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「22人で創りだすワークショップの輪の中で、皆の心が共鳴している。」CTIのコーチング養成講座は、22人が輪になって、お互いの感じ方、疑問について、輪の中心に向かって話をすることが基本になっています。同じメンバーで3日間学んだ後には、安全で安心な場が創り出されるのです。 「学習する組織」を学び始め、「ダイアログ」という場の存在を知りました。そして、内容を調べるほどに、コーチ養成講座で起きていた心の共振と新しい気づきの発見が、「ダイアログ」の効果だったことを知りました。 牧野元三さんが「人材教育」2005年1月号から3月号にかけて紹介している「チームに学習をもたらす『ダイアログ』の進め方」の内容を、私なりにまとめてみました。・ダイアログでは、参加者が「今」という瞬間に意識を集中すると、場のエネルギーが大きく変化し、 語る人の言葉が、聞く人の思いに邪魔されずにそのまま相手に伝わるということが発生する。・ダイアログでは、参加者の持つ見解が、話し合いを通じて、より良いものになることを目的にしている。・自分の見解を主張する時は、自分が何を考えているかを明確に示し、 そのような見解に至った思考のプロセスを開示します。・椅子だけで丸く並べて座ることによって生まれるエネルギーは、 一体性や共同探求をもたらすのに適している。・話す人は輪の中心に向かって語ると同時に、自分自身の意識の中からくる声に耳を傾けるように心がける。・人の話を聞く時は、最後まで聞くようにし、「意味」「感情」「エネルギー」を受取るように聴く。・ダイアログを始める時には「チェックイン」を行う。 参加者が順番に「今、ここでの思い」を、心に浮かんだままに語っていく。・ダイアログの根底には、量子物理学的世界観であり、全宇宙はすべてつながっていて、 一部分で起きたことは、全体に影響を及ぼすという考え方に基づいている。・自分の感じ方を防御することも、他者に押し付けることもせずに、ただ人の話に耳を傾ける。・無意識のうちに繰り返されている思考や行動のパターン(メンタルモデル)に 自動的に動かされている自分を意識して、その状態に注意を払い、 意識的に自分がより本心から納得できる行動を取るようにする。・ダイアログが生まれる4つのプロセス(1) 丁寧:個人の考え方の相違点よりも、全体の調和を優先するため、互いに共感する部分を 強調し合って丁寧な場が生まれる。(2) 混沌:全体の調和よりも、それまでに抑えられていたさまざまな問題に関する見解の相違が 大事に感じられ、対立が起きる。(3) 探求:不具合の原因を自分以外に求めていた参加者が、自分の内面を向き始める。 参加者が、批判や非難抜きで、発言者のありのままの声に耳を傾け、共に探求を行う場ができる。(4) 一体:他者の経験を自分の経験のように感じたり、自分が考えていることと同じことを、 他の人が発言したり、自分が知りたかったことを、期せずしてだれかが口にだしたりといった、 一体性と共時性の体験が生まれる。ダイアログは、頭で理解するものではなく、チーム全体で感じるものだということが分かりました。
2005/05/06
「プロセス改革の形骸化と、やらされ感を無くするためにはどうしたらいいのだろう。」4年間に及んだ組織プロセス改革活動は「やらされ感」という壁に行き着いた。特定のグループがプロセス改革を推進していたのでは、継続的活動として隅々まで浸透することが出来ないことに気がついた。組織の内部にプロセス改革を推進するリーダを育成してはどうだろうか。 人材教育(2005年3月)の中に、本間正人さんがある手法を紹介している。『「チェンジエージェント養成研修」の考え方 メンバーの自発性を引き出す能力を伸ばすプログラム』という文献です。 要点を自分なりにまとめてみました。 ・細胞レベルでの新陳代謝として、持続的な組織改革を考えるためには、 組織の中に、数多くのチェンジエージェントが存在し、活躍することが不可欠である。 ・チェンジエージェントは、幹部から命じられるだけでは機能せず 「自ら組織を改革しようとする意志」が必須となる。 ・チェンジエージェントの役割は「組織の潜在力を引き出すために自らが学習し、 組織の学習を促進し、変化し続ける環境への適合力を高めること」と定義する。 ・「個人の学習」と「組織の学習」をつなぐ役割を持つ自発的なプロセスマネージャーとして チェンジエージェントを定義することが可能。 ・アメリカでは一般的な「学習する組織」が、日本では広まっていない。 ・何千人、何万人の大企業を、いきなり一気に「学習する組織」に転換することは不可能に近い。 ・最初は7人の小さなユニットで学習チームを結成し、チェンジエージェントを育成することを提案する。 ・学習するチームを育成するリーダは、レクチャー、ペアワーク、グループワーク、フリーダイアログ、 コーチングという5つのコミュニケーションモードを効果的に使分ける能力が必要。 本間さんの提案を小さなメンバーで実現してみたい。細胞レベルでの組織改革を現実のものとし、組織の潜在能力を引き出すことができるように。
2005/05/06
・最強組織の法則―新時代のチームワークとは何か:ピーター・M. センゲ著・なぜいま「学習する組織」が求められているのか:高間邦男(ユーマンバリュ):人材教育 2005.1 P16・「学習する組織」導入のための実践10カ条:香取一昭(NTT西日本):人材教育 2005.1 P22・「学習する組織」創造戦略 OJTの実践:遠藤哲哉(ふくしま自治研修センタ):人材教育 2005.1 P30・バリューアップ=価値創造で「学習する組織」を推進する:西沢正昭(日産自動車):人材教育 2005.1 P36・「リーダシップ・ジャーニー」で、「DO」から「BE」のリーダシップを実現:由佐美加子(リクルート):人材教育 2005.1 P41・ラーニング・オーガニゼーションの米国最新事情:川口大輔(ヒューマンバリュー研究員)他:人材教育 2005.1 P46・チームに学習をもたらす「ダイアログ」の進め方:牧野元三(R.H.インターナショナル):人材教育 2005.1 P52、2005.2 P80、2005.3 P52
2005/05/06
「僕はいつか、たくさんのレミング(たびねずみ)の気持を 動かすことができるようなリーダーになりたいと思っていたんだ。」 レニーは答えた。すぐにエミーは聞き返しました。 「どうしてあなたは、レミングの気持を動かすことができるような リーダーになりたいの?」 レニーは言いました。 「それは僕が、ジャンプ(崖から集団で飛びこむこと)をやめようって、 みんなを説得したいからだ。 たぶん。」 「でも、あなたにとって、どうしてそれがそんなに重要なことなの?」 エミーの質問をきっかけに、レニーは、自分が本当にしたいこと、そして、これからの行動の指針を手に入れるのです。 デービット・ハチェンス著「エミーとレミー 2匹のねずみのお話」を少しだけご紹介しました。 この本の中でくり返し出てくる質問として、 「あなたは、何のためにここにいるの?」という問いがあります。そして主人公のエミーとレノーは、お互いの会話を通じて、自分の中の答えを探りだしていくのです。 「私は、何のためにここにいるのでしょう?」 そして「私は、なにを達成しようとしているのでしょうか?」 自分の行動を振りかえり、その推進力になっているものを探していくと、おぼろげに自分の価値観が見えてきます。そして、その価値観を、自分のものとした時に、今まで以上の内からのパワーが沸いてくることに気がつきます。 「私は、何のためにこの文章を書いているのでしょう。」 それは、自分の気づきを、少しでも多くの人と分かち合いたいから。そして、自分の「ありかた」を包み隠さずオープンにすることによって、読んだ方の、なにかが変わるヒントになったらいいなという純粋な思いがあるのです。 あなたは、何のためにここにいるのでしょうか?
2005/04/26
インドの方に聞いた内容によると、インドでは、エンジニア教育が大学から開始されているとのこと。インドの国をあげて、人材育成に力をいれていることは、すばらしいことです。日本の事情を客観視すると、いまだにバブル時代の人材育成が続いているように、個人的に感じます。ここでは、会社と大学との繋がりを増やすことによって、それぞれの組織に新しい風を吹き込むきっかけを創っていくことを目的としています。大学の知合い(1)南山大学 数理情報学部情報通信学科 青山 幹雄 教授 (携帯電話ユーザ要求調査で講座をお願いしました) http://www.seto.nanzan-u.ac.jp/~amikio/NISE/jp/profile.html(2)宮城大学 環境システム学科環境システム工学 高橋 浩 教授 (国際標準化活動でお世話になりました)(3)電気通信大学 電気通信学部 システム工学科 西 康晴 教授 (ソフトウエアテスト、ソフト品質でのお知り合い) http://blues.se.uec.ac.jp/nishi.htmlイベント情報(1)産学共同セミナー「組み込みシステム開発における学術知と実践」 2005/04/25(日本IBM)
2005/04/19
あなたは、飛躍的な進歩に興味があるでしょうか。それとも、着実な成果を測定し、実際の利点を大切にしているでしょうか。私は、飛躍的な進歩を追い求めてきたように思います。 ジェフリー・ムーア著「キャズム」の第2章に次の説明が掲載されています。 「ビジョナリの人たちは、未来を体現しようとする人たち。 新規テクノロジーに関するコンファレンスや 未来派の人たちが集まるフォーラムに顔を出し、 そこでテクノロジートレンドを把握したり、有望な商品を探したりする。」 「実利主義者たちは、未来的なものにあまり関心を示さない。 現実を直視するタイプであり、自分たちの業界の発展をいつも考えている人たち。 大規模な変革や業種横断的なメリットというようなテーマは、 実利主義者の興味を引くものではない。」 私自身がビジョナリの性格をもっているため、実利主義的な考え方を持つ人たちへのメッセージの伝え方を間違っていたことに気がついた。 たとえば、新しいソフトウェア手法を紹介していた時、昔の私は、ビジョナリ的考えで、ビジョナリの人向けにワークショップを開催していた。実利主義的に、「その手法を取り入れた事によって、他の人たちはどのような利益を受取ったか」を明確に説明することを怠っていた。 その結果、最初の盛り上がりに比べ、その後の低調さは、まさに谷底のようだった。今になって、キャズムに落ちたことを理解した。 ビジョナリと実利主義者とのギャップを理解し、多くの人の伝わるような、メッセージを発信していきたいと考えています。
2005/04/18
