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カナダはまだ2009年の年末だけれども、日本は1020年のお正月。TV JAPANからは、お正月の定番、宮城道雄の「春の海」が聞えてくる。11月に鞆の浦に行ったときに初めて知ったのだが、この曲は、宮城道雄が、まだ失明していなかった子供の頃、父親に連れられて行った鞆の浦の海を思い浮かべて、後年、作曲したのだそうだ。本当に鞆の浦の海は、曲のイメージとおり、優しくて穏やかだった。(鞆の浦の海)他の観光地なら、スピーカーで「春の海」を流したりするかもしれないのに、そういうことをしないのが、鞆の浦のよいところだろう。ただ、なんとなく、しずかすぎて、寂れた感じがしたのが気になったけれども。
December 31, 2009
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新人の多いその二集から印象に残った歌を拾ったら、新仮名遣いの歌ばかりになったのに気がついた。他結社にくらべて新仮名遣いを認めるのが比較的遅い方だった「コスモス」でも、最近は新仮名遣いの作品の占める割合がかなり増えている。そして内容も、歴史的仮名遣いにはふさわしくないものが増えているのも事実だ。もう一人私がいたらいいのにと思ってしまう告(こく)られし時(中山真彩子*)ああ、遥か昔に私もそんな思いをしたことがあったなあ・・・・なんて。作者は真剣に悩んでいるのかもしれないけれども、「すばらしい時期なのよ」と言いたくなる一首。それにしても、「告(こく)られる」というんですねえ、知りませんでした。作者が気を悪くされるかもしれないが、この言葉に「文語」の「し」がついたとき、なんともいえないほほえましい雰囲気が出ているように、オバアチャンには思われる。 結ばれることなく絡みつくだけで勝手に実るわたしは葡萄(白川ユウコ*)なんてすばらしい比喩!ちょっと寂しい愛だけれども、しっとりとした味わいを感じる。 フライパンに焼きおにぎりはこびりつく忘れられないひとを思えば(城戸真紀*)焼きおにぎりを焼くときは、あまりいじりすぎると崩れるから、何か物思いにふけっているくらいが丁度よいのだけれども、その焼きおにぎりでさえこびりつくくらいだから、よほど考え込んでいたに違いない。その「忘れられないひと」の「忘れられない」度合いがうまく表現されていると思った。ところで焼きお結びは、私の父の大好物で、生前にはよく注文されて作ったものだった。私は細火の上で網にのせて焼いたのだけれども、冷たいご飯で作っても中まで暖まっておししいし、醤油の焼ける匂いが楽しかった。どなたかに以前、「フライパンにクッキングペーパーを敷いて焼くと、うまく行くわよ」と教えていただいたことがあるのだけれども、まだ実行したことはない。作者もきっとその方法でやっているのだろう。今度、私も試してみよう。
December 30, 2009
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日系ガーデナーズ協会の方々の主催の「もちつき大会」に、息子と孫と三人ででかけた。息子は幼稚園で「おもちつき」をやったことがあり、とても楽しかったから、自分の五歳の息子にも味合わせてやりたいと思ったらしい。会場に近づくと、あちこちに「mochitsuki →」という字と三段重ねの鏡餅の絵がかかれた案内用ポスターが貼ってあった。開始まで、太鼓のグルーの演奏を見たり、ママさんへのお土産のお菓子を買ったりしてすごすうち、時間になって、いよいよ餅つきの実演が始まる。 孫はじっと見ているのだが、無口になってあまり楽しそうにも見えなかったので、興味がないのかと思って、30分ほど見ただけで帰ってきた。・・・・・・・・・ ・・・が、そういうことでもなかったらしい。夕方になって行ってみると、玄関を入ったところに、こんなポスターが貼ってあった。 矢印を辿っていくと、 こんな「設備」ができていて・・・聞いてみると、これが Marc's Mochitsuki place.木のハンマーをもって、「こういう風にするんだよ」と掛け声までまねをして・・「名前がよばれたら、来てね」とかもったいぶって,少し待たせてから "Noriko Obachan Sato !" と呼んで私にもやらせてくれた。(ちなみに、彼は、私のミドルネームが オバーチャン だと思っている。)やはり、充分に楽しかったのだろう。なかなか観察が細かった。
December 29, 2009
