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cocoaさん、屁理屈は通じません。郭錠煥氏の幾多の裁判勝利をUCIは自慢されていたでしょう。真の父母様の承認なしに郭錠煥氏の肩書(理事長職等)を利用して日本からの献金が流用されていました。私からはKリーグのスポンサー料をその一例として挙げていました。郭錠煥・ピースカップ元委員長に問うーー韓流サッカーファンとして(2016.05.10)ピースカップ組織委員長・郭錠煥氏がKリーグ会長職を兼任するなか、2009年のKリーグ・スポンサー料に困窮して12億ウォンをピースカップ組織から拠出したというものでした。法的にみて何らの問題はありませんから無罪ということでしょう。cocoaさん記事「UCI が ? ! ワシントン・タイムズを・・? !」からは当時、日本の献金を全て握った国進様が、ワシントン・タイムズへの送金を遮断したからです。ということですが、郭錠煥氏の裁判を考えれば屁理屈でしかありません。中央日報「【統一教長男インタビュー(13)】ワシントンタイムズと米メディア産業」(2010.9.10)にて顕進氏自身が語っていました。文顕進(ムン・ヒョンジン)会長はワシントンタイムズのオーナーでもある。 この新聞社は最近、廃刊または売却を決定しなければならない岐路に立たされている。 統一グループからUCIに約30年間支援されてきた寄付金が昨年7月に中断されたからだ。 毎年の数百億ウォンの支援が打ち切られたのだ。 その結果、UCI系列で最も大きな打撃を受けた機関がワシントンタイムズだった。 文鮮明(ムン・ソンミョン)総裁が育てたこの新聞社は職員数を4分の1に減らすなど大規模なリストラをしながら1年間持ちこたえたが、最近、限界にぶつかっている。さてcocoaさん、ワシントンタイムズを売却に出したのは誰だというのですか?顕進氏その人でしょう。ところが、文総裁は「共産主義者(UCI)から奇跡的にそのワシントンタイムを買い戻した」と語られていました。財布が一つであればそういった煩わしい過程を経ることもありませんでした。明らかに財布が違っていたということです。史実をさかのぼれば、2008年から顕進氏はGPFとかで日本からの献金を「湯水のごとく」使いまくっていました。ために2009年2月、文総裁から顕進氏に「GPF等の活動停止命令」が下されました。ところが、その命令を振り切ってGPFを継続されていかれました。限られた財源を使い続ければいずれは底を着いてきます。そのしわ寄せの一つがワシントンタイムとなりました。郭氏の横領、顕進氏も文総裁の「活動停止命令」を聞いていたならそういった事態も起こらなかったでしょう。【参考記事】日本食口必見:日本家族の精誠を蝕んでいるGPFの行く末は?(Pカフェより)一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.06.17
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前回記事「cocoaさんの続編--「初不得三」って? 」で紹介した映像「第6篇 お母様との談判の場所:淫乱の都市ラスベガス 前編」は修正版ということで、すでに「第6篇 お母様との談判の場所:淫乱の都市ラスベガス 後編」(2020/06/07付)はUPされていたものでした。この映像からも真の父母様のラスベガスのホテルでの約束とは、「韓国と今後の方針に関して、お母様が母親を通じて産んだ息子を真のお父様の代身者として侍るという約束」で終始語られていました。前回の「初不得三」の歪曲解釈そのままの論理展開となっています。また、「天宙天地人真の父母定着実体み言宣布大会」の日程を追いながらも真のお母様の約束(?)に対しての不従順を主張したものとなっていました。また、2010年11月22日のニューヨーク大会では「真の父母の特別指示添付」も挙げていましたが、顕進氏とは何ら関係ないものでした。それどころかそれに続くみ言からは驚くべき事実が語られていたことも忘れることが出来ません。 国連を中心とした活動も、今や本格的に軌道に乗っています。女性の人権と子供たちの貧困問題と教育問題解決のための活動に卓越した実績を収めています。すでに何度か受賞もしました。 また、最近では、共産主義者たちのいたずらで私の手を離れたワシントン・タイムズも再び戻ってきました。これが奇跡でなくて何が奇跡と言うのでしょうか? 最高のカイン圏、黒白の中心要員たちが一つになって、ワシントン・タイムズ理事会を中心として連合体制として、神様の祖国と故郷の意味を広け、神様の主権の国を保護していくでしよう。UCIが売却に出した(共産主義者たちのいたずらで私の手を離れた)ワシントン・タイムズを真の父母様が奇跡的に再び戻ってきたことも語られていました(『TWJ』2011.1月号p.13)。文総裁がUCIに対して「共産主義者」と明言したものでした。映像が5編、6編、7編になろうとお二人の約束が顕進氏と何ら関係しないものですから、結論は同じことです。もしも顕進氏を良くしたいと思うのであれば、「郭家の婿養子との縁切り」を勧めてあげることでしょう。【参考記事】真理とは、「実体み言」である天地人真の父母様 ―――天一国時代におけるみ言の理解と解釈について【追記】(2020.06.16夕方)cocoaさん記事「お母様の声」(2020-06.16)ですが、お母様は韓国語です。日本の食口は、翻訳とともに修正された“お話”を聞いています。しかも、ほんの一部。当たり障りのない部分だけ。お母様の本音を聞きたいなら韓国語で理解しなければなりません。https://milesstone.info/optin1592232215158韓国語の分からない私にとっても耳の痛い話です。だからといってcocoaさんが例に挙げた映像「お母様の声」が間違ったことを語られているとは思えません。映像はUCI裁判におけるものでした。顕進氏は完成された立場で1998年に副会長に就任したものではありませんでしたし、真の父母に後継者はいないはお父様のみ言からも見ることが出来るもので、お母様もそれを語られていました。顕進氏は統一家の伝統を守るべきか、UCIを守るべきか(郭家の婿養子)の選択肢を提示されたのが「真の父母様宣布文」だったはずです。副会長就任式でのお父様のみ言も「(真の父母様に)絶対信仰・絶対愛・絶対服従」でしたが……。遺言のように残された「八大教材教本」もあります。「実体み言」とは? お父様の語られた「独生女」否定、「天の父母様」否定ではそのみ言とも一致していないという大きなマイナス点です。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.06.16
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続・cocoaさん記事「6編 淫乱の都市ラスベガス..前編(修正して再度アップ)」ですが、「5篇」が「6編」、「7編」になろうと結果は同じことです。過去にも「初不得三」を挙げた映像がありましたが、結論は女性が勝利基準を立てない限りは「天の父」「夫」「孫」も出てこないというのが結論です。韓鶴子総裁が失敗したということを主張するこれら映像からは何一つとして希望がありません。ことごとく否定しては神様が6000年間準備してこられた摂理を破壊しようとしています(デマ宣伝)。2010.06.05、顕進氏に対して「異端者爆破者宣布文」が書かれた日です。2010.06.26がラスベガスのホテルで3時25分に約束されたということですから、宣布文はその前になります。また、映像からは「韓国と今後の方針に関して、お母様が母親を通じて産んだ息子を真のお父様の代身者として侍るという約束」だとの説明もありましたが、宣布文の史実も語らずのデタラメであることは誰の目にも明らかなことです。加えては、そのお二人の約束のことが講演文のなかに組み込まれては大会ごとに、訓読会ごとに読まれていました。「顕進氏一人を長として立てるため?」に天宙天地人真の父母定着実体み言宣布大会があったという話は聞いたこともありません。さて、改めて「初不得三」がお母様の不従順に関して語られていたものなのか調べてみましょう。「初不得三」をwebで検索すれば、「飽きたり気をゆるめたりしないで行えば成功できるということ。(精進すれば成功する)」というベストアンサーがありました。TWJ 2011.1月号P.10からも、お父様が語られた「初不得三(精進すれば必ず成功するという意味)」との脚注もありました。このように見てみた時、映像で語られた「初不得三」は本来の意味とは異なる、真のお母様を貶めるために歪曲された解釈であったということが理解できると思います。お父様聖和前の最後の訓読会映像もまた、cocoaさんブログからはpeace TVで2012年8月3日、真のお父様の最後の訓読会に対する著作権侵害を理由に、その内容を修正して再度アップしています。ということでしたが、お父様が刺された先にお母様は居られなかったことは私の過去記事「「ウソ!!『JooJangYong TV』 」これだけは覚えておきましょう!!」(2020.05.15)にて検証済みでした。-----(引用開始)「JooJangYong TV 1」からです。文鮮明総裁最後の訓読会(2012.08.03)で以下のように語られていました。文鮮明総裁のお話「主人が誰で、上には誰で、女が上になることはできない。反対になっている、これが。オモニが根本を全て捨てた。(指の方向)上がるべき腹に上がることがオモニがお祖父さんと孫、孫娘を蹴ってしまった。」それでもって、「指の方向に注意 」ということで、指の先を見てみましょう。 PeaceTVホームページ(韓国語)に最後の訓読会の映像(こちら)がありました。言語は韓国語ですので話されている内容までは分かりませんが、お父様の目の前にはお母様と「最終一体の宣布」のサインされた講演文もあることを考えれば、お母様のことではないと判断できると思います。「オモニ」と語られた後の「04:11」にわずかながらお隣の席を見ることが出来ました。韓鶴子総裁(お母様)が居られません。となれば、指の先はお母様でしょうか?-----(引用終わり)その後の「天宙天地人真の父母定着実体み言宣布大会」を繰り返しされながらも、「真の父母様宣布文」(2011.05.25)の史実についても語るとなれば、ラスベガスのホテルでのお二人の約束が顕進氏のためのものであったかどうかの判断は自ずと出来るでしょう。UCIの映像「5篇」が「6編」、「7編」になろうと結果は同じことです。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.06.15
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cocoaさん紹介のYouTube映像「第5編 未亡人が子供を産んだら(修正編)」ですが、韓鶴子総裁は責任を果たすことが出来ず、子女様方のカインアベル問題の責任分担までお母様の責任として転嫁した醜い映像だったというのが私の感想です。【YouTube映像】第5編 未亡人が子供を産んだら、不倫か情事か?映像の結論は単純明快なものです。1960年4月の聖婚式は神様が準備された「独生子」×「独生女」=「小羊の婚宴」というのがこれまでの統一教会、家庭連合が信じてきたものでした。映像は文総裁と韓総裁の「結婚式」も未だされておらず、お二人の一体化も韓総裁の不従順から失敗してしまいました、というものでした。ところが、「真の家庭」も無いというのに、顕進氏が「父子協助時代」を迎えては継代をつなぐ「長子(権)」だとの主張です。少し考えれば、真の父母の位置が無いというのですからそれを継代をつなぐ「長子権」などあるはずがありません。まして、真の父母様に「絶対信仰・絶対愛・絶対服従」を蹴とばしては郭家の婿養子に安住されようとしているのですからその先が見えてきました。このままいけば、郭家に利用されるだけされては最後は婿養子としてみじめな人生を歩むことになるでしょう。統一家の子女としての責任を果たしてこそ生きる道も開かれていきます。取り巻きの方々も顕進氏のことを良くしたいと思われるのでしたら、その責任分担を果たせるようにして差し上げることです。真の父母様のみ言との整合性から見ても矛盾だらけの情報拡散をしているcocoaさんほかですが、柔和な心で私の意見にも耳を傾けてみてくださるようお願いします。なお余談ですが、家庭連合にあっては孝進様(長子)の聖和を前して真の父母様が全てを整理して霊界に送られたので、すでに霊界におられる興進様(次子)とは真のお母様を中心としてカインアベルの一体化が成されたことは、2008.04.06のハワイ・キングガーデンでの顕進氏と国進氏のカインアベルの儀式のとき既にお父様が語られ宣布しておられました。ゆえに、真の父母様の位置は不動のものでありサタンも侵入することすらできませんでした。実際、2008.07.19には真の父母様を載せたヘリコプター事故がありました。霊眼が開けた方の証言からは、霊界の子女様が守られたというものでした。6000年間準備してようやくに地上に送られた「真の父母様」でしたが、映像のようにその父母様が失敗したというのであれば、もはや、人類に救いというものはありません。わずかな希望でもあれば、それに託しては子孫には明るい未来を残していくのが、こんにち(「黄金期」)を生きる私たちの使命・責任だと思います。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.06.14
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cocoaさん記事「共産主義は 《天の父母様聖会》 のあなた方」(2020.06.13)ですが、無知には発展がありません。パイオニアカフェが真の父母様み言にまったく反する根っこを持っています。cocoaさん、そうでないという論証は出来ますか?元祖「独生女」み言はお父様から、「天の父母様」についても自称ルポライタイーtomy4509は「黒・天聖経」からも確認済みです。原理講論、黒・天聖経に記載された「天の父母(様)」を見よ!!(2019.01.10)原理講論、黒・天聖経に記載された「天の父母(様)」を見よ!!(その2)(2019.01.10)原理講論、黒・天聖経に記載された「天の父母(様)」を見よ!!(その3)(2019.01.12)「原理講論、黒・天聖経に記載された「天の父母(様)」を見よ!!(その2)」に続き、No.3までも書かなければならないのか?エジプトのパロ王が心を頑なにし続けたその姿を見ているようだ。八大教材教本は遺言書とまで語られていたものでしたが、パイオニアカフェほかUCIサイドから流れてくる情報はそれをことごとく批判・否定していたものでした。神様(天の父母様)とどこに接点があるというのですか?またUCIは、「共産主義」の弁証法的唯物史観のようなUCI独自の摂理史も語っていました。2000年代に入り「『母子協助時代』が終わり『父子協助時代』へ」ということで、母親(真のお母様)の必要性を否定するものでした。それどころか、父子協助時代の「父子関係」は真のお父様を超えて顕進氏が前に出る場面もあり、お父様はそれに対して警鐘も鳴らしていました。cocoaさん記事からはどちらが、共産主義でしょうか ? !そもそも “人間に絶対服従” は共産主義ですよ。食口ばかりではなく、牧会者も動揺し反発しているそうです。そりゃねえ 《 》 なんて公言されたんでは・・ということですが上記からは、パイオニアカフェ(UCI)は神様を感じることは遥か彼方です。「どちらが」といえば、信仰に根を置かない"人間(の自己欲)に絶対服従”しては没落しているかは、言わずと知れたことです。それを隠すためのデマ宣伝、「再臨主も女性だ 」の作り話もすでに見破られています。「絶対信仰・絶対愛・絶対服従」のみ言もお父様です。H3の八月の祝福式(?)のための「ワイン」はどこから?(2019.07.28)Re:ヨンギ氏の「(コピー)文顕進様世界副会長就任式映像」で省略されたものは?(2019.10.14)上記2記事からは1998.07.19、顕進氏の世界副会長就任式でのお父様のみ言も紹介していました(以下)。副会長就任式の結論としてお父様は以下のように締めくくっていました。結論的な話は、「死んでも『絶対信仰』、『絶対愛』、『絶対服従』」、「生きても『絶対信仰』、『絶対愛』、『絶対服従』」、「永遠に『絶対信仰』、『絶対愛』、『絶対服従』」。そのようなことです。死んで霊界に行っても永遠に同じです。分かりましたか?(拍手)……ですから、今から顕進は、お父様が「これをしなさい」と言えば、「それだけではなく、千倍やらせてください」と、このようでなければなりません。(拍手)。cocoaさん、このみ言から見ればお父様こそが「共産主義者」ということになりませんか?もちろん、そうでないことは分かっておられると思いますが。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.06.13
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cocoaさん記事「天の父母様聖会のジレンマ」からは韓国・パイオニアカフェの記事を挙げては、家庭連合の祝福家庭が何か衝撃を受けているかのようなデマ宣伝、これは共産主義者の常套手段です。果たして、祝福家庭がどれだけの衝撃を受けているというのでしょうか?衝撃を受けられた方があるとすれば、既に家庭連合から離れてはパイオニアカフェ情報のようなデマに頷かれては自己満足しておられる方々です。真のお父様は、神様の真の愛、真の血統の種を持って来られた再臨主であられる。女性には、その種がないことを真のお父様は何度となく強調された。ところが、再臨主が女性だというお母様の言葉は、食口に新しい真理として聞こえるのではなく、お母様が奇妙な主張をしていると思うようになる。なぜこのように話にならない主張をしきりにされるのだろうか?食口は疑問を持つようになり、さらにお母様の周辺の人々まで疑うようになる。さて先ずは、言葉の使用について正確にしなければならないでしょう。真のお父様(文鮮明総裁)はイエス様が再臨されたお方であると信じる私たちからは、「文総裁は再臨主」ということも出来るでしょう。ところが、真のお母様(韓鶴子総裁)は6000年ぶりに来られた「創造理想を完成した女性」としての「独り娘(独生女)」ですから「(女性)再臨主」の言葉は当てはまりません。次に、真のお父様は、神様の真の愛、真の血統の種を持って来られた再臨主であられる。女性には、その種がないことを真のお父様は何度となく強調された。ですが、私たち祝福家庭が教えられてきたことは、天から降臨された「善なる父母」によって生み変えら「原罪が精算」されるというものでした(原理講論『重生論』から)。ほか文鮮明総裁み言選集からも「真の父母」の重要性については、溢れるばかりにありました。「女性には種がない」にしても祝福を受けるべき女性を指して語られたものでした。もしも、真のお母様までもそうであれば私たちはどのような過程を経て原罪精算がなされるというのでしょうか?過去には「血分宗教」などとキリスト教会から批判されてきた統一教会でしたが、2000年前にイエス様がニコデモに「もう一度生まれ変わらなければ天国を見ることが出来ない」との奥義を、こんにち、真の父母様の祝福行事を通してなされてきたものでした。聖書のタマルの双子のように生まれ変わるというものでした。復帰原理で学ぶアベルカインは過去の蕩減復帰の歴史だけではありません。これまでも自称ルポライタイーtomy4509が検証してきたように、「原理講論」の三大祝福ほかの観点から見ても「創造理想を完成した男性」があれば、「創造理想を完成した女性」の出現も否定することは出来ません。「イエス様がその最初の男性(第2アダム)であり、再臨主は第3アダム」も文総裁のみ言です。「独生女」はまた、1959年10月に文総裁がイエス様「独生子」に対してその相対としての女性を「独生女」と名付けられたものでした。お母様が勝手に語り始められたものではなく、文総裁み言葉選集では180回ほどあるとのことです。「独生女」は韓国語ですが、日本語では「ひとり娘」としての翻訳が当てられており、私たちがまったく知らないというものでもありません(「一人娘(独生女)について(その2・捕捉)――天聖経(黒表紙・韓国語)から」[2015.04.29])。ところが、パイオニアカフェから流れてくる情報といえば「独生女」批判、また、「天の父母様」否定であり、文総裁のみ言までも批判・否定する内容です。つまりは、真の父母様のみ言に根を置かないパイオニアカフェこそがこれまでの「統一教会」「家庭連合」の流れとは全く異なる言語を語っているということです。その背後では共産主義者らが暗躍しているということです。「天の父母様聖会」「真の父母様」までも否定しては、三男さんの真の家庭の位置までも損なうといった自家撞着・ジレンマにハマってしまっています。これを継続されるとすれば、まさに、「蟻地獄」です。UCIの裁判問題にしても、文総裁聖和以前から「真の父母様宣布文」にて許諾された裁判であったことを明文化しておられました。真の父母様宣布文 全世界の統一教、霊界、地上界、祝福家庭食口、特にUCI指揮下にいるすべての食口たちに次の事項を指示する! まず、全食口は、永遠・永生の世界にたった御一人である真の父母様の指示と命令に絶対に服従しなければならないことを忘れてはならない!これが統一家の永遠の伝統であり、信仰である!この点については、天宙的に真の子女も、一般食口も同様である。 二番目に、文顯進をはじめとするUCI理事陣は、即刻現職から退くことを指示する。UCIの創始者である真の父母様が、再びUCI理事会全体を編成して、その指揮下にあるすべての組織を在世時に整備、管理するものである。私はすでにUCIを取り戻すように指示したのであり、このためにまず裁判所に提起した法的措置は、天宙に責任を持った私本人が許可したことであり、その内容は今も全面的に有効である。しかし、私のこの指示に従うならば、法的訴訟を即刻中止させるものである。 三番目に、文顯進をはじめとして、義父である郭錠煥とその一族で構成されたUCI理事陣は、韓国で展開されている汝矣島聖地開発工事に関連するすべての権限を、創始者である真の父母様に返還しなさい。再び計画を立て直して、摂理的次元の開発をするものである。 四番目に、文顯進をはじめとするUCI理事陣は、汝矣島以外にもUCI指揮下で進行しているその他すべての訴訟を即刻中断し、今まで真の父母様の許諾なく公的資産を処分して得た全財産を返還せよ。すべて公的に、天の摂理を成し遂げるために使用するものである。 統一教会と関連するすべての組織と機関を創設した創始者として、そして真の父母である文鮮明・韓鶴子夫妻の名で、これらの指示を全天宙に宣布するものであり、すべての人々は、この点について億万年(永遠に)期間、順理的に服従してくれるように願う。 2011.4.23(陽5.25)真の父母様 文鮮明・韓鶴子これもパイオニアカフェは知らないはずがありません。それを無視される顕進氏、UCIに問題ありです。顕進氏は誰の言葉に耳を貸されているのですか?義父・郭錠煥氏その人です。その顕進氏は、統一家の息子ですか? 郭家の養子婿ですか?疑う余地はありません。cocoaさんもそのことに一日も早く気付かれますように(祈り)一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.06.12
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私の闘病生活も12日を過ぎました。病院に行くまでは「骨が折れて肉に刺さっている?!」とまで叫んでは転げ回っていた私でしたが、その痛みも 3/10 くらいまでになりました。残るはその痛みと腫れをどう克服していくかです。痛みに関しては、痛いからといって力(リキ)むと逆に「痛み」の反動が返ってくるようです。堕落人間もまた、力むほどにカインアベルのような流血を流してきました。ところで、支流人の方々は、かつては統一原理を学ばれてはそのことをよく存知されておられるのではないでしょうか? また、それをご覧になられる神様の心情までも察しようと過去にはされて来られたと思いますが、現在の皆様方の姿はそうではありません。『原理講論』(統一原理)以前の『原理原本』(文先生、1952年5月執筆完了)のときから「天の父母様」が書かれていたことは、過去から家庭連合サイドでも公表していました。2020.05.08上映映像http://www.ipeacetv.com/vod/vod_view.asp?vId=11579&mId=C14&page=1完全に与え、受けようとするので、私達は再臨主を中心に天に対する愛で、天の父母に侍らなければならない。これが創造理想の善の完成の根本の根である。この天の父母と一つとなってこそ、創造理想の善が始まる。それゆえ、神様と一つとなるためには、天の父母の懐へと合意を得なければならない。(原理原本 第3巻364)「天の父母様」は原理原本に留まらず、原理講論や原理本体論でも随所で紹介されており、もしも、それを否定される方があるとすれば「認識不足」、あるいは、文先生が説かれた「統一原理」と違うところの「非原理」を語っておられるとしか言いようがありません。分派子女様方も同様であって、私たちは誰の声に耳を傾けていかなければならないかは自明ということです。UCIグループは顕進氏の義父・郭錠煥氏が「養子養女文化」を広めたもので、顕進氏自らが郭家の養子となっては統一家の伝統(真の父母様宣布文)よりも郭家の格式を選択したようです。もちろん郭家には跡取り(実子)がいますから、いずれは…?サンクチュアリ教会もまた、郭錠煥氏の養子養女文化の影響を受けながらもさらに発展しては「不母主義文化」を形成して来ました。この二つの子女様文化に共通するものは四つの「堕落性本性」です。神の立場で愛することができない(カインアベル問題)自己の位置を離れる(責任分担の未遂行)主管性の転倒犯罪行為の繁殖このように、「天の父母様」だけでなく「独生女」もまた、八大教材教本(『黒・天聖経』ほか)からの出典も自称ルポライタイーtomy4509は確認んしてきており、万が一それを否定される方があるとすれば、文総裁とはまったく関係しない方々でしょう。ルカ伝6章39 イエスはまた一つの・を語られた、「盲人は盲人の手引ができようか。ふたりとも穴に落ち込まないだろうか。40 弟子はその師以上のものではないが、修業をつめば、みなその師のようになろう。41 なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。42 自分の目にある梁は見ないでいて、どうして兄弟にむかって、兄弟よ、あなたの目にあるちりを取らせてください、と言えようか。偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい、そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目にあるちりを取りのけることができるだろう。43 悪い実のなる良い木はないし、また良い実のなる悪い木もない。44 木はそれぞれ、その実でわかる。いばらからいちじくを取ることはないし、野ばらからぶどうを摘むこともない。45 善人は良い心の倉から良い物を取り出し。悪人は悪い倉から悪い物を取り出す。心からあふれ出ることを、口が語るものである。46 わたしを主よ、主よ、と呼びながら、なぜわたしの言うことを行わないのか。cocoaさん記事のの「《 ピース展望台 》 こそ偽物」ですが、文総裁のみ言「独生女」「天の父母様」までも否定している韓国・パイオニアカフェからどのような良いものが出てくるというのでしょうか? 根が違えば実までも違うのは当然です。ほか動画でもって「実体み言宣布大会」のみ言を引用しながら「真の父母様不一致」のデマ情報を拡散しているのも見かけました。それこそが、まさに、文総裁と韓総裁が生誕のそのときから生命を突け狙ってきたサタンであると知るべきです。文鮮明・韓鶴子総裁夫妻が再臨主「真の父母様」ではないというのであれば、文総裁のみ言すべてが水泡となって歴史からも消えていくこととなります。「不一致説」を唱えられる(賛同される)方々ですが、その後に訪れる世界がどういう希望的世界であるか、その答えを持たれているでしょうか?アダム家庭からアブラハム家庭まで2000年、アブラハム家庭からイエス様まで2000年、イエス様から再臨主まで2000年、6000年を要してこの地上に送られた再臨主でしたが、その天の父母様(神様)の心情までも踏みにじる行為であり、決して許せるものではありません。もちろん、1960年の「聖婚式」を迎えた上に、さらに「7年路程」まで勝利された韓総裁の「不一致説」は、統一原理を逸脱したものであることはいうまでもありません。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.06.08
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韓国ブログ「ピース展望台」(2020.06.06)からです。ここブログ村でもcocoaさんらを介して流れたものです。韓国・Pカフェのデタラメ情報は今に始まったことではありません。cocoaさんもその真偽を一つ一つ確かめられては、訂正文の一つでも書かれては如何ですか?一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓ 【旭電機化成】しっぷ貼り ひとりでペッタンコ / ASH-10xx【定番在庫】即日・翌日配送可【介護用品】福祉介護用品/湿布/シップ/背中/一人で貼れる【通販】【第2類医薬品】《久光製薬》 フェイタス 5.0 温感 大判 7枚 (湿布薬)【第3類医薬品】【お買得シップ薬(湿布薬)】冷感パステルハップMS 28枚(7枚×4袋)×5個・14cm×10cm 5400円以上お買上で送料無料
2020.06.07
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数日前から痛みを伴った闘病生活送っています。原因は、姿勢の悪化から骨と筋肉の位置がズレて炎症を起こしてのもののようです。お医者さんの診断では『五十肩』ということでしたが、痛みは肩ではなく鎖骨付近ですので別の病名が付けられるのではと思い、再診のときにもう一度確認してみましたが、「つながっているから」と軽くあしらわれてしまいました。現在、理学療法師の指導のもとリハビリに専念中です。ママさんも専属介護士としてよくしてくれて、寝起きから服の着せ替え等感謝の言葉がいくつあっても足りないくらいです。ところで、体のバランスを崩した状態が「病気」だとすれば、堕落人間もまたこのような状態にある、というのが原理講論・総序に書かれていたものでした。心の中を見れば、本心と邪心の葛藤が人類の闘争歴史を綴って来ました。ここにおいて、我々は、善の欲望を成就しようとする本心の指向性と、これに反する悪の欲望を達成させようとする邪心の指向性とが、同一の個体の中でそれぞれ相反する目的を指向して、互いに熾烈な闘争を展開するという、人間の矛盾性を発見するのである。存在するものが、いかなるものであっても、それ自体の内部に矛盾性をもつようになれば、破壊されざるを得ない。したがって、このような矛盾性をもつようになった人間は、正に破滅状態に陥っているということができる。ところで、このような人間の矛盾性は、人間が地上に初めて生を享けたときからあったものとは、到底考えられない。なぜかといえば、いかなる存在でも、矛盾性を内包したままでは、生成することさえも不可能だからである。もし人間が、地上に生を享ける以前から、既にこのような矛盾性を内包せざるを得ないような、運命的な存在であったとすれば、生まれるというそのこと自体不可能であったといえよう。したがって、人間がもっているこのような矛盾性は、後天的に生じたものだと見なければなるまい。人間のこのような破滅状態のことを、キリスト教では、堕落と呼ぶのである。(『原理講論・総序』から引用)また、この人間の矛盾(破滅)状態を知的に見たときには「無知に陥った」ということです。 人間の堕落を知的な面から見れば、それはとりもなおさず、我々人間が無知に陥ったということを意味するのである。ところで、人間は、心と体との内外両面からなっているので、知的な面においても、内外両面の知をもっているわけである。したがって、無知にも、内的な無知と外的な無知との二種類がある。内的な無知とは、宗教的にいえば、霊的無知をいうのであって、人間はどこから来たのか、生の目的とは何か、死後はいったいどうなるのか、更に進んで、来世や神などというものは果たして存在するのか、また既に述べたように、善とか悪とかいうものはいったい何なのかなどという問題に対する無知をいうのである。また、もう一つの外的な無知とは、人間の肉身をはじめとする自然界に対する無知をいうのであり、すべての物質世界の根本は何であるか、また、それらのすべての現象は各々どのような法則によって生ずるのか、という問題などに対する無知をいうのである。人間は有史以来今日に至るまで、休むことなく、無知から知へと、無知を克服しようとして真理を探し求めてきた。その際、内的無知を克服して内的知に至る道を見いだすべく内的真理を探求してきたのがすなわち宗教であり、外的無知を克服して外的知への道を見いだすべく外的真理を探求してきたのが科学なのである。(『原理講論・総序』から引用)ところで、太初から続いてきたこの闘争に終わりはあるのでしょうか? それでは、内的な真理を探し求めてきた宗教人たちが、その本来の使命を全うすることができなくなった原因は、いったいどこにあるのだろうか。本質世界と現象世界との関係は、例えていうならば、心と体との関係に等しく、原因的なものと結果的なもの、内的なものと外的なもの、そして、主体的なものと対象的なものとの関係をもっているのである。心と体とが完全に一つになってこそ完全なる人格をつくることができるように、本質と現象との二つの世界も、それらが完全に合致して初めて、理想世界をつくることができるのである。それゆえ、心と体との関係と同じく、本質世界を離れた現象世界はあり得ず、現象世界を離れた本質世界もあり得ないのである。したがって、現実を離れた来世はあり得ないがゆえに、真の肉身の幸福なくしては、その心霊的な喜びもあり得ないのである。しかしながら、今日までの宗教は来世を探し求めるために、現実を必死になって否定し、心霊的な喜びのために、肉身の幸福を蔑視してきたのである。しかしながら、いかに否定しようとしても否定できない現実と、離れようとしても離れることができず影のように付きまとう肉身的な幸福への欲望が、執拗に修道者たちを苦悩の谷底へと引きずっていくのである。ここにおいて、我々は、宗教人たちの修道の生活の中にも、このような矛盾性のあることを発見するのである。このような矛盾性を内包した修道生活の破滅、これがとりもなおさず今日の宗教人たちの生態なのである。このように、自家撞着を打開できないところに、現代の宗教が無能化してしまった主要な原因があると思われるのである。…(省略)… このように、宗教と科学とは、人生の両面の無知を打開するための使命を、各々分担して出発したがゆえに、その過程においては、それらが互いに衝突して、妥協し難い様相を呈したのであるが、人間がこの両面の無知を完全に克服して、本心の要求する善の目的を完全に成就するためには、いつかは、科学を探し求めてきた宗教と、宗教を探し求めてきた科学とを、統一された一つの課題として解決することのできる、新しい真理が現れなければならないのである。(『原理講論・総序』から引用)というように人類歴史は闘争に明け暮れてきただけでなく、その一方で、内外の無知を克服しようとしてきたのが宗教と科学であったということです。しかも、これまでは宗教と科学であっても、心と体のように反発しあって来ていましたが、「新しい真理」を見いだすことによってそれも解決されていくということです。堕落人間にとって、「知ること」は命の光であり、また蘇生のための力でもある。そして、無知は死の影であり、また破滅の要素ともなるのである。無知からはいかなる情緒をも生じ得ない。また、無知と無情緒からはいかなる意志も生ずることはできないのである。人間において、知情意がその役割を果たすことができなくなれば、そこから人間らしい、人間の生活が開かれるはずはない。人間が、根本的に、神を離れては生きられないようにつくられているとすれば、神に対する無知は、人生をどれだけ悲惨な道に追いやることになるであろうか。しかし、神の実在性に対しては、聖書をいかに詳しく読んでみても、明確に知る由がない。ましてや神の心情についてはなおさらである。(『原理講論・総序』から引用)ここに文鮮明総裁が解明された「統一原理」(『原理講論』)がその「新しい真理」である、と『総序』では紹介していたものでした。このように(堕落)人間は「心と体のアンバランスの状態」、知的には「無知の状態」にあるがゆえに十分な幸福を得られないでいましたが、それが『統一原理』によって開門されたということでしょうか!特には、もしも神様がおられるとすれば、その神様がどういうお方であるかを知らない人生ほど悲惨な人生はないでしょう。これまでのキリスト教は神様を「天のお父様」と呼んで来ました。ところが、新しい真理「原理講論」の随所には神様を「天の父母様」として紹介されていましたし、文鮮明総裁み言選集からも多く発見することもできました。最後になりましたが、支流人(分派)の方々も同じ原理講論を学ばれたのですが、家庭連合からその「天の父母様」を知らせてもそれを認めようともしなければ、知ろうともしませんでした。小さな良心の欠片でも見出だすことが出来たならば、新しい真理「原理講論」をもう一度受け入れていくことも可能でしょう。心と体のバランスを大切にしていきましょう。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.06.07
