今は振込になり、キャッシュカードはかーちゃんのもの。
昔は25日の夕方は とーちゃんの帰りを待ちわび、
「お帰りなさい。今月もご苦労様」なんちゃって 月に一度は とーちゃんの日。
まあ 現金だと 金種揃えとか袋詰めなど 手間もかかり 事故も多かったから
我々 経理マンとしては 振込歓迎でした。
昔昔。。。。
あせばーが問屋勤務で 給料の支払いの面倒に クタビレて
(何せ資金繰りが大変で 給料計算事務も手作業の時代だったしぃ)
なんと 振込ではないけれど 1000円未満は振込という 新手を思いついた。
メインバンクに、社員全員の通帳を作り 会社で保管。
毎月 1000円未満の金額だけ寄せて、通帳と共に入金。
これが 意外と好評で 一人頭 なんと年間5000円位の預金になりました。
塵も積もれば なんとやら 5年も経つと3万とか5万近いのからいろいろ。
コピーを取って年一度 通帳残高を見せて上げると みんなニンマリ。
私はすごく 楽で助かりました。
なにせ万券と千券だけ用意すればいいのですから。
おまけに メインバンクのごますりにもなりました。
建築会社に勤務するようになり、給料はすぐ振り込みにしました。
そして問題の大工さんたち・・・・・。
なにせ お勘定日には 現場を早上がりしたり、遠い現場は半日勤務で
会社に集金に来るのです。
そして 事務所で チンチロリンとか冷や酒宴会の開催。
私は カルチャーショックと早く帰ってくる時間分の負担はだれが
しているのかと 考えました。
まだ 人工が安い頃でしたが、これも会社負担というわけ。
早速 提案して 振込にしてもらいました。
最初は ブータレで、「おっかーに硝子張りだ」とか、「税務署にごまかしできない」とか
大反対。
ここは 新入社員の分際も忘れ がんとして譲りませんでした。
社長も棟梁も 振込大賛成だったので、大工さん達は 渋々 納得しました。
ところが これが また感謝 感謝とあいなりました。
領収書いらない。 急いで会社に帰らなくていい。 おっかーが喜んでらー。
一万円の定期積み立て金コースも銀行へのごますりで 付けておいたら
全員毎月 きちんと積み立てしていました。
70歳になったので やめるという大工さん。
預金が250万以上になっていました。 すごーい。
もうPCで振込していたので 朝9時には入金されていて、みんなびっくりしていました。
まあ なにか新しい事をやるには 反対はつきものですが、私はいつも
こういうことは 改善していくのが好きだったから できたのだしょうね。
ケチビシ銀行でも PC振込は草分けだったので、時々 銀行員が
どういうふうに振込しているのか、見学に来たりもしました。
当時 振込はインターネットではなく 独自の全銀協で作られたソフトで、
通信も 半二重という一方通行のモデムで行っていました。
でも一方通行なのと 特定の届け出電話からしか受付ないシステムなので
セキュリティはかなり高く 安全で堅牢なシステムでした。
今は給振りは当たり前の時代ですが、昭和60年代ではまだ珍しかったものでした。
もっと古くは 職人さんとか 工員さんは 半勘定といって給料を2回に分けて
支払っていたそうです。
強盗区には昔 藤倉電線という大きな工場があり、月給日には
洲崎の御女郎さんが、掛け取りで玄関にならんだとか。
かなり昔の話ですが(さすがに この時代は知らん) ちと色っぺー話でもあります。
電話も黒い電電公社の頃のお話でした。
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