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いま帰宅中です。 おいしいお酒をいっぱい飲み過ぎました。 ヘロヘロです。 電車を乗り過ごすさないようにしなければ。 ではでは。
2009年02月28日
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今日の東京は寒かった。雪もぱらついた。明日は天気は回復するようだが、相変わらず寒さは厳しそうだ。明日土曜は私は普通に仕事である。そして明日の夜は久しぶりに昔の同僚との飲み会がある。私は社会に出てから20年近く経つが、その間何度か転職をした。当然のことながらその度に同僚との別れがある。だから昔の同僚と会うというのはなかなか楽しいものだ。同僚の近況や、当時勤めていた会社の動向などを聞けるのはとても楽しい。なので明日を楽しみにしている。という訳で、今日はそれに備えて早く寝ることにします。ではでは。実家の猫のサービスショットです。
2009年02月27日
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昨日びっくりしたのが「玉置浩二」と「石原真理子」の電撃復縁のニュースである。まさかである。別に他人の幸せに口を挟むつもりはないが、さすがにこれには仰天させられた。23年前、2人の不倫が発覚したときに流した石原真理子の涙は美しかった記憶がある。それがまさかこんな結末になるとは・・・。本当にびっくりである。まあどうでもよいですが^^さて、「安全地帯」の話である。何度かこのブログには書いているが、基本的には私は「洋楽派」である。なので好きな日本のミュージシャンというのは少ない。その少ない中の一つが「安全地帯」なのである。「安全地帯」は80年代を代表する日本のバンドである。基本的にはボーカルの玉置浩二がすべて作曲を手がけていた。北海道出身で、もともとは井上陽水のバックバンドとして上京していたのだが、1983年に「ワインレッドの心」でブレイクした。当時の私は高校2、3年生で、バリバリの洋楽派だった。なのでTBSの「ザ・ベストテン」なんかで歌う彼らを、正直馬鹿にしていた。「ただの歌謡曲じゃん」ってな感じで。なので「ワインレッドの心」や「恋の予感」は、内心では“いい曲だなあ”と思ってはいたが、特に積極的に聞き入ることはなかった。しかしそんな私が安全地帯を本格的に好きになったのは、大学1年の夏のことである。これも以前のブログに何回か書いたのだが、私は大学1年の夏休みに軽井沢のホテルで1ヶ月間の住み込みバイトを経験したのだ。私の当時の仕事は「ルーム係」だったので、チェックアウトからチェックインまでの時間は牛のように働かされるが、夜は基本的に仕事はない。なので夜は結構自由に遊べた。外に飲みに行くこともあるが、基本的には寮内でバイト仲間と安酒を飲むことが多かった。そのバイト仲間の一人に私より2つ年上の女子大生がいて、結構気が合った。ちょっと女性として好きになったのだが、向こうは私に対して“お姉さん”的な態度を示し、私を子ども扱いしてきたのが面白く、なんだかんだで恋愛感情抜きによく飲んだりした。その彼女が安全地帯の大ファンだったのだ。そこで彼女に教えられて、はじめて本格的に安全地帯を聴いたのだ。聴いてびっくりしたのがアルバムのクオリティーの高さである。とくに1stアルバムは最高である。まだ「ワインレッドの心」の発表前のアルバムなので、それ以降のアルバムと全く違う印象があるが、本当に収録されている全曲が素晴しい。そして2ndアルバムも良い。このアルバムにはシングルになった「ワインレッドの心」や「真夜中すぎの恋」なんかも収録されているが、個人的には「眠れない隣人」「真夏のマリア」「つり下がったハート」が良い。さらに3rdアルバムが私にとっては安全地帯の最高峰である。シングルの「恋の予感」も良いが、「Lazy Daisy」「Happiness」「Kissから」が泣きたくなるぐらい最高なのである。今でもこれらの曲を聴くと、あの1ヶ月間の軽井沢の短い夏の記憶、そしてあの2つ年上の彼女の記憶が蘇ってくる。その当時はまだ3rdアルバムまでしか発売されていなかったので、それ以降のアルバムもとても良いのだが、やはりこの夏の思い出にはかなわない。そのバイト中、結局その彼女とはなんの進展もなかったのだが、いまでも当時を思い出すと、年甲斐もなく感傷的になるのだ。私の中では「安全地帯」=「甘酸っぱい夏の思い出」という図式になのだ。だからこそ、まさにその当時に「玉置浩二と石原真理子の不倫騒動」なんていうのは、より強烈に印象に残っている。それがこのびっくりの復縁である。これを聴いてますます私の甘酸っぱい思い出が蘇ってきたぞ!!まあ、だからといって何もしませんが^^という訳で、今日は久しぶりに安全地帯を聴きながら床につくことにします。若い人はあまり知らないかもしれないが、「安全地帯」はけっこうよいですよ。ちょっとyoutubeからひっぱってきました。「Lazy Daisy」です。興味のある方はご覧ください。ではでは。
2009年02月26日
