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初めて買ったLPレコードはビートルズの「HELP!」だった。中学1年生にとってLPレコードの2500円という金額はお小遣い数ヶ月分という高額だった。「HELP!」を選んだのは「Yesterday」が入っていたからだ。その後、中学・高校はビートルズとストーンズを聴きまくり超ウルトライントロクイズのようにイントロをコンマ1秒聴いただけでその曲名が分かるぐらいにとことん聴きまくった。大人になってお金を使えるようになったら海賊盤もたくさん買った。正規盤は既に揃えていて、テイク違いとか未発表テイクとかとにかく世に出ている音源は全部聴いたるわい!って感じで最近はもうCDは買わないけど、ビートルズのブート盤はかなりの枚数を持っている。(音質の悪いヤツもあるけど)ビートルズはデビューから8年程度で解散してしまったのでそんなにブートが多いわけではないが、ストーンズのブートは多い。まだまだ出続けているが、もうとても追いつけない。家族に白い眼で見られながらも結構買ったので多分ストーンズのブートCDだけで100枚以上は持っている。ガキの頃に揃えたLPレコードは金に困った時にほとんど売ってしまった。数年前にシルクド・ソレイユのサントラ盤として「BEATLES LOVE」というCDが発売されたのだが長い間「音源をいじくり回しただけのそんなもん買うかい!」と全く見向きもしなかったが、やっぱり一応聴いてみるかと2年ぐらい前だったかな、ヤフオクで買ったのだった。下のリンクでは2000円以上するがヤフオク中古で500円前後で売ってる。できれば国内盤を買えばライナーノーツ同封なのでそちらがお薦めだ。さて、今ではこのCDは僕のお昼寝時に聴くアイテムとなっている。愛犬ルークさんを抱き寄せてこのCDを聴いているとまあ3曲目とか4曲目でぐっすりと安眠してしまうのだ。内容が退屈だから寝てしまうのではない。素晴らし過ぎて安心して、音に包まれるように眠ってしまうのだ。まるで賛美歌、いや、賛美歌よりも天国に近い曲「GNIK NUS」(SUN KINGという曲を逆回転させたもの)とかとにかくビートルズの音源をいじくり回しているのでファンにとっては賛否両論がものすごい。amazonのレビューを読むとバッサリ意見が分かれているが中には「聴いていて怒りが湧いてゴミ箱に捨てた」とか(笑)そんな人もいるぐらい否定されているのも事実である。ビートルズをとことん聴きまくり、大ファンだった僕は買う前は否定派、聴いてからは熱烈肯定派になったのだった。ちなみに前述の「GNIK NUS」という素晴らしい曲の時には僕は既にルークさんと夢の中に行ってしまっているのでまだ10回ぐらいしか聴いてないのであるが。てな感じで買って2年、通しで聴いたのは数回しかなく、あとの100回ぐらいは断片的にしか聴いてないのだが間違いなく僕の中でお気に入りのアルバムとなっている。 【送料無料】 Beatles ビートルズ / Love 輸入盤 【CD】価格:2,236円(税込、送料込)
2015年08月30日
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義母の七日参り(没後七日毎のお参り)のために木魚が要るとのことでネットで調べてみた。しかし木魚とか仏具をネットで購入というのはどうも何だか故人に失礼な気がした。それに木魚といっても大きさも色々だし叩いてみた音というものも重要である。これはネット購入ではなく現物を見ての購入が良い。ところが木魚ってどこで売ってるんだろう?これはジャンベ奏者のウメちゃん(あ、実名書いちゃった)に訊いてみようかと思った。彼ならきっと知っているはずである。何せ梅ちゃんは夜明けの海で独りジャンベを叩きながら朝を迎え、その後延々と9時間も打ち鳴らし続ける打楽器達人である。僕は「楽器屋さんか?」と思っていたのであるが、これは仏具屋に売っているとのことで仏壇店で購入した。結局、ウメ師匠に訊くことはなかった。で、通常の大きさの物は木魚と木魚布団とバチとで約1万円。しかし、待てよ。そもそもなぜ木魚なのだ?