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自宅から歩いて10分弱の岡崎東公園に行った。今日は実物大の恐竜オブジェの完成記念式典の日だ。僕が雑誌やブログで紹介した効果のせいで(?)凄い人出であった。ティラノは実物そっくりの(見たことないけど)作りで圧巻だ。眼の毛細血管まで再現されているし皮膚の質感もすばらしい。大きさといい完成度といい、大人でもびっくりなのだから子供達から見ればもっと大きく見えるんだろうなあ。今にも歩き出しそうな格好もいい。コレ、夜見たらもっといいかもなあ。満月の夜に遊びに行こうかな。あ、明らかに不審者と思われるからやめとこ。記念式典が終わる頃に気にならない程度の小雨が降り出したが岡崎市長の内田氏は一般市民に混じって普通に歩いている。市民に声を掛けられたり話し掛けたり楽しそうだ。僕も「市長、おめでとうございます。ブログ読んでますよ」と声を掛け市長も「ありがとうございます」と応えてくれた。一地方都市の市長がこんなふうに公園で市民と一緒になっているとはすばらしいことだと嬉しく思う。こちらは首からカメラを提げ、髪の毛が寝起きでボーボーのままの浮浪者を少し小ぎれいにした程度の格好である。一緒にリバでエッセイを書いている斎藤です、と言えば市長も「あ~、そういやあ」程度に認識してくれるとは思うがまあそんなことはどうでもいいのであった。
2015年03月29日
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朝と夕方で桜の蕾の色が変わったほどの陽気だったので3年連続で行福寺の桜を見に行った。太陽が傾きかけた時間なので境内は静かだ。樹齢300年といわれる枝垂れ桜を仰ぎ見る。20代に瓦業界に片足を突っ込んでいたので鬼瓦が気になる。行福寺の鬼瓦は大きくて紋入りである。あれは余程の職人さんの手による作品だなあ。土のねり具合、天日干しの状態、窯温度、全てを経験から割り出す。瓦は天日干しの状態の時に30cmを超えると自重により亀裂が入ったり窯焼きの際にもフチと中とで温度が変わるためヒビ入りのリスクがある。窯出しの際も慌てずゆっくりと半日かけて窯温度を冷ましていかないと急激な温度差によりパキンと音がしてヒビが入りおしまいだ。備前の何とか寺に行った時は屋根瓦が全て備前焼で驚いた。一枚一枚が微妙な色違いで、分かる人には分かるが驚嘆の溜め息しか出ない。行福寺の枝垂れ桜は今が満開、山門両側の桜は今週末が見頃。境内の仏像も見るに値するほどの見事なものだし仏門の梁(はり)作りも建築の美学が垣間見れる。風情を味わうなら早朝か夕暮れ。
2015年03月27日
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自宅からすぐの岡崎東公園に恐竜の実寸大模型がお目見えする。今度の日曜日(3月29日)が除幕式である。そもそも僕は宇宙だとか恐竜だとかの太古モノが好きだ。いや、男って大部分の人が好きなんじゃないかな。化石なんていったらヒマラヤに探しに行ったほど好きで見つけたアンモナイトの化石は玄関に飾ってある。トカゲとか鳥とかダンゴムシを見るといつもスゲエな、と思う。飼いたいとか触りたいとかそういうのではなく「太古の昔から進化あるいは退化して現存してるんだな」というジュラ紀あたりの彼らの姿をすぐ(必ず)連想しちゃうのだ。ということで今月号の雑誌「リバ」に乗せたエッセイはこちら。 ⇒【恐竜】こちらのブログもぜひお読み下さい。 ⇒岡崎市長の内田康宏氏が考えていた「恐竜プラン」
2015年03月25日
