瀬巳喜男 監修/ 川端康成 原作/ 林芙美子 音楽/ 早坂文雄 出演/ 上原謙 原節子 島崎雪子 杉葉子 (モノクロ/97分)
2009.07.19
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愛のない生活と介護に疲れ、自分を解放することなく抑圧だらけの人生を歩んできたマリアが、壊れながらも新しく生まれ変わっていく姿を描く―――。回想シーンを織り交ぜて綴られたサスペンスです。主人公マリアは、聖母マリアに掛けられた名前。彼女を生んだ後、母親はすぐに亡くなり、父親とふたりきりで育った家に、今は寝たきりとなった父と、型物の夫との三人で暮らしています。人間生まれ変わるには、死ぬほどの苦しみが必要だというけれど、まさしくその苦しみが描かれていく。デビュー作にして、この視点。20代でこの原案を思いつき映画にしようと考えたティクヴァ監督は、やはりすごい人だと思えてしょうがないです。 疲れ切った生活の中で、窓から見える隣の男と見つめ合うようになるマリアは、男に救いを見出し、誘われるまま男の家を訪れるのです。そこは趣味で集められた膨大な書物に囲まれた異空間で、マリアにとってはなにもかもが新しい。(私的にはこの部屋、ヘンリー・ダーガーを思い出しニンマリでした) 戸惑いながらも言葉を交わすうち、マリアは生まれて初めて、自分の人生を第三者の目から確認するのです。慄いたマリアは男の家を飛び出し、衝動的に自宅の戸棚を壊します―――!そこには、子どものころから時々、大切な人形へ宛て認めた手紙が、無数に隠されていました。繰り返し、繰り返し・・・何十年にも渡って綴られてきた何百通にも及ぶ思い。時を経て開封してみるマリアには、忘れていた少女のころの思い出や痛みが蘇ります。それは解放とアイデンティティを求めて、大きな変化を遂げていく序章の始まりなのでした―――。マリアのように生きるなんて、同じ女としては辛すぎる、、。変わり始めたマリアのことを、だから心底応援してしまうけれど、簡単になにもかも上手くいくはずはありません。抑圧された時は長すぎて、変わる為の犠牲があまりにも大きいのです。悲劇は必然で、ティクヴァ監督らしいグロイシーンを交えつつ、新しい恋との狭間で壊れていくマリアは怖い、、、。やはりキエシロフスキ作品に似た雰囲気があります。真似ではなく視点や描き方が。まるで『デカローグ』の長い一篇を観ているかのようでした。時間を忘れるほど集中しました。アンナと隣家の男が惹かれあう様は魅力。後の作品でも、ティクヴァ監督が描く男女はいつも素敵です。恋の相手となる男性を演じる役者の雰囲気が、どことなく毎回似ているのは、監督が自身のシャドーを投影したりしているのかしら。写真(下右)でアンナが持っているのは、幼いころ伯母さんに貰った大切なお人形。孤独な彼女にとっては、友達代わりであり、愚痴を聞いてくれる相手でした。まるで命を吹き込まれたかのように、アンナと一心同体していく様が見事です。幻覚に苦しみながら突如彼女が産み落としたのは、紛れもなく新しい自分自身にほかありません。その時の人形の在り方が、とてもいいのです。そのフォルムも。劇的な最後、希望を失わせない絶妙なニュアンスのラストに、ホッとしました。男がしっかりとマリアを抱きとめてくれて良かった。● ● ● ●監督/ トム・ティクヴァ 製作/ シュテファン・アルント トム・ティクヴァ 脚本/ トム・ティクヴァ クリスティアーヌ・ヴォス 撮影/ フランク・グリーベ 音楽/ クラウス・ガーターニヒ トム・ティクヴァ 出演/ ニナ・ペトリ カーチャ・シュトゥット ヨーゼフ・ビアビヒラー ペーター・フランケ
2009.07.15
