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最近、書店でふと翻訳出版の実務を扱った本をパラパラめくっていたところ面白い発見をしました。翻訳出版権を定めた国際条約には「ベルヌ条約」というものがあり、日本もこれに加盟しています。この条約によると、翻訳については「十年保留」というほぼ日本だけに適用されているルールがあり、「1970年12月31日以前に刊行された本については、原著の刊行された時点から10年 (該当する場合にはこれに戦時中の年数を加算) 以内に、日本国内で正式に契約されて翻訳出版がされなければ、その本の翻訳権は自由使用となる」となっているそうです。この例外規定、何かと著作権にうるさい昨今のメディア事情から見るとにわかには信じ難いもので、立ち読み情報だけでは不安だったので改めてネット上で調べてみましたが、やはり正しい情報のようです。(例えばこちらのサイト:http://www.green.dti.ne.jp/ed-fuji/column-honyakuken.html。「クイーンやカーやクリスティーの初期作が数社の文庫から出たり、〈世界探偵小説全集〉 をはじめクラシック・ミステリの企画が翻訳権を取得せずに出すことができるのは、この 『10年留保』 条項のおかげ」だとか。)ちなみに亭主は一昨年、S. シットウェルの著作「ドメニコ・スカルラッティの背景」を邦訳し、私家版として印刷物にしましたが、元の著作が1935年の出版で、なおかつ1945年までに日本で邦訳が出版された形跡がないことから上記のルールがあてはまる、つまり亭主訳は(原著の出版元に断ることなく)今後も自由に出版出来る、というわけです。\^o^/こうなると気になってくるので、既に出版されている音楽書について調べてみると、例えばR. カークパトリックの「ドメニコ・スカルラッティ」は、全音楽譜出版社がタトル社を介して原著出版元から翻訳出版権を取得しており、1966年版を基にした邦訳が1974年に全音から出ています(従って10年保留ルールの適用外)。一方、H. ケラーの「クラヴィーアの大家 ドメニコ・スカルラッティ」は、原著が1957年出版であるのに対して、邦訳は1974に年音楽之友社から出たものが唯一のようですが、音友社の訳書中には翻訳出版権についての記載はなく、この邦訳自体も10年保留のルールに基づいて出版されたことが窺えます。いずれにせよ、その気になれば、ゲルシュテンベルク、ペステッリ、シェヴェロフらの著作を自由に翻訳出版出来るというわけです...1970年以前といえば今から四十年以上前で、そのような昔に出版された書籍が今なお読者を持ち得るとすれば、それはおそらく古典ともいうべき価値のある書物に限られるのでしょう。また、これらがたとえ訳出されたとしても、今日の出版事情では紙の本として流通する可能性は限りなく小さいと思われます。しかしながら、10年保留のルールを活かし、邦訳を電子書籍として出版すれば、少数の読者に対して廉価で確実に届けることも可能となり、ひいては音楽文化を多少とも豊かにすることに役立つのではないかと思われます。
2011.06.26
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ドメニコ・スカルラッティの鍵盤ソナタ全曲を録音した演奏家としては、亭主が知る限りではスコット・ロスとピーター・ヤン・ベルダーがいます。アントニオ・ソレールのソナタを全曲録音しているギルバート・ローランドもかってドメニコのソナタ全曲をCDにしたようですが、現在はどうやら廃盤となったのか入手困難な状態。本日の御題であるリチャード・レスター氏は、亭主がソナタの全曲演奏を手にした三人目の演奏家にあたります。彼の演奏は全七巻三十八枚のCD(Nimbus Records, 下写真)に納められており、リリースされたのが2006年から2007年にかけてとあるので、おそらくベルダーの録音と同じくドメニコの没後二百五十周年を意識した録音プロジェクトだったのでしょう。レスターの全集は、他の二組に比べて顕著な特徴が多々ありますが、まず目につくのが演奏される曲の順番です。ロス、ベルダーの全集は、いずれもカークパトリック番号の順に1番から555番までベタ(機械的)にソナタを並べており、もともとの手稿譜が持っていたグルーピングや配置にまったく配慮していないのに対して、レスターの方はまずEsserciziの三十曲(K.1~30)を冒頭に配した後、ヴェネチア手稿のI~XIII巻に含まれるソナタを、そこで登場する順に収録しています。