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自宅からすぐの川沿いに咲く河津桜を見に行った。見事な満開で葉もちらほら伸び始めていた。河津桜にも濃い花と薄い花があった。日の当たり具合で既に散り始めの花もあり花びらが地面に落ちて花絨毯となっているものもあった。僕はそういう場面がすごく好きなのだ。それは輪廻を思わせる。ネパールのカトマンズから歩いて西に向かうとバグマティ川の向こう岸の小高い丘にスワヤンブナート寺院がある。最後に行ってからもう1年が経ったんだなあ。20代の中頃、バグマティ川のほとりに座って過ごしたことがある。今日は河津桜が咲く場所から少し離れた所に座ってのんびりした。ああ、国は違っても同じ景色だ。現実には座っている正面の丘には岡崎中央公園があるのだがスワヤンブナート寺院があるような感覚になった。この乙川の景色もまるでバグマティ川だ。眩しい太陽、キラキラする水面、流れる川の音、どれもがあの時と同じで胸がキュンとなる。バグマティ川のほとりにはスラムが密集しているがそれは上流階級や中流階級の世界から見た尺度であって実際にスラムに住む人達は、スラムだとは思ってないのかも知れない。家族と幸せに暮らしているならば家なんてどうでもいいのだ。物的所有の下の幸せなんてのは錯覚に過ぎないのかもしれない。どんなに貧しい国でも富める国でも人々の心は同じでこんなうららかな平和な時間を退屈と思うか幸せと思うかは各々の心の持ち方次第なんだろうなあ。今日は地元にいながらにしてカトマンズに行った幸せを味わった。
2015年03月22日
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今日はピタ停めドライバーの仕事に行ったのだが通勤途中でT○Y○TA警察がスピード違反の取り締まりをやっていた。(管轄警察が特定されちゃうのでココは伏せ字としておく)2014年7月4日のブログと同じ場所である。すぐ近くにはトヨタの工場がある田んぼ道の直線道路でここは見通しが良いために制限速度が120キロに規定されている。(路肩の看板には何か40って数字が書いてある気もするが...)いつもは「チッ!またプリウスかっ!」と悪態をついてしまうほど燃費測定をやってるのか居眠り運転をやってるのかアクセルに右足を乗せてないのか、とにかく存在自体が邪魔なプリウスだが今日は「渋滞の元凶」プリウスが前をトロトロ走っていて助かったよ。クソプリウスが前を走ってなかったら80キロオーバーで捕まるトコだった。しかしプリウス、通勤の流れを読まずに黙々とタラタラ走るというあのハタ迷惑極まりない走りは怒りを通り越してもはや立派だ。あんな車を作るから日本国民が愚民化していくのだ。そんでもって次世代は自動操縦の車だぁ~?ため息しか出ねえぜ。おっと、今日はプリウスの素晴らしさを書くのではない。ZIPPOの話である。使わないZIPPOがあったからあげます、と知り合いに言われた。見ればベトナムZIPPOである。しかも1969年モデル、程度極上。「これ、ヤフオクで高く売れるから、売れたら代金あげますよ」と自宅に持ち帰ってじっくりと眺めてみた。底面の刻印をチェックしたら何か違う。ムムッ!? こ、これはっ!まさか!!!自分のベトナムZIPPOと比較してみた。左が僕の所持品、右が本日預かったモノ。高さが違うのだ。しかも持ったところ重さも違う。ルーペで底の刻印を見てみると...これが僕の本物ベトナムZIPPO。これが預かった偽ZIPPO。本物の底面の刻印アップ。偽物の底面の刻印アップ。うわあ、ルーター手彫り。しかも実にいい仕事をしている。(笑)アップで見れば違いは一目瞭然だが、一瞥しただけでは区別はつかない。知らない人が見たら騙されて買っちゃうだろうなあ。ということでこの偽物ZIPPOは知り合いにお返しすることにした。以前バンコクの問屋街で古いZIPPOを買い付けていたことがある。ネパール人のオヤジがビルの地下の店で売っていたのだがそこでは本物と偽物がゴチャ混ぜ、しかも同じ値段で売っていた。ということは当の店主も真贋の区別がついていなかったということだ。そこで僕は本物だけを選りすぐって買い占めていた。半分以上は偽物である。しかしそれは店のオヤジには教えない。「おいおい、どういう基準で選んでるんだ?」「はは、何となくだよ。フィーリングさ」「3ヶ月ぐらい経ったらまた来るから仕入れておいてね」と言って店を出る。