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今年は暖冬のせいか、いつもは3月に入ってからの月ヶ瀬梅林まですでに5分咲きという情報まで入ってきています。梅はまだ見に行っていないので、レポートはまた今度ということで、今日は近鉄奈良駅からほど近い東向北通りと中筋町の商店街を結ぶ細い路地でこんな場所を発見したので紹介します。一見、なんの変哲もない工事現場のように見えますが、この工事囲いにはこんなプレートがぶら下がっていました。奈文研・・・これは奈良文化財研究所の略称です。つまり、ここで何らかの遺跡発掘調査が行なわれているようなのです。うまく取れなかったのですが、鉄パイプの向こうにはベルトコンベアーが数台置かれ、地面に大きく掘られた穴から土が運び出されているようです。平城宮跡ではこんな光景がよく見られるのですが、市街地、それも駅前でというのはあまりありません。穴を掘っていて何かが出てくると、そこで工事は中断され、発掘調査となるのですが、その費用は土地の所有者が持つことになっていると聞いたことがあります。この土地の所有者の方には御気の毒ですね。団塊ジュニア世代が高校受験を迎えた頃、奈良でも公立高校の設立ラッシュがあったのですが、そのうちの1校(奈良市内のT高校)建設時にやはり何かが出てきて工事が中断され、校舎建設が開校に間に合わず、校舎ができるまでの一時期(半年以上だった記憶が・・)県の所有する奈良市内の別施設を仮校舎として授業していたというウソのような本当の話まであるんですよ。ちなみに、この発掘調査現場は見学できるようにはなっていませんので念のため。
2007年02月24日
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今日は元興寺節分会の最終レポートで、火渡り式の舞台づくりの紹介です。 護摩壇にまだ大きな火が残っている中、護摩木が燃え尽きると山伏たちが手に手に長い柄のついた鎌のような道具やレーキを持ち、護摩壇の木を外し、水を掛けて火を消し、火渡り式の舞台を組んでいきました。木が組み終わると、火渡りの業が始まるのですが、木はまだくすぶった状態なので、途中、熱くなることがあるようで、そうなると、 木を外し、温度調整をしてから組み直し、山伏が初めに渡って、熱くないことを確かめてから火渡り再開。山伏は修行しているので、火渡りは熱くないようでしたが、やはり煙は煙たいようでした。
2007年02月16日
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元興寺節分会の続きです。さて、僧侶により点火の口上が述べられた後、松明に点火されました。火の着いた松明を正面にささげ、拝んだ後、護摩壇に点火です。 松明を護摩壇に突っ込むんですね。 生木を燃やすものだから、煙がすごいのなんのって。向こう側が全く見えなくなることも・・。それでも山伏たちは念仏を唱え続けていました。 護摩壇はだんだんと燃えていきました。 生木が燃え尽き、火の勢いが強くなると、護摩木が投入され、益々火力が増していきました。護摩木が燃えたところで火を落として火渡りの舞台づくりに移りました。火渡りの舞台づくりは次回のおたのしみ。護摩壇が燃えている間、とても暖かかったのですが、帰宅して入浴してもなんだか煙臭くてしかたありませんでした。これだけ煙を浴びたんだから、今年は無病息災?!
2007年02月15日
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ちょっとサボっているうちに梅が咲き出し、そうこうしているうちに梅のレポートの季節となってしまうと少々焦っています。新鮮味が薄れてしまいましたが、元興寺の節分会です。今日は護摩壇への点火前の儀式を紹介します。山伏が弓矢を手に正面に向かって弓矢で護摩壇の道場に結界を張ることを宣言します。6方向に矢をうつのですが、落ちてきた矢を拾うとそのままもらえるようで、打ち込まれた方向では矢の争奪戦が繰り広げられます。あまり過激ではないようですが・・。結界が張られると、神聖なる剣を持った山伏が登場し、その剣の放つ神聖な光で辺りを照らし出します。弓矢と剣の儀式が終わると、いよいよ点火となるわけですが、その前に点火時の松明2本をクロスし、僧侶が口上を述べます。そしていよいよ点火。つづきは次に・・。
2007年02月13日
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元興寺の節分会に戻ります。さて、メンバーがすべて登場し、護摩が焚かれる前に、竹内流という古武術の演武が行われました。ポジションが悪く、あまり良い角度から撮れなかったのですが、まずは杖術です。実は、常々杖術を習いたいと思っていたので、興味津々だったのですが、覚えた型を間違えないように合わせているような・・・。残念ながら、今一つでした。次は十手術です。観客から「銭形平次!」という声が挙がっていましたが、私は「宮本武蔵のお父ちゃん」というイメージで観ていました。十手は刀も折ることができる武器だと聞いていましたが、その強みを活かす体裁きの素晴らしさに感動しました。最後は剣術でした。チャンバラや現代剣道の型とは違って、相手の懐に潜り込むのが基本の型のようです。刀は極力使わないで相手の動きを封じてしまうのが新鮮でした。演武が終わると、いよいよ護摩会の儀式が始まります。このつづきはまた今度
