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☆静岡の某市長の娘さんの行方不明事件は、娘さんが無事に保護されたことで決着した。事件性はないとのことなので、自殺を考えての家出だったのだろうか。無事だったことにホッとするとともに、これからが大変だな・・と思う。本人も家族も、これからの方が厳しい道のりかもしれない。でも、若い頃には悩んだり迷ったり行き詰ったり、そして家出をしたり自殺しようと考えたりすることは、さほど珍しいことではない。そのような時には、家族にはもちろんのこと、多かれ少なかれ周囲に迷惑をかけているものだ。言い換えれば、人は他者に迷惑をかけながら成長するものだと思う。(もちろん、程度の問題もあるし、できる限り周囲に迷惑をかけないよう心がけることは必要だけど、本人の能力を超えた時にはどうにもならない)。誰もが多かれ少なかれ似たような思いを体験し、何とかそれを通り過ぎてきたはずなのに、過ぎてしまうと人に迷惑をかけていたことなんかケロリと忘れて、「人に迷惑をかけるな」と偉そうにのたまうようになる。どうぞ、色々な意味で傷ついているであろうこの家族を、温かく見守ってあげてほしい。きっと真面目で心優しい娘さんではないだろうか。一日も早く元気になって、自分らしさを取り戻してほしいと願う。☆証拠がなくても有罪の判決が、最近時々あるように思う。昨日の、筋弛緩剤事件もそうである。それでいいのかなと、どうしても釈然としないものがある。かと言って、限りなくグレーに感じる者を、無罪というのも釈然としない。控訴審が始まった「恵庭OL殺人事件」もそうである。北海道での事件であり関心を持っているのだが、これも直接の証拠はなくて状況証拠ばかりの積み上げで有罪となっている。両方とも、もしも冤罪ならば大変なことであるが、本当にやっているとしたら許されないことである。そして、両者とも警察の捜査の詰めが甘いということも同じである。最初から犯人を誰かに決め付けて捜査しているようにすら思う。先入観を持たずにすべての周辺の人のアリバイをキチンと詰めていくべきだし、恵庭事件の場合は警察が尾行中に目を離して、(誰かが)証拠品を焼却するところを見逃したという失態も演じている。もう十数年も前のことだが、私もある事件の周辺にいたことがあり、警察から事情聴取された。幸いにも私は疑われていなかったらしく、警察の質問は本当に形式的なものであった。私が「どうしてこのことを聞いてくれないのか?」と不思議に思い、当時の私の上司に「聞かれたこと以外は言わないように」と注意されていたにも関わらず、事件に関係があると思える当たり前のことを、「○○については調べていますか?」と聞いてしまったくらいだ。案の定、それについては関心を払っていなかったらしく、警察は「え? どういうことですか?」と聞かれて、こっちの方があきれてしまったことがある。そんな体験があるせいか、どうしても警察の捜査の甘さが気になってしまうのだ。今、北海道警察だけではなく、全国各地で「裏金問題」が注目されている。警察の捜査は大事件にも甘いことがあるのだから、身内を調べるなんてできっこないと、私は思っている。【補記】日記リンクをしている秀さんの日記で、筋弛緩剤判決について書かれているが、これは私の「なんとなく変だなー」という思いを、見事に論じてくださっている。このように書けたらいいなと思いながら、私は「何となく変」という感覚を大切にしようとも思った。私にはそれしか出来ないからだけど・・。そして、「疑わしきは罰せず」の意味を、もう一度考えて欲しいと思う。私は警察の捜査に対して批判的に見ているけれど、捜査も司法判断も、「ミスを起こす性質を持つ人間」がやっていることなのだから。
2004年03月31日
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昨日、パソコンに向かっていたのがたたったのか、今日は朝から肩と頭が重い。午前中に必要な作業をしてから、急に友人と会うことになった。久しぶりに会っておしゃべりをしたのだが、何となく元気が出てこない。それでも精一杯のサービス精神で、近況を語り合う。昨日までの温かさからうって変わって、今日は肌寒く小雨交じりの天気。そんな中を傘をさして歩いたことが響いたのか、帰宅してから何となく寒気もする。久しぶりに体調の悪さを感じている。ということで、今日はこれくらいで・・。
2004年03月30日
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今日は、所属している団体の会報の編集をした。原稿の締切日は先週末だったけれど、今朝までに二人から原稿が届いていなかった。私も昨夕までは孫達が来ていたので編集作業ができなかったこともあり、朝一番でこの二人に電話で原稿の催促をした。実は、先週中にこの二人からは「忙しくて原稿が遅れそうだ」と連絡があったので、「月曜日の朝までに届けばいいですから」と、締め切りの延長を許可していたので、今朝の電話は再確認のつもりであった。ところが・・・一人は「あー、ごめんなさい。午前中に必ず・・」というので、私も快く了解した。さてもう一人は・・、もうあきれて絶句状態。今日までの多忙さの言い訳と同時に、「今からでは書くのが無理・・」とかなんとか・・。挙句の果てに「もっと早くお断りしたらよかったのですが・・」。思わず「冗談ですか?」と聞き返したくなった。もう少し上手な言い訳を言ってくれたなら、あるいは先週の電話ではっきりと「書けない」と言ってくれたなら、私は自分で原稿を書いたかもしれない。しかし、今日に至って、それも私からの確認の電話でその言い方はないだろう。専業主婦の忙しさなんてタカが知れている。それは、現在は専業主婦(もどき)の私が断言する。確かに家族や地域のあれこれに雑用を押し付けられはするけれど、自分の裁量でやりくりもできるのが主婦である。何日も前に約束をしたことを守ることが出来ない理由なんて、よほどのことでなければ人を納得させることはできないのだと、自分を戒めて欲しい。だから私はきっぱりと「とにかく、今日中に何とかしてください。夜中までお待ちしてますから」と、彼女の哀願を断った。今は午後8時。まだ彼女の原稿は届かない。ひょっとするとこのまま・・・。それならばそれでいい。穴埋めはせずに、他の記事のスペースを少しゆったりとさせ、カットでも入れて会報を作るつもりだ。出来ない約束はしないでほしいと、イライラしながら思う。少しは反省していることを願っているが、さあ、どうだろう。そうそう、もう一人は約束どおり、昼食時間を過ぎた頃に原稿を届けに来てくれた。「ファックスで良かったのに、わざわざ届けてくださったの?」という私に、「遅れてしまって本当にごめんなさい」と、お菓子のお土産つきだった。おかげで、私のイライラの半分は解消されたのだった。【補記】午後9時過ぎ、待っていたファックスが届いた。早速その原稿を空けておいたスペースに打ち込み、無事に予定通り会報は完成した。(短時間で打ち込める程度の分量の原稿なのである)。明日は、これを数人のメンバーにチェックしてもらって印刷することになる。無事に届くとゲンキンなもので(またはお人よしとも言う)、「お忙しいところ無理をさせてしまいました」と、お礼さえしてしまった。(もちろん、社交辞令ではある)お陰で今夜は安心して眠ることが出来る。ヤレヤレ・・。
2004年03月29日
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昨日から、孫と共に時間を過ごしている。土曜日は、息子夫婦に用事があったので、4歳と1歳の孫を半日預かった。二週間しか経っていないのに、孫達が成長しているのに驚く。特に一歳九ヶ月の孫(女の子)は、言葉もとてもはっきりしてきて、自分の気持ちのほとんどを言葉で表現できるようになっている。そのせいなのだろう、以前よりも癇癪を起こしたり、大泣きすることが少なくなった。言い聞かせるとジッとこちらの言葉を聞いていて、理解すると「わかった」と納得してくれるので、預かるのも本当に楽になった。四歳の長男は以前から聞き分けの良い子ではあったが、どうしても下の子に注目が集まるので、必要以上の自己アピールをすることが多いのだが、両親不在で「おじいちゃん、おばあちゃん」だけになると、子どもなりに兄を自覚するのか、あるいは私達に多少の遠慮をするのか、妹を思いやったり配慮をする姿に驚く。子どもというものは、日々変化成長していると実感する。それだけに、成長に従って思いもよらぬ行動をとることも多い。子どもにとっては、すべてが興味や好奇心の対象になる。昨日まではただの風景が、今日は違う意味を持って目の前に現われていることも多いだろう。初めての発見や驚きに素直に反応するのが子どもというものだ。