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私の住んでいるリッチモンド市の市役所に掲げられた2010年オリンピックのロゴマーク。これは、「イヌクシュク」というイヌイットの道標にヒントを得てデザインされたものである。(うちの五歳の孫がかいた「パパの像」とちょっと似ていると思うのだけれども、それはナイショのはなし。)ところで、コスモス誌には口絵に「ふるさとコレクション」という欄があり、各地からそれぞれの地元のものの紹介記事が載せられる。「カナダからも」と依頼していただいたので、考えた末に、このロゴマークのもととなった石像の写真と説明文を送ったのが、今月号に載った。2月半ばの締め切りでだったので、少々努力を必要としたのが写真。何しろ1月のバンクーバーときたら、毎日、雨だの霧だのばかりで、写真には思い切りの悪条件だったが、それでも、海の霧が少し動いた晴れ間を利用して、なんとか撮って送ったのが以下の写真である。多少の修正を試みたもののかえって不自然になってしまったので、結局は無修正の写真を出したのだが、これが「ちょっと残念な写真」とみられるか「趣のある写真」と見られるかは、見る人のその時の気分次第かもしれない。(以下引用)イヌクシュク(Inukshuk) 2010年の冬季オリンピック(バンクーバー)のロゴにも使われるこの人型、イヌクシュクと呼ばれている。これはイヌイット語で「人のために行動するもの」の意味で、イヌクは「人」、シュクは「代わりのもの」にあたり、本来は、北米の北極圏のツンドラ地帯で、目印になるものが少ない箇所に道標として石を積んで作られているものであり、大きさも形状もさまざまである。 今回のオリンピックのロゴは、エレナ・リベラ・マックグレガーのデザインで、頭が緑、両腕が紺、胴体が水色、むかって右の足が橙色、左の足が赤の着色をされているが、そのアイディアの素になったのが、1987年にバンクーバーのイングリッシュ・ベイに建てられたアルビン・カナック制作の、上の写真にある大きなイヌクシュクである。 世界的に経済状況の苦しい中で準備が進められるこのオリンピックに、イヌクシュクが成功への道標になってくれることを願いたい。
April 27, 2009
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バンクーバー短歌会会員作品切り取れば九十パーセントは治るとふ私の癌の死への確率(奈津)今もなほ糊づけをするシーツなりわれの好みのさはやか寝床(虹) にじり出て片手で寄せし楽茶碗茶気に包まる初釜の朝(のぼる) 九州の旅に発ちたる夫の留守をほわんほわんと怠けてくらす(のりこ)「夫」さま、ごめんなさい。切るやうな北風ふけど川土手の南に向きてタンポポ咲きぬ(ふみ) 食細き老父のための春野菜生産地名を確かめ選ぶ(みき)川岸に立てばかすかに聞こえくる及川甚三郎の雄叫び(みちこ)及川甚三郎(及甚)は、新田次郎「密航船水安丸」にも扱われている宮城県人で、明治時代に日本国内の産業だけでなくカナダ・バンクーバーでも多くの事業を手掛けて日本人の理想郷をつくるため帆船で太平洋を渡り移民させた人。及川島とよばれるその島は、今は無人島となっていますが、ある夏に行って来た方の話によると、当時の名残で蕗がしげり、菖蒲が咲いているそうです。枯れ芝に雪残れるも木々芽吹き今日庭先に鳥遊びくる(ゆりこ) 隣り家の辛夷は銀の珠あまたつけて未だかと春を待ちをり(よしこ)記録的大雪のあと庭の芝ぐんねり伸びて失神してをり(希)「浅田真央」コールとともに客席の日の丸が沸く控え目に沸く(茜) 大雪に埋もれながら沈丁は花芽つけたる枝を突き出す(あき)白き尾と白き頭の鷲一羽晩冬の空を渡り来るなり(粟)あそこだと南十字を指さして開拓者(ピオネイロ)グイとピンガをあふる(唐) 如月のマンサクの花黄なる花冬の木立に光る淋しさ(梢)啓蟄に玻璃戸拭かむと屈むれば去年逝きし犬の鼻先のあと(沙羅)ばたばたと走れば矢張り息切れす九十越えし歳を忘れて(すみえ) たとえ息切れがしたって、ばたばたと走れる九十歳のおばあちゃまなんて、そうはいらっしゃいません・・・でしょ?息切れさえなさらないようなら、かえって怖いです。 安住の平和に慣れし大国の経済なだれ防ぎやうもなし(とみこ)久々に射せる朝陽が雪冠る杉の木立に金粉をまく(友)
April 25, 2009
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寒い冬がとうとう終わって、少しずつとはいえ暖かくなり、桜の中では一番私が好きなソメイヨシノもすっかり散って寂しくなった・・と思ったら、今度は、色の少し濃い、八重桜が咲き始めた。 単独でみると、少々強すぎる色で私の好みではないのだけれども、隣に咲いている白い桜と一緒になると、なにやらめでたげで、なかなかの風情。(新宿御苑の八重桜はもう終わったかな?いつも4月20日頃だったと記憶しているけれども) マロニエも、すっかり青葉。それぞれの花穂を上に向けて、花を咲かせる準備をしている。 この分なら、例年通り五月中旬には、白い花をゆさゆさと風にゆすっているマロニエが見られそう。
April 24, 2009
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5歳の孫とスカイプの画像付き電話をしていて、はたと思いついた。ふりこめ詐欺対策として、本当に困って親や祖父母に振込み依頼をするときは、テレビ電話にして、ちゃんと自分の顔を出して頼むことにしたらよいのではないかしら。(もちろん、自分で解決できればそれが一番よいのだけれども)別に、スカイプの宣伝をする義理はないけれども、頼まれそうな人たちも、テレビ電話を使えるようになっておくと安心ですよ~!そうなったらそうなったで、何か新しい手が考えられてしまうにしても、当分は大丈夫なのでは?
