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この話はこれを読んでいる方には何の面白い話でもありませんが、思い出したので覚書として書いておきます。1995~1996年頃、PHS/携帯電話はまだ全員に普及しておらず、仕事をしている世代でも会社支給の物しか持っていないとか外に出る時だけ会社から借りていくという事も多い時代でした。特に60代以降で持っている人はほぼいなかったそんな時代に母はPHSを使っていました。PHSのサービスが始まったのが1995年なので開始すぐに使い始めたのだと思います。毎日あちこちに出かけていた母の居場所確認・連絡用としても携帯電話は便利でした。街中でおもむろに電話をとる年配の母をすれ違う人達が「携帯電話持ってるんだ」とびっくりして見ていましたのを覚えています。PHSが出たての時は電話のデザインはシンプルなものしかありませんでしたが、その後携帯電話の種類がいろいろ出てきても機種変更の際母が選ぶのは、毎回控えめな色でした、しかし20年位前にFOMAに変わった時、最初は白でいいと言っていたのにこれも可愛いけど、とピンクを見せると、あ、と何か気が付いたようでピンクを選んだことがあります。娘が奨めてくれたからとピンクにしたのかその頃小さな子が近所にいて子守をするのを楽しみにしていたので幼児が好みそうなものを選んだのかわかりませんが、母がピンクのものを自分のために選んだのは初めてだったんじゃないかと思います。一応子供受けのためにストラップにはキティちゃんやマイメロなどのストラップアクセサリーを並べてつけてあげると母は多少閉口しながら、そのまま使っていました。その後しばらくしてらくらくフォンが出て母も高齢になってきたのと丁度母が好みそうな色合で花の浮彫が入っている上品な感じのデザインに変え、それから今度は薄紫の控え目なパールラメのに変えましたが(多分それが最後の機種)あのピンクの携帯あたりで選ぶもの、身に着けるものも明るい綺麗な色合いを受け入れるようになってきたと思います。可愛いピンクも使ってもらえて良かった、母も少しは楽しんだのかなと少しほっとしています。
2022.08.31
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母は80代で脳梗塞になり栄養は最初の2か月は鼻からチューブで入れ嚥下訓練のゼリーも朦朧として呑み込むことができませんでした。体も最初の4か月ほどは寝返りも打てず医師達は2度と歩けないし食事もできない言い切っていました。しかし理学療法士と母と家族の毎日のコツコツとしたリハビリで要介護5ながらも、抱え込めば少し歩け、嚥下食を食べられるようになりました。どうやって食べられるようになったかについて、そしてどんな食事をしていたかについて私のように、何の情報もなく大切な人に良くなってほしい一心で無我夢中で暗中模索している方のために今までも少しづつ書いていますが、今回は脳梗塞後の食事について書きます。脳梗塞や嚥下の問題、食べられるタイプの介護食については人それぞれ状況が違い、リハビリも合う合わないがあるし効果もそれぞれなので、ここでお話することが全て当てはまるわけではないですが、こういう事例が実際あったということで参考になったり、ヒントがもらえたり気持ちが強く持てたりすると思うんです。私自身、母が脳梗塞になった時、そしてリハビリを始めた時、何の情報も事例もなくてとても心細く、どうしていいかわからず、励ましてくれる人も、励みになる情報もなく暗闇の中で手探りをしている感じでした。私と同じように困っている方は沢山いると思うのでここに書くことで、誰かの助けになったら私も嬉しいし、母も喜ぶと思うので書いています。ただし、必ず担当医に確認してから参考にされてくださいね。まず脳梗塞後の食事について大事な点を書いておきます。1.嚥下状況の確認医師や言語聴覚士(嚥下のリハビリも行います)等病院を通して、嚥下の状況や注意点、食べられるもの、だめなものについてしっかりと確認をとっておきます。お薦めの介護食やメーカーなどについても質問しておきます。素人判断は非常に危険ですのでここで指示された事を守ってください。嚥下状況は常に変わりますので定期診察時の相談や検査、体調が悪い時は医師に相談して状況に応じて対応してください。2.必要な水分量と栄養を確認これも病院で教えてくれます。その人によって必要な水分量と栄養(栄養素と量)が違うので、必ず確認し、一日の食事回数・時間で大雑把に配分します。3.水分の種類を選択水分をとる=水を沢山飲むと思いがちですが、水中毒と言う言葉があるように水だけ大量に飲んでいると危険です。かといって、スポーツ飲料や経口保水液も飲んで良い量が決まっていますので上手に組み合わせます。また、病気や薬によって飲んで良いもの良くないものがありますのでそこも確認してください。嚥下障害がある方は普通の飲料はさらさらしすぎてむせやすいので必ずとろみをつけます。とろみがついた介護用飲料も多数あり手軽に利用できるので常備しておくと便利です。4.食事の内容を選択介護食と言ってもその方の状況で裏ごしスープのようなものからムース状、舌でつぶせるタイプ、刻み食などいろいろあります。共通して言えるのはとろみがついたものが呑み込みやすくて良いということです。手作りも良いですが介護食として販売されているもの冷凍食品、宅配食、レトルト品といろいろあるので臨機応変に使い分けると便利です。5.食器の選択持ちやすいもの、軽いもの、洗いやすいもの、いろんな食器やカップやスプーン等が出ていて使いやすさもいろいろです。こればっかりは使ってみないと使い心地がわからないし介護ショップで売っていても、良くないものもあります。介護はいろんな専門用具を買わなくてはならずつい、無駄なものは買わない、出費を抑えようと考え期待して買って良くなかったらがっかりしますが、頭を柔軟に、良さそうだったら使ってみる、他に良いものがあれば変えてみる、と考えないと良いものに出会いにくいです。それ位、介護用品は発展途上なんです。デザインも何だかな~と言うものが多いです。良いデザイン=使いやすいとは言えないけどいかにも介護食器の見た目=使いやすいわけでもないです。6.食事時間の確保嚥下食は時間がかかります。介護をしているとやる事が多くて忙しいのでゆっくりしっかり食事してもらうように食事時間=食事介助時間の確保をしておきます。7.嚥下を向上するための工夫嚥下を向上するための食事時の姿勢がありそれは病院で教えてもらえます。その姿勢を保つため、椅子等にいろんな工夫をしました。これは後日詳しく書いておきます。介護の本などにもご参照ください。8.美味しく楽しく食べてもらう工夫これは私が母の嚥下リハビリを介助するために工夫を凝らして作りあげたオリジナルです。脳梗塞で失語症でも朦朧としていても心の中、頭の中は変わらずその人のままなので、嚥下食になってしまっても、美味しい食事を楽しんでもらうためにいろいろ工夫しました。その内容は、後日詳しく書きますね。以上、脳梗塞後の食事についてまずは基本の部分をまとめました。とても広範囲に渡るので細かい事は後で詳しく書いていきます。下:とろみ剤と言っても使いにくいもの飲んでみるとびっくりするほど変な味のものがかなり沢山あります。こちらはさっとすぐ溶け、だまにならず味が変わらず、変なえぐみがなく、匂いもせずとても使いやすいです。下:同じメーカーの持ち運びに便利で計らずにさっと使え、湿気ないスティックタイプ。デイサービスでお昼やおやつ用に持たせたり、外出や旅行に持って行ったりととても便利でした。これを混ぜるだけで普通のお水や暖かい紅茶がとろみ飲料になるので楽でしたし冬場は暖かいものを飲んでもらえて幸せでした。画像をクリックすると詳細が見られます。
