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作詞財津和夫作曲姫野達也リードボーカル姫野達也。「火馬は馬鹿」「刹那居季節」「日曜日の風景画」「心の中は白い画用紙」と、この組み合わせもいい曲が多い。ただ、大作というよりは小品っぽいのが多い。チョーキングを多用したギターの間奏が印象的。
2006年03月31日
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このアルバム2曲目は「笑顔で」。作詞安部俊幸、作曲姫野達也、リードボーカル姫野達也。まさに「黄金コンビの復活」という言葉がピッタリあてはまる。ポピュラー音楽界の黄金コンビというと、「レノン&マッカートニー」「エルトン・ジョン&バーニー・トーピン」「都倉俊一&阿久悠」「宇崎竜童&阿木曜子」「来生たかお&来生えつこ」(だんだん古く、マイナーになる…)といったところが挙げられるが、私にとっては「安部俊幸&姫野達也」はまさに黄金コンビ。曲の良し悪しを別にすると、財津和夫の曲よりも私はこのコンビの曲の方が好きだ。わかりやすいメロディ、わかりやすいリズム、わかりやすい歌詞、そして派手さはないがツボを押さえたアレンジ。名曲はわかりやすくなくてはいけない。スカ・ビートっぽいリズムが新鮮。このアルバムは全体を通して、リズムが明るく弾んでいて、それ以前よりも若返ったような印象を受ける。リズムギターが効果的なんだと思う。生ギターによるリズムギターはデビュー当時はよくあったが、途中からほとんど聞かれなくなっていた。しかし、この歌詞はどういうシチュエイションだろうか。この歌の相手は友人?恋人?それともあえて対象はぼかしてある?まっ、どちらにしても自分にとって大切な人、再会を信じている人、ということになるのだろう。
2006年03月30日
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作詞作曲リードボーカル財津和夫。7月2日にシングルにもなっている。リズムを前面に出した明るくポップな曲。ハウス食品完熟トマトのハヤシライスソースCMソングにもなっていた。サビから始まる曲だが、私はどの部分も好きだ。左チャンネルから聞こえてくる生ギターのカッティングがカッコいい。2回目の「赤い赤いトキメキが…」のところだけやけに財津和夫とともにメロディを歌っているボーカルが目立っている。誰の声だろうか。上田雅利にも聞こえるが、全然違う人にも聞こえる。
2006年03月29日
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1997年7月24日に発売された。再録が6曲、新曲が4曲。7月2日にシングル「シェア」が発売され、5日からツアー開始。24日にはアルバム発売、とたたみかけるように活動が活発になっていた時期だ。今思い出してもあのころは楽しかった。“チューリップの新曲が聴けて、コンサートにも行ける”なんて。結構テレビにも出ていたし。
2006年03月28日
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昨日の結婚記念日ブログには予想外にお祝いの言葉をいただきまして、ありがとうございました。改めて御礼を言いたいと思います。昨日はおめでたい日だったんですが、今日は悲しい日です。弟の18回目の命日です。交通事故で亡くなりました。19歳でした。私が「人生何が起こるかわからない」「何はともあれ健康第一」という生活信条を持つに至ったのは弟の死によります。今も昔も毎年1万人近くが交通事故で亡くなっていますが、まさか自分の身内がその犠牲になろうとは夢にも思っていませんでした。いろいろなことを考えました。人生ってなんだろう?生きているということはどういうことなんだろう?死はその人の人生の終わりなんだろうか?…などなど。結論は出ませんでした。おそらく一生わからないでしょう。ただ、ひとつ、“死は人生の終わりではない”という結論には達しました。少なくともその人の周りの人間にとっては。私にとっては亡くなった弟は今でも大きな存在だし、本人が目の前にいるかいないかは重要ではありません。長期にわたって海外で生活しているようなもんです。私にとって、そしておそらく世界中の人々にとってジョン・レノンは間違いなく、今でも生きています。生きているとき以上に私たちにメッセージを届けてくれています。そもそもジョンが生きているときからジョンは私にとって、会って直接言葉を交わせるような存在ではなかったわけですから、死んだからと言ってとくに変わらないわけです。私とジョンとの距離感は。そう考えると、人の死というのはいったいどういうことなんだろう、と考えずにはいられません。人間、一人ひとりのアイデンティティーというものは心の内に宿るものでしょうから、肉体的な滅亡というのはたいした意味はないのだと思われます。体は元気でも、本人の意思がなくただ生きているのであれば、その人のアイデンティティーは希薄なものになるでしょう。これは肉体的なハンディキャップを負った人、という意味ではありません。自分が積極的に世の中にコミットしていこうという気持ちがない人のことです。言われたことしかしない人、自分の殻に閉じこもって好きなことしかしない人、責任をもった行動がとれない人などは体は元気でも、メンタル面では死んでいる状態といえます。と、いったようなことをよく考えるようになりました。財津さんの作る歌にもそんなようなことを歌った歌が結構ありますし。