数ヵ月後にフラリと立ち寄っては本物だけを買い占める。その繰り返し。彼の店で一体どれだけのZIPPOを仕入れただろう。全部良い値で売れた。あとは自分のコレクションとして数個残っているだけだ。値段に惑わされずに真贋を見極める眼を持つ。これは大事だ。僕を含めた大抵の人は金額に惑わされる。本物のダイヤモンドに1万円の値札、偽物の方に50万の値札がついてれば誰もが50万の方を本物と思うだろう。そして言う。「やっぱり本物は輝きが違う」と。自分がバカを見ないためには見極めの知識はあった方がいい。
2015年03月19日
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広大な敷地の中古車オークション会場の中で日没の時間にこの場所に行く機会があるとラッキーと思う。通称「竹薮」と呼ばれているブロックなのだが鳥のねぐらになっている竹薮があるからそう呼ばれている。鳥達の帰巣の様子は圧巻だ。木々の枝がシルエットになった夕焼け空もきれいに見える場所だ。ここに寝転んで星空を眺めたらきれいだろうなあ。さて、今日は玄関先の庭に赤と白のボケを並べて植えた。来年のこの時期は通行人の目を楽しませてくれるだろう。夕方から河津桜を見に行こうと思ったらお昼寝してしまった。まあ、それもいいね。
2015年03月18日
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ほら、皆さんニュースで「TOYOTAベア4000円」って見なかった?オレもさ、「ああ、給料上がったワケね」とは理解したんだよ。でも「ベア」って何だろ?自営業なんて昇給とかボーナスなんてないわけよ。自分でがんばった分だけ収入があるって世界だからさ、他人の力なんて関係なくて自分次第。サボればそのまんま自分にハネ返ってくるんだ。「ベア満額せよ」だなんて鉢巻して旗振って気勢を上げてシュプレヒコールなんて全くアホみたいな別世界。組合がどうのとか、うわあ、背筋寒くなるね。で、ヨメに「なあ、ベアってなによ?」と訊いたんだ。そうしたら「ベースアップのことよ」だってさ。なあんだ、略語だったのか。知らんかった。そんな短い単語を略すなよ。じゃあボーナスも「ボナ」って略せよ。(笑)それにしても自分の世間知らずには笑っちゃったよ。ベア...。もっと難しい英語のことかと思ってた。ベーシック何とか、みたいにさ。で、「ベアがベースアップってこと、昔から知ってた?」とヨメに訊いたら「私も去年知った」ってさ。うちの息子は2人共トヨタ社員なんで、それで知ったと。こんなこと書くと愛知県民の9割を敵に回しそうだがオレ、アンチTOYOTAなんだよねえ。野球でいうと巨人って感じしない?元MAZDAマンだからさ、余計トヨタが嫌いなんだよ。しかも見た目がどれも同じに見える面白くない車ばかり。TOYOTA車には乗ろうと思わないもんなあ。お利口ちゃん過ぎるんだよねえ。でもさ、中古車オークション会場で仕事してて思ったけどTOYOTA車は無難で退屈で個性のかけらもないけどシャクだけど品質はいいな。MAZDAが二流に感じちゃう。悔しいけどTOYOTAは世界の一流企業だよ。多分潜在的妬みなんだろうね。そうそう、業界ニュースなんだけどスリランカが先月からハイブリッド税を導入してその額は実にプリウスの場合80万円、アクアは50万円。カリフォルニアではプリウスはもうエコカーから除外されてるって。高速道路の「エコカー専用レーン」はプリウスは走れないってさ。【トヨタ社員さんは必読ね】まあ、プリウスを1台作る過程でレアアースのリチウムだったかな?を約1kg使うそうだからその時点でエコじゃないのかも知れないね。WTOは「中国のレアアース採掘規制は違法だ」だなんて判決を下して世界のレアアースの97%の埋蔵量を占める中国に圧力かけてさ、なんかアメリカの旗の下って怖いね。(この情報間違ってたら指摘してね)
2015年03月16日
