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今週は日中はかなり暖かく、金曜日は20度近くまで気温があがった。でも、朝晩は冷え込み、朝方は霜が張っている。1日の中で気温の変化が大きいので、体調を崩しがち。夜、息子二人がテレビでサッカーの試合を見ていた。ドイツ対カザフスタン。それぞれの国歌斉唱のあと、日本の大きな旗と「私達はあなたたちと共にいます。」というような横断幕が掲げられ、選手と観客が日本の被害者のために黙祷してくれた。こういうシーンをみると感動する。いろいろなところで、募金活動や黙祷などの活動の輪が広がっている。そういうことを、自らイニシアチブをとって頑張っている人をみると、頭が下がる思いだ。ニコちゃんが、2週間ほど前に受けた4歳児検診で、聴力と言語発達に関してイエローカードをもらったので、昨日専門家に診察してもらった。うちから約100kmも離れているのだが、紹介された女医さんは子供の聴力や言語発達のエキスパートだそうで、きちんと調べてもらったほうが安心する。軽く問診があり、その後聴力テストを行った。テストの仕方は、4歳児検診の時と同じで、ヘッドホンをつけて、音が聞こえてきたら合図するというものだった。いろいろな周波数の音をボリュームをだんだん大きくしていきながら聞かせる。ニコちゃんは、質問の意味がわかっていなかったので、私が横で日本語で何度も噛み砕いて説明した。でも、ニコちゃんは、最後まで何をするのかを理解できず、検査官が「聞こえる?」と聞くと、「聞こえる。」と答え、「聞こえない?」と聞くと、「聞こえない。」と答えるだけ。「聞こえていますか?」と聞くと、「聞こえていますか。」と言うし、全く埒が明かなかった。どちらの耳から聞こえるかと言う質問には、最初に右から聞こえると、音が聞こえる方向が変わっても、右側を指し続ける。いちいち、「今はどっちから聞こえる?」「今度は?」と聞いても、右なら右、左なら左だけを指し続ける。4歳児検診の時も噛み砕いて説明しても同じ結果の繰り返しで、検査をする人はとうとうさじを投げてしまったのだが、ここはさすがに専門クリニックだけはある。検査官は、「ニコは、言葉を鸚鵡返しにするのが好きなのね。」といって、機械的な周波数ではなく、簡単な言葉のCDを聞かせることにした。それで、CDから聞こえてくる言葉を繰り返すという課題に変えた。まず、右の耳だけ聞こえるようにセットして、CDを聞かせた。ヘッドホンで聞いているので、私には全く聞こえない。だから、どんな声でどんな速度で言葉が流れているのかわからないのだが、最初、ニコちゃんは、黙ったままだった。検査官が、「なんか聞こえた?」と聞くと、コクンと頷いた。「なんていってた?」と聞いたら、ニコちゃんは、「マ・マ」と小さい声で答えた。「すごい!」と検査官にほめられ、気をよくしたのか、そこからは順調だった。テラー(皿)、ハウス、ハーゼ(うさぎ)、ブルーメ(花)、アイマー(バケツ)など、幼児になじみの深い短い言葉ばかりだった。小さいボリュームにして聞かせ、今度は左耳からだけ聞こえるようにセットして、同じような繰り返し。ニコちゃんは、ほとんどパーフェクトだった。これで、ニコちゃんの聴力には問題がないと診断された。結局ニコちゃんの問題は「表現面における言語発達障害(Sprachentwicklungsstoerung - expressiv)」で、専門家にもやはり「Logopaedie」(言語療法)を勧められた。それで、家に帰ってきてから、すぐに地元の言語療法士に電話をして予約を取り、それから小児科医のところに、「処方箋」をもらいに行った。言語療法の費用は健康保険でカバーされる。小児科医で発行してもらった「処方箋」には、週1回45分のセラピー、10回分とあり、診断の欄には、「3カ国語環境による言語遅延(Sprachentwicklungsverzoegerung bei Dreisprachigkeit )」と書いてあった。3カ国語環境は、確かに子供には負担かもしれないが、上の子供二人の時は、なんの問題もなかった。なぜ、ニコちゃんがだけが、こんなにも大事になっているのだろうか??本当の問題はどこに存在するのか私にはわからない。ニコちゃんの脳の発達に問題があるのかと、インターネットで少し調べていたとき、とても興味深い記事に出会った。ハーバードの教授で、ドイツ語、日本語、英語の3ヶ国語環境で育った方の記事だった。その方は、学校でフランス語を習ったとき、他のクラスメートが悪戦苦闘しているとき、自分はすんなりと覚えられ、それは、小さいときから多言語環境で育ったから、新しい言語習得に適応しやすいのだと気づいたのだそうだ。確かに、恵子を見ていると、ものすごく言語感覚がいい。でも、賢浩を見ていると、凡人とかわらない。ニコちゃんにいたっては、今のところ、言語に関しては、凡人以下。恵子と息子二人の決定的な違いは、テレビを見る時間の多さ。恵子は、テレビをほとんど見ず、暇があれば音楽を聴いて、本を読んでいる。息子二人は、テレビやDVDでマンガばっかり見ている。結局は、小さい頃から何ヶ国語に触れているかではなく、本を読む子かテレビを見る子かの違いがアカデミック面で大きな違いを生むのだと思う。