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朝起きてテレビをつけると、クリスマスの間、録音番組とちょっとばかりのニュースしかやっていなかったクリスマス休暇が終わってすっかりふつうの番組になっていた。こちらは、お正月はあまり重く見ないので、1月1日が祭日なだけだが、今年は、2日が土曜、3日が日曜でたまたま三が日が休みになった。日本からのTV JAPANにチャンネルを変えると、こちらは昨日からが特別番組が多い。いよいよ、年末年始の休暇に突入という感じだ。仕事をしていた頃は、25日26日にまったく機能しないカナダの会社のことを「休んでばかりいて」と日本の仕事先が文句をいい、年末年始には「日本人はまだ休日気分だ」とカナダの会社が文句を言いつつ、仕事の進行が二週間ちかく停滞することが普通で、いつも、間にたつ私たちが文句を言われていたのを、なつかしく思いだす。(領事館は、両方の休日を閉館していたけれども)きっと今でも、仕事の区切りを「クリスマス前に」につけたいアメリカなどと、「年内に」つけたい日本とでは、いろいろ行き違っていることだろう。日本で、鳩山首相が「年内には」とかアメリカの交渉のことを話しているのをテレビで見たときも、そのことを思った。たとえば、オバマさんもクリスマスぎりぎりまで働いて法案を通過させたら、もうたちまちハワイに休暇に行ってしまったではないか。
December 28, 2009
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それはそれこれはこれとし平穏に過ぎゆく夕べ花手入れする(広川くら) 「それはそれ、これはこれ」とするのは、同じことでも平穏と解釈してしずかに暮すために不可欠な智恵&技術。 眼に眼鏡耳に補聴器膝に杖人工の物に生かさるる日々(小関八重子) ありがたいことですもの。享受して楽しく生きましょう。私の場合は、眼と歯が人工物のお世話になっています。 白葱をシャキシャキ刻むリズムよしまぐろどんぶりうまい予感す(塚本裕紀子*)心弾みの表現された気持ちのよい歌。シャキシャキが効果的。 この身には縁のなかりし腰痛のたうとうきたねおてやはらかに(永田恭子)なんだか友だちを迎えるような余裕。 残念ですけれども、とうとう来てしまったものはしょうがない。「おてやはらかに」の結句でユーモラスになった。 同じことなら落ち込まないですごしたいですもの。 「ころばぬよう」会ふ人ごとに注意され八十六のわれ自転車が好き(好岡美代子)ほんと、おころびにならないように!でも、頼もしい。 スリッパが朝見たときのハの字にて迎えてくれた夜は切ない(今岡いづ美*)「ひとりぽっち」の切なさが、「ハ」の字のままになっていたスリッパに象徴されている。いつも寂しいというわけではない作者だろうが、夜、疲れて帰ってきたときに、こういう切なさを感じるのだろう。 カープとは野球なるらしボール持ちて「カープしよう」と幼な児はしやぐ(水登安子) 作者は広島在住。いかに球団が土地に根付いているかがわかって、楽しくて可愛らしい一首。そういえば、11月に西宮に行ったとき、駅前でタイガースのユニフォームのパターンのタクシーを見かけた。西宮あたりでは、野球のことを「タイガース」という子供もいるかもしれない。 竹筒で炊きたる飯を頬張りて七夕まつりはフィナーレとなる(栢 弘子) 七夕に竹筒でご飯を炊くという習慣があるとは知らなかった。竹筒を火にかけるわけにはいかないだろうし、どうやって炊くのだろう。うちのお墓のある文京区のお寺のそばに竹屋さんがあって、竹筒などを時々売っていることがある。今度行ったら、太めのをいくつか開墾で実験してやってみたいものだ。竹の香のするご飯は、きっとおいしいと思う。 ひよつこりと郵便受けに蟋蟀の顔を店てより秋は来にけり(財津育子)びっくりしたり、楽しんだり!秋は、いろいろな風にやってくる。言葉とは聞く気なければ只の音彼われ言ひつのる団交の夜福盛静夫相手の言葉を聞く気もなく、主張だけをてんでにしゃべる団交。どうやって結論を出すのだろう。 「又来てね」「うん来るけん」とくり返す帰るまぎはの長崎言葉(杉浦貞子) 土地の言葉で話すとき、一番本音がでる。 病院に夕食終へて帰るさを慣はしとしき夫との握手 緒方敦子 p205
December 27, 2009
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近所の公園にいったら、池に薄氷がはっていた。とても薄く見えるのに、鴨たちは、その上に立ったりして、別に危うげもない。 長野オリンピックの頃、毎日、黛まどかさんの俳句が新聞に出ていたことがあり、逢いたくて逢いたくて踏む薄こおり(黛まどか)という句があって、うまいなあと感心したことがあったのを、思い出した。透明な薄氷に、青空と雲と木々が映って光っていた。
December 26, 2009
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ひさびさによく晴れて、日の出が美しいクリスマスになった。家々の屋根には、白く霜がおりている。マンションのロビーに飾られた大きな白いポインセチアが少々寂しそうだが、美しい。
December 25, 2009
