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○○したいんや で生きている人たちは必ず不幸である。そんなもの実現したところで、幻想に決まっている。人間は欲に従っている限り自由ではない。人は何かに従うということについては、私も異論はない。「従う」ことそのものを否定している人がいたら、もうお手上げで議論は何も無いけど。人間は物理を知りたがる。それはその法則に従いたいがためである。そこには我々の好きな「永遠」がある。しかしその永遠すら限られたものであったと、いつかわかってしまうかも知れない。そんなことなら、不幸という海を欲とかごまかしとかを頼りに漂っている方が、よっぽどまし、なのか。
2015年03月28日
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本人がやっている、やれているわけではなく、ヘルパーがそれをやっているという、「介護」がある。こんなことをやっても障害者のためには役立たないばかりが、有害であることは明白だ。しかし、なぜそれがあるかというと、哀れで愚かな母親が存在するからである。賢明な親は、できないことはできないと受け入れた上で、本人の社会参加と自分が保護できなくなった後の事を心配する。今あるのは、本人=顧客 ヘルパー=従業員 という偽りの構図の上に絵を描いているだけだ。
2015年03月27日
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日韓中が、歴史問題について話し合うんだとか。そもそも歴史などというものは、話し合いで決めるようなシロモノではない。それは事実や資料の発掘によって、厳然としてそこにあって、ある物を知るそれ以外に何があるのか。政府や首相が、三者納得・妥協できる歴史などというたわけたことを言うなら、それもよかろう。しかし、心ある人達は責任ある大人としての、当然の態度で歴史を直視する、そのような態度を後世に残すであろう。
2015年03月24日
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革命とは、価値観の破戒である。思想そのものが革命であると言える。アメリカも、イスラム国も、日本も、同じ価値の上に成り立っている事は明白である。イスラム国(その呼称をいかにしようと)は、金を要求した。これは命を金で測るという共通の土俵がなければできない芸当である。もし今、貧乏人が金持ちをうらやまず、金の価値やその有用性について別な解釈を以ってそれに接するならば、困るのは金を持っている方である。もし今、「ローン」というものを人々が止めるだけで、世界は変わらざるを得ない。
2015年03月23日
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相手が言って欲しそうな事をつい言ってしまうことって、あるんだよな。聞き手の方としても、せっかく聞いておきながら、イヤ、そうじゃないだろとか、正直に言えとか、自分の欲しい答えばかり相手に言わせようとしている。正直なんてどこまで意味があるのか。やれやれ、そういう答えを欲しがる自分というのは、日々せっせと仕入れている情報に頼っているんだよね。それをもたらすのはスマホとかテレビとか、そしてそれに支配されてしまった友人とか、親兄弟、先生たちだよ。
2015年03月16日
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思いに とらわれれば 罪となる すでに世界は遠く 真の絶望だけが ある常に心して、誰かのために身を滅ぼすな顔も知らず、名も知らない誰かのために 損得の勘定が少しでも出来るなら 負けよう 逃げよう そして世界を手に入れよう
2015年03月08日
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今頃弁護士を雇う手間と金があるんだったら、初めから何とかしてやれよ。
2015年03月03日
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