2011年03月27日
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昨日、職業訓練の一環で、ドイツ語コースで企業見学に行ってきた。見学させてもらったのは、「EDEKA」の物流センター。「EDAKA」は「エデカ」と読み、ドイツで一番大きなスーパーマーケットチェーン。「Einkaufsgenossenschaft der Kolonialwarenhaendler im Halleschen Tobezirk zu Berlin」(食料雑貨商購買組合)と言うのが元々の正式名称で、それが略されて「E d K」になり、そのアルファベットのドイツ語読み「エー、デー、カー」がそのまま現在の名称になったそうだ。私達が訪問した物流センターは、56,186平方メートルの敷地を持ち、大きいし、すごく綺麗で清潔だった。建物は、築47年と言っていたけど、新しく見えた。もちろん改装などもしているのだろうけど、どこも手入れが行き届いているという感じだった。最初、会議室のようなところに案内された。そこで、コーヒーとプレッツェル(パン)で朝食をとりながらパワーポイントでのプレゼンを聞いた。質疑応答で、「ダイオキシン騒動の時は、どのように対処したか?」と聞いたら、「私達で扱う商品はすべて地元のもので、北ドイツからは仕入れていないので、全く問題はなかった。」とすごく胸を張って答えてくれた。その後、センター内の見学。倉庫は、すべてコンピューターで管理されており、中で働く人は、電動フォークリフトの車で荷物を棚に運んだり取り出したりしている。皆さんマイク付きヘッドホンをつけていて、コンピューターと会話しながら作業をしているのだそうだ。基本的には作業は機械で行うが、時にはもちろん自分で持ち上げたりしなければならない。ドイツの労働法で女性が持ち上げていい荷物の重さが決まっているそうで、例えば缶詰の箱などは女性に扱わせると違法になる。だから、女性が物流センターで働きたいといっても、コンピューター室ぐらいになってしまうのだ、と説明された。冷凍倉庫も見学した。中はマイナス28度で、本当に寒い。私達は1分ほどで外に出たが、中で働く人は、1時間ごとに10分の休憩があり、8時間労働だそうだ。ある意味、苛酷な労働環境なので、他の部門で働く人より時給が1ユーロ高いらしい。みなさん、スキーをするような格好をしていた。倉庫の中で整然と高々と積み上げられた商品を見て、ふと、今、ここで地震が起こったらどうなるのだろうという恐怖に襲われた。ドイツはプレートの真ん中に位置しているので、ほとんど地震には無縁。しかし、今から30年以上前にこの物流センターに近いところを震源地としたかなり大きな地震があったそうだ。それでも、こんな上のほうまで重い荷物を平気でおいてしまうのだなーとびっくりした。その疑問を口にしてみたら、案内をしてくださった方は、「ここは日本と違うから、そんな心配は要らないですよ。」と言いきった。「確かに、1978年の地震では大きな被害があったかもしれないが、もう昔の話ですから・・・」という感じだった。やっぱり、地震に対する感覚は、全く違うなーと思った。物流センターは、2交代勤務で、早番は朝3時半始まりだそうだ。倉庫というと、暗くてかび臭いイメージがあったのだけど、すごくモダンで、床もきれいだった。私達のグループの中でも、ここで働かせてもらいたい、と思った人が結構いたようだ。でも、場所的に遠いので、ここで働くのは難しいが、EDEKAに興味を持った人は多いと思う。帰りに、赤ワインのお土産をもらった。案内して下さった方も非常に素敵な方で、EDEKAの印象がすごく良くなった。
2011年03月22日
