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先日は女性3人に囲まれてピクニックに行って来た。登ったのは豊田市の最高峰、焙烙山(ほうろくさん)だ。最高峰といっても丘のようなものである。朝9時に待ち合わせて4人で出発。僕がエスティマを運転して高速を通って山道を走る。登山口からは手ぶらの僕がリュックを背負う下僕となり昼頃に山頂の展望台に到着。陽だまりの風の来ない場所にレジャーシートを広げ、女性3人が持ち寄ったお弁当を広げる。展望台からは三河の山並みが見渡せた。まだまだ紅葉の季節ではないが自然に囲まれた展望が広がる。半日いたが他の登山者は一組も登って来ずのんびり過ごせた。どんなハーレムなオフを過ごしとんじゃ!と言われそうだな。ちなみに女性3人の内訳(内訳っていうのか?)は40代、多分50代、70代ということはココでは割愛しておく。
2015年10月29日
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岐阜と福井の県境の夜叉ヶ池(やしゃがいけ)に行ってきた。メンバーは去年の【どしゃ降りの雨の渓谷での鍋会】の面々である。それではメンバー紹介を詳しくしてみよう。・コウベ氏(推定53歳) 「もう今度事故やったら会社クビだぞ」と上司に叱られ そのため東名高速道路を60キロの安全運転で走り(逆に危ない...) それでも続いている彼の職業はタクシー運転手である。・モリタ氏(54歳) テント泊の趣味が高じて自宅で寝る際も庭にテントを張り 数年前の台風でテントが壊れてテント内の家財道具が水浸しになり 仕方なく軽1BOXに家財道具一式を載せてネットカフェ駐車場で寝起き、 しかしどうやら警告を受け、今度は自宅庭にビニールハウスを立てたが また雨にやられてハウスの天井が破れたので現在は仕方なく自宅内で寝起き。 ちなみに彼の奥様は元演歌歌手である。職業は新聞屋さん。・カワスミ氏(57歳) 最近株売買で500~600万円の収入を得たので浜崎あゆみのCDを1枚買った。 (500万から600万と言うが、庶民にとって500万と600万はエラい違いだ) 昭和の歌謡曲にはうるさい。早見優(!)に関してやたら詳しい。 昔買った全長約5メートルのカヌーの置き場に困りモリタ氏の庭に置いたが、 モリタ氏の奥さんは非常に立腹して「返すか処分せいや!」と言っている。 「誰か俺の使ってたカヌー買って」が口癖のバイク好き会社員。・ワタクシ(50歳) 突っ込みどころのない模範人間。さて、夜叉ヶ池レポートだ。登山口から森の中を歩くと彼方に岩領が見えた。夜叉ヶ池はこの山を越えた向こう側にあるらしい。稜線に出る手前で小さな崖に突き当たる。ロープも固定されているので初級レベル。 このロープを登り切ると夜叉ヶ池が全貌を現す。 さて、崖をクリアーすると...うわあ、夜叉ヶ池見えたっ!森の中にポッカリとした池。久々の感動だ。湖畔に下りてみる。美しい。日本の美だ。池に黄葉が映り込む。無数の色彩。寝転ぶ。雲が速い。まどろみ。夜叉ヶ池をあとにしてまた森に入って下山。頭上から金の葉が舞い落ち、舞い上がる。自分の落下点を探しているかのようだ。
2015年10月26日
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老父母が暮らす実家で昔のアルバムを見つけた。僕が多分4歳ぐらいの写真ではないだろうか。ということは父が29歳で母が23歳ということになる。ふ、老けている。これで23歳かっ!この写真の自分が当時4歳だというのは僕の単なる推測だがこの後、私立のお坊ちゃま幼稚園に入園した。我が家はそういう家系だったのである。父方の実家は製粉業として戦時中から戦後にかけて財を築き僕の父はその末っ子ボンボン育ちである。従兄弟は英才教育を受けて後に2人とも医者になった。母方の祖父は教師を経てのちに証券会社経営、祖母は書道家、叔母も書道家、僕の母親も書道家だった。母方の家は戦後の食糧難時代にあっても食うものには全く困らなかった家庭であったらしい。幸いなことに、僕は普通の小中学校に入学させてもらえた。英才教育を受けさせても無駄だと思ったのか、普通の人間になって欲しかったのかどうかは分からないが英才教育を受けさせられなくて本当に感謝している。そんな道に進まされていたら、きっといつかどこかでキレて人を殺すとか自分を殺すとかの過ちを犯したかもしれない。親からの金銭的援助やコネは全て絶った。何もかも自分の力で掴み取りたかったのだ。親戚中では僕は確かに浮いているかもしれないが自由に旅をしたり野宿なんぞをしたり、人に媚びを売らず自分らしい人生を生きているつもりだ。金や地位や肩書きを大事に抱え込んでる彼らに言いたいのだ。「ざまあみろ、俺は俺の道を生きてるぞ」敷かれたレールの上をそろそろと歩く人生なんてクソ喰らえだ。昔のスナップ写真を見ると哀愁の混じった苦笑いと共に「俺は親に反発してばかりいて親孝行したのかな?」とちょっとばかり胸がチクリと痛んだりもする。
