全24件 (24件中 1-24件目)
1

朝食後、静かで道路の広い旭川の町を散歩。市役所の前を通ったら、ナナカマドが美しかった。ナナカマドは「市民の木」だそうで。ナナカマドの並木道。静かな町だけれども、SEIBUが二つもあり、ハロウイーンに因んだ菓子パンも売られて。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・旭川空港から羽田空港へのフライトから下を見下ろすと市街地の道路が縦横にきちんと整備されているだけでなく、畑も規則ただしい四角形。角、角に農家らしき家がある広々とした平野。下に見えるのは室蘭にいたる海岸線か?(推測)何故か機内で配られた鹿児島で発行された「南日本新聞」を読んでいるうちに たちまち下は関東平野。・・・・で、あっという間に羽田に着き、20年ぶりの北海道短歌旅行は無事終了。短歌は・・・・これからまとめます。
October 28, 2009
コメント(0)

開園と同時に、植物園に行った。札幌の植物分布は、バンクーバーとよく似ているので、同じような植物がたくさんあるが、英和で引いて出てくる日本名は、ちょっとイメージが違うことが多い。ここでたくさんの木とその名前を見ておくと、バンクーバーの植物を短歌に登場させるときにも、役に立ちそうな気がしたから・・・。初めて知ったのだが、この植物園とバンクーバーのブリティッシュ・コロンビア大学の植物園は姉妹協定を結んでいるそうで・・・なれば、ますます勉強になろうというもの。午後は欲張って旭川に行き、 宮柊二の歌碑と・・・大雪山の老いたるきつね毛の白くかはりてひとり径をゆくとふ(宮柊二)写真で知っていたよりも小さい歌碑だったが、白樺林お背景に、しっとりと立っていた。私も、とうとうこういう歌に魅力を感じる年齢になったのを感じる。優佳良織工芸館に。 以前、ランチオンマットやペンケースをいただいたことがあって自分でも持っているのだが、工芸館で展示されたのを見る優佳良織の大作は、海や空や森を表現して実に雄大だった。雪をテーマとしたマントを着たマネキン人形は、アンデルセンの童話に出てくる氷の女王みたい・・。
October 27, 2009
コメント(0)

朝、短歌一首を提出してしまうと、俄かに気楽になって、講演を聴き、その後、市内観光。一生懸命出した一首ではあったけれども、どういう歌を出したのか、すっかり、本当にさっぱり忘れてしまった。こういうとき、コスモスに二重投稿になったりするとまずいから、昨日作った歌は、すべて当分お蔵入りとしておこう。☆ バスで登った袰岩山は、霧が深くて、頂上の展望台からも何も見えなかったが・・・自分の足元が見えたから、・・ま、いいか。少し降りてくると、美しい紅葉が目を楽しませてくれたし。。。☆ 大蔵山のジャンプ台。登るだけでも十分に怖いと思う。1988年だったか、1986年だったか、カナダのカルガリーでオリンピックがあったときに、ジャンプ競技を見たのを思い出した。あのときは、マイナス15度だかで、寒かった!!! ☆ 北大の銀杏並木は、黄色が華やかだった。明治神宮外苑の銀杏並木と比べると、北大の銀杏並木の方は、横に枝を張らて、底辺の大きい三角系に仕上げられているが、外苑の銀杏並木は、上に枝を伸ばしてすんなりと仕立てられているように思った。 (あとで大通り公園の銀杏を見たときも同じように思った。剪定も地方によって、適したものがあるのだろう。)☆ 20年ぶりに見た北大のポプラ並木は、随分小規模になってしまったような・・・。まだ、葉は緑だった。 バンクーバーのあちこちにあるポプラ並木も、最近かなり減ったような気がする。大きく育ちすぎると、風に弱くなったりするのだろう。また、寿命がきたと診断されて切ったポプラの木の後に、またポプラが植えられるという例が少ないように思う。以前、ポプラ並木のある公園の隣に住んでいたころは、歌が出来なくなるとポプラを眺めていた。しばらく眺めていると、かならず、なんとか、それなりの感慨が沸いてきたもので、ひそかに「お助けポプラ」と呼んでいたものだった。 ☆ 札幌駅にて、午後1時半頃、めでたく解散。 「札幌のみなさま、お世話になりました。」
October 26, 2009
コメント(0)