木竜とか木亀じゃなく、なぜ木魚なんだろう?ということでwikiで調べてみた。「木魚は読経をするときに打ち鳴らすことでリズムを整える。 また眠気覚ましの意味もあり、木魚が魚を模しているのは 眠るときも目を閉じない魚がかつて眠らないものだと 信じられていたことに由来する」(wikiより抜粋)ふむふむ、眠らない魚の件、了解。なるほどね。これはきっと皆さんも知らなかっただろ?しかし、眠気覚ましになるってどうよ?あの単調な音とリズムは逆に眠気を誘わないか?木魚と共に読経が行なわれている間、盆提灯がゆっくり回り、扇風機の風がそよそよ当たり、外で元気のないセミがシャアシャア鳴くのを聴きながら眠気に誘われて死んだ魚のような眼になっていたワタクシであった。
2015年08月28日
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我が家にはオムロンの体脂肪計測付き体重計がある。まあこういうので体脂肪とか身体年齢を測ると多少のサバ読みになっているのか知らないが幾分嬉しい数値が出るようになってる気がする。(体重に関しては正確に測れるだろうけど)以前から21歳とか22歳とかの身体年齢だったのだが昨日は遂に18歳の身体年齢と表示された。体脂肪8%、内臓脂肪1%。(1%ってどういうコトよ?)常日頃から体力トレーニングとかはしていない。カメラマンの仕事で1日2万歩程度歩くぐらいだ。そしてかなりの汗をかくので代謝もいいだろう。ただし重い物を持ったりしないので筋力は使わない。歩く際はなるべく背筋を伸ばして歩くようにしている。そして一直線に歩くようにも心がけている。モデル歩きってほどでもないけど、どう説明していいのかまあ歩道の縁石の上を歩く感じで歩く。首からぶら下げたカメラはまあまあ重い。そして400枚撮ったぐらい(時間にして2時間)でバッテリー交換をする際以外は電源つけっ放しなので夏なんて湯たんぽをぶら下げているように熱くなる。そこで猫背になりがちだが、でも背筋は意識的に伸ばす。そうすると心もしっかりする感じがする。歩き方ひとつで健康になる気がするので皆さんも意識的にそうしてみてはどうでしょう。ライザッ○っていう体型改善のCMをテレビでやってるけどああいうジムに行くより、まずは日頃タダで出来ることを。だってライザ○プ、噂では30万円らしいじゃん。それから社会人運動系のトレーナーさんの話によるとハンバーガーなどのジャンクフードは当然NGだが菓子パンは下腹部に肉(脂肪)がつくので女の人は特に菓子パンを控えるように、だそうです。あとは身体年齢に直接関係ないけど、いつもポジティヴに。
2015年08月24日
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夜遅くまでネット販売の仕事を2階の部屋でしている。妻子が既に眠っている時間に仕事を終えるのだが1階に降りる時に階段手前の床が1ヶ所ギッと軋む場所がある。昔から「自分は既に死んでいる」という考えをすることがあるが実は本当に死んでいるのかも知れない。眠っている家族はその階段の軋む音で目を覚まし「お父さんの霊がまた歩いている」と思っているのかも知れない。ひと昔前に「シックス・センス」という映画があったがそれを見た時に「原作者も同じ考えを持っていたのか」と妙に感心したものである。実に心理的描写の上手い映画だった。全ては幻。昔、中国の詩人が同じようなことを書いていた。蝶がどうとか、夢がなんとかみたいな有名な詩だ。僕の寝室には死んだ祖父が書いてくれた色紙が飾ってある。書道家であり、熱心な日蓮宗の信仰者だった祖父が死ぬ数年前に書いてくれたその色紙にはもちろん達筆な字で「色即是空」と書かれている。あれだけ熱心な日蓮宗信者だった祖母も「達ちゃん、神様なんてどこにもいないよ」と言ったことがある。死期の近い祖母が半ばヤケクソになって言ったのだと思ったが続いて「神様がいるのはココ」と自分の胸を指した。それから随分経って長渕剛がインド旅行から帰国してから(今日も剛が登場しちゃったけど)その旅行からインスピレーションを受けて作った曲で「ガンジス」というのがあって、その歌詞の一節に全く同じ言葉があって共感したことがある。