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石破茂氏 いきなり話が違う!十分な論戦→急転解散 急ぐ党内に負けたか 泉房穂氏「びっくり、完全に党内にやられてる」 Mr.サンデー29日のフジテレビ「Mr.サンデー」では、自民党新総裁に選出された石破茂氏が、衆院選投開票を10月27日に定めて、予想外に早く衆院解散する流れとなったと伝えた。司会の宮根誠司が「いや小泉進次郎さんだったら分かるんですけど」と驚き、石破氏は総裁選では与野党論戦が必要だと訴えていたと指摘した。解散までに一定の論戦も組まれるが、番組では党内の解散を急ぐ流れに、石破氏が応じているとの見方が紹介された。宮根が「石破さんの意に反して10月27日に総選挙をやらざるを得なくなった」と驚くと、泉房穂氏が「びっくりですよね。せっかく5度目挑戦で総理になったんですから、リーダーシップ発揮していただきたいと期待してるんですけど、完全に党内にやられちゃってますよね」と語り、今後の裏金問題などに対する姿勢も「心配になってくる」と指摘した。「論戦をして補正予算とか、自分の思いを形にしてもらわないと。こんな急に解散というのは、これまで言ってきたことを、手のひら返しですからね」と語った。---先の投稿で、「私の予想では、石破は首相になった途端に、党内極右勢力に迎合するんじゃないかなと思います。」と書いたばかりですが、さっそく石破の前言撤回が始まってしまいました。極右勢力に迎合したかどうかは定かではありませんが、党内有力者の意見に迎合したことは間違いなさそうです。「石破さんの意に反して10月27日に総選挙をやらざるを得なくなった」とありますが、内閣総理大臣に就任することが事実上決まっている人物ですから、腹の中で何を考えているにしても、「意に反して」なんて言葉は通用しません。というわけで、さっそく前言撤回が始まったわけです。次は、裏金議員の非公認の前言を貫けるかどうかが見ものです。そして、日米地位協定の見直しとか、選択的夫婦別姓制導入なども、持論を貫けるかどうかはかなり怪しいものと考えるしかなさそうです。それにしても、あとになれば支持率が下がるから、支持率の高い政権発足直後にすぐ解散総選挙って、言い方を変えると言い換えれば「衆院の任期切れまでの間に、支持率が上向くような実績は何一つ残せません、だから今から支持率は下がる一方です」と、自ら宣言しているのと同じです。実際のところそのとおりなのでしょうけど、ある意味実に正直な話です。いずれにしても、この前言撤回は支持率を下げる要因になるでしょうね。しかし、より大きいと思われるのは、裏金議員非公認という前言を貫けるかどうかでしょう。これも前言撤回になったら、選挙までの1か月間すら、支持率は維持できないんじゃないでしょうか。それでも、そもそも推薦人が裏金議員オンパレードだった高市よりは、まだマシではありますけどね。
2024.09.30
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自民新総裁に石破氏 国会論戦後、10月解散視野 決選投票で高市氏逆転・来月1日に首相就任岸田文雄首相の後継を決める自民党総裁選は27日、党本部で投開票され、石破茂元幹事長が決選投票で、第1回投票でトップだった高市早苗経済安全保障担当相を逆転で破り、第28代総裁に選出された。10月1日召集の臨時国会で第102代首相に指名される見通し。石破氏は記者会見で、衆院解散・総選挙について「野党と論戦を交わした上で、なるべく早く審判を賜らねばならない。適切な時期を判断したい」と述べた。~総裁選には1972年の推薦人制度導入以降で最多の計9人が立候補。1回目の投票は棄権1人を除く国会議員票367票と党員・党友票368票の計735票で争われ、高市氏が181票で1位、石破氏は154票で2位となった。上位2人による決選投票は党員票を47票に圧縮して計414票で行われ、石破氏が215票を獲得し、194票の高市氏を21票差で破った。石破氏は直ちに幹事長などの人事に着手。30日に新たな党執行部の陣容を決定する。臨時国会召集日に首相に指名され、石破内閣を発足させる見通しだ。石破、高市両氏以外の1回目の投票結果は、小泉進次郎元環境相136票、林芳正官房長官65票、小林鷹之前経済安保担当相60票、茂木敏充幹事長47票、上川陽子外相40票、河野太郎デジタル相30票、加藤勝信元官房長官22票だった。---誰が総裁になろうが、私が自民党を支持することも、票を入れることも断固としてありません(もちろん、維新や国民民主党にも入れませんが)。そういう意味では、誰が総裁になろうが同じだ、とも言えますが、ただそうは言っても現実に自民党が政権を握っているので、そのトップが誰になるかによって政治の方向性は変わります。それが良い方向か悪い方向か、残念ながら、自民党政権である限り、良い方向に変わるとは思えません。ただ、「最悪の方向」と「多少はマシな方向」という差はあるでしょう。先に記事を書いたように、解雇規制撤廃を掲げる小泉進次郎は最悪です。「選択的夫婦別姓制の実現」を掲げているところは評価できますが、それをもって解雇規制撤廃を免罪するわけにはいきません。では、有力候補とされる残りの二人はどうか。改めて記事は書きませんでしたが、高市早苗もまた最悪の政治家であることは言を待ちません。歴史認識や選択的夫婦別姓制への反対等、あらゆる面での極右姿勢、放送法の解釈をはじめとして、言論の自由を制限しようとする姿勢、累進課税の廃止、「行き過ぎた結果平等」を廃する「福祉の公平化」、すべてにおいて、日本を悪い方向にしか導かない人物です。一方石破はというと、少なくとも20年前には自民党内でも保守派の政治家でした。歴史認識に関してだけは、太平洋戦争が日本の侵略であったことを正面から認めるなど、かなりマトモなものでしたが。それ以外は、改憲、自衛隊の増強、日米安保絶対の主張、どこからどう見ても保守派であり、当時はネトウヨ系のネット住民から「ゲル長官」などと呼ばれ、絶大な人気を持っていました。それが、いつの間にかネトウヨから蛇蝎のごとく嫌われる存在になったのは、石破が左旋回したからではなく、安倍政権以降自民党が(そして日本全体も)右に旋回し続けているため、石破が何も変わらないのに、相対的に左に位置がずれたかのように見えているだけです。というわけで、私は石破に何も期待はしません。が、それでも小泉や高市よりは少しはマシであるとは思います。一説には、野党特に立憲民主党は、高市か小泉の方が戦いやすい相手と見ているという説があります。本当に野党の誰かがそんなことを言ったのか、ただの下衆の勘繰りかは知りません。ただ、単純に戦いやすい相手というだけの意味ではそうかもしれません。しかし、政権にある間に彼らが何をやるかを考えると、それだけの理由で小泉や高市がよい、などとは、恐ろしくて私にはとても言えません。