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日本での大地震以来、こちらでも日本の被害状況および原発関連がいつもトップニュースだった。しかし、今日は、リビアへの空爆関連のニュースに一番多く時間が割かれていた。リビアへの空爆を開始したようだが、私にはこれが今ひとつ理解できない。カダフィ大佐がたとえ極悪非道な独裁者であったとしても、他国が空爆する権利があるのだろうか? さっさと辞めてくれ!と思う独裁者は世界中にたくさんいるのに、なぜリビアだけがこうも簡単に空爆対象になりえるのかわからない。民衆が戦車の上に乗っていたり、普通のおばちゃんぽい人が機関銃を掲げている映像が繰り返し流れている。なぜ、一般民衆がこんな危険な武器を簡単に入手できるのか不思議。リビア政府を転覆させるために欧米が民衆を操っているとしか思えない。自然災害で多くの犠牲者を出した日本にとって、リビアで起きていること(人が人の命を奪う)は、愚かとしか思えないのではないだろうか?日本の被害者の少しでも力になりたいと、ドイツでも多くの日本人が募金運動などをしている。わたしの友人も、街頭でミニコンサートをしたりして、募金を呼びかけている。街頭コンサートをするために、市にかけあって許可をもらったりしたようで、その行動力に頭が下がる思いだ。子供向けのニュースを見ていたら、子供たちもバザーをしたりして日本への寄付を集めていた。その様子を見て、賢浩が、「僕もしようかな?」と言っていた。自発的にそういう気持ちになるのはいいことだと思う。同じニュースを見ていた夫が、「なぜ、日本に寄付をするのか?日本は金持ちの国なんだから、お金を寄付する必要はないんじゃないか?もっと別の協力の仕方があるはずだ。」と言い出した。日本人が同胞のために寄付するのは理解できるが、他国の人に寄付を求めるのは変に感じるらしい。夫はハイチやパキスタンには率先して寄付をしていたのに、日本に関してはこのような考え方を持っているなんて、びっくりした。恵子と賢浩が夏休みにワシントンに住む義姉夫婦のところにあぞびに行くので、そのフライトを予約した。賢浩は、夏休みの時点では11歳になっている。恵子は13歳。飛行機は11歳までが子供料金。でも、11歳までの子は一人では搭乗できない。必ずエスコートサービスをつけなければならない。12歳以上の子供は一人で搭乗できるが、16歳以下の子供は11歳以下の子供の保護者にはなることはできない。エスコートサービスを頼まなくてはいけない場合、オンラインブッキングはできない。電話か旅行代理店を通すかになる。いままでは旅行代理店で予約していたが、12月に一時帰国するときにトラブルがあったので、もうその旅行代理店は利用したくなかった。それで、航空会社に直接電話して予約することにした。エスコートサービスは、一人150USドルかかると言われた。でも、仕方ない。もちろん賢浩にだけつけるつもりだったのだが、そうすると二人で一緒に座れないし、乗り継ぎの時も、賢浩はアテンダントに連れられて特別ラウンジで過ごすことになるが、恵子は一般乗客と同じで一人で乗り継ぎをしないといけないし、時間も自分ひとりでつぶすことになると言われた。恵子に確認したら、別々のほうがうれしいというので、当初の予定通り、賢浩だけエスコートサービスをお願いすることにした。電話オペレーターは、電話予約だと手数料として35ユーロかかるので、恵子の分はインターネットで予約したほうがいいですよ、と教えてくれた。子供が二人とも11歳以下か、12歳以上だったら楽だったなーと思った。
2011年03月20日
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しばらく会っていなかったドイツ人の友人からお見舞いの電話があった。また、子供のクラスメートのお母さんが、ちょっと話がしたいとうちに寄ってくれたそうだ。残念ながら私は不在だったので、どんな用件かはわからなかったし、夫が対応したので、誰だったのかもわからないのだけど、たぶん日本のことを心配して来てくれたのだろう。仲のいい日本人の友人も、近所のドイツ人がいきなり来て、「ちょっと、気晴らしに一緒に散歩でもしませんか?」と誘ってくれたので、びっくりした、と話していた。ドイツ語コースでも、大丈夫なの?とよく聞かれる。ロシア人のクラスメートは、サテライトでロシア語放送を見ているそうだが、日本の地震関連のニュースがよく取り上げられており、東京は外に人が歩いていなくて、ゴーストタウンになってしまった様子が報道されていたよと教えてくれた。「えっ、そうなの?」と私がびっくりすることのほうが多い。「東京もかなりまずい状態だってニュースで言ってたよ。」と言われると、「ずいぶん日本のニュースとトーンが違うなー」と不安になる。「昨日、テレビで、被災地で、普通の飼い犬が、怪我したほかの犬の居場所を人間に教えて、怪我した犬は無事救助されていた様子をみたの。犬ってすごいね。感動したよ。」