「目の前に、3本の道があるんです。 左の一本の道は、心の成長の道。 たとえ自分の名前が変わろうと、永遠に続く決められた道。」 「さらに、右側に2本の道が見えるのです。 一本は人材育成という名前の白いアスファルトで固められた道。 もう一本は教育という黄色い土で固められた道。 その右の2本の道のどちらかに足をつこうとして迷っているのです。」 一人目のコーチに自分の迷いを素直に打ち明けてみた。コーチは、自分のイメージを心で受けとめ、同じ影像を共有してくれた。そして、自分が気がついていない自分の中の影像について質問をしてくれた。 「右側の2本の道の真中に、足をおろしてみると、どんな感じがしますか。」 その言葉で自分を取り戻した。自分の歩きたい道は、未開の道だった。既に先駆者たちが、整備して歩きやすくなっている道ではなく、新しい道をつけることが、自分のやりたいことだった。 自分の道を開拓するためには、仲間が必要。自分の目指すビジョンを旗にかかげ、柔らかな未開の草の道に、新たな道すじをつけることにした。 裸足になって、芝生を歩くような、くすぐったいような、嬉しい感触を楽しみながら、新しい道を踏み固めていこう。 道は決まった。 その道を進むためには、5つの星を手にいれる必要がある。5つの星を5角形に並べた時に、その中心で、なにかが起きるような予感がする。 一つ目の星は「ビジョン」という星。二人目のコーチと一緒に、ビジョンを具体的イメージにしてみた。そのビジョンは、精密な設計図と、思いを伝えるビジュアルな絵によって成り立っている。 イノベータに見てもらうためのイメージ。そして、実利主義の人たちに見てもらうための緻密な企画書の二つをつくることにした。 5つの星を、手にいれる冒険は、今日スタートします。
2005/04/15
「ファシリテータ養成講座で学んだスキルを、実際の会議で使えないのはどうしてだろう。」会社の会議で、ファシリテータ養成講座で学んだことを使えないことに無力感を感じていた。「会議改革」というスローガンを書いた壁紙が、色あせて見えている。 ピータ・M・センゲ著「最強組織の法則」の第12章、チーム学習の中に「意見交換」のファシリテーションがのっていた。自分が理想と考える「会議の場」を創るヒントがありそうな気がする。 チーム学習は、チームのメンバーが本当に望んでいる成果を生み出すために、一致協力してチームの能力を伸ばしていくプロセスである。 チーム学習では、ディスカッションではなく、「意見交換」が重要とされている。「意見交換」は、複雑で微妙な問題を自由かつ建設的に探求し、お互いの意見を十分に「聴き」、自分の考えを呈示することによる特別な対話として紹介されている。 現状、会社の会議で、意見の衝突が起きた時、参加者が行うことは、双方を「丸くおさめる」か、徹底的に「意見をぶつける」かである。これを繰り返しているうちに「本当の意見」を言う人が徐々に少なくなってきた。 私たちは、恐れやあきらめから、自分を守る「防衛慣例」というやりかたを、知らず知らずに身に付けてしまっているようだ。これでは「意見交換」の対話は期待できない。 「意見交換」では、自分の発言に対しても、固守せず、チームメンバーの前に出し、それを客観的に見つめ、さらに新しい思案をめぐらすようにすることにより、チームメンバー間の相乗効果を発生させることが求められている。本の中では「対話そのものに命が宿りだす対話」として紹介されている。 熟練したファシリテータがいないと、「防衛慣例」の習性から、いつのまにか、ディスカッションになってしまう。意見交換の場でのファシリテータは、対話がディスカッションになったことを指摘し、意見交換に軌道修正する技量が求められている。 チーム学習を実践する組織を育てるために、「意見交換」を可能とする環境を創り出したい。そのためにも、ファシリテーション技量を身につけていきたいと思っている。
2005/04/07
「どのように個人のビジョンが結びつき、共有のビジョンを生み出すのだろうか。 その格好の具体例は、相互に作用する光源によりつくり出される 立体画像、ホログラムだ。」 ピータ・M・センゲ著の「最強組織の法則」の中、私が共感した部分を書きだしてみた。 「共有ビジョンを築くことに力を注ぐ組織は、 個人のビジョンをつくり出すようメンバーをたえず励ます。 もし自分自身のビジョンをもっていなければ、 ほかのだれかのビジョンに『加入する』しかないからだ。 その結果もたらされるのは服従であってコミントメントではない。 これに対して、自らの進むべき方向を強く認識している人々は、 結束して自分たちが真に望むものに向かって力強い相乗作用を生み出す。」 私が育てたい人たち、そして組織は、決して服従によって成立している人の集団ではない。私が育てたい人たちは、一人ひとり、強い光を放ち、自分と周りの人たちに、ビジョンの恩恵を与えるような人たち。そして、その人たちがチームを組むと、N次元のホログラムが浮かび上がるような、未知の世界を創りだす人たち。 そこで生み出されたアイデアが、純粋な願いによって現実の社会に贈り出される。 強いビジョンを持つ人たちは、ビジョンの共有のパターンの数だけ、新しいアイデアが湧き出てくる。1+1が2ではなく、1+1が100になるような想像を越えた共振の世界が創りあげられる。 自分を振り返ってみても、ビジョンを築くことに力を注いでいる組織に所属した経験がない。組織がないのなら、自分たちで創ってしまうのが、ビジョンある人たちの行動です。 自分のビジョンを見つめるために、自分の話しをしっかり聴いてくれる、安心で安全な場を、いっしょに創ってみませんか。
2005/04/05
ピータ・M・センゲ著「最強組織の法則」第10章に、メンタルモデルの克服について書かれている。 「名案だというアイデアは、どういうわけか実行されないことが多い。 たとえすばらしい戦略であっても、実行に移されることがない。」 「心の奥底には世界の仕組みに関して深く秘められた各自のイメージが存在し、 それば新しい見識と相容れないせいで実行の段階まで進めないのだ。」 メンタルモデルが潜在的にある組織の場合、一時的に改善が行われたと喜んでいても、数年で元に戻ってしまった事例が掲載されていた。 私は、3年にわたり、異文化が共存する組織の文化融合という、風土改革に取り組んできた。成功したプロジェクトのノウハウを集めた改善手法を取り入れようとしても、すんなり受け入れられることはなかった。 「その手法が良さそうなことは理解できるけれど、 いま以上余計な仕事が増えてしまったら、開発の遅れが致命的になってしまうでしょ。」 改善を推進していると、よく言われる決まり文句である。少し前まで、風土改善を阻んでいる「何か」を理解できずに、苦しみ続けていた。 ピータ・M・センゲさんは、この反発を「メンタルモデル」という言葉で説明している。改善を阻んでいる見えない力となっている「メンタルモデル」とは、どんなものなのだろうか。 自分が理解した範囲で、事例をもとに説明してみる。 多くの人が参加している会議の中、説明が明らかに間違っていることに気が付いた。その時すぐに、「その説明について、矛盾があります。」と言えるだろうか。それとも、他の誰かが間違えを指摘するのを待っているだろうか。 私の場合、自分が発言することによって、会議の説明者との間のメンタルな葛藤を予想して、自分を抑えてしまうことが多い。それは、長い時間をかけて、自分に刷り込まれている自己防衛の習慣に思えてきた。 高度の自己防衛スキルを身に付けた、熟練した大人たちの会話の中では、お互いに自由に意見を言い合えるような雰囲気は、なかなか出てこない。ふと、「裸の王様」を思い出した。熟練した大人たちは、本当に大切なことを言えなくなっているのだろうか。 相手を変えることができないのなら、自分が変わるしかない。「裸の王様」に出てくる、無邪気な子どものように「事実」だけを伝えてみたい。 無邪気な子どものようになるためにも、自分のメンタルモデルと向き合ってみることが必要になる。自分のメンタルモデルに気が付くアイデアとして、「心の中の言葉を書き出す方法」が本に載っていた。 さきほどの、説明の矛盾を指摘できなかった時のことを例として、自分と相手の会話を紙に書き出してみる。説明者「なにか質問ありますか。」私 「データAとデータBとの関係を教えてください。」説明者「先ほども説明したように、データAとデータBは、同じ傾向を示しています。私 「同じ傾向なのですね。」説明者「はい、そのとうりです。」 では次に、この台詞に、カッコで、私の心の中の言葉を書いてみます。 説明者「なにか質問ありますか。」私 「データAとデータBとの関係を教えてください。」 (誤りに気が付いてほしいな)説明者「先ほども説明したように、データAとデータBは、同じ傾向を示しています。私 「同じ傾向なのですね。」 (よく見てほしいな。 データAとデータBは、全然傾向がちがうでしょう。)説明者「はい、そのとうりです。」私 (まあ、いいっか。) これから、自分を実験台にして、自分のメンタルモデルを分析してみることにする。いつの日か、メンタルモデルを克服することができることを夢見ながら。
2005/04/01
ピーター・センゲ著「最強組織の法則」の中で、学習する組織の5つの要素の一つとして「自己マスタリー」という言葉が使われている。 「自己マスタリー」という言葉は、個人の視野を常に明瞭にし、深めていくことを表している。本の中で説明している部分を抜粋してみる。 「自己マスタリーに、心の解明や解放を扱うものでないが、心の成長を必要とする。 それは人生を創造的な仕事として受けとめていくことであり、人生を受け身の視点ではなく、 創造的な視点で生きることだ。」 「この自己マスタリーによって二つの基本的は活動が具体化する。」 「ひとつは、自分にとって何が大切かをつねに明らかにしづづけることだ。 われわれは、この過程で突き当たる問題にあまりに多くの時間を取られるため、 そもそもどうしてその道を歩いているのかを忘れてしまう。」 「二つめは、どのうにすればいまの現実の姿がもっとはっきりと把握できるようになるか、 学習をつづけることだ。 非生産的な関係に巻き込まれることがあることはだれもが知っている。 どうしてそこで身動きがとれなくなってしまったかといえば、 何か問題がないふりをしつづけているからである。」 私は、この説明を聞いても、依然として理解できなかった。さらに読み進むと、 「クリエイティブ・テンションの原則は、自己マスタリーの中心原則であり、 このディシプリン(規律)では、あらゆる要素の中核となる。」という説明があった。 キーワードは、クリエイティブ・テンションという創造的緊張となる。 自分が考える「望ましい未来の映像」としてのビジョンをかかげ、現実とのギャップを縮めようとする力が創造的緊張の力となる。 例えば、自分が「学習する組織」のセミナーを開催している映像をビジョンとしてイメージする。100人の参加者は、私の身体から発信されるメッセージに、活性化の希望を感じる。夢のような仮想体験となる。100名の参加者に「学習する組織」の持つ力を分けてあげたい。単純かつ、明確なビジョンは、創造的緊張のアンカーとして、しっかりと根付くことになる。そして、現状の自分の姿と、ビジョンとのギャップを、どうにかして縮めるようとする力が、創造的緊張の力となる。 自己マスタリーに対する組織の抵抗についての記載があった。 「自己マスタリーのもたらすこれほどのメリットに、だれが抵抗できるというのだろうか。 ところが、抵抗感を感じている人々や組織は多い。 自分の会社の人々の全面的な発展を望む立場をとれば、従来の従業員と組織の契約関係から、 根本的な飛躍を遂げることになる。 いくつかの面では、伝統的なビジネス習慣からのもっとも過激な離脱となる。」 このような創造的緊張を続けていると、不安になることが予想される。 「目標が高すぎるのではないか。」 「自分には達成できないのではないか。」 「職場から抵抗されるようなビジョンを持ち続けていいのだろうか。」 そんなネガティブな感情に負けてしまうとき、安易な行動は、ビジョンを「現実的な目標」に置き換えてしまうこと。自分のビジョンをあきらめて、少し高めの目標に向かって行動を進めていく。この状態で、創造的緊張は、かなりゆるんでいる。さらに、実現可能な目標まで下げることにより、安心感と一時的な成功を手に入れようとする。創造的緊張は、伸びきったゴムのように、力なくゆるんでしまう。現在の開発現場における、伸びきった緊張感とつながるものがあるように感じる。 個人のビジョンとか直感を、評価することが可能だろうか。自己マスタリーの効果を定量的に測定しようとする伝統的ビジネス習慣そのものが、自己マスタリーに対する抵抗となりえる。 未来のリーダたちが、日常の生活の中で自己マスタリーを育もうとする場合、必要となるのが、「ビジョンを自由に語る環境」の整備である。通常の会議、会話の中で、ビジョンを語ることについて、強い抵抗を感じる人が多い。 コーチングのように、安全で何でも話せる場を用意し、その中で自分の中にある本当のビジョンを語り、自分のやりたいことを再認識してもらうことを、一つのアイデアとして提案したい。私は、ビジョンをもった人たちが、創造的緊張を持ち続けることができるよう、継続的に支援していきたいと考える。