つまり、ドメニコの時代に編まれていた「曲集」としてのソナタ群を時系列的に再現しているわけです。第XIII巻の直後には通奏低音を含む器楽ソナタ(K.78,81,88-91)を収録し、続いてカークパトリックが後から巻番号をつけた二冊、第XIV巻と第XV巻の曲を入れた後、最後に様々な手稿譜からのソナタが(出典の古い順に?)並べられます。次に気がつくのは演奏に使われている楽器で、一部を除き、ハープシコードはポルトガルのジョゼ・ジョアキム・アントゥネスによって1785年に制作された一段鍵盤の楽器の複製が全体を通して用いられています。この楽器、オリジナルは現在英国にあるものです(フィンチコックス音楽博物館所蔵)※)。ちなみに、亭主が持っているセイシャスのソナタのCD(ロバート・ウーレイの演奏)では、何とこのオリジナル楽器の方が演奏に使われています。以前このCDの音を聴いたときには「なんだかボコボコとして今一の音だナァ...」と、あまり好ましくない印象だったのですが、複製の方はイタリアン・ハープシコードに近い、ややメタリックな輝きのある音でなかなかのもの。この楽器はGG-g3のフル5オクターブの音域を持ち、8フィート弦を二組装備しています。ベルダーが十二台の異なるハープシコードを縦横に使い分けて様々なレジストレーションを試したのに比べ、レスターはおそらくスカルラッティになった気分で、当時の条件に近い楽器を使っての表現の可能性に挑戦したのだろうと思われます。もう一つ指摘しておきたいこととして、この全集にはカークパトリックのカタログにない「新発見(未出版)のソナタ」が十三曲含まれており、文字通り「全集」となっている点が挙げられます。未出版のソナタを集めたものとしては曽根麻矢子の録音が知られていますが、この十三曲には曽根の録音に含まれていない曲が数多く含まれています。もちろん、これらについてはどこまでドメニコの真作と認めるかという問題もあるのでしょうが、楽譜ですら容易に手に入らない現状では(レスター氏はこれらの作品の楽譜を入手するに際してD.サトクリフ氏の協力を得たとあります)、資料的にも高い価値があると思われます。また、これらの曲についてはサトクリフ自身による解説がライナーノートとして含まれており、こちらも大変有益な情報源です。なお、この全集最後の巻には、ドメニコの音楽へのフラメンコの影響を論じたレスター氏による20ページ弱の小冊子「フラメンコ・スケッチ」がおまけとしてついており、これも大変興味深い読み物になっています。※)その後、なんとこの楽器はフィンチコックス博物館の閉鎖に伴い2016年に売りに出され、米国のハープシコード奏者Karen Flintさんの所有になったそうです。(諸行無常...)
2011.06.19
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先週に引き続き、新たに入手した上記CD第2巻「Instruments from the Raymond Russell Collection - Vol. II」(Delphian, 2005年)についてご紹介しましょう。この録音では九台の楽器が登場します。このうちハープシコード属の楽器では、二段鍵盤ハープシコード(二台、英国製、およびフランス製)、一段鍵盤ハープシコード(一台、ドイツ製)、ベントサイド・スピネット(二台、いずれも英国製)、エンハーモニック・ヴァージナル(一台、イタリア製)の六台があり、これら以外にフレット付クラヴィコード(ドイツ製)、スクエア・ピアノ(英国製)、および室内オルガン(英国製)の音も聞くことができます。このリストを眺めると、英国人のコレクションということで、どうしても同国製の楽器に偏っていることは否めませんが、実際にこれら楽器の響きを聴いているとその状態のよさに驚かされます。エジンバラ大学が古楽器の維持管理に相当の努力を払っていることが想像されます。さて、これらの楽器、演奏されている曲も含めていずれも面白いものばかりなのですが、特に亭主の気を引いたのが仏製の二段鍵盤「クラヴサン」、伊製のエンハーモニック・バージナル、そして独製の一段鍵盤ハープシコードです。まずジャン・ジョウルマンによって1764年に作られ、1783-4年にタスカンによって改造されたクラヴサンですが、何ともまろやかで、それでいながら濁らずよく響く音が印象的です。