だから、幼児と外出する時には、瞬時も目を離さないように注意しなくてはならない。面白いものを見つけたときには、親の制止も耳に入らずに飛び出すのが子どもの常なのだから。孫の姿にそんなことを思いながら、この数日メディアを賑わしているニュースのことを考えていた。ビルの回転扉にはさまれて死亡した男の子のことである。その子どもが、アッという間もなく回転扉に突進し、アッと思う間もなく悲劇となってしまったことは容易に想像できる。その瞬間を目撃した親の気持ちを考えると、本当に言葉もない。回転扉が危険も併せ持つことは、多分ほとんどの人が感じていただろう。しかしその危険とは、私に言わせればエスカレーターの乗り降りや、階段を駆け上がったり駆け下りたりすることとさほどの差はないように思えてならない。危険を最小限にする配慮は必要だと思うけれど、ゼロにすることは無理である。ビルの管理上の責任などがクローズアップされているようだが、何だか違うような気がする。子どもは本来危険な動物なのだ。そして、子どもの安全の責任は、親が負うべきものだと思う。どんな世界においても、そして「育児をする動物」であればなおのこと、親は可能な限りの配慮で危険から子どもを守りながら、かつ子どもが危険を乗り越えて行けるように教えていかなくてはならないのだ。そのためには、危険と承知であえて冒険をさせることも必要だ。そのプロセスの中には、当然アクシデントによる不幸な出来事も含まれる。だから私は、今回の事故も「親の責任だ」と批判するつもりはない。そのような事態になったときの親の悲しみと苦しみは、想像を超えるものだろうと胸も痛い。しかし、それに配慮するあまりに、無理な責任転嫁をしてはいけないと思うのだ。それぞれの立場の範囲内で、弱い者(子どもや障害を持つ人、老人など)を守る配慮や責任を果たさなくてはならないと思うのである。何か困ったことや問題が起きると、私達は一点にだけ責任を集中させ、自分の責任を逃れようとしがちだ。親の悲しみを思いやり、親を必要以上に責めてはいけないけれど、子どもの安全の最高責任者は親であるということだけは、忘れてはいけないと思う。そうでなくては、みんなが責任回避のために過剰反応して、子どもにとって必要な成長の機会を奪ってしまうことになるのだから。
2004年03月28日
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昨日のニュースであるが、東京の地方裁判所で「障害基礎年金の支給を拒否されたのは違憲」として、国に年金不支給処分の取り消しと、総額8000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決の記事を見た。実は私の知人の一人も、別の地方裁判所で原告になって、現在も裁判が続いている。この判決は、全国で訴訟を起こしている学生無年金障害者にとって、どれほど勇気付けられるものであったことか。知人は、大学卒業を目前にして、事故による頚椎損傷で首から下が不自由な身となった。就職先も決まり、希望と意欲に満ち溢れていた時のことであった。当時はまだ進学率も高くなかったし、今よりもずっと多かった貧乏学生のほとんどは、国民年金になど加入していなかったことであろう。彼が何年もの間入院し、リハビリの後に家族の介護による生活を在宅で始めたときには、30歳を超えていた。その後、わずかに動く指先でパソコンを使うようになり、障害者の小規模授産施設のような場所で、少しばかりの収入を得るようになった。私が彼と出会ったのはそんな時であったが、私はその頃彼が無年金であるとは、全く知らなかった。それでも、重い障害を持ちながらも積極的に障害者運動などに参加をする中で、生活を共にする女性と出会い、現在はその奥さんの収入によって生活をしているはずである。彼が「無年金訴訟」の原告になったというニュースを新聞で見て、私は初めてそのことを知った。結婚するまでは両親に生活費を依存せざるを得なかった彼は、親への遠慮もあったのか、親しい人にも自分が無年金であることを話していなかったのだ。そのような状況の彼と結婚し、生活全般を支え続けている奥さんには本当に頭が下がる。一日も早く、彼らが生活についての不安を解消できるようにと祈っている。そして、他の地域での裁判が、すみやかに行われるようにと願う。
2004年03月26日
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今日は、子育て支援関連のボランティアグループの一員として、N町のボランティア団体との交流研修会に出席するためにN町にでかけた。同じような活動とは言っても、その地域によって方法や体制が違うし、構成メンバーの個性によって雰囲気も随分違うものだ。真面目に取り組めば取り組むほど自分達の至らなさを感じてしまい、「まだまだ、ダメだ」と思い、落ち込んでしまうこともある。反対に、相手との比較の中で「自分達の方が良くやっている」と感じた時には、何となく優越感を感じて驕りの気持ちが芽生えることもある。しかし、どちらも程度によってはスパイスのように自分達の活動への励みや意欲につながるかもしれないけれど、過度にそれを感じてしまうと、思わぬ落とし穴にはまることもある。私は、ボランティア活動はそれを通して何かに気付き合うことが一番大切だと思っている。周囲に関心を持ち、自分で出来ることを見出し行動につなげて、相手と自分の喜びに繋がること。それは、どんなにささやかなことであっても良いのだ。自分だけの喜びであっても、自己犠牲によって相手だけを喜ばせることも、どちらも片手落ちだと思っている。もちろん、活動を続けるということはそのようなきれいごとではないし、グループという形態での活動は、人間関係や様々な話し合いと実行の繰り返しであり、時々「なんでこんなことしてるんだ?」と思うことも稀ではない。それでも、色々な苦労や悩みを乗り越えながらみんなで何かが出来た時には、それが自分だけの喜びではなく広がりのある喜びであるだけに、ジワジワとした感動も味わうことが出来る。そして何より、そのような場でこその人との出会いがある。私は、年々面倒なことが億劫になり、楽ちんに穏やかに暮したいという気持ちが強くなっているけれど、時には面倒なことも引き受けなくては、日々がつまらなくなってしまうようにも思う。長々と書いてしまったが、つまりは、今日の出会いもなかなか面白く、私にとっては有意義な一日になったということである。N町の皆さん、本当にありがとうございました。
2004年03月25日
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この数日、暖かい日が続いている。いよいよ春が近づいていると嬉しくなるのだが・・・。以前の日記にも書いたけれど、この季節は一日も早く雪が消えて欲しいと、少しでも時間があると「雪割り」に精を出すことになる。我家の玄関先は北側なので、何もしなければ全然雪が融けないので、今日はちょっとの時間があれば雪割をし、疲れたら休み、一息ついたらまた雪割りと、随分と働いてしまった。というのも、この数日所用が重なり、近所から随分遅れをとってしまったからだ。(つまり、我家の前の雪がとても多い)今日一日の頑張りで、ご近所との差は縮まったけれど、腕も腰も何だかとっても重い。明日はまた、朝から一日出かけなくてはならないので、また差が開くのかな・・。
2004年03月24日
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2日間ほとんど家にいなかったのだが、今日は夕方から来客がある予定。夫の職場仲間なので、それにそなえて日頃怠っている掃除なんぞもしなくてはならない。それから、夕食の準備のために買い物と料理・・。そうそう、知人に頼まれていた資料をコピーして郵送もしなくては。というわけで、パソコンにじっくりと向き合ってたまっている日記を書き込むのは無理だな・・。昨日は、やっぱり「ハルウララ」は負けちゃった。あの馬に対するフィーバーぶりって、何だか不思議。ハルウララは、競走馬としては向いていないんだから、もうゆっくりさせてあげたい。「負けてもメゲズに諦めずに走り続けている姿が・・」なんて言ってる人が多いけれど、あれは走らされてるだけで、諦めないのは馬主でしょう。イスラエルがハマスの指導者・ヤシン師を殺害して、これからどうなっちゃうんだろう。ロードマップなんて吹っ飛んじゃって、もう和平への道は断たれたと同然。他への影響も不安。シャロン首相はどうする気なんだろう。今日は慶應も卒業式。何年か前の晴れ晴れとした気持ちを思い出す。ご卒業の(特に通信課程の)皆さん、本当におめでとうございます。存分に卒業式を楽しんでくださいね。
2004年03月23日