と言われた。それも、ロシア語チャンネルで見たそうなのだけど、各国で、日本のいろいろなことが報道されているのだなー。日本の悲惨な状況を見ると、本当に胸が痛いのだけど、ドイツで普通に何不自由なく生活している自分が不思議に思えてくる。アメリカに住む義姉夫婦と香港に住む義父母がそれぞれ、恵子と賢浩に夏休みに遊びに来てもいいよ、と言ってくれている。恵子に聞いたら、「賢ちゃんと一緒に旅行はしたくないから、私がアメリカで賢ちゃんが香港とか、その逆とか、一人づつ行きたい。」と言い出した。義姉に打診したところ、「それは絶対に許さない。自分の弟と一緒に旅行したくないなんて、わがままだ。日本の被災地で家族を失ってしまった人のことを思えば、そんなことは口が裂けてもいえないはずだ。家族と一緒に旅行できると言うことがどんなに贅沢なことか考えてみろ。」とメールが来た。さすがに恵子は反論できず、二人でこの夏はアメリカに行くことになった。それで今、航空券を探しているのだけど、かなり高くてげっそり。姉はもともとキャンプを計画していたが、そちらに行くと返事をしたその日に、恵子たちのためにミュージカル「Wicked」を予約してくれた。人気のミュージカルらしいので、早めに予約するに越したことはないが、あまりの早業にびっくり。とにかく、義姉は即決の人で、行動が早い。いつも、まだ航空券を予約していないのかと督促されてしまう。日本での震災のニュースを聞きながら、子供の夏休みの手配をしていると、これでいいのだろうかという気持ちになる。
2011年03月18日
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子供も私も、知り合いや先生から、「日本にいる家族、親戚は無事か?」とよく聞かれる。今日も、ドイツ語コースで日本の地震の話題になった。今日の先生は、教壇の上で、ロウソクを灯し、「私達にできることは残念ながら何もないけど、せめて被害者を思って祈りましょう。」と言ってくれた。先生は、私に、「家族はもう国外避難したか?」と聞いたのでびっくりした。実は、夫にも、地震のニュース直後に「なぜ、ドイツに家族を呼び寄せないのか?」と詰問された。先生に、「日本人は、国外に避難するということは考えないのか?それはなぜか?」と聞かれた。「私だったら、家族を説得して、ドイツに呼び寄せる。日本にいたら、絶対に放射能を浴びる危険がある。中国だって、韓国だって、喜んで日本人を受け入れるはずだ。それで、安全が確認されたら、戻ればいいのだ。なぜ、政府は周辺30kmだけを避難対象としているのか理解できない。国民を国外退避させるべきだ。」と熱く語った。そもそも、日本人には、「国外退避」って発想がないのでは? 被害地域の人は、自分の隣人や友人の安否を確認したいし、被害にあっていない人は、被害地域のために何かしたいと思っているはず。自分だけ、安全地域に逃げて高みの見物をしようとは思わないのでは??そういう考え方が先生には理解できなかったようだ。他のドイツ人もそういう発想なのだろうか?先生は、福島の原発のことに異常に詳しくて、1号機、2号機、3号機、4号機の絵を黒板に書いて、それぞれがどのような状態であるか説明し始めた。その関連で、わがクラスのウクライナ出身者に、チェルノブイリの話を振った。一人は、その時小1で、あまり記憶がないと言った。もう一人は、チェルノブイリから500-600km離れた黒海沿いの大都市オデッサの出身だったが、オデッサまで死の灰が来たといった。彼女のお父さんは、爆発の2年後にチェルノブイリの現場で後片付けなどに携わったそうだが、その8年後になくなったそうだ。医者は、放射能とは関係ないといったそうだが、彼女のお父さんは、チェルノブイリでの作業に関わったあと、ずーっと体中の痛みを訴えていたそうだ。だから、彼女は放射能に被爆して死んだと思っている。話している間に、父親のことを思い出したのか、彼女は泣き出してしまった。その話を聞いて、とても恐ろしくなった。当時、旧ソ連で軍隊に入っていた人もクラスにいた。彼は、直接チェルノブイリには派遣されなかったが、毎日放射能汚染された車が運ばれてきて、それを特殊化学液で洗浄し、その後、車を地下30mに埋めるという作業に従事していたそうだ。毎日、50-60台洗浄しては埋める作業を繰り返したと語った。そんなことが日本でも起こるのだろうか????チェルノブイリのようにはならないと言う言葉を信じたい。ところでなぜ先生が異常なまでに詳しいかと言うと、ドイツでも原発の安全性への関心が高く、爆発の様子が繰り返し報道されているからだ。