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今日で三月も終わり。なのに、すごく寒い。明日から四月なんだなぁ。オネエは大学4年、チビは、高校3年になる。オネエの受験にくっついて行き、勝手知ったる街をオネエが受験中にお買い物に歩いたのが、まだ一年ほど前の事のように思える。時間が経つのは早いなあ。今年は、二人とも、受験生。親として、出来る事は無い。美味しいご飯を作る事くらいかなあ。頑張って、夢を掴んで欲しい。私は、どうかなあ。とりあえず、前より動けるようになった。HPも始動し始めた。アップした子も、早々と、お嫁入り先が決まった。まだまだ、アップしたい。でも、ちょっとここの所で頑張りすぎて、疲労感が残っているから、小休止。8日には、グローブ座で「理由なき反抗」楽しみ!また、嵐君に元気を貰ってこよう。「優しい時間」のニノとどう違うかな?ほんと、楽しみ。オネエが自損事故を起こした。まあ、免許取得から半年。一番、事故り易い時期。人様に迷惑掛ける事故じゃなくて、本当に良かった。本人は、ひどく落ち込んでいる。解るなあ。私も、ショックで一週間乗れなかった経験がある。後のドアが、どうしたら、こんなにへこむのよ・・・と言うくらい、へこんでいた。「ガードレールがビヨヨヨ~ンてなった」「え?ガードレール傷つけたの?」「ううん、降りたら、何にもなってなかったけど、ビヨヨヨ~ンて揺れてた」「そう、そりゃ、大変だったわねぇ」と笑いをこらえながら言った。可哀想だが、車を乗っている以上、こう言う事は有るのだ。しかし、あの車、ドア一枚、メチャクチャ高い。日本の車と違い、鉄板が入っているので、裏を剥がして叩く修理ができない。全部、変えるのだ。以前、私もドアをやって、請求書を見て、一桁違うのじゃないかと、電話したくらいだ。「お父さん、ごめ~ん」と、駐車場にパパの車の入る音を聞きつけ、飛び出して行き、泣かんばかりに言っていた。パパは、娘に見えないように、私に向かってニヤッとした。仕方ないよ、誰でも一回は、経験するから。と慰める。しかし、あのドアは痛い。まあ、怪我が無くて良かった、良かった。そんなこんなで、今期も終わり。明日から新しい嵐のカレンダーが始まる。
2005年03月31日
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朝から冴えない。こういう日は、さっさとお休みにしてしまうのが一番。で、以前から録画していて見られなかったドラマや、バラエティを立て続けに見た。翔君の「不良少年の夢」は良かった。翔君は、リーゼントにする役が多いが、はっきり言って似合わない。いつものサラサラヘアが一番可愛い。親の愛情がどれほど大切か身に沁みたドラマだった。お昼から、病院。帰りにタイヤが来たと電話があったので、スタンドに行った。やっと、治ったが、やっぱりこの車、好きじゃない。庭に降りたら、取り忘れたふきのとうが、すっかり塔の立った姿になってそこかしこにあった。(この字で良いのかな?解らない。)その横に、土筆がちらほら出ていた。ここは、日が良く当たるし、誰も入ってこないから、のびのび育っている。おなすの煮びたしの中に入れた。春の香りがした。ふきのとうは残念だった。また来年、楽しみ。今年は、多分、柿がたくさんなる年。また、ひよ鳥がうるさいんだろうなあ。今日は、ゆっくりした。明日から、また、頑張ろう。
2005年03月29日
