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◇ 7月28日(火曜日) 旧六月七日 甲戌(きのえ いぬ) 赤口:ちょっと本筋から外れる余談である。今回麻生さんの垢抜けないパフォーマンスの数々を契機に、選挙や、その結果としての「選良」の担当・遂行すべき「政治」について色々考えたり、調べたりしている。そうして、如何に自分の知識や理解が薄いものであったかを痛感させられている。※ ところでこの「選良」という言葉も最早死語になってしまったのかしら?「せんりょう」と入れて変換しても出て来やしない。「占領」、「染料」、「線量」、「千両」ばっかり出てくる!「せん」と「りょう」を一文字ずつ変換してやっと「選良」になった。・・・その中で気になったのが政治と天皇との係わり合いだ。これが僕の印象ではどうも曖昧で、何だか都合の良い時に天皇が担ぎ出され、利用されているように思えてきてしょうがない。わが国は象徴天皇制といって、天皇は「日本国民の統合の象徴」だと教わり、僕自身もそう思ってきた。だから、天皇は俗世界を超越した存在であって、日本国と日本国民を高みから鳥瞰され、慈愛のまなざしを注がれている。国民は、俗世間の階層や組織、又それらの間のパワーバランスなどに係りなく、一人ひとりが直接天皇に繋がっており、敬愛申し上げることが出来る。そういう、世界にも稀有にして貴重な存在であるから、税金の一部を遣ってお暮らしいただくのは当たり前の事だ。そんな風に、しかし漠然と思ってきたのだ。しかし、天皇ご自身は俗世間を超越されてはいらっしゃらないようだ。総理大臣と最高裁長官の任命国会の召集と衆議院の解散憲法、法律、政令及び条約の公布総選挙施行の公示などを始めとして、全部で12の「生臭ごと」に係る項目は「国事行為」として、天皇の仕事であると憲法で定められている。そしてその「生臭ごと」に係る天皇の行為は、全て「内閣の助言と承認が必要」とされる。この「内閣の助言と承認」に対して、天皇は拒否権を持たないと解されている(内閣法制局-昭和39年)。つまりは、「助言」などではない。内閣は天皇に対して実質命令を下すいうことだ。しかしこれは法律に明文化されていないから、天皇が「イヤだ!」とおっしゃることはできる。その場合にはどうなるのか?その場合には「天皇の精神には重大な疾患あり」と云う事になり(!)、摂政を立てて、今度はその摂政に国事行為を委ねることになる、というのだ。おいおい、それって内閣は、つまりは行政府は天皇もクビに出来るということじゃないか!?天皇は様々な役職の任命や認証をなさるが、その辞職や罷免に際しては、当人や内閣の大将が、任命者であり認証者である天皇に対して、「折角任命を戴きましたがは、今般かくかくしかじかの事情で辞めることになりました。ご期待に沿えずまことに申し訳ありません。」などとご挨拶に行くのだろうか?先ずは行かないだろう。これは一般の民草の間での作法としても無礼な話だ。天皇とそのご家族ご一統、つまり皇族には公民権が認められていない。だから天皇は投票する権利も無い。だから自分に命令を下す内閣を選ぶ際には、一票の貢献も批判も行使出来ないのである。その一方で内閣から「これにいついつまでにサインして」と回された書類には唯々諾々と署名しなければならない。「これは幾らなんでもちょっとおかしいんじゃないの?」とか「よく分からないから、ちょっと待って。」とでも云おうものなら、最悪の場合精神疾患だとされてクビにされてしまう。そのくせ、天皇が外国へ行けば「日本の国家元首」として扱われ、そういう立場での応対や発言を求められる。報道も元首扱いする。因みに天皇の外国行幸は、法律上国事行為扱いではない。だから少なくとも行きたくなければ「いやだ」とおっしゃれるし、行かなかったからとクビにされる事は無い。権限は全く無いのに利用されるだけ利用されて、他所へ行けば代表者扱いされる。これは如何にもお気の毒である。そのほか、天皇と皇族には年金も保険もない。戸籍もなく皇統譜に記載される。法律の適用もなく、法律による保護もない。天皇と皇族を律するのは皇室典範であり、皇室典範も国会で審議された結果を天皇が裁可する。これまた、「ちょっとこの部分は如何にも困るよ。」とか「ここのところをもう少しナニしてくれないと、サインできないよ。」とグズグズしていると、またぞろ精神疾患か!?皇族の成人年齢は18歳である。民草の20歳より2年早い。そうなると、18歳で成年に達した皇族が酒を飲んだりタバコを吸ったりしたらどうなるのだろうか?基本的人権も公民権も認められていないのだから、運転免許も交付されないだろう。しかし、皇居の敷地内では車を運転なさることは可能だろう。その場合若し人身事故に関与されてしまった時はどうなるのだろう?テニスの際エキサイトなさって、思わず相手をラケットで傷つけてしまわれたら・・・?先代の昭和天皇は「人間宣言」をなさった。しかしその「人間」とはどういう意味なのだろう?基本的人権も認められていないとなれば、ただ「私は神ではない。普通の生き物です。」と云う事になってしまう。これじゃぁ「ワタシは神様じゃない」宣言であって人間宣言ではないな。こうなると、我々は天皇や皇族の方々に随分酷な生活を強いている事になる。「税金で養ってやっているんだからいいだろう」では済まないと思う。この辺は今回の話題ではないので、別の機会にしっかり考えてみたい。出来れば今上や皇太子殿下や雅子妃殿下にもお目にかかって、オフレコでご意見を伺ってみたいと思うけれど・・・・やっぱりこれは無理かなぁ?
2009.07.28
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◇ 7月27日(月曜日) 旧六月六日 癸酉(みずのと とり) 大安:What’s politics?「一体政治とは何だろうか?」突然そういう疑問が沸いてきた。そして、自分がそれにうまく答えられないことに気がついてしまった。学校では、国を統治するには権威(権力)の確立が必須であり、その基本として三権、つまり「司法権、行政権、立法権」と云うのを教わり、この三権がお互いに独立(分立)すべきであると教わった。日本は三権分立が確立した国であり、司法は裁判所が、行政(政治)は行政府が、そして立法は議会(国の場合は国会)が分担しているとも教わった。立法府で法律が作られ、それに則って色々なことが行政(政治)によって実行され、それが適法に行われたかどうか裁判所がチェックする。Plan、Do、Seeだ。・・・なるほど。つまり、政治は行政府が行う行為であり、政治家は行政府のスタッフと云うことだ。我々が投票所に行って選ぶのは議員になるべき人達だ。議員は立法府に所属する。そうすると、我々は政治を行う人を選んでいるわけではなかったのだ!しかし、普段我々はそんな風に分かっているだろうか?「今後の日本の政治を託す事が出来る人や政党を選ぶために投票所へ行く」、そういう意識ではなかろうか?僕はそうだった。日本は間接民主制といわれ、立法府つまり国会で行政府の大将(総理大臣)が選ばれる。立法府で作られた法律を現実に反映するためには実行部隊が必要だ。その実行部隊の大将は立法府が信頼を置ける人間でなければならない。だから国会での多数決によって政府(内閣)の首班が指名される。(これを議院内閣制という)首班の実行過程の監視は、立法府と司法の権威である裁判所が担当する。・・・なるほど。実際は、立法府も政党の割拠する場所だから、選挙で多数の議員を当選させた政党の人間が(実際はその政党の大将が)事実上自動的に行政府の首班に座る事になる。そうなると、我々が投票所に行くのは、立法府の議員や政党を選ぶことを通じて、同時に行政府の大将とその主要なスタッフまで選ぶということになる。だからこういうシステムを間接民主制という。・・・なるほど。待てよ、そうなると実際上立法権と行政権はお互いに分立している事にならないじゃないか?「政治」とは行政と立法の両方の事か?これはスポーツで言えば、プレイヤーとルールを作る人が同じだという事だろう?そうなると、我々は投票所でルールを作る人(チーム)とプレーする人(チーム)を一緒くたに選んでしまっていることになるのか?・・・・選挙ってそういうことだったのか?自分でルールを作る事ができ、しかもプレーもしてしまう人やチームを選ぶとなると、余程信頼できる人間やチーム(政党)でなければならないが、そんな人間もチームも今は見当たらないじゃないか。それに、選挙のルールも立法府で決められているのだ。中選挙区制や小選挙区制、比例代表制など色々あるけれど、今や立法府の大勢と行政府は同じ穴の狢である事は明らかだから、こういう選挙のルールだって、客観的に、つまり我々民草にとって公平に決められているとは考えにくいですねぇ・・・この間実際にあったように、行政府の長である総理大臣は、立法府の重要機関である衆議院を解散させることができる。これは憲法にそう決めてある。そうすると三権分立がゴールデン・ルールであり、この「分立」とは三権が相互に対等な立場で牽制し合う意味であるとすれば、(少なくともPlan、 Do、 Seeではそうだ)、立法府に対する解散権を行政府のトップが持っているのは変だ。それなら立法府は逆に自分たちが選んだ内閣首班、つまり総理大臣を罷免、つまりクビにできるのだろうか?そうでないと如何にも拙い。ところが、驚いた事にこの方法は無い!問責決議というのはあるが、これは「拙いじゃない?」と意見表明するだけで、拘束力も強制力も持っていないのだ。間接的には、国会における内閣不信任決議という方法が用意されている。国会といっても実際には衆議院だけだ。衆議院で内閣不信任決議案が可決された場合、或いは逆に内閣信任決議案(そういうのも有るのだ)が否決された場合には、内閣は議決から十日以内に総辞職するか、或いは衆議院を解散しなければならない。そう憲法で定められている。現憲法下で内閣不信任決議案が可決されたのは1948年の第二次吉田内閣(馴れ合い解散)、1953年の第四次吉田内閣(バカヤロー解散)、1980年の第二次大平内閣(ハプニング解散)、1993年の宮澤内閣(嘘つき解散)だ。現行憲法の施行(1947年)以来62年間で4回。その全ての結末は衆議院の解散であって、内閣の総辞職ではない。つまり時の行政府の長は、不信任案が可決された場合、自分が辞める代わりに逆にそういう結論を出した衆議院を解散して、選挙に持ち込む事で決着をつけようとするのだ。衆議院を解散しても総理大臣を始め内閣を構成する大臣たちは辞める必要は無い。だから現に麻生さんも他の大臣も今もそのままでいらっしゃる。つまり立法府は自らが指名した行政府の長をクビにする事は出来ない。衆議院の解散は、この期間内に合計21回行われている。解散によって衆議院選挙が行われ、そこで結果的に民意の審判を受ける事になるから、そこで辛うじてバランスが保たれるという見方は出来ないこともない。しかし行政府に対抗するに、立法府が出来る手段は、内閣不信任案を可決するという間接的な方法しか無い事は事実だ。そういう意味では、立法府対行政府の戦い(或いは拮抗)は、62年間で4対17となり、圧倒的に行政府の勝ちである。衆議院の解散は、内閣の助言と承認によって天皇が行う国事行為とされている。立法府の一方である参議院には不信任決議の権能は無く、総理大臣とか大蔵大臣とか個別の職権に対して問責決議を行うことしかできない。しかも前に述べたように、この決議が可決されても法的拘束力は無い。問責決議案が現憲法下で可決されたのは、1998年の額賀防衛大臣、2008年の福田総理大臣、そして先日の麻生総理大臣に対するものの3回だけだ。その効果を言うと、額賀さんは辞職し、福田さんは3ヵ月後に内閣総辞職し(クビになったわけではない)、麻生さんはご存知の通り衆議院を解散した。こうなると、やはり行政府と立法府は対等だとは云えない。つまりプレイヤーの方がルールを作る人より上位にあるということになってしまう。もう一つ。今まで余り述べてこなかった三権の中のもう一つ、司法権に付いてだ。司法府の長は最高裁判所長官だが、最高裁長官は、総理大臣が指名し、天皇が任命する事によって決められる。そして長官の脇を固める14人の最高裁判事は、司法府トップの最高裁長官ではなく(!)内閣(行政府)によって任命され、天皇によって認証される。・・・なんだ、ここでも行政府の大将が司法府の長を事実上指名できるのだ。おまけに司法府の長は、自分の同僚を自分で選ぶことすら出来ない。内閣総理大臣が閣僚を自分で選ぶことができ、各閣僚は国会で適格性を問われる事もない(アメリカとはこの点大違いだ)のを思えば、ずいぶんの格差である。ついでに言えば、我々国民は最高裁判事に対しては、国民審査といって衆議院議員選挙と同じ投票日に「不信任投票」(投票用紙の判事の名前の上に×を付ける)をすることでクビ(投票総数の過半数が×だった場合)にする事が出来るが、何も書かないと自動的に「信任」とされる。これはおかしい。信任の場合は○、不信任の場合は×、決められなかったり、「この人知らない!」(殆どの場合そうだ)と云うときには空白にするようにしておかないと、判事の「信任率」は異常に高くなり、実情を全く反映しない事になる。こうして見ると、三権の中で行政府の権力が最も大きい事は明らかだ。決して三つが相互に対等で、健全な牽制機能を発揮できるとは、とてもとても思えない。辞書や事典、モノの本などをひっくり返せば、「政治とは、国の統治行為全体から、司法と立法の行為を除いた残りの部分」という主旨で説明してある。しかし、立法も司法も、その府の大将の実質任命権を「残りの部分」が持っているのでは、数学で云えば行政だけが独立変数で、後の2つは従属変数ばかりとなり、「三権分立」など、僕の頭では到底合理的に理解できない。だから冒頭に書いたように、「政治とは何であるか?」が分からなくなってしまったのだ。僕は学問の分野ではずっと理科系だったし、教員資格に余り興味を惹かれなかったので、憲法や公民といった講義は取らなかった。(今になれば、やっぱり勉強しておけばよかったかと思うけれど)だから、僕の疑問は政治学や法学の全くの素人の疑問だし、つまりは最も普通の人達の、素朴で、従って「ごく当たり前の」疑問でもあろうと思う。専門家や「訳知り人間」は、「あんな事を云って」と馬鹿にするかもしれないけれど、しかし僕はバカではない(つもりだ)。考える力は人並みにある(と、思う)。他の普通の人達の大多数もそうだろうと思う。そういう僕が分からない疑問を、これから8月31日まで街頭に立つ「センセイ」達の演説やマニフェストから解決できないとしたら、これは「センセイ」達が、僕を含む国民・大衆を馬鹿にしている、蔑視しているということにならないか?それはさておき、現実問題として我々有権者はどうすればいいのだろうか?何しろ上の話だと、今度の選挙では我々は政治を任せる人間だけでなく、法律を作る人も、更には間接的に法律の番人まで選んでしまうことになるのだ。色々調べたり考えたりしてきて、今の時点では少なくとも以下の二点は明確に言えそうだ。其の一: とにかくどこであれ、同一勢力を衆議院議席の三分の二以上に座らせてはいけない!其の二: 衆議院の勢力分野は、なるべくバラケているほうが良い!選挙が終わっても我々国民が「主権者」として、政治(といっても釈然と理解できていないが)に係り続け、間接的にそれをコントロールしていく方法は、これ以外には無いと思う。そうなると、一党だけでなく、【自民党と公明党】、【民主党と国民新党(と社会党?)】というように、括って考えないといけなくなる。何しろ当選してしまえば、今度は国会での駆け引きや議決を有利に導くために会派の融合や連立などが、政党間の利害で勝手に行われるし、この点に関して我々が拒否できる方法は全く無いのだから。最近までの政治や政治家、そして政党の「品格」を考えれば、とても彼らは信頼できるものではない。だからといって選挙の際に我々がそっぽを向けば、彼らの良いようにされてしまう。法治国家である以上、我々は彼らの「良いよう」に振り回されながらも従わざるをえない。だったら、次善の策としては「信用できる」人物や政党を選ばなければならない。「信頼」と「信用」は違う。「信頼」は「信じて頼む」事だから、これは今の政治家に対しては危険すぎる。「信用」は「信じて用いる」のだから、用いる側の主導権を暗示しており、未だ危険は少ない。何しろ頼んでしまえば後は相手任せだが、用いるのであれば、常に気を抜かずに見張っているぞ、と云う事になる。つまり我々がおたなの主人になり、政治家を番頭だと考えるという事だ。これを選挙の際に実現しようとすれば、取りあえずは上記の「其の一」と「其の二」になるのではないか?そう思う。以上僕の現時点での取りあえずの結論である。皆さんはどうお考えだろうか?ご意見やご教示があれば是非承りたいと思っています。
2009.07.27