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☆「文春」出版禁止は妥当掲示板でご指摘を受けたことを考え合わせて読み直すと、もう一つの疑問が湧いてきた。まず、「記事に公益性はない」という判断である。個人のプライバシー問題のほとんどに公益性はないと思うが、「プライバシー」も「公益性」も、その基準がとても曖昧なものだと感じるからだ。ということは、裁判官の主観だけで判断されてしまうわけで、だとするならば一層三権分立の厳守が問われるだろう。最近の司法判断は、政治的な動向に左右されていることを感じたりするので、何となく嫌な方向に流れていくのではないかという感じがしてしまう。掲示板にも書いたけれど、「プライバシー保護」を錦の御旗にして、我々が世の中の様々な現象に気がついたりするための情報の隠匿がされないように願う。☆北海道警察裏金・・接待に564回元道警釧路方面本部長・原田氏が所持している資料では、現職時代の4~5年の間に、警察庁幹部や道警上層部、地域の懇談会などでの接待が546回あったという。これが全部裏金だったというから、本当にあいた口がふさがらない。一年間に100回を超える接待というのがまず驚くばかり。本部長の職は「接待係」なのか?私は、どの職業にも接待費や会食費はある程度必要だと思っているのだが、それにしても多すぎると思う。特に警察は企業とは違って、節度を持って地域ともつながるようにしなければ、毅然とした仕事も出来ないだろう。ましてや、現場の警察官や職員の日当や旅費をピンはねしたり、架空の領収書を切りまくっての裏金となれば、いかなる言い訳も聞きたくないくらいだ。それなのに道警は、「裏金は現場の警察官の飲食費」で逃げようとしている。これでは、マジメに社会治安維持のために働いている警察官が浮かばれない。いさぎよく今までの悪しき慣例を認めて、適切な予算を組み、正々堂々と職務を遂行して欲しいものだけれど・・。
2004年03月20日
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今夜は親戚の通夜に参列。何年も前に脳梗塞で倒れて、その後入退院を繰り返していたのだけれど、回復することなく旅立ってしまった。まだ70代前半の年齢は、今の時代では早い死に入るのだろう。色々と苦労が多い人生だったようだから、やっと一息つける年になってすぐに倒れてしまったことは、きっと残念だったことだろう。でも、家族も身内もそれなりに覚悟はしていたようなので、まあこれも天命と受け入れるしかない。それにしても、今日のお坊さんのお説教は長かった。何と、30分である。それも、モゴモゴと発音がハッキリしない上に、中身があるようなないような話をダラダラと・・。申し訳ないけれど、耳を澄まして聞いていたのは十分くらい。あとは、時計をチラチラと眺めながら、在りし日のMさんのことを一所懸命思い出すことに努めていた。ずーっと僧侶として数え切れないほどの葬儀を勤めてきたはずなのに、どうしてこんなにお説教が上手になれずにこの年まできたんだろう。ご本人はとても学がある僧侶と自認されているようだし、本当に学識は高いのかもしれない。しかし、参列者を退屈させて、かつ深く心にしみるような感銘を与えないのでは、せっかくの良い内容も意味をなさないだろう。もっと短くていいから、「なるほど、そうだよなー」と思わせて欲しいと思う。そうでなければ、在りし日の故人の思い出でも語ってくれた方が、どんなにありがたいことだろう。あなたのお通夜のことでこんなこと書いてごめんね、Mさん。でも私、あなたの旅立ちの日なのにと思ったら、何だか腹立だしくなってしまったの。人一倍気配りをするあなたは、きっと気が気ではなかったんじゃないかと思って・・。
2004年03月19日
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今日は友人と、この映画を観て来た。第一部をビデオで見た後、何度もビデオ店に足を運んだのだが、いつも第二部「二つの塔」は貸し出し中でまだ見ていなかったのだが、友人の強い誘いに乗って見ることにした。私はこのような映画(特殊撮影多用の映画)で涙が出ることはほとんどないクールなタイプなのだが、これは結構グッとくるものがあった。三時間半というので「長いなー」と思ったけれど、終わってしまえばあっという間であった。ということは、それだけのめり込ませるもののある映画という証明でもあろう。色々な思いを全部書くことは出来ないが、結局は力の強いものではなく、純粋でか弱く小さい者に人々が救われるということに、強いメッセージ性を感じた。世の中は善悪入り乱れているけれど、「悪」を制御していくのは暴力的な力ではない。それからもう一つ、「選ばれた者」の孤独というものも感じてしまった。共に励ましあい支えあった仲間達と一緒ではあるけれど、一番の親友であったサムとも別れなくてはならないフロドの、「癒されることのない傷」とは・・。私なりに色々と思いを巡らしながら、何だか切なくもあった。やっぱり、早いうちに原作本を読まなくちゃと思う。
2004年03月18日
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今朝の新聞でこの見出しを読んだ時、「そんなに早く裁判所の判断ができるんだ!」と、まずビックリしてしまった。「裁判は時間がかかるもの」と思い込んでいた私は、仮処分とはいえ「やればできるわけ? じゃあ、他のとんでもなく長い裁判は怠慢?」と思ってしまった。この訴えがいつ提出されたのかわからないが、週刊誌の記事はそんなに何ヶ月も前から書かれているわけではないだろう。いったい、どうなってるんだ?まあ、週刊誌の記事もプライバシーをはなはだしく侵害しているものも多いと思うので、少しはお灸を据えてもいいとは思うが、こんなに簡単に出版禁止されてしまうのでは、週刊誌の存亡に関わるだろうと思う。何だか、日本全体に管理(監視)体制が強まっているようで、イヤーな感じである。
2004年03月17日
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今日は公立高校の合格発表の日。合格を手にした子ども達にとっては最高に嬉しく心軽やかな日であり、新しい高校生活に夢を一杯にふくらませている日であろう。しかし、そのように期待と意欲に満ちて校門をくぐった高校生の2.3%が、様々な理由によって退学してゆく。また、退学までには至らなくても、不登校状態にある生徒も少なくはないはずである。そのような状況をふまえ、地元の高校から「不登校の親の気持ちや、学校に望むことを聞きたい」という声がかかった。私は、不登校やひきこもりの子どもを持つ親達の話し合いの会に参加しているので、その一員として仲間と共に高校に行き、先生達の前で日頃から考えていることなどをお話してきた。実は、学校から「親の会の話を聞きたい」と言われるのは、非常に稀なことなのである。常日頃は、色々な機会をとらえて、こちらの方から「親や子どもの気持ちは、こんな場合もあります」と、やや押し付け気味にお話しするのが精一杯なのである。だから、高校から「教職員の校内研修でお話して欲しい」といわれた時にはとっても嬉しかったので、喜んでお引き受けしたわけである。とはいえ、高校の先生達がズラリと並んでいる前に出ると、とても緊張してしまった。五人がそれぞれの役割分担で話をしたのだが、声が詰まったり震えたり、用意したレジメのどこを読んでいるのか見失ったりと、素人講師ならではのたどたどしさはあったものの、それぞれが飾り物や建前ではない真実の心の一端をお話できたように思う。また一つ、ネットワークの輪が広がった。様々な立場の人が必要に応じてふんわりとつながり、大きくそして長い目で子ども達を見守っていきたいものだ。そしてまた、孤立することで悩みを深めてしまう人が、一人でも少なくなるように。
2004年03月16日
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息子夫婦は、昨年末に一軒家の借家に引っ越した。それまでは二階建ての市営住宅に住んでいたので、五月の節句の時にも、室内に「ミニ鯉のぼり」しか飾ることが出来なかった。しかし、今年からは本物の鯉のぼりを飾ることが出来る。そこで思い出したのが、息子達が幼い頃に揚げていた鯉のぼりである。長男の初節句の時に実家の両親が用意してくれたもので、多分小学生の頃までは毎年揚げていたと思う。その鯉のぼりが実家の納屋にあるはずだと思い出して探してみたら、ちゃんと箱に入って残っていた。(元農家の納屋は広いので、何でもしまっておけるのでとても便利。その代わり、ガラクタも一緒に雑然と積み重なっているので、探すのが大変!)箱は埃だらけだし、鯉のぼりも洗濯もせずにしまわれていたので、すすぼけていた。でもナイロン製なので、家庭でも洗えるものであったのが幸いであった。今日は早速、鯉のぼりを「つけ置き洗い」してみたら、これがビックリするほどきれいになって嬉しくなった。お嫁さんは「お古」を全く気にしない人なので、ポールだけを購入することにした。鯉のぼりたちも、二度目の働きができることを喜んでいることであろう。早く雪が溶けないかな・・。