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つい先日まで、過去の人気ドラマ『すいか』を観ていました。個性的な主人公たちが織りなすひと夏の物語は、ほんわかとして温かくて、笑いあり涙ありで超わたし好みでした。「暮らす」ことの楽しさをいっぱいに感じる、名言たっぷりのドラマ。そこに出演していたお三人、小林聡美、市川実日子、もたいまさこ主演の、『すいか』好きには間違いなく楽しめるに違いない、癒し系映画です。荻原監督といえば『かもめ食堂』が素敵でした。洗練された暮らしの道具や、シンプルな美味しい食事。ゆったりと流れる時は、暮らす人々に時間が呼応しているみたいにゆるやか。生活をただ愛おしむこと。それがどれだけ豊かさを生むか教えてくれる、この辺りの作品群は大好きです。 都会から何かを求めて南の海辺の小さな宿にやって来たタエコ(小林)が、マイペースな宿主(光石)や、ナゾのかき氷屋(もたい)に戸惑いながらも、少しずつ彼らのまったりした生活に馴染んでいくさまを、ユーモラスに綴る――――。 「たそがれは得意ですか」と、タエコのように聞かれたら、わたしは「得意です」と答えます。なんにもない島で、ただ美しい自然だけに囲まれて、必要最小限のお金のためにぼちぼち働いて、暮らす。そんなことができたら、ほんとに幸せだろうなぁ。夢のようなひと時。一年のなかの、ひと月なり、ほんの一週間をこの島で過ごすだけでいい、そのため、都会であくせく働くとしたって割に合う。この豊かさには敵わないもの。ささやかな暮らし、とはいうけれど、本当は一等贅沢な暮しでもあるのです。食べるものがみんなすごくいい。ビール、かき氷、伊勢海老、梅干し・・・なにもかもが素朴に絶品に違いなく、観るほどにお腹がすいてきました。スローライフとは、なんと魅力な暮らし方でしょう。しかし、住む人も洗練されいてなければ、こんな暮らしはできません。誰より浮世離れしたイメージのもたいまさこさんが、「まだまだです。もっと楽になりたいです」と語る、特典映像を観ました。憧れる一面を持つ名女優もたいさんの、飽くなき「自然体」への探求心に打たれました~フッと肩の力の抜ける楽しい映画。観終わったころ、体が『メルシー体操』をしたがること請け合いです。● ● ● ●監督・脚本/ 荻上直子 メルシー体操/ 伊藤千枝 (珍しいキノコ舞踊団) 出演/ 小林聡美 市川実日子 加瀬亮 光石研 もたいまさこ (カラー/106分)
2009.07.13
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週末、帰省してきました。楽しみにいていた友人たちとの再会あり、お酒の席あり、親友の結婚式ありで、とっても濃い時間を過ごしてきました。友人代表の挨拶、アホみたいに緊張したけど頑張りました!いい結婚式でした。同じモノを見て育ってきた私たちは、いま別々のモノを見て過ごしてる。大切と感じるものがそれぞれにあって、向かう道は違うけれど、結局はまた同じ場所で集う。それって幸せ。持つべきものは友。みんなとの再会は刺激的で、自分を再認識しながら、充実した未来に迷わず行かねばと誓った夜でした。あの頃は想像できなかった10年後が、いま、このようになっている。「こんなはずじゃなかった!」ってことも多いけれど・・・現実だもん仕方がないよ。次の10年後だって、意外なことが、たくさん起きているんだろうなあ。 ひとつ、次の10年後へ向けての約束。“ 妥協しない ”わたしになろう。確実なことなんてなにひとつないけど、心持ちだけは自分次第で、未来をいい方に導くはずだからね。笑っているには、もう妥協していちゃいけない歳頃だなぁと、身に沁みて感じた週末でありました。それにしても、私を含む、友達の三人が、結婚式に同じブランドの同じドレスを着てくる偶然って・・・笑が止まりませんでした!!