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◇ 7月26日(日曜日) 旧六月五日 壬申(みずのえ さる) 仏滅:麻生さんは、つくづく間の悪い時に間の悪いことをおっしゃる。「・・・元気な高齢者をいかに使うか。この人たちは働くことしか才能がない・・・」そうだ。マスコミは高齢者を揶揄するものだという論調で批判している。まぁ批判しているというよりは、本音では「こんな時に馬鹿なことを云って。しょうがねぇ人だなぁ。又あの人、大ネタになりそうな事を云うぜ、きっと。」と云う調子だ。政治家というものは本音と建前を使い分ける生き物だし、練達の政治家であればむしろそうあるべきだ。そういう「常識」が、マスコミを初め我々の間には定着しているから、そういう調子になる。実は麻生さんはこの発言の前後で、他にも下のような趣旨のことを云っている。「・・・高齢者が遊びに走ってももう遅いんですよ。・・・」民主党の鳩山さんは、おん自らのご母堂を引き合いに出した上で、この点を、この点だけを批判をなさった。だから高齢者が「働こうと何をしようと自由でしょう」。余計なお世話だという事だ。その批判は当たり前だ。しかし、更に麻生さんはこうもおっしゃった。「・・・こういう人に働いてもらう。そうすると、皆さん(とここで思い入れのひと呼吸があり、麻生さん独特の下からねめつけるような目線で、且つだみ声でゆっくりと)、税収が増えるんですよ。・・・」僕はこの部分こそが彼の本音だと感じた。麻生さんに代表される政治家の対国民意識が図らずも吐露されたところなのだ。鳩山さんも、こういう点は麻生さんに同じだと思う。だからこそ麻生発言を、高齢者に対する揶揄・壟断とのみ捉え、その軸で批判を述べたのだ。民衆を年貢の源泉としてしか見ない。これは前時代の「お代官様」の意識だ。年貢を納められないものは社会の負担としか見ない。これは姥捨山の発想だ。姥捨山と麻生さんとの違いは、ジジババをそのまま山に放置するのではなく、納税者として「再利用」しようという点だけだ。「だから高齢者には雇用機会を与え、働いてもらう。そして再び税金を払わせる。」つまりはそういう事だ。我々の政治家達は、政治というものを、そして国民という存在を、未だにそういう発想でしか見ていないのだ。税収を維持するために高齢者の「活用」を維持する。これは大変に傲慢で無礼な発想である。こういう社会では、「灰で縄を綯う」ような難題に対処して解決することなどできない。これからの社会や日本の進路には、前例の無い奇想天外な問題が山積しているのに。又、政治家の選挙に際しての祝詞みたいな「友愛と信頼に支えられた生活一番の安心社会」(各政党のスローガンをごった混ぜにするとこうなる)など、こういう発想が根底に有る以上、空疎なおためごかしに過ぎない。高齢者の価値は、その経験と知恵にこそあるのだ。これは幾多の昔話の教えるところだ。後進には再現不能な経験。獲得するには長い時間の消費を不可欠要素とする知恵。それこそが後進の尊ぶべきものであり、国の資産である。温故知新というのはそういう事だ。高齢者は動きが鈍る。往々にしてボケルし、体も方々に故障が出る。これは生物機械としての人間が避けることの出来無い自然である。誰でも必ずその内そうなる。おまけに生物機械の経年劣化は量や速度の問題であって質の問題ではない。そういう高齢者の本質を看過し、若年壮年層と同列に置いて税収の源泉候補としか見ないのは、実に不遜で無礼だ。畢竟本来貴重な国の財産を愚かにも遺却する事になる。何故そういう観点での麻生発言批判が、野党側にもマスコミにも無いのか?「老いては子に従う。」という諺がある。これは生物機械として機能劣化した年寄りが、実行面や運営面で前面にしゃしゃり出るのを諫め、若年壮年の後進にその地位を譲りなさい、という意味だ。そのウラには、「困ったり迷ったりした時にはいつでもおいでなさい。年寄りの経験や知恵を使ってくれて構わないよ。」という心根がある。後進の側に対しては、「だから先人や年寄りを粗末にすることなく、大切にしなさい。」という教えがある。「君臨すれども統治せず」という言葉も有る。これはイギリスや日本のような立憲君主国の統治理念だとされる。その背景には国の伝統や歴史に対する敬愛の精神と、その象徴、つまり国の統合の象徴としての存在を尊重し敬いながら、まつりごとの実際は民衆によって合意されたルールに則って運営していこうという基本方針が有る。精神と方針があるから理念になる。年寄りは君主ではないから君臨はしない。しかし、経験と知恵の源泉として、常に良きアドバイザーとして居るべきだし、後進もそれを大いに尊重すべきなのだ。それを「老いては子に従え」と、命令形に変えて後進の側から投げつけてしまったのが今回の麻生発言なのだ。そういう精神構造が政権政党の政治家の中にあること。そしてそれに対してとんちんかんな批判しかしなかった政権交代党しか無い事。更に「まぁあの手のセンセイのおっしゃることと云えば、あんな程度でしょう。」と苦笑しつつ怒りもせずに飲み込んでしまう雑駁な感性と大きな胃袋を持ったマスコミと民草。それを思うと、本当に居ても立っても居られなくなる気持ちなのだ。
2009.07.26
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◇ 7月22日(水曜日) 旧六月小 朔日 戊辰(つちのえ たつ) 赤口:今日は朔。つまり新月で、旧暦では六月小の月の初日。日本では46年ぶりの皆既日食だったが、日本の殆どの地域は雲に覆われてしまった。東京では最大食分は11時13分。今これを書いているのは11時4分なので、あと9分ほどだが、外はどんよりとした曇り空で太陽は見えそうにない。このブログをアップするまでには最大食分は終わってしまうだろう。空全体はなんとなく暗くなってきている。東京での最大食分は0.75だから普段の昼間の明るさ6割程度の明るさになってしまうはずだ。南西諸島では奄美大島の北端で雲間から部分食が見えたが、人気を集めたトカラ列島の悪石島では雨まで降ってくる悪条件で、遠路観測に行かれた方々にはお気の毒だった。インターネットでトカラ列島七島からの日食のライブ映像をストリーミング配信してくれる鹿児島大学と、宇宙から雲に邪魔されない日食の静止画像を15分おきに送ってくれる気象庁のサイトも、共に繋がらない。多分アクセスが集中してサーバーの容量を超えてしまったのだろう。このブログで二度ほど宣伝したけれど、そんな事しなきゃ良かった!?(このブログにはそんな影響力はないか。)インターネットメディアには、アクセスの集中による、スローダウンやサーバーがパンクしてストップという障害が付きまとう。これは、言い換えれば停電と同じような状況だ。日食の中継ならば「残念」で済むけれど、災害や或いは国家危急の時には「情報の停電」は心配だ。今後情報の供給源としてのインターネットへの依存度は高くなりこそすれ減る事はありえない。これに対処するには、サーバーの規模や回線の容量を大きくしたり、回線のスピードを更に高速にしたりすることになるが、これには大きなコストがかかる。この辺を克服できる根本的な策はあるのだろうかと、ちょっと気になってしまった。自分で宣伝しておいた(積りになっている)インターネットでの日食は残念だったが、その代わり、テレビの中継で硫黄島と太平洋上(小笠原近海だそうだ)を航行する船からの皆既の映像を観る事が出来た。どちらも雲はあったものの、皆既を中心に前後の様子を観る事が出来たのは、現地の皆さんには僥倖でした。特に船の船長さんは晴れ間を求めて気の休まることがなかったそうで、本当にお疲れ様でした。皆既になる瞬間と終わる瞬間にはダイアモンドリングも見事に観え、皆既中にはコロナは勿論、プロミネンスも観えた。観望している人達が、皆既の始まりと終わりに期せずして拍手をしていたのが印象的だった。皆既中は気温が下がったり、昼間の星が見えたりと、普段では経験しない現象が起こる。皆既の直前辺りから、解説のアナウンサーまでが寡黙になってしまった。こういう自然の不思議を前にすると、人は(プロのアナウンサーまで)寡黙になってしまうようだ。ところで、この辺での最大食分の時には、近所でカラスが鳴いたくらいで、特に何事も無かった。
2009.07.22
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◇ 7月19日(日曜日) 旧五月二十七日 乙丑(きのと うし) 先勝、土用の丑22日の日食はマスコミでも取り上げられるようになり、トカラ列島の悪石島や奄美大島などには日食を見ようと云う人が到着しだしているようだ。当日のお天気が気になるところだが、日本の南へ行けば行くほど天気は良さそう、というより悪くは無さそうで、遠路観望の旅にお出かけになった皆さんには、幸運を祈りたい。ところが本州ではどうも絶望的なようすだ。僕は75%ほど欠ける部分食でも見たかったが、可能性はきわめて低そうだ。そしたら、気象衛星ひまわりが日食の画像を送ってくれるという事を知った。22日の午前9時から午後3時までの間の15分おきの太陽の画像を送ってくれる。配信の開始は午前10時からだ。動画ではなく静止画像であるのは致し方ない。しかし人口衛星だからお天気を気にする必要は無い。本州が曇りでも、万が一南西諸島が曇っても、日食の様子は観られる。ご存じない方のために此処に画像配信サイトのURLを掲げておきます。http://www.jma-net.go.jp/sat/data/web/suneclipse_observation.html取り急ぎお報せ。
2009.07.18
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◇ 7月18日(土曜日) 旧五月二十六日 甲子(きのえ ね) 赤口最近のコンビニでは凍らせた水やお茶、それにジュースなどを売るようになった。冷凍用に開発したボトルを使っている為、普通のお茶などより値段は10円程高い。去年は無かったような気がするから、今年の夏からの新製品だろうが、全国ではどうなのだろう。猛暑が続くようになると熱中症の危険が取り沙汰され、とにかくこまめに水分を摂るようにと云われる。だから最近は水やお茶のペットボトルを持ち歩いている人を多く見かける。この暑さの中で直ぐにぬるま湯になってしまうが、その点中身が凍っていると融けきるまでは摂氏0度が保たれるわけだから中々重宝する。但しボトルの表面にはどんどん水滴が付くから、電車の網棚に乗せていたりすると、下に座っている人に滴が落ちて迷惑をかけてしまう。凍結ペットボトルを買うときには必ず一緒に袋も貰って、その袋に入れておく必要がある。さて、先日電車の中でこの凍結ペットボトルをとつおいつ眺めていて気がついた。とにかく細かい字で一杯注意が書いてあるのだ。メガネを外して眼を凝らして読んでいると、「何でこんな事まで書かなきゃならんのだ!」と思うような内容だ。そこで此処にボトルの側面の写真を掲げ、文章を採録して例によってチャチを入れてみる。尚、此処で取り上げるのは伊藤園と云うところの凍結ペットボトルの例である。先ず最初に、枠の中に『伊藤園が独自に開発した冷凍保存できる製品です。』とある。これは出自を表す文言だから宜しい。流石にこの部分は3ミリ角程度の大きい字だ。その下に今度は1.5ミリ角の字で、『一般的なボトルの製品は、冷凍しないで下さい。ラベルが破損したり、容器が変形したりする恐れがあります。』とある。しかし、伊藤園は何故この場で「一般的なボトル」の事まで心配してくださるのだろうか?ご親切なことだが、余計なお世話だ。更に、黄色の帯を背景に2.5ミリ角の太字枠入りで、『ご家庭で凍らせる時の「注意点」』とあって、その下に箇条書きで『(1)事前に冷蔵してください。(2)ボトルを立てた状態で凍らせてください。横倒しでの冷凍禁止。(3)冷気の吹き出し口から離してください。』とあり、その下に今度は1ミリ角の小さな字で『1度に大量の常温製品を冷凍庫にいれると、他の冷凍製品が溶け出す恐れがあります。事前に冷蔵してから冷凍してください。』と書いてある。事前の冷蔵は冷凍庫の負荷を低くするためだ。ボトルを寝かせて凍らせると飲み口ギリギリまで凍ってしまい、中々飲めなかったり、溶けた液が飲み口から溢れたりする。それを心配してくれているのだ。冷気の吹き出し口から離せというのは、急速に冷却すると凍結が不均等になり、飲みにくかったり容器が変形したりするのを慮っての事だろう。そして最後の「大量の常温製品を・・・」は常識として当たり前の事だし、(1)の理由でもある。それに何より、後段で『再冷凍はしないで下さい!』と書いてあるのだ。再冷凍してはいけないのなら、ここに書いてあるように『ご家庭で再凍結』する事など起こりえないだろうが。その下の型通りの法定記述の下に、青地に白抜きの2ミリ角の文字で6行にわたって書いてある。『▽開栓後はすぐにお飲みください。』 中身がガチガチに凍っているのに、直ぐには飲めないでしょう?『▽再凍結はしないで下さい。』 だったら「ご家庭で再凍結する場合・・・」なんて書かなきゃいい!『▽一度開栓した商品は再栓後、長時間経過しますと、まれにキャップが飛んだり、容器が破損する事があります。』 これは中身がお茶や水の場合は物理的に理解しにくい。よほど長時間が経過して、ボトルの中の空気が膨張する場合の事を言っているのだろうか?凍結用のボトルに共通する形状はボディーに波型に緩やかな螺旋があることと、ボトルの肉厚が普通のものよりやや厚めだということだ。これは凍結時の体積膨張に対応の際、変形を目だたなくするためと、膨張による内圧に耐えられるためだろう。ならば、中身が高温になって沸騰でもしない限り、キャップが飛んだり容器が破損する事はありえないと思えるが?それに「まれに」とは、具体的にどれほどの頻度なのだろうか?何より「そういうことがあります」からどうしろというのだろう?それとも、こう書いておけば免責になるという考えなのだろうか?キャップが飛んだり容器が破損したりすれば、場所や状況によっては悲惨な事になりかねない。こういう部分こそちゃんと具体的且つ科学的に記述すべきだろう。『▽冷凍するときは容器を横置きにしないで下さい。』 これは前にも出てきた。それにくどいが「再凍結はするな」とも前に書いてある。それとも逆に、このメーカーはむしろ再凍結させたいのだろうか?『▽解凍時、容器に水滴が付きますので、水濡れにご注意ください。』 はいはい、ご親切様。更にその下に、今度は赤い背景に白抜きの同じ大きさの字で3行。『▽冷凍状態により、解凍した際にキャップから液漏れすることがありますので、ご注意ください。』 これは開栓前のことを云っているのだろうか?若しそうなら「独自に新開発した」ボトルは欠陥商品と云うことにならないか?キャップから液漏れがするということは、開栓前に外部とボトル内部との間に物質の往来があるということだ。つまりは「ボトル内に細菌などが入り込む事がありますので、ご注意ください」という事にはなる。だからこの部分、わざわざ赤い地に白抜きの文字で目立つように書いてあるのだろうか?『▽開栓時の液こぼれにご注意ください。』 これは、久しぶりに妥当な注意だな。つまり、これまでで役に立つ(意味のある)注意事項は、これと『▽解凍時、容器に水滴が付きますので、水濡れにご注意ください。』の二つだけだ。更にさらに、その下、ボトルの下端近くまで9行にわたって続く。今度は1ミリ角の小さな字である。『●冷凍させる(「冷凍する」のではなく「冷凍させる」というのが独特の表現だな。何だか中身が凍るのを嫌がっているようだ。)と容器が膨張する場合がありますが、品質には全く問題ありません。●落下などの強い衝撃を与えないでください。容器やキャップが破損する可能性があります。●溶け具合により、風味、液色に差が生じる場合があります。また、成分が浮遊、沈殿する場合がありますが、品質には全く問題ありません。●飲用後の容器は再度、使用しないでください。▽内容液が膨張し、容器が破損する場合がありますので、ボトルのまま温めないでください。●ボトルを捨てる際には、キャップを外してください。●容器の散乱防止・リサイクルにご協力ください。』やっとこれで「注意書き」は終わる。いやはや。序でに、『この注意書きをお読みになると眼が疲れてしまうことが有ります。眼の疲れは人によっては頭痛肩凝りの原因になることがあります。頭痛や肩凝りは思わぬ重病、まれに死に至る病の原因や引き金になる場合がありますのでご注意ください。』と書いてあれば完璧だろう。或いは、逆に全部を1ミリ角以下の文字にして、最後に大きい字で『色々書きましたが、これらに該当する事があっても予め警告しておいたのですから、私どもは知りません。』と本音を書いておくほうが良い。昔々アメリカで、風呂に入れた猫を電子レンジに入れて死なせてしまったのをメーカーの責任だとして訴えたという話を聞いたのを思い出した。「だって、メーカーの注意書きには、電子レンジに猫を入れて乾かそうとしてはいけないとは書いてなかった。」というのが訴えの根拠だという。まさか、この裁判で原告が勝訴したとは思わないが、これが日本だったらメーカーは手土産やお詫び金を持って、そのバカに謝りに行くのではなかろうかと思った。たかが清涼飲料ではないか。されど清涼飲料であるというのなら、『お買いになったら、余計なことをしないでそのままお飲みなさい。当社は製品には責任を負いますが、後はあなたの常識です。余計な事をして何が起ころうとも当社の知った事ではありません。』で良いではないか。先の電子レンジの場合には、『電子レンジはマイクロウェーブという2.45ギガヘルツの電波を使い、水分子を興奮(共振、励起)させる事で、加熱をする機器です。この作用は、食品に限らずあらゆる水分子を含むものに同様に働きますので、充分にご注意ください。後は使用者の常識と責任に任せ、当社は知りません。』と原理的な部分を説明すれば良い。もう少し丁寧にすれば、『同じ周波数帯の電波を使う機器は、近くに設置してある場合には障害を受けます。』(後は自分で考えろ、という気持ち)と付記しておけばいい。そうでないと、今度は犬を入れて、「犬を入れるなとは書いてない!」と訴えるのが出て来る。そうなると電子レンジメーカーの取扱説明書は、全世界に生息する「電子レンジに入り得る」生き物の百科事典の如きものになるだろう。一つでも漏れた生き物があったりすると、例えばアルマジロなんかを電子レンジに入れて訴えてくるヤツが居るかもしれないからだ。つまりは凍結ボトルの注意書きはそういうことだ。さらに言えば今回の場合、消費者を子供以下のバカ者で、クレーマー予備軍と見ているフシすら感じられる。人を馬鹿にしたような余計な事をぐちゃぐちゃ書くのではなく、「こうすれば美味しくいただけますよ」で良い。後は消費者の判断だ。そのためには、情緒的でない多少具体的、科学的な記述を簡潔明瞭に書いておけば良い。日本語での「賞味期限」は、英語では「Best before (日付) 」と書いてある。もっといたみ易い食品には、日本では「消費期限」が定められるが、英語では「Use by (日付)」と書く。見よ、日本語では明らかに上意下達の意味が強いが、英語では消費者の自己判断・責任が問われているではないか。先ず客観的具体的な情報を可能な限り明瞭に与える。そして後はユーザーの判断力、思考力、力量、そして常識に委ねる。何事によらず、わが国ではこの当たり前といえる辺りが、メーカー側とユーザー側の双方において、最近特に歪んできているように思う。今回の北海道は大雪山系トムラウシ山での遭難事故で、「装備が不充分だった」として、このツァーを企画した旅行社に捜索が入ったそうだ。旅行社の社長は「耐寒装備の必要性は今回の資料に明記してある」と云っているそうだ。問題は、そう書いてあるとはいえ、ツァーの参加者全員がその通りに耐寒装備を用意したわけではないという事だ。「資料に書いてある」事でこの点での免責を言いたい旅行社と、恐らくは「読んだけど、これ程とは思わなかった」とタカを括った参加者。この辺も同根であろうと思う。ただ、相手が飲み物ではなく大自然であった。自然は人間の浅慮や油断には容赦などしない。そのため、多くの人の死に繋がってしまった。この件は今後どう推移していくのだろうか?見守りたいと思う。
