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アメリカの暴動は、人種差別に対する抗議が発端ではある。しかし、これは格差暴動であると私は思う。そして、ここで見落とせないのは、同様の抗議デモ、暴動は過去に何度もあったということである。そのたびに根本的対策を取ろうとせず、対症療法に終始してきた。この日本でも、危機に際し対症療法で済ますという悪習が蔓延っている。抗議して来る人が少数や弱者であれば、なんとかなだめるか放ったらかし。そのようになることの最大の要因は、問題解決において、「報・連・相」などというわけのわからん護符を金科玉条の如く振りかざし、権限のないところに責任を押し付け自分たちは言い訳を用意している組織のトップたちにある。まあ、そろそろいつものように興奮して来たので、このへんでやめる。
2014年11月30日
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人生を無駄にする物の内でも、最大の物は「目的のはっきりしない物」「いろいろな事ができる物」「みんなが使っている物」「そして少なくとも当面は楽しい物」「自分の欲望を満たしてくれる物」である。そして、それはおそらく、スマホである。かの、スティーブ・ジョブズは自分の子供に決してiPhoneもiPadも与えなかった。かつて、酒を発明したものが、「うまい水が出来ました」と、王様にそれを献上したが、王は「この水は確かに美味いが、美味すぎる」と言って、以後その者を近づけなかった。スマホは明らかに、中毒性があり、人から時間と創造性を奪い、周りを見えなくしてしまう。代わりに自己防衛と攻撃性を植えつける。それは、混んでいる電車に乗ればわかる。
2014年11月27日
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青酸化合物を使った殺人の容疑で、ある人物が拘束されている。思うに、「猛毒」そのものを手に入れるのではなく、容易に手に入るものに少し手を加える事により、それを作ったということではないだろうか。つまり、少量青酸が含まれているものから、それ以外のものを取り除く、濃度を上げるなどして。煮沸して濃度を上げるとか、他の薬品と反応させて不純物(欲しい物から見て)を沈殿させるなどしたのではないか。看護師程度の知識があれば、それらはたやすいのではなかろうか。と、どしろーと探偵は言っておりますが如何。(実は今読んでいる小説からのネタです。使われたのは青酸ではないですが)
2014年11月25日
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例えばある介護施設に、高校生のボランティアが来たとして、その生徒がほとんど何のオリエンテーション、指導を受けることなく、ほとんどの業務ができること。それがあるべき姿である。そこで何をすべきか、対象となる要介護者にどのように働きかけるのか、それを言葉でなく主に映像や図でその場で分かるように示している、そのような施設が理想的である。あるいはそれは、あたかも自閉症児たちに物事、あるべき姿、何が望ましいのかを示しているかのようでもあるだろう。それに反して、今の姿は、介護職という特殊技能集団を養成しようという方向である。この動きによって、人手不足と虐待、過酷な労働が増やされ、それをごまかそうと、あろうことか、福祉の世界に消費者原理を持ち込み、福祉はサービス業というとんでもないこじつけによって、益々虐待は増えている。
2014年11月22日
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危険ドラッグを吸って、交通事故をおこし(この表現自体おかしい)、それで「危険運転致死傷罪」。ドラッグをやった時点で犯罪なのに、裁かれるのは、「交通事故」の範疇のことになってしまっている。こんなことがなぜまかり通っているのか。使われた凶器がたまたま車だったからという理由で、殺人罪にはならない。自動車でなく、野球のバット、のこぎり、ハンマー、石、包丁、花瓶、電気ポット、椅子・・だったらどうなるのか。こんなことなら、免許を持っていたほうが、犯罪を犯した時に有利ということになりかねない。
2014年11月20日
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他人から自分がどう見えようと、あまり気にならなくなって来たことは、いよいよ世間ともこの世とも遠くなって来たということでもある。もう、死というものがいよいよ身近になって来たということなのだろう。全員、必ず死を迎えるのだが、人にとやかく言われずには逝きたいものだ。以前自分は、所謂成功というものを目指していたし、さもなくば、世の人すべてとは言わないまでも、多くの人と仲良くしたいと願っていた。今はというと、あまりにひどいので、ここに書くことはしないという程なものだ。まあ人間、ひどくはなったが、楽にもなった。