2015年10月24日
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これが3000回目のブログアップ記事らしい。ということで今回は全国の女性ファンの皆様に(いないけど)僕が死んだ際の遺影写真候補をお見せしようと思う。まあ葬式の遺影写真というものは昔から顔写真のアップである。旅に出たり山に登ったりする度に自分の写真は一応撮るのだがそのほとんどは後ろ姿が多いので遺影には使えたもんじゃない。最近撮った正面顔写真で、しかも自分らしく写っている写真というとごく限られてしまうのだが、それは皆さんも同じだろう。ほら、免許証の写真なんて大抵は変なクソ真面目顔になってない?僕の場合は真面目顔ならまだしも、犯人写真みたいなのである。いくらイケメンでもブサイク顔でも自分なりに「これは写りがいい、これはダメ」という写真がある。他人から見れば「どちらも変わらん、一緒だわ」と思われようが自分自身からすれば微妙な差でその基準ができあがるのだ。たとえばまぶたに出来物ができちゃったとする。本人は「こんなまぶたが腫れた顔恥ずかしい」と思うのだが他人から見れば「どこが腫れてるの?ああ、何となくね」と当事者が深刻に思っていることを何とも意に介さないのが現実だ。前髪切り過ぎちゃって恥ずかしくて会社や学校行けない、本人はそりゃもう大騒ぎである。だけど他人から見たら別にそんなに酷くは思われない。所詮、人間なんて、人生なんて、悩みなんてそんなものなのだ。お、話がどこに行こうとしているのだ?ということで遺影候補の写真。これもトリミングしなきゃならないほど小さな写真だった。できれば遺影は顔のアップじゃなく、このまま背景付きがいい。 でも本当は顔写真じゃなく、下のようなスナップ写真が希望だ。自分が死んだ後、飾るにしても顔写真なんかよりもこういうスナップ写真を飾ってくれた方が「俺らしく」て嬉しい。子供達もこういう写真の方が「お父さんらしい」と思うだろう。遺族にお願いしておく。できればこの、バクタプルの安宿の窓辺に寝転んで路地を見下ろしている写真をこのまま遺影として使って欲しい。横置きのスナップ写真で背景カットなし、ぜひこのままで頼む。もちろんまだまだ長生きすると思うので、随時更新っていうか、旅や山に出掛けたら「それなり」のスナップ写真は撮るけれどもどうか遺影に真正面アップ写真はやめていただきたい。ぜひ「横置きのスナップ写真で背景カットなし」でお願い。覚えておいてくれ。
2015年10月21日
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今朝は「ワッショイ、ワッショイ」という子供達の声で目が覚めた。ああ、そうだ、今日は町内の秋祭りだったなあ、と気付いた。爆竹を鳴らしながら小さな山車を担いで町内を練り歩くのだ。む?ところで何で「ワッショイ」なのだ?別に「ヨイショ」でも「エイヤ」でもいいではないか。「ワッショイ」という言葉があるからには語源があるに違いない。布団からバッと起き上がり居間に入ってすぐipadで検索。なあんだ、語源はそんなことか、と納得した。僕は普通に使われている単語の語源検索をよくする。ご飯を食べている最中でも単語の語源が気になると茶碗を置いてipadですぐに検索してみる。もちろん検索の前に自分で語源の推測もしてみる。「てんやわんや」は大忙しという意味だが「点や碗や」、つまり茶をたてたり茶碗を並べたりという意味かな?と調べてみると自分の推測が外れていたりなどしてなかなか雑学の勉強になったりするのだ。地元の町内のお祭りだが、今日は故郷のお祭りでもある。そのお祭りはやたらヒートアップする餅投げがある。去年の餅投げでは皆でこんなに拾った。今年も大阪から姉や姪らが来て実家は賑やかになる。今年の餅投げは去年よりも多く餅を拾った。当たり餅の景品としてティッシュ27箱、洗剤8本、サランラップ8本などかなりの戦利品をみんなで山分けして解散した。今年も娘婿が大活躍したのであった。山分けした餅は35個にもなったのでしばらくは餅ばっか食べねば。あ、なんで餅は餅って名前なんだろ?調べてみよっと。