演奏者でもあるキッチェン氏がライナーノートの中で「官能的(voluptuous)」、あるいは「誘惑的(seductive)」と形容し、これが18世紀中庸~後期のフランス鍵盤音楽に見られるある種の「退廃的」な性格と軌を一にしているとも述べています。それは美しくも空虚なアラベスク模様にも例えられますが、彼に言わせると、「…にもかかわらず、この音楽と、同じ時代の上質なフランス製二段鍵盤ハープシコードが組み合わさるや、抗し難い魔法が起きるのだ…」と陥落寸前です。亭主が特に唸ったのはpeau de buffle(水牛の革)というレジスターから響く、えも言われぬ柔らかい音色。まさに官能的とはこのことでしょう。これに比べると、フィレンツェはフランチェスコ・ポッジオの作(1620年頃)とされるエンハーモニック・ヴァージナルの響きは古風です。名前に「エンハーモニック(異名同音)」と付いている理由は、DシャープとEフラット、およびGシャープとAフラットを弾き分けられるように、それぞれの音に異なる鍵盤(と弦)を用意してあるからで、鍵盤部分のアップの写真を見るとこれらの音の「黒鍵」が前後に分割(しかも奥の方が少し高い)されています。これにより、ある程度の転調内で三度音程を純正調に保つことが出来るわけで、 ここでは『エンハーモニック=純正調」ヴァージナルと訳してもよいでしょう。演奏されいてる曲がミケランジェロ・ロッシのトッカータという、これまた半音階の頻出する作品で、純正調の響きが聞く者を異次元の世界へと誘う感じです。最後に、ハンブルクのヨハン・アドルフ・ハスの手になる楽器(1764年製)についてですが、実はこの楽器が亭主にとって最も興味深いものでした。ちょうど今読んでいるハバードの著作によると、18世紀ドイツのハープシコードメーカーとしてはこのハスと、ストラスブールのジルバーマン/グレプナーが主要な二つの流派として活躍していたとのことですが、後者がオルガンビルダーとして、また初期のフォルテピアノの製作(J.S.バッハも売り込みに協力したとされる)で名を馳せたが故に、ハープシコード制作者としてのハスの名前が不当に過小評価されているというのがハバードの見立てです。実際、録音された音を聴いてみると、中音域が他の楽器にはない輝きを持って響き、独特の魅力を持っています。ハバードによると、この中音域の特徴は硬い響盤によるのではないかとのこと。この響きは亭主が以前耳にしたミートケ(ベルリン)の複製楽器の音色にも似ており、ドイツのハープシコードに共通の特徴なのかも知れません。ところで、ハバードは著作の中でドイツのハープシコードが全体としてこれといった独自のスタイルを持たず、伊・フランドル・仏の楽器から手当たり次第に借用した上に16フィートという扱いの難しい弦まで装備した故に、楽器の性能に対してかなり厳しい評価を下していますが、面白い考察として、ドイツ人がもともとハープシコードよりはクラヴィコードを愛用し(確かにヘンデルもバッハもそうでした)、その可変なダイナミクスとキータッチによるニュアンスの変化を好んだことを指摘し、これがフォルテピアノをいち早く受け入れ発展させる土台となったのではないかと主張しています。フランス人がハープシコード(クラヴサン)を偏愛し、この楽器で強弱をはじめありとあらゆることを可能にしようと最後まで取り憑かれていたのとは対照的です。
2011.06.12
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先日(4月23日)のこのブログでハープシコードの二段目の鍵盤について取り上げた際、未音亭の楽器の複製元になった楽器(1638年製ルッカース)を含む表題のコレクションについて触れました。その後ネット上で調べているうちに、何とこれらの楽器を実際に使っての演奏を録音したCDがあることを知り、早速入手。ただしCDは二巻あり、今回ゲットしたのはその1で、タイトルはずばり「Instruments from the Russell Collection(Delphian, 2001)」です。まずCDの冒頭、1586年製のイタリアン・ヴァージナルの響きが思いのほかよいのに驚かされます。もちろんそれなりに修復されてはいるのでしょうが、「400年以上前に作られた楽器なんて、所詮はガラクタに近いだろう...」