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10月に、第三歌集「ひだまり」を上梓なさった松尾さん。(「ひだまり」は四人のお孫さんの名前の一字ずつをとって構成したタイトルだ。)なぜか、12月13日の出版記念会の日から、急に膝の痛みがひどくなって、歩くのがお辛そうだった。私が東京を離れた18日も、「少しは楽になりました」とおっしゃってはいたけれども、まだいつものようにはいかないようで。あれから1週間近くなるけれども、どうなさったか気になって、今日はスカイプ・アウトでお電話してみた。「まだ、歩き回れなくてね・・・」という状態だそうだが、「でもね、孫たちが「ひだまりズ」からだと、杖をプレゼントしてくれたんですよ。」と、相変わらず明るい声でおっしゃって、さらに、「痛いのなんか、すぐなおるのに、もったいないですよね・・・。ま、とっとけばいずれは必要になるんでしょうけど」と、お嬉しそうながら、あくまでも楽観的。ほんと、そのお気持ちなら、すぐ治られて、折角の杖には休暇がでるかもしれないけれども、「ひだまりズ」と名乗るとは、お孫さん四人組もユーモアのセンスがあって楽しい。みなさん、音楽には才能がおありのようだから、「ひだまりクワルテット」なんか立ち上げればいいのに。
December 24, 2009
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クリスマスイヴは、半月と星が美しい夜になった。五歳のMarcが、Tomorrow is Jesus's Birthday ! とか言いながら空を見上げて、父親にDaddy, which one is the Star of Bethlehem ? (ベツレヘムの星はどれ?)と尋ねた。いろいろ説があるけれどもはっきりしないベツレヘムの星だ。さて、天体物理学者であるDaddyさんは、どんな風に答えるかなと思ったら、Daddy 「もう二千年も前のクリスマスイヴに見えてた星だから、今はどれかわからないよ」Marc 「ミス・マックロードは、ジーザスが生まれてからずっと、一番明るく見えているって言ったよ」Daddy 「じゃあ、ミス・マックロードに、どの星だか訊いてみてよ。」Marc 「ダディーは、スター・ドクターなのに、知らないの?」Daddy 「そうだねえ、どれだろうねえ」Marc 「じゃあ、聞いたらオバーチャンにもダディーにも教えてあげるね。先生に聞くのは来年になるけど・・・」 ということになった。Daddy(父親)としては、Marcの先生の言うことを否定するわけにはいかないし、困ったのだろう。だいたい、このミス・マックロードは、時々ちょっとあやしいことを、子供に言うので、私としては要注意だと思っている。先日も、「日本も韓国も中国も香港も台湾も皆、アジアで同じcontinent(大陸)にある」と子供たちに教えたそうで、私が「日本と台湾は島だし、同じ大陸にはない」と言っても、「先生が、同じ大陸だと言った」と言って譲らない。もしかしたら、孫の聞き違いかもしれないけれども・・・、カナダに住む白人の人(マックがつくから、スコットランド系か?)にとって、アジアはやはり遠い存在なのだろう。
December 24, 2009
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しばらく行かなかったら、ご近所のYAOHAN CENTERのレジ袋のデザインが変更されていた。「毎週の特価品については、インターネットを見てください」と書いてあるのだろう。音で聞いたらまったくわからない中国語だけれども、漢字でみると見当がついて面白い。
December 23, 2009
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以前、お宅の前にある消火栓に車がぶつかって、そこから激流のように水が家の地下室に入ってきて、たいへんな思いをしたことのある短歌仲間のNさんに、「うちが水難で・・・」と、非建設的で、ちょっと甘えたメールを出してしまった。Nさんからは、返事がすぐ来たが、それにはNさん宅の場合は「乾燥に3週間かかったこと」などいくつか、具体的な経験が書いてあったあとに、「(たいへんでしょうが)遭遇してしまったのですから、向き合わなければなりません。」とあった。「そ、そ、そうか・・!愚痴を言っていないで、潔く、向き合わなくてはいけないんだ。」と思ったときに、気持ちがシャンとした。きっと、Nさん自身、そういう覚悟を決めて向き合うことによって、これまでいろいろな場面を切り抜けていらしたのだろう。そうでなければ、なかなかこういうふうに、カツをいれることはできるものではない。頭が下がる思いがする。この「水難」から復旧するまでにはかなりの期間がかかるだろうけれども、ブログ上はこのことは忘れて、他の話題に移ることにする。
December 22, 2009