2015年10月18日
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昨夜は2階の通称バナナ部屋で寝た。もちろん時計のない部屋である。僕は時計の秒針がコチコチしてると寝られない。今朝、目がパチリと覚めた。爽快な寝起きだ。うっそうと茂ったバナナとプルメリアの葉を掻き分けサッシを開けて朝の空気を取り入れた。ベランダに置かれたパイナップルの葉も順調に伸びている。中庭を見下ろすと椿の木に赤い花が咲いている。通常椿の花というものは4月頃に咲くのである。【このブログ読んでもう1回笑ってくれ】10月中旬に椿の花。明らかに狂い咲きである。椿の花を見ながら勝手に妄想をする。暖かさと眩しさにつられて今頃になって咲いてしまいました。後ろ指を指されて狂い咲きと呼ばれるのはわかっています。どうせ人知れず無残に散るのも承知のうえです。寒い夜風に散らされて夜明けに命が果てるのも覚悟してます。皆はきっと哀しい花だと思うでしょう。それでも女として咲かずにはいられなかったし咲いたことに何の悔いもありません。それどころか咲いたことを幸せに思っています。
2015年10月15日
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(先回の続き)御嶽山の噴火から1年、9合目まで行けるようになったので献花台があるという入山規制ギリギリ区域まで登ってきた。各所に入山規制の看板が立てられている。8合目の女人堂から三の池に向かうルートの入山禁止場所。そこから引き返し、女人堂から別のルートを登って9合目へ。9合目の石室山荘に到着。噴火当日は多くの登山者がこの小屋にも逃げ込んだ。自衛隊のあの捜索活動には本当に頭が下がる思いだった。粘土質になった火山灰に腰まで埋もれて高所で捜索していたのだ。自衛隊は捜索を打ち切ったが民間ヘリがまだ捜索をしていた。低空ホバリングしてヘリから顔を出して捜索している。歩いている僕ですら寒くて鼻や耳が痛いのにヘリから顔を出しての目視捜索は切れるような寒さだろう。昨夜の雨で火山灰がドロドロと流れたので遺品捜索の機会なのだろう。(これらの画像はフォト蔵の元画像サイズで拡大できます)献花台の前でリュックを降ろし毛糸の帽子を取り目を閉じて手を合わせる。頭上からヘリの音が聞こえる。やがてヘリの音が遠のき静寂が訪れる。2分ぐらい黙祷をしただろうか。5分でも10分でも、1時間黙祷してもまだ足りない。また別のヘリがやって来て、太陽と重なって一瞬の影が通り過ぎる。山岳パトロール隊と山小屋の人達が火山灰を掘っている。ここ9合目も火山灰に埋もれていたがここまで復旧したらしい。登山道の木の階段は未だ崩れている。「雨が降ると上から火山灰がドロドロになって流れて来るんです」「あと数年、いや、もっとずっとこの処理には年月がかかるでしょう」パトロール隊の人はツルハシで固まった火山灰を割り、スコップでかき集めて担いで別の場所に運ぶ作業をしていた。重い岩を一つ持ち上げるだけでも手伝いたかった。スコップ一かき、ツルハシ一振りでも手伝いたかった。安全上の理由でそれが出来なかったのが残念だ。泥々になった火山灰。乾けばヒビ割れてコンクリ状になる。火山灰によって草が死に果てた斜面。眼下に見える今回の噴火とは別の断層亀裂。行方不明者の遺族の方には申し上げ難いが火山灰の除去がされている9合目ですらこんな感じなのだ。新たな遺体発見の可能性は非常に難しいと思われる。遺体どころか、派手な色をした遺品すら見つかるのは難しい。とにかく現場に行けば納得するが、全てが灰色なのだ。今や火山灰はセメント状となり、割って持ってみたがかなり重い。力を入れて潰してみると崩れる。砂岩のような感じである。そして水分が混じると泥状になってゆっくりゆっくり流れ落ちるのだ。しかも滑りやすい。除去作業は極めて困難だ。稜線の向こうは雲ではなく噴煙である。空が抜けるように青かった。
2015年10月11日