2005/03/30
「数年前までは、1年以上かけて、じっくり作っていたんですが、 最近は、6ヶ月ごとに製品を出すことを要求されているんですよ。 前の製品で、少しでも障害があった場合、その影響が次の製品の開発のリソースを 奪ってしまうのです。 これでは、開発のスキルを身に付けたくても、時間を作ることができません。」 あるソフトウエア開発者にインタビューしたときの回答をご紹介しました。 製品出荷サイクルの短縮化によって、開発者の作業負荷に影響がでてきている。さらに、新しい技術、知識の更新スピードが高まり、保有している知識・ノウハウの陳腐化が早まるという現象が発生している。教育に関わる支援をしていても、技術の高度細分化により技術をマニュアル化して伝承することが事実上不可能になっている。 過去から続いている、統一性、効率、秩序かを重視していた、統合する組織では変化の激しい分野では変化に対応できなくなってきている。そこで、それぞれの組織で自立的に変化を先取りして、価値を創造している「学習する組織」が求められるようになってきた。 「学習する組織」が注目を浴びている背景には、MIT(マサチューセッツ工科大学)のピーター・センゲが1990年に著した「最強組織の法則」(The Fifth Discipline)という本がある。その本の中で「管理する組織」と「学習する組織」との土台から区別するものとして、「学習する組織の五つの鍵」というものが提唱されている。本当の意味で「学習する」ことができ、能力をたゆまなく向上させて最高の夢を実現できる組織をつくるうえで、不可欠な要素が抽出されているのである。 学習する組織の5つの要素は、「シシテム思考」「自己マスタリー」「メンタル・モデルの克服」「共通ビジョンの構築」そして「チーム学習」という構造から成り立っている。それぞれについては、個別に紹介していくが、重要なのは、これら5つの要素が、ひとつのまとまりとして前進することが肝心となる。その意味で、「システム思考」は、他の4つの要素をまとめる働きをする。 「チームワークづくり」と称して同僚で自然体験に出かけても、いざ職場にもどり、仕事上の問題に直面すると、根本的意見の相違によりコントロールドラマを行うことに変わりがない。危機的状況にあって、組織一丸となって問題の解決にあたったとしても、通常の業務にもどると、やる気が蒸発してしまう。異常な売上でスタートしたプロジェクトでも、顧客や社員のためを思う立派な意図があったとしても、いつのまにか意気消沈して、やるきがフェードアウトしてしまう。「システム思考」だけで、これらの状況を改善しようとした先任者たちは、「システム思考」が受け入れられための、土台となる環境整備の必要性を実感したようである。 学習する組織を実現するために、5つの要素は、どれ一つをとっても欠かせないものであるようだ。そして、全身全霊をもって、生涯そのプロセスを継続し、成長していく組織だけが手に入れることのできる、究極の組織のあるべき姿なのかもしれない。 まずは、これらの5つの要素を自分なりに理解し、ともに研究する仲間と刺激しあいながら、自ら「学習する組織」を構築してみることが必要だと考える。すでに世界中で「学習する組織」について、研究が行われている。すでに1997年には、MITにて組織学習教会が出来上がっている。自分自身が、このような動きに気が付いていなかったことに反省するとともに、形式的な改善を実際に推進し、実装し、手法に対する限界を感じている今、もう一度基本に立ち帰り、「本当の学習」ということについて、じっくりと調べ上げることにした。 すでに改革の余波が、海外から日本に押し寄せてきている。今の技術だけで、ここ数年後の開発革新に立ち向かうだけの活力を生み出すことができるのだろうか。私は危機感を感じている。
2005/03/28
とても多くの人に、僕の日記を読んでいただいたこと。とっても感謝しています。ようやく自分のやりたいテーマを見つけることができました。一つ目は、情熱引き出す発問力二つ目は、子どもに関わるすべての人が心開いてほしい実際、日記のページを2種類開設しました。☆発問力に情熱こめてhttp://plaza.rakuten.co.jp/hatsumon/☆子どもたちとの虹のかけはし http://plaza.rakuten.co.jp/kodomononiji/このページへの日記の投稿は、今日が最後です。自分を育ててくれた、皆さんに感謝しています。ぴょん☆
2004/07/25
昨日の日記に書いた自分の言葉。 「情熱を携えて、外にとびだすこと。 自分の行動範囲の外に飛びだすこと。 そして、経験という自分の資産を、メッセージにして伝えること。」 「自分の行動範囲」って、何だろう。今日一日、自分の動いた線を、空想の地図に描いてみる。起点は家庭。毎日同じ通勤経路。同じ喫茶店行き、同じ会社に行く。事務所のなかで、チョコチョコ動いて、そのまま有楽町に出てきた。毎週木曜の行動パターン。 自分で決めた行動範囲だけれど、同じパターンになっている。どこかで外に飛びだしてみたい。でも、何のために外に飛びだすのだろう?新しい景色を感じるため?新しい本に出会うため?いや、違う。新しい繋がりを増やすため。 自分の情熱を感じてくれる、同じ心の人に出会うため。いま、確信した。必然的な偶然の出会いがあること。感受性をレベル10にすると、偶然の出会いがやってくる。 自分の直感を信じて、自由に行動範囲を広げてみることにする。 自分の直感を信じきることが必要。先週土曜、横浜関内で、喫茶店を探した。友達から静かな喫茶店の名前だけを教えてもらった。なにも考えないで、ひたすら探しまわった。しかし、見つからなかった。 あきらめかけたとき、ふと、自分の直感を信じてみることにした。じっと感覚を静かに開き、気になる方角に足を運んでみた。さっき通りすぎた道から、中華街に向かう道に入ってみる。どんどん進んでいくうちに、おしゃれな店に気がついた。店の名前は、フランス語で書いてあった。でも、そこは、紹介してもらった店だった。 ほんの少し、自分の感性レベルを10にあげて、身体の感じるままに動いてみること。新しい発見に繋がる楽しい経験。 情熱と直感をレベル10に上げてみることにする。
2004/07/22
昨日の日記に書いた自分の言葉。 「一人ひとりの心のなかに情熱をよびさましたい。 人と人との心の繋がりによって、よびさまされる心の炎。 その炎が、100年燃えつづけ、そして次の世代に伝承される。 永遠の心のともしび。」 この言葉をさらに掘り下げてみる。 「情熱」とは、どんなものだろう。自分の中で沸き起こる「熱い」もの。その思いを外に出すほどに、どんどん思いが強くなっていくもの。 情熱のある人の側にいると、その思いに引き寄せられてしまう。心地よい磁石のような引きつける力が及ぶもの。 究極の情熱は、我が身を提供して、その思いを達成しようとする真髄からの叫び。思いが強いほど、他の人からは、迫害をうけるもの。思いが強いほど、同じ思いの人を、引き寄せるもの。 周りの人と、さしさわりなく暮らしたいと思っていると、情熱は殻に閉じ込められてしまう。さしさわりなく暮らす方が、楽だから。楽しくはないけれども、楽だから。 外に出るのが恐い子どもは、いつのまにか、弱い子どもになってしまう。すり傷しても、外で自由に遊んでいる子は、いつのまにか、怪我をしない、強い子どもになっていく。 自分から外に出ていくこと。そして、すり傷を受けること。その経験を周りの人に伝えること。自分の情熱と、外の出来事の魅力によって、他の人が、外にでる一歩を踏み出せると幸せ。 いまの自分にできること。情熱を携えて、外にとびだすこと。自分の行動範囲の外に飛びだすこと。そして、経験という自分の資産を、メッセージにして伝えること。 自分の言葉を探す旅、いっしょに出かけてみませんか。
2004/07/21
昨日受けたキャリアカウンセリングの中で、自分を失ってしまった。 決められた仕事の種類に、無理やり自分を押し込めようとしていた。表面的には自分のオリジナルを出そうと、あがいてみたけれど、所詮は自分の肩書きを求めていた。 肩書きを手に入れてから行動してみようという、甘い考えが自分のパワーを弱めていたことに気がついた。友達のなおとさんの言葉で気がついた。立ち止まったとき、いつも助けてくれる、なおとさんに感謝。 加藤諦三著「行動してみることで 人生は開ける」からのメッセージ。 「行動を阻害されている人のパターン」 「自己中心の人は、たとえば、『食事とはこうするものだ』とか、 『文章とはこういうものだ』とか、固定した観念にとらわれている。 文章にも難しい文もあれば、易しくて楽しい文章もある。」 「しかしそのものに応じて意味を認められず、 『文章とはこういうものだ』という固定観念を持ち、 自分とは違う他人の生き方を認めることができない。」 「社会人は、安定した組織に所属して、その組織のためにつくさなければならない。」という自分の固定観念を、今日から捨てることにした。自分は、自分の能力を、会社、そして社会に提供していきたい。自分にとって、所属とは、連絡先のようなもの。自分の能力を必要としている人には、惜しみなく貢献していきたい。 どこの職場にいようと、自分の目指す夢はいっしょ。一人ひとりの心のなかに情熱をよびさましたい。人と人との心の繋がりによって、よびさまされる心の炎。その炎が、100年燃えつづけ、そして次の世代に伝承される。永遠の心のともしび。 パワーが戻ってきました。僕の日記を読んでくれている人、全員に感謝。
2004/07/20