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ヨンギ氏記事「先生のみ言葉以外は、絶対に信じてはいけません。」のコメント欄に記載した通りです(以下)。「先生のみ言葉以外は、絶対に信じてはいけません。」では、三男さんは誰の言葉を信じたというのでしょうか。義父・郭錠煥氏の「養子・養女文化」を継承されたのではなかったですか。違いますか???「お父様お一人でも真の父母、お母様お一人でも真の父母」、これも文先生のみ言です。これを絶対に信じなければいけません、でしょう。ほかにヨンギ氏は何が言いたいのですか?「真の父母様宣布文サイトからもUCIは「養子養女文化」継承(警鐘)」を明確にしていました。郭錠煥氏が過去の講話で「祝福家庭は養子養女」だと語っていたことは、自称ルポライタイーtomy4509の過去記事です。それに続く「ポチも知る「真の父母様宣布文」はホンモノ!!--それを認めない養子文化」もUCI(FPA)は否定することも出来ないでしょう。さらにくわえては、「Re:cocoaさん記事『《養子》 が気に入らない独生女教団』--イエス様の三大試練とは?」は、イエス様ではなく、顕進氏に「サタンの三大試練」を当てはめたものでした。真の父母様への「絶対信仰・絶対愛・絶対服従」は「Re:ヨンギ氏の「(コピー)文顕進様世界副会長就任式映像」で省略されたものは?」でも書いていたものでした。「真の父母様宣布文」でも顕進氏はどうすべきであったかは自明と言わざるをえませんでした。ところが、結果はそうはなっていなかったということです。また、「お父様有原罪 お母様無原罪」は出生時に関する問題です。自称ルポライタイーtomy4509が検証し、すでに整理済です。モーセ路程ではヨシュアはモーセの代理使命者となりました。同様に原理講論からは、再臨主はイエス様の代理使命者として来られたお方であり、イエス様の使命を継承されたときからがその位置です。「宣布文サイト」も「再臨主は行かれたように来られる――〝罪人の立場〟で逝かれたイエス」で明示していました。情報は新しくしていかなければ情報社会にはついて行けません。茶けたFAXや「カビ情報」では全く話になりません。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.05.29
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真の父母様宣布文サイトからの新着です。2020.5.25 「独自の『神観』に基づいて〝虚偽〟をかたる中村仁史氏―― 分派による、真のお母様批判の常套手段〝み言改ざん〟に要注意!」を掲載しました。詳細は宣布文ホームページから確認していただければ、以下に一部を引用しました。(1) 「家庭連合の神観は『天の父』と『天の母』の二元論の神」と批判する誤り① 「天の父母様」は真のお父様のみ言であり、〝一元論の神〟である 中村仁史氏は、1988年10月14日の真のお父様のみ言を、次のように翻訳します。 「神様は1人ですか、2人ですか?(「2人です」)。何ですか?(「天の父と天の母のお2人です」)。それが2人ですか、1人でしょう? 2つの性稟が入っているのです。(あなたには)良心がありますか、ありませんか?(「あります」)。体がありますか、ありませんか?(「あります」)。その2つが一つになって1人の女性です。(神様は)性稟は2つありますが、体は男性的主体としていらっしゃるということです。その男性格主体というのは何ですか? 女性格主体がいれば、また他の男性格主体がいなければならないという話になるので、二元論になるというのです。二元論にひっくり返ります。ですから、永遠に一元論になろうとするので、(神様は)この男性と女性の中和体として主体的な性稟をもつ男性型としていらっしゃるということです」 (マルスム選集182-61、中村仁史氏の翻訳は茶色の文字で表記)(註:「中村仁史氏ビデオ第2弾「真のお父様の神観と、家庭連合の神観との違い」から」(2020.02.25)ビデオ映像から実際のものです。 ↓) この中村仁史氏の翻訳は、正確ではありません。部分的に省略したり、意味合いを変えたりしています。そのように改ざんする目的は、「天の父と天の母」という神観を、真のお父様が〝問題視〟しておられるかのように読ませるためです。中村仁史氏が翻訳する際、彼が省略し、意味合いを変えて表現した部分を以下、青い文字で示します。 「神様は1人ですか、2人ですか? (「2人です」)。何がですか? 神様は1人…。朴ジョンミンなのか、何と言うジョンミンなのか、2人だと言うの? (「天の父と天の母のお2人です」)。それが2人ですか? 1人でしょう。 2つの性稟が入っているでしょう。その朴ジョンミンは(あなたには)良心がありますか、ありませんか? (「あります」)。体がありますか、ありませんか? (「あります」)。それは2つですが、合わせて朴ジョンミンという(体は)1人の女性です。 (それと同様に神様は)性稟は2つありますが、体は男性格主体としていらっしゃるということです。その男性格主体というのは何ですか? 女性格主体であれば、どれほどいいですか。女性格主体がいれば、また他の男性格がいなければならないという話になるので、二元論になるというのです。分かりますか? 二元論にひっくり返ります。ですから、永遠に一元論になろうとすれば、 (神様は)この男性と女性の中和体として主体的な性稟をもつ男性形としていらっしゃるということです」 (マルスム選集182-63、青い文字は、中村仁史氏が削除したり、意味合いを変えて翻訳した部分)…(省略)…(2)真のお母様が「原罪を持って生まれた」というみ言は存在しない…(省略)…元・光言社職員・中村仁史氏は「翻訳者」という職歴でビデオ出演して語っていましたから、当然、教理研究院が間違った翻訳をしているというのであればその反論があって然るべきでしょう。自称ルポライタイーtomy4509もまた、韓国語の原文「マルスム選集182-61」とやらをを調べてみました。実際には63ページにその記載がありました。(以下はサンクチュアリ教会サイトからのペーストですから、サンクの方も文句はないでしょう。)もちろん、私自身は韓国語は象形文字みたいなものですから、「朴ジョンミン(박정민)」だけを調べたところ、やはり、教理研究院の翻訳通りに「박정민」が存在しました。皆さんは、サンクの中村氏と教理研究院の翻訳では、どちらが正しいと思われますか?http://cafe.daum.net/rainbowKINGDOM/HjjW/44063아니고 아들도 아닌데 그 관계가 귀한 거예요. 그 관계가 무엇이냐? 부자 의 관계를 영원히 갈라놓을 수 없는 힘이 참된 사랑이라는 거예요. 그렇기 때 문에 하나님의 참된 사랑은 혼자 이루지 못한다는 말이 되는 거예요. 알겠어 요? 오늘 기독교인들이 말하기를 하나님은 참된 사랑의 주체이시기에 무엇이 든지 마음대로 한다고 그런다구요. 천만에! 하나님 자신도 관계할 수 있는 대 상이 없게 될 때는 하나님이 제일 귀하게 여기는 사랑을 세울 수 없다 그 말 이예요. 그러면 하나님이 혼자예요, 둘이예요? 「둘입니다」 뭣이야? 하나님은 혼자…. 박정민인지 무슨 정민인지 둘이라고 그래? 「하나님 아버지하고 하나 님 어머니하고 두 분입니다」 그게 둘인가 하나지. 두 성품이 들어가 있지. 그 박정민이 양심 있어, 없어? 「있어요」 몸뚱이 있어, 없어? 「있어요」 그 둘인데 합해 가지고 박정민이 여자 하나예요. 성품은 둘이 있지만 체(體)는 남성격 주체로 계신다 이거예요. 그 남성격 주체라는 게 뭣이냐? 여성격 주체면 얼마나 좋겠나 그거예요. 여성격 주체가 있으면 또 다른 남성격이 있어야 된다는 말이 되기 때문에 이 원론이 된다구요. 알겠어요? 이원론에 나가떨어지는 거예요. 그렇기 때문에 영원히 일원론이 되려니 이 남성 여성의 중화체(中和體)로서 주체적인 성품 을 가진 남자형으로 계신다 이거예요. 그러면 왜 남자형이냐? 남자는 여자를 거느려야 할 책임이 있다는 거예 요. 뒤로 와도 거느리고, 옆으로 와도 거느리고, 이쪽으로 와도 거느리고, 이 쪽으로 와도 거느리고, 위로 와도 거느릴 줄 알아야 돼요. 여자는? 여자는 진짜 주체 되는 남자 앞에…. 여자가 제일 빠른 속도, 제 일 빠른 속도가 몇 마일일까? 아까 빛처럼 초속 3억 미터나 되는 속도로 여 자가 주체 되는, 참다운 주체를 만나 가지고 서쪽으로 그저 휘―익 가서 싹 부딪치더라도 남자는 핑 몇 바퀴 돌 뿐이지 금방 수습한다는 거예요. 그거 무 슨 말인지 알겠어요? 그거 돌면서 수습해야지, 비실비실 나가떨어지면 안 되 는 거예요. 그게 그렇게 되어 있어요. 그렇기 때문에 남자는 여자를 거느려야 되고, 또 부모는 자식들을 거느려 야 돼요, 동서남북으로. 사람은 다 그걸 원하는 거예요. 그렇기 때ところで、先に「皆さんはどう思われますか?」と、問うた私でしたが、実は、愚問でした。「ファミリー」1989.1月号からは、中村仁史氏以外の方が翻訳した1988年10月14日の真のお父様のみ言がすでに掲載されていました。しかも、ごく最近の私のブログ記事でも紹介していたものです。「「宇宙の根本は父子の関係」(1988.10.14、ソウル本部教会)」(2020.03.29)からです(以下)。 では、神は一人でしょうか、二人でしょうか? (二人です)。天のお父様と天のお母様という二人ではなく、神には二つの性稟が入っているのです。今答えた人は良心がありますか。ありませんか? 体がありますか、ありませんか? それら二つが合わさってあなたという一人の女性なのです。神の性稟は二つありますが、体は男性格主体となっているのです。では、男性格主体というのはいったい何でしょうか。女性格主体であればどんなにいいでしょうか。しかし女性格主体といった時には、別に男性格が存在しなければならないので二元論になってしまうのです。分かりましたか。二元論になってしまうというのです。神は永遠に一元論であられるために、男性、女性の中和体として、主体的な性稟をもった初めての男性形なのです。上記からも、教理研究院に軍配が上がりました。サンクチュアリ教会の元光言社職員・中村仁史氏過去に「翻訳者」の職歴を自負されていましたが、「彼のみ言改ざんにも要注意!」です!!一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.05.26
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これまで「「ウソ!!『JooJangYong TV』 」これだけは覚えておきましょう!!」ほかで「JooJangYong TV」のウソを訴えてきましたが、「嘘も百回言えば真実になる」は本当」でしょうか?2020/05/21付の新着「JooJangYong TV」もまたウソを語っています。「JooJangYong TV」の主張は、一貫して韓鶴子総裁は「独生女」ではなく、再臨主は文鮮明総裁ただ一人だということです。それは本当ですか?世界基督教統一神霊協会(統一教会)はキリスト教の教義・歴史を相続しています。原理講論からは、マラキ書に預言されたエリヤの再臨がありました。選民イスラエルが待望していたのはメシヤ・救世主でありましたが、それを前には「主に道を整え」るためにエリヤが先に「天から雲に乗って来る」と信じられていました。しかしながら、そのエリヤの知らせもない中にイエス様が「神様の独り子」を名乗って出てきたから混乱が生じました。実は、洗礼ヨハネが再臨のエリヤであるとイエス様が語られては、弟子たちはそれを信じました。イエス様の再臨の約束も聖書からでした。さらには、黙示録からは「小羊の婚宴」の預言までありました。であれば、再臨のイエス様は来られて何をされるでしょうか?結婚式です。それまではキリスト教信徒は聖霊の役事を受けながら、イエス様の「新婦格」の信仰を持ってこんにちまで来ました。神父さんといえども「新婦」ということです。聖書からはエリヤは雲に乗って昇天したとあり、イエス様も逆には「天の雲に乗って」来られる(マタイ伝24/30)と信じてきました。ところが、再臨主は肉身を持ってこの地上に誕生されるという天からの啓示を受けた霊的教団が現れました。統一教会はその歴史的流れの中に創設されたものでした。統一原理では「再臨論」を説いています。再臨主はお一人ではなく、我々を原罪のない善の子女として生み変えてくださる「善の父母」として来られると明確な記載があります(こちら)。となれば、「JooJangYong TV」の主張する再臨主はお一人は、果たして、正しいのでしょうか?「JooJangYong TV」は、韓総裁は「独生女」でもなく、しかも(統一)原理を破壊しているなどのウソを語っています。イエス様「独生子(独り子)」は2000年の歴史を経た今もキリスト教信徒たちは信じています。ところが、「独生女(独り娘)」の概念を見れば、これまでのキリスト教には存在しませんでした。言葉「独生女」が最初に語り始められたのは、1959年10月に文鮮明総裁でした。イエス様が十字架に架かられることなく結婚していたならば、神様は「独生女」も準備されていたでしょう、と。その翌年1960年(陰暦)3月16日、文総裁・韓総裁の聖婚式が成されました。黙示録の「小羊の婚宴」とでもいうものでした。それ以降は、文総裁夫妻を「真の父母様」として信奉してきたのが統一教会信徒でした。クリスチャンの方々も考えてみてください。キリスト教はどこに向かって進んできたか、ということです。間違いなく、再臨のキリストと出会うためでした。そして、その再臨主は「小羊の婚宴」されるということです。また、それを信じるものは「わたし(神)の子となる」ことを約束されていました。ヨハネの黙示録/ 21章1 わたしはまた、新しい天と新しい地とを見た。先の天と地とは消え去り、海もなくなってしまった。2 また、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意をととのえて、神のもとを出て、天から下って来るのを見た。3 また、御座から大きな声が叫ぶのを聞いた、「見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいまして、4 人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである」。5 すると、御座にいますかたが言われた、「見よ、わたしはすべてのものを新たにする」。また言われた、「書きしるせ。これらの言葉は、信ずべきであり、まことである」。6 そして、わたしに仰せられた、「事はすでに成った。わたしは、アルパでありオメガである。初めであり終りである。かわいている者には、いのちの水の泉から価なしに飲ませよう。7 勝利を得る者は、これらのものを受け継ぐであろう。わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる。8 しかし、おくびょうな者、信じない者、忌むべき者、人殺し、姦淫を行う者、まじないをする者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者には、火と硫黄の燃えている池が、彼らの受くべき報いである。これが第二の死である」。文総裁は、2000年前にイエス様がご自身を「独生子(独り子)」と言われたのに対して、その花嫁を「独生女(独り娘)」との名称を「造語」として発表されたものです。イエス様はニコデモに、「よくよくあなたに言っておく。だれでも新しく生れなければ、神の国を見ることはできない」と言われました。人間は例外なく男性も女性も母親の胎を通して生まれて来ます。となれば、イエス様のその「新生論」からは、私たちを生み変えてくださる「母親」がいなければ不可能であるということです。五旬節のとき天から聖霊が降臨しては、霊的な「母親」としてキリスト教徒を生み変える役事をなしてきましたが、ローマ書8/23からは「それだけではなく、御霊の最初の実を持っているわたしたち自身も、心の内でうめきながら、子たる身分を授けられること、すなわち、からだのあがなわれることを待ち望んでいる。」と、心だけでなく体もいつかそうなることを願ってきました。しかしながら、この地上で先ずは解かれなければならないという聖句があります。『わたしは、あなたに天国のかぎを授けよう。そして、あなたが地上でつなぐことは、天でもつながれ、あなたが地上で解くことは天でも解かれるであろう」。』(マタイ16/19)結論が見えてきました。聖書からも絶対的に私たちを生み変えてくださる「母親」がこの地上に現れない限り、私たち人類は「神様の息子・娘」となることは出来ないということです。したがって聖書が求めてきたもの、統一原理からも来られる再臨主はお一人でなく「善なる父母」として来られる、は疑う余地がありません。来られる再臨主は「小羊の婚宴」をなされる、となれば絶対的にその花嫁「独生女」が必要です。「独生子」×「独生女」=「小羊の婚宴」です。どちらか一つが欠けても「再臨主」とはなり得ないというのが「黙示録」の預言です。黙示録22章では、その預言に関しても釘を指していました。18 この書の預言の言葉を聞くすべての人々に対して、わたしは警告する。もしこれに書き加える者があれば、神はその人に、この書に書かれている災害を加えられる。19 また、もしこの預言の書の言葉をとり除く者があれば、神はその人の受くべき分を、この書に書かれているいのちの木と聖なる都から、とり除かれる。20 これらのことをあかしするかたが仰せになる、「しかり、わたしはすぐに来る」。アァメン、主イエスよ、きたりませ。21 主イエスの恵みが、一同の者と共にあるように。この預言は必ず成就するということでした。また、それを信じない者には「第二の死」があるということです。「JooJangYong TV」のウソの話に戻ります。クリスチャンの方であれば、周囲のうわさに翻弄されることなく、韓鶴子総裁の自叙伝「人類の涙をぬぐう平和の母」(ソフトカバー版 06/02発行)を是非手に取って読まれてください。人類の涙をぬぐう平和の母 自叙伝 / 韓鶴子 【本】「JooJangYong TV」の主張するところの韓鶴子総裁が「独生女」でないとすれば、これまで統一信徒が信じてきた文鮮明総裁お一人では「独生子」「再臨主」となることは出来ません。「独生子」×「独生女」=「小羊の婚宴」であってどちらも欠けることは出来ないというのが原理講論です。その原理講論を破壊しているのは韓総裁ではありません。「JooJangYong TV」が自らの「原理講論の破壊」を証明していました。https://youtu.be/HSeMJfYSHpM?t=208上記に続く韓総裁の映像もPeaceTVで確認することができます(天地人真の父母様主管 神韓国家庭連合 日本宣教師会特別集会 真の父母様のみ言 (2019.8.10) こちらから)。ここでも「JooJangYong TV」は韓総裁のみ言の順番を故意に入れ替えて(改ざんして)いました。「私(韓総裁)は独生女、宇宙の母」だから文総裁を差し置いて何でもできるということを印象付けようとした意図があります。原理講論は半世紀以上も前に書かれたものであり、これまでも「新生論」が「重生論」へと原理用語が変更されたこともありますし、冒頭「総序」末尾にも完成本ではないことが明記されていました。韓総裁が間違っていることを語られていたわけではありませんでした。しかも、2008年7月19日の文総裁夫妻ほかのヘリコプター事故後の8月1日の早朝訓読会で文総裁は「原理講論の主人は真のお母様(韓総裁)」とも語っておられました。その主人である韓総裁がその「原理講論を完成する」ということに何ら問題はないはずです。cocoaさんも女性でしょ--原理講論の主人は「お母様」!!(2018.11.16)その原理講論の主人が、まさに「お母様!!」「JooJangYong TV」の情報自体を見てもこれまでに言い古されてきたものばかり、根拠のあるものはありません。文総裁が生まれた時から無原罪にしても、これまでのイエス様の因習的概念(先入観)からのものであって、文総裁のみ言からも16歳のときに、という話を何度もされておられました。一方、お母様無原罪誕生については、三代続きの「ひとり娘」の家系、第三アダムは無原罪のエバを探して結婚される、というみ言も語られていたものでした。このことについては「真の父母様宣布文サイト」でも紹介されていましたし、私の過去記事でも何度も書いていたものでした。「JooJangYong TV」はそれを隠蔽してウソを語っています。「ウソも百回言えば真実になる」は、私たち祝福家庭としての位置を離れなければ消え去っていくものです。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓ 一和高麗人参濃縮カプセル(120粒)[2個セット]【送料無料(※北海道・沖縄は除く)】【初回ピルケースプレゼント】【あす楽対応】【東北_関東_北陸_甲信越_東海_近畿_中国_四国_九州】中橋商事 石川県産 ひゃくまん穀(ひゃくまんごく) 10kg
2020.05.23
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ビデオ「本然のお母様は真の愛の主人です」というタイトルとは裏腹に、その内容を見れば韓鶴子総裁を批判し否定したものでした。あるブログでは、韓総裁の肉声が紹介されており、これこそが正論だと書いていました。さて、それは何を物差しとして書かれたものでしょうか?韓総裁の肉声は肉声でも、そのみ言の真意を歪曲すべく音声を切り刻んで並べかえた編集映像、改ざんされたものでした。これについては、先記事「韓鶴子総裁の改ざんされたみ言動画「生声で聞く独生女教の核心教理」」にてほんの一例を挙げたに過ぎません。家庭連合のPeaceTV映像は最初に生中継されたものの録画映像ですから、そのままのものでした。http://www.ipeacetv.com/vod/vod_view.asp?vId=7976&mId=A01&page=7ところが、家庭連合を批判するブログで挙げる映像といえば、画像をぼやかした映像に肉声を流したものであり、実際に語っていたものであるという判断がつきません。ほか「「ウソ!!『JooJangYong TV』 」これだけは覚えておきましょう!!」からも短い映像こそが真実であるかのような錯覚を与えるものでした。「養子・養女文化」に染まった人たち(「郭錠煥教」信者)が子女様に気に入らてようと、養子・養女でも少しは良い生活を得ようとして、デマ・ねつ造にと躍起になって家庭連合や韓鶴子総裁を批判されているようです。自称ルポライタイーtomy4509が検証した内容が正しいかどうか、cocoaさんもじっくりと確認されていれば、私へ中傷記事も書けないと思います。三男さん情報は正しいなどと鵜呑み(妄信)ばかりされず、ご自分の目でその事実関係をよく確かめることも必要です。さて、ビデオタイトル「本然のお母様は真の愛の主人です」ですが、人間始祖アダムエバから今日までそのような母はほかにどなたかいらしたでしょうか?ビデオで見る「母親像」といえば、既存の価値観からのものであって私たちは「本然のお母様」がどういう方であるかを知りません。「本然のお父様」も同様であって、仮に文鮮明総裁がその父と認められるのであれば、その母とたてられ韓総裁こそが「本然のお母様」となるというものです。韓総裁が「真のお母様」と呼べないというのであれば、文総裁もまた「真のお父様」と呼ぶことは出来ないでしょう。となれば、最初から「真の家庭」など存在しなかったという結論、三男さんが「真の家庭だ」という主張も虚偽を語っていることになります。cocoaさん、私のこの論理は「正論ですか? 邪論ですか?」【関連記事】分派のご夫人らのアベルカインがあれば分派問題は解決される分派のご夫人らのアベルカインがあれば分派問題は解決される(その2)コスモスさんも女性でしょう!!お父様は郭錠煥氏(洗礼ヨハネ)の失敗を警告しておられた?!一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.05.21
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先回記事「ウソ「JooJangYong TV 1」-- 真の父母様宣布文サイトにて詳細」(2020.05.07)でも書きましたように、動画編集までしてはみ言の歪曲や改ざんをしているはまったくの信ぴょう性がありません。05/13付の映像「JooJangYong TV これだけは覚えておきましょう」も、今回も同様のことを申し上げなければなりません。「JooJangYong TV 1」からです。文鮮明総裁最後の訓読会(2012.08.03)で以下のように語られていました。文鮮明総裁のお話 「主人が誰で、上には誰で、女が上になることはできない。反対になっている、これが。オモニが根本を全て捨てた。(指の方向)上がるべき腹に上がることがオモニがお祖父さんと孫、孫娘を蹴ってしまった。」それでもって、「指の方向に注意 」ということで、指の先を見てみましょう。 PeaceTVホームページ(韓国語)に最後の訓読会の映像(こちら)がありました。言語は韓国語ですので話されている内容までは分かりませんが、お父様の目の前にはお母様と「最終一体の宣布」のサインされた講演文もあることを考えれば、お母様のことではないと判断できると思います。「オモニ」と語られた後の「04:11」にわずかながらお隣の席を見ることが出来ました。韓鶴子総裁(お母様)が居られません。となれば、指の先はお母様でしょうか?また、「お母様の原理否定」といっては、原理講論(韓国語)のP.27を紹介しながらもお母様が間違っているかのような錯覚を与えようとしていました。日本語『原理講論』では神は本性相と本形状の二性性相の中和的主体であると同時に、本性相的男性と本形状的女性との二性性相の中和的主体としておられ、被造世界に対しては、性相的な男性格主体としていまし給うという事実を知ることができる。です。赤字部分を見れば一目瞭然です。肝心の部分の「本性相と本形状の二性性相の中和的主体であると同時に、本性相的男性と本形状的女性との」を省いては、それをつなげて(赤字部分)お母様のみ言批判でした。これについては既に「5月8日のお母様のメッセージから」(2020.05.12)でも私からも提起していたものでした。原理講論は厳密には、神様は「男性格」ではなく、「本性相と本形状の中和的主体であると同時に、本性相的男性【天のお父様】と本形状的女性【天のお母様】の中和的主体」としおられる方であられるので、「天の父母様」の呼称は何ら問題はありません。「神様は男性格」だと主張されては原理を歪めている方もいますが、「被造世界に対しては、性相的な【男性格主体】としていまし給う」お方と原理講論では書かれています(P.47)。「神様の男性格」に対しては「母なる大地」、つまりは被造世界です。このように、原理講論からも「天の父母様」は正しい、ということです。皆様!「ウソ!!『JooJangYong TV』 」これだけは覚えておきましょう!!一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.05.15
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先ずは、cocoaさんブログ記事「念願の第一教祖じゃないですか~? !」から私tomy4509(peace) のコメントを転載します。1「天の父母様」呼称を否定される方々の意見です。自称ルポライタイーtomy4509のこれまでの検証からは、呼称「天の父母様」から「天の父母様教団」への流れに何ら問題はないと思います。もしも問題があるとすれば、原理原本に始まりお父様のみ言の黒・天聖経を始めとした八大教材教本に記載された「独生女」、「天の父母(様)」までも批判・否定される方々ではないでしょうか?その批判・否定によって頭をもたげようとされる真の父母様(お父様)以外の人物の言葉でしかありません。「親泣かせ原理運動」との批判をされながら、肉の父母以上に真の父母様を慕い求めてきた私たちであったはずです。ところが、心情はおろか 【そのみ言とも一致しない】 子女様方にお父様の残像を求めてみたところで結末は見えてきています。「天宙天地人真の父母定着実体み言宣布大会」です。み言以上にその実体「天地人真の父母」が大切です。以下は既に読まれたでしょうか?・「cocoaさんへ--Re:「独生女教の小さくても大きい嘘」は?」https://plaza.rakuten.co.jp/peace3world/diary/202005030002/興進様の聖和を目の前にしながらも、お父様に「絶対信仰・絶対愛・絶対服従」のお母様でした。cocoaさんならば、夫をひっぱたいてどころの騒ぎではないと思います。『人類の涙をぬぐう平和の母 』の真のお母様ですが、その心と体は闘わなかったでしょうか。。1960年に御聖婚された真の父母様でしたが、そのお母様自身はプリンセスのようなあまい新婚生活を送られていては「平和の母」となることは到底できませんでした。さらには、真のお父様との心と体を合わせられての「最終一体の宣布」までもお父様はされておられます。「これを信じますか?」という前に、頭を下げざるを得ないのが私たちの姿勢ではないでしょうか!!peace2020-05-06 17:39:113>cocoaさん原理講論は厳密には、神様は「男性格」ではなく、「本性相と本形状の中和的主体であると同時に、本性相的男性【天のお父様】と本形状的女性【天のお母様】の中和的主体」としおられる方であられるので、「天の父母様」の呼称は何ら問題はありません。「神様は男性格」だと主張されては原理を歪めている方もいますが、「被造世界に対しては、性相的な【男性格主体】としていまし給う」お方と原理講論では書かれています(P.47)。「神様の男性格」に対しては「母なる大地」、つまりは被造世界です。>お父様のみ言の真髄は「神様と人間は父子の関係」ですよ ! !(cocoaさん)-----神様と人間は「父子の関係」はお父様のみ言からも強く語られてきたことです。これまでの「天のお父様」はキリスト教からであり、イエス様は結婚しなかったゆえに「天の父」としてしか語ることができなかった、というのがお父様のみ言です。ところで、アブラハム家庭の話をしてみましょう。アブラハムには二人の息子、イシマエル(兄)とイサク(弟)がいましたh。二人ともアブラハムを「父」と呼びますが母親が違っていました。エサウとヤコブ、彼らは双子ですが、恩讐関係となって別れて暮らしていました。ヤコブはレアとラケル、そして、その僕も入れて12人の子供らはヤコブを「父」と呼んでいました。父は同じでも「異母兄弟」です。また、人間始祖アダムエバ堕落で天使長が「偽りの父」となり、この世には「異父兄弟」もあります。私が統一教会に来て最初に聞いたのは原理講義と「信仰講座」でした。キリスト教は同じ神様を「天の父」と呼びながら、何故、人権差別や教派分裂が生じたのでしょうか。結論は聖書そのものは象徴や比喩で書かれたものであり、イエス様の教えも人間的解釈によって歪めららたからということでした。イエス様はニコデモに、もう一度母親の胎に入って生まれなければならないと語られていましたが、イエス様と聖霊による「霊的救い」といっても極めて観念的なものでした。イエス様はもちろん「独り子」、実子ですから「天の父」はハッキリしていました。ところが、クリスチャンたちはどうでしたか? 「養子」の立場とも言われていますが「天の父」といっても「ハナニム(一なる方)」ではなく漠然としたものでした。ところが、お父様の「父子関係」はそれを「ハナニム」(性形の中和体)へと引き上げた言葉です。それを可能にせしめたのが、この地上に初めて誕生した「真の父母」の実在でした。アダム・エバが双子の兄妹であったようlに、真の父母様も23歳の年齢差はあっても「父母様一体」の特別宣布の時は一つの血統(ハナニム)から出てきた「一つの母体」「一つの血筋」といった祈祷までされていました。・「お父様最後の祈祷映像と特別宣布式」https://plaza.rakuten.co.jp/peace3world/diary/201710040000/私が考えるには「父子関係」もありますが、それ以上に神様との血統の近さを感じさせてくれるのは「父母」ではないかと思います。「天のお父様」といえば、これまでのキリスト教がそうであったように母親がハッキリせず「異母兄弟」や「異父兄弟」もあります。ところが、「真の父母様」「天の父母様」はだれもが同じ父母ということにいます。夫婦であっても同じ(永遠の霊的)父母から生まれた兄妹であり、その子女も同じ「お父様、お母様」です。十代重ねても同じ「天の父母様」からの真の愛・生命・血統まで連結されていきます。平和も家庭から始まっていきます。根っこである「中和体」の神様を最も正確に表現する言葉は「天の父母様」であるとは思われませんか?!peace2020-05-06 22:50:445月8日の「天地人真の父の母様 天宙聖婚60周年記念特別集会」でのお母様もメッセージですが、批判・反対される方々の意見を見れば、基元節は「独生女たった一人のゴールイン ? !」「お母様だけがゴールした???」と、お母様がさも自慢げに語られていたかのように捉えているようです。とうごま氏の記事を見ても(こちら)もお母様のみ言を引用しながらも同様でした(赤太字はとうごま氏)。●1960年からマラソン。基元節でゴールしたのは「真の母のみ」だった?1960年、天の父母様が待ち、待ち焦がれた、地上に、地上の摂理を出発することの出来る、1960年3月16日、この日は天の父母様が、真の父母と一つとなる日とならなければなりませんでした。しかし、歴史を通じて見るときに、救援摂理、蕩減復帰摂理は、多くの遅延と失敗の連続でした。特に、再臨主メシア、その方の責任は、キリスト教の基盤を通して、完成しなければならなかったにもかかわらず、そのように出来ない環境の中で、1960年、真の父母は世界に向かってマラソンが始まったのです。絶え間なく世界を抱こうとする努力、言葉に表せない、表現する事の出来ない、血の涙を流す状況でありました。 53年間マラソンは始まり、2013年1月13日、紀元節、ゴールは誰がしましたか?真のお母様のみゴールしました。そこで私は天一国元年を宣言しました。●お父様は地上で使命を完遂できず。私が地上で責任を果たすという立派な「主管性転倒」の自分勝手な決意。そして3年間はお父様のために。天の父母様の前に赦しと愛と真の父の生涯は地上がまず先なのです。しかし、そのように出来なかったというのです。それで私は、3年侍墓精誠の期間を持ちました。そして3年後、お父様にこのように言いました。「天の父母様の前に頌栄の対象としてご自由であられて下さい。地上は私が責任を果たします。」そうしましたね。皆さんが今日私と共に息をしているこの瞬間がどれだけ重要でしょうか。今回のコロナによって社会的な距離を置く、そのような運動がありました。みなさんが、今のこの生活が、永遠の天上の天一国の国民としての資格があるのかどうか、検討し努力し反省し悔い改める、出発の責任を完成することを誓う皆さんであることを願っています。そうしますか。この一文を見てはお母様が自慢して語られているという方は「狂った人」です。1960年、真の父母様は世界に向かってマラソンを始められました。ところが、基元節(2013年1月13日)を前に文総裁(お父様)が聖和(逝去)されたために、そのマラソンのゴールを持つことができませんでした。ために、お母様も寂しい心情を吐露された言葉ということです。それに続くお母様の3年間の侍墓精誠の期間を持たれたと続いています。ところで、基元節(マラソンのゴール)はお二人だけがゴールすべきであったのでしょうか?基元節を前に元老院の方々を集められれては、天一国入籍の話をされては祝福家庭も入籍する日がその日であるということでした。但し、入籍に際しての責任分担もあり、ゴールにいたりませんでした。「平和の母」として77億人類を抱きたいお母様です。侍墓精誠は本来は長兄が仕事を辞めてはお墓の近くに小屋を設けて捧げるものということです。その期間、「長子だ」「相続者だ」と主張される息子さん方は何をされておられましたか?長兄・孝進様でしたらそれをされたでしょうが、2008年に聖和されていましたのでお母様がされていかれたのではなかったでしょうか。<続き>ほか、とうごま氏は赤太字でもってこれまでの何ら根拠のない論調を繰り返しては、最後は「亨進氏」ということなのでしょうか?私からは、サンクチュアリ教会は「不母主義」であり「孤児」であると書いてきました。ところが、お母様の自叙伝「平和の母」P.180~にも「孤児」の話が出ていてその不思議さを難じた次第です。孤児たちを誰が抱くのでしょうかわたしはあなたがたを捨てて孤児とはしない。あなたがたのところに帰って来る。(ヨハネによる福音書14章18節)(続きは音読映像にて)このように、サンクチュアリ教会は孤児を代表するような立場ですが、父母に侍って生きるとき、すべてを失った孤児の立場から抜け出し、本当の幸せを手にする神様の息子、娘となるのです。サンクチュアリ教会の元光言社職員・中村仁史氏のビデオ第4弾も昨日にはUPされていたようです。「絶対信仰・絶対愛・絶対服従」をメインとしたもので、お母様が2013年1月に「天の父母様」呼称としたほかに家庭盟誓の第八番の「成約時代」から「天一国時代」に変更したことを挙げていました。中村氏曰く、1993年からの成約時代に「絶対信仰・絶対愛・絶対服従」を私たちが果たさなければならなかったのですが、それができなかったので「天一国時代」に変えてはお母様はその罪を隠すため、だとかでした。まさに、中村氏の危弁としか言いようがありません。家庭盟誓の「成約時代」が「天一国時代」に変更されたとしてもその責任がなくなったわけではありませんから。加えては、真のお母様も「絶対信仰・絶対愛・絶対服従」の責任を果たされておられないかのような論理展開でもって、サンクチュアリ教会に(霊的に)逝かれた姜賢實女史こそがその勝利者と言わんばかりです。中村氏が引用している『2000.11.11「父子協助時代」宣布』のみ言については、「真の父母様宣布文サイト」からは以下のように反論していました。詳細は「宣布文サイト」で確認してください。https://trueparents.jp/?page_id=2569(2)分派の「父子協助時代」の御言の改ざん サンクチュアリ教会の人は「父子協助時代」の御言を悪用して、「摂理の流れから見て、1992年から1999年までは『女性の時代』であり、『真のお母様』を中心とした摂理です。当然、その頃の御言は、真のお母様を「後継者」として言及されたような御言もあります。しかし、2000年からは『父子協助時代』に入りました。 お父様は、2000年1月5日の御言で、『国家時代を越えて、アボジを中心に連結された時、オモニではありません。これで一つになると、オモニは長子に任せるので父子協助時代になるのです。父子協助時代になると、ここで全て終わるのです』(マルスム選集、314-230)と語っておられ、お母様を中心とする時代は終わり、今や亨進様を中心とする時代が来ている」などと主張します。(注:この部分の翻訳の問題については後述) しかし、1999年の「九・九節」の御言、および2000年11月11日にハワイで宣布された「父子協助時代」の御言は、お父様が母の国日本を救うための措置として宣布されたもので、お母様について語られたのではありません。何度も繰り返しになりますが、元光言社職員・中村仁史氏は翻訳者としてのスキルはあっても「原理観と摂理観」を語るだけの知識は持ち合わせていません。「絶対信仰・絶対愛・絶対服従」そのものの根が神様からであったことも理解していない歪曲解釈です。冒頭にも転載しましたように、これまでの人類歴史は神様との深い関係を回復しようとしてきたものでした。神様の呼称の変化もまたそのような時代の流れの中でのものであり、キリスト教の曖昧な「天の父」であったものが、1989年9月1日の「天父主義」宣布でもって「絶対神」「絶対父」へと段階が上がり、「天の父母様」は「ワンファミリー・アンダーゴッド」の本来的家庭から理想世界へと拡大していく希望となることを確信させてくれるものと思います。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.05.12