それに、正直に告白しましょう。高市が決選投票で敗れたことにネトウヨ連中が悲嘆にくれて、「日本終了」とかほざいているのを見ると、もうそれだけで「ざまーみろ」と思う自分がいます。彼らの望むような国の姿にすることこそか、日本の破滅を意味しますから、そうならなくてよかった。ただし、私の予想では、石破は首相になった途端に、党内極右勢力に迎合するんじゃないかなと思います。だから、掲げた政策、たとえば日米地位協定の見直しとか、選択的夫婦別姓制導入などは、多分実現はしないだろうと予想しています。いずれにしても、誰が首相になったところで、目前に迫る(おそらく)次の衆院選で自民党が敗北する(最低限議席の大幅減)を願うことは変わりません。余談ですが、彼らの主義主張への私個人の賛否は度外視して、石破も高市も、強固な支持層がいる一方で、自民党の国会議員の間ではまったく人望がないことは有名です。ただ、以前は両人それぞれの人望のなさは折に触れて報じられていたように思いますが、今回の自民党総裁選が近づくと、石破が党内で人望がないことは、テレビ番組やネットニュース等で頻繁に触れられるのに、高市の人望のなさはあまり触れられなかったように思います(石破が当初から有力候補と見られていたのに対して、高市は当初は有力候補とは見られていなかったせいもあるでしょうが)。そのため、石破だけが圧倒的に自民党内で嫌われているのかと思ってしまいますが、1回目投票と決選投票の議員票の動きを見ると、高市は、国会議員にも強固なファンが石破より多くいそうですが、強固なファン以外の議員からは、石破以上に嫌われている、ということが、図らずも露呈したように思います。そうでなければ、1回目投票であれだけ勝っていたのに、2回目投票で逆転されるわけがありません。
2024.09.28
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火垂るの墓が初の世界配信、大絶賛の背景「二度と見たくない傑作」もう二度と見たくなくなるほど悲惨だが、二度と忘れられない傑作だ――。スタジオジブリの名作「火垂るの墓」(英語名Grave of the Fireflies、1988年、高畑勲監督)の初めての全世界一斉配信が始まり、改めて注目を集めている。動画配信サイトNetflix(ネトフリ)が配信元で、日本以外の190カ国以上で見られる。野坂昭如さんの直木賞受賞小説が原作で、第2次世界大戦末期の神戸で力強く生きる戦争孤児の兄妹の姿を描く。ネトフリでは今月16日、一斉に配信スタート。もともと世界中で根強い人気を誇ってきたが、今回の配信後、英語圏の映画レビューサイトで高評価が相次いでいる。作品誕生から40年近くを経てもなお、多くの人の胸に響いている背景には、ウクライナやパレスチナ自治区ガザで罪なき人々が犠牲となっている世界情勢もあるようだ。---「二度と見たくない傑作」は言い得て妙と思います。「火垂るの墓」の公開は1988年、同時上映は「となりのトトロ」でした。封切り当時映画館で見ました。「となりのトトロ」の後で火垂るの墓を見て、あまりの衝撃と悲しさで茫然自失の人が続出した、という話もあります。私は、その当時すでに野坂昭如の原作「アメリカひじき・火垂るの墓」を読んでいたので、これは絶対となりのトトロを後に見る方が良いと思って劇場に行った記憶があります。で、原作を知っていた私でも、この作品は強烈な印象があります。というか、下手に原作を知っているから、冒頭に清太と節子の亡霊が登場しただけで、もう涙涙でした。そして、その時以来、全編通して見たことは、多分ないと思います。その後、一度だけ、1990年代末に、あるところに行った貸し切りバスの中でビデオを上映していたことがありますが、恥ずかしながら画面を正視することができず、目をつぶってしまった記憶があります。楽しいイベントの帰り道にこれはあまりに重い、と思ったのです。当時は知らなかったのですが、原作者の野坂昭如は、実際に14歳で、2歳に満たない妹と二人で戦災に遭い、妹が餓死しています。ただ、その時実際には妹に対して、この作品のように優しくすることができず、あまり食べ物もやらずに死なせてしまったということを本人が述懐しています。そのことへの反省と贖罪意識もあって、「こうできたら」という「理想の兄」のであったら、という思いを込めて世に出した作品です。しかし、悲しいかな、「理想の兄」であっても、「食べ物がない」という現実を覆すことはできません。だから、妹の餓死を防ぐことはできず、清太自身もまた、その後に(単純に食べ物がないというだけでなく、妹を失ったことで生きる気力もなくなったのでしょう)餓死してしまいます。理想の兄であることはすなわち二人の共倒れに直結してしまい、実際には妹の食べる分を横取りすることでかろうじて兄は餓死を免れて生き残ることができた、というある意味夢も希望もない現実があったわけです。うちの子が幼い頃のことを思い出してみると、3~4歳の子どもは本当にかわいいですからね(いや、二十を超えた今だってかわいいんですけど、かわいさの意味合いが違います)、ある意味、戦争も俗世間のしがらみも離れて、洞穴の中でかわいい盛りの妹と二人での生活は、「夢の時間」だったんじゃないかと思います。でも、その夢の時間は食料を手に入れられずに餓死、という悲惨な結末と引き換えにしか、手に入れられなかったものです。本当に、戦争というのは、悲惨であり、その悲惨さのしわ寄せは、もっとも弱い立場の人間に重くのしかかってくるものです。その野坂昭如は2015年に亡くなり、高畑勲監督も2018年に亡くなりました。私の母は敗戦時小学校1年生、川崎に住んでいて、空襲で家が焼失し、疎開先の群馬県でもまたもや空襲に遭っています。その母が今86歳。まず空襲の記憶をはっきりと持つもっとも若い世代と言って良いでしょう。戦争の直接経験者も、本当に少なくなってしまいました。戦争がどれほど悲惨なものか、ということを実体験者から聞く機会も、極めて乏しくなってしまいました。
2024.09.26