「明日の自分は、今の自分より、成長していたい。」「どんな成長?」と聞かれても、今は分からない。明日出会う人との話しの中、どんな気づきがあるかわからないから。 今日は、同じ会社のコーチ推進者と10秒ほど話しをすることができた。沼津の会社に戻る途中、僕の携帯電話に連絡をいれてくれた。雑音のなか、その人の声が鮮明に聴き取れた。同じマインドを携えている仲間の声だった。 渡辺和子著「信じる『愛』を持っていますか」のなか、柔軟性について記載している部分がある。 「逢うごとに何か新しいものを感じさせる人、 一点にいつも静止していないで、 考え方、物の見方、受けとめ方等に柔軟性があり、 ステレオタイプというか、決まりきった型にはまってしまっていない人、 こういう人とは逢っていても面白いし、逢うことが楽しみになる。」 自分のありかたに、少し迷いがあった。一つのことに注力しなければいけないというような固定観念が、自分を縛っていることに気がついた。 人と出会いから新しい刺激をうけると、そのことに夢中になってしまう。小さな子どものときから変わらない自分の性格。 いろんなことにチャレンジして、自分なりの技術を身につけてしまう。でも、一点に静止しないといけないという思いがつきまとわっていた。 明日からは、自由人でいることにする。逢うたびに、新しいものを感じさせるような、柔軟性を発揮できる体質にしていきたい。 いろんな技を、自分なりに融合して、新たな型をつくっていきたい。教育、コーチング、キャリアカウンセリング、ファシリテーション、いろんな技を自分なりの流派として、確立することにチャレンジしてみたい。 常に成長するためには、動き回ること、そして、柔軟に行動することを心がけていきたい。
2004/07/19
今日は、幼稚園と教会合同の「納涼会」の日。僕は、テントの設営係り。【午前11時】 テントの設営を手伝って、家に帰ろうとしたとき、 中留さんに、出会った。 中留さんは、納涼会で、やきそばを焼く係りです。 お話をしているうちに、中留さんの、心に触れて、 僕も、やきそば屋さんの手伝いがしたくなりました。【午後4時】 やきそば屋さんの手伝いを始めたときに 佐野さんに出会った。 佐野さんは、やきそばの焼き方を、 僕だけのために、 一つひとつ丁寧に教えてくれた。 教えられた通り身体をうごかすと 美味しいやきそばが、ちゃんと出来ちゃうんです。 夢中になって、やきそばを作り続けました。 【午後8時】 納涼会終了。 お手伝いの人達の懇親会に参加。 70歳以上の方が10名 僕より年上の方が 4名 みんなが、僕を、受け入れてくれているのを 肌で感じとりました。 パワーあふれる、お年寄りの方々は、 一人ひとり、とっても輝いていました。【午後9時】 やきそばの作り方を教えてくれた佐野さんは、 とっても嬉しそうでした。 そして、帰りがけに 僕に握手を求めてきたのです。 僕も両手で、佐野さんの手を包み込みました。 「子どもとお年寄りの虹のかけはし」最初の一歩は、4月24日http://plaza.rakuten.co.jp/csfcw/diary/200404240000/ 「子どもとお年寄りの虹のかけはし」二歩目は、7月17日 虹の完成に向けて、一つひとつ歩みはじめているところです。
2004/07/17
一年の初め、元日の日は新鮮な気持になれる。それは、356日に一回の日。 一ヶ月の始め、カレンダーをベリベリっとめくるとき、新たな気持になれる。それは30日に一回の日。 一週間の始まり、月曜日は、なぜかワクワク感がない。7日に一回の日。 これらの周期は、すべて人間が決めたこと。 その習慣に合わせているだけ。 一日の初め、太陽が昇り、真っ暗な夜が明ける。1日に一回のこと。この周期は、人間が決めることができない、自然の周期。自然の周期で生きること。本来の人間の周期。 大田典生著「人生で大切なこと そうでないこと」に、笑って生きる朝、昼、夜のコツが書いてあります。 「今日が人生の最初の日と希望を持ち、 今日を人生の最後の日と思って努力し、 降っても照っても、今日を最高の一日としたいものです。」 「朝、起きたら、髭をそったり化粧をしたりする前に、 鏡に向かってニッコリ笑って、 『今日一日、この笑顔を崩すまいぞ』 と自分に誓いましょう。」 「日中は、どんなことがあっても良い面だけを見て ニコニコと笑って過ごしましょう。」 「夜には、その日出会った楽しかったこと、 うれしかったことだけを日記に書きとめましょう。 楽しかったことがどうしてもなければ、 『だから良くなる』 と一言つけ加えます。」 今日一日だけのことを考えて生きることは、とってもシンプルで楽なこと。朝から夜まで、楽しいことだけに意識を向けることは、自分にとっても、周りの人にとっても幸せを導く習慣。 今日しかない、今しかないと思えると、心の奥から勇気が沸き出てくる。 今日が人生の最後の日そして、明日は、さらに楽しい人生の最初の日。
2004/07/16
「教える技術」という言葉から、どんなことを連想しますか。教師、教授、塾講師。いろんな教える仕事を連想することができます。もっと身近に、会社の部下、子どもといった1対1の関係でも教える技術は必要になってきます。 自分の中に、教える知識があっても、相手が自分を受け入れてくれないときは、知識がぜんぜん伝わっていきません。知識以外に、なにが必要なのでしょう。 戸田昭直著「相手がわかるように教える技術」に、積極的傾聴と教える効果について書いてあります。 「部化との心が通い合うコミュニケーションがあれば、 教える効果は倍増します。 そのためには、部下を尊重し、 彼の話しを徹底して聞こうとすることが大切です。 多くの場合、話し手は言いたいことを部下に伝えることに 集中してしまって、部下の反応を観察したり、 気持を理解することを忘れてしまう傾向があります。 部下の立場になり、その気持を積極的に理解していこうとする姿勢を 積極的傾聴といいます。」 いままで、傾聴は相手の能力を引きだす技術と理解していました。戸田さんの本を読んで、教える側の姿勢が開かれていれば、教育も効果的なことに気がつきました。 自分自身のなかに、ティーチングよりもコーチングが良いという固定観念ができていました。でも、今日からは、コーアクティブ(協働的)ティーチングという、新しい概念を研究してみることにします。 教える人と教わる人が、同じレベルで寄り添って、意図的に協調しながら、お互いに高めあっていく技術。コーアクティブ・ティーチングは、ここから始まります。
2004/07/15
自らの本質に気がついた人は幸い。そして、その人の本質に触れることができた人も幸い。コーチング演習の中で、コーチ仲間の本質に触れる「場」を体感した。今思い出しても、涙が出てくるような、感動のシーンだった。 一人ひとり、声のパワーは違うけれど、言葉に込められたパワーは、地球を飛び越えていた。 「人間って、こんなに強くなれるんだ。」 その力をよびさましたのは、その人自身の気づき、勇気、ミッション、そして、側にいて言葉をかけてあげるコーチの言葉。 有田芳生著「「コメント力」を鍛える」に「言力」という表現を発見した。 「この『言力』のパワーは日常の生活にも当てはまる。 たとえば、一生懸命に考えて、素晴らしいことを話したとしても、 それが相手の心に深く響くかどうかは、言葉の選択、アピールの仕方、 演出力など、総合的な力が必要だ。 しかも発語者が相手に信頼されているかどうかを条件に加えれば、 それまでに培われた人格全体が説得力の根拠となる。」 素晴らしいと思ったことが、なかなか人に伝わらない。そのことは、自分の価値観と共振しているだけ。人それぞれ、価値感が違うことを、芯から理解すること。そして、相手の価値観を感じ、その価値観に響くような言葉を選び、発信すること。 相手の言葉を受取り、その言葉の先にある「なにか」を引き出す質問をする。身体が言葉を選んでくれるようになる。きっとなる。 相手の心に深く響く言葉を選択できたときは幸せ。相手の考えが、一気に上に昇っていくから。 良い意味でも、悪い意味でも、言葉には大きなパワーが秘められている。不用意に、悪い言葉を使わないように意識している。そして、不用意に、良い言葉を使うように意識している。 言力をおしみなく使ってみませんか。
2004/07/14
「ハチマキ、落としちゃった。」 「お父さん、もらってきてよ。」 6歳になるエミは、お祭りのときに、係りの人から受取ったハチマキを落としてしまった。そのハチマキがないと、おみやげの「お菓子詰め合わせ」と交換できないことになっている。 大人だったら、次になにをすれば、ハチマキが手に入るかを経験で知っている。でも、子どもにとっては、始めての困った体験。あなただったら、どうしますか? ダナ・カストロ著「あたなは、子どもに『死』を教えられますか?」に、行動戦略という言葉がのっています。 「幼児期において、子どもの感情や親子の関係を調整したり、 管理したりすることは、大人が責任をもてやるべきことです。 成長するにしたがって子どもは、大人に助けられながら 人間関係のモデルを自分のものとしていきます。 子どもは少しずつ、自分の必要を満たすような行動戦略を 自分一人でとることができるようになっていきます。 さらに、複雑な状況を想定し、対処するための方法を 考えていけるように成長していきます。」 人間関係のモデルを自分のものとしていく経験。事件が起きたときがチャンスです。 ハチマキ事件の時、私がとった行動。ぴょん☆:「お菓子もらえなくて、悲しいのは、エミだよね。」ぴょん☆:「お父さんは、ハチマキもらいにいかないよ」エミ :「どうすればいいの」ぴょん☆:「どうすればいいと思う?」エミ :「やくいんさんに、おとしたこといってみる」 そして、エミは、あわただしく動き回る役員の人達を、じっと観察していた。そして、話しを聞いてくれそうな人を見つけ、駆け出していった。 ハチマキを手にいれたエミは、とっても嬉しそうだった。そして、少し自信がついたように見えた。 行動戦略を子どもに覚えさせるチャンスは、いろんな時にやってきます。大切なことは、大人の心がけのように思います。
2004/07/13
「わたしのスコップ、とらないで!」 「やだ、つかいたいもん!」 砂場でいっしょになった子どもと、あたなの子どもがケンカを始めたらどうしますか。そのまま見ていることができますか。自分の子どもとケンカをしている、相手の子どもの親のことが気になりますか。相手の子どもの親が、知り合いだったとき。全然知らない人だったとき。あなたの態度は、変わるのでしょうか。 ドルシー・ロー・ノルト著「子どもが育つ魔法の言葉 for the Heart」のなか親のありかたについてメッセージが書いてあります。 「子どもが自分なりに考えて工夫できるように、親は見守りたいものです。 人を頼らず、必要なときにだけ、助言や助けを求められる子になれるように、 親は代わりにやってしまうのではなく、 子どもが行き詰まったときに別の見方や考えるヒントを与えてほしいいのです。 待ってあげてほしいのです。 子育てとは待つことだとも言えるでしょう」 母性愛の強い親にとって、待つことはつらいものです。私は父親なのですが、母性愛が強いと自他ともに認めています。「替わってあげれるものなら、子どものために替わってあげたい」と思ってしまうのです。 しかし、替わることは、親が子どもの経験を奪ってしまうことに気が付きました。子どもの間での小さなケンカは、そのうち収まります。そして、なにごともなかったように、また遊び始めるのです。小さなケンカを通して、子どもたちは、身体のぶつかり合い、体感するコミュニケーションを身に付けているのです。 見守る子育を、少しずつ始めてみませんか。
2004/07/12