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サンクチュアリ教会のとうごま氏記事「文鮮明師聖和前の真実。文師は韓鶴子女史の背信を指摘していた!」(2020-05-02)で紹介していました映像「JooJangYong TV 1」は、UCI側からのものであったようです。韓鶴子総裁や家庭連合を貶めるものであれば、彼も支派を超えては「なりふり構わず」といったところですか?!ところが、それもまた「ウソ「JooJangYong TV 1」-- 真の父母様宣布文サイトにて詳細」で粉砕されていました。映像「JooJangYong TV 1」からは金栄輝会長の名前も挙げていました。であれば、金会長の肉声にも耳を傾けて見るべきと思いますが、とうごま氏はその映像は確認されたのでしょうか。・[PeaceTV] 金栄輝先生、2013年11月9日ラスベガススピーチ(2019.06.17)(PeaceTV映像「金栄輝会長アメリカ5カ都市巡回講演 天の父母様の摂理と 真の父母様の業績」はこちらから)。さて、真の父母様の「最終一体の宣布」は本物です。以下も何ら問題はないでしょう。真のお母様に最も近い息子・娘が「第三教主」真のお父様は、今後における相続者としての”後継”の秩序について、次のように語っておられます。「先生が霊界に行くようになればお母さんが責任をもつのです。その次には息子・娘です。息子がしなければなりません。息子がいなければ、娘がしなければなりません。後継する者が誰だということは既に伝統的に全て(準備が)なされています」(マルスム選集318-260)「私(注、お父様)がいなくても、お母様の前に一番近い息子・娘が第三の教主になるのです」(同、202-83~84)(『UCIを支持する人々の言説の誤り No.2』P.18から)あるとすれば、そのお母様を貶めては否定される子女様方ということになります。お母様に近いでしょうか? 遠いでしょうか?ところで、今回はとうごま氏記事「連載「人類の涙をぬぐう平和の母」第12回「天の父母様教団」消滅を立証する。」(2020.05.09)ですが、韓鶴子女史はこの「自叙伝」の中で、教団後継者(家庭連合では中心者と呼ぶようだ)を長男・文孝進様の子息に定めた事は明らかである。●「教団消滅の立証」01人類堕落の原因は「血統逸脱問題(姦淫)」である。…(略)…●「教団消滅の立証」02長男孝進様は「血統逸脱問題」に抵触している。…(略)…●「教団消滅の立証」03正統性の根拠がない者は後継者(中心者)となり得ない。●第一の理由まず、最初に指摘しておかなければならないのは、再臨主文鮮明師の聖和前に、アボニムが、「」はない。●第二の理由教団の核心教義(人類普遍の真理)である、「原罪」問題に抵触した人物の血統が、後継者(中心者)となり得る原理は存在しないという冷徹な事実である。とうごま氏の原理解釈に少し問題を感じます。人類堕落の原因が「血統逸脱問題(姦淫)」と書いていましたが、それが原因ではなく(外的)結果に過ぎませんでした。より根本的原因は、原理講論P.121の「罪」についてに明記されていました。https://ffwpu.family/library/divineprinciple/fall/fall2#2-2(五) 罪罪とは、サタンと相対基準を造成して授受作用をなすことができる条件を成立させることによって、天法に違反するようになることをいう。その罪を分類してみれば、第一に原罪というものがあるが、これは人間始祖が犯した霊的堕落と肉的堕落による血統的な罪をいい、この原罪は、すべての罪の根となるのである。「原罪」ほか「遺伝罪」「連帯罪」「自犯罪」も書かれていました。すべての罪の根は「取って食べるな」の戒めを守らず破ったということではなかったですか。『天法』ともいうべきものはなんでしょうか?私自身の考えでは「絶対信仰・絶対愛・絶対服従」だと思います。お父様のみ言からもそれを多く見ることが出来ますし、また、『家庭盟誓』にもそれが盛り込まれるようになりました。「絶対信仰・絶対愛・絶対服従」は、先ずもって神様(天の父母様)がそのようにして投入されては被造世界を創造されたということでした。よって、神様であってもそれを曲げることはできず、人間の堕落していく姿を見られても「干渉することが出来なかった」のは、神様が定められた「創造原理の絶対性と完全無欠性のために」であったという話です。私の過去記事では何度も2008年4月6日のお母様を中心とした顕進氏と国進氏のカインアベルの儀式を取り上げていました。その場でもお父様は2008年3月17日聖和された長男孝進様について語られていましたし、同年のヘリコプター事故後もまた、8月1日の天正宮訓読会でお父様は以下のように語られていました。 その日(2008年3月17日)は、孝進君が責任を持って霊界に行った日です。世の中を旅立つときに、二時間前に……。分かれた霊界と肉界を埋め合わせ、統一圏の大道を築くために行ったのです。世の中で言えば、長子である息子は父母様の誇りであり、父母様の栄光であり、父母様の勝利の結実とならなければなりません。(孝進様は)サタン世界の渦中で、その波に引きずり回され、世の中をすべて回りながら、最後には、真の父母しかいないということを知ったとき、父母の前に長子として責任を果たすことができないわたしが何をするのかと、申し訳なく思ったというのです。天上世界の新しい朝となったその世界、天と地が分かれ、父母と子女が分かれ、万有の存在の細胞と細胞がすべて分かれうる、その場を受け継いでいくならば、息子の召命的責任を果たしてから行くということで、命をささげたのです。統一家の最後の壁を片付けて越えていくことによって、孝進に対して、嫉妬心、ねたみ、恩讐の概念を持つことができない場が始まるのです。 その場に上ったので、一つになることができなかった自分の兄弟たちを一つにするために、父母の前に考の道を行くようにさせ、神様と真の父母を分けた壁を一つにして、天上世界に安息日ではなく安侍日を迎えることができる秘訣として双合十勝数を抱き、自分が代わりに孝子の道を行き、果たせなかったすべてのことを、自分が死んで体と霊のすべてをささげてこれを初願成就させようとしたのが、孝進お兄さんが行った道です。それを知って、二時間以内にそのような決心を成し遂げることができるように天は措置してくださり、神様が、また真の父母が助けて、過去の誤ったこと……。 過ちというのはありえないというのです。……(『ファミリー』2008.10月号 P.17~)記述や写真選別から自叙伝「平和の母」は、「長男孝進様の血統が相続者」をお母様が意思表明ために書かれた書物だととうごま氏の連載の第1回目から終始一貫していました。そして、彼が推すところのサンクチュアリ教会の亨進氏ではない長男孝進様の血統が後代を継ぐことに「愛の減少感」を感じては、『「天の父母様教団(聖会))」消滅』などと書いているようです。「先のものが後になり、後のものが先になり」というところですか。彼のいうところの「教団消滅の立証」の第1番は、私からは原理解釈にズレがあり、その2番にも連結しようとしていましたが、お父様のみ言を見れば聖和される2時間前に地上のすべてを整理して行かれたこと、最後の最後まで真の父母様に対しては「絶対信仰・絶対愛・絶対服従」を貫かれた孝進様を「父母様の誇り」「父母様の栄光」「父母様の勝利の結実」とまで賛美しておられました。以上をまとめれば、「教団消滅の立証」の1番・2番は「没」、第3番目の第二の理由に関しても立証1番目の原理解釈のズレを理由としたものであり、これも「没」という結論になります。残るは立証3番目の第1の理由ですが、これもまた自称ルポライタイーtomy4509の過去記事からは「没」となりました。とうごま氏は祝福家庭・6000双ですからお父様ダンベリー解放前の1985年8月16日の「一勝日」の記憶はあるでしょう。全員が韓国産の天然炭酸水「生水」を飲みました。モーセ路程で「イスラエル民族がシンの荒野を出発して、レピデムに宿営したとき、神はモーセに命ぜられて、ホレブ山の磐石(岩)を打たせ、水を出して彼らに飲ませられた(出エ一七・6)。」と同じような状況でした。当時その詳細は分からずとも、その場に同参された立場でお父様が米国で行われた「伝授式」にも同意されたことになります。一勝日でのお父様のみ言は下記リンクで詳細を見ることが出来ます。すべてを読むには非常に長いですので、その中から二番目(お父様のみ言「孝進君が長男、孝進君の後孫たちが継代を受け継いでいくのです」(その2)」)を読まれれば、「長男孝進様(または、その血統)が後継者となることを明言した事実」が語られていますので、是非確認してみてください。一勝日(1985年8月16日)(2018.08.14)【関連記事】一勝日(1985年8月16日)に語られた真の父母様のみ言お父様のみ言「孝進君が長男、孝進君の後孫たちが継代を受け継いでいくのです」(その1)お父様のみ言「孝進君が長男、孝進君の後孫たちが継代を受け継いでいくのです」(その2)お父様のみ言「孝進君が長男、孝進君の後孫たちが継代を受け継いでいくのです」(その3)お父様のみ言「孝進君が長男、孝進君の後孫たちが継代を受け継いでいくのです」(その4)お父様のみ言「孝進君が長男、孝進君の後孫たちが継代を受け継いでいくのです」(その5)お父様のみ言「孝進君が長男、孝進君の後孫たちが継代を受け継いでいくのです」(雑記1)お父様のみ言「孝進君が長男、孝進君の後孫たちが継代を受け継いでいくのです」(雑記2)一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.05.10
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これまで「JooJangYong TV 1 お母様は決して、真のお父様と一つになっていません」のウソについては、私からはその一部を以下記事群で書いていました。真の父母様の「最終一体の宣布」は本物!!(その1)真の父母様の「最終一体の宣布」は本物!!(その2)真の父母様の「最終一体の宣布」は本物!!(その3)さらには、その詳細については2020.05.06付で「真の父母様宣布文サイト」でUPされていましたので、そちらを確認していただければ幸いです。2020.5.6 「UCI側の映像『お母様は決して、真のお父様と一つになっていません』の誤り―― UCI側が流すみ言改ざんに基づいた〝虚偽の主張〟に注意」を掲載しました。2020.5.2 「郭錠煥氏の『統一家の祝福家庭・兄弟姉妹に送る書信』に対する応答」を掲載しました。なお、それら内容はこれまでも宣布文サイトからは「み言改ざんや誤訳など」といっては応報していたものばかりです。批判・反対される方々はそれらを一切チェックせずに同じことを繰り返すばかりで、何ら新鮮味を感じません。自らの間違いを反省することなく、その間違いを拡散しては混乱を引き起こそうとする扇動作戦です。知恵ある方は、このようなデマ宣伝に惑わされることなきよう十分にご注意ください。cocoaさんほかもお母様肉声映像を挙げていましたが、記事「韓鶴子総裁の改ざんされたみ言動画「生声で聞く独生女教の核心教理」」の如くでした。逆には、金栄輝会長の生声での「真の父母様最終一体」の証言(PeaceTV映像、こちらから)を聞かれるべきではないでしょうか!!自分の都合の悪いものにはフタ、ではなく事実・真実を追求していかれるべきと考えます。「沈黙は金」という言葉もあります。間違ったことを拡散されることは「罪の繁殖」にもなります。cocoaさん、それでもなおも映像「独生女分析 (チュジャンヨンTV)」を挙げられる動機は何ですか。内容を見れば、宣布文サイトから、私から指摘していた「み言の改ざんや誤訳」を繰り返した映像ではありませんか!!誰がこのようなウソ・偽りを繰り返す映像を信じることが出来ますか?おととい来なさい、という話です。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.05.07
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一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓ 真の父母様宣布文サイトでは05/02付で、新着NEWS「郭錠煥氏の「統一家の祝福家庭・兄弟姉妹に送る書信」に対する応答」がUPされていました。そのほとんどは過去にサイトで紹介していた反証ともいうべきもので、復習授業みたいな過去のリンクが多く紹介されていました。興味のある方、まだ知らない方は復習授業・補習授業として受けられたらいいと思います(こちら)。その中から「天の父母様」について以下がありましたが、その一部が以下です。②「神様の呼称を天の父母様に変更した」という批判について 真のお父様は、神様が「天の父母」であることを明確にしておられました。『原理講論』も、神が「天の父母」であることを明確に述べています。また、「天の父母様」という呼び名自体も、2010年の「神の日」に、真のお父様がすでに神様に対し語りかけ、祈っておられた呼び名でした。この内容は、すでに機関誌『世界家庭』2020年4月号等で、明らかにしています(資料はこちらをクリック)。 それを簡潔に述べると、 「真のお父様は『平和神經』に収録された『霊界報告書』の表題に『神様は人類の父母』と明記しておられ、『天基元年』を宣布された2010年の『真の神の日』の祈祷で、神に対し『天の父母様(하늘부모님)』と呼びかけて祈っておられます。……真のお父様は『私たちが最後にすることが……天の父母を教えてあげること』であると語られ……これは、私たちが最後にすべき責任です。『天の父母様』の呼称になったことで、今や『天の父母を教えてあげる』時代となった」 (『世界家庭』2020年4月号、85、88ページ)と言えるのです。『平和神経』は八大教材教本の一つにも数えられています!!となれば、「天の父母様」呼称変更には何らの問題もないでしょう。もしも問題があるとすれば、八大教材教本を重視するとしながらもその「天の父母様」呼称をを否定される支流人の方々です。さらには、『平和神経』の【霊界報告書】をさかのぼっていけば、『神様は人類の真の父母』(光言社 2002年1月13日初版)も私の書棚から発見しました。聖和された李相憲先生が霊界から送ってきたメッセージ・シリーズで、キリスト教の十二弟子はじめとして聖賢120人のメッセージです。「神様は人類の父母」のプラカードのもとで行われた霊界での「統一原理セミナー」の感想を、それぞれに霊界から送信してきたものでした。その第1番手が「イスカリオテのユダ」です。クリスチャンの方々もその12弟子の霊界メッセージを読まれてはどのように思われるでしょうか? 『神様は人類の真の父母』(光言社 2002年1月13日初版) 1)イスカリオテのユダの告目イエス様の教え一再臨主が人類の真の父母 おそれ多くも、ユダがどうして自ら告白をすることができるでしょうか。しかし、イエス様と様々な兄弟が一箇所に集まって私、ユダを評してくださり、イエス様が「統一原理セミナー」に共に参席してくださりながら、十二弟子を地上よりもより一層愛してくださるので、このような告白ができるようになりました。このようなイエス様の恩恵のすべてを言葉では表現できません。 きょう、イエス様が私たち十二弟子を特別に呼び集められ、「統一原理セミナー」のプログラムの日程にそって教育を受けることを希望されました。セミナーの日程が長くて多少難しかったのですが、私たちがイエス様の教えを受けた時のように真に立派な教育を受けました。熱情的な講師たちの詳細な講義を聞き、私たちは多くのことに目覚めるようになりました。 「神様は人類の父母」というプラカードのもとで、様々な次元の講義の主題を通して、私たちは、本当にあまりにも途方もなく具体的な内容を悟るようになりました。ちょうど人間が生きていく人生の教科書を分析してくれるように、講師たちは、人間生活の必須な部分を具体的に講義してくださいました。なじみが薄くてあまりにも感動的な内容が多かったので、私たちの姿は毎日毎日変わっています。 そして、イエス様がすべての講義内容に本当に丁重な態度で臨まれ、私たちも姿勢が崩れないようにしようと非常に努力しました。その姿がはっきりと見えるほどでした。そして、メシヤ論に対する講義が進行する時、イエス様はあまりにもたくさん泣かれて、私たちもやはり声を出して泣いて、講師も講義をしながら共に泣かれました。メシヤ論が終わるや否やイエス様が立ち上がられました。そして、私たち十二弟子を再び呼び集められ、過去に施してくださった愛を再び回顧なさって心情のこもった話を交わされました。そして、最後の結論のみ言を語られる前に私たちに確認されました。 イエス様は、私たちに「メシヤ降臨とその再臨の目的」がどのような内容かを尋ねて、「皆さんは私を信じて従ってくれるのか」と再び確認されたのち、「私、イエスは、再び降臨された再臨主を師として侍ることにした。そして、私、イエス様は、再臨主、すなわちメシヤの前で地上のある女性と夫婦の因縁を結んだ。今、新しい真理を明らかにされた真の先生に従うつもりだ。その方がほかでもない再臨のメシヤ、文鮮明先生であられる。その方はすべての人類の父母として来られたので、皆さんもその方を父母として侍なければならない」と、とても強い語調で、そして、非常に真剣に語られたのち、痛哭の祈祷を神様に捧げられました。 「天のお父様、私、イエスの失敗が神様の心をそれほど痛めたとは想像さえできませんでした。再臨主を送るしかない状況で復帰摂理を経綸なさる天のお父様の寂しさがどれほど大きかったでしょうか。そして、恨の多い歳月を再び収拾なさる再臨主の苦衷がどれほど多かったでしょうか。私、イエスと十二弟子全員が主なる神様に決意して誓います。地上で苦労する再臨主、文鮮明先生を私たちは永遠の真の父母として侍ることを決意して誓いますゆえ、きょう私たちのすべての集いを祝福してくださって栄光を受け入れてください」と祈祷されました。この蒔この姿を見て号位する者、足をバタバタする者、胸を打つ者ほど、色とりどりの姿が現れました。私も頭をたたいて泣いていました。その時はそれこそ涙の海でした。 私たちは、全員知っていました。主、イエス様の痛みを誰よりもよく知っていました。その時はイエス様お一人で主の道を歩んでいかれるには、周囲の環境があまりにも難しかったということをよく知っていました。 そして、再臨のメシヤが来ざるを得ない摂理的曲折と、再臨主が歩まれた道を今回の教育を通してよく知るようになったのであり、よく悟るようになりました。 私たちの主が侍る真の先生の道に、私たちは惜しみなく従うつもりです。今、イスカリオテのユダは、決して不孝な子の位置に立たないと何度も彗一ロいました。イスカリオテのユダは本然の姿に帰りたいと思います。(二OO一年八月二十七日) 2)シモン・ペテロ再臨主の指示と教えに従ってこそ まず「神様は人類の父母」という主題のもとで進行したセミナー教育に対する所感を簡略に話そうと思います。地上でもこちらでも、私はこのような形態の教育を受けたことがありませんでした。それで、初めは非常になじみが薄くてぎこちないものでした。しかし、教育内容は真に恩恵深いので、その雰囲気も非常に良いものでした。講義内容は、神様のみ言や主のみ言のように非常に親近感があり、かつ熱く感じられました。 今まで私たちは、イエス様の指示と教えを受けましたが、これから再臨主を父母として侍る中で、再臨主の指示と教えを受けなければなりません。シモン・ペテロも再臨主を絶対的に信じて行動することを誓Ⅰいました。ここで学んだすべての講義内容をもう一度聴講したいと思います。(二OO一年八月二十八日) 3)アンデレの所感十二弟子の責任を痛感しながら まず主の十二弟子の中の一人になったことを感謝し、きょう神聖な教育の場所に参加したことを栄光と思います。アンデレは、私たちの主イエス様が地上で数多くの苦労をされたにもかかわらず、結局神様の新しい摂理歴史に再臨のメシヤが必要だったという事実があまりにも胸痛く思います。そして、私たちの主イエス様は、歴史に残された責任者として、この事実がどれほど胸痛く思われたかを考えると、より一層胸が張り裂けそうになってきます。 そして、イエス様は、再臨のメシヤに数多くの困難を残したということを認識され、今日のキリスト教徒の現実を直視して涙を流されました。「今からは再臨主によく侍ろう」と誓って言い聞かせるイエス様の姿が、私たちをより一層切ない思いにさせました。イエス様は、あまりにも難しくて困難な環境でメシヤの責任を遂行されましたが、私たち十二弟子は、弟子としての責任を十分に履行できなかったという事実を今回のセミナーを通してはっきりと知るようになりました。 ですから現在、再臨主の弟子たちはどれほどになるか分かりませんが、彼らはイエス様の時のように胸痛い事情を残さないことを懇切に願います。これが、アンデレの切実なお願いです。私たち十二弟子は、イエス様と共に再臨主を人類の父母として侍ることを堅く誓って決意します。(二OO一年八月二十八日) 4)ヤコブの所感神様の摂理と人間の責任を痛感 イエス様は、「十二弟子の集いだ」と言われるので、私たちだけの集いであると考えていたのですが、新しい内容の講義を聞きながら、ヤコブは、少なくない衝撃を受けました。その心情を表現する方法がありません。驚きであり、胸が痛くもありました。そして、あまりにもおそれ多いことでした。ヤコブが十二弟子の中の一人だという事実があまりにも恥ずかしく感じられました。 神様の摂理が、そのように組織的であり合目的的に流れてきたのをまるで悟ることができませんでした。人間の責任がそのように重要なことであるということも分かりませんでした。あまりにも途方もない摂理の前に、ただただ罪人の姿以外には、他の姿はあり得ないということを悟り、身の置き所がありませんでした。このような状況で恥ずかしさのために所感を述べることができるでしょうか。しかもこれが、地上人に伝えられるというので、所感をどのように表現すべきなのか分かりません。一つ所感を表明するならば、それは、イェス様の弟子として責任を果たせていない明確な罪人であることを評してくださることを願うのみです。 そして、私たちは、新しい真理の前に申し訳なさを抑えることができずにいます。再臨主は、イエス様のように苦労なさらないように地上人がよく協助して、数多くの月日を待たれた神様の心を痛めることがなければよいという心が切実です。 そして、再臨の主様、ヤコブが誰なのか御存じないと思いますが、私を許してください。再臨の主様、私たち弟子ゆえにイエス様の困難があり、イエス様の困難は再び再臨主に連結するようになったことを知るようになりました。この点を心より容赦を請うものでございます。再臨主を人類の父母様として侍ることを誓います。(二OO一年八月二十八日) 5)ヨハネのの所感有形実体世界と無形実体世界の理論に感動 地上人、特にキリスト教徒たちは、今霊界で展開しているこのような現実、イエス様を中心とした十二弟子が共に「統一原理」を学んでいるということをほとんど理解できないでしょう。 肉体はありませんが、肉体をもった時よりももっと自由で、すべてのものが便利で、どれ一つとして窮乏することがないこちらで、神様から指示を受けた教育現場で私たちが「統一原理」を学んでいるという驚くべき事実を、どのように表現すればいいのでしょうか。無形実体世界と有形実体世界の理論と真理は、イエス様以後再臨のメシヤの精誠と苦労によって明らかにされたという事実に相当な衝撃を受けました。その感激を到底表現できません。 数多くの新しい理論と内容の教育を受けましたが、ヨハネにはそれをすべて発表する機会が与えられなくて非常に残念です。一つだけ明らかにするならば、それは再臨主、メシヤを私たちの師、いや人類の父母として侍るべきだという点です。今回のセミナーを通してこの点をよく指導されたのですから、これ以上に有り難く感謝なことがどこにあるでしょうか。ただただ感謝だけです。(二OO一年八月二十九日) 6)ピリポの所感人間の責任分担を痛感 ピリポは、生まれた時から恵まれた人は別に決まっていると考えていました。しかし、この教育を受けたのち、とても多くの部分に目覚めました。人間において各自に任せられた固有な責任があるのに、その責任を遂行することができなければ摂理歴史が延長されるという事実を学んで、私自身を大きく悔いるようになりました。摂理歴史が中心人物の失敗により遠ざかっていく時、絶対者神様の計画が数多くの月日を待つしかなかったのです。新しい中心人物が立てられる時まで摂理歴史は待つことの連続でした。私たちの主イエス様もそのような過程を当然経てきたと考えるようになりました。そして、ピリポに任せられた責任は何だったのだろうかということを考える時、私の心はとても不便でした。しかし、とても長い、待つ歴史の連続から、今この頁理を悟るようになったので、この頁理を目覚めさせてくださった再臨主に心より感謝いたします。 人間に与えられた小さな責任が人類歴史の運命を左右することを悟りました。この途方もない真理の前に頭を下げるしかないでしょう。特にキリスト教の絶対予定説は、私が誤って考えていたようです。神様の摂理歴史において人間の責任が絶対に必要であると、すべてのキリスト教徒が共に目覚める機会が来ることを期待します。 再臨主を人類の父母として侍るべきだという真理は、あまりにも自明な真理であると同時に途方もない真理だと思います。この車実の前にただ感謝します。(二OO一年八月二十九日) 7)マタイの所感再臨のメシヤが必要な理由 マタイは、イエス様の十二弟子の中の一人ですが、このように体系的な勉強を受けてみたことがありませんでした。あえて所感を発表することにも申し訳ないだけです。あまりにも感動的な部分が多いので、どのように表現していいか分かりません。しかし、所感を簡略に発表しなさいと言われるので、一つ事実だけを発表します。イエス様以後、再臨のメシヤが私たち人類に必要だったという事実に、マタイはあまりにも驚きました。神様の摂理の中で、人間を救うためには仲保者が絶対的に必要でした。それで、神様の待つ歳月が数えきれないほど流れてきました。これが、あまりにも胸が痛むことです。再臨のメシヤが人類を救うための神保者として来られました。 再臨のメシヤは、すべての人類にそして、絶対者神様の前に絶対に必要な方です。地上に生きている数多くの聖徒が、再臨のメシヤが人類の父母の位置に堂々とお立ちになることができるように最善を尽くしてくれたらと思います。今イエス様の心情がいかばかりでしょうか。ここで教育を受けた十二弟子の心情は呆然とするばかりです。マタイは喜ぶどころか非常に複雑です。 新しい真理を明らかにされた再臨の主様、真に感謝いたします。再臨の主様、真にお疲れ様でした。今はただこの程度の表現しかできません。再び「原理」を学びます。(二OO一年八月二十九日) 8)カナノの人、シモン神様は人類の父母 神様が人類の父母だという衝撃的な事実、エデンの園から歴史の出発が誤っていたという事実、これを復帰するために中心人物が必要だったという事実などを今回のセミナーを通して新しく悟るようになりました。そして、神様は人類の父母ですが、私たち人類が自ら神様の前に直接出ていくことができなかった理由をはっきり悟りました。、擬への、擬への位置から出発して、神保者を通じなければ自身の位置に行くことができない点があまりにも無念ですが、驚くべきことです。 このような真理を明らかにされた再臨のメシマの苦労に、感嘆と驚異の念を表さざるを得ないのです。今、私たちは、神様を人類の父母として侍る中で、再臨のメシマを私たちの父母として奉らなければならないという根本真理を悟ったので、無念な復帰摂理の事実を教HIにして真の子女になることを決心しました。新しい真理の前にもう一度感謝と栄光を捧げます。(二OO一年八月二十九日) 9) トマス原罪を清算なさった再臨主 トマスは、イエス様の弟子の中でも最も足りないと常に考えていました。今回の教育の場で、トマスはあまりにも不足で様々な面においてよそよそしく、おこがましいと思ったのですが、イエス様が親しく私にみ言を下さいました。それは、「私たちは、主神様に不孝者で資格もないが、不足な姿を満たすために努力しなければならない」ということでした。それで、今回のセミナーに参加しました。 ここでトマスは、あまりにも無念な復帰摂理の事情に目覚めました。心より感謝申し上げます。人間は、今まで原罪をもって生まれたということ、人間の先祖から歴史の出発が誤っていたというのは真に無念です。それから数多くの歳月、私たち人間は神様の子女の位置に立つことができなかったという事実、誤った歴史があまりにも長い歳月そのまま流れてきたという事実、このような中で新しい中心人物が現れ、新しい人間の先祖として登場して原罪を清算しなければならないという事実を新しく悟りました。このように途方もない内容を悟って本当に驚きました。再臨主は、このような誤った歴史と原罪を清算なさったので、どれほど困難で複雑であられたでしょうか。それは想像もできないと思います。 しかし、初めて聞いた内容がたくさんあるので、講義内容のすべてを正しく理解することはできませんでしたが、トマスにはあまりにも感謝なことです。今、再臨主をどのように助けてあげなければならないかということなど、考えれば複雑です。しかし、イエス様の指示によって一生懸命に学びながら努力します。トマスは再臨主の助けになることができる部分を求めて一生懸命に仕事をします。(二OO一年八月三十日) 10)バルトロマイ (ナタナエル)人間の責任分担論で人間の高貴さを悟り 不足ですが、バルトロマイの所感を伝えようと思います。私たちがイエス様の十二弟子でありながらも、当時の時代的環境をよく知らなかったがゆえに、十二弟子としての責任を果たせずに再臨主が必要になったということを考えると、申し訳なくて恥ずかしく、身の置き所がありません。神様の摂理歴史において、中心人物が責任を果たせないゆえに摂理が延長に延長されたという事実を見る時、真に人間は貴重な存在だということを知るようになりました。人間個人の責任不履行が、このように人類歴史と神様の前に大きな犯罪になっているという点、そして、人類歴史が延長されるごとに、私たち人間は罪を犯し、そのような姿で生きてきたという点、地上の数多くの人類は、まだ一様に神様に不孝者の姿で生きているという点、そして人類は、歴史の前に犯罪者だという点などをはっきりと悟るようになりました。再臨主は、このようなすべての不孝者を新しく収拾なさらなければならないので、私たち十二弟子のような人々が、人類歴史に再び現れないことを願う心が切実です。 私たちは、再臨のメシヤをどのように助けてあげなければならないでしょうか。イエス様の指示によってすべての人類が不孝者の位置から外れることができるように最善の努力を傾注します。(二OO一年八月三十日) 11)タダイ (ヤコブの子ユダ)私たちにも祝福を タダイの所感を話そうと思います。人間は生まれる時から原罪をもって生まれたという事実は、あまりにも衝撃的です。人間始祖アダムとエバがなぜ神様の摂理を知らなかったのか、神様のみ言に不順従だったのか。人間始祖の堕落は、人類に血統的に遺伝されたということは信じ難いのですが、それは事実でした。それを考えれば無念で耐えることができません。再臨の々シヤは、人類の血統的な問題まで解決されなければならないのに、こちらに来ている数多くの人々はどのようにしてその恩恵を受けることができているのか気になります。もちろん、私たち十二弟子も、自分たちの責任を果たせなかったのですが、私たちの原罪が真の父母によって清算されるならば、私たちもその恩恵を受けたいと思います。イエス様も祝福を受けましたが、私たちはどのようにしなければならないのか、再臨主の前に進んでいくことができる条件は何か、気になってもどかしく思います。 再臨主、真の御父母様、私たちにも道を開いてください。これは、タダイの懇請だけではなく、すべての十二弟子の共通の懇請です。(二OO一年八月三十日) 12) アルパヨの子ヤコブ (小さなヤコブ)人類の真の父母、文鮮明先生 今十二弟子の最後のヤコブの所感を伝えようと思います。原理教育は、人間ならば誰もがすべて学び、身につけ、実践しなければならない人生の道案内になるはずだと思います。それはあまりにも体系的で人生の必須な指針書です。このような内容を詳細に教えてくださったすべての方に感謝します。このような原理と真理を探し出してくださった再臨主、文鮮明先生、人類の真の御父母様、真にお疲れ様でした。感謝いたします。私たち十二弟子を代表して感謝と敬拝を捧げます。(二OO一年八月三十日)
