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東京へ行ってきた。8月に続いて4泊5日。自転車が借りられたので、都心まで自転車で出てみた。電車で行くのとはまったく景色が違って見える。西武池袋線沿いに走ったのだが、昭和の風景がそのまま残っているようなところもあり、70年代に見たATG映画の一シーンを思い出したりもした。東村山から新宿や横浜まで自転車で行く人の話を聞いたので、その気になれば都内ならたいてい自転車で行けるはずだし、電車や地下鉄の駅も3つや4つなら歩けるはずだ。外国で自転車を借りたことがある。ドイツのローテンブルク、イタリアのルッカ、ネパールのポカラ。徒歩だと半径1キロ程度の行動範囲が自転車だとその10倍以上になる。特に交通渋滞のひどいところでは自転車は小回りがきいていい。徒歩とクルマと自転車を縦横無尽に使い分けた旅ができたらどんなにいいだろう。秋の東京は美しい。空気さえきれいに感じる。そういえば、排気ガス規制が効を奏しているのかどうか知らないが、この30年、行くたび空気がきれいになっていると感じる。というか、昔がひどかっただけか(笑)別の日には赤坂を歩いた。ドイツ文化会館や虎屋の和菓子ギャラリー。昼食時、ベランダでパエリャを作っているレストランを見つけたが、50代サラリーマンが昼食にパエリャを食べる都市というのは、世界広しといえど東京くらいのものではないか(笑)帰る日になって、近くの公園で銀杏が黄葉し始めているのを見つけた。この公園も、迷って歩いて偶然見つけた。旅とはそういうものだ。
November 25, 2006
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ショスタコーヴィチの交響曲第13番「バビ・ヤール」は、鐘の音で始まり、鐘の音で終わる。全曲中、この鐘の音は死と恐怖と葬送と絶望を象徴するかのように鳴り響いている。しかし、1時間に及ぼうかというこの曲の最後の鐘の一打は、驚いたことにそれまでの鐘の音とはまったく違う意味を持って響いた。同じ楽器の同じ音なのに、である。この最後の音の持つ意味を言葉で表そうとしたら、100万言を費やしても足りないだろう。それほどの深い含蓄と衝撃的な意味を、たった一音に込めることのできたショスタコーヴィチという作曲家には畏怖の念を覚える。100万言費やしても足りないこの音の意味をたった一言で述べるとするなら、希望という言葉をおいてほかにない。暗く絶望的な音楽の中から、あらゆる安易な楽観や希望を否定し尽くした先になお残るホンモノの希望が立ちのぼってくる。そしてそれは、そう、まるで魯迅の文学のように受け手に手渡されてゆく。その消えゆく鐘の響きの中に、数千万人が理不尽な理由で粛清された旧ソ連で当局との妥協と抗争を繰り返しながら人間性と芸術の勝利を信じて崇高な作品を作り続くけた二人の芸術家、詩人エフトシェンコとショスタコーヴィチの強靱な精神、その不屈の魂がよみがえって眼前に現れたかのような錯覚さえ覚えた。高校生のころにこの曲を知ってすでに30年以上。何十回聴いたかわからないこの曲のほんとうのすごさは、こうして実演を聴くまでわからなかった。エフトシェンコとショスタコーヴィチの偉大な精神に触れるという何ものにも換えがたい体験はできたが、迫力や伝達の意思を欠く男声合唱と、液晶パネルで表示された歌詞の穏健すぎ直訳に近い日本語訳は不満だった。前の日に聴いたドレスデン・シュターツカペレが大きな音を出していたのに比べると、やはり世界屈指のオーケストラであるサンクトペテルブルク交響楽団はより柔らかく美しい音色で音色も明るめ。どことなく北国の人の温かさを感じさせる音色と、ピアニッシモの美しさを大事にしセンセーショナルに走らない表現が素晴らしかったが、それはテミルカーノフの持ち味なのかもしれない。前半はレーピンのソロでショスタコーヴィチのバイオリン協奏曲第一番。やはりこの曲も実演でなければその価値や意味がわからない曲のひとつで、第3楽章パッサカリアの後半の長大なソロの感動的なカデンツァが急速なフィナーレへ流れ込むめくるめく変化、あっけない終わりには、作曲者のメッセージ、人間性への無限の信頼と楽観を聴きとることができた。レーピンはかつてただの曲芸師かと思っていたが、30代になりこの難解な曲を完全に手中にした真摯な芸術家に成長していたのにも驚かされた。二日続けて世界屈指のオーケストラを聴くという幸運に恵まれたが、ホールの音の違いには悩まされた。東京芸術劇場に比べてサントリーホールの音響は特に一階部分は悪い。近々改修工事が行われるらしいが、シューボックス型に比べてワインヤード型のホールは音響に不満を感じることが多い。外来オーケストラが「バビ・ヤール」のような曲をこの先取り上げることはないだろうという判断の下に東京まで出かけたが、そのかいはあったし、地球の反対側でも出かけて聴く価値のある曲だということもわかった。しばらくは「バビ・ヤール」体験に浸ることにしたい。つまらない音楽で耳と心を汚したくない。
