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7月20日、日中友好協会が主催する鹿児島在住の中国人留学生と行く「花瀬キャンプツアー」への貸切バスの出発点は、鹿大図書館前だった。12時半集合のため、少し早めに出かけて、バーベキューの道具や食品を積み込んだ後、しばらく時間があったので、久しぶりに構内の散歩に出かけた。すると公園があり、その中に「田の神さあ」らしきものを見かけた。それが、上の写真である。 さらに歩いていると、次のようなことを書いた案内板に出会った。「田の神舞の石像説明碑」 鹿大農学部の前身、鹿児島高等農林学校がこの地に設立された1909年(明治42年)当時校内にあった湧水池を庭園化したものが玉利池である。玉利池の南側の木立の茂みの中に田の神舞の石像が祭られていた。終戦直後の宗教追放によって、地下に埋められ行方不明となっていた。1963年(昭和38年)に見つかり、現在地に移された。 との説明があり、つぎのような石像があった。 鹿児島には「田の神さあ」像は沢山見かけるが、私は「田の神舞の石像」を見るのは初めてで、興味を魅かれた。これが県下でここだけのものなのか、それとも他にもあるのか、改めて調べたい。
2013.07.31
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昨夜はキャンプファイヤーの後、バンガローに戻り、同宿5人が交代でシャワーを浴びたり、懇談したりで、寝たのは午前1時だった。にもかかわらず、年寄りの悲しさか目が覚めたのは誰よりも早い午前5時である。同宿の皆に迷惑はかけられないと30分くらいはベッドで静かにしていたが、もう堪らない。5時半には起きだして、一人川沿いに散歩に出かけた。 鹿児島市で熱帯夜を連日経験した身には、Tシャツ、半ズボンで歩くのが初めは少し肌寒さを感じるくらいで、心地よい。夏もこんな朝をいつも迎えたいものだと思いながら、川を覘きながら歩くと、ハエ(ハヤ)がスイスイ泳いでいる。昔、北九州に住んでいたころ、お客さんにハエ釣りの好きな人がいて、よく大分の耶馬溪を流れる山国川に釣りに行ったことなど懐かしく思い出していた。そのうち、各バンガローからも起きだしてきて、川沿いを三々五々散歩をする。 今朝は朝食抜きだ。今日訪問する「花の木農場」のレストランに朝昼兼用のカレーライスを頼んであるとのことで、それを楽しみに腹の虫を抑える。 10時出発。昨夜着いた自家用車組の鹿児島在住の中国人夫婦とお子さんの3人も加わって65人で花の木農場に向かう。 障害福祉サービス事業所・セルプ花の木と障害者支援施設・セルプおおすみのある花の木農場に到着。施設概要について説明を受ける。ここでおいしいカレーライスを食べて一同、元気回復。留学生の皆さんもおいしいと言いながらたちまち皿は空っぽになっていった。 この日は、休日のため、入所者との交流は出来なかったが、休日にもかかわらず、沢山の職員の皆さんが出社されており、説明や施設案内をしていただくなど大変お世話になった。 その後、12時からは中村隆重理事長がみえて挨拶をいただいた。この花の木農場だけでも東京ドームの6倍の広さがあり、施設全体では実に20倍の広さがあるという。お茶の栽培・加工・販売、養豚、花卉、食肉加工(手造りハム、ソーセージ、惣菜、精肉他)など手広く行われていて、私営としては、日本でも有数であるという。将来は中国にも食品類を販売したいと意気軒昂であった。 そこからこの日の最後の予定地「神川大滝公園」に向かう。 入り口の近くの左側にある小滝 小滝を左に見ながら進むと前方に大滝が見えてきた 神川大滝を後に、国道220号線を鹿児島に帰るべくひたすら走り続ける。すると前方に桜島の昭和火口の噴火が見えてきた。折しも鹿児島市で「世界火山学会」が開かれている。世界中から集まった1000人の火山学者もこの噴火の模様を見ているのだろうかと、思うことだった。 近来まれにみる猛暑の中での2日間だったが、一件の事故もなく国際交流が出来たことは大変嬉しいことだった。誘ってくれたKくんありがとう。
2013.07.26
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7月20日から21日にかけて鹿児島(県)市日中友好協会に所属する高校時代の友人・Kくんに誘われて南大隅町の花瀬公園のキャンプに行ってきた。同期でKくんと一緒に活動しているTくんももちろん一緒だ。 鹿児島大学、鹿児島国際大学、志学館大学、九州日本語学校に留学している中国人学生50人と協会関係者(中国人も数人)など62人で、大型バスとマイクロバスを使っての大キャンプツアーである。私はKくんとTくんの友人と言うことだけで、協会にも入っていないが、キャンプの会計を頼まれてやることになった。それでも当日動くお金だけでも30万くらいにはなるので、ポシェットを用意して、肌身離さず持ち歩いた。 13時鹿児島大学大学前を出発。高速道路を使い国分まで行き、そこから一般道を使って南大隅町の花瀬公園へというルートだが、途中道の駅「たるみず」でトイレ休憩。皆ソフトクリームなど買って寛いでいた。有名な足湯に入る時間もなく、次を急いだ。 写真は道の駅たるみずの足湯といつもと違って横から眺める桜島。 予定の15時着より約一時間遅れて、着いたのは16時前だった。途中道路が混みあったわけでもないが、大隅の遠さを実感する。 男性の若い留学生は少し手前のテント村に宿泊したが、女性や協会関係者はこのバンガロー村に宿泊した。 バーベキュウの晩ごはんまで童心に返って河原で遊ぶ 有名な花瀬の石畳 男性陣が陣取るテント村近くのキャンプファイヤー場に全員集合しバーベキューの準備 一つの班が9人でバーベキューを楽しむ。