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お立ち台では北方貨物線を通過してきた貨物列車も撮影できます。長大なコンテナ貨物のバックに梅田の高層ビルが林立し、都会を駆け抜ける貨物列車らしい雰囲気が出ました。今日から2週間ほどヨーロッパへ出かけますので、ブログはしばらくお休みします。はたしていかなる「鉄」な出会いがあるのでしょうか?
2007/07/27
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住友金属工業・特殊管事業所の構内専用線、阪神電鉄西大阪線のあとは、東海道本線の塚本と尼崎の間にあるお立ち台へと移動しました。阪神高速の側道にある歩道部分から下を行きかう列車をきれいに見渡すことができます。この場所は、午後からだと下り線が順光となります。現地に到着して程なく特急「スーパーはくと」がやってきました。「スーパーはくと」は京都と倉吉・鳥取を結ぶ智頭急行の特急です。高出力のディーゼルエンジンと振り子機能を有する台車を装備して、大阪と鳥取間を約2時間30分で結ぶため、需要は結構高いようです。智頭急行区間も高規格路線ですので、スピードを落とすことがないため、スピードアップにつながっています。
2007/07/26
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西大阪線には赤だけでなく、青いジェット・カーも走っていました。「ジェット・カー」という愛称の由来は、短い駅間を運転するために高加速・高減速が可能な設計となっており、新生当時、日本の鉄道で最高水準の加速を誇っていたそうです。本日の「思い出の1枚」は、淀川の鉄橋を渡るため、福駅から長い坂を上ってくる青いジェットカー(5000系)です。
2007/07/25
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わたしの家から尼崎の方へ行くのには、淀川の右岸を南下するのが手っ取り早いのですが、北から阪急、JR、阪神と、あわせて5つの線路を横切っていきます。そのなかで唯一、踏切を渡るのが阪神電車の西大阪線です。阪神電車はこの前の阪神・淡路大震災で大きな被害を受けましたが、それを契機に車両の大幅な更新がなされたようです。わたしは人生の大半を阪急沿線で過ごしてきましたので、阪神電車にはあまり乗っておらず、車両の知識もほとんど持っていないのですが、昔人間としては、「赤胴車」の愛称を持つツートンのこの電車になじみが深く、西大阪線で久々にこれらの車両を見かけたときにはとても懐かしく感じました。住友金属工業の構内専用線を撮影したあと、淀川の踏切に移動し、そこで今も元気に活躍する「赤胴車」を撮影しました。今や普通として運用されていますが、かつては特急車両として本線を疾駆していました。そのあたりに時間の経過を感じました。
2007/07/24
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住友金属工業の構内専用線は、まるで中国へ行って撮影しているような錯覚にとらわれました。中国の場合、機関車はいつ来るのか分かりませんし、ほとんどの場合、工場の中へ入ることはできませんから、門または外部へ通じる踏切のあたりで、機関車が来るのをひたすら待ち続けるというのが一般的な撮影スタイルです。スターが楽屋から出てくるのを待つ「出待ち」と同じですが、かたや光り輝く美男美女のスター、かたや小さな2軸のディーゼル機関車。見た目には雲泥の差がありますが、わたしにとっては、まぎれもなくオーラを発するスターなのです。中国の工場同様、住友金属工業の工場敷地内へは立ち入ることができませんから、道路を横切っている線路脇の歩道部分から構内を行き来する機関車をながめていました。いつやって来るのか分からないところも中国に似ています。しかし、しばらく見ていると、工場の一角に設置されている赤色回転灯が回り始めると機関車がやって来るということが分かりました。そうこうするうちに、赤色灯が回り始めました。望遠レンズで見てみると、先ほど構内へ鋼管を引っ張っていったのとは別のタイプの機関車です。先ほどはL型でしたが、これは凸型DLです。2両の貨車を工場の中へ押し込んでいきました。ナローのおもしろさ、可愛さを堪能した数時間でした。
2007/07/23