福島原発の事故を引き合いに出し、どんなに安全に建設しても、100パーセントの安全なんてありえない、とここぞとばかりに原発推進反対派が気炎をあげている。私が住むBW州は、メルケル首相が率いるCDUの牙城。今月の27日に州議会の選挙がある。CDUは原発推進派で、州内にある古い原発をいまだに稼動させている。それが今、野党につけ込まれている。日本の地震が、思わぬところでドイツの政治にも影響しているようだ。ドイツの新聞を読むと、SUPER「GAU」という大見出しが目に付く。ニュースを聞いていても、この単語をよく耳にする。どういう意味なのかと思ったら、「groesster anzunehmender Unfall」の略で、「原子力発電所などでの想定可能な最大規模の事故」をさす単語だそうだ。そんな単語が存在することにびっくりした。
2011年03月15日
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普段の朝は忙しくてテレビを見る余裕がないのだけど、昨日は電車のストがあり、今日は大丈夫か一応確認したかったから、今朝は珍しくテレビをつけた。そしたら、いきなり、日本で大きな地震があったというニュースが飛び込んできて、すごくあせった。東京の実家に電話をしたら、大丈夫とのことだった。それで安心してドイツ語コースに出かけたのだけど、帰ってきてからニュースを見て、津波の被害のすごさに驚いた。ところで、今日はニコちゃんの4歳の誕生日。昨日の夜、ケーキをたくさん焼いて、幼稚園に持っていった。水曜日ニコちゃんと買い物に行って、好きなおもちゃを買ってあげるといったら、迷いなく、トランスフォーマーの車を選んだ。もうすでに、トランスフォーマーは7-8種類持っている。家中車だらけなので、「レゴもいいねー」とか他のおもちゃにそれとなく誘導しようと試みたけど、トランスフォーマーを握り締めて離さないので、それを買ってあげた。自分で、「ニコちゃん、おめでとう!」と何度も言っていた。かわいい・・・昨日は、4歳児検診に連れて行った。3歳検診の時は、視力検査で苦労した。絵を見せて、これは何か?ときいても、わからないを連発。本当に見えないのか、言葉の問題なのか、それともやる気がないのか、全くわからない。それで、検査する人も匙を投げてしまった経緯がある。今回も似たようなことになってしまった。まず、視力検査だった。4つの形があった。りんごのような、奥歯のような形と四角とまると家の形だった。りんごみたいな奥歯みたいな形に関しては、ニコちゃんは、「Herz」(ハート)と答えた。家は、「Haus」と回答。でも、四角とまるは、「わからない」とドイツ語で回答。それで、助手さんが、4つの形のコピーをニコちゃんに渡して、見える形と同じ形を指でさしてくれ、と指示した。それで視力検査はなんとか乗り切った。問題は、聴力テスト。ヘッドホンを耳にあて、音が聞こえるので、音が聞こえなくなった時点で「Jetzt」(今)と言うという指示だった。しかし、ニコちゃんは、指示を全く理解できなかったようだ。いつまでたったも何にもしゃべらない。それで、助手さんが、「今音が聞こえてる?」と聞きなおした。ニコちゃんは、「Ja」(はい)と返事した。それで、すこしづつボリュームを下げていき、「まだ聞こえる?」「まだ聞こえる?」と何度も聞いた。ニコちゃんは、そのたびに、「Ja」と言うだけ。助手さんがスイッチを切ったあと、「まだ聞こえる?それとも、もう何にも聞こえない?」と聞くと、「Ja」と言うだけ。聞こえるはずがないのに、聞こえる?という質問に「Ja」と答える。私が日本語で説明しても、結果は同じ。今度は、聞こえない状態からはじめてみた。「何か聞こえる? それとも、何にも聞こえない?」という問いに、「何にも聞こえない」と答えた。少しづつボリュームを大きくして、同じ質問をしていっても、答えはいつも、「何も聞こえない。」私も、何度も日本語で説明したし、助手さんも、あの手この手でニコちゃんが理解できるように、工夫してくれた。たぶん、こんなテストは普通の子なら5分で終わるのだろう。でも、ニコちゃんは、30分以上かけても、進歩がなく、助手さんも、これ以上はできません、と匙を投げた。聴覚テストでは、ヘッドホンのどちらから音が聞こえてくるかというテストもあったのだけど、ニコちゃんは、いったん右耳から聞こえると、左からに変わっても、ずーっと右をさし続ける。私も日本語で、「どっちの耳から聞こえる? さっきと同じ?違う?」と尋ねても、面倒くさそうに、同じ側の耳を指し続けるだけ。たっぷり昼寝をしてから出かけていったのに、よほど聴力テストが退屈だったのか、途中であくびをしだす始末。