キャリアカウンセリングを受けて、自分で感じたこと。それは、自分の思考方法の乏しさ。教育者になりたいという目標に向かって、最短で、効果的なルートを探してしまう。 いままでのエンジニアとしての習慣が、結論を一つに絞ることに向かわせてしまう。その思考過程でいろんな可能性を摘み取っている自分がいる。 グレッグ・ヒックス&リック・フォスター著「ハッピーな人々の秘密」のなかに、ハッピーな人の思考方法について記載されている部分がある。 「旅行やその他のことについて決断するとき、 私たちは、ふたつの異なる思考法を使っています。 ひとつは、集中的思考法で、最後のひとつになるまで、 すばやくいろいろな可能性を消去していくやり方です。」 「ハッピーな人々は、心の中に結論をひとつだけ思い浮かべてしまうのではなく、 多くの見通しを考慮に入れる拡散的思考法を使います。 」 「ハッピーな人々は、私たちにこう言いました。 『結論はおのずから出てくるものなのです。』」 そうです。 可能性に対して、欲張りになりましょう。タイを釣りに船で出かけることになったとき、エンジニアの私は、タイを釣るための道具、えさ、釣り方の技術を研究して、最適の準備だけをしていきます。 でも、拡散的思考を取りいれると、いろんなことに好奇心がでてきます。たとえば、タイの他に、どんな魚が釣れるのか。どんな人といっしょに釣りをするのか。タイが釣れたとき、その場で食べる方法。 タイの好きなエサを、船の上から捕まえる方法。いろんなことを考えていくうちに、ワクワクしてきました。 「ハッピーな人々のタイ釣り騒動記」を書きたくなってきました。みんなに紹介したくなるのが、僕の本質の部分なんですね。 可能性を摘み取ることではなく、可能性を育てることに、目を向けてみませんか。
2004/07/11
「人という字は、二人が支え合っている字なんです。」漢字に詳しい神父さまの話しに出てきた言葉。頭では理解しているけれど、どうしても自分一人で、なんでもやり切ろうと頑張りすぎてしまう。自分の欠点でもあり、また好きなところでもある。 先月から、少しずつ、変えていく勇気をもてた。友達に協力を求めたり、先輩に相談したり、いろんな形で、自分の弱さを外に見せるようになってきている。この「ありかた」が、まわりの雰囲気に力を与えることにも気が付いた。 植西あきら著「強い自信がみなぎる本」のなか、「支え」ということについて、記載されている。 「サポートをうけるのに遠慮はいらない」 「家庭生活も、そうかもしれません。 あなたを支えてくれている妻、あるいは夫の理解と協力がなければ、 幸福な家庭など築けません。 子供を立派な人間に育ていくとこなどできません。 パートナーの協力なしに、いくら一人がんばっていても、 幸福な家庭は築けないのです。 自分一人だけでどうにかできると考えてはいけないのです。 それは失敗のもとです。 自分に自信を失ってしまう原因になるのです。」 協力という漢字のなかに、「力」という字が4つも入っている。一人の力では、とうてい達成できないようなことが、みんなの力で達成できることを暗示している言葉。 昔々、「協力」という漢字をつくった人は、どんな思いをこめて、この漢字を後世に伝えようとしたのだろうか。漢字の文化を受け継いでいる、私たち。昔々の人達の暗黙の知恵を伝承していることに喜びを感じる。 自分の弱さを、おもいっきり外に見せてみませんか。
2004/07/08
「発問力」に興味をもっている。質問することによって、相手の人が深く考えるような言葉。コーチングのワークショップを通じて、自然に身体に染み込んだ力だけれど、その力をもっと強くしていきたい。そして、発問力のつけ方について、みんなに伝えていきたい。 表面的なコミュニケーションでは、いつも空虚感に襲われてしまう。もっと、本質を話しあい、お互いに気付き、お互いに成長しあうこと。コーアクティブ・コーチングで手に入れた宝物のような経験を、みんなにも伝えていきたい。 齋藤孝著「教え力」のなかに、教える現場の基本的な段取りがのっています。 「現場での基本的な段取り、シナリオというものを 押さえておく必要があるでしょう。」 「(1)アウトライン(目的やねらい、ゴール)を説明する。 (2)やらせてみる (3)見本(お手本)を見せる=違いを認識させる (4)もう一度やらせる (5)反復練習させる。」 「何かと何かを比較させるというのが絶対失敗しない教え方の王道です。 比較すると『気付く』ことが容易になります。 学ぶ側に『気付き』がない教え方ではいけません。」 頭で考えていても、発問力はついてこない。誘導質問みたいな、後味の悪い問いとなってしまう。頭で考えないで、感じたままを質問してみる。そして、質問された人のフィードバックをもらう。お手本として、深い質問を使ってみる。そのときの相手の反応を身体で感じ、「コツ」のようなものをつかんでいく。 反復練習することによって、だんだん自分のものになっていく。 これなら、みんな出来るようになるよね。
2004/07/07
「メガネザル」小さなころの僕の呼ばれ方。目が悪く、小さなころからメガネをかけていた。 小さなころから、柔道とか空手とかの武道にあこがれ、通っていた時期もある。あのリンとした気迫が好きだから。でも、メガネを外すと、0.02という視力になってしまう。大人になって、コンタクトレンズを作った。でも、眼科の先生は「強度の近視なので、衝撃で網膜剥離になりやすいですよ。」と言う。衝撃のある武道は、あきらめるしかなかった。 グレッグ・ヒックス&リック・フォスター著「ハッピーな人々の秘密」のなかに、自分を哀れむことについて記載されている部分があった。 「自分を哀れむことで、無駄に費やした日は一日もありませんでした。 困難な出来事はだれのもとにもやってきます。」 「感情も、経験も、決断も、リスクも、すべて私のものでした。 私は、病気を認め、そして受け入れました。 しかも自分が納得してこの状況を乗りきったことで、 より充実したより健全な気持になることができたのです。」 昔、自分の目の悪さを哀れんでいた。そして、目が見えなくなっても仕事ができるようにと、ブラインドタッチの練習をしていた。 でも、今は、現在が全て。今の自分の目の悪さ、身体状態、外部環境を、現実のものとして受けとめる。 過去も未来も考える余裕はない。今の瞬間に、自分がしたいことを、力いっぱいする。 場あたりてきでもいい。計画性がなくてもいい。そんなことにこだわっていたら、いつまでたっても決断できな。 自分に与えられた環境で、自分が納得する成果を生み出すこと。そして、未来に向けて、その力を継続していくとこ。 自分を哀れむことを、少しだけやめてみませんか。
2004/07/06
「だって、時間がないんだもの」 「あの人が、しっかりしてくれれば、いいんだけれど」僕が好きだった言葉。そう「言い訳」。言い訳だけを1日一杯続けてみた。その日手に入れたものは、空虚間。言い訳だけで、自分の殻をつくってみても、なんにも生まれてこない。生きるパワーさえ奪われてしまう。その日から、言い訳が大嫌いになった。 グレッグ・ヒックス&リック・フォスター著「ハッピーな人々の秘密」のなかに、自己防衛について記載されている部分があった。 「子どものころに身につけた自分を守るための独自のやり方である、 自己防衛のシステムを身につけています。」 「私たちがはるか昔に築いた感情の壁なのです。 壁が高ければ高いほど、自分が傷つくことも少なくなるのです。」 「私たちの多くは、防御を完璧にすることに一生を費やしています。」 「ほんとうに幸せになりたいと思ったら、 防御的な態度をできるだけ減らしていく必要があります。」 このメッセージは、自分の心に素直に入ってくる。質問を考えてみた。◆あなたが、もっとも多く自己防衛を使うのは、どんなときですか?◆相手のどんな行為が、あなたの自己防衛の反応をひきおこすのですか?◆自己防衛が出ている自分と、なりたい自分との差は、どんなことでしょうか?◆自己防衛を少しでも減らすために、あなたはどんなことをしてみたいですか? 自分にとって、コーチングを学ぶことは、この自己防衛を減らすことに効果的だった。人の話しを、心揺らさずに、積極的に傾聴し、自分自身をさらけ出すことができるようになったんだもの。心から感謝。
2004/07/05
古本屋で出合った一冊の本。350ページの厚さの中、いろんな冒険がありそうで、いまからワクワクしています。 グレッグ・ヒックス&リック・フォスター著「ハッピーな人々の秘密」の冒頭に、「最高にハッピーな人の9つの選択」が書いてあります。その9つの選択をもとに、9つの質問を作ってみました。◆幸せになりたいという意欲を、身体で表現すると、 どのような動作になりますか?◆自分の行動を決める時、ゆずれない判断基準は何ですか?◆今日学んだことは、あたなの行動にどのような影響を与えますか?◆今日一日の中、「あなたに幸せを与えてくれること」のために、 どのくらい時間を割り当てましたか?◆5年後のあなたは、どのような生活をしていたいですか?◆あなたが行って見たい場所にたどり着くための方法を10通り教えてください。◆他の人に感謝する経験は、あなたに、どのようなものを与えてくれますか?◆あなたにとって「見返り」という言葉は、どのようなものですか?◆あなたが、自分自身の心に正直になれない時は、どのような時ですか?この質問に対する私の回答は、メールマガジン「気づきを生み出す1000の質問」中で、ご紹介していきます。みなさんが、いつも「幸せの状態」でありますように。
2004/07/04
「ガラスの淵、ちょっと欠けちゃった」 いままで大切に扱っていたのに、いつのまにか、ほんの少しだけ、欠けてしまったガラスの器。 いままで、そっと扱っていた大切な器なのに、ほんの少しの傷があるという理由で、捨てられてしまう。大量消費と完璧を目指した時代の影響なのでしょうか。 乙武洋匡、日野原重明著「27歳の決意・92歳の情熱」の中の言葉をご紹介します。 「いままでは何ら欠陥がない優良児を理想的なものと 考えていましたが、ハンディキャップや病気があっても その人がヘルシーと感じることが何よりで、 自分がヘルシーだと感じておれば、誇らかに自分を顕示することができる、 それが最高の健康じゃないかというふうに、 だんだん自分のヘルスの定義が変わってきた。 そう考えると、色々なハンディキャップや病気を抱えていても、 非常にさわやかに生きることができると私は思うんですね。」 人それぞれ、いろんな不自由さをもっている。人それぞれ、いろんな傷をもっている。理想的な健康を基準にすると、その差にやるせなさを感じてしまう。それは、基準が自分自信ではなく、外の基準を気にしているから。完璧な状態が、あるべき姿と錯覚しているだけ。 大切なのは、外見ではなく、器の本質。ガラスの色合いから感じることができる、その器だけにしかない質感。 器の本質を理解している人には、外見の傷は目に入らない。 器の本質を、周りの人に気が付いてもらうこと。そして、自分自信の本質を、自分自信で誇りに感じること。 とっても素晴らしい本質を持っているのに、自分で気が付いていない人が、たくさんいる。僕は、一日も早く、気が付いてほしい。 そのためにも、話しを聴いていきたい。 その人が、自分の本質に気がつき、さわやかに生きることができるように。
2004/07/03