November 24, 2006
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何の予定もない休日の東京、というか東京の休日。若い頃なら映画のハシゴをしたところだが、歳をとると「ひょっとしたらこれが最初で最後の経験になるかもしれない」ことの方に食指が動く。たまたま、まだ聴いたことのない世界最高峰のオーケストラのひとつ、シュターツカペレ・ドレスデンのコンサートがあったので聴いてみた。晩秋にふさわしいオール・ブラームス・プログラム。オーケストラ・コンサートで曲が終わって拍手が鳴る。たいていの場合、それは指揮者やソリストに向けられたものである。この日も熱狂的で盛大な拍手がバイオリンの樫本大進と指揮のチョン・ミュンフンに対して送られていた。樫本大進は素晴らしかった。この曲がコンチェルトというより「バイオリン独奏つき交響曲」のように聞こえたのは初めてだ。ソリストとしても、ほどよい円熟味が出てきているように思う。メーンは交響曲第4番。この演奏は、というか指揮者の解釈は、録音・実演の両方でいままで聴いた中で最低だ。チョンが実力ある指揮者であることは論を待たない。しかし、わたしには彼の音楽作りは違和感ばかりが残るのだ。たとえば、第3楽章や第4楽章のテンポは速すぎる。特にフィナーレの後半部分は、テンポに問題があるだけでなく力に満ちすぎている。どんな人にも等しくやってくる晩年や老い、そういった人生の悲哀というか憂愁を感じさせる部分が、なんとまあ「人生の勝ち組」の音楽になっている。第2楽章も同様。寂寥とか無常といった言葉はチョンの辞書にはないのだろう。久しぶりに、音楽を聴いていて腹が立ってくるという経験をした。その立腹は、ひたすらチョンの解釈・音楽的体質に向けられたものである。チョンは10年近く前にPMFの指揮者として参加し、何度もその演奏に接した。ヴェネツィアでラヴェルやマーラーを指揮したコンサートを聴いたこともある。それらの機会でも、速い楽章では速すぎ、遅い楽章では遅すぎると感じたのを覚えている。現存するほとんどの国家よりも歴史のある、世界最古のオーケストラであるシュターツカペレ・ドレスデンは、FMやCDで聴いてベルリン・フィルやウィーン・フィルをしのぐ世界最高のオーケストラではないかと思っていたが、ドイツ音楽を演奏させたら世界一なのではないかと思う。特筆されるのは弦楽器の木質の響き。円みを帯びた豊かな響きがホール(東京芸術劇場)に広がっていくのが、まるで目に見えるようだった。奏者全員がボロディン・カルテット並みの室内楽奏者なのではないかと思うほどの自発的なアンサンブルの精神は、うまいがどこかビジネスライクなアメリカ(など)のオーケストラには決して求められない性質のものだ。長い間音楽を聴いてきたが、こんなオーケストラもあったのかと驚いた。というわけで、ソリストとオーケストラにはブラボー、指揮者にはブーという居心地の悪い感想の残るコンサート。
November 23, 2006
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北海道で最も歴史のあるオーケストラというと北大交響楽団である。第一回演奏会は戦前にさかのぼる。前身の楽団は何と大正時代に創設されている。プロ・オーケストラである札響がまだ小編成で古典派やせいぜい初期ロマン派の曲しか取り上げていなかったころ、果敢に大編成の難曲をやるこのオーケストラをよく聴きに行ったものだった。聴いたのは、しかし22年ぶり。ということは、この日舞台に乗っていた学生たちのほとんどはその空白期間に生まれた人たちということだ。驚いたのは、20年以上の間に、プロのオーケストラが進化した以上に水準が向上したこと。専門的な教育を小さいころから受けてきた人ばかりなのではないかと錯覚するほど技術水準は高く、一般の音楽愛好家の耳をひきつけるに十分な演奏が繰り広げられていた。特に驚いたのは弦楽器のレベルの高さ。管楽器は一般に歳をとってから始めてもある程度上達するが、弦楽器は小さい頃からの訓練が必要。しかし、大学に入ってから始めた人も決して少なくないという話に、驚きを通り越してあきれてしまう。以前、少しだけ音楽を教えたとき、勉強のできる生徒ほど楽器の上達北も速いと感じたが、いわゆるアタマのいい人が好きなことに打ち込むと目覚しく上達するのだということをまざまざと見せつけられた気がした。かつてカラヤンが早稲田大学のオーケストラを指揮したことがあったが、音楽を専攻したわけでもない一般学生のアマチュアオーケストラがこれだけの演奏をすることに、日本の経済的な豊かさを感じずにはいられない。指揮の川越守はこのオーケストラの再建に尽力し、長く指揮者をつとめている人だが、この人の指揮も20年の間に格段の進歩を遂げていた。