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最近久しぶりに書店で衝動買いをしたのが、今日のお題の本です。新刊書として並んでいたものを手に取ってぱらりとページを開いたところで、19世紀のヨーロッパにおける音楽のありようが意外に分からないことだらけである(「19世紀という”暗黒大陸”」)、という冒頭のくだりを読んだ亭主は、思わず「えー?そうなの?」と身を乗り出してしまいました。19世紀と言えば、名だたる「大作曲家」がズラリと輩出した「古典派」から「ロマン派」にかけての時期に相当し、漠然と「何でも分かっている時代だろう」と想像するわけですが、どうもそうではないらしい...というわけで、結局「書置く能わず」で、そのまま未音亭にお供されることになったわけですが、以前ちらりと紹介した「ピアニストになりたい!」と同じような歴史的対象を、より真面目に扱った本としてなかなか面白く読めました。確かに19世紀は社会の産業化・大衆化に伴い、音楽のパトロンも一握りの貴族から多数の裕福な商人(=「市民」)へと移るとともに、彼らのサロンあるいは家庭用の楽器としてピアノが広く普及したことが知られています。本書はその辺の事情をアナール派よろしく様々な数字で具体的に追って行きますが、そこで見えて来るのが、それら新しい音楽の担い手たちの旺盛な需要を満たすために量産された音楽(つまりピアノ用の膨大な作品群)の存在です。これらは、「大作曲家」中心の音楽史観から見ると、群小作曲家が流行に合わせて粗製濫造した「取るに足らない」作品(消耗品=だから忘れ去られても構わない)のように扱われるであろうことは容易に想像できますし、本書の著者によると実際ほとんど資料がないに等しい状況だとか。けれども、例えば同時代のシューマン等がその音楽批評で絶賛したような作品も少なからずあることも紹介されており、「どうせキッチュばかりだろう」と決めてかかるのは早計のようです。本書で興味深いのは、通史的な部分もさることながら、Part2として19世紀の音楽事情がヨーロッパの主要都市ごとに(さらには南北アメリカまで)紹介されているところです。ここを読んでいると、イギリス式アクションのピアノの流通やそれが果たした役割、ボストンのチッカリング社(カークパトリックの持っていたドルメッチの楽器が作られたところ)の話など、今まで断片的にしか知らなかったことが俯瞰的に見えて来ます。なお、目次の詳細を出版社のサイト(こちら)で眺めることが出来ます。
2011.02.13
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昨年末、ジウリアーノ・カルミニョーラとヴェニス・バロック・オーケストラが東京でヴィヴァルディによるコンサートを開いていました。今回は「和声と創意の試み(作品8)」から、有名な「四季」(最初の四組曲)以外の作品を取り上げており、亭主も初めて耳にするものばかり。「海の嵐」という第5番の表題を見て、てっきりフルートが出て来ると信じ込んでいたぐらいで、よく知られているフルート協奏曲とは別物であることを知らなかったほどです。紀尾井ホールでのプログラムは、その第5番に加え、第6、第8、第10、第11番が取り上げられ、その他にも同じヴェネチア派(?)のタルティーニやガルッピの作品が演奏されました。ジウリアーノ・カルミニョーラといえば、今やヴィヴァルディのヴァイオリン・コンチェルトを語る上で無くてはならない存在のようです。1951年生まれというので、今年還暦を迎える御歳頃、元々はフィレンツェのフェニーチェ座オケでコンサートマスターをやっていたようですが、彼よりちょうど一回り若いマルコンが1997年に創設したヴェニス・バロック・オーケストラに加わり、このコンビで録音された「四季」が話題になった今世紀初頭以降、バロック・ヴァイオリンの名手として大活躍の様子。既に何度も来日しており、ニコニコ動画でもその様子を見ることができます。(例えば2005年の公演を録画したものはこちら)ところで、ヴィヴァルディといえば「四季」があまりに有名ですが、これ以外によく知られている曲というと実はそれほど多くはなく、あとは「調和の霊感」をはじめ同時代に出版されたいくつかのコンチェルトや器楽作品ぐらい。ましてや、彼がヴェネチアで上演した多数のオペラ作品に至っていはほとんど忘れられた状態のようです。(このオペラ興行に絡むマルチェッロ家との確執から生まれたのがベネデット・マルチェッロの「当世流行劇場」という諷刺文学の傑作。)これらも含め、未完成作品や断片まで入れたリュオムのカタログ番号は七百番台にまで及び、そのほとんどは未出版ではないかと想像されます。現に、2006年に出た上述の演奏家たちによる五曲のヴァイオリン協奏曲(RV331, 190, 325, 217, 303)の録音はいずれも「世界初録音」とのこと。【送料無料】当世流行劇場価格:1,890円(税込、送料別)誰かは忘れましたが、ヴィヴァルディの作品を整理した学者が「ヴィヴァルディはあの数百曲という膨大な数の協奏曲を新たに作曲したのではなく、数百回も作曲し直したのだ(!)」と語ったそうです。確かに知られている作品を聴く限り、どれもある種似たような音形や和声進行のパターンが顕著で、最初の数小節を聴いただけで終わりまで予想がついてしまうような面があります。が、「四季」の独創性と魅力は隠れもなく、また、伝えらる同時代の寵児ぶりが現代のポップ・キング、マイケル・ジャクソンにも匹敵するものだったことを思えば、きっと我々はまだこの天才のことをよく知らないのでしょう。とはいえ、「四季」のおかげもあってヴィヴァルディの名前だけは日本でもよく知られており、なんと偕成社からは小中学生向けの伝記本が出版されています。(ヴァイオリンを習っている息子が興味を持ち、購入してみたところ、大きな活字に漢字はすべてルビつき。しかしながら多数挿入された同時代の絵画や印刷物の資料はなかなか充実していて、大人でも楽しめます。)一方、先の「当世流行劇場」の訳者によると、ヴィヴァルディはその名声の絶頂にあった1740年からわずか一年後、ウィーンで客死していますが、その経緯はいまだ謎だとか。(これについての訳者あとがきにある「フィクション」もなかなか秀逸。)こういったことも含め、彼についての研究が今後も進み、知られざる作品についての録音も増えて行くことを期待したいところです。
2011.02.06
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