心のなかで「このことについて、聞いてみたいな」と、ふっと思いつく。そして言葉に出してみる。 コーチングを学ぶ前は、「聞いてみたいな」と思っても、言葉に出せなかった。なぜなら、自分の直感を信じていなかったから。 菅原裕子著「コーチングの技術 上司と部下の人間学」のなか、共感する部分があった。 「コーチングにおいて、直感ほど役に立つものはない、 と私は思っています。 なぜなら直感が、相手に何を質問すればいいのかを教えてくれるからです。 どのようなときも、相手に対して新鮮な関心を持って向き合ってみてください。 それは、自分の無意識を信頼した状態でもあります。 無意識を信頼するのは、 『既に相手に関する必要な情報を持っていて、 必要なときには意識にのぼってきてくれることを知っている』 状態です。」 コーチングを学び始めたときは、スキル本を片手に、「どんな質問すればいいのかな」と不安でいっぱいだった。頭で記憶した質問を探ってみては、自己嫌悪におちいっていました。 116時間というコーチングのトレージングは、この迷いを取り去ってくれたのです。ただ、相手の前に座り、意識を相手に向けるだけ。そして、少しだけ話しをしているうちに、ふっと「このことについて、聞いていたい!」という強い衝動がこみあげてくる。 菅原さんの表現では、「無意識から意識にのぼってくる」という部分です。 「なぜ、その質問を突然したの?」と聞かれても 「ただ、なんとなく、聞いてみたかったから」と答えている。 相手の話しを耳だけではなく、全感覚を使って聴いているうちに、敏感になっただけ。だれもが生まれ持っている感覚。ただ、それを使わないうちに、動かし方を忘れてしまっているだけ。 自分の無意識、そして感性を信頼してみませんか。
2004/07/02
「今まで、考えたことなかった。」自分の頭の中で、一つの考えがグルグル空転していたときに、友達から問いかけられた深い質問。その質問をきっかけとして、新たな行動を起こすことができた。 「質問」は、不思議な力を持っています。言いまわしを、少し変えるだけで、相手の受取り方が全然ちがうのです。 気軽に使っている「質問」だけれども、無限の力を持っていることに気が付きました。 多くの情報を瞬時に処理する能力を身に付けても、それは頭で処理しているだけ。一つの問いをじっくりと考える能力とは別のものです。目には見えない固定観念が、社会のリズムを乱しているように感じています。 一日30分でいいんです。自分の心のリズムで、自分のために時間を使うこと。私は、その時間を大切にしています。 スピーディに会話しているうちに、表面的なコミュニケーションをする習慣がついてきます。会話の量は膨大でも、空虚感を感じてしまう。1日テレビを観て過ごしたあとの、虚しい感覚に似ています。 私の定義として「浅い質問」とは、すぐに頭で回答できるような質問を表します。本人でなくても、周りの人が知っているような内容を聞く質問です。たとえば、 「あなたの職業は、なんですか?」 「はい、教育関係に従事しています」名刺をみれば、分かるような質問です。 「深い質問」って、どんなものでしょう。 「教育を仕事として選択したことによって、あなたは何を得ましたか?」 自分の心、記憶、感覚にアクセスして、答えを創り出そうという反応が起きます。 とまどいが起きるかもしれません。そして、深い質問に答えることが出来たとき、自分の中の「なにか」が変わり始めるのです。
2004/07/01
「質問力勉強会」を開催することになった。毎週1回、有楽町のROYAL CAFETERIAを拠点として、「質問力」をテーマとした勉強会を企画することにした。 今日は第一回目の勉強会の日。 参加者は、私一人。自分と向き合い、セルフコーチングを行った。 自分のテーマ「メールマガジンの発行」について考えてみることにする。◆あなたは、メールマガジンを発行することによって、何を実現しようとしているのですか? メールマガジンを読んでくれる人の中に、 新しい気づきを生み出したい。◆メールマガジンは、だれに向けたメッセージですか? 自分の力を出しきっていない人に向けたメッセージ。 あなたの力は、そんなものですか? 私は心から信じています。 あなたの力が無限の可能性を秘めていることを。◆メールマガジンを書く時に、一番大切にしてることは、何ですか? その瞬間に、自分が伝えたいことを、 心を込めて表現すること。◆あなたにしかできない、メールマガジンとは、どのようなものですか? 言葉に、暖かなパワーを織りこむこと。 コーアクティブ・コーチングマインドを伝えること。◆あなたにとって、質問力とは、どのようなものですか? 心に響くような深い質問をする身体になるために、 手に入れたい力。 永遠のテーマ。◆読者との繋がりは、どのようにして実現しますか? プライベートな内容は、メールをもらって、それに回答する。 「質問力勉強会」に参加していただき、 直接問いを投げかけてくれると、もっと嬉しい。 メールマガジンのコンセプトが固まったところで、今日の「質問力勉強会」はお開きになりました。 来週の勉強会でお会いできたら幸いです。
2004/06/30
「あなたがコーチングを学んでいる目的は何ですか」ソフトウエア技術者の私がコーチングを学んでいることを、不思議がる人が多いようです。ソフトウエアの世界で20年過ごしてきました。自分の思う通りのプログラムをつくる喜び。そして、自分の考えた通りに動き出す時の喜び。とっても楽しい仕事です。 でも、ある日、ふと気が付きました。自分のつくりだしたものって、何だろう。瞬間的には人の生活に安心を与えたけれど、時代の流れのなか、1年前につくりだしたものは、もう存在しない。まさに消費され、捨てられている。自分の存在意義のようなことまで考えてしまう。 植西あきら著「強い自信がみなぎる本」のなか、私自身が共感する部分があった。 「『生きる目標がみつからない』という人は、多かれ少なかれ、 『自分の目標』というものにこだわりすぎているのかもしれません。」 「彼がいう通り、『他人の目標』のために尽くす、 という生き方もあるように思うのです。 自分の幸せのためではなく家族の幸せのために、隣人のために、 その他もっと多くの人のために、ひいては世の中のために、 自分のことを犠牲にして尽くす。 そういう生き方も立派な、自信を持っていい生き方です。」 自分の性格を見つめなおしてみると、他の人のためになることが、心地よく感じる。コーチングを手に入れたとき、その思いが強くなってきた。 自分が関わり、サポートすることによって、その人のやる気パワーがどんどん上がっていく。本来その人が持って生まれた才能が、表面に表れ、輝きを発する。その場面を共有できただけで、自分も幸せな気分になれる。 自分の存在が、周りの人の成長を刺激して、大きなパワーを生み出すこと。瞬間ではなく、波紋のように時間を超えて伝わるエネルギーを生み出していきたい。
2004/06/29
「で~き~な~いッ!!」 6歳の子どもが、口癖のように言っていた言葉。時間に追われている私たち親は、ついつい手を出してしまいます。そのことが習慣になり、だんだん子どもの態度が「親が手伝うのが当然」のように変化してきます。 「手伝うことで、親の充実感が満たされる」ことを、子どもは敏感に感知するようです。私は、子どもと親の自立にむけ、「子どもが出来そうなことは、手伝わない」ことを決心しました。その心意気を子どもは察知しているようで、しぶしぶでも自分で失敗しながら、できるようになってきました。 菅原裕子著「子どもの心のコーチング」のなかに、私たち親に対するメッセージが書かれています。 「子どもの『できる』を認めず、『できない』ままの存在として 保護し続けることで、子どもの自立をさまたげてしまいます。」 「保護という善意のもとに支配され、『できない子』として育てれらた子は、 傷つきながら大きくなります。 なぜなら、親が『保護者』でいるかぎり、親から愛されるためには、 子どもは『できない』存在でいるしかないからです。」 強烈なメッセージを感じました。「保護」「支配」という言葉には、圧迫感を感じます。 もしも、自分が、善意のもとに保護され、支配されたとしたら、どのように感じるでしょうか。野原に散歩に行きたい時に、 「野原はハチがいるから、行ってはいけません。」 「散歩は、近くの公園に行きなさい。」と言われたらどのように感じるでしょうか。私だったら、反発して、親に黙って、野原に行きます。ハチに刺されたとしても、それは貴重な体験。ハチにさされないように、自分を守ることを覚えるきっかけになります。 子どもの自立をサポートするために、子どもの可能性を信じ、 善意の保護を、少しだけ我慢してみませんか
2004/06/28
「おおお、きもちいい。」 暖かなお湯と、身体を刺激するアワアワを感じ、ゆったり、ほんわか、良い気持。リネツ金沢というプールには、あったかなお風呂がついています。プールで泳いだあとには、暖かな温水が、とっても気持がいいんです。 いちど温水につかってしまうと、身体があたたまりすぎて、プールの水が冷たく感じてしまいます。 「冷たい水のなかで、泳ぐ練習をするよりも、温水でのんびりしているほうが、自分には、あっている。」そんな誘惑の声が聞えてくるのです。 植西あきら著「強い自信がみなぎる本」の中に、マンネリというキーワードをみつけました。 「人が往々にしてマンネリにおちいってしまうのは、 それが『楽なこと』であるからです。 しかし、いつまでも、この『楽なこと』にひたっていると、 ワクワクするような心の感動も失われ、輝きもうせてしまいます。」 「感性を磨かないと新しいことに挑戦することもできなくなるのです。 仕事や生き方がマンネリになれば、 この感性もどんどん鈍っていくのではないかと思います。」 プールで泳ぐ人の姿には、周りを引きつける輝きを感じます。でも、温水でのんびりしている、私を含めたマンネリ派を眺めても、輝きを感じることができません。 プールで泳ぐ人にあこがれて、人が泳ぎを練習するようになる。輝くすがたにあこがれる。 そして、その人も、輝いていく。 いま、自分にできること。 温水から立ち上がり、輝きを身につけること。そのために必要なこと。新しいことに挑戦すること。そして、感性を磨くこと。 一日1個のチャレンジを3年続けると1000個のチャレンジになる。1000回のチャンスに恵まれれば、チャレンジは絶対実を結ぶ。 チャレンジ1000回やってみませんか
2004/06/27
「テン、トト、テンテンテン」町内会館では、小学生20人によるお囃子の稽古が行われています。 私はお茶当番として、町内会のお手伝いに借り出されています。大きな太鼓、小さな太鼓、そして笛の音が、お祭りのワクワク感を思い出させてくれます。 お囃子の練習の場は、私が目指す「子どもと年配者のコミュニケーション」が実現している集まりです。昔むかしから伝統として受け継がれてきた、このコミュニケーションの形を、守っていくことが、私たちの世代の親ができることとなります。 太鼓を教え続けている先生の気迫、そしてすばらしい技の前で、子どもたちは、技を覚えることに一生懸命になっています。とても清々しく、活発な場の雰囲気を感じます。 太鼓の順番待ちの間、少しだけ子どもと関わることができました。そして感じたこと。子どもの瞳に、ピュアな深みを持った雰囲気を感じる事ができたのです。 そして、今、思い出しました。子どもの瞳と同じ感じを受ける時。それは、コーアクティブコーチングのコーチが見せる瞳と同じ。 どんな共通点があるのでしょう。思いつくまま、どんどん書いてみます。好奇心、相手への興味、心開いている、心のパワー、信頼感、可能性、夢、期待感、同調、ひらめき、驚き、あこがれ、無邪気、ピュア、無心、感じるまま、行動力、チャレンジ。 子どもの質問って、本質を突いてくることが多いようです。多くの大人たちは、笑ってごまかしてしまうけれど、真剣に答えてあげるためには、親自身の中に本質を養っておく必要があるのです。 もしかしたら、子ども達は、生まれつきのコーチとして、大人たちの固定観念を壊してくれる役割があるのかもしれませんね。