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今日は、朝から、病院。おばあちゃんを迎えに行った。パパが時間が空いたので、パパの車で行った。しかし、また、紙パンツでトラブル。おばあちゃんを車に乗せたら土砂降りの中、ヘルパーさんが、「奥さん、ちょっと」と私を中に入れた。「実は、また、履いてくれなくて・・・。でも、病院で下着を汚したらいけませんので、これ、持ってらしてください」。さあ、困った。下着を汚して、着替えるったって、足の不自由なおばあちゃんが、狭いトイレで私と二人、入って着替えるのは、不可能。パパに車から降りてもらい、ヘルパーさんに話しをしてもらった。で、また、おばあちゃんと喧嘩になった。「それ履かなきゃなんないんだったら、もう、私、行かない!!」ときた。これにパパが切れた。「誰のために皆が時間を割いて病院に行くのか解ってないのか!!」。何とか履かせ、車に乗っても、ズーーーっとパパは、おばあちゃんを叱っている。可哀想に解っていないんだから、いくら言っても仕方ないじゃん。息子って、母親が、こんな風に何処から見ても痴呆状態なのに、それでも信じたく無い物なのだろうか・・・・。確かに良くしてくださるヘルパーさんを、気に入らない事があると、口汚くののしったりはするが、それは、痴呆のなせる事なのだ。「皆に感謝する気持ちが無いのか!」といくら責めても仕方無いのになぁ。こういう時、本当に、嫁の立場は辛い。私が何か言っても、おばあちゃんには、意地悪にしか聞こえないらしいから、黙っていた。それなのに、紙パンツをヘルパーさんに頼まれ買いに行った私に、おばあちゃんの矛先が向いた。ほんと、損な役回りだなあ。嫁って。病院に着くと、パパは会社に戻った。眼科に行き、診察。3時間ほどして、パパにTEL。混んでいたので会計で待たされた。「Sはいつもすぐにお金払って帰るよ」ときた。「そう、空いてたんだね」と言ったが、納得していないらしかった。迎えに来たパパに同じ事を言って、同じ返事をもらって、やっと納得していた。そのくらい、私の言う事は、おばあちゃんにとって、信用できないらしい。何だかなあ。あの地獄の一年が蘇った。いくら、おばあちゃんの良いようにと思ってした事も、すべて裏目にでて、恨まれた。もうどうでもしてくれ~と思って、したいようにさせたら、数値が悪くなり、「貴方が付いていて」と病院に叱られた。あたしゃ、どうすりゃ良いの!!不器用な自分を責めて、鬱病が最悪になった。そして、今の施設に入れた。しかし、おばあちゃんは、事あることに、そこを出たがる。何度断られても、自分の弟の所に行きたいと電話してしまう。義弟の所に行くと、あんなに可愛がっていた孫達に蔭で「いつおばあちゃん帰るの?」と言われてしまう。可哀想だなあ・・・と思うのだが、仕方のない状況だ。おばあちゃんの事をこうして書くと、自分で結構、傷つく。人の悪口や噂は嫌いだ。ちっとも楽しくないもの。しかし、自分の中にたまっている物を吐露しないと、また、参ってしまいそうになる。これ、きっと、読み返したくない日記だろうなあ。まあ、そんな日記も有りかな?
2005年03月28日
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私は、相変わらず、ドールと格闘している。人形の他にも一杯、付属品が出てきた。仕舞い込んである間違って注文した、新しいボディ、やら、ウィッグやら、もう、本当に山ほど。ドールも、どの子からアップしていこうか、もう、頭がこんがらがってしまう。まあ、のんびりしましょうか。夕方、母とおばあちゃんと皆で食事に行った。久しぶりの大勢での食事は美味しかった。母は、久しぶりにお洒落をしてきた。やっぱ、若いよな~。とても70歳には見えない。こういう歳の取り方したいな。夜、録画してあった、翔君のドラマを見た。ほっとする時間。明日は、おばあちゃんを眼科に連れて行くことになった。もう、以前のように言う事をきかなかったりする元気もないだろうと、引き受けた。息子の言う事は、聞くのに、嫁の言う事は、素直にきかない。だから、この一年、おばあちゃんの病院はパパに行ってもらった。いくら、先生から「こうしてください」と言われ、私が、こうしようねと言っても「そんなもん・・」と言う事を聴かないのに、こちらが、参ってしまったのだ。でも、もう、足も歩けないくらいに弱り、頭も、昨日のことさえ、覚えていないから、私でも大丈夫だと思った。それより何より、パパの仕事が、病院どころじゃ無い状態。久しぶりの付き添いだが、大丈夫だろう。明日は疲れそうだから、今日は、ほどほどにして、早く寝ましょ。