2020.05.05
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前回までの記事は以下です。真の父母様の「最終一体の宣布」は本物!!(その1) 真の父母様の「最終一体の宣布」は本物!!(その2) お父様のみ言をいくつも挙げてはその不一致を証明しようとしていました。これもみ言の部分的に切り出したみ言でもっての歪曲解釈も多く散見されていたものでした。そして、と決めつけては、「秘密文書」をお母様が一方的な破棄をしたというものもありました。それに続けては、2011年11月5日のみ言まで挙げては、お母様の「秘密文書」不履行を嘆息されたというものでした。果たして、その事実はどうなのでしょうか。【以下に続きます。】2011年11月5日のみ言まで挙げては、お母様の「秘密文書」不履行を嘆息されたということでしたが、実のところはどうだったのでしょうか。2011年11月5日のみ言は『TWJ』2012.天暦11月号で確認することが出来ました。 果たして、お母様を横に座らされてそのようなことを語られたというのでしょうか?祝福の日、栄光の日2011年11月5日(天暦10月10日)韓国・清平、天正宮博物館 皆さんの責任は私の責任です。先生が独りで誰よりも進み出なければ、最高の勝利、神様が願われる最高の希望のみ旨は永久に消えてしまうのです。み旨が、いつも時代と生涯を超えて皆さんを凝視しているという事実を忘れてはなりません。 先生の年齢が九十三歳になります。すぐに九十四歳になります。四X九=三十六でが、三十六という数は全てを置いて飛んで行くというのです。なくならなければならないということです。もう、九十五歳までに少ししか残っていません。 私の前に年、月、日、時、分、秒が慌ただしく近づいて来つつあります。私はどうすべきか。神様もその立場を解決できていない事実を知るとき、蕩減の贈り物を全てしたと言って、その贈り物に、神様が定着することができる「天地人真の父母定着」ですが、定着で終わったのではなく、「み言宣布」もなくて、その下に「天宙大会」の終結がないのです。 五月十五日(秘密文書)を超えて、十二日間、五月二十七日(2010年07月08日 「天地人真の父母定着実体み言宣布大会」韓国)です。二O一O年です。ここにそのみ言がはっきりと記録されています。それを知っている人を、先生は今まで見つけたことがありません。 私自身もそこまで行けなかったのに、それを発見しようという事実は夢にもありません。どれほど深刻でしょうか? 目を開いているその目がかわいそうであり、息をしているその鼻がかわいそうであり、話している私の耳と私の頭と四肢百体(全身)と、何のために動き、何のために生きるのですか?(お母様が約束を守らなかったためではありませんでした。) 一生涯の行路がどこなのか分からないのに、きょうこの時間に良くなることを願っていること自体がどれほど大きな矛盾になりますか? 罪悪の根をつかんで生きているのに、そういうことも知らずにもっと良くなることを願うような愚かな人は、いなくなつて、堂々と永遠に現れることができない姿です。夢にもあってはなりません。み旨に向かった息子と娘の小羊の祝宴の主人の席であることを忘れてはいけません。 私は知らないことは話しません。先日、数十年前に語ったみ言が「おまえは今、どの立場から、私の水平に下りていったのか、上がっていったのか」です。測定することができる分秒が私を狙っていることを忘れてはなりません。ここにお母様もいて、ここに「文」という実体が夢のようなみ旨を語っていますが、その存在はどこにあるのかということを決定できていません。 皆さんが息子、娘になったのか? 私の力で切ることができない血の歴史がうごめいています。前にも後ろにも空中にも、おひとりしかいない、そのかたを中心として眺めることができる、地上とか前とか高さとか、前後・左右の標的なのにもかかわらず、それも知りません。…(中略。9ページ末から。)… 「張本人があなたであることを知らないのですか? あなたであることが分かるまで私は待ちます」。その時は特に天のお父様、夜の神様、昼の神様、結婚する前に文総裁が三番目の真の父母の結婚式を挙げなければならないというのです。三番目の真の父母の結婚式ができていません。 「Dデー」は真の父母の三番目の結婚式をするのです。一番目、二番目、二番目までしました。三番目が最後です。その時は王の神様、真の父母になるために、夜の神様、昼の神様を……。独自的な面で天下に君臨できる祝福の日が、次に訪れて来る「Dデー」に真の父母の名前を持った結婚式の日なのです。その前まで無数に分かれた全ての川筋を束ねて、すでに全てささげました。全部終わりました。 皆さんの体と心が一つにならなければならない時が来ました。一つになりましたか? 皆さん、体と心がいまだに分かれて闘いますか? 文総裁が八十パーセント以上の蒙古斑(同族)を束ねて結婚式を全て終えました。「Dデー」までもう四百四十五日しか残っていません。 再臨主が来ていて聖婚できる伝統が用意されました。エデンの園で「善悪の果を取って食べたら死ぬであろう」という戒めに引っ掛かって追い出されたアダムとエバが、これからは善悪の果が一つになって、夜の神様、昼の神様、真の父母に侍ります。す。 エデンの園において生命の木と善悪を知る木に侍るのですが、驚くべき真の父母の権限をもって夜の神様、昼の神様、エデンの園において創造主が私たちの家庭を祝福して、自身が祝福を受けて代身の立場を立てて立ち上がるまでは、真の父母の本然の王土が生じないのです。そうしようとすれば万民全部が同じ天国に直行して入ることができる特権を共に受ける立場でなければならないのに、祝福を受けた皆さんが自分勝手に生きてきたというのです。 真の両親の結婚式の日に、息子、娘の出生申告であると同時に、サタン世界卒業証書の上に出生申告をして真の父母の息子、娘ということを証明する、玉璽(ぎょくじ)を神様から私が受け取って作り、皆さんに渡してあげなければならないのに、誰が受けるのかということを決定することができていません。 文総裁の筆跡が「摂理的最終目的成る」第一、第二、第三完成・完結・完了。そこには全て億万世完成・完結・完了。二番目はこれを繰り返しました。それで三番目は「太平聖代完了成る」。ですから、摂理目的のこの二つは同じです。 五大洋六大州です。五X六=三十です。五つの村の宴(うたげ)に行っても、親分が先祖になっていなければなりません。個人として先祖であり、氏族としても先祖であり、民族国家の天地にアダムとエバよりも先祖の立場に立たなければなりません。 王が結婚式に卒業をさせて、対等な目の伝統と国の血筋が同じく、似ているために、これがこのようになれば合います。これは水晶体ですから、見えないところがありません。 実体の神様と関係している「摂理的最終目的成る」。これを持っていって張り付けなければなりません。これを張り付けた後にこそ、天地人真の父母の定着です。定着したその実体がみ言宣布までです。天宙家庭を中心として生きることができるのです。真の父母が初めて宮殿を訪ねて入っていきます。……先ずは余談ですが、青マーカー部分の3度の結婚式についても理解していなかった元光言社職員・中村仁史氏の第3弾ビデオでお分かりのように、彼は翻訳者としての能力はあっても「原理観と摂理観」を語るだけの知識・資格はないことは、私の目から見て明らかなことです。さて、お父様のみ言の開口一番は「皆さんの責任は私の責任です。」でした。また、「皆さんが息子、娘になったのか? 私の力で切ることができない血の歴史がうごめいています。」、「張本人があなたであることを知らないのですか? あなたであることが分かるまで私は待ちます」などとあるように、このみ言全体はお母様に対してではなく、祝福家庭全体に向けられたものでした。「Dデー」を前にして焦る思いを祝福家庭に語られたものであった、ということです。「真の父母の本然の王土」「(真の父母の結婚式に同参する)息子・娘」(国民)がまだ決定していないことを嘆かれていたものだったようです。では、前回の資料からも紐解いてみましょう。前回資料「金鍾奭氏、サマリア人氏が引用した真の父母様の「秘密文書」の結末は?」(2020.01.03)に挙げた「TWJ」の引用をよくお読みください。毎回の講演文「天地人真の父母定着実体み言宣布大会」にも刻まれていたのが「真の父母様ご夫妻は最終一体を成して、完成、完結、完了の基準で、全体、全般、全権、全能の時代を奉献宣布」でした。 皆様、去る天暦五月八日午前二時二十分と五月十五日午前三時二十五分、このように両日にかけてアメリカのラスベガスにおいて神様を中心とした天地人真の父母の特別宣布が行われました。ところがここでいう三時二十五分の三数は初不三得の三時代を代表するものであり、旧約、新約、成約の三時代を象徴する数です。そして二十五分は百の四分の一を象徴します。すでに真の父母様ご夫妻は最終一体を成して、完成、完結、完了の基準で、全体、全般、全権、全能の時代を奉献宣布されたのです。文総裁のみ言ではありませんが、TWJ2010年10月号から黄善祚会長(当時)の報告「今、どのような摂理的時をむかえているのか」(P.28~)からは、揮毫がされたのは2010年8月4日ということでしたが、韓国での大会の日付け(天暦5月27日)を記されていました。また、「マルスム(み言)」は小さく、実際には「天地人真の父母定着実体/宣布」とも読み取れます。次のページでは、黄善祚会長が体験したお父様の「み言宣布」までの経緯を証ししたものであり、今回の「天地人真の父母定着実体み言宣布大会」のそれも同様の過程を(以下)というものでした。このように、文総裁は講演会だけでなく毎朝の早朝訓読会、お一人になられてもその訓読の精誠を1年半も続けておられましたが、2011年11月5日になっていきなり以下のようなことを語られたと信じることが出来ますか?さらには、赤大文字を注目ください。これは講演文を読まれたものではありませんでした。金栄輝会長が語られていた証言があります。それが以下です。お父様が講演文とは別のページに書かれたものと一致します。PeaceTV映像からであり、皆さんもその映像を確認することが出来ます。[PeaceTV] 金栄輝先生、2013年11月9日ラスベガススピーチ(2019.06.17)実際のPeaceTV映像は「金栄輝会長アメリカ5カ都市巡回講演 天の父母様の摂理と 真の父母様の業績」(こちらから)です。映像自体は長いですから、関心ある方は45:00~から10分ほどを視聴されたらいいと思います。さらに加えては、2012年4月14日、「天和宮での特別宣布式」も見逃すことは出来ません。以下、『トゥデイズ・ワールド・ジャパン(TWJ、2012年天暦4月号)』からです。全てが「真の父母様最終一体」のために向かわれていたということです。したがって、真の父母様の「最終一体の宣布」は本物!!という結論です。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.05.04
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光言社職員・中村仁史氏が挙げていた「天地人真の父母定着実体み言宣布大会」については、私の過去記事にても取り上げていました。私からの反論はこの中にほぼ入っています。2011年末「真の父母様と真の神様が一体完成した」--真の父母様(2019.06.07)実体「天地人真の父母様」までも改ざんしたサンクのH4夫妻(2019.07.11)金鍾奭氏、サマリア人氏が引用した真の父母様の「秘密文書」の結末は?(2020.01.03)【以下に転載】これまでも小冊子「UCIを支持する人々の言説の誤り No.1」のP.24(以下)から教理研究院の主張とFPAの金鍾奭氏、サマリア人氏のそれとのズレを検証してきました。さて、今日は正月のパラパラ読みからの発見があったので紹介していきます。金鍾奭氏著書『統一教会の分裂』から二〇一〇年七月の状況で……創始者はこの日まで韓鶴子と一体になれなかったことを吐露していた。『創始者と一つになる』という言葉の意味は、韓鶴子が創始者の志に絶対服従することを言い、真の家庭の真なる母として、真のお父様の真なる妻として、人類の父母としての責任と使命を果たすことを言う」(178~179ページ)ということでした。TWJの9月号には「天地人真の父母定着実体み言宣布大会」のみ言の一部(P.12)を紹介します。このみ言は2010年7月8日、天正宮博物館および天宙清平修練苑で、天地人真の父母様をお迎えして、約一万三千人の全世界の教会員が集い開催、インターネット生中継で全世界に発信されたものでした。金鍾奭氏が引用した「統一世界」6月号10ページから11ページのみ言と同じフレーズで「実体み言宣布大会」でも語られていました。時間とセッティングが違っています。となれば、その語る意味も違ってくるのではないでしょうか?サマリア人氏、ほか皆様はどう思われますか。文総裁のみ言ではありませんが、TWJ2010年10月号から黄善祚会長(当時)の報告「今、どのような摂理的時をむかえているのか」(P.28~)からです。揮毫がされたのは2010年8月4日ということでしたが、韓国での大会の日付けを記されていました。また、「マルスム(み言)」は小さく、実際には「天地人真の父母定着実体/宣布」とも読み取れます。次のページでは、黄善祚会長が体験したお父様の「み言葉宣布」までの経緯を証ししたものであり、今回の「天地人真の父母定着実体み言宣布大会」のそれも同様の家庭を経ているというものでした。韓国大会の後に行われた「天地人真の父母定着実体み言宣布大会」は2010年07月08日 「天地人真の父母定着実体み言宣布大会」韓国2010年07月24日 「天地人真の父母定着実体み言宣布大会」米国2010年08月23日 「天地人真の父母定着実体み言宣布大会」イスラエル2010年10月10日 「天地人真の父母定着完了10・14祝福式」(韓国・牙山)2010年11月22日 「天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会」 (米国・ニューヨーク)2010年11月27日 「天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会」 (米国・ラスベガス)2010年12月04日 「天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会」 (韓国・ソウル)2011年03月05日 「天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会」 (米国・ラスベガス)2011年04月24日 「天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会」 (韓国・仁川)2011年04月26日 「天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会」 (~5・18、ヨーロッパ巡回講演)2011年05月13日 「天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会」 (スイス・ジュネーブ、国連欧州本部)……です。この間にお父様が「天地人真の父母定着実体み言宣布大会」のみ言は大会だけでなく、何千回も訓読されていたことは私たちの計り知るところではないでしょうか。(例えば、3回×365日=1095回)もしも、これでも「真の父母様は不一致」だというご意見があれば、「天地人真の父母定着実体み言宣布大会」のみ言をお父様以上に訓読された上で語られるべきものと考えますが、いかがでしょうか。「夜昼の神様」はお一人の神様(2020.01.03)更なる「真の父母様最終一体」の確信(2020.01.05)「天地人真の父母定着実体み言宣布の意味』(2010年9月3日)(2020.01.05)TWJの号数を進めていくごとに、「真の父母様最終一体」はもはや否定することができません。以上が大体の資料編といったところでしょうか。さて、本論です。前回は光言社職員・中村仁史氏のビデオをあげてのものでした。彼自身、天一国経典の出典が本文にないことをを挙げながら家庭連合は「原理観と摂理観」をずらそうとしているなどといった批判をしていたものでしたが、彼のビデオそのものに「原理観と摂理観」を感じることができませんでした。「7日×3段階=21日路程」のあっけないものを彼の妄想で語っていたに過ぎなかったことに、誰もが気付かれたでしょう。今回からはとうごま氏紹介していた映像「JooJangYong TV 1 お母様は決して、真のお父様と一つになっていません」が中心となります。中村仁史氏がビデオで挙げていた「2010年天暦5月8日」と「2010年天暦5月15日」の二回の『真の父母最終一体の(約束の)宣布』は、冒頭資料からは、父母様が「最後に宣言した秘密文書」としてお父様が語られていたものでしたが、UCI側と教理研究院とでその解釈を巡っての議論がその一つの資料でした。その秘密文書の内容というものは「真の父母様の一体化」についてでした。この父母様の一体化の「秘密文書」ですが、「ホテルの一室でお二人だけの薄っぺらなペーパー文書がそれであったかどうか?」と考えるのは、私一人だけでしょうか。多分、「宇宙の根本」を読まれたb408さんも同じことを考えられていたでしょう。もしもそうであれば、「秘密文書」は私たちが軽く考えて議論する次元を遥かに超えては、お二人が向き合われていたということになります。JooJangYong TV 1からです。ここでは「金栄輝会長の考え」となっていますが、私たちの情報はサンクからのビデオ映像「劉正玉氏の証言」で彼が金会長から過去に聞いたといった「又聞き情報」であって信ぴょう性に欠けることから、これはカットです。お母様の「独生女」発言にしても、お父様の「独生女」み言は隠蔽されたままであり、自称ルポライタイーtomy4509からは原理講論やみ言から説明できるものも多くありました。次に、お父様のみ言をいくつも挙げてはその不一致を証明しようとしていました。これもみ言の部分的に切り出したみ言でもっての歪曲解釈も多く散見されていたものでした。そして、と決めつけては、「秘密文書」をお母様が一方的な破棄をしたというものもありました。それに続けては、2011年11月5日のみ言まで挙げては、お母様の「秘密文書」不履行を嘆息されたというものでした。果たして、その事実はどうなのでしょうか。<<「その3」へ続きます。>>一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.05.04
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cocoaさん記事「独生女教の小さくても大きい嘘」(2020.05.03)は徳野会長のメッセージを見られてのものでしょうが、相変わらずです。家庭連合からの情報はすべて「ウソ」であり、三男さんからのそれが真実であると……。しかしながら、「韓鶴子総裁の改ざんされたみ言動画「生声で聞く独生女教の核心教理」」からの一例を考えれば、果たしてどちらが信じられるというのでしょうか?徳野会長メッセージからはお母様自叙伝「平和の母」P.219・220を引用しては、お母様を「第2教主に任命」されたというものでした。* いつものお隣さん。http://uc-itsumokamisama.seesaa.net/article/474869302.html《 1990年3月27日、第31回「真の父母の日」の記念礼拝(アメリカ・ニューヨーク)で、「女性全体解放圏」が宣布された際に、真のお父様が真のお母様を統一教会の「第2教主」に任命されました。 》お父様が「第 2 教主」のお話をされたとしても、《 任命されました。 》 と 嘘 をついてはいけません。いつ、《 任命 》 しましたか ? お父様あっての “第二の立場” ということです。お父様の次、お父様の後、お父様に倣 (なら) え、ということです。そして、晩年には 「真の母がいない」 と言われました。ある基準までの勝利であり、次の段階の勝利のためには、責任分担を果たさなければならないことを忘れましたか ?cocoaさんは韓国にあるのでお父様のみ言はあまり手元にないと思いますので、全体で『ファミリー』1990.8月号、P.8~46 ですが、当時のみ言の一部を掲載しておきます。そして、ご自分の目で見て判断してくださるようお願いします。ところで、PCの周りのファミリー書籍の入れ替えをすべく、整理をしている中で05/03に見つけたみ言も紹介してみたいと思います。『ファミリー』2009.4月号の「第26回「愛勝日」記念式典のみ言」からです。興進様が聖和された後のことについてと思われますが、真の父母様が流された心情の涙を感じ取ることが出来ますでしょうか?私たちは単純に興進様が聖和された、くらいに考えていましたがそれだけではなかったという話です。お母様の「絶対信仰・絶対愛・絶対服従」もくみ取っていただければ幸いです。 人類の涙をぬぐう平和の母 自叙伝 [ 韓鶴子 ]一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.05.03
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最早、「文鮮明総裁と韓鶴子総裁は一つとなっていない」といっては韓総裁や家庭連合(天の父母様教団)を貶めるためには、UCI(FPA)とサンクチュアリ教会は同盟を結成しているのでしょうか?これまで支流人、文総裁のみ言を引用しながらそれを歪曲解釈して文・韓夫妻の一体化を否定しようと躍起になってきました。こんにちにおいてもそれが継続しては、元光言社職員・中村仁史氏のビデオが3本がUPされたり、久々にブログ更新があったとうごま氏記事「文鮮明師聖和前の真実。文師は韓鶴子女史の背信を指摘していた!」(2020-05-02)もその一つでした。ほか、すでに私の記事で書いていた「韓鶴子総裁の改ざんされたみ言動画「生声で聞く独生女教の核心教理」」(2020.04.29)は「独生女教」とかで文総裁のみ言との不一致を証明しようとしていましたが、その動画自体が改ざんされたものであったことが判明しています。このような偽・証拠を平然と挙げられる方々の心理はどうなっているのでしょうか?黒・天聖経にも記載された「ひとり娘(独生女)」「真の父母様」「天の父母(様)」までも否定しては、支流人の語るところの教義は「統一原理」とは異なる「非原理」へと走っているようです。さて元光言社職員の第3弾ビデオは見る価値無しとしていた私でしたが、ゴールデンウィークといっても「Stay Home!!」では、と時間も持て余してか目が行ってしまいました。https://www.youtube.com/watch?v=GA_XIUmAJB8&t=2864sやはり!!というのがその感想でした。先ずは、み言の出典(日付)表記についてですが、天一国経典にはそれが見当たらず家庭連合は「原理観と摂理観」をずらしているなどの批判を繰り返していました。これに関しては、既に私「再臨主は行かれたように来られる――〝罪人の立場〟で逝かれたイエス」からと宣布文サイトからもその間違いの指摘をしていましたが、そのチェックもなく独善的な主張をなおも展開している姿勢には呆れるものがあります。https://trueparents.jp/?page_id=5783 「イエス様の生涯路程やみ言を収録した新約聖書には、イエス様がそのみ言をいつ語られ、奇跡をいつ行ったのかという正確な年月日の情報はありません。しかしながら、2000年の長いキリスト教の歴史においては、昔においても、今においても、イエス様の生涯の歩みやみ言が生き生きと感じられるものとなっています。もし、新約聖書の各章各節に、それらの年月日の典拠を記していたとすれば、それはかえって読みづらいものとなっていたことでしょう。訓読するにおいて、妨げになったに違いありません。次には、三大祝福と真の父母様の結婚式の話もしていました。翻訳者としては「真の父母様の結婚式は段階を踏まえて3度ある」ということが彼自身の頭の中に入っていなければならないはずです。1度目が1960年の「小羊の婚宴」、2度目が2003.02.06の「天地父母様天一国開門祝福聖婚式」でした。お父様直接の映像からは、基元節に予定されていた3度目の「天地”人”真の父母様の結婚式」(夜の神様と昼の神様の結婚式)を指してのものであったことは、それを聞く食口であれば誰もが理解していたはずでした。ところが、彼はそれを理解していなかったようです。もしも、彼の意見にうなずかれる方があるとすれば、その方も「無知」としか言いようがありません。このように彼の認識不足から、結婚式もしていない「真の父母様は最終一体していない」との結論を導き出したようです。これは文総裁がされた宣布には三種類あり、以下は【予定の宣布】【約束の宣布】であったとの主張でした。 …果たして?2010年6月5日「真の父母様宣布文(異端者爆破者宣布文)」からの「7日×三段階」で「真の父母として出発」するはずということでしたが、それが失敗した場合のことを考えては七男の文亨進氏に「代身者・相続者」の宣布も絡めてのコジツケ摂理観を展開していました。実際には二つの宣布文の関連性はないというのが私からの意見であり、逆には、亨進氏の「相続者」宣布こそが【約束の宣布】であったと見るべきです。何故ならば、宣布文といえば必ずといっていいほど「真の父母様」の名でされます。この異端者宣布文もお父様によるサインですが、それを書かれている動画(実際の映像はこちら)を見れば「お父様 → お母様」といった順番を踏まえて手渡されていました。また宣布文は色紙の表裏両面に書かれたもので、お父様はそれを手渡されるときに「表裏」と言いながらも、一考しては「裏表」と言い換えたりもしていました。本部の公文だけ真の父母は認定する――文亨進様の祝福権は認められません!!つまりは、後に書かれた「特報事項」が表(主体)であり、最初に書かれたものが裏側ということを指摘されていたものでした。「その代身者・相続者は文亨進である」は付け足し(約束の宣布)に過ぎなかったということです。2008年4月18日の文亨進氏の世界会長就任式の宣布でも文総裁は「代身者・相続者」と語っておられましたが、この宣布も八大教材教本伝授を条件としての「約束の宣布」であったということは、『ファミリー』2008.06月号から確認の取れるものでした。『真の父母様の「最終一体の宣布」は本物!!』は次に詳しく書く予定です。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓ 文総裁のみ言『宇宙の根本を探して』を探しつつ、同じ『ファミリー』1996.10月号P.40には、 真のお母様が、十二人以上の子女を産まないとすれば、それは大変なことです。一人の女性として十二人の子女を産まなければ、問題が起こるのです。そうしなければ、真の母になることはできません。 そこには、サタン側を代表した息子もおり、娘もおり、いろいろな才能を皆、持っているのです。それをお母様は一つにする教育をしなければなりません。お父様が教育する時間がありません。ということも書かれていましたし、「お父様の教育の次には、お母様の教育を受けなければならない」とも語られていました。今、「平和の母」であられる韓総裁から家庭連合の祝福家庭はその教育を受けているのだと思います。
2020.05.03
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家庭連合の韓鶴子総裁の改ざんされたみ言動画「生声で聞く独生女教の核心教理」がUPされていました。そのほとんどはPeaceTV映像でも確認が取れるものであり、その最初の一つを以下に取り上げてみました(日本語での映像はこちらから)。http://www.ipeacetv.com/vod/vod_view.asp?vId=7976&mId=A01&page=7天地人真の父母様御聖誕記念敬礼式真の父母様のみ言天一国6年 天暦1月6日 (陽2018.2.21)天正宮博物館우리는 새로운 시대에 살고 있습니다. 여러분들이 하나님을 바로 알아야 합니다. 그래야지 하나님을 내 가정과 나라,세계에 모실 수 있게 되는 것입니다.하나님께서 천지창조를 하실 때에 당신의 형상당신의 모양을 닮아 피조세계에 창조하시기 시작하셨습니다.광물세계, 플러스와 마이너스식물세계, 암술과 수술동물세계, 암컷과 수컷마지막으로 인간 조상이 될 수 있는남자와 여자, 성경에서 말하는아담과 해와를 창조하셨습니다.만물세계와는 달리 인간에게는 성장기간이라는기간을 통한 책임을 할 수 있게 역사하셨습니다.그렇다면 천지창조를 하신 하나님우리가 하나님을 생각하게 되면높은 곳에 있으신 분존엄하신 분, 근엄하신 분감히 타락한 인류로서는 (구원이 없습니다.)고개를 들 수 없는 분이렇게 표현이 되고 있습니다.그런데 성경에서는‘하나님은 사랑이시라 했습니다.’ 사랑!우리가 천지만물을 놓고 느끼는 것은사랑스럽도록 아름답고 황홀한바라보면 기쁨으로 하나가 되는그러한 마음을 경험하게 됩니다.그렇다면 창조주 하나님은만물 세계를 보아, 인간 세계를 보아(남성격인 주체가 아닌) 男性格主体ではなく하늘아버지와 하늘어머니가 계셔서생명체가 탄생하게 되었다 하는 것을여러분들이 확실하게알아야 할 것입니다.그러나 지금까지 종교인들은한 면만 바라왔습니다.종교의 완성도 인간의 완성도우주의 어머니, 참어머니독생녀를 맞지 못하면 ↑여러분들이 갖고 있는 인종문제, 종교문제,무슨 문제, 문제가 되지 않습니다.하늘부모님이시며 인간으로서 승리한참부모와 하나 된 우리는참부모를 통해서 거듭 탄생하게 될 때에하늘부모님 앞으로 나아갈 수 있는 것입니다.그렇기 때문에 여러분들에게는각자의 책임이 있습니다.종족메시아 책임 해야 됩니다.이 놀라운 섭리시대에 살고 있는 여러분들이여러분들 것만으로 남겨서는 안 된다는 말입니다.전 세계 인류, 75억 인류가하늘부모님의 존재를 알고하늘부모님의 꿈이 무엇이었는가를 알아승리한 참부모를 믿고 모시고 따름으로 말미암아하나님 앞에 나갈 수 있는참자녀의 자리에 나갈 수 있는축복의 은사를 받을 수 있는 이러한 때에알지 못하고 듣지 못하여그런 삶을 살지 못하고 영계로 간 그러한 인류가있어야 되겠습니까? 없어야 되겠습니까?종교가 통일될 수 있는 것정치, 모든 면이 통일될 수 있는 것은우주의 어머니 참부모,독생녀를 맞는 길입니다.그 길만이 모든 지구상에 살고 있는생명체들이 바라는 길입니다.타락한 인류를 통해서 이 아름다운 지구성이많이 붕괴, 파괴되고 있습니다.그래서 나는 우주의 어머니로서 참부모로서여러분들의 후손, 미래를 생각하지 않을 수 없습니다.이 잘못된 것을 하나하나 바로잡아야 할 것이나와 여러분들의 책임입니다.2018년 무술년 새해를 맞아서는 여러분들의 각오가좀 더 차원 높게 승리해야 되겠습니다.上記はPeaceTV映像からのもので、改ざん映像の部分をマーカーで記しました。順序的には黄マーカーから青マーカーと順序が入れ替わっているだけでなく、赤文字は韓鶴子総裁のみ言からは発見されず、付け足されたものでした。以下に改ざん映像からのものを整理してみました。우리는 새로운 시대에 살고 있습니다. 여러분들이 하나님을 바로 알아야 합니다. 그래야지 하나님을 내 가정과 나라,세계에 모실 수 있게 되는 것입니다.하나님께서 천지창조를 하실 때에 당신의 형상당신의 모양을 닮아 피조세계에 창조하시기 시작하셨습니다.광물세계, 플러스와 마이너스식물세계, 암술과 수술동물세계, 암컷과 수컷마지막으로 인간 조상이 될 수 있는남자와 여자, 성경에서 말하는아담과 해와를 창조하셨습니다.그렇다면 창조주 하나님은만물 세계를 보아, 인간 세계를 보아(남성격인 주체가 아닌) 男性格主体ではなく하늘아버지와 하늘어머니가 계셔서생명체가 탄생하게 되었다 하는 것을여러분들이 확실하게알아야 할 것입니다.그러나 지금까지 종교인들은한 면만 바라왔습니다.종교의 완성도 인간의 완성도우주의 어머니, 참어머니독생녀를 맞지 못하면타락한 인류로서는 (구원이 없습니다.)堕落した人類として(救いがありません。)これまでも家庭連合や韓総裁を貶めるために悪意ある改ざん映像を流し続けていたことを考えれば、これは一例ですが、ほかのそれらも同様にみ言がカットされ、また並べ替えられては改ざんされているものであることはほぼ推測が出来ます。このような映像を紹介しているブロガーも、悪意をもってみ言改ざん映像を紹介しているようです。これらの方々は「良心の呵責」というものはないのでしょうか?一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.04.29
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b408さんへ先ずは人違いであったことをお詫びします。過去に私の周りに「宇宙の根本」を30回以上読んであなたと同じようなことを語っていた人物がいましたのでその方かと思ったのですが、違うというのであれば回答も簡単にこれが最後です。順不同で書きますのでご容赦ください。中村氏に対しての侮辱罪? についてですが法律はそう簡単ではありません。世間が小さなことでも侮辱罪だと騒いでは裁判所がいくつあっても足りません。それなりの法的根拠が必要ですし、裁判ともなれば「侮辱罪」だけで争われるのではなく、ほかの法との兼ね合いも出てきては長い期間を要する場合があるとの話です。神様の生殖器についてです。例としてですが、花の種に「雄しべ、雌しべ」が必要ですか?花が咲いてこそあるべきものであってその種に「雄しべ、雌しべ」があるなどと聞いたことがありません。神様もまた、種のままであれば同様です。イエス様のみ言の中に「一粒の種」の譬えもあります。ヨハネによる福音書/ 12章 24節よくよくあなたがたに言っておく。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。創造を始められる前の神様(「夜の神様」)もこの種のようなものです。どこに生殖器がありますか?永遠自存の神様であればこの「種」(孤独)のままであっても良かったでしょう。ところが、「心情(愛)の神様」でもある故に喜びを得ようと創造を始められました(「昼の神様」)。一粒の種の譬えのように「絶対信仰・絶対愛・絶対服従」でもってすべてを投入されたものでした。最終的には人間始祖アダム・エバが完成して(綺麗な花を咲かせて)は、その愛し合う姿をご覧になられまた神様の「男性」「女性」が入ってはともに喜びを享受されたことでしょう。ところが、アダムとエバの堕落ゆえに花の雄しべ・雌しべを見ることができませんでした。「宇宙の根本」が神様の生殖器というのであればアダム・エバの堕落もなくスクスクと完成していったという話になります。黒・天聖経「宇宙の根本」ですが、正しいタイトルは「宇宙の根本を探して」(1996年8月1日、お父様の講演タイトル)であるべきです。初めて1960年に「小羊の婚宴」、真の父母様によってこの地上にそれが誕生しました(拍手)。支流人(分派)の方々はこんにち、その父母様が一体となっていないといっては否定しています。b408さんもその一人であり、神様の生殖器を発見していないということになります。※寝てしまっていましたので、もう少し続きを書きます。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.04.29