紅葉・黄葉の美しい中島公園に隣接する札幌パークホテルでの、コスモス全国大会。(部屋の窓からとった景色)穏やかな暖かい日で、散歩の人も多い。写生をしている人たちもみかけた。 講師は武田弘之氏と木畑紀子氏。他に、柏崎・桑原・島田・杜沢・宮里選者が出席。複数選者に選ばれた作品は以下の通り。6者選性根すゑ若者諭す異体字のやうな長老このごろをらぬ(松尾祥子)5者選半壊のビルに残れる大鏡そこのみ強く西日を返す(橋本宣子)3者選電子辞書動かなくなりこの夜の頭半分枯野のごとし(松尾佳津予)2者選鹿毛が曳くプラウの柄(つか)を握りしめ田を鋤きにしは十八の頃(富家喜代子)ブローチのビーズのやうに乾びたる飯(いひ)つぶはづず母の胸より(秋山和子)よべ聴きしブラームス二曲、若書きの方がよろしと思ふさびしさ(藤崎絢子)職退きて移り来し街よリラを植ゑ楽しく生きむわが道ゆかむ(清水芳洞)うつせみの命いとほしひとり居は花に声かけ鳥と会話す(森田由美子)紙塑なれど十九のいのち哀しめり有馬皇子は椎の葉見つむ(黒岡美江子)
October 25, 2009
コメント(0)

「日帰り温泉パック」の切符を買って、普通の路線バスでとろとろと定山渓に。スケジュールをみたら25キロを80分で行くことになっていたから、「まさかそんなにゆっくり行くことはないだろう」と思っていたら、実際には90分もかかった。日常生活だったらまだるっこしいと思うところだが、観光旅行だから、この方が却って町や人々の様子が見られて楽しめる。定山渓の温泉街は、午前中でもなかなか活気がある。とりあえず、散歩。 街角に突然、白い湯気が見えると思ったら、「湯の瀧」 ほかほかと、温かい。秋まで紫陽花が咲いているのはカナダだけかと思ったら、ここにもまだ元気な紫陽花がたくさん咲いていた。(その後、札幌の町でも、紫陽花の花をあちこちでみかけた。)昨夜の雨でひときわ木々が美しい渓谷沿いを散歩。 明日の短歌会の詠草の中にあったのでネットで写真だけ見ておいた「岳樺」の実物(木に札がついていたからわかった)を見ることができ、予習にも役立った。(私は、これまで知らなかったので。)IMG SRC="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/17/0000260817/77/img884c43cdzikczj.jpeg" width="320" height="240" alt="白樺定山渓.jpg">白樺の黄葉も輝くばかり。何しろ、まだ時差に適応できない夫婦の旅行だものだから、出発も早く、散歩が終ってもまだ10時半。パケッジに名前を書いてあるたくさんの温泉の中でも、そんな時間から開けている温泉はあまりなかったので迷うこともなく、定山渓XXホテルに入る。(XXの部分は隠してあるのではなく、同じような名前が多かったので、わからなくなってしまった・・という、高齢性健忘症によるもの)最近はスーパー銭湯にも行ったことがあり、多少は大規模な浴場にも慣れていると思っていた私だったが、浴場に入ったら、もうびっくり!湯気が立ちこめる、ちょっとした体育館ほどに広い浴場に、浴槽がまあいくつあることか!!温度が熱めの浴槽、ぬる目の浴槽、ジャグジー、露天風呂などなど10個までは数えたが・・・。孫が一緒だったら喜びそうな滑り台付浴槽まであった。一方、入浴客の方は、私も数えてたった3名という贅沢さに、思わず長湯。のんびり、ふらふらとロビーに出てくると、主人の方は、もうずっと前に上がった感じで本を読んでいた。「大きなお風呂だったわね」と言ったら、「ふーん。こっちは、普通の温泉だったよ」との無関心そうな返事。どうやら、お風呂は時間によって男女が切り替わるらしく、たまたま私たちが行ったときは、女湯が広い方にあたっていたらしい。昔は、女湯なんてつけたしのように狭いところが多かったのに、時代だなあ・・。帰りのバスの窓から、ちょっと変った、人工的な感じの山が見えた。もしかしたら、昔のボタ山?
October 24, 2009
コメント(0)