2005年03月27日
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朝、宅配便のおじさんが来た時、「車、パンクしてますね」え?知らないよ~。外に出てみた。確かに、後左車輪が潰れている。あ~、参った。すぐJAFにTEL。パンクぐらいで・・と言われそうだが、私の車は、歩道に斜めに止めてある。おまけに、デカイ。とても女の力じゃ無理。すぐに来てくれた。「すみません。」と恐縮するこちらに、JAFの方は、いつも、とても優しい。「タイヤ、すぐに替えてくださいね。このタイヤ、ガソリンスタンドには無いですよ」「え?」困った。車のオート○ックスに行ったらあると思います・・との言葉で、JAFが、帰って行った後、とりあえず、スタンドに行った。やはり、無かった。そこからオート○ックスに電話してもらった。しかし、「やっぱ、この大きさのタイヤ、無いそうです」エ~、どうしたら良いの!で、結局、スタンドからメーカーに注文、2~3日待つことになった。だから、こんな大きな車は嫌いなんだ。以前の私の車は、もう、娘が乗っている。日本の道には、やっぱり5ナンバーが良い。3ナンバーは無用の長物だと思っている私にとって、父の車は本当に不本意な車。「何、贅沢言ってるの!あんな良い車に乗れてるのに」と母は怒るが、良い車とは、その人の主観だ。私にとっての「良い車」は、前の車。父の車に乗るようになって、本当に、不便この上無い。デパートの駐車場には、まともに止められない。大きいし、長いから、何回切り替えしても、入らないのだ。いつも端の広い方にしか止められない。自然、空いていない事が多い。スーパーの駐車場に止めると、頭が大分出る。狭い道を曲がろうとすると、一回では、曲がれない。曲がれても、大きく膨らまないと曲がれない。良い事一つ無い。ただ、良い車に乗っていると言う、満足感だけ。でも、残念な事に、私には、それが無い。最初は確かに、多少の優越感もあったが、暫くすると、乗りにくさに辟易するようになった。私にとっての良い車は、やはり以前の車。予備のタイヤの車には、あまり乗らない方が良い。しかし、車が無いと生活できないので、暫く、以前の車に乗る事にした。嬉しい。ハンドルは重いし、アクセルも、「さあ、スピード出すぞー」って感じで重い。それが良いのだ。それに、何より、あの音が良い。今の車のように知らないうちにスピードが出てる・・と言う事はない。「あーやっぱ、この車は可愛いわあ」と言う私に、車に乗れなくなった娘がブーたれていたが、無視、無視。快適。今はこの車種、新型をたま~に見かけるが、アンティークになりつつある、ほとんど乗ってる人が無い形の車。こちらの方が余程、優越感が満たされる。可愛い奴だ。ちなみに、今朝の宅配便。結婚22年目のパパからのプレゼント。ありがとう、パパ。
2005年03月26日
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本当は、今日は、革工芸の日。しかし、休んだ。午前中にカウンセリングだったのを思い出し、行った。そして、また、思い出した。革工芸だから、キャンセルしたんだった。受付で、そう言うと午後からなら空いていると言うのでお願いした。しかし、その間に用事を済まそうとして、また失敗。時間が過ぎてしまった。慌てて病院に戻ったが、先生は、先生で、私を待たせては済まないと、私の前の方のカウンセリングの時間を縮めて待ってくださっていた。だが、遅れたので、時間がずれ、結局、来月から曜日が変わるので、その予約だけ取って、病院を出た。私、なにやってるんだろう。自己嫌悪。気持ちを払拭しようと、髪を洗った。気持ちよかった。午後からまた、人形のアップ。頑張るぞ~・・と思っていたら、パパからTEL.おばあちゃんを迎えに、義弟の所に、夕方から行くとの事。仕方ないね。早めに仕事を切り上げた。夕方から、降り出した雪の中、車を走らせた。