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Part1の続きである。陣馬山山頂から見える雲海はまさに神秘的である。しかも山頂には私だけしかいない。この素晴しい景色を独り占めなのである。こんな低山なのにきれいな雲海が見えるのには実は訳がある。種明かしをすると、この雲海の下には相模湖があるのだ。湖があるためにもともとこの地域は朝は霧が発生しやすい、実際に今日、相模湖あたりの中央線からの車窓は真っ白だった。頂上からは見える景色は雲海だけではない。扇山。大岳山。雲取山、鷹巣山。山頂の様子そして山頂の白馬のモニュメント。景色を充分堪能したあとは、次の目的地である景信山を目指して出発。陣馬山から景信山までは6km弱の行程。楽しい稜線歩きである。途中の明王峠からの富士。この縦走路には一つ嬉しいことがある。陣馬山から景信山まではいくつものピークを通過しなければならない。なので本来ならアップダウンが結構厳しいのだ。しかしこのルートは、幸いなことにほとんどのピークに「巻き道」が付けられているのだ。なので無駄な位置エネルギーを消費せずに済むのだ。下手をしたら陣馬山。景信山自体を巻くことだって可能なのである。このルートを歩くのは今回が4回目なのだが、陣馬山と景信山の中間にある「堂所山」は全て巻いてしまい、頂上に登ったことがないくらいだ。そして陣馬山から1時間40分ほどで景信山に到着。足元はドロドロぐちゃぐちゃである。景信山からの富士。山頂でしばし休憩した後、小仏峠に向かう。小仏峠とは、かつては甲州街道の要所であった峠だ。もっとも今はただのひっそりとした山道である。小仏峠からはしっかり整備された道になる。30分ほど下ると無事にバス停到着。本日の山行も無事終了である。全行程4時間30分ほどのお気楽だが楽しい低山歩きだった。ここからはバスで高尾駅までちょっとの移動。帰りは運賃の高いJRではなく、京王線を使って高尾駅を後にした。
2009年02月25日
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この山に登ったのは2009年1月。2008年最後の山行から約1ヶ月たったこともあり、そろそろ“山に行きたい”モードがうずきだしてきた。毎月一山行をノルマとしていることもあり、タイミング的にはちょうど良いころだ。せっかくこの時期に登るのなら「雪」がほしい。しかし私は「本格的雪山」「岩登り」「沢登り」をやらない“弱々ハイカー”である。なので必然的に低山を目指すことになる。しかも林道の路面凍結なんかが怖いので、車ではなく公共交通機関を使っての山行にしたい。となると意外と登る山は限られてくる。という訳で昨年に引き続き、新年初山行は「陣馬山~景信山」にすることに決めた。今回は月曜にお休みを貰ったので、前回に続いての平日山行だ。2、3日前の天気予報だと「雨のち曇り」ということだったが、前日の夜に確認したところ、なんとか雨は明け方にはやみそうだ。なので好天を祈って出発することにした。朝5時38分御茶ノ水駅発の中央線に乗り込む。毎回思うのだが、この時間の中央線下りは快速運転をしていない。御茶ノ水から高尾まで“ず~っ”と「各駅運転」である。けっこうたるい。まあその分じっくり睡眠時間にあてることが出来るのでそれはそれでいいのだが。7時18分に「藤野駅」に着。そして接続がよく、すぐに和田行きのバスに乗り込む。客は私一人だけ。このバスに乗るのは今回で4回目だが、うち3回は一人だけだった。経営的に大丈夫なのかな。そして7時35分に和田到着。少し雪が残っている。高尾駅で乗り換えの電車待ちをしていたころは上空に雲が広がっていたが、だいぶその雲が取れてきたようだ。これはうまく行けば好天に恵まれそうだ。そして身支度を整え出発。5分ほど凍った車道を歩くと見覚えのある登山口に到着。いざ出発である。登山口を少し入った坂道は民家につながる道なので舗装されている。そこに雪が凍って残っているため、メチャメチャ滑りやすい。今回の山行で一番滑りやすかったのはここである。そしてしばらく登ると早くも富士がちらっと顔をのぞかせた。稜線に出るまでの道は所々に雪が残っていたが、別に軽アイゼンとかをつけるほどではない。稜線に出ると部分的に雪が多く残っているところが出てきたが、“すべる"とかいう感じではない。雪の感触を楽しみながら進んでいく。そして1時間ちょっとであっけなく陣馬山山頂に到着。特に疲労を感じる間もない登頂である。ここまでは誰一人とも出会わない。休日は多くのハイカーで賑わうのだろうが、さすがに月曜は静かな山歩きが出来る。そこで待ち構えていたのがこの光景。雲海がすごい。陣馬山はたかだか標高855mの山だ。その山でまさかこんな雲海に出会えるなんて思ってもいなかった。最高である。そしてもちろん富士山。Part2へ続く。
2009年02月24日
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今日はスルーします。明日はちゃんと書きます。ではでは。
2009年02月23日