April 23, 2009
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休むなくでんぐり返し続けゐる地球よ春だ草の芽が萌ゆ(T.I バンクーバー短歌会出詠歌より)「おおらかで楽しそうな歌だし、地球の自転をでんぐり返しに見たてるところなどユニーク!」と褒める意見がたくさんでて、私もなんだかスカッとして気持ちがよい歌だとは思ったのだが、持ち前の理屈っぽさが頭をもたげて「でも・・・、地球は全体が一度に春になるわけではないから・・・・」と、(今思うと)野暮なことを言ってしまった。もう一人「でんぐり返しというと、東西方向の回転ではなくて、北極と南極がくるくる交代しているような・・・」と、指摘した人もいたりして。その「もう一人」さんはともかく、 「アルゼンチンは秋だし・・」と言わんばかりの発言をした私は、言ってしまった途端に頭の中で、長いこと指導を受けていた鈴木英夫先生の「短歌は科学ではない」とおっしゃる声が聞こえてくるような気がして「あらら、また、つまらないことを!」とたちまち後悔。ついつい、(それも最初の頃はとくにしばしば)こういう意見を言ってしまう私に、先生は何度同じことを注意してくださったか・・・。「何度言ったらわかるのかい?」なんて一度も言わずに。この場合など、さしずめ 「詠む人が『春だ!』と思い『でんぐり返しみたいだわ』と思って、その感動を生き生きと詠ったのに水をさして科学的に正しい表現にしたところで、勢いがなくなって、フツーの歌になるだけだよ。」とおっしゃるのではないだろうか。あとで、作者にそれとなくあやまったら、「どういう風に解釈してもらっても、皆さんがよく読んで、考えた上で遠慮なく発言をしたのだから、それでよかったのよ。私はただ、最近の地球はなんだか疲れているみたいだから、励ましてやりたくなっただけだけど、そこまでは表現できなかったものねえ」と笑っていた。今日はEARTH DAYで、世界各地でいろいろな行事があるらしいが、それを祝っている人のなかで、「地球をはげましたい」なんて思っている人は、何人いるだろうか。そういえば、ディズニープロダクションの、Second Future がカナダでは今日封切と新聞に書いてあった。
April 22, 2009
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最近、ゴルフ場の上空を大きな翼をひろげて旋回している白頭鷲の数が増えたし、透明な鳴き声も度々聞えるので、いつもここで雛を育てて巣立たせている鷲の夫婦に仲間ができたのかと思って、暢気に喜んでいたら・・・・とんでもない大間違いだった。今日、ゴルフクラブから来たメールによると、ゴルフ場を領域として卵もすでに産んで暖める時期に入っていたカップル(仮にAカップルとする)に、他のカップル(お知らせにはintruder と書いてあった)が侵入して来て領域争いが続いているのだそうだ。(As some of you may be aware, there has been a territorial battle going on for the past month between our eagles and a pair of intruders. )で、その侵入してきたカップル(仮にBカップルとする)が、Aカップルを巣から追い出し、卵も壊してしてしまったのが、今の時点で確認できているという。(At this point we can tell you with certainty that the intruders have driven our eagles from the nest and the eggs have been destroyed.)いわく、「Aカップルの雌は、激しく戦って、現在O.W.L.(Ohphaned Wildlife Rehabilitation Society 直訳だと「見捨てられた野生動物の機能回復センター」だろうが、まあ、放っておけば死んでしまうような状態にある野生動物や鳥たちのことだろう)のリに、腹部や胸に受けた沢山の突き傷を受けたり、翼も折られたりした状態で収容されている。多少、感電したような様子も見える。」そうだ。(Our female has been in vicious battles and is currently at the O.W.L rehabilitation facility in Ladner with multiple stab wounds to her belly and chest along with a broken wing. There is a chance that she also suffered some degree of electrocution.)大きな猛禽が本気で闘って、これだけの傷を受けるというのは、もし、その場で見たらどんなに怖かっただろう!雌の方がこんなに傷ついたというのは、もしかすると雌の方が、夢中になって雛となるべき卵を守ろうとしたのかもしれない。去年までの巣に中継カメラがつけられたのに危険を感じて、新しい巣を作ったばかりだというのに、まあ、なんということだろう!!