2009.07.18
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◇ 7月17日(金曜日) 旧五月二十五日 癸亥(みずのと い) 大安; 八せん終わり来週の水曜日(22日)には日本の各地で、晴れていれば日食が見られる。日食は、太陽と地球の間に月が入り込んで、この三者が一直線に並んで起こる。だからこの日の月齢は朔、つまり新月である。地球に関しては色々な偶然の不思議が多い。地球の公転軌道がもう少し太陽に近かったら・・・、逆にもう少し火星に近かったら・・・。どちらにしても数多の命をはぐくむ命の惑星、水の惑星としての地球は存在しえなかった。だから、地球は「奇跡の惑星」とも呼ばれる。日食も同じだ。いかなる神の思し召しだか、地球から見る太陽の視直径と月のそれとはほぼ同じ30秒だ。視直径30秒とは、大人が指の先に五円玉をつまんで、腕を一杯に伸ばした時に見える、五円玉の穴の大きさにほぼ等しい。そういうと大抵の人がびっくりする。皆、太陽や月はもっと「大きい」と思っているのだ。しかし本当はそれほど「小さい」のです。これは、ご自分でお試しになればすぐ分かります。この、太陽と月の視直径がほぼ等しい事によって、美しい皆既日食や金環食が起こるのだ。若し月の視直径がもっと大きければ、日食中太陽が隠されてしまう時間はもっと長くて味気ないものだっただろうし、逆だったら太陽はドーナツのように見えることになる。或いは太陽面を天道虫のような黒い月の影が動いていくように見えるだろう。両者の視直径がほぼ等しいことで、皆既の時にはコロナや紅炎(プロミネンス)が、影になった黒い月の縁から滲み出して輝き、美しい光景が見られるのである。これも神の采配かもしれない。月は毎年数センチずつ地球から遠ざかっていくから、その内本当に日食というと、ドーナツの穴か黒い天道虫を連想するようになるだろう。とはいえ、我々はもうとっくにその頃には生きては居ないはずだが。今度の日食は東アジアから太平洋上にかけての範囲で観られる。日本では全国で部分食を観る事が出来る。また奄美大島北部、トカラ列島、屋久島、種子島南部などの南西諸島は、皆既日食帯と呼ばれる細長くのびた地域・海域内に入っており、これらの場所では皆既日食を観察することができる。日本での日食は、色々な条件がうまく重ならないと起こらない現象だし、皆既日食が観られるかと云う事になると、はるかにチャンスは少なくなる。最近に日本の陸地で観察できた皆既日食は、1963年7月21日の北海道東部で見られたものだった。実に46年も前の事だ。又次のチャンスは、2035年9月2日の北陸・北関東などで見られる皆既日食になるから、まだまだ26年も先のことだ。前回僕は高校生だったし、次の機会にはもう生きていないかもしれない。(多分そうだろうな)だから22日の皆既日食は非常に珍しい現象と言えるから、是非観てみたいものだ。しかし、南西諸島にまでは中々気軽に出かけられない。この地域はいずれも長時間の皆既日食が観測できる離島であり、その好条件から全世界から注目されているそうだから、プロの観測家達や、便乗したツァーの人達でごった返している筈だ。若し行けたとしても大変な混雑に巻き込まれそうだ。そうしたらさすが現代はインターネットの時代だ。鹿児島大学学術情報基盤センターが、「トカラ皆既日食 7島 中継プロジェクト」というのを立ち上げていて、トカラ列島十島村の内7つの有人離島(口之島、中之島、平島、諏訪之瀬島、悪石島、小宝島、宝島)にカメラを設置し、日食の実況映像をストリーミング配信してくれるそうだ。http://eclipse.cc.kagoshima-u.ac.jp/で、当日の09:30~12:30まで画像配信してくれる。7台のカメラは相互に最大100キロメートルも離れているそうだから、パソコンさえあれば日食の欠け具合の「時間差」も、居ながらにして同時に観られることになる。皆既の間は、空は夕方・明け方の薄明中のように暗くなり、明るい星ならば見ることができる。地平線近くは、夕焼け(朝焼け)のように空が赤く染まって見られる、筈だ。こうなると心配なのは当日のお天気になるが、今のところ南西諸島付近は「曇り」から「晴れ時々曇り」だという予報になっているから気が揉める。何とか晴れて欲しい。参考のために他の幾つかの地域での「日食予報」を下に掲げておく。書いてある時刻は「日食の始まり時刻」、「最大食の時刻」、「日食の終わり時刻」、そして最大食分である。(時刻に関しては、秒は丸めて分までしか表示しない)札幌 : 10:04, 11:10, 12:16: 最大食分0.51東京 : 09:55, 11:55, 12:30: 最大食分0.75名古屋: 09:50, 11:08, 12:27: 最大食分0.79大阪 : 09:45, 11:05, 12:25: 最大食分0.81鹿児島: 09:37, 10:57, 12:20: 最大食分0.96最大食分は「月によって隠される太陽の面積の割合」の事だ。だから札幌では太陽の約半分が、そして東京では四分の三が、「月によって食べられる」ことになる。若し上記以外の場所をお知りになりたければ、東京天文台暦計算室のHPで希望の場所を入力して調べる事ができる。(http://www.nao.ac.jp/koyomi/koyomix/eclipsex_s.html)ところが現在の週間天気予報では上記のどこも「曇り一時雨」だ。当日は日本の南西に行けば行くほどお天気は良さそうな様子だから、やはり鹿児島大学のプロジェクトチームの皆さんに期待するところ大である。現地の皆さん、是非晴天を祈りつつ頑張ってください!ところで、今日のニュースで、ある雑誌社が今年の1月に付録として配った「日食メガネ」に欠陥があって、このメガネをかけて直接太陽は見ないでほしいと云っていた。太陽を直接裸眼で見ると、虫眼鏡で太陽光を集めて紙を燃やすという、子供時代に良くやった遊びと同じ現象が眼の中で起こり、つまりは網膜を焼いてしまう事になりかねない。ガリレオも手製の望遠鏡で太陽を観察して眼を焼いてしまったとも聞いている。ガラス板を煤で燻したものや、黒く感光したフィルムなどを昔の日食観察では使ったものだが、万が一の事を考えると何れにしろ太陽を直接目視するのは避けたほうが良い。それより、木漏れ日を見ることをお勧めする。針穴写真機と同じ原理で、日食の欠け具合に応じて、木漏れ日の一つ一つは半月や三日月の形に変わっていくのである。頭では分かっていても、実際に眼にするとちょっと驚く事請け合いである。さて、22日はせめて午前中だけでも晴れますように!!
2009.07.17
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◇ 7月16日(木曜日) 旧五月二十四日 壬戌(みずのえ いぬ) 仏滅; 盆送り火、薮入り今日は新暦では盆の送り火。お迎えしていた先祖の霊の皆様には、ご機嫌よくとっとと冥土に旅立って貰おうというので、軒先に改めて送り火を焚いてお送りする。暦ではこの日は薮入りでもあった。昔は、士分でない家の子供たちは小さい頃から働きに出された。これはお金を稼ぐというよりは、口減らしと云う形で生家の経済状態に貢献させたのだ。勤務形態は住み込みで無給である。しかし、衣食住に掛かる費用は雇用側の負担だったから、実家の側からすれば、経済的には大いに助かったのだ。これを関東では小僧、関西では丁稚と呼んだ。昨日まで親に甘え、近所で遊び呆けていた十歳になるやならずのチビが、いきなり親元から離され、大人たちや先輩に混じって暮らす。その中で規律、礼儀、そして行儀や言葉遣いまで叩き込まれ、必要に応じて読み書きそろばんまで、商いに関する教育も実地で施される。要するに全寮制の社会・職業訓練学校のようなものだ。教育や人格育成と云う意味では今より却って良かったのかも知れない。小僧は十年ほど経つと手代という立場に出世する。今で言えば係長から課長クラスなのかもしれない。しかし手代も住み込みのままだった。その後お互いにしのぎを削って番頭に出世して、ここで初めて住み込みでない通勤が認められる。給与もでるようになる。通い番頭という。番頭になると結婚も許されるようになったそうだ。そして更に実力を認められれば、暖簾分けといって独立が可能になった。これが当時の民草の世界でのキャリアプランだったのだ。昔の職場は今とは違い年中無休の勤務形態だった。それが、正月と七月の十六日と、年に二日だけ公休が与えられる。この日には主人側でプールしておいた形の「働き賃」を持たせてやった。だから小さい小僧ほど、喜び勇んで懐かしい実家の親元に飛んで帰った事だろう。子供もそうだが、親の方がむしろ子供との再会を心待ちにしていた。成長の早い次期だ、半年前とは見違えるように大きくなって、挨拶も言葉遣いも大人びてきている。薮入りで帰ってくる子供を今か今かと待ちながら、あそこへ連れて行ってやろう、あれも食べさせてやろうと色々考える親の様子は、落語の「薮入り」にも描かれている。薮入りは親元へ宿帰りするという意味から、「宿入り」が訛ったのだろうとも言われている。薮入りの日は賽日である。これは呉音で「さいにち」と読む。賽日も従って正月と七月の十六日で、年に二回ある。この日は閻魔賽日といって、地獄の釜の蓋が開く日だそうだ。何やら恐ろしげだが、実は地獄の休日なのだ。地獄でずっと煮えたぎってきた釜の蓋を開けて火を落とし、閻魔様も鬼もお休みをする日なのだそうだ。亡者はお盆で帰省なさっているから、送り火に送られ馬や舟に乗って戻ってくるまでは地獄も閑古鳥なのである。お客が居なければこの機にお休みしてしまおうというのは、地獄でも同じらしい。賽日には閻魔堂にお詣りして十王図や地獄相変図を拝んだりしたそうだが、今はどうだろうか?あの世よりこの世の方が地獄だといえるからと、このご時勢ではもうそんなしきたりは廃れてしまったかもしれない。「地獄の釜の蓋」という凄まじい名前の草がある。名前に反して春に可憐な青色の花を咲かせる。しそ科の草だが、花には罪はないのに可哀相な名前を付けたものだ。花や木の名前には、時々命名者の意図や心根を疑いたくなるようなものがある。薮入りも同様に、もう言葉としても死につつある。今では、猛暑の中汗まみれであくせく働く父親を尻目に、年中休日みたいな豚児共は親の金を使って遊びまわる。嗚呼。
2009.07.16
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◇ 7月15日(水曜日) 旧五月二十三日 辛酉(かのと とり) 先負; 盆、下弦猛暑の中とつおいつしていたら、電話がかかってきた。“Hello Mac! It’s Mark!”マークと話すのは無慮数年ぶりだ。それが、いきなり「やぁマック。マークだよ!」だ。ボストンに住んでいるマークはMD(Medical Doctor = つまり診療医のこと)で、医療とITの接点のような分野で仕事をしている。その関係で僕と知り合い、もう延べにして20年近い付き合いになる。聞けば、かねて計画していた家族旅行が漸く実現の運びとなり、日本に行く。ついては是非会いたい。それと何処で何を見て何を食べるか、色々助けて欲しい。×××さんとも会いたい。連絡が付くだろうか?東京では△△△ホテルに泊るから、会えるように手配してくれるだろうか?初めて日本に行く家族の手前、自分はちょっとばかり知日派を気取りたい。そして夫として、父親として少しばかりカッコをつけたい。そういう電話だった。久しぶりに心浮き立つ気分になった。それにしても、数年ぶりの電話で前置きもなく「マークだよ!」だ。マークなんて、珍しくもない当たり前の名前だ。テキは数年という時間を超えて「マークだよ!」だけでちゃんと通じると思っているし、その通りにこちらでも通じてしまうところが凄い。これは、マークでなくてもトムでも、サム、ジョン、ジョー、テッド、マイク・・・・皆同じだ。アメリカ人はちょっと親しくなるとお互いにファースト・ネームで呼び合おうとなる。イチローも、サインボールを貰おうともじもじなどしていないで、もう少し度胸が有ったらオバマ大統領と「やぁバラク」「よぉイチロー!」と呼び合えただろう。二度断ったにも拘わらずわが国の国民栄誉賞の最右翼候補で、引退後は時の与党から参議院議員候補か都知事候補に推されそうな人物としては少し残念な事だった。これが日本人同士だったらどうだろうと考えてしまった。電話なら先ずフルネームを名乗って、「ワタクシ何処そこで誰それ社長のご紹介でお目にかかり、アレコレの際には随分お世話になりました。」などと背景や経緯の説明から入るだろう。直接会っての話であれば、何はともあれ名刺の交換から始まる。いずれにしても日本人は、相手は姓で呼び、肩書きで呼ぶ。決して「太郎さん、色々大変ですね。」などとは云わない。我々は普通他人を名刺で記憶している。名刺には相手の身分や肩書きが書かれており、それは相手がどの程度の地位か、従って自分との上下関係はどうなるかを推し量る便になる。親類同士だと流石に名刺は交換しないかもしれないが、それでも本家筋か分家筋かは気になり、その人が今どこの会社や組織でどんな地位にあるかを勘案して、自分との上下関係を見定めようとする。特に見るべき差別化要因を主張できない場合には、名前の字が一郎か、或いは一朗であるかにこだわり、「私の恵と云う字は本当は惠なんですよ」と敢えて主張したりする。人に接するに際して先ず、その人と自分との関係を社会構造の中で見極めてからにしようとする「本能」が我々日本人の心に沁みこんでいる所為だろうと思う。日本語では、挨拶も呼びかけも、社会の中での自分と相手の関係に規制を受けるのだ。幾つか例を挙げてみる。父から息子: 「お前にお金をやろう」=○息子から父: 「あなたにお金を上げます」=不自然息子から父: 「お父さん、お金を下さい」=○父から息子: 「息子、お金を上げるよ」=おかしい!これらは人称代名詞と親族呼称についての「規制」の例だ。課員から課長: 「課長、そろそろ昼食にしましょう」=○課長から課員: 「課員、そろそろメシに行こうか」=おかしい!これは目上の人には職位階層名で呼びかける。目上から目下には逆におかしい、という「規制」の例だ。直接名前で呼びかけるのは、もっと規制が強い。部長からヒラ社員: 「吉田君、良い仕事をしたじゃないか」=○ヒラ社員から部長: 「佐武さん、素晴らしい業績じゃないですか」=不自然。怒られそう!父から息子: 「由紀夫、お金をくれ」=○息子から父: 「威一朗、お金を上げるよ」=おかしい!食堂や居酒屋で「すみません、スミマセェーン!」と客が謝っているのも、「あのぉー」とか「ちょっとォー」とか叫ぶのも、或いは業を煮やして大きく手を振って店員の注意を引こうとするのも、こういう「規制」が適用できない場所や相手では、日本人として相手にどう呼びかけて良いか分からないからだろう。井上ひさし氏の「日本語日記」(文藝春秋:平成五年)にも、日本語には「そのときそのときの適切な挨拶ことばが」無く、「挨拶に似たものに呼びかけがあるが、これなどはもっと品不足である。」と書いてあった。それもそうだろうが、それ以前に、日本人は個人同士の人間関係よりも、社会構造の中での相互の位置関係を重視してしまう、というのが根本的理由であろうと思う。言葉や表現の多寡はその結果のことである。マークは有象無象のマークではなく、かつて勝手に他人の(と、いっても知り合いだったが)自家用機を駆ってナンタケット島まで一緒に飛んで行ってしまったマークだ。