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東京スカイツリー提示報告です。前回の報告で東京スカイツリーの建設がいよいよ始まったことをお知らせしました。工事はさらに進んでいます。こんな感じ。いよいよですね。しかし工事が始まりだして気づいたのですが、この業平橋駅からのショットだと、完成するころには近すぎてフレームに入りきらなくなりそうです。なので、もう少しロングショットを撮れる場所を探そうかと思います。次回報告の場所を楽しみにしていてください。ではでは。
2009年02月22日
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名古屋でのあれこれ。名古屋城金の鯱テレビ塔猫ではでは。
2009年02月22日
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今日は時間がないので、こんなので失礼。飛騨高山から名古屋までのJR特急「ひだ」で食べた駅弁です。「しぐれ寿司」。飛騨牛の美味さが凝縮されてます^^美味しかったです^^ではでは。
2009年02月21日
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先日、白川郷に訪れる前に名古屋に立ち寄った。名古屋を訪れるのは恥ずかしながら35年ぶりくらいである。前回訪れたのは小学校低学年のころだったので、そのときの印象は全くといって良いほど残っていない。名古屋城に訪れたことくらいはかすかな記憶に残っているのだが、ほとんど初訪問みたいなものである。今回は白川郷の“ついで”に立ち寄ったようなものなので、特に名古屋市内をじっくり観光することはなかった。いちおう名古屋城を訪問したが、あとは栄町周辺をうろうろした程度だ。それよりも今回の名古屋訪問の一番の目的はランチで「名古屋グルメ」を味わうことだった。名古屋グルメといえば、きしめん、てんむす、名古屋コーチン、ひつまぶし、味噌カツなどがパッと思い浮かぶ。それ以外にもまだまだ美味しいものがありそうだ。そんな訳で、以前のブログで皆様に名古屋グルメ情報を求めたところ、「手羽先」を多くの方に進められた。しかし「手羽先」は基本的に“居酒屋系”の店である。「風来坊」という店をお勧めしてくれた方もいたが、残念なことにランチタイムは開店していない・・・なので今回は「味噌煮込うどん」を食べることにした。名古屋で「味噌煮込うどん」というと『山本屋総本家』と『山本屋本店』という名前が紛らわしい2つの店がしのぎを削っている。ただ、『山本屋総本家』はこともあろうに東京の浅草に支店があるので、今回は『山本屋本店』のほうに訪れた。場所は名古屋駅隣の地下街「エスカ」。ちょうど昼時だったので店の前には行列が出来ていたが、回転も早く10分ほど待っただけで入店できた。そして名古屋コーチン入りの味噌煮込うどんを注文。ちなみに漬物もセットでついてくる。おかわり自由とのこと^^そして出てきたのはこれ!ふたをあけるとこれ!うまそうである^^さてお味のほうですが・・・うまい!個人的には大好き!ただ、やはり味が濃いので、結構好き嫌いが激しいかもしれない。生卵がひとつのっている。以前のブログで私は「月見蕎麦」を食べるときは卵を最後まで割らずに残すというようなことを書いたが、このうどんでは早々と割ったほうがよいだろう、卵がスープにとけて実にマイルドになる。もとの味噌味が濃いだけにこれはなかなか良い。麺は固め。芯が残っている。でもこれが美味いのだ!!最後まで歯ごたえがしっかりあるので麺がびちゃびちゃすることはない。ただ意外だったのは、予想していたより麺のボリュームが少なかったこと。鍋も見た目はでかいが、意外と底が浅いので、そんなにたくさん食べるという感じではなかった。もっとも味が濃いので、あまり量が多いともたれるのかもしれないからかえって良いのかもしれない。今回はご飯もセットにしたので、味噌煮込の味の濃さをうまく白米を緩和してくれたかもしれない。まあいずれにしても味噌煮込うどんは最高に美味かった!しかし一つだけ気になることがあった。それは味噌煮込うどんの食べ方である。事前にネット調べていたら、鍋の「ふた」を取り皿にしてうどんを食べるのが流儀みたいなことが書いてあった。実際に店員もうどんを運んできたとき、そんなことを言っていた。だから「そうやって食べるのが普通なのかな~」なんて思いながらふたを取り皿にして食べていたのだが、ふと周りを見渡すと、そんなことをしている客はほとんどいない!みんな普通になべから直接食べている。そもそも「レンゲ」が一緒についてくるのだから、わざわざふたを取り皿にする必要性は希薄なのである。う~ん、これは騙されたかなあ^^でも美味しかったなあ^^味噌煮込うどん^^名古屋コーチンも美味しかったなあ^^ではでは。
2009年02月20日