しかしなんでまた、Bカップルは、よそのカップルが作った巣をうばって、その領域に入らなくてはならなかったのだろう!と、Aが身内の私としては腹が立つけれども、これだけ本気の戦いをしたということは、それなりの事情があったのだろうし、あるいは、自分たちの巣を、カップルCなりDなりに追い出されて、とにかく、もう出来ている巣と領域を横取りしても子孫を残さなければならない本能にかられていたのかもしれない。(あくまで想像だけれども)傷ついたBのメスがこれからどうなるかは難しい問題だけれども、土曜日夜、九日ぶりに餌を食べたことで、少し、希望が見え始めたようだ。(Her future has been looking very bleak, but on a positive note she ate for the first time in 9 days on Saturday night and that leaves us with some optimism.)とにかく、何か食べられるのは、回復の第一歩で、よいことではあるが・・・・一方、Aカップルの雄の方は、ゴルフ場の近くにいて、Bカップルと戦いを繰り返しているけれども、ニュースレターをクラブのマネージャーが数日ぶりに今朝見かけたところでは、大した怪我はしていない模様(Our male has continued to stay near the property and has been in continual battles with the intruders, I saw him this morning for the first time since last week, he shows no sign of damage)というから、まあ、ほっとはするが、彼のこれからも、多難だ。そして、そういう切実な領域主張のために、上空を旋回している鷲たちを、「おお、平和な光景ではないか」と見ていた私の盲目ぶりにもあきれる。しかし、雄Aは、さすが雄。闘う傍ら、もう「お相手」を見つけようとして、通りすがりの雌鷲たちにラブコールをしているそうだが (but as we can imagine is calling out to all of the eagles who are passing in his attempts to find his mate.)それも、なんだか切ない話だ。(おなじゴルフ場に住む雌白鳥は、相手がコヨーテに殺されてから、ほかの雄を買ってきても、追い払ってしまて操をたてているのに!!)だが、報告のメールによれば、もし、Aカップルの雌が回復して、野に放たれることがあれば、雌Aは絶対にこのあたりに戻ってきて、雄Aとまたカップルになって、雛をかえして育てるようになるだろうことは確かだなのだという。それも、このあたりならどこでもよいわけではない。 Aカップルは失った自分の領域に戻ってきて、Bカップルから今の巣を取り戻そうと、また闘うことになる。(If our female recovers and is able to be released at some point in the future, we have been assured that she will head back to this area and will hook up with our male again and they will continue to breed. We are told that they would fight for the territory again and try to take back the current nests.)だって、もし、それまでに雄Aが、ラブコールに成功して、雌A’が出現していたらどうなるのだろう?雌Aは、回復したばかりの体で、Bとも闘わなくてはならないし、雌A'とも闘わなくてはならない。そんなとき、雄Aは、「子孫を残すためには強いほうがよい」とかの本能にまかせて知らん顔をして、見ているのだろうか?(このあたりは、私の、根拠のない想像。)メールの後の部分は、OWLがいかによくやってくれているかと、資金がいるから、みんなで寄付しましょうという風になって終わるし、それももっともなのだから、できる協力はしたいと思うけれども、この厳しい野生動物の世界の戦いに、人間が手を貸すというのは、本当の意味でよいのか悪いのか、もうひとつ疑問が残るし・・・しかし、とにかく、この数年、毎年、2羽くらいの雛を巣立たせてきたカップルAが可哀そうで可哀そうで、特に満身創痍の雌A姿が、頭の中にチラチラしてしまうのでアリマス。私が、この鷲たちのことを、擬人化して考えすぎているのかもしれないが・・・・。メールの残りの部分は以下のように結んでありました。