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【速報】立憲民主党 新代表に野田佳彦元総理を選出立憲民主党の臨時党大会が行われ、新しい代表に野田佳彦元総理が選出されました。民主党政権では財務大臣を経て2011年には総理大臣に就任しましたが、その翌年に衆院選で敗れ、政権を失いました。2020年に立憲民主党に参加し、今回の代表選には当初、出馬に慎重な姿勢を示していましたが、党内から野田氏の安定感と経験を求める多くの要請を受け、出馬を決断しました。代表選では政治とカネの問題を幅広い野党との協力によって改革する考えを示したほか、候補者の間で意見が分かれた消費税については、一貫して減税に慎重な考えを表明しました。野田氏は代表選の後、「フェアプレーの究極は、結果が出たらノーサイドにすること。みんなの力を合わせて、心を合わせて、打倒自民党に向かっていきたい」と話し、「私は本気で政権を取りにいく覚悟だ。戦いは、もう今日から始まる」と強調。あすの午前中までには新しい執行部など、「人事の骨格」を決める方針を示しました。---正直なところ、野田政権時代の民主党政権は、もはや従来の自民党政権とどこが違うのかよく分からない状態であったように私には思えます。旧民主党を支持していたわけではありませんが、それでも民主党への政権交代に多少なりとも期待を持ったのは、それまでの自民党とは違う方向性の政策を期待したからです。もちろん、主張のすべてが実現できるなんて期待したわけではありませんが。ところが、菅直人首相の時点で、従来の自民党と同じ方向性への回帰が明白になっていました。それでも菅政権は311の後脱原発に舵を切った点は、従前の自民党政権とは明白に違っており、この点は少なからず期待を持ちましたが、野田政権は原発再稼働を推進して、その脱原発の方向性すら止めてしまいました。そういう意味で、野田政権は民主党の三代の首相の中でも、もっとも夢も希望も感じられない政権でした。最後は、敗北確実な解散総選挙に打って出て自滅という結末に終わりました。ただ、野田政権の政策は、もはや「従来の」自民党政権とどこが違うのかよく分からない状態でしたが、その後誕生した安倍政権は、従来の自民党と比べても右旋回著しく、結局、従前の自民党政権と変わらない=それでも安倍政権以降の自民党よりは多少マシ、という状態です。というわけで、今回立憲民主党の代表選に立候補していた4人の中で、「この人が良い!」と強く支持できる人はいませんでした。ただ、相対的に好意的に見ていたのは枝野氏と吉田氏、相対的に批判的に見ていたのが野田氏と泉源代表です。その野田氏が代表選に勝利ということで、ちょっと残念というのが私の個人的な感想です。それでも今の自民党、そして維新、国民民主党と比べれば、「まだマシ」とは思いますが。「私は本気で政権を取りにいく覚悟だ」ということですが、その心意気自体は否定しませんが、一度政権は取ったことがあるわけですから、そこがゴールでは困ります。「政権を取って何をやるか」が問われるところです。「本気で政権を取りに行きます。政策は自民党と同じで、保守層の喜びそうなことをやります」では、自民党から政権が変わる意味があるのかなと思います。「政権を取って何をやっていくつもりか」を確認しないうちから全面否定はしませんけど、私としてはあまり意気は上がらない、というのが正直なところです。
2024.09.24
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この3連休、本当は山に行きたかったのですが、予報は東京付近以外は悪天候だったため、遠方に行くのはやめにしました。2年前にも行ったことがありますが、青梅市の梅の公園に、鷹の渡りの写真を撮りに行ってみました。しかし、すでに往路の途中で失敗に気付きました。というのは雨こそ降らなかったものの、日差しがほとんどなかったからです。鷹は、晴天時の上昇気流に乗って上空に昇っていくので、曇天時にはほとんど期待できません。というわけで、この日は鷹の渡り殺甥は不発に終わってしまいました。(私が帰った後に、ハチクマが1羽だけ渡って行ったそうですが、1羽だけではねー)なので、鷹の写真はなく、公園の写真のみです。公園入口。撮影した時は気付きませんでしたが、写真をよく見ると、イノシシ出没注意という看板があります。そうなのか。実は、途中で近くにパトカーが走り回っていて、マイクで何か言っていると思ったら、「サルが市街地内に出没しているのでご注意ください」という注意喚起でした。入口から、鷹の観察ができる見晴らし台までは、標高差60mほどらしいです。ただ、下にしかトイレがないので、私は2往復したので、標高差120mでしたが。梅の花期にはお客さんも多いのでしょうね。今はガラガラですが。(もう少し天気が良ければもうちょっと人は多かったかも)登山ではないけど山です(笑)上からは市街地が一望できます。私はスクーターで行きましたが、青梅線日向和田駅でも距離1.1kmなので、鉄道でもそれほど不便ではありません。西方向は御岳山、そして先週行った三頭山に連なっています。鷹の観察定点です。今の時期は日本野鳥の会多摩支部が毎日観察会を行っています。たかが標高差60mでも、それなりに登ってきました。東京は、今日は涼しいですが昨日はそれなりに気温があったので(青梅の昨日の最高気温は30度に届いていないので、気温自体は高くなかったのですが、湿気があってすごく汗をかきました。2年前に来たときはついでに笛を吹いて帰ったのですが、今回は夕方からとあるグループの練習があったため、そこで散々吹くことになるため、笛一式は持ってきたものの、吹かずに帰りました。
2024.09.22
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知人からの情報で、大木岩夫さんが9月5日に亡くなられたことを知りました。大木さんは、1970年代、サイモンとガーファンクルの「コンドルは飛んでいく」がヒットした時期にケーナを手にして、フォルクローレを始めた方です(一部の関係者は「第一次フォルクローレブーム」などと呼んでいましたが、その言葉を知る人すら、現在ではごく少数でしょう)。私が初めてフォルクローレを始めた頃は、「コジャマユ」というグループでケーナを吹いておられました。その解散後、ライセスというグループを作って活動するとともに、ケーナの製作、販売も手掛けるようになりました。ただ、最近数年は、風のうわさに脳出血系のご病気になられ、郷里の福島に戻られて療養していた、と聞いています。78歳だったそうです。いつの間にそんなお年になっておられたのですね。団塊の世代ど真ん中の方で、ご本人からおうかがいしたかすかな記憶では、中卒で集団就職で東京に出てきて(ただし、勤務先は重工業系の大企業だったと記憶しています)、20代の終わりころにケーナと出会うまでは、音楽とは全く無縁だった、というような話だったと思います。大木岩夫さんと言えば、独特の髪型、アルゼンチンのケーナ奏者ウニャ・ラモス(日本では加藤登紀子が歌ってヒットした「灰色の瞳」の作者)に心酔し、その髪型を真似たそうです。そして、双子のご兄弟がいて(確か双子の弟さんも尺八を演奏される方だったと思います)、顔がまったく同じだったこと。同じグループで演奏したことはないのですが、「アンデスのこだま」というコンサートで、別々のグループで一緒に演奏したことはありますし、仲間うちの忘年会、お花見などの企画で一緒に演奏したことも何回かあります。舞台袖でビール(だったかな?とにかくアルコール)を飲んでからスタスタとステージに出て行って演奏を始めたこと、管楽器奏者としては極めて珍しい喫煙者でしたが、「タバコはケーナに良いんです」という謎の名言(笑)、いろいろなことが思い出されます。