子供の頃に祖父母の家に宗教漫画全集があって鬼子母神だとか仏陀だとかの物語があったのだが当然天国と地獄の漫画もあって子供ながらに怖かった。それなのに「天国も地獄もない」と祖母が言った時には彼女の信仰は遂に崩れたのか?と思ったのだがその後に「天国も地獄も現世にある。捉え方次第」とやはり自分の胸を指して言った。生物学的にいえばアミノ酸とかが集まっただけの脳が意識を持ったり産業を発展させたり意思疎通をしたりそれはそれは奇跡で神秘的なことだと思うのだが実は生物そのもの全て(色)が実際には無(空)でありはなから人間とか海とか地球とか太陽なんてものはなく「人間として生きている妄想」をしているだけでは?と真夜中にふと思ったりするのであった。案外ヒマね。(笑)
2015年08月21日
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僕がカメラマンをやっている会社に行ったらスタジオのお姉様やドライバーさん達から「お義母さんのこと、大変でしたね」と声を掛けて戴いた。このブログを読んでくれているのである。僕は別に大変ではなかった。雑用を少ししていただけである。義母が亡くなる当日、病院から連絡があり車で1時間かかる病院まで向かった。こういう時に限ってノロい車が多い。妻を病院の玄関前で降ろし、僕は義父を迎えに行った。義父の家に着いたら彼は着替えの準備中だったのでその間に僕はトイレに入って小用をしていた。オートライトの電気がパッパッパッと数回点滅し、そして10秒ほど電気が消えた後にまた正常に戻った。電気の接触不良かも知れないが過去にこんなことはなかった。その時、「あ、ダメだったか...」と真っ先に思った。こういう話、よく聞くからね。次男の車の中ではワケ分からんPOPSが流れていて僕は「長渕入ってねえの?」と訊いた。アーティスト別になったカーコンポで長渕剛を選曲すると「巡恋歌」やら「素顔」やらの声ガラガラ・バージョンが流れた。「真っすぐな瞳のかあちゃん」って曲で剛が歌う。・・・早くおうちに連れて帰るからよ・・・入院していた彼の母のことを歌った曲だ。義母は2年の闘病生活だった。やっとおうちに連れて帰ってこれた。
2015年08月19日
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昨日は夕焼けを見に近くの丘に行った。秋のような爽やかな風で、雲もまるで秋雲だった。今日は独りで義母の家に行き、祭壇の生花を片付けた。居住者不在の家の中はムッとして暑い。時計がボンと鳴る。窓を開けて外の風を吹き込ませ、盆提灯をつけて線香を焚く。百合や蘭の花は朽ちていたが菊はまだ生きていた。先日の葬儀の際に受付をしてくれたヒサシ氏宅に向かった。「今日って高校の同窓会だったよな」と言われて思い出した。そうだ、10年振りの同窓会の日だった。そんなこと忘れてヒサシ氏とツカサ氏に受付のお礼をしに来たのだ。どうせ行く気はない。ヒサシ氏も当初から行く気はないそうで「別に会いてえヤツもいねえしな」と同意見を話す。男子は4人しか出席しないそうで、それじゃ面白くもない。女子が9割の商業科の同窓会に出てもモテまくるだけだ、(んなワケないか)(普通科のベリー氏は出席したのだろうか?)その後、ツカサ氏の家に行ったらまもなく同窓会に出掛けるところで「スーツじゃねえの?」と言うと「いや、このポロシャツで結構」「たつじん、会場まで送っていって」ってわけで送って行った。先日、同じく葬儀の受付をやってくれたミドリちゃんは俺を見て「なんかチャラいじゃん(チャラチャラしている)」と言った。おいおい、喪服着てるんだぜ、アクセも何もつけてないのに。それに黒いネクタイもキッチリ締めている。時間かかったけど。そういえば以前、妹その2も俺の礼服姿を見て「なんかチャラいホストみたい」と言ったことあったっけな。服装じゃなく雰囲気なんだろうな。確かに今の俺は真っ黒に日焼けして、髪も結構長くなってる。別に意図的に伸ばしてるわけでもなく染めてもない。自分で適当にカットしてるので左右が若干非対称なだけだ。まるでひと昔前の軟派なサーファーのように見えるのかもなあ。同窓会に出たらやっぱりチャラいと言われただろうか?チャラいつもりはないのである。すごく真面目に生活している。今日も妻の代わりに義母の祭壇の花を片付けてたんだぜ。そうして丘の上で夕焼けを見る際にも「わお、キレイ」じゃなく生命のありがたさとか儚さとかちょっと神妙に見てるワケで俺は別にチャラくなんかないんだぜ、ミドリちゃん。(あ、今日は全員実名出しちゃってた)