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昨日の夕方、カーペットが湿っていて「へんだなあ」と思ったら見る見る、床から水が涌いてきた。11階なのに洪水? そのうち天井からもぽたぽた。 あわてて、ビルの管理会社の担当者に電話。日曜の夕方だったけれども、担当者に連絡がつくと、「それは上の階からの水だから、すぐ上に行って、様子をみろ」と言うので、主人が飛んでいったけれども、留守。レジデントマネージャーも会社から呼び出されたそうで、すぐにきて、上の階の人のケータイに電話して承諾をとり、ロックスミス(錠前屋)さんが鍵をあけ中に入ると、なんと、トイレのタンクがあふれていてユニット全体が水浸し。その右となりも左となりも留守だったから、周囲の様子はわからない。ともかく、上の階の部屋のトイレのタンクから水があふれ、それがコンクリートの床から柱に回り、一階下の我が家のカーペットから湧いてくる結果になったことはわかった。さっそく、専門業者が来て、大作業。タンクからとはいえ、一応トイレの水ということで、衛生規定があるそうで、ぬれたカーペットは切り取って捨て、壁の下の方もダメになっているのではがし、壁際にあった戸棚や本棚やクローゼットも、下の方が水を吸って、2-3日中には膨らんだり、割れたりしてくるから廃棄するよりしかたがないという。中味を全部出して、壁際を空にして乾燥機をかけて、一晩中・・・どころか、朝も昼も。機械音が、夢の中でもずっと聞えていた。乾燥機についた細い透明のチューブが洗面台にくるようにテープで止めてあるのだが、かなりの水がそこから出てくるところを見ると、文句を言ってはバチがあたる。 せまいアパートに住んでいるので、かなり便利に使っていた物入れ類を空にして、内容を全部箱にいれて、床の上に積み上げたりすると、台所と主人の机まわりしか空間がない。もう、食事も立ったまま、キッチンカウンターの前でたべるしかない。(=疲れる)家の中を、作業靴をはいた人たちが何人も動き回るので、被害のなかった部分の絨毯もなさけない状態になった。上の階の人の不注意で・・・と腹がたつが、この場合、トイレのバルブが壊れたのは、その人たちの責任ではないから、うちの保険で払うらしい。ばかばかしいったらありゃしない。副産物としては、戸棚を全部からにするとなると、私がごちゃごちゃとしまっていたものが全部夫の目にさらされるわけで、もともといらいらしていた夫からは、「こんなものは必要か」「これはオレがすぐ捨ててくる」など、次々に「仕分け作業」が厳しく始まり、もう夫婦関係最悪。作業員の手前、喧嘩もできないし、他の人から見れば、夫の言うとおりだろうから、はい、はい。と捨てるものはすて、それでもどうしても捨てられないものは・・・(どうしたかは、ナイショだから書けません。)必殺仕分け人に勝つには、こちらも、多少、姑息な手段に訴えたりするのだけれども、それでも、こちらからも、夫の持ち物の仕分けを始めたりしたら、上の階の人のとばっちりで大喧嘩をするようなことになりかねないので、それは絶対にしない。たとえ、ゴルフの優勝カップがダンボールにいくつあろうとも、もう使わない古いクラブが10本以上あろうとも、読みもしないのに買った本が何十冊あろうとも、阪神タイガーズの応援グッズが一山ほどあっても・・・ フフフ。という具合に、とても、疲れて、ぐったりした一日だったけれども、考えてみればよいこともあった。1)これが留守中におこらなかったこと。もし、そうだったら、上の人が帰ってくる(いつも真夜中すぎ)まで気がつかずに、水がジャージャー流れていたかもしれず、うちの状態は、もっと悲惨だったに違いない。留守の間だったら、ひどいことになったばかりでなく、保険金も出ない。2)日曜の夜だったのに、すぐ人が来てくれたこと。3)数日遅れてクリスマス休暇にあたってしまったら、緊急呼び出しに応じてくれるのにもっと時間がかかり、もっと被害が大きかったであろうこと。4)朝から晩まで、せまいアパートの中で、4-5人の男性が働いているので、時差ボケがたちまちに治ってしまったこと。5)この際、思い切りがついて、持ち物が大分整理できそうなこと。・・と、まあ、そんなことだけれども。そういえば、亡くなったバンクーバーの歌友の松山さんが、「人間、ちょっと考えて3つよいことがあったら、それは幸運なことと思わなくちゃだめよ」と、時々おっしゃっていたのを思い出した。「悪いことは三つ以上ありますけど」というようなことは言わないでおきましょう。カーペットなしのコンクリートの床の上に住むのは、楽しいとは思えないけれども、めったにない体験ではある。今日の教訓「出かける前にトイレに行ったら、水がとまったことを確認するまで待ってから出かけること。」
December 21, 2009