でも、間違いなくそのケーナの音色は素晴らしいものでした。YouTubeを検索すると、「ライセス」での演奏動画がいくつか上がっています。コージャ族のクエッカタラフチ「関東フォルクローレ連盟」で開催したお花見での1枚です。いつの写真か記憶がありませんが、私が弾いているギターが現在使っているメキシコ製のギターではなく、その前に使っていたギター(今も押し入れに眠っていますが)なので、おそらく1993~95年のどこか年の春です。そうだとすると、私は20代半ば、大木さんは40代半ばか後半くらいだったのだと思います。そして大木さん制作のケーナです。後年、本格的にケーナの販売をするようになってからは、「大木」という焼きごてで刻印を押すようになりましたが、この時はまだ焼きごてはなく(だから、「大木さん製作のケーナ」という証明は私の記憶の中にしかありません)値段も2000円か3000円だった記憶があります。実は、私の自作のケーナも塗装なしなので、外見は大木さんのケーナと私の自作ケーナはパッと見少し似ていて、家の中の何十本かのケーナの中から、大木さんのケーナを探し出すのにちょっと苦労しました。でも、吹き口の形状が、私のケーナはボリビアのアハユのケーナの模倣なので、そこが違います。そして、何を隠そう、私は売り物にする気ゼロで「音が出りゃ良い」派なので、上部の切断面も、吹き口の切込みの処理も雑で荒っぽいのに対して、大木さんのケーナはとてもきれいな仕上げなのです。ご冥福をお祈りします。
2024.09.19
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自民党総裁選の電波ジャックに加担する気はないので、記事に取り上げるのは気が進まないところですが、これは看過できないので。自民党総裁選 解雇規制緩和が争点に 小泉氏、各候補から攻勢受け「見直し」に軌道修正自民党総裁選を巡り、小泉進次郎元環境相が提起した解雇規制の緩和が争点化している。小泉氏は出馬会見で「聖域なき規制改革」の目玉公約として企業が余剰人員を削減する「整理解雇」の要件緩和を掲げた。これに対し「企業が解雇しやすくなる」との批判や他候補からの攻勢を受けて「緩和ではなく見直し」と軌道修正。歯切れの良さで実行力をアピールしてきただけに、総裁選の行方を左右しかねない論戦が今後も展開されそうだ。「労働市場改革の本丸である解雇規制を見直す。人員整理が認められにくい状況を変える」。小泉氏は6日の出馬会見でこう述べた。整理解雇の4要件のうち、「解雇回避の努力」を大企業に限って撤廃すると主張。代わりにリスキリング(学び直し)や再就職支援を義務付けることで人材の流動性を高めるとし、「不退転の覚悟で来年には法案を提出する」と強調した。(以下略)---なんでもかんでも「改革」すればいいと、首切りを簡単にしようという、とんでもない話です。そしてまずは、そんなことを主張するなら、まずはどの法律のどの条文をどのように変えるべきか明示すべきでしょう。日本では、企業が人員を解雇することについて、判例によって「解雇整理の4要件」というものが確立しています。それは、1.人員整理の必要性2.解雇回避努力義務の履行3.被解雇者選定の合理性4.解雇手続の妥当性です。この内の2の解雇回避努力の履行義務を大企業に限って撤廃すべき、というのが小泉の言い分です。しかし、この4条件は法律の条文に明示されているわけではありません。法律の条文には労働契約法 (解雇) 第16条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとし て、無効とするとあるだけです。この他に労基法には解雇規制に関わる規定として第15条1項(解雇事由を含む労働条件の明示)第19条(解雇制限)負傷、女性の産前産後の解雇禁止第20条(解雇の予告)第22条(退職時等の証明)などがありますが、いずれも4要件の規定とは別次元の話なので、解雇整理の4要件は、あくまでも労働契約法16条の「客観的に合理的な理由」「社会通念上相当」の具体例として裁判所が決めたこと(判例)であるわけです。日本には「三権分立」という制度がありますから、裁判所の判例として確立しているものを政府が「変えろ」と命じる権限はありません。つまり、小泉の言い分を実現するには、上記労働契約法16条の「客観的に合理的な理由」「社会通念上相当」という規定自体を変えしかないわけです。果して、従業員を解雇するのに、「客観的に合理的な理由」も「社会通念上相当」であることも不要である、と、そんな滅茶苦茶な解雇「規制」があり得るでしょうか。それはもはや解雇規制がない状態ではないでしょうか。そのような法改正が行われた場合、「大企業に限って」「解雇回避努力」だけ限定して撤廃、で収まるのでしょうか?どのような条文ならそんなことが可能なのでしょう?結局、労働契約法16条を変えるということは、解雇規制4要件のすべてが廃止されるということにつながります。そうなれば、企業側の都合で首切りもし放題、という社会になってしまいます。雇用の流動化と言えば聞こえが良いけれど、職に就いても雇用主の胸先三寸で、いつクビになるか分からない、ということです。将来の保証が何もない、全国民がそういう状態に追い込まれる今年になるわけですが、そうなることで、雇用主、経営者にとってはメリットはあるでしょうが、雇われる側にとっては何のメリットも見出せません。ちなみに解雇整理の4要件があってもなお、日本の「解雇のしやすさ」はOECD37カ国中11位です。安倍内閣時代の2016年にには、「雇用保護規制が比較的弱い国として位置付けられている」との答弁を閣議決定しています。この上解雇をさらに自由にすることは、「日本をOECDの中でもトップクラスで好き勝手に解雇ができる国」にすることを意味します。解雇規制4要件のすべてを廃止ではない、あくまでも大企業に限って解雇回避努力義務だけを撤廃すると言うなら、前述のとおり、どのような法改正の文面なのか、それを提示せよと言うしかありません。もっとも、もし仮にそのような法的たてつけが可能だったとしても、「ならば良い」とは言えません。上記もような解雇規制の判例があっても、日本の企業では違法な解雇が少なからずまかり通っている現実があります。不当労働行為で訴えれば勝てるような案件でも、裁判に訴えて収入のないまま長期間争うことに耐えられる経済力、気力がない、そこまでことを荒立てたくない、裁判に勝って復職しても針の筵で居心地が悪い、などで泣き寝入りしてしまう例が相当多いと思われます。その中でも、やはり解雇規制について比較的しっかりしているのは大企業で、中小企業や零細企業になればなるほど、怪しい行為がまかり通っていると言わざるを得ません。つまり、「大企業に限って」解雇規制を緩和というのは、実質的には「大企業すら解雇し放題になる」という意味になるわけです。それを緩和ではなく見直し、などといったところで、言葉遊びでしかありません。もっとも、じゃあ他の候補はというと、極右ネトウヨ高市とか、マイナンバーカード強行の河野とか、目くそ鼻くその争いでしかないのですが。