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あるブログに掲載されていたのを見てから、一度訪ねてみたいと思っていたのが、兵庫県の尼崎にある住友金属工業・特殊管事業所の構内専用線でした。わたしの家からだと車で1時間ほど。こんな近いところに専用線があり、現役の小型(2軸)ディーゼル機関車が入れ換え作業を行っているというのは驚きです。ただ、工場の専用線ですから、稼動しているのは平日だけのようで、撮影するには休みを取っていかなければならないため、これまで訪問することができませんでした。工場は南北に通じる道路をはさんで東西両方にあり、その間を小型ディーゼル機関車が鋼管や原材料を運搬しているようです。道路を横切るところには信号があり、その付近の歩道からだと構内に立ち入ることなく撮影できます。道路から見える範囲だけでも、工場内には現役線や廃線が混在しており、ナローの魔境のような感じがしました。到着したときは、運良く貨物が通過するときでした。すかさず撮影しましたが、心の準備ができていないため、とりあえず押さえただけ、という感じでした。しばらく待っていると、その機関車が鋼管のような長物を牽引して戻ってきました。走る速度はゆっくりしており、構内を行きかうトレーラーなどへ注意を喚起する目的もあってか、機関車の前を先導の人が走っています。長物を牽引するため、機関車と貨物の連結部分が長い棒で繋がれているのも構内専用線ならではの仕様だと思いました。
2007/07/21
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現在は嵯峨嵐山駅前でトロッコ列車の乗客に囲まれているD51 51号機ですが、現役時代の同機をわたしは吹田第一機関区で撮影しています。D51 51号機は岸辺の貨物ヤードで入れ換えに従事していた時期があり、そのときはデフを撤去して、文字どおりのナメクジ状態でしたが、わたしが機関区を訪れた昭和45年当時はデフを装着しており、普通の(?)ナメクジでした。
2007/07/20
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嵯峨嵐山駅前にはナメクジドームのD51 51号機が保存されています。この機関車は、昭和12年7月に川崎車輌会社で製造され、その後、西日本の主要幹線を34年間で254万キロあまり走りました。以前、くずはモールに展示されていたそうです。保存機関車の移転というのは珍しいことではないかと思います。ボイラー前面の縁が丸くなっていることや、煙突から一体となったドームなど、一般型のD51より私はナメクジの方が好きです。でも、保存車両となっているナメクジの数は意外と少ないようです。
2007/07/19
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このD51 351号機も撮影直後に一度、紹介させていただいております。保存場所は南木曽駅から500mほど中津川方面に行ったところにあるSL公園です。腕木信号とともに中央本線旧線上に保存されています。この機関車は新製後、長らく金沢や福井で働いていましたが、昭和42年3月に横手へ移動、さらに昭和46年10月に木曽福島機関区へやってきて、末期の「木曽路のD51」の1両として活躍しました。この公園の中を旧中山道の妻籠宿へ貫ける道が通っているため、この機関車も観光客の目に触れる割合が高いのですが、保存状態はあまり良くなく、その点が少し残念です。
2007/07/18
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本日の「思い出の1枚」は、加悦SL広場に保存されているC58 390号機とC57 189号機です。加悦SL広場については、昨年、訪れた直後にこのブログで紹介させてもらいました。重要文化財の2号機関車をはじめ、文化遺産として指定されている車両が数多く保存されています。各地の保存機関車の多くは単なるモニュメントとなっており、省みられることが少ないため、劣悪な状態になっているものが見受けられます。過去の遺物として考えるのではなく、未来へ残すべき文化遺産として見直す必要があるのではないか、と思います。C58 390号機は昭和21年7月新製後、小樽築港機関区に配属され、昭和22年4月苗穂機関区、同年9月、北見機関区に転属し、昭和50年7月に廃車されるまで石北本線で活躍しました。加悦鉄道にやってきたのは廃車された年の10月だそうです。切詰デフが、いかにも北海道の機関車らしさを誇っています。一方のC57 189号機は昭和21年新製後、新潟機関区に配属され、昭和24年9月直江津機関区に転属、昭和41年3月、豊岡機関区に転属するまで北陸本線で活躍しました。豊岡機関区配属時代は播但線で運用されています。昭和45年7月、新津機関区に転属、昭和46年11月に廃車となって昭和48年に加悦町へやってきました。現在は赤いナンバープレートをつけて展示されています。
2007/07/17
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東京にも蒸気機関車がいくつか保存されています。有名なのは新橋駅のSL広場に置かれているC11 292号機ですが、残念ながら撮影できていません。今度、東京へ出張したら撮ってこなければ……。上野の国立科学博物館玄関横にはD51が保存されています。国立科学博物館は自然史系博物館なので、蒸気機関車を展示・保存するのは理にかなっていると思います。このD51 231号は昭和14年7月に日本国有鉄道長野工場で製作されてから、東海道本線・山陰本線・その他で活躍し、昭和50年12月15日、北海道追分機関区で休車となったものです。博物館の展示品だけあって保存状態は良好に見えます。スノープロウ、切詰デフ、シールドビームの補助灯などが北海道の機関車らしさを伝えています。