2009.07.12
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三浦しをんさんのエッセイ『三四郎はそれから門を出た』での、おすすめの一冊。これを入れたら、お薦め本、すでに7冊を読んだことになります。 「わたし」の超絶的な美少女の妹ユリコと、元同級生の大手企業に勤めるOL和恵は、娼婦になって小さなアパートの一室で殺された。「わたし」は異様なまでの饒舌さで、彼女たちのこと、自分自身のことを語っていく―――。そして明らかになる、この社会の中に巧妙に隠された、欺瞞と矛盾。 (『三四郎はそれから門を出た』より) わたしにとって近年読んだ青春小説といえば、芥川賞をふたりで同時受賞した、綿矢りさと金原ひとみ作品です。それなりに良かったけれど、桐野夏生作品から感じた読了後の強い衝撃とは、較べものになりませんでした。『リアルワールド』、そしてこの『グロテスク』。どちらもものすごくて、大好きになりました。夏の今こそ、読むのにベストタイミングかも。ここに語られていることは、誰もが日々向かい合っている社会の矛盾。気付こうが気付くまいが、どうすることもできない真理です。長く漠然と感じてきたことが、作家の鋭い洞察力を通して、大胆リアルに鮮明化されていく。カタルシスともいえそうな解放感を突き抜け、爽快さまであるのです。不思議なくらいダークなのに、、、。桐野夏生さんは驚くべきパワフルな物語を書く人ですね。そうとう精神の強い人に違いなく、人一倍繊細な人でもあるのでしょう。頷きながらいたたまれない思いで、女として生まれてしまった自分の運命を嘆きたくなる――反面、子孫繁栄本能に振り回される、男でなかったことを喜びたくもなる―――。どちらにしても、人間の内面に蠢く闇がはっきりと姿を見せます。作家・桐野夏生が、言葉にして聞かせてくれたおかげで救われた人は、きっと少なくないような気がする。心もとなかった自分の導き出す真理を、力いっぱい肯定してくれた。恐ろしく生々しいのに、不思議な救いのある小説だと思います。全編が、それぞれの立場から語る、告発文のような構成でした。「わたし」の言葉に、悪意のある嘘が交じっていることを、妹ユリコの日記から知り、和江の日記から知り、第三者の言葉から知っていく。重なるほどに、はっきり見える矛盾点は、読者が均していくごとに、より事実がクリアになっていくのでした。長いですが、かなり良いのでおすすめです。泉鏡花文学賞を受賞。鏡花が好きな、三浦しをんさんらしいチョイスだな、と思ったりするのでした。
2009.07.11
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20年代、NYのモダンガール、ミリー(アンドリュース)の夢は玉の輿に乗ること。ある日、宿のホテルに財閥出身の孤児ドロシー(ムーア)が入居してきた。舞踏会で知り合った好青年ジミー(フォックス)と恋に落ちながらも、勤め先のハンサムな部長グレイトンにぞっこんのミリーだが、グレイントンはドロシーに夢中になってしまう。そのうちドロシーがホテルの女主人らの罠にかかり、売春組織に誘拐されてしまう!残った三人はドロシー奪還作戦にうって出るのだった―――。 先日、荻々亭主人さん、リラ11さんにおすすめしていただいた作品です。『スローターハウス5』や『ガープの世界』とは、ひと味違ったロイ・ヒル監督のミュージカル・コメディ。『スティング』寄りの楽しい映画でした。モダンガール=モガを目指すミリーの憧れは、富豪の未亡人マジー(チャニング)。話に聞いていたマジーの魅力が大炸裂です!彼女の生き方が、なによりも一番、この作品を魅力的にしていますね。ここまで腹いっぱい人生を楽しめるって羨ましい! 挑戦し続ける彼女に感化されながら、ちゃんと最後には玉の輿にのり、幸せを手に入れている若者たちにニンマリでした。 ミュージカルですが、ダンスや歌もさることながら、色とりどりのファッションや、アクションシーンをより楽しみました。劇中繰り広げられるアクロバティックな舞台はわくわくで、挑戦し続ける女マジーの体を張ったアクションが素晴らしいです。たしかにこれでは、主演の二組のカップルさえ霞んでしまうかも、、。それほどに輝いているキャロル・チャニングなのでした。ホテルの洗濯屋が、絵に描いたような中国人で笑ってしまいます(笑)なんか、懐かしいこの描写。むかしはよくありましたね、こういうの。それから、マジーの執事らしい老人役に、ノリユキ・パット・モリタ氏が! 『ベスト・キッド』のミヤギさんですよ! 懐かしい。2時間20分の長編で、オープニングの長さにも驚かされましたが、どこまでも大らかなのがいい。拘りを持ちつつも、きっと楽しんで撮ったのでしょうね。売春組織だとか、ドロシーの誘拐だとか言っても、じつに緩いのです。コメディ路線まっしぐら。ダンスしないと動かないエレベーターが私的ツボ。遊び心いっぱいの作品でした。● ● ● ●監督 ジョージ・ロイ・ヒル 製作 ロス・ハンター 脚本 リチャード・モリス 音楽 エルマー・バーンスタイン アンドレ・プレヴィン ジョセフ・ガーシェンソン 出演 ジュリー・アンドリュース メアリー・タイラー・ムーア キャロル・チャニング ジェームズ・フォックス (カラー/138分)