2024.09.17
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8月の山の火の三連休のに八ヶ岳・天狗岳に登った際、下山中に転倒して右足を捻挫した話を書きました。これが、だいたい2週間くらいで治ったかな、という頃に風邪をひいてしまいました。発熱は1日だけだったのですが、その後咳が残ってしまい、なんと2週間も尾を引いています。(診察を受けていないのでコロナかどうかは分かりませんが、症状と、家族にも職場にも誰にも感染していないことなどから、分コロナではないと思います)そのため、山に行けていなかったのですが、今日1か月ぶりに山に行ってきました。本当はあの山に行きたい、と思っていたところは、予報が悪くて断念。で、代わりにこの山に、と思ったら、朝起きて雨雲レーダーを見たら、その方面も雨が降っています。結局、朝の時点で雨が全然降っていないことが分かったのが奥多摩方面だったので、三頭山に行ってきました。今年2回目です。奥多摩でもほかの山、とも思ったのですが、行き先に迷って出遅れたこと、病み上がりで(厳密に言うと、まだ咳は少し出るのですが)あまりハードな山は厳しいかなと思ったことから、都民の森から簡単に登れる三頭山にしました。今回は檜原方面から都民の森へ。ヒキガエルが歩いていました。アズマヒキガエルでしょうか。奥多摩の標高1000mを超える山には、ブナ、ミズナラなどの落葉広葉樹林が広がっています。ちなみに、写真中央の斜めの木はクリです。ブナもありました。山頂に到着。いつになくキツくて、「ああ、まだ風邪の影響が」と思っていたのですが、山頂で昼食を食べたら急に元気回復した気が。風邪の影響よりただのシャリバテだった説(笑)。富士山が見えました。雪のない、茶色い富士山。「都民の森」というだけあって、森林はなかなか見事です。例によって笛も吹きました。ちなみに、風邪をひいている間も土日は欠かさず笛練習していました。都民の森で一番大きいモミの木だそうです。高さ30m、幹回りは2021年測定で1周5mだそうです。2000年代の計測では4.5mだったそうです。まだまだ成長しているようです。まだ猛暑だし、秋は遠いと思いきや、紅葉は一部始まっていました。我が愛車です。復路は奥多摩湖に出ました。奥多摩湖への途中、奥多摩周遊道路の風張駐車場。都民の森が標高丁度1000mですが、ここは標高1146mだそうです。都道の最高標高地点です。都内の車道としても最高標高地点のはずです。奥多摩周遊道路。なんだか、JAFのトラックと2回すれ違って、1回は自動車、もう1回はバイクを積んで走っていたようですが、何かあった・・・・んでしょうね。写真にあるように、カーブの一部は中央分離帯としてポールが立っているのですが、このポールが倒れて破片が飛び散っているところがありました。これも何かあった・・・・んでしょうね。帰路は道路の選択を間違えて、激しい渋滞に何回も巻き込まれ、えらい時間がかかてしまいました。でも、やっぱり山登りは楽しいです。
2024.09.15
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ペルーのアルベルト・フジモリ元大統領(86)が死去 娘のケイコ氏が発表ペルーのアルベルト・フジモリ元大統領が11日、死去しました。86歳でした。日系2世のアルベルト・フジモリ元大統領は、1990年4月に日系人として初めてペルーの大統領に就任し、当時の経済を立て直しました。日本人が人質となった1996年12月の在ペルー日本大使公邸占拠事件の際は犯行グループの左翼テロ組織に対し強硬な姿勢で臨み、解決につなげましたが、政権の腐敗により2000年11月には日本に事実上の亡命をしました。しかし2005年10月、翌年のペルー大統領選に出馬するため日本を離れたフジモリ氏は経由地のチリで拘束され、2007年9月にペルーへ身柄が引き渡されました。2010年1月には、在任中にペルー軍による市民の殺人事件を指揮したとして禁錮25年の有罪判決が確定しましたが、健康状態が悪化し、入退院を繰り返したほか、恩赦をめぐる判断が度々覆されました。直近では2023年12月、憲法裁判所の判断を受け、4年ぶりに釈放されていました。娘のケイコ・フジモリ氏は11日、「父はがんとの長い闘いの末、この世を去った」とSNSに投稿しました。86歳でした。---わたしは1989年秋にペルーに行ったので(南米は3回行っていますが、ペルーに行ったのはその時だけです)、フジモリ大統領初当選の約半年前になります。その当時ペルー経済は崩壊状態であり、当時の通貨単位「インティ」の価値は毎日下落していまた。私がペルーに就いたときは1ドルが5000インティか5500インティくらいでしたが、10日後にボリビアに出国した時は6000か6500インティに、更に1か月後南米からの帰路リマ空港に寄航した際は、1ドル9000インティ、という具合でした。郵便物はまったく届かないし(これは、まあ現在でも南米どの国でも郵便物の信頼性は低いですけど)治安の悪さも壊滅的でした。大統領に当選して、その状態を短期間に立てなおしたこと自体は、認めざるを得ない功績です。ただ、その立て直し手段は劇薬でした。劇薬は、短期間に限定的には効果がありますが、本質的には毒薬です。使い続ければ害悪が大きくなります。フジモリの施策は「強権支配と新自由主義」が基本でした。フジモリは大統領に当選したものの、議会では与党は少数派だったため、議会運営に苦慮しましたが、1992年には「アウトゴルペ(自作クーデター)」と呼ばれる強硬策に打って出て、議会を解散し憲法を停止してしまいます。これによって反対勢力を弾圧したフジモリは、強権的な弾圧によって治安を回復し、経済状態も回復させました。しかしその代償として、無関係な市民も多数巻き添えで殺されていますが、フジモリは「恩赦法」を制定して軍による人権侵害の免罪を図ります。また、自身に対して批判的なマスメディアに対する弾圧を行っています。更に、側近のモンテシーノスによる野党議員買収映像が暴露されるなど、腐敗が急激に拡大し、支持を失っていきます。 結局、2000年に外遊中、日本に一時滞在中に突如大統領辞任をFAXで議会に辞任を送信するという挙に出て、実質的には亡命します。その時まで、フジモリは二重国籍疑惑を否定していましたが、実際には二重国籍だったことが、この時に明らかになったわけです。ちなみに、当時駐ペルー日本大使館の一等書記官であった小倉英敬氏(MRTAによる大使公邸占拠事件の際に最後まで人質だった)の話を。