2004年03月15日
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昨日のことになるが、札幌の「氷雪の門」で「モシリ」のライブを鑑賞した。(アイヌ詞曲舞踊団「モシリ」については、http://www.sh.rim.or.jp/~moshiri/を参照してください。)この舞踊団のことについては、何年か前にテレビで知り、一度見てみたいと思っていた。活動拠点は道東の屈斜路湖畔と思い込んでいたので、冬季間は札幌の「氷雪の門」でライブをやっていると最近聞いて、ぜひ一度行きたいと思い、夫を誘ってでかけた。「氷雪の門」は札幌のススキノにある、蟹料理専門店である。北海道と言えば「蟹」と連想する人が多いだろうが、道産子の庶民にとっては蟹は高級品なので、それほど頻繁に口に入るものではない。ということもあり、この「氷雪の門」http://www.hyousetsu.co.jp/に入るのも、今回が初めてであった。ライブ付のコースは全席予約ということで、私達は5250円(税込み)のコースを予約してあった。一時間前にお店に入り、ゆっくりと食事をしてからライブが始まったのだが、「カニ料理は高い」という先入観のある私は、ライブ付でこの値段では、さほどの料理は望めないと思っていたので、まずその料理に大満足することが出来た。さらに、「モシリ」のライブについても、期待通りの内容だった。アイヌ民族が伝承してきた歌・踊り・精神・祈りをベースに、現代的な演奏や踊りにアレンジした内容で、心や身体にに響く40分のライブであった。アイヌ民族の人たちが多分縄文の時代から受け継いできた長い長い伝統である「自然との共生」は、今は新たな意味を持って、私達の前に道しるべとして立ち現われてきたようにも思う。人間の力を過信し、力による支配を正当化し、物質的な進歩だけを追求しすぎた結果、人として生き物としてとても大切なものを忘れてきたということは、多くの人たちが気付いている。私達は、かつてこの北海道で謙虚に平和に動植物と共生していた人たちの知恵と心を考えなくてはならないだろう。そんなことを感じさせられたライブだったのだが、忘れっぽい私はあと何日か経つとこの思いをも忘れてしまうのかもしれない。でも、とてもよい時間を過ごすことが出来た。モシリのみなさん、本当にありがとう。いつか、屈斜路湖の自然の中で、もう一度みなさんのライブを聞きたいと思います。
2004年03月14日
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地元の中学校の卒業式に出席する機会を得た。私は、地元の小中学校の卒業式には、この数年連続して出席している。「国旗・国歌」の扱い方や卒業式(卒業証書授与)のスタイルなど、微妙に変化してきていることもあり、特に今年度は教育行政の方向性の変化などもあるので、ちょっとそのあたりを気にしながらの出席であった。さて、感想は・・一言で言えば、「感動的な卒業式をありがとう!」国旗・国歌の扱いについては、多少の変化は感じたけれど、これは納得の範囲である。色々な意見はあろうとも、国旗や国歌は正式に決められているのだし、それを式典の時に位置づけるのは当然のことだと思っている。ただし、それを個人に強要したり、個人の意志による常識の範囲内の行動について過度な締め付けがなければのことだけれど。とにかく、このようなスタイルにするために、今まで学校の教職員が議論をし、考えてきたものであろうとは充分に想像できた。さてこの中学校は、何年か前にはとても荒れていた。その時期のこともまだ記憶に新しい私は、感動的な今年の卒業式に、感慨無量のものがあった。多分、参列している多くの人が同じように思っていたことだろう。混乱の時期を経過し、校長も教頭も代わり、学校の建て直しのために校長のリーダーシップのもとに、教職員が力を合わせてくれたのだ。現在の校長先生は、決して強力なリーダーシップを発揮するような人ではない。それどころか、とても穏やかで紳士的な人であり、一見するとおとなし過ぎるようにも見える。しかし、この校長先生になってから、学校の雰囲気がとても変化したと私は思う。校内だけではなく通学路にも花が植えられ、校舎の廊下には絵画が展示されるようになった。(かつては掲示物がビリビリになったり、穴がボコボコだった時期もある)合唱に力を入れ、この三年間で子供たちはみんなで歌うことの喜びと感動を知り、ハーモニーの美しさを追求するようになっている。昨年の卒業式では、全校合唱(三部合唱だと思う)の「校歌」に、私は思わず涙が流れてしまった。いやいやながらのように仕方なく歌われていた校歌が、このように歌われるとは・・と、全身に鳥肌が立ったものだ。そして今年も、素晴らしい全員合唱をメインにした卒業式が執り行われた。文化発表会などで生徒達の合唱の実力を知っている私は、合唱の素晴らしさよりも、ここまで子ども達を指導してくれた先生達に、心からの感謝をせずにはいられなかった。もちろん、どんなに素晴らしい教育実践をしても、諸々の事情でその喜びの波に乗れない子どもはいる。何人かの生徒が卒業式にも欠席しているのを知り、卒業式で涙を流している子、笑っている子、多少しらけ気味の子、それぞれにそれぞれの人生の荷物を抱えていることだろうと思った。しかし、友と手を取り合い、肩を組み合う子供たちにとっては、この卒業式はかけがえのない宝物となるに違いない。卒業式後に「本当に素晴らしい卒業式を、ありがとうございました。ここまでの先生達のご苦労は、大変なことだったでしょうね」と言った私に、校長先生は言った。「いえいえ、子ども達が本当に頑張ってくれましたから」私は、とっさにそのような言葉がでてくる先生に、またまた感動してしまった。教育とは、知識を伝達することだけではない。人が人を感化するということなのだと、あらためて感じさせられた卒業式であった。
2004年03月13日
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今日は、某ボランティアグループの役員会だった。年度末、新年度を控えているので、次回の会議に向けての打ち合わせである。この会は、色々な団体や個人の寄り合い所帯なので、事務局担当者は色々と気を使って疲れることが多いらしい。どんな小さな会でも、気の合った人ばかりで和気藹々とというのは、非常に稀である。どんなにいい人ばかりでも、十人いれば十通りの考えがあるし、中にはとても個性的な人も必ずいる。私達の会もその例には漏れず、通常以上に気を使う必要のあるメンバーがいる。でも、今日も色々と会の運営上での対応策を話し合いながら、そのような人がいることでとてもみんなの結束が強まっていることに気付いた。少々浮き気味のその人には大変申し訳ないけれど、物事を進めていく上で「仲良しグループ」で楽しんでいるだけでは、会はズルズルと「自己満足」の世界に入っていく。だから、少し厳しい人、細かい人、人間関係を時々混乱させる人の存在は、決して困ったことだけとはいえない。でも、生身の人間である私達は、直面する「困ったこと」を何とか避けたいと思うあまりに、往々にしてそのような人をそれとなく避けるようになってしまう。これがエスカレートすると、「シカト→イジメ」に近くなるのだろうと思う。上手にストレスを発散しながら、多様なタイプの人と一緒に何かをしていくということは、なかなか難しいものだと思う。
2004年03月12日
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この数日、暖かい日が続いている。我家周辺の雪や氷もやわらかくなってきて、近所では雪割り作業をする人がチラホラと・・。負けてはならじ(?)というよりは、最近の運動不足の解消も兼ねて、私もつるはしを持ち出して雪割りを始めた。我家は裏通りに面しているので、現在のところ自動車ならば一台しか通れない。雪が解けて路面が見えてきた車道の両側から氷がせり出しているような感じなので、この氷を割っていくのである。(北国に住んでいる人なら、この説明でわかっていただけると思いますが・・)割って散らばしただけなら、氷の塊が車道にゴロゴロしている状態なので、次はこの氷の塊を両側に残っている雪の上にスコップで放り投げる。氷を割るよりも、こちらの方が私にはキツイ。それでも、午前中と午後の二回この作業をして、少しばかり車道が広くなると何となく嬉しくなる。もうしばらく暖かい日が続いたら、随分周囲の雪の嵩も減るのだけど・・。早く、本物の春が来ないかなあ。もう雪はいらない!
