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稔りの秋を迎えました。この土・日あたりは各地で稲刈りが繰り広げられるのではないでしょうか。いつも行っている日本海のポイントへ潜りに行った折、帰る途中の道すがら、運良く小浜線の列車が通りかかりましたので、秋の鉄道写真として撮影しました。最近はコンバインで刈り取りが行われるため、鎌を使うことはほとんどないようで、たまに鎌で刈っていても、コンバインで刈り取ることのできない場所がほとんどみたいです。このとき農家の奥さんが何をされていたのかは不明ですが、コンバインで刈り取るための下準備のようでした。
2007/09/30
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淀川橋梁で人貨の図を撮影したあとは少し吹田寄りに移動し、神崎川の鉄橋で撮影することにしました。城東貨物線は現在、単線ですが、近い将来複線になるでしょうし、神崎川の鉄橋も複線化する余裕は十分あるようです(橋げたが1本分丸まる空いています)。この日は普通電車の試運転が運行されたようで、線路際には保線の方が立っていました。無線からは随時、列車の進行状況が連絡されてきており、そのそばに立っていた私たちは、貨物が接近してくるのをリアルタイムで知ることができました。「○○貨物、△△通過」「△△通過了解」というやりとりに、ある意味、ワクワクしながら待ち受けるという貴重な経験をさせてもらいました。
2007/09/29
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京阪の併用軌道を撮影したあと、大阪にとって返しました。お昼過ぎに吹田発の城東貨物線があるので、それに間に合わせようと考えたからです。同行の品川530さんのリクエストで、とりあえず定番の淀川橋梁(赤川仮橋)へ向かいました。城東貨物線の淀川橋梁といえば、人道橋と鉄道橋とがいっしょになっており、人と貨物列車とを一緒に撮影できる場所として昔から有名です。このブログでも何度か掲載しており、本日の「思い出の1枚」も相変わらずの定番カットですが、ご了承ください。現在、城東貨物線は文字どおり貨物線として運用されていますが、近い将来、大阪の北部(新大阪)と大阪南部とを結ぶ新路線に生まれ変わる予定で、すでにそれに備えた工事も進んでいます。今のところ工事は南部方面が中心で、北摂では表立った動きがありませんが、工事が進行していくと、淀川橋梁の人道橋部分も今の姿のままではなくなると思われます。機関車に関しては、吹田機関区のDD51が更新機となりはじめています。原色機も健在ですが、更新色も結構見かけるようになっています。そうしたことも踏まえ、今後とも小まめに撮影しておかなければ、と思っています。
2007/09/28
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京都では、人の名前で「~さん」というのを「~はん」と言います。京阪電車では、「けいはん」を人の呼び方にもじり、女性の名前を重ね合わせて「おけいはん(お京阪)」と呼んでPRにつなげています。いかにも関西風の乗りです。大阪と京都を結んでいるのが「お京阪」の本線ですが、京都の隣りである滋賀県大津市を中心とした石山坂本線や京津線なども、「お京阪」の支線として京風の風情を色濃く漂わせています。このことは町並みにも言え、滋賀県とは言いながら大津あたりはどこか京のイメージに重なるところがあります。京津線の併用軌道を撮影しているとき、道路に面した商店の1つに線香屋さんがあるのに気がつきました。いかにも京風のお店です。線香の香りがほのかに漂ってきて、電車が来るまで暫しの間、雅やかな気分になりました。
2007/09/27
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昨日のブログでも書きましたが、京阪石山坂本線の方は2輌編成ですし、ボディも京阪らしいグリーンベースの塗装ですから、京風の街並みにはこちらの方が似合っています(ただ、京阪カラーと全く異なる配色のラッピング電車も一部には走っています。これもご時世でしょう)。本日の「思い出の1枚」は、石山坂本線の併用軌道で撮影したカットです。併用軌道とはいえ、車が避けるスペースがないほどの道幅のなか、S字カーブでゆっくりと車体をくねらせながら石山行きの電車が接近してきます。いたるところに表示されている「駐車禁止」の看板は無粋ですが、この状況で車を停められると列車の運行に支障が出ますので、仕方がないのかもしれません。
2007/09/26