札幌があんまり気に入ったので、カラオケバー&居酒屋 「のり子」を開店して、住み着くことにしました。・・・・・なんてことはありませんよね。 (勝手に写真を撮ってゴメンナサイ)
October 23, 2009
コメント(2)

まだ東京についたばかりというのに、札幌に向かう。 コスモスの全国大会が札幌であり、半年も前から参加表明をしていたからだ。私にとって札幌は、今回が3度目。1度目は、40年ほど前の8月末。主人と厚岸に行く用事があったので、行きがけに一泊。でも、その時は、夜到着して朝出発してしまったので、札幌はほとんど印象に残っていない。2度目は、20年ほど前。コスモスの北海道大会が札幌で開催されたとき、講師だった鈴木英夫先生ご夫妻の「おっかけ」のような感じで、同じくコスモス会員だった母と一緒に。6月の初旬で、辛夷の花があちこちで美しかった。・・・・となると、次に来るのは20年後ということになる計算だが・・・順当に考えてそれはありえないから、この4日間、しっかり見ていこうと思う。今回は、主人と一緒のホテル付パッケージ旅行。 ホテルの隣には、昔の大地主(今も、名家)の伊藤家があった。 mmm 門の前を通っただけだが、木々の手入れが行き届いている感じで、趣深い。町は、東京(チェーン店が多いので、見慣れた看板が多い)ともバンクーバー(木の種類とか、道幅の広さとかが)とも似ていて、まるで、住みなれたところに来たような錯覚に陥る。温かくて、紅葉も黄葉も美しいが、まだ頭がぼーっとしている。
October 23, 2009
コメント(2)
ケータイ電話の便利さにすっかりなれてしまった私が「今度は日本でもケータイ電話を使いたいわ」と娘にメールをしたら、忙しい中をいろいろ考えて、早速今日から使えるようにしてくれた。使用方法や機能は、カナダでもっているのと基本的には同じだけれど、カナダではメールが使えるような契約にはしていないので、私にはメールがまず目新しい。いざ使ってみれば、ケータイメールは、相手がどういう状況にあるかわからない場合に迷惑がかからないという点では、かなり便利だ。なれないので入力がかなり遅いけれども、複雑なメールは入れないのだし。また、カナダでつかっているケータイにはついていない辞書機能が賢い。これって、使ったら余計に料金がかかるのかどうか・・・と説明書を読んだが、別にそういうわけでもないらしい。ただ、娘としては、用意はしてくれたものの、いざとなるとちょっと心配になったらしく、渡してくれる時に「電話がかかってきたからといって、歩いているときに、あわてて急に立ち止まってとったりしないように。」と付け加えた。・・・というわけで、私のケータイ番号を知らされた皆さん! すぐにはとらない場合があるかもしれませんが、簡易留守電はとれるようになっているので、メッセージを残してください。安全な状態になってから、メールを送るなり電話をかけるなりさせていただきます。(ホントは、カナダでは運転中でも電話をとったりしているのだけれども・・・。それはそれ、これはこれ。カナダではまだ違法ではないのです。)
October 22, 2009
コメント(0)
日付変更線を未来へと飛びこし、夕方成田着。杉並の家にたどりついたときは、もう8時過ぎだった。窓を開けたら、井の頭通りをはさんだお向かいに、セブンイレブンが出来ていた。これから、何かと便利そう。となりのマンションのユリノキの葉はまだ緑。柿の木には、実がたくさん。昨年はまったくならなかったし、一昨年は生ったけれども、鳥が来て下が汚くなるからと、早めにすべて処理してしまったから、こんなに豊かに見えるのは3年ぶり。とりあえずの食料を買いに、午前1時まであいているご近所のサミットストアに行ったら、なんとその2階と3階にあったエディオン(電器店)が、5月に閉店しているのがわかった。開店してから1年くらいしかたっていないように思うが・・・。これから、何かと不便そう。
October 21, 2009
コメント(0)
お天気のよい、紅葉・黄葉の美しいバンクーバーを出発。成田に向かう。今年は、25日の札幌での行事にあわせて例年より早く行くことにしたので、算段に少々手間取り・・・しかし、なんとか希望通りの出発。東京はまだまだ暖かいようなので、今年は二度、紅葉を楽しめるのかもしれない。