僕の誕生日に田舎の食堂で一緒に飲んだくれて、地元っ子の癖に道に迷ってしまったマークだ。そんなマークを、よもやお前は忘れはしまい。他のマークと間違える事などあるまい。アメリカは王様がいない国だから、貴族の家系も無いし、家柄という感覚も希薄だ。だから姓など大した意味を持たず、社会構造はオモテの世界での力量やカネの多寡だけで決まる。個人の関係はマークとマックで充分だ。「何処のマークでマックか」は、当人同士が分かっていればそれでいい。そういう感覚なんだろうな。古代より万世一系の王様を戴く国の国民としては、アメリカ人は時に余りに雑駁でがさつだと思う事もあるけれど、これは逆に自らがそういう社会構造に囚われてしまっているという圧迫感も伴う。最近の僕は、特にそういう圧迫感に苛まれているところがある。だから、”Hello Mac! It’s Mark!.”には、少なからず心の浮き立つ思いがしたのだ。マーク一家は、成田から京都に行き祇園祭の宵宮見物をするそうだ。そして大相撲名古屋場所を見物して、「途中でちょっと富士山に寄って(!)」東京に戻ってくる。このクソ暑い中、本当にご苦労様な事だけれど、夫として又父親としての沽券にかかわるところだから、是非にも頑張って無事に東京に辿り着いていただきたい。東京では築地の場外市場に行きたいとステレオタイプな事をいっているから、ついでに水上バスで隅田川を遡って浅草まで行ってみたら?と提案しておいた。両国の江戸東京博物館も推薦しておいたけれど、これはちょっと玄人受け狙い過ぎるかも知れない。延べで十日以上も日本に居るんなら、箱根に一泊して温泉にでも浸かったら?火山活動も(大涌谷の事だ)垣間見られるし(黒たまごも食べられる!)、天気さえ良ければ富士山も見事に見える。何より温泉は旅の疲れを癒してくれるよ!(それなら僕も喜んで参加しよう!)とも、強く勧めておいたのだがこれは却下された。どうも僕が「温泉ではアカの他人と、一糸まとわぬ姿で、一緒に入浴せねばならない」と強調したのが、奥方やお嬢さんには逆効果だったようだ。僕自身がどこまで付き合うかは彼次第だが、一番最近の連絡では「日本の典型的なLocal Foodを食べたい。例えばシシャモとか、マグロの刺身とか・・・」などと云って来た。どうも京都では、はんなりチマチマした懐石料理にいささか食傷気味ではなかったろうか?(京都にはやはり友人で、立派な女性ガイドがいらした。)シシャモとマグロかぁ。肉じゃがとか枝豆も付けるのかなぁ。・・・さてどうしたものか。何れにしろ久しぶりのマークとの再開は楽しみな事である。※ 日本で問題になっている「オレオレ詐欺」はアメリカでもあるのだろうか?ファーストネームでしか呼び合わない文化では、相手の個人としての全体像を補足する事に、より以上の注意を払うはずだ。そういう場所柄で「あのぅ、オレだけど、オレオレ」などと云って、遠くに離れて住んでいるとはいえ、肉親を騙す事などできるだろうか?ご存知の方はお教え願いたい。マークにも聞いてみよう。※ 「マック」というのはワタクシメのアチラでの呼称だ。最初は「マイク」と呼ばれていたが、当時の上司が「まさよし」という名前で、やはり「マイク」と呼ばれていたので、注文をつけて「マック」に変更してもらった。Ross Thomasの「黄昏にマックの店で」という、好きなミステリーもある。黄昏のマックの店(バーである)には、低く抑えた音量でスロージャズが流れていそうだ。でも小説では、この「マックの店」はボストンではなくワシントンにある(事になっている)のですがね。
2009.07.15
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◇ 7月14日(火曜日) 旧五月二十二日 庚申(かのえ さる) 友引気象庁は今日関東甲信越地方の梅雨が明けたようだと発表した。近所のタバコ屋のオバサンはそう報告してくれた。電車の中ではどこかのオジサンとオバサンが、「お昼のニュースで梅雨が明けたって云ってたよ。」、「おぉ、そうかい。いつもより早かったのかなぁ。」と話していた。皆嬉しそうだ。宵のニュースでは、街頭でインタビューされた女の子が、「えっ!明けたんですか?嬉しぃーい!」と、本当に嬉しそうに云っていた。そうか、皆梅雨が明けると嬉しいんだ。梅雨明けなどというのは明確な定義がある訳ではなく、日本の上に停滞した梅雨前線が、優勢になった太平洋高気圧に押し上げられて・・・・。などと、皆さんが素直に喜んでいらっしゃるのにご託を並べるのも無粋な話だ。どんよりとした空から、ぐずぐずと切れ目もなく降り注ぐ雨よりも、青い空、真っ白な入道雲、カッと照りつける太陽の方が、皆やっぱり好きなのだ。それにしても気象庁の発表は煮え切らない。「本日関東甲信越地方では梅雨が明けたように見受けられます。」と何となく自信が無さそうだ。以前は「気象庁は××地方の梅雨明け宣言をしました!」と、もっと歯切れがよかったように覚えている。これも、昨今の責任回避の風潮に沿っての事かもしれないが、折角皆さんがこんなに喜ぶのだから、もっと威勢よく「梅雨明け宣言!」とやってくれたらいいのに。間違っても許してあげる。元々宝くじと天気予報は当たらないものの代表格だったし。天気予報が外れても、民草は殊更に目くじらを立てることなどせず、「・・・ったく、しょうがねぇなぁ」と云いながらも許してきた伝統がある。数多ある中央省庁の中でも、気象庁とはそういう稀有なお役所なのだ。だから、高々と堂々と宣言を発すれば良い。そして間違ってたら「ごめんなさい」と云えばいい。そういう伝統はちゃんと残していくほうが良い。ところで、漱石先生は生涯に15句、梅雨の句を詠んでいる。但し全て「梅雨」ではなく「五月雨」だ。俳句の季語としては「梅雨」は認知されていないのだろうか?橋落ちて 恋中絶えぬ五月雨 (明治29年) - 何となく七夕を連想する。五月雨や 鏡曇りて恨めしき (明治29年) - 梅雨時の鬱陶しさ。これは女性の気持ちだな。五月雨や 小袖をほどく酒のしみ (明治30年)五月雨の 壁落としけり枕元 (明治30年) - この二首は子規に送ったもの。五月雨の 弓張らんとすれば くるひたる (明治30年) - 色々湿気て弓の糸もちゃんと張れない。一つ家を 中に夜すがら五月雨るゝ (明治42年)五月雨や ももだち高く来る人 (明治42年)じとじとグズグズした梅雨明けには、往々にして雷がなる。雷の 図にのりすぎて落にけり (明治40年)梅雨明けで喜んだのも束の間、今度は連日の猛暑に汗を絞られる日が続く。
2009.07.14
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◇ 7月13日(月曜日) 旧五月二十一日 己未(つちのと ひつじ) 先勝、盆迎え火、靖国神社みたま祭静岡県知事選に次いで、東京都議選もヤツガレの予想通りになった。今日の麻生さんの「21日解散、8月30日投票」も想定内だ。本当なら麻生さんの意向は、解散は今週中で、解散総選挙は月遅れのお盆の休暇ラッシュの頃、というのもヤツガレの予想通りだった筈だが、流石の麻生さんも其処までは押し切れず8月中ギリギリの線で、自民党や公明党との妥協を強いられたらしい。でも太郎ちゃんは未だ最後っ屁のように、解散を早める可能性も無くはないという気もする。民主党と野党は衆議院では内閣不信任案を、参議院では首相の問責決議案を提出したが、これも予想通り。こうなると、鳩山代表への攻撃と、淫靡な形での麻生降ろしは今週からいよいよ動きを強めるはずだ。いずれにしても、ギリギリの線まで行けば、投票率の低下を狙う事になるはずだ。麻生=自民党で行くのか、或いは自民党≠麻生なのか。全国の有権者諸兄姉のご同輩、ここは一つマスコミの世論調査や政治家魑魅魍魎のタメにする発言などには惑わされる事なく、一人ひとり心を澄みわたらせてご自身での考えを固める事を心されたいと思う。何より、現今の日本の政治は、ヤツガレの如きド素人がシナリオを見透かして成り行きを予想できるほどのレベルでしかないのだ。我々に直接間接に影響する政治は「プロ」に任せておいては最早いけない。何しろ「プロ」といえる政治家など今や僅少でしかないのだから。
2009.07.13
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◇ 7月12日(日曜日) 旧五月二十日 戊午(つちのえ うま) 赤口、草市今日はいよいよ東京都議選の投開票日だ。投票する人の数は順調に伸びているそうだから、それに応じた結果が出るだろうと思う。いずれにしても今日の夜の開票結果には興味津々ではある。ちょっと待てよ!「きょうみしんしん」というのは「興味深々」だと今まで勘違いしていた。平仮名で入力して「変換キー」を押したら「興味津々」と出てきたから、初めは「何だ、このパソコン間違っている!」と思ってしまった。そう云えば「興味津々」にはちゃんと見覚え(!)がある。何とまぁ、ワタクシとした事が!!これって、いつ頃から勘違いしていたのだろう。「勘違い」も「感違い」と勘違いしそうだ。漱石先生なら「興味深々」でも許されるかもしれないが、ワタクシメ如きでは単なる「アホの間違い」に過ぎない。こうしてブログを書いている以上、今後は気をつけねば。(でも、同じ勘違いをしているのが周りには何人かいそうな気がする。今度試してやろう。)どちらにしろ、日中は特にする事はない。本でも読むか、後で散歩にでも行こうと思いながら今日の暦を見ていたら、今日は草市の日だとある。「草市」とは僕にとって初めて出会う言葉だ。気になって早速調べてみた。ところで、「くさいち」と入力して変換キーを押したら、最初に「臭い地」と出た。けれど、これはちょっと笑えたけれど流石に勘違いしなかった。・・・当たり前か。ネットで検索してみたら「月島の草市」というのが先ず出てきた。(それしか出なかった)東京は中央区の月島で、7月12日(つまり今日だ)から14日までの三日間草市が開かれ、多くの人で賑わうのだそうだ。草市で売られるのは焙烙(ほうろく=素焼きの土器)、麻幹(おがら=麻の茎を乾燥させたもの)、鬼灯(ほおずき)、溝萩(みぞはぎ)、桔梗など。「何だそれは?」と聞かれれば、これらは皆お盆用品だ。今では伝統に則ってお盆の行事を行うしきたりは、一般の家庭では、特に東京の「新住民」の住む辺りでは廃れてしまった。しかし、本来は地方ごとにしっかりとした手順に沿って行われる重要な年間行事だった。お盆が近づくと、先ず盆路(「ぼんろ」とか「ぼんじ」ではなく、「ぼんみち」と読む)を整える。これは先祖の霊が山や西方から下りてきて、それぞれの家にちゃんと帰り着けるようにするためで、要所々に灯(盆燈篭)を用意したりする。盆路は精霊路とも呼ばれる。次に、盆花を用意する。盆花も地方によって変化があるが、上に掲げたように鬼灯、溝萩、桔梗、女郎花(おみなえし)、槙(まき)などである。その他に、野菜、果物、精霊棚の供え物、真菰筵(まこもむしろ)、ハスの葉(前者とともにお供え物を載せる)、茄子や胡瓜に割り箸などを突き刺して作った牛馬、灯籠、団扇、提灯などなど、所に応じて実に多彩なものを整える。こういうものを商うのが草市だった。つまり、こういうお盆の花や草を商うから草市だ。なるほど・・・と納得しかかったら、どっこい、そうではないようだ。草市という名称は、元々は中国で墟市(きょし)とか草市(そうし)と呼ばれた定期市に由来するのだそうだ。昔の世の中では、商いの行為は時の政府の厳しく管理・統制するところのものであった。これは日本でもそうだった。しかし、それだけでは人々の需要を満足する事はできなかったので、特に免じて一定の日に特定の場所で、官の関与しない民草同士の商いを許していた。これが墟市であり、草市である。許されて市の立つのは集落の辻や交通の要所で、決まった日の市が終わって人混みが去ると、まるで廃墟のようになってしまったから墟市。「墟」というのは「空しい土地」とか「都の跡」という意味の字である。昔の町や集落は、勿論道路は舗装されていない、土の道だ。人混みが絶えれば土埃だけが風に舞う寂しい光景だったろう。「墟」という字はそういう雰囲気を持っている。又、上に述べたようにこの市は官ではなく、民草による、つまりは草莽の民による市場だったから草市なのだ。かくのごとく、草市は本来民間の定期市一般の事を云っていたのだ。しかしやがて、年末の「歳の市」に対して、「お盆の準備のための市」という意味に限られるようになっていった。それに連れて草市の他に、盆市、盆草市、草の市、盆の市、手向けの市、花市などと、呼び名も多様になっていった。今では草市の名前では、僕が調べた限りでは、東京の月島と秋田市馬口労(ばくろう)町の草市くらいしか残っていない。秋田市はお盆も関西地方と同じように「月遅れ」で行われるから、草市も8月に行われる。しかし幕末から明治くらいまでは、東京でも下町だけでなく山の手など方々で草市は立っていたようだ。泉鏡花や岡本綺堂の作品などには時々これが出てくる。岡本綺堂の「海亀」には、明治三十何年かの話として、「言うまでもなく、その日は盆の十二日だから草市の晩だ。銀座通りの西側にも草市の店がならんでいた。」とあるから、繁華で洒落た銀座通りにも当時は草市が立っていたのだ。月島は1892年(明治25年)に埋め立てて出来た人工島だ。しかも当時の富国強兵策に沿って鉄工業用の工場地域として作られた土地だから、そんな土地にどうして草市が根付いたのかは不思議だ。思えばしかし、もう120年近くも前の事だ。明治というから、それほどでもないだろうという感覚ではいても、百年以上といえば、鉄工場地帯に人々が根付き、その人達相手に商う町が出来、やがて下町が形成され、其処に新しい習慣が持ち込まれて改めて伝統になるには、充分な時間なのかもしれない。現にご当地のもんじゃ焼きも「下町の伝統料理」などと呼ばれて、名物になっている。そんな事を知った上で、月島の草市に出かけてみるのも良いかもしれない。ウェブで見た様子だと、露店が百数十も出て、お盆用品だけでなく各地の物産なども並べられ、大層な賑わいとなるのだそうだ。草市の中心は西仲通りといって、いわずと知れた「月島もんじゃ焼き」のメッカだ。今では東京メトロの有楽町線、都営大江戸線の両線共に月島駅があるから、都心からのアクセスも格段に良くなっている。13日には、西仲通り商店街の其処此処に、焙烙の上で麻幹を焼く「迎え火」が見られるかもしれないそうだ。【付け足し】麻幹(おがら)とか焙烙(ほうろく)とか真菰筵(まこもむしろ)とか、今では余り耳馴染みの無いお盆用品のイメージを探していたら、ネット通販でちゃんと販売されているのを見つけた。麻幹で拵えた牛馬の人形まで付いている。「なるほど便利になったんだなぁ!」と感心したが、その商品名が凄い。「心待ちセット」だと!お盆には祖先の霊が帰ってくるからと、「心待ちセット」なんだろう。しかしこれでは名前を付けた人間がお盆の上っ面だけしか知らないのがバレバレだ。昔の人からすると、お盆で帰ってくる祖先の霊は、諸手を挙げて歓迎するものではなかった。ご先祖様は粗略には出来ないから、色々準備をして失礼の無いようにおもてなしをする。迎え火を焚いて道を間違えないようにし、茄子で牛を整えてゆったりと揺られて帰ってこられるようにする。しかし、本心は死んだ人の霊が怖くて仕方がなかったのだ。この場合の「こわい」というのは単純に「恐ろしい」と云うのとは違う。「畏怖」とか「畏敬」といった、敬う気持ちを伴った怖さなのだ。冥土なんて無論誰も未だ行った事はないし、其処から戻ってこられるご先祖も、決して生きて親しくしていた頃の、自分たちと同じ生身の人間ではない。迎える側の気持ちとしては懐かしさ半分怖さ半分である。お盆の間中、生きて接待をしている側は相当緊張をしていたはずだ。特に一年以内に亡くなった、従って未だこの世との境を迷っている霊に対しては、更に不気味に思う気持ちが強く、盆棚も他の霊とは別に誂えて特別扱いをしたのだ。そしてお盆が滞りなく、祖霊に失礼や粗相がなく終わってほっとした後は、今度は怖さが嵩じて、皆様にはとっととアチラにお帰りになって欲しい。帰りの乗り物は、だからゆったり歩く牛ではなく、疾駆する馬だったのだ。盛大な送り火も、精霊流しも、「お疲れさん!さっさとアチラに戻って、もう来年までは絶対に帰ってこないでね!」という気持ちも込められていた。決して「心待ち」にするような、ほのぼのした身内の再会気分などでは無かったのだ。この辺が忘れ去られてしまったら、日本人にとってのお盆の本当の意味も、日本人の当時の死生観も、共に忘れ去られる事になるのだ。
2009.07.12