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少し前のことになりますが、在京の友人、品川530さんから電話がありました。彼は京都の出身で、時折、関西にも帰ってくるのです。今回も「今夜、用事で大阪に行くのですが、明日、一緒に撮影に行きませんか」とのお誘いです。もともと予定していたことがキャンセルになったこともあり、旧交を温めることにしました。「明日は夕方4時の飛行機で帰京する」とのことですので、撮影時間はそれまで。さて、いずこへ、となったのですが、以前から一度撮影しに行ってみたいと思っていた京阪電鉄の併用軌道を訪ねることにしました。京阪電鉄といえば、大阪と京都を結ぶ関西有数の私鉄の1つですが、滋賀県にも路線があります。京津線と石山坂本線がその路線なのですが、この両線は浜大津で合流し、さらには、この浜大津付近で併用軌道となっています。路面電車ではない普通の電車が、乗用車やトラックなどが行きかう道路上を走るのは、ある意味、見ごたえがあります。本日の「思い出の1枚」は、京津線の電車が道路上を走っているカットです。石山坂本線は2輌連結ですが、京津線の方は4輌と編成が長いため迫力があります。路面を走ることを強調するため、あえて自動車も一緒に写し込んでみました。
2007/09/25
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旅の締めくくりは函館の路面電車とすることにします。北海道で唯一の路面電車である函館市電の前身が函館馬車鉄道であったということは、今回初めて知りました。函館馬車鉄道は明治28年、亀函馬車鉄道株式会社として設立され、明治30年12月に開業しました。その後、徐々に路線を延長しましたが、明治31年8月、社名を函館馬車鉄道株式会社と改称し、同年には念願であった湯川までの路線も開通しました(これは、現在の市電の路線と同じところを走っています)。明治44年には函館水電株式会社と合併、大正2年に電車が走るようになるまで市民の足として活躍したという歴史を持っています。この記念碑は駒場車庫の前に建っています。ちょうどバックにレトロ電車の1両である530号が停まりましたので、両方を組み合わせて旅の思い出としました。
2007/09/24
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江差から山越えをして津軽海峡線に出ると、再び海岸線に沿った場所で撮影することができました。北海道側の海峡線のなかで、海辺の景色を取り入れられることで有名なのは釜谷駅付近ですが、この駅自体もお手軽に編成写真を撮ることができます。駅に到着するのとほぼ同時にED79の重連が牽引する貨物列車が進入してきました。西日本の直流区間をホームグラウンドとしている私にとって、ED75やED79は普段出会うことのできない機関車です。特にED79には初見参でしたので、貨物更新色とはいえ、とてもラッキーという気持ちになりました。
2007/09/23
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江差の町をあとにするキハ40を見送ったあと、津軽海峡線へと移動したのですが、途中で江差線のキハ40を追い抜きましたので、撮影回数をかせぐため、景色のよいところで待ち構えることにしました。江差線は江差を出たあと、上ノ国までは海岸線を走るのですが、その後、山の中へと入っていきます。雑誌などでは海沿いを走っている写真が紹介されることが多いため、私などは勝手に江差線=海岸路線というイメージを抱いていたのですが、どちらかといえば森林路線というのが、現実に近い印象のようです。本日の「思い出の1枚」は、湯ノ岱に架かっている鉄橋を渡るキハ40普通列車です。木々に囲まれたこの場所は、夏の盛りであるにも関わらず、涼しいというのを通り越して、少し肌寒く感じられました。
2007/09/22
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今回の北海道行きでは、海岸線で何度か列車を撮影する機会に恵まれました。噴火湾沿いの函館本線や室蘭本線で海入りのカットを撮影したあと、民謡の追分節で有名な海辺の町・江差に向かいました。江差線は、キハ40が単行で単線区間を往復するという典型的なローカル線です。当然、日中の運転本数は少なく、撮影効率も非常に悪いのですが、道南の路線をひと通り押さえておきたいと思いましたので、足を伸ばしました。本日の「思い出の1枚」は、江差湾をバックに走る北海道カラーのキハ40です。実はこのとき、すでに北海道へ向けて台風が接近していたのですが、この付近はまだその影響を受けておらず、空は晴れ、海も穏やかにのんびりしていました。列車がやって来るまでのひととき、海辺を散策したのですが、ダイビングの講習をしている人たちに出会い、同じ趣味を持っているので声をかけ、水温を尋ねると24度とのことでした。本州では本格的なダイビングシーズンを迎える前の水温です。「水中でじっとしていると手先が痺れてきますよ」と言われたのに、さもありなん、と思いました。
2007/09/21
