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口訳 太平記 ラブ&ピース [ 町田 康 ]先日読了。大いに、楽しんだ。朝鮮漂流 [ 町田 康 ]町田康さんの永年のファンであるあたしだが、そもそもは、、「くっすん大黒」で、笑いのツボにはまってから、手放せなくなっている。久しぶりのその笑いのツボが、今回、やって来た。後者の「朝鮮漂流」である。まだ最初の4分の1くらいまでしか行ってないが、とっぱし、p100を超えたあたりから、俄然、小説として興が乗って来た、、というかお話が面白くなり、ついに、、クックッくっくっく・・・。と笑いの発作が。登場人物も、泣いたりするのだが、読んでる方も、涙が出る。。ほど、おもろい。これほど、ああ、面白いおかしい笑えるケッサク、、サイコー、、とキャッキャする読者が、この小説のこの辺りでいるかどうかは知らんけど。この時点で、読者は(あたしのこと)これから出かけて、所用を済ませることに屈託があり、気が重かった。だけれども、笑っちゃって、それが止まらんので、すっかり気分は上げ調子になった。救われたわけ。ま、やってみよか、、やるだけやって、あかんならそれもまた一興、てな心境になっちゃったわけ。(その、いやいやする用、というのが、いきいき体操の立ち上げだ。この用事、夕刻までかかるが、一応は、目的を達成し、次の段階に行くことができたので、安堵する。)思ってた。朝から、ほんでに読み始めから、こんなに笑いのツボにはまるような本、これからどうなるのだろうかと。昼間空き時間に読むのは滅多になく、次よむときは寝る前もしくは、それに近い、またあり、ゆたあり、、してるとき。かーむだうん、、のとき。それがあーた、こんなに、突然、(お話の内容から、そんなお笑い系のヒックひっくな身体反応が起こるとか)わっはっはが生じると、コーフンして寝られない、眠りにつく、、という読書行為じゃなくなるわけで・・。困ったなあ、と、ワクワクする。太平記、は、話し言葉(関西弁?大阪弁?)が面白かったが、町田康は、今度は、書き言葉、、つまり異国間のコミュニケーションとして、漢字による筆談、という方法を登場させ、(日本―朝鮮)外交マターとして、お話のホネにしてる。だから、たとえば、、それを読んだ相手方の長は、グッと感動したように見えた、、とか話し言葉でないツールでの意思疎通、を展開するのだ。だから、罵詈雑言は、表向き、しゃったうとされてる。(ちなみにこの本で登場するのは、鹿児島弁?九州弁?である)案の定、4分の1くらいまで読み進んだ時、2回目の笑いのツボがやって来た。これが、、就寝前である。頭が冴えて寝られへんやんか、、とか思ってたけど、案外、よく寝ましたとさ。町田康さん、ありがとうございます!
2026年03月31日
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昨年の秋以来、市の、フレイル対策の一環として、各地区のコミセンや、公民館を使って、高齢者対象に、認知症への道まっしぐら、、を少しでもその動きを防ぎましょう!ということで、フレイル(加齢による心身虚弱)予防の観点から、なんかしましょうぜ、、施策が全市的に行われ、、ウチの地区でも、それに呼応して、市の健康課から大挙して関連の人びとがやって来て、一斉に口腔検査や聞き取り調査や、身体測定やら、なんやらが、イベント的に開催された。その流れで、自治会サイドでも、血圧計や、(ちょうど大型テレビやら、クーラーなど設置されて)DVDが観られるようになったので、DVD再生機を、公民館の備品として購入しようと決まり、あたしは、こまごましたこういう使い走りのような用事を仰せつかった。ま、それはいいとして、。ここまでの段階では、あたしは、市、が人員派遣して、世話方をやるものだとばかり思っていて、その受け皿をば、用意すればいいのだと、勘違いしており、こないだ、市の健康課に、その段取りの説明を受けに行ったときに、自分たちで!以後、仕切らねばならぬ、、、という事実を知る。(つまり、自主運用事業)え?これ、、ウチらでするんでっか?みたいな。市の担当者は、そうですけど、、?とあっさりしたもんである。健康課の担当事業として、該当地区の近くの高齢者施設の職員も派遣されて、(総勢2-5人)決まった日時にいきいき体操(オリジナルデカボウ体操)をしてるのは、知っており、この地区でも一番大きなコミセンで、月曜午後に開催されており、大元の、市の健康福祉センターでも開催されており、亡き夫も通っていた。福祉センターでは、理学療法士も参加の、結構大掛かりなものだった。その、デカボウ体操を公民館でやろうというわけだ。近くのコミセンには、通う方々があって、それは月曜午後、それでいいんじゃない?いやいや、、理想的には、週に2回!がいいそうで、。。いやいや、ホンマは、毎日でもやった方がいいのでしょうが・・。事の本質は、カラダを動かせよ、ということ。健康課で、自主運用のあらましを聞き、そうでっか・・となり、じゃあ、(しかたがないからおへんじかあいたさっきのてがみのごようじなあに♪)←犬のお巡りさんより、。ってんで、そのいきいき体操の時に使用する歌詞カード、カードっつっても、大判。B2くらいかしら?それがドサッと、手渡され、同じ大きさの体操指導図、もドサッと渡され、極めつけは何といっても、フライヤー!いきいき体操始めます!ウチらの村でも!!のタイトルの・・。事業開始の日にちと時間、申告すればそれ(チラシ)をば、すぐに、作りますよ、と言うわけである。お役所に似合わず仕事が早い。あれれ、担当者、、連絡電話番号、、まで書いてあるじゃないか。。必然的に、あたし??待って頂戴、と言いたいところではあるが・・。しばし、そうさねえ、5分は考えたが、、これは、、結局、滑りだしは、観念せよ、ということか。と思った。コトを始めようとするときの独特の盛り上がりの雰囲気に乗せられてしまってる。自治会長は、いっそのこと、、隣り村にまで範囲を広げたどうか、とか、言う。今日、健康課に行き、詰めの作業だ。さてさて、。。あたしの、「フレイル対策」はこれで、充分に出来るのだろうが・・。
2026年03月30日
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洛陽堂河本亀之助小伝 損をしてでも良書を出す・ある出版人の生涯 [ 田中英夫 ]当時の亀之助、資金に困って誰それを頼り、それが上手く行って夢二の件に影響しなかったといえばそうではない。誰それのもとの雇い主、なんとか堂のだれそれは、大逆事件に関与した疑いがあると、公安に目を付けられていた。・・・・(以上引用でなくあたしの創作)こんな風に、ある人のある時期の仕事の全容を、関係各社も含めて、広げられても、、「知らんがな」なのだ。ごめん。でも、こっちの事情で、ご先祖様に関係する、、(確かに)のだからと、せっかく、出会えたのだからと、襟を正して通読に及んだ。読み通したので、一定、爽やかな気分ではあるが、。。口直し、と言うといささか語弊があるが、知性について [ 内田樹 ]と、英米文学のわからない言葉 [ 金原瑞人 ]おもしろく読了。内田先生のは、かねてよりブログ拝見してるので、速度は速かった。満を持して、次はいよいよ、、ババヤガの夜 (河出文庫) [ 王谷 晶 ]だった、。。暴力シーン満載であった。なので、。病気と折り合う芸がいる [ 養老 孟司 ]と、読書する脳 (SB新書) [ 毛内拡 ]毛内家の家訓として、「本は買うな」。らしい。以上2冊は早く読めたが、とくに後者は、後付けなれども、多少はあたしの脳は、現状維持に役立っている事の証左が示され、いささかご機嫌になった、と告白しておきます。そして、。。かねてより、リクエストしていた、、叫び [ 畠山 丑雄 ]北摂の茨木市を舞台に繰り広げられる。実は1日で読了。著者は若い。平野敬一郎のように、緻密ではあるが、また趣は異なる。しかし、文才はあると思う。すごいと思った。がしかし、、。やはり男性。話の筋はわかるけど、、。って感じ。わかる、、は理解、だけど共感までは届かない。でも、今までに出版された2冊は、あたしでも知ってる本関連の賞を取っておられる。すごいのだろう。朝鮮漂流 [ 町田 康 ]町田康のは、太平記以来。この本も分厚い。あ、出てる!と、引いた。ひいて読み始めるが、字が細かい。さてと、。。おもしろいので、このままいくか・・・。以上、最近の本事情でした。
2026年03月29日
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今日は晴れ。朝早くから、近くの小学校のグラウンドで、地区のグランドゴルフ大会。うちらも、集落で2チーム参加。なんと、なんと、あたしは、、ホールインワン!1回達成だよ。8ホールを2回して、休憩し、。・・。2回戦に臨み、、無事に完了。その後、点数発表と表彰。更に、ビンゴ大会、と盛りだくさん。参加賞のティッシュ5ハコもゲットし、ビンゴの洗剤も。ティッシュは、買い物リストにあったので、余計に嬉しかった。無事帰宅。桜のつぼみも膨らんできて、木瓜の花が咲き始め、ウグイスもしっかり声を出して、練習しています。春だがや・・・。
2026年03月28日