2004/06/26
「ろうそくポッ、もひとつポッ。これからはじまる、おはなし会」 始まった、始まった。20人の子どもたち。 そして、20人のお母さんが集まる中、男性は、僕ひとりです。ストーリーテリングの世界に飛びこみたくて、いろんな場所に出かけてみています。 読み聞かせのノウハウ本を読んでいても身体が理解していません。実際の「場」の雰囲気は、とても勉強になります。感じたことを、そのまま書いてみますね。(1)子どもは、読み聞かせが大すき。 集まってくる子どもの表情は、みんなワクワクしていました。(2)お母さんのなかには、読み聞かせに興味のない人がいます。 読み聞かせが始まっても、 隣の人と大きな声で喋り続けているのです。 その声が、場の雰囲気を壊していることに 気がつかないのは、なぜなんだろう。(3)走りまわったり、他の子どもを叩いたりする子がいます。 お母さんが側に来ても、子どもは落ち着きません。 お母さんの戸惑いを、どうにかサポートしたくなりました。(4)大きな声で喋りだす子、泣きだす子がいます。 読み聞かせの人の声が、聞えなくなるほど大きな声。 そのたびにお話はストップします。 雰囲気の盛り上がりが、続きません。(5)読み聞かせは、チームワークと経験が重要です。 読んでいる人が、心配なく、心から読めるように 周りがサポートすること。 場の一体感を生み出すためには、 全員の一致団結がたいせつですね。 子どもに対する、お母さんのかかわり方についてたくさんの宿題をもらってきました。心に響く読み聞かせを実現するためにも、母と子のコミュニケーションに関わっていくことにします。
2004/06/24
子どもたちのキラキラした瞳を感じて、涙がどんどん溢れてきました。 幼稚園で開催された「天使のコンサート」に参加したことによって、私の眠っていた真髄が呼びさまされたようです。子どもと接することが、とっても嬉しくなってきました。 菅原裕子さん著「子どもの心のコーチング」をじっくり読みこんでいます。 「私たち親は、子どもの生きる力を養うことに 成功していないようです。」 子どもの「生きる力」って、どんなことでしょう。本の中には、次のように説明があります。 「度を越した、不適切な刺激がやってきても、 それを拒否したり処理する能力が備わっていれば、 子ども自身の力で問題を最小限に食い止めることができます。 その力こそが『生きる力』であり、 その力を持つ子どもが「自立した子ども」と言えるのです。」 町を歩いていても、テレビを観ていても、刺激いっぱいの情報が溢れ出しています。外からの情報に押し流されてしまわないように、自分という存在を確立することが大切になっています。 流れのある川を渡る練習をしなくては、いつまでたっても、向こう岸に渡ることはできません。親と一緒に川を渡り、足を滑らし転びながら、経験を積み重ねることが大切です。 私もついつい、水に濡れてはいけないと、子どもを背負って川を渡ってしまいます。でも、子どもが自分で考える習慣をつけないと危険な瀬や強い流れを感知する能力が身についていかないのです。 親も一緒に水にはいって、子どものことを、見守っていることが必要です。生まれ持った能力の可能性を心から信じ、「自分でできる」ことを、少しずつ増やしていけるような環境を提供することが必要と考えています。 子供の「生きる力」を養うために、あなたは、なにをはじめますか。
2004/06/21
子どもたちみんなが、キラキラした目をして、自信を持って生きてほしいな。そのために、僕ができることは、積極的にかかわること。キラキラを忘れた子どもには、自分のキラキラを分けてあげる。それを種火として、キラキラの光を取りもどす。自分の暖かいパワーを皆に降り注ぐことに自信を持っていた。 でも、その暖かいパワーを受取れない子どもたちがいることも事実。いろんな情報を知るうちに、自分の知識の少なさを知った。心理学の専門知識がなくては、関われない子どもたちがいることを知った。でも心理学がどうしても好きになれない。なぜか、心の奥で、反発する力が働いてくる。 植西あきら著「強い自信がみなぎる本」を読んでいて、ある言葉が気になった。 「あなたは、職場の上司に有給休暇の申し出をする時に、 ちょっとした後ろめたさを感じることはないでしょうか。 あるいは、『有給休暇の申し出などして、 もし上司に不愉快な顔をされたらどうしよう。』などと 不安に思う気持になったことはないでしょうか。 もし『ある』と答える人がいたとすれば、 残念ながら、あたなはまだ自分に自信を持てないでいるのです。」 僕が気になることば。 それは「後ろめたさ」。子どもと関わるときに、同じような「後ろめたさ」を感じることに気がついた。「心理学も学ばないで、子どもに関わるなんて、言語道断」。そんな声が、どこからともなく聞えてくる。「後ろめたさ」の後ろには、自分の自信のなさを表していることに気がついた。 自信ないなら、経験を増やせばいいんですよね。さっそく、24日、午後の休暇を取りました。そして横浜の「読み聞かせの会」に参加してきます。 自分の得意分野で、自分らしく勝負すればいいだけですよね。
2004/06/20
「あなたが、一番充実していた時を、思いだしてみてください」 「・・・・・」 「あなたの目の前には、どのような情景が見えていますか」 「・・・・・」 「あなたは、いま、何を感じていますか」 「・・・・・」 「その感じを、ゆっくりと味わってください。」 「・・・・・」 「十分味わいきったとき、今の感じを思い出せる仕組みをつくっておきましょう。」 「・・・・・」 「今の感じを身体で表現してください。」 NLコーチング研究会(http://www.nlcoach.com/)のワークショップで、アンカリングという手法を体験した。自分が一番充実していた時を思い出した時、涙が止まらなくなった。コーチングを一緒に学んだ友達の輪、そして、みんなの包み込むような「まなざし」が僕の心の奥に響いていた。その感じをアンカーリングした。いまもその表現をすると、瞬間的に蘇る充実感。 NLコーチングリーダのマサさん、ヒロさん、そして、コーチ友達のみんなの瞳に、心から感謝している。 今日読み始めた齋藤孝+山下柚実著「「五感力」を育てる」の中に素敵な表現をみつけた。 「「五感力」を養えば、自分を肯定できる。」 「自分のベストの状態を知っていると、 帰るべき場所があるという肯定的な感じがもてますね。」 「「五感力」をフルに使って自分自身をしっかり感じられると 肯定感につながるし、それによって他者と自分とを比較することからも 逃れることができる。」 僕にとって「帰るべき場所」をいっぱいアンカーリングすることが、自分を肯定する自信につながっていく。昔を懐かしむのではなく、充実感を身体で思い出すことは、とても大切。いつも自信いっぱいの自分ではいられない。弱気になった時に、いかに早くパワーレベルを上げるかが重要。充実感に錨をおろしてみませんか
2004/06/19
「読み聞かせを実現したい。でも僕は技術者の勉強しかしていないし、教育に関する勉強もしていない。子どもと一緒に、心の冒険旅行を実現したいと思っている。でも、行動に移れない自分がいる。 私たち大人が作り上げた規律というルールに縛られて、子どもたちが持ってる、キラキラした輝きがどんどん、くすんでいっているように感じる。 キラキラを取り戻す一つのきっかけが、読み聞かせなんだけれど、自分は、一歩が踏み出せない。」 2004年6月19日、NLコーチングという研究会に参加した。その中で、心の内的地図を書く演習があった。これは、その時自分が話した内容。 自分のなかでは、ゴチャゴチャの毛糸玉みたいに感じていたこと。けれど、皆が描いてくれた絵を見ているうちに、不思議な自信がわいてきた。 自分が気づいていないだけで、外からみると、糸のもつれは、とけているんだ。上から眺めてみると、大きく広げれられた糸は、つまんでもらうのを待っているだけだった。 つまんでみなかったのは、どうしてだろう?そう、つまみあげた瞬間から、糸で暖かいセーターを編み出す作業が開始される。その編み出す勇気が出なかっただけ。 日本中にいる、心の冷たさに震えている子どもと親を、包み込むためには、何十年かかるかわからない。始めだしたら、ゴールの見えない編物。 初めから一流のセータは編めないけれど、多少格好悪くても、暖かさには自信がある。そんなセータを編み始めることにした。 おばあちゃんが、ロッキングチェアーでセーターを編むように、自然に、ゆっくり編み続けたい。かっこうを気にする時代はもうおしまい。長続きするためには、格好ではなく自然なスタイルが必要。そして、できたとこから、一番冷たくなっている子どもに捧げること。あなたの、心の葛藤を絵に描いてみませんか。
2004/06/18
「二人の男が畑に出てスキでもってカブをほっていたんだとよ。 するうち、ひとりの男が手をとめて、スキの柄にもたれて、 汗を拭きながら、相棒に向かっていったんだと。 『なあ、おめえ。 おら幽霊なんちゅうもんは、信じねえ』 すると、その相棒がいった。 『信じねえってか?』 いうなり、男はポカッと消えてしまった。」 E・コルウエル著「子どもたちを お話の世界へ」の中に紹介されているイングランド西部の昔話です。 とっても短いお話ですが、聞き終わったあとに、楽しい気分になっちゃいました。そして、だれかにお話してみたくなってきました。 ほんの数分の間、日常という現実世界から離脱して、イングランドの不思議な世界に包まれてしまったようです。不思議な感覚を、少しの間、しずかに楽しんでいます。 これから、お話の中に出てきた男の人になってみましょう。自分だったらどんな声を出すでしょうか。どんな感情が沸いてくるでしょうか。 イングランドの世界を通りすぎて、自分の心の中を旅してみましょう。薄っぺらな現実世界から、ちょっとだけ遊離して、深みのある自分の心を旅してみてください。 そして、あなたが気づいた感覚を、ほかの人にも伝えてあげてください。あなたは、お話を語るだけ。あなたが良いと思ったお話を、心から周りの人に伝えるだけでいいのです。 文字を声にしただけで、あながの感情が、聞き手に伝わっていくことを、心から信じてみてください。 そのためにも、あなたが心から良いと感じた物語を、周りの人に読んであげてください。
2004/06/17