以前は、あまりにもそっけなく無愛想な音楽つくりに疑問を感じることが多かった。しかし、アンサンブルの難しいところでは大きく細かくふり、そうでない部分では音楽の雰囲気を表すことに専念する、といったやり方はオペラ指揮者によくあるタイプで、職人的、あるいは楽長音楽的な指揮者といえるかもしれない。この人の長所も短所も、そうした指揮者のそれとかなり一致すると見た。曲目はJ・シュトラウス二世の「ウィーンの森の物語」、グラズノフの交響詩「ステンカ・ラージン」、川越氏の自作「喜遊曲第11番」、そしてチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」。70年代までのこのオーケストラを知る者としては、かつての破天荒な勢いが失われたのには寂しい思いが残る。おとなしく優等生的ではあったが、ビューティフルな演奏であったことだけは確かで、音楽は革命ではないのだからそれでいいのかもしれない。
November 18, 2006
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1ヶ月ぶりにインボディという機械で体組成を計った。ジム通いの成果は確実に現れている。この1ヶ月で体脂肪は700グラムも減った。食事のバランスが悪かったのか、筋肉量が減り、骨量もわずかだが減った。だから、体重が減ったからと言って喜べない。だいたい20回通ったので、1回につき35グラム脂肪が減る計算だ。目標である体脂肪率10%までは、あと9キロ強、脂肪を落とす必要がある。いまのペースを維持できたとしても約1年はかかる。夜は炭水化物をとらず、お酒は9時で切り上げる。それもなるべく焼酎にする。全体に糖質を減らして蛋白質を増やすことにした。まるで糖尿病の人の食生活のよう。1日三万歩歩いて70キロ以上あった体重が54キロに減った人、郊外の自宅から職場まで15キロ以上、毎日自転車で通勤している人などの話を聞いた。そういう話を聞くと勇気がわく。先日は12キロ歩いて足にマメができたので、ウォーキング用のシューズを買い、インソールを入れて歩いた。きょうは10キロ以上歩いたと思うが、前回よりははるかに楽に感じたのは、靴のせいか、それとも「歩く」ことに慣れたのか。街歩きは変化があって面白い。今までは近くの公園の何周かしていたが、雪が積もるまでは、3万歩とまではいかなくても、1~2時間は歩くようにしたいと思う。
November 18, 2006
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従姉妹の娘の出産祝いを届けた先で、今年90歳になった叔父に会った。会うのは数年ぶりか。元気そうで、挨拶などもきちんとできるが、叔母によれば、かなりいろいろなことがわからなくなっているらしい。しばらく会っていなかったせいもあるが、ぼくと弟の区別もつかなくなっている。叔父とは血のつながりはない。日高の旅館を継ぐはずだったが、役場に勤めているときに父の妹である叔母と知り合い、父の兄と一緒に札幌で事業を始めた。その会社が倒産してからは、何をしていたのか知らない。創価学会員だが、シベリア抑留経験からソ連共産党びいきになっていて、ソ連嫌いの父とよく口論をしていた。北海道人によくいる底抜けにお人好しなタイプで、この叔父のことを悪く言う人には会ったことがない。まだらボケというのだろうか、叔母の話を総合すると、短期的な記憶力がダメになっているらしい。が、食事したのを忘れてもう一度食べたがる、というようなことはないという。しばらく話していると、まるで神様と話しているような気がしてきた。小さな子どもにも「神」を感じることがあるが、なるほど人間には神の一部が宿っているのかと感じた。介護施設で働く知人が、ボケた老人がかわいらしくて愛おしくてたまらない、と言っていたことがあるが、その気持ちが少しだけわかった気がした。ボケて凶暴になったりする人もいるらしいが、叔父はその性格のまま、少しずつ境界を越えていっているようだ。時々出かけて、話し相手になったりすれば、少しはいい影響があるだろうか。
November 15, 2006
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日経に「私の履歴書」という月物の連載がある。書き手によってずいぶんと当たりはずれがあるが、最近では三浦雄一郎のが出色の面白さだった。しかし、読みながら思ったのは、三浦雄一郎が体験した数々の「危機一髪の冒険」そのものが面白いということだ。事実としての面白さに依存した、悪く言えばそれだけの文章なのだ。面白い体験はそのまま書くだけで面白くなるのはあたりまえで、それが自叙伝というものなら、そうした体験がなければ書くべき何ものもないことになってしまう。そうだろうか?自叙伝を書く行為は、三浦のような手に汗握る冒険を行った人間、あるいは功なり名を遂げた人間だけにゆるされた特権なのだろうか?