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Part1の続きである。この白川村荻町地区には多数の合掌造りの家があるのだが、そのうちの何件かは有料で内部を見学できる。300円くらいですが。なので展望台から見たときに一番立派に見えた「和田家」を見学することにした。外観はこんな感じ。内部。蚕も飼っている。なかなか面白い。ただ、こんなことをいうと怒られるかもしれないが、内部のつくりをしっかり見学したいなら何もここまで来なくても、横浜の「三渓園」にある合掌造りを観たほうがいいかもしれない。「和田家」は実際にそこで住んでいる方がいるので、全部を開放しているわけではないからだ。3階部分にも入れない。ちなみに以前の三渓園レポはこちら。さて、一通り集落を散策したあとは昼食。集落内の蕎麦屋で手打ち蕎麦を堪能した。そして次のお目当ては「温泉」である。この白川郷には立ち寄り温泉施設が1件あるのだ。それがこの「白川郷の湯」。もちろん入湯!外観はこんな感じ。中はこんな感じ。まあもともと「源泉100%かけ流し」とかを期待する施設ではないので、泉質ははじめからあまり期待していなかった。もちろん循環式で塩素殺菌をしている。ところがそれでもなかなかいいお湯なのだ!肌がすべすべする感じ。ここは意外といいですよ^^値段も700円だし。白川郷に来たら絶対に立ち寄るスポットだ^^温泉公式HPはこちら。さて、10時40分ごろに白川郷に着いたときは小雪が舞い散るような感じだった。雪を被った合掌造りを見ることが出来なかったが、雪の舞い散る白川郷を見ることができたのでそこそこ満足していた。ところがこの温泉に入っている途中から、急にドカ雪になりだした。露天風呂から見える景色が真っ白になってきた。さすが雪国。1時間ほど温泉で“まったり”したあとは、土産物屋でも冷やかそうと思って集落を再び散策し始めた。すると先ほどまでは雪がなかった合掌造りの屋根に、見る見るうちに雪が積もり始めたのだ。ラッキー。beforeafterすごい。さすが雪国。もちろんこの短時間では“たっぷり”積もることはないが、屋根が白くなった集落を見れてよかった。こんな感じ。という訳でギリギリのところで雪の白川郷を堪能することができたのだ。まさに一発逆転といったところ。いやあ、白川郷は本当によかったなあ。さすが世界遺産。そんなわけで大満足の白川郷だった。名残惜しいが高山に向かう高速バスに乗り、東京への帰路に着いた。
2009年02月19日
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16日の月曜日に岐阜県大野郡にある白川村、つまり「白川郷の合掌集落」に行ってきた。いわずと知れた「世界遺産」である。前日に飛騨高山に入りそこで一泊。そして16日に高速バスで白川郷を訪れたのだ。便利なことに昨年夏に「東海北陸自動車道」が開通し、高山から白川郷までは高速バスで50分程で行けるようになっている。白川郷の合掌集落というのは、正式に言えば「白川村荻町地区」のことで、そこには合掌造りの建造物が多数現存しているのだ。さて、ここは以前から訪れてみたいと思っていたのだが、都心からのアクセスの悪さもあり、今まではなかなか重い腰が上がらなかった。しかし前述したように高山からのアクセスが“ぐん”と楽になったので、いよいよ出陣することにした。もっとも高山までは相変わらず遠いのだが・・そんな白川郷行きだが一つ問題が起きた。1月に宿などの手配をしたときは別に問題なかったのだが、1月中旬以降の「暖冬」により白川郷の雪が少ないとのこと。う~ん、これはちょっと意外。白川村HPのライブカメラを見ても、確かに雪はあるが、「雪深い」という感じではない。なので「冬の白川郷」をイメージさせる景観に出会えるかどうかは、少々怪しくなってきたのだ。しかも前日に宿泊した高山の宿の夕食時、食事処で飛騨牛を堪能していたら、隣の客がちょうどその日に白川郷を訪れたらしく、配膳係りの仲居さんに向かって「白川郷は雪がなかったですよ~」なんて話しているのを耳にしてしまったのだ。う~ん。しかし天気予報では16日の白川郷は「雪」とのこと。という訳で期待と不安の白川郷入りである。9時50分高山発の高速バスで出発。そもそも高山自体に雪が全くない。これも意外。しかし高速に入り、トンネルを過ぎるごとに徐々に雪が出てきた。まさに川端康成の「雪国」である。白川IC直前にある全長10kmにおよぶ「飛騨トンネル」を過ぎたときには雪が舞っていた。そして白川郷到着。道路に設置されている気温表示板は1℃を示している。寒い!高速バスを降りるとすぐに合掌造りの建物が迎えてくれる。なかなか感動物である。建物が土産物屋なんかになっているのちょっと興ざめな気もするが、まあそれは許そう。雪はある。しかし合掌造りの屋根に本来なら“こんもり”のっているはずの雪は見当たらない。まあ仕方ない。気を取り直して、まずはシャトルバスに乗り、合掌集落を見渡せる展望台へ移動。そこからの景色がこれ。アップ。真ん中の家は「和田家」。いやあ、これはいい!!感動!!雪の少なさなんて気にならない。ここで何時間もこの景色を見ていたい欲求に駆られたほどだ^^展望台からは歩いて集落に下る。集落ではあちこちでこんな景色に出会える。雪山をバックに。雪は少なくても白川郷は最高である。しかしこの後に思いがけない展開が待っていたのだ。Part2へ続く。
2009年02月18日
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名古屋~高山~白川郷の一泊二日の旅から帰ってきました^^楽しかったです^^詳細は後日^^今日は眠いのでもう寝ます。ではでは。
2009年02月17日
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白川郷に来てます! 寒いです!