2006年03月27日
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今日は17回目の結婚記念日だった。全然気がつかなくて、朝、妻に言われて気づいた。結婚してからもう17年もたつなんて…。自分でも信じられない。今でも新婚気分、とは言わないが、何も変わってないように感じていたので。私も妻もほとんど体型が変わっていない、ということもあるだろう。これはいいことだと思っている。たいていは太るようだから。髪の毛が薄くなるとか、白くなるということもない。しかし、顔のしわは増えたように思う。毎日見ているので自分では気づかないが、写真を見比べると一目瞭然だ。そういった外見的なこともそうだが、なによりも中身が変わっていない。妻のほうがさておき、私には世間一般の40代半ばの人間としての知恵や経験がついているのだろうか。はなはだ疑わしい。まっ、記念日そのものにたいした意味があるとは思えないが、結婚生活が17年続いている、ということはまずはめでたい。近くのランチバイキングの店にみんなで行って、お祝いの外食をしてきた。それでこの17年間の一番大きな変化に気づいた。17年前は食べ放題でおなか一杯に食べてもこんなに胃がもたれることはなかった。食べたのが3時ごろだというのに、今(11時半)でも消化しきれないでいるようだ。もっともお茶漬け一杯とはいえ、夕食は夕食で食べたが。
2006年03月26日
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それにしても不思議なのが、今回の民主党永田議員による偽メール問題だ。さんざん情報提供者の名前を公表するのしないのといっていて、ここにきて突然名前を公表した。西澤孝という人だが、この人の名前はとっくに公表されてたでしょう。私は3月4日の産経新聞のコラム「花田紀凱の週刊誌ウォッチング」で読んで知っていた。そのコラムによると、その時点ですでに「週刊新潮」や「週刊文春」に出ていたらしい。それも本人の写真までついて。「週刊新潮」も「週刊文春」も誰も知らないようなミニコミ誌じゃないのだから、マスコミ関係者や政治家も含めてかなり大勢の人が実名を知っていたと思う。しかし、なぜか皆知らないふりをしていた。ここがまず不思議なところだ。元来、情報提供者の身元は明かさない、というのはマスコミに限らず取材をする時の原則だが、そうであるなら、最後まで明かすべきではないだろう。永田議員自ら“だまされた”と言っておきながら、取材の原則を変なところに持ち出して名前の公表を控えたりするからますますおかしくなってしまった。巷間でよく取りざたされているように、幼稚としかいいようがない。この人の行動は。東大を出て大蔵省に勤めているのだから、勉強はできるのだろうが、頭は相当に悪い。こんな人が民主党の公認候補となり、激戦の選挙を勝ち残ってこられたというのがそもそも不思議だ。民主党の責任、選んだ有権者の責任は重いといわざるを得ない。とくに、有権者はこのことを意識するべきだと思う。永田議員は昨年の選挙では千葉2区から立候補して、2番目の得票数を得ている。結局比例で南関東ブロックから当選するわけだが、小選挙区でも2番目だったのだから、地元でもかなり支持は得ていたわけだ。私は選挙のたびに思うのだが、まず投票率が低すぎる。昨年の総選挙が67.51%というのはどうしたわけか。あれだけ盛り上がっておきながら、7割いかないなんて。3割以上の有権者が投票に行ってないのだ。たとえ支持できそうな候補者がいないとしても、“一番悪くなさそうな人”を選ぶことはできるはずだ。つまり、だれかを“選ばない”という選択肢を選ぶということだ。4人の候補者がいたとしたら、ある一人の人を選ぶ、ということは残りの3人を選ばない、ということになる。支持できる候補者がいないとしても投票はするべきだと思う。それをしないで民主党や永田議員を攻めているとしたら、それこそ本末転倒だ。これを機会にもっと政治に、選挙に関心を持つ人が増えたらいいと思う。
2006年03月25日