今日から、名古屋で、万国博覧会が開催される。今日は、初日。昨日は、地元なものだから、朝からTVは特番ばかり放映していた。今回の万博は、絶対、何回か行くぞー!目玉の「さつきとメイの家」は、毎月1日にしか、予約できない。5月に行く時は、4月1日に予約をとらなくてはならないのだ。面倒だが、今日の様子では、入場制限が功を奏して、ゆっくり見られたそうだ。まっくろくろすけの、すすわたりの部屋には、壁に隙間が出来ていて、その中に手を入れると、本当に、手が黒く汚れるそうだ。う~ん、楽しみ!おばあちゃんは、食事に降りたショピングセンターの中のレストラン街までも、歩けなかった。まだ72歳だよ!長年の肥満に足が湾曲してしまっている。杖をついていても、辛そう。今日は、お誕生日なのに、可哀想だが仕方ない。反面教師として、私も、こうならないよう健康に留意し、子どもに迷惑の掛からないような老後を過ごしたい。母のように、頑張っていきたい。施設に送って、帰宅した。今日は、なんだか、疲れました。昨日、私が応募して落選した嵐君の新曲発表を記念し、行われたファンとの集いの記事を読んだ。なんと、23万5千人の応募があったそうだ。そのうち、4000人が幸運にも、5回に分けられ、握手会をしたそう。つまり、嵐君が一人ずつ、それぞれ800人と握手した訳だ。ミニコンサートもあったそうだ。良いなあ~。まあ、でも、23万人は、落選したわけだから、諦めも付くが。応募は、一人、一回限りの決まりだったから、それだけ凄い数のファンがいるってことか~。そりゃ、去年、日本内で行われたすべての公演の観客動員数日本一の嵐君だもん、当然と言えば、当然か。でも、何とも羨ましい限り。さあ、明日も頑張りましょう。
2005年03月25日
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今日は、朝から、ドールのサイトへのアップ。これに一番気を使う。・・・・と言うより、身を削るような思いで原稿を書く。サイトでの欠点は、手に取って見られない事。だから、虫めがね片手に、ドールを膝に乗せ、一つたりとも書き落とさないよう、本当に、渾身の思いで書く。だから、書き終わると、目が痛く、肩はコリコリになり、ドッと疲れてしまうのだ。しかしこれが僭越だが、私流の誠意。本当にお人形が好きで好きで仕方の無い方達が、見て下っていると思うと、これをおざなりにはしてはならないと強く思う。そして、おざなりにしたら、100年近く生きてきたお人形にも失礼だ。縁あって、私の元に来た、正に芸術品そのもののドール達だもの。お昼頃、気が付いた。あれ?今日は、24日だ!結婚記念日じゃん。24日が私達の結婚記念日で、25日がおばあちゃんのバースデイで、26日は、母の結婚記念日なので、今年は、皆で食事をしようと、27日の日曜に度忘れしたが、陳ケンミンにTVの料理対決で勝ったオーナーシェフが経営する創作中華料理やさんに予約をしてあるんだった。何年?オネエが21歳だから、丸22年か。よく、私で我慢してくれてるよなあ。パパに感謝。夜、相葉ちゃんの「志村動物園」とニノの最終回の「優しい時間」。今回も相葉ちゃんは、危険なトラの檻のお掃除やら、ゾウに踏まれそうになりながら、頑張っていた。相葉ちゃんの明るいキャラは本当に、良い。いつもテンションがマックスなのが、良い。ニノは、本当に天性の役者だなあ。ドラマの中のニノは、ほんとに繊細で、壊れそうなそれでいて、強い青年を演じている。今日も、泣かされた。本物のニノは、冗談がポンポン口から出てくる面白い子だ。物怖じしない、東京の下町育ちの少し年寄りじみた所のある男の子。「バカじゃないの」が口癖で、お母さんの話題が面白い。21歳なのに、子どもみたいな手をしている。器用で、ギターをプロなみに弾くし、歌も作るし、文章を書くのもうまい。毎日更新される日記は、本当に、毎回、声を出して笑ってしまうような事が書いてあり、私の楽しみの一つだ。さあ、今度は、来月の「理由なき反抗」だね。ちゃんと見に行くからね!