やる気がないのか、言葉が理解できないのか、本当に聞こえないのか、本当に判断ができなかった。小児科医は、「もしかして、アデノイドに問題があり、それが聴力にも影響しているのかもしれない。聴力に問題があるから、言葉の発達も遅いのかもしれない。」と言い、専門家に見せるように進言した。地元の耳鼻咽喉科とかなり離れた町の専門医のいる病院を紹介された。両方に予約を取るように言われた。地元の耳鼻咽喉科にはすぐ予約を取ったが、一番早くて4月末の11時しかあいていないと言われた。そのほか、「Logopaedie」(言語セラピー)に行くように勧められた。地元に専門家がいると言われたので、電話帳で調べたら、なんと、恵子が小学生の時クラスメートのお母さんだった。ニコちゃんの幼稚園の先生も、賢浩の同級生お母さんだしの、なんだか、本当に狭い世界だなーと思った。確かに、我が家は3ヶ国語の環境での子育てなので、子供の言語発達は、一般の子供より遅いのは仕方ないと思っている。それでも、恵子と賢浩の時は、こんな大げさなことにはならなかった。わたしの感触としては、特にどこかに異常があるわけではなく、自分の気が向かないことはしないだけではないかと思う。結局は、集中力の問題ともいえる。家で、同じような視力テストをしてみたら、まるに対しては、「マル」と日本語で答え、四角に対しては、わざと、「食パンマン」と回答した。検査の時に、私は日本語で説明して、ニコちゃんに対して、わからなければ日本語で言ってもいいよ、と助け舟を出したけど、幼稚園でも、小児科医でも、家族以外の人と話すときは、かたくなに、日本語も英語も使わない。子供なりに使い分けはできている。まあとりあえず、検査をしてもらい、異常がないことが確認できればそれに越したことはない。言語セラピーは、どのようなことをするのか、私自身も興味があるし、通わせることに何の抵抗もない。いずれにしても、よい方向に進めばいいなー。
2011年03月12日
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今日は、わが町が1年で一番活気付く日。Faschingumzugがあるからだ。リオのカーニバルには遠く及ばないけど、まあ、それなりに盛り上がる。それで、Stuttgart近郊に住む夫の友人家族を我が家に招待した。彼らはロシア人で、娘さんは恵子と同じ歳の13歳。家ではロシア語で会話をしてるので、奥さんのほうはなかなかドイツ語が上達しないという私と同じ悩みを抱えている、という情報だけ事前に得ていた。ドイツ語コースで毎日ロシア人を見ていて、わたしの中に、ロシア人苦手意識が芽生えていた。しかし、今日我が家に来てくれた人たちは、ユーモアも教養も常識もすべて兼ね備えた人たちで、ロシア人のイメージが一気に好転した。11時ごろにきてもらい、昼食のあと、私を残し、みんなですぐ近くの本通りの仮装行列を見に行った。でも、あまりにも寒くて30分ほどで帰ってきてしまった。わが町の仮装行列は、この地方の伝統的な衣装を着ていて、練り歩くので、違う地方から来た人にとっては、なかなか興味深い。中には、なまはげのような格好もあり、ニコちゃんは本気で怖がるほど。帰ってきてからは、コーヒーとケーキで夫と友人、友人の奥さんのビクトリアと私、彼らのお嬢さんと恵子、と分かれてそれぞれおしゃべりに花を咲かせた。ニコちゃんと賢浩は隣の部屋でテレビを見ていたが、そのうち近所の子と庭で遊び始めた。ビクトリアの話は、すごく興味深かった。お互い、いまひとつのドイツ語能力であったが、すごく話が盛り上がった。ビクトリアの友達に日本に造詣が深い人がいて、その人から「古事記」をプレゼントされ、読んだそうだ。「すごく面白かった。」と話してくれた。ロシア語に古事記が翻訳されているなんて・・・。そのほか、龍の子太郎も読んだことがあるそうだ。我が家にちょうどこの本があったので、「これが原作ですよ。」と見せたら、絵を見ながら、「この場面、覚えているわー」などと言っていた。そのほか、俳句のことを聞かれた。日本に住んだこともないし、大学で専攻していたわけではないのに、これほど日本のことを知っている人にはじめて出会った。なんだか、うれしい。彼女もご主人ももともとはドイツ人の血をひいているそうだ。彼女は、ロシアで経済学と工学を学んだ。しかし、大学卒業後も職を見つけることができなかった。それで、1990年代にドイツに移住してきたわけだ。カザフスタンやタジキスタンでは、カザフスタン人ではない、タジキスタン人でないと言う理由で、どんなに頑張っても職に就けないそうだ。ロシアでもそうで、純粋なロシア人でなければ、就職は難しいらしい。