2007年02月07日
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元興寺の節分レポートはちょっとお休みして、今日は慈眼寺の初午の報告です。慈眼寺は近鉄奈良駅からやすらぎの道を北へ10分ほど歩くとある小さなお寺なのですが、初午の今日は幟が立っていたり道にベビーカステラとみたらし団子・五平餅の屋台が出ていたりしてなんだかにぎやかでした。境内もにぎやかでなぜかというか、やはりというか、参拝者はおばあちゃんがやたらと目立ちました。御線香とロウソクは志しで納められます。ろうそくの太さは普通のサイズだったのですが、長さは半分くらいのミニサイズ。こんなろうそくがあるんだとちょっと驚きでした。ここでもあめ湯のふるまいがあったのですが、今朝の奈良の最低気温は-4.4℃と、むっちゃ寒かったにもかかわらず、日中は、ぬくぬくの陽気(最高気温14℃)だったので、あまりありがたみを感じることなく、頂かずに帰りました。今日は奈良県の私立高校の入試だったらしく、帰り道は○○高校の受験を終えた中学生でいっぱいで、流れに逆らって歩くのが少々辛く・・。で、驚いたのですが、その中学生のグループに、空中を指しながら「青森、秋田、岩手、宮城・・・秋田?山形?」などと東北地方を順に言い合っておりました。見ていて、「学力低下」というテロップが頭の中に流れ、大丈夫かなと少々心配になりました。
2007年02月05日
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と、いうことで、元興寺の節分行事についてもう少し詳しいレポートをします。護摩会の道場はこんなふうになっています。正面にはお供えがあり、真ん中に護摩壇、一番後方には念仏を唱える山伏の偉い人が座る毛皮と諸々の道具が置かれ、正面に向かって左には太鼓の横の机に焼かれる護摩木が並んでいます。道場は四方が荒縄で囲われ、結界となっているようです。ほら貝を吹きながら山伏の入場です。護摩会に関わる儀式のそれぞれの始まりと終わりにはほら貝が吹かれるのですが、ほら貝っていきなりブォォ~ン!と鳴るのではなく、プポポーブォォ~ン!と鳴るようです。んで、音の高低が調整できるらしく、何段階か音が変わっていきました。さて、本殿での法要が終わり、僧侶が出てきました。さすがに伝統あるお寺、僧侶は6~7人列になって出てきました。僧侶の1人が護摩会の道場に入場し、いよいよ始まりとなりました。この後、護摩会に先立って、竹内流の演武が行われました。続きはまたのお楽しみに。昨年3月4日の開設から1月を残してアクセス数が15,000を超えました。読者の皆様、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
2007年02月04日
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東大寺二月堂の豆まきも興福寺の鬼追い式も捨てがたかったのですが、今年の節分は山伏っていうのに惹かれて結局元興寺に行きました。本堂で節分会の法要が行われた後、山伏が登場し、柴燈護摩会(さいとうごまえ)が行われました。山伏の中で一番偉そうな人が何やら唱える中、真ん中に置かれた護摩壇木に点火され、ものすごい煙と炎に護摩木が投げ込まれていきます。護摩木が燃えたら、護摩壇に組まれていた木が崩されて橋のように組みなおされます。護摩壇の木で組まれた橋の上を素足で渡ります。予め火の調整をして、山伏が素足で渡って熱くないのを確かめてたので、子供でもやけどはしないようでした。火渡りが終わると特設ステージからの豆まきがありました。 ステージには年男、年女が立ち、豆やテニスボール(もちろん軟式)を投げたのですが、まぁすごい人。押し合いへし合いで豆まきの様子を写真に撮るなんてことできません。もちろん、豆をまくときにステージ上からなんと言っているのかなんて聞いている余裕はありませんでした。だから、子供や体力に自信のない人には豆は別に僧坊で配布されます。で、戦利品はしわくちゃになった豆2袋。上出来です。帰りには門の外で奈良中央市場がいわしの無料配布をしていて、塩いわし3匹頂きました。お寺に来ていわしをもらえるとは思ってもいませんでしたが、山伏って腰に毛皮をつけていたりするので、生臭もありかな?!と勝手に納得することにしました。今日は護摩会はチラッとしか紹介しませんでしたが、護摩木を焼くところまでの前座とか儀式といったものがとても面白かったので、今度改めて紹介することにします。
2007年02月03日
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