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御嶽山ハイキングは1日延ばして正解だった。当初予定の日はヒョウかアラレが降り酷かったそうだ。というわけで今回は中の湯(黒沢口)登山口から登ることにする。前夜から登山口に入り、毛糸のセーターとダウンジャケットを着て銀マットを地面に敷き、寝袋に入って星を眺めながら寝た。ものすごい星空だ。空全体が星だらけでザラザラしてる感じ。天の川もクッキリ、うわあ、こりゃすごい!と感激である。自分の他に誰もいない真っ暗で孤独な山の中。ちょっと怖い。しかし...寒過ぎる!寒くて眠れなかった。そして夜明け。月、金星、火星、木星が東の空に勢揃い。雲ひとつない空に太陽が昇ってきた。さすがに霊山御嶽だけあって真っ暗な森を独りで歩くのは怖い。明るくなってから霜柱を踏みしめながら歩き始めた。途中の小川に映る紅葉。しかし前日の風雨でナナカマドの赤はほぼ全滅。ダケカンバの黄色の葉が少し残っている程度。8合目の女人堂から右手の登山道に入る。目の前に稜線が見えるアップダウンの少ない道だ。ヒマラヤのアンナプルナ近くのトレッキング街道に似ている。あと1週間早く来れたら紅葉すごかっただろうなあ。ナナカマドの赤い実だけが残っている。葉の落ちたダケカンバの景観もなかなかいい。入山規制のかかった行き止まりの場所にベンチがあった。こんな完璧な場所なのに誰ひとり来ない。徹夜明けなので寝転がってお昼寝。何の音もしない贅沢な至福の時間だった。さて、献花台が9合目にあると知ったので行くことにする。次回のブログ更新では9合目の画像を重点的にアップする。
2015年10月08日
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カメラマンの仕事の帰りにガソリン満タンにしてついでにタイヤの空気圧も少し補充してスーパーでジュース3本、おにぎり3つ、お菓子2袋を買いさあ今夜からのハイキングの準備万端、「行くぞ~」とネットで明日の天気見たら長野南部は曇り時々雨。ちぇ、1日延期だ。1日延期の方が状況悪くなる気がするけど。天気が悪いのに行こうとは思わない。まあ明日の昼にまた天気予報見よう。今夜は充電してたっぷり寝よう。そういえば雑誌掲載のエッセイの原稿をまだ書いてない。毎月10日に校正が終わって(俺の場合は校正ないけど)すぐに印刷に回して20日発売なのですぐ書かねば。とりあえず今からは、ヤフオクと楽天の商品落札者さんに「本日発送しました」メールを送らなくっちゃ。なかなか寝不足が解消できないなあ。
2015年10月05日
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10月6日か7日どちらか気が向いた日程で御嶽山に紅葉を見に行こうと思っているのでその準備のためデジカメのバッテリーを充電した。さて、今日は急遽夕陽を見に海まで行こうと思い昼から故郷の碧南市まで車を走らせた。数年前に幹線道路が開通し、退屈な一本道になりアクセスは良くなったが信号ばかりで眠くなる。バンコクからカンチャナブリへの一本道を思い出す道だ。碧南市に近付くと巨大な中部電力の建造物が見えてくる。そしていつもガラガラのマクドナルドの交差点を右へ。碧南市にマクドナルドなんて作っても売れないだろ。なにしろ高齢者ばかりの退屈で静かな町だ。その交差点から数分で実家があるので行ってみた。母はもう1人では車椅子から立つこともできない。高齢の父が介護をしている。夕焼けを見に海まで行くからもう帰るわ、と何気なくデジカメを触ったら何かいつもより軽い。なんとバッテリーが入ってなかった。自宅で充電したまま忘れて来たのだった。海に行くのはやめた。幹線道路を戻りながらバックミラー越しに空を見ると西の空には見事な夕焼けが見えていた。車のBGMはなぜだか寂しい"coming down again"。
2015年10月04日
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今夜は月の向こうに星が隠れる現象が起きたそうだ。おうし座のアルファ星、アルデバランという星だ。ホシミストさんのブログを読んで早速月を見てみた。月を見たといっても現在いる自宅2階の仕事部屋から見えるのだ。しかも今パソコンを触っているこの座ったままの状態でほぼ真正面に月がバーンと見えるのである。早速ビクセンのレンズ50mm、倍率7倍という普通の双眼鏡で覗いてみた。おお、見える見える。月のすぐ横にアルデバランがあった。月の向こう側から姿を現して間もない感じだった。月と星のランデブー写真は専門家さんにお任せするとして僕は押すだけコンデジ SONYサイバーショットHX1で月を撮影。パソコンに取り込んで拡大トリミングしてみた。まあ本格的なデジタル一眼カメラよりピントは甘いが手持ちで椅子に座ったままでこれだけ撮れればOKでしょう。
2015年10月02日
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