2009年02月16日
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いま高山の温泉宿でまったりしてます! 飛騨牛おいしかったです! 今日はゆっくり休んで、明日はいよいよ白川郷です! ではでは。
2009年02月15日
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名古屋に来てます! これから昼食です。 味噌煮込みうどんを食べます。 ではでは。
2009年02月15日
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昨日は各地で例年より早い「春一番」が吹き荒れたようだ。東京はさほど強い風が吹かなかったと思うのだが、日が変わってこの夜中に物凄い風が吹き荒れている。ちょっと「怖い」感じだ。この時期にこんなに風が吹くなんて、いままであまり記憶がない。異常気象なのかなあ。しかしこの風によって花粉が一気に飛散しそうな気もする。それはそれで嫌だなあ。土曜は仕事で朝早いので、これからもう床につかなければならないのだが、風がうるさくて眠れそうもない気がするなあ。怖いなあ。という訳で今日はこれでおしまい。ではでは。
2009年02月14日
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東京スカイツリー定時報告です。前回報告した建造物は、どうやらタワー本体らしいです。今日はさらに建設が進んでいました。こんな感じです。アップです。別アングルです。いよいよ本格的に建設が始まりました!!楽しみです!!ではでは。
2009年02月13日
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もうすぐヴァレンタインである。さすがに年齢的に義理チョコ以外はまったく縁のないヴァレンタインデイである。まあ、逆に義理チョコなんてかえって面倒で迷惑に感じるようになった歳でもある。私が学生時代は、結構ヴァレンタインは盛り上がっていた。「チョコで告白」なんてポピュラーだった気がする。でも最近ではヴァレンタインに「告白」なんてシチュエーションは少ないのだろうなあ。「友チョコ」なんて何が楽しいのかがイマイチわからない。時代は移り変わっているのだなあ。さて、自慢するわけではないが、私は学生時代にそこそこヴァレンタイン告白なんかされたほうなのだ。昨年のブログで高校2年時のヴァレンタインの話を書いたが、実際そこそこもてていたのである^^。今回は大学2年時の話。当時、付き合っている彼女とは別れる寸前みたいな感じでギクシャクしていた。なのでヴァレンタインをきっかけに新しい恋でもあればいいかなと思っていた。と思っていたら、当時まだ女子高生の女の子からコクられた。しかも手作りチョコケーキを添えて。本気で。手作りのチョコは何度ももらったことはあるが、手作りのチョコケーキは初めてだった。なのでちょっと感動したものだ。彼女のケーキを渡すときの手がぶるぶる震えていたのが印象に残っている。緊張していたのだろうなあ。それはちょっと嬉しかった。しかしその子は私が当時バイトしている先の「お客」だったのだ。だから商品に手をつけるのもどうかという感じで、少々戸惑ったことも覚えている。そこら辺は私も若かったなあ^^まあそれがきっかけで、当時付き合っていた彼女ときちんと別れ、その子と付き合い始めたのだ。ちょっと年齢的に問題があるような気もするが^^まあご愛嬌^^結局、その子とは半年ぐらいの付き合いだったのだが、いまだにヴァレンタインのチョコケーキは印象に残っている。懐かしいなあ。ヴァレンタインが近づくにつれ、つい思い出してしまう出来事である。若い頃がなつかしいなあ。今は枯れる一方である。ではでは。
2009年02月12日
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町の中華料理屋のラーメン第21弾である。今回突入したのは台東区日本堤にあるお店。「中華楼」である。店の外観はこんな感じ。「日本堤」という地名ではいまいち分らない方も多いと思うが、この町の別名の「山谷」という名前にピンと来る方も多いだろう。そう、ここは日本三大ドヤ街の一つである「山谷」なのだ!「明日のジョー」の「泪橋」といったほうが分りやすいかもしれない。まあそういった場所なのだ。もっとも最近では日雇い労働者の高齢化が問題になっており、高齢者福祉の町として変貌しつつある。さて、そんな街にある中華料理屋である。当然のことながら代金は安い。メニューに「もやしそば」がなかったので、五目そばとビールの大瓶を頼む。それでも1100円程度である。そして肝心のお味ですが、なかなか美味しい。キャベツがシャキシャキしている。そしてイカも美味しい。「五目そば」っていうほどの具はないのだが、なかなかいける。満足満足^^野菜の切り方とかが結構乱雑なような気もするが、まあそれは許しましょう。山谷で営業を続けるのも大変なのでしょうが、この味をキープするのは感心しますね。ではでは。