The O.W.L. Group has been tremendous and is doing their best to get our Lady back on track. I visited the facility 3 times over the weekend and have spoken with many of their volunteers; some who have kept their facility open for the past 30 years. My heart goes out to all of the birds that they have been taking care of and to see what they accomplish with extremely limited funds is simply incredible. The Club and I are going to make a donation to the organization and would be grateful if any of you could see your way to helping us grow our contribution. If anyone is looking to help please contact Katie at the front desk and let her know how much you would donate. We and our Lady certainly appreciate anything that you can do.I will give weekly updates on our Eagles and "prey" that we can get them reunited again.Brian Taylor CCMGeneral Manager
April 21, 2009
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今日は、Vancouver Sun Run という行事の日。やっと春らしくなった花の町、バンクーバーを皆で走ろう(または、歩こう)というサン・ランは今年で25回目だという。数年前には、同じゴルフクラブの会員のケイ(本当は、キャサリーンというらしい)が、娘・孫と三代で一緒に完走したと、新聞に写真入りで紹介されていたことがあった。ところが、今日、ゴルフ場でケイに出会ったので、「あら?サン・ランには参加しなかったの?」と思わず聞いてしまった。ケイは、「もう、サン・ランは走らないつもりよ。昨年ボランティアをして、それで終わりにしちゃった」と答えたので、「あ、もうすぐ80歳だもの。10キロ走るのはいくらなんでもね・・・」と思ったら、その後がすごい。「孫が大きくなって、もうサン・ランの10キロでは物足りないから、昨年からは、バンクーバーマラソンで、ハーフマラソンを一緒に走ることにしたの。」だそうだ。え~っ! と思ったら、「驚かないでよ。たったハーフだから、23Kくらいかな?」と言う。サン・ランは、本気で走る人もいるけれども、どちらかというとスポーツよりお祭りに近いらしく、仮装して走ったり、乳母車をおしながら走ったりする要素が強いので、ケイにしたら孫につきあって一緒に参加したりはしても、本当は物足りなかったのだろう。そういえば、3年ほど前に、「今日はサン・ランを走ってきたあとだから、ちょっとおなかがすいちゃって・・」なんて言って、サンドイッチを食べながら、午後のゴルフをしていたこともあったっけ・・・。元気な人というのは、本当にどこまで元気か、想像もつかない。 (私の方が大分若いのに・・・マイッタ!)
April 19, 2009
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ニュースで何度もやっているので、YouTube で Suzan Boyleの歌うところを見た&聞いた。美しい声で、よくひびくし堂々としていていいなあ・・・と思った。すばらしい。あの歌い方なら、スーザンが絶世の美女でも大丈夫!!でも・・・・私の本音としては、美人でない人が、すばらしく歌ったから、その意外性と審査員や客席の反応の変化が「面白い」という主旨のビデオを、世間さまが見て喜んでいるような気がして、あまりよい気持ちではない。「こんな人が出てきて、まあ!」とたとえ思ったとしても、普通、審査員だったら、そんな思いはあんなにあからさまに表現しないだろうし、舞台裏の様子にしても、ずっと最初から彼女の周辺に注目して撮影されていたし、展開がわかっていたとしか思えず、なんだか「やらせ」風。ま、やらせでも、みんなが楽しんでいるのだから、それでいいのかな?命に関わることではないし・・・・・さらに、あの声が「口パク」だったりしたら・・・もっとアクセスが増えるのかもしれないが・・・ そういうことを想像する私も、なんだか好ましくない。若いときは、もっと素直だったなあ・・・。
April 18, 2009