2004年03月11日
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☆神戸連続児童殺傷事件犯人の男性が医療少年院を仮退院もう、7年経ったのだな・・と思う。あの残虐な行為の犯人が中学生だったと知った時の衝撃、その後の色々なゴシップめいた報道、犯人の親の手記を読んだ時の気持ち、殺されたお子さんの親の手記を読んだ時の気持ち、色々なことが思い出された。なんだか随分前のような気もするし、たった7年しか経っていないのだという気もするし・・。でも、それぞれの当事者にとっては、この7年はとても長いものだったのではないかと想像する。どうぞ、世間がもう一度この青年や家族などを追い詰めないで欲しいと思う。もしも本当に贖罪の気持ちが育っているのならば、これから生き続けるという事がまさに茨の道なのだ。とても心配なのは、世間が必要以上に疑心暗鬼になり、無関係の人に対してもその目を向けないかということだ。鬼は他人の心の中にではなく、自分の心の中にあるということを忘れないようにしなければ。☆冷静になることの大切さ上記のこととも無関係ではないが、私たちは何か困ったことが起きたら、「大変だ、大変だ」と騒ぐ傾向がある。それは、自分自身の不安をもてあました上の言動であることが多いのだけれど、「正義感」や「善意」の衣をまとっていることが多い。今日も、ある会合でそのような類の話を聞いた。自分の好奇心や不安を解消するためにだけ何かを追求することは、自制した方が良いだろうと痛感した。周囲にとって困った問題である場合、誰よりも当事者は一番困っているし苦しんでいる。その時に、批判や糾弾の視点だけでは、物事は悪循環に陥りやすいし、当事者を追い詰めてしまう。世の中の現象は、単に個人的な問題だけで説明できることはないと思う。多くは、社会システムや構造の中から、チューブから搾り出されるように「たまたまその時その人に」起きたことと考えた方が良いように思う。もちろん、どれほど同情できる要素があろうとも、法的に罰せられることをした場合は、キチンと罰を受けなくてはならないのが社会ルールだ。だからこそ、多少の不備はあっても法律が定められ、それを執行するための職についている人がいる。裁くことや法の執行は、そのような人にお任せしなくてはならないのだが、「個人の善意や正義感」がその枠を飛び越えていることが、私達の周りには多いように思う。当事者が混乱したり熱くなっている時には、周囲のものは冷静を心がけ、まずは当事者達が落ち着いて問題解決のために考えられる環境を作らなくてはならないだろう。一緒になって熱くなったり、ましてや煽ったりするような言動は、くれぐれも慎まなくてはならないと思う。
2004年03月10日
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「ロード・オブ・ザ・リング」の第二部を借りたくてビデオ店に行ったが、お目当てのものは全部貸し出し中。手ぶらで帰るのも悔しいな・・と、借りてきたのがこの「阿弥陀堂だより」。詳しい内容についてはhttp://www.amidado.com/index.htmをどうぞ。さて、感想は・・。信州の自然の美しさ、自然の中で自然に生きることの穏やかさ、・・そんなものにしみじみとした感動を覚えた。山の中の、村の死者を祭る阿弥陀堂で暮す96歳の老婆・お梅婆さんを演じる北林谷栄の演技や言葉に素晴らしいリアリティーがあって、ここまで生きてこその言葉の力というものも感じた。お梅婆さんの言葉(上記サイトより)「畑にはなんでも植えてあります。 ナス、キユウリ、トマト、カボチャ、スイカ・・。 その時体が欲しがるものを好きなように食べてきました。 質素なものばかり食べていたのが長寿につながったとしたら それはお金がなかったからできたのです。 貧乏はありがたいことです」自分の体が欲しがるものを感知する力が、今の私達にあるだろうかと、ふと思う。世の中にはサプリメントが星の数ほど溢れていて、私たちは「頭」で食物や栄養を摂取している。あるいは、単なる「食欲」というか、何らかの欲望で食べていることが多い。食欲ならばまだ自然に近いけれど、「グルメ」という中には、「珍しいもの、高価なものを食べたい欲」が強く入り込んでいるだろう。一部の欲が肥大化した結果による食欲は、生命体としての人間には不自然で危険なことも多い。私は、今のところ特別に長生きしたいとは思っていないのだが、自然に枯れるように死にたいとは思う。枯れるように死ぬためには、多くの場合長寿が条件になるように思う。病気や災害で死ぬことも「天命」なのかもしれないが、その最期は結構苦痛が伴っている。私は臆病なので、苦しみぬいて死ぬのは嫌だと思うのだ。私の祖母は101歳で私の目の前で死んでいったが、本当にいつ死んだのかわからなかった。二時間前に食事をして、お風呂に入って、呼吸が少し乱れた時間があって、少し大きな息をしてスーッと命が尽きた。全く苦しそうではなかった。あのように死ぬためには、「自分の体が欲しがるもの」を感知する力が必要なのだろうが、同世代人の中ではまだ自然力が比較的あると思われる私でも、かなり弱まっている能力だ。やっぱり、苦しんで死ぬことを覚悟しなくてはならないだろうな。でも、信州の自然の中に抱かれた美智子(樋口可南子)が、徐々に生きる力を取り戻していったように、私達もまた可能な限り自然と触れ合うことによって、生命体としての力を維持することができるのかもしれない。
2004年03月09日
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半年ぶりくらいに友人から電話が来て、たまたま格別の用がない日だったので、久しぶりに会うことになった。彼女は冬になると精神的に落ち込む癖を持っていることもあり(それの傾向は私にもある)、冬季間は体重増加、夏になるとスリムになる傾向がある。複数の持病もあるため、健康には随分気をつけている人でもある。また、若い頃から色々と苦労したこともあり、子育て中にキリスト教系の宗教の信者になった。このように、彼女はとてもマジメで、何事にも一所懸命取り組むタイプなのである。とても陽性に見えるのだけれど、そのように努力して振舞っているともいえる。一時期は、何かにつけ自分の信じる宗教とからめて話をするので、ちょっと距離を置いたこともある。だけど、勧誘の一歩手前で自制していることがよくわかるし、「宗教は必要な人にはなくてはならないものだけど、それがなくても生きていけるあなた(私のこと)のような人には、必要がないものね」とも言ってくれている。私に宗教が必要ないかどうかはさておき、彼女には今も生きる指針・基軸であることは確からしい。信仰を持つ人に対して私が善いものを感じるのは、そのマジメさや謙虚さである。神仏の前では人間なんてちっぽけで無力なものだと思っていることに、私はまず好感を持つ。私などはその「謙虚さ」に欠けていると、彼女のような人を前にすると反省させられることが多いのだ。反面、その謙虚さが災いしているのではと思うこともある。今日の話の中で、今、彼女がある健康食品にはまっていることを知った。もとより、彼女は私がそのようなことには乗ってこない人だとよーく知っているので、「自分の最近のこと」として話をしてくれたのだ。二年ほど前から体調不良が続き、耐え切れず病院に行ったら{「手術が必要」と言われたという。しかし、身体にメスを入れることがとても怖かったので、以前から進められていたその健康食品を「ダメモト」で試してみたら、これが劇的に効いたのだという。それで彼女はすっかりその健康食品の信奉者となり、今は体調が悪いと言う人に積極的にお勧めしているらしい。私が以前から「更年期障害」のようなものが続いていたことを知っていた彼女は、「最近はどう?」