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今年の北海道旅行は利尻岳登山と礼文の花と稚内観光でした。このルートは2004年の7月にも訪れていますので13年ぶりと言うことになります。目的の一つ、利尻岳は標高差1500mあるきつい山なので、現在の体力、脚力では無理かと思いつつ、素晴らしい山、沢山の花に魅せられて参加したのでした。 リーダーからは利尻岳登山せず、島内の自転車観光の選択肢も用意してもらったのですが、登山にチャレンジすることにしました。新千歳空港で関西からの5人と千葉からの1人が合流、6人で一路、稚内へ向かいました。 ランタスティックのアプリで復路で計測したのが下の図ですが、稚内市内~千歳まで383km、サロベツ原生花園の観光約30分強?と、昼食時間も含めてですが6時間54分かかりました。 (私は乗せて貰っていただけですが)稚内手前のサロベツ原野は、まるで緑の砂漠の中を長い長い真っ直ぐの道が続き、風がきついのでしょう風力発電の風車の多かったこと、多かったこと。初日は移動だけで暮れて、翌2日目に車は稚内に置いて、フェリーで礼文島へ渡るのですが、乗船前に早起きして稚内観光です。まず最初に向かったのが日本最北端の地・宗谷岬です。岬と言っても広大な平地と、後には広大な牧草の丘陵地が控えている、『岬』というイメージからかけ離れた岬でした。広大な駐車場の向こうに見えるのがモニュメントです。 最北端の地と言うのはオートバイのツーリング族の憧れの地なのでしょう、やたら大型バイクが目立ち、中には、女性ドライバーもおられました。樺太と言えば・・・間宮海峡、間宮海峡と言えば・・・間宮林蔵・・・昔は地理の時間にそんな事を習いましたが、今も教えられているのでしようか?? その間宮林蔵の銅像が有りました。そして、やたら目立った花壇のこの花は・・・そして、「宗谷岬」の歌碑があり、知らない曲かと思いつつボタンを押すと曲が流れましたが聞き覚えのある曲でした。宗谷岬は稚内市内から30km程離れていましたが、ノシャップ岬は稚内市内で直ぐの場所でした。漢字で納沙布岬と思っていましたので、あれれと思いましたら・・・納沙布岬は道東は根室半島の先端に有り、別物である事が分かりました。そのノシャップ岬の沖は利尻、礼文へのフェリー航路。折しもそのフェリーが通りかかりました。そして、岬の駐車場横には、市内ですぐそこに民家や自衛隊が有るのに奈良の鹿の様に人なれした野生の鹿が・・・宗谷岬が最北端の地なら、稚内駅は最北端の駅です。13年前に訪れた時は鄙びた駅舎でしたが、今はこんなに立派に・・・(後ろの高いビルは駅とは関係ないようでしたが)駅舎は立派になっても・・・・偶々到着した列車は一両編成。長い列車は何本着くのか気になりました。東京駅から・・・・指宿から・・・・、やはり東京は真ん中なのですね。稚内で私が行きたいとリクエストした『氷雪の門』の像はフェリー乗船への時間切れで叶わず、最終日に行って貰うことになりましたので後述します。明日に続きます。
2017.07.09
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7/1のブログの続きですが、早速、東急ハンズへ下見に行って来ました。ビール作りのキットから一式売っているのかと思って行ったのですが、売っていたのは「ビールの素」と瓶の「栓」だけでした。ビールの素はラガーなど4種類、2400円~2500円、栓は600円でした。缶の裏に作り方も書いていましたが、簡単に理解出来ませんでした。やはり、サークルに参加させて貰ってからの事です。 先日、一輪だけ咲いた智積院のハスを載せましたが、早やこんなに・・・。午後でしたので花は閉じていましたが・・・・。 桔梗も満でした。極彩色モードで撮ってみました。勿論、アジサイも最盛期は過ぎましたが、まだまだ見頃と言う所です。
2017.07.03
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6/24 いつもの仲間4人と大阪府・最北端・能勢町の剣尾山784m (関西百名山) に登って来ました。全行程4.8km 3時間40分でした。 能勢電の一の鳥居駅でピックアップしてもらい、暫し走って、能勢温泉(昔のかんぽの宿)の少し上の登山口から登山開始です。 土曜日でもあるので登山者も多く、標高もそう高くないので、簡単に考えていたのですが・・・・登り始めからかなり急こう配の階段が続き、修行の山でもあり大きな岩がゴロゴロしていて、そこそこの山でした。頭の上の大きな岩・・・角度を変えると・・・こんな感じです。頂上は360度のパノラマではあったのですが・・・周りに有名な山、特徴のある山が無いため・・・・山を特定出来ずでした。ちょっと見難いですが、上から3つ目に、京都愛宕山20kmと記されていたのですが、霞んでいたことと、愛宕山の形がこの方向からどのように見えるのかも分からないので、分からず終いでした。下山途中、ほゞ登山口と言う辺りの眺めはこんな風で・・・中央の黒いものが太陽光発電のパネル、その右下の鼠色の建物が能勢温泉です。9~10日の敦賀方面の赤坂山・野坂岳、16日の大峰山系・稲村岳、と今回の剣尾山と梅雨の6月になのに3回も登山できたことは幸運でした。
2017.06.24
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閑人も偶には『忙人』になることもありまして・・・ 頂いたコメントへの返事も、ブログの更新も滞って申し訳ありません。忙しい??分ブログネタは溜まり放しなので、日にちが前後するかも知れませんがご容赦の程。16日はいつもの4人で大峰山の横の稲村ヶ岳(1726m)に登って来ました。近鉄・下市口駅でピックアップしてもらい、奈良県天川村の大峰山信仰の前線基地のような、沢山の旅館が軒を並べている洞川 (どろがわ) 温泉を通過して・・・この前の駐車場に車を置いて登山開始です上の写真の石碑を側面、即ち道路を進んで来ると嫌でも目に入る面に『これより女人結界』と彫られています。大峰山の主峰・山上ヶ岳は今も女人立ち入り禁止で有り、昔はここから、今はもう少し先に結界門があり、それ以上先は女人立ち入り禁止です。所が、その山上ヶ岳が日本百名山に含まれているので、ややこしいことに。女性はこの日、私達が登ろうとする稲村ヶ岳に登り、山上ヶ岳頂上を眺めたことで大峰山に登ったことにカウントされることになっています。話が横道に逸れましたが、私のこの稲村ヶ岳登山は2回目、前回は20年余前のことでした。登山口から暫くは、手入れの行き届いた杉・檜の植樹林が続き・・・そこそこ高度を上げると緑豊かな雑木樹林へ・・・黒い線が私達の登ったルートですが・・・山上辻に有る小屋前で、昼食&コーヒータイムをとり稲村ヶ岳頂上へ向かいました。間もなく尖った大日岳が見えて来ました。登る事は出来るらしいのですが、前回も今回もここはパスして・・・頂上が近づくとアチコチシャクナゲの林が有り、所どころまだこんなに花が残っていました。標高1700mの威力なのでしょう。(気温は17度程でした)頂上は20年前も今も、無粋なこんな『舞台?』です。稲村ヶ岳の看板の上に見えるのが、女人結界の山上ヶ岳です。最大にアップしますと・・・。360度のパノラマ、反対方向の最高峰は多分弥山 (みせん)で・・・・あとは大普賢岳などその場で大体分かったのですが・・・写真に切り刻むと????です。 スマホのアプリ、ランタスティックの記録に依りますと・・・登山開始から下山まで、距離11.08km 所要時間5時間55分でした。因みに登山口の標高900m 、頂上の標高1726mですので、標高差826mでした。頂いているコメントへのご返事は申し訳ないですが、一両日中にさせて頂きますのでよろしくお願いします。
2017.06.17
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昨日の続きです。滋賀県マキノ町 (正式には合併で高島市) のペンションを発って、福井県敦賀に入り、福井県にありながら関西百名山のひとつ、野坂岳(914m)を目指しました。左奥が目指す野坂岳 (敦賀富士) です。登山口からは樹林帯のかなり急こう配の登りが続き・・・樹林の切れたところでは、多分敦賀原発なのでしょう、ずっと背中を追いかけて来ました。頂上は前日の赤坂山同様、360度のパノラマで・・・敦賀湾も見え・・・ きつい山だと思ったのですが・・・子供連れの登山者も多かったので、「きつい」と言うのは私の主観だけなのかもしれません。 前日登った赤坂山が南に見えるとのことでしたが・・・特徴の無い峰が続いており、特定し難くかったのですが、赤坂山には送電線の鉄柱が沢山有ったので、多分右の鉄柱が沢山見えるのが赤坂山だろうと言うことになりました。そして、前日の赤坂山同様、ピストンで下山し、無事連チャン登山を終える事が出来ました。但し、翌日の反動がきつく、『体力の限界』を思い知らされました。
2017.06.12
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赤坂山の登山口はこのマキノスキー場の上にありました。ちょっとした事情で名神高速道路でのピックアップが上手く行かず、現地到着が遅れ・・・ 登山口で昼食とコーヒータイムをとってからの登山開始となりました。 (その為、赤坂山~三国山の周遊コースの予定を赤坂山頂上へのピストン登山に変更)後に琵琶湖、伊吹山を見ながら高度を上げると・・・山は伊吹山で山腹の茶色い部分は大阪セメント(伊吹工場・今は正式には住友大阪セメント)が石灰石を採った跡です。 山頂手前にのもこんなに見晴らしの良いところがあり・・・ここから見える、中央のコブが頂上です。 さすが原発銀座の若狭湾、大きな送電鉄塔がやたら目立ちました。 標高823mの頂上は360度のパノラマなのですが、若狭湾方面はもやって、見通しが悪く、海が見えるのか、見えないのか??? 分からず終いでした。(翌日登った野坂岳からこの山が見えていました)下山開始すると、こんな景色で・・・左に琵琶湖が・・・そして、宿泊はマキノスキー場近くの、変わった名前のこのペンションでした。歴史が古く、大きく育った木に囲まれた、なかなかいいペンションでした。 シーズンオフでもあるのでしょう我々4人の貸し切りでした。 翌日は福井県に入り、丁度この赤坂山の向かいの野坂岳に登ったのですが、明日に。
2017.06.11
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関西百名山の一つ、京都と福井の府県境の八ヶ峰(800m)に登って来ました。京都縦貫道の長岡京インターのバス停から向かったのですが、ここが変わったと言うか便利というか、阪急電車の西山天王山駅の真上にあるのです。駅直結のエレベーターで上がると・・・バス停の下は阪急電車の駅、駅の屋根で、向こうの山が天王山です。このルートを通り今は南丹市になった美山町の茅葺の里 (後述) を通り・・・登山口へ・・・。 標高800m、登山口の標高が340mですから、標高差460mと体力に見合った山です。新緑の中を進み・・・ かなり登った所に『西の鯖街道』なる表示があり昔はこんな山を越えて若狭の鯖が京都へ運ばれたのです。 ざっと、1時間半で頂上に到着、いつもの通りカップ麺とおにぎり、コーヒータイム。北の若狭方面は海が見えるのか、見えないのか、霞んで分からず・・・南の方向も同じ状態でした。 下山後は、往きに素通りした、茅葺の里の駐車場で休憩。有名な観光地ですので、行かれた方も多いと思いますが・・・こんな眺めで・・・アップしますと・・・ 旅番組で必ず登場するのが、赤いポストとお地蔵さんのあるこの景色です。振り返るとこの景色で二つ並んだ茅葺の屋根がある所が駐車場です。駐車場の茅葺の建物に、このポスターが貼ってあり・・・ 裏ではこんな光景が繰り広げられていました。鴨川でもそうですが、鮎の釣り人は本当に「サマ」になります。・・・・と言う、観光付きの登山行でした。