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今朝の新聞に出ていて、その後もテレビやラジオで繰り返されている話題だが・・・3月16日に、25歳の女性の運転する車が、トラックと衝突して亡くなった。それについて、警察が昨日発表したところによると、「この事故は本来なら命にかかわるものではなかったのだけれども、後部座席においてあったノートパソコンが、衝突の衝撃で座席から飛び出して、彼女の後頭部にぶつかり、不幸にも彼女が亡くなるという結果になった」のだそうだ。テレビでは、彼女の弟が、「他の方が同じような事故にあわないように」と、ノートパソコンを手にして、「そういうことも起こるのだから、ノートパソコンは、トランクに入れるか、あるいは、容器に入れて、シートベルトなどでしっかり固定して安全をはかってください。姉の死を無駄にしないでください」と訴えていた。ラジオのトークショーでも取り上げられていたのだが、事故で車内の者が飛び出す〈車はとまるが、車内のものは前に進みつづける慣性の法則などというものを、昔ならったっけ)のは、本当に危険なのだそうだ。ノートパソコンに限らず、食料品の買い物を、袋に入れたまま後部座席に置くことはよくあるのだが、たとえば450グラムのマメの缶詰一個でも、車の中で飛び出したら、一人の人が死んでしまう可能性のある力があるという話がでた。ゴルフクラブ1本でも、非常に危険だということである。言われてみればその通りだろうとは思ったけれども、後部座席に、固定されていない荷物を置く人は、私も含めて、かなり多い。自分はともかく、同乗者をそんなことで危険にさらすことはできないし、もし、ぶつかって死ぬのが私だとしても、運転手が死んでしまったのでは、同乗者はたまったものではない。交通事故にはあわないにこしたことはないのだけれども、万一に備えて、これを読んだみなさんも、大げさだと思わずに、荷物は必ずトランクに入れましょう!!荷物が見えていると、盗難にあうこともあるので、トランクに入れるのは一石二鳥。一生懸命、テレビカメラに向かって「姉の死を無駄にしないでください」と呼びかけていた弟さんに協力して、ささやかながら私もこの話をUPしました。
April 16, 2009
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アイスホッケーのプレイオフ(決勝戦のようなものか?)が始まった。プレイオフに残るのは、全体で8チーム。今年は地元のバンクーバー カナックスが残って、今夜はホームで試合があるので、街中大騒ぎ。車のアンテナに、カナックスの旗をつけているのも、たくさんみかけた。といっても、これからこの8チームが、それぞれ決められた対戦相手と7回ずつ戦ってそのうち4回以上勝ったものが次の段階に進む4チーム、さらにその4チームがそれぞれ決められた対戦相手と7回ずつ戦ってそのうち4回以上勝ったものが次の段階に進む2チーム。さらにさらにその2チームが7回の対戦をして4回以上勝った方が優勝者となり、スタンレーカップという優勝杯を貰うのだが・・・ちょっと計算してもわかるとおり、たいへんな試合数。プレイオフに残ったからといって、最初に4回負けてしまえば、そのまま敗退だから、大騒ぎの応援をするのなら今のうちという考え方もあるし、もし、勝ち進むようにでもなるのなら、今からあんまり騒いでいると、これから長丁場、応援だけでも体力が持たないではないか・・・・と面倒なことを考えるのは、ほとんど私だけで、中継されたGMプレイスでは、もう観客が、てんでに白いタオル(カナックスの応援グッズの一つ)を振りながら、元気あまって大興奮。(実際、ゲームもプレイオフになると白熱して面白いことが多く、盛り上がって騒ぐのも面白いし、街が一つになる感じがまた心地よい。)今夜の相手は、セイント・ルイス・ブルースで、とにかく一勝。次のゲームは金曜日夜に、同じ相手と第二戦。当分、にぎやかです。
April 15, 2009
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とうとうバンクーバーでも、桜が満開になった。 これは町の中心部の桜で、例年は、春分の日の頃満開になるのに、今年は随分遅い。東京よりも、10日くらい遅れているだろうか。 街路樹も町を明るくしている。 近所のMINORU PARK(ミノル公園)の桜 「ミノル」というのは、以前、この地に競馬場があった頃にいた、強い競馬馬の名前にちなんでつけたのだそうだ。
April 14, 2009
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帯揚げのスカーフ温かし草色の絹にはつかな母の香のする(バンクーバー短歌会詠草、作者未発表)歌会詠草の予習をしていてであった一首。歌についての批評は歌会にとっておくとして、そういえば、帯揚げってスカーフになりそう。そう思って、帯揚げを出してみたら、灰色がかった藤色の、ちりめんの帯揚げが幅といい、長さといい、スカーフにぴったり。端の始末も織で美しく収まっている。早速、今度の歌会にはこのスカーフをしていこう。これは、母がお友達からいただいて、とても気に入っていた帯揚げだったのだが、いざというときにしようと思って、とうとう一度もしめないままになった新品。したがって、「はつかな母の香」はしないのだが、ま、いいか。
April 13, 2009
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ちょっとした偶然で、若田光一さんのブログを見つけたら、宇宙から見た富士山の写真があった。ご自分でも「傑作」としていらっしゃるが、まあ、ため息が出るすばらしさ!オススメです。