と聞いてきた。・・・ムム・・、そうだったか。幸いなことに私の更年期障害様のものは、昨年あたりから軽減している。ストレスもないし、今まで生きてきた中でも一番心身ともに安定していると言える。だから、「今は絶好調よ。だから、私はいらないから」と自然に言うことができた。彼女も「それは良かったね」と深追いはしなかったが、私はちょっと気になって、その健康食品を誰かが買ったりしたら、彼女にメリットがあるのかどうかを聞いた。するとやっぱり、私の想像の通りのようだった。その食品の値段もマージンの割合も聞かなかったけれど、少しはお小遣い稼ぎにも繋がるようだ。まあ、健康食品だから実害はないのだろうけれど、もしも体調不良で悩んでいて親しい人から勧められたら、断りにくいだろうな・・とも思う。本人は良い物を勧めているだけで強制まではしていないのだから何も悪いことではないと考えているようだが、天邪鬼な私はやっぱり引っかかってしまう。話の中で私は、「あなたにとっては、本当に良かったね。でも、他の人にも劇的な効果があるとは限らないじゃない?」というと、「それはそうよ。だから、無理強いはしないの。自分の体験を話しているだけ」と言う。まあ、その程度なら大丈夫だろうと思いつつも、多少の危惧は残る。さて、その後話題は、共通の友人・知人の噂話となった。同年齢の知人が「アルツハイマーらしい」ということは、私も以前耳にしていた。彼女の話でも、それは事実らしい。アルツハイマーなのか、他の病因による「痴呆」なのかは確定はしないが、普通では考えられない言動をしていることは確からしいし、昔なじみの人がわからなくなったりすることもあるらしい。私も、町で出会って挨拶をされて、誰だかわからなくて困ることが何度もあるので、他人事ではない。しかし、少なくても長い付き合いのある人はわかるし、少なくても三回以上親しい会話をした人なら、名前を思い出せなくても「どこのどんな人」かくらいはわかる。でも、そのようなこともどんどんわからなくなっていくということは、どんなに不安なことだろう。祖母がボケていくプロセスを見ていた私は、その時の不安や焦りの一端は想像がつく。ましてや、まだ50代なのだ。自分がそうなっていったなら・・と考えると、想像することも怖いくらいだ。しかし、このようなことは、天災のようにやってくる。少なくても今の私は、まだこのように日記を書いたり、他の人と意見のやりとりも可能だ。感謝しつつ、多少の困惑があったとしても、色々な人との出会いを大切にしたいものだと思う。
2004年03月08日
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卒業・進学・就職の季節である。昨晩のテレビでも「フリーター」について取り上げていたけれど、縁戚に当たる高校を卒業した男の子も、今現在で就職が決まっていない。高校が進学校であるためもあり、ほとんど求職がないのだという。本人は頭もいいのだけれどなぜか大学進学する気はなく、早く就職したいと考えているようだ。このままだと、とりあえずアルバイトでもするしかないという状況のようだ。就職したくても就職先がないらしいことを聞くと、フリーターは社会構造の問題であり、本人の目的意識のなさばかりでないことは確かだ。もう一人の高校三年生の甥は、残念ながら前期試験では不合格だった。後期も無理だろうということで、すでに浪人を決めている様子。自分の希望する大学以外は考えていないらしい。本州に住んでいるため、なぜ本人がその大学に固執しているのかちゃんと聞くこともなくわからないが、まあ目標が明確で親も納得しているなら浪人でもいいだろう。ただ、後期試験があるというのに浪人を決めているようなところが、少し気になる。ところでその甥は、受験のお試しとして防衛大学」を受験したという。一次試験が合格したら、自衛隊から訪問されたという。また聞きなので詳細はわからないが、二次試験へのお誘いというかお迎えのようなものだったらしい。甥は防衛大学には行くつもりはなかったので、正直に「そのつもりはないです」と断ったとか・・。それは仕方がないけれど、なんで行くつもりもないのに肝試しのように受験するのか・・。甥はしごくマジメな性格だと思うので、多分高校などでそのように指導しているのではないだろうか。そうでなければ、全く自衛隊に興味も関心もない甥が受験するはずがない。ひょっとすると、防衛大学校がどのような学校なのかという基本的な知識もなかったのではないだろうか。自衛隊に訪問されてビビッている甥の姿が目に浮かぶ。甥のせいで、本当に自衛隊員として働きたいと思う若者が一人不合格になったのではないだろうか。・・そこまで考えることもないだろうが、何だかとっても複雑な気分である。実は、私の次男も現在フリーター状態である。いい年になってきたので、さすがの息子もいささか「このままじゃ、マズイ」と思っている気配。だが、親の私は脛をかじられているわけでもないので、あまり焦ってもいない。最低の収入でもあのように生活していける力があるとわかっただけで、親としては安心とも言える。こんな親が、フリーターの増加を後押ししている要因の一つかもしれないけれど、あとは自分でやっていくしかないのだから、「まあ、今日を元気に生きてよ」と言うしかないとも思っている。私が息子に電話する時の口癖は唯一つ。「ちゃんと食事をしなさいよ」。親の最低の願いは、生きていてくれることだ。その上で欲を言わせて貰うなら、生きることに幸せや喜びを感じていてほしい。
2004年03月07日
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図書館でたまたま目に付いたこの本、題名にもこのお二人にも興味があったので借りてきた。共に僧侶であり作家であるお二人のお話は、とても面白いし説得力もある。私は玄侑宗久氏の著作はまだ読んでいないのだが、読んでみたいと思った。人生半ばで思い立ったように(失礼!)出家された瀬戸内氏とは違い、玄侑氏はお寺に生まれて様々な葛藤を経て住職になっているということからだろうか、私には仏教へのまなざしというか、その解釈についてもとても深く温かく広がりを感じてしまった。私は特定の宗教に所属してはいないが、宗教的な感覚は人間には必要だと思っている。そして、宗教を生き方の軸にしている人の多くに、とても善いものを感じる時がある。宗教を名乗っていてもうさんくさいものは一杯あるし、僧侶にしたって「なまぐさ坊主」と陰口を叩きたくなる人も実際にいる。というか、身近な僧侶、あるいは神職者で心から尊敬できる人は少ないくらいである。それでもなお、私の心には宗教的なものに憧れ続けるものがあり、それなのに関わらず「これだ!」と思えて理屈ぬきにどっぷり漬かってみようと思う宗教に出会っていないことが残念でもある。40代まではウロウロと色々な宗教を求めてもみたが、次第に諦めの境地に近づき、私の場合、自分で求めているうちは出会いはないのだろうと思うようになった。そんな私の目に飛び込んできたのが、お釈迦様が最後に言ったという「自らを拠りどころとし、法を拠りどころとせよ、それ以外は拠りどころとしてはいけない」という言葉である。「自分の教えを守れ」ではなくて、「自らを燈明としなさい」と言っているのだ。私が何かの宗教に導かれるとしたら、やっぱり仏教系だな・・と思った。お釈迦様のその言葉だけでも、何だか信じられるように思う。そして、多くの弟子に慕われても、孤独に生き続けて死んでいったお釈迦様は、悟りを開いたとは言え人間だったと思う。きっと、ご自分では悟ったとは思っていなかったのじゃないか・・。その時のご自分が感じたり考えていることを、誠実に語り続けていただけではないかと。あがめられ慕われてもなお、孤独で苦難の道を歩き続けていたから釈迦は偉大なのであり、権威の上に胡坐をかくようなことをする宗教者は、本物ではないと思う。自分の食欲すらもコントロールしようともせずブクブク太っていたり、勝手に「自分が解脱した」なんて言う人は、それだけでも疑った方が良いと思うのだが・・。