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最近のシューカツ?と言うのでしたっけ?女子の場合決まって、黒のスーツと、ヒールの靴、お堅い感じだよね。ある日ある時、あたしは、共に立ち上げた一級建築事務所のボス(女性)と2人で、大阪南の方の、住宅機器メーカーの工場の開発部に出かけた。打ち合わせである。当時のキッチンは皆、お仕着せで、ここでは、近未来キッチンという事でシステムキッチンの開発をしておった。その、コンサル、ってんで、この時から一年以上はこちらに通うことになるのだが、。。小さな事務所にしては、大きな仕事だった。そこに出向く際には、その、シューカツスーツのような地味、かつ大人しいいでたちで、ただ、手に下げるのは、バーガンディの(色名なんだけどえんじ色ね)ダレスバッグ。である。紙のレポート、どっさり入っている。だだっ広い工場の入り口近くに守衛さん詰め所があって、そちらに伺うと、2人の中高年男性が制服姿でお迎え。小窓を開けて、、どちらさん?と言われる。商品開発部長の○○さんに。と言う。二人の守衛さんは、お互いに顔見合わせて、、しばしにんまり。(あたし達は意味不明)やおら、黒電話を取り、、むにゃむにゃ・・・。ニンマリのまま。「なんとかジャパン、と言う方が来られてます。」となるところ、(事務所の名前に住居科学、という単語が入っている)「なんか、、開発部長にお客さんでっせー・・ウヒヒ」みたいな雰囲気だった。横目であたし達を見ながら、、また二人見合わせて、。。そこまっすぐ行って、中入って、、、と指示されるが、あたしは、すぐにハハン、と理解した。あたし達の仕事は、この人達には理解されてない。(その受付で、タグを貰うのだがそして、胸に付けるのだが)きっと、、どこかの、バーか、クラブ、お水系の集金か何かと、勘違いされたのだろうと。ボスも、そう思ったらしい。だから、帰途、お茶した時に笑い合ったことだった。今でこそ、冷静に書けるが、そのシステムキッチン開発の仕事と合わせて、怒涛のようにインテリア関連の仕事が増えて、コンサル契約する会社も増えて、忙しくなったので、あまり、意識はしていなかった。恵まれた仕事環境であったと思う。後になり、ひょんなことから、ブティック経営をすることになってその場では、「ママ」となる。でだ。昨日、ある方面からの小さなニュース、「安スナックのママ」のようだと、我が国のそうりだいじんを揶揄する文言。彼女がアメリカに行ったときの態度であったが、それを称して。工場に行ったのは、かれこれ、、40年以上前である。バーのママ、とチーママ、に間違われて幾星霜。オトコが支配する仕事ワールドである。それにしても、40年経過後、スナックのママ、は健在。。スナックのママ、ブティックのママ、クラブのママ、と、ママが、多いなあ。。バリバリシゴトする女性が多くなり、割合も増えているというのに仕事する女性のプロトタイプの描写は変わっていない。スナックのママ、というと、即座に脳が共感する。ああ、そんな感じね、と、市民権を得ているのである。世界は、世の中の実相は、もっとダイナミックに変動しているというに・・。日本の「オトコ」は変わらんなあ・・。ふたたび、言う。日暮れて、道遠し。老いぼれたあたしの目が、曇っているだけだろうか・・。ママ、って、、ねえ、。。
2026年03月27日
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50年前には、鰤カマは、タダだった。新婚当時、豊中の小さなアパートで、結婚生活をスタートさせたとき、近くの市場(路面店)の魚屋さん、鰤のアラは、サービスであり、その中にカマも入っていた。100円の大根、をば購入し、鰤大根をよく作ったものだったなあ・・と遠い目。そう言えば・・ついこないだ、スーパーの一番前のキャッチコーナーで、98円だったんだ。大根。大きさは、50年前とは違うけれども。お魚と、お野菜の半世紀の歴史である。時代は下って、田舎暮らし開始当時、、これは17年前。行きつけのスーパーは、舞鶴(日本海)からの入荷が多く、お魚売り場が充実しており、バックヤードは、ひとかどの大きな魚やさんの様相。アラも当然沢山出て、100g38円から、いろんなお魚のアラがあった。更に、更に時間が経過、、今現在、そのバックヤード横の隅のアラ売り場は、消失し、切り身等の前の売台に並んでいる。前の売台に出世?したのはここ最近の事だ。価格も、長い間100g58円、78円、98円、、と次第にアップ。今では、鮭のハラスなど、一人前のトレーに成り上がり、えへん、と、切り身の横にハラス!として並ぶ。それでも、シュッとしてる切り身達よりはお安い。特に、本マグロは、赤身が嫌われるので、赤身は安いが、解体途上の都合で、たまさか、トロ部分が混じっていることがあるんだな、これが。(今では、そういう幸運、滅多になくなった)おわかれしたいとしいしと、、が見えるかしらと、時々はチェックするが、昨日は、ありましたよ。鮪。もちろん、赤身(黒い)が主だが、可食部分が結構充実。発見と同時に、山かけ、が無性に作りたくなった。今回の鮪の短歌、じゃなくて、担架、じゃなくて単価は、118円、230gほどなので、ラッキーだった。(赤身のパックは500gとかが多いので、ちょいと重荷)一人分より多かったが、美味しくいただきました。感謝!鮭のハラスもまた、探してみよう。アラコーナーでね。昨夜、8時半ごろ地震があって、身構える。ネトフリをデスクで観ており、咄嗟に机の下の事を考えた。震源地に近い、と思い、揺れた後、外に出ようと靴履き替え、30分ほどは、動けず。怖かったです。揺れは1回だけだったので、事なきを得ました。
2026年03月26日
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玄関照明の電球が切れた。3月に入ってすぐ。自分で脚立に登って、取り外し、電気屋さんに行った。ダウンライト系の変わった形。ネットで検索するが、ほんーーんっとに沢山似たようなのがあり、すごい世界。ふううむ。それをしてからが、電気屋さんに行ったんだけど・・。ジョーシ〇。さすが。これは廃番で、これこれが代替のお品の品番。本社がこれこれで、、と電話番号を教えてもらう。親切。年明けに、2階の窓の見積もりし、高かったので即お断り、というちょいと、気が咎める対応があった、いつもの工務店さん。背に腹はかえられん、ってことで、事の次第説明し、電球ありませんか?社長にメール。返事が来て、こっちで手配します。となる。(その時は、ウチで替えるつもりだった)在庫在ればいいが、、とか、何時つけたのかな?あれは、、2017年だったか?LEDだからそれなりにちゃんと持ったんだよな、、とかそれにしても、、2300円は高いよな、、←あたしのネット調べ価格、、2300円は電球1個の値段。じゃあ、お願いします。となり、待ったが、、もう、3週間過ぎた。なんぼなんでも、そんなにかかるかしらね・・。と、今度は、本気で、ネットで探した。(実は、本社に電話したのはこれが最初、、ネットに似た商品は溢れているので、探す手間を途中で止めたんだけどね)本社のサイトにありましたよ。品番もじょーさんが言ってたのと同じですよ。値段見てビックリ。あーた、7100円か200円。(200円じゃなくて7200円ね)へえ、ななせんえん。か、。。工務店の動きいかんによっては、こちらで注文して、置き電球にしようと、思ったんだが、さすがに、7000円、、じゃあちと、もったいない感じだ。いやまてよ、あたしの感覚は、昭和なのか?いやあ、なんぼなんでも、電球1個に7000円はないで。と思ったんだが・・。思ったんだが、が多い。代替品になってからは7000円越え、従来品は2300円。この価格の落差をば、株屋でもないのに、ずっと考えていた。それで、アタマに電球が点く。あたしのモットーは、裸電球。ソケット直付けのそのままともす型。コストと、取り換え手間を考えるとこれがベスト、と思っており、実践してる。場所によりそれは、あたしの拘りに従い、形は変わるが・・。ところが、この玄関灯、先のリフォームの際に、なんでもかんでも支給、になると悪い、と言う気持ちと、自分でこちらの希望の照明を差配するのが疲れてきた時期だった。お任せしますと言い、カバー付きのになったんだった・・。社長にメール。未発注でしたら、器具ごと取り替えて、裸にしてもらえないか?発注済みでしたら、それでいいです。ザックリ言えばそういう感じ。気を遣いながらくどくどしく。返事が来て、入荷しています。(7000円の電球)工事しに行きます。いつがいいですか?ありがとう。じゃあ、これこれしかじか、、都合を返事した。裸にするには工事費が要る。でも次は、置き電球で賄える。従来のだと、(もう決定だが)7000円は最低かかる。要するにあたしは、電球1個が7000円、の値段に驚いただけ。だって、LEDなら、この今回交換の電球がこの世の見納めかもしれないのである。こんな風に、モノの値段は上がる一方だ。あたしは、階段を下りる一方なんだ。けっ。
2026年03月25日
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春になって来てるかして、最近お腹がすく。スイミングが9時過ぎ開始であったのが、去年春から11時開始になった。何度かここに、時間割変更の愚痴みたいなものも書いている。自主練するよりも、コーチとやる方を選んでいるあたし。11時開始に合わせる。だいどこ、買い物などをスイミングの前に入れて、過ごして来て、。。なんとか、帳尻が合うようになってきて、それで、昨日。地元の小学校の卒業式に列席。(来年も同じかな?いやいや、もう、入学式・卒業式は卒業しようかな?)式の後、スイミングに間に合うかもと用意はして出かける。♪だれにみしょとてべにかねつきょうぞみんなぬしへのしんじゅだて (京鹿子娘道成寺)まではいかぬが、それなりにオサレしたので、一旦家に帰り水泳仕様のたちすがた、、にしないとだな、、とか考えていた。式、9時半開始。卒業生、14人の小さな学校。それでも、プールには間に合わない時間に閉式。しゃあない。粛々とその他の用をこなそうと、街に出る。役所の健康課に行く用があった。昼休みの時間帯は避けたい。こっちが先じゃ。11時50分になんとか滑り込む。このあたりから、、お腹が空いて来て、施設付属の食堂のランチ、食べようかな?とか、脳が欲しがるのである。こちらの必要なことを伝え、聞きたい事を聞いて、若干、早口になって来て、、ごめんなさいね、アタマすっかり記憶力衰えて、ちゃんとお伝えできてるかどうか、心配ですけど、、「いえいえ(とんでもない)こっちがついていけましぇーん」みたいな顔されて、それでも、はらへたなので、早口は止まらず、わけわからん事いってたのじゃないかしら、。早口は、最後まで止まらず、その、窓口で話す、あたしのガラス窓は開いており、その向こうのデスクが並んでいるところ、、職員の人たちが、お弁当!を食べ始めて、。。あたしの脳は、この部屋の向こう側のふれあい食堂のシーン、で、一杯になり、、益々早口になった。なんとか、持ち帰って検討できるまでの資料を貰い、じゃあ、と失礼して、あ、陶器の水漏れストップしなくては、。(何かその種の防水材を買わねば)と思い出し、食堂は断念、お弁当にしようと、スーパーに。行って、そこで、、2年前にお世話になった、猫ボランティアのみさんにばったり出会う。こんちわ、とあっさり済ませることができず、スマホの猫の写真などお見せし、しばし語り合う。お腹が空いてるんですわ。とは言わない。テクテク駐車場に戻り車に乗り込むころにはほとんど、怒ってた。何に?空腹に。ったく、はらへたは、楽しくない。結局、昼食は1時過ぎになった。週に何度かはこの、おそひる、遅い昼ごはんになるのだが、胃の腑に言い聞かせてる時は、何事もなく、こういう、ドタキャン?っていうのか、いわないのか?の時は、溜息である。しばし、瞑想。どうも、春になって来たからとしか考えらんない。(こないだ、かさんに腹減る、の悩みを言った時、それは、、春になったからですよ、とお優しい返答を貰い納得して)はらへたの昨日の顛末である。さ、今日は、そういう事の無いよう、過ごしましょうぞ。夜はトンカツにしようかな?