2005年03月24日
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今日は、「Dの嵐」の日。正確には、25時過ぎに始まるから、今日じゃなく、明日だ。この地方で唯一動いてる5人を見られる番組。ただ、こんな深夜なので、毎週水曜日は、寝不足だ。東京では、毎週土曜のお昼に「嵐の技あり」通称「あらわざ」があるが、この地方での放映は無い。非常に憤慨すべきは、三流タレントが出ているなら許せるが、一流のゲストが毎回出る。おまけに、4月から、二時間枠に拡大され、嵐君と、松健が組んで、バラエティ番組が放映されるのに、いまだ、この地方のキーステーションでの番宣が無いところを見ると、放映されないらしい。全く、嵐君鎖国地方だ。5人は、それぞれ自分のラジオ番組も持っている。しかし、一つも放送されてない地方は、ここ東海地区だけ。相葉ちゃんの番組なんぞ、北は北海道から南は九州までの全国放送なのに、この東海地方だけ、放送しない。全く、何てこった!!でも、私は、友人から、録音したテープや、DVDを送ってもらっている。ひと月遅れのものだが、全く聞けない、見られないよりかまし。本当に、5人は仲が良くて、見ているこちらも本当に優しい気持ちになる。礼儀正しくて、品が良くて、5人が5人とも違った個性を持ち、ちゃんと、それぞれのキャラの住み分けが出来ている。今は本当に5人が可愛くて仕方ない。暮れから「ウェスト・サイド・ストーリー」を3回見た。年明けの千秋楽の公演で、ボロボロに泣いた大ちゃん。劇場のすべての人がスタンディングオベーションを送った。それから愛しの潤君の「東京タワー」の上映。これも、何回か見た。女性週刊誌の表紙を飾ったのには、驚いた。潤君が、どんどん有名になるのは、嬉しいようで、寂しいファン心理。ニノの「優しい時間」は、明日最終回。毎回、「うまい!!」と声に出し、のめり込んで見た。そして、今度は、ジェームスディーンのお芝居。勿論、もう、ニノの「理由なき反抗」も潤君の「エデンの東」もチケットは取った。これが終わると、待ちに待った夏コン。ジャニーズ事務所は、本当に、仕掛けてくるのが上手い。間髪入れずとは、このこと。それに上手く乗せられているのも、結構楽しい。父の事があって、気持ちの支えは嵐君だった。悲しんで、家に閉じこもっている暇が無かったから。心から、御礼を言いたい。ありがとう、嵐君。
2005年03月23日
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今日もお人形と格闘。どうも、家に来た時のウィグが気に入らなくて、手持ちのものに取り替えてみたりするが、気に入らない。こうなると、もう、自分の世界にのめり込んでしまうから、性質が悪い。お洋服も、気にいらない・・・と代えてみる。しかし、長いことお休みしていて、手持ちの物に良い物が無い。気に入らない。早急に仕入れなきゃ・・・・。今回は、ずっとうちにいた子もお嫁に出そうと決心した。「お母さん、いい加減にしないと、家の中がお人形だらけになる」と厳しい事をオネエに言われた。確かにそうだ。ついつい、可愛いし、別れ難くなってしまう。元々、ドールが好きで始めたショップ。お一人でも、多くの方に、アンティークドールの素晴らしさ、その芸術性の高さに触れて頂きたくて、始めたことなのに、ついつい、大きな段ボールに入れられ、届くと、輸入の際の、面倒な関税手続きやら、仕入先との面倒な交渉など忘れて、この子、うちの子!となってしまう。いかんなあ。・・・・だから、決心した。私にしてみたら、一大決心だ。不思議なのだが、お嫁に出す日、必ず、熱を出す。手放したくないと言う思いからだ。何と言うか、「精」を取られるような感じになってしまうのだ。これは、お人形をお嫁に出すようになってから、ずっと続く現象?。撮影は、まだまだ続く。明日は、撮影日和になると良いなあ。
2005年03月22日
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お休みだと言うのに、パパの会社は通常操業。ご苦労様。午後から、関西の義弟がおばあちゃんを二~三日預かりに我が家に来るとの事。お人形のお洋服やら、かつらやらが散乱する部屋で途方に暮れた。ま、仕方ない。家に上がってもらう前に、パパとおばあちゃんの所に行っていただこうか。・・・と思っていたら、パパが、「仕事でどうしても抜け出せないから、お前、頼むわ」エーーーーーッ、無理。ぜーったい無理。3時過ぎ、家族総出で、来てくれた。しかし、すぐ車に乗って出かけた。ちょっと悪かったかなあ・・・と思いつつ、パパもいないし、オネエもいない。