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地元の商店街のイヨダじいさんから電話があった。去年の暮れに市役所でバッタリと数年振りの再会をし年初めに商店街のタバコ屋さんでも偶然会った。確か79歳というのにボケてもなく背筋も伸びていて今でも颯爽と自転車で走っている。イヨダじいさんは日本チベット山岳会の元会長である。日本の山のみならず73歳でエベレストにアタックし登頂は果たせなかったものの色んな話を聴かせてもらった。そのため会う度に「イヨダさん、死ぬ前に登山用品譲ってよ」と毎度形見分けの話なんぞをしていた。そんな経緯もあって今夜の電話である。その話かな?なんて勝手に想像して電話口に出た。「斎藤くん、商店街の活性のために一肌脱いでくれんか?」「は?」「ワシの八百屋の跡地でもう一回商売やってくれんか」「ありがとうイヨダさん。でもごめん。俺もう店はやらないよ」「そうか...。今は何やってるんだ?」「昼はさ、カメラマンやってる。夜は自宅でネット販売してる」「そうかそうか。達者でやれよ」自分でも驚く程すんなりと「もう店はやらない」と言った。あんなに万引きに苦しめられて人間不信になってストレスいっぱいの仕事はもうまっぴらだ。人に裏切られるとか万引き対処とか接客とか、もう御免だ。あの商店街で初めての店舗を開店させてから20年経った。イヨダじいさんとはそれ以来の付き合いになる。じいさんの姿格好は当時と何も変わっちゃいない。被っている帽子もあの頃のままだ。でも何かさ、嫌な予感するんだよなあ。もう生きて会えない気がする。
2015年03月14日
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東海地方で3月に積雪になるのは珍しい。音が吸収された静寂の夜が更けていく。中庭の沈丁花の上にも雪が積もる。仕事の合い間にカーテンを開けて外を見下ろしたら沈丁花の木全体がぼんやり白く見えた。ライトとカメラを持ち出して中庭に出た。僕はUAの「ゼリー」って曲がお気に入りでこういう静かな夜にはピッタリの曲だ。youtubeで聴こうと思ったらアップされてないじゃん。
2015年03月11日
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スタジオのお姉さまが「これ、私んちの椿」と言って見たこともない椿の花を見せてくれた。卜伴(ぼくはん)という品種らしい。我が家にはこんな赤い八重椿とこんなピンク椿が咲いているが卜伴をこれらの隣りに植えたいと思った。ということで友人のヒサシくん(あ、実名書いちゃった)を誘って憩の農園というジジババ臭い名前の植物販売センターに行った。行く前に家で生長し過ぎて困っている沈丁花を剪定してキッチンと玄関に飾り、残りをヒサシ氏宅に持って行った。2人で憩の農園に行って驚いた。すげえ人出である。まるで植物園さながらに凄い数、凄い種類の植物が売られていた。卜伴発見。しかし桃色卜伴しかない。僕が求めていたのは赤色卜伴だ。スタジオのお姉さまが5株全て買い占めたと言っていたがどうやら再入荷はしていないようで断念。妥協はしない。白いボケを買った。先日買った赤い八重ボケとペアで庭に植えよう。ボケは漢字で「木瓜」とも「放春花」とも書かれるらしい。個人的には「放春花」の方がいいなと思う。さて、ヒサシ氏にお裾分けした沈丁花は彼の母親が玄関に活けてくれた。持って行った時は蕾ばかりだった沈丁花は、夕方帰る時になったら驚くほどに開花が進んでいて甘い芳香が漂っていた。
2015年03月08日
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日頃から中古車オークション会場の上空には自衛隊機のF4JファントムとかF15イーグルとかがちょうど真上を飛ぶことが多い。今日はC130が編隊を組んで飛んでいた。3月15日に愛知県小牧基地で自衛隊の航空ショーがあるそうでその分野に詳しいウメちゃん(あ、半分実名書いちゃった)が「災害救助のための訓練飛行がある」と教えてくれた。ブルーインパルスの編隊飛行ショーもあるそうだ。でも知らない人が今日の編隊飛行を見たらなんか怖い感じがするんじゃないかな。折りしも国会で「新事態法案」ってことをやっている。いつまでも平和な日本でいて欲しい。