ストーリテリングの本を、6歳の娘に読み聞かせています。どの話も、ワクワクするような感動をあたえてくれます。「20分もの長いお話を、どうやって覚えたらいいの」「暗記しなくちゃいけないのかな。」そんな不安に答えてくれた本がありました。 E・コルウエイ著「子どもたちを お話の世界へストーリテリングのすすめ」です。 「お話をするときに、いちばんたいせつなのは、 ことばが自然に口をついて出てくることです。」 「お話を自分のものにするための基礎的作業は、 しっかりと根を張った、生き生きした木の幹のようなものだと思ってください。 語り手の中に話がしっかりはいっていれば、 木は自由に枝をのばし、自然に想像の葉をしげらせます。」 話しての中に、話がしっかりとはいっていること。それは、昔話のような、小さいころから繰り返し聞きつづけていたお話。 「むかし、むかし、あるところに・・・」 自分の中に、しっかりとした情景が「紙芝居」のように焼きついています。そうか。 わかった。 紙芝居の絵のなかに描かれた出来事を、順番に説明するだけでいいんですね。 「話し手がイメージできない物語は、 聞き手もイメージすることができない。」 まさに絵の中を冒険するイメージなんですね。メアリーポピンズの映画の中、公園の路に描かれた絵のなかを冒険するシーンを思い出しました。 読み聞かせは、読み手と聞き手が空想の世界に飛び込んでいくこと。そして、その世界を共に旅すること。 自信がついてきました。イメージを思い描くのが得意な僕のやりかた。言葉をイメージに翻訳して、身体の中に流し込むこと。そして定着させること。簡単ですね。 ストーリテリングにチャレンジしてみませんか
2004/06/16
「ねずみの花嫁という物語、おもしろかったよ」 「あっ、その おはなし しってる」 僕がストーリーテリングの本にのっている物語のストーリを話すと、すぐに子どもが反応した。知っている内容が、ほんの少しだけ違うようだ。その違いがお互いの興味を刺激して、楽しい共感の時間を楽しむことができた。 スペンサーGショウ著「ストーリーテリングの世界」から、ほんの少しだけ引用。 「お話をすることは、 手に触れることのできないたくさんの贈り物をすることです。 それと共に、完全な調和の中でのある繊細なパターンを、 語り手と聞き手とが一緒に作り上げる機会を提供します。」 「毎日の仕事に合わせる義務的なリズムは衰え、 みんなの気持に自然にかなうリズムが現れて来た」 繊細なパターンを作り上げるという比喩的表現の説明として、「驚き、好奇心、美しいものの認識、信頼、孤独」を例として記載してある。目とか、手とかで確かめることのできない、心にアクセスする感覚を、語り手と聞き手の間で一緒に感じること。それがストーリーテリングのすばらしさ。 話し手と聞き手の心が身体を離れ、いっしょに物語の世界を冒険するような気分を感じる。 心が身体を離れるためには、心が躍るリズムが必要。予定表に刻まれた「やるべきこと」を処理するリズムを忘れ去り、心に共振するリズムを感じること。それが「言葉」と「リズム」のハーモニー。 ストーリーテリングのリズムに共振してみませんか。
2004/06/15
僕は「まじめな人」というレッテルを張られ、いままで生きてきた。「まじめだから」と言われるたびに、悲しい思いに押しつぶされていた。いま、少しづつ「まじめ」から脱皮している。硬いカラに覆われた「まじめな大人」は、脱皮を契機に、自由奔放に、躍動しはじめている。 植西あきら著「強い自信がみなぎる本」のなかに、まじめすぎる人についての警鐘が書いてある。 「『まじめすぎる』『責任感が強すぎる』ということに問題があるのです。 朝早くから夜遅くまで、人によっては休日を返上してまで働きます。」 「生活のメリハリがなくなっていくと同時に、心の動きもなくなっていきます。 うれしいとか、悲しいとか、面白いといった、 ある意味人間的な感情がなくなっていき、 何を見ても何を聞いても、心を動かすことができなくなります。 心が、まるで死んだようになってしまうのです。」 「心が死んだようになってしまった人は、 この逆境を跳ね返す『生命エネルギー』もなくなっているのです。」 会社に入って15年位は、休日も返上して「まじめに」働いた。自分の出来ることは、なんでもやりたいと思い、言われたことは「まじめに」こなしてきた。目の前に立ちはだかる、障害を取り去ることが、生きがいのように。 コーチンの教育を受けて、大きな間違いに気がついた。過去をふり返ってみても「自分の残した軌跡」がなにも無いことに気がついた。 感動も涙も、そして心に響く出来事もないことに気がついた。 自分がワクワクするような、そして、周りもワクワクするような、活性化した出来事をつくりたくなった。 長い間眠っていた心が再び動き出した。子どものころにもらった「生命エネルギー」を貯める技。好奇心でワクワクしたときの目の輝き。その目の輝きを、再び取り戻した。「まじめすぎる人」から「夢中になりすぎる人」に変化してみませんか。
2004/06/14
「せーの、ジャーンプ」 「サッブーン」 「せーの、ジャーンプ」 「サッブーン」 今日も朝から、ジャンプの練習。カエルのぴょんは、小川を飛び越えることに一生懸命になっています。 小川の向こうには、乾いた干し草がいっぱいあるのです。家をつくるには、その干し草が必要です。 とのさまがえるが、やってきました。軽々と小川を飛び越え、干し草をたくさん運んでいきます。 「ぼくたちにも、干し草を少しだけ分けてください。」お願いしても、とのさまがえるは見向きもしません。 「ぼくも、とのさまがえるみたいに成りたいな」毎日まいにち、ジャンプの練習をすることがぴょんの日課になっていました。ある日、子どもたちがやってきて、小石を小川に投げ込みました。すると小石は、水を切って「ぴょん、ぴょん」と跳ね、小川の向こう岸まで飛んでいったのです。 「ぴょん、ぴょん」 「ぴょん、ぴょん」そうだ、そうだよね。ぴょんは、子どもたちにお願いして、小川の真中に、大きな石を置いてもらいました。 ぴょんは、さっそく、その石まで 「ぴょん」。もういちど向こう岸まで「ぴょん」 「やった。 ぴょん、ぴょんで、小川を渡る事ができた。 今日も朝からたくさんのかえるたちが小川の中の「あの石」をつかって、乾いた干し草を運んでいます。 「ぴょん、ぴょん」 「ぴょん、ぴょん」 「たのしいな」 ぴょんは、歌いながら、小川を渡っていきました。
2004/06/13
「あなたが本当に食べたいものを、真剣に選んでください」3ヶ月前に、コーチから出された宿題。この問いは、私にとって大きな第一歩を踏み出すきっかけになった。 植西あきら著「強い自信がみなぎる本」のなか、食べ物のことが書いてある。 「人と摩擦をおこすことを恐れて、 自分を主張できない人がいます。」 「いっしょに食事をすることになっていた友だちが、 『フランス料理を食べにいこうよ』と言いだしたとします。」 「できるなら、あっさりとした日本料理を食べたかったのですが、 つい『そうね、いいね。 私もフランス料理を食べたいと思っていた』 などと相手の意見に合わせてしまう人です。」 「大切なのは、『人と協調する』ということと、 『自分を主張する』ということの、バランスをとることです。」 僕の生きかたそのものだった。自分の好みを抑えてきた。そして、他の人の意見に合わせてばっかりだった。 「真剣」というキーワードを、真剣に心にとめて、ようやく気がつくことができた。 自分の食の好みを、他の人に伝えることは、「自分らしさ」を感じてもらう、重要な話し。そして、その時、食の好みの背景に、自分だけが知っている、深い理由を探求してみることも、新たな気づきにつながる。 僕は「ざるそば」が好き。子どものとき、何回も母親と一緒に行った店。大人になり、アフリカから帰ってきたとき、日本でひさしぶりに食べた「ざるそば」のサッパリ感。たまらなく心地よかった。僕は「ざるそば」が大好き。あなたが本当に食べたいものは、何ですか。そして、その理由を一緒に探ってみませんか?
2004/06/12
一度の出会いが、自分の人生に大きな気づきをあたえてくれる。そして自分も、周りに影響を与えていることを自覚する。出会いが楽しくなってくる。今日はどんな人と出会えるかな。ワクワク、わくわく、楽しくなってきた。 中谷彰宏著「大人の友達を作ろう 人生が劇的に変わる人脈塾」からのメッセージ。 「人と会うことは、何かわからないけれども、 必ず自分の成長につながります。 人と会うということは、それぐらい影響力が大きいことなのです。 同時に、自分も誰かに影響を与えているのです。 誰かに会って、たとえその人を幸せにすることはできなくても、 その人に影響を与えたいということは、 自分が誰かの成長を手助けしているのです。」 「人は常に成長を求めている」と考えるようになった。情報だけを頭に積めこみ、知識とテクニックで生きていた時代には、成長が止まっていたことを、今なら受け入れられる。 情報化社会といわれるようになり、知識で自分を表現することが虚しくなってきている。 自分らしさを見つけ、自分らしさを成長させるために、何が必要なのだろう。 僕は思う。それは「人との出会い」。そして、人の価値観を聴くことによって、自分との違いを認識する。それは、自分自身を認知すること。 自分の価値観をしっかり心に留めたあと、行動が変わってくる。価値観が同じ人たちとの出会いが増えてくる。 好きな香りに魅せられて、人があつまるように、自然と出会いが増えてくる。そのかなで、また新たな成長が進んでいく。 価値観の、さらに深いところに秘められている真髄。自分のエッセンシャルという本質をよびさますことに成功する。 人との出会いには、見えない力が及んでいるように感じることがある。 今日の出会いが楽しく、お互いの成長に影響を与えあうことができたら幸い。
2004/06/11
直感から想像するイメージ。わからないものだから、神秘的。論理的でないから、信じられないもの。特別の人が持っている能力。霊感みたいなもの。あてずっぽ。感じたことを声に出して言うことによって、自分が傷つくことがある。相手に説明できないから。 浅見帆帆子著「いつも忘れないで」に、直感の鍛え方が載っている。 「根拠のないことを行動に移すのは勇気がいる。 でも、自分の心が自分に悪いことを思いつくはずがない。 ふと思いついたことを素直にやってみると、 どういうものが直感なのかが、わかってくる。 ここでも素直に、単純に。 コツがわかれば、ますます直感が冴えていく。 根拠のない直感を行動に移すのはなんだか不安、 意味があることだとは信じにくい。 でも、根拠もないのに思いついてしまうからすごいこと。」 コーアクティブ・コーチングのスキルとして「直感のスキル」が明確に記載されている。だれもが生まれ持った能力。 正確さを求める今の時代では、その能力の存在さえ忘れかけている。コーチングのトレージングを始めて感じたこと。自分の直感を素直に言葉にすることで、なにかが変化すること。みんなも、うすうす感じていることだけれど、言葉にならない雰囲気を、言葉にしてあげること。 「ちがったら、ごめんね。 僕が感じていることを素直に話すね。 あなたは、今、強い志を抱いているように感じるんだけれど・・」 ふと思いついた「言葉」をいってみる。パワーのあるときは、その言葉をきっかけに深い話しに展開していく。 ふと思いついた「場所」にいってみる。パワーのあるときは、すばらしい出会いが待っている。 ふと思いついた「日記」をかいてみる。パワーのあるときは、同じ思いの同志が集まってくる。 とってもワクワクいい気持。
2004/06/10
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