2026年03月24日
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思い起こせば3月2日、戦争がホルムズ海峡あたりで勃発、のニュースの日。ガソリンを入れた日だった。まだ寒かったが、日差しは春。庭に椿が2本あるがそのうちの1本。えらい事になっとります。これは剪定しなくてわ、と思ったのだが、その宿題が、昨日になった。こうして記録すると、マストが、脳に残る。そんな脳である。えらいことになっとりまんがな、の手前の方の椿にとりかかった。シャレが早速、なにしてんのん?と、見に来る。続いて、みのる君、ウチのガーフィールド。このシッポ!今では結構、馴染んどります。ここまで90分経過。明日は、というよりほどなく、雨が降ります、の天気予報で、もうひと頑張りするか、、と奥の方の椿も。その椿の枝きりしようにも、足元が邪魔になりそばにも行けないので、(ってあたしが手入れしてない・・)まず、サツキの周りの掃除、次いで、椿にとりかかるが、背が高くて、上の方が出来ない。;。脚立か、と考えるが止めた。できるだけを、出来る時に、がモットー。花もつぼみも一緒くたの大きなヤマが出来たので、これを燃やせる場所に移動。もうひと頑張りも90分。せっかく開花の時期なのにと少し気持ちが悲しい系になった。なんかちょっと表現しようと、花器探し、たち吉のAdam&Eve、思い出して、。やってみました。もう、50年以上前のなので、漏れます。人の事は言うておられん。って??いえいえ、花器。また、手当てしよう。金つぎ、、そこまではいいけど、防水剤で、。。しばしの、お飾りです。
2026年03月23日
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日曜日は草刈りをして川の畔で木を切った♪(スキャット入ります)月曜日はプールで泳ぎサウナもシャワーもおしゃべりもしたよ♪(はいスキャットです)火曜日はリハビリの後、カットとヘアダイもしーた♪(ハイここもスキャット!)水曜日は歌のお稽古昼からもカラオケで歌いまくった♪(スキャット頑張って!)木曜日はさすがに疲れぼうとしてたら夜役員会♪(字あまりだけど拍子内で歌うこと)(スキャットでーす)金曜日も泳ぎに行ってバンクは休みでこまあったよー♪(困ったのこと)さて、さてさて次は、土曜日がくるんだあけど・・・友達よこれがあたしの一週間の仕事です♪(スキャット、エンディングですよ最後は上がってね)以上。孫の誕生日と合格が重なり、しかも今年は成人になるので、ばあばは、気張らんと。と脳内緊張したがいかんせん、時間割がきつかったので、結局、メールで、お祝いとそしてプレゼント後にします。と言う。結局いつものリクエストがあれば送る米に、紙一枚の祝意。かさんともLINEだけで、やりとり。お互い忙しい。地区の女性会ランチ会。クルマのインジケーターに、プライヤーのオレンジ色のマークが点灯したので、タイヤ交換に行った。軽微な故障の可能性、とある。ドキ、とする。これが金曜日。休日ではあるがそんな事も言ってらんない。いい加減にタイヤ交換の時期、と言うのは自覚していたので、慌てて予約。で、土曜日になった。消えない表示は、ちゃんと消える。ホッとした。一つ、お城の近くまで行く用があり、手土産用石、じゃなくて用意し、出かけて、。済ませて帰宅。米炊いて、夕食。してからが、、夜は自治会の集まり。会長宅に不祝儀あり、そのことで、この週はワサワサしたが、議長欠席故、進行役副会長。というわけで、気遣いが下っ端の役員にも回って来る。なんとか、滞りなく過ごせて、来週は、年度末清算。と、。。今日は、椿の剪定を(って、何回書いてるか!)、しようぜ、自分。
2026年03月22日
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ババヤガの夜 [ 王谷 晶 ]順番待ちで、手元に来るのが遅れた。おまけに、取りに来てメールのアドレスを知らず変更しており、結局、窓口で問い合わせて。そういう、馬のニンジン状態であったので、そそくさと読み始め、ササっと読了。まだ、あたしの後にも並んでおられる方が居るので今日返却する。著者の力量は、よく分かった。あたしは、暴力界隈はカンベンナ、なので、彼女のエッセイの方を今後は読むことにする。病気と折り合う芸がいる [ 養老 孟司 ]と、↓と、つぎにひけえしは・・・。読書する脳 (SB新書) [ 毛内拡 ]何とか読了。↓洛陽堂河本亀之助小伝 損をしてでも良書を出す・ある出版人の生涯 [ 田中英夫 ]読み始めた動機が不純である。(自分のファミリーに関係しているかも?)たしかに、関係はしていたが、もとより、この本は、亀之助さんの「損をしてでも」の、出版業に関してのレポートである。よっく考えると、いや考えんでも、子孫(こまご)につながることなど埒外の事。子孫でなくても、このように、生きた人々が居た、ということを知ることは、良かった。あ、この本の後に、【中古】知性について/光文社/内田樹(単行本(ソフトカバー))これを読んだ。
2026年03月21日
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さる地方の知事が、小池東京都知事のことを「おばさん」と表現したことにつきニュースがあった。小池知事は、そういう「オジサン」的なこと言う事こそ、むにゃむにゃ・・、と返している。なかなか抑制のきいたいいコメントだったと思う。あたしの知る限り、関西では、おばさん、と言えば、親戚の人の事で、一般には、おばちゃん、と言ってたように記憶する。そのオバサンが年が行くと、おばーさん、になるが、これは、叔母の親戚界隈では、関西では、おばーちゃん、とはならずややこしのだが、ま、それはそれとして、大正生まれの亡き父などは、時々、高齢女性の事をばばんつ、と、言ってた。あの、ばばんつは、、みたいに。決まって、ばばんつ、と言った後はニヤっとしてたように思うが・・。おばさん、と言って何が問題か、分からない、もしくは、ひょっとして、ばばんつ、まで蔑称的でなく、普通の一種敬称としておばさん、と言ったのかもしれないとか、思った。ウチのファミリーは、おばちゃま、おばあちゃま、が普通で、関西のそれとは違う、と、結婚してから、思ったことだ。(東京はそう言うのかしら?普通かしら?知らんけど)そうかといって、この知事が、おばちゃま、と発言するかと言えばそうではなさそうだ。(でも、おばちゃま、と言ったとしたらそれはそれで面白いかも)「さん」、というのは、敬称だ。ところが、文脈的に、県議会の知事の発言としては女性差別でないか、という「意見」があり、と、ニュースには出ている。おねえ「さん」、は良くて、おば「さん」、は問題だというのであれば、やはりここは、年齢的な上下関係がある、と受け止められ得る。当の発言をした知事さんの肩を持つわけじゃないけど、彼の拠って立つところの、空間、地域社会、ご家庭、そのすべてが、「おばさん」(発言)を許し、そしてまた、彼自身も、そういう環境で教育を受け、育って来て、仕事人間に成長された、、と思うのだ。やむを得ない、とか言うよネこういうとき・・。(この場合の「やむ」って??しらんけど)ただしかし、(ここからが大切)巨視的に目れば、全国47都道府県の、リーダーの一人だ。その辺で、掃除してる人とは、明らかに違うのである。50万人だろうと、70万人だろうと、1000万人だろうと、トップはトップ、なんである。兜の緒を引き締めて、ことに当たっていただきたい。投票する方も投票する方である。同じく、兜の緒を〆て、投票していただきたい。と、兵庫県民が言うか??おいおい。オリーブオイルと、アップルヴィネガーで、(1:1)サラダドレッシングを作るのだが、混じると濁るが、作る前の、2種類の液体の別れ方が美しく、いつも、眺める。なんだか、男と女のようだね、と思って。
2026年03月20日
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さすが、エ〇メ〇!と、驚く。じっくり眺めたいが、今度都会に来る時まで、あるだろうか。在って欲しい。昨日、「はやぶさ2」が「リュウグウ」から持ち帰った砂が分析・研究されているが、ヒトのたんぱく質をつくるアミノ酸の内、重要なもの5種類か4種類かが特定されてる。と言うニュースがあった。その砂、20g、じゃなくて、20ミリグラム。らしいんだけど、。1gの5分の1からねえ、。月初めに、ウグイスが鳴き始めてからこのところ、里に鳴く小鳥の種類が増えて朝から、いろいろ聴こえてくる。春だよね。恐竜の子孫は、鳥類なんだとさ。ネトフリの、モーガンフリーマン語りで、観ました。そんな、地球の端っこの、大海のそばの小さな列島のそのなかでも一番大きな島のちょいと南の方だが中ほどの、山中心の場所から、海も見えるかと言う端に100キロほど移動して、空を眺める。という、散歩の日だった。3曲ほど、異国の言葉で異国の歌を歌うという、かなり変わった趣味の人たちが集まり、学んだ言葉を使って、歌う、さて、結果はいかに。競争でもなく、お互いの精進を確認し合い、お互いを励まし合う。でまた、再会を約束し、解散。ちょうど、講座見学の方がいらして、、。講師、生徒、ともどもに、、まるで、いたずらが見つかってしまった子供たちのように、アタフタし、「いつもはこういう高揚した華やかな雰囲気、じゃないのです、、常日頃は真面目に地味に、テキスト相手に取り組んでいるのですが、、」おたおたと、言い訳をこぞって言うこっちゃ。その見学の方は、3人ほどの発表曲を聞いてすぐに、ご退場、、と相成ったが、帰られてからも皆で、こういうのが普段の教室の風景と勘違いされなければ良いが、、と語り合ったことだった。怠け者のあたしは中途半端な練習の成果をご披露しないといけないと、落ち込んでいた時に、カラオケ行こうと、誘ってくれた幼馴染がいる。渡りに船、ということでそのカラオケタイムを、発表会の後に入れる。このあとでカラオケがあるのだから、、という状態は、精神に良い影響を与えた。自分だけと思うが。。。梅田でのカラオケなど、何十年振りだろうか。ケッサクな、嵌め外しの1日だった。良かった。