2015年03月06日
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今日は車に関するブログなので興味ない人はスルーね。先日は懐かしの車に再会した。マツダが作った「ユーノス・コスモ」という車だ。20年ほど前に仕事でたまに運転した車だ。こいつはロータリーというエンジンを載せていたのだがただでさえバカっ速いRX7の2ローターを凌ぐ3ローターでレーシングカーのエンジンを市販車に載せました、ってヤツだ。開発時にパワーが国内規定の280馬力をゆうに上回ってしまい仕方なくマフラーを絞ってフン詰まり状態にして発売した。パワーがあり過ぎて当時のクラッチでは対処出来ず4速ATしか組み合わせられなかったという経歴がある。実際この車で急発進したことがあるが(Dレンジじゃダメよ)飛行機の離陸時のような加速Gであった。足回りはフロントにダブルウィッシュボーン、後輪マルチリンク、後輪駆動にはビスカスLSDが標準装備されていた。しかし、車好きの人なら知ってると思うがこのビスカスカップリングLSDというのはクソなのである。機械式LSDのようにリアルタイムでドリフト出来ずオイルの流れによりコンマ数秒送れてケツが滑り出す。しかも有り余るパワーとビスカスの相性は最悪、僕は見事にスピンを喫したこともあった。ついでにロータリーツインターボとATの相性も最悪だった。ロータリーの「さあ、ドカ~ンと加速しまっせ!」の回転数がATでは勝手にシフトが変わって回転数が落ちてしまうのだった。しかも燃費は市街地の通常走行でリッター3kmぐらい。サーキットを走ったり急加速を繰り返したらリッター1kmぐらい。それでも今の車にはないモノがあった。ロマンである。ル・マン24時間耐久レースで日本車で初めて優勝した車、それがロータリーエンジンを載せたMAZDA787Bだったのだ。(そのレースでは4ローターと3ローターがエントリーした)MAZDAで働いていた僕は深夜にその優勝の瞬間を味わった。翌日の会社の朝礼ではそのレースのことで訓示があり年配の人達がうれし涙を流していたのを覚えている。くだらないことかも知れないけど、それがロマン。
2015年03月05日
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先日から妻が風邪をひいたので別々の部屋で寝ている。我が家の2階は長男部屋・次男部屋・僕の仕事部屋の他に熱帯植物専用部屋があるのだが、そこに寝袋を持って行ってまあ布団もあるんだけど寝袋も使って寝ている。独身時代、実家の自分の部屋でも寝袋で寝ていた時期がある。部屋中の壁はインド綿のカーテン、床は脱いだままの服だらけ、しかもそれらの服もサイケデリックな色の服ばかりだったのでそりゃもう色彩に溢れた部屋だったな。そのくせダブルベッドがドーンと置いてあったので座る場所を作るのに一苦労だったなあ。現在寝ている熱帯植物の部屋はこざっぱりしていて遮光カーテンを閉めれば真っ暗になる。僕は真っ暗にして寝るのが常なのだ。寝袋に入ってから僕はいつも妄想モードに入る。猛吹雪の中、やっと避難小屋を見つける。寝袋に入って小屋の外の風の音を聞きながら助かった、明日になればこの吹雪も止むだろう、と避難小屋を見つけた幸せをかみ締めながら目を閉じる。ネパールのホームレスの子供達を想う。あんな寒いヒマラヤの地で路上生活か...。ああ、俺は何て恵まれているんだろう!屋根があって壁がある、寝袋もある。他に何が要るのだろう! なんて思いながら眠りに就く。そしていつも幸せな夢を見る。昨日の夢はさ、覚えてるけど止めておこう。
2015年03月03日
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