2009年02月11日
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数日前から、徐々に花粉を感じるようになってきた。まだ本格的な飛散はないのだが、少々鼻がむずむずしている。今年もついにこの季節になってしまった。いやだあな。私は幸いなことに「眼」への影響がない。重度の花粉症の方で、「眼を取り出して水で洗いたいくらい」という話をよく聞く。大変なのでしょうね。花粉症用マスクコーナーもそろそろドラッグストアで目に付くようになってきた。私は昨年買いだめした立体マスクが残っているので、とりあえずそれで今シーズンを凌ごうと思っている。しかし嫌だなあ、花粉。毎年、ソメイヨシノが開花するくらいの時期まで花粉症が続く。あと2ヶ月弱である。辛いなあ。なんとか軽くすんでほしいものである。嫌だなあ。早くソメイヨシノが咲かないかなあ。ではでは。
2009年02月10日
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今日は時間がないのでこれでパス。デゴイチ。そういえば、JR東日本がSL復活に向けて、各地で動態保存されているSLを調査するようです。このデゴイチもその対象になるのでしょうか?ではでは。
2009年02月09日
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東京スカイツリー定時報告です。いつのまにやらこんな建造物ができてました。アップです。ひょっとしたらこれがタワーの礎になるのかもしれません。今後が楽しみです。ではでは。
2009年02月08日
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「多摩テック」が今年9月末で閉園することが発表になった。「多摩テック」と言っても、東京近郊にお住まいの方以外はまるでわからない話であろう。「多摩テック」とは、東京都日野市にある「モータースポーツ」をテーマにしたアミューズメントパークなのだ。園内には複数のゴーカートコースをはじめ、バイクコースや観覧車、そして温泉施設「クア・ガーデン」なども併設する複合型施設である。私は多摩テックが好きで、小中学生時代に何回も遊びに来ていたのだ。大好きだったのだ。「遊園地」という観点から多摩テックを見ると、遊戯施設がそう多いわけではないのであまり人気がないのかもしれない。同じ“多摩地域”にある「よみうりランド」や「サマーランド」の後塵を拝する感じだ。しかし私がこの施設を好きな理由は、前述したとおり「ゴーカート」の魅力にある。自分が小中学生時代、自分自身で運転できる乗り物といったら当たり前のことだが自転車しかなかった。なので遊園地で自分で運転できる「ゴーカート」が最高に楽しかったのである。ところが普通の遊園地にある「ゴーカート」はイマイチのものが当時は多かった。それに比べるとこの多摩テックの「ゴーカート」は、「モータースポーツをテーマとしたアミューズメントパーク」というのが売りになることからわかるとおり、かなり本格的で楽しいものだったのだ。東京もこの日野市あたりまでくると、多摩丘陵になってくるため、園内は結構起伏がある。その起伏を利用したコースなどは最高に面白かったのだ。今思い出してみると、ゴーカートでアップダウンを楽しめたのは多分このコースだけだったと思う。あとは、ゴーカート同士のぶつけ合いも楽しかったなあ。激しくぶつけすぎて、あやうくコースから飛び出しそうになったこともあったなあ。カートが転倒しそうになったこともあったなあ。結構危険なことをしていたものである。懐かしいなあ。もっとも高校に進学してしまうと、興味は「バイク」に移っていくので、もうゴーカートを操縦することはなかった。なので多摩テックにも30年近く行っていない。その多摩テックが閉園である。感慨深い。まことに残念だ。今回のこのニュースを見て初めて知ったのだが、この多摩テックはホンダの子会社だったようだ。なるほどね、だからこそモータースポーツアミューズメントなのね。閉園は9月末ということなのでまだ少し先なのだが、多分閉園前にもう一度訪れてみる予定は今のところない。さすがに40歳を越えたおっさんがゴーカートできゃーきゃー騒ぐのも変である。なのでこの多摩テックの閉園は陰ながら静かに見送りたいと思う。多摩テックの公式HPはこちら。ではでは。
2009年02月07日