October 20, 2009
コメント(0)
この夏、短歌会の後で、源氏物語についてのお話を、Nさんがしてくださっていらい、少しずつ源氏物語を読んでいるのだが、高校生時代に「国語乙」で読んだときとは別の物語のように、面白い。たとえば、男女のかけひきが、会社の営業戦略のようだ。まず、姫君に仕える女房たちが、いかにその姫が美しく魅力的であるかについて、PRに努め、そういうコマーシャルをたくさん見た殿方が、これぞと思う姫君何名かをピックアップしてラブレター(引き合い)を送る。姫君の女房(営業部)たちは、その引き合い書を見て、そのまま却下したり、代筆で返事をしたりして様子を見て、「この方なら」と思うと姫君(トップ)に見せて、返事を書かせる。もちろん、秘書課の女房たちは、紙を選んだり、文章の起案をしたりに余念がない。姫君がどんな殿方を捕まえるかが、女房たちの将来の収入にも大きく違ってくるのだから、経理担当のおつぼねさまも、真剣に活躍したに違いない。顧客側の「殿」でも、その返事を参考にしび出した選姫君のもとに、まず、腹心(源氏の場合は、「これ光」(「これ」の字が機種依存文字らしく、ブログには出せない)を派遣して、feasibility studyをする。「よし」ということになれば、まだ、姫を見たこともない場合であっても、いかにもその姫に焦がれているような、嘘八百の美しいラブレターを書く。このラブレターが相手の姫の目に触れるかどうかは、姫に仕える女房次第。気の毒な末摘花さんも、もっとスタッフがしっかりして、センスのよいスタイリストやら、編集者やらがついていたら、お化粧も着物も当然もっと洗練されていただろうし、古くなって色が変りかけた紙に書いたラブレターをださせたりはしなかっただろうし、結果がまったく違ったりするかもしれなかっただろうに、それだけのスタッフを揃えることができなかったのだろう。(スタッフ+ブレインを揃えるのも実力のうち)姫は、そのグループの能力の結晶のようなものだし、また、優秀なスタッグたちに「この姫についていこう」と思わせるリーダーシップがなければ、自分の恋を成就させることも出来なかったのだと思う。何しろ、お姫様たちときたら、自分で手紙を届けに行ったり、自分から〈彼〉を訪ねていくわけにはいかなかったのだから。そして、次から次へと姫にアプローチをかける源氏にも、〈これ光〉秘書課長に労を惜しませないだけの能力があったのだろう。A姫がチームの智恵をしぼって染めて、縫って届けた重ねなどを着て、B姫を尋ねて行ったにちがいないあたり、油断のならない取引相手である。紫式部サンは、その藤原氏への勤務の中でいろいろなチームを見て、そういう人物たちを作り上げた・・・のかな?時代が時代だったら、紫式部はビジネス書の分野にも進出していた人かもしれない。
October 19, 2009
コメント(0)
最近、五歳の男孫にかんたんな料理(?)を仕込んでいる。ダイソーで買った海苔巻きを作る道具をつかいこなして、細巻きと太巻をつくることができるようになってから、彼の方も(自分で作ったものを食べるのも楽しいが)「Imade it for you」と親に出すときは、格別な喜びがあるようなのでよいチャンスだ。まずご飯。カップで計った米を、漉し器にいれた洗い、電気釜に入れて同量の水を入れ、しばらくおいてからスイッチを入れると、あとは待つだけというのは、昔の人が想像したら目をまわすような簡単さ。遊んでいても、5時すぎになると、「obachan, rice making time!」と言って立ち上がる。砂遊びの感覚で米を洗っても、それはそれでかまわないと思うし、洗い方が下手でも、最近のお米はあまり洗わないでもよいようにできているから、問題ない。あと、卵料理。スーパーで、電子レンジでオムレツやスクランブルエッグやオムライスをつくれる道具を売っていたので買ってきてためしてみると、油を使わずに出来る点もなかなか。醤油とみりんをいれて和風にしたり、バターとミルクをいれて洋風にしたり、調理済みのひき肉を入れてオムレツにしたり、ふりかけを混ぜたご飯を入れて、擬似オムライスにしたり、ヴァリエーションが効く。でも、卵を割るのがむずかしいかなあ・・と思ったのだが、やらせてみると、フォークの柄で殻をこつこつと叩いて割れ目を作り、上手にできるので、これはちょっと意外だった。ママがいつもその方法でやるのだそうで。。。それから、電子レンジでチンとやるだけで食べられるシュウマイとかピザ。ソーセージもOK。電子レンジのドアの開閉とか、ラップのとりはずしには注意しないと、あつい蒸気が出てくることがあるが、さすがに最近の子はそのあたりはすでに親から訓練されていた。今度は、彼にできる野菜料理を何か考えてみたい。日本に行くと、幼児用のクッキング用品(玩具)がいろいろあるというから、捜してみることにしよう。日本料理を教えておけば、私の老後は安泰・・・・かな?