2026年03月19日
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いつものように、一日を過ごしました。感謝です。と、短い日記、今日は、都会散歩であります!
2026年03月18日
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「時事放談」というテレビ番組が昔あって、それは、昔々、、あるところに、、くらいに古いのだが、細川隆元と、小汀利得、という二人のご老人(見かけ)の対談番組。1957年-1987年、というから、あたしの記憶に間違いはない。というのが、我が家にテレビが来て、それが、1955年くらい。その後5年間くらい、テレビが茶の間の中心であったから、よく覚えている。父が、ファン?だったので、付き合って観ていた。が、、。まったく、あたしには、さっぱり分からんので、ただ、毎週の紹介のこの、お名前だけ、覚えているというわけ。じじほうだん、も、当時のタイトルを付けた方の意図は今となってはわからないが、たぶん、、じじ、に、お爺さんを掛けているのだと思う。(と受け取ってる)でも、当時の出演者の当時の年齢からすると、今から考えれば、ジジ、には程遠く、まだまだお若い?おとしだったかも。知らんけど。美術科の同級生、まちゃんから、久しぶりに電話がかかる。夕刻の、生姜焼きの豚バラを、ショウガ卸て、酒みりん醤油に漬けたところ、放談、には格好の時間。それぞれの近況報告、そして仲間の近況報告、トピックは、最近、メンバーの中で、104歳のご母堂、お亡くなりになったこと。時事放談から、60年。老々介護とは、こういう事になりました。本人は関東に住まい、お墓が京都。四十九日に京都に来るが、その時に会うのは、いかがか?どう思う?と、。あたしは答える、なんぼなんでも、四十九日でしょう?ちょいと、気が進まないわ。と、。まちゃんの気持ちも分かる。いつなんどき、会えなくなるかも、、は、我らのほうかもしれないので、。焦るのだろうて・・。彼女は、同窓生のかなめ、連絡係。マメである。わたし、、ちょっと出過ぎてるか?との質問。(本当にマメ、なので、。。)あたしは答える。そんなことない。貴重な存在だよ。感謝してる。と、。。まこと、ホンネだ。庭のなんちゃらと言う花が咲いたと言えば、写真に撮って、LINEで送って来る。実はあたしは、見るだけなので、。。(あの、意味不明のとはいえ、必ず、いいね!といういみの言葉も添えてある今風のイラスト、、っていうのかあのマンガみたいな、アニメみたいな、、のを、返す、のが、マナー?なのかしらね、あたしは、ついていけないのだけど)なにが、感性豊かなのか、感じいいのか、オサレなのか、さっぱり分からん。自分で、そのイラスト、生み出すのならまだしも、少額とは言え購入し、(タダのもありそう)どの子どなたが、ちゃう、どこのどなたが描いたのかわからんものを、返事の象徴?として返すなど、もう、世も末である。(と、本当に思っている、、、けど、あたしだけなんだよなこれが)とはいえ、ペコリ、や、さんきゅ、など、自分でも使う事は使うのだが・・。貴重な存在だよ、と言ったのはマジで。まちゃん、気が緩んだと見えて、それから、二人のおしゃべりが小一時間。ホテル十和田(行きたいところ、、あたし)の話をしたら、なんと、彼女も十和田に行こうと、思っていたと。なんでも、十和田に、以前スコットランドに一緒に行った友人が、、一度はこちらに、遊びに来て、、と言ってると。ま、これが、、一つの落ち着く場所か、、十和田。そんなこと、考えていた。後は、美術教育の話で盛り上がった。すっかり、砂漠となってしまったと、感じる、、のは、同年代ならではだ。それが、時流に外れてはいても・・。いやしかし、、答えばかりを求め、それらを早くすることに血道を上げるより子供たち一人一人が、問いを立て、彼らなりの芸術的表現を構想する時間を持つことの方が、彼らをして、成熟させることになると思うが、、どうか。そんな会話が、出来たことに感謝。
2026年03月17日
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自治会の恒例「春の道作り」作業。今回は、大規模となったため、男女問わず、外作業となった。(大体いつもは、女性は、公民館のお掃除とか軽作業になる)お掃除終わると、先にお帰り下さいとなるところ、室内作業終了後、外に出て低木のたき火地点(2か所)までの伐採枝などを運ぶとかの、補助に、女性たちも駆り出された。道作り、と言っても村の受け持ちは、10mとかじゃなくて、200mくらいの河川敷だから、本格的。あたしは、ワクワクだった。(本当に、楽しい。しんどい事なんだけど、楽しい)ウチの庭の椿を切らねば、、と思っていたところだし、椿は、後回し、ってのが少し、ザンネンだけど。常々、ストーブ炊いてる昔人間なので、植物のこういう剪定とか、ツルのお掃除とか枝払いとかその枝を引きずってあぜ道を歩くとか、その枝をたき火の所まで運んでくべるとか、、落ちている焚き付けに丁度いい小枝を落穂ひろいみたいにするとか、とにかく、しんどいのだが、イソイソする。第一、作業場所が川の畔で、向こう側は、里山が広がる。景色がいい。あたしの、お気に入りのランドスケープなんでR。かかりつけ医のいせんせも、同じ町内なので、当然参加。ぼちさんは、楽しそうに動かれますね。と、鋭い。いやあ、やっぱりこれ、気のもんですし、。おんなじしんどい事するには、こうしてる方が、捗ると思いますねん。とか、言って。とっしょりは、(年寄りは)筋肉痛が翌日じゃなくて翌々日?なんだけど、今朝は、さすがの筋肉痛だ。意味不明。でも少しは思った。スイミングやってるのは、あたしだけだ。こういうときに、やだな、、と思わずに作業できるって、感謝じゃん?ねっ!オツカレ、自分。拝啓水ぬるむ候、は、先月のお手紙の決まり文句だが、リアルだよな、と、最後の写真。
2026年03月16日
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「「先生、カリキュラムって何ですか?」て、聞いてみ?」と、11歳のあたしに、父が言った。ハイ分かりました。ってんで、あたしは、当時の担任の朝山先生に翌日聞いたんだ。教室の黒板の横に、先生の机があって、休み時間になると、その机に座る先生の周りに、子供たちがたかる。(集まる)その時あたしは、父に言われたとおりに質問した。苦々しい表情になった先生は、ひとこと、、「計画」のことや。と、投げ捨てるようにお答えになった。話はそれで終わり。ではあるが、、その時、あたしは、秒速で、先生に失礼なことをしてしまった、と思った。あたしが11歳と言えば、今はもうすぐ78歳になる老人なので、67年前の事である。外来語の溢れる今の時代とはちょいと、、違う。わが国の外来語事情、調べたわけじゃないけど、67年前と言えば、1959年だ。えっと、昭和34年である。なぜに、父が当時、カリキュラム、という英単語の意味を知っていたのかは想像だが、さる自治体の教育委員会に勤めていたからではないかと、。。その、知っているか?という、お試し?質問を子供にさせる親も親だがその時に即答した、苦々しく即答した先生、もなかなかだった。と、思う。印象的な時間。先生の机に手をかけていた、幼い自分、はっきり覚えている。あたしは、その事があって以来、親は教師を試すものではない、と思ったのである。早くにそれが腑に落ちて以来、の信条、、といえば大げさであるが・・。長じて、ってか本当にあたしが大きくなり、結婚し、出産し、と、一人前になったある時、、自宅で、英会話を少しお教えしたことがあって、そのときは、ご近所のほどなくアメリカに赴任する、、というご家族の主婦の方、だったんだけど、。突然、「クロス・オーバー」って、何ですか?と聞かれたのである。この生徒さんは専業主婦で、ご主人がさる外国語大の卒業と知っていたので即座に、ご主人が、あたしをお試し、されたのだと感知した。これが、、えーっと、、1979年か、80年。おもしろいね。今も、少しは、小学生に英語を教える立場ではあるが、中学生になると、手を離すようにしているので、もうすでに、生徒さんの中には、ウチに来なくなった子供さんもいるのだが、その内の一人が、去年、「先生、チカン、って英語でどう言うの?」と、聞いてきたことがある。あたしは、いやあ、それは、、知らないよ。調べてみようね。と言って、答えを教えたが、これとて、おそらく、その子の父親の、お試し質問であろう。今から2年前の出来事。すなわち、2024年である。日暮れて、道遠し。
2026年03月15日