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一般企業に勤めていた時は年度初めも年度終わりもあまり関係なく、3月の月末から4月にかけて仕事をしていた。しかし、この仕事ではおおいに関係ある。今までいた生徒は学年がひとつ上がり、新しい生徒が大勢くる(最近は大勢、ともいえなくなりつつありますが)。今日で2005年度が終わった。明日、あさってと休みがあり、月曜日から新学年での授業が始まる。気持ちを切り替えて、新たな目標をもって仕事をはじめる時期だ。どんな新しい生徒が来るのか、楽しみな時期でもある。
2006年03月24日
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いや~、ホントにワールド・ベースボール・クラシックで優勝できたのはよかった。久しぶりに野球で興奮しました。私の年代の男性はまず間違いなく野球少年だったと思います。自分でどの程度やるかは別にして、見るスポーツといえば野球だったと思います。私は中学時代の部活動が野球でしたので、野球はやる方が好きです。恥ずかしながら少年時代は私は“プロ野球の試合は巨人と他のチームとの対戦しかない”と思ってました。つまり阪神対中日とか、大洋対広島という試合は存在しないのだと。だって仕方ないでしょう、テレビで巨人戦しかやらないのだから。子どもですから、新聞で野球のニュースを読んだりはしませんし。また、“必ず巨人が優勝する、と決まっているんだ”と思ってました。筋書きのあるドラマのように。だって仕方ないでしょう。私が野球を見始めた昭和40年代後半は巨人のV9時代の真っ只中ですから。各チームが真剣に戦った末に巨人が優勝しているとはまったく考えず、巨人以外のチームは巨人の引き立て役なんだと思っていたんですね。まあ、それもこれも遠い過去の話です。今や子ども(特に男の子)の最大の関心を集めるスポーツはサッカーになっています。今のプロ野球のあり方では仕方ないと思います。巨人のチーム作りは全然野球界全体のことを考えてませんので。巨人が強ければプロ野球は安泰だ、なんてどこのアホの考えなのかと思います。金で各チームの4番打者を集めて作ったチームなんて何の魅力もありません。まっ、プロなんですから、金で選手が動くのは自然なことかもしれませんが。その点、WBCの日本代表チームはよかった。野球が好きで「プロ野球」という会社に入社したのに、配属されたのは経理部でいつも金勘定ばかり…。または総務部で、事務用品の補充係…。はたまた営業部で靴をすり減らしお客回り…。といった状況から、一転して「野球」ができる環境になった。このときばかりは部や課のしがらみはこえて「野球」のために全力を出そう、と全社一丸となって同じ目標を持って戦う…。そんな姿が浮んできます。これを機会にもう少し野球の人気が出てくればいいな、と思っています。
2006年03月23日
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宮城県民会館でやったときの曲目です。あいつが去った日新しい地球をつくれハーモニー二人の部屋夏色のおもいでぼくがつくった愛のうた悲しきレイン・トレイン箱入り娘僕のお嫁さん風車田舎へ引っ越そう(以上4曲が生ギターコーナー)笑顔でShareWe believe in Magicサボテンの花虹とスニーカーの頃心の旅あの娘は魔法使い風のメロディ光の輪Shooting Star青春の影夕日を追いかけてRoute134早くおいで私のアイドル夢中さ君に(以上4曲が1回目のアンコール)再会の日銀の指環魔法の黄色い靴(以上3曲が2回目のアンコール)と、当時のメモによると、30曲やったことになっています。たしかコンサートの直後にメモしたものなので、間違いないと思います。武道館ライブに入っているのはこのうちの22曲ですが、「Give me a chance」は仙台ではやりませんでした。
2006年03月22日
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最初の再結成ライブは自分の休みと関東近辺のコンサートの日程が合わず、7月24日の仙台でのチケットを取った。以下、その時の日記を読み返してリライトしてみます。「ついに24日(木)は仙台でチューリップのコンサートだ。この2ヶ月間、このときだけを楽しみに過ごしてきた。朝、4時半にSM-X(当時私が乗っていた車です)で仙台へ出発。早いうちに都内を抜けたせいか道は順調に流れていた。10時には福島に入り、そこから東北道を降りて一般道を走り12時までには仙台に着いた。疲れがたまっているせいか、体調は今ひとつだが、チューリップ再結成という一生に一度のビッグイベントを控え気持ちは高ぶるばかり。仙台に着いてから、まずビブレの駐車場に車を停めて、『萩の月』(仙台名物お菓子です)を買い、駅で『はらこめし』(仙台名物駅弁です)、レコード店でチューリップのニューCD(「We believe in Magic Vol.2」の発売日だった)を買った。いったん駐車場を出て、涼しいところを探した。