彼女の知り合いで、ドイツ人の血をひく女性がタジキスタン人と結婚して3人の子供をもうけたそうだ。彼らは、タジキスタンに住んでいたが、ご主人が病気でなくなった後、「お前たちを殺すぞ!」という脅迫状が何通も送られてきたそうだ。「お前たちは、ムスリムではない。(タジキスタンでは、ムスリムが多数派) お前たちは、タジキスタン人ではない。ここから出て行け!」といううようなことが書かれてあったそうだ。それで、彼女は子供をつれて着の身着のままでドイツに移住してきたそうだ。これが、最近あった話だと聞いてびっくりした。私が、現在通っているクラスの様子を話したら、たぶん、彼らも難しい背景を背負っているのだろう、と言われた。ところで、ビクトリアたちは、ロシアとドイツの二重国籍。両国のパスポートを持っている。ドイツのパスポートは、日本のパスポートと似たり寄ったりで、ほとんどの資本主義国にビザなしでいける。ロシアのパスポートがあると、旧ソ連邦はもちろん、中国もビザでいけるそうだ。つまり、この二つのパスポートがあると、地球上の大半の国をビザなしで観光できるらしい。すごいなー。
2011年03月06日
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昨日は、Schmotziger Donnerstagと呼ばれる日で、町中仮装をした人であふれていた。バスに乗ったら、運転手さんが熊の着ぐるみを着ていた。ニコちゃんは、海賊になった。賢浩は、髪の毛を逆立たせ、スプレーで金色に染めて学校に出かけた。恵子は、水曜日、木曜日と州立ギムナジウムの第3次選考だった。今回は、3週間ほど前から通知を受けていたので、事前に切符を買ったり用意万端。1泊するので、ヨガマットのようなものを持ってくるようにと書かれていた。体育館に雑魚寝をするのかな?と心配していたが、実際は、寮の部屋に泊めてもらったそうだ。ただ、空いている部屋はないので、寮生の部屋に泊めてもらうことになり、その床にマットを敷いて寝たそうだ。恵子は、9年生の子の部屋に泊めてもらい、いろいろ話を聞いたようだけど、寮生活っていいなーって思ったそうだ。彼女たちの話によると、9年生は2クラスあり、現在空きは8名分あるそうだ。今回の3次選考に呼ばれた10年生編入希望組は、14人いたそうだ。4月に呼ばれる子もいるので、単純に考えれば、倍率は3-4倍というところだろうか。第3次選考は、水曜日の12時までにメンザ(学生食堂)に集合だった。みんなで昼食のあと、いよいよ選考開始。ゲームを混ぜた自己紹介のあと、最初の課題は、政治情勢分析。14人がそれぞれ、違う国のインフォメーションをもらい、それを読んでから、討論にはいる。でも、そのインフォメーションが、A4用紙4枚にびっちりかかれており、それを短時間で読んで、2-3行にまとめるのが第1次作業。その後、NATOにどういうことを期待しているか、とか、東欧政策問題とかのテーマを与えられ、それについて、自分の担当になった国の立場から意見を述べなければならない。13歳や14歳の子が受けているテストなのに、結構すごいなーと感心した。日本の大学入試だって、ここまで難しくないのでは?と思った。恵子に与えられた国は、「アフガニスタン」。そのほか、イスラエル、イラン、エジプト、イギリス、フランス、ドイツ、スイス、バチカン(!)、日本、中国などがあったそうだ。とにかく、読む時間も考える時間もすごく短くて、発言も簡潔にしないといけないので、恵子は、緊張しすぎて、あまりうまくできなかったと言っていた。そのほか、理論分析というのもあったそうだ。例えば、二人いて、赤い帽子が2つ、白い帽子が1つある。その場合、自分がかぶっている帽子の色はどうすればわかるか?という問題があったそうだ。相手が白い帽子をかぶっていれば、もちろん自分の帽子は赤だとわかる。しかし、相手が赤い帽子をかぶっていた場合、自分の帽子は白の可能性もあるし、赤の可能性もある。しかし、もし、相手も自分のかぶっている帽子をみても、わからなければ、自分の帽子は赤であるとわかる。・・・・という理論を導き出していく。人と帽子の数や色がどんどん増えていくのだが、必ず答えはあるそうで、どのように自分の帽子の色を見分けるかというのを答えなくてはいけなかったらしい。そのほか、8分間のショートフィルムをみて、グループごとにプラカードをつくり、内容を発表するとか、いくつかの課題があったそうだ。いずれにしても、作業時間は短く、瞬時に判断していかなくてはいけなかったようだ。基本的に、学力テストではなく、一般常識や思考の柔軟性、協調性などを見ているのだと思う。結果は、4月半ばにならないとわからないそうだ。