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北京のオリンピックで、かわいらしいおじょうさんの口パクが話題になったけれども、バンクーバーのオリンピックでも、似たようなケースになりそうなことがあった。バンクーバーには、Vancouver Symphony Orchestra(秋山和慶氏が常任指揮者をしていたこともある)というオーケストラがあるが、このオーケストラにバンクーバーオリンピック委員会が開会式のための事前録音を依頼。しかし、実際の開会式では、VSO以外の人が指揮・演奏を行うことがわかり、2000年から指揮を務めるブラムウエル・トービー氏が、開会式のための録音を拒否していた。で、この件で、19日にバンクーバーオリンピック委員会は、VSOに謝罪する声明文を発表。VSOは、開会式の複雑な技術的問題が、VSOを複雑な立場に追い込んでしまった」と事態を説明。オリンピックの成功を祈って、開会式以外ではともに協力していくと表明していた。「技術的問題」というのは、私にはわからないけれども、NHKの紅白でも、三原綱紀の指揮するオーケストラは、まったく別の建物で演奏していたのだそうだから、オリンピックの場合もいろいろあったのだろう。しかし、自分の演奏が、他の人の演奏として公表されることに耐えられないという気持はよくわかる。素人目には、口パクと変わらないし。VSOの指揮者の方が、はっきり主張したのはよかったことだと、私は思った。
December 20, 2009
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浮上して離(か)れゆく街を見おろせば機窓は棺の窓にかも似る(木畑紀子「歌あかり」)文明の所産にあれど上昇し、傾斜するとき機内よるべなし(同上)飛行機離陸のときの中途半端な気持がよく表現されていて、飛行機の中で読んで思わずうなずいてしまった二首。それにしても、飛行機は、何度乗っても不思議な乗り物だ。わけがわからず、しかし便利に使っているのはパソコンも同じだが、よく考えてみると、ゆらゆら揺れる吊り橋が怖い私が飛行機を怖がらないのもまた、不思議だ。
December 18, 2009
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成田からバンクーバーへの移動日。今回は、JALに乗った。成田で、チェックインしようとすると、セルフ・チェックイン機の前に、一台に一人ずつ、女性職員が立っていて、すべてやってくれる。たとえば、画面の指示も、声に出して読んでからいちいち口で説明して、確認をとって、画面へのタッチを目の前でやってみせる。職員がカウンターの中でやってくれるよりも3倍、一般客が自分でやるよりも2倍の時間は確実にかかっているし、なんともまだるっこしい。(成田からは、ユナイテッドにもACにも乗ったことはあるけれども、チェックイン機の前にそんな人はいなかった。JALの羽田にだって、いなかった)チェックインがぐずぐずと終わって搭乗券がでてくると、今度は彼女は、搭乗券だけを持って(荷物を運ぶのを手伝ってくれるわけではない)、3メートルほど離れたカウンターまで私たちを案内して、「こちらで荷物をお預けください」と言って、言葉だけは丁寧に、笑顔をたやさず、搭乗券をカウンターの中にいる人に渡してから、またチェックイン機のもとにもどって、次の人の「世話」をしている。せめて、カートから降ろしてしまって、うんうん言って運ばねばならない荷物の一つも持ってくれるのだったら少しはありがたいと思ったかもしれないが・・・・。今回は、北海道に行くので羽田でもセルフ・チェックイン機を使ったのだが、そちらでは、人々はみな、自分で画面を見て操作していて、(わからないところは、後ろの人に教わってりして)順調に行っていたのだから、JAL国内線で出来ることがJAL国際線でできないということはないのではないだろうか。数ヶ国語しか画面に出ないから、言葉の問題があるのとしても、数台につき一人がいれば充分だ。むずかしいところにあるJALなのだから、年金を減らすだけに集中していないで、こういう流れを遅らせるだけのこういう職種は早く省くなり、もし、省けないものなら高価なセルフ・チェックイン機などを購入しないなり考えてほしいと思った。(疲れると不機嫌になるのが、私の人物ができていないところかな?文句が多い)
December 18, 2009
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何週間か前に、「尖っていて小さいのがしいの実」と主人に教わりながら、昭和記念公園で拾ってきた。その椎の実を、「日本にいるうちに」ということで電子レンジで加熱したのが、今日のおやつ。囲炉裏端で気長に加熱するのが楽しそうだけれども、そして、せめてフライパンで煎るくらいはしたいものだけれども・・・ま、21世紀的妥協ということで。それでも、部屋中に香ばしい匂いがただよった。味は・・・どんぐりよりは美味しいかな?銀杏には負けるけれども。もっとも、どんぐりを煎って食べたことはない。粉にして、葛餅のようにしたもの(友人の韓国人がゴルフのお弁当にもってきて、わけてくださった)を食べたことがあるだけなので、比べるのも公平でない。団栗はまあるい実だよ樫の実は帽子があるよ大事なことだよ(小島ゆかり)樫の実も食べられるのかしら?おいしいかどうかは別として、一度ためしてみたい気がするが・・・年寄りはあまりそういうことをしない方がいいのかな。