2017.06.01
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昨日の続きです。2日目は2009年に登りながら、眺望が良くなかった那岐山(1255m) へのリベンジ登山でした。我々は登山道Cコースを登り、Bコースで下山と言うコースを取りました。登山口から登山を開始すると、間もなく・・・皮をめくられたヒノキの山となります。それは・・・このためです。ヒノキの樹林を過ぎ東の方を見ると・・・中央奥の少し右の高い山が、昨日断念した後山で・・・北の方を見ると・・・中央が大山、少し右、雪山の端が多分蒜山です。大山をアップしますと・・・そして目指す、那岐山頂上です。ここも、頂上付近には残雪が少しありました。登山口まで下りて来ると・・・最初の案内図にあった『蛇淵の滝』です。・・・と言うことで2日間好天に恵まれ、無事眺望の良い登山が出来ました。
2017.04.21
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岡山方面の2座登山に行って来ました。当初予定では19~20日の予定だったのですが、天気予報により、急遽18~19日に繰り上げての登山でした。西へ向かう時はいつもの通り、中国道・西宮名塩パーキングエリアでピックアップしてもらい、中国道・佐用ジャンクションから鳥取自動車道・西粟倉インターで降り、後山キャンプ場の登山口へ・・・一日目に目指すは・・・岡山県最高峰の後山(うしろやま)です。所が、結果から先に言いますと・・・下図の赤い実線で示した船木山までは登ったのですが、破線の部分で行く後山は断念することになりました。昨日までの雨で水量の多い沢を渡渉はまだしも・・・船木山頂上に近づくと予想外の積雪があり・・・ザクザクと雪中行軍を余儀なくされました。360度、山ばかりのパノラマの船木山の標高は1334m、目指す後山は尾根の向こうに見えているこの山で標高は1344mで・・・ほゞ平坦な尾根歩きで行けるのですが、雪中行軍などでかなり行程が遅れた上に、これからもまだ雪がありそうなので後山は断念し・・・また、いつかリベンジ登山も? と下山開始・・・宿泊は湯郷温泉のここでした。翌日は・・・2009年に登頂したが眺望が良くなかって心残りの山だった鳥取・岡山県境の那岐山へのリベンジ登山ですが・・・明日に続けます。
2017.04.20
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昨日は毎年恒例のタマ駅長のいる和歌山電鉄に乗ってのワラビ採りでした。JR和歌山駅の和歌山電鉄乗り場は、いつもの通り、アジア系外国人の団体さんが記念写真を撮ったり賑わっていました。 沢山の外国人の客がいても・・・旅客数は前年割れとか。終点のこの貴志駅に着くと・・・二代目駅長のニタマはお休みで・・・遠来の「ファン??」の為に、初代駅長のタマの人形(か剥製)? が置いてありました。ワラビ採りはいつものこの元シュロ畑の上の・・・山の中腹です。丁度採り頃でみんな沢山の収穫でした。毎年ここから雨山の山頂まで登るのですが・・・・今年は見頃の花見をと言うことで近くの「大池公園」に案内してもらいました。桜は満開で・・・ 花吹雪も舞い・・・ 花むしろの上に座れると言う最高のコンディションでした。青空を背にした、見頃の桜に綺麗な池に・・・こんな良い風景もあり・・・最高の場所での花見を楽しめました。 素晴らしい景色の下、スケッチをするグループも・・・ そして、タイトルに『ワラビ採りと花見と・・・・」と書きましたが、『・・・・』の部分の一つはこれ、タラの芽です。家の畑に沢山なっていると言われ、厚かましくも帰りに貰いに寄せてもらい、沢山採った上に・・ タラの木の横に生っていたハッサクにレモンも採ってもらい、違う種類のみかんに手作り金山寺味噌、あとは写っていませんが沢山のタラの芽も含め、こんなに沢山、リュックに袋で持って帰る事になりました。 と言うことで、私が山で採ったの左下のワラビだけで、写っているイタドリは近所で採れたものを貰ったものです。朝起きるとワラビがこのように変身していました。
2017.04.14
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8ヶ月ぶりの登山は登山出来るかの試運転登山でしたが、自分にとってなかなか意義深い登山になりました。今朝、起きると予想通りと言えば、その通りなのですが・・・・ 『翌朝は 他人の身体 再開登山』 ・・と言うことで大変でした。さて、近鉄・吉野線の下市口駅でピックアップしてもらい今回登ったのは桜の吉野山の裏の方の黒滝村にある、百貝山でした。 この山名は案内をもらうまで知らなかったのですが・・・地図を見てあれれ・・・地蔵峠のある山だと知ったのです。30数年前に、難所の地蔵峠の下にトンネルを掘る工事があって、その工事に関係したものですから、しょっちゅう仕事で行って大変苦労もし、楽しい思いもした懐かしい土地なのです。そのトンネルも30数年が過ぎて、早やこんな姿になっていました。 このトンネルの横から旧道を通り地蔵峠から更に進み・・・梅が満開の鳥住春日神社に車を駐めて登山開始、今回は5人の登山隊でした。少し行くと鳳閣寺に展望台があり・・・遠く、左の一番高い尖った金剛山、すぐ右の鞍部の右が葛城山、右端に二つ並んで見える二上山などが一望でした。 まず最初に頂上を極め・・・・登ったり下ったりしながら・・・ 西行庵に向かいました。西行と言えば・・・今読みなおしている新平家物語にも再々登場する人物です。世をはかなんで出家し・・・と書いてありますが、吉川英治の新平家物語では、確か妻子有る身でありながら横恋慕から失恋し出家したと書かれていた筈です。ここで昼食とコーヒータイムをとりました。 この辺り、吉野の千本桜の『奥の千本』と言われるところで、吉野山の裏から来た感じです。 そして奥駆道を通り・・ 少し下がって金峰神社の・・・ 義経ゆかりの地へ・・・新平家物語、再読始めてかなり経つのですが、目の使い過ぎをしないようにして少しづつしか読んでないので全12巻のうち、まだ4巻目、まだ義経が追われてここに来るところまで読み進んでいません。(4巻目ではここへではなく、頼朝が挙兵前、義経がまだ鞍馬から平泉へ逃げて行くところです) ・・・と言うことで再開登山を無事終えることが出来ました。帰ってからの、そして翌朝の筋肉痛、虚脱感はいつものことですが・・・。
2017.03.23
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昨年7月の北海道登山を最後に、手術、療養のため控えていた登山に8ヶ月ぶりに挑戦してきました。高い山の誘いはお断りしてきたのですが、今回の計画は丁度難易度の低い(奈良県吉野山近くの)百貝山(863m)でしたので試運転登山として参加させてもらいました。今夜は詳しく紀行を書く余力は残っていませんので・・・今日のところは吉野・下市口駅までの長時間乗車の間に作った『川柳もどき』だけとさせてもらい、詳しくは明日書かせてもらいます。 『八ヶ月 ブランクどう出る 登山再開』『ブランクが 足を引っ張る 急こう配』 『アルプスの 奥穂高並み この低山』 『この辛さ 病か齢か ブランクか』 『試運転 登山何とか 無事終える』
2017.03.22
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ついに、最終日は晴れ。長年眺めるだけだった恰好の良い山・姫神山に登りました。岩手県の高速道路を走っていると、左に見えるのが百名山のこの岩手山なのですが・・・(岩手山は2007年に百名山の82番目に登っています)その向かいに見えるのがこの姫神山なのです。岩手県に行くといつもこの格好の良い姿が見えるものですから、ずっと登りたいと思っていた山についに登ることになりました。当日晴れていて、宿泊地から岩手山はこのように見えるのですが・・・肝心の姫神山が見えないのです。登ればガスも消えるとの信念で、登山を開始しました。頂上が近づくとこんな岩場になり・・・岩ゴロゴロの頂上はまだガスがかかって眺望が効かないのです。風が少しあったのでガスが飛ぶだろうと暫し待っていると・・・まず真上に青空が見え出し・・・すっかりガスがなくなりました。ところが・・・今度は向かいに見えていた岩手山が見えなくなり、こんな景色しか見えませんでした。下山を開始し・・・振り返ると今登ってきた姫神山の雄姿が見えたので、ここでコーヒータイム。最終日はここを下りて、仙台空港まで走らねばならず、登山口には11時過ぎに下りました。今回の旅行は予定変更で遠方の観光が2日入った為、4日間のレンタカー走行距離は1100kmを超えました。それを全て一人で運転して頂いた仲間に「感謝、感謝」の旅行となりました。・・・と言うことで仙台空港から飛行機で帰阪、無事登山旅行を終えることができました。ついでながら姫神山で見た花は・・・記憶と記録が不確かなため、間違っているもの、名前を忘れたものがたくさんありますが一応載せさせて頂きます。クガイソウマメツツジ??????ウツボグサ???????????????花の師匠 せっかく名前を教えてもらったのに???ばかりで申訳けありません。
2016.08.02
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昨日の続きです。 3日目は松川温泉近くの大深山に登る予定でしたが、天気予報が芳しくない為、またまた観光に切り替えて昨日の龍泉洞のまだ先の三陸海岸へ行くことにしました。関西に住んでいて、まず行くことのない風光明媚なリアス式海岸の観光と震災復興の防波堤工事等を見学する為です。昨日載せた地図を見て頂ければわかりますが久慈市から岩泉町の海岸線を走りました。(岩泉町には2日連続訪問と言う事になりました)さすがリアス式海岸です、海と崖の間に切り開かれた曲がりくねった道が続きました。この兜岩の名前は写真をアップしますと分かります。・・・・こう言う形なのです。私はNHKkの朝のドラマを見る習慣がないので詳しいことは知らなかったのですが、この言葉だけは知っていました。私達は駐車した場所の横にこの石碑がある事に気づいただけなのですが、そのあと観光バスもやって来て沢山の人が記念写真を撮っていました。上の石碑の向こうに、こんな夫婦岩があったのですが、ここもドラマで登場したのでしょうか??そして、もう一つの目的の震災復興工事なのですが・・・海岸線に沿って正に工事がラッシュで進行中でした。この遠景を少しアップしますと・・・高い防波堤の左と右が違いますが・・・もっとアップしますと・・・右は完成済み、左はまだ工事中で鉄筋がむき出しの状態であることが分かりました。この場所で山で食べる為に用意した弁当を食べ、コーヒータイムをとっていますと・・・山側のこの高い高い橋梁を・・・電車が走って来て数分停車したのでした。復旧した三陸鉄道北リアス線だったのです。停まっていたのは多分乗車している観光客へ観光案内をしていたのでしょう。暫くすると動いて行きました。そしてまだまだ景勝地が続き・・・高い位置にある国道沿いの沢山の仮設住宅の前を通り・・・前日行った龍泉洞近くを通り。次の宿泊地へ向かいました。 (車の中で走りながら撮りましたのでバックミラー付近のガラスに変な景色が写っています)