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昨日のブログと同じ場所で36年前に撮影したのが本日の「思い出の1枚」です。今はバックの山の中腹に長万部と室蘭とをつなぐ幹線道路が走っており、そこから一昨日にご覧いただいたDD51貨物の写真を撮影したのですが、この当時は道路の存在がうかがえません(もしかすると走っていたのかもしれませんが、この写真からは確認できないようです)。大きくカーブを描いた線路付近のロケーションは、木が繁ってこの当時ほど今はすっきりと見えなくなっていますが、基本的に大きな変化はないようです。D52が爆煙をあげトラ(どうやら空車みたい)を牽いていたのが、今はDF200(またはDD51)がコキを牽くようになっています。機関車だけでなく、貨車もいつの間にか消えてしまいました。このあたりからも時代の移り変わりを感じます。
2007/09/20
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本日の「思い出の1枚」は、昨日ご覧いただいた礼文のカーブを水平レベルで撮影したものです。自慢の振り子機能を発揮しながら「スーパー北斗」が高速でカーブを駆け抜けていきます。実は今から36年前の夏、わたしはこの場所に立っているのです。しかし、そのときの記憶はすっかり思い出の深海に沈んでしまい、今回、この踏切に来た時も、全く新鮮な思いでカメラを構えていました。人間の記憶なんていい加減なものです。しかし、それだからこそ何度も同じ場所へ足を運ぶことができるのかもしれません。
2007/09/19
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今回の北海道撮影旅行は、道南で定番のお立ち台と言われているポイントを中心に巡りました。世に「絵はがき写真」と呼ばれるものがあります。誰が見ても「きれいね。美しいわ」と言うものですが、その一方で、「誰でも撮れるだろ」とか「面白味がない」といった微妙な意味合いも含まれています。お立ち台写真もそれに似たところがありますが、「絵はがき写真」や「お立ち台写真」は馬鹿にできないのです。誰でも撮れそうですが、きれいに撮られた写真の裏には撮影者の目に見えない努力が潜んでいるからです。時を選ぶのも1つ。器材を選択するのも1つ。さらには運に恵まれるのも1つ。定番のお立ち台を巡りながら、あらためてそのことを認識しました。本日の「思い出の1枚」は、DD51が牽く貨物列車です。撮影場所は、室蘭本線・礼文の大カーブとして有名な所で、お立ち台の1つですが、DD51牽引貨物がやって来るという運に恵まれて、思い出に残る1枚となりました。
2007/09/18
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昨日の「すれ違い」ポイントから程近い場所にあるのが、静狩跨線橋です。いかにも北海道らしい、まっすぐな線路を列車は一直線にこちらへ向かってきます。それを程よい高さと引きで撮影することができるため、わたしは「北斗星3号」をこの場所で撮影しようと、渡道前から決めていました。画面を対角線で二分したその直線上を、こちらへ高速で近づいてくる2輌の青いDD51と同色の客車。北の大地でしか見られないシーンです。はるばるやって来てよかった、と心から思いました。
2007/09/17
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函館本線から室蘭本線へと撮影場所が変わる長万部~静狩あたりは、北海道らしい直線コースが続きます。途中、数ヵ所に踏切がありますから、お手軽に編成写真を撮影することも可能です。直線コースで編成写真を撮ろうと踏切のそばに車を停め、時刻表を確認すると、もうすぐ「スーパー北斗」がやってきます。その一方で、反対側から貨物列車も接近してくる時刻です。どちらが先になるだろうか、と思っている矢先、踏切の警笛が鳴り始めました。列車接近表示を見ると、両方が点いています。さあ、どうする? と思いながら、貨物の方を確認して振り返ると、「スーパー北斗」がすぐそこまでやって来ていました。もう間に合いません。仕方がないので、貨物列車だけでも撮影しようとカメラを右側に向けると、両方の列車のスピードの違いから、離合シーンとなりました。というわけで、本日の「思い出の1枚」は、スーパー北斗とDF200のすれ違いです。ともに北海道を代表する車輌ですから、その離合シーンを納めることができたのは幸運でした。
2007/09/16
