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本日マイナンバーが届きました。これ、マイナンバーカードというのを作らないといけないようである。無理して作らなくてもいいようだが、私はこういうのは作ります。で、写真ですが、自分としては自分でデジカメで撮ってプリントしたいですね。ネクタイなどせずに。それから、今回入手したフリーテルのスマホ。もう解約したい。一度もネットにつながることなく往ってしまうのか。
2015年11月26日
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だいたい「よくある質問」。これは「そんな質問が来ないようにしっかり作り直しなさい」という意味である。だいたい「サポート」てどーいうこと? ユーザーが店をサポートしてやっているようなもんじゃないのか。物やサービスを売っておいて、それが使いにくい・勘違いしやすい・幾通りにも意味が取れるのはユーザーの責任、てか?ええ加減に 松田聖子ええ加減に サラセン帝国
2015年11月25日
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で、そのFREETELなんですがね、いまだにネットにつながりません。ま、通話はできなくてもいいですが、こうなったら、本体は売り払って、SIMは別の白ロムに刺す。それでソフトフォン専用に家電話として使う。ガラケーは通話専用で今まで通り使う。というのが一番出血少なくて済みそうです。一応、FREETELにはメール二通(うち一通はマイページからの「書き込み」)送りました。使ってみた感想は、自分にはスマホは向いてないということです。指のタッチで操作が変わるというのが、なじめません。でもそれでよかったのかも。街に出るたびに中毒者の群れを見てぞっとしている身としては、自分はそうならないのが分かった、ということですから。
2015年11月23日
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仕事から帰ると、宅急便の不在案内が入っていたので近所のクロネコヤマト営業所まで、取りに行った。注文は昨日の8:07:45ということだったので、翌日には届くということだ。SIMと端末同時購入にしたので、3000円引きしてもらった。これにはデータSIMが刺された状態で送られてくるはずなので、ガラケーのSIMを別のスロットに入れる。この機種はダブルスロットになっているのだ。標準SIM+マイクロSIMという仕様になっているのは、自分のようにガラケーもしくは昔のスマホからの乗り換えを円滑に行えるという意味もあってのことだろうか。箱を開けるのは、明日にします。
2015年11月22日
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緒戦はアノニマスの圧勝に終わる。イスラム国側とすれば、新規の人員の募集はやりにくくなるものの、ネットを使わなくなるという手に出るしかない。双方、勝手な正義を振りかざし、自分たちと考えの違う人間をそれぞれの方法で抹殺し終わるまで、その生命は終わらない。その次はといえば、新たな難癖をつけて次の標的に向かうのである。
2015年11月17日
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テロとの戦争。そのようなものは、言葉の綾として存在しても、実際にはありえない。例えばバスケットボールに野球で挑むようなものである。だが戦争を手段として持っている者にしてみれば、戦争で対抗するのが最上唯一のほ方法であると思えるのも当然のことだ。テロをやっている者たちは、テロをやっているのであって戦争をやっているのではない。したがって、彼らは戦争で勝とうとは思っていないし、第一その勝敗は関係がない。ただし、テロをやっている者たちも、テロで相手に勝てるかというとそれも絶対に無理だ。戦争に勝ち目はないのと同じで、テロにも勝ち目はない。絶望がゆがんだ正義を生み、テロを生む。
2015年11月14日
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本とか、もう捨てることにした。物入れの下段にあるものを整理してスペースをつくり、布団を入れる。出しっぱなしのベッドは解体して捨てる。しかし本はなかなか捨てられないし、つい買ってしまう。Kindle本にしてからかなりましになったが、読みかけて、また読んでということをやっているうちに平行読書になっている。ある程度は仕方ないが、度が過ぎるとだめだ。今後、シンプルライフを目指す。少なく持ち、偽物の欲を捨てる。自分と思っている自分は、実は外部から動機づけされた消費欲がその大部分なのだ。消費は誰かの利益に貢献しているだけの偽物の自分である。どれほど手に入れ、消費しようと自ら満足を知らない。その満足にお墨付きをもらおうと、誰かがそれを称賛してくれるのを密かに待っている。あほらしい生活とは縁を切る。
2015年11月12日
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ミャンマーという国、内部に少数民族を抱え、このたびの選挙後にクローズアップされるはずである。現在は軍政打破が当面の問題として大きいが、いずれこの民族差別問題は出てこざるを得ない。かつて、イギリスと日本の間で翻弄されたビルマ=ミャンマー。もし民主化が成ったとしても、その道のりは厳しい。この地域にテロの遺伝子が潜入しないはずはない。
2015年11月09日
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半介助には二通りある。一つは本人の残存能力を活かしつつ、機能回復訓練を兼ねて行うもの。もう一つは介助者が全介助できないので、利用者の能力を利用しようとするもの。いわば介助を受けている人に手伝ってもらっているようなものである。これは極めて危険かつ悪質と言わざるを得ない。悪質というのは、「本人の能力を活かす」という美名のもとに行われている偽善という意味においてである。介助はいざとなれば全介助できるという自信と能力のもとに行われなければ、危険である。なぜなら、介助が実は本人に依存しているだから、その日その時の本人の肉体的精神的状態が大きくかかわってくる。もし、介助者が自信を持っていないような時には、介助を受ける側にもそれは伝わっていると見るべきである。そうなると失敗の確率はさらに高くなる。つづく
2015年11月06日
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道家と言われる人たちの中でも、「列子」は特に仏教の影響が強いという。「列子」はそもそも仏教の影響を受けた人(達)が書いたいわば偽書という評価もある。自分は「列子」を読んだが、そこのところはよくわからない。需・仏・道のうち、「仏」は他の二つにない特徴がある。それははっきりと宗教だということである。他の二つにあっては、宗教としての儒教は儒教で思想とは別にあり、道家も同様である。特に道家においては、ことさらなことを嫌うその有り様と相まって宗教を否定するような考え方である。仏教はその成立の古さもあって、儒家・道家が成立した時にはすでにあの世とこの世の橋渡し的な役目を負わされていた。しかし本来釈迦が道を説いたその教えは人の道だったはず。また、今お寺などに伝承されている形式が当時もあったとは思えない。現代において在家という言葉が示すように、仏道とはお寺にあるもの、修行者はお坊さんという考えが一般にあるが、そうではない研究者・修行者があることも事実。その動きは広まりつつあると見る。原始仏教、その原点はいかに。
2015年11月04日
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ついにかぶせものが入った。歯科治療のことです。昼ごはんは少し遅めの「ジンギスカン」。このジンギスカン、「チンギス・ハーン」というが正しいということで習ったのがおよそ三十年前。しかし、これは現代モンゴルの発音で、13世紀ロシア方面では「ジンギスカン」の方がリアルタイムの発音だったらしい。果たしてモンゴルの方ではどう発音していたのか。知りたいものだ。稀代の殺戮者にして征服者「ジンギスカン」。この時代だけはどうごまかしてもごまかしきれまい、「元」の時代は中国はモンゴルで中国ではない。ほかにも「唐」「清」は明らかに異民族の国家だ。それに最初の統一王朝の「秦」も相当怪しい。こういうことは、もし現代の支配者、共産党の諸君が歴史認識とか歴史を直視すべきとか、繰り返し繰り返ししつこく言ってくれなければ到底「認識」できはしなかった。 謹んで御礼申し上げます。
2015年11月02日
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