2022.08.31
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私はおばあちゃん子だったので亡くなった祖母(母の母)のことをずっと悲しんでいましたが、そんな時母は「おばあちゃんは一生懸命生きたんだよ。」とか「おばあちゃんは精一杯生きたんだよ。」と私に言っていました。そう言われても、何の慰めにもならない、だって私はおばあちゃんに生きていてほしかったしおばあちゃんがいないことが辛いから、といつも思っていましたが、母が亡くなって3~4年頃からでしょうか、その言葉の意味がわかるようになりました。祖母はとても真面目で働き者で人として善行を沢山積んで一生懸命頑張って与えられた生を全うしたし母もできる事はすべてして祖母を大事にしたからきっと幸せだったしこれからも幸せでいるのだろう、だから悲しみすぎる事はないんだよ、そういう意味だったのだと思います。私も母は一生懸命生きたんだな、真面目に頑張って生きて善行を積んで世の中に貢献したし幸せも感じてもらえたと思うし脳梗塞になっても頑張ってくれたから天国や極楽があるなら行かせてもらえているはずこれからも幸せでいてもらえるはず、だから悲しみすぎることはないのかもしれないと時々思えるようになりました。でも悲しくて、特に最近はまた毎日泣いていますがでも悲しみすぎるのは良くないと思います。母が幸せで今もいてくれるなら私はそれで幸せだと思えるのでどうにかそれでやっていっています。母が何度も言ってくれた言葉、「おばあちゃんは一生懸命生きたんだよ。」その言葉が今私を助けてくれています。
2022.08.30
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母は脳梗塞による失語症で考えて話す事が出来なかったのにちょっとした時に私を思いやる言葉をかけてくれてその言葉を思い出すだけでとても救われています。その一つに、おむつを替えている時かけてくれた言葉があります。毎日熱心にリハビリをしたおかげで母は抱えるように支えればトイレまで行けて座る事ができました。(そのリハビリの詳細は少しづつ書いています。最初は声掛けやベストのようなベルトで固定して車椅子に座ってもらう状態からの地道なリハビリを続けた成果の一つが、おむつは使っていましたがトイレに座れるようになったことです。寝たきりの状態だった時から考えると夢のような事でした。)右麻痺、失語症だったのでトイレに行きたいと伝える事も迅速に行動することもできないので毎日リハビリパンツを使っていましたが、リハパンの替えはトイレに座ってもらって行えました。座ってもらっている時にリハパンとパッドを交換しお尻を温水と薄めたボディソープで洗い朝は外出着に、晩はパジャマに下だけ替えますがズボンはまだ膝までしか上げないでおきます。(上半身は暖かい居間に移ってから替えます。)そして介助や声掛けをしながら立ち上がってもらい、トイレの壁を支えに立ってもらっている間にお尻に撥水性のある褥瘡予防のクリームを塗りパッドの位置を確かめつつリハパンとおむつカバーをつけズボンを上まで上げていました。母はつかまり立ちは1分出来るか出来ないかだったので急がなくてはいけないのですが、クリームはパッドに吸収されやすいのでたっぷり塗らなくてはいけないし、リハビリパンツは足を入れる部分のフリルの内側を綺麗に立たせて履かせないとおむつ漏れの原因になるので時間がかかります。母は私の作業が終わるまで黙って一生懸命壁に両手をついて立っていてくれましたが、私のしている事はよくわかっていないだろうと思っていました。何しろスプーンだって自分で持てないし持ってもらっても口元に持って行けない、失語症で話もほぼできない、身の回りの世話は全てやってもらっているのでついつい、母は3歳児位の能力しか残っていないのだろう、特に私がしている細かい介助については意味がわかっていないのだろうし一日の大半は朦朧としているのだろうと思っていました。でも、私がリハパンの裾の内側を立てようと特にその日はなかなかうまく出来なくて少し手間取って、母がふらつき始めたのを支えながら一生懸命やっている時、ああ大変だね~と言ってくれたことが一度だけありました。いつも黙って立っていたけど、大変だなあ、頑張ってるなあって思いながら私が介助しやすいように頑張ってじっと立っていてくれたんだと思います。短い言葉だけど、母の思いやりの気持ちが聞けたのはありがたかったし、その時は手一杯で忙しくわからなかったけど今考えると母は言動に出せなくても心の中、頭の中は今まで通りの母だったんだなと確信することができて母のために少し落ち着ける気がします。
2022.08.29
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先日書類の中に紛れていた母の手紙が出てきました。もしかすると、年賀状以外で母が私宛に最後に書いた手紙かもしれません。母は優しい綺麗な字を書き、筆まめでしたが高齢になると、字も乱れ、真直ぐ書けなくなり文章も少しおかしくなりました。頂き物等をよく送ってくれたのですが、2009年位だったでしょうか小包に必ず入っていた手紙が入らなくなって、ああ、もう手紙を書くこともしなくなったんだなあ齢をとったんだなあと思いました。母が倒れる5~6年位前です。「そちらからは何回もお手紙いただいているのに本当にさぼりばっかりして御免なさいネ。でもこの便箋は第一番に書いたのでまあかんべんしてもらいますね。略元気でね。いいこともあるでしょうから。私も骨が折れないだけ良かったと思っています。今日は八日か十五日か相変わらず忘れた。失礼。十五日のようだね。」母はその頃転倒したことがあったのでその事を書いたのでしょう。その頃私は、深夜までのサービス残業続きで大変で母が心配しない程度に仕事が大変だと軽くぼやいていたので良いこともあるからと慰めてくれたのだと思います。この手紙を受け取った当時は少し崩れてきた母の字ばかり気になっていたけど、まだ母はしっかりしていたんだな優しい事ばかり言ってくれていたなとても素敵なお母さんで私は幸せ者なんだなと気が付きました。書類の中に紛れていたこの手紙のようにこうやって母の言葉がふと出てくることがたまにあるのは幸せな事です。母が励ましてくれていると思ってどうにか前に進もうと思います。下:杖があると転びそうな時も支えになってくれて安心ですがいかにも、という雰囲気で持つのを嫌がる人も多いです。こちらはあるようでなかなかお店に置いてない上等な塗の国産伝統工芸品の杖。多分日本で一番上品な杖です。贈り物にもお薦め。他にもいろんな色柄があります。お店のホームページで拡大デザインが見られますがとても美しいです。上は濃い紫に小さな金がちりばめてあります。下は持ち手との配色がとてもセンスが良く男女共に使えます。画像をクリックすると詳細が見られます。