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あそこは、合格、あそこも、、合格、、と話が尽きないのは今の季節。いえなに、、孫の話。なんてったって、我らは団塊世代。ぎゅうぎゅう詰めの教室で、小中高と、競争して受験してきた往年のウォリアーたちだ。少子化だ、定員割れだ、競争率1倍以下、に様変わりした今の時代でも、とーだい、は、錦の御旗である。どこのどなたかも知らない方の、お孫さんが、けいおう、わせだ、なぎ倒し、とーだい、を受けて、その受験結果、まちうける、ばあば、がいたとする。(あくまで仮定)まだかまだかと、さる趣味の会合の時に、あなた、なんでそんなに苛々しているの?ソワソワしているの?と聞けば、、今、まさにその結果を、待っているところ、、と、その場にいる全員!に聞こえるように、お立場を説明。しばらくして、「キャー、受かったー!」の雄たけびの声。そうだったんや、良かったね、。とは、電話でそれを井戸端会議の途中で呟くあたし。世代的に、丁度孫の大学受験に差し掛かる年齢ならではの今年の春である。ちなみに、この、とーだい合格のご本人、も知らないし、そのおばあちゃまも会ったことがないという、、状態なんだなこれが、。とーだいは、やはり今でも、幟と共に田舎の風に乗り、村々を駆け巡る、、ってわけ。自分の事だと、気を使わないで書けるので、書くとしよう。あたしは、浪人した。つまり2回の大学受験。志望校には、入ることは出来なかった。でも、同じ名前の「科」には入る事が出来たので、違う学校だが、そしてそれは、父の、「歩いて行けるところ」という条件には合わないで、電車通学という事になったが、通学はお許しが出て、そちらに進学した。まったく、その大学は、まあ、予行演習、という感じで受けたので合格は、考えていない。当然、発表も関心がない。第一、募集人数と、受験会場の教室の人数が、10倍くらい違ったのでハナから諦めている、、と言うか、そんな感じ。列の人数が、10人か、11人、そして、合格予定人数の数だけの列が出来ていたので、教室に入ったときに、見渡して、、ああ、この列から一人、受かるんか・・。と、思ったのを覚えている。専門の過程の、デッサン、も、試験の中に入っていた。石膏デッサン、。アグリッパ、だったか、なんだったか忘れた。炭で描いて、パンで消す。だから、食パンが2枚づつ、支給された。あたしは、皆さんと違って、早くに描き終わり、お部屋を出て、丘に登り、その残りのパン一枚を食べたのだった。そんな、ふざけた態度の受験生ではあった。だから、合格発表だって、関心がない。ところが、ところが、その日の朝、〇子ちゃんから、電話がかかって来て、、合格してるって、お父さんが言ってる。と、。そのお父さん、というのは、さる新聞社の記者さんで、。。(当時は、合格者の氏名が各新聞の地方版に掲載された)おめでとう!と言われて、、キツネにつままれた感じである。案の定、翌日の新聞には、あたしの名前だ。。翌日(発表の場所)に行ったのか、当日行ったか、もう忘れている。今は昔。既にその時、母の病状は、進行していたのだろう。。あたしが、専門課程に上がる年に、亡くなっている。そうとにかく、3月は、、いろいろ考えることが多い月でんねん。。。なんのこっちゃ。
2026年03月14日
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小学校の水泳の授業は、今年度からその枠が大幅に広がって、数年前は市内の数校だったのが、多くの小学校が、あたしの通う温水プールに来るようになった。4月開始で、温水なので、11月アタマまで続く。週に3回、午前中は、とっかえひっかえ小学生の水泳授業である。学校のプールの老朽化もあるし、指導の先生の事情もあるし、児童の日焼けの事もあるし、、いろいろで、。。児童にしてみれば、ちゃんと資格のあるコーチの指導も受けられて、一層目の行き届いた環境で、水泳を学べるのであるからいい事だ。シニアクラスのあたし達は、隣りのレーンで、バタ足のしぶきを浴び、子供たちの騒がしさに嬉しかったり、ちょっとうるさく思ったり、くらいで、一定の我慢の必要はあるけれども。教える方は、気が抜けない半年間である。来年度の水泳の時間割、(案)として、張り出され、学校水泳の授業が増えたのを知ったのだが、それと同時に、、いつもの、週一のアクアビクス(30分)のクラスが無くなってる・・。あれれ、。。何でもご意見を、とのことであったので、言うときました。水の中で、音楽に合わせて動き回るのは本当に楽しいので・・。プール内では、有線放送の音楽が流れている時もあるので、ダンス系の音楽、ロックとかポップスとか、なんでもいいから、その時間だけ、音量大にして、くれないかなあ・・。勝手に踊りますわ。水中なので、わからへんし(見えない)ねえ・・。さてさて、どうなりますことやら・・。
2026年03月13日
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昨日に引き続き、お雛様飾り(お膳関係のみ)の作業継続。黒の漆角盆を探して来て、乗せるこっちゃ。この蒔絵のセット、(もう一セットあるのだが、出来がイマイチで、と言っても、あたしの感覚なので、そちらの方がいいのかもだが)見るたび、唸っている。技術が素晴らしい。その昔、下町の一角に、日がな一日雛道具の金蒔絵を施す工房があって、職人さん達が、精を出して作成にお励みだった、、と、ロマンである。昨日も記したように、あたしの手元にこれらが来た経過は、まったく不明なのだが、ご縁があったのでしょう。桐の箱の、表面に、お店のラベルが張ってあり、三五節句飾一式美術人形各種内外教育玩具 とあり、その3行の下に、弓の字米と日そして弓の下に、岡のような、文字、、のある、メチャ画数の多い漢字一文字。そして、かわちや中川玩具店加えて、電話南二三三番振替大阪七六八番本店 大阪心斎橋通三津寺筋北入西?側分店 (右に同じの意味一文字があり)心斎橋通周防町北入東?側とある。明治か大正時代の事だろうか?今の心斎橋には額縁やさんで有名な、KAWACHI というのがあるけれども・・。ヒマ老人のあたしは、調べてみる。KAWACHI は、創業大正9年、とある。近いね。。
2026年03月12日
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今朝は霜が降りた。この辺りでは、ジャガイモの新芽が出る頃、霜が降りることがあってそれを、「おそじも」(遅霜)と言うが、まだその、遅霜、というには、早い霜なのだろうか。想定内、かもだ。亡母の、葬儀の朝、実家の庭には、沈丁花が満開であった。その朝からは、すでに半世紀以上。その母が、あたしに用意してくれたおひなさまは、木目込みの5段飾り。当時は、祖母も存命であったから母と祖母とが相談したのかもしれない。そのおひなさまは、あたしが中学生になるころ、すでに家には無かったのだが、。。(亡母が骨董を趣味にし、商いを始めたころ、もうええやんかなあ、、(お雛様卒業?)と言ったと記憶する・・。処分してからの報告であったので、あたしは、そうか、、売ったのか、、としか思えなくて一抹の、さびしさだけが残るが)今となっては、家庭の経済状況も知る由もないし、ま、そういうこと。ところが、それからしばらくして、最初のよりも小さな木目込みのセットが出現する。(これは今も持っている)母親なら誰もが処分(娘のお雛様)したことに、後ろめたさを感じるのではないかいな・・。というわけで、。数十年後、ブティックを始めて、ウインドウにその、お雛様のお道具だけを季節のお飾りとして飾り始めた。その時は、あたしには娘がおり、亡夫の母、つまり姑が、孫娘に送ってくれたのを家には飾っている。そのおひなさまは、東京の孫娘用に、回してる。今となっては、自分のお雛様関連は、どれがどうなっているのか、さっぱりわからない。第一、木目込み2世のセットの大きさとか、飾り物と、これ等のミニチュアはサイズ的にまったく合わないのだ。(あたしの想像だが、亡母は、木目込み2世を骨董市で購入、その時に、おまけ、のように多くの付属品が付いてきたのではないか?)しかしこの、ミニチュアは、可愛いのでそして、収納には困らないので、季節のデコレーションとしては、気に入って、毎年愛でているのだが・・。結果として、おまけだけを飾る年月だ。「おもちや篭」と書いてある箱が、約5センチ角の桐製。
2026年03月11日
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知性について [ 内田樹 ]and,英米文学のわからない言葉【電子書籍】[ 金原瑞人 ]あたしは英語はなんとか読めてはいるが、仏語はサッパリなのに、このなんとか、、の所を少しでも明るくしよう!ってんで、。そして継続が、洛陽堂河本亀之助小伝 損をしてでも良書を出す・ある出版人の生涯 [ 田中英夫 ]お馴染み、内田先生の本から。韓国の読者との、質疑応答形式。先生のブログで、読んだことのあるトピックも散見されて、スイスイ。(とここまで書いて、スイスイ、、って水水かな?スイミング、のこの英語も、すい、、で始まるな?やっぱり、、人の感覚って、人種は違えども同じなのかしらね?とか思う)すいむいんざパローレ。中ほどに、読みやすい本読みにくい本の項があり、ふむふむ、、と、。毎年このころは、3月6日から10日まで、亡き母を忍ぶ習慣、じゃなくて週間、だ。亡くなった年の3月6日に病室から見た雪を思い出し、そして、やはり毎年(ほぼ)そのころになると暖気がスッと引いて、梅に雪帽子、になるわけで、。。しんみりする。去年、ちゃんと計算したので、47歳没と長年思ってた母の没年齢は、49歳だと知り、(ったく、。)当たり前だが、あたしは生きているので、年を取り、。内田先生の職歴?も学生時代から(あたしより少し下)のが事細かに書かれてい、あのころは、、と思い出している。ので、脳内は、収まるのであるが・・。
2026年03月10日