これから帰ると、遅くなるし、まあ、良いか・・と自分の都合の良いように納得。施設に行ったら、うまく抜け出したらしくパパが先に来ていて、おばあちゃんと何かまた喧嘩。昨日、施設の方から、パンツ式の紙おむつを使用するようになった・・と聞いた。パパが、これから長い時間車に乗らなくてはならないので、履くよう言ったら拒否されたそう。まあ、解らないでもない。おばあちゃんにすれば、自分はあくまで大丈夫と思っているし、粗相をした事など、もう、覚えていない訳だから仕方ない。しかし、パパの勢いと駆け引きで、何とか、着用してくれた。パパは、そこから会社に戻り、私は、義弟を車で誘導して、彼の解る道まで行き別れた。帰りに明日発売の嵐君の新曲のCDを取りに行った。「これ、販促用のポスターですけど、どうぞ」嵐君のポスターだ!キャーーッラッキー!春らしいジャケットのピンクのCDは「サクラ咲ケ」と「手をつなごう」。にんまり。帰宅し、また、仕事の続き。ありがたい事に、いろんな方から更新したホームページを見ました・・・とメールが届く。本当に、ありがとうございます・・とお目に掛かって御礼を言いたいくらい嬉しい。「頑張る力の源」になるのだ。すごい失敗をした。デジカメの上に尻餅をついた。レンズの部分を壊した。ズームが出来なくなった。幸い、もう一台あったので作業は出来たが、修理に出さなくてはならない。全く、歳は取りたくないと、こういう時、思う。情け無いが、これが、年を取るってことなのかもしれないな。
2005年03月21日
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オネエは、今朝から、障害を持つ子ども達を連れて、YMCAの仲間作りのスキー場に行った。一泊の、お泊り。遊びじゃないので、こちらも寝不足だったが、足がつって5時に目がさめてしまったので、下に降り、部屋を暖めた。確か、6時過ぎのタクシーを頼んであったはず。そのまま、ソファに横になったら、寝てしまい、オネエの起きて来て用意する音で目が覚めた。「怪我しないようにね」心配だった。健康な人でも怪我をするスキー場。障害を持ったお子さんが、ソリ遊びをするのをサポートするのだそう。目に、オネエに向かってソリが滑り込んで怪我をする場面ばかり浮かぶ。「大丈夫、気をつけるから」6時過ぎ、ピンポン、タクシーが来た。オネエは大きな荷物を持って出掛けて行った。今年は、院の受験と、卒論があるのに、良いのかなあ。パパが、ボランティアも大事だけど、もう、そろそろ自分の事に時間を割く様にと、昨日オネエに言った。「うん、これで最後にするから」そう言っていたそうだ。オネエは着々と、自分の道を歩いている。それなのに、チビも今年受験だと言うのに、全く進路が決まっていない。三者懇談会があったので、その前に聞いた。「私、何になりたいか、解んない」ときた。「就きたい職業とか無いの?」と聞くと、「私ね、幸せな結婚をして、家事を済ませて、毎日、ゆっくり紅茶を飲めればそれで良い」ときた。もう、爆笑し、ズッコケタ。「ダンナさまが、もしもの時は、どうやって子どもを育てるの?」と言ったら、「大丈夫、保険掛けとくから」・・・・・。何をか言わん。夢がないのだろうか・・。私が貴方だったら、あれもしたい、これもしたいってもう、一杯あるのに。と言うと、「何?」「手芸の学校に行って、ドイツに留学して、日本に帰ってきたら、講師をやりたい。」「それから?」「フランス語を勉強して、しゃべれるようになって、パリに行ってアンティークを買い付けに行きたい」「それから?」「やっぱり、本を出したい。」「ふ~ん、そうか~」と言ったまま何も返ってこない。暖簾に腕押し、ぬかに釘。ま、仕方ないか。でも、何とも勿体無い。代わってもう一度、人生をやりたい。羨ましい、状況にいることに気付いてないのだから、困った物だ。今日は、お友達と映画に行った。二人きりになったので、パパとランチに行き、帰りに施設のおばあちゃんの所に行った。痴呆は、ますます進んでいた。足も、もう長い距離は、歩けなくなっている。憂う状況なのに、本人は、まだ、会話が通じる状態なので、自分が元気なつもりでいるから性質が悪い。親がこういうようになっているのは、パパには、とても辛い事だろうなあと思った。それに比べ、二つしか違わない、同じ、未亡人になった母は、毎日、元気にしている。趣味のコーラスを続けて、来週は舞台に立つ。私も、母のように、しっかり自分の道を生きたい。しかりしなくちゃね。
2005年03月20日