December 17, 2009
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毎年、実がなればたくさんの鳥がきていた柿の木に、今年はどういうものか、まったく鳥が来ない・・・・・と思っていたら、今日は、天気がよいせいか、鳥が数羽やってきている。(数年前までは、鳥がピチピチ煩いくらいだったのに。)中にうぐいす色をした小さい鳥がいて・・・梅が咲くころ時々鶯とまちがえる目白ではないかと思い、写真にとってみた。鳥の周囲だけ拡大してみると、やっぱり目白。 今日は忙しくて朝からガタガタしていたのだけれども、ふっと我に返ったような気がした。
December 17, 2009
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中央線荻窪駅についたロンロンの2階に、あまり大きくないクリスマスツリーが何本かならんで飾られていた。よく見ると、ツリーのそれぞれに、いろいろな願いが書かれたハート型のカードが下がっている。「ずっと仲良くしていられますように」もあれば、「テレビがほしい」もあれば、就職を願ってものもあるという具合に・・・これって、七夕につける短冊と同じではないかしら。(お店の中なので、写真は自粛した)そういえば、この夏、七夕を作ったときに、五歳の孫が”Christmas tree in summer!" と言っていたっけ。七夕で有名な仙台が、並木にイルミネーションをしているところを見ると、今の日本の人の感覚としては、七夕もクリスマスもあまり違いはないのかもしれない。
December 16, 2009
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平成21年度後期、コスモス会員著書出版記念会の日。この期間に出版されたコスモス叢書は、18冊。今回は、初めて私も紹介役を引き受けていたので、これまでとは少し違う気持ちで参加。「1冊を12分の持ち時間で、10首を引いて紹介」「間違えてもよいから、読み上げずに話すように」という注意があったので、それなりの読み込みや計画をしていたのだが、その場になると予定通りにはいかず、なかなか難しいものだと思った。そもそも、私はオバアチャンだから、「おしゃべり」は好きでも、時間のきまった「スピーチ」は苦手なのです!電話でもつい長電話になってしまうのが欠点だと自分でも知っているので、この一ヶ月くらいは、電話をかける時に、時計を見ながら話すようにして、「このくらい話すと何分」という感覚を身に付ける訓練はしてきたのだけれども・・・効果のほどは定かではなくて。でも・・・済んでしまったことだし、ま、いいか。各歌集から紹介者によって抽出された10首のなかから、さらに私が一番好きだった一首を抽出して感想に代える。大気層はぶ厚き曇りガラスといふ 曇りガラスの中で恋する(片岡 絢『ひかりの拍手』)搾乳の順番違へ振り向けば忘れし牛は乳噴きてゐる(山岸登民『3Bの鉛筆』)予後の夫と小さき諍ひありし午後庭の木陰に黙し草引く(加藤智津子『春風の人』)あたらしき命得しごと歩行器にて歩みはじめしわが足音聞く(相賀真砂子『ゐてもゐなくても』)むらさきの火花に浮きぬ明日は退く溶接工の汗る顔(竹内貴美子『斎宮宮』)パソコンの蒼色深き窓を開け少し背伸びのわれを打ち込む(榛葉貞代『マンタがよろし』)高速船舳先の舌に海面をたぐり込みつつ隠岐へ奔れり(蓑田 享「青衣のマリア』)僕のパセリ荒らすと捕りし青虫を子は育てをりパセリ与へて(吉岡静子『葉見ず花見ず』)年雨量二十八ミリその雨に敦煌ひるの土色潤む(三枝英夫『レガッタの季』)八月の終りに一度秋が来てわたしの庭を下見してゆく(水上比呂美『ざくろの水脈』)むなしくて人間やめると愚痴言へばそれもよかろと猫が尾を振る(森田卓子『雲のカレンダー』)実の成らぬ桃の古木の悪口を言ふなさわさわ耳立ててゐる(和田久代『桃の葉浴びて』)ひぐらしの声ひとつづつ遠のきて合歓はみながら葉をたたみたり(増島登志子『夢ひとつ』)肩肘を張らず生きると決めしより花が美し空が美し(松尾歌津予『ひだまり』)春の通夜より戻りて電気つけし時物ら一斉にこちら向きたり(久米川孝子『シャガールの馬』)うす衣に肢体くつきり交脚の青く妖しき北魏の菩薩(守屋純江『夕まどひ』)足して引いて割つて掛けても答出ぬこの孤独橋 真ん中を行く(藤岡成子『白鳥よ』)夕水をしづかにすべる白鳥はおのれの澪をふり返るなし(津金則雄『時のクルーズ』)
December 13, 2009