青葉城の近くの美術館の駐車場に車を停め、はらこめしを食べCDを聴いた。時間まで車で走り回っていようかと思ったが、早めに会場である宮城県民会館の駐車場に入って車を停め、少しあたりを歩いてみた。ドトールでコーヒーを飲んでジャーマンドッグを食べ、6時15分前には会場に戻った。6時の開場を待っている人たちをみると、予想通りとはいえ年配の人が多かった。小学校高学年くらいの子どもを連れている人も結構いた。ほとんどは自分より年上に見えた。そして開場、コンサートの開始。チューリップが解散して8年、安部さんと姫野さんが抜けてからは12年たっているわけだが、コンサートが始まってみると不思議なぐらい違和感がなかった。この8年間はちょうど結婚生活が始まった時期と重なり、音楽を楽しむ環境ではなかったからかもしれない。選曲は初期のチューリップを意識したものばかり。上田さんと吉田さんが抜けたあとの曲は新曲をのぞくと「Shooting Star」と「Route134」だけ。「THE LOVE MAP SHOP」以降ファンになった人には物足りなかったと思うが、客の年齢とノリ具合からいって、ほとんどデビュー当時、または「心の旅」からのファンだったようだ。」とこんな感じで行ってきました。コンサートが終わった後はすぐに車を走らせ、途中少し仮眠をとりながら、25日の昼ごろには家に着きました。
2006年03月21日
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10曲目が新曲の「We believe in Magic」。“何度でも生れ変る 魔法を使って…”まさにこの時のチューリップを表現していると思った。われわれにとってはほぼオリジナルメンバーでチューリップが再結成されるというのは夢のまた夢だったから。ギターのリフが印象的で目立っていてほっとした。これでまた安部俊幸の出番がなかったらなんのための再結成か、ととても心配だった。間奏はあっさりしていてちょっと不満だったが。
2006年03月20日
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8曲目は「走れ!ムーン号」。アレンジはオリジナルとほぼ同じだ。ベースも同じなのは珍しい。たいていベースは宮城伸一郎が多少え変えているのだが。歌詞が一箇所違う。“事典めくり”のところが“辞書をめくり”になっている。単にいい間違えたのか、わざと変えたのか…。厳密に言えば、辞書は言葉を調べるもので、事典はことがらを調べるものだから、ここは“事典”が正しいのだろう。9曲目は「虹とスニーカーの頃」。やはりアレンジはほとんど同じ。ベースはオリジナルよりも少し音数が多くなっているが。4分31秒と、演奏時間もまったく同じ。
2006年03月19日
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6曲目は「博多っ子純情」アレンジはやはりオリジナルとほぼ同じだが、調が違っている。オリジナルはGだが、この録音は3度下がってEだ。高い音が出にくくなったのだろうか。それとも少し落着いた感じを出すためにあえてキーを下げたのだろうか。多分後者だと思う。7曲目は「悲しきレイン・トレイン」。文句なしの名曲、名アレンジなので、ほとんどオリジナルどおりにやってくれて大満足。間奏のあとのブラスセクションはシンセサイザーではちょっと軽くなってしまうので、コストはかかると思うがストリングスでやってほしかった。
2006年03月18日
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3曲目「ハーモニー」も全体のアレンジはオリジナルとほぼ同じ。ストリングが入ってない点、間奏が加わっている点、最後でリタルダンドしてテンポが遅くなって終わっている点がわかりやすい相違点。オリジナルは2分21秒だが、このアレンジでは3分35秒とかなり長くなっている。ベースの音がポコポコしているのがちょっと気になる。このアルバム全体に言えることだが、この曲で特に目立つような気がする。4曲目「夢中さ君に」も基本的にはオリジナル変わってないが、コーダに入る前の部分が5小節だけ増えている。オリジナルのイメージそのままでちょっとした工夫がしてあるのは歓迎。間奏のサックスは入ってない。5曲目は「銀の指環」。アレンジ面でのオリジナルとの違いは一番少ない。ベースとピアノがところどころ違うことをやっているのが気づく程度。
2006年03月17日