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緊急医療の話である。緊急医療の通報として「119番」というのは常識。日本の緊急医療の要でもある。最近では「119番」の受け入れ先病院がないなんてことも多く、あちこち「たらいまわし」にされることも多いようだ。その辺は私は詳しい事情がわからないのであえてコメントしません。よく問題になるのが、「タクシー代わりに救急車を使う」というケースが多いとのこと。どう考えても「119番」の必要性がないのに、119番で救急車を要請してしまうケースが多いらしい。それによって他の緊急を要する患者の搬送に支障を生じているようだ。まったく困ったものである。悪質なケースも多いらしい。そのような状況を踏まえ、救急車の有料化が検討され始めているというニュースもよく耳にする。個人的には当然なのかなとも思う。一刻を争う救急医療のなか、そんないい加減な奴らに救急車を出動させる必要はまったくない!そのために本当に救急医療を必要としている人が被害をこうむるのは言語道断である!東京消防庁が安易な「119」を減らすために、事前相談みたいな感じで「♯7119」をまず利用するようになんてPRしている。どこまで広報が行き届いているかわからないが、なかなかよいアイデアである。軽い気持ちの「119番」は絶対反対!!!!である。と、3日前までは思っていた。しかし、自分がその当事者になってしまうと、少し考えが変わった。このブログで報告したとおり、私は先日そこそこ大ケガをした。2月3日の火曜の朝、出勤前に自宅で転倒し、顔面強打して負傷をした。ものすごく痛かった。強打した顔面はもちろんのこと、全身が痙攣したような感じで立ち上がれなかった。私はいままで大けがというものをしたことがない。なのでこれがどの程度のレベルのケガなのかは自分で判断がつかなかった。幸い、鼻とか耳とかから血が出ているわけではないので、直接的に脳に損傷があるわけではなさそうだ。もっとも精密検査をしなければなんとも言えないが。しかしショックで体が振るえ、寒気を感じる。しかも平衡感覚が危うい。涙もとまらない。これは「まずい」と思い、次に何をするかすぐ考えた。しかしすぐに「119番」で救急車を呼ぶというレベルなのかどうなのかの判断は自分ではつかない。しかもまわりには誰もいない。そうなのだ、いざ当事者になってしまうと、救急車を呼ぶかどうかを自分で判断できなくなるのだ。とりあえず自宅だったので、すぐ横になってしばらく経過を見ることにした。「頭蓋骨骨折とかはなさそうだなあ」という判断くらいはついたので、緊急に「119番」を呼ぶのはちょっと気がひけたのだ。そして1時間半くらい安静にしていたら、少なくとも頭部の骨折はなさそうなことが触診でもわかった。そして「目」が負傷していることがわかってきた。そこで、くらくらしながら何とか自宅近くの眼科を探し、はいつくばるような感じで眼科までたどり着いたのだ。そして無事に診察を受け、今に至っている。でも今回、事故現場が自宅だったから冷静な対処が出来たが、もし外であれば間違いなく「119番」を呼んだだろう。結果的には「119番」を呼ぶほどのケガではなかったのだが、当事者としては、そこまで冷静になれなかっただろう。多分、今回「119番」を要請したとしたら、「119番の必要性がなかった事例」にカウントされるのだろうなあ。そもそも「119番」が必要なレベルかどうなのかは、「あきらかに軽症」な場合を除けば素人では判断がつかないのだ。私は今回、一瞬「♯7119」のことが頭に思い浮かんだのだが、そこに電話する余裕はなかった。そこにかけるくらいの気力があれば、即119をダイアルしていただろう。「♯7119」のポスターを見ると、「119番」にかけるかどうか迷ったら「♯7119」なんてコピーがあるが、普通は迷わず「119番」をかけてしまうだろう。当たり前である。やはり、「119番」は緊急時の番号として、しっかり活用して欲しいものだ。では、悪質な「119番利用者」はどうすればよいのか。私の提案。そんなの簡単。「119番」救急車利用は、2回目からは有料にすればよいのだ。健康保険番号などから、過去の「119番」要請歴などは簡単にわかるのではないだろうか。そこで、何回も「119番」で救急車を利用しているケースでは、2回目以降は有料にすればよいだけだ。悪質の場合はさらに課金をすればよい。もちろん2回目以降でも本当に緊急を要するケースがあった場合は、その分は免除すればよいだけだ。今回、自分がこんな状況になったため、はじめて緊急医療に関して本気でいろいろ考える機会を得た。いずれにしても「119番」をしっかり正常に機能させることが大切なのだ。みなさんも「119番」に関していろいろ考えてみてはいかがでしょうか。ではでは。
2009年02月06日