2022.08.28
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私がまだ小学生低学年の頃、母がたまに、何の脈略もなく「生きていればきっといいことがある。」と私に言い聞かせるように信念をもっているように静かだけどしっかりと言うことがありました。その時又はその前後に私が困っていたり悩んでいたり、泣いていたりしたならば辻褄が合うのですが、別になんということもない穏やかな週末(母は仕事をしていたので、平日は母とのゆっくりした時間はありませんでした)何も悩みがない小学生低学年の私に脈略もなく言うので、何を言っているのだろう???と子供心に思っていました。それ以外のことで母が妙な事を言う事はなく、どちらかというとあれこれおしゃべりはぜず出しゃばりなところは一切なく、黙って見守っているような人だったのでたま~にそう言うのが違和感として残っていました。それから何十年以上も経って母が亡くなった後その母の言葉の意味が突然わかりました。母はとても仲が良かった父を事故で突然亡くしてつらくてつらくてたまらずにいたけれど小さい子供がいたので悲しんでいる姿を見せないように強く明るく振る舞い、「生きていたらきっといいことがあるから子供のためにがんばろう」って自分自身に心の中で言い聞かせていたのが、悲しくてたまらない気持ちの時に独り言として出たのだと思います。そしてはからずとも、それは母を亡くして悲しくて悲しくてたまらない私への母からの言葉になっています。お母さんって偉大ですね。亡くなったあとも励ましてくれるんですから。画像をクリックすると詳細が見られます。
2022.08.27
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先日、近所と言えば近所なのに普段全く通らないので全然知らなかった色とりどりの花の木が街路樹としてずっと続く道を歩いてきました。綺麗だなあ、こんなところにこんな花の街路樹がと見ながら、あ、これは母が倒れる1~2年位前にしてくれた花の話の事だと気が付きました。もう9~10年前の話です。散歩の途中にとても綺麗な花が咲く木があると母が言いだし、その木の名前が思い出せなくて何度か私とやりとりして木の特徴を言ってもらいやっと名前が分かりました。「とても素晴らしい綺麗な花なのでぜひ見に行ったらいい」と薦めてくれたのですが、大抵は庭に1本だけ植えるような木なので「よその家の庭までわざわざ見に行くのはちょっと失礼じゃない」と答えました。「そうじゃない」と母は言いましたが2010年頃から、詳細に説明したり上手く話をしたりが出来なくなっていたので、街路樹の花であることは言えないままでした。「道にある」みたいな事を言っていたような覚えもありますが、この辺の花が綺麗な街路樹と言ったら桜かツツジ位なので、どこかの家の庭の木が歩道から見えたのだと思い込んでいました。あまりにも母が勧めるので、「その木は枝が張り出し場所をとる木なのに家が建て混んでいるこの辺りにそんな広い庭があるなんて珍しいね」ととりあえず話を合わせると母は歯痒そうに「見に行けばいいのに」と繰り返しました。「見に行くと言っても散歩の途中で見かけた花なんてどこにあるかわからないでしょう」と言うと駅から割と近く、駅前の道をしばらくいって曲がったところ、「駅から家に向かって歩いて行くとこっち側に行く道。歩いていればひゅっと見える。こっちを見ていればすぐわかる。」と言います。でも駅の近くの道は沢山ありすぎわかるわけもなくよその家の花の木をわざわざ見に行くつもりもなく熱心に進める母の話を聞き流しました。それが、街路樹だったのだと、確かにとっても綺麗で、駅からそんなに遠くなく駅前の道をしばらく行けばわかる所だった。確かに母が私に伝えようとしたことは全て正しかったのだと9~10年経ってからわかりました。こんな風に、年月が経ってからああ、あれはこういう事だったんだ、母はこういう事を言いたかったんだとわかる事が沢山あります。その中にはちょっと不思議な事も少しあります。それは気持ちが落ち着いたら書くつもりです。わかってなくて、ごめんね、と思うけどその時は私も理解しようとしていたし、こうやって、母が亡くなってからも謎が解けるようなことがあることは母からのプレゼントなのかなと思うようにしています。そして、母が綺麗な花を楽しめて良かったと少しほっとしました。画像をクリックすると詳細が見られます。
2022.08.26
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いつもに増して母の事を考えていたかもしれませんが、母の夢を見ました。叔母の家かどこかで、叔母と話をしながら簡単な世話をしていると、目の前にいるのは母だったことに急に気が付きます。あ、お母さんの世話をしていたんだ、そうか、お母さん、いるんだものね、とものすごく鮮明な母を前にして思います。母はパステルカラーのスモーキーグリーンのブラウスとベストがお揃いになっているようなおしゃれな服を皺もなく綺麗に着ていました。後で考えると、寝る前にネットでその色のバッグを見かけ、私が好きな色じゃないけどなんだかいい色だな惹かれる色だなと見ていました。その時は気が付かなかったけど、母がよく着ていた服の色でした。ブラウスとベストのセットというのはそのバッグがインナーバッグとのセットだった事や、その数日前に知人が見せてくれた服がベストがついて二重になっているものがあったり保管が悪く服が皴皺で良くないなあと思ったので、それが関係しているのだと思います。夢って、脳がいろんな事を整理しいらない記憶を消すために見るのだそうですから、母の夢も不思議とかよりも記憶の整理のために見ているだけなのかもしれません。鮮明な母が現れて、そうだ、母はいるんだと思い、それから母の世話をしたのだと思いますが少しして、母は亡くなったんだと気が付き夢から覚めました。あんなに鮮明だったから、母の言葉を聞きたかったな会話したかったなもっと何か母の世話をしたかったなと思いますけど、夢でも会えて嬉しかったです。でも反面、夢は自分の脳が作りあげているものだとちゃんと理解してもっとしっかりしたことを大事にしなくちゃと思います。画像をクリックすると詳細が見られます。
2022.08.25