2007/07/16
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わたしが現役時代の蒸気機関車を初めて撮影したのは四国・多度津においてでした。しかし、現役時代とはいえ、多度津で撮影したのはすでに廃車もしくは休車となった機関車ばかりで、そのなかにハチロクも数両含まれていました。あるホームページで「ハチロクはC58とともに四国を代表する機関車である」と紹介されていましたが、残念ながら四国で動いているハチロクに、わたしは間に合いませんでした。わたしにとって、四国の蒸気機関車といえば、やはりC58です。本日の「思い出の1枚」は、多度津で撮影した現役時代のハチロク(休車)です。今に至るわたしの「鉄人生」の原点がこの1枚でした。
2007/07/15
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本日の「思い出の1枚」は、四国・予讃線の多度津駅そばに保存されている8620型蒸機です。松山から高松へ移動する電車の中から撮影しました。多度津駅は予讃線と土讃線の分岐点で、車両工場と広い係留線が併設されたJR四国の要であり、乗務員区所である多度津運転区も併設されています。ハチロクは駅のすぐそばに保存されていますが、以前は街中の公園にあり、駅前が整備されたのにあわせて移転されたようです。多度津駅構内にはレンガ造りの給水塔も残っているそうなので、今度多度津に行くときはそのあたりも確認したいと思っています。
2007/07/14
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中央本線(西線)沿線にはD51もいくつか保存されています。本日の「思い出の1枚」は、木曽福島駅のそばに保存されているD51 775号機です。ブログへアップするにあたって履歴を調べてみました。この機関車は昭和17年に福井へ新製配備され、その後、長く北陸本線で活躍していましたが、昭和46年に福井から木曽福島に移動してきて昭和48年6月の電化まで「木曽路のD51」の一員として脚光を浴びています。同年8月に運転された「さよなら列車」の牽引機にも選ばれ、有終の美を飾ったのちに廃車。そして現在の木曽福島駅そばへ保存されたようです。この機関車は駅のホームや松本方面へ向かう列車のなかからも見ることができます。ということは、撮影の仕方を工夫すれば現役の電車と保存蒸機を並べて撮ることが可能かもしれません。775号機を撮影中もその考えが浮かんだのですが、次の電車が到着するまでにかなりの時間があったのと、このあとに向かう予定との関係でD51だけを撮影して移動しました。
2007/07/13
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わたしの鉄道写真は、昨年の1月から全面デジタルに移行したのですが、その結果、写真の整理方法も大きく変わりました。それまではポジをルーペで確認したあと、保存するカットを1カットずつ仕分けしたうえで撮影データも付していたのですが、そうした手間が要らなくなりました。デジタルの便利さはこうしたところにも現れているようです。写真整理のポイントは、撮影後、できるだけ早いうちに整理しておくというのはフィルムもデジタルも変わりませんが、ポジの時代はなかなかそういうわけにいかず、今も未整理のままになっているフィルムが山積しています。デジタル移行時からは、そうしたことのないよう、撮影後、できるだけ日をおかずにデータを整理するようにしていますので、ここ1年半ほどのうちに撮影した写真は把握しやすくなっています。先日もデジタルデータのインデックスプリントをながめていると、撮影に行った先々で保存車両を結構写していることに気づきました。このブログでもあまりご覧いただいていませんので、今日から数日間、各地の保存車両をアップしたいと思います。本日の「思い出の1枚」は、昨年11月に中央本線の秋景色を撮影した折、奈良井宿で写したC12 199号機です。普通C12にはデフレクターがついていないのですが、この199号機には装備されおり、そのため、一見するとC11のように見えます。観光地・奈良井宿の駐車場の一角に置かれているので一般の人の目にも触れ、観光効果を上げるのに一役かっています。しかし、デフレクターに錆が浮いていたり、雨のしずく跡が至るところについていたりで、保存状態はあまり良くないな、と思いました。
2007/07/12
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本日の「思い出の1枚」は、赤い電機EF65 1118号機が牽く急行「銀河」です。最近、「銀河」をEF65 1118号機が牽引するようになり、特に関西在住のファンのなかでは話題になっています。しかし、いつ牽引するのかはよく分からず、会えるのは運次第というところがあります。わたしも、ネットでは1118号機が牽く「銀河」の写真を見ていますが、撮影する機会には恵まれませんでした。この日、約2ヵ月ぶりに1118号機が「銀河」を牽いたようで、あいにくの雨天でしたが、それをおして「朝練」に来てよかったと思いました。