October 18, 2009
コメント(0)
バンクーバー新報 10月29日号掲載分 長雨のやうやく上りコスモスは丈のびて青き空にゆれをり(みちこ)蜜ふふみ蕊粉
October 17, 2009
コメント(0)
わが腕をとりて頬よせくる妻の体が少し汗ばみてゐる(桑原正紀) 〈これまで〉も〈これから〉もなき一瞬の輝きが今わが身つらぬく(桑原正紀) 奥様との時間を「一瞬の輝きが今わが身つらぬく」と受け止める作者もすばらしいし、作者にそう感じさせる奥様もきっとすばらしい方だろうと思う。 夜半とどき「Midori Update」少しづつ友のをはりの近づくしらせ(後藤美子) ハワイと日本の時差の関係もあり、夜半に英語で届くUPDATE。こうして、妻の友人に、終りの近づいた妻の日々をメールで送る夫君の心境や、そのメールを受け取る作者の気持ちを思うと言葉もない。もしかすると、こういうメールを書くことによって、夫君は、少しだけかもしれないが、心の重荷を軽くしていたのかもしれないと、考えたい。 電線の区別分かねど熱こもる恋の言葉の行き交ふはどれ(田谷鋭) 固定電話を通じての恋の言葉は、今では随分少なくなっているかもしれないが、きっと、まだどの電線かでは交わされていて、そこだけが他の線より熱くなっていたりして・・・。発想が若々しくて、でも、ちょっと古めかしくて楽しい。 (静かの海〉よりも寂しく在さむか子に逝かれたる毛利朋子氏(高野公彦)親としては、何よりも辛い試練だと思う。お元気を出していただきたい。作者の歌集のタイトルを引用した高野氏による挽歌。11月号に出ている毛利朋子氏の作品を以下に引用する。天を裂く雷と集中豪雨来し七月二十四日 娘逝きたり「桟橋」と届きしばかりの「コスモス」の八月号を棺にをさむ帰去来の碑のほとりにて写したる一葉を伸ばし遺影となしぬ現し世を離りて隠り世に行きし娘をおもふあしたゆふべに向日葵とポンポンダリアを飾りたり明るい花の好きなひいなに〈おかあさん〉の愛を、身につまされてしみじみと感じる。 汁物は汁だけ啜りけふも具を残せる夫よ 好(い)いやうにおし(森重香代子) 結句に、お母さんのような愛情がいっぱい。せっかく作った汁の具がすっかり残されて、若い妻なら不満に思うところだが、あたたかく包みこむあたり、さすがの余裕。 われに入りてわれでなくなる酒たちのかなしみのこゑ体で受ける(大松達知) あらら、かなしみのこゑだったのか・・!捉え方に意表をつかれて。 「やうな」といふ現実ばなれの心地良さ村上春樹は夜に読むべし(斉藤梢)村上春樹『1Q84』は読んだ。現実と非現実をゆききする不思議な設定の中で、あれこれ起こる事件。そこに心を置くのは、やはり夜でなくては・・・ しんしんと昼寝する母のちさきかほつくづくと見つ九十六歳(黒岡美江子)「老い」自分の将来として見つめなおしたり、母上と共に過ごしてきた人生を考えるのも、きっとそういうときだ。 ほんたうにもうおばあさんおろおろとけふまた探す出てこぬものを(佐藤慶子)こんなことを歌に詠めるうちは、まだ自分では本当にはそれほと「おばあさん」とは思っていない???本当に、本当にそう思ったら、きっとめげて歌わなくなります・・・よ。佐藤慶子さんとは同じ齢の私も・・・コンピュータの外付ハードディスクがみつからなくてあおくなったり(ありましたけど)、携帯電話とコンピュータをつなぐコードが見つからなくて探し回ったり(これも、結局2日後にでてきましたけど)・・かと思うと、食べようと思って買っておいたバナナを食べ忘れて黒くしてしまったり・・・といろいろあるが、見栄をはってなるべく内緒にしている。(あ、書いてしまった!)
October 16, 2009
コメント(0)