2004年03月06日
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アカデミー賞総なめのこの映画の完結編、やっぱり近いうちに見てみたいと思い、そのためには第一部から見なくてはならないと、数日前に借りてきた。この映画の原作である「指輪物語」は、もう20年近く前から気になりながら、とうとう読まないままに今日に至っている。私は、映画を見てから原作を読むのはあまり好きではない。どうしても先に見た映像に想像力が縛られてしまうので、私にとって読書でもっとも大切な「想像力」が刺激されにくくなるからだ。だから、この映画も「指輪物語」を読んでからにしようと思っていたのだが、アカデミー賞を独占するほど素晴らしい映画なのならば、映画で楽しんでしまってもいいかと考え直したわけだ。夫も誘ったのだが、彼はあまり気乗りがしないようだったので、格別の用もない日だったので一人で見ることにした。さて、感想は・・・。まず、今はどのような映像でも創造できる時代なのだなと、まず感動した。私は、映画にSFXやCGが多用されているものは、あまり好みではない。どうしてもそれが必要だという必然性がないのに、監督や技術者の好みでそれが使われているようなものを見ると、反発心さえ湧いてしまう。しかし、この映画においては、SFXでの表現技術なくては成立しないだろうと納得した。言い換えれば、この技術を駆使できる現代だからこそ、映画化ができたファンタジーなのだろうと思う。ただ、内容的にはとても深いものがあると思うが、映像のハラハラ・ドキドキ感に翻弄されて、じっくりとその意味を考える時間が与えられないきらいもある。その意味では、やっぱり原作を読んだ方がよいだろうと思える内容だった。ただ、次々と現われる登場人物とその名前、種族の個性、あるいは物語の前提になる全体の地図がなかなか把握できず、私がこれを映画館で見たらよくわけがわからぬままに進行していたのではないかと思う。ビデオの特性を生かして、戻って確認して早送りで見るなどと、私なりに全体を把握することはできた。私はもともと、名前と顔がはっきりと記憶できにくいという弱点があるので、特に外国人の顔は同じように見えてしまうのだ。それにしても、現在公開中の映画を見るためには、第二部も見なくてはならない。でも、ビデオ、借りれるかしら。
2004年03月05日
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これだけ日本中を震撼させているのだから、記録として触れておこう。浅田農産のやったことに対しては、もうあきれて言葉もない。鳥インフルエンザを考えなかったとしても、知っていて出荷したとしても、どちらにせよあまりにも愚かなことであり、怒る気力も萎えそうな気分であった。やっぱりというか恐れていた通りに、近くの養鶏場でも鳥インフルエンザが発症し、もうどうしようもないという状況。人への感染というのも時間の問題のような気もする。また、自衛隊が鶏の処分のために出動とか。そうか、これも確かに防衛には違いない・・。並列する問題ではないのだが、民主党佐藤元自治相の公設秘書名義借りも「どうしようもない」という気分なのだが、きっとこれらのことは政治の世界では結構普通の慣習となっていたのだろう。北海道警察の裏帳簿のことについても、システムとして出来上がっていたから誰も今まで正すことができなかったように。またまた出て来た「学歴詐称」についても同様なのかもしれない。世の中はクリーンなばかりではやっていけないことも多いと私も思うが、それも目的が正しければまだ許せる。目的というのは「社会や人々のためになる」ということだと思うのだが、現在噴出している諸々のことは、どう見てもその範疇には入らないだろう。私たち自身も、自分達の常識が本当に意味あることかどうか、見直してみなくてはならないと思う。
2004年03月04日
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このホームページを使っての日記が、いつのまにか225件になっている。こんなに続くなんて、自分でもビックリ。同時に、折角書き続けてきたのだから、自分のファイルに保存しておこうと思い立った。それで、ホームページの日記のコピーと貼り付けを繰り返すが、これがけっこう時間がかかる。途中で嫌になってきて、気分転換に他の人の日記を見たり、雑誌を読んだり、前日の日記を書いたりと、実に不健康な一日となってしまった。やはり、パソコンに向かい続けるのは体にはあまり良くない。私はまだ、この状態が続くことの不健康さを自分で感じることが出来るけれど、これを仕事にしている人などは、その不健康さにも気付かないでいることもあるだろうと想像する。知人の息子さんが東京でパソコン関係の仕事をしていて、それも在宅でする仕事だったため、ひどい食事(カップ麺やコーラ、酒とつまみなどなど)と運動不足ですっかり身体を壊してしまい、入院したという。入院と聞いて上京した両親は、ブクブクむくんだ息子を見てビックリ仰天。無理やり東京での仕事を辞めさせて、実家に連れ戻したのだという。もう30歳近い息子はどのように感じたり考えたのかはしらないが、母親は「あのまま東京に置いておいたら、確実に息子は死ぬと思った」と言っていた。自分の身体を管理することは、人として一番大切な仕事である。現代においてパソコンは必需品だろうけれど、人として生き物としてのバランスをとることには、こんな時代だからこそ心がけて欲しい。不健康な一日を通して、そんなことを感じていた。
2004年03月03日
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数日前に知人から借りたこの本は三部作、単行本三冊なのだが、一気に2日間で読んだ。子どもでも読めるようにルビが振ってあり、一般の単行本より行間も広くて読みやすいので、老眼がかってきた私の目でもメガネ無しで読めるため、あっという間に三冊読んだという感じである。幼児期から実母にひどい虐待を受け、それに気付いた学校の教師からの通報で地獄の家庭から救い出され、里子として複数の里親の家庭で成長し、苦労の末に18歳で空軍に入隊して自立し、様々な苦悩を乗り越えてきた著者の自伝である。現在は自分の体験を生かし、児童虐待から子供達を救い、あるいはその体験の後遺症に苦しむ子供達を励ます活動を続けているという。読んでいて、その虐待のあまりのひどさに、読みながら目をつぶってしまうことがしばしばであった。読みたくもない、想像したくもないようなひどい体験をした子どもが、このように人間性を壊すことなく、自分の心身の限界能力を駆使して生き延び、いわゆる「虐待の連鎖」を断ち切ったことに、心からの感動と尊敬を覚える。(補足:一般に考えられているよりも世代間連鎖は多くはないようです。ある統計によると、虐待された人が我が子に虐待するのは33%程度とか。決して少ない数ではないけれど、7割は虐待をしていないのですからね)そしてまた、子どもが母親に愛されたい、認められたい、許したいという強烈な願いに、息苦しささえ覚えた。なぜ著者は、あのような日々の中でも心を壊さずにいられたのだろう。そのヒントは、虐待を受ける以前の「幸せな家族の記憶」と、彼を助けよう支えようとする他者のまなざしがあったことにあると思う。特に、里親として出会った夫妻の愛情が、彼を励まし続けていたことは間違いがない。