2016.08.01
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昨日の続きです。2泊目は去年も同時期に泊まったここ松川温泉でした。何故去年と同じ宿かと言いますと、去年登れなかった大深山へのリベンジ登山の登山口近くにあり温泉も素晴らしかったからです。去年は雨で登れず、角館と田沢湖観光に切り替えたのですが、今年も同じく天気予報が良くない為三陸海岸観光に切り替えることになったのでした(結果的には雨も降らない観光日和でしたが) 去年の記事はこことここをこの旅館でテレビを見ていると『松川地熱発電所が、てんとう虫と言われたスバル360と共に機械遺産に登録されたと大々的に報じているのです。地元だったからでしょう、余り大々的な報道だったので「世界機械遺産登録」と思いこんで過日のブログにその様に書いてしまったのですが「世界」のつかない登録でしたので訂正します。 地元でない地方では報道されたのかどうか??なにせ、その発電所が旅館の裏で、その蒸気が屋根越しに見えるのです。 (上に書きました、去年のブログには露天風呂から見える蒸気の写真を載せています)地下からの採取した熱(蒸気)が太いパイプで旅館の前を通り川沿いに発電所まで運ばれているのです。 原発のような構造物は冷却塔でここから余熱を放熱しているようです。曇り空と保護色になって分かりませんが上部から大量の湯気が出ているのです。発電所から下流を見ますとこんな光景です。この登録について地元紙の報道はこことここを。このあと、遠く三陸海岸へ向かいましが明日に続けます。
2016.07.30
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今年の秋田・岩手への旅行は昨年のリベンジ登山(乳頭山と大深山)と長年眺めていた格好の良い山(姫神山)の登山が主目的でプラス秘湯巡りの3泊4日でした。(結果は1座しか登れませんでしたが)伊丹空港から仙台空港へ、以後全行程レンタカーでの移動でしたが最初に向かったのが、岩手県の山一つ向こうの秋田県乳頭温泉卿です。深い山の中に散在する7つの温泉からなる乳頭温泉卿のうち、昨年はその中の鶴の湯に泊まったのですが、今回、泊まったのはこの孫六温泉でした。 乳頭温泉卿の詳しくはここを。 昨年の鶴の湯の記事はここを。深い山の中の橋を渡って行く、一軒宿。振り返るとこんな景色で・・・何人泊まれるのか分かりませんがこれだけの規模の温泉宿なのに、何と、客は我々4人で貸切状態でした。去年の鶴の湯同様、源泉掛け流しの風呂場が数か所あり・・・ この湯船は一瞬たりとも足を入れることが出来ない程の高温でした。先日書きました通り、去年の鶴の湯は乳白色でしたがここは透明の温泉でした。話は全く変わりますが、夜に出たのが秋田名物『いぶりがっこ』。今年の冬我が家で何回も作ったいぶりがっこもどきとどう違うかと、慎重に食べたのですが・・・我が家で作った「もどき」と何ら変わらない味でした。これからは自信を持って「もどき」を作れます。 さて翌朝の気温は・・・・テレビの天気予報が余り良くなかったのですが曇り空。携帯が圏外の為雲の動きを調べることが出来ないため、取りあえず出発ました。20分程登ると・・・・ポツポツと降って来たのです。 尾根に向かって高度を上げた関係で携帯は圏内になっていたので雲の動きをチェックすると・・・・。『これは駄目だ』と潔く撤退開始しました。 実は目指す乳頭山は昨年、秋田駒ケ岳からの縦走で目指しながら、天気が良く無かったので縦走せず断念した山だったのです。今回も断念で2年連続断念と言う事になりました。昨年断念した時の記事はここです。登山を断念して代わりの目的地(?)へ向かおうとすると・・・乳頭温泉郷の一つ黒湯がありました。ここも谷間の一軒宿・・・・差し詰め、来年リベンジのリベンジ登山の宿はここにするか・・なんて冗談が・・・・・。 そして、登山の代わりに行くことにしたのが日本三大鍾乳洞の一つ、龍泉洞です。 なにせ下図の左赤矢印の乳頭温泉郷から右の現在地と記されているところまで遠いのです。 それでも、また行く機会もなかろうと走ることにしました。因みに、あと二つは・・・・秋芳洞(山口県) 龍河洞(高知県)です。秋芳洞よりは規模が小さかったです。龍河洞は行ったことありません。奥の方に進むと、この温度です。寒かったです。湿度97%とは???『自然のなせる偉業技』を見に行っているのに・・・こんな照明が至るところにあるのは頂けませんでした。ここは水が豊かなところで透明度100%の綺麗な地底湖が3ケ所も有りました。低温を利用してのこんな施設も有りました。ここの観光を終え、又ほゞ出発地の近く秋田との県境近くまで引き返したのですが・・・明日に続けます。
2016.07.29
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昨日の続きです。今回の大雪山系登山は天候に恵まれ素晴らしい眺望を楽しむことが出来ましたが、高山に咲く沢山の花も楽しむことが出来ました。今回は花博士が一緒でしたので、ひとつひとつの花の名前を教えてもらえたので余計に花を楽しむことが出来ました。その教えてもらった名前を憶えたり、記録したりしたのですが・・・何分にも不確かな記憶であり、記録でもありますので間違っているかも知れませんがご容赦の程お願いして載せさせて頂きます。サンカヨウ エンレイソウミズバショウエゾリュウキンカカラマツソウミゾホウヅキ〇〇スミレ (エゾスミレ?) エゾイチゲ 熊も人間も大好きな マガリタケミツバオウレンナナカマド シヨウジョウバカマ イワウメ イワヒゲ コマクサ ???チングルマ エゾノツガザクラハクサンイチゲ キバナシャクナゲエゾコザクラミネズオウ ワタスゲ
2016.07.14
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昨日の続きです。翌日は同じ大雪山の主峰・旭岳(2291m)の登山です。この山は10年前に登り奥の間宮岳まで行く周遊コースを登ったのですが・・・今回は頂上へのピストンだけのコースでした。まず、標高1100mの山麓駅からロープウエイで標高1600mの姿見駅へ・・・・下図の赤線のルートを登りました。因みに左の赤枠が昨日登った山です。こちらの山は前日と違いアチコチで噴煙が上がっています。途中からの眺めですが、左が昨日も書きましたトムラウシ、右の方が富良野方面の十勝岳、美瑛岳、富良野岳等の十勝連峰です。トムラウシのアップです。昨日も書きましたが数年前の同じ時期に、この旭岳からトムラウシへの縦走で数人の凍死者が出た山岳遭難があったのですが、こんな穏やかな日もあれば同じ時期なのに凍死者がでる日もあり本当に山の気象は怖いことを痛感する景色です。途中登って来たルートを振り返りますと・・・・8:15にスタートして、頂上着が10:45 2時間30分の登りでした。何度も書きますが、向かいに見えるのが昨日登った永山岳などです。そして赤矢印の雪渓が昨日書きました迂回した雪渓です。頂上から西を見ると・・・ちょっと見難いですが、遠くに旭川市街が見えました。頂上で早めの昼食とコーヒータイムをとり、下山開始、高度を下げて行くと・・・正面に見えるのがロープウエイ駅です、ロープウエイ駅近くの姿見の池、夫婦池周辺を周遊していますと、初日にもアップしたチングルマ越しの旭岳や・・・・夫婦池越しの旭岳がまるで額縁の写真の様に望めました。そして、最後に昨日の登った永山岳他を望んだのち・・・ロープウエイで下山。宿泊したホテルの温泉で汗を流し、旭川経由で札幌に向かいました。明日、見た花を主に書きますので、あと1回お付き合い下さい。
2016.07.13
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ちょっと更新が滞りました。身体の調子が悪いのでは?? と言うメールも頂きましたが酷暑の折りにも拘わらず調子に乗り過ぎのきらいがあり、しわ寄せがブログ更新の滞りなった次第です。登山の疲れもまだ完全に癒えないないのに、7/11はゴルフした。 しかも最近は近くのゴルフが多いのですが11日は遠く道沿いのこの案山子が迎えてくれる三重県伊賀市までの遠征でした。 (ここで休憩したのですが、前のことは憶えていませんが案山子も夏の衣装に衣替えをしているようでした) そんなことで、朝早くから帰りも遅くなりとてもブログに目が向かず、更新もさることながらみなさんのブログへの訪問も出来ず終いでした。 前置きが長くなりましたが・・・・本論の続きです。次から次への雪渓歩きで進んで行ったのですが・・・こんな急傾斜の雪渓横断に出くわしたのです。 足跡を辿れば良いのは分かっていて先行の3人はここを横断したのですが、後の3人はこの雪渓の上部を迂回することにしました。先に迂回して振り返るとこう言う光景です。 何分にもここを滑ると100mは滑落すると思える難所でした。難所を過ぎるとあとはこう言う景色を見ながらルンルンで進みます。向こうに見えるのが明日登る旭岳でほんの数kmの距離ですが前にも書きましたがここに登る為にこの後90km超車で走ることになります。そして高度を下げていくと・・・昨日のブログの5枚目に写っていた湿地帯に到達です。沢山の池の景色は予定通りでしたが・・・ワタスゲが見られたのは感動でした。始めの内は何か汚いワタスゲばかりでしたが・・・・少し進んで行くと・・・ 真っ白なワタスゲが沢山生えており・・・何枚の写真を撮りましたやら・・・お蔭で大変遅れてしまいました。最後に見たワタスゲはいつ、どこでと思い出せない位、久し振りの『対面???』でした。そして最後の雪渓を渡り・・・・出発点の愛山渓温泉に戻り、10時間の登山行を何とか無事終えることが出来て・・・・90km超を車で移動して、翌日目指す旭岳麓の大雪温泉のここに泊まったのですが、ここも源泉掛け流しでした。翌日の大雪山・旭岳登山については明日に続けます。
2016.07.12