先日、ベランダで花の終った菊の鉢を片付けているときに、ふと思いついて、枯れた花だけ別にして、日の当たる窓際に広げて乾かしておいた。松本清張が、杉田久女をモデルにして書いたといわれる短編「菊枕」を思い出し、実際にはどんな感触のものか、寝てみたらどんな感じがするのか、ためしてみたくなったので。ストーリ中の説明によれば、菊枕は、菊の花を集めてよく乾燥させて作る小型の枕で、普通の枕の上に載せて使うものらしい。 あとは想像力で補って作ったこの〈菊枕〉らしきもの、感触はなかなかよいし、日向の匂いとまざった菊の香に包まれて目をつぶると、子供の頃遊んだ秋の日向を思い出すような気持ちがしてうっとりした・・・・のだが、だんだんに、菊の花で飾って見送った誰彼の最後の姿が思い出されて、眠れなくなってしまった。菊の花はもうやめにして、今度は、ラベンダーの花殻で作ってみよう。
October 15, 2009
コメント(0)

2010年の冬季オリンピックまで、あと四ヶ月ほど。冬季オリンピックは初めての五歳児の今日のクラフトは、聖火リレーのトーチ。初めてなのに、なぜどんなものか分かっているのか、そこが不可解だが・・・なんとなく、それらしい。ゴルフクラブの先に、赤い薄紙を炎のようにくしゃくしゃにしてセロテープでつけ、その下に、五色の輪ゴムをやはりセロテープでつけただけのものだけれども、本人は大満足で、家の中を走り回る。ちなみに、彼の父親と叔父は、メキシコ・オリンピックの頃、猫じゃらしを束ねて高くかかげながら、東京都府中市の畑道を走り回っていたものだった。
October 14, 2009
コメント(0)

毎年、10月と1月には当地にしばらく滞在してから渡っていくスノーギース。今年はもう南に向けて通過してしまったが、とりためた写真の中から何枚かをUPする。これは着陸寸前のところだが、翼の一部が黒いのがよく見える。湿原に、大きな群れで降りてきているときは、まるで雪が積もっているように見えるほど真白だが、空を飛ぶときは、逆光なので、だいたい黒く見える。渡りの日が近づくと、あちこちから、三々五々、小さな群れで集まってくる。ちゃんと、几帳面に飛翔の隊列を組んで。(夕方なので、太陽が低く、空を飛ぶスノーギースの姿がちゃんと白く撮れました)仲間を待って日を過ごすうちに、どんどん数を増し、ある日、何の合図でかいっせいに飛び立つ。空いっぱいの大飛翔。これだけの大群になっても、拡大してよく見ると、無数の鈎型、矢型になっているのがわかる。2007年から2008年にかけての冬は暖冬だったので、当地で越冬した群れもたくさんありました。あの冬は雪も少なくて餌には不自由しなかったスノーギースでしたが、真昼間でもこの暗さ。きっとびっくりしたと思います。一方、公園やゴルフ場の芝がずいぶん傷んで、市では大変な費用がかかったそうです。(どこもかしこも、糞だらけだったし)1月に南から帰ってくるスノーギースには、光もなんとなく明るく差しているような感じがします。ちょっと小さくて見えにくいですが、これが今年のヒット作。夕日の中をとぶイカロスのようなスノーギース。大きな写真で見ると、われながら、ちょっとゲイジュツテキ。(・・と自分で言ってるだけですが)
October 13, 2009
コメント(2)
カナダでは今日が感謝祭。(アメリカでは月末)例年、雨で寒いことが多いのに、今年は気温こそ低めだったものの、紅葉が陽にあたって、うつくしい一日だった。スノーギースの大群は、昨日は中継地であるご近所で大騒ぎして、夕方までには次々に飛び立って行ったが、今日は、6~7羽の編隊さえ見かけなず、シーンと静かな一日。おととしは暖冬でたくさんのスノーギースが当地で越冬したがあったが、今年は、大慌てで大移動をしてしまったところをみると、寒い冬になるのかもしれない。ゴルフ場の池には、ここに住み着いている鴨たちが日向ぼっこをし、工事中だった間どこかに行っていたsand piper(鴫?)たちがいつのまにか戻ってきて、小さい姿ながら細くて長い足でピョンピョンと落ち着き無く動きまわっていた。
October 12, 2009
コメント(8)
アメリカより一足先に、明日はカナダのサンクスギヴィング・デー。(感謝祭)・・・といっても、わが家ではターキーを焼くわけでもなく、子供たちがあつまるわけでもなく、普通の週末のとおり、近所の所属クラブでゴルフ。昨夜から今朝にかけて気温が下がったので、ゴルフ場は、今年初めての霜がおりて、グリーンがテンポラリーになっていたし、となりの湿地帯には、先日来、数が増えていたスノーギースが、大群になって大騒ぎになっていた。急な寒さのために、「こんなところにぐずぐずしていられないよ。早く出発しよう!」と焦っていたのかもしれないが・・・ゴルフよりも鳥の様子に気をとられて、なかなかゲームに身が入らない。バンクーバー国際空港がすぐ近くにあるので、飛行場としても事故が心配なのだろう。10分おきくらいに空砲が「ドーン」と鳴らして、鳥たちを追い払っている。何しろ、数が多いから、昨年のハドソン川での事故のようなことが起きないのが不思議なくらいだ。午後3時頃になると、鳥の間で相談がまとまったとみえ、西空一面に広がった大群が、大声でなきかわしながら、南に向けて次々と飛んでいってしまい、あたりは急に静かになった。明日はまた別の群れいくつもが、ここに集まって大群となり、出発していくのだろう。たしかにあれだけ(何千羽か勘定できないけれども)の数が群れになっていけば、外敵から襲われることも少ないだろうと思いつつ、見送る。無事に南に渡っていって、また三月にはもどってくることができますように。バンクーバーは、どうやら明日までは天気が持ちそうだが、火曜日からは毎日雨が降るらしく、いよいよ、冬へとまっしぐら。今年も元気で夏をすごせたことに、とりあえず感謝、感謝。
October 11, 2009
コメント(0)