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小田急線に乗っていたら、アナウンスがあった。正確な言い回しも駅名も忘れてしまったが、「まもなくXXXに到着します。XXX駅は改良工事シンチョクのため、前方改札口をご利用ください」というようなアナウンスだった。「え? シンチョク?」多分、工事が進んでいる具合のことを言うのだろうということと、二字熟語であろうことは想像がついたが、漢字が頭に浮かんでこない。一緒にいた主人に「ねえ、ねえ。シンチョクってどういう字を書くの?」と、とりあえず訊ねた。「シンチョクって、シン に チョクさ」と、それはそうらしいし、夫はわかっているらしい雰囲気なのだけれども、要領を得ない。ふと気が付いて「シンは進行とか進むの進かしら」と言ってみると 「そうだ」という。「じゃあ、チョクは・・・?」 「ほら、あのチョクさ」 「??? 直接の直?」「ちがう。」「じゃあ・・・・ええと」と考えながら周囲を見回すと、なんとなく、聞くともなく聞かれている雰囲気があったので、はずかしくなって黙ってしまった。車内放送に使っているアナウンスだから、ごく普通の日本語だろうし、周囲の人々にはきっと聞きなれた言葉なのだろう。一時帰国をすると、耳で聞いただけではわからないカタカナ語やら、省略語がよくあるが、あきらかに多用されている二字熟語らしいのに、字がわからないというケースは覚えている限りではあまりないので、ちょっと落ち込んだ。家に帰って、着替えなどしていると、主人が広辞苑をひらいて、ルーペと一緒に「ほら」と見せてくれた。シンチョクは進捗もしくは進陟で、(1)物事が進みはかどること。「工事の―状況」、(2)官位などをすすめのぼすこと。とある。なるほど、なるほど。ショウ「捗(はかど)る」の「捗」であった。つまり「工事が進んできて、その都合で後方改札口が使えなくなった」とかいうことなのだろう。しかし、それにしても、この「捗もしくは陟」は、どうして「チョク」と読むのだろう。「交渉」の「渉」は、同じ旁でも「しょう」と読むのに・・・・また、漢和辞典によると、「捗」は「陟」の略字とあったが、こざとへんをてへんに変えても、たいして省略になるとも思えないけれども・・・。あんまり夫をたよりにしても悪いから、 「ふーん」と感心するところで留めておいたが。ちなみに、陟は、こざとへんが「丘」という意味で、歩は、右足と左足をふみしめる意味。組み合わせると、左右の足をふみしめて、丘にのぼることを示す のだそうだ。とすると、この工事が、やさしい工事ではなかったようなニュアンスもあるのかもしれない。それにしても、小田急線には通学の小学生ものっているのだから、「工事中なので」とか、もっと簡単な言葉を使ってくれてもよいと思った。
December 9, 2009
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昨夜、佐賀県のIさんからお知らせをいただいたので、今朝10時からNHK「あなたの歌に励まされ~歌人・筒井宏之 こころの交流~」を見ることができた。1月に亡くなった笹井宏之さんを特集した番組である。ご両親よりもちょっと年上の年代の私としては、軽々しく感想はかけないけれども、紹介された短歌を何首か。天井と私のあいだを一本の各駅停車が往復する夜ひきがねをひけば小さな花束が飛び出すような明日をください滝までの獣の道を走り抜けあの子は歌手になるのでしょうね冬用のふとんで父をはさんだら気品あふれる楽器になったえーえんとくちから えーえんとくちから 永遠解く力をください「かなしくてもいいんですよ。たのしくてもいいんですよ。風邪をひいてもいいんですよ。ひかなくてもいいんですよ。」という自然体の心境を、友人にメールしたというエピソードを聞き、若いのにまあ・・・と、尊敬するような、哀しいような気持ちがした。尊敬されてもいいんですよ。哀しいと思われてもいいんですよ。・・・ということかな?
December 6, 2009
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結論を先に話せという夫よわたしの話しは途中が大事(山崎美寿子)ウチみたい。「で、いったい結論は?」なんて聞かないでください。だって、ああなって、こうなって、だから、そうなって・・・・。 いきなり結論を言ったら、あんまり乱暴じゃないの。いえ、私だって、英語で話すときは、結論を先に言いますよ。でも、日本語って、結論は最後に来る言葉なんですもん。 人の落ち目、弱り目、たたり目、不幸(ふしあはせ)はぞろぞろ友を連れやつてくる(田中啓介)そんな風に思いたくなることはあるのだけれども・・・もしかしたら、幸せの方もぞろぞろ友を連れてやって来てくれるかもしれません。あんまり悲観していると、その悲観の顔が不幸せを呼ぶということも???? 自転車で坂道くだれば両耳に風のオオカミ唸りはじめる(橋本麻季 *)「風のオオカミ唸りはじめる」がすばらしい!しばらく乗っていなかった自転車に、また乗ってみたくなった。 店を出て地球の熱に押し入りぬ買物袋に涼味を提げて(天野美奈子 *)冷房の効いた店から出ると、こんな感じがするのだろう。「地球の熱に押し入り」がユニークだし、「押し入り」に本当に暑そうな実感がでている。買物袋には、まだ冷房の空気が残っている。
December 5, 2009