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本日の「思い出の1枚」は、昨日、日暮山展望台からの俯瞰ショットでご覧いただいた大沼公園の鉄橋を渡る現役時代のD52のカットです。日本の蒸気機関車のなかでわたしが好きなのは、何といってもC62ですが、その母体となったD52の写真をわたしは残念ながらあまり撮影していません。今から35年ほど前にわたしが住んでいたのは、甲子園球場のある西宮ですが、そこから比較的近いところでは吹田機関区にD52が配属され、城東貨物線で貨物を牽引していたはずです。しかし、残念ながら吹田のD52にはめぐりあうことができませんでした。それだけに、北海道で現役のD52に出会ったときは感動しました。今回、昔のネガを引っ張り出してきてスキャンした結果、大沼公園の鉄橋を渡る現役蒸機がD52であったことに改めて気づき(長年D51だとばかり思っていました)、とても得をしたような気がしています。それにしても、今はこういう過去ネタをブログで紹介できるのですから、やはりすばらしい時代ですね。
2007/09/15
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雑誌などに掲載されている大沼周辺で撮影した写真のなかで、日暮山の展望台から俯瞰したカットも有名です。大沼公園を出た列車が短い鉄橋を渡るその瞬間を写しとめた写真が日暮山展望台のお決まりカットですから、まずはそれを撮影しようと思いました。今回、わたしがこの場所に着いたのは、日も随分と西に傾き、光の量が刻一刻と少なくなっていくころでした。それにしても藪蚊の多いこと。あいにく虫除けスプレーを持っていなかったため、吸血鬼の猛攻を防ぐためには、絶えず手足を動かしていなければなりませんでした。傍から見ると手足がバラバラの踊りをおどっている「変なオジさん」のように見えたかもしれません。夕暮れ時の風がやんだ一瞬、レッドベアーことDF200が大沼公園の鉄橋を渡っていきます。モノトーンの景色のなかに真紅の車体が浮かび上がりました。
2007/09/14
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昨日のブログで書かせていただいたとおり、本日の「思い出の1枚」は昭和46(1971)年8月13日に大沼湖畔で撮影した現役時代のD51 234号機です。「1234」と数字が並ぶのがおもしろいですね。昨日ご覧いただいたカットに比べてもう少し線路際に下りたところから撮影しています。この写真を撮ってから35年あまりの時間が流れていますが、画面右奥の木立が成長した以外は、さほど大きな変化はないように思えます。昔は撮影できたけれど、木々の成長によって撮影できなくなったというお立ち台が多いなかで、昔も今も変化しない場所というのは、ある意味、貴重かもしれません。
2007/09/13
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大沼駅から函館に向かってしばらくすると列車は湖畔に沿って走ります。大きくカーブしている場所も昔からの撮影ポイントです。実は今から30年以上も前、わたしはこの場所で現役時代の蒸気機関車を撮影しています。しかし、そのことに気づいたのは、帰宅後、何となく気になったために昔のネガを引っ張り出してからのことでした。現役時代の写真は明日のブログでご覧いただこうと思っています。「本日の思い出の1枚」は、函館から大沼に向かって走ってくる特急「北斗」を捉えたものです。
2007/09/12
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函館から1時間ほどのところにある大沼国定公園の周辺には、昔から有名な撮影ポイントがいくつもあります。大沼を訪ねたときには、曇りがちながら駒ケ岳がすっきりと見えていましたので、まずは駒ヶ岳バックの定番ショットを大沼公園駅と大沼駅の間で押さえることにしました。この区間では振り子タイプの「スーパー北斗」、183系の「北斗」、さらにはDD51やDF200が牽く貨物などが走っていますが、雑誌や本で紹介されているカットのほとんどが「スーパー北斗」とからめたものですので、一応お決まりとして「スーパー北斗」の写真として撮影することにしました。「スーパー北斗」の先頭部にある貫通扉には窓があり、ここから前方をながめることができます。「鉄人」「鉄子」の特等席として人気の高い場所でもありますが、このときは路線をチェックするためか、保線の方が前方を注視していました。このことは撮影後のモニター確認で気がついたのですが、この場所はこういう使われ方もするんだ、と思いました。
2007/09/11