などとという先入観は見事に吹き飛ばされます。二つ目として登場するのはやはりイタリア製の一段鍵盤ハープシコード。いかにもイタリアンらしく、やや金属的(”wirely”=針金っぽい)、というか硬めの音が響きます。くだんの楽器にはこれとわかる制作者の署名などが見当たらないものの、その製作様式から1600~1620年頃にナポリで作られたものと推定されているとのこと。後に加えられた改造は、どうやらあのクリストフォリの手になるものとも。この楽器、もしかするとスカルラッティ親子が手を触れたものかも知れません。三台目はトマス・ヒッチコックの手になるベントサイド・スピネット。1728年頃の製作とありますが、なーんとこの楽器、GG-g'''の5オクターブ61鍵をフル装備しているのです。しかもここで演奏されるのがドメニコのソナタ二曲(K. 481とK.471)。ベントサイド・スピネットは家庭用の楽器として人気があるものの、通常はフルサイズのハープシコードの「代用品」的な扱い(ピアノで言えばアップライト)でしたが、実際に聴いてみるとなかなかよい音です。しかも5オクターブフル装備、と知って亭主は思わず「この楽器ワシも欲しい!!」とつぶやいてしまいました。ところで、この辺になると現在フランク・ハバードの「ハープシコード製作の三世紀」を読んでいる亭主としてはだんだん興奮してきます。というのも、このヒッチコックの楽器や次に出てくるカークマンのハープシコードなど、著作の中で紹介されても想像するだけだった楽器の音が実際に聞こえてくるのです。「百聞は一見にしかず」とは言いますが、この場合は「百読は一聞にしかず」というところでしょうか?四台目のカークマン製の楽器(1755年製)は、亭主にとって初めて耳にするイングリッシュ・ハープシコードの音色でした。カークマンという人はもともとストラスブール生まれのドイツ人でしたが、英国に渡って楽器職人として成功したようです。英国市民権を得たのがちょうどこの楽器を送り出した1755年だったとか。なるほど、確かにフランコ・フレミッシュとはひと味違った響きです。この楽器では、亭主がハバードの著作中で語られている「リュート・ストップ」を全く誤解していたことも発見しました。未音亭の楽器ではリュート・ストップは単にダンパーを弦の根元に当てるだけですが、カークマンではそれ用のジャックが一組、弦の根元近くに並べられ、それで実際に弦を弾くのです。しかもその響きがまた独特...これは実際に聴いてみなければ分かりません。五台目に登場したのはハープシコードではなくクラヴィコード。この楽器、父親から楽器に触れることを禁じられた子供時代のヘンデルが屋根裏部屋に持ち込み、毎晩夜中にこっそり触っていたという有名な逸話でも知られていますが、そのくらい音がか細く繊細な楽器というイメージがあります。大バッハも愛用したということですので、よい楽器はきっとよい音がするものだろうと想像しつつ、亭主がこれまでに知っている楽器はどれも「イマイチだな...」というものでした。でもこの録音で響いてくる音はそのようなイメージを大幅に修正してくれるものです。(やはり楽器というのは一台一台相当に違うものだということを今更ながら実感。)CDでは六台目としてチェンバー・オルガンが出てきますが、ここでは飛ばして七台目、いよいよフレンチ・モデル、タスカン製「クラブサン」(1769年)の登場です。ライナーノートに言わせると「世界中で最も有名なハープシコード」とありますが、確かにこの楽器、おそらくは無数のコピーが今までに作られたことでしょう。知らず知らず元祖の音をコピーのそれと「比較」している自分が可笑しくなってしまいますが(似てます、確かに!)。最後に登場するのがブロードウッド製のハープシコード。 1792年製といいますから、すでにブルジョア革命の後、貴族の楽器ハープシコードに代わりフォルテピアノ=ピアノの時代になりつつある頃、いわばトリを勤める楽器です。これで分かったのがスウェルという仕掛けの様子で、実はこのCDのジャケットの写真はその部分を大写しにしたもの。ハバードの著作中で、ハープシコードの音量に大小をつけるためにヴェネチアン・ウィンドウ(すだれ)のようなもので楽器丈夫を覆う仕掛け、と紹介された記事を読んで、いったいどういうものだろうと思っていましたが、これでスッキリです。
2011.06.05
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