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◇ 7月11日(土曜日) 旧五月十九日 丁巳(ひのと み) 大安昨日は四万六千日で観音様のほおずき市の日だったが、もう一つ鴎外忌でもあった。鴎外忌は彼の墓のある三鷹の禅林寺で毎年営まれているが、僕自身はまだ行ったことはない。彼の墓は元々向島の弘福寺にあったのが、禅林寺と生地である津和野の永明寺の二寺に、関東大震災の後で改葬されたのだそうだ。森鴎外(本名林太郎)といえば、わが敬愛する漱石先生(本名金之助)とほぼ同時代の人であり、今はやりのヤネセン(谷中、根津、千駄木)辺りに居を構えていらした事もある。鴎外が長く住んだ家である「観潮楼」は、今は根津の団子坂上に鴎外記念室としてあるが、団子坂といえば漱石の「三四郎」などにも出てくる。坂を下れば不忍通りで、昔は菊人形が有名だった。それに因む菊見煎餅の店は今でもちゃんとある。団子坂の南側、根津神社の近くには、「千朶山房」つまり漱石の旧居跡もある。この界隈はご両所の作品にも登場するし、ご両所ご自身達も折々に散歩されるところであった。ご両所がたまたま出会うことがあったかどうかは分からない。鴎外も漱石も、どちらも近代日本文学の巨人で文豪である。そこでこのお二人を相互に適当に引き合いに出しながら鴎外忌に因んだ話を書いてみる。森鴎外は島根県の津和野で藩の御典医の家に生まれた。誕生日は文久二年(1862年)1月19日。漱石は慶應三年(1867年)1月5日に江戸の早稲田付近の名主の家に生まれたから、鴎外の方が6歳お兄さんと云うことになる。鴎外が亡くなったのは大正十一年(1922年)の7月9日で、61年の生涯だった。漱石は大正五年(1916年)12月9日が命日だから、享年49歳。鴎外の方が13歳長生きした事になる。森鴎外の干支は戌、漱石は卯だ。つまり鴎外はイヌ年で漱石はウサギ年。どちらもどうもイメージには合わない。森鴎外が犬で、夏目漱石がウサギなんて・・・ 血液型はご両所のどちらについても知らない。漱石は大学予備門(今の大学の教養課程に当たる)時代に落第を経験している。東大卒業後は地方の教師から国費で英国留学し、発狂の噂で帰国させられて以来、無冠の反官市井の文学者としての人生を生きた。東大教授の職を固辞し、文学博士号の授与も断り、首相西園寺公望のパーティ(有名文人との懇親会)への招待に対しても、「時鳥 厠半ばで出かねたり」と、時の権力者に対して如何にもふざけた句を返して断った。ところが硬骨漢としての反権力かといえば、どうもそうではないようだ。兵役に行くのがイヤで、北海道に戸籍を移して兵隊検査に甲種合格するのを避けるという、まぁ今で言えば「良心的兵役拒否者」という面もあった。まぁ弱虫のウサギさんかな?それに対して、鴎外は年齢のサバを詠んで(つまりは今の飛び級で)制限年齢以下で大学に入学し、最年少で本科を卒業した。官僚としても軍医総監まで登りつめ、軍人としての誇りは随分強いものがあったらしい。娘の森茉莉と散歩する時もわざわざ軍服に着替えて出かけ、近所の悪ガキたちが、「やぁ中将だ!凄いすごい!」(軍医総監は中将並み地位であり、当時高級軍人は市民の、特に少年たちの憧れの的だった)と囃すのに御満悦だったそうだ。尤も悪ガキ達が鴎外の襟章が軍医の深緑であるのを見取って、「何だ軍医じゃないか!軍医だ軍医だ。」と言い捨てて走り去ると非常に落込んでしまい、その日一日は口も利かなかったとも云う。その他の官職も、帝室博物館総長や帝国美術院院長などを歴任した。爵位は無いが、正四位、勲二等、功三級、医学博士、文学博士と勲章や称号は凄い。権力の走狗とは彼にとって酷だが、やはり「イヌ年」の所為かも知れないな。漱石という号は友人の正岡子規から譲り受けたもので、晋書-孫楚伝の「漱石枕流=石に口を漱ぎ、流れを枕とする」から来ており、要するに負け惜しみの強い変人という意味であるのは有名だ。対するに鴎外の号は、唐詩選に由来するとか斉藤某にもらったとか判然とはしないが、いずれにしろ「♪カモメが飛んだぁ~♪」程度の軽い意味しかないようである。漱石は俳号を愚陀仏と称し正岡子規仕込の俳句を生涯多く詠んだが、鴎外は「その後俳句を少しして見たが、かう云ふ向きの句は一つも出来たことがない。何事によらず、自分の出来ない方角のものに感服してゐて、それが出来ずじまひになるのが、性分であるらしい。」と随筆(鴎外全集 第二六巻「俳句と云ふもの」)に書いているから、ご本人は熱心ではなかった様だ。しかし、鴎外忌では句会も催されるという。明治の知識人として、鴎外も漱石も外国語力は大いに優秀で(尤も当時は、高等教育は全て外国語でないと受けられなかった)、漱石の英語に対して鴎外はフランス語、ドイツ語、オランダ語に通じていた。特に鴎外のドイツ語は、ドイツ人学者と激論に及んで相手を論破するほどだったというから凄まじい。軍医時代の国際会議でもドイツ語で講演して聴講者から喝采を浴びるほどであった。つまり普通日本人が得意な読み書きだけではなく、人前で話す事においても非常に優秀だったことになる。尚鴎外と漱石のどちらも漢籍に対しても深い素養があったという。漱石の漢詩に至っては中国人が声に出して読んでも音韻がしっかりしており感動するほどだそうだ。こういう事を知ると、今の日本の高等教育における外国語のレベルは極めて貧困だ。せいぜい売春婦か物乞い程度の外国語を身に付けさせるのがやっとと云うのでは、高等教育としては非常にお寒いんじゃないかと思う。鴎外は甘いものが大好きで、特に饅頭のお茶漬け(!)が好物だったそうだ。漱石も甘い物好きで、胃弱の癖にジャムをやたらと舐めたそうだし、修善寺で大病を患った時にも、やたらとアイスクリームを欲しがったそうだ。・・・それにしても饅頭のお茶漬けとは!・・・ちょっと勘弁願いたいものだ。鴎外は軍医として様々な病に接する事が多かった所為か、非常な潔癖症で、生ものは食べなかったそうだ。その癖風呂嫌いは有名で、本当に潔癖症だかなんだか分からない。鴎外は文学上では理想や理念を描くべきとして理想主義を掲げ、坪内逍遥などの記実主義と対立した。漱石の文学は島崎藤村や田山花袋の自然主義文学に対して「余裕派」と呼ばれる。漱石自らは「低徊趣味」などと称して、人生をゆったりと写生する事を旨とした。余裕派には高浜虚子、寺田寅彦、鈴木三重吉なども分類される。鴎外は「交響楽」、「交響曲」などの新語を作った。漱石は、数多くの当て字の発明家として有名だし、新陳代謝、反射、無意識、価値、電力、肩凝りなどの語は漱石の造語だといわれているが、実は余り確かではないらしい。但し、日本人固有の症状であるとされる「肩凝り」はどうも漱石の新造語らしい。この言葉が広がった所為で、日本人に肩凝りが増えたのだとも言う。何より、漱石はお札になってしまった。昭和59年(1984年)から平成16年(2004年)までの20年間、千円札には漱石先生の肖像画が印刷されていた。2004年に福沢諭吉にその地位を譲ったのは、慶應大学出身の小泉首相(当時)の、母校を贔屓にしての判断だ。(と思っているけれど・・・)因みに漱石が千円札になった当時は中曽根首相で、中曽根康弘さんは東大の出身である。鴎外はお札になっていないし、今後もなることはないだろうと思う。そうなると・・・僕としてはやはり漱石先生の方が好きだなぁ。鴎外の死に臨んでの最後の言葉は、一言「ばかばかしい」だったそうだ。漱石のそれは、「ここに水をかけてくれ。死ぬと困るから!」だったという。鴎外は「余ハ石見人森林太郎トシテ死セント欲ス」と遺言し、禅林寺の彼の墓標にも唯「森林太郎」とのみ刻んであるそうだ。勲章も肩書きもあの世にまでは持って行けない。「この世の事は夢の又夢」、と云う事なんだろうか。合掌。
2009.07.11
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◇ 7月10日(金曜日) 旧五月十八日 丙辰(ひのえ たつ) 仏滅、東京浅草観音四万六千日だから云わんこっちゃないじゃないか!麻生さんがイタリアに行って日本を留守にしている間に、予想通りの麻生下ろしの動きだ。特に自民党は喧しい。曰く、こういう時こそ重要法案の成立に粛々と努めるべし。曰く、静岡知事選で明らかなように、麻生では衆議院選挙は戦えない。曰く、総裁選を前倒しして実施すべきだ。曰く、都議選で負けたら早期解散すべきでない。あれ?何か不祥事があると会社でも他の組織でも、トップは責任をとって辞めて、ガラガラポンと色々作り直すんじゃないの?それが国会の場合だと解散じゃなかったの?一方の民主党を始めとする野党は相変わらず解散カイサンの連呼だ。これって壊れたテープレコーダーみたいで如何にも能がないのでは?「都議選の結果では内閣不信任案を」だって?麻生さんは出張先のイタリアから飛行機に乗る時、相変わらず「解散は然るべきときにワタシが決めます」だったけれど、妙に明るい表情だったなぁ・・・今の状態、「政治や選挙のプロ」ではない民草から見ると、何だかよく分からない。そこで、お得意の偏光メガネを覗いてみたら・・・要するに自民党内は、麻生さんを大将にしたままで暫く行こうとするグループと、大将の首を挿げ替えないとダメだというグループの鬩ぎ合いのように見受ける。しかし、どちらにも共通しているのは、自らの党の人気が下降している事への危機感だ。つまり、「このままだと自分の所属する会社は潰れてしまう!」、「そうなると自分は失業してしまい、路頭に迷う事になるんじゃないか?」という、既に民間では当たり前の「失業への不安」が自民党の議員にも蔓延しているのだ。「都議選で与党が過半数割れしたら、解散を先延ばしにすべきだ」という話は一見不思議に思える。敗軍の将を戴いたままで暫く行くぞという事だからだ。しかし、これは麻生降ろしの作戦だ。衆議院を解散する事は時の首相一人に付与された、大変に大きな権限だ。だから麻生さんが早々に衆議院を解散してしまうと、結局は麻生さんを大将にしたままで次の衆議院選挙を戦う羽目になる。それでは「失業」してしまう不安が強いから、そうさせないで自民党の総裁選挙を前倒しする。そうして、新しい「自民党の顔」を押し立てて選挙を戦えば、失業の不安も少しは減るというものだ。この場合「新しい顔」であればいい。「頭」でも「腕」でもある必要はない。何しろ選挙用なのだから。老獪な自民党の古狸たちは、軽々にこんな「つなぎ」の話には乗らないだろう。じゃぁ、そんなものになりたがる候補は居るのか?これがどうも居るようだ。そのまんま東氏もその候補の一人だったかもしれないが、このところのすったもんだと、何よりだらだらした時間の流れの中で、彼の「顔」の価値は半減した。もう民草は彼に飽き始め、彼の真意も疑わしいと思っているからこれはナシ。後は舛添要一厚労相が取り沙汰され、本人もまんざらではないようだ。本人もまんざらでないといえば小池百合子氏もそうらしい。野田聖子氏なんかはどうなんだろう?若し、小泉チルドレンの片山さつき氏なんかが候補に上がって舛添さんと総裁選で戦ったら、ビミョーだろうな。しかし、話題性は大いにあるな。(お二人は一時夫婦であった。)後は、中曽根弘文外相か?ちょっと前だったら山東昭子氏や扇千景氏も食指を動かした(或いは立候補を勧誘された)かもしれない。だが山東氏ではちょっともう「集客」は難しいし、扇氏は既に引退なさった。自民党の総裁は今のところ日本の首相の最右翼候補になるわけだが、首相になれるのは、参議院であれ衆議院であれ国会議員であることが必要なのだ。日本の法律ではそうなっている。要するに、麻生首相による早期解散を牽制する動きとは、そういう意味があるのだ。「人気者を押し立てて選挙を有利に運ぼう」という魂胆は、政治家による伝統的大衆蔑視の姿勢が見えて不愉快だが、これはしかし常套手段として用いられる。対するに民主党は来週辺り内閣不信任案を提出するだろう。これは麻生さん相手だと選挙で戦い易いからだ。衆議院では与党が議席数の三分の二を占めているから、不信任案は否決されてしまうことは既に分かっている。しかし、その際自民党の議員は不信任案に反対の票を投じざるを得ないのは当たり前だ。まさか、自民党の国会議員として民主党の不信任案に賛成する事なんかできない。すると不信任案を否決する事によって今の内閣を、つまりは麻生さんを信任することになってしまうのだ。そうなると麻生降ろしをするのは自己矛盾になる。つまりは来るべき衆議院選挙は麻生さんを自民党の大将として戦う事を余儀なくされる。そうすれば民主党としては勝つチャンスが大きくなる。まるで「風が吹けば桶屋が儲かる」式の話だが、民主党(と他の野党)は本気でそう考えているのだ。果たしてそう上手く思惑通りに行くのだろうか?しかし上に書いたような、余りといえばあまりに姑息な自民党のやり方で、民草は易々と騙されるのだろうか?それで、自民党(と公明党の与党)は勝算ありとして良いのだろうか?実は、我が偏光メガネを通してみるとまだまだ見えてくる。これを一言でいうと「投票率を下げる陰謀」である。今与党が全力を挙げて追及している鳩山由紀夫氏の「死人の献金問題」は端的で分かり易い。小沢さんも西松建設問題でガンガンやられたが、かれは民主党代表をさっさとお辞めになってしまった。これは与党としては拍子抜けした事だろう。それに自らのお膝元にも西松建設疑惑に巻き込まれそうな連中は何人もいる。余り追及するとやぶ蛇だ。そこに鳩山代表の疑惑だ。これは歴とした企業ではなく個人、つまり「死んだ人」や「覚えの無い人」が献金したという話だから、民草には分かり易い。だから自分に火の粉がかかる心配無しにどんどん責められる。こうやって敵の大将を潰せば、よしんば潰せなくても民草の心根に疑惑を印象付けられれば、民草は麻生政権や自民党に失望していても、代替としての選択肢を失うことになる。そうなれば選挙への関心は低くなり、投票率は下がり、自民党の「負けるチャンス」は少なくなる。そういう訳だ。だから、今後この問題はまだまだしつこく追及されることになるだろう。真実がどうかと云うことよりも、疑惑を掻き立てておけばいいのだから。自民党と公明党の与党2党が組織票に強いことは良く知られている。保守は組織票、リベラルは浮動票と云うのは日本だけでなく世界で共通の現象だ。浮動票というのは言い換えれば無党派層の票だ。この無党派層は気分で投票に行ったり行かなかったりする。一般に政治の世界に余り関心を持たない、徒党を組んだり党に組したりする事が嫌いな、どちらかといえば個人主義的な、もっと云えばインテリが多い。組織票は基本的には動員されて集まる票だから、投票率が下がれば相対的に無党派層の票が減るということになる。選挙は対抗候補より一票でも多く獲得すれば勝ちだ。選挙民の何パーセント以上得票しないと、票数で勝っても当選とは認めない。そういう「足切り」のシステムはない。法定得票数の制限は泡沫候補の出馬を妨げるという、全く別の理由からの制度である。だから幾ら投票率が低くても、相手より票数が多ければ良い。つまりは組織票に大きく依存する与党からすれば、投票率が下がれば下がるほど自らに有利に働く。自民党が上に述べたような、素人目にも分かるみっともないドタバタ劇をやっているのは、実は素人(つまり無党派層の人々)に厭選挙気分を蔓延させて投票率を下げようとする高等戦術かもしれない。次に投票日を行楽盛んな頃か、皆が忙しい頃に持っていけば投票率は下がる。或いは大雨が降っても良い。しかし、如何に政治家といえどもお天気までは未だ左右できない。具体的には、8月の旧盆から月末の頃だ。日本には未だまだ旧暦でお盆をやるところが多い。何よりこの頃会社勤めのサラリーマンもお盆休暇を取り、家族で郷里に帰ったり、海外や温泉旅行に出かけたりする。夏休みも後半で、子供にせがまれれば否やは云えない。つまりは投票に行けない。先日、お盆の前後の平日でも高速道路料金を最大千円にする事が決まったが、これもこの時期に有権者を投票所から遠ざけようとする深慮陰謀かもしれないぞ。そして押し詰まって月末近くなれば、今度は夏休みの宿題のお手伝いに有権者は忙殺される事になるであろう。こうなると猜疑心はどんどん膨れ上がる。しかしつい二三日前、自民党の誰かが、「解散は7月下旬頃。その後はいつでもあり得る。」と実際に言っていた。日本の憲法では衆議院解散の日より40日以内に解散総選挙を行わなければならないと決まっている。そうなると7月下旬の解散では、8月下旬から末までの間に投票日が来ることになるじゃないか。・・・やっぱり!少なくとも僕が偏光メガネで覗いた世界はそんな風に見える。それにしても、おーヤダヤダ!素直で爽やかな風が吹く世界とは対極の、醜くもおどろおどろしいものである事夥しい。我々民草はどうすればいいのだろう?今のところ「とにかく投票に行こう!」位しか思いつけないのが苛立たしいのだけれど。麻生さんは今日帰国の予定だ。どう転んでも彼が今後も長く日本の首班である事は難しそうだから、いっそ本来の「アキバで人気の漫画好きのアソーちゃん」に戻って、何か爽やかでスカッとするような事をおやりになってくれはしないだろうか?おりしも浅草の観音様ではほおずき市が開かれている(今日までだ)。この日は四万六千日といって、仏様にお詣りすると四万六千日分お詣りしたと同じご利益があるという。つまりは仏様の「エコの日」だ。浅草寺のほおずき市はこの四万六千日に引っ掛けて行われる。浅草寺のは今日までだが、東京では他にもほおずき市が開かれるところは多い。八王子の信松院のほおずき市(7月9日~10日)駒込大観音のほおずき市(7月9日~10日)六本木朝日神社のほおずき市(7月9日~11日)小石川源覚寺(蒟蒻閻魔様)の「文京ほおずき市」(7月18日~19日)神楽坂毘沙門天のほおずき市(7月22日~23日)などだ。ほうずきは別名「酸漿」と云いやはり本来は薬草であった。平安時代から鎮痛剤として用いられ、江戸時代には堕胎剤(!)としても使われたそうだ。中国ではこれを「鬼灯」とも呼ぶ。日本ではお盆の頃死者の霊を導く提灯に見立てて、棚(盆棚)に飾った。政治の世界の美しからざるお話を長々と書いてしまい、いささか気鬱症のきらいもある。ここはほおずきの鮮やかな朱色を、せめて一服の清涼剤として挿入し、今を蠢く生き亡者の魂を導くよすがともしたい。(無理だな)引導の鬼灯は、英語ではChinese Lantern Plantという。最近は食用のほおずきもあって僕も何度か食べた事がある。冷やして食べると酸味が有って中々美味しいが、余り食べると流産する恐れがある・・・かも?
