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今日で11月も終り。今年は秋がなかった。大好きなのになあ。でも、昨日、とても風が強くて、病院に行く広い道の両側に並ぶ、街路樹の銀杏の葉っぱが、まっ黄色に紅葉し、風と、車の勢いに舞って、とても綺麗だった。まだ、それほど大きな木ではないが、あと20年もすれば、ここは素敵な並木道になるだろうなあ。私、生きていられるかなあ。暑いと思った日の次の日には、もう、寒かった。秋が短く、冬が早く来た代わりに、もう、クリスマスのイルミネーションがあちらこちらに飾られて綺麗。隣の団地にTVが取材に来るようなお宅がある。何軒か、一緒の時期に素晴らしい飾りのイルミネーションを飾られる。今年も、早くも、3軒のお宅から、綺麗な光が溢れだしている。今年は、並びの7軒でされる情報が入った。楽しみ!!我が家も3方が道路だから、したら綺麗だろうが、とてもそんな元気がない。伺ったところによると、やはり、皆、旦那様がレイアウトなさってらっしゃるそう。そうだよなぁ。うちのパパもデザイナーをしていたくらいだから、凝れば凝る方だが、今は、とても忙しくて、そんな余裕はない。去年、見に行ったから、興味は有るのだろう。本当は、自分もしたいんだろうなあ。明日から師走。先生も走り出すって月。私も走り出さないといけないのになあ。頑張りましょう。
2005年11月30日
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久しぶりに診察に行った。最近、ガーデニングもできるようになったし、自分では、かなり回復してきたような気もする。しかし、この病は、ある日突然、降下する。性質が悪い。昨日、あんなに元気だったのに、今日は、もう、何もできなくて、寝込んでしまう・・・という事を何年も繰り返してきた。自分が一番良く解るのも辛い。しかし、とりあえず、良い感じ。病院の帰りに、大きな食材の豊富なスーパーに行った。ここは、結構輸入品とか、面白いものが置いてあるから、気持に余裕のあるときに行く事が多い。今日は、あるチーズを探しに来た。入り口に大好物のいちご!!498円。適正価格じゃない?迷わず、籠に入れた。いちご、大好き。輸入品のチーズの並ぶ、コーナーに行ったら、あった、あった、多分これだ。「スパイスを多く使い、サラダなどに使う、にんにくを多く使用」と説明にある。「Rondele’」チーズ。これこれ、後は、ブロッコリーと海老。今日は、美味しいサラダが食べられる。それから横にある不思議な売り場に行った。ここはいつも不思議なものを売っているのだ。洋服の売り場の端っこに、100枚入った、ディズニーのキラキラシールとか、今流行りのサプリメント、コエンザイムQ10とか、簡易ジューサーとか、本当に一貫性の無い物が、所狭しと置いてある。そのうさん臭さがたまらなく面白くて、時々、掘り出し物を探しに来る。今日は、100枚入りのシールをゲット。ピーターパンやら、アリスのシールがどっちゃり入っている。帰宅して、すぐに夕食作り。海老を塩ゆでにして、ざるに上げ、そのままブロッコリーをゆでた。いつもは、レンジでチンなのだが、海老の香りがする湯で汁を捨てるのが、勿体無かったので、ブロッコリーをゆでたら、正解!ボールに良く水を切ったブロッコリーと海老を入れ、チーズであえた。う~ん、美味!!おみお付けと、お肉料理を作って、終り。はい、今日も、ちゃんとできましたよ。おなべも洗えたし、自分じゃ、100点かな?やっぱり、少しずつだけど、良くなってるのかな。
2005年11月29日
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今日は、保険屋さんが、母のところに来る。パパが新しい保険に入るので、その審査に医者が来るらしい。今時は、保険屋さんが、お医者さんを連れてくるのだ。驚いた。昔は、ここに行ってくださいね・・・と言われ、街医者に行き、診断を受けたものなのに。検査の機械が小さくなり、持ち運びできるようになったからだろう。お昼近く、母の家に行った。もう、保険屋さんと、お医者さんが来ていたが、母も、保険屋さんのおばさんも、お医者さんにお茶を出したまま、放っていた。2人とも、私に相手をしてくれと頼む。そんな事言ったって、何、話せば良いんだぁ~。先生がいらっしゃる客間に入って行き、つまらないだろう話をした、聞けば街医者で、こうして、時々、保険屋さんに頼まれ審査に行くらしい。暫く