2009.07.06
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1956年、ソ連の支配下にあったハンガリーの首都ブダペスト。独裁的な共産主義政権に対する市民の不満は募り、学生を中心に自由を求める声が高まっていた。そんな中、政治にまるで関心のなかった水球のオリンピック選手カルチは、学生たちに連帯を呼びかける女性闘士ヴィキの姿を目にして心奪われる。そして、デモが激しい銃撃戦へと発展していく中、もはや傍観者ではいられなくなったカルチは、ヴィキと共に、闘争の最前線へと身を投じていくのだったが―――。 1956年の“ハンガリー動乱”と、その数週間後にオリンピックで起きた“メルボルンの流血戦”という史実を基にした骨太なドラマ。監督はハンガリーの新鋭女流監督、クリスティナ・ゴダです。全体を通して、良くできているこの映画、他と違うのはどこでしょう。いままでにも、ナチス政権下のポーランドだとか、社会主義や共産主義に弾圧された人々が立ち上がる、良質な映画はありました。そんな中で、他とは違うところ。まずは“水球”というスポーツものの要素を上手く絡めてあること。試合のシーンも多く描かれます。共産主義との闘いは銃を持つことばかりではなく、オリンピックに出場し、敵国を負かすことでもあった。そんな時代の男たちの真剣勝負が、戦闘と並行して描かれていくのが新しい。それから、負傷した学生や市民の描写がリアルなこと。実際に機関銃で撃たれれば、足はもげるし、肉片は散るでしょう。爆発にあえば丸焦げにもなるでしょう。そんな目を覆いたくなるような凄惨な状態を、嘘っぽさのないリアルな映像に仕上げたことも、本作ならではの良いところだと思います。もうひとつ最後に挙げるなら、ハッピーエンドではないところ。この一点は、かなり重要でした。もしもカルチとヴィキが困難の末再会しハッピーエンドで終わっていたら、、、勝手な話だけれど、満足度はかなり低くかったと思います。このての映画には、悲劇でしかありえないところに、当時の厳しさの説得力がある気がしてしまうのです。 敬愛するポーランドの抵抗三部作のように、甘ちょろい終わりは似合わない。水球にすべてを懸けた男たちがいて、恋で人生を大きく変えたカルチがいて、革命運動の果てに堂々と死んでいったヴィキがいて―――。たとえきっかけは恋愛でも、はじめて自国ハンガリーの現状を真剣に考えるようになっていくカルチの姿は共感できるもの。ほかの水球選手にしたら、とても身勝手に映る行動だけど立派。再びオリンピックへ向けてチームに戻ったことも、とても勝手な行動にみえるけれど、平和的に勝利を収める方法がここにもあるってことを教えてくれるラストなのでした。オリンピックの存在意義までほんのり感じることができる、良い作品です。● ● ● ●監督 クリスティナ・ゴダ 脚本 ジョー・エスターハス エーヴァ・ガールドシュ ゲーザ・ベレメーニ レーカ・ディヴィニ 音楽 ニック・グレニー=スミス 出演 イヴァーン・フェニェー カタ・ドボー シャーンドル・チャーニ カーロイ・ゲステシ (カラー/120分)
2009.07.04
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1933年(昭和8年)に発表された短編。ずいぶん前になりますが、アネモネさんがおすすめしてくれた作品です。 ――盲目の三味線奏者・春琴に丁稚の佐助が献身的に仕えていく物語の中で、マゾヒズムを超越した本質的な耽美主義を描く。 句読点や改行がなく、切れ間のない甘美な世界が続きます。春琴にたいする佐助の生き様は、まさしくマゾヒズムでしたが、極致ともいえる在り方は、向うところ敵なしの揺るぎなさ。ここまでくればアッパレという、完成された関係でした。一番の見せ場、火傷を負った春琴のために、自らの目を針で突き、望んで盲目となった佐助の一連の所業に関する描写が凄まじい。こういうの、とても真似できないくせに憧れますね。とはいえ、この関係は、佐助にとってマゾヒズムの充足でもあったのでしょうから、純粋さの裏にロマンチシズムが漂います。それは同じく春琴にもいえること。子が出来ようと、歳を重ねようと、最後まで男女関係を認めなかった二人の、肉体と心の結びつきは、わざと濁してあるだけに、妄想が膨らむところです。こんな関係が存在しえるものか、現実には考えもつかないけれど、究極の関係は映画むきで、すでに5度ほど、映画化されているようです。甘い―――。いつか『細雪』を読んだとき、ムズムズするような甘さがそこはかとなく匂って、あまり好きになれなかったはずでしたが、この『春琴抄』は好きでした。泉鏡花の『外科室』を髣髴とさせる。このたび、古書で昭和文学全集を買って読みました。ほかの谷崎作品が楽しみになったし、芥川龍之介を読んでみるのも、なんだか楽しみです。こういう本は買う人が少ないらしくて、手に入りやすい。寝室で読むには重たくて不向きだけれど、ガッシリな装丁が好み。写真ではわかりにくいけど、頁の上部が金色に塗られていてゴージャスなのです。
2009.07.03
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