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今日は中学3年生を呼んでの「進学祝賀会」の日。始まるのは12時だったのですが、9時半には楽器を持って会場の校舎へ。ステージ用のPAなんかあるはずもないので、それぞれ自分の手持ちのアンプにつないで音を出します。シールドの接続がひと仕事です。楽器の編成はシンセサイザーが2台、マイクの付いたオベイションギターが1台、エレキギターが1台です。それにボーカルマイクが3本。ボーカルマイクはカラオケ用の機械に接続しました。演奏したのは「お祝いの歌」(オリジナル)「風になりたい」(THE BOOM)「イマジン」(ジョン・レノン)「桜」(コブクロ)「チェリー」(スピッツ)「ヘイ・ジュード」(ビートルズ)の6曲です。「風になりたい」と「イマジン」以外は私がリードボーカルとキーボード(「チェリー」ではギター)をやりました。正味20分程度ですが、その前に練習で何回も歌っているので、結構疲れました。まあ、生徒が楽しんでくれたようなのでよかったですが。そのあとは会場となった教室を片付け、夜はいつも通りの授業でした。いつもと違う仕事のリズムということもあって疲れました。しかし、体は疲れているのに妙に頭が冴えちゃって眠くならない感じです。
2006年03月16日
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1997年5月21日発売。新曲が一曲、リメイクが9曲。1曲目は「サボテンの花」。テレビドラマ「ひとつ屋根の下2」の主題歌になっていて、ヒットチャートの上位にランクされていた。アレンジはほぼオリジナル通り。「心の旅」が一番売れたわけだが、なにぶん古いので、「サボテンの花」のほうが今では有名かもしれない。2曲目は「ぼくがつくった愛のうた」。これも基本的にはオリジナルと同じアレンジだが、前にも書いたが、“どうしてって聞かないで”のところのベースが一か所オリジナルと違っている。オリジナルではこの部分は“D-C-B♭-C”となっているが、この録音やライブでは“D-C-B♭-A”となっている。たしかにこの方が響きが安定している。なぜ新しい録音で変えたのか、そしてオリジナルではなぜD-C-B♭と下がってきてCとなっているのかはよくわからない。
2006年03月15日
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さて、チューリップが解散したあとのことをいろいろ書こうと思い、この数日、オールウェイズのことなどを書いてきたが、長女が生まれたのが1992年、長男が産まれたのが1994年と、とても忙しかった時と重なっており、そのころどんな音楽を聴いていたのか、チューリップはどうしていたのかなどの記憶がない。もちろん記録もない。で、今日からは再結成チューリップの話を始めたいと思いますので、皆さん、よろしくお願いいたします。1997年に再結成されたチューリップ。そのころ出たビートルズの「アンソロジー」に刺激を受けた、ということだった。ジョン以外のメンバーが集まって、ジョンが残したデモテープに演奏を加えて作った「フリー・アズ・ア・バード」。それを聴いて姫野達也と財津和夫がどちらからともなく「もう一度やってみない」という話になったという。4月23日にはシングル「We believe in Magic」、5月21日にはアルバム「We believe in Magic」が発売になっている。ちょうどそのころ「サボテンの花」がテレビドラマの主題歌に使われてヒットしていた、ということもあり、結構テレビに出ていた。チューリップの再結成は、世の中にこんな奇跡的な素晴らしいことがあるんだろうか、と思うぐらいうれしかった。もちろんCDはすぐに買い、7月5日から始まった30回目のツアーも行った。しかし、行ったのは仙台。仕事の都合でそれしか行ける日がなかったのだ。私の住まいは当時も今も神奈川県内なので、車を飛ばして行って来た。0泊2日の日程だった。まずはアルバム「We believe in Magic」と、このツアーの話あたりを次回から書いていきます。
2006年03月14日
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オールウェイズというと最近では「オールウェイズ3丁目の夕日」、古くは事故死した森林災害救助隊員が幽霊になって恋人の前に現れるという映画「オールウェイズ」。安部、姫野、伊藤、風祭の4人によるバンド「オールウェイズ」は巷ではどのように思われていたのだろうか。オールウェイズファンはほとんどがチューリップファンだったと思う。それはそれとして、当初は結構CMソングを歌ったりしてマスメディアにも露出していた。ライブ活動も積極的に行っていた。大きなホールに見に行ったこともあるが、比較的小さな会場に見に行った記憶が結構ある。六本木のライブハウス「Sensation」、マイカル本牧の小ホール…。マイカルに行った時はピックを全員にプレゼントしてくれた。今でも使っている。ところで、「RERATIVE SPEED MUSIC」の1曲目の「キャリーオン」はノルウェー出身のロックグループ、フラ・リッポ・リッピの「Light and Shade」の最後に入っている「INDIFFERENCE」という曲にそっくりだ。冒頭の部分はまったく同じといっていい。発売はフラ・リッポ・リッピのほうが1年早い。