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毎年恒例の北海道登山、今年は大雪山の 永山岳・安足間岳(アンタロマ)・当麻岳・沼の平周遊と主峰・旭岳を3泊4日で巡る旅でした。初日は千歳空港からレンタカーで200km超、旭川市の向こう上川町のこの愛山渓温泉に前泊でした。 国道から専用道路の様に途中何も無い林道を19km山の中に入って、ここだけしか無い、標高約1000mの一軒宿です。 泊まり客は私等6人と1組の老夫婦だけなのに、もったいなくも直径5cm程のパイプからかけ流し温泉がドンドン出てくる温泉でした。明けて2日目は6時30分に出発です。下図り左側の赤矢印が目指すルートです。花あり、雪あり、眺めありの変化に富んだルートでしたがぐるっと回って出発点へのゴールが16時25分、ほゞ10時間を要し、久し振りのハードな登山となりましたが何とかついて行くことが出来ました。因みに右の赤矢印は翌日の登山ルートです。青矢印は10年前ほゞ同じメンバーで登った時のルートなのですがみんな若く元気だったので倍程長いルートを登ったのでした。左と右の山系が距離にしてほんの数kmなのですが、下山後車で旭川市を通り、約90km走って右の登山口へ移動しました(それだけ山容が大きいのです)さて、最初は勾配の急なこんな林の中の登り・・・エゾノリュウキンカの群生です。今回は花博士が居られたので花の名前はバッチリでした。しかしこの後、纏めて沢山の花を載せますが、私の記憶力、記録力が頼り無いので間違っている可能性はありますが御容赦の程 ! !高度を上げて、樹林帯を抜け見降ろすと・・・見えているのが下山時に通る沼の平です。ここではワタスゲの群生が素晴らしかったのですが後程に。花は纏めて・・・なんて書きながら、この高山植物の女王・コマクサは後回しには出来ません。 沢山咲いていました。更に高度を上げると次から次へ雪渓が現れ、横を通ったり、眺めたり、横断したり、縦断したり・・・なかなか楽しまてくれました。(唯、こんな傾斜の緩い雪渓はルンルンでしが、傾斜がきつく下は谷と言う雪渓は・・・渡った人と迂回した人に分かれました。因みに私は迂回組でした。その難所の雪渓も後述します)風景に溶け込んだエゾコザクラ まだまだ登り・・・最初の目標・永山岳(2046m)に到達です。これが安足間岳だったか愛別岳だったか・・・頼りない事ですかなりズームしていますが、これがあくる日登る旭岳です。近寄るのも怖い千尋の谷広い山容に広がる沢山の雪渓の始まりです。遠く右に見えるのが・・・数年前のこの時期に凍死者数人の事故があったトムラウシです。360度のパノラマを切り撮った写真ではその素晴らしさを十分伝えられないのが残念ですが、まだまだ続きます。続きは明日に・・・。
2016.07.09
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明日から北海道大雪山系の山に登りに行って来ます毎年この時期梅雨を避けて行く北海道登山ですが、今年は既に始まった酷暑からの逃避と言う事にもなりました。今回のメンバーは6人(和歌山2人、大阪2人、千葉1人、静岡1人)で千葉、静岡のメンバーとは千歳空港で合流します。毎回のことですが、下に添付の通り、場所・時間・宿泊地、費用等、全て詳細にわたる計画表を作って貰え、毎回ほゞ狂いなく計画通りの行程を行くことになります。 (天気が悪い時は観光に切り替え等は常ですが) 残雪が予想されるのでアイゼンと熊除けの鈴を持って行きます。ただ、懸念材料が一つありまして・・・1週間ほど前から何もしていないのに左足のアキレス腱が痛く、もう治るもう治るで今日まで来たのですが、まだ痛みがひかないので、長丁場の歩行が出来るかを心配しての出発なのです。
2016.07.04
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昨日の続きです。名護屋城跡を見学の後、福岡県に入り大宰府天満宮の直ぐ傍のホテルに泊まり、翌26日は予定通りこの宝満山(830m)登山です。大宰府天満宮の直ぐ後ろに聳えるこの山派信仰の山でもあり、福岡県で一番人気の山とのことでとにかく平日にも拘わらず登山者の数は大変多かったです。 この鳥居をくぐると直ぐ階段が始まり、頂上近くまでとにかく階段ばかりという山でした。頂上直下にはこんな鎖場もあり・・・頂上も岩、岩、岩で・・・・抜群の眺めらしいのですが、前日の弓張岳同様またまた下界はガスで見えず・・・祠にお参りして・・コーヒータイムで休憩していると・・・直下の景色は少し見えて来たのですが・・・博多方面など遠望は利かないままでした。仕方なく下山して次の目的地といっても直ぐ近くなのですが・・・大宰府天満宮へ。本家の京都・北野天満宮までは行きませんが大きな神社です。 私は3回目の参拝なのですが直近でも30年は前のことだったので初めてと言う感じでした。 この参道は帰りの景色ですので本殿は後ろです。この大宰府天満宮 参拝を最後に、門司へ向かい往路と同様フェリーで大阪南港へ向かい今回の九州登山を無事終えることが出来ました。長らくお付き合い頂きありがとうございました。
2016.05.30
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昨日の続きです。 佐世保の弓張岳の次に向かったのが佐賀県呼子の活イカと名護屋城観光でした。(時間的にイカは口に入らなかったのですが)秀吉の朝鮮出兵の前線基地の名護屋城は浜の近くの砦に毛の生えた位の規模と思っていたのですが、現地へ行ってびっくりでした。 玄界灘を見降ろす小高い丘の上に広大な城があったと言うのです。 しかも当時大名の陣屋が130以上建てられ約20万人の城下町が形成されていたとか。ちょっと分かり難いですが下図の緑の部分が名護屋城と各大名の陣屋が敷かれた場所を表しています。 (クリックして頂くと大きな画面になります) 例えば大名の兵力は・・・・城跡と言うことで石垣の中の建物の無い広い敷地を案内に沿って進みますと・・・入口側からは想像も出来なかった小山の様な見晴らしの良い場所が本丸跡でした。ここなら、船の動きも大名の陣屋も一望出来る最高の立地です。入口に引き返すと・・・反対側にある立派過ぎる程立派な建物は・・・歴史的資料は撮影禁止でしたが・・・こんなお城周辺の模型や・・・秀吉軍のお城を載せたような船の模型や・・・朝鮮軍の亀に擬した船の模型も展示されていました。このあと、次の目的地大宰府へ向かったのですが・・・明日に続けます。
2016.05.29
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昨日の続きです。 普賢岳から仁田峠へ、そして登山者駐車場へ下山し車で雲仙温泉へ・・・。雲仙温泉の泉質はこの宿泊ホテルの足湯の様に乳白色で中々のものでした。そして、ここ雲仙温泉は先に触れました通り、高校の修学旅行の地でした。 50有余年前の景色はこうだったのですが・・・今もこの様にその時と変わらない景色でした。 ただ、50有余年前はエンビのパイプがなかった様でこの様にU字の配管だったのが・・・この様な配管に変わっていました。この温泉地獄では昔の思い出以上に見るところがあったのです。 それは・・・場所を訊ねて、行ったのですが・・・『真知子岩』です。忘却とは忘れ去ることなり 忘れ得ずして 忘却を誓う心の悲しさよこのイントロで始まるラジオドラマで銭湯の女湯が空になったと言う伝説の「君の名は」のロケ地でした。 雲仙温泉宿泊の翌日は天気予報が「午前中雨、午後晴れ」のだったので登山を諦め、観光に切り替え、長崎市内観光と言う選択肢もあったのですが・・・・佐世保~呼子へ向かいました。 (雨は朝の内に上がったのですが) 途中ハウステンボスを眺めながら佐世保へ・・・いつ行ったのか憶えていなかったのですが、佐世保の弓張岳からの九十九島の眺めを推奨したのでした。こういう眺めを期待して行ったのですが・・・そう高く無い山なのに到着するとガスの中で下界が全く見えないのです。 折角来たのに、と言うことでコーヒーを淹れて待つこと暫し・・・完全にとは言えませんでしたが見えて来たのです。佐世保市市街と軍港と九十九島へ向かって左からこう言う眺めです。諦めかけていた景色を一応見ることが出来て、次に佐賀県の呼子へ向かいました。 明日に続けます。
2016.05.28
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今年の九州登山はいつものメンバー5人で予定は下記の通りでした。1日目 南港からフェリーで出発 2日目 早朝に新門司港に着き一路雲仙へ、雲仙普賢岳・妙見岳・国見岳登山ののち雲仙温泉泊 3日目 長崎・佐賀県境の多良岳登山し、大宰府泊 4日目 宝満山登山ののち大宰府天満宮参拝し新門司港へ 5日目 南港着出発前危うんだ天気は幸運にも雨は2日目のほゞ下山した頃から翌3日目の午前10時頃まで降っただけでしたので、3日目の登山を観光に切り替えるだけで他は計画通り好天下で行動が出来ました。3日目の登山が無くなり私個人としては体力回復ができ、まず行くことができない場所の観光も出来たので結果的には良かった事となりました。さて、雲仙普賢岳他の登山は仁田峠が登山口です。 (ただ広い駐車場があるのですが観光バスなど優先で、登山者は約40分下に駐車して仁田峠まで登ることになりました)その仁田峠なのですが・・・・50有余年前の青春の思い出いっぱいの地なのです。高校2年時の修学旅行が別府~熊本~島原~雲仙~長崎だったので、後で書きます雲仙温泉ともども懐かしさもあって出発前に古いアルバムを引っ張り出しました。高校2年生の時の下手な字を出したくないのですが・・・上の写真に合わせて撮るとロープウエイと言い・・・展望台と言い・・・見下ろす景色と言い・・・、50余年後も変わらない風景がそこにありました。ただ、違ったのが反対側のこの景色です。 50余年前には無かった山が現れたのです。平成4年(1992年)の普賢岳噴火で普賢岳山腹に出来た『平成新山』です。案内板によりますと・・・上に載せた写真をもう一度載せますが・・・斜めのスロープが溶岩流が流れた個所らしいです。 そして、いよいよ妙見岳~国見岳~普賢岳の順番に登山開始です。仁田峠付近から登山途中もツツジ、ツツジの花いっぱいの登山でした。少し登って振り返ると・・・ダム湖の横が今夜の宿雲仙の温泉街です。角度を変えると、平成新山で向こうは島原湾です。標高1333mの妙見岳には小さな祠がありましたが特に良い場所でも無かったのでパスしてこの分岐へ来て、まず国見岳に登り、ここまで引き返し普賢岳に登ることになります。国見岳もこの様に花いっぱいですが・・・右に見える平成新山はまだ少し煙が出ている様でした。国見岳への最後の急登です。1347mの国見岳もこんな状態で余り『絵』にならなかったのですが・・・反対側を見降ろしますと・・・閉めるか開けるかで法廷闘争で有名な諫早干拓のゲートらしきものが見えていました。何分にも雲仙のある島原半島は周りが全て海の様でまるで島です。これが最後に目指す主峰の普賢岳・・・その頂上です。後ろが平成新山ですが、仁田峠から見られた全貌もここからは頂上は雲の中でした。このあとすぐ下の雲仙の温泉街に下りたのですが・・・・明日に続けます。雲仙は修学旅行の地であり、映画の『君の名は』のロケ地で思い入れのある場所なのです。旅行中スマホからの記事に頂いたコメンントに遅れましたが返事を書かして頂きましたのでまた覗いて下さい。
2016.05.27