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大きな空箱を平たくしながら、資源ごみの日までどこに置こうかと「さて、どうしようかな」と無意識につぶやいて母がよくそう言っていたのを思い出しました。母は一人で何でもしていたので、常に頭の中で「これの次はあれをして」とか「最も効率的な方法は」とかいろいろ考えていたのでしょう、「さて」と一息ついて、頭の中で行動計画を組み立てていました。どこかに行く前には「さて、どういうふうに行こうかな」とどの電車をどう乗り換えると良いか考えていました。今みたいに、ネットで簡単に調べたり、乗り換え簡単車両地図みたいな情報が全くなく経験を蓄積して行動していた時代です。行動的だった母は複雑な電車の乗り換えも大抵の人が迷ってしまう大型主要駅の地下通路も都心部も裏道までよく知っていて、一緒に出掛けるとすいすいと近道を通って目的地まで迷うことなくさっと行っていました。母と出かける時は、何も考えずにただついて行けば良かったのに、それがいつからか、私が手順を組み立てて母を案内するようになりました。母の口癖をふと言って、「そういえば、母が「さて、」って言ってたのしばらく聞いてなかったな、懐かしいな」と感じました。母は2010年頃から自分でいろんな事をするのが難しくなってきていたので「さて、どの方法にしよう」と自分で頭の中で組み立てて行動する事ができなくなっていたんですね。「さて」と言っていた元気で活動的な母はもうずいぶん前の母だったんだ、遠くなってしまっているんだなあと改めて感じました。子供の頃から聞いていたこの「さて」という言葉、私は当時からちょっと違和感がありました。なんとなく、男性が使う言葉に思えたし実際、周りのお母さん方も他の女性も使っていなかったように思います。祖父母も使っていませんでした。今、考えるに、これはもしかしたら父の口癖だったのかな、とも思います。見た目も性格もおっとりしていて女学生時代は山の手言葉の学校に通い、周囲には丁寧語を使っていた母なのに子供にはなぜかさっぱりした話し方をしていました。結婚後間もなく父を亡くし、ずっと悲しんでいたけど決してそれを外に出さず、私みたいにやる気をなくしてぐだぐだすることもなかった母が、父の存在を身近にするために人知れずしたことが父の話し方をすることだったのかもしれません。おかげで幼なすぎて父の話し方をあまり覚えていない私が母を通して父の言葉を聞くことが出来たのだと思います。さて、という言葉、気分を変えて、気をとりなおして直面している問題に対応しよう、未来に顔をむけよう将来のために動こう、そういう意味もあります。それもあって母はよく使っていたのかもしれません。私もぐだぐだ同じところでつらい時はさて、と言う母の言葉を使って頑張っていきたいと思います。そう言ったら母は喜ぶでしょうね。真面目な顔で「そうしたらいいよ。出来る限りの事をして見守ってるからね。」と言うでしょう。画像をクリックすると詳細が見られます。
2022.08.24
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フルタイムで仕事をしていたので忙しかった母ですが、子供を健康に育てようとしたのでしょう、週末はあちこちに行こうと誘い隣街位だったらよく一緒に歩きました。そうやって歩いてあちこち行くことが子供の運動になると思ったんでしょうね。今思うと、隣町から一緒に歩いたことについてはどこへ何をしにいった帰りなのかは忘れたのに一緒にあそこを歩いたな、帰り道ここに寄ったな、ということはよく覚えています。どこへ行った帰りなのか忘れてしまった理由は主に母の用事で親戚宅などに行ったりが多く子供の私には興味がない事だったからかもしれません。当時はお付き合いが今より濃かったのでお祝い事、お悔やみ事、お見舞い、お返し等毎週のようにどこかへ何かを届けていたのでそういった用事が多かったのだと思います。しかし帰りがけにはデパート等に寄ったり、今川焼のお店に寄ったり食事をしたりと何かしら子供が喜ぶ事も用意してくれたのでそれが楽しみでもありました。今思えば普段忙しくて家にいない母がずっと隣にいてなんということもないおしゃべりをしながら一緒に歩いてくれて一緒に買い物したり食事をしたりするのも嬉しかったのだと思います。ある時、日中に、普段は通らない大きな墓地に面した道を通った事がありました。私は高校生位だったと思いますがそういう所は怖くて避けていたので怖いからと言って、目をつぶって母の腕にしがみつきながら歩きました。母に怖くないのか聞くと、「ちっとも」と平然と答えていましたが、母は、何か出るのであれば亡くなった父だって出てきてくれると思っていたのかもしれません。通り過ぎたら教えてね、それまで目をつぶっているから絶対通り過ぎてから教えてねと念を押して、細いけど力強い母の腕にしがみつき、肩に顔を埋めて久しぶりに母の肌の感触を頬に感じながら歩きました。子供みたいに、とたしなめられると思ったら母は黙って私がしがみつくまま歩き、墓所を少し通り過ぎてからもう過ぎたよ、と教えてくれました。私は子供の頃から忙しかった母に甘えるのをどこか遠慮していたところがあり、さらに年頃になると微妙に距離をとっていたので、すんなりと母にしがみついた自分が少し意外でした。母は母で、この子はまだ子供なんだな、この子が頼りにできるのは自分だけなんだな守ってあげなくちゃいけないなと思ったのでしょう。あれはきっと母にとっても私にとっても特別な時間だったのだと思います。私が大人になってから一緒に出かけると母は嬉しそうだったのでできるだけ一緒に出かけるようにしていました。特別な所へのお出かけも楽しかったけれど、夕日の当たる道を一緒に家路についたり、近所のお店を見ながら歩いたり母が喜びそうなものを一緒に選んだり電車の空いている席に座ってもらったり空いていない電車でつり革につかまる母を見守ったりさっさと先を歩く母の後ろ姿を見ながらゆっくり歩いたり、時々振り返る母が可愛いな、元気だなと思ったりちょっとしたことが幸せでした。きっと今も一緒にいてくれると思って最近は運動不足の解消のために毎日必ず外に出て歩くようにしています。下:日本に直営店ができる前から愛用しているものすごく歩きやすい人気の靴。紐ではないので、すぐ履けて足にフィットし紐がほどけることがないので高齢者でも安全です。母にも履いてもらっていました。見た目どこにでもありそうな安価な靴ですが履いてみればわかりますが全然違います。靴の素材や底の作りが驚くほど優秀で足を痛めず、全く疲れません。サイズは自分にピッタリのサイズで。靴下を履く場合はワンサイズ上を。履いていると多少伸びるのでぴったりサイズが正解です。シンプルなデザインなので意外と何にでも合い普段着ならスカートやワンピースにも合わせやすいです。足を痛めて良い靴がないと困っていた知人数人に勧めましたが、最初は皆、適当に聞いているだけなのですが、後から、履けるのはこれだけだとすごく感謝される位優れものです。男性用も。どちらも安価です。画像をクリックすると詳細が見られます。
2022.08.22