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「b408さん」へ黒・天聖経「宇宙の根本」を30回以上読まれては、神様の生殖器を一生懸命探されていたようですが、その旅はまだ続いておられるようですね(シムソン氏コメント欄から)。 ten1kokukatei id:ten1koku(b408さんのコメント)こんにちはシムソンさん。シムソンさんとtomy4509 さんとのみ言における、根本的な対立軸は『神様には愛の器官、生殖器が有るか無いか』にあると私は思っているのですが・・・。男性格主体、夜昼の神様などの討論も、”神様の生殖器の有無”の認識が違えば、どこまでも平行線でしかないと思うのです。以前、tomy4509 さんに、『神様に生殖器は有るか無いか』と、質問したところ『無い』とお答え頂きました。お父様のみ言は『神様には生殖器が有る』にもかかわらず、その事が理解できないtomy4509 さんに、まず、霊的堕落(エバが天使長の男性生殖器と結合)の事実を認識して頂く必要があると思います。「お前はそれを見たのか」論議になりそうですが、原理講論に書かれている教義の重要箇所です。「天の父母様教団」が霊的堕落を書き換えたならば、再臨主の教えではない新教団の誕生ですね。…(略)…真のお父様の『宇宙の根本』本体論の教えを理解した祝福家庭夫婦が、愛の統一体の縦的父母としていらっしゃる男性格の神様を中心に、神様降臨(父子関係)の夫婦愛を成し、モデル的理想家庭を築き、直系男子のご子女様方々に対する心情姿勢を心から悔い改めることを通して、再び一つとなることができる道があると信じる、一食口のコメントでした。さて私tomy4509からの回答は、「無形実体世界」では繁殖がありません。したがって、神様に生殖器があったところで無意味なものです。また、「霊的堕落(エバが天使長の男性生殖器と結合)の事実」があったかどうかですが、天使長も無形世界の存在物であって生殖器は無用の長物です。マタイ伝5章には27 『姦淫するな』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。28 しかし、わたしはあなたがたに言う。だれでも、情欲をいだいて女を見る者は、心の中ですでに姦淫をしたのである。と書かれています。霊的堕落も、エバが神様への「絶対信仰」から外れて天使長に心を向けたと考えられます。ところで、黒・天聖経「宇宙の根本」を何度も読まれて「神様の生殖器」に至ったb408さんですが、サンクチュアリ教会の元光言社職員・中村仁史氏が姿を現したことでその原因が見えてきたように思います。つまりは、「宇宙の根本」は文鮮明総裁のみ言を選んでは編纂したものでしたが、そのみ言選択にあたってそれに関与した選者のみ言理解に問題があったのではなかったでしょうか。文総裁のみ言からは「宇宙の根本は”父子関係”」と語られてていました。ところが、黒・天聖経「宇宙の根本」、「父子」を検索してみればわずか8個しかありませんでした。その一方で「生殖器」は532個でした。黒・天聖経は16冊の本の合本版ですが、日本で編纂出版されたことを考えれば、み言翻訳に従事していた元光言社職員・中村仁史氏が大きく関与していたことは間違いのないことです。韓国語からのみ言選定にあたって彼自身のみ言理解がそれに反映されたように思います。https://youtu.be/BFu0pgvaG9M「宇宙の根本」もまた、縱的な「父子関係」ではなく横的な「男女(夫婦)関係」中心とした彼のみ言理解がそのままに「生殖器」が多用されたとなれば、読者もそれに感化されるというものです。「b408さん」もそのお一人ではなかったでしょうか?「独生女(批判)理論」の旗を掲げていましたが、この時もお父様のみ言「独生女」一つ語ることもありませんでした。中村氏同様に偏向した考えでもってUCIの方に行かれたと思います。ところが、最近の批判ビデオからは「初不得三」の説明も聞きますが(こちら)、「母」を否定した結果としてこれまで主張してきた自らの「真の家庭」までも霧散状態にしてしまったようです。 このように見て見た時、これまで「真の家庭」と信じては三男さんや七男さんに追従して来られた方々ですが、自らのいく道までも塞いでおられるようです。まるで、サタンが自らの活動場所である無形世界(宗教)を否定した共産主義の姿と瓜二つです。行く先を見失ったこれらの方々は、今後はどうされていかれるのでしょうか?お父様聖和後、お母様が語られていたように「草創期の神霊と真理」に立ち返られることを祈るばかりです。b408さんにありましても、私tomy4509との約束を覚えておられるでしょう。b408さんから申し出た1枚の証拠写真です。約束は必ず果たしてくださるようお願いします。次回記事予告ですが、『ファミリー』1989.1月号より「神のみ旨を中心とする宗教圏の統一」と題して語られた文総裁のみ言をUPしていきます。このみ言の中にはハッキリと「宇宙の根本は父子の関係」と記されていました。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.04.25
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「シムソン氏へ 「天の父母様」から新たなミッションです!! 」(2020.04.20)からは、以下を問うていました。シムソン氏、あなたの「夜昼の神様論」で以下のお父様のみ言を説くことができますか? 天のお母様に会ってみましたか? ここにいるこの人(文鮮明総裁)は、天のお母様を本に収めようと、神様を解放し、太平聖代の環境をつくって戴冠式をしてあげました。神様の結婚式をしてあげたのです。神様の独り子の息子、娘が結婚(小羊の婚宴)したのなら、天のお父様は一人で暮らしますか? お母様がいないではないですか! 神様の血筋がないではないですか! 血筋がなくて息子、娘が出てきますか? 適当にしてそのようにはならないというのです。その回答ともいうべきものが今まで、私の記事を批判しながら応援(協力)してくれていたtomy4509さんが、今日の朝に公開した記事の題名は、「シムソン氏へ 『天の父母様』から新たなミッションです!」となっていました。天のお父様ではない、サタンを中心とした新たなミッションということですから、私は相対基準を結ぶことができません。「一人で勝手にサタンと戯れてね!」と頭の中でつぶやいたところ、神様は夕方の空に偽太陽を浮かび上がらせてくれて、「おまえの言うとおりだ。」と賛同してくれました。このように虹を見ては、また、夕日を見ては自分勝手な妄想を書き連ねる態度は今も変化がありません。「夜昼の神様論」は亨進氏のメッセージをそのままに展開したものであって、お父様のみ言「夜の神様、昼の神」(見えない心と見える体のような関係)ではなく陽陰、つまりは「男女関係」を中心としたものでした。文鮮明総裁の自叙伝「平和を愛する世界人として」発刊記念式(2009.06.01)でのみ言からは、本に「天のお母様」を収めようと努力して来ました、と語っておられたものでした。「神様王権即位式」(2001.01.13)の時も神様の玉座は、「天のお父様」と「天のお母様」が並んでありました。「夜の神様」はそのお二方が一つとなられた「天の父母様」です。私たちの知っている神様とは「昼の神様」であり、原理講論・創造原理で書かれた二性性相の中和体の神様でした。視覚的な神様です。シムソン氏に限らずサンクチュアリ教会の教義そのものが「原理講論」や文鮮明総裁のみ言と食い違ったものであることはほかを見ても明らかです。「真の父母様宣布文サイト」からの新着でも「独自の「罪観」に基づいて〝虚偽〟をかたる中村仁史氏の悪意」で以下のように締めくくっていました。 以上、見たように、サンクチュアリ教会に追従する中村仁史氏の主張は、真のお父様のみ言や『原理講論』の内容とことごとく食い違っています。 このような信仰の基軸たる『原理講論』の内容と真のお父様のみ言とズレた中村仁史氏の説教映像を平然とインターネットで配信することを容認するサンクチュアリ教会もまた、『原理講論』の内容と真のお父様のみ言を軽視ないし理解していないのは明らかです。これは、み言の本質を骨抜きにしようとする〝サタンの業〟に加担する行為と言わざるを得ません。 私たちは、サンクチュアリ教会の誤った言説や、独自の「罪観」に基づいて〝虚偽〟をかたる中村仁史氏の悪意ある言説に騙されてはなりません。これまでも自称ルポライタイーtomy4509が検証してきたように、シムソン氏にしても然りです。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.04.23
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シムソン氏へ新たなミッションです。▲神様王権即位式での「神様の玉座」以下は『ファミリー』2009.8月号、『「文鮮明先生自叙伝出版記念会」の御言』からです。前書きはここまでです。シムソン氏、あなたの「夜昼の神様論」で以下のお父様のみ言を説くことができますか? 天のお母様に会ってみましたか? ここにいるこの人(文鮮明総裁)は、天のお母様を本に収めようと、神様を解放し、太平聖代の環境をつくって戴冠式をしてあげました。神様の結婚式をしてあげたのです。神様の独り子の息子、娘が結婚(小羊の婚宴)したのなら、天のお父様は一人で暮らしますか? お母様がいないではないですか! 神様の血筋がないではないですか! 血筋がなくて息子、娘が出てきますか? 適当にしてそのようにはならないというのです。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓ ところで、サンクチュアリ教会の教義「夜昼の神様論」は『TWJ』2012.天暦1月号の亨進氏メッセージが根っことなっています。そして、それをブログ記事にて展開しているのがシムソン氏です。サンクチュアリ教会の教義「夜昼の神様論」(精子神学論)に関する情報源はこれだけしかなく薄っぺらなものでした。シムソン氏の神様本体が「夜の神様(男性格)」とする根拠は以下ページにありました。その一方で、『TWJ』からお父様のみ言「夜の神様、昼の神様」をチェック(付箋紙)してみれば、以下の量です。シムソン氏はそれを調べようともしません。これではサンクチュアリ教会の教義「夜昼の神様論」が(お父様のみ言と照らし合わせて)正しいと判断することもできません。
2020.04.21
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「「天の父母様教団」の多くの兄弟姉妹が感じている名称への違和感はまさしく的中しています!」への追加コメントと、私からシムソン氏への回答です。(※青字はシムソン氏)(tomy4509)>シムソン氏へ以下記事にて続きを掲載しました。・シムソン氏、「神様は二性性相の中和体ですが、男性格主体です。」の意味するものはhttps://plaza.rakuten.co.jp/peace3world/diary/202004150000/あなたのコメントから気にかかるものがありました。ーーーーー(引用)まったく原理を応用展開するということが出来ないのでしょうか。物事が形象化して現れる時、陽性と陰性は一体となって具象化します。男性は、男性の要素だけではなく、女性の要素も兼ね備えて個性体となります。陽性そのものが男性、陰性そのものが女性ではありません。原理を学ぶ者は、思考の過程でその事を受け止めた上で理解することが出来ているはずです。ーーーーー(終わり)これは言わずと知れた常識です。これをひっくり返して考えたとき、つまりは、作者と作品の関係です。人間が男女それぞれに陽陰を持っているのに、何故? 神様本体のはずの夜の神様は「男性格」のみなのですか。また、私からはお父様の「夜昼の神様」の重要キーワードは「心と体」と以前にも質問していましたが、あなたからは出てきません。陽陰よりももっと重要であるはずですが、忘れられましたか? シムソン id:simuson 1時間前>tomy4509さんこれだけはかっきり言っておきます。「心と体」がキーワードではありません。夜の神様が「愛により生まれた」がキーワードです。このシムソン氏の『「心と体」がキーワードではありません。』に対してです。シムソン氏、私からはこれまでもTWJのお父様のみ言「夜昼の神様」を紹介して来ましたが、あなたはどれだけの資料を見られて「夜昼の神様論」を書かれているでしょうか。TWJを調べても以下の付箋紙が「夜昼の神様」の記載されたページです。これらも読まれて書かれているということでしょうか?過去記事でもお父様のみ言、キーワードは「心と体」は何度か掲載していました。「昼の神様」を追い出したシムソン氏(H4)の「恣意存」は相変わらずか?!(2019.08.31)「お父様は16歳まで原罪が有った」と主張する独生女信仰???(2019.09.14)一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.04.16
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「「天の父母様教団」の多くの兄弟姉妹が感じている名称への違和感はまさしく的中しています!」のコメント欄からのペーストと、私からシムソン氏への回答です。(※青字はシムソン氏)>シムソン氏へ----->tomy4509さん私の記事は聖霊とともにあって、理解できるものとなります。人間の知恵ではありません。今、神様と通じ、真のお父様と通じることが出来るかどうかが問題です。韓鶴子氏の支配の中にあっては、掴み得ないものです。-----聖霊と「悪霊」の見境もつかないのでしょうか?原理講論ではイエス様の相対者としての「聖霊」、人類を生み変えてくださる「真の母」、また、「女性神」との記載もあります。サンクチュアリ教会の「夜昼の神様論」は、もはや、文鮮明総裁が語られていた「夜の神様、昼の神様」とは大きな食い違いがあることは明々白々です。それに付随するあなたの「聖霊」の解釈にも間違いがあるということです。さて、「天の父母」と「天の父母様」の「様」(敬称)の有無によってその解釈が違うというのであれば、韓国語の「ハナニム」はどうなりますか? 「ニム(様)」は敬称です。お父様のみ言からも「ハナニム」が多くありますが、「男女様」と毎回語られていることになります。そもそもの話、日本語で敬称が単数・複数になるなど聞いたことがありません。これまでも何度も話していることです。「天の父母様」といえば「神様は両性具有者」という考えは、あまりにも外的にしか物事を捉えることが出来ないからです。原理講論からは-----内性は目に見ることはできないが、必ずある種のかたちをもっているから、それに似て、外形も目に見える何らかのかたちとして現れているのである。そこで、前者を性相といい、後者を形状と名づける。ところで、性相と形状とは、同一なる存在の相対的な両面のかたちを言い表しており、形状は第二の性相であるともいえるので、これらを総合して、二性性相と称するのである。……更に一歩進んで、このように性相と形状とを備えているそのエネルギーを存在せしめることによって、あらゆる存在界の究極的な原因となるところのある存在を我々は追求せざるを得なくなるのである。この存在は、まさしく、あらゆる存在の第一原因として、これらすべてのものの主体となる性相と形状とを備えていなければならない。存在界のこのような第一原因を我々は神と呼び、この主体的な性相と形状のことを、神の本性相と本形状というのである。……森羅万象の第一原因としていまし給う神も、また、陽性と陰性の二性性相の相対的関係によって存在せざるを得ないということは、当然の結論だといわなければならない。創世記一章27節に「神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された」と記録されているみ言を見ても、神は陽性と陰性の二性性相の中和的主体としてもいまし給うということが、明らかに分かるのである。……神が男性であるアダムの肋骨を取って、その対象としての女性であるエバを創造されたと記録してある理由もここにあるのである(創二・22)。我々はここにおいて、神における陽性と陰性とを、各々男性と女性と称するのである。-----と、「男性と女性」として書かれており、もしも、神様の中和体は「両性」を具備されたお方でないとすれば、アダムのあばら骨からエバは出てこないでしょう。創世記2章から-----21 そこで主なる神は人を深く眠らせ、眠った時に、そのあばら骨の一つを取って、その所を肉でふさがれた。22 主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り、人のところへ連れてこられた。23 そのとき、人は言った。「これこそ、ついにわたしの骨の骨、/わたしの肉の肉。男から取ったものだから、/これを女と名づけよう」。24 それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである。25 人とその妻とは、ふたりとも裸であったが、恥ずかしいとは思わなかった。-----ここでの「父と母」もアダム・エバを創造された「神様」でしょう!!天使長は「男性格」ですから「母」になることはありませんから。このように、聖書から見ても神様は『天の父母様』は「OK」です。 シムソン id:simuson 12時間前>tomy4509さん「我々はここにおいて、神における陽性と陰性とを、各々男性と女性と称するのである。」まったく原理を応用展開するということが出来ないのでしょうか。物事が形象化して現れる時、陽性と陰性は一体となって具象化します。男性は、男性の要素だけではなく、女性の要素も兼ね備えて個性体となります。陽性そのものが男性、陰性そのものが女性ではありません。原理を学ぶ者は、思考の過程でその事を受け止めた上で理解することが出来ているはずです。神様は二性性相の中和体ですが、男性格主体です。この重要な男性格主体を、見ない事知らない事にするのですね。tomy4509 >シムソンさん先ずは最初に、本記事が主張するところの「様」(敬称)の有無によって『天の父母(様)』に意味の変化はないことは、シムソン氏は理解されたかの確認です。私の説明で納得されておられる方もあります。さて、あなたのコメントへの回答ですが、水溶液の酸性とアルカリ性を例にとってみましょう。真水は「中性」は問題ないと思います。では、不純物のない塩水は酸性・アルカリ性のどちらですか?味の違いはあっても「中性」です。科学を一生懸命勉強したわけではありませんので詳しくは分かりませんが、phの数字で14段階、その「7」が中性ということです。それでは、「中性」ですが酸性とアルカリ性のどちらが主体だと言えますか?中和体としておられる神様も同じことです。これが創造を始められる前の神様です。昼休憩が終わります。続きは夜にします。シムソン id:simuson >tomy4509さん「私の説明で納得しておられる方もいる」ということで良い事ですね。私は夜の神様と真のお父様の了解を得ながら書いていますので、どんどんtomy4509さんの説明に納得する方々を呼び集めてください。小山田氏や周藤氏なら、なおさら喜んで受け答えします。「天の父母様教団」の有名講師陣でも歓迎です。(以下が私からの回答です)>シムソンさん【私は夜の神様と真のお父様の了解を得ながら書いていますので】というのであれば、お父様の「夜の神様、昼の神様」のTWJからのみ言とも通じるはずですが、そのズレについて書いていました。・お父様のみ言1行で「夜昼の神様論」はサヨウナラ!!https://plaza.rakuten.co.jp/peace3world/diary/202004050001/ここではTWJから「神様の中には、夜の神様もいて、昼の神様もいます。」の1行を取り上げましたが、「夜の神様」が神様本体ならば、夜昼のお二人の神様とはお父様も言われないでしょう。シムソン氏、矛盾しています。次に、・「夜昼の神様論」はシムソン氏の妄想からhttps://plaza.rakuten.co.jp/peace3world/diary/202004060000/ここではTWJ 2010.8月号からのお父様のみ言を掲載していましたが、「心と体」に焦点が当てられていました。さらに加えては、月刊誌『TODAY'S WORLD JAPAN』2010年10月号と11月号からのお父様の「夜の神様、昼の神様」は以下です。・亨進氏のサンクチュアリ教会は父母を知らない「孤児院」https://plaza.rakuten.co.jp/peace3world/diary/202004110000/「お父さんとお母さんの根本たる神様(天の父母様)が、心と体が一つになっているのです。」と語られていました。お父様の語られる夜昼の神様のキーワードは「心と体の一体化」です。あなたはお父様の語られた「夜昼の神様」をどれだけ探して(知って)書いているというのですか?「総序」からですが:-----堕落人間にとって、「知ること」は命の光であり、また蘇生のための力でもある。そして、無知は死の影であり、また破滅の要素ともなるのである。無知からはいかなる情緒をも生じ得ない。また、無知と無情緒からはいかなる意志も生ずることはできないのである。……人間が、根本的に、神を離れては生きられないようにつくられているとすれば、神に対する無知は、人生をどれだけ悲惨な道に追いやることになるであろうか。-----・「盲人が盲人の手引きをすると?(マタイ伝から)」(https://plaza.rakuten.co.jp/peace3world/diary/202003190000/)で「盲人」の話をしましたが、あなたの手にどれだけの人の手(生命)が繋がっているか考えておられますか。「夜昼の神様論」を真理であるかのように信じている人がどれだけいるかと思えば、妄想だけで書かれるのではなく、もっと真剣になるべきです。シムソンは「私無存」ではなかったですか。ところが、「仮面劇」の誤訳一つにも頑なな態度から、あなたは「恣意存」だとの指摘もしてきたものでした。今回は「様」(敬称)の有無で単数・複数になるといった前代未聞の話です。お父様が「ハナニム」、「男女様」などと語っていたなんて誰が信じますか!! 議論にもなりません。それでもって【私は夜の神様と真のお父様の了解を得ながら書いていますので】などとよくも言えたものです。最後に真水(塩水)が「中性」の話です。酸性とアルカリ性ではどっちが主体といっても秩序的な物差しphの数字で14段階、その「7」が中性、数字がそれより大きくなればアルカリ性と呼ぶことにしようと取り決めたものです。中和体としておられる「無形の」神様も男性・女性どちらともいえないというのが本当の話です。それが「夜の神様」です。少し卑近な例ですが、コロナとかも陽性だ陰性だと騒いでいます。ウィルス菌を保有する人は他に与えることできるということで、「陽性」です。中和体の神様も「真の愛」を中心として見た時に与えられるお方であり、被造世界は最初に与える側が「男性」であるので主体としましょう、と取り決めたのが「男性格主体」ということです。実際の話、象のような実体もない「夜の神様」をあれこれと語ること自体に難があります。したがって、原理講論で書かれている神様は、私たちが知っている「昼の神様」について書かれたものでした。そして、創造原理で書かれている神様のそれはこのように文章化しましょうと「定義」したものです。こうして見たときに、私たちが論じているのは「昼の神様」についてです。創造原理から:-----以上の記述によって、我々はすべての存在が、陽性と陰性との二性性相による相対的関係によって存在を保ち得ているという事実を明らかにした。さらに、我々はすべての存在を形成しているもっと根本的な、いま一つの二性性相の相対的関係を知らなければならない。存在するものはすべて、その外形と内性とを備えている。そして、その見えるところの外形は、見ることのできない内性が、そのごとくに現れたものである。したがって、内性は目に見ることはできないが、必ずある種のかたちをもっているから、それに似て、外形も目に見える何らかのかたちとして現れているのである。そこで、前者を性相といい、後者を形状と名づける。ところで、性相と形状とは、同一なる存在の相対的な両面のかたちを言い表しており、形状は第二の性相であるともいえるので、これらを総合して、二性性相と称するのである。これに対する例として、人間について調べてみることにしよう。人間は体という外形と心という内性とからできている。そして、見える体は見えないその心に似ているのである。すなわち、心があるかたちをもっているので、その心に似ている体も、あるかたちをもつようになるのである。観相や手相など、外貌から、見えないその心や運命を判断することができるという根拠もここにある。それゆえ、心を性相といい、体を形状と称するのである。ここで、心と体とは、同一なる人間の相対的両面のかたちをいうのであって、体は第二の心であるということもできるので、これらを総合して二性性相であるという。これによって、あらゆる存在が性相と形状による二性性相の相対的関係によって存在しているという事実を、我々は知るようになった。それでは、性相と形状とは、お互いにいかなる関係をもっているのであろうか。無形の内的な性相が原因となって、それが主体的な立場にあるので、その形状は有形の外的な結果となり、その対象の立場に立つようになる。したがってこの両者はお互いに、内的なものと外的なもの、原因的なものと結果的なもの、主体的なものと対象的なもの、縦的なものと横的なものとの相対的関係をもつようになるのである。これに対する例として、再び人間を取りあげてみることにしよう。心と体は、各々性相と形状に該当するもので、体は心に似ているというだけではなく、心の命ずるがままに動じ静ずる。それによって、人間はその目的を指向しつつ生を維持するのである。したがって、心と体とは、内外、原因と結果、主体と対象、縦と横などの相対的関係をもっているということができるのである。このように、いかなる被造物にも、その次元こそ互いに異なるが、いずれも無形の性相、すなわち、人間における心のように、無形の内的な性相があって、それが原因または主体となり、人間における体のようなその形状的部分を動かし、それによってその個性体を、ある目的をもつ被造物として存在せしめるようになるのである。それゆえ、動物にも、人間の心のようなものがあり、これがある目的を指向する主体的な原因となっているので、その肉体は、その個体の目的のために生を営むようになるのである。植物にもやはりこのような性相的な部分があって、それが、人間における心のような作用をするので、その個体は有機的な機能を維持するようになるのである。そればかりでなく、人間が互いに結合するようになるのはそれらの中に各々結合しようとする心があるからであるのと同様、陽イオンと陰イオンとが結合してある物質を形成するのも、この二つのイオンの中に、各々その分子形成の目的を指向するある性相的な部分があるからである。陽子を中心として電子が回転して原子を形成するのも、これまた、これらのものの中に、各々その原子形成の目的を指向する性相的な部分があるからである。-----このように、「神様は二性性相の中和体ですが」、真の愛を中心として「男性格主体です。」とその愛の秩序を定めたものでした。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.04.15
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月刊誌『TODAY'S WORLD JAPAN』2010年10月号と11月号からです。お父様のみ言「夜昼の神様」ですが、亨進氏が説かれたサンクチュアリ教会の教義とするところの「夜昼の神様論」(サンクチュアリ教会・シムソン氏の説明図は以下)とでは大きな違いが見られました。お父様のみ言のキーワードは「心と体」です。「真の愛」は夫婦(男女)愛だけではダメです。心と体が一つにならなければ、というみ言です。また、以下はシムソン氏記事「真のお父様から完全決裂する「天の父母様教団」が発生する時、アダムのあばら骨を明らかにする!」コメント欄でのやり取りです。(※ 青字はシムソン氏)(tomy4509)長く書かれたとしてもあなたは「盲人と象」から抜け出ていません。詳細は以下に掲載済みです。・シムソン氏は『ファミリー』だけでなく『統一思想』でも「盲人と象」であったhttps://plaza.rakuten.co.jp/peace3world/diary/202004040002/ところで、「神様のオッパイ」の話が抜け落ちているようですが、これからですか?「天の父母様」--「天のお父様」「天のお母様」の話です。アダム・エバは「双子」で、「天のお母様」のオッパイを一緒に飲みながら成長していったというものでした。・「天のお父様」に『おっぱい?』ですか!!https://plaza.rakuten.co.jp/peace3world/diary/202003080002/お父様のみ言ですから、「天のお母様」は居ないとは言えないでしょう。神様(中和体)が「(男女の)双子」として分かれたのがアダム・エバということではないですか。夜の神様(男性格)が昼の神様を創造されたという話はされていませんでした。さて、サンクチュアリ教会の教義としての「夜昼の神様論」ですが、お父様のみ言と大きな食い違いを見せていますが、果たしてどうなのでしょうか。>tomy4509さん>神様(中和体)が「(男女の)双子」として分かれたのがアダム・エバということではないですか。<なるほど、このように真のお父様のみ言を理解しているのですね。形あるものしか思考回路に捉えることが出来ない典型の考え方です。笑っちゃいます。全く神様は両性具有者ということですね。天の父母様教団結成、おめでとうございます。神様は両性具有者ということで良いのですよね。両性具有神教団!結成おめでとうございます。>シムソンさん「夜昼の神様論」は陽陰でしか神様を捉えることしか出来ない不愚者です。本性相本形状はどこへ行きましたか?>tomy4509さん自分の思考回路で、書いてある内容を咀嚼できないので、本性相本形状に思いを展開できないのでしょう。原理がしっかり身に付いていれば、私の記述から、自然に思考と心情で展開されます。>シムソンさんあなたは本性相本形状が見えていますか?>原理がしっかり身に付いていれば、私の記述から、自然に思考と心情で展開されます。神様本体が「夜の神様(男性格)」であれば、これが「正」です。そして、「分」が心と体、「合」は何ですか? 四位基台についてもどうなりますか?私の思考回路ではサッパリ分かりません。『ファミリー』2005.1月号P.38から別の引用もしておきましょう。----- 多くは語りません。先生が願い、神様が願われるのは、天の国で永遠に誇ることができ、天上、地上天国の上で、孝子、忠臣、聖人、聖子の家庭を凌駕した天の国の王国を受け継ぐことができるひとり子であり、ひとり娘です。…… お母様をこの日にお迎えししなければならず、このアジアに、世界にお母様の席をつくってあげて、お父様が解放されるのです。分かりますね?(「はい。」)-----いつまでも「盲人と象」を続けられず、『ファミリー』を探そうとはしないのですか?2004.6月号にはお父様は、露骨な話もされていましたが……『”皮を脱いで肉同士で一つになりたい。”と思い、肉を取って骨になり、骨を抜いて骨髄で、』『心と体が一つにならなければなりません。』もう一度はっきりさせましょう。二性性相でないあなたの「夜の神様(男性格)」には対象がありません。真の愛とかで相対の女性を創造することなど不可能です。したがって「夜の神様(男性格)」が成したことは、他所からそれを泥棒してきたことになります。エバを誘惑したルーシェルです。>tomy4509さん何度でもはっきりさせましょう。性相と形状は一体となって展開します。私の文章において、それは一体となって縦横無尽に展開しています。それを読み取れないあなたに、説明する理由もありません。>シムソンさん万が一にもあなたの「夜昼の神様論」がお父様のみ言からだというのであれば、ほかの「夜の神様、昼の神様」み言に通じるものと思います。・「夜昼の神様論」はシムソン氏の妄想からhttps://plaza.rakuten.co.jp/peace3world/diary/202004060000/>夜の神様を中心として皆さんの心を代身し、昼の神様を中心として体を代身し、カインとアベルが一つとなり……」「夜の神様 → 心」、「昼の神様 → 体」といった内容はこれまであなたの説明からは出てきていません。一方、私からは「夜昼の神様」については「上弦・下弦」、「無形実体世界と有形実体世界」の話をしていました。お父様のみ言と私のそれは通じるものがあります。であれば、誰の話に耳を貸さなければならないでしょうか?これでも私のそれを理解できないというのであれば、TWJの2010.10月号・11月号からもみ言を挙げていきます。お父様のみ言です。「夜昼の神様論」はサンクチュアリ教会の教義となっているということですから、亨進氏はお父様の「み言」や原理講論とは全く違う教義を語っているということです。「真の父母様宣布文サイト(https://trueparents.jp/)」の最新映像からも、そのことの示唆がありました。・【映像】お父様の神観とサンクチュアリの神観の相違https://trueparents.jp/?page_id=5858わたしも「盲人と象」の一人ですが、あなたよりは視野が少し広く見えていると思います。>>tomy4509さん「夜の神様 → 心」、「昼の神様 → 体」は正しくありません。昼の神様は被造世界を創造するプログラムです。そのプログラムが創造原理に基づいたものとなっているです。サンクチュアリの神観の説明も正しくありません。亨進様や国進様の語られたことを、夜の神様昼の神様の関係性の理解できないまま、勝手に解釈しているので神様とイエス様と真のお父様は同一人物だという解釈になるのです。そういう意味で語っているのではありません。>シムソンさん原理講論には「ロゴス」についての記載もあります。ロゴスも二性性相です。>昼の神様は被造世界を創造するプログラムです。そのプログラムが創造原理に基づいたものとなっているです。ところが、神様本体は二性性相とはなっていないのが「夜昼の神様論」です。二性性相でない神様からロゴス、そして、エバは創造されません。泥棒です。>tomy4509さんあなたがそのように誤解して読み取っているだけで、私が解説している夜の神様は二性性相になっています。あしからず・・・。>シムソンさん>私が解説している夜の神様は二性性相になっています。あしからず・・・。であれば、「天の父母様」も否定される理由はないでしょう。黒・天聖経にもお父様が語られていた「天の父母」を多く見ることが出来ますし、原理講論からも「天の父母」の記載があります。神様が「祖父母」、父母、子女(息子、娘)の三大王権のみ言も考えてみてください。神様が人間を見るとき、男性一人、あるいは、女性一人だけをみられるでしょうか?どちらも半分であり、それが一つになった夫婦(父母)が神様の似姿です。このように、神様自身が「父母」です。お父様のみ言からもそのように神様を教えていますし、お母様も同じことを語られておられます。その父母なる神様と出会えないでいるとするならば、父母を知らない「孤児」でしかありません。黒・天聖経「真の神様」から:----- 出発において誤ったのです。あきれて言葉が出ません。出生において過ちがあったとは、大きくなって分かったのですが、養子といっても乞食の中から、孤児院から乞食を連れてきて育てたというのです。これは乞食よりもっとひどいのです。幼いときは自分の両親だと思っていたのに、大きくなってから自分が乞食の息子だったということが分かったのです。乞食の出だということが分かればその家はどうなるでしょうか。ひっくり返るのです。痛哭してひっくり返るのです。育ててくれた両親を自分の本当の両親だと思っていたのに孤児院で育った息子だという事実を知ったならば、どれほど驚くでしょうか。私たち人間世界でもこれほど大変なことなのに、天はそれ以上なのです。神様の王権、天国の王宮の皇太子が野良犬と関係をもってこのようになるとは。地獄の王になるとは。-----黒・天聖経「真の家庭」から:-----◆三 父母はまさに愛の起源 孤児は父母と因縁を結ぶ事が出来ません。人はだれでも愛を受けたく思います。その愛の理想型は父母です。そのような父母の愛を受けたくとも受けられず、また、父母に対して愛したくとも愛する事の出来ない人は不幸せな人だという事ができます。 いくら孤児よりも百倍、千倍醜い人だとしても、父母に侍り、孝行して暮らす事の出来る人は、孤児達に威張る事が出来るのです。「おまえに父母がいるのか。いないだろう顔が美しくて何に成る。父母もいないのに」と威張るのです。また、「私は醜く、病身だが、おまえは母親もなく、父親もいないではないか」と、いいうるのです。----- ですから父母の愛を受けられずに大きくなった孤児達は何よりも父母の愛を渇望する様に成るのです。孤児達は寝る家があり、食べものがあったとしても、彼らの胸にいつも満たされない思いと慕わしい気持ちがありますが、それが何かといえば父母の愛です。-----黒・天聖経「地上生活と霊界」から:----- ある日、「誰かに何千万ウォンをあげたから、それに対する利子をいくら持ってこなければならないのに」と言いながら、与えたものを記憶する人は、天国の主人になり得ません。与えたものを忘れなければなりません。父母が子供を育てる時、いくらいくらを投資したから、その利子をもらうと言う、そんな父母がいますか。与えても、皆忘れるのが父母の心です。与えたものを忘れるだけでなく、もっと良いものを与えられなくてふびんに思うのが父母の愛です。その愛は永遠に続く為に、父母のいない人を孤児と言い、孤児に成るのを好む人はいないのです。