2006年03月13日
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1986年10月21日発売のオールウェイズのデビューアルバム。前年にチューリップを脱退した安部俊幸、姫野達也、伊藤薫は新しいグループ“オールウェイズ”を結成した。ベースを担当するのは風祭東。このアルバムを聴けば、なぜ彼らがチューリップを脱退したのかがよくわかる。ジャケットにも「PACKAGED 100% PURE POPPS」と書いてある通り、アルバムの最初から最後まで貫かれているのは“ポップ”。軽いといえば軽い。しかし、当時、チューリップファンはオールウェイズのデビューをもろ手を挙げて歓迎したのではないだろうか。私もその一人。姫野ワールドが堪能できる。もっと安部俊幸が全面に出てもよかったのではないかと思うが、彼はあまり曲作りには参加していない。バンドのリーダーとしての役割とギタリストに徹しているようだ。もう一つ書いてある言葉が「WATER FOR PLANTS LOVE SONG FOR YOU」。“植物には水を あなたにはラブソングを”といった意味なのだろうが、単純明快でいい。作詞や編曲にメンバー以外の名前が何人か見えるが、青木望は別にしていずれもどんな人物なのかよくわからない。「好きさ」の編曲にクレジットされている大石学はジャズやフュージョンで活躍するピアニストの大石学だろう。自分でもトリオを結成してアルバムを発表したりもしている。どのあたりのアレンジをやったのかよくわからないが、おそらく間奏のシンセサイザーは大石学がアレンジし、演奏もやっているのではないかと思う。
2006年03月12日
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スタ☆レビはなんだかんだいってもメジャーなバンドだと思うが、それほど一般には認知されていないけど、いいバンドというのもたくさんある。最初に紹介した「アルケミスト」なんかはその代表だが、私はデビュー当時から、いや正確にはデビュー直前から「ザ・コレクターズ」が好きだった。友人に誘われて渋谷のライブハウスに見に行ったら、「明日ついにCDが発売されるんです」と叫んでいた。もうかれこれ15年くらい前のことだ。当時はネオGSとか言われて、少し話題になったが、さっぱり売れず、いつの間にかいなくなったか、と思っていたのだが、どうも今でもやっているらしい。単純明快なポップセンスが聴いていて楽しい。今売れているレミオロメンのリードボーカル藤巻亮太とコレクターズのリードボーカル加藤弥は声や歌い方がそっくりだ。レミオロメンをはじめて聴いた時に、まずそう思った。
2006年03月11日
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再度スターダスト・レビュー。今、「TO YOU」を聴きながら書いている。一体彼らの音楽はなんと表現したらいいんだろう。ロック?ジャズ?ブルース?ファンク?フュージョン?自ら“音楽のデパート”と公言しているぐらいだから“ノン・ジャンル”と呼ぶべきなのだろう。デビューした1981年から1994年までの三谷泰弘が在籍していた間はジャズ、ファンクの香りが強く漂っていた。「RENDEZ-VOUS」の中の「Danger Lady」などはどう聴いてもロックというよりはジャズだ。このアルバム11曲中、三谷泰弘によるものは8曲に及ぶ。ちなみに残りは根本要が3曲、柿沼清史が1曲だ(「Stay My Blue」は三谷泰弘、根本要の二人によるものなので1曲だぶる)。そして、アレンジはすべて三谷泰弘。リードボーカルはほとんど根本要だが、三谷泰弘の色が濃く出ているアルバムといえる。私はこのころのスタ☆レビが一番好きだ。「Thank You」から「RENDEZ-VOUS」までのころが。今ももちろん好きだが、三谷泰弘が脱退したあとはちょっと物足りない感じがしている。
2006年03月10日
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スターダスト・レビューとの出会いスターダスト・レビューが今年デビュー25周年を迎える。ベスト盤とライブ盤を除いて、オリジナルアルバムを全部持っているミュージシャンというのはそれほど多くないが、スターダスト・レビューはその数少ないミュージシャンの一人(一つ?)最初に聴いたのはテレビCMかなんかに使われていた「夢伝説」だったと思うが“これっいいじゃん”と思ったのは夜のラジオ番組でだった。高校3年生の時に、文化放送で夜の11時ごろにやっていた「大学受験ラジオ講座」というのを聴いていた。今思えば結構いい番組だった。テキストを本屋で買えば一流の講師陣による大学受験のための授業が受けられるのだから。