ブログ更新をサボっているうちに6月が終わり、7月になってしまいました。今日は、毎月定例の墓参でした。
墓参は途中にある寺の門前の言葉を写真に撮るというのが恒例になっていますが、今月の言葉はこれでした。
金子みすずのこの詩は小生の記憶にもあるから、有名なんでしょうな。確かに昼間は星が見えない。しかし、見えないけれど昼間の空にも星が「見えぬけれどもあるんだよ」なのである。見えないけれどもあるというものもあるのだというのが眼目なんでしょうが、見えているからと言ってあるとは限らない、なんぞという逆を考えたりするのも偐万葉的思考。
星と地球の距離は随分と遠い。光が1年かけて進む距離(約9.5兆km)を1光年とし、これでその距離を表すのが天文学の世界。例えば100光年の距離にある星の光は100年かかって地球に届く訳だから、我々はその星の100年前の光を見ていることになる。その星が50年前に爆発して消滅していたとしても、そのことがわかるのは50年後であり、地上から観測する限りでは今後も50年間は輝き続けることとなる。
で、2000光年離れた星から超高性能の望遠鏡で地球を眺めている人が居るとして、その人の目に見える地球はローマ帝国時代の地球であり、6600万光年離れた星から眺めている人が見ているのはティラノサウルスなどの恐竜が闊歩している地球ということになる。見えていても今それがあるとは限らないということになる。「見えるものでもあるとは限らないんだよ。」なのである。
墓参の道すがらなのだから、「見えぬものでもあるんだよ」と来れば、魂の話などに持って行くのが普通であるが、何万光年も離れた星と地球の話に持って行くのだから「話にならない」と思われたお方もあるかも知れませんね(笑)。
さて、墓参の後は花散歩であります。
花散歩と言っても、コマツヨイグサは萎んでいるものばかり。花の散った後の姿はこのようです。 ここに栄養をたくわえて大きくなればキュウリやズッキーニのようにも見えるかも知れませんが、「待てど暮らせど」そんなことはある筈もないこと。この中に種をたくわえているのでしょうか。であればこれがコマツヨイグサの種苞ということになる。
そして、これは名前不明の草。名前不明の花、と書きかけたのですが、花と言うには余りにも花が小さいので「花」ではなく「草」としました。接写してみると、花はこんな感じです。
次はイヌムギ。道端、何処にでも見かける草です。ホソムギがピンと穂を立てているのに対して、イヌムギは穂を垂れている。
花散歩らしからぬ草ばかりでありましたので、カンナも撮って置きました。背景を暗くして花を浮き立たせるようにしようと、露出を思いっきり落として撮影してみました。
以上は墓参の往復の間に撮影したものですが、下は、帰宅して昼食後に出掛けた銀輪散歩で撮ったものです。白いキノコの一団です。名前はよく分かりませんが、シロカラカサタケに似ているように思います。もしそうなら、毒キノコです。
横顔も撮って置きましょう。
もっと、接近してみると、こんな感じです。
キノコのフォルムは何となくユーモラス。心がユルみます。
次は、今日の写真ではなく、6月30日に銀輪散歩のついでに立ち寄った、 喫茶店「ペリカンの家」の店先で撮影させていただいた、ハゼランの花です。
この花は恩智川の河原に自生していたものをひと株採取して店主のももの郎女さん(楽天ブログでのお名前は「☆もも☆どんぶらこ☆」さんです。)に差し上げたもの。彼女が鉢植えにされ店の前庭に置かれました。
<参考>☆もも☆どんぶらこ☆さんのブログは コチラ
。
この花は夕方にしか咲かない花。これまで、恩智川べりでは咲いている状態のものを見たことがなかったのでしたが、午後4時位に咲くというももの郎女さんからの情報を得て、その時間帯に立ち寄らせていただいたのでありました。
ハゼランの花はわれ見しペリカンの 家の庭にし咲くをわれ見し (偐家持)
とても小さな花であることと、風が吹くと揺れるということもあって、この花は撮影に苦労します。
以上です。今日の墓参の帰りは、花散歩というより、どちらかと言うと「虫散歩」であり、花の写真よりも虫の写真の方が多くなりましたが、タイトルが「花散歩」なので、虫の写真は「無視」。追って、「虫散歩」というタイトルでご紹介申し上げます。
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