そうではない。三浦的自叙伝のように、何一つ人に語るべき面白い体験などしていなくても、自分を物語ることはできるし、それが何かの、誰かの役に立つことだってあるはずだ。三浦の「自叙伝」には書かれなかった彼にとって不名誉なことをわたしは知っている。彼は我々の要求に対して交渉のテーブルにつこうともせず、直接の返答すらしなかった。まあそれはどうでもいい。さしたる事件も冒険もない、ありふれた人生を送っている人間も、語るに足らないささいな事柄を深く見つめることから、冒険活劇だらけの人生を送ったヒーローたちのそれより面白い「自叙伝」を書くことはできるはずだ。その意味で、これから書こうとしているのは「反自叙伝」である。三浦的な、いや今までの自叙伝すべてに対しての逆張りだと考えている。ありふれた日常の中にこそ瞠目すべき何かがあることを教えてくれたのは沢木耕太郎の一連の著作だった。事実としての面白さに寄りかからずに、どれだけ「面白い」ことを書けるのか。わからないが、やってみないで後悔するより、やってみて後悔する方がましだ。だから、何の準備もプランもなしに、さっそく始めようと思う。
November 13, 2006
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札響定期では珍しく、ベルリン・フィル首席のエマニュエル・パユが客演するとあって二日間とも完売。そのパユだが、非常に想像力の豊かなフルーティストであることは歴然。アンコールで演奏されたアンデルセンのエチュードが何と豊饒で魅力的な音楽になっていたことか。つまらない音楽を豊饒なものにするパユのマジックも、しかしモーツァルトには効かない。モーツァルトにしては美しすぎ作為的にすぎる演奏(曲は「アンダンテ」)には違和感が残った。イベールのフルート協奏曲も「美しさ」に主眼を置いた演奏で、技巧の顕示はない。ただ、この曲は端正に演奏した方が曲の魅力は際立つと思う。名人の流麗な演奏を聴いたという印象だけが残る。トリのマーラー「交響曲第5番」は、尾高忠明がたぶん世界ナンバーワンの指揮者。かつてBBCウェールズ響との来日公演で聴いたこの曲の演奏はバーンスタインのそれをもしのぐほど素晴らしかったので期待したが、期待したほどではなかった。それはたぶん、オーケストラのせいだと思う。タイトな弦楽器の響きが興をそぐし、ひと昔前に比べるとかなり柔軟になったとはいえマーラーにしてはスクウェアな感じがつきまとう。しかしそれでも美点はたくさんあった。福田善亮のソロはじめトランペット・セクションは見事だった。新しい首席ティンパニ奏者武藤厚志のツボにはまった演奏は、オーケストラ全体のレベルが1ランク上がったかのような印象を受けた。14日にはサントリーホールでこの曲を演奏するらしいが、あのホールでどんな風に響くのか、聴いてみたい気もする。
November 11, 2006
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日本のオーケストラのレベルも上がってきて、欧米のオーケストラをありがたがる時代は終わった。ブタペスト・フィルも、金管はさすがにうまいものの、木管は日本の地方オケの方が上。弦楽器はいい勝負で、トータルするとイーブンというところか。しかし、日本のオーケストラがどうしてもかなわないのは、特に弦楽器に顕著な響きの豊かさ。大きな音ではないのに、炊きたての新米のようにふっくらとした柔らかい響きで鳴る。ヨーロッパのローカル・オーケストラにしばしば聴かれる落ち着いたトーンは健在で、何かすごく健全な文化に触れたという気がするコンサートだった。その弦楽の響きを最も堪能できたのはチャイコフスキーの「弦楽セレナード」。もう少しスィートさが欲しい気もしたが、素朴な田舎菓子のような味わいも悪くはない。ブラームス編曲のハンガリー舞曲4曲のあと、後半はドヴォルザークの交響曲第9番「新世界から」。指揮のヤーノシュ・コバーチュという人はオペラでも活躍している中堅で、ケレンのない実直な音楽作りをする人。質朴なオーケストラが実直な指揮者でやる「新世界」は、悪くはないが、強い印象は残らない。ロシアのオーケストラのチャイコフスキー、北欧のオーケストラのシベリウス、東欧のオーケストラのドボルザークなどは、テンポが速すぎると感じることが多い。特に緩徐楽章。あの有名な二楽章の後半、晩秋の夕暮れ時のような哀愁を感じさせる54小節からのフレーズはたいていの演奏が速すぎると感じるが、この日の演奏もやはりそうだった。マーラー自身の指揮で「巨人」を初演したこともある名門オーケストラらしいが、女性奏者が多いこともあって迫力に欠ける。きっと過渡期なのだろう。
November 8, 2006
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