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北海道に数あるお立ち台の1つとして有名なポイントに函館本線落部~野田生間があります。駅からは距離がありますが、国道のパーキングエリアそばから撮影できるため、車を利用するなら比較的簡単に行けるのも、この場所に人気が集まる理由の1つです。早朝に通過する下りの「カシオペア」や「北斗星」をこの場所で撮影するのが長年の夢でした。特に「カシオペア」や「北斗星1号」は午前5時台に通り過ぎるため、夏季限定の「朝練」となります。午前4時半に起床し、これから眼前に広がる光景を想像しながら、まだ明けきらぬ国道を撮影ポイントに向かって車を走らせるだけで胸が高鳴ってきます。天気はあいにくの曇り空。しかし、何とか撮影できる明るさです。きれいに弧を描いた線路のそばの防波堤には規則的に波が打ち寄せています。遠くで踏切の警笛が鳴り始めました。トンネルから出てきた2輌の青いDD51に牽かれた12両編成のブルートレインが、ファインダーの中で刻一刻と大きくなります。長い間夢見てきたあこがれの景色が、ようやく現実のものとなりました。
2007/09/10
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本日の「思い出の1枚」は、川遊びに興じているこどもたちの上を駆け抜けていく牟岐線の特急「剣山」です。海部駅を普通列車として発車したあと、牟岐駅に到着した列車は特急「剣山」に変身します。牟岐駅で停車している間に追い抜きましたので、帰りがけの駄賃を稼がせていただいたのがこの1カットです。麦わら帽子をかぶったおじいさん。ゴムボート。こどもたちの歓声……。川で遊ぶ人たちの上を列車は速度を上げて徳島をめざします。夏の思い出となる1枚を撮ることができました。
2007/09/09
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わたしにとっては初めての訪欧旅行でしたが、ベルギー、フランス、スイス、オーストリア、ドイツと、各国でさまざまな鉄道風景を目にすることができ、あらためて「世界の車窓」は広いと感じました。このブログでは、約2週間にわたってヨーロッパの鉄道の旅を続けてきましたが、そろそろ帰国のときを迎えたようです。まだまだご覧いただきたいカットはあるのですが、またの機会といたしましょう。本日の「思い出の1枚」は、徳島の海部で撮影した気動車です。海部は牟岐線の終点で、徳島方面から来た列車はこの駅で折り返していきます。さらに南下を続ける人は、この駅で阿佐海岸鉄道に乗り換え、高知県の甲浦をめざします。徳島方面行きの列車は、海部駅を出るとすぐに鉄橋を渡ります。この列車は牟岐駅から特急「剣山」となりますので、列車の正面には「剣山」のヘッドマークが掲げられていますが、この時点では各駅停車の普通列車です。
2007/09/08
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ミュンヘン駅では小型の3軸小型ディーゼル機関車が入換作業に精を出していました。この写真では黒くつぶれてよく分かりませんが、3つの車輪は1本のロッドでつながれています。小型の赤いディーゼル機関車が客車2両(しかも、それぞれカラーリングが異なる)を牽引しているところなど、本当に鉄道模型の世界を見ているようでした。
2007/09/07
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今回の訪欧では、少しでも時間ができると、滞在している町の中央駅へ行って駅撮りをしました。路面電車以外、列車の走行写真はあまり撮れなかったのですが、ミュンヘンでは中央駅の隣り駅のすぐ上を道路が走っていますので、黄昏どきの1時間ほど、その歩道からミュンヘン中央駅に出入りする列車を撮影することができました。本日の「思い出の1枚」は、ミュンヘン中央駅をあとにするディーゼル機関車牽引の客車列車です。この機関車を見ていると、今は姿を消してしまった日本のディーゼル機関車DD54を連想してしまいました。DD54は西ドイツのマイバッハ社製エンジンとメキドロ社製液体変速機を搭載した機関車で、窓下を突出させた「くの字」状のヨーロピアンスタイルが特徴でしたから、外観が似ているというのも、あながち無理な連想ではないでしょう。
2007/09/06
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オーストリアのあとはドイツへ行きました。ドイツでベースとなったのはミュンヘンで、この町にもトラムがありました。夕方、カメラを片手に王宮の近くを歩いていると、トラムの線路脇にある花壇の前で若い女性たちがおしゃべりしているのに出くわしました。ちょうど路面電車がやって来ましたので、すかさずシャッターを切ったのが本日の「思い出の1枚」です。花と美人と路面電車。おしゃれな1カットが撮れました。
2007/09/04
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ウィーンでは産業技術博物館を訪れました。この博物館はその名が示すように、産業や技術の発展過程を分かりやすく理解できるよう、船や車、飛行機、鉄道などの実物や模型を使って展示が行われていました。見学を終え、博物館の外に出て路面電車の停留所に向かって歩いていると、街角の公園の片隅にクラウスとおぼしき蒸気機関車が保存されているのを見つけました。この保存機の存在は観光ガイドブックにも記載されていませんでしたので、ちょっぴり拾い物をしたような気分になりました。それにしても、機関車の前でレールを大きく湾曲させているところなどはマンモスの牙のようにも見え、日本では考えられないデザインです。小型のBタンク機は保存状態もよさそうで、市民の愛情が感じられました。