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お盆の中日だと思うのですが40万PVを超えました。始めたのが丁度5年前でよくそんなに続いたなと思います。母を亡くして今までやってきた介護の工夫などを母にはもうできないけど同じように頑張っていらっしゃる方いたら役立ててもらいたいという気持ちが強かったんだと思います。今は元気になっていこうという気持ちとか工夫のほうが多くなりました。介護についてはとっても細かいポイントが多いのでどうしても書き上げるのに時間がかかるのですぐに沢山書けないということもあり、これからも少しづつ加えていく予定です。このブログ、母への気持ちとか不思議な体験とか変な話も多いのでできるだけ目立たないように必要な人だけ検索でたどり着いてほしいのでブログサイトにも載せていないしリンクも貼っていません。それで40万PVなので、なんだか不思議な気がします。読んでくださってありがとうございます。少しでもお役にたてていたら嬉しいです。母も読んでもらって良かったねと喜んでいると思います。画像をクリックすると詳細が見られます。
2022.08.19
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ただ暑いだけの今年の夏、旅行どころか、海もプールも銭湯でさえも自粛自粛なんですが、思いもかけず、夏だ!太陽だ!海の家みたい!と夏休み気分を満喫(⁉)しました。場所はコストコの屋外イートインエリア!狭くて、ごちゃごちゃしてる通路みたいな場所にベンチ付きのテーブルが置いてあるだけ。すぐ横のテイクアウト窓口で注文してきたハワイアンピザとライチスムージーをそこで食べただけなんですが、何がすごかったかというと、超炎天下!普通こういうテーブルパラソルみたいなのがついてるのにそんなのない!でも座って食べられるのはそこだけです。ギラギラ太陽が照り付けて普段だったらすぐ木陰や室内に移動するのに日を遮るものは何もないしそのままそこに居続けるというのがまるで子供の頃のプールサイドか浜辺みたいで思いがけずに夏休み気分になれました。食べたのも久々のファストフードというかジャンクフードというか、それも夏休み気分になった理由の一つかもしれません。ハワイアンピザなんて、パイナップルとベーコンがこれでもかって載っているギトギト感。それに加えてライチスムージーですから中高生向けのようなメニュー。これが今年の夏のハイライトか~コロナだから仕方ないよね、と思いましたが、たまたまその後続けてミシュランフレンチ等にお呼ばれすることにはなったものの、これはこれで楽しかったです。何にもしないでいるよりは何かいつもと違うことをしたほうがいいなと思いました。下:コストコ会員(1年約5000円!)にならなくても通販でコストコ商品を取り寄せることができます。何と人気のプルコギまでクール便通販できるみたい。画像をクリックすると詳細が見られます。
2022.08.19
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新型コロナ第7波の感染が収まらないので帰省は見送って家でお盆を迎えています。簡単にしつらえた盆棚には毎日灯を灯しいつもより少し多めのお供えをしています。先週まで毎週お出かけが続いていたので急に予定が途切れ静かな毎日になったからかもしれませんが、なんだか心細くて、悲しくて不安が募っています。母はもういないんだ、という現実がとてもつらい。もっと幸せを感じて元気に生きていてほしかった。親しかった親族も気が付くともうほぼいません。皆、優しくて知識豊富で善い人達でした。そんな人達が普通の大人として周囲にいてくれて恵まれていたな、ありがたかったなと思います。昭和という時代だったからかもしれませんが、母は兄弟や親族ととても親しくしていて、お互い気兼ねなく行き来し信頼し大事にしあいとても楽しそうに会話していました。若くして夫を亡くし、幼子をかかえ、本当はおっとりした人なのに心を緩める暇も、体を休める暇もなく強く生きていかなければならなかった母が少しほっとでき本来の天真爛漫な自分に戻れる時間が兄弟や親族との間にあったと思われることは少し救われる気がします。最初の頃にあったような不思議な事は何もありません。雨が止むこと、信号が青になったりエレベーターが毎回開くことはありましたがこれは偶然なんだろうとは思います。でも母が亡くなって2年目位までは蝶々が来て母が座っていた椅子に2日半も止まっていたりと(1年目のお盆の時には、親戚を介助したために夜中に一人で夜道を歩いて帰り心細くてたまらなかった時、玄関についた途端蝶々が居間に飛び込んできました。夜中1時頃、蝶々がそんな活発なんでしょうか。私を心配した母が一緒に夜道をついてきてくれたか玄関前で待っていてくれたようにしか思えません。追記:蝶々は紫外線を感知して行動するそうです。玄関の軒下で眠っていた蝶々が夜中に突然ついた電気で目覚めて慌てて玄関に飛び込んで点けていた居間の蛍光灯の周りを飛んだのかもしれません。でも2日半、私が出かけていた時も寝ていた時も母の椅子に止まっていた蝶々の話は辻褄が合わないのでやっぱり不思議かもしれません。)不思議な事がいろいろあったから母はどこかにいてくれると思う事ができています。お盆中は外食をせず家で一緒に食事をしたつもりになり、いつもより少しお供えを豪華にし、思いがけずお供えにいただいた千疋屋のメロン(!)もお供えすることができました。野菜の形の蝋燭を毎日1つづつ灯しお盆の開けには茄子の蝋燭を灯してゆっくりゆっくり帰ってもらうことにしました。お盆明けからは少し前を向いて行動しようといろんな用事をこなしています。千疋屋ものれん分けなどで3社あるんですがフルーツサンドイッチやプリンアラモード等少し違いがありますがどこもとても美味しいです。母がとても疲れた様子で何も食べたくないと言い張っていた時、たまたま通りかかった千疋屋のフルーツパーラーで美味しそうにフルーツサンドを食べてくれたのは少しほっとできる思い出の一つになっています。画像をクリックすると詳細が見られます。
2022.08.18
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今年のお盆は私の家でお迎えするのでリビングの家具の上に簡易盆棚をしつらえました。盆提灯などは実家にあって家にはないので、7色に変化するLED灯と蝋燭状のLED灯を用意して簡易的に回転灯篭の代わりにしました。先日購入した籠に入った野菜の蝋燭を毎日一つづつ灯して、供養とするつもりです。昨日、お供え用のお花を買いに外に出るとさーっと雨が降っていました。これから翌日にかけ台風が来るので雨が止むとも思われません。母が亡くなって5年、今までずっとお天気にしてもらっていたからたまには雨の中外出も致し方ないよね、濡れてもいいやと傘をさしていつもより少し遠いスーパーに出かけました。途中、駅ビルの入り口のお店に寄ると、オーナーみたいな方が電話で「今からすごい大雨が来るって予報に出てるけどいつやむのか調べてくれない?」と大声で話しています。あ~土砂降りになるのかな~と思いながらそれでもなぜか引き返そうとは思わずスーパーに向かおうと思いました。でもそのお店を出ると雨は上がっており傘をささずにスーパーまで行けたんです。そしてお店に小一時間いて思いがけずメロンなどお供えしたかった果物がお手頃価格で入手でき、買い物を済ませ外に出ると土砂降りの後だったらしく、道路はびしょぬれ、でも雨はポツポツ降りで、歩いているうちに傘がいらなくなりました。偶然といえどやっぱり不思議な気がします。雨が止んだので、お供えの果物やお花を持ち帰るのが楽でした。感謝を続ければ供養になるのかな。それでいいのかな。まだわからないし、納得できないけど前を向いて、自分の事もやっていこうと思います。下:先日、篭盛りの野菜の蝋燭と一緒に購入した小ぶりのお香立て。半分に折ったお線香が安全に灯せます。老舗のお香専門店の商品で、きちんとした造りでふくろう=不苦労なのでプレゼントにも喜ばれます。母がにっこりするかな、と選びました。下:こちらは実家で使っていますが横置きにでき、蓋もあるので安心して使えます。こちらは色柄が選べ、高齢者でも使いやすいです。画像をクリックすると詳細が見られます。