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と言うタイトルの連続トーク、1回目、をえねちけー第2放送で聴く。日曜日の朝10時、この時間に出かけることが多いので。クルマでしか聴かないので、とぎれとぎれだ。講師は女性の大学の先生。1回目なので、そもそも男らしさとは、からお話しされるのだが、じゃあ、どういう立場(話主が男性じゃない)でするのか、どういう視点(らしさ、そのものを褒めるのかけなすのか)で話すのか、歴史的観点はどうなのか、などと、本題に入る前に、スーパーについた。(メモ通りに買い物のため)彼女の口から早速、上野千鶴子先生、と言う言葉が出てきたのでこれは、「女性学」の台頭と同じくして、「男性学」、ってのが出てきたころからの話だな、とは分かったけれども、あと、3回か4回、どういう展開になっていくかしらと思いながらの降車、である。買い物終わって、まだ用があり、途中から視聴再開。男らしさに乗っかって、利益を得る人生を生きる人も居れば、その重圧で、落ちこぼれる人も居て、いろいろなんですよね、みたいなお話をこれからして行きます。と、1回目は終わる。そうか、。男も大変だな。しかしあたしは、半世紀前にその事は感じてたので、大変だな、と思うだけだった。それこそ、「関心領域」である。昨日は、市内幹線道路一斉清掃、というので、自治会の環境委員全員にミッションがあった。年に一度のイベント、、っぽい。あたしも、その環境委員であるから、参加を要請されてた。でも、行かなかった。去年も行ってない。億劫なんだ。招集の文書の中に、軽トラックでご参加の方は収集作業にもご協力を、とあるので、勝手に、その集合場所の駐車場の風景を想像してしまい、知らないオジサンばかりの、この、クリーン作戦に恐れをなしている。ウチの自治会から、一人で参加するのだから、当然、右も左もわからないのだ。該当する、幹線道路の地図と、受け持ち範囲、時間など書いた地図も同封されてる。こういうミッションがあること知らなくて、というか、、自治会の役を引き受ける時に何らの引継ぎも無かったのでそれとて、む、と来てる。そんなん分かってたら、辞退したのにね、。。こないだの、、そう、、去年の選挙の立会人を仰せつかった時に近隣自治会の役員の方々も来られてたが、もう、全く、知らない方ばかり。そうだよな、。あたしの市内人脈、、って、音楽関係ばかりだものね・・。ま、。いいか。夕刻、公民館に、血圧計と、DVD再生機を届ける。こないだ、自治会で買うと決まったやつ。そこで、会長に会い、設置の段取り打ち合わせ。会長は、、ところで、ぼちさん、今日、何かあったん?(彼は知ってる・・この動員の事)皆、オレンジ色のベスト着て、道の掃除みたいなこと、してたけど・・。(あたし、汗;;)あ、あれねえ、環境委員の一斉清掃ありましてん、大変でしたわ、、とあっさり言えばいいのに、ああそうでした。。自由参加と聞いてましたので(これはウソ)また、ゴミ出しのカレンダーだけ、貰いに行っときますわ。と返事した。自由参加、、は都合のいい言葉ではあるが、自由参加じゃない。ミッションである。家に帰ってから、自由参加、の言葉が胃の腑をチクリと刺した。どう言うのこれ?自己嫌悪?しゃあない。言ってしまってる。・・。ああ。我が自治会でも、定期の集会でさえ、苗字で呼ばない。あきらちゃん、たろうちゃん、ひさおさん、などなどなど(すべて仮名)、皆、ファミリー、なんだ。やっぱ、疎外感ある。その単位自治会は、自分の住まいする回り、、つまり最寄りなので、なんとか凌げる。あたしは脳内変換で、ちゃんと苗字でお呼びしますけどね。しかし、一旦その範囲が3倍に広がると、もうカンベンナ、になっちゃう。おそらく、3倍になっても、地域の地元の方々は、どこそこの、あきらさん、たろうさん、よしおさん、なんにしょうか、、もうええか・・。しかあし、あたしは、、疎外感と共に生きて来てる。なんぼのもんじゃ焼き、ってわけだ。階段、ちゃんと照らされてるか?登ってるか降りてるかわからんが、ま、今日も、、一歩前へ!だな。
2026年03月09日
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いやなオッサンが、プールにいる。どんだけいやか、してその仔細は?まあきいておくれえな、。となるところを、いやいや、やめておきませう。いや、書くのはこっちの勝手、憤懣やるかたないのである。これがかかずにおらりょうか?そうだよな、やっぱ、。。と、迷いに迷うこと数週間。やっぱり書かんとこ。(書かないでおこう)となって、。書かないことにした。世の中の縮図である。とだけ、。土曜日は、しっかりクロールのクラスで、朝からだ。少しづつ、距離を伸ばして、遂に、先日、25mを16回泳ぎましょう。というのにチャレンジして、3回目。呼吸のコツ、、というのだろうか、、あたしは、毎回顔を上げないで(つまり2回の手回しに1回呼吸が普通)4回手回し、ないしは6回手回しに一呼吸、が、楽な感じで泳げることを発見し、そのようにしてる。25mの息継ぎは、都合3-4回である。それで、16回続ける、、などという自分的にはすごい事を達成し3回目。今月からは、いよいよ、50m継続に向けての練習が始まった。丸3年、25m泳ぎに慣れてしまい、休憩なしで、すぐ往復、ってのは、初めてだ。25mごとに50秒、休憩時間がもらえるのだ。これで、16回やると24分。有酸素運動である。50秒休んで、また往復の復、に慣れ親しんでいる我が肉体は、どうなりますことやら・・。コーチはこう言う。突然、休みなしの50mは大変でしょうから、復路は、半分まで、としましょう。と。。つまり、37.5m、泳いでね。というわけだ。やってみました。出来ました。が、が、、復路になって泳ぎ始めの数回の手回しはまだいいとしてもその、しんどい事!ヘロヘロになりました。復路の残り半分は、歩いてくださいと言うわけです。これを都合、4回したのです。74歳から習い出して、まさか、泳げるようになるとは思っていなかったので、ご指導陣に感謝です。37.5mはほどなく、50mになるのでしょう。世の中には、50mプール、ってのも時々ありますよね。機会があれば、一目、その大きさを見てみたいものだと思ってます。朝から雪が降り、冷えて、日曜日の薪ストーブお楽しみ会してます。空は、もう、春だがや・・。
2026年03月08日
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洛陽堂河本亀之助小伝 損をしてでも良書を出す・ある出版人の生涯 [ 田中英夫 ]日ごろのルーティンに支障が出るほどではないが、最近は、これ1本で、過ごす。分厚い本で、しかも字は細かいし、読めない漢字も目白押し。引用するにも普段のキーボードからの変換では太刀打ちできぬ。かてて加えて、ご先祖様、、のことが書いてあるのは確かにそうだが、とてつもなく多数の明治人の氏名、出身地、誕生日、なぜこの本に登場するか、というのが問わず語りに綴られている。時に応じ、その登場人物の書簡の紹介が多い。必然、明治時代のどちらかと言えば、、「意識高い系」の方々である。手紙文も読みにくい、、ってか、ムツカシイ。そういうわけで、結局、まだ半分くらいまでしか進まないでいる。それでも、後書き除いて636p、今、382pのところにおります。以前書いたが、高島平三郎、というのが、亡夫の曽祖父、と思っていたと。誰も、曽祖父母の数は8名いるわけだから、平三郎はそのうちの一人、と思えば河本亀之助、が同じく亡夫の曽祖父でも、不思議はない。し。不純な?動機で読み始めたものではあるが、こうなったら、最後まで読んだるわ!みたいなヘンな動機である。でも、明治時代始まって、(だから最初のころの人びとは皆、慶応生まれとかなんだけど)20年代30年代の頃の、郵便事情とか、出版事情とか、そういうの、かいま見れて、一定の問題解決の感じがして、これはこれで、面白いのではあるが・・。135pに、突然、赤松麟作の名前が出て来る。画家である。関西ではちと有名であった洋画家、だ。(丁度、鍋井克之、のように。)その4文字は、本の中で光った。この赤松麟作については、あたしの、祖母の姉が嫁いだW家が、スポンサーじゃなくて、なんて言うのだっけ、、そうそう、パトロン?であった、(ので)ということは、そのW家から嫁いだ、としこさん(あたしが子育て中、お世話になった)のお家で、若いころから見せてもらってる。そもそものキッカケは、そのとしこおばさんの絵羽織に、彼の「つわぶき」の油絵が、描いてあり、「これなに?」と聞いたので、おばさんが説明してくれたことによる。和服の羽織に、油絵、というのが、違和感があって聞いたのだった。赤松麟作、作、なわけで、。。嫁ぎ先なので、W家のコレクションじゃないけれども、大判の金屏風に、鶴、家具の扉に風景画、と、だらけだった。それとて、もう、その作品群を観たのは30年も40年も50年も前の事である。その赤松麟作が、河本さんの出す本の、表紙絵を描いたとある。当時関西にも、人脈があったらしい。河本亀之助は、竹久夢二を世に出した人、と言われてる。当然、本中は夢二ばかりが出て来るのだが・・。本の途中から、著者の事が気になりだした。これほどの、文章を書くまでには、資料とか集めて、探偵のように、根掘り葉掘りしないと、書けないではないか。大変だよね、と、。ま、そんなわけで、ぼちぼちの視力は、ぼちぼち、弱っとりま。(すねん)
2026年03月07日