先生は、「寮の定員の関係などで、入学できる人数は限られてしまう。不合格通知をもらっても、あまり落ち込まないように。」とみんなに言っていたそうだ。まあ、どちらに転んでも、いい経験にはなったんじゃないかな。今後受験を考えている人がいたら、ご参考までに・・・・第1次は、書類選考。うちの場合は、月曜日に発送して、火曜日に2次選考の通知を受け、水曜日に2次選考を受けた。だから、書類は揃ってさえいれば、あまり重要視されないのかもしれない。第2次選考は、知能テスト。3種類のテストがあったそうだ。12名集まり次第、随時行われるようだ。受験料は30ユーロ。一応、130が足切りラインだそうだが、第3次選考であった7年生の女の子が、恵子に、私の知能指数は125だったといっていたそうで、あれ?と思った。この女の子は、Realschuleに通っているそうで、地元のギムナジウムには行きたくないので、ここを受験していると言っていたそうだ。結果は、選考日の翌週手紙で送られてくる。知能テストの結果も詳しく書いてある。第3次選考は、1泊2日で行われる。お昼に集合して、翌日の昼食後に解散。受験料は、やはり30ユーロ。学年ごとに分かれてグループで課題に取り組む。Landesgymnasium fuer Hochbegabte は、7年生から10年生まで編入できる。内部で飛び級もできるが、10年生以降は、飛び級はできない。今回、恵子が受験したとき、今すでに10年生だが、この学校に来たいので、受かれば9月からもう一度10年生からやり直すつもりの子もいたそうだ。私の夫は、イギリスのボーディングスクールに通っていたのだが、自分の母校に比べると、州立ギムナジウムは、設備がいまひとつと言っていた。そこは、やはり、公立の学校なので、有名私立校にはいろいろな点で劣るのかもしれない。
2011年03月04日
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なんか難しいタイトルになってしまったけど、今日、ドイツ語コースで友達と話していて、そういうような話題になった。ニコちゃんは、もうすぐ4歳で、幼稚園には1年以上通っている割にはドイツ語の発達がいまひとつ。はっきり言えば、英語も日本語も上の子二人の同年齢レベルに比べ、かなり劣る。言葉の面だけではなく、行動面でもイエローカードをもらうことが多くて、ある意味、問題児。そんな話をしていたら、クラスメートの一人に、「どうして、特殊幼稚園に入れないの?」と言われた。彼女の息子さんは現在3歳半。やはり、3ヶ国語の環境で育っている。ドイツ語はもとより、どの言語もあまり話さず、心配で、小児科医に相談したけど、「よくある話。気長に見守りましょう。」と言うようなことを言われたそうだ。最初は、普通の幼稚園に通わせたが、やはり子供がなじまなくて、先生に相談したが、「もう少し、様子を見ましょう。」と言われ、埒が明かないので、Jugendamt(青少年局?)に相談して、特別な幼稚園に編入させたと言うのだ。3ヶ国語の環境で、3歳過ぎてもあまり話さないというのは、そんなに特別なことではないような気がする。ところが、クラスメートで、子供のドイツ語がいまいちなので、特殊幼稚園に通わせている人が、3人もいることがわかり、びっくりした。もし、それがニコちゃんに必要なことなら、そうするが、幼稚園児なんて、遅かれ早かれ自然と言葉を習得していくものではないのだろうか?そのペースがニコちゃんの場合、ちょっとのろい程度に考えていたのだけど、あまりにもみんなに特殊幼稚園(Sonderkindergarten)を勧められて、わたしの認識が甘かったのか?と思わされたほどだ。現在の幼稚園は、うちから目と鼻の先にあり、便利。わが町には、特殊幼稚園はないから、送り迎えが大変になる・・と言ったら、「大丈夫よ。特殊幼稚園への送迎は、タクシーやバスでしてくれて、送迎や幼稚園の費用はすべて役所が負担してくれるのよ。」と教えられ、さらにびっくり。普通の幼稚園の費用は自己負担。吃音がひどかったり、発音がうまくできなかったりなど、本当に必要な子が行くべきところであり、ドイツ語が話せないからいくというところではないような気がするのだけど・・・・。私も、特殊幼稚園というのがどういうところなのかよくわからないのだけど、ニコちゃんに必要な教育機関ではないような気がする。とりあえず、来週、4歳児検診があるので、相談してこようと思う。それにしても、このコースの友人と話していると、びっくりすることが多すぎる。
2011年03月02日
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