April 12, 2009
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孫が、ウェブカメラを使って、スカイプ電話をかけることを覚えた。私も以前から興味はあったが、カメラをつけると、部屋が散らかっているところまで先方に見えてしまうのがいやで、実際には取り付けることは考えていなかった。でも、相手が五歳の孫となれば、話は別。早速、ウェブカメラを買ってきて、セットアップした。孫が相手の場合、あまり重要な話をするわけではないけれども、幼稚園で作ってきた工作だの、描いたばかりの絵を見せてもらってり、こちらからは「こんなお菓子を作ったから持っていこうか」と聞いたり、ベランダに来た鳥を見せたり、まあ、それなりに面白い。書斎(?)にいる息子との交信は2分たらずだったが、本人の背後がなんだか薄暗く、そこにモニターだの本だのなにやらの機械だのがゴタゴタあるらしい上に、また、本人の動きもコマ落としのようになってしまったので、まるで宇宙ステーションと交信しているようなムードがあって笑えた。アメリカにいるもう一人の息子にも、ONLINE で webcam を買って送りつけよう!!トランペットの練習風景なんかを送ってもらったら、面白そうだ。もし、母が生きている頃にこういうことができてるようになっていたら、日本とカナダで離れていても、毎日、テレビ電話で顔を見ながら話ができたのに・・・。亡くなって13年しかたっていないのに、ずいぶんといろいろなことが変わった。
April 10, 2009
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忘れたき人の匂いのする夜は疲るるまでに髪を洗いぬ(道浦母都子)今日届いた書道の課題のお手本は、道浦母都子の一首だった。「ちょっと筆を長めに持って手先の動きが行き届かない線が出るのをねらって書いて見ました。試みてください。」ということで、果たして先生の狙いが私の力で出せるかどうかは、やってみないとわからないのだが、それよりも、道浦さんの歌が新仮名遣いで書かれているのに、ちょっとびっくり。「先生のミス?」と思って、高野公彦編「現代の短歌」で他の作品を参照したら、そうではなく、道浦さんの歌は、みな、新仮名遣いだった。(先生、疑ってごめんなさい。)考えてみたら、所属結社が「未来」だから「コスモス」の同年代の人よりも新仮名使用率は高いのだろう。それにしても、今まで道浦短歌が新仮名であったのに気づかなかったのは迂闊だった。上掲「現代の短歌」にある道浦作品には、「髪」がでてくる歌も何首かあり、「髪」がそれぞれの歌に艶をもたせる役割を果たしているように思った。たっぷりと美しい髪の道浦さんには、「髪」に特別の思いがあるのかもしれない。ガス弾の匂い残れる黒髪を洗い梳かして君に逢いゆく(『無援の抒情』)髪よ髪 雁来紅(かまつか)色に点りたるこのひとときを忘るるなかれ(『ゆうすげ』)与えむと声なくひとをかき抱くある夜は乱れし髪のごとくに(同上)洗い髪濡れて光れるそのままをあなたに倒れてゆくまでの愛(『風の婚』)(ちなみに、この書道の先生には、いつも「あなたは、もっと艶のある歌が詠めるとよいのに」と言われています。)
April 10, 2009
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明日からイースターの連休。復活祭とはよく言ったもので、毎年今頃は、「もしキリストが復活するのだったら、この季節しかない」と実感できるような春らしい季節なのに、今年はまだまだ・・・。桜も、咲いてはいるけれども、満開まではもうひと息。空もなかなかきれいには晴れない。でも、気は心だから、狭いアパートのあちらこちらに、お菓子の入った卵形のプラスチックの容器を隠しておいて、孫が遊びにきたときは、一応、エッグハントの真似事が出来る準備だけはしておいた。
April 9, 2009
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ながいこと留守にしたので、食料品の買い物にCOSTCOに行ったら、元気のよい鉢植えの花がたくさんあり、お値段もそれなりだったので、思わず買ってしまった。何しろ、一昨日までは桜をはじめ花でいっぱいの東京にいたのに、11階の窓から見渡せば今のところ色があまりにも少なくて、淋しかったのだが、お店で見たときより、ずっと大きくみえるひと鉢をベランダにおいて、少し気持ちが和やかになった。 花の名前などは気にしないで、とにかく「元気のでそうな花」という基準で買ってしまったが、ついている札のSENETTIという名前は、花の種類の名前というよりも、固有名詞のような気がしてよくわからない。(アスターの一種か?) その上段にsuntoty collection と書いてあるので、「え?あのウイスキーのサントリー?」と思って、ホームページを見ると、サントリーでは、花も作っているのがわかった。サントリーの種でカナダで栽培された花かもしれない。一年草らしいけれども、日本産の花に当分は楽しませてもらえそうだ。