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La vie est faite d'escaliers de toute sortePour aller de cave en grenier, de porte en porteEt qu'ils soient droits, qu'ils soient tordus, on les affronteQuand on les a bien descendus, on les remonte人生はあらゆる種類の階段でできている地下室へ、屋根裏へ、ドアからドアへゆくためにまっすぐだろうと、まがっていようと、我々は階段に挑む十分降りきったら、また昇ってゆくOn sait bien que les escaliers font le coeur battreComme ceux qu'on grimpe a la volee et quatre a quatreAinsi nos amours de boheme de quelques heuresS'abrient toutes au 6eme sans ascenseur階段は心臓をバクバクさせる駆け上がったり、四段飛びで行く者たちにとってはかくして、何時間だけの気まぐれな愛の逢瀬もエレベーターも行かぬ7階で密やかに守られるPourtant on retourne au premier s'mettre en menageIl y a toujours un escalier pour cjaque etageそれでも下まで降りるのだ、家庭に帰るためにそれぞれの階に1つづつ階段があるDe haut en bas, de bas en hautQ'ils nous conduisent a l'ecahafaudOu vers les sommets des podiumTous les escaliers menent a Rome上から下へ、下から上へ階段は死刑台へとつながっているもしくは表彰台の一番高いところへ全ての道ならぬ階段は、ローマへと続くLa vie est faite d'escaliers ou vagabondentEt se croisent sur les paliers un peu tout l'mondeC'est une salle des pas perdus, c'est une aubergeEt le royaume bien entendu de la concierge人生は階段で出来ている。その踊り場でほぼ皆な、うろついたり、すれ違ったりするのだそこはロビーでもあり、宿屋でもあるそしてもちろん、管理人のおばちゃんの王国でもある。Y'a ceux qui prennent tout leue temps,ceux qui devalentCeux qu'on depasse en sifflotant et ceux qui ralentSaluons-les quoiqu'on eprouve pour ces braves gensIl se pourrait qu'on les retrouve en descendantゆっくり行く者もいれば、駆け降りる者もいる口笛を吹きつつ行く者に追い抜かれる人もあればぜえぜえ喘いで登る人もあるこの善良なる人たちに何を感じようとも、挨拶はしておこうまた降りる時に出会うかもしれないからParfois il faut se faire aider pour les bagagesIl y'a toujours un escalier que l'on partage時には荷物を運ぶのに助け合いも必要共に歩む階段が常にあるのだDe haut en bas, de bas en hautEt quel que soit notre fardeauQu'on traine,qu'on fonce ou qu'on slalomeTous les escaliers menent a Rome上から下へ、下から上へ私たちの重荷がいかなるものであろうと引きずろうが、ダッシュしようが、ジグザグだろうが全ての道はローマへと続くLa vie est faite d'escaliers rudes et raidesVermoulus grincants sous nos pieds parfois ils cedentOn croit s'elever d'unpas sur comme on s'envoleA cause d'un rien sous la chaussure on degringole人生は、険しく急な階段で出来ている足の下で軋むおんぼろ階段などは時に崩れ落ちるしっかりした足で踏切ジャンプしたつもりが靴の下の階段の存在が希薄となり我々は転げ落ちることになるSentier longeant des precipice ou l'on va seulC'est dans l'escalier de sevices qu'on se casse la gueuleChute sans fin c'est le destin dans un grand criQui nous attend lorsque s'etenint la minuterie断崖に沿った小道を我々は一人、行くひどい目に合うのは、細い非常ならぬ非情階段自動消灯でふいに真っ暗になった時には悲鳴とともに底なし沼に堕ちるのだそれが我々を待ち受ける運命Serpents de fer, monstres d'acier tenus en cageIl y a toujours un escalier pret au carnage階段は鉄の蛇、鋼の怪物、檻籠には入ってるけど大殺戮一歩手前の階段が、いつもあるものだDe haut en bas, de bas en hautComme la bobine d'un yo-yoPour les girouettes que nous sommesTous les escaliers menent a Rome上から下へ、下から上へヨーヨーのボビンみたいに我々、風見鶏にとっては全ての階段はローマに続くLa vie est faite d'escaliers et puis apresEst-ce que tout ca va continuer a tout jamais?Quand il faudra au jour dernier que je decampeQue de mon ultime escalier je lache la rampe人生は階段で出来ている、そしてその後も全ては永遠に続くのだろうか終末の日、人生最後の階段を急ぐ時私はその手すりを離し、 すべてを諦めるだろうかEst-ce qu'il y aura dans l'au-dela un partriarcheSi bienveillant qu'il m'attendra en haut des marches?Est-ce que Satan dans ses bas-fonds attisera le feuTout en bas d'un colimacon vertigineux?あの世には大僧正がいてとても優しく階段の最上段で 私を待っていてくれるのだろうか最下層ではサタンが、 目も眩む螺旋階段の一番下で火を掻き立てているのだろうかMais non, je crois plus volontiers au sarcophageIl n'y aura pas d'escaliers et pas d'etagesとんでもない、私は上でも下でもなく、ただ墓に入りたいだけそこには階段もなければ、階層もないDe haut en bas, de bas en hautJusqu'au neant, jusqu'au tombeauJusqu'a l'arret du metronomeTous les escaliers menent a Rome上から下へ、下から上へ虚無に至るまで、墓穴に至るまでメトロノームが止まるまで全ての階段はローマへと続くJ'auraus encore des choses a dire sur le sujetMais de tous mes defauts le pire c'est que je n'ai jamaisSur le moment de repartie, la bonne ideeC'est ce qu'on appelle avoir l'esprit de l'escalierこの件についてまだ 私には言い足りないと思うが私の数々の欠点の中でも最悪の欠点は気の利いたことを、すぐに言うべき時に 言えないことであるそういうのをフランス語では「階段のエスプリ Esprit de l'escalier」 と呼ぶのである私は言うべきことがその場で言えず 後になって気づくタイプなのだ(paloles et musique de Juliette 2023)(日本語訳:高岡優希)
2026年03月06日