2022.08.13
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一月前、第7波が猛威をふるい始めた頃にお盆の帰省は断念したので実家のお仏壇にはお供えを送り今年のお盆は私の家でお迎えします。昨日はお盆用品を買いに最寄りのデパートまで出かけました。デパートには仏具屋さんやお線香やお香の専門店が入っているので立ち寄りやすいんです。お盆が近いからなのか母が応援してくれてるのか、昨日は出かける時から、信号はすべて青、いつも待つエレベーターも行くと開く、それが家に帰るまでずっと続いていて偶然に偶然が重なったのでしょうが不思議でした。母が亡くなって1~2か月そうだったのを思い出しました。主要駅の雑踏の中やデパートで何かしぐさが母に似ているお年寄りを見かけ2回ほどはっとしました。母がよく来ていたところでこの風景の中に、今も母がいると思い込めばそれでいいのかもしれない、母は今まで通り、元気でどこかにいると思い込めばいいのかもしれないと思いつつも、でも、いないんだよね、そこのところの折り合いをつけないといけないのかもしれないんだよね、と母に話しかけるように考えながらも、まだ気持ちが落ち着かないどうしていいのかわからない状況でいます。今日は簡単ながらお盆の飾りつけをしてその前に片付けもして少し気持ちをリフレッシュしようと思います。それが母が喜ぶことでもあるので。すぐに何かを決められなくても方向を良い方に向けることはしていこうと思います。下: 今回購入した籠入り野菜の蝋燭。下の画像のようにお盆期間中に1つづつ灯していこうと思います。どれも大手仏具蝋燭メーカーの商品なので変な匂いがしたり、ドロドロ溶けたりがなく安心して使えます。本物そっくりの蝋燭。普段留守の実家のお仏壇にお供えしています。透明ケース入りなので埃もつきません。箱入りなのでお供えの贈答用にも喜ばれました。12個の季節のお菓子や季節の花が入っているので毎月1つづつ月命日に灯したり、毎日すこしづつ使ったりできます。安全なガラスの容器入りなのも嬉しいです。画像をクリックすると詳細が見られます。
2022.08.12
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数年ぶりに会った友人とは毎回、滞在しているホテルに近いところでちょっと素敵な夕食をとっています。今回は皇居に徒歩圏内のホテルだったので外苑の小さな公園とお堀を見下ろすレストランでゆっくり食事するのもいいねということになりました。皇居外苑は緑一杯で広々として散歩にも最適なので最初は友人のホテルで落ち合ってから散歩がてら歩いて行くのもいいねと話していたのですが、私はその前にホテルのアーケードで買物しちゃって紙袋を持っているし、お互いお出かけ用の靴を履いているのでタクシーで向かうことにしました。それが大正解。地図上は結構近いんですけど、皇居って広いんですよね。緑が美しいお堀沿いの広い道路を車でず~っと進んでもまだつかない。両側に松は植えてあるし、通りは広々として空いているし、ちょっと非日常的な感覚でした。お店は広い通りの突き当たりにあり、建物全体が10年位前に老朽化で惜しまれつつ建て替えられ今は都会的で洗練された雰囲気です。広々とした入口を入ると迷路のように土壁や土蔵をイメージするような通路が奥に続いていて都会的な内装なのに奥座敷の雰囲気がよく出ています。奥には個室や和室がいくつもありますが、私達は窓際のテーブル席でした。広い壁一面は石張りで天井からさらさらと水が流れています。もう一つの壁は一面ガラス張りで広い窓からは、緑一杯の外苑とお濠に沿ってまっすぐ伸びる広い通り、そして通り沿いに整列する名だたる企業が入る高層ビル群が美しい清潔感を醸し出しているのが見下ろせます。タクシーで早めに着いたので緑鮮やかな日中の景色と、日が暮れかかってずらっと並んだ街灯の明かりがお濠に揺れビル群が黄昏に沈む景色と、静かになってポツポツ明かりが見えるだけの都心の一等地の夜の景色を見ながら会席料理をゆっくりいただきました。お給仕してくださる方は皆さんお揃いの絽の着物。季節感あふれる器と食材を一皿一皿楽しみました。このブログにも少し書きましたが、ここ数か月ほど、友人とちょっと素敵な食事に出かける機会が多かったんですが、どこも美味しかったけれど毎回お腹が一杯になったんです。ところがこのお店だけは不思議な位、お腹に負担がありませんでした。量的なこともあるかもしれないし、油分や小麦粉(グルテン)がほぼなかったのかもしれません。この、体に負担にならない感覚は大事だなと思いました。さすが大元は禅料理だけありますね。あとで思い出せるように献立を書いておきます。先付けかます焼霜 帆立貝湯〆、甘長唐辛子焼茄子、淡口吸酢、生姜、花穂、柚子八寸精進麩 胡瓜、椎茸、胡麻酢和え、蟹紋甲烏賊、黄身和え、木耳、三つ葉石川小芋、大徳寺納豆、雷干し、うるか和え栄螺、琥珀寄席、玉蜀黍、枝豆厚焼き玉子、銀杏椀焼き穴子青さ真丈、東岸、才巻海老、薄葛仕立 柚子向附本日の御造り焼物焚合加茂茄子、白芋茎、香川産オリーブ豚梅香あん、大葉食事貝柱炊き込みご飯、なんばかき揚げ、香の物盛り合わせ赤だし水菓子西瓜のデザート面倒になったのでざっと書きました。後日時間があるときに追加します。お食事は美味しかったのですが一番のご馳走はやはり景色と落ち着いたサービスでした。帰りがけ、迷路のような長い通路を振り返ると、遠目にもきりっとした白衣の料理長らしき方が通路まで出てお見送りしてくださっていました。そうそう、それで気が付きました。なぜこのお店が心地よいのか。いかにもな、過剰な出過ぎ感がないからです。この間のミシュランフレンチもそうですが、ミシュラン星付きでもそうでなくても最近、お皿を持ってくるごとに「これは〇〇産の何々で、これは△△産の~」と延々と説明するお店が多すぎます。食事しようとしてるお客様を待たせて料理は冷めるし、飛沫は飛ぶし、本当に失礼。どこ産の何々なんて、メニューに書くもので詳細を聞きたいなら、お客さんのほうで質問します。それが本来のあり方だったと思うんですけど。今回のお店はさすがそういう点がわかっていて説明はしませんでしたが、友人がお品書きをチェックしているのを見て生ものが苦手だとすぐに理解してさりげなく献立の変更を提案してくれる、これがプロのお給仕なんですね。ふるさと納税の返礼品にもなっています。画像をクリックすると詳細が見られます。
2022.08.10