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三年、そのままになっていたホームページを、UPした。体が少し、動けるようになった。更年期ももう、そろそろ終わりかな?この6日に50歳になった。40代に、私は、焦っていた。50歳になる前に、何か、身につけておかなくちゃ。ライフワークをもたなくちゃ。本当に焦ってた。でも、なかなか、見つからない。コーラスも、革工芸も、中途半端。唯一、嵐君の、ミュージカルやら、映画は、コンスタントにこなした。ああ、もう、50歳になっちゃうよ~。素敵な50代を送りたいと思っていた。輝くように、生きたいと思っていた。体力のある、最後の年代に何か、残したいと思っていた。しかし、そうは、上手くいかないものだった。そして、6日。50歳になっちゃった。そしたら、雲が晴れるみたいに、パーーーッと色んなものが見えてきた。な~んだと思った。昨日とな~んにも変わんないじゃない。それより、この気持ちの余裕は何?周りを見渡したら、何の事はなかった。私には、素敵な友達がいる。私には、大好きなドールがある。私には、愛すべき、可愛い娘が二人もいる。おまけにこうして、自分の気持ちを吐露できる場もある。結構、いやいや、すんごく幸せな状況じゃないの。どうして、あんなに焦っていたのか、不・思・議。で、何から始めようかなあ・・・と考えた。父の御蔭で、少し、お小遣いを手にした。そうだ、人形をまた、始めよう・・・と考えた。こつこつ、続けていけそうだ。昨日は、明け方まで、パソコンの前に座っていた。そして、今日も、気が付くと、午前5時。トイレに起きて来たパパが、「あれ?お前、何やってんの」と言うので、初めて時計を見た。「ゲッ、こんな時間?」あ~、またやっちゃった。夢中になると、時間が解らなくなっちゃう。それから、お風呂を沸かし、うっすら明けてきた空の色を楽しみながら、湯船に浸かって、最近お気に入りの塩の入った、漢方のお化粧品のマッサージクリームで、お手入れ。もう、なんと言う幸せ!!。起きたのは9時。良いお天気。洗濯物を洗濯機放り込み、食器洗い機に食器を並べ、スィッチ・オン。さあて、嵐君のCDを掛けながら、昨夜の続きをしましょかね。今日は、一日掛けて、ホームページを更新。悪戦苦闘、プロバイダーさんのヘルプの電話を掛けながら、何とか、出来ました。さあ、明日からは、撮影です。楽しい!!
2005年03月19日
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父が亡くなって、早4ヶ月以上になる。四十九日の法要をし、皆さんに忌明けに集まっていただく頃、母は、泣いてばかりだった。何をしても、何を見ても、泣いた。私?可笑しいほど、なんでもなかった。父に会いたいなあ、父と話したいなあ・・・とは思った。しかし、海軍の通信兵だった海の好きな父は、優雅に豪華客船で、旅にでも出ている感覚だった。そして、お節もお年賀状も無い、お正月が静かに過ぎ、母は、ヨン様にはまり、私は更年期の体のだるさや、日常に埋もれ、100カ日法要になる頃、母も、私も、ごく普段の生活になった。そして、最近、泣いた。病院にいつものお腹の薬を貰いに行った。小春日和の、晴天の日。車を走らせていた。もうすぐそこが、ホームドクターの医院・・と言う場所。父が犬の散歩に来ていたのに、遭遇したのを突然思い出した。こんな、雲ひとつない、馬鹿みたいにお天気の良い日だった。「お父さん、こんな遠いとこまで来るの~」とウィンドーを下げて声を掛けた。父は、不機嫌そうに「おお、なんだお前」と一言だけ言うと、散歩のリズムを乱された・・・と言う感じで、私の顔を見ると、犬を引っ張って行った。そんな事があったのを思い出した。会いたかった。父に無償に会いたかった。もう、いないんだなあ・・・と思ったら、涙がとめどなく流れて、前が見えなくなった。お葬式のゴタゴタ以来、初めて、声を上げて泣いた。自分でも納得いかなかった。家に戻り、ひとしきり泣いたら、気が済んだ。そして、気が付いた。人間て、本当に悲しい時は泣けないし、悲しくも無いんだ。そうやって、自分を守るよう、神様が創った物なんだ。悲しみが少し薄まった頃、泣いても大丈夫になったら、初めて、泣けるんだ・・・・。その後、少しホットした。お父さん、いつも傍にいてくれるよね。それとも、先に天国に行った、兄弟達と楽しくくらしてるかな?順番だもんね。私がそっちに行くまで、まだ、大分、人生が残ってるから、一生懸命、ゆっくり、自分らしく生きたい。それまで、笑いながら?、呆れながら、見ていてね
2005年03月13日
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