もちろん、虐待を受け、里親という基本的には他人の家庭で遠慮しながら育ったことは、彼が些細なことにも生きにくさを感じることに繋がっている。しかし、それは生きていく中で乗り越えられるものであった。誰もがこのように出来るとは、単純な私も思わない。同じ状況にあっても、簡単に壊れてしまったり、親や他人への恨みや悪意を肥大化させる人もいるだろう。その意味で、彼は稀なケースなのかもしれない。しかし、このような人もいるのだということが、私に希望を抱かせてくれることは確かだ。今朝の新聞で、児童養護施設で虐待がされていた疑いがあるという記事が載っていた。現在の養護施設には、ネグレクトを含めて虐待を受けた子供達が多く生活しているはずだ。親の虐待で傷つき、やっと救い出されて保護されたと思ったら、施設職員による虐待を受けるということが実際にある。傷つきやすく疑い深くなっている子どもには特別の配慮が必要で、施設の職員の人たちのご苦労は想像できるし、職員も人間だから時には感情的になることもあるだろう。しかし、子供達は圧倒的に弱い立場なのだから、それを仕事としている人たちは、自分の中の怒りや悪感情を、せめてお給料分だけでも制御して欲しいと祈りたい気持ちだ。以前、福祉関係者から「里親登録しないか」と頼まれた。申請用紙や説明書を何度も眺めて考えたけれど、私にはその決断が出来ずにいる。この本を読んで、またそのことを考えざるを得ないけれど、やはり決断ができない。そんなに難しく考える必要はないのかもしれない。普通の日本の家庭生活を知らない子どもを預かるという意味では、以前外国人留学生(高校生)を受け入れた時と同じように考えてもいいのかもしれない。あの時よりは、日本語で会話できるだけマシかもしれないとも思う。だが、あれからもう十年近くたっている。私も50代半ばで、体力・気力でパワーダウンしている。それを思うと、我家に来てまた失望させることになるのではないかということが、とても怖いのだ。話がそれてしまったが、今の日本では、PTSDやアダルトチルドレンなどの言葉が飛び交い、心の癒しを大人も子どもも求めている。もちろん、癒しはとても大切ではあるが、自分以外の何かに癒しを求めるだけではなく、自分自身の力で困難を乗り越えていこうとする意志や行動の尊さと重要性を、もっともっと考える必要があるだろう。人間には、植物が光を求めるように、よりよい状況を求めて伸びようとする力が必ずあるのだから。
2004年03月02日
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掲示板での「はくさん」の書き込みに対して、掲示板では字数オーバーになるように思うので、日記に私の考えを書きたいと思います。まず、その人がどのような価値観や人間観を持つのかによって、ものの見方や考え方には違いが出てくるのは当然のことです。同じものを見ていても、それぞれが受ける印象は違うし、見ている部分も違うことは日常的に体験するわけです。それは歴史認識についても同様で、同じ史料を使っていても、正反対の結論が導き出されてしまう事だって多いわけです。私は、絶対的に正しいことはあまりないのではないかと思っています。この世の中のことや人間のことについては、ほとんどが「現時点で相対的にこうである」ということしかできないのではないかと思うのです。しかし、「絶対的に正しいことなどありはしないのだ」と虚無的になり、理想や現実をより良いものにしようという努力を放棄しては、生きていることそのものに意味がなくなってしまいます。ですから私たちは、「過去から学び、今を見詰め、未来に向かってより良い方向を考えながら歩く」ことをしなければ、生の喜びもないと思うのです。そしてまた、私たちは一人では生きられないという存在です。生まれてから死ぬまで、意識しているか否かに関わらず、誰の世話にもならずに生きることなど、一分一秒もできはしません。その意味では、「いつも誰かを自分が生きるための道具として使っている」と言えるでしょう。それは、別の意味では「誰かの道具として生きている」ということでもあると思います。それが、社会的な存在としての人間の「役割」で、「人や社会の役に立つ」ということであり、とても大切な意味を持つと考えています。私は、「戦時中の国家は、国民を『道具としか』考えていなかったのではないか」と書きました。つまり、どんな状況であろうと、人は人を道具としてのみ使ってはいけないと私は考えているのです。カントは「実践理性批判」で、次のように述べています。『あなたの人格における人間性も、他のどの人における人間性も、常に同時に目的として扱い、けっして単に手段としてだけ扱うことのないように行為しなさい』私はこの言葉を、大学の「倫理学(樽井教授)」のスクーリングで知った時、目からウロコが落ちるような気がしました。そのことについて書くと長くなるので、今日はそれをはくさんへの私の考えの基礎としてだけ書いておきます。つまり、道具として(カントの言葉では「手段」)だけ人を使わないようにすることが、人としての基本的な道徳(倫理)ではないかということです。それぞれの役割の中で、時には死ななくてはならない時もあるでしょう。しかしそれが「普遍的な人間社会の幸福のため」に通じるものであれば、人は納得できると思います。また、自分に死への命令を下す人が、「常に同時に自分の存在への敬意・思いやり」を持っていてくれれば、納得もしやすいのです。問題は、国が本当に国民を守ろうとしているかどうかだと思います。権力というものは魔力があるようで、力を持つものはそれを手放そうとはせず、その体制維持のために人を道具としてのみ使い始めます。かつての戦争が、避けることが出来なかったというのも、ある意味ではそうであったかもしれません。日本が植民地化されないようにする「自立」の戦いの側面があったかもしれませんが、その以前に日本がやっていた朝鮮半島などへの行為はいかがなものでしょうか。日本が自立するために必要不可欠のものであったとは、私には思えないのです。そして、戦時中から敗戦まで国の軍事的・政治的リーダー達が掲げていたスローガンは、とてもアジアの他の国の人たちのことを本当に考えていたとは思えませんし、まさに「使い捨ての道具」としてしか考えていなかったと感じていますし、敗戦間近の国民に対しても「使い捨ての道具」だったと感じてしまいます。残念ながら現在も「力は正義」のような考え方が蔓延し、そのリーダーはアメリカのブッシュ氏ですね。しかし、それもまた時代遅れになりつつある価値観だと思います。どの国の人々も、その多くはいつでも平和を望んでいます。理不尽に正当な理由もなく命をおびやかされない所で、日々の糧を得るために働き、家族や友人達と談笑し合える世の中を望んでいます。その生活を守るために、私たちは政治家や社会システムの中にある機構に「自立と平和を守る役割」を委託しているはずです。国民から委託された役割の意味を考えれば、「私的な欲望の充足」を求めるだけにその力を行使してはならないはずです。その意味で、現在の政治家や国家機構のモラル喪失は、本当に危機的だと感じてしまいます。一人一人が、自分の欲望充足のためにだけではなく、自分が現在・未来社会に向けて果たすべき役割を考えつつ行動することが必要なはずです。そのためには、過去の歴史事実からもっと学ぶことが必要なのでしょうが、残念ながら「自国のためにのみ歪曲された歴史」が大手をふるっている状況を見ると、なんともやりきれない思いがします。残念ながらはくさんのベクトルとどのように違うのか、明解に書くことが出来ません。一方的に私の思いを書くことになりましたし、言いたいことも充分書けたとは思えないのですが、一応これまでに致します。
2004年03月01日
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