2009.07.10
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◇ 7月6日(月曜日) その2: 東京入谷朝顔市選挙とか政治の話ばかりを書いていると、何となく身が穢れてくるようで気持が悪い。今日は入谷の朝顔市の初日だ。しかし、折柄の雨模様で空は剣呑な様子なので残念だが、それでも朝から賑わっているらしい。そのアサガオの話を書いてみる。アサガオは子供の頃毎年育てていた。春になると種を貰ったり、買ってきたりして庭先の土をほじくり返し、板塀の表側に沿って播いた。播くのは必ず塀の表側。つまりアサガオは家内ではなく、通りすがりの人に観てもらう花だったのだ。前の年に集めて取っておいた自家の種を播く事もあった。アサガオの花は牽牛花、その種は牽牛子(「けんごし」と読む)といって薬として用いられた。アサガオは日本の原産ではなく、遣唐使が持ち帰ったといわれる中国産の薬用植物だったのだ。種を乾燥させたり、炒ったり焼いたりして粉末にして、下剤や利尿剤として用いられる。中々薬効に優れ、従って人気のある生薬だったそうだ。夏になると塀沿いに張った紐につるを絡ませたアサガオは葉を茂らせ、毎朝沢山の花を咲かせた。朝ラジオ体操に行く頃元気に咲き競っていた花は、昼過ぎにはもう萎れ、やがておちょぼ口のようにすぼまってしまう。アサガオの花は赤、白、青、紺、斑入りなど色々なものがあるが、これは品種改良の結果作られたもので、原種は青色の花のみであったそうだ。昔の陶製小便器は、その形からアサガオとも呼ばれていたが、東京のさるすき焼き屋のトイレにも「急ぐとも心静かに手を添えて、外に漏らすな朝顔の露」などと貼り紙がしてあった。虫に噛まれたり刺されたりした時には、アサガオの葉っぱをむしって揉み潰したのを摺り込むと痒みや腫れもとれるのは祖母に教わった知恵だ。そのアサガオを商うのが朝顔市だ。朝顔市は全国で開かれているが、入谷のそれは特に有名だ。これは明治の中頃まで遡る事が出来るそうだ。当時の入谷は東京の北の郊外で都心からのアクセスが良かったのと、すぐ近くの上野のお山で出来る腐葉土がアサガオの栽培に良かったというのがあるらしい。色々変わった形や色の変種アサガオが話題を集めたようだが、その後廃れてしまった。戦後、荒廃した人の心を癒すためにと復活され、現在の朝顔市になった。昭和23年の事だそうだ。アサガオを牽牛花というのに因んで、七夕を挟んだ三日間開催される。東京では色々な行事は律儀にも新暦で行われるが、七夕も同様だ。従って未だこの頃は露地のアサガオは花を付ける時期ではないので、朝顔市に花を出す人達はハウス栽培するなど、苦労をなさっているそうだ。やはり、自然に因む行事は旧暦で行うべきで、旧暦の七夕(今年は8月26日)はアサガオの花繚乱の頃だ。俳句では朝顔はやはり秋の季語である。漱石も朝顔の句を12首読んでいる。彼は「朝貌」と例によって彼の発明になる(と思う)当て字を使っている。その中から僕が勝手に気に入ったものを、年代順に適当に選んで掲げておく。句を詠んだ時の漱石の満年齢も掲げておく。朝貌に好かれそうなる竹垣根 (24歳)手をやらぬ朝貌のびて哀なり (29歳)朝貌の葉影に猫の目玉かな (38歳)朝貌や惚れた女も二三日 (40歳)朝貌や鳴海絞を朝のうち (44歳)朝貌にまつはられてや芒の穂 (49歳=最晩年)尚、漱石29歳の句に、「朝貌の黄なるが咲くと申し来ぬ」というのがある。アサガオの花の色で極めて珍しいのは黄色と黒色で、江戸時代文政期でこれが作られたという記録があるそうだが、その後は「幻の朝顔」と呼ばれて、未だに園芸家の夢とされているらしい。漱石の時代に黄色のアサガオが再現されたという記録は無いようだから、誰かが「黄色っぽいアサガオ」の話を聞き込んで、新し物好きの漱石先生にご注進に及んだのだろう。29歳の漱石は熊本第五高等学校の教師をしていたから、東京ではなく熊本での話だろうと思う。
2009.07.06
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◇ 7月6日(月曜日); 旧閏五月十四日 壬子(みずのえ ね): 赤口、東京入谷朝顔市静岡県知事選は1万5千票余りの僅差で、民主党始め社民、国民新党など野党側の推薦する川勝さんが当選した。自民党側では、ショックを隠せないながらも、「ホンの僅差で残念な事だ」とか、「まぁ地方選挙の一つだから」とか、更には「負けたことは負けたが、僅差であったことにはちょっとホッとした」という発言が相次いでいる。いやはや政治家たるもの、事実や数字を良いように解釈して弥縫すること、かくの如しだ。静岡新聞によれば、当選した川勝さんの得票数は728,706票、次点の坂本さんは713,654票で、その差はわずかに1万5千票である。これは確かに有効票総数184万981票のわずか0.8%でしかない。しかし、それでいいのかい?民主党元参議院議員の海野さんと云う候補の得票数は332,952票で、最下位の平野さんの65,669票に大差をつけて堂々の第三位だ。海野さんと川勝さんとは民主党の推薦を巡って揉めた経緯があったそうだが、何れにしろ平野さんの33万票余りは、自民党の坂本さんには行かなかったはずのものだろう。つまりは、何であれ「自民党(と公明党)の推す候補に入れない。民主党の方が良い。」と判断して投票した人は、百万人を超えるのだ。これでは「僅差」どころではないなぁ。当選者と次点者のみを取り上げて、「大した差ではなかった」と言い繕うのは姑息である。逆に言えば自民の推した坂本さんは、「全野党」を相手に回して、38.8%の支持率だったのだ。これに対して「潜在的」民主党支持率は最大で57.7%だったとも解釈できる。個々や一人ひとりを捨象して出来上がる数字の見方なんてそんなものである。こんな事はわざわざ僕が指摘せずとも政治家のセンセイたちは内心重々お分かりの事だろう。川勝さんは早々に、「これで全てノーサイドだ。これからは皆で協力して県民の為を最優先に考え、行動して行かなければならない。」とおっしゃったそうだ。その通り、ぜひ静岡国のために奮闘をお祈りしたい。麻生さんは今日の夕方に、G8サミット出席のためイタリアに出発される。こういう時期に5日間も本丸を空けてしまう城主の不安は、如何ばかりかのものかとお察し申し上げる。何しろ城代家老や大老、年寄、若年寄などが、留守中何をするやら分からない。そうはいっても、普通のサラリーマンのように、「ちょっと具合が悪いから欠席させてください」とも言えないだろう。麻生さんには、ひとつ大いにお気張りになって、メドヴェージェフロシア大統領には、北方四島が日本の領土だと認めさせてしまっていただきたい。何しろ、つい先日わが国の最高議決機関である国会では、「北方領土はわが国固有の領土である」と高々と謳いあげた法律が成立したのだ。わが国の国会の威信と云うものがあるだろう。それから、ローマ法王にお願いして、名誉枢機卿あたりにしてもらってはどうだろう(麻生さんはキリスト教徒だ)。・・・でもそうなると公明党と連立は難しくなってしまうか。なにしろ、「外交の麻生」としては何らかの大ヒットを飛ばしたいこと必死であろうと拝察する。先ずは今週土曜日、都議選の投開票日直前の無事のご帰国をお祈り申し上げたい。
2009.07.06
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◇ 7月5日(日曜日); 旧閏五月十三日 辛亥(かのと い): 大安昨日の夕方東の方角に月を見た。このところ梅雨空が続いて星も月も見えなかったので、久しぶりに見るやや太目の月は懐かしかった。二日後の七夕の日は満月だ。気象庁は今日奄美地方の梅雨明けを発表したが、此方のほうの梅雨明けはまだまだ先のことだろう。新暦の七夕では大抵のところが梅雨の最中だから、中々星祭という雰囲気は出てこない。恐らく今年も天空の恋人二人は泣きの泪雨となってしまうだろう。よしんば運よく晴れたとしても、満月の明るい空では中々満天に星の輝く星祭とは行かないかもしれない。さて、今日は静岡県知事選の投開票日だ。12日の東京都議選と共に、来るべき衆議院選挙の行方を占う前哨戦として、与野党の連中は今日の結果にピリピリしているはずだ。しかし、他国者の僕としては誰が立候補して、誰が当選しそうで、誰が当選したらどの党が喜ぶのかさっぱり分からない。そこで地元のニュースなどを渉猟して少し調べてみた。静岡県知事選には4名が立候補している。前知事の辞職による選挙なので全員が「新人」ということになる。然し、新人ではあっても全員還暦年齢の団塊の世代だ。4人のうち共産党候補を除く3人は全員無所属だが、こういう選挙での「無所属」がどういうものかは誰もが知っている。色々チェックしてみると民主党と社民党、国民新党が推薦する川勝平太さんと、自民党と公明党の推薦する坂本由紀子さんのどちらが当選するかというのが焦点らしい。つまり川勝さんが当選すると由紀夫君は喜ぶ事になり、名前は似ているが由紀子さんならば太郎ちゃんがちょっとホッとするという事だ。もう一人海野さんという候補者も民主党の元参議院議員だそうだけど、この人は民主党の推薦は受けておらず、文字通りの無所属と云うことになる。そんな事があり得るかどうかは知らないが、川勝さんではなく海野さんが当選したら、民主党はどうするんだろうな?このお三方は共に60歳だ。共産党候補の平野さんだけが59歳だけど、まぁ4人とも歳はどっこいどっこいだ。川勝さんは、京都出身で軽井沢に住んでいらっしゃるそうだが、静岡文化芸術大学という学校の前学長だったという点で静岡県には縁がお有りになるようだ。専門は歴史と経済でオックスフォード大学のPh.D.をお持ちだそうで、国際感覚は優れていらっしゃるのだろう。学長時代には静岡県のスローガンとして「富国有徳」を唱えられたそうだ。県民には知名度が高く、学校の先生だった事から人気もあるようだ。但し政治の世界での経験は全くお持ちでない。坂本さんは、川勝さんと違って静岡の三島出身。れっきとした静岡国民だ。沼津高校から東大に行き労働省の役人になったというから、まぁ地元のエリートと云うところだろう。2004年の参議院選挙では民主党の候補に圧勝なさり、対民主党戦には勝利の実績をお持ちだ。しかし、2007年の阿部内閣当時外務政務官だった彼女は、関係する団体の会議費二重請求事件によって辞職。政治家としてのスキャンダルも経験なさっている。ウェブの写真を拝見すると川勝さんは如何にも学者然とした風貌であり、坂本さんは中々の美形であるようにお見受けする。しかし、写真などは幾らでもツクれるし、アテにはならない。アカデミックで(従って清廉だと、大抵の人はそう思う)インテリの川勝さんか、美人(美しい女性でキャリアというのはやはり人気があるだろう)で地元のエリートの坂本さんか、この県の308万5千人の有権者はどちらをお選びになるのだろうか。静岡県は財政力指数0.73で赤字ではあるが、全国順位7位というのは中々優秀だ。土地は豊か、気候も穏やかで、三つの海域を領海として押さえ込んでいるから、その気になれば独立国になることも出来るだろう。何となく面白い結果を期待したいものだ。投票は今日の午後8時で締め切り、即日開票。大勢が明らかになるのは午後11時半頃だと予想されている。
2009.07.05
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◇ 7月4日(土曜日); 旧閏五月十二日 己酉(かのえ いぬ): 赤口、米国独立記念日今日7月4日アメリカ合衆国の独立記念日だ。1776年、つまり今から233年前にかの国はグレートブリテン王国からの独立を果たし、この日に独立宣言書として公布した。ある所が独立国になるためには一般的に以下の3つの条件を満たしている必要がある。先ず(1)区画された一定に定まった領土を持っている。(2)その区画内に恒久的な住民がいる。恒久的というと大げさだが、要するに気ままに区画を出入りしないで、ちゃんと其処に住んでいる住民がいるということだ。別に人数は決まっていない。まぁ最低でも二人以上と云うことだろう。そして(3)主権という権威・権力が存在する事。そしてこの主権は区画の内外に対して排他的に行使されていること。これを翻訳すると、要するに領土内に行き届いたルールが有れば良い。具体的には法律やお金などである。対外的には他所の国との独自のやり取りがあるということだ。排他的というのはつまり、色々言ったりやったりする事や人が、バラバラでいい加減ではなく、しっかり一貫しているという事だ。(そうするとこの点今の日本は不安だ。)しかしこれを見ると独立国なんて簡単に作れる。要するにちゃんとした場所に住み着いている人が何人か居て、其処が一定のルールに従って独自に運営されていればいい。そしてそれが幾つかの外国によって「国」として認められ、外交関係が出来上がれば、それは独立国としての資格があるという事になるのだ。これは国際法でもそうなっている。だからわが国の47ヶ国の内の我と思わん「国」は、独立宣言を世界に向けて発して、諸外国と外交関係を作ってしまえば宜しい。特に愛知県なんかはどうだろう。この国は幕府時代、将軍じきじきの倹約令にもそっぽを向いた独立自尊の気風があるし、味噌カツを始め、あんかけスパゲティ、白たい焼きなど、食の面でも他国の「常識」を顧みるところがない。何より財政力指数は1.0を上回る黒字国だ。24時間不休の国際空港もあるし、世界に冠たる産業立国でもある。究極の地方分権の魁として諸国の範となられたら如何なものだろう。アメリカの独立宣言も要するにそういうことだったのだ。イギリスの植民地支配に業を煮やした植民地住民が叛乱を起こして、ある程度の目処がついたときに「もう植民地なんかじゃないぞ!立派な独立国だい!」と世間に向かって言ったと云うことなのだ。この日アメリカ国民は、朝から紅茶を飲まず、ローストビーフとフィッシュアンドチップスを絶って、独立戦争当時の祖先の苦難をしのぶことにしている・・・ンナわけはないか。アメリカでは、花火を打ち上げたりしてこの日を盛大に祝うが、今年は北朝鮮が続けざまにミサイル花火を打ち上げて、アメリカの独立記念日を祝っているようだ。民草が食うにも困っているほどお金がないのに、大枚はたいて仲の良くない国の独立記念日を花火で祝うなんて、中々の度量だ。
2009.07.04