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長年使っていた2代目の登山用ストックが毀れたのです。長さ調整が効かなくなっのです。振り返りますと(長く使ったこの2代目と違い)1代目は短期間で2代目に代替わりしたのでした。何故かと言いますと1代目は山の中に忘れてきたのです。 忘れると言う事は、若くて体力があったのでストックに頼る度合いが如何に少なかったかと言う証しでもあったのですが。 さて2代目(1代目も)は一番ポピュラーな右側のI型だったのですが、3代目は左のT型にしました。 I型とT型についは個々の好み以上にメリット、デメリットがある様ですが、私は単純に齢とった時(今既に齢とっていますが(笑)) ステッキとして使えるのでないかと言うことだけで決めました。明日また山の中に忘れるかも知れないのに、そんなこと考え過ぎと言われそうですが一応『将来設計?????????』のつもりなのですが・・・。
2016.05.19
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初めに。 旅行中頂いたコメントへの返事が抜けていたのが沢山ありました。 5/9分始めチェックした上、返事を書かして頂きましたのでまた覗いて下さるようお願いします。 昨日はゴルフのだったのでいつもの通り バタンキューで一日休んでの更新です。 そして体力のない身としまして今日は『完全休養日』に充てざるを得ないこと又、いつもの通りです。 さて、最終日は大山登山で、3度目の登山です。この山は頂上近くのキャラの灌木の中の木道になるまで、ほとんど全てがこんな階段なので、なかなか厳しい山です。 始めの内は気持ちの良いブナ林の中を喘ぎながら、高度を上げて行きますと・・・後述する最高峰の剣が峰(1729m)が見え・・・確か六合目だったと思いますが見降ろすとこんな眺望です。米子の町で、弓状の海岸線の先が境港です。頂上が近づくと天然記念物のダイセンキャラボクの中の木道に変わります。中央少し右の白い線が続いている木道です。こんな木道を疲れた体でひたすら進み・・・振り返るとこんな景色です。そして頂上弥山(1711m)に到着です。 登山口出発が8:00、到着が10:25でした。そして、弥山の頂上横から前述の最高峰剣ケ峰(1729m)が見えるのですが崩落が激しく立ち入り禁止です。5/12のブログの稲荷山の仙人さんがコメントで昔大山に登ったが稜線が怖かったので2度と行きたくないと書かれていましたが当時はこの先へ進むことが出来たのでしょう。 今回は花博士がいない為、花の名前が分からないので殆ど撮っていないですが・・・ これも何とかスミレと言うのでしょう。下山は六合目辺りから登山とは別ルートです。大山の厳しい崩落を象徴するようなこの沢を横切り・・・大神山神社の境内を通り・・・この階段を下り・・・大山寺の前を通り・・・登山口まで無事到着しました。登山口到着が13:20でした。 下山途中に昼食とコーヒータイム取っての所要時間は2時間55分でした。・・・と言うことで4日間の行程を無事終了しました。 次は来週の毎年恒例の九州登山です。 それまで体調の回復、維持に努めないといけません。
2016.05.18
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昨日続きです。三瓶温泉の国民宿舎さんべ荘に泊まった翌日はいよいよ登山です。 前日までのややこしい天気が回復して快晴の登山となりました。三瓶山は日本200名山のひとつで火口の周りを凸凹とつながる山を一周するすることになります。私達はさんべ荘をスタートし、時計周りに赤矢印の様にまず子三瓶山(961m)~最高峰の男三瓶山(1126m)~女三瓶山(953m)~孫三瓶山(903)とアップダウンを繰り返して回りました。所要時間はam8:00スタートで下山が14:10で6時間10分を要しました。子三瓶山の手前の稜線に出ると、全体の山並が見渡せます。テレビ塔のあるのが女三瓶山です。後を振り返る雲海です。この雲海の右には日本海と大田市の町が見降ろせます。女三瓶山をアップしますと・・・テレビ塔が林立していて、過日登った神戸の菊水山のようです。そして右後方には明日登る予定の大山がうっすらと見えていました。アップしますと・・・そして一番先に登るのが子三瓶山で・・・次が最高峰の男三瓶山です。男三瓶山頂上から振り返りますと・・・右が今登って来た子三瓶山で、左が一周して最後に登る孫三瓶山です。男三瓶の次は女三瓶山で先に載せましたテレビ塔のある山です。女三瓶から振り返りますと・・・右が今下りて来た男三瓶で左が子三瓶です。上の写真を少し右へ移動しますと・・・右が子三瓶で、左が最後に登る孫三瓶です。女三瓶から次は最後の孫三瓶に登り・・・(右が男三瓶、左が子三瓶)下山して振り返ると・・・左が最高峰男三瓶、右が子三瓶ですが・・・とにかく、どの山も似ているので順番に見て行かないと分からなくなります。・・・と言うことでアップダウンの連続の登山を終えたのですが・・・次の宿泊地米子のホテルに行くには少し早かったので、妖怪のモニュメントで有名な、水木しげるロードの境港まで足を延ばしました。ここ境港は現役で神戸勤務の時、かなりの頻度で訪れていましたが、妖怪の写真を撮るなんてことは初めてでした。右の看板には「鬼太郎タクシー」とも書かれています。この後、米子市のホテルで一泊 、翌日の大山登山に備えました。明日に続けます。
2016.05.16
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昨日の続きです。温泉津に泊まった翌日は石見銀山の観光でした。まず最初に『世界遺産センター』と言う立派過ぎる有料(300円)の箱ものを見学し(何故か館内撮影不可)、車で移動し駐車場に車を駐めて後は徒歩で見学です。大まかに言って銀山ゾーン(約2km)と町並みゾーンに分かれており、その町並みゾーンが更に武家・町屋ゾーン(0.5km)と代官所ゾーン(0.5km)からなると言う広大な範囲を徒歩で見学することになります。パンフレットに依ると武家・町屋ゾーンで見学時間60分、代官所ゾーンで90分が必要となって居り距離のある銀山ゾーンを併せると相当な時間と脚力が必要です。また、有料の施設が多くあり全部見学するとなると相当な費用がかかります。因みに私達が観た有料施設は冒頭に書きました『世界遺産センター』と坑道の『龍源寺間歩』だけでした。最初に歩きだしたのが銀山ゾーンです。 山腹にある精錬所跡上の写真の案内板を拡大しますと・・・こういうことです。上に登り、見下ろすと・・・上部に見えるアスファルト道から見上げていたことになります。道中ある自販機は確か全てこの様に板で装飾したものでした。歩く道に面して至るところにこんな坑道(間歩まぶ)跡があり大小合わせ600ケ所もあるとか。 更に進むと・・・有料の龍源寺の坑口です。全長は本来600mに及んだらしいのですが平成元年に157mのところから新しい坑道が設けられて観光用に公開されたとのこと。 赤矢印が見学ルートで、直角に曲がっているところからが新しい坑道です。内部はこんな状態ですが・・・フラッシュを焚くと・・・こんな状態です。この坑道の至るところに銀鉱石を掘りだしたこんな穴が沢山ありましたが人が入れるのかと言う程度の細い穴が多かったです。そして出口を出ると・・・方向感覚が全くなくなっていたのですが入り口とはかなり離れた場所に出ることになりました。至るところにこの幟が立っていましたが、世界遺産登録は2007年7月です。そして、銀山ゾーンを引き返し、武家・町屋ゾーンから代官所ゾーンへのこの様な街歩きが続くのですが、これがなかなか長いのです。長々と書きましたが・・・・地図で説明しますと・・・世界遺産センターから車でBまで移動し、そこに車を駐車して徒歩でBC間を往復、そしてBA間を往復したのでした。最初に載せた清水谷精錬所跡は仙ノ山の山腹にあります。 ・・・ということで観光を終わり、次の目的地三瓶山麓の三瓶温泉に向かいました。明日に続けます。
2016.05.15
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4/19いつものメンバー5人で奈良県東吉野村の 薊岳(1406m) に登って来ました。京阪電車~JR環状線~近鉄と乗り継いで、榛原駅でピックアップしてもらい約50分東吉野村の大又と言うバス停前のこの神社横が登山口で標高430mです。目指す薊岳の標高が1406mであるため、約1000mの登りです。1000mの登りと言うのはなかなか厳しく,登りの標準タイムの1時間300mとしても3時間強を要する高さです。登山開始すると・・・吉野杉の本場なので杉と桧の樹林が続きます。たださすが、他の山で見る植樹林と違い、間伐、枝打ち等の手入れが行き届いていて明るく、地面まで陽の光がさしていることでした。杉林の中を陽に当たりながら登るなんて言うことはまず経験しないことです。そんな杉林がずっと続いても頂上が近づくと、岩場もあり灌木に代わり・・・1406mの頂上です。360度のパノラマなのですが・・・この方向が・・・・大台ケ原方向か? と推測する位で特定した山はなく、ただ良い景色と眺めるだけでした。記念写真を撮って下山にかかるのですが周遊コースなので登山路の反対のこんな樹林帯へ進みます。 それでも高度を下げるとまたまた手入れの行き届いた気持ちの良い植樹帯が始まり・・・杉の植樹帯の中にコバイケソウが生えているなんて初めて見た気がしました。花が咲きだすと見ものでしょう。太陽光あればこその光景です。気持ちの良い樹林帯の急な下りが延々と続き・・・・やっと道路に下りると・・・新緑の渓谷が続きます。そして暫く進むと杉材の出荷場所がありましたが・・・この様な山に代わり・・・名水百選の『七滝八壺』です。折角なので吊橋を渡り飲みに行ったのですが、7滝の内の4つの滝が見えるのに・・・水飲み場がないのです。 上の方に行けば水飲み場はあったのでしょうが疲労困憊のため断念しました。そして渓谷沿いに50分の歩きでスタート地点に戻り長丁場の厳しい登山を終えることが出来ました。因みに登山開始が10:15 登山口への下山が16:40 6時間25分を要しました。
2016.04.20
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この時期、毎年恒例の紀の川市・雨山へワラビ採りに行ってきました。 以下毎年書いている事ですがお付き合い下さい。JR和歌山駅から「たま駅長」で俄然全国区と言うより、世界的に有名になった和歌山電鉄で終点の貴志駅へ向かいます。電車もネコ一色です。車内には子供用の図書館もあります。他にイチゴ電車もある筈です。発車の頃に客も増えたのですが。ざっと見たところ半分以上が東洋系外人さんの団体でした。約30分の終点貴志につくとこの様に外人さんの団体が目につきます。初代駅長の「たま」が死んだのは確か去年のことだったと思いますが、駅のホームにこんなのが出来ていました。ベンチには台湾の宣伝まで・・・駅舎はネコの顔です。2代目駅長は今日は出勤日でなくいませんでした。この駅で2人が地元の山仲間Kさんのマイカーにピックアップしてもらい、計3人で目指す雨山を目指しました。 もうこれで何年毎年行ってるのか分からないほどの山仲間の恒例行事です。麓は放棄されたシュロ畑です。昔はタワシや箒の特産地でしたが安い外国産に市場を奪われたのがこの現状に繋がっています。そしてもう少し登るとここがワラビ自生地です。生えている木は和歌山特産の柿の木だとおもっていたのでず、芽吹いた状況をみるとハゼのようでした。調べて見ますとこの辺り(海南市)は和ロウソクの産地なのですが、箒、タワシ同様のことが起こっているようです。ワラビはこの様に葉が開いたものが多く、少し遅かった様ではありましたが・・・イタドリと併せこれだけの収穫がありました。山からの帰りにKさん宅に依り頂いたのが・・・・手作りの豆腐と「おから」です。豆腐本来の豆の匂い、味がする絶品、醤油もツユもカツオも・・・何もかけず、つけず豆腐だけで食べました(勿体ないので半分残していますが)