2007/09/04
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本日の「思い出の1枚」は、オーストリアのウィーンにある国会議事堂前を通過する路面電車です。国会議事堂の前面には緩やかなエンタシスをもつ石柱が並び、屋根と石柱との間の切妻面には賢人と思われる人物たちの彫刻が施され、まるでパルテノン神殿のようです。ちなみに、中央奥に見える尖塔は、ウィーン市庁舎のものです。ヨーロッパの各都市にある市庁舎は、こうした尖塔を持つ立派なものが少なくないようです。ベルギーのブリュッセルやルーバン、オーストリアのウィーン、ドイツのミュンヘンなどで見かけたいずれの市庁舎も、同様の尖塔を持つ重厚な中世建築でした。議事堂の前を通過する路面電車は低床タイプの連接車で、新型車輌らしく車輪が見えません。中世の建物が居並ぶ音楽の都ウィーンには、やはり路面電車がよく似合うようです。
2007/09/03
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今回の旅の目的の1つにオーストリア・グラーツにあるエッケンベルク城を訪ねることがありました。グラーツへはウィーンから列車で2時間半ほどかかりますが、途中、センメリング地方という石造りの鉄橋がいくつもある非常に景色の良い場所を通っていきます。センメリング鉄道がベースになっているのですが、実は鉄道の遺産として世界遺産に登録されているのです。今回は車窓からその美しさを堪能しましたが、次回はこの景色の中を駆け抜ける列車をぜひとも撮影したい、と思いました。さて、グラーツです。実はこのグラーツも最近、世界遺産に登録されました。この日は1日に2つの世界遺産を観ることができたわけです。目的とするエッケンベルク城はグラーツの町はずれにあり、グラーツ駅前から路面電車を利用していくことができました。お城といっても山城ではなく、平地に建っている洋館風の建物です。広大な敷地の中には孔雀が放し飼いにされ、オス鳥が鮮やかな尾羽を広げてわたしを迎えてくれました。エッケンベルク城には豊臣期の大坂を描いた屏風が保管されていることがごく最近分かり、その屏風を観たくて、わたしはこのお城を訪ねたのです。城内、「東洋の間」と呼ばれる(最近は「日本の間」に変わったとも言われる)部屋に飾られた「大坂図屏風」は期待にたがわぬものでした。この屏風が日本から遥か彼方のオーストリア・グラーツへ運ばれたのは東インド会社を通じてであろうと言われています。エッケンベルク城の見学をすませたのち、ウィーンへ帰るためにグラーツ駅へ行きました。乗車予定の列車が到着するまでにしばらく時間がありましたので、お決まりの駅撮りを行いました。この駅には、ホームのすぐそばに小規模の機関庫がありましたので、そちらの方へ行ってみました。首からカメラを下げた東洋人が機関車の撮影をしていることに対しては、機関庫の人も鷹揚に対応してくれました。本日の「思い出の1枚」は、グラーツ駅構内で撮影したオーストリア国鉄の電気機関車です。旧型から新型まで形が異なっているのがおもしろいところです。
2007/09/02
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ヨーロッパの鉄道はかなりの割合で電化されていますが、電車だけでなく電気機関車が牽引する客車列車も数多く存在しています。大都市の中心駅は、その多くが上野駅のように行き止まり式のホームになっており、電気機関車が牽引する客車列車には不都合な構造となっているのですが、そこは合理性を重んじる風土。電気機関車がつく編成の最後尾となる客車には運転台がついており、逆向きに走るときはそこで運転制御するようです。つまりは運転席付(または制御室付)客車とでも申しましょうか。電車のように動力を分散してパワーを均一化させるのと、機関車に動力を集中させるのとでは、どのような違いがあるのでしょうか。ただ、機関車だと貨物列車の牽引に転用できるという利点もあるでしょう。日本のように機関車が風前のともし火となっている国から彼の地に行くと、何と機関車が元気な国よ、とうれしくなってしまいます。本日の「思い出の1枚」は、チューリッヒ中央駅に進入してくる電気機関車牽引の2階建て客車列車です。もう1枚はその編成の最後尾、運転台付客車です。どうです? これだけ見るとまるで電車のようで、客車だなんて思えないでしょう?
2007/09/01
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