ある集会で聞いたことがあるのですが、それによると、日本大使館は1990年にフジモリが初当選した時点で、過去の記録を調査し、フジモリ氏が出生した時点で日本大使館に国籍留保届が出ている(つまり日本国籍を得た)ことを確認していたそうです。ただし、現在でも日本国籍を持っているか、つまりその後に国籍離脱の手続きがされていないかどうかは、フジモリ氏が日本に亡命した際に確認したそうですが。現実的には、日本国籍所持者がわざわざ国籍離脱の手続きを取る可能性は極めて低いので、それは「念のための最終確認」でしかなかったはずです。つまり、フジモリ大統領の政治生命の生殺与奪の権利を日本大使館は握っていた、とも言えます。その後のフジモリ氏の行動は、支離滅裂としか言いようのないものであったと思います。日本で亡命生活を送っていた2005年に、翌年のペルー大統領選出馬を目指して隣国チリに入国するも、ペルーから逮捕要請を受けていたため、身柄を拘束されます。しかし、チリで身柄拘束されていた最中の2007年に、今度は日本の参院選に、亀井静香率いる国民新党から立候補という挙に出ます。一国の大統領であった人物が、他国の国会議員に立候補(それも、いわば獄中立候補だったので、選挙運動も政見放送も一切なし)という前代未聞の事態でしたが、落選に終わりました。80年代末期のペルーがどれほどすさまじい状態だったか、わずか10日間の滞在とはいえ多少は見てしまった私としては、フジモリの功績のすべてを全面否定はしません。しかし、その功績を帳消しにして余りある弾圧と腐敗があったことも間違いありません。そして、その人権侵害行為はペルーにおいて、生涯免罪されることはありませんでした。
2024.09.13
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ロシア、西部で複数集落奪還か 越境攻撃のクルスク州ロシア国防省軍事政治総局のアラウジノフ副局長は11日、ウクライナ軍が越境攻撃を続けているロシア西部クルスク州で約10集落を奪還したと語った。タス通信が報じた。具体的な集落名には触れなかったが、8月6日の越境攻撃開始以降でロシア側がまとまった数の集落奪還を主張したのは初めてとみられる。ロシア国防省内に独自の情報源を持つ複数の軍事ブロガーも11日、複数の集落名を挙げてロシア軍が奪還したと通信アプリに一斉に投稿した。ロシア側はクルスク州の28集落がウクライナ軍に制圧されたと発表した8月12日以降、新たな情報を明らかにしていなかった。---ウクライナのロシアへの逆侵攻については、少し前に記事を書いたことがあります。その中で、「緒戦期に、相手の態勢が整わないうちに奇襲によって一方的に勝利を重ねるものの、やがて敵が態勢を整えると、もうそれ以上は勝てない、それなのに緒戦の一方的勝利の幻想から、退き時を逃して回復不能の敗北を喫する」という例が過去の戦史に多数あることを指摘しました。そして、今回の逆侵攻もそうなる可能性があることを。まあ、多少なりとも戦争の歴史を知れば、誰でも気が付く話です。当然、ウクライナ軍の幹部もゼレンスキーも、そんな例が無数にあることは知らないとは思えないのですが、何とかなると思ってしまったのでしょうか。残念ながら、状況は着々と過去の戦史と同じ轍を踏みつつあるようです。現時点では奪回されたのは10集落ということですが、それを再度取り返す力がウクライナにあるとは思えません。貴重な戦力をすり潰しながらズルズル後退するよりは、そうなる前にサッサと自ら後退してしまった方が得策、と思うのですが、当事者は視野狭窄に陥って見えなくなってしまうのかもしれません。それにしても、ウクライナに侵攻したロシアに何の理もないことは明白ですが、そうはいってもウクライナの疲弊はもう極限状態のはずです。2年半戦争を続け、この先も更に1年2年と戦争を続けることが可能なのか、もちろんそれを決めるのは私ではなくウクライナの人々ですから、私がそれ以上どうこう言うことはしませんが、物理的な限界はもうそれほど遠くないところにあるのではないか、という懸念を抱きます。
2024.09.11
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大企業の労働分配率、昨年度は過去最低 内部留保は過去最高企業がもうけの中から人件費にどのぐらい使ったかを示す「労働分配率」が、昨年度は大企業で過去最低の水準に落ちこんでいたことがわかった。企業内に蓄積された利益を示す内部留保は過去最高額になっており、働き手への「還元」を求める動きが強まる可能性がある。国内企業の通期決算を集計した財務省の法人企業統計調査(2023年度)をもとに、記者が独自に分析した。企業が生み出した付加価値(役員と従業員の人件費、経常利益、賃借料、一部の税金や利払い費、減価償却費の合計)のうち人件費が占める割合を、労働分配率として算出した。金融・保険業をのぞく全産業では、前年度より約1ポイント下がって52.5%となった。これは1973年度の52.0%以来の低さだ。さらに企業の規模別に算出すると、資本金10億円以上の大企業の落ちこみが際立った。前年度より約2ポイント下がって34.7%となり、統計のある1960年度以降で最も低かった。資本金1億円未満の中小企業は、前年度とほぼ同じ66.2%だった。大企業に比べると高水準で、下がり方もゆるやかだ。---儲けたお金は内部留保としてため込んで、なるべく働く人の給料には還元しないのが優れた企業、優れた経営者、そんな感覚が蔓延している限り、仮に多少景気が上向いても、我々の収入は増えないし、生活も上向かないことは言うまでもありません。前回の記事とも関係しますが、なるべく多くの労働分配率差を獲得することこそ、労働組合の大きな目的であると私は思います。その労働組合の力が落ちているために、労働分配率も低下している、ということではないでしょうか。当然国内消費は盛り上がらず、景気も上向くことはない、国内の個人消費動向に左右されないインバウンドや輸出産業だけが頼り、という危うい状態が今後も続く、ということになってしまいます。残念ながら、そのように言ったところで、企業に対して否応なく賃上げを強いる強制力が働かなければ、賃上げはしない(少なくとも最低限の賃上げしかしない)し、国内市場が衰退していくことを止めることもできないでしょう。なんというか、各方面で日本の将来が「お先真っ暗」ということが、この分野でも確認できてしまった、という夢も希望もない話です。いや、もちろん、労働組合をはじめとして、企業に対して賃上げを強いる強制力が働けば、状況は多少なりとも好転するんじゃないかとは思うんですけどね。
2024.09.06