2007/07/11
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大阪~京都間での「朝練」は、「きたぐに」「日本海」「銀河」と下り線での撮影が続き、最期は上り線で「なは・あかつき」を撮影して終了となります。「銀河」通過後、反対側のホームに場所を移して「なは・つき」がやってくるのを待ちました。7時35分過ぎ、しのつく小ぬか雨のなか、この日の「なは・つき」はEF66 42号機が牽引してきました。
2007/07/10
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梅雨の晴れ間の翌日は、梅雨らしい天気にもどりました。車にガソリンを入れるついでに「朝練」をすることにしました。場所はわたしの朝練道場の1つ、岸辺駅のホーム端です。先日の「朝練」同様、「きたぐに」からの撮影ですが、大阪に近づいている分、家を出るのも、撮影時刻も、少しだけ遅くなり、それだけ気分的に楽です。雨が降っているので同業者は少ないだろうと思っていましたが、予想どおり、現場に着いたときには誰もいませんでした。しばらくして、わたしと同じか、少し年上と思われる「鉄人」が1人やってきました。止むことのない雨の中、傘をさして待っていると、遠くにライトが見え、青い列車が近づいてきました。今日の特急「日本海」はEF81 101号機が牽引しています。関西ではこのローズピンク(略してローピン)のEF81が当たり前で、むしろ、東京へ出かけたときに赤いEF81を見たりすると、わたしなどは一人興奮するのですが、その逆の現象で、関東ではローピンに萌える方が結構いるようです。
2007/07/09
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宮津から再度、舞鶴に出ました。舞鶴線では今でも湘南カラーの115系が走っています。この色の電車もいつまで見られるか分かりませんので、きちんと撮って残しておく必要があります。編成(とは言っても2両ですが)を記録的に撮影したのが、「本日の思い出の1枚」です。梅雨の晴れ間の西日を受けて走る湘南カラーは、田んぼの緑、山の緑とマッチしていました。
2007/07/08
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今日は年に一度のたなばたです。星に願いをかける若者たちの期待に応えて、今夜は晴れるでしょうか(どうやら、北の方と沖縄を除けば、全国的には曇りもしくは雨のようです)。遠い昔に、星に願いをかけてしまったおぢさんにとっては、どちらでもよいことでありますが……(笑)。さて、北近畿タンゴ鉄道の続きです。「タンゴ悠遊号」はこまめに停車していくのに加え、景色の良い所ではスローダウン、もしくは停車して乗客にサービスを行います。このあたりが土・休日限定の観光列車らしいところです。七三カットを撮影したあと、さらに追っかけ、丹後由良駅に停車している間に先行して由良川でもう一度、帰りがけのお駄賃を頂戴することにしました。現地に到着すると、ちょうど釣りをしている地元の人に出会いました。天の川に引っかけて、由良川で釣り糸を垂れる太公望と「タンゴ悠遊号」のカットが本日の「思い出の1枚」です。
2007/07/07
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特急「文殊」の発車を見送ってから帰宅の途につきました。舞鶴に向けて走っていると、車の横を「タンゴ悠遊号」が通り過ぎていきました。あらあら、と思ったのですが、次の駅で停まっている間に追い越せましたので、帰りがけのお駄賃を稼ごうと俄然、追っかけモードに入りました(まさか天橋立まで来て追っかけをするとは思いませんでした。笑)。列車より少しだけ先行することができましたので、適当な場所で車を停め、定番の七三カットをねらいました。しかし、こうして見ると、白い波に青い空のデザインが、いかにも海辺を走る列車らしいカラーリングです。丸まったおでこにコブダイを連想するのはダイバーの悲しい性でしょうかね(笑)。
2007/07/06
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日本三景の1つ、天橋立には知恩寺があり、境内には知恵の文殊というものがあります。輪の中をくぐり抜けると頭が良くなるという言い伝えがあるもので、私などは何回でもくぐらなければならないものです。この知恵の文殊にあやかった列車として、新大阪発、天橋立行きの特急「文殊」があります。大阪から城之崎方面へは特急「北近畿」が数多く設定されているのですが、「文殊」は1日1往復しか走っていないのと、大阪近辺を通過するのは上りも下りも午後5時ごろということから、これまでこの列車を撮影したことがありませんでした。近くて遠い存在の電車だったわけです。本日の「思い出の1枚」は、天橋立駅を発車する特急「文殊」です。さてさて、この電車に乗ったら、頭がよくなるかしらん?