2016.04.14
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昨日の続きです。三山登山は下の地図の赤いルートを反時計回りに登りました。真ん中少し右の「弘法大師御廟」からが昨日の続きです。奥の院から摩尼さんへ向かいました。 「女人道」とは高野山は明治時代まで女人禁制だった時代に「女人」が通った道です。上の地図のブルーのルートもその道です。 お寺のある山内は女人禁制だったので「女人」は周りの険しい山から拝んだらしいです。女人道の詳しくはここを。足元の雪の注意と同時に積もった雪の重みで垂れさがった枝にも注意しながら進みます。見上げるとこんな青空なので眺望を期待したのですが・・・殆ど灌木に囲まれて・・・眺望がない道が続き・・・一つ目の摩尼山山頂に到着したのですが・・・この様に木の茂みが眺望を妨げていて、小休止で・・・そのままスルーです。続いて三山の中で一番高い楊柳山に到着、ここも眺望は無かったのですが、ランチとコーヒータイムをとりました。そして下って・・・登って・・・最後の山、転軸山です。 ここも眺望はなく、最高の天気で雪景色は堪能したのですがに結局眺望は殆ど楽しめませんでした。そして下山です。奥の院駐車場に車わ止めているので×マークの付いている方向へ・・・奥の院に下りますと、この光景です。お遍路さんもいれば、中国の方らしい団体さんも・・・そして入り口まで来ますと、バックパックの白人系外国人が(赤矢印)・・・。 前回にも書きましたが本当にこの様な外人さんが多いのです。朝の雪はすっかり融けていました。昨日のスタート時の写真とは大違いです。浜松からのメンバーお一人は写経付きで宿坊に泊まり明日青春18きっぷでお帰りと言うことで登山と宿坊と静春18きっぷの旅と・・・楽しい旅をされておりました。 (私は今年の春の青春きっぷはお休みです)
2016.03.16
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高野山の奥の院の後方の所謂、高野三山と言われる 摩尼山(マニサン)1004m、楊柳山(ヨウリュウサン)1008m、転軸山(テンジクサン)930mに山仲間6人で登って来ました。高野山方面へ行く時いつもピックアップしてもらう九度山駅は『真田丸』効果で六文銭の幕でお化粧されていました。因みに2014.04.11 のブログに載せている写真では・・・駅舎も化粧していれば・・・帰りの電車でもこうなのですが・・・座席シートまで念の入り用には畏れ入りました。さて、九度山駅から高野山へ向かって進みますと、車の窓からの景色はまるで満開の桜の下を走る如き景色に変わって行きました。前日の当地の天気ではみぞれのマークが載っていたのですが、まさかこんなに積もっているととは思いもよりませんでした。何と言いましても高野の町は標高800m余の山中です、 これが前日の予定なら降雪でダメ、明日の予定でしたら融けた雪でびしゃびしゃの山道で泥だらけの登山となっていた筈なので、最高の日の登山となりました。奥の院駐車場に車を置き、裏参道から奥の院へ向かいましたが参道は雪かきがされていました。外人さんが相変わらず凄く多いのは相変わらずの景色でした。奥の院ですがここからは撮影禁止、お堂の周りでは脱帽です。振り返ると・・・そしていよいよこの横から登山開始です。 この先の登山道は私達が今日初めての登山者で、ニの字ニの字の下駄の跡では無いですが真っ白な新雪に足跡を残しての登山となりました。これだけの雪が積もっているのですが、空は青空、天気予報も終日晴れマークであった為安心して登山開始が出来ました。登山の様子は明日に・・・。
2016.03.15
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今日は終日雨です。 先日のゴルフも一日違いで天気の良い日にプレイ出来たのですが、明日も高野山の三山登山の予定のところ、明日も一日違いの好天の予報で日を変えず行けそうで「晴れ男」のようです。と言ったことで今日は籠の鳥、先日の京都トレイルで撮った写真でお茶濁しです。まず、思わせ振りなタイトルをつけましたが・・・京都トレイルの山中でこんな標識を見ました。シロバイなんて木初めて見た名前で、どれがその木か分からなかったので検索しますと・・・ こんな木でした。 「白灰」と書くようです。 そして少し歩くと今度はこれです。これがその木なのですが何分にも高木で写真を撮ってもこの有り様です。 これも検索しますとこんな木で、いずれも初めて知る木でした。上2枚の写真は山の中でしたが、知恩院に下りて三門を出て石段を下り、参道の気になるとある場所へ・・・・。ここなのですが・・・ 今まで当ブログで何度も取り上げた「円空仏(もどき)」があった場所です。切り株に彫ってあって、良く見に行った円空仏(私が勝手に付けた名前ですが) が忽然と消えた場所です。彫ってあった切株も朽ち果てていました。前から当ブログを見て頂いている方は憶えて頂いているかと思いますが・・・ こことここを見て頂ければ幸甚です そして四条通りへ出ますと季節の風物詩、この看板が上がっていました。いよいよ春本番です。
2016.03.14
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昨日の続きです。京都一周トレイルのルートの粟田口へ向かわず逸れたのは知恩院へ下りるためでした。下り始め、次の円山公園方向との分岐を右へ・・・こんな山道を下って行きますと・・・こんなゲートがあります。 清水寺も智積院も裏口にも同じようなゲートがあって夜は閉鎖して施錠されます。 そして、左前に見えているのが・・・大みそかの除夜の鐘で必ず出て来る鐘楼です。 この鐘も勿論大きいですが、方広寺の国家安康の鐘の方が大きいです。長年かかっていた東本願寺の改修工事は完成しましたが、ここの改修工事ももかなり前からやっていますが、まだ続いている様です。この場所から振り返りますと・・・将軍塚展望台はこの上方向です。そして、いつもは下から見上げている三門に出ました。三門越しの正面に愛宕山がくっきりとみえました。この後、京阪電車・祇園四条駅まで歩いて帰路につきましたが全行程約1時間50分の歩きでした。
2016.03.13
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最高の天気に誘われて急遽登山トレーニングを兼ね、京都一周トレイルで将軍塚~粟田口~京阪三条駅まで歩くことにしました(途中で予定変更しましたが)京都一周トレイルもスタートの稲荷山~豊国廟~清水寺裏口までは良く歩くのですが清水寺裏口から将軍塚へ向かうのは数年振りでした。国道1号線の下を抜けて清水寺に向かう途中のこの石碑を見てあれれと思いました。六条天皇と高倉天皇の御陵は直ぐそこ清閑寺の隣、天智天皇陵は少し離れた地下鉄のその名も御陵(みささぎ)駅の近くなのですが・・僧正遍照のお墓についてはまず、僧正遍照では無く、遍照僧正になってるのです。 どちらでも良いのですが、百人一首で言い慣れたのは僧正遍照なのですが・・・。言い方もさることながらこのお墓の場所を知らなかったので調べますとここから東山のトンネルを抜けて約1km余りの山科にあることが分かりました。また僧正遍照が桓武天皇の孫であることも知りました。(桓武天皇陵と言えば伏見桃山の明治天皇陵の近くににあります) こんなに近くにあるなら行ってみようと後日の楽しみにして将軍塚へ向かいました。僧正遍照及びお墓について詳しくはここを。清水寺の裏口手前からトレイル道は山道です。 東山の「ナラ枯れ」が言われて久しいですが、今でもまだこんな光景が見られます。そこそこ厳しい登山道を進み、丁度清水寺の上辺りだと思いますが格好の休憩所です。このグルーブは時間的に見て多分、稲荷山からスタートしてここに至られた筈でお疲れのようですが、私はまだスタートして間もなく休憩なしに進みますと・・・一面の裏白です。正月にここに来れば買わなくても良いなぁ、否、採ってはいけないか・・・なんて考えながらこの標識り左側から右へ進みます。さる方のブログで左右反対の石碑を書かれていましたが、ここにも。 昔は何を基準に左右といっていのでしょう??そして間もなく将軍塚の駐車場に到着です。 右は青蓮院門跡の有料の青龍殿眺めへ進み、左が無料の将軍塚展望台の眺めへ進みます。京都市内を眺めるのにはここが一番と言う、無料の眺めです。金閣寺近くの左大文字です。引き返し、右方向へ進みこの青蓮院の門の・・・手前のこの標識を左折し再び山道へ入りますがここからは下りです。スタート前には左上方向の粟田口へ下りる予定だったのですが、急に思い立って円山公園方向へ下りることにしました。 粟田口へ下りるよりこちらの方がブログネタがあると思っての変更です。そのブログネタは明日に。
2016.03.12
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山仲間4人で奈良県の葛城市と大阪府太子町に跨る二上山(にじょうざん)に登って来ました。と言っても分かり難いですが日本一高い天王寺のあべのハルカスの下から近鉄電車南大阪線で30分余の場所です。下の写真は2/12と2/13のブログで書いた高取城・壺阪寺に行った時望遠で撮った写真ですがこの山に登ったのです逆に二上山頂上から眺めますと、赤矢印の辺りがその高取城のある山らしいです。その二上山は 雄岳(517m)と雌岳(474m)の山頂がある双耳峰ですが、まずこの雄岳に登りました。 約1時間の登りです。 そして雌岳へは一旦下り、また上り・・・ 雌岳頂上から雄岳を振り返りますとこんな景色です。どちらか言うと雌岳からの眺望の方が良く南の方を眺めますと・・・2/13のブログに遠望の写真を載せた葛城山(テレビ塔のある山)と金剛山(その右後方の山)が見渡せ・・・西の大阪方面を見下ろすと、山腹に沢山のビニールシートが見えます。 この辺りはブドウの産地でそのブドウ畑です。下山すると下は牡丹で有名な当麻寺(たいまでら)です。境内から振り返った二上山(右が雄山、左が雌山)です。山から下りて来たので逆になりますが・・・古い町並みが残る参道です。参道を駅に向かって歩きだしたのですが・・・面白かったのは参道に面しているのは大きな家が多かったのですが古い家も新しい家も道路に面した場所にみんなこんな大黒さんが居られるのです。お蔭で左右キョロキョロの道歩きでした。往きは二上山駅から歩きだしたのですが帰りは二つ向こうの当麻寺駅から乗ったのですが、帰りの近鉄電車からの窓越しの眺めではこうでした。この山は今回2回目でしたが、前に登ったのが20年ほど前、その時の経験で軽く登れる山と気楽な気持ちで行ったのですが、結果は思ったよりきつく、加齢による体力の減退を改めて知る登山になりました。
2016.03.02