八宝菜つくる材料そろへゐていつしか十宝菜となりたり(松尾佳津予)うちでも、ちょっと同じようなことがあって・・・。でも、うちは、十一になりました。夕方から気温が下がってきたので、夕食は「ほうとう鍋」を、夫が作ってくれた。日本に行く日が近いので、冷蔵庫の掃除をかねて何でも入れたというので、食卓で一緒に数えたら、なんと、牛蒡、玉葱、白菜、椎茸、凍み豆腐、葱、ちくわ、白滝、チキン、ほうとう + 今回は特別に松茸で、11種類。ほんの少しずつとはいえ、ぜいたく、ぜいたく!
October 10, 2009
コメント(2)

バンクーバー短歌会10月例会。もちろん、ちゃんと勉強もしたのだけれども・・・・「うちでたくさん取れたので」と、Mさんが梨をたくさん持ってきてくださった。バンクーバーでは、日本式の梨はApple pearと言って、時々韓国産が売られているのだけれども、Mさんのお宅の梨とは味が比べ物にならない。お宅に梨の木があるなんて、とても羨ましいことだが、今年は特にたくさんとれたそうで、その一部を持ってきてくださった分でも、15人ほどの出席者に一人3個ずつ行き渡った。と、その梨を配っている間に、今度はYさんが「ワインがおいしくできたから」と、ご自分で作られたワインを持ってきて、分けてくださった。(重かっただろうに!!!)で、さらに、「採りに行った人が余ったというから」と、松茸もたくさん配っていただき、さらにさらに、最後の収穫物だからと、畑の茄子と春菊をSさんにいただき・・・帰りの車の中は秋の収穫祭状態。 まさにサンクス・ギヴィングだった。そして、夕食には・・・・松茸ごはんに、松茸の吸い物。茄子と豚肉とブロッコリーニの中華風と、春菊のごまあえ。(ごまあえの写真を撮り損ねた)ワインは赤。デザートはもちろん梨。(ジューシーで、シャリシャリとおいしかった!)みなさま、ご馳走さまでした。繰り返すようですが、もちろん、勉強もちゃんとしました! はいっ!
October 9, 2009
コメント(2)