2007/07/05
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舞鶴へは夏場、ダイビングによく出かけますので、行き帰りの道は熟知しているのですが、舞鶴から宮津方面へは数えるほどしか行っていません。舞鶴線での撮影を終えたあと、宮津の方へハンドルを切りました。めざすは由良川に架かっている北近畿タンゴ鉄道の長い鉄橋です。もう今から25年ほど前になりますが、釣り好きだった従兄弟と一緒に、この由良川の河口へキスを釣りにいったことがあります。投げ釣りで結構な釣果だったことなどを思い出し、当時の様子を妻と話していました。河口には漁船が係留されていましたので、それを取り入れて、お得意の船入りカットをねらいました。平日は普通の車両なのですが、この日は土・休日に走る「タンゴ悠遊号」が運行されていました。
2007/07/04
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ここ数日、大阪でも雨が続いていますが、今年は全体的に空梅雨みたいで、鉄道写真を撮る立場からいえば、撮影日に晴れてくれるのはうれしいのですが、生活するうえでは、降るときにしっかり降ってくれないと、夏場の水不足が懸念されて心配です。人間とは勝手なもので、この間の週末、天気予報で翌日の晴れが伝えられましたので、夏らしい景色を求めて海沿いの場所へ出かけることにしました。選択したのは、大阪から日帰りができる天橋立。北近畿タンゴ鉄道の由良川鉄橋を第1目標とし、その前後に舞鶴線も楽しもうというプランです。久しぶりに妻も同行してのドライブです。舞鶴といえば古くからの港町で、今も赤レンガの倉庫がたくさん残っており、観光名所になっています。そうした土地柄も影響してか、舞鶴線にあるいくつかのトンネルは、赤レンガで築かれた味わい深いものです。距離の短いトンネルもいくつかありますので、そうしたものの1つをモチーフに、トンネル貫きカットをねらってみました。
2007/07/03
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先日、愛媛県に日帰り出張をしてきました。松山行き朝一番の飛行機は、機体がボンバルディア。例の事故以来、敬遠されているのかな、と思いきや、乗客は満員でした(ちなみに、帰りの伊丹便もボンバルディア機で、満席運行でした)。飛行機は大阪~松山を1時間で結んでおり、コストパフォーマンスの点で、鉄道は太刀打ちできないのかもしれません。当然のことながらビジネス客が多くを占めていました。伊丹空港の南東隅には全日空のボンバルディア機を中心とする小型旅客機用駐機場があり、早朝はそこから相次いでボンバルディア機が出発していきます。駐機中の機体を撮影していると、その向こうをモノレールが通り過ぎました。飛行機とモノレールのツーショットを押さえましたが、モノレールが少し小さかったようです。「本日の思い出の1枚」は、ブログ「飛行機幻灯館」と改名した方がよさそうな1カットです。
2007/07/02
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「本日の思い出の1枚」は、東京発の急行「銀河」です。最近は夜行バスの普及により、眠って東海道を移動するための選択肢が増えましたが、ビジネスマンなどからの根強い人気に支えられ、「銀河」は需要が高いようです。EF65PFが定期運用されている残り少ない列車であることから、「鉄」にも根強い人気があります。個人的には6両編成が少し短く思えるのと、機関車の前面にヘッドマークがついても良いかな、という気がしています。おとといご覧いただいた「きたぐに」と同じ場所で撮影しましたから、写真的には変わりばえがしませんが、電車と客車列車で少し変わる雰囲気をお楽しみください。
2007/07/01
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