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旅行していた主人が、青森から帰ってきた。今朝青森を発って、列車の中で本を読んでいたら、八戸から60代と思われる女性が乗って来て、主人の隣(空席)の隣に座ったそうだ。(一列三席の列車で)彼女は、大きな荷物を持っていたのだけれども、それを網棚に乗せずに足元に置き、バッグから数独の本をとりだし、10分ほど脇目もふらずに没頭していたと思ったら、いつのまにか眠っている気配。主人も少し眠って目が覚めたら、まだ彼女は眠っていた。で、大宮まで眠りつづけた彼女は、大宮で突然目をさまし、ケータイを取り出し、何通もメールを送っていたそうだ。で、終点の上野で全員おりて・・・・と、ただそれだけの話しだったのだそうだが、私が一人で長距離旅行したらまったくそんな風なので、話している主人も、聞いている私も大笑いしてしまった。(せっかく、私を連れない一人旅だったのに!!)重い荷物を上に上げるのはたいへんだし、もし、誰かが上げてくれたとしても、下ろすときに誰か気軽に手伝ってくれる人がいるとは限らないから・・・私も網棚は利用しない。(小さいものは、忘れ物のもとだし)すうどく→すいみん→ケータイメールも、順序まで私と同じ!!その「どなた様」かに、お会いしてみたかったような気がする。
December 4, 2009
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バンクーバー新報(バンクーバーの週刊日本語新聞)への投稿作品 詠題 「夢」 薪能終りし闇のかがり火の夢幻のへりに立つ風が見ゆ(ゆりこ) 伊香保なる夢二記念館訪ねきて友と魅入りぬ「黒船屋の絵」(よしこ)八重むくげの白きはなびら落つる音かなはぬ夢をこぼしゐるやう(希)青虫が夢虫となるその時が大好きだつた夏の縁側(茜) 母に似てぼうっとしてゐし息子ならん「Day(デイ) Dreamer(ドリーマー)」とお知らせが来る(あき)小流にしだるる萩をヤマガラのゆするは絵にも夢にもあらず(粟)まどろみに生命(いのち)去りゆく夢見しと逝く者の顔となりたる友よ(唐)明け方の夢の中まで入り来て何か囁くラジオのニュース(梢)亡くなりて三日後夢に来し犬は尾をふりながら光と消えぬ(沙羅)夢の中こちら向いてと言ふわれに振り向きもせず夫は行きたり(すみえ) 七十代を如何に生きるや懸命に生きる一生は夢のまた夢(たか) 洋蘭に「夢」ひと文字を書き添へて賜ひし友の心やさしも(とみこ)やみかけの日照雨に濡れて誰か来る昨夜見し夢の続きのやうに(友)九十になりたる母が眠ります莢豆の花咲きつぐま昼 (奈津)杳き日ゆ追ひ来し夢をしなやかに押しやりにつつ「もう好いでしょう」(虹) 豊饒な赤ワイン「Chateau Yagihara」の芳香(アローマ)はわが夢みたる味(のぼる)四歳がつま先立ちをするときに明日への夢がすぐそこにある(のりこ)この世にて会ひしことなき祖母なれど母と来ませりあけがたの夢(ふみ) 五歳にて母をなくしし我が夢に来ませる母はいつもおぼろげ(みき)アンケート「あなたの夢はなんですか」獏に食べられ夢なしと夫(みちこ)
December 4, 2009
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引退してから野菜作りを趣味の一つに加えた(と思われる)友人から、野菜をたくさん送っていただいた。ダンボールに入れて宅配便で届いた野菜は、それぞれの特質に合せてビニール袋に入れてあったり、湿った新聞紙でくるんであったり、ペーパータオルで包んであったり・・・。カナダではうちでも多少の野菜を作っているので、畑で収穫してから、一つ一つ丁寧に洗って、この状態にするまで、どんなに手がかかっているか想像はつくものだから、いっそう、その気持ちがありがたい。冷蔵庫にはこんなにたくさんの野菜が入らないので、とりあえず、家で一番寒い玄関に装飾もかねてお盆に載せておく。 こうしてみると、新鮮な野菜というのは、畑からとって一つずつ洗ったりする手間はかかるけれども、その後はほとんど手をかけずに食べた方がよいものばかりだ。今回も、なるたけ多くを、刻んだり、おろしたり、ちぎったりしてナマのまま食べようと思う。サトイモだけは煮るにしても。
December 3, 2009
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このところ、お天気がよいので、仕舞いこんであるものをいろいろ取り出して風を通している。(自称、「正倉院ごっこ」)中で、この掛け軸。 拓本と思われる一幅で、文山という署名と落款が見える草よりの重々しい行書。これは、祖父母か父母の個人的知り合いの書なのだろうか、それとも、有名書家の書なのだろうか? 台湾系であるような感じがするが、根拠はない。どなたか、ご存知の方、これが保存しておく価値のあるものかどうかだけでも、教えてくださいませ!
December 2, 2009
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