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友人が数年ぶりに仕事でやってくるので空いている日に会う予定を立てていました。5日ほど滞在するので、仕事の合間にショッピングも楽しみたいし美味しいものも食べたいしついでにおしゃれなヘアサロンにも行きたい、と普段忙しい友人は盛り沢山の計画を立てています。しかし猛暑続きでこれでは滞在しているホテルの周辺を歩くのさえどうなんだろう、と危ぶんでいました。しかも会う日は、一日中雨の予報です。あまり乗り気でないまま、朝外に出ると思いがけず雨が上がっており、それだけでなく夜中からの雨で空気がひんやりして久々に気持ちの良い朝です。友人が滞在するホテルでゆっくり朝食をとり屋上バルコニーに出たら、直前までスコールがあったようで屋根のついていない部分はびしょぬれでした。友人の部屋を見せてもらいがてらお土産交換をしているとまた嵐のような大雨。出かけるのはこの雨が過ぎてからがいいよね、と1~2時間は待機するつもりがすぐに上がりました。その後も私達が外に出る時は雨があがり傘を差すこともなく快適に街歩きを楽しむ事ができたんです。その後友人は会議へ、私はついでにと最寄りのデパートに寄りました。お茶を飲んで一休みして帰ろうとすると、顔見知りの店員さんが「外は結構な雨みたいですよ。しばらく続くみたいですから様子をみられてお帰りくださいね。」と声をかけてくれました。それは大変、と携帯で雨雲をチェックするとあと30分位で雨が一旦上がりそれからまた別の大雨がやってくるようです。急いで帰らなくちゃと1階まで下りると素敵な帽子がずらっと並んだセールのワゴンが!ついついあれもこれも見てしまい小一時間ほどかけてやっと2つ選び、雨雲が来てるだろうなあと思いましたが、なんと駅につくと、土砂降りの雨が過ぎた直後で道路はびしょぬれ、でも雨は上がっていました。信号待ちの間にポツポツ来ましたがそれも上がり、快適に歩いて帰る事ができたんです。数か月ぶり位の、とっても気持ちの良い気温で久しぶりに友人とあれこれ楽しめてありがたい1日でした。この日は偶然、母に関係がある日でした。考えてみると、出かけた先は母が大好きな街なのできっと楽しんで街歩きできるように見守ってくれたのだと、偶然にしては出来すぎなのでそう考えることにします。下:新型コロナ第7波の中、知人と会ったり街歩きしたりなのでマスクは2枚重ね&帽子のフルガードで電車に乗っています。このマスクは上部にスポンジがついていて鼻にフィットして眼鏡が曇らない仕様ですが、隙間が空かないので飛沫予防にも優れていて鼻に跡がつかず、痛くなりません。外側につけるのは買ったけど大きすぎたりいただきもので基準を満たしてないようなマスクをカバー程度でも良いと思ってつけています。上:大容量サイズでお得。普通サイズ。下:なかなかない小さ目サイズ。https://my.plaza.rakuten.co.jp/access/report/画像をクリックすると詳細が見られます。
2022.08.08
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先日コストコに行った際最近はお約束になっている医薬品コーナーで他では買えないお買得価格なのだろうと常備薬をいろいろ購入してきました。コストコでは大手メーカー品がセット組や大容量サイズで販売されていることが多く、価格は容量で割ると3割前後安いんです。例えば、今までのコストコでよくあった例だと一般店舗で10グラムで1000円の塗り薬が、コストコでは10グラム×3個で2280円とか20グラムで1480円とかで売ってます。(今回行ったら、現在は一個売りの薬が多い。)ここに書くついでにどの位お得なのかなあ、と楽天で調べてみたらびっくりの事実が判明したので書いておきます。購入したのは入手困難になりつつあるカロナールと同じ成分の解熱剤を友人2人の分3箱含めて5箱、喉の痛みや腫れ用の薬、目薬湿疹・虫刺され用の塗り薬数種等で合計1万5千円。まず解熱剤から。購入したのは画像の、カロナールと同じ成分の創業200年の国内メーカー製造品で楽天最安値は約500円です。コストコでは同じものが容量3.5倍で1400円。容量で割ったらお得ですが、通常はそんなに沢山使わないし500円で買った方が無駄なく使えると言えるかも。今回は念のための備蓄に近い買い物だったのでまあいいんですけど。でもつい大箱入りを買ってレジで日用品や食品に5万、10万払っちゃう、これがコストコマジックなんですよね。気を取り直して(?)他に購入したのは使うときは沢山使う蚊よけや湿疹などのかゆみ止め。普段使いのお勧めは赤ちゃんでも使えるこちら。楽天で調べたら30グラムで370円。50グラムで580円。 コストコだと50グラムで600円でした。あれれ?楽天のほうがポイントで1~2割さらにお得だから楽天の最安値店舗の方が安いんですね~。気を取り直して、こちら搔いちゃって悪化した場合にあると治りやすい塗り薬。約800円。コストコは倍入って1500円。あんまり差はない、というかポイント分楽天の方がお得なんですね。コストコで薬を買う便利な点は大手メーカー品の大箱入りが楽天最安値に近い価格で入手できること。デメリットは店舗が少ない、気軽に行けない、行ったら大量買いしがちな事です。楽天の便利な点は買い回りや他のポイントでどこよりも安く入手でき家に届けてくれることですが、デメリットは送料無料にするために1回4000円以上のまとめ買いになるということと全部の店舗が安いわけではなく、価格が安く送料も無料になるお店を探したりそれぞれの店舗から購入したりに手間がかかるというところです。いろいろと面倒な人は、近所のドラッグストアでさっと必要なものだけ買った方がかえって節約できます。私の場合は常備薬は楽天の安いお店が良いとわかったのでそれはそれで収穫でした。次回コストコに行ったらお薬コーナーはさ~っと通って何か目についたものだけ買えば良いとわかって良かったです。コストコは大容量サイズの有名メーカー市販薬が一般的なドラッグストアの定価より安価で纏めて購入できるので細かい価格チェックが面倒だったりまとめ買いしたいときに活用すると良いかもちなみに薬の保存方法ですが、未開封品は一般に室温で3~5年、カロナールはメーカーが3年は保証しています。冷蔵庫保存だと取り出したときに結露することがあるので要注意で冷凍は成分性質が変化する可能性があるためだめで、冷暗所に湿気を防ぐ容器に入れて保存がお勧めだそうです。画像をクリックすると詳細が見られます。
2022.08.03