2014年11月17日
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在特会という組織が、このたび一定の成果を上げたのでそろそろ解散かと思われる。成果というのは、勿論金儲けのことである。彼らの目的が初めからカネ目当てなことは明々白々で、やったことと言ったら、街宣車を町中に繰り出してがなりたてたと思えば、学校の授業を妨害して世間の耳目を集め、人や金を集めただけだ。それで当の会長が、「脱会」するという。人間、何が信頼出来ないかというと、言ってることとやってることが一致しない、シンクロしない、関連しないということである。学校の授業を妨害して、何で特権を許さないことになるのか。その妨害のやり方にしても、いかにも自分たちが目立ちたいという下心満載のパフォーマンスだけ。それでいい加減ケネもできたし、ここらが潮時とでも思ったようだ。えっ、まだやるの・・・・
2014年11月13日
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うまくいかない人たちというのは、せっかく余裕を持っても、その都度それを使いきってしまう。使いきって、いつも最大のパフォーマンスとか、少しでも多く、遠く、高くと上昇志向をやめようとしない。信号待ちでいつも歩道ギリギリに立つ(少しはみ出す)、時間やお金に余裕があると、動物を飼ったり、装飾品を買ってみたり、それで尚、余裕が有るならまだしも、いつも消費税とか、生活苦とか文句を言っている。それで掃除もろくにせず、感染源になりかねない環境を作り出している。それで本人は、一人前の庶民、市民、納税者であり、有権者ズラして自分より少しでも立場の弱そうなやつを見つけては、偉そうにしている。こんなのが、困ったところで同情の余地はないよ。
2014年11月10日
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もし学校から、職場から、家庭から、属するコミュニテイから、出ていけるという選択が許されるなら、いじめは半数が無くなる。後の半数は、出て行くという選択をイジメられている本人が、それをしない。半数でなく、もっと多いかもしれない。逃げよう。学校から。職場から。自殺までして、そこにとどまる必要はない。生きて、世界に飛び出そう。だが、人間は世界に出て行かない。どこかに、何かに属そうとする。そこにつけ込むのが、イジメの本質である。
2014年11月06日
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障害児たちは、ほぼ例外なく、もしゲームができる能力のある子はゲーム機を与えられている。そしてそのことが彼らの社会参加を少なからず阻害している。ゲーム(機)を操れるということにおいて、健常児との差が見かけ上は無くなるか、あっても目立たなくなる。保護者とすればこんなにありがたい魔法は無い。しかし、ゲームに中毒を起こしている障害児は、障害の上に障害を負っているようなものだ。私は、障害児の障害のうち、半分は保護者や福祉関係者によって後から付け加えられたものと確信している。一時的に嬉しそうに見えること、そのことが後に大きな災になって家族や本人の上に降りかかる。「猿でもできる」それがゲームの本質であり、麻薬・アヘンの類と効果は同じである。京都大学に「霊長類研究所」というのがある。ここのチンパンジーはそこに働く研究者の誰よりもゲームが出来る。ゲームと言っても単純なものではなく、戦闘を繰り返しながら敵中を突破していくという本格的なもので、時には仲間との連携も必要になる。いや、「猿でもできる」ではなく、「猿の方が上手い」。そんなものに時間をさくなら、もっと自然や外界に触れて、少しでも適応能力を培ったらどうか。訓練的生活と、ゲーム。後は全く安全・安楽に守られたレクリエーションと称せられる何か。これでは、コロニーの中にいる方がまだ如何程かまし。
2014年11月04日
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この日本で、「カジノで経済活性化」とか「地域活性化」とか、アホな事を言っている人達がいる。こんな試みはどっかの東京オリンピックと同じで、必ず破綻する。かじのがうまくいくためには、客が必ず負けなければならない。いや、そうじゃないくて、カジノはレジャー施設の一部で・・云々とか言っているが、そのレジャー施設にしてからが、甚だあやしい。家で安楽椅子に横たわり、スマホからイヤホンのコードを引っ張っている方が、よっぱど安全快適にきまっている。そんなところに行くのは、それがステータスであり、スタンダードであり、自分たちは一種のセレブだと思いたい人たちの幻想充足にほかならない。アルコールやニコチンや大麻でラリっているのと、実は大差ない。
2014年11月03日
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