私たちの3班は日本人はTくんと私、志學館の女子留学生2人、鹿児島国際大学の留学生女子3人男子2人のグループである。現役時代は高校の先生であり、退職後鹿児島市の姉妹都市・中国の長沙市の日本語学校の先生の経験のあるTくんが「先ず、あなた方の出身地と現在の専攻学を教えてください」という質問をし、そのあと、私が将来進みたい道を聞くことなどして会話が始まった。 話が展開してくると、もう留学生も日本人も分からなくなるくらいお互いに親しみ話題が展開してほんとに楽しい時間を過ごすことが出来た。 そして、楽しいキャンプファイヤーの時間となり、留学生は出身地同志が集まり、歌を披露しあった。私達日本人はあの ♪♪春のうららの 隅田川♪の「花」をハーモニーをつけて歌ったが、唯一アンコールがあり、「ふるさと」を歌った。その後、スイカ割などもあり、夜は更けていった。
2013.07.23
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森林浴をしながら歩いていると、川沿いの広場に出た。そこには四阿も置かれており、以前孫たちを連れて行ったとき休憩して川遊びをさせた場所である。そして山際にその時は目にも入らなかった磨崖仏を発見する。それも連刻板碑になっている。 左から3体、2体、2体、1対の4つの連刻でこれまでいろいろな場所で写してきた陽刻である。 これらには法名なのか二文字づつ彫られているが、3体だったり、2体だったり、1体もあり意味不明である。2体は夫婦が生前に法名を決めて彫りこんだと言う説もあるが、3体とか1体とかは何なのか、これからの研究課題である。 公園の中に稲荷神社を発見。 この石橋は相当に古いものだと思ったが、近くに「再興石橋」という石柱が建ててあったが、年代は不明である。 その近くには、これまた正体不明の石仏があった。
2013.07.16
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ここには廃仏毀釈にも生き残った仁王像が残されていた。 入り口から左側の仁王像 顔の傷みは激しいがアップで写してみた。 次に右側の仁王像 遠く離れた所には首だけの仁王像もあった。廃仏毀釈で首だけが残されたものか。このように首だけのものは前に行った花尾神社にもあった。 順不同になったが「酒水の井戸」なるものもあった。 この日も夫婦でペットボトル10本くらいの水汲みをしている人を見かけた。 酒水の井戸の周囲の佇まいも素晴らしい。この時期、公園内に「そうめん流し」もある。
2013.07.15
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慈眼寺はかって鹿児島市下福元町に存在した曹洞宗の寺である。「三国名勝図会」等によると百済の僧侶・日羅によって飛鳥時代の頃に建立されたと言われるが、その後の経緯は明らかではなく、存在が確実になるのは応永年間に島津け8代当主・島津久豊によって再興されたときからである。天文11年(1542年)には15代貴久によって福昌寺18世・代賢和尚を新たに開祖として迎えて伽藍が建立され、曹洞宗寺院へと転じた。その後、18代当主島津家久の菩提寺となって「慈眼寺」と改名する。 実質的な薩摩藩祖の菩提寺と言うことで大変に栄、一乗院、宝満寺とともに「薩摩三名刹」と言われた。しかし、明治維新による廃仏毀釈のために完全に破壊された。現在では跡地は公園となり入り口に残る仁王像や点在する石仏くらいしか跡を偲ぶものは残っていない。昭和49年(1974年)名勝・慈眼寺跡として、市の文化財に指定された。 四国八十八か所霊場めぐりにはこの薩摩からは、遠いので鹿児島霊場めぐりとして、ここと伊敷の梅ヶ淵や城山に88体の石仏が作られたと言う。「西国八十八か所の石仏」として案内されている。 ここ慈眼寺跡には68~88までの石仏があったが70と73は現在失われていて、19体が残っている。そのいくつかをアップする。 そのすぐ横に久しぶりに「五輪塔双式板碑」を発見。慌てて写したので上の△部分が切れてしまった。これには、はっきりはしないが、文字が彫られている。 しばらく行くともう一枚発見するが、高い崖のため、これまた撮影失敗。何とも慌て者である。 石仏は造りも表情もさまざまで心和むものも多い。 石仏の台には上の写真のような彫りこみがある。
2013.07.14
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7月も12日になって今月初めての更新とは自分でもその怠慢ぶりに驚くばかりだ。若いころは暑さに強いのが自慢だったクマタツのジージもさすがにこの連日の暑さに家籠りの連日だった。それでも週2回のグラウンドゴルフには精勤である。 そこに久しぶりに料理教室への誘いがきたので、近所の仲間4人で福祉館に出かけた。この日はおじさん生徒10人に先生4人であった。先生が多いので申し訳ない気分である。さて料理は「ごはん」「豚肉のみょうが巻き」「オクラの長いも和え」「モロヘイヤのとろとろ卵スープ」そしてデザートの「みかんヨーグルトかん」であった。 10時過ぎから初めて11時30分には出来上がり賑やかな試食会になった。次は9月12日とのことで、その日が待ち遠しい。 そして今日。昨日のヘルシーな料理で元気をもらったクマタツのジージは妻を誘って鹿児島市南部の谷山まで行き、慈眼寺(じげんじ)を訪ねた。久しぶりに珍しい写真を写してきたので、少しづつでもアップしたい。
2013.07.12
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