2015年08月15日
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8月6日に義母が亡くなり、あっという間に1週間が過ぎた。病院から連れて帰ったと同時に葬儀屋との打ち合わせが始まりあれよあれよと段取りを決めねばならず時間は飛ぶように過ぎた。女というものはこういう時でも妙に冷静でテキパキとこなしていく。その場で日程決め、親族への連絡、お通夜のお菓子の数量、葬儀の花、篭盛り、初七日の料理の数などがみるみる決められていく。悲しんでばかりはいられない、まずは滞りなく葬儀を終えなければとそんな感じで瞬く間に葬儀は終了した。僕は結局なにをしたのだろう?ネクタイを締めるのに時間を取られ、挨拶の度に舌を噛み、焼香のお辞儀の仕方を横目で見て真似していた程度だ。うちの妻は優しく涙もろい反面、冷徹なところもある。たとえば日曜日の昼下がり、エホバの会が「目覚めよ」を持って来る。僕は玄関先で「はぁ、まぁ。あ、どうも」と冊子をもらうのだが妻は「どうせ読まずに捨てますから要りません」とバッサリ斬る。電気料金が安くなりますよ、という勧誘の電話も僕が出ると「えぇ、まぁ。そうですね。あ~、うちはすみませんが結構です」とある程度相手の話を聞いてからやんわりとお断りするのだが妻はこれまたザックリと、相手が話している最中だろうが何だろうが受話器をガン!と置いて「ウザ!」とポツリと言うのである。それだけならまだいいが、もっと酷い言葉をもって断ることもあるのでいつか腹いせに家に火をつけられないか?とヒヤヒヤしたりもする。うちの妻に限らず、女というものは冷酷なのだろう。そして甘いのは男。土壇場でオロオロするのも男。家庭において一家の大黒柱は亭主だなんて誰が言ったのだ?亭主というものはゴミ出し、庭木の選定、風呂場掃除、犬の散歩、台風が来たら雨戸閉め、屋根の雨漏り修理、用水路の様子見、そんな感じの雑用を黙々とやっていればいいのかもしれない。(笑)
2015年08月14日
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昨日の岡崎市花火大会は自宅近くの橋の上で見た。あまりに暑くて打ち上げ場所付近まで行く気がなかったのだ。花火が遠いと細部の小さな光の粒まで写すことができず何となく退屈な写真になっちゃうが橋の上で涼しく撮影した。撮った写真は無料サイト「フォト蔵」に保存してるんだけど撮影時間とか露出時間などのデータが全部分かるんだよね。ということで今回はそのデータも載せておこうっと。ちなみに使用カメラはSONY HX1 っていうコンデジで撮るのは基本的にオート撮影、もちろんフラッシュはOFF。撮影中はシャッター速度を時々変えるぐらいで、ごくたまにISOもいじってみる。絞りは勝手に変わっちゃう。ISO感度200 露出時間1/3秒 絞りF5.6 焦点距離100mm普通に打ち上げられる花火の時と、クライマックス来るな、って時でシャッター速度を意識的に変えるんだけど、まあそれは勘というか適当。右親指でダイヤルをパパッといじるだけ。ISO感度400 露出時間1/2.5秒 絞りF8.0 焦点距離100mmISO感度200 露出時間1/10秒 絞りF5.0 焦点距離99.4mm今年もイマイチな写真になっちゃったなあ、去年どうだっけ?と見たらほぼ同じような構図じゃん、進歩してないワケね。ていうか、花火本体のみを撮ろうとしたら色とか種類とかシャッター速度しか変化はないわけだからね。風景を一緒に撮るなら構図に変化も出せるけどねえ。 ⇒【去年の花火の写真】
2015年08月02日
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