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社民党副党首が前澤友作氏の提案に反応して労組の怠慢を浮き彫りにしてしまう前澤友作氏の「給与交渉代行サービスがあればよい」という提案が話題となりました。前澤友作自分で辞めたいって言えない人向けの退職代行サービスが結構ニーズあるって話を聞くけど、給与交渉代行サービスってあるのかな?やったら流行りそうな。これに対し大椿ゆうこ社民党副党首は「それは労働組合の役割です」と憲法28条という根拠まで示して主張しました大椿ゆうこ 社民党副党首 参議院議員/労働者の使い捨ては許さない!それ、労働組合の役割です。「代行」ではなく、労働者自身が直接使用者と交渉出来る権利を、この国の憲法28条は保障していますしかし、逆に労働組合の今までの怠慢をあからさまにする結果となりました。労働組合が【正常に機能していない】から提案されているんですよイデオロギー丸出しで、政治活動に参加するのが労働組合の仕事だと思ってたよ日本の労働組合は全く機能していないですからね~。オーストラリアの労働組合が労働者の為に行動しているのを見て、「そういえば労働組合って、労働者の為の組合だったわ」と気が付いたことを思い出しますw小規模の会社で労働組合なんか作れる訳がない。憲法で全て解決出来るんなら憲法に「台風は来るな」と書けばいい話。ドヤ顔で憲法を論じるな。なぜ日本人の給料が上がらなくなったのか労働組合は胸に手を当てて考えてほしいものです。日本人の給料が上がらなくなったの、労働組合のせいです。全然仕事してない人も含めて65歳まで雇用できるような賃金水準しか要求してこなかった(っていうか賃金抑制してきた)結果こうなりました。前澤さんが言ってるのは「他の奴はいいからこれだけ払え」と交渉できるエージェントの必要性です氷河期世代のとき「俺たちの雇用を守るために若者の雇用を減らせ!俺たちが定年するときまで会社はもてばいいんだ!退職金もがっぽり寄越せよ。そのために若者は非正規で雇え」みたいなことを言ってた労組連中が「自民の責任で氷河期が生まれた。俺たちは何とかしろって言ってたのに!」とかいうのさすがにゴミ以下だと思うんですが。あの時の恨みあるから労組に不信感しかないし組織率さがるんですよ。日本の労働組合は「リベラル」を自称していますが、正社員の既得権を守るための組織で、終身雇用・年功序列という差別的な制度を解体する「働き方改革」を頑強に阻止してきたのだから、定義上、「差別主義団体」ということになります。---なんというか、極めて雑多かつ方向性がバラバラの労働組合批判をかき集めました、みたいな内容です。ただ、そもそも入口との時点で、前沢氏の言う「給与交渉代行サービス」が本当に労働組合の役割なのかな、というのは若干疑問を感じます。「私たちの給料を上げてください」は間違いなく労働組合の役割です。「みんなの給料を上げてください、私の給料も上げてください」もそうです。「私だけ不当に給料が安いんです、上げてください」も同様でしょう。しかし「他の奴はいいから、私の給料だけを上げてください」(城繁幸の解釈に基づく前澤氏の主張)これは、労働組合の役割ではない、と私は思います。「みんなの」労働条件を守るのが労働組合の目的であり、その網からこぼれる人を守ることも組合の役割ですが、一人だけ高待遇を得ることを助けるのが組合の役割ではない、と私は思います。それは自分自身で戦ってもらうしかないのではないでしょうか。人より優れた能力と業績がある人が要求して戦うことは、悪いとだとは思いませんが、ともかく労働組合の役割とは違います。そして、イデオロギー丸出しで政治活動に参加するのが云々、よくある批判です。政治的主張には好き嫌いがあるので、政治路線が嫌なものは嫌で仕方がないとは思います。押しつけはよくない。そして、労働組合が直接的に何党を支持せよとか、まして選挙運動に直接的に組合員を動員するようなこと※には私も大いに異論があります。※そういう事例は、実際には連合傘下の一部の組合に限られると思いますが、一方で政治に何も関心がない人から見れば、メーデーで政治的っぽいスローガンを叫ぶのも、選挙で法定ビラを配るのも区別がないかもしれません。ただ、一企業、一役所の内部での労働条件の向上と、その業界全体の労働条件の向上、更には日本全体での労働条件の向上は、まったく無関係ではありません。日本全体で給料引き下げのさなかに、わが社だけ給料引き上げ、というのは、実際には困難です。(わが社の)みんなの給料を上げてくれ、という要求は結局のところ「日本全国のみんなの給料を上げてくれ」に結びつかざるを得ません。それは、政治と無縁なところでは実現しない話です。だから、労働団体の主張はどうしても政治的なものと無縁ではいられません。それは、実現するための政策案はそれぞれに異なっても、全労連系でも連合系でも、その連合系の中でも左寄り(立憲民主党や社民党支持)でも右寄り(国民民主党支持)でも、同じです。明白に何党支持と明言してしまう連合系と、明示的に共産党支持とは言わない全労連系の違いはありますが。端的に言って、経営者団体とか、業界団体は、軒並み自民党支持、と公言しているかどうかは知りませんが、少なくとも自民党に政治献金を出しています。企業でもそういうところは数多くあります。例えば経団連は自民党に毎年24億円献金しているそうです。それがOKで労働組合が政治活動に参加することだけはダメ、という理屈は変であると思います。引用記事内でオーストラリアの労働組合のことを書いている人がいますが、オーストラリアだって、労働組合を支持基盤とする労働党という政党があって、今現在下院の過半数をもって与党の座にあるわけです。「労働党」の本家であるイギリスもそうですし、ドイツの社民党やその他たいていの国の左派、中道左派政党は同様です。米国でも多くの労働組合が政治的主張を掲げて、だいたいは民主党を支持しています。日本の労働組合だけが、政治的主張を忌避すべき、という理屈は、私にはよく分かりません。もちろん、これはあくまでも原則としての一般論です。個別の主張への賛否は人それぞれでしょう。その主張には賛成できないから組合を、あるいは組合が支持する政党を支持しない、というのはそれぞれの自由です。欧米諸国でも、労働組合員だからと言って労働組合の推す政党を支持しない人は大勢いるし、「ニューレイバー」なんてのはある意味で労働党が組合の利益代表にはならないぞ、ということでもあるわけですから。氷河期世代のとき「俺たちの雇用を守るために若者の雇用を減らせ!俺たちが定年するときまで会社はもてばいいんだ!退職金もがっぽり寄越せよ。そのために若者は非正規で雇え」みたいなことを言ってた労組連中↑これ実話ですかねえ?わたしの知る限り、全労連系はもちろん、連合系だって(立民系国民系問わず)、いくら何でもこんなことは言ってないとう確信があります。勿論、労働組合が「組合員の権利を守る組織」である以上、組合員=「俺たち」の雇用と給料を守ることが第一目的であることは確かです。「今いる組合員の首を切って(あるいは給料を下げて)若者をどんどん採用しろ」などと主張するはずはありません。