-----黒・天聖経「礼節と儀式」から:----- 皆さん自身は誰のものですか。父母のものであり、息子のものです。そうなると、父母は誰のものですか。父母は子女のものであると同時に神様のものです。ですから皆さんはまず神様のものになって、子女のものになったのちに、自分のものになるのです。そのようになる時に初めて完成されるのです。ですから父母を敬うその法度が地上に残り、人間の生活に残っているのです。ここで、父母を敬い子供を愛しなさいという言葉が出てくるのです。【父母がいなければ孤児です。】父母の愛を受けたり、子供を愛してみましたか。そうしてこそ「私」という人が、四方を区別するすべが分かるようになるし、上も下も区別するすべが分かるようになるのです。-----あなたは「愛の起源」について書かれているのではありませんか。「(天の)父母」も分からなければ「孤児」ということになりますか?!>シムソンさん黒・天聖経「真の神様の祖国光復」から:----- 神様に出会うには、三回死に、再び復活したのちにも、神様に私の事を分かってほしいと願うよりも、神様の為にもっと尽くそうとしなければなりません。そのような人々が生きる世の中がこの地上にあるならば、そこが正に天国です。この道を私が教えており、そのような世の中をつくっていっているのです。子供はお母さん、お父さんの愛の実ですが、愛の実というのは、愛と生命と血統が合わさって成されるものである事を知らなければなりません。子供達が「自分のもの」を主張しますが、私のものの出発点は父母です。父母は根であり、幹です。父母がいなければ、全て孤児です。父母に連結された愛のはしごを切ってしまえば、生きる事が出来ないのです。【真の愛の起源であられる神様を父母として、私達人間は、息子、娘の立場に立てられました。】父母は本来、子女の為の愛の最高の主人です。父子の関係が縦的な垂直関係なのに比べて、夫婦関係は横的な水平関係です。ですから父子関係と夫婦関係は互いに直角(九〇度)を成して、ここに前後関係である兄弟関係が合わさる事によって、全ての愛の関係が球形を成します。-----黒・天聖経「真の家庭と家庭盟誓」から:----- 懐かしい本郷の地は、どこですか。父と母がいる所です。それは、間違いありません。今の人間世界は、堕落したアダムとエバが神様の前から追放され、失楽園したのちに結婚して、息子、娘を生むことによって繁殖した五十億人類によってできている世界です。「そうではない」と言う人はいません。このように病気になったので、行くべき道が分からないのです。事件が起こり、孤児として流れてきました。出発が不明確であり、目的地が不明確です。人類は、どこに行くべきかを知らないのです。どのようになるのか、誰も知りません。それを知らないので、神様が五十億人類に教えてあげようと、まず先生に教えてくださったのです。統一教会に入ってくれば、神様を知らない人はいません。-----以上、黒・天聖経からキーワード「孤児」で拾ってみました。【真の愛の起源であられる神様を父母として、私達人間は、息子、娘の立場に立てられました。】『真の愛の起源であられる神様を父母として』です。「真の愛の起源」は「父母であられる神様」が結論となります。シムソン氏、お父様のみ言です。これに同意されるものと信じます。でなければ、「夜昼の神様論」はサンクチュアリ教会独自理論であり、これをもって家庭連合の「天の父母様」を批判されること自体がナンセンスです。>tomy4509さん韓鶴子氏の主張に迎合するあなたが、まず理解できていない事は、神様は父母の心情を共に備えている存在という意味のみ言を、そのまま男性と女性が神様の中に存在するとして、「天の父母様」と名付けてしまっている事です。真のお父様が語られた「夜の神様、昼の神様」の真の意味を理解できたのは、亨進様が人類で最初です。その意味で、真のお父様は亨進様を「信仰体験において誰よりも優れている」と証ししたのです。聖霊と一体となる体験を持たなければ、理解不能なみ言です。と説明しても、聖霊自体について知らない方には、意味が分からない事です。>シムソンさん以下は2008年4月の世界会長就任式前に郭錠煥氏を前に語られていたものでは中田ですか?>真のお父様は亨進様を「信仰体験において誰よりも優れている」と証ししたのです。だからといって、亨進氏が世界会長としてすべてにおいて優れているということではありませんでした。ために、就任式では八大教材教本を間においてそのみ言の伝授式でありました。『ファミリー』2008.6月号からの引用:---- ですから、この場でみ言の内容を与えますが、父母様が行った実体を、行動することのできる実体圏を渡してあげるのがこの場です。もちろん、み言も貴く、父母様の事実も貴いのですが、神様の事実の心情圏を超えて余りある代身者、王子王女になる、相続者になるという信念を持つことをお願いします。分かりますか?(「はい」) そのような意味で、これを伝授するのです。-----一部の引用ですが、全体のみ言・祝祷を見ても真の父母様の代身者としては「不足である」ことを知りながら、み言と一つとなった実体圏になるようにみ言を伝授されたものでした。それが今日の亨進氏は継続しているといえるでしょうか?昨日も挙げました黒・天聖経からのみ言からも、サンクチュアリ教会は真の父母を見失った「孤児」です。真の父母も見えないのに「夜昼の神様」の意味を理解出来るはずがありません。既に私からはTWJから別の「夜の神様、昼の神様」み言を挙げていましたが、それとは内容が異なるものでした。お父様はそのときそのときでみ言が違っているというのでしょうか?原理原本からもの記述がありました「天の父母」です。八大教材教本の一つに原理講論があります。これにも「天の父母」がありますが、それをも否定される亨進氏が「夜昼の神様」を正しく説くことなどあり得ません。『TWJ』2010.9月号、P.5を見ても-----九十年の人生をささげて生きていた私の生涯は、ひとえに【天宙の真の父母であられる神様】を解放してさしあげ、父母の位置を取り戻してさしあげ、…-----ここからも【天宙の真の父母であられる神様】です。シムソン氏、、どこをみておられますか?真の父母様? or 「孤児」となった亨進氏?亨進氏の主張に迎合するあなたが、まず理解できていない事は、亨進氏が四大心情圏の第一番目の「子女の心情」からつまづいたことでした。真の父母様に「絶対信仰・絶対愛・絶対服従」は、1998年の顕進氏が副会長就任式でも口を酸っぱくするくらいに繰り返されていました。・H3は「絶対男性」「絶対女性」、H4以降は「絶対『性』」!!https://plaza.rakuten.co.jp/peace3world/diary/201906230003/-----結論的な話は、「死んでも『絶対信仰』、『絶対愛』、『絶対服従』」、「生きても『絶対信仰』、『絶対愛』、『絶対服従』」、「永遠に『絶対信仰』、『絶対愛』、『絶対服従』」。そのようなことです。死んで霊界に行っても永遠に同じです。分かりましたか?-----2008年のそのときだけでなく、死んで霊界に行っても永遠に同じ「絶対信仰・絶対愛・絶対服従」を貫かれるべきでしょう。>tomy4509さんその「絶対信仰・絶対愛・絶対服従」の神様における起源を記事において説明したばかりです。それは「真の愛の起源」であり、「四大心情圏」の起源です。亨進様御家庭と国進様御家庭は四大心情圏三大王権を成就され、現在、真の御父母様を中心とした天一国の霊的基盤を整えています。それを証しし、解説する為の記事は始まったばかりです。いつも長いコメントをありがとうございます。どれほど、助けられているかはかり知れません。>シムソンさん>亨進様御家庭と国進様御家庭は四大心情圏三大王権を成就され、現在、真の御父母様を中心とした天一国の霊的基盤を整えています。さて、「四大心情圏」についてですが以下URLの映像からは「子女の心情(第一心情)」ほかを説明していました。https://youtu.be/bdDWE8N6iyg?t=155私が>亨進氏の主張に迎合するあなたが、まず理解できていない事は、亨進氏が四大心情圏の第一番目の「子女の心情」からつまづいたことでした。と書いたものでした。サンクチュアリ教会には「真の父母」不在の中、第一番目からありません。四大心情圏は人間の成長過程であり、梯子の最初から踏み外していては「父母の心情」まで到達することすらできません。さらに加えては、亨進氏の相対者リヨナさんはどうなのですか?「天の父母様」からのアダムとエバが双子だったと同じように、真の父母様も23歳の違いはあっても「絶対信仰・絶対愛・絶対服従」の真の父母の伝統的条例を完成した「二人の人が一つの血統の母体である一人の人として」(2012.04.14、天和宮での特別宣布式から)立たれています。よって家庭連合の祝福家庭の夫も妻も「真の父母様」と呼びます。夫婦ともに父母が一つです。この父母から生まれる息子・娘も「真の父母様」、二世・三世が祝福結婚しても「真の父母様」「真の父母様」です。その真の父母様はどこから出発したというのですか。話を最初に戻しましょう。「天の父母様」です。サンクチュアリ教会には「真の父母様」の血統がありません。つながっていません。「夜昼の神様論」をいくらこね回したところで、亨進氏とリヨナさんの血統は別々です。人間始祖の堕落そのままにリヨナさん(女性)が血統を汚してしまいました。サンクチュアリ教会がそれです。「天の父母様」「真の父母様」を知らない「孤児」です。孤児の集まる「孤児院」です。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ 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2020.04.11
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ここ最近ブログ村では、「真の父母様不一致説」が再び頭をもたげてきているようです。ために、「2011年末「真の父母様と真の神様が一体完成した」--真の父母様」(2019.06.07)にてお父様のみ言から再確認をしておきたいと思います。【関連記事】cocoaさんもコスモスさんも女性でしょ!!--『祝福式』の裏も分からず、の堕落エバか?(2018.04.16)[PeaceTV] 金栄輝先生、2013年11月9日ラスベガススピーチ(2019.06.07)シムソン(恣意存)氏から持ち出してこられた「[PeaceTV] 金栄輝先生、2013年11月9日ラスベガススピーチ 」の映像、彼は当然見られたことと思う。これまでの彼自身の恣意的見解でブログ記事全体、私tomy4509からの間違いの指摘に加えて、金栄輝先生の強烈なストレートパンチ。1960年の「聖婚式」から始まったお父様とお母様の一体化の摂理も、1960年から7年路程が始まります最初の7年路程でお父様がお母様に言われました「あなたはお父様に完全に服従しなければならずお父様と完全に一つにならなければならない」これがお父様がお母様に指示された内容です…(省略)…お父様は2010年から2012年まで同じ演説文を使用しました多くの集会が挙行されましたがみ言を語られる度この演説文を使用されましたこれから天地人真の父母定着実体み言宣布大会について説明いたします大会の名前でしたこの演説文を使用しこの大会を開催されました3年間この大会をされましたまた韓国におられる時は毎朝訓読会をしました訓読会をする度この演説文を読みましたどうしてだと思いますか?その理由を知っていますか?お父様はすでに内容についてよくご存知ですお父様がそうされるのは読む為でなく自分の心を投入し精誠を投入するためそうされたのですこの様な目的を成す為そうされました毎朝この演説文を読みました神様と一体を成す事は容易い事ではありません私達は普通親と子は一つにならなければならないと言いますしかし父母様の体と心は別々です一体はしませんでした父母と子女の統一は体の統一でなく心情の統一を意味しますしかし真の父母様の場合は心情と体の一体を意味しました即ち心情一体だけでなく分離した肉体と一つにならなければならないのですこれが違うのですこうしてアダムの霊体が神様の霊体になりますエバの霊体が神様の霊体になります今までお父様とお母様は神様と真の父母様の間でこのような環境状況を作らなければなりませんでした容易だったでしょうか?とても難しい事ですしかしお父様は遂に2011年末成功する事ができましたここで私はお見せするものがありますお父様は既存の演説文以外に別のページを作りましたこれは74ページですこれは既存の演説文に含まれていませんここに書かれた内容は摂理の最終目的が成されたと書かれています摂理の最終目的は成されましたお父様は摂理の最終目的は成されたと語られました……その次の75ページにまた他の字がありますここは別の日にちが記されていますお父様は『天一国最大勝利記念日宣布』と書かれました天一国最大勝利記念日をこの日に宣布されましたお父様は永遠な勝利を完成されたと記録されました永遠なる勝利の記録が完成されました完成 完結の中完了されました アジュここに書かれてあるのは真の父母様と真の神様が一体完成をしたとありますお父様がそう書かれましたこれはお父様最後の目的でした『神様が完成 完結 完了されましたアジュ』2011年には父母様の署名入りで「『1番完成』『2番完結』『3番完了できた』と書かれ」ていた。もはや、父母様が一体であることを支流人らは否定することは出来ない。今後そのようなことを繰り返されるとするならば、それは「サタンの業」以外の何ものでもない。さらには2012年4月14日、「天和宮での特別宣布式」も見逃すことは出来ない。以下、『トゥデイズ・ワールド・ジャパン(TWJ、2012年天暦4月号)』から。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.04.09
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真の父母様宣布文サイトからの新着です。【映像】お父様の神観とサンクチュアリの神観の相違(21分)赤石僚講師による「お父様の神観とサンクチュアリの神観の相違」の映像(21分)です。映像からは「お父様の神観とサンクチュアリの神観の相違」について、原理講論や八大教材教本などのみ言を引用しながらその相違点と間違いについて語られていました。「真の父母様」とサンクチュアリ教会の「二代王」、皆さんはどちらを選択されますか?サンクチュアリ教会や亨進氏等の発言を見ても過去と現在での食い違いも確認していました。私たちは、真に何を信じればよいか、自ずとわかるはずです。良心がありますから。また、元光言社職員・中村仁史氏ビデオについても新着ニュース(2020.04.07)がありました。これについては一部私の記事にても書いていたものでした。2020.4.7 「平然と〝虚偽の主張〟をかたり続ける中村仁史氏の悪意」を掲載しました。 サンクチュアリ教会の中村仁史氏(元・光言社の翻訳担当)は、2020年1月26日の1回目の礼拝説教で、〝天一国経典『天聖経』のみ言索引を削除した〟と述べ、その目的は「マルスム選集と切るためです。善霊の流れを切るため」と批判しました。 それに対し教理研究院は、同年3月20日に「真の父母様宣布文サイト」で、マルスム選集の索引をまとめた『別冊』があることを指摘し、み言索引を削除したというのは〝虚偽の主張〟であることを明らかにしました。天一国経典『天聖經』には「マルスム選集からの索引をまとめた『別冊』があること自体、み言がどこからの引用なのかを隠そうとする意図が全くない」のであり、中村仁史氏の「マルスム選集と切るためです」との〝虚偽の主張〟に反論しました。 ところが、なおも中村仁史氏は同年3月22日の説教で、「『天聖経』の出典を削除した目的は、私たちの原理観と摂理観を狂わせることにある」と述べています。これは極めて悪質です。このように、平然と〝虚偽の主張〟をかたり続ける中村仁史氏ですが、彼の言説の誤りに対し、すでに教理研究院は2度にわたって反論してきました。<続きはこちらから>私の過去記事からは:再臨主は行かれたように来られる――〝罪人の立場〟で逝かれたイエス「真の父母経」、「天聖経」にしても本文から省いてみ言に集中できるように配慮されているように思います。別冊にて「み言原文出典一覧」が添付されていました。元「光言社」職員さんの証言--鹿を追う者は「山」を見ず元「光言社」職員さんの証言--「天福函(八大教材教本)」と「契約の箱」2008年4月、H4世界会長就任式をもう一度思い起こしていただきたい。宗教一般を見れば、尊貴な存在に対して(堕落)人間は直接に連結されることが出来ない。故に、万物を仲保としながらその関係を持ってきた。そういった中、キリスト教ではイエス様が仲保者(橋渡し役)としてきた。統一教会の草創期の祈祷も「主(イエス・キリスト)の御名によってお祈り申し上げました。アーメン」であったが、いつしか「真の御父母様の御名によって」、そして、「祝福中心家庭○○によって」と変遷してきたのだが。この就任式では八大教材教本を介してのものであった。以下はその祝祷からだが、ふたりの息子、娘が真の父母の代身として相続する権限を教えてあげることが、簡単ではないことを知っている真の父母です。……としながらも、教本を介して懇切なる願いを託した瞬間であったはずだ。そして、「天福函」はその教本を入れる函であり、上記『八大教材・教本』(2012年1月23日発行)の冒頭でH4は『序にかえて/「天福函」相続の意味』で、歴史的に見ると、旧約時代のモーセを中心とする摂理において、摂理的中心人物たちが責任を果たせずに不信に陥ると、神様の摂理の不変性と永遠性を象徴し、そして、象徴的に神様に侍り得る契約の箱を、モーセに下さるようになりました。それは、民族的指導者ヨシュアに相続され、そして、そのみ言葉は、十二支派の中のレビ支派、つまり祭司長の一族を通して相続され、旧約聖書として残るようになりました。新約時代に至ると、…と、天福函は契約の箱とも相通じるものがあると書いていたが、もしも摂理的中心人物が不信した場合はそれを信じる群れが相続していくようになる。この八大教材教本には「独生子」×「独生女」=「真の父母様」についてを教えるものであったことは言うまでもない。H4の場合はどうであっただろうか? 上手くそれを相続したといえるかだ。残念ながら……。似て非なるみ言葉を語っているのがH4である。お父様が語られていた元祖「独生女」を否定しては、その相続者とは言えない。また、お父様も否定していた「六マリヤ」を持ち出しては、父母様を「淫乱の教祖だ」と罵倒しては「失敗者の烙印」まで押されていた。サンクの方々はそれを耳にしているだろう!!サンク教会などとは名ばかりの「張りぼてのトラ」でしかない。防衛だ、自衛だと銃で身構えては中身の空洞を見られまいとしているのが本当の理由だ。元「光言社」職員さんの証言--中村仁史氏は「真の父母様」を取るのか? 亨進氏か?李妍雅(이연아)様:真のお父様を愛するなら真のお母様を愛しなさい藪からヘビ、「二枚舌」中村仁史氏は信用できない!!ほか、「真の父母様宣布文サイト」からです。「神は天の父母様である」ことを否定する中村仁史氏の言説の誤り真のお母様および家庭連合を貶めようとする中村仁史氏の悪意一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.04.07
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TWJ 2010.8月号からのお父様のみ言です。これのどこから神様本体は「夜の神様(男性格)」といった結論が出てくるのですか?「夜の神様を中心として皆さんの心を代身し、昼の神様を中心として体を代身し、カインとアベルが一つとなり……」シムソン氏、お父様のみ言のひとつひとつを確認されての「夜昼の神様論」ですか?私が.お父様のみ言「夜の神様、昼の神様」を列記していかなければならないでしょうか。シムソン氏、あなたがお父様のみ言『神様本体は「夜の神様(男性格)」である』を提示されるべきでしょう。でなければ、あなたの妄想から「夜昼の神様論」を書かれているに過ぎません。世を惑わす「ヘビ」です。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.04.06
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シムソン氏の「夜昼の神様論」がお父様のみ言から来ているといった確証もないままにその論理が展開されています。自称ルポライタイーtomy4509は当然のことながら、お父様のみ言から「夜昼の神様」を検証していたことは言うまでもありません。月刊誌『TWJ』2010.7月号、「清平特別修練会第千回大役事記念礼拝」のみ言(2010.05.01)の冒頭から「夜昼の神様」が出ていました。 皆さんは知っていますが、神様の中には、夜の神様もいて、昼の神様もいます。おふたりの神様ではありません。「夜昼」の神様だということを(人々は)知らないのです。…… そのように理解して、きょう万王の王の中のお一人の王を、先祖の中のお一人しかいない根本の先祖を……。そのお二人がお一人になり、夜の神様、昼の神様。夜に創造していた創造を、昼の神様の代わりに創造するだけであって、そのもとの神様が変わったのではありません。代わりに立てたのです。私は、神様の代わりに働いています。 このわずか数行ではなく、たった1行でシムソン氏の「夜昼の神様論」は吹っ飛んでしまいました。神様本体が「夜の神様(男性格)」と規定しているシムソン氏の「夜昼の神様論」は、『サヨウナラ』です。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.04.05
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先ずは、「夜昼の神様論」を書かれているシムソン氏には、それが誰からのものなのかについての質問をしていましたが、まだはっきりとした回答がありません。彼自身の独善的な考えとしてなのか、あるいは、サンクチュアリ教会の教理としてなのかです。「夜昼の神様論」は「二性性相」を否定したものであり、原理講論とは真っ向からに違いがあります。彼はそれがあたかも「新しい真理」であるかのように語っています。私からは「夜昼の神様論」に関しては、お父様のみ言からの引用とかで亨進氏のメッセージまでの確認まではしていましたが、お父様み言直接ではありませんので、亨進氏メッセージからの「夜昼の神様論」は保留状態でした。その一方ではムンフンスク様が違った観点からのメッセージがあり、私自身も同調を表明していたものでした。詳しくは「再検討を要するシムソン氏の「夜昼の神様論」(2020.03.16)に記述しています。したがって、サンクチュアリ教会の教理としてなのか、あるいは、シムソン氏の独善的な理論でしかないのかについてのものでした。これによって読者の皆様の捉え方も大きく違ってくるように思います。彼はまた、李相憲先生の「統一思想」からの引用まで引き出してきては、サンクチュアリ教会の「統一思想」まで書く勢いを見せています。果たして、これまでの原理講論を改変しての「夜昼の神様論」が正しいのかどうかについての確証もないままにそれを受け入れるべきであるかどうかです。前置きが長くなりましたが、本論です。シムソン氏記事「韓鶴子氏が家庭連合を神様から略奪して築いている父母観と男性像女性像を崩壊させます!」(2020/04/04)からは、なおもtomy4509が提示した『ファミリー』2005.1月号のP.22のみ言を引用しては「盲人と象」の喩え話です。私が提示していたファミリーの引用文(P.22)は「シムソン氏へ」(2020.03.11)からでした。ところが、「キリスト教の「天のお父様」VS 家庭連合の「天の父母様」」(2020.03.16、以下)では同『ファミリー』のP.20の引用を付記していたことを忘れているのではないでしょうか?引用開始シムソン氏、あなたは『ファミリー』2005.1月号をお持ちではないでしょう。ですから、私が提供した情報からしか判断することは出来ませんし、「私無存」からではなく「恣意存」で書かれています。『ファミリー』2005.1月号P.20からの引用です。 父子関係は宿命的なもの 最近は、仏教の人たちは、「因縁」を語るでしょう? 男性の前には女性が、女性の前には男性が最も因縁が近いのか、男性同士であれば、父子の関係の因縁が近いのか、その次に、男性同士の兄弟関係の因縁が近いのでしょうか? その順序が異なれば困るのです。どれが最初に立っていなければなりませんか?(「父子関係です。」)父子の因縁が関係して、父子関係を分けるこはできないので、「関係」と言うのです。「因縁」から一段階、発展したものが「関係」です。……このことからtomy4509が次のことを書いていました。『神様を「天のお父様」と呼ぶとき「神様は、お父様であると同時に、お兄様です。どれほど近いですか?」と問うていました。キリスト教では「天のお父様」と呼んできましたが、「兄弟関係」止まりだと語られていたものでした。それ以上に近いのが「父子関係」だというのがお父様のみ言です。ために、男性的な心と女性的な心を通して関係を結ぶようになり、「天のお父様」と天の息子・娘が生じてくる、ということです。』以前には、天のお父様に弟(天使長ルーシェル)がいたという訓読会での文鮮明総裁のみ言を伝えたはずです。兄弟関係が最も近しい関係だとすれば、愛の神様は天使世界(無形実体世界)の創造で大満足され、それ以上は必要なかったと思いますが。ところが何故? 人間アダムとエバを創造されたというのでしょうか。引用終わりシムソン氏記事(上記)からは特には、赤字部分を強調しては男女の相対関係として捉えようとしていました。ところが、P.20からは「男性同士であれば」と男性間での話を展開していたものでした。したがって、ですから、息子を中心として見るとき、神様はお父様であると同時にお兄様にもなり、(神様は)わたしの女性世界の相対圏を助けてくれる夫となる相対的(形象的実体女性)条件を持っているのです。その相対的条件が、わたしと(直接)関係を結ぶのは難しいので、アダムのあばら骨からエバを抜き出したのです。分かりますか?(神様の)二性性相の形象的実体女性分野を中心として抜き出し、アダムと同じ形の主体対象関係なのです。エバには、(アダムは)性相的プラス内容があるので、自然に連結させる関係が結ばれるようになっています。因縁において関係が結ばれるように、男性と女性になっているのです。と書き足せば文意がより明確になると思います。このように見れば、原理講論とも矛盾することなくスッキリとしました。シムソン氏記事は続けては「統一思想 第1章原相論」からも引用文を挙げています(以下一部)。ところが、この引用の前文には以下が前提として書かれていました。 原相における性相と形状および陽性と陰性の関係を正確に知るためには、人間における実体としての性相と形状、そしてその属性としての陽性と陰性の関係を調べればいいのです。 性相(心)の知情意の機能にもそれぞれ属性としての陽性と陰性があります。例えば知的機能には明晰、判明などの陽的な面と、模糊、混同などの陰的な面があり、情的機能には愉快、喜びなどの陽的な面と不快、悲しみなどの陰的な面があります。意的機能にも積極的、創造的などの陽的な面と、消極的、保守的などの陰的な面があります。そして形状(肉身)においても陽的な面(隆起部、突出部)と陰的な面(陥没部、孔穴部)があるのは言うまでもありません。 ここで明らかにしておきたいのは、ここに示したのは人間の場合にのみいえることなのです。神様は心情を中心とした原因的存在であって、創造前の神様の性相と形状において、属(性である陽性と陰性は、ただ調和的な変化を起こす可能性とし)てのみ存在しているだけでした。そして創造が始まれば、その可能性としての陽性と陰性が表面化され、知情意の機能に調和のある変化を起こし、形状にも調和的な変化をもたらすのです。(※グレー部分はPDF版で脱字で抜け落ちていたもの)つまりは、シムソン氏の統一思想からの引用「陽性・陰性と男性・女性の関係について」は、人間の場合を例に書かれていたものであって、神様そのものが該当するというものではありませんでした。シムソン氏も引用元を、ぜひ確認してください。だからといって、シムソン氏の引用元は、必ずしも信用できるものではありません。というのも、私の手元にある積読本『新版 統一思想要網』(2010年 第2版)をみれば、「表1-1」「表1-2」も存在していました。ほかの箇所からも省略(脱字?)されたものも見かけたりしました。以下もまた、シムソン氏記事からの引用からですが、ですから、夜の神様としての神様本体に、「無の暗闇の状態」の時から、「女性分野」及び「女性世界」があった訳では無いのです。愛に対して絶対服従したいと願った事から、自らを男性として、愛する対象を女性として、性別を構築する為に、陽性陰性を形象化及び実体化させるデザインが成されていくようになるのです。ですから女性とは、絶対服従したい愛し合う対象として、自らの陽性陰性の要素をもとにして構築した、対象としての性質を備えた陰性実体なのです。少しずつ、真のお父様のみ言の奥深さが、理解出来ていただければありがたいです。まだまだ序の口で、これからなのです。このみ言の中の、次の部分、「エバには、性相的プラス内容があるので」の「プラス内容」が何を言っているのかが分かると、理解は飛躍するのです。このように前文から考えれば、「形象的実体女性分野」「女性世界」は(無形の)神様自身について書いているものではなく、分かりやすく人間の場合を例にしたものでした。したがって、原理講論に記載された「神の二性性相」が新しい(?)「夜昼の神様論」によって神様本体が「夜の神様(男性格)」に改変されることは間違いであるということです。「エバには、(アダムは)性相的プラス内容があるので」であって、「エバには性相的プラス内容があるので」となれば、お父様は「二元論」を語っていたということになります。「句点」一つにも日本語の読解力が試される国語問題でした。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.04.04
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統一原理を思想的に体系化された故・李相憲先生が1978年7月に有識者の方々を対象に「統一思想」の講義されたものが連載されていました。『ファミリー』1979.10月号からは「統一思想・新しい価値観の樹立」と題してのもので、以下はそのごく一部です。これまで多くの哲学者や思想家が宇宙の起源について論じてきました。だけでなく、それらが「人生観」や「世界観」にも投影されてきたことの例を挙げておられました。そして、 とにかく宇宙の現象を観察して、そこから人間の価値観を発見するということは、正しい方法であるといえます。マルクスは目的を先に立てて、すべての自然現象の法則を、その目的に合うように合理化しましたが、やはり自然の法則がこうであるから、人間もこうであるといっています。自然の法則を先に立てて、それから人間がその法則道理にやらなければならない、という結論を出しているのです。古代ギリシア時代の哲学者がそうであり、東洋の哲学者もそうであり、現代ではマルクス主義もそうです。要するに人生観、価値観は、世界観と密接な関係があるのです。 そうであるならば、したがってここに新しい価値観を立てるのに、やはり、自然現象を観察することによってそれを成し得るのです。その方法が間違いでないということを説明しました。今日、科学者たちは、自然現象から人間の価値観を立てようとしません。かえって、科学者たちがそういう立場に立たされていますが、彼らは価値観にかかわろうとはしません。だからこそわれわれは、新しい立場で自然現象を観察して、そこから人間の価値観を導き出すのです。『原理講論・創造原理』冒頭からも 人間は長い歴史の期間にわたって、人生と宇宙に関する根本問題を解決するために苦悶してきた。けれども、今日に至るまで、この問題に対して納得のいく解答を我々に与えてくれた人はまだ一人もいない。それは本来、人間や宇宙がいかに創造されたかという究極の原理を知らなかったからである。さらに、我々にはもっと根本的な先決問題が残っている。それは、結果的な存在に関することではなく、原因的な存在に関する問題である。ゆえに、人生と宇宙に関する問題は、結局それを創造し給うた神が、いかなるお方かということを知らない限り解くことができないのである。創造原理はこのような根本的な問題を、広範囲にわたって扱っている。「人生と宇宙に関する問題は、結局それを創造し給うた神が、いかなるお方かということを知らない限り解くことができないのである。」とも書かれています。「因果応報」という言葉もありますが、蒔いた種に応じて刈り入れもその実がなるというものです。コメを蒔いてはムギは収穫されないということです。さて、これまでもシムソン氏(亨進氏)の「夜昼の神様論」について書いてきました。彼曰く、神様本体は「夜の神様(男性格)」であり、その愛の対象として「昼の神様(女性)」を創造されたということらしいです。皆さん、考えてみてください。このような「夜昼の神様論」からどのような人生観、価値観、世界観が生まれてくるでしょうか?たぶん、男性中心の社会で女性の自由など許されない社会が生まれてくるでしょう。もちろん、結婚も男性が引っかけては気に食わなくなれば「ポイ」といった具合でしょう。それだけでなく、子供であっても母親まで取り換えられる社会形成がされていくのではないでしょうか?! サンクチュアリ教会にはすでにその先例があります。「鉄の杖」なるものも男性のあれを象徴したものです。下手をすれば女性はそれで撃たれても何も文句は言えないのではないかと思います。サンクチュアリ教会の女性の皆様、そのように考えたことはありませんか?今日は「4月1日」です。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.04.01