海沿いの堤防の道を、いつもと反対の方向に歩いてみたら、突然、こんな標識が立っていた。これは、野生動物が道を横切る可能性があるところに出る標識と同じだが、どうみても、牛の絵。こんなところに牧場があったのかしら?と見回すと・・・・ 何回も通っているのに、どうして気がつかなかったかと思うように、道の左右に牛が三々五々、草を食べていた。この標識を見るまでは、なんだか自然にとけこんだ一場面のように見えていて目立たなかったのかもしれないし・・・・私がいつも考えことなどをしていたり、同行者としゃべっていたり、ぼーっとしたりしていて気がつかなかったのかもしれない。道の西側は、少し広めの庭のような感じの、塀に囲まれた草原で、塀の向こうには普通の家が立っている。牛は、胴に太い帯を巻いたような模様の種類で、私にはあまり馴染みのない種類だった。道の東側は、海まで広がる湿地帯。道との間には鉄条網が張ってあり、また、道路を渡る部分は、開閉ができるようになっている。食事の時間が近いのか、牧舎に帰る時間が近いのか、牛たちが、海まで広がった広い放牧場から、ゆっくりと歩いてきて、金網沿いを同じ方向に向っている。 庭の部分にいる牛とくらべて、放牧地の沼にいる牛たちは、泥んこ!ふと、牛たちの行く手に目をやると、一軒の家(小屋?)があって・・・・・そこに、なにやら、手書きという感じの大きな看板がかかっている。近寄ってみると、なんとNatural Beef だそうだ!まあ、それは、自然の中で運動している牛だから、そうには違いないのだろうけれども・・・その脇で、「自然」にすごしている牛たち(母子もいた)を見て、「あ、おいしそうだから、ここで肉を買おう」と思えるのもすごい。その小屋に向って、列をつくらんばかりにして戻ってきている牛たちをもう一度見ると、なんだか、「注文の多い料理店」〔宮沢賢治)を思い出してしまった。今の地球は、人間が支配しているのだから、他の動物には我慢をお願いするより仕方がないのだろうが。http://www.stevesfarm.com/steveston/に行ってみたら、ここはなかなか伝統のある農園で、この牛は、Belted Gallowayという種類だと書いてあった。このSteve家は、長く市会議員をしているHarold Steves市に関係ある家らしい。
October 5, 2009
コメント(0)

三輪山の背後より不可思議の月立てりはじめに月と呼びしひとはや(山中智惠子)そういえば、どこかに初めて「あれを、月と呼びましょう」と決めた人がいたわけで・・・。昨夜は中秋の満月で、あちこちでMoon Festivalなどもあったが、月の出がまだ明るいうちだったので、ちょっと感動が薄かった。が、それに引き換え、今日は、ちょうど東の空が薄紫になってきたこと、遠くの山の端から少しずつ顔を出してくる月が実に見事。ぐん、ぐん・・と、大きな月が上がってきて、力強い。 少し高くなってくると、空ももっと暗くなって、月の光が強く感じられた。 家々の明りの消えた夜中に、ふと外をみたら、月の光が屋根や芝生を白く照らしていた。街燈があかるい現代の町でも、これだけ月が明るいと思うのだから、夜の暗かった昔の人々が、月の明りをどんなに明るいと思ったか実感をもって察することができる。和歌に月が多く歌われたのも、そういう感動からのことだろう。
October 4, 2009
コメント(4)

スノーギースの渡りはまだ始まっていないかと思っていたら、そんなことはなくて、わが家がそのコースを少し外れていただけだった。まだ、空を昏くするほどの大群はいないけれども、今日は、次から次へと小さい群れがすばらしい隊形とスピードで飛んでいくのを、渡りの中継地に近いゴルフ場からみかけた。 白いスノーギースも、見上げると逆光になって黒く見えるのだが、今日は、日没に近い時間で太陽が低かったせいか、翼の白が輝いて美しい。夕陽を横切っていくスノーギースの群れには、イカロスの神話を連想してしまった。(小さい写真なので、黒い点々のような鳥の姿が見えるかどうか・・・??)これからメキシコまでの長旅、つつがなく遂げられますように・・・。それにしても、なんの荷物も持たずに、すべて現地調達で、自分の翼の力だけで飛んでいく鳥のことを考えると、私が東京に飛ぶときなど、重たいスーツケースを引き摺って、飛行機に乗り込んで・・・。なんだかブザマだ。
October 3, 2009
コメント(0)
全24件 (24件中 1-24件目)
1
![]()