April 7, 2009
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カナダへの移動日。「昨日と違って、ミサイルにあたる心配もないし、天候も穏やか」などと冗談を言いながら空港のゲートで待っていると、女性の声が聞こえてきた。「台北行き10XX便にお乗りのお客様いらっしゃいませんか。当機まもなくご出発致します。」「? 当機がご出発・・・ですって?」と思わず振り返ると、と、ボードを手にした制服の女性が、大声で繰り返しながら、待合室をまわっている。「聞き間違いか、言い間違いよね」と思っていたら、更に、繰り返して「台北行き10XX便にお乗りのお客様いらっしゃいませんか。当機まもなくご出発致します。」と、歩きながら何度も繰り返して呼びかけているのだ。隣を見たら、主人も驚いたような笑いをこらえたような顔をして、「どこの航空会社だろう」とその人がどこのカウンターに戻るのかわざわざ見に行った。(登場手続きを終了してしまったあとは、とにかくヒマだし。)「全日空だった。他の人と雑談するのを聞いていたけど、あの人の日本語は母国語だよ」といいう主人に「上司は誰も注意しないのかなあ」と私がいうと、「最近の日本語はわからん!」と簡単に結論を下した主人は、また新聞を読み始めた。私としては、「当機・・・・致します」というからには、飛行機は自分の側だから、絶対に「ご」は変だと思うのだが・・・ ちょっと待った!自分側のものでも、相手に関係するときは、「お」「ご」などをつけて、相手に敬意を表するという用法があったっけ。たとえば、自分で書く手紙でも「お手紙を書きます」と言ったり、自分でかける電話でも「お電話いたします」といったり・・・・するではないか。もしかすると、この場合も「お乗りくださるお客様に敬意を表して、自分の属している会社の当機ではあるけれども、ご出発になるのかな?それにしても、できれば、「台北行き10XX便にお乗りのお客様いらっしゃいませんか。当機まもなく出発致します。」と言ってほしかったなあ。もちろん、一番悪いのは、出発時間が近づいているのに搭乗していないどなたさんかだけれども。
April 6, 2009
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だいぶ東京に長居をしたけれども、明日はカナダへ発つ。丁度、桜が満開になったばかりの東京を離れるのはいかにも残念! お隣のマンションの前の大きな桜も今が盛り。以前、ここは日産の社員寮で、当時は塀のなかにあって、上の方だけ少し姿をみせていた桜の木だ。道を通る人も立ち止まって見ているし、すぐ近所の介護付ホームの人も、一人二人と介護士さんに付き添われて見に来ているし、 坐りこんで、じっくりと写生をしている人もいる。井の頭通り沿いの交通量の多いところのなのに、排気ガスにもまけない頼もしい桜だ。ベランダから見ると、裏の方にも、花をさかせている桜がある。 数日前、今年の桜はいつもより白いようだと思ったけれども、日光をうけているうちに、ピンクが少しずつ濃いくなってきているようだ。世情不安定な中、人々の心が花を見て、少しでも穏やかになりますように。
April 5, 2009
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東京の地下は網の目のごとなりて地上歩めば足裏(あうら)こそばゆ(阿部清子)考えてみたこともなかったけれども、東京の地下はスカスカ!私の足の下を、誰かが歩いていると思うと、たしかに下の句のおっしゃるとおり。 思ひ出の食ひ違ひなど良しとして三人の友と語らひつづく(鈴木京子)なぜか、不思議と食い違いますねえ。自分の記憶の方が正しいとは思っても、かならずしも主張するほどの拘りも自信もなくて、それはそれで良しとしながら、おしゃべりが続いていき・・・やっぱり、懐かしく楽しい。 溜め息は体に悪いと誰か言ふ吾は吐くたび身が軽くなる(浅見康子)憂さは適当に外に出した方が・・・。「ため息つかぬは腹ふくるるわざ」だったりして。でも、あまりため息ばかりついていると、自分の身は軽くなっても傍の人が憂鬱になるのでは? 傘を持て一枚多く着よなどとご親切なる気象予報士(一条美嵯子)「ご親切」の「ご」に、ありがた迷惑の感じがよく出ていて。ある春の朝など「今日は黄沙が出ているので、洗濯物を取り込むときは、こうやってよく払ってから取り込みましょう」と選択物を振るしぐさまでしてくださった予報士さんもいたりして。 いつだろう大声あげて泣いたのは雨の日に観るピカソ「泣く女」(一条美嵯子*)あんなふうに泣けたら、どんなによいだろうかと思っている作者かもしれない。 出産を終へし孫恵子は安堵してほつと息吐く母の面なり(亀山八重子)女性は出産を終えたとたんに母の顔になる。それはわかっているのだけれども、幼い、おさないと思っていた孫にその変化をみると、痛々しいような頼もしいような・・・ きっかりと適温の湯に浸された赤ちゃんググッと両腕伸ばす(田中泉*)気持ちよさそう!「きっかり」というところに、お湯の準備をする人がまだなれなくて、一生懸命になっているところが推察される。 