あなたは、 捩花(ネジバナ) を知っていますか?
桃色の、小さくてかわいい花を、
らせんのように咲かせるんです。
捩花(ネジバナ)の花言葉を知っていますか?
それは思い焦がれること、『思慕』
ぐるぐると絡まり合う、茎(くき)と花。
淡く、どこか儚げな佇まい。
捩花(ネジバナ)は、
あなたに逢いたくても逢えない、
私の思いを表してくれるんです。
引き裂かれて、なお募る、私の思いを。
人の気持ちは、誰の目にも映りません。
だからこそ、私は思うのです。
誰にも見えない、人の気持ち。
もし一生の中で、
その一端でも、見える相手に巡り逢えたなら。
そして、
その人の気持ちと、私の気持ちが、
ほんの少しでも、重なり合ったら。
それはとても、幸せなことだと。
私は幸運にも、
そんな幸せを見つけられたんです。
なのに…。
地位、名誉、お金、出世、
どうして、そんなものの都合で、
私たちの幸せを、奪われなければいけないのですか?
家柄、身分、政略結婚、分不相応、
それは後から誰かが決めたこと。
人の本質ではありません。
なのに…。
家柄の違い、身分の違い、
そんなことで、
どうして私たちは、結ばれてはいけないのですか?
家柄の違い、身分の違い。
この決定に背けば、多くの者が罰せられます。
私の行い1つで、
大切な人たちを失いたくはありません。
それに、あなた方は言うでしょう。
身分違いの恋。
始めから、叶わない恋。
わかっていたはずだ、諦めなさい、と。
出逢うことさえなければ、
そんなに恋に苦しむこともなかったのに、と。
わかっています。
わかって…いますとも…。
出逢うことさえ、なければ…私は…。
いいえ、たとえ出逢っても。
見えるはずのない、あなたの気持ちの、
一端でも、見えてしまわなければ…。
あなたと私の気持ちが、重なり合う幸せを、
感じさえしなければ。
いっそのこと、
ただの通りすがりで、終わっていれば…。
どれほど”シアワセ”で、苦しくて、
不幸だったでしょう…。
どうして割り切ることが、できるでしょう…。
知っていますか?
捩花(ネジバナ)には夏葉と、冬葉があることを。
夏はねじれながら、上に伸びるんです。
もっともっと空へ近づいて、
あなたへの思いを届けたいから。
冬は地面に沿って咲くんです。
じっと寒さに耐えて、
あなたへの思いを守るように。
捩花(ネジバナ)は春も夏も、秋も冬も、
枯れることはありません。
家柄の違い、身分の違い、
そんなことで引き裂かれようと、
決して枯れない、あなたへの思いのように。
きっと、今生ではもう、
あなたと一緒になれないのでしょう。
あなたの手を握ることも、
あなたの腕に包まれることも、
叶わないのでしょう。
ですが、
たとえどれだけ
私たちの身体を引き離そうと、
私たちの心まで引き離すことはできません。
私を高貴な身分の方と一緒にしようと、
いずれ私たちの身体が朽ち果てようと、
私たちの思い出からは、誰ひとり、
だからせめて、心だけでも、
あなたの隣にいさせてください。
私は、あなたへの思いを、
枯れることのない捩花(ネジバナ)に託します。
春も夏も、秋も冬も。
いつまでも、あなたを、慕い続けています…。
芝付の 美宇良崎なる 根都古草 あひ見ずあらば 吾恋ひめやも
(あなたに逢うことがなければ、私は恋に苦しむこともなかったろうに)
万葉集『根都古草』
ーーーーーENDーーーーー
⇒この小説のPV
⇒過去作品
【短編小説】『また逢いましょう、ホタル舞い降りる川で』1
【短編小説】『ゆりかごは、この手でゆらしましょう』
【短編小説】『いのちの電話と、聞き上手』前編