今はもうやってないが、5、6年前くらいまで放送していたんだと思う。で、その番組をカセットテープに録音して聴いていたのだが、そのときはたまたまスターダスト・レビューの「ウキウキミッドナイト」という番組をちょうどラジオ講座のあとにやっていた。そうすると、カセットテープの余った数分(60分のテープには62分くらい入るので)に番組のテーマ曲である「UKI UKI Midnight」とメンバーのおしゃべりが少しはいっていたりするわけだ。この、たまたまラジオ講座を録音したあまりのテープに入っていた数分のスタ☆レビを何回か聴いているうちに好きになってしまった。最初に買ったCDはもちろん「THANK YOU」。でも大学生の時はもっぱらチューリップだったので、本格的にスタ☆レビを聴き始めたのは社会人になってからだ。CDもそのころから買い集めた。以来、ほとんどのツアーを見て、野外コンサートも何回か行った。
2006年03月09日
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“アルケミスト”という男性二人のグループがいる。不思議な存在感のグループだ。ボーカルのこんやしょうたろうとピアノの井尻慶太の二人。これはもう聴いてもらうしかないのだが、たとえていうなら、曲は初期のオフコース、大貫妙子、といった感じ。ちょっと環境音楽のイメージにも近い。ボーカルのこんやは誰に似ているともいえない温かな透明感を持った声質だ。二人とも1976年生まれということなので、今年でもう30歳だが、CDデビューは意外と遅く、マキシシングル「なみだ」を発売したのは2004年1月。それ以前からTVKテレビ(テレビ神奈川)などにはよく出演していたが。私はCDデビュー前の彼らをよくTVKテレビで見ていた。そのときはそれほどいいとは思わなかったが、CDデビューしたころにショッピングセンターの一角で歌っている彼らを見たときにガーンときてしまった。こんやしょうたろうの声の良さと歌のうまさに。もちろん曲もいい。すぐにその場でCDを買った。今手元にある「なみだ」というCDには彼らのサインが入っている。まだ、ホールでライブをやるほどメジャーにはなっていないし、買ってくれたお客に一枚一枚サインをすることができるほどしか売れていないのだ。もったいないと思う。世に知られる機会さえあればきっと売れると思うのだが。http://www.voicerecords.net/alchemist/
2006年03月08日
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私の塾では毎年進学祝賀会というのをやっていて、私はそこでギターやピアノを弾いて歌を歌っている。チューリップをやりたいところだが、今の中学生が知っているわけもなく、ビートルズやその時々の流行の歌をやったりしている。で、今年はコブクロの「桜」を今練習している。先日テレビでやっていたが、“桜”“さくら”“サクラ”というタイトルの歌は結構あることがわかった。森山直太郎、河口恭吾あたりが最近では有名だが、松田聖子にも「チェリー・ブロッサム」というのがあった。スピッツの「チェリー」というのもある。チューリップで花の名前が出てくるのは「サボテンの花」「コスモスの咲く郷」ぐらい。あとは「まっ赤な花と水平線」「「3月29日花曇り」に花という言葉が出てくるくらい。意外と花のついた曲は少なかった。
2006年03月07日
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メドレーが終わって二度目のアンコール。「心の旅」「夢中さ君に」「あの娘は魔法使い」「魔法の黄色い靴」と続く。「心の旅」のエンディングのリフレインでは財津和夫がファルセットで今まで聞いたことのなかったようなハーモニーをつけている。「夢中さ君に」のあと3度目のアンコール。「あの娘は魔法使い」を安部俊幸、姫野達也のツインリードギターで演奏する。そして、メンバーがステージを去ると会場の人たちが「魔法の黄色い靴」を歌いだす。この曲を最後までやらないということは、最後の最後のアンコールにとっておいたのだろう。財津和夫によってファンの人たちへの感謝の言葉が述べられ、「魔法の黄色い靴」が始まる。そして、終わってもいつまでも鳴り止まない歓声…。財津和夫の言葉を借りるまでもなく、人類の長い歴史の中でチューリップと時間を共有できたというのは幸せだった。一番感受性の強い中学、高校のときにリアルタイムでチューリップを聴けてよかったと思う。そして、何よりも素晴らしいことは今でもそれが続いているということだ。心の旅は永遠に続く…。
2006年03月06日