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◇ 7月3日(金曜日); 旧閏五月十一日 己酉(つちのと とり): 先負、博多祇園山笠【日本の国々】《其の十》福岡県今日は博多の祇園山笠の初日である。このお祭りはこれから15日まで続く。それに敬意を表するわけでもないけれど日本の国々の十番目には福岡県を取り上げよう。福岡県の領土の広さは日本総面積の約1.32%で、47ヶ国中29位だ。住んでいる人は約500万人超で、さすが九州の雄。わが国総人口の約4%弱を占める。47ヶ国中では人口の多さは9位である。人口密度でも全国7位で、一人当たりの土地割り当ては約300坪弱となる。領国の財政(リッチさ)は47ヶ国中10位で、財政力指数は0.61。赤字ではあるけれど、それでも上位からは10番目だ。隣国の数は3ヶ国。県の木はツツジ。花は梅。鳥は鶯。梅に鶯とくれば、やはり菅原道真に因んでの事だろう。*偏見的印象: 福岡というと先ず明太子を思い出す。他の食べ物では筑前煮。これは「がめ煮」ともいって、それが好きで東京の九州料理屋「有薫」ではよくいただいた。それと胡麻鯖。これは生の鯖を薄い切り身にして、炒り胡麻や山葵、青海苔他の香辛料と合わせたもので、青魚好きの僕は大好きだ。しかし、鯖はあくまでも新鮮でなければならず、福岡でこの味を覚えて、帰ってから自分で作るとアタル事もあるという。それから「あぶってかも」。佐藤春夫の詩に「秋刀魚のうた」というのがある。『・・・・さんま、さんま、さんま苦いか塩(しょ)っぱいか。そが上に熱き涙をしたたらせて さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。あはれげにそは問はまほしくをかし』である。実は「あぶってかも」を詠った、これと良く似た詩が有ったのだがどうしても思い出せない。作曲家の團伊玖磨のおじいさん團琢磨(福岡出身)がこの「あぶってかも」を大好きだったという話が「パイプの煙」というエッセイに書いてあったという記憶が、佐藤春夫(和歌山県出身)の詩とだぶってしまったのかもしれない。「あぶってかも」はスズメダイの干物だ。これを男が(この男はやはり中年以上でなければならない)ひとり七輪で、炙っては噛み炙っては噛みして酒を啜っている情景を想像するのが好きだ。しかし「あぶってかも」自体は本当に美味しい。みかけは真っ黒に焦げているようで余り良くないし、何よりしっかり歯ごたえがあるから、「柔らかくて美味しいー!」としか云えない今時のガキタレ(失礼)が出てくる旅行番組などでは先ず紹介されないだろう。こうなると、僕の福岡に対する印象はどうも食べ物ばかりのようだ。《其の十一》山梨県福岡県からいきなり日本の中央部に飛んで、山梨県を取り上げる。山梨県の領土の広さは日本総面積の約1.2%で、47ヶ国中32位だ。意外と狭いなぁという気がする。住んでいる人は約87万人で、わが国総人口の約0.7%弱。47ヶ国中では人口の多さは41位である。人口密度は全国31位で、一人当たりの土地割り当ては約1,560坪となる。山なし県というけれど、実は海無し県である。ところでわが日本には海無し県が全部で8つある。皆さんは全部挙げられるだろうか?領国の財政(リッチさ)は47ヶ国中24位で、財政力指数は0.42。それでも上位からは24番目だ。隣国の数は5ヶ国。県の木はカエデ。花は冨士桜。鳥は鶯。*偏見的印象:山梨といえば武田信玄、八ヶ岳、ワイナリー、清里高原などを思い出す。富士山も半分ほどが山梨県の領地で、静岡県と分け合っているそうだが、どうしても冨士は静岡という印象の方が強い。山梨の食べ物ではほうとうと鮑の煮貝をすぐ思い出す。ほうとうは信玄の軍用糧食として用いられたのが発祥だと聞いたことがある。味付けに用いられるのは味噌だが、これも保存できる蛋白源だった。それに行く先々で徴発した野菜を入れれば、兵を養うにほぼ充分な栄養源、活力源になった訳だ。山梨には「吉田のうどん」というのも有って、これは中央高速の山梨県内のサービスエリアの食堂には必ずと云ってよいほどある。普通のうどんと較べると太く腰が強い。つまり硬い。美味しいかどうかは人によるだろうが、とにかく農水省の「郷土料理百選」には入っているそうだ。因みに、ほうとうは地元ではうどんとは看做されていないのだそうだ。今ではほうとうもうどんのように切って細長いのが普通だが、昔はすいとんのように丸めた団子状で食べるのが一般だったからうどんの仲間に入らないのだと言う。八ヶ岳の南麓には別荘地が広がり、僕の友人や先輩、恩師の何人かの別荘もそこかしこに有る。標高は千メートル前後の高原地帯だから別荘地としては好適なのだろう。軽井沢と較べると何となく「持ち主は、それほどリッチではないけれど、インテリが多い」という印象がある。これからこの辺りに別荘を持とうと考えている知人も何人かいるが、付近には虻が多いのだ。これからの季節、優雅に高原の散歩をしゃれ込もうとすると、虻の大群に襟元に飛び込まれてあたふたする事がある。《其の十二》栃木県十二番目は脈絡も無く栃木県である。栃木県の領土の広さは日本総面積の約1.7%で、47ヶ国中20位。山梨県より少し広い。住んでいる人は約200万人で、わが国総人口の約1.6%。山梨県のほぼ3倍の数の人が住み47ヶ国中では人口の多さは19位である。人口密度は全国22位で、一人当たりの土地割り当ては約970坪となる。田舎県としては970坪というのは広くない。栃木県もやはり海無し県である。領国の財政(リッチさ)は47ヶ国中9位で、財政力指数は0.63。山国としての印象しかないので、これは少し意外な気がする。隣国の数は4ヶ国。県の木は栃の木。花はヤシオツツジ。鳥はオオルリ。*偏見的印象:栃木県は県としては僕の印象は極めて薄い。「群馬県の近くだったっけ?」という程度だが、日光や中禅寺湖があるといわれると「あぁなるほど」と思う。日光の東照宮は徳川家康の霊廟であり、彼を祭神とする神社であるのは言わずもがなだ。日光東照宮は、家康が「我死して後もここで関八州を監視する」と遺言して出来たそうだから、権力者の我執というか、子孫を心もとなく思う気持ちと云うのは恐ろしいほどだ。食べ物で連想するのは「ゆば」。京都のは「湯葉」と書き、日光のそれは「湯波」と書く。ゆばは僕も好きだが、日光のお土産屋さんで売っているゆばはどうも京都のそれとは様子も味も違って、残念ながら美味しいと思ったことはない。栃木県にはもっと名物があるのだろうけれど、僕は知らない。(この項まだまだ続く)
2009.07.03
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◇ 7月2日(木曜日) -その2-;7月に入ってから【日本の国々】と題して、わが国の47ヶ国を3ヶ国ずつ取り上げては寸評を書いている。これは宮崎の知事が自民党からの出馬要請を受け取った際に交換条件として「全国知事会の意向を政党マニフェストに反映させる事」を提示したのに触発されての事だ。自分の住んでいる、或いは縁のある県を単なる地方自治体などと思うべきではない。地方自治体という言葉自体が求心点を国の首都である東京に置いたものだ。そうではなく自らの国と思うべきだ。財政も外交も福祉も教育も興産も、場合によっては防衛までも、一国を腹に据えて考えるべきだ。井上ひさしはかつて吉利吉利国を東北の一角に独立させて、日本国の中央集権主義に対抗しようとしたではないか!これは僕のかねてよりの持論である。しかし思えば僕自身、日本全国47ヶ国の内、ある程度「知っている」と云えるのはせいぜい3ヶ国くらいでしかない。自分の出身地、今住んでいる国、そして首都である東京。それ位のものだ。他の国々については漠然とした知識や理解しかなく、九州の諸国は全ての名前を滞りなく挙げることも、まして何処にどの国があるかも殆ど覚束ない。四国になると四つの内必ず一ヶ国の名前を思い出せない。自分は何と日本という国の事を知らない事か。僕はつくづくそう思うのだが、皆さんは如何であろうか。それで、47ヶ国について、その面積(領土の広さ)、人口、そして財政力を調べてエクセルの表にしてみた。その上で領土の広さが日本国土の何パーセントになるかを求めた。更に人口密度を計算した。人口密度は普通1平方キロあたり何人が住んでいるかで表されるが、それでは身近な感覚に訴えない。1平方キロがどれくらいの広さなのか、日常感覚としてピンと来る人は先ず居ないだろう。だから一人当たりどれくらいの土地が割り当てられるかを求めてみた。更にそれを坪数に換算した。僕などには「何へーべ」というより、坪数の方がピンと来る。すると、東京は一人当たり約51坪で当たり前ながら一番少なく、一番広い北海道は一人が約4,600坪も領有できることが分かった。51坪といえばちょっとした旅館の宴会場程度でしかない。それに対して北海道の人は理屈の上では東京の90倍もの「土地持ち」であることになる。意外だったのは香川県の領土が東京に次いで狭かったことだ。領土と人口とくれば、次はその国の「国力」である。これを推し量るのには「財政力指数」というのを採用した。財政力指数と書くと難しいように思えるが、大雑把に言えば支出に対する収入の比率である。つまり(収入÷支出)。この財政力指数が1.0であればその国の収支はトントンであり、1.0を上回れば黒字。逆に1.0未満だったら赤字という事になる。驚いたのは領国経済が黒字なのは47ヶ国中2ヶ国だけ。東京と愛知県である。後の45カ国は押しなべて全て赤字だ。この財政力指数が1.0未満だと国から交付金が支給される。国と違って地方自治体は起債に強い制限があるから、赤字の国は日本国(お上)からの交付金に頼らざるを得ない。財政力指数が最悪なのは島根県と高知県だ。この両国共に財政力指数は0.20でしかない。つまりは単純に言えば島根と高知は、国を運営するために必要なお金の何と80%を「お上」からの交付金に依存している事になる。こうなると、「地方自治」というのは一体何なのかと思ってしまう。金が足りない分は「お上」に頼るということでは自治などを望んでも無理だろう。都合の悪い事でもやろうものなら、お上は金を止めればいいのだ。実際にそうはしないまでも、カネを依存している分、無言の大きな圧力になる。※ ここで財政力指数に付いてちょっとコメントしておく。数値は原則平成20年度のものを採用した。自治体によっては(何故か四国や九州に多かったが)平成20年度の数値が不明のところもあった。その場合には平成19年とか18年とか、なるべく最近の数値を採った。今は47ヶ国全て自前のホームページを持っていて、その中に自らの財政力指数を発表しているところもあるが、それは採用しなかった。一般にデータが古かったし、それに自治体の「身贔屓」が有ったりするとイヤだったからだ。数字や統計は解釈や基準の違いで幾らでも誤魔化せる。言い換えれば相手をたぶらかす事ができる。世の中は数字といえば客観的なものだと思うように訓練されてしまっているので、大いに要注意だ。これはかつての科学者候補が云うのだから間違いない。それで、僕はデータの大半はWikiediaの数値を採用した。だから、「こんなデータ間違っている!わが国の財政状況はもっと良いはずだ!」とねじ込まれるかもしれない。ねじ込まれても知らない。細かい事を言えばキリはないけれど、それでも僕のエクセルの分析は「大体は合っている」筈だからだ。もう少しだけ。都道府県の財政力指数は市町村それぞれの収支を元に積み上げ計算で求められる。同じ領国内でも観光客が沢山来たり、企業誘致が上手く行って法人税が潤沢に入ってくるところでは黒字財政のところが有る一方で、峠を一つ越えた寒村では大赤字ということも普通にある。これをまとめる際に例えば加重平均を採るか、単純平均で行くかによってもこの数字は変化し得る。だから僕のブログを読んで何処かの市長さんが、「こんな数字は間違っている!我が市はこんな貧乏ではない!」とねじ込んできても知らないのだ。まぁ、僕のブログを市長さんが読んでいる事など絶対にないだろうけれど。若し読んでいたら、その市長さんご自身の事の方が心配になってしまう。但しひょっとしたら数字の転記ミスなどはあるかもしれない。その場合は平身低頭お詫びするしかありません。さてさて、【日本の国々】には、それぞれの「県の木、花、鳥」も掲げておいた。この「県の木」は皇居の東御苑の一角と、日比谷公園にも名札を付けて植えてある。「県の木、花、鳥」を見ると、それぞれの国の風土や、住んでいる人達の心根も忍ばれて、「へぇー」と思えることがあるのは、僕自身の実感である。【日本の国々】《其の七》長崎県七番目は九州の長崎県である。長崎県の領土の広さは日本総面積の約1%強で、47ヶ国中37位だ。意外に小さな国だなぁという気がする。住んでいる人は約140万人で総人口の約1%強。47ヶ国中で27位である。人口密度は全国16位で1平方キロに約350人。一人当たり約870坪の割り当てになる。領国の財政(リッチさ)は47ヶ国中44位で、財政力指数は0.23。長崎といえば九州の横浜のような印象があるけれど、財政的にはかなり悲惨な状況だ。隣国の数は佐賀ただ一国。県の木は檜と椿。花は雲仙ツツジ。鳥は鴛鴦。鴛鴦はオシドリのこと。*偏見的印象: オシドリで思い出した。「鴛鴦(えんおう)の契り」という言葉が有り、これは夫婦合い和して終生共に暮らす固い絆という意味で使われるが、実は大間違い。現実のオシドリは夫婦合い和すどころかオスもメスも相手をとっかえひっかえ。とても貞節などとはいえないそうだ。「オシドリ夫婦」というのは解釈を改めなければいけない。この国は、開化以前はわが国の海外への公式窓口で、出島という人工の居留地があったことを教わった。そして原爆の被災地。被災という面では雲仙普賢岳の噴火と火砕流は記憶に新しい。食べ物ではカルカン、チャンポン、しっぽく料理あたりか。魚ではキビナゴや五島いかなどが美味しかったように思う。そのくせ長崎県を地図の上で書けと言われると自信が無くなってしまう。《其の八》佐賀県その長崎が陸上で唯一国境を接するのが佐賀県だ。長崎県の領土の広さは日本総面積の約0.7%強で、47ヶ国中42位だ。住んでいる人は約85万人で総人口の約0.7%。人口の順位も領土の広さと同じく47ヶ国中で42位である。人口密度は全国15位で1平方キロに約350人。長崎県とほぼ同じだ。一人当たり約870坪の割り当てになる。領国の財政(リッチさ)は47ヶ国中40位で、財政力指数は0.28。これもお隣の長崎とどっこいどっこいで悲惨な状況だ。隣国の数は2ヶ国。県の木は楠木。花は楠木の花。鳥はカササギ。*偏見的印象: 佐賀県というとその位置関係は長崎県よりも心もとない。明治の初めの佐賀の乱を思い出すばかりだ。これは明治初期の不平士族の叛乱の一つであったが、首領格の江藤新平が老獪な大久保利通にいいようにあしらわれてしまい、「可哀相だなぁ」と思った記憶がある。どうも僕には佐賀県は単なる遠い国でしかない。《其の九》大分県今回は九州の3ヶ国を取り上げる事にする。三番目は大分県だ。大分県の領土の広さは日本総面積の約1.7%弱で、47ヶ国中22位だ。住んでいる人は約120万人で総人口の約0.9%。人口の順位は47ヶ国中で33位である。これはつまり人口密度が小さい事になり、全国35位で1平方キロに約190人。一人当たりでは佐賀県のほぼ倍の約1,600坪の割り当てになる。領国の財政(リッチさ)は47ヶ国中41位で、財政力指数は0.27。どうも九州の各国は押しなべてこの程度の数字らしい。隣国の数は3ヶ国。県の木と花は共に豊後梅。鳥はメジロ。*偏見的印象: 大分県といえば別府温泉だ。これは温泉愛好者の中ではつとに有名だが、僕自身は未だ行った事はない。暫く前のNHKの「新日本紀行ふたたび」で九重連山を取り上げていたが、雄大な景色は素晴らしかった。行ってみたいとは思うけれど、「海外旅行」は出かけるまでが億劫で、僕にとってはこの国も「遠い国」だ。食べ物は関鯵、関鯖、そして城下鰈と、ちょっと高くて東京では食べるのに二の足を踏んでしまう。(この項まだまだ続く。何しろ其の四十七まで続く)
2009.07.02