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今日の午後あたりから、負傷していた左目の視力がようやく復活してきた。まだ完全復活というわけにはいかないが、一両日中には正常にもどりそうだ。今回のケガはまったくの自爆。転んで左顔面から大地に突入してしまったのだ。自爆直後は動けないほどの衝撃で、119番を呼ぼうか迷ったほど。とりあえずしばらく安静にしていたところ、どうやら目を負傷したらしいということで、自力で眼科を探して突入。診察によると眼球がぱんぱんに腫れてしまい、黒目の一部が負傷しているらしいとのこと。ただ精密検査の結果、網膜はく離とかはないので、腫れがひけば痛みも治まり、視力も元通りになるとのことで一安心。ちなみに明日、経過を観察しにもう一度再検査です。そんなわけで3日は会社を休み自宅で静養。4日から仕事復帰するもほとんど仕事にならず。今日からようやく社会復帰したような状態だ。ただ、目の青タンはまだ当分取れそうに無いので、まだしばらくは眼帯生活が続きそうである。皆様方、いろいろご心配くださってくれて誠にありがとうございます。励みになりました。この場をお借りしてお礼申し上げます。ではでは。
2009年02月05日
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昨日は会社を休みましたが、今日はこのすがたで出社です。 転んで左顔面を強打しました。 まだ左顔面が少し腫れてます。 目は青たんになってます。 片目だとパソコンが見づらいので、返信は復活してから書きます。 温かいお言葉ありがとうございます! ではでは。
2009年02月04日
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眼を負傷しました。 たいしたことはないですが。 しかし、眼帯と立体マスクをすると、完全に変質者ですね(><)
2009年02月03日
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浅間山が小噴火した。もともと浅間山は気象庁の常時観測火山に指定されている。常に噴煙を上げている活火山なので、まあ噴火は不思議でもなんでもない。そのため、浅間山は以前から規制がひかれ、山頂に登ることができない山の代表格であった。もっともネットで検索すると、馬鹿な100名山ピークハンターが規制を無視して勝手に登ったりしているようだが^^浅間山は端正な山である。富士山のようなシンプルな円錐形ではないが、巨大なカブトガニみたいな風貌がいい。これは大弛峠付近からの浅間山↓この浅間山を堪能できるのが国道146号のドライブである。本当は有料道路である鬼押ハイウェイのほうがなお良いのだろうが、まあ無料のこちらでも充分である。国道146号とは、浅間山の東面を中軽井沢から長野原までをつないでいるルートである。この道を走っていると本当に浅間山が大きく偉大に感じられる。噴煙を上げている浅間山が実にきれいなのだ。この道の周辺には高原野菜で有名な嬬恋村があり、道からところどころに見えるキャベツ畑もなかなかいい感じなのだ。だから私は草津方面にドライブに行く際は、行きか帰りのどちらかで、必ずこのルートを通るようにしているのだ。さらにこのルートのお楽しみスポットがいくつかある。意外と穴場なのが「北軽井沢地域」である。一般的に「軽井沢」という地名は長野県に属しているのだが、「北軽井沢」だけは群馬県にあるのが面白い。大学時代に北軽井沢のホテルで、夏に1ヵ月くらいの住み込みのアルバイトをしたことが懐かしいなあ。まあ、それは関係なくとも、意外と北軽井沢は良いですよ^^「照月湖」なんかきれいだったなあ。最近はどうだかわからないが^^そしてやはりお勧めは「鬼押出し園」であろう。ここは1783年の浅間山大噴火で出来た溶岩地形が広がっている。荒涼たる風景が広がっていてなかなか素晴しい^^ヒカリゴケなんかもあるし^^以前のブログにも書いたが、私が生まれ育った東京都台東区では、小学校の「林間学校」ということで軽井沢に宿泊体験をしていたのだ。今はわからんが^^その時にこの鬼押出し園にはじめて訪れたのだ。だからなおさら感慨深いのだ。しかし今回の噴火で、この施設も営業的どうなのかなと思ってHPをチェックしたら、ちょうど冬期閉園中であった(笑)。この噴火の影響はまったくなかったのね^^この鬼押出し園はお勧めですよ~。ぜひ「白糸の滝」と一緒に観光されることをお勧めします^^ではでは。
2009年02月02日
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東京スカイツリー定時報告です。整地があらかた終わり、建造物が出来てきたことは前回に報告しましたが、さらに建造物の建築が進みました。こんな感じです。アップ。なにやら奥に妖しげな建造物も。いよいよですね。ではでは。
2009年02月01日
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