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昨日の続きです。壺阪寺の後ろに登り更に進みますと、正面にツツジで有名な葛城山が見え・・・その左には金剛山が見渡せました。壺阪寺から離れ更に進みますと・・・五百羅漢なのですが、この様に大きな岩に彫られていているのですが、かなり風化が進んでいました。 この五百羅漢はコースを教えて貰ったさる方が見落とされたのも分かる気がします。 先日の石峰寺の五百羅漢の様に一つ一つ別の像が並んでいると思っていたので、ちょっと拍子抜けでした。 その横にはこんな像もありました。この五百羅漢の前で昼食とコーヒータイムをとり、更に山道を進むといよいよ高取城(址)です。山の頂上にあるのに、敵が攻めて来た時一気に進めないように、しかも防御し易い様に石垣で曲がりくねった道が続きます。とに角、まだか? まだかと? と山の頂上とは思えない程の広さの中を曲がりくねった道を進みました。 そしてこの案内板です。去年行った備中松山城と併せ『日本三大山城』とか。備中松山城は天守閣が復元されていましたが、ここは建物は何も無い城跡ではありましたが、往事の規模は備中松山城より遥かに、本当に遥かに大きな城だった筈です。眺望が又良くて、中央が大台ケ原、右が大峰山山上ケ岳らしいです。そして左へ振りますと・・・少し雲に隠れているのが東洋のマッターホルン樹氷の高見山です。頂上で眺望を楽しんだあと下山途中にこんなのもありました。猿石と言うらしいです。 詳しくは昨日書きました、さる方のブログに詳しく書かれていますので参照下さい(手抜きです)ここから一気に下り、町中を通り、壺阪山駅まで・・・スタートが10:30、ゴールが14:50。 休憩も含め4時間20分の行程でしたが、お蔭様で気候も良く、変化に富んだコースで眺めも最高で良い登山が出来ました。
2016.02.13
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今年2度目の登山で奈良県は吉野の手前・壺阪寺と高取城址へ行って来ました。さる方のブログを見て行きたくなったものをリクエストして計画・案内してもらったのです。 今回のメンバーは和歌山から3人、堺市から1人と私の5人近鉄吉野線の壺阪山駅で集合でした。歩いたルートは・・・下の地図はそもそも今回の登山を触発された、さる方のブログから借用したものですが、さる方はこの地図の赤い道を時計回りに歩かれたのですが、私等は逆の反時計回りでした。 メンバーが北から南からやって来て、ここで集合です。この町は薬の町であり、土佐街道と言う古い町並みが残っているというより残しておられる情緒たっぷりの町です。そのことについては「さる方」のブログには詳しく書かれているのでここを見て頂ければと思います。(手抜きです)ここにも手作りの案山子(右端)もあれば・・・季節がら雛人形までも・・・。土佐街道は地域協定で守られている古い町並みが凄いですが、土佐と言っても高知に通じる道ではなく、この辺りの地名で謂われは上のさる方のブログを参照ください。薬屋さんもこんな佇まいで、虫籠窓もこんな形で京都のものとは違います。びっくりしたのはお医者さんです。こんな門があり・・・門の中の受付がこんな構造になっていて、正に古くからの地域の『名医』のようです。ベンガラ塗りの家は観光案内所になっていて・・・こんな風情のあるあるお宅もあり・・・先を急いで歩くには勿体ない町並みでした。そして目指す高取城のありし日の雄姿を再現した案内を見ながら進みますと・・・人形浄瑠璃、浪曲、歌舞伎等で有名な「壺阪霊験記」のお里・沢市のお墓がありました。 ♪♪ 妻は夫を労わりつ、夫は妻を慕いつつ 頃は6月中のころ、なつとはいえど片田舎 木立の森も いと涼し・・・・ ♪♪ の名セリフを口ずさみながら歩く仲間も・・・ (この後のそれはそれは長いセリフを諳んじている事に感心やらびっくりやら・・・)そして町並みから続く、鄙びた農村風景を通りすぎると・・・いよいよ壺阪寺への参道です。 (今はお寺まで車で行けますので寂びれています)汗を拭き拭き、着いたのが西国33ケ所の6番札所・真言宗の壺阪寺です。苦労して登って来たのに観光バス等がけにはがっくりです(二人の女性は関係無い人です)拝観料は600円、勿論拝観せずに進みました。上のお寺の1枚目の写真右上に写っている、この石仏のある場所まで登って、見下ろしますと・・・ こんな景色で・・・ 遠く中央少し右に見えるのが大和三山(畝傍(うねび)山、香久山、耳成(みみなし)山) の畝傍山らしいです。 そしてまだまだ遠くの山も見えたのですが・・・・明日に続けます。
2016.02.12
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1/10に山友達と二人で能勢の妙見山(660m)に登って来ました・・・と言うより連れて貰ったと言うのが実態ですが。阪急電車の川西能勢口駅で能勢電に乗り換え終点の妙見口駅に着きますと・・・駅前以外の周りは鄙びた景色が広がります。妙見山には数本の登山道があるのですが、我々が登ったのは上杉尾根ルートです。 (歩いて登らなくても頂上まで車で登れますし、冬季の今は休業ですがケーブルとリフトを乗り継いで登る方法もあります)登山道からの眺望は素晴らしく・・・右の高い山が六甲山系で、中央少し左の小さく遠く見えるコブの様な山が甲山です。 殆どが雑木林の登山道を進むこと約1時間30分で駐車場に到着、汗を拭き拭きやっと着いたところに観光バスやマイカーが沢山駐車しているのは少し興ざめですがそれも覚悟の上、仕方ありません。 ここは日蓮宗霊場と書かれていて、鳥居があって・・・『山』と言う寺があっても、どこにも『寺』と言う寺がありません。日蓮宗のお寺なのですが、神仏分離との兼ね合いが気になりましたので検索しますと・・・ここを見て下さい。上の参道を進みますとこんな建物がありまして・・・真横にこんな展望台があるのですから、この建物が山の下の方からも遠くからも良く見えて、目立つ建物であることがお分かり頂けると思います。 そして山門をくぐろうとすると・・・右の柱にプラスチックの表示板が・・・この門が兵庫県と大阪府の境目だと言うのです。 因みに登山口は大阪府豊能町でしたし直ぐ近くが京都府の亀岡市という県府境の入り組んだところです。 門をくぐり石段を下りると本殿で読経の声が聞こえていました。有名な霊場ですからさすが参拝者が多かったです。 そして下山は沢沿いの新滝道コースをとりました。急な石段と坂道を下りこの鳥居まで下りて来ますと女性の叫び声が聞こえて来るのです。 (写真は下から撮っています)上の写真の右側を下りますと・・・正面トタン張りの向こうに少し分かり難いですが滝があってそこで滝行をしている女性のとなえる気合の声だったのです。さすが修験者の山です。そしてもう少し下ると・・・また、行場があったのですが・・・・ ちょっと分かり難いですが二つの竜の口から水が落ちているのですが囲われていて声も聞こえ無かったので人がいるのかどうか分かりませんでした。そして暫く下るとケーブル乗り場です。正月3ケ日は営業で今は冬季休業中でした。乗り場から能勢電の駅に向かったのですが、振り返るとこんな景色でした。
2016.01.10
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昨日の続きです。ダム湖の布引貯水湖に沿って新神戸駅方面へ進みますと・・・頭上に神戸布引ロープウエイが見えて来て・・・ その真下を進みますと・・・貯水湖から流れ出る『かくれ滝』と言う滝がありました。何故隠れ滝と言うかと言いますと、今はこの様に良く見えていますが、ダムがオーバーフローしたときだけ滝水が流れることから、2007(平成19)年の愛称募集によって、この名が付けられましたとか。 この滝がどれだけの頻度で現れるのか知りませんが、少なくとも見えないこともある滝を今回見られたことになり、見頃の紅葉と併せラッキーな登山だったということになります。 そして、暫く進みますと徳島は祖谷渓のかずら橋のような橋があり・・・更に進みますと・・・直ぐそこに『都会』が見えて来ました。私が現役で神戸勤務の時は正面に見える三角屋根の新神戸オリエンタルホテルと右端に遠く少し見えている神戸市の庁舎位しか無かった高層ビルも高層マンション゛にょきにょき建って、神戸市庁舎が全く目立たなくなっていました。そして素晴らしい布引の滝から更に下ると・・・確か鼓滝と紅葉に映える滝が続き・・・直ぐ、JRの新神戸駅の下をくぐり今回の登山を終えました。こんな素晴らしい滝から直線距離にして2kmもないと思われる三宮に9年も勤務していたのに『仕事一途?????』が仇で全く知らなかった世界を初めて見て来たことになりました。因みに今回は家を出てから帰るまで29000余歩の歩きでした。
2015.12.11
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昨日の続きです。ブロ友・ジュラさんのウオーキングコースコースの景観に憧れ来年行く予定だった修法ケ原池(しおがはらいけ) にまだ紅葉が見頃に時期に行けたのはラッキーでした。何度も写真で見せて貰っていた素晴らしいこの景色を見ながら池を一周することに・・・風があったり、鴨が泳いですると乱れた姿しか見られない水鏡も、この様にばっちりでした。池の周囲の道はこの様に見頃の紅葉で、水鏡を見なから、紅葉も見て歩いていると・・・1周500m程あったでしょうか?? あっと言う間でした。この後目指した再度山はこの真言宗の大龍寺の境内から登ります。ところでこのお寺には赤い鳥居が沢山あり、神仏分離との兼ね合いがどうなっているのか???でしたのでホームページで調べますと疑問に葉はちょっと答えていませんが次のような記述がありました。明治になると、廃仏棄釈によって、廃寺となる運命にあった当寺を、時の住職井上徳順和尚が地元の人とともに、法燈維持のために尽したので、東寺真言宗所轄の寺院として今日まで存置されることになったのであります。この右の大師堂の横から登るのですが、有名な山の割に登る人が少ない様でかなり荒れた登山道で頂上の眺望もなく、がっかりでした。しかし、頂上からの下りもお寺の直ぐ上まで下りて来るとこんな景色も見られ・・・ここでも紅葉三昧でしたが・・・・このあとこんな景色を見ながら・・・・・・・行った布引の滝周辺も素晴らしい景色でしたが明日に続きます。
2015.12.10
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天気予報が天気も気温も最高の登山日和であった為急に登山して来ました。山の候補に六甲山が上がったので迷うことなく修法ケ原池(しおがはらいけ)を含むコースを希望し次のコースが決定しました。神戸電鉄鵯越(ひよどりごえ)駅~菊水山~鍋蓋山~修法ケ原池~再度山~布引の滝~JR新神戸駅長いコースとなったのですが六甲山に詳しいSさんのガイド付きですので唯付いて行くだけで良かったのです。また、修法ケ原池を希望したのはブロ友のジュラさんのブログで紅葉や水鏡等素晴らしい景色を見せて貰っていて、来年の紅葉シーズンに行きたいと思っていたのですが急遽行くことになりました。 京阪電車、大阪地下鉄、阪神電車、神戸電鉄と乗継ぎ鵯越駅で降りると直ぐ登山道です。 暫く樹林帯を行くと間もなく前方に目指す菊水山山頂(458m)のテレビ塔が見えて来ました。もう少し進むと左側に神戸電鉄も・・・これがジュラさんのブログでいつも見せて貰っている石井ダムかと眺めながら・・・少し行くと・・・こんな綺麗な紅葉のある休憩所があり、菊水山の急登が始まります。それはそれは厳しい急登を登ると菊水山頂上です。神戸の町、明石大橋から淡路島までが見渡せる頂上で休憩し・・・少し行くと・・・海の反対側は直ぐそこまで住宅街が迫っていました。そして前方に次に目指す鍋蓋山(486m)が見えたのですが、かなり下って後の登りが待ち受けています。鍋蓋山山頂では神戸の町から大阪まで見渡せる眺めを楽しみながら昼食とコーヒータイムをとり・・・・ 下って行くとこの先がいよいよ目指す修法ヶ池です。この後随所で素晴らしい残った紅葉の連続だったのですが・・・続きます。ヒマ人にも偶には忙しい(?)こともありまして、いつも訪問しているブログへの訪問が滞っていますが後日お伺いしますのでよろしくお願いします。