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◇ 7月2日(木曜日); 旧閏五月十日 戊申(つちのえ さる): 友引、半夏生今日の暦の「半夏生」は「はんげしょう」と読む。これは二十四気を更に三分割した「七十二候」の一つである。二十四気は太陽暦だと、以前このブログにそう書いた。古い暦の中に書いてあるから、旧暦だ、太陰暦だと思っていらっしゃる方が多いが、二十四気も七十二候も立派な太陽暦なのだ。皆さんご存知のように、地球は太陽の周りを一年かけて一周する。これを地球の側から見ると、太陽は地球の周りを一年かけて一周すると言い換えても良い。ここではややこしいから地球の自転のことは考えなくて良い。地球から見える宇宙の投影球を天球という。つまり太陽はこの天球上を一年十二ヶ月かけて旅をし、元の位置に戻ってくる。太陽が天球上を通る道筋を黄道(黄色い太陽が通る道)と呼び、春分に太陽が天球上で通過する場所(春分点)を起点にして、これを360度で分割したものを黄径という。黄道上にある十二の星座をそれぞれの生まれ月に当てはめ、黄道十二宮といって星占いに使うのは身近に良く知られている。二十四気はこの黄道を二十四分割して定めたから、それぞれの期間は角度にして15度(360÷24=15)、日数にして2週間超(365÷24≒15.21)である。しかし今のように温室やビニールハウスの無い、お天気と天水(つまり雨)任せの農耕が行われていた時代には、2週間という時間分割は未だ粗っぽ過ぎた。それで黄径15度分を更に三分割した七十二候というものが作られた。つまり二十四気のそれぞれは七十二候として五日間毎に更に分けられる。二十四気の夏至から数えて11日目。この日から次の二十四気である小暑の前日までの5日間を七十二候では半夏生というのだ。半夏生の始まりの日つまり今日は、太陽の黄径は100度になる。半夏生は、昔の農家にとっては大事な節目の日だった。この日までに農作業を終えなければならないとされたのだ。これは梅雨もそろそろ大詰めを迎え、大雨になることが多かった所為らしい。地方によっては、半夏生の日から5日間を農事休みとするところもあった。この日は天から毒気が降るとされ、井戸に蓋をして毒気を防いだり、この日に採った野菜は食べてはいけないとも云われたそうだ。関西地方では半夏生の日に蛸を食べ、四国の讃岐では饂飩を食べ、福井県の大野市などで焼き鯖を食べる習慣がある。半夏生という名前の植物がある。これはドクダミ科の草で葉の一部が脱色でもしたように白色になる。これは半化粧とも云うが、これが生えるころと云う事で半夏生というようになったらしい。さてさて、麻生さんが内閣改造を昨日なさった。大山鳴動して補充大臣二匹。兼務大臣では大変だったからこれを補充して兼務状態を解消するという公式発表に落ち着いたらしい。国家公安委員長と経済財政大臣の二人だ。ご本人たちには悪いけれど僕はどちらも存じ上げない方々だ。それにどうせ総選挙までの最大でも2ヶ月間程の大臣だから、何もお出来にならないだろう。つまりは、何か不測の事態があった時の引責のためと、後は規定路線の認可のため、つまりハンコ押し大臣でしかないのだから、ご本人たちには同情を禁じ得ない。元々麻生さんは、「半径1.5メートルの男」などと揶揄されながら、何とか解散総選挙に向けて態勢を整えるべく、閣僚人事と自民党の役員人事を行い、彼なりの万全の構えをおとりになる積りだったようだ。ところが党内の大舅小姑に阻まれて、「まぁ何とか面子が立てられる程度」の人事しか出来なかった。まことに政治家の我執の浅ましさには改めて感服するし、その中で何事かをやることも出来ない麻生さんには同情すら禁じ得ない。しかし、どっちにしろこれは日本国や日本国民とは関係の無い、コップの中の争いでしかないから、肌寒い事夥しい。民主党の鳩山代表の「死人の献金」疑惑も肌寒い話だが、今のこの時期という事を考えるとまたぞろ作為的な匂いがしてくる。ましてや、自民党の幹事長や国対委員長がこれを追及するための特別チームを編成したなどというのを聞くと、要するに「選挙に勝つためには其処までやるかい!浅ましい!」と思うのは僕一人ではあるまい。立派な悪相で腹に一物有るに違いないと思うような人間たちは、それなりのたくらみを巧妙に、且つ徹底して悪辣にやって欲しいものだ。それが、我々素人にも見透かされるような茶番芝居しか出来ないのを見ると、寂しい以上にこの国の行く末に絶望してしまう。この上は幕末の頃のように、国政などというものはアテにしないで「列藩会議」を形成してみたらどうかとも思う。【日本の国々】《其の四》静岡県今後の総選挙や麻生さんの運命を大きく左右すると見られているのは、東京都議選と静岡県の知事選である。その静岡知事選は投票日が7月5日。つまり次の日曜日だ。だから間に合う内に静岡県を取り上げる。静岡県の領土の広さは日本総面積の約2%強で、47ヶ国中13位だ。住んでいる人は約380万人で総人口の約3%。47ヶ国中で10位である。人口密度は全国12位で47ヶ国の中ではかなり上位だ。一人当たり約622坪の割り当てになる。領国の財政(リッチさ)は47ヶ国中7位で、ご同様に赤字財政では有るけれど、財政力指数は0.73で自治体の中ではまずまず優れたほうに入る。隣国の数は4ヶ国。県の木は木犀。花はツツジ。鳥はサンコウチョウ。*偏見的印象: 東海道新幹線ではこの県内に駅の数が最も多い。東西に長大な国である。東の端の熱海や東伊豆のある相模湾地帯、西伊豆や沼津、静岡、焼津などの駿河湾地帯、そして天竜川、浜名湖の遠州灘と、この国は気候風土の面でも、民心や地成りの面でも大きく三分割できるように思う。魚だって、相模湾と駿河湾と遠州灘では旨いものが違う。静岡のおでんは、浜松の鰻パイとはB級グルメとしても競合する。葉葱と根深の境界も静岡県内に有るらしい。食が異なれば人心だってそうだろう。いっそ静岡という国は三つに分けたほうがいいんじゃないだろうか?《其の五》岐阜県静岡県の次は我が生誕から少年時代までを過ごした岐阜県を取り上げる。別に特段の理由があるわけではない。ただ、今の岐阜県の知事は我が友人である。しかし彼は僕を友人だと思っているかどうかは、ちょっと自信が無い。岐阜県の領土の広さは日本総面積の約2.8%で、47ヶ国中7位だ。領土面積だけは全国で一桁の順位である。住んでいる人は約210万人で総人口の約1.6%。47ヶ国中で17位である。人口密度は全国30位で47ヶ国の中では目立たない。一人当たり約1,500坪強の割り当てになる。領国の財政(リッチさ)は47ヶ国中18位で、これも目立たないように見えるが、立派な赤字で、財政力指数は0.51に過ぎない。つまり歳出の約半分は自力で賄えないのだ。隣国の数は7ヶ国。海の無い国なので多くの他国に境を接している。県の木はイチイ。花は蓮華草。鳥は雷鳥。*偏見的印象: 岐阜県は、明治以前は飛騨の国と美濃の国の二つに分かれていた。「飛山濃水」という言葉が有って、飛騨は山国、美濃は長良川の恵みを受けた水の国だ。交通の便もあって、飛騨はどちらかというと北陸から京文化の影響が強く、美濃は尾張の従属地のような感じがある。織田信長は今の岐阜市にある金華山に拠って天下統一を唱えたが、これは尾張出身の信長が特段の境界意識も無く、地勢上の理由から要衝の地として、又将来の治世の実験の舞台として、金華山とその麓を選んだだけのことだと思う。だから岐阜というと多くの人にとっては美濃地方より高山の印象の方が強く、県庁所在地である岐阜市の影はむしろ薄い。岐阜市出身者としては何とか美濃地方に肩入れをしたいのだが、かつて隆盛を極めた繊維産業は中国にやられてしまい、歓楽街として美川憲一も唄った柳ヶ瀬も閑古鳥の棲家となり、長良川の鵜飼も四万十川などにおはこを取られてしまったようで、どうも宜しくない。この国も環境風土の異なる美濃飛騨両地方を分け、連合国として再編成するほうが良いのかもしれない。僕などは北アルプス(岐阜の側からは飛騨山脈)を跨いで、信州との連携も深くしたらどうかとも思う。《其の六》秋田県岐阜県の次に秋田県を持ってくるのには全く理由は無い。秋田県の領土の広さは日本総面積の約3%で、47ヶ国中6位だ。領土面積では我が郷里岐阜県の一つ上位である。住んでいる人は約110万人で岐阜県の約半分、日本総人口の約0.9%で、47ヶ国中では37位である。人口密度は全国45位で47ヶ国の中ではどん尻に近い。秋田県より「スカスカ」の国は岩手県と北海道の二つだ。一人当たり約3,200坪の割り当てになる。領国の財政(リッチさ)は47ヶ国中38位で、立派な赤字県だ。財政力指数は0.29で、財政赤字はかなり深刻だ。隣国の数は4ヶ国。県の木は秋田杉。花は蕗の薹。鳥は山鳥。*偏見的印象: 秋田県というと、「青森の下にある日本海側の県」と覚えている。お米の「あきたこまち」、美人女性の「秋田おばこ」位は直ぐに思い出せる。埋め立てられて無理やり水田にされ、その後減反政策でどうなったか分からなくなってしまった八郎潟も秋田県だったはず。日本で一番深い湖(?)である田沢湖もこの国ではなかったか?もうこの辺になると、改めて調べてみないと自信が無い。他の人はどうか知らないが、僕などは東北地方と四国地方、九州地方になると何となく色々不確かになってしまう。こういった地方に住む方には申し訳ないけれど、もともとこの項は僕自身をサンプルにして「一般人の理解の程度」を皆さんに問うてみたいとの思いがあるので、失礼を顧みず、恥も捨てて僕の思うままを書いている。(この項まだまだ続く)
2009.07.02
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◇ 7月1日(水曜日); 旧閏五月九日 丁未(ひのと ひつじ): 先勝、富士山山開き今日から7月になった。これで今年も半分が過去になった。7月は旧月名で「文月」という。これは7月の七夕の行事に由来するという。七夕は星祭の行事というのが今では通り相場だが、昔この日には短冊に歌や文字を書き記し、書道の上達を願ったのだそうだ。それで「文披(ふみひらき)月」から「文月」になったらしい。別の説では、稲穂に実が入り膨らみ始める頃だから「穂含月(ほふみづき)」。これが転化して「文月(ふみづき)」となったともいう。誰かに以前「六月は梅雨の季節なのにどうして水無月というのか?」と聞かれた。これは、こういう暦月の名称は旧暦で付けられているからである。今年は、旧六月は7月22日から始まる。つまり旧暦の六月はもう梅雨も明けきって日照も強く、周りはカラカラに乾いて水が恋しくなる。だから「水無月」でちっとも不自然ではない。上に書いた七夕も本来旧暦の行事で、今年は8月26日にあたる。そろそろ朝夕には秋風の兆しを感じ、空も澄んで来るころだ。だから星空も美しく観望できる。新暦の7月7日では未だ梅雨も明けきっていないから、伝承の恋人たちは、増水した天の川の両岸で傘を差しながら途方にくれてしまうのだ。閑話休題先日東国原知事の交換条件を取り上げて、「そのまんま東賛歌」と題するブログを書いた。そしたら何人かの方々からコメントを戴いた。その方々全員が、全面的ではないにしろ僕の意見には賛意を表していらした。これを「一般の民意」にまで敷衍してしまうのは乱暴過ぎる。それでもわが国の現在の政治の状況には皆さんは相当強い批判や不満を、もっと言えば憤懣をお持ちのようだ。それは充分に感じられた。何しろ「何を書いてもコメントが来ない」という点では、楽天のブログでも、同じ内容を載せているシニアコムのブログでも恐らくはトップランクにあるだろう。それに対して数通もの(!)コメントを戴いたのだから。これはまさに記録的な反響である。そうしたら、自民党は「総理総裁候補は無理だが、国務大臣として入閣は可能だろう。」と考え始めているとか、ある自民党高官が、「東国原氏は総務大臣には充分適格ではと思う。」と言ったとか聞こえてきた。東国原氏はこれらに対して何も明言していないらしいが、何となく食指を動かしているような、まんざらでもないような雰囲気が表情などに感じられる。おいおい、それじゃぁダメだよ!国務大臣のポストをチラつかせるなんて、明らかに自民党の姑息な懐柔策じゃないか。国務大臣なんて、所詮は総理大臣の下僕でしかない。任命権は総理大臣に握られているのだ。総理の意向に従わなければ更迭・解任されてしまうのは、先の鳩山さんの例でも明らかじゃないか。そんな条件を飲むくらいなら宮崎県の知事として、「一国一城の主」としての立場を貫くべきだ。形式的には、地方自治体の知事は総理大臣とその地位において同格である。これを罷免できるのはお膝もとの有権者であって他の何者でもない。政権党のトップが更迭できるようなポジションではないのだ。それに何より、自民党が選挙後も政権党として、今と同じように国務大臣の任命権を行使できるかどうか分からないぞ!東国原氏よ、心して考えて欲しい。自民党がお盆に載せて差し出すかもしれない国務大臣のポストなんかに色気を出すべきではない。取り違えないで欲しい。貴兄は宮崎県の知事の地位を襲い、地方の現状、地方自治の実態をつぶさに見る機会を経て、先の二つ(自らを総裁候補に据える事と、全国知事会議の意向をマニフェストに盛り込む事)を交換条件として自民党に突きつけた訳だ。その裏には政治の現状への悲憤と、「上から目線」ではないビジョンと理念があるはずだ。ならば、この交換条件はあくまでも揺るがせにせず貫き通して欲しい。それで提案させていただく。この交換条件を自民党に対してだけでなく、民主党にも提示して欲しい。その上でどちらか交換条件を飲んだ方の党から出馬する事にしていただく。但し提示先は、次期政権党候補になり得るこの二党に限る。他の党はダメ。あくまでも自民党なら総裁候補、民主党なら代表候補。国務大臣などという「重役ポスト」なんかではダメです。もう一つ付帯条件を提示していただく。つまり貴兄を候補として総選挙後速やかに総裁選或いは代表選を実施する事。若し貴兄が易々と国務大臣のポストという餌に釣られてしまうような事でもあれば、我々は単なる「お笑い芸人そのまんま東」のはねっかえりに過ぎないじゃないかと考えますぞ。宮崎県民のみならず日本国民を失望させ、ひいては国民の政治に対する不信を大いに増長させる結果になってしまいますぞ!深慮遠謀を重ねた上で、是非意思を貫徹していただきたい。【日本の国々】《其の一》宮崎県先ずは話題の東国原知事の宮崎県から;領土の広さは日本総面積の約2%で、47ヶ国中14位。住んでいる人は約113万人で総人口の0.9%。47ヶ国中これも14位。人口密度は全国40位で、一人当たり約2千坪の割り当てになる。領国の財政(リッチさ)は47ヶ国中42位で和歌山県と同順位。無論大赤字。(財政力指数0.25)隣国の数は3ヶ国。県の木はフェニックス。花は浜木綿。鳥はコシジロ山鳥。*偏見的印象: フェニックスの並木が象徴する、昔の新婚旅行のメッカ。九州の中でどの辺に位置するか大体は分かるつもりだが、自信が無い。東国原知事になって、宮崎地鶏と宮崎マンゴーのことを知った。《其の二》東京都領土の広さは日本総面積の約0.6%で、47ヶ国中45位。これより小さいのは大阪府と香川県だけ。住んでいる人は約1,300万人で総人口の10.1%。無論堂々の47ヶ国中ダントツの1位。人口密度も全国1位で、一人当たり約51坪の割り当てになる。領国の財政(リッチさ)も47ヶ国中1位で、愛知県と並んで黒字。(財政力指数1.32)隣国の数は4ヶ国。都の木は銀杏。花は染井吉野。鳥はユリカモメ。*偏見的印象: 一人当たりの土地面積が51坪というのは、「意外に広いなぁ」と思った。東京は要するに「カネさえあれば何でも手に入る」。逆にカネが無くても、カラス的な生活を厭いさえしなければ何とか暮らしていける国なのかもしれない。《其の三》愛知県領土の広さは日本総面積の約1.4%で、47ヶ国中27位。住んでいる人は約740万人で総人口の5.8%で47ヶ国中4位。人口密度は全国5位で、一人当たり約211坪の割り当てになる。領国の財政(リッチさ)も47ヶ国中2位で、東京都と共に全国唯二の黒字国。(財政力指数1.02)隣国の数は4ヶ国。県の木はハナノキ。花はカキツバタ。鳥はコノハズク。*偏見的印象: 県財政がリッチなのはやはりト××とその取り巻き企業からの税収によるのでしょうな。この国の首都名古屋のイメージが強すぎて、愛知県全体のイメージはどうも・・・・(このテーマ、今後も日本全土にわたって続く)
2009.07.01
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