残される思い出とわれ引越は見送る方がきっと淋しい(船岡 みさ*)きっとそうにちがいない。見送られる人は、準備に忙しい日を過ごしたし、引越し先での忙しさや不安に淋しさがまぎれるけれども、見送るほうはそれをじっと見ているのだから・・・。私も、何度、人を見送ったことやら。中でもあの世に引っ越して行く人を見送るときの淋しさは、言葉に尽くせない。(引っ越していくほうは、淋しがる余裕がないであろう点も、この世での引越しと同じだ。) この話題もうこの辺でとテレビ消し新聞歌壇を読む月曜日(吉野たか子*)日本にしばらくいてわかったのだが、朝早くから同じような番組が続き、朝9時頃になると、もう飽き飽きしてくる。月曜日の新聞歌壇は、朝日新聞かな? 宿を出て空見上げれば砂漠には地平近くも星が満ちたる(石綿昌男)町のあかりはないし、目をさえぎる建物や木も無いし・・・「地平近くも星が満ちたる」。どんなに美しく輝く星だろう! 妻が前われが後ろの駱駝に乗り砂漠の夜明け日の出見にゆく(石綿昌男)昼間の砂漠は車のタイヤが溶けるほど熱を持つときいているが、夜明けは寒いほどではないだろうか。月の砂漠のプリンスとプリンセスのようなロマンチックな砂漠の夜明け。 月沈み星の広がる夜明け前サハラ砂漠を駱駝にゆらる(石綿昌男)もうすぐ朝という期待感のある闇。星もひときわ輝くひとときだと想像する。 雲場池(くもばいけ)覗き込むときその影はわれの姿のまま底に落つ(小島なお*〉雲場池は軽井沢のおしゃれな別荘地にある大きな池らしい。ネットには緑に囲まれた美しい池の姿がUpされていた、そういう池を覗き込むのも、ちょっと怖いが、その影が「われの姿のまま底に落つ」という発見には、当然だけれども面白い。作者は、何かに悩んでいるのかもしれない。 明日にはみそ汁となる川蟹か強きが弱きの背に乗りてゐる(岡崎花江)強いとか弱いとか言っても、みんな明日はみそ汁になる・・・禅的だけれども、少しさびしい感慨。散るさくら残るさくらも散る桜(良寛) 新聞紙一番似合ふと熱々の焼芋包み友は持ち来ぬ(山田寿)以前、高級食料品店で、箱入りの高価焼き芋を見たことがありましたが、全然似合っていないので、「こんなの買う人あるのかしら」と笑ってしまいました。もっとも、新聞紙に包んである焼き芋も、数年前でさえ一本500円くらいしたから、高価ではありますけれども。 「セーター服の初恋の人の写真まで見せてもらつていいのでせうか(奥山 祈梨子)前後の作から、柊二記念館に行っての感慨らしい。四五句に、作者の人柄がわかって好感がもてる。ほんとに、そんな気持ちになります。
April 4, 2009
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実家はもうないのだが、何かと用事だけは残っていて、実家があった地域に行くことがある。今日もそういう日だったが、ふと桜の花につられて神社にはいると、ほとんど昔とかわらない場所が残っていた。父に後ろを押さえてもらって自転車の練習をしたのは、この境内だった。(なんだか、昔よりも狭いような気がするけれども) たまにこういう経験をすると、「惚け始めたのかな?」と心配になったりして。
April 3, 2009
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バンクーバー新報への投稿作品――「数」と「手」の両方、またはどちらかを入れて詠む――開きたる八つ手の白き球花に呼ばれしごとき今朝の初霜(友)手を使ひ足も使ひて数へをり「五たす八」を幼に問へば(奈津)大雪のイヴはパーティ中止とふ箪笥のドレスさびしさうなり(虹) 幾峠越えし人生思ふなり木の皮のやうな黒きわが手に(のぼる) 一理ある口答へして七歳のイタズラ坊主時に手ごはし(のりこ)手なづけし思ひあらねど雪の夜を裏口たたくラクーン三匹(ふみ ) 二輪車の練習をする「比奈ちやん」にしばし手を貸す秋の路地裏(みき)久々に逢ひたる娘しつかりとわが腕抱へ歩いてくるる(みちこ)数学の知恵の実使ひ作られしサブプライムローンのあだ花が散る(ゆりこ) 弟と連れ立ちて花手向けたり五十回忌の父の墓前に(よしこ)一手ごとに行き詰りゆく構図見え子に厭み言ふオセロゲーム(希)大相撲四十八手の決まり手を初老の夫は汗かき実演(茜) 正月の膾(なます)つくるとひとにぎりの清き塩振り大根(おほね)をもみぬ(あき)妻と来ば手をさしのべむ檜隈川今我一人さらりと跳びぬ(粟)人生の苦難一手に受くるかの眉間のしわを取りてやりたし(唐) 手の中にビー玉ひとつ握りしめ眠りて居りぬ遊びたらぬか(梢)一文字結びし口に手をあてて夫は黙しぬ子の反論に(沙羅)父の名は一二と書きていちじなり孫の名ははじめ一と書くだけ(すみえ) いただきし五色だるまに墨入れず白き眼のまま新年迎ふ(とみこ)
April 2, 2009
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寒い春だと思っていたけれども、やはり春。3階の部屋の前にあるユリノキにふと目をやったら、花芽も葉も出て春の準備をしていた。
April 1, 2009
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