2015.12.09
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忘年会の翌日は京都の西峰この愛宕山への登山でした。(写真は別の日のもの)朝から曇りで時々細かい雨が降る天気でしたが、段々良くなるという天気予報を信じて予定通りスタートしました。昨夜のアルコールが残って身体も『曇り』だったのですが・・・スタートは嵯峨野の奥のバス停・清滝です。 紅葉の名所ですが、京都の西の外れの山あいなので、紅葉はほゞ終わって枯れ枝状態になっている木立の中を少し下り・・・・この橋を渡りますと・・・直ぐ登山口です。愛宕山と言えば階段で有名な程、ほゞ全行程がこんな階段です。途中、一ヶ所だけ黄葉が残っているところがあったのですが、積もった枯葉の量と色が見頃を過ぎてかなりの日が経過したことを表しています。暫く登りますと、眼下に先日、川下りをした保津川見えて来ました。 丁度V字の底の部分です。そして左に見えている道が・・・11/27のブログに載せました下の写真の頂上に見えているドライブウェイで、この時はこのドライブウェイを見上げ、今回は見下ろすことになります。そして市内を見下ろす場所では、右がS字型にくねった桂川でこの右の方が嵐山の渡月橋です。頂上まであと35分の『柚子の里水尾』への分岐『水尾の別れ』の休憩所で昼食とコーヒータイムをとったのですが・・・さすが標高900m近くなりますとこの気温でした。標高924mのこの山の頂上は火の神様・愛宕神社の境内でもあります。 全国に900社あるという愛宕神社の総本社です。頂上はこんな霧の中・・・最後の階段を上り・・・お参りをして・・・予定通り、昼食とコーヒータイムを含め約5時間弱の愛宕山登山を無事終えました。 ・・・と言うことで今年の登山納めとなりました。
2015.12.04
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雨が降ったり止んだり、鬱としい日が続きましたが思わぬ良いこともありました。ここ数年毎年収穫して当ブログでも取り上げて来ました椎茸の栽培のことなのですが・・・ ホダ木が古くなって、もう駄目かと思っていたのですが、つい先日小指の頭程の椎茸が顔をだしていたのです。ところが、降り続いた雨を吸いこんで急激に大きく成りました。本日これだけ収穫出来ました。早速、笠の裏を上にしてマヨネーズと醤油をかけて焼きましたが、肉厚で歯応えがあり最高の味でした。今年、もう少し採れそうですが、ホダ木がかなり軽くなっているので、もうそろそろ寿命であるのは間違いないのです。
2015.11.10
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3日目は秋田市から比較的近い、日本300名山の大平山に登りました。全貌を撮れなかったのでグーグルからお借りした画像ではこんな形の良い山です。山岳信仰のこの山は沢山登るルートがある様ですが、我々は一番スタンダードな赤線を記した旭又コースを登りました。登山口から暫くは・・・傾斜も殆どない杉の植樹帯が続き・・・その後、高度を上げるに従いブナ林に代わり・・・・お地蔵さんのあるここで一服し・・・(帰りにはここで昼食)尾根に出ますと・・・祠と立派な避難小屋が見えて来ました。頂上では台風余波で風が強く、こう言うどんよりした天気ではあったのですが・・・一応見晴らしは良く・・・ 今年7月に登った秋田駒ヶ岳も一応この様に見え、台風接近の中としては満足の登山でした。 往復とも74人乗りのこんなに小さいボンバルディアで、帰りは台風の風が強く飛ぶかどうか心配したのですが定刻通り飛んでくれて2泊3日の登山旅行を予定通り無事終了出来ました。長らくお付き合い頂きありがとうございました。
2015.10.10
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スマホにて現地からの更新と重複する点があるかもしれませんが・・・。今回は2泊3日で秋田・山形県境の鳥海山(2236m)と秋田の大平山(たいへいざん)(1176m)に登って来ました。 鳥海山は百名山、大平山は300名山の山です。スマホで載せた前泊の猿倉温泉は透明ながら、ペーハー8.7と書いていましたが肌が凄くぬるぬるするなかなかの名湯でした。さて、当日は天気予報通りの快晴の中、7:05に登山開始しました。振り返るとこんな景色で・・・日本海に面して風の強いことを象徴するように風力発電のプロペラが沢山並んで何んでいるのが見えました(拡大して頂くと良く分かります)今年は9/30日(例年より16日早いとか)に初冠雪したとのことで雪と、早やつららが見られました。眼下の景色を楽しみながら、頂上まであと少しと言うところで、飛ばされそうな強風、雲の中となり視界が20~30mもない登山道を間違いそうな世界になってしまったのです。 標高2000mを超える山の天候急変でした。視界が全然ない中、頂上での記念写真(と言っても周りは何も見えないのですが・・・)を撮ろうとしていると・・・なんとなんと幕が開いたように雲が飛んでしまい、素晴らしい景色が現れたのです。ここからがその瞬間的な景色です。 今回は下図の矢島口から登ったのですが、前回は2006年に象潟(きさがた)から登りました。火口の向こうに・・・見えるのが・・・山小屋です。(今回は寄りませんでした)今までの『幕』が嘘の様に、遠く日本海まで見下ろせたのでした。この素晴らしい景色を堪能まで至らない間に、またまた雲の幕が下りて来て・・・あっと言う間にまた霧の中の世界となったのでした。私たちが頂上に着くことに合わせてのこの雲の動きは奇跡(と言えば大げさですが)でした。そしてまたまた雲の中を少し下ると・・・またまた下界が見えだしたのでした。下の写真の右のヘビの様なものは・・・この木道です。真ん中の茶色い所が、湿原で白い建物の向こうが駐車場、ちょっと見難いですが斜めに見える道が7日のブログに載せたスタート写真の木道です宿泊地の温泉からも、スタート地点からも直ぐそこに見えた山でしたが、7:05分にスタートして下山が15:10 昼食、コーヒータイムを含んではいますが2000mを超える独立峰は8時間の長い登山でした。この後、秋田市内に戻りホテル泊し翌日に備えました。明日に続けます。
2015.10.09
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明日、この鳥海山に登る予定です。
2015.10.06
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昨日の続きです。鶴の湯で迎えた朝は雨は上がっていたのですが、ガスがかかっていました。 登山しても折角の眺望は期待できないのですが、目指す秋田駒ヶ岳は花の百名山、花を目指して行動開始しました。元々の計画では秋田駒ケ岳から乳頭山まで約7時間半かけて、花と眺望を楽しみながら縦走する予定だったのですが、眺望が期待できないので出発前から秋田駒ケ岳の花を楽しむ周遊コースに切り替え乳頭山は断念しスタートしました。すぐこんな状態になりまして・・・花だけの楽しみに・・・スタート地点にはこんなに沢山の花が咲いていると案内されていたのですが・・・その一部です。 花の名前は花博士に教えて貰ったので間違いないと思いますが記録と記憶段階で間違っているかも知れません。ヤマハハコグサハクサンチドリウラジロヨウラク〇〇アザミ 〇〇ウド ミヤマハンショウズルイワオトギリ トウゲブキ 〇〇シャクナゲハクサンシャジンニッコウキスゲニッコウキスゲとハクサンシャジンの群生地も遠くは霞の中です。エゾシオガマエゾシオガマを上から見ますとスパイラル状に咲いています。タカネトウウチソウ白いチングルマの花の跡ヨツバシオガマ高山植物の女王・コマクサが沢山群生していたのですが・・・・レンズが曇って上手く撮れませんでした。 タルマエソウ最高峰の頂上もこんな状態で眺望なしでした。ウイキペデイァに依りますと・・・ 駒ヶ岳は、十和田八幡平国立公園の南端にある秋田県第一の高峰である。山頂部には北東-南西方向に2つのカルデラが並び、本峰の男岳(おだけ、1,623m)や火口丘の女岳(めだけ、1,512m)、寄生火山の男女岳(おなめだけ、女目岳とも書く、1,637m)からなる。各地の駒ヶ岳と区別するために秋田駒ヶ岳と呼ばれる。グーグルで借りた画像では頂上こう言う景色なのですが・・・・ 右に写っている避難小屋で昼食とコーヒータイムをとり乳頭山への縦走を諦め下山し・・・登山口のここ(アルパこまくさ)で・・・・汗を流し今回の旅を終えました。長らくお付き合い頂きありがとうございました。 来年の事を言えば鬼が笑いますが・・・ここから乳頭山へのリベンジと岩手県の名峰・姫神山へ登山をすることになりましたので綺麗な写真で報告出来るかも知れません。
2015.07.28
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昨日の続きです。秘湯を楽しむため観光を早く切り上げて行ったのが山の中の一軒宿・鶴の湯です。 温泉そのものより前に、まずエントランスと建屋にびっくり、正に秘湯です。日本全国に散らばる『日本秘湯を守る宿』のメンバーであるのも当然の温泉です。 このメンバーになるには源泉かけ流しが条件のはずです。『日本秘湯を守る宿』詳しくはここ私が以前に旅の雑誌の写真で見て憧れていたのがこの大きな池のような露天風呂です。入り口は男女別々ですが女湯ともつながっており女性も入れます。私等が入った時も夫婦が入っておられました。その女性の方はお湯が乳白色で体が見えないことを利用してお湯の中を腰を落として歩いて私等の前を通り女湯の方へ上がられました。夕闇が迫って来るとこの様に灯りが点き・・・一段と秘湯のムードが盛り上がります。右の方の建物は露天風呂でない、普通の湯船なのですが、それがいくつもあるのです。私等が泊まったのはこの建物です。客室は勿論どこにもテレビが無く、携帯も圏外で情報から遮断の一日を過ごすことになりました。私は温泉に行ってもそう何回も温泉に入らないのですが、前日の松川温泉でもそうでしたが、循環泉でない湯量たっぷりのかけ流し、しかも泉質の良い温んですので明るい内も、暗くなっても数回入りました。 乳頭温泉卿、詳しくはここを。そして翌日は登山です・・・。明日に続けます。
2015.07.27
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