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今日は『ファミリー』1989.1月号、「神のみ旨を中心とする宗教圏の統一」【1988年10月14日(興南出監記念日)、ソウル本部教会】からの一部のみ言を掲載します。 宇宙の根本は父子の関係 では、神様に必要なものはいったい何でしょうか。それが問題なのです。神様に必要なものは食べ物ではありません。もし皆さん霊界に行けば、そこで愛に酔って憧憬するものは、すべて直角になる世界です。何の話か分かりますか。愛に酔って皆さんが要求するものは、すべて直角に現れるというのです。他のお金の力でも動きません。知識でも動きません。権力をもってしても動きません。ですから愛に同和することにおいて、四方八方に対応できる主体になれば、すべての世界は対象圏として現れてくるのです。自身が愛の対象圏になれば、すべてが主体として作用するのです。ここで「パーン!」という音がすれば、あちらではさらに大きく「パーン!!」と鳴るのです。そして大きく「パーン/・」と鳴ったら、次には小さく「パン」と鳴るのです。いったん上がったものは、それ以上に上がれば飛んでしまうので、再び下がらなければなりません。すべて和音にならなければなりません。そこでは神様も笑うでしょうか。誰が神様を見たことがありますか。神様にも目、鼻、ロ、耳、体があるでしょうか。その点では既成教会の信者たちはでたらめです。神様に目があることも知らないのです。「神様の目を見ましたか?」と尋ねても、誰も分からないというのです。「神様に鼻や、口や、耳がありますか?」「神様は誰に似ていますか?」。「神様は神様に似ているのです」。いったいそんな答がどこにありますか。 神様は誰に似ているかというと、息子や娘に似ているというのです。ですから神は人格的なのです。人格的な神は、私たちに対して人格的最高の基準を要求しているのです。世の中には法度があり、また礼法があり、高低の均衡を取るようになっているのです。それに従っていけない人は脱落するのです。ですから先生は霊界のことをたくさん知っていても、そのことについての話はしないのです。もし先生が霊界の話をすれば、気が狂っておかしくなる人も多く出ます。婦人たちも自分の夫に対し、「なぜあのように生き長らえているのか、早く天国にでもいけばいいのに。先生がお話される天国はいい所だから早く行けばいいのに……」と思うのです。それでは天国には行けません。妻はまず夫を教育して愛さなければなりません。このような話をすれば時間が早くたちますね。もう何時になりましたか。 神様が好きな色とは何でしょうか。神様は白が好きでしょうか、赤が好きでしょうか、黄色が好きでしょうか? (白です)。なぜ白ですか。白は聖い色ではありません。七つの色を混ぜ合わせたものです。プリズムを通して見れば、白は七つの色でできています。それらがすべて調和されるので、きれいに見えるのです。本当はきれいではありません。神様が好きなものとは何かというと、先生が神様に会って質問したことがあります。「神様、宇宙の根本は何ですか? 世界の全人類は、宇宙の根本が何であるかを知りたいのです。そのために祈祷や、いろんなことを行っているのです」と。それに対する神様の答えは簡単です。宇宙の根本は父子の関係だというのです。そこで単純に考える人は、「父と子のいる関係が宇宙の根本なのだ」と思うでしょう。どうですか? 父母と息子といれば、それが宇宙の根本になるのでしょうか。父子の関係というのは、父母の関係でもなく、子女の関係でもありません。父子の関係というのは、永遠に切り離そうとしても切り離すことのできない、絶対的に一つになった関係をいうのです。それには何が必要かというと、真の愛なのです。文先生がそのような結論を出したのです。神様にお尋ねして、「神様こういうものではありませんか?」。「お前(文先生)はそれをどうして知ったのか。お前は私よりも優れている」と、神様は言われたのです。アーメン。 先生はキリスト教徒の群れに会って、その牧師にこのことを話した時、「アーメン、アーメン」と彼らは言うのです。先生が一番嫌いなのは、その「アーメン」です。それは詐欺師の使う桶のようなものです。魔術師も魔法を使う時、そのような桶を置くのです。そして間違えば「アーメン」と言うのです。「アーメン」というのは、すべてを成し得た後に使う言葉なのです。ですから神様が一度だけ「アーメン」と言えば完成であり、千年、万年も「アーメン」と言うことはないのです。父子の関係というのは、父母と息子関係でもなく、最高なる関係なのです。そして、そのような父子の関係を永遠に一つにする力が真の愛なのです。ですから神の真の愛は、一人で成就できません。今日のキリスト教信者は、「神は真の愛の主体であられ、多くの人々を迎え入れるのです」と言うのですが、それはとんでもない話です。神御自身も対象がいなければ、どんなに大切な愛も完成させることができないのです。 では、神は一人でしょうか、二人でしょうか? (二人です)。天のお父様と天のお母様という二人ではなく、神には二つの性稟が入っているのです。今答えた人は良心がありますか。ありませんか? 体がありますか、ありませんか? それら二つが合わさってあなたという一人の女性なのです。神の性稟は二つありますが、体は男性格主体となっているのです。では、男性格主体というのはいったい何でしょうか。女性格主体であればどんなにいいでしょうか。しかし女性格主体といった時には、別に男性格が存在しなければならないので二元論になってしまうのです。分かりましたか。二元論になってしまうというのです。神は永遠に一元論であられるために、男性、女性の中和体として、主体的な性稟をもった初めての男性形なのです。なぜ男性形かというと、男性は女性 を治めなければならない責任があるのです。後ろからでも、横からでも、上からでも、下からでも女性 を治めなければなりません。それで女性が、真の主体に出会った時、秒速三億メートルのスピードを持つ光の速力でもって、西側からぶつかっていっても、男性はグルッと数回回るだけで、それを収拾していくのです。何の話か分かりますか。回りながら収拾するのです。 ですから男性は女性を治めなければなりません。父母は子女を治めなければなりません。人々はみんなそれを願うのです。ですから神様は男性的主体なのです。その主体が好むのは何かというと、お金ではありません。皆さんがもし霊界に行けば、先生のこの話が正しいかどうか分かります。先生の話が間違っていれば、先生に抗議しなさい。もし霊界で先生に会えなくても、「文先生は本当に悪魔の魁首だから自分たちがいる天上の霊界にはいないのだ」と考えてはなりません。先生は最上の霊界にいるのです。昼は神様のおなかの中に人って眠るのです。世の中にそのような話をする人があるでしょうか。そのような話は、愛の世界においてのみ可能なのです。あなた方の中で、夫の心の中に人って眠りたくないという女性は手を挙げてみなさい。そのような女性は良くない女です。「あなたの真に愛する夫の心が宮殿のようであり、そこで手足を延ばしてグルグル回ったり、鼻歌を歌いながら、眠りに付きたいと思う女性は手を挙げなさい」と言えば、みんなが手を挙げるのですね。 夫の心の中に人り込んで、ゴロゴロと回っている女性は幸せ者です。その愛は、そこから出たくなくて、誰が何を言ってもも千年、万年共に生きたいというのです。おなかが空いてきましたね。説教の途中なのになぜ「おなかが空いた」と言うのかというと、先生は皆さんのおなかが空いたことが分かるからです。朝食は食べましたか? (食べていません)。 先生もおなかが空きました。きょうはこれぐらいにしましょう。このような話を始めれば、十時間、百時間でも終わりません。先生がアメリカヘ行って立てた最高記録は十六時間半、立ったままで説教したことです。それほどよく話をする先生なのです。 真の愛による同位権、同参権、相続権、所有権 さて、先ほどの話ですが、世界の統一は、絶対的な神のみ旨を中心として行うのです。問題はそのみ旨が何に根拠をおいているかということです。み旨の根拠は何かというと、それは手段でもなく、お金でもなく、知識でもなく、真の愛の根でなければなりません。 真の愛の色は赤でしょうか、黄色でしょうか。どうですか? (分かりません)。「知らない」と言ってはいけません。「調和という内容をもっているので分かりません・」と答えなければなりません。 ……全体では60ページほどですが、引用は5ページほどです。今回のお父様のみ言からもハッキリしました。シムソン氏曰く、神様本体が「夜の神様(男性格のみ)」は二元論であると、お父様のみ言でした。このように、シムソン氏(亨進氏)の「夜昼の神様論」が間違いであったことが判明しました。彼の続編は、もはや、あり得ません。同じ過ちを繰り返すとなれば、「悪魔の書」です。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.03.29
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前回記事(2020.03.28)を読み直して気付いた点がありましたので「追記」しておきます。シャボン玉さんの誤訳の一文ですが、誤訳であってもシムソン氏の「夜昼の神様論」を覆す実に素晴らしいものであったことに気付きました(以下)。https://simuson.muragon.com/entry/264.html#commentForm昼の神様があらわれる時、夜の神様の創造目的が完成される。昼の神様が神様の創造理想として願われた真の父母だ。真の父母の思想は創造以前から存在し夜の神様は目に見えない創造主であり、昼の神様は目に見える創造主である。夜の神様は内的な創造主であり、昼の神様は外的な創造主だ。アダムとエバが完成すれば見える昼の神様となる。アダムとエバが完成すれば見える創造主となり、外的な創造主となる。見える創造主と外的な創造主が昼の神様である。(1998.11.20)もっとありますが、これらのみ言はハングルからシャボン玉さんが訳したものです。日本語訳にはなっていないでしょう。上記の「昼の神様」、これを「真の父母」と置き換えてみましょう。昼の神様(真の父母)があらわれる時、夜の神様の創造目的が完成される。昼の神様(真の父母)が神様の創造理想として願われた真の父母だ。真の父母の思想は創造以前から存在し夜の神様は目に見えない創造主(心)であり、昼の神様(真の父母)は目に見える創造主(体)である。夜の神様は内的な創造主であり、昼の神様(真の父母)は外的な創造主だ。アダムとエバが完成すれば見える昼の神様(真の父母)となる。アダムとエバが完成すれば見える創造主となり、外的な創造主となる。見える創造主と外的な創造主が昼の神様(真の父母)である。少し読みづらいですが、シムソン氏の「夜昼の神様論」も引っ繰り返ってしまいました。私の「夜昼の神様論」、「上弦・下弦の神様」とも通じてきます。原理講論とも合致してくるでしょう。これまでブログ記事で引用文として掲載してきた真の父母様のみ言は、ここ2.3年で引っ張り出してきた『ファミリー』20冊ほどのパラパラ読みからのものでした(以下フォト)。このわずか20冊でもってシムソン氏に「神様のオッパイ」のみ言などしては、「盲人と象」の喩えを話してきました。それでもあなたは私に対してはこの程度の理解では、神様の誕生についても成長についても理解する基礎ができません。それを相手にする論争とは、不毛なやりとりに過ぎません。と、あなた(亨進氏)の「夜昼の神様論」を曲げようともせずに、私への説教ですか。考えてもみてください。『ファミリー』は月1回の発行で年に12冊、10年で120冊です。30年では360冊になります。シムソン氏はどれだけの『ファミリー』をお持ちですか?それらほとんどは「積読本」でしたが、調べ物で引っ張り出してきた一部に過ぎません。わたしもまだまだ「盲人」ですが、シムソン氏、あなたよりは少し広い範囲が見えていることは理解していただきたいですね。とうごま氏の「元光言社職員さんのビデオ」では、原理講論やお父様のみ言との「整合性」についての提起をしていました。シムソン氏には、『あなたの「夜昼の神様論」はその整合性についてはどうなのですか?』と私から問うていたものでした。果たして、どうなのですか?!読者の方々は、薄々気付き始めているのではないでしょうか。シムソン氏(亨進氏)の「夜昼の神様論」ですが、もう一度白紙に戻されて考えられることをお勧めします。そうでなければ「盲人が盲人の手引きをすると?(マタイ伝から)」でほかの方々も穴に落ちてしまいます。それからでは遅いでしょう。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.03.29
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シムソン氏記事(2020/03/27)コメント欄から:シムソン id:simuson >tomy4509さんあなたが夜の神様と昼の神様の関係性について、解説した内容がこれでした。>夜昼の神様、「心と体」「無形実体世界と有形実体世界」でしょう。<この程度の理解では、神様の誕生についても成長についても理解する基礎ができません。それを相手にする論争とは、不毛なやりとりに過ぎません。夜の神様は神様本体で永遠普遍に存在する実体があります。その実体は心情を根本として、知情意による愛の活動を為されています。昼の神様は、その夜の神様の愛の活動を、具体的に遂行して創造の御業を為す手足であり、身体の役割をします。その意味で、「心と体」の関係と言えるでしょう。しかし、昼の神様という存在は実体ではありません。創造原理がプログラムされ、神様の心情に従って活動するエネルギーです。ですから、エネルギーが万有原力として、被造世界の万物を造り上げて行きます。その働きの結実として、初めて昼の神様は、真の父・真の母として地上に結実するのです。従って、生まれた時から生心に神様本体が臨在する真の父となるアダムは、蕩減復帰すれば原罪の無い元の姿に帰れるのです。神様本体という原形となる実体があるからです。ところが完成して真の母となり、昼の神様の実体と成るはずのエバには、蕩減復帰しても帰るべき元の姿が無いのです。つまり、エバの蕩減復帰とは、地上界に罪ある立場で生まれ、地上で蕩減復帰するしか、無原罪の位置に帰ることはできないのです。アダムには神様本体、夜の神様という原形がありますが、エバは地上に創造された実体として初めて出現するものだからです。きっと、ここに記述した意味は、あなたの思考回路からすれば意味が分からないでしょう。でも、理解できる方々がいるのです。聖霊と相対している方々です。「神様を真の父母として奉る」という事は、夜の神様と昼の神様を一つとして解説しているのです。まだ、真のお父様が夜の神様・昼の神様を明確に分けていない時代の事です。なぜ、聖和の間近になって語られたかと言えば、神様が天のお父様であることを決定付けるためです。韓鶴子氏を通してサタンに奪われた家庭連合を、サタン分立し、全食口を羊と山羊に分けるためです。先ずは何度もお伺いしますが、シャボン玉さんの以下の誤訳「夜昼の神様」はどうなのですか?https://simuson.muragon.com/entry/264.html#commentForm昼の神様があらわれる時、夜の神様の創造目的が完成される。昼の神様が神様の創造理想として願われた真の父母だ。真の父母の思想は創造以前から存在し夜の神様は目に見えない創造主であり、昼の神様は目に見える創造主である。夜の神様は内的な創造主であり、昼の神様は外的な創造主だ。アダムとエバが完成すれば見える昼の神様となる。アダムとエバが完成すれば見える創造主となり、外的な創造主となる。見える創造主と外的な創造主が昼の神様である。(1998.11.20)もっとありますが、これらのみ言はハングルからシャボン玉さんが訳したものです。日本語訳にはなっていないでしょう。文鮮明先生み言葉選集297巻の原文を見ましたが、1998.11.20のみ言(P.272~)からは「夜昼の神様」の訳は出てきませんでした。「昼の神様」の1件のヒットは同巻の1998.12.22のみ言(P.300)でした。http://cafe.daum.net/rainbowKINGDOM/HjjW/324「夜の世界の王を受け止めて昼の神様をこの地上で夜の世界まで…」(google翻訳から)シムソン氏がシャボン玉さんの誤訳をそのままに容認されるともなれば、「み言改ざん」についても言及していかなければならないでしょう。さて、亨進氏メッセージにあるお父様が語られたというみ言(?)は、私自身確認が取れず保留の状態です。一方、シムソン氏の「夜昼の神様論」は亨進氏のそれを展開したもので、これもお父様直接のものではないと思います。となれば、お父様直接のみ言を探すか、ほかのみ言から類推していくしかありません。その一つが、ムンフンスク様の愛勝日でのメッセージでした。無形の神様(心)と創造理想を完成した第二の心(体)であるアダム・エバ(被造世界)です。堕落がなかったならば、夜昼の神様には分かれていなかったというのが、お父様の別のみ言です(『TWJ』から)。神様本体を分かれた「夜の神様(男性格)」と規定するシムソン氏のそれとは全く違った意見です。上弦・下弦の話もしていたでしょう。弦の心(属性の陽陰)と弦の体(属性の陽陰)が90度でかみ合えば円形になります。また、右弦・左弦とも言われていました。男性(心と体)は主体ですが、神様の半分でしかなく、女性(心と体)も半分です。これも合わされば円形になります。創造理想を完成した「四位基台」が思い浮かぶはずです。その上弦・下弦、右弦・左弦をつなぎ合わせるのが人間であったというのが創造原理に書かれた「人間を中心とする無形実体世界と有形実体世界」ということでした。ところが、『TWJ』からは「夜昼の神様が分かれて闘っている」というみ言ですが、心と体が闘い、男性と女性が闘っているというのです。このように、かみ合っていない心と体、男性と女性が分かれたのが「夜昼の神様」ということだと思います。もちろん、「「神様が昼にいらっしゃるとすれば……」(2001年4月18日のみ言から)」というお父様のみ言がありますように、創世記からの「夕となり、また朝となった。第一日である。」を考えれば、夜はまだ間接主管圏(復帰摂理途上)のそれであり、夜昼の神様は未完成のままに分かれた天宙を比喩していたのではないでしょうか。シムソン氏(亨進氏)の「夜昼の神様論」を見れば、神様本体が「夜の神様(男性格のみ)」ともなれば、性形・陽陰の二性性相の中和体としての神様の説明がつきません。その神様の似姿として創造された被造世界、人間も男性格のみということになります。真の愛ゆえに対象として女性を創造されたの主張も、創世記からはアダムのあばら骨を取ってエバを創造されたのであり聖書の記述とも矛盾します。シムソン氏(亨進氏)が神様の男性格を強調する背景には、既存の価値観を継続していこうというものであり、男性上位社会では決して「平和」は訪れないことをお父様も見抜いていました。よって、「世界平和女性連合」を創設されては、女性を平和の旗手として家庭から夫や子女の教育を推進して来られたということです。原理講論にはまた、一つの預言めいたことが書かれていました(P.265)。イエスは男性であられるので、天(陽)において、また聖霊は女性であられるので、地(陰)において、業(役事)をなさるのである。聖和されたお父様は天においてお母様は地において今、役事をされておられるということです。ほか、シムソン氏のコメントからいくつかの意見を書き添えておきます。従って、生まれた時から生心に神様本体が臨在する真の父となるアダムは、蕩減復帰すれば原罪の無い元の姿に帰れるのです。神様本体という原形となる実体があるからです。ところが完成して真の母となり、昼の神様の実体と成るはずのエバには、蕩減復帰しても帰るべき元の姿が無いのです。「生まれた時から生心に神様本体が臨在する真の父となるアダムは、蕩減復帰すれば原罪の無い元の姿に帰れるのです。」は「創造原理の絶対性と完全無欠性のために」(原理講論P.129)に反します。生まれた時から神様の主管を受けたアダムが堕落したとなれば、神様も無能な神様となって二度と立ち上がることもできません。次に、以下も明らかな間違いの延長上のものですが、アダムには神様本体、夜の神様という原形がありますが、エバは地上に創造された実体として初めて出現するものだからです。これを少し言葉を変えれば、2000年前に来られたイエス様と同じ使命を担当する代理使命者が蕩減復帰すれば、イエス様の勝利基盤を継承してその使命を完遂することが出来るということです。真のお父様が16歳のときにイエス様に会われてその使命を継承された、という論理も成立します。その一方でエバですが、イエス様の誕生と合わせてその相対となる「独生女」も準備されていたというのが、お父様のみ言です。高気圧が生ずれば、自ずと低気圧も生じてくるといった具合です。神様が二性性相の中和体ですから、アダム(男性格)が地上に現われれば、そのあばら骨を取ってエバを創造することも可能となります。アダムの時がそうでしたから、イエス様の時に、また、第三アダムに対しても神様が「独生女」を送られたとしても創造原理がそうなのですから、サタンは一言も文句を言えません。最後の(統一思想の)「神様を真の父母として奉る」という事は、夜の神様と昼の神様を一つとして解説しているのです。まだ、真のお父様が夜の神様・昼の神様を明確に分けていない時代の事です。なぜ、聖和の間近になって語られたかと言えば、神様が天のお父様であることを決定付けるためです。なおも男性格中心の「天のお父様」呼称に固執されますか。神様を「天の父母(様)」と紹介していたのは「原理原本」(1951年)のその時からというのも、「天の父母様と真の父母様 - アンドリュー・ウィルソン教授」のビデオ(PeaceTV、2016-04-18登録映像。映像はこちらから)でも語られていたものでした(以下は映像より)。このように矛盾した数々の指摘にも耳を貸さず、見ようともしないで無知蒙昧な「夜昼の神様論」であることを知るべきです。シムソン氏、黒・天聖経の『三日行事』の部分は読まれたのですか?私自身、2019年1月から1年ほどカテゴリー「サンクチュアリ教会」の隅に居所を構えてみました。『「虎穴に入らずんば虎子を得ず」で得たものは『張りぼてのトラ(孤児)』』、「スカートのすそ離したサンクの亨進氏は「孤児」」でした。救命ボートだとの騒ぎで、そこに乗り移られた方々も今では「羅針盤」もない豪華客船となって海洋を右往左往しているようにも見えます。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.03.28
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とうごま氏記事「連載「韓鶴子女史自叙伝」8・サタンの最終目的は「天の一人娘」による「主の路程」崩壊である!」他は、お母様の自叙伝に対してどのような論評を書かれるのかと思えば、これまでのとうごま氏が掲載してきた真のお母様や家庭連合組織への批判の繰り返しでしかなく、過去に挙げていた根拠のない過去資料も多くみられます。今回は、●はじめに家庭連合が着手した「原理講論(再臨論)」改編はサタンの所業であります。「真の母メシア論(天の一人娘)」に基づく、「主の路程」再編は、家庭連合による「反キリスト教団」公式表明に他なりません。実にサタンは巧妙と言わなければなりません!この「韓鶴子女史自叙伝」出版の目的は、家庭連合一般信徒が「原理講論(再臨論)」改編を受け入れるための「先兵(地ならし)」に他ならないのです!「原理講論」改変についてということですが、自叙伝にはもちろん書かれていないことだと思います。(残念ながら、私の手元に自叙伝はまだ届いていませんので未確認の状態です。)2014年7月1日・天正宮訓読会での真のお母様のみ言も挙げていました。この時のみ言映像はPeaceTVで視聴することが出来ますので、とうごま氏引用との比較をしておきます。PeaceTVからのそれに、とうごま氏の引用該当箇所を<赤字と取り消し線>で併記しました。 http://www.ipeacetv.com/vod/vod_view.asp?vId=4206&mId=A01&page=172014.07.01 月初めの訓読会 真のお母様のみ言父母様の真の子女として、男女の区別はありません。誰がより父母様と一つになっているかによって、中心者にもなりうるというのを示しているのです。神様は天地創造をされて、アダムとエバまで創られて「見るに善である」と言われました。お父様が真の子女に名前をつけられるには、意味があります。私は息子たちに3年の期間を与えました。世界宣教本部本部長に「文善進」を任命することについてお話しします。この娘が統一家の祝福家庭、1世の献身的な苦労を真剣に受け止めています。彼らはすべての面で、天が望まれる基準まで責任を全うできませんでした。しかし「彼らなりに厳しい時代に父母様に侍り、最善を尽くした」ということを認め、理解する娘です。「真の父母様の前に、真の家庭や1世や2世は皆子女ではありませんか。1世も子女なのです。真の子女を見れば年下で、1世は年上なので、私は兄として礼遇を致します。」という娘です。立場にこだわらず、為に生きる真の愛を実践するのだと努力する娘です。それでこの期間に私を手伝ってくれる本部長として任命致しました。異義はありませんね?もうすぐ聖和2周忌、今日から数えて42日残っているでしょうか?聖和2周忌の準備をしながら、皆様の心では何を考えていますか?皆様は真の父母を知っていますか?祝福家庭として、天が望む基準の前に立とうとすると、責任が伴い行く道が遠くなります。皆様はそれぞれ責任を引き受けたにしろ、引き受けてないにしろ、最善の努力を尽くしていますか?もう一度頭を下げ、天の前にその献身的な大いなる愛の前に、心と体が統一されたところで悔い改めなければなりません。再び心と体を浄化する必要があります。そう思いますか?だから私は今日を期してもう一度皆様を許そうと思います。今から2年前、私はすべての訴訟を下ろすよう言いました。皆様はどのようにしましたか?聖和2周忌を迎えて申し訳なくて恥ずかしいです。皆様は真の父母を知っていますか?特に真のお母様について知っていますか?アダムとエバの堕落の後、天は失った子供たちをただ待ってるわけにはいきませんでした。サタンの讒訴条件に引っかからない道を歩いて来られたのです。その路程がどれだけ大変で悲惨だったでしょうか?悪魔が王となっているサタンの世界では、天の位相がどうなりましたか?せめてもの善良な民族を選び、4千年も育ててこられた摂理歴史を、私たちは聖書を通して、原理を通してよく知ってますよね?独り子イエス・キリストを、サタンの讒訴条件から外れたところで誕生させるまで、天の苦労を知っていますか?その頃イスラエルの国が、イスラエル民族が、国を持つことができる独り子と一つになっていたなら、国を持ってローマを越え、世界へと進むことができました。真の父母になるべきでした。しかし責任を全うしなかったイスラエルの民、ユダヤ教、その当時住んでいた人々は、どうなりました?天が4千年ぶりに立てた独り子の場は残っています。「再び来る」と言われました。ところで「独り娘」はいるでしょうか、いないでしょうか?神様の創造は、アダムのみを創造しましたか?アダムとエバです。復帰摂理の歴史で「独り子」がいれば「独り娘」もいなければなりません。そのような摂理歴史がなかったでしょうか?ありました。私達は原理の中で、天が選択した中心人物が責任を果たせない時は場所を変えると学びました。イスラエルを通して独り娘を送ってはくれません。全知全能の神様は、失敗することができません。独り娘を育ててこられました。サタンがこの世の王になっているので、善なるサタン世界であるが、王族王権を通して探して来られます。それを皆様は知っておかなければなりません。ここに座った真のお母様は、6000年ぶりに誕生した独り娘だ! [アジュ!]説明することができます。証拠が揃っています。<ここに座っている真の母は、六千年ぶりに誕生した独生女だ。全て証拠がある。>私が生まれたとき、サタンが「お前が生まれる故に、私は死ぬことになる。だからお前を殺さなければないのだ」と私を殺そうとしました。天は韓民族を通して、この摂理歴史を6千年前から繰り広げられたことになります。なぜ大韓民国、「韓」という文字が登場するようになったのでしょうか?摂理歴史におけるアジアの所有者は、韓王朝です。東の民族です。私たち韓民族です。これを選別し育ててこられたということです。私の家系を通して天子を送ろうと言われたのです。皆様のうち聞いた人は知っている事でしょう。趙漢俊というお爺さんが、たった三銭が引っかかり天子の代わりに天女を送ると言われました。この話を知っていますか?これは伝説ではなく事実です。そうして韓国にキリスト教が入ってきて定着し約100年経つか経たないかの時ですその後、解放と共に平壌を中心とした霊的な運動が起こっていました。既成のキリスト教徒たちは雲に乗って来る再臨メシヤを待ちましたが、新イエス教、金聖道、許浩彬は、肉体を持って来るメシアを待ちました。そして準備しました。そこに名前があった李鎬斌牧師の主礼で、私が誕生した歴史があります。イスラエル民族を通して独り子を送るまで選別してきた摂理歴史があります。血統転換、私は母胎からです。<血統転換、私は母胎からだ。>皆様がこれを信じなければなりません。そのため私を中心とした3代は、平壌がエデン宮殿であると、そう信じていました。それは私が6歳の時です。ところが解放と共に北の情勢は、共産化がされていきました。38度線が引かれました。それでも主が来られるからと、信仰があるゆえ平壌を離れることができなかったのです。その時、お父様は啓示を受けて北側に行かれました。また私の母方の叔父が早稲田で薬学を学びました。故郷に戻ってこなければならない人が、南の韓国で軍隊に入ったという電報が来ました。祖母、洪順愛大母、私、3代が一人娘です。避難で南下してきたのでなく、母方の叔父に会いに南下してきたのでした。しかしこれがまた摂理ではないと言えないのは、許浩彬がお父様と同じく大同保安署に拘束されているとき、お父様は許浩彬が入ってきたことを知り「すべてを否定して出て行け」というメッセージを書いて渡したのですが、どうなったと聞きましたか?苦難を受けられたと聞きましたね?その許浩彬の母親は、自分の娘が刑務所に行ったので、すべての霊的な仕事を引き受けたあるお婆さんがいました。その人が私を呼んで祝祷をしました。その許浩彬の集団は、肉体を持ってくる再臨メシヤを迎えることができる実質的な準備をした団体でした。お父様がそこに行かれて、先に接触していたならばどうなっていたでしょうか?彼が私を祝福したことでしょう。ところが南下して38度線が引かれたため、北側に行くことはできませんでした。また2年後に朝鮮戦争が起きたでしょう。その時も私の人生は天の保護を受けました。それをいちいち説明することはできません。考えて見てください。日本が最後の戦争のために韓国のすべての鉄、金属、さらには法事に使う器まで、すべて供出して行きました。ところがその物品がなぜか私が生まれた庭に全部入ってくるかという事です。それをどのように説明しますか。お父様の歴史はそうです。イエスの顕現と共に、イエスの仕事を承継したその時その瞬間が、お父様は独り子の資格を持ったのです。わかりますか?それを知る必要があります。今まで2千年の歴史は、独り娘を探し求めてきた歴史です。<アボジの歴史は、イエス様の仕事を引き継いだその時、その瞬間がお父様は独生子の資格だ。分かったか。そのことを知らなければならない。これまでの2千年歴史は、独生女を探して来られた歴史だ。>この歴史的な秘密を私が明らかにしています。真の父母は、6000年という時を通し天が歯痒さを我慢しながら苦労してて見つけてきた、これ程にも苦労して見つけ出した独り娘です。皆様は私に出会ったので幸運です。<この歴史的な秘密を私が教えてあげた。真の家庭はこのような困難な中で、六千年の時間をかけて、天が心を焦がして探され苦労して探して来られた独生女を皆さんは知っていたか。知らなかっただろう。だから私でなければならないのだ。皆さんは私に出会えて幸運だ。>1960年度は、それこそ天と地が喜んだ日であり、万物が喜んだ日であり、神様が待ちに待ったその瞬間だったのに、現実はどうでしたか?天の王子王女なのに、最も低い位置から....だから神様の日が制定されるまでのお母様の苦労を皆さんは知っておくべきです。孝進、興進の二人の息子の勝利の基台の上に立てることができた日です。皆様は興進を愛さなければなりません。産む時もサタンが殺そうとしました。育ちながら作られた環境ではなく、この世はサタンの世界であり、さらに共産主義の脅威を受けるお父様を知っていたので、自分がお父様のために代わりに死の場にも行くと決心した息子です。このような子女たちがいなかったら、今日のこのような摂理歴史につながることができないものです。実際には歳も若かったけれど、20年以内に14人を生むことは容易ではありません。それも楽にじっとしていて産むわけでもなく、戦場のようなところに行きながら、それも4回も帝王切開手術をして出産したのです。この一つだけを見ても、皆様がお母様を崇め生きなければなりません。私がすべてをまとめました。今は皆様の責任が残りました。そこまで私がやってあげることはできないでしょう。皆様、氏族メシヤの責任を全うしなければならないでしょう。皆様だけが真の父母様の特恵圏の中にいてもいいですか?70億の人類はどうするのですか?真の子女に苦痛があっても、私は真の父母であるため、世界70億の人類を考えずにいることはできません。み旨は分かり知れないとしても、私を尊敬し高評する人が数日前に「お母様は非常に大変そうにしておられますが、全て忘れて楽に暮らされたら良いですね」と、このような言葉を伝えてきました。皆様は責任者ですが私の心をわかっていますか?そして皆様がもう一つ知っておくべきことは、この清平役事です。ここについてああだこうだ言わないで下さい。大母様の特別な権限です。ここは天が聖別し、選別して育ててきた独り娘の家門です。他の方々は、それはできません。大母様のみが行うことができることです。ここで肉体を借りて働いている訓母についてああだこうだ言わないで下さい。私が生きている限り、私がいる限り、皆様が心配するような恐れはありません。?<それから清平のことであれこれ言うな。大母様の特別権限だ。これは、天が聖別して育ててきた独生女の家系だ、分かったか。他の人たちは、お父様に近い人だとしても、これはできない。大母様だけができることだ。肉身を借りて働く訓母に対して、あれこれ言ってはいけない。分かったか。私が生きている限り、皆さんが心配することは何もない。分かったか>この時期は前後が一つにならなければなりません。心身統一から家庭・教会・氏族・民族、一つになる方向へ努力しなければなりません。教会は伝えないといけません。伝道しなければなりません。 すべての機関も同様です。何度言いましたか?分からないからそうなのです。「無知には完成がない」というお父様のみ言もあったように伝えなければなりません。この民族が責任を負わなければならないのです。責任を果たせる事ができるよう伝えなければなりません。今全世界的に起こっているすべての問題があります。真の父母様を知ると、方向をすべて変えることができます。私は数日前、アルプスの12の霊山を登って来ました。なぜそうしたか分かりますか?もう一度皆様を許し抱こうと思ったからです。お父様が言われましたよね?「一つの世界になると、裁判官、弁護士が必要ない世の中になる。」と。私たちがそのように作っていかなければなりません。何が優先であるかを皆様は今知っておくべきです。もう一つ私が発表するのは、来年聖和3周忌に平和賞を与えることになります。韓国協会は基元節の行事に全力投球し、世界の前に見本となって食口の倍加運動、伝道、すべての面で各機関と一体になり民族復帰、国家復帰のために全力投球すること!わかりましたか?来年の3周忌は世界宣教本部の主管で行います。わかりましたか?世界の大陸会長と総使、UPFすべての機関を動員して世界的に次元高く進めていきます。今、世界中の協会は、内的な実りを見込まなければなりません。中途半端ではいけません。色がはっきりしなければなりません。そのような点で、この40日の期間で足らなかった事は悔い改め反省し、残りの人生、何年残っているかわかりませんが、皆様が最善を尽くして、天が望む期待の栄光を報いたいという心と体で、私たちの教会にサタンが入ってくる隙間を与えてはなりません。一つにならなければなりません。様々な事を言ってはいけないのです。声を一つにしようということです。わかりましたか?ですからこの国と世界の前に見せなければなりません。生きておられる天の父母様、真の父母様の位相を立ててあげなければなりません。違いますか?私がいるときにしなければいけませんね。そうしないと皆様がこの時代を生きた人として、祝福家庭として子孫の前に恥じることはないのです。そのような体と心構えで、この40日を祈祷の精誠をつくす気持ちで、聖和2周期を迎え、新しい3周忌に向けて出発することとし、天の前に約束してください。わかりましたか?真のお母様が話された家系については、印刷物『真の御父母様の生涯路程 10』にもなったもの(お父様のみ言を含めて)があり、それからも確認が取れるものです。とうごま氏(サンクチュアリ教会)はそれを批判し否定することは出来ないはずです。【参考記事】真のお母様(韓鶴子総裁)の証し(2011.03.04)--天に保護され、導かれた道1977年5月3日お母様の証以下がその『韓鶴子女史 み言選集 愛の世界』の一文である。……17周年聖婚聖婚式でのお父様み言から一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.03.28