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以下引用→歌手、ジュリエットさんの「階段♪」より最後のコーラス部。J'aurais encore des choses a dire sur le sujet Mais de tous mes defauts le pire c'est que je n'ai jamaisSur le moment de repartie, la bonne ideeC'est ce qu'on appellel avoir l'esprit de l'escalierこの件についてまだ 私には言い足りないと思うが私の数々の欠点の中でも最悪の欠点は気の利いたことを、すぐに言うべき時に 言えない事であるそういうのをフランス語では「階段のエスプリ Esprit de l'escalier」 と呼ぶのである私は言うべきことがその場で言えず 後になって気づくタイプなのだ引用ここまで。(訳詩:高岡優希)歌手ジュリエットさんの写真も横に載っているこの歌の紙を昨日、配って下さり(シャンソン教室で)当の、「階段♪」と言う歌を聞く。(仏語のタイトル Escaliers)歌うジュリエットさんの風貌は、、ふくよかな文化人類学者、顔の幅には足りないちっこい丸メガネ、チャーミング、ではあるが、歌手、とすぐには分からない感じ。この階段♪、の歌詞に、打ちのめされて、書き留めようと思ったけど、(全部で15節、、上の引用の15倍)先生にお聞きしてからだ。それほど、ケッサクなんだ。きしょくよろしおま。ご本人は、2012年に一度、来日されているとのこと。。強く憧れるなあ・・。
2026年03月05日
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今日は来るやろな―・・。と思っているとやっぱり。いさんちから、お雛様なので、と、ちらし寿司を頂戴した。サンドイッチウイークだったので、フルーツサンドを作成、お返しに差し上げる。3月3日である。我が家は、ひな祭りは4月の3日、と決めてるので、まだ、お飾りを出していない。長年、お雛様のお道具、それも、お内裏様とお雛様の御膳のセットを漆の角膳に並べるだけだが。。気温ももう少し、生暖かくなって、春じゃ!になった方が、雰囲気が出る。2月は28日までであり、すぐに、3月が来て、今日はシャンソン教室の日だ。朝から冷たい雨模様で、風もあり、寒かった。都会散歩。エレベーターで、11階まで行く。ビルの屋上も、人出もなく、雨は止んで、汚れは洗い流されて、キレイではあったが寂しかった。いつも撮影の阪急梅田店のウインドウ、今期は、あまり、、興味をそそられない。なんでかな?予算かな?デザイナーかな????というわけで割愛。見る方は、気楽である。イマイチやね、今回は、と言ってればいいのだもの。シャンソン、次回は、歌い合い会である。詩の中身を吟味するので、意味が分かった上で、歌う。ステージにかけられるかどうかは望み薄ではあるが、本当に勉強になる。バルバラの、「あの朝♪」は、悲しい歌。歌詞は、ねえねえきいてちょうだい あなたがまだねどこでうつらうつらしてるあいだにあたしはうらのもりにいって きいちごをとってきたんだよ そいでさあ、、というような、ほのぼのした・・恋の歌、ということで、日本語では、ルンルンの歌、として歌われている。曲中、スキャットが数か所入り、悲しみが増幅するが、そのスキャットは、外して歌う事になった。先生に直訴して、スキャット入れたいです。と言うつもりだ。さて、2週間後、あたしは、この歌の、悲劇性を表現できるや否や??チャレンジである。ポルナレフの「ホリデイ♪」、歌詞解析すればするほど、何回である、じゃなくて、難解である。これも、日本では、「愛の休日♪」として歌われる。どこまで行っても日本のシャンソンは、、、ちっちっち。ぼおくうはないちっちっち。なんとかなりまへんか?帰りの電車でお昼寝して、帰宅した。今日はまだ、さむうござる。
2026年03月04日
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Rich people & stupid children.とは、半世紀前のデンマークの教育システムの発展途上国向けの施策について、揶揄された言葉の一つだ。当時の所謂発展途上「国」たちは、今はどうなっているかと言うと、、どうなっているんでしょうか。。知らんけど。その施策の名称は、DANIDA ダニダ、と言う。10年ばかしは続いたのだろうが、1990年にあたしが、アカデミー再訪し、直接担当から聞いた話では、もうすでに、無かったように思う。ただ、その、当事者(自分は、この施策の恩恵を受けている)の記憶はしっかり一つの思い出として、脳内にあるのだが、。1973年、デンマークに着いて、アカデミーに願書を提出し、受け入れオッケーの返事を貰い、家具科に通い出していた頃に、インド人や、メキシコ人、などの同級生から聞いた言葉で、なるほどざワールド。発展途上国からの生徒の親たちは、なべて、政府高官であったり、お金持ちであったりしたからである。リッチ、プア、と対語を目にする事、最近多い。格差社会の到来であろうか。金持ちの買い物、って、庶民とは違うのですぞ、との記事を最近読んだ。違うに決まってるでしょ、金持ちなんだもの。とは思うが、半額シールなど無視、とか、お買い得には目もくれず、、とか書いてあったので最後まで読んでしまった・・。浅はかな自分だ。70万円、と言う大金を、2時間で、食材代金に使ってるそのお金持ちの記事。なんでも、自宅パーチーでおもてなしするとの事。買い物に2時間かかるが、その中身が、庶民とは違う、という事を言いたいのか?と思った。あるのなら、使って見せようホトトギス。ということなんだろうが、あまりに、あたしの暮らしとはかけ離れており、ま、いいんじゃね。としか、思われん。し、(おもわれないし)70万の十分の一の額面だって、ここんとこ、1回では使ってない、てか、使えない。し。もっと言えば、百分の一だって、すっかり御無沙汰である。丁度その(記事を読んだ)日、サンドイッチ用のパンが、半額になっておったのでゲト。さあ、しばらく、サンドイッチまみれだ。フルーツサンドに、チーズサンド、卵サンドにハムサンド、。クラブハウスサンドに紫蘇ちりめんサンド(これはかの、伊丹十三さんのレシピ)、かくてあたしの、サンドイッチウイークが開始された。ちなみに、このサンドイッチという形態の食べ方の語源は、サンドイッチ伯爵が、考案したという逸話から。(と思ってるけど正しいのかしら?)リッチ・サンドイッチ、というわけだ。どや!
2026年03月03日
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あさイチ、午前7時開始の「村祈祷」に参加。あたしの受け止め方が敏感すぎるのかもしれないが、参加者(つまり自治会のメンバー)は、いつもの会合の、下向いて何も言わず、、の静かな感じではなく、なんだか、上向いて明るい。そうか、やはり神事は、「ハレ」なのだ。と、思った。今年は、3世帯のお若い方々がお揃いで、。その内のお一人、式開始と同時に、ササっと自分のスマホを祠の板の上に置かれたので、何?と思ったが、それは、、「越天楽♪」。あの、笛とショウの雅楽。なにやら、本格的。後で聞くと、、会長がミュージック、してくれと、。とのことだった。交代で神社のお世話するのが、「当人」というのだが、その当人さん、都合で欠席とのこと、急遽、あたしに、代役が回って来て、、どうしましょう。。なんとかお務めを果たす。買い物の前にガソリンを入れておこうと、いつものスタンドに行った。今日は、篠山マラソンの日だ。お天気で良かった。お世話になっている整形のPT氏も出場との事。いつものウオーキングクラスの常連さんのささん2さんは、3回、完走!経験あり、とのこと、もちろん、リタイア以前の事ではあるが・・。水の中でうごうごしながらマラソンの話題で盛り上がった。こないだ、。一万人くらいは、参加されたのではないだろうか。お城のスタート地点から2キロある無しの交差点で、右方向にカーブしてるところ。クルマはシャッタウト。隣りの南天までは、ハサミが行ったけど、椿はまだ剪定してない。うー。この椿は、同じ木で、柄違いの花が咲くやつ。スッキリして頂こう早めに。。買い物に行く途中の道端の梅はすでに木全体に白やらピンクやら、広がって来てるのでウチのはどうかな?と、チェックに。ちょいと、まだです。お隣の方が咲いています。あら、みのる君だ。キミ、、ライオンのようだね。玄関のセンサーライトが切れたので、交換しようと電球を購入して帰宅したが、いざカバーを開けてみると、ダウンライトの変形のもの。あちゃーと、また買いに走ったが、取扱なしで、帰宅してまたネットで探すが、。探しきれなくて問い合わせのみ。でも日曜だったし、。持ち越した。かくしてあたしの梅一輪の日は暮れた。
2026年03月02日
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アウシュヴィッツ潜入記 収容者番号4859 [ ヴィトルト・ピレツキ ]ここ数年の内に読了の本、ピレツキに関する本はこのほかに数冊あった。夜と霧[新版] [ ヴィクトール・E・フランクル ](この新版は読んではいないが、中学2年の時に読んで、衝撃を受け、以来、大人になってからもホロコーストに関する本は読んでいるが、図書館通いを始めて10年ほどの間には、、タイトルは正確でないが、、「ナチスの9人のお針子」や、「小さな厩番」など、ピックアップしてる。都合、10冊以上になるのではないかしら。)すごい映画だ。怖い。ただ、状況が状況だけに、それこそ、関心のある方には、すごい映画だ。と言う。あたし。ウィキで、やっぱり調べた。すごい映画だ。と評価されてる。しずかに、降り積もる、心の平野に、。。一日、感動は尾を引いた。「お針子・・」は、映画にある、ルドルフ・ヘスの住まいの様子そのままで、自分の記憶の上書きをして余りある。同じ人間なのに、こういう映画を作る人も居れば、爆撃をいとわない人も居る。この地球上で・・。
2026年03月01日
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