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矢野沙織について書くのは3回目だ。実は今日、渋谷にある東京電力の「電力館」のホールで行われた矢野沙織ライブを観てきた。これはその時受付においてあったホワイトボードの写真。“世界が認める若きサックス奏者”と、大仰なことを書いておきながらホワイトボードに手書きとは…。まっ、PR用にTEPCOが行ったミニライブだからこんなものかもしれないが。矢野沙織がすごいプレーヤーだというのは、彼女が財津和夫の人生ゲーム21に出演したときにもブログに書いた。あれだけ迫力ある、スピード感のあるエキサイティングを演奏をしながらまだ19歳だから驚く。部活でアルトサックスを吹いている娘にも刺激になるかと思い、二人で行ってきたが、彼女は途中からグーグー寝ていた。中1にはジャズは難しいか…。昨日の日記にも書いたが、やはり音楽はライブが一番。なんかこの数週間の凝り固まった疲れがスーッと抜けていくような爽快感を味わった。
2006年03月05日
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チューリップ、ビートルズは別格として、数ある私が好きなバンドのひとつがスターダスト・レビュー。実は今日が「Hot Menu」ツアーの初日で、私の妻と息子がコンサートに行ってきた。本当は私が行きたかったのだが、仕事が終わるのが9時では無理だ。で、妻と息子が行ってきた。妻は私と同じ歳で何年も前からスタ☆レビを聴いているのでいいのだが、息子は小学5年生だ。はたして楽しめるのか、と思っていたら意外と楽しかったらしい。そんな話を聞いていたらコンサートに行きたくなった。今年はチューリップはツアーをやらずにアルバム制作に専念する、と聞いてそのほうがいい、と思っていたのだが。やはり音楽は生演奏が一番だ。
2006年03月04日
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ここからはアンコール。まずはメドレーで「銀の指環」「サボテンの花」「さよなら道化者」「虹とスニーカーの頃」「夏色のおもいで」「風よ」「ブルースカイ」「風のメロディ」「私のアイドル」「歌は生きている」と続く。シングル曲中心。「銀の指環」は姫野達也のあと高橋裕幸も歌っている。「サボテンの花」では財津和夫のあとに宮城伸一郎が歌っている。「風よ」がちょっと意外な選曲。この曲は第3弾シングル曲候補だった。結局「心の旅」がシングルになったが。
2006年03月03日
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「ストロベリー・スマイル」「生まれる星」「丘に吹く風」「Shooting Star」「青春の影」と続けて演奏される。そして、「Well」が会場に流れてメンバーは退場。このあとはメンバー紹介とアンコールへ。「青春の影」では財津和夫が感極まって歌えなくなる場面も。個人的には「丘に吹く風」をやってくれてうれしかった。この曲の間奏はふだんよりちょっと長め。「Shooting Star」ではエンディングで安部俊幸と姫野達也のツインリードギターが聴ける。真ん中で聞こえる高いほうの音が安部俊幸で、少し右から聞こえる4度低いメロディーを弾いているのが姫野達也だろう。メンバー紹介ではやはり安部俊幸と姫野達也のところでの歓声が一番大きかったようだ。
2006年03月02日
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今年もやってきた、合格発表日。私の勤務する塾の生徒の大部分が志望する神奈川県立A高校は倍率が1.4倍。近年にない高倍率となった。100名以上の不合格者が出る。他県では高校浪人も珍しくない、というところもあるようだが、神奈川県では高校浪人は皆無だ。人口が増え続けていることもあって、十数年前に県知事が“公立高校100校計画”とかなんとかいって毎年高校を作った。そこへもってきて最近の少子化だ。ここ数年、ほとんどの公立高校が定員プラス数名の志願者しか集まっていなかった。しかし、私立の中高一貫教育校の躍進などもあって公立高校も危機感をもったのだろう。いろいろな改革を始めた。内申点と入試点との比率を変えたり(入試重視の傾向になってきた)、高校独自の入試問題を取り入れたり、入試を前期、後期と分けたり、学区制を廃止したり…。矢継ぎ早に改革を行ってきた。そのためか、旧制中学のころからの伝統を持つA高校は今年は人気が集中してしまった。私が勤務する校舎でも不合格者が出た。合格する実力は十分あるのに、入試で点がとれなかったようだ。選抜するのが目的の試験なのだから、当然合否が分かれるわけだが、なんとも空しさが残る結果となった。まあ、高校入試でも3倍、4倍という倍率もあるわけだし、大学入試ともなれば10倍20倍はざらだ。挫折のない人生はありえないのだから気持ちをあらたにがんばって欲しい、とは思うものの、どっと疲れる1日だった。
2006年03月01日
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