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シムソン氏記事(2020/03/25)コメント欄からです。盲人と像の話をいつまで続けられますか?数十ページの中から数ページを私が掲載したものを云々しているに過ぎません。ほかのファミリーみ言からも神様の性形・陽陰の二性性相についての検証と確認のみ言もUPしています。>tomy4509さんtomy4509さんが提示してくれたみ言から、理解を進めて解説しているわけではありません。これまでの記事でも書いているように、創造開始から天一国創建までの、神様と真のお父様による一貫した摂理的内容と真相はすでに与えられています。ただ、言葉として表現するのが不可能と言えるほど難しいのです。しかし、真のお父様は鍵となるみ言を、全て地上で語られています。私を批判する方々が、私が間違っていると提示してくるみ言の中に、逆に肯定し証明してくれる鍵が秘められています。これも、神様の御業だと思っています。>シムソンさん上記シムソン氏の>tomy4509さんが提示してくれたみ言から、理解を進めて解説しているわけではありません。>しかし、真のお父様は鍵となるみ言を、全て地上で語られています。私を批判する方々が、私が間違っていると提示してくるみ言の中に、逆に肯定し証明してくれる鍵が秘められています。これも、神様の御業だと思っています。ですが、結論を言えば「お父様のみ言」から理論を展開しているのではないと言われているようです。私からの原理講論やお父様のみ言ですが、「盲人と象」の譬えそのままによくも調べようともせずに・盲人が盲人の手引きをすると?(マタイ伝から)https://plaza.rakuten.co.jp/peace3world/diary/202003190000/-----原理講論や黒・天聖経などに書かれた「天の父母様」「独生女」を見ることが出来ない盲人がいます。その盲人がまた盲人の手引きをするならば、どうなると書かれていますか。「ふたりとも穴に落ちこむであろうと」。-----(引用終わり)です。「夜の神様」ではなく、『シムソン氏、「神様が昼にいらっしゃるとすれば……」』のお父様のみ言からはどうなのですか?https://plaza.rakuten.co.jp/peace3world/diary/202003260000/夜は夜なのですがあなたの「夜昼の神様論」とはまったく別物です。聖人もいれば聖子、サタンまでいては、糞尿の悪臭まであります。この一文も、また、「盲人と象」なのでしょうか?同じみ言からは、お父様とお母様の関係についても付記してあります。お母様がお父様のご健康を心配されて時間を気にしてのことなのでしょうが、以下も付記しておきました。「不平を言いながらも、ついて行くようになっているのです。赤ん坊は、泣きながらでもついて行けば、息子になるのです。たたかれたとしてもです。母親のスカートのすそをつかんで、えんえん拉きながらついて行けば息子になりますが、スカートのすそをつかまずに、つばを吐いて背を向ければ、離れていくのです。そのようなことを、皆さんは知りません。」泣きながらでもスカートのすそをつかんでいけば、息子になり、夫になり、父にもなるということです。これが四大心情圏の完成者の道でしょう。その一方で、お母様のそれを離してしまった子女様方ですが、天の父母様(神様)から出発してお父様、お母様の子宮から出てきた息子・娘(血統)ということをどのように証明しますか。これまでのキリスト教がそうでしょう。イエス様お一人が「独り子」であって、いくら篤実な信徒が「天のお父様」と呼んでも神様の実子にはなれませんでした。ただ十字架後に天から降りて来た「聖霊(霊的母親)」の懐に入ることによって霊的に重生されてきただけでした。お母様の「スカートのすそをつかまずに、つばを吐いて背を向ければ、離れていくのです。そのようなことを、皆さんは知りません。」。このように、サンクチュアリ教会の亨進氏は「孤児」であり、母親が誰であるかも分からなければ、まして、その父親すらも理解していません。それに追従されるサンクの皆様はどこへ向かっているのかも理解していない「盲人」と同じでしょう。最後は穴に落ちるだけです。シムソン氏の「夜昼の神様論」を難しくしている原因としては、原理講論に規定された「聖霊」までも自分勝手に歪曲しているところにもあることを一言申し添えておきます。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.03.27
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今日は『ファミリー』2001.6月号、『「米国五十州巡回講演」祝勝会におけるみ言』(2001年4月18日、米国・ニューヨーク イーストガーデン)からです。 五十州では、それぞれ別の話をしました。毎回、できる限り、その前日に話したことを繰り返さないようにしました。対する角度が東西南北、三百六十度の方向から中心に向かってくるので、中心となっているわたしは、一つの話だけをすることはできません。 先生は、そのような位置に立って、道を築いてあげなければならないので、行く道において、それぞれ語る内容が異なるのです。内容は一つでも、異なるというのです。調べてみてください。重複してはいません。 お母様は、「ああ、アトランタのときの話は簡単だったのに。」と言うのです。それは、十八分で終わりました。お母様は、「そのようにすべて三十分以内で話せば、いくら遅れても一時間二十分、一時間半あれば、すべて終わるのに、なぜ二時間半、三時間半もかけるのですか?」と言うのです。 それは、方向が違うのです。そこには山もあり、川もあるのです。そして、高い山を越えようとすれば、ひもを縛りつけてよじ登るか、そうでなければ穴を開けなければなりません。そのようなことを知らないのです。不平を言うなら言い……。 そのように、いつでも先生に忠告するのです。そのようなお母様を連れて行きたいでしょうか、連れて行きたくないでしょうか? どちらだと思いますか? それは、自分の十字架です。 不平を言いながらも、ついて行くようになっているのです。赤ん坊は、泣きながらでもついて行けば、息子になるのです。たたかれたとしてもです。母親のスカートのすそをつかんで、えんえん拉きながらついて行けば息子になりますが、スカートのすそをつかまずに、つばを吐いて背を向ければ、離れていくのです。そのようなことを、皆さんは知りません。… 略 … それは何かというと、水が水平になるのです。潮の干満によって、一日に二度ずつ水が入ってきます。十二時間入ってきて、十二時間出ていくのです。これは公式的です。一つは夜を象徴し、一つは昼を象徴するとして、神様が昼にいらっしゃるとすれば、わたしが夜を処理しなければなりません。 蕩減条件さえ立てれば、よいのです。神様が降りてきて、してくださるのならば、心配することがあるでしょうか? 代表的なことをしてこそ、すべて解決することができるということを知らなければなりません。何のことか、分かりますか? ですから、夜の世界に聖人がいて……。そうではないですか? 堕落した世界に聖人がいて、"聖子"がいます。そして、潮の干満によって、夜の間に水が出ていくのです。真っ暗ですが、だれにも分からないように出ていくのです。 それでは、だれが出ていくのでしょうか? そのとき、先に、聖人たちが出ていかなげればなりません。そうではないですか? 入ってきて、大海の近くにいるので、この水が流れていくときには、中心から流れていかなければならないのではないでしようか? そうして、すべて出ていくので、最後は、この殺人鬼たちが流れて出ていくのです。濁り水や、糞尿が混ざり、あらゆるものが混ざったものが、そうして出ていくのです。 それでは、そのように水が出ていくときには、聖人が先に出ていくのですが、入ってくるときには、だれが先に入ってくるのでしようか? 殺人鬼たちが、先に入ってくるのです。夜の暗い所に入ってきて、そこに落ち着くのですが、満水になると、入ってきた水回るのです。回って、先に出ていった水が、上を覆います。 それは、なぜでしようか? それは、澄んだ水だからです。澄んだ水は、軽いと思わなければなりません。汚い水は、下に行かなければならず、澄んだ水は上に行くので、すべてを覆ってしまうのです。そのようにして回るのです。 そのとき、神様も嘆息され、息が詰まるようになっています。ザタンも、水の中に倒れるようになっています。聖人たちもそうであり、サタンもそうであり、すべてが死ぬようになっているのです。 そのようになれば、神様も自分の思いどおりになることはできません。「退きなさい。」と言うことはできません。分かりますか? サタンもそうであり、聖人も分からないので、どうすることもできず、サタン世界も、どうすればよいのか分かりません。 それでは、主人はだれでしょうか? 神様も、真の父母を捜し求めるのです。真の父母が、これを解決しなければなりません。解放してあげる者は、真の父母しかいません。サタンもできず、神様もできません。神様ができるのならば、すでに、すべてなさっていたことでしょう。絶対権限を持つことができるかたは、だれかというと、真の父母なのです。 それで先生は、"原理を通して、天地のすべてのものを統治することができる絶対権を中心として、このような最後の障壁をけ散らしていくことができる決意をしているのか?"と、自間自答したのです。何のことか分かりますか? (「はい。」)死ぬか生きるかの境地が問題ではありません。深刻なことです。ですから、この闘いを……。 闘いというよりも、救ってあげることのできる、この環境を開拓したのが真のご父母様である、ということを、皆さんは知っていると思います。 先生が、神様に「神様。今まであなたは、このために失わないようにと……。」と申し上げれば、神様は、「ああ、そうだ。」と答えられるのです。そしてサタンに対して、「今までおまえは、サタンとして、神様にお返しすることもせずに、このようにしただろう?」と言って、「宗教圏は、中間で行ったり来たりして、橋を架けて水平を成すことができずに、谷間になっているので、山になっている所を崩して、水平になるようにしただろう?」と言うのです。 ところが、この水平が、まだ成されていません。ですから、その水平をつくらなければならないのです。 ※ それでは、その水平をつくって、何をしようというのでしょうか? 神側もサタン側も、だれが、その水平をつくるのか、自分たちでは知りません。サタンは、サタン側だけを知っているのであって、天のことを知っているでしょうか? また、天の側を知っている者が、サタン側のことを知っているでしょうか? 知らないのではないですか? それでは、だれが、これを埋めてくれるのでしょうか? 先生が、埋めてあげるのです。高い位置にいる者は引き降ろし、低い位置にいる者は引き上げるのです。 それは、堕落した人類の先祖が、偽りの父母になり、偽りの愛、偽りの生命、偽りの血統に汚してしまったので、真の父母が現れて、真の愛、真の生命、真の血統を中心として調整しているのです。 それは、神様も願われることです。神様をも助けてあげるのです。そして、神様に尋ねるのです。「あの死にそうなサタンは、どのようにしなければならないでしょうか? 戻ってくるようにしなければなりませんか、助けてあげなければなりませんか?」とお尋ねすれば、神様は、わたしに対して何と言われるでしょうか? 神様ご自身には、権限がありません。「わたしの思いどおりにするのだ。サタンを助けてはいけない。」とおっしゃることはできません。ご自分が同情されたのならば、神様も、今度は同情してあげなければならないでしょう? ですから、神様は、「それは、自分が助けてあげることはできないが、助けてあげなければならないだろう。」と、それくらいの言葉は言わなければなりません。そうではないでしょうか? そのようにしてこそ、霊界と肉界が和合するのです。 このようにして、神様とサタン双方を助けてあげて、その次に何をしようというのでしょうか? サタンを解放したなら、その次には宗教圏を一つにしなければなりません。宗教圏は、すべて死に瀕するようになり、「助けてください。」と言っているのです。 ……一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.03.26
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第61回真の父母の日(天暦03.01)おめでとうございます2020.03.08付「「天のお父様」に『おっぱい?』ですか!!」では、『ファミリー』2004.6月号から『第四十五回「真の父母の日」敬礼式の御言』を掲載しました。同じ『ファミリー』2004.6月号P.40~にはまた、「神の祖国と平和王国は解放と釈放圏の上で」(2004.05.01、韓国・鮮文大学校)も掲載されていました。今日はそこからごく一部の引用文を紹介します。 人類が堕落していない善の本性の父母を通して生まれていれば、「神様がいるか、いないか。」という論議は必要ありませんでした。生まれながらにして、自動的に分かるようになっているのです。 赤ん坊が腹の中で、お乳を飲む方法を学んでから出てくるのではないのと同じように、人間先祖の堕落がなかったならば、人間はだれでも自動的に神様を父として待って暮らすようになっていたのです。 人間先祖としてつくられたアダムとエバを、神様ご自身の実体として立てるために、神様の男性性稟はアダムの心の中に、そして女性性稟はエバの心の中に定着して、永生するようになっていたのです。 だからといって神様が二つに分かれるのではなく、アダムとエバの心の中に臨在しながら、二性性相の中和的存在として、愛を中心とする統一的存在として永存されるのです。UCI(FPA)、サンクチュアリ教会がこぞって家庭連合の神様呼称「天のお父様」から「天の父母様」への変更に反対していますが、原理講論はもとより文鮮明総裁のみ言からも神様自身が性形(心と体)の二性性相の中和体であり、また、性形それぞれの属性で陽陰(男性と女性)の二性性相の中和体として無形におられることを語っておられました。であれば、反対される方々は何を根拠としてされているのでしょうか?「三大王圏」は認めています。第一代の神様が「祖父母」、二代が夫婦(王、女王)、三代が子女(王子、王女)です。祖父母は子女から見てのものであり、これからも「天の父母様」を否定することは出来ないのでしょう。一方、サンクチュアリは亨進氏を「二代王」と呼んでいます。となれば、その初代はどなたでしょう。シムソン氏の説く『夜の神様(男性格)』ということであれば、それに匹敵する存在が天使長ルーシェルがあります。果たして?一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.03.24
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『ファミリー』2005.6月号、P.46~また、同じ『ファミリー』のP.23からは神様は人間の「父母」になりたかったのだとのお父様のみ言です。このように見た時、真のお母様が2013年1月に神様の呼称を「天の父母様」に変更されたことは、神様が喜ばれたことでしょうか? それとも?お父様のみ言がそのようになっています。それを否定することは出来ないでしょう。万が一にそれを否定される方があるとすれば、お父様と何の関係があるというのでしょうか。それを知るべきです。黒・天聖経「地上生活と霊界」からもまた一 神様が人間を創造した目的 神様は、人間を何故造ったのでしょうか。第一は、神様自身が父母の立場に立つ為です。その父母は、霊界でも無形です。形がありません。それで、形をもった人間の父母に成る為には、形をもたなければなりません。そうでなければ、中心になり得ないのです。 二番目は何かと言うと、垂直線は一点にとどまります。面積がありません。すなわち、霊界では繁殖をする事が出来ないのです。垂直の次元で、それを横的に展開して三六〇度の球体になってこそ、多くの空間が生じる様になります。 三番目は、愛の相対圏の永遠性を維持する為です。神様の相対に成るのは、アダムとエバだけではないという事です。アダム・エバが相対の位置に立つのと同時に、その子女たちも相対の位置に立つ様に成るのです。ですから、神様の相対の位置を永続的に保存する為、人間を創造したのです。 アダムもエバも神様をお父さんと呼びます。では、その子女達は神様を、おじさんと呼びますか、お爺さんと呼びますか。お父さんと呼びます。 相対というのは、平等なものです。神様の愛を横的に繁殖し、その愛の価値を完成しなければなりません。完成した愛の価値は、一つです。平等なのです。 そこには、三つの理由があります。一番目は、形が必要なのです。形態が必要です。父母としての形が必要です。アダムの父の様な顔で、霊的にその形態を得るという事です。 二番目は、天国の国民の生産地が必要です。ですから、夫婦は生産工場です。生産工場なら、大量生産するのがいいでしょうか、少量生産するのがいいでしょうか。大量生産するのがいいのです。 生産工場が自動化され明確に大量生産する様になれば、天国は一杯に成るのです。ですから、女性は多くの赤ん坊を産む様になっています。(二二二―三三八)一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.03.23
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シムソン氏・サンク皆様へ 懐かしのお勧め映像です。PeaceTV・2012年3月21日天正宮訓読会(国進氏のお子さん)信便様1歳御聖誕日映像です。http://www.ipeacetv.com/vod/vod_view.asp?vId=1037&mId=A01&page=24一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓ 文亨進(문형진)様:神様・真のお父様・真のお母様は実体的三位一体を成した
2020.03.22
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「真の父母様宣布文サイト」から03.20付で「真のお母様および家庭連合を貶めようとする中村仁史氏の悪意」がUPされています。2020.1月の中村仁史氏ビデオに対するものであり、中村氏の曖昧な憶測からの発言ではなく、事実確認を踏まえた内容となっていました。一読をお勧めします。2020.3.20 真のお母様および家庭連合を貶めようとする中村仁史氏の悪意を掲載しました。 サンクチュアリ教会の中村仁史氏(元・光言社の翻訳担当)は、2020年1月29日公開のサンクチュアリ教会の礼拝「天運と聖霊の宿る『8大教材教本』~『統一原理』から見た独生女論の問題点~」で、2014年に御言研究室(当時)が金榮輝先生に宛てた「お伺い書」を引き合いに出し、真のお母様批判をし、家庭連合本部に対する不信感をあおろうとしています。 今回は、「お伺い書」を悪用する中村仁史氏の欺瞞を指摘し、天一国三大経典に関する彼の〝虚偽〟の主張を暴くと共に、亨進様の〝変節〟した言動について取り上げます。…… ところで、中村仁史氏は「お伺い書」のいくつかの内容、すなわち①「真のお父様のみ言との整合性」、②「聖書との整合性」、③「真のお父様の生涯路程との整合性」を取り上げ、いかにも真のお母様が間違っていると「御言研究室」(当時)が語っているかの如く述べ、真のお母様や家庭連合本部をおとしめようとしますが、これは上述した当時の状況を踏まえずに、また、家庭連合本部の分派問題に対する〝取り組み〟の意図を無視した、とんでもない発言です。 すでに述べたように、キリスト教の初代教会においては、反対派や分派との論戦を交わす中で〝正統〟と呼ばれる教理が形成されていきました。それと同様、家庭連合においても、天一国の永遠の中心であられる真の父母様の位相をお守りし、み言の整合性をまとめあげ、永遠不変の公式見解を出していく必要性があるのです。「お伺い書」の内容はそのための準備資料です。それは、人々に公開するために書かれたものではありません。…… 以下、囲み記事の内容は、かつて亨進様自身が2009年1月18日の日曜礼拝で語った内容です。 以上のように、かつて亨進様は、 「私が第一に言いたいことは、新しい王はあり得ないということです。真の父母様が我々の永遠なる王なのです……次の父母様はいないのです。次の王も、中心者もいません。真の父母様は私たちの永遠なる中心なのです。私は神学を学んだので、そこが重要なポイントだと信じています」などと語っていました。2020.3.18 「独り娘」のみ言は真理である は、2018年12月6日に公開済みですが、要望が多いので再度お知らせします。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.03.20
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「盲人が盲人の手引きをすると」どうなるのでしょうか?マタイによる福音書15章13 イエスは答えて言われた、「わたしの天の父がお植えにならなかったものは、みな抜き取られるであろう。14 彼らをそのままにしておけ。彼らは盲人を手引きする盲人である。もし盲人が盲人を手引きするなら、ふたりとも穴に落ち込むであろう」。原理講論や黒・天聖経などに書かれた「天の父母様」「独生女」を見ることが出来ない盲人がいます。その盲人がまた盲人の手引きをするならば、どうなると書かれていますか。「ふたりとも穴に落ちこむであろうと」。 盲人の寓話 前記事「シムソン氏の「夜の神様」の正体、実は「サタン」であった?!」のコメント欄には、なおもシムソン氏が以下のメッセージを書き込んでいました。とうとう真のお父様のみ言さえ、否定し始めましたね!夜の神様は創造以前の神様です。韓鶴子氏の指示を信じていると、本然世界の本質を破壊していきます。内的な愛の本質の意味も理解できず、恐ろしいほど軽率な思考に感嘆しています。より軽やかに思索を展開し、新しい韓鶴子教を展開して行ってください。 (2020.03.18 06:30:01)お父様が語られていた「天の父母様」「独生女」が八大教材教本の中にありながら、それを破壊しているのは誰でしょうか?シムソン氏(亨進氏)が語る神様本体「夜の神様」は「男性格」のみ、無形世界でそれと一致する存在は天使長です。二性性相の中和体の神様ではありません。誰がお父様のみ言を否定(爆破)しているかは一目瞭然です。皆さんは、その盲人の手引きを受けますか? それとも?一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.03.19
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上記映像は「真の父母様宣布文サイト」で2018年12月6日付で公開されたものですが、今回サイトにて再掲載されたものです。サンクチュアリ教会の礼拝ビデオで元光言社職員・中村仁史氏の「お伺い書」発言に対して過去の家庭連合側の意見を再度確認したものです。お父様のみ言を誤訳、または、隠蔽してのサンクチュアリ教会が家庭連合やお母様を批判していたものであったことに気付かされるでしょう。とうごま氏は当然このビデオはご覧になられると思います。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.03.18
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先ずは、前回記事の私のコメントの乱文をご容赦ください。昼食時間の限られた中での投稿でしたので校正しないままに載せました。シムソン氏記事「「天の父母様」と崇める家庭連合には「真の愛の起源」が分からず不倫の愛も真の愛になる!」(2020.03.17)からです。昨日の私の記事「再検討を要するシムソン氏の「夜昼の神様論」」にあるように、『ファミリー』2005.1月号を手にされていないシムソン氏は、私が記事に転載した文章からでしか判断することが出来ません。「盲人と象」の逸話はどなたも耳にされたことがあるでしょう。以下のイメージは「ほぼ5分でわかる統一原理 第7回 「群盲撫象」」(U-ONE TV)からですが、参考までに映像はこちらです。となれば、私tomy4509を批判されるシムソン氏も『ファミリー』に関しては盲人の一人でしかないということです。さて、シムソン氏記事タイトルからも家庭連合を批判される彼の「夜昼の神様論」は、共産主義思想が根底にあるようですね。シムソン氏記事本文以下の引用が気にかかりました。「真の愛の起源」を明確にするために語られたみ言こそ、「夜の神様、昼の神様」です。創造原理の「第一節 神の二性性相と被造世界(一)神の二性性相」の解説は、次のように結論付けられています。「このように、神は性相的な男性格主体であられるので、我々は神を父と呼んで、その格位を表示するのである。上述した内容を要約すれば、神は本性相と本形状の二性性相の中和的主体であると同時に、本性相的男性と本形状的女性との二性性相の中和的主体としておられ、被造世界に対しては、性相的な男性格主体としていまし給うという事実を知ることができる。」中和的主体の中和の意味は、これまで調和・和合などの、一体となり統一体となっている事が主となっていました。しかし、夜の神様が「無の暗闇の状態」と表現されてから、中和の次の意味が重要になってくるはずです。「互いに対立する性質をもつものどうし(正負、陰陽など)が作用しあい、それぞれの属性が打ち消し合うことをいう。」つまり、調和・和合の上での無の状態です。上記の中で原理講論・創造原理からの引用は、昨日のtomy4509でも挙げていたものでした(以下)。このように、神は性相的な男性格主体であられるので、我々は神を父と呼んで、その格位を表示するのである。上述した内容を要約すれば、神は本性相と本形状の二性性相の中和的主体であると同時に、本性相的男性(天のお父様)と本形状的女性(天のお母様)との二性性相の中和的主体としておられ、被造世界に対しては、性相的な男性格主体としていまし給うという事実を知ることができる。同じ創造原理の一文でありながら、何故、私とシムソン氏とではその解釈が違ってくるのでしょうか?これもまた、「盲人と象」の逸話ということになりますかまた、引用に関してですが、サンクチュアリ教会は「黒・天聖経」にも記載のある「天の父母様」「独生女」まで否定されながら、都合の良いところ取りの「黒・天聖経」引用は通用するでしょうか?黒・天聖経「宇宙の根本」からの冒頭の2番目にも「天の父母様」を示唆する内容が記載されているでしょ!!第一章 宇宙の根本秩序一、神様の二性性相の大展開 1.神様は二性性相の中和体 宇宙を観察してみれば、すべての存在において、陽性と陰性の二性性相が相対的関係を結ぶことによって存在していることを知ることができます。これは、鉱物という次元から始まって、すべての場合に適用されています。分子は、陽イオンと陰イオンの結合を通して形成され、植物の場合、生存と繁殖は雌雄を代表する雌しべと雄しべの結合を通じて成されます。このような二性性相は、動物の場合より一層明らかです。魚類、鳥類、ほ乳動物等、すべての動物は雄と雌によって存在します。最後に、神様の最高の創造物である私たち人間も、男性と女性で区分されています。最初の男性アダムと最初の女性エバは、人類の始祖です。このような二性性相の存在目的は、何ですか。神様は、なぜこのような方式によって創造されたのでしょうか。 * 神様が男性と女性を造られて何をしようとされたのでしょうか。見ようとされたのです。神様は、女性ですか、男性ですか。女性にもなり、男性にもなられます。男性性稟だけをもっているとするなら、女性だけを見つめられるようになるのです。アダムは、陰で生きなければなりません。そのように、女性も見つめて男性も見つめることができる二種類の性稟を、共に備えていらっしゃいます。ですから、結局縦的な立場に立ち、男性も好まれ女性も好まれる、二性性相をもった中和的主体だというのです。それが神様でいらっしゃいます。男性も必要であり、女性も必要であり、どこへでも行って迎え入れ、いつでも主体の位置にいらっしゃるので主体格です。それゆえに、格位では男性格位です。そして、横的というものは女性格位をいうのです。 * 神様はお一人でしょうか、お二人でしょうか。お一人です。お一人なのに、どのようにして二人の人に入っていくのでしょうか。この人に入ってからあの人に入っていき、あの人に入ってからこの人に入っていってと、そのようにするのですか。また世界には数多くの人々がいますが、数多くの人々にどのように入ったり出たり、出たり入ったりされるのでしょうか。これが問題になるというのです。それで、私たち統一教会の「原理」で、神様は二性性相の中和体であるという話が出てきたのです。ここには規則があります。神様は二性性相でいらっしゃる中和的本体です。これは真に素晴らしい結論です。ここからが本論です。「夜昼の神様論」、実は「夜の神様」の正体が「サタン」であった、ということについてです。「互いに対立する性質をもつものどうし(正負、陰陽など)が作用しあい、それぞれの属性が打ち消し合うことをいう。」つまり、調和・和合の上での無の状態です。●シムソン氏記事の「プラス・マイナス」、「陽陰」が対立(?)とはどういうことですか。統一原理からは「正分合」ですよね。ところが「対立物」という発想は弁証法ですか。神様本体の「夜の神様」を「男性格主体」と規定した時点で「女性格対象」が弾き出されて「別れて」しまいました。対立・闘争がそこから始まっています。夜の神様の中に無い「女性格対象」をどのようにして中和させることが出来るというのですか。「真の愛」によってですか? 本性相本形状の陰陽が打ち消し合いながらも、心情の永遠普遍の存在となっていた神様は、真のお父様が「神様には愛が無い」と語られた、内的な愛によって存在していました。「神様には愛が無い」のに出来ますか。神様は全知全能だから、といっても原理原則を決して曲げられないお方でもあります。根本的「夜昼の神様論」の間違い(矛盾点)がここにあります。何度もシムソン氏は、【あなた(tomy4509)が「夜の神様、昼の神様」の関係性について、まだ理解できていないので】、とのあなたの説教も今日で終わりにしてください。●シムソン氏「夜昼の神様論」は、神様本体の「夜の神様」を「男性格主体」と規定していた家庭連合は原理講論の「神は本性相と本形状の二性性相の中和的主体であると同時に、本性相的男性(天のお父様)と本形状的女性(天のお母様)との二性性相の中和的主体としておられ、被造世界に対しては、性相的な男性格主体としていまし給うという事実を知ることができる。」から、神様の呼称を「天の父母様」に変更したということです。しかしながら、サンクチュアリ教会の亨進氏はそれを否定しており、それに追従するブロガーは必死になってその(矛盾だらけの)論拠を列記してしているようですが……シムソン氏の神観「夜昼の神様論」もその一つです。神様本体は「夜の神様」であり「男性格」だから、神様の呼称は「天のお父様」だとの主張で、家庭連合の「天の父母様」を否定しようとしていました。長く書くのも疲れてきましたので、結論です。サンクチュアリ教会の説く「神様本体は「夜の神様」であり「男性格」」ですが、無形世界の中で「男性格」として存在するものと言えば何ですか?「天使世界」です!!天使世界には3天使長がおり、その中のルーシェル天使長がエバを誘惑して堕落させたというのが堕落論です。となれば、サンクが崇める「夜の神様」とは堕落天使長・ルーシェルという結論になります。1999年3月21日は『サタン完全(自然)屈服の日(ルーシェルが謝罪)』でしたが、(これまでの私tomy4509の検証からも)サンクは八大教材教本のみ言との整合性に欠け、原理ならぬ「非原理」を語っては亨進氏を相続者、「二代王」と言っています。私からは、そのサタンの跡目相続をされていないことを祈るばかりです。「サンク」、並べ替えれば「サクン(左君)」、角を一つ加えれば「サタン」になります。良心の声にもう一度耳を傾けてみてください。一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.03.18
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著書も出されたシムソン氏ですが、奇知外記が「代表的食口」ですか?買い被りもいいところです。サンデー食口のブロガーの一人に過ぎません。ところが、『ファミリー』2005.1月号の1冊を巡って右往左往されるシムソン氏、あなたの姿はどうなのでしょうか?原理講論・総序から: 人間の堕落を知的な面から見れば、それはとりもなおさず、我々人間が無知に陥ったということを意味するのである。……堕落人間にとって、「知ること」は命の光であり、また蘇生のための力でもある。そして、無知は死の影であり、また破滅の要素ともなるのである。無知からはいかなる情緒をも生じ得ない。また、無知と無情緒からはいかなる意志も生ずることはできないのである。人間において、知情意がその役割を果たすことができなくなれば、そこから人間らしい、人間の生活が開かれるはずはない。人間が、根本的に、神を離れては生きられないようにつくられているとすれば、神に対する無知は、人生をどれだけ悲惨な道に追いやることになるであろうか。しかし、神の実在性に対しては、聖書をいかに詳しく読んでみても、明確に知る由がない。ましてや神の心情についてはなおさらである。それゆえ、この新しい真理は、神の実在性に関することはいうまでもなく、神の創造の心情をはじめとして、神が御自身に対して反逆する堕落人間を見捨てることができず、悠久なる歴史の期間を通して彼らを救おうとして心を尽くしてこられた悲しい心情をも、我々に教えることのできるものでなければならない。と書かれていました。原理講論にも「天の父母様」の記述を発見することが出来ます。原理講論P.47からは、 神を中心として完成された被造世界は、ちょうど、心を中心として完成した人間の一個体のように、神の創造目的のままに、動じ静ずる、一つの完全な有機体である。したがって、この有機体も性相と形状とを備えなければならないわけで、その性相的な存在が神であり、その形状的存在が被造世界なのである。神が、被造世界の中心である人間を、神の形状である(創一・27)と言われた理由もここにある。したがって、被造世界が創造される前には、神は性相的な男性格主体としてのみおられたので、形状的な女性格対象として、被造世界を創造せざるを得なかったのである。コリントⅠ一一章7節に、「男は、神のかたちであり栄光である」と記録されている聖句は、正にこのような原理を立証しているのである。このように、神は性相的な男性格主体であられるので、我々は神を父と呼んで、その格位を表示するのである。上述した内容を要約すれば、神は本性相と本形状の二性性相の中和的主体であると同時に、本性相的男性(天のお父様)と本形状的女性(天のお母様)との二性性相の中和的主体としておられ、被造世界に対しては、性相的な男性格主体としていまし給うという事実を知ることができる。また、ほか原理講論(P.235)からは、 堕落人間においても、その一人の子女でも不幸になれば、決して幸福になることができないのが、父母の心情である。まして、天の父母なる神が幸福になり給うことができようか。ペテロⅡ三章9節を見れば、「ただ、ひとりも滅びることがなく、すべての者が悔改めに至ることを望み、あなたがたに対してながく忍耐しておられるのである」と記録されている。したがって、神の願うみ旨のとおり、成就されるべき理想世界に、地獄が永遠なるものとして残ることはできない。そしてマタイ福音書八章29節を見れば、イエスの当時、直接サタンがイエスを神の子であると証したように、終末の日においても、ときが至れば、悪霊人たちまでも、各々同級の地上の悪人たちに再臨して、彼らがみ旨のためになるように協助することによって、結局、悠久なる時間を経過しながら、次第に創造目的を完成する方向へ統一されていくのである。と「天の父母なる神」、つまりは「天のお父様」「天のお母様」を現わした記述もあります。私tomy4509はまた、『ファミリー』2000.12月号(以下)ほかからも「天のお母様」について語られていたお父様のみ言を確認の上で記事を書いています。では、原理講論やお父様のみ言にもある「天の父母様」を否定されては、「夜昼の神様論」を主張されておられるシムソン氏ですが、何を根拠として書かれているというのでしょうか?多分、サンクチュアリ教会の文亨進氏のそれでしょう。https://plaza.rakuten.co.jp/peace3world/diary/202003130001/『TWJ』2012.天暦1月に掲載されていた亨進氏の「夜の神様、昼の神様」(P.14~)をさらに詳細にしたものがシムソン氏のそれですが……。『TWJ』2012.天暦1月ですが、また別の方がお父様の「夜昼の神様」について話されていました。第29回「愛勝日」の記念式典においてムンフンスク様のメッセージの中にありました。 真の父母様は、神様を中心とする生涯をとおして、無形の神様でいらっしゃる夜の神様と有形の神様でいらっしゃる昼の神様を一体となるようにされ、夜昼の神様、天地人真の父母様の実体として私たちの前にそびえ立ちました。 天地人真の父母様は人間の体をまとってこの地に送られましたが、人間としての人生を放棄されたかたでいらっしゃいます。真の父母様は、神様を最もよくご存じのかたでいらっしゃり、神様が好まれる方法で神様を愛されるかたでいらっしゃいます。 …… 天地人真の父母様の実体の中には、神様と真の父母様が共にいらっしゃいます。それゆえ、私たちは、神様と真の父母様をこれ以上区別しません。いや、これ以上区別する必要がない時代に生きています。 今世の中は、夜昼の神様、天地人真の父母様を中心に回っています。世界は本当に大きな変化を遂げていくでしょう。 …上記引用を見れば、文亨進氏とは別にムンフンスク様も「夜昼の神様」について話されていました。解釈が全く違っていますがどうなのでしょうか?この捉え方の違いについて、私が考えるには、一つは男性・女性の違いがあるかもしれません。しかしながら、お父様が話される韓国語の習熟度についてはどうでしょうか。米国育ちの亨進氏です。また、ムンフンスク様は興進様の相対者でもあり霊肉界も知られる方です。真の父母様との心情的距離においては亨進氏よりも近いと思われます。その一方では、黒・天聖経にも記載のある「独生女」をも否定される亨進氏のみ言への理解にも疑問を投げかけざるを得ない、というのが私の意見です。となれば、シムソン氏が書かれている「夜昼の神様論」が、果たして、正しい「神観」なのか再検討してみる必要があるのではないですか?!一休さんのような機知(トンチ)ではありません。奇知=人とは異なる知恵すなわち神様の知恵世界平和を願う奇知の外の凡人が徒然なるがままに書く日記です。↓↓ にほんブログ村ランキング参加中。応援クリックお願いします。↓↓
2020.03.16
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