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いつも忙しくて年に1~2度会えるかどうかの友人が1日空けてくれたので、何にしようかと相談した結果、この時期密室も、混んでるところも怖いしかといって屋外は炎天下、適度に距離間が保てて涼しい場所って…と考えたらアウトレット、だったらついでにコストコにもということで行ってきました1年ぶりのコストコ。密を避けるために開店と同時に行ったら皆同じ考えなのか、お店も開店時間早めてるし早くから来ている人多数でした。でもコストコって巨大倉庫でカートも巨大だからとりあえず空間はたっぷり保ててます。じっくり見てまわるときりがないのでざ~っと通っただけ、しかも小型商品の配送サービスが終了したので持ち帰れる範囲ということで重たいもの、すごくかさばるものはパスしました。そして車のトランクも炎天下だからパンを含む生もの食品は止めた方が良いと友人に言われて、食品の多くもパス。それでも医薬品1万5千円、通常商品3万5千円のお買い上げ。いろんなものパスして良かった。カート山盛りの皆さんはたぶん平気で食品10万円とか買ってそうなのでコストコってつくづく余裕がある人が行く所だと思います。購入したものはまずは医薬品からカロナールが入手困難になりつつあるというので同じ成分の解熱剤、友人2人の分3箱含めて5箱、目薬かゆみ止め数種虫よけスプレー等。以上全部大手メーカー品で通常品か大箱で価格は抑えめのはずだったのですが、後で楽天価格と比べたら楽天のほうがお得なことが判明しました。この話は詳細を後日書きます。でもコストコ=アトラクションと考えているのでそこは織り込み済み、OK(⁉)。これってコストコマジックなんですよ。もうね、巨大カートにいろんなものを入れていくことを楽しむみたいな。節約してるから、っていうのは建前だってわかってるんです。次に楽しい食品&日用品。今回はオーガニックドライフルーツ(ブルーベリー、白いちじく等)とかトレイルミックス系のナッツやドライフルーツがふんだんに入ったグラノーラシリアルやスナックをいろいろ購入。有機JAS・濃密2段熟成<送料無料>オーガニックドライいちじく850g 全粒検品済・無添加・高品質トルコ産/白いちじく/フィグ/イチジク/砂糖不使用楽天で購入楽天のほうがポイント分安かった(笑)下:いろんなナッツやドライフルーツがたっぷり入った知る人ぞ知るグラノラシリアル。高価だけど1キロ入ってるし、なかなか入手できないので購入。そしたら楽天で買い回りや購入ポイント分を考慮したらほぼ同額で販売中。他はタニタの温湿度計2個セットブリタポットとカートリッジ防災用トイレパック蒸気であたためるアイマスク喉に潤いを与えるマスクいつも母に買っていたオーガニックベビーフードを何だか知らないけど買ってみたとかあとはお約束のメープルシロップと小分けパックのお子様味シリアル詰め合わせ。全部で17点+医薬品。家に帰ってから、てきぱき片づけましたよ。出しっぱなしにしておくと散らかるので。購入後は久々にコストコの屋外イートインで一休み。この話はあとで書きますが、ここで思いがけずにプールも海も旅行もない今年の夏ですが夏気分を満喫(⁉)できました!日焼けで腕がちょっとひりひりしてるかも。36度越えの炎天下、もう冒険レベルの体験でした。その後、イケアにアウトレットと真夏の大冒険は続くのでした。のんびり続きます。上:シリアル、ドライフルーツ、お米、小麦粉、ペットフード等、虫がつきやすいものは完全密閉で酸化しにくく湿気ないので長持ちする本物のタッパーウェアがすっきりまとまってお勧めです。画像をクリックすると詳細が見られます。
2022.08.02
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1~2か月前の話です。ちょっとした用事で久しぶりに日本橋に数日おきに行ってきました。ここは母が大好きだったところなのでどこを見てもあれこれ思い出がありすぎてやっぱりまだ辛いんだなあと実感しました。もともと銀座も日本橋も、老舗が集まる華やかさ溢れながらも落ち着いた街だったと思うのですが銀座は海外ブランドや大型店が入ってかなりギラギラしてきているのに対し、日本橋は大店の落ち着きを保ったまま古き良き東京を維持していたのにここ7-8年で随分変わって高層ビルが目抜き通りに立ち並び始めました。江戸情緒を残した暖簾がかけられた広い間口のにんべんがある日消えてしまっていたのを見た時は本当にショックでした。にんべんは母が大好きで、親戚を含め身内でおめでたい事があるたび「じゃあ、内祝いのかつぶしは任せてね、〇日に日本橋に行くから、その時頼んでくるね」と嬉しそうににんべんに行き贈答用の発注をしていましたし、毎週のように立ち寄っては顔見知りの店員さんとおしゃべりしながら発売当時は画期的だったしっとり系和風ふりかけやら出汁やら何やら、新作(がよく出ていた時期)をあれこれと買ってきていました。今のこじんまりとして妙におしゃれで店員さんも若くて何だかすましているそっけないショールームのようなお店を見たらきっと居所がない思いをしたでしょうね。数年前に私が見た時は椅子だってバーカウンターのようなスツールであれは高齢者にはどうにも居心地が悪いものだと思います。それは同じく日本橋の憩いの場だった榮太郎でも同じことで、あの広々としたショーケースとゆったりした昭和中期の雰囲気の喫茶エリアとそこで提供される修行を積んだ板前さんの出汁で作られた和食と、老舗の餡子の味はほっとできるものがありましたが、ある日急にリニューアルされてこれまた妙に今どきの店舗に変わってしまいました。お客様も、近隣にお勤めの落ち着いた中高年の会社員やら長年お勤めしている風のOLさんやら日本橋にいつもいらっしゃるご年配の方達やらはすっかりいなくなり、30代中心の、観光客のような方ばかりになりました。ここも席の半分近くはバースツールです。バースツールで昔ながらの和菓子を食べるのがおしゃれなのだと思われたのでしょうか。若い人、観光客を集めるのが最課題だと思われたのでしょうか。ゆとりのある空間で広い窓の向こうのお濠を感じながら(私の中では日本橋川は外堀)お隣とのスペースが充分にある広めのテーブルで、低い椅子に座って落ち着いたお客様達の中で静かにゆっくりとお茶と一緒にいただくのが日本橋ならではの醍醐味でしたのに。日本橋ならではのゆとり感、安心感、安定感、派手にアピールをしていない本当に品質の良いものが、自信をもってゆったりと存在しているそういったものが忘れられているようで残念です。お店の名前を出していろいろ書きましたがどちらも味と品質の良さは変わりませんし、本店ならではのものもいろいろありますから日本橋に寄った際は、必ず買い物をして帰ります。これからも変わらず今の場所にあってほしい、気軽に入れるお店であってほしい、できるなら憩いの場としてちょっと休憩しながら老舗の味を楽しめるお店であり続けて欲しいと願っています。下:こちら素材を厳選したフルーツ味のとても美味しい飴のセットでしかも三角の飴ポーチ付き。6~7年前、出たての頃買いましたが見た目より丈夫な作りで、バッグのハンドルにつけておきましたがとれたりもせず、軽くて活躍してます。お勧め。飴はレモンもあまおうもミルクもマンゴーもどれも美味しく、流石の味です。下:画像が出ませんが、通常スーパー等で売っている普通のにんべんの白だしと違う厳選白だし。とても美味しく、これ1本でいろんなお料理がグレードアップします。下の下線をクリックすると詳細が見られます。にんべん 本枯鰹節 白だし 特撰 500ml<常温・O>画像をクリックすると詳細が見られます。
2022.08.01
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