そんな主張に賛同する組合員などいるはずがないからです。そのことをもって若い世代の雇用に(比較的)熱意が薄いだろう、ということなら、全面的に的外れとは言いません。でも、そのために「若者の雇用を減らせ」「若者は非正規で雇え」なんて言っていない。そりゃどう考えてもフェイクです。だって、「俺たち」は不老不死ですか?必ず老いて定年になる。当然きちんと新規採用を行え、というのがまともな労働組合の主張であり、わたしの知る労働組合もそのような主張しています。というわけで、労働組合というものに対する雑多で方向性バラバラの悪意と偏見の集合体のような文章の集まりですが、こんな話が簡単に「そうだそうだ!」となってしまうのが今の日本の世相です。そりゃ、「我々みんな」の待遇が上がっていく方向性には、なりようがありません、残念ながら。職場と無縁のブログではこんなふうに「勇ましい」ことを書いちゃっている私でさえ、自分の所属する組合の中では「ここでそういう主張を前に出しちゃうと、また脱退者が出るよ、勘弁してよ。もう知らないよ」なーんて思ってしまったりすることもあるわけです。悲しいかな、それが現実。
2024.09.04
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南アルプス林道4年経っても復旧困難南アルプススーパー林道は、山梨県芦安村(現・南アルプス市)から広河原、北沢峠を越えて、長野県長谷村(現・伊那市)にかけて建設されたスーパー林道です。既に1962年までに完成していた夜叉神峠から広河原の林道を取りこむ形で山梨長野県両サイドより1967年に着工しました。地元では県を跨ぐ林道開通は、南アルプス登山の利便が良くなることから、過疎地域の脱却につながるとして、賛成派が大多数でした。工事は険しい山道をダイナマイトなどを担いで進められ、崩れやすい地質のため、大変な難工事でした。工事により野呂川源流域のシラビソなどの亜高山性針葉樹林が大規模に破壊されました。工事直前の1964年に南アルプスが国立公園に指定されたこともあり、世論から強い反対運動が繰り広げられ、1973年に、環境庁長官が県境の北沢峠部分の1.6㎞を残しての工事凍結を表明しました~が、1978年に道路幅員の縮小、一部路線の変更、土砂崩壊の防止などの留意事項を条件に、一転して建設が再開され、1979年に全線開通しました。~2019年10月の台風19号により、南アルプスは大雨に襲われ、林道は、山梨県、長野県側双方で大規模な崩壊や土石流によりズタズタになりました。そのうち長野県側は2020年に復旧しましたが、山梨県側は未だに復旧していません。不通になっている現地がどのような状況かを2023年10月に確認しました。(以下略)---引用記事には現在の写真も多数掲載されています。とうていすぐに修復できる状態ではないことは、一目瞭然です。南アルプススーパー林道の広河原~芦安間が2019年の台風19号によって寸断されたこと自体は、2年前に仙丈ケ岳に登った際に触れています。仙丈ケ岳 その1仙丈ケ岳 その2スーパー林道の山梨側が寸断されているため、北沢峠には長野県側の戸台からしか入ることができませんでした。北沢峠は、甲斐駒ヶ岳と仙丈ケ岳という南アルプス北部でも人気のある二つの山の登山口で、従前は名古屋関西方面からは戸台経由、関東方面からは広河原経由という住み分けがあったのですが、戸台からしか入山不可能という状況のなってしまったため、夏の土曜日早朝は想像を絶する大混雑になっていました。それから2年経ち、現在どういう状況かは把握していなかったのですが、たまたまフェイスブックの登山系のグループに、ある方がこのルートのことを書いておられて、それで現状を知りました。昨年10月にこのルートを確認したという上記引用記事と、何も変わっていない状況です。個人的には、南アルプススーパー林道の広河原~北沢峠間は、何度もお世話になった道です。南アルプスで初めて登った山が仙丈ケ岳(1992年)で、広河原から北沢峠まで、往復しました。確か往復とも徒歩だったと思います。それ以来、仙丈ケ岳は悪天候での途中撤退を含めて合計4回(うち1回は野呂川出会い→両俣小屋→仙塩尾根→仙丈ケ岳→北沢峠というコース)、甲斐駒ヶ岳2回、塩見岳から熊の平→三峰岳→仙塩尾根→両俣小屋→野呂川出会という下山ルート1回、合計すると6往復半(漏れがあるかも・・・・・)、広河原-北沢峠間あるいは途中の野呂川出会まで通っています。歩いたのが半分、バスが半分かなあ。一番最後通ったのは、2013年秋に二度目の甲斐駒ヶ岳に登った時ではないかなあ。甲斐駒ヶ岳に登ってきたそんな、長らく使った南アルプススーパー林道(の山梨県側)ですが、客観的に見ると、復旧はほぼ絶望と思わざるを得ません。先に紹介したFacebookの記事によれば、現在でも上部からの落石がひっきりなしにある箇所もあるそうです。通過すること自体が危険な状態で、とてもじゃないけれど、復旧工事なんかできる状態ではないようです。その方は私見として、もう未来永劫開通することはないと思う、という見解でした。仮に工事が可能な状態になったとして、復旧にどれだけの期間と費用がかかるか、を考えれば「無理」という以外の結論は出てこないでしょう。1979年の開業から40年、よくもったところですが、2019年以前にも大雨の度に損壊カ所はあったようです。私も、直接落石の現場を見たことこそないものの、路上に落石が転がっているのは結構見た記憶があります。自然保護団体が当時主張した「地質が脆弱であるにもかかわらず、ずさんな事前調査および工事、計画の妥当性~特に、地質の脆弱性から、道路の崩壊は恒常的なものとなり、そのための道路の維持は地元への大きな負担になる」という指摘は、40年の時を経て完全に的中した、と言えそうです。樹林に関しては、そんなに大量に枯死しているとか、明らかにひどい破壊状況ではなかったようにも思いますが。散々お世話になった道路ですから、悪く言いたくありませんが、永続的に維持できる道路ではなかった、と言うのが現実だったのかなと思います。なお、両俣小屋のホームページによれば、北沢峠から野呂川出会まではバスは走りませんが徒歩では通れるようです。完全不通は野呂川出会から広河原までです。広河原と北沢峠の間を歩いて通った時の写真が多少あります。撮影場所の正確な記憶はありませんが、地形から判断して、すべて、完全不通となっている野呂川出会と広河原の間で撮影したものだと思います。2013年10月13日北沢峠から広河原へ(甲斐駒ヶ岳からの下山時)同上同上2007年7月仙丈ケ岳からの下山時2013年10月13日広河原のゲート前にてそして、笛を吹いた動画も残っています。同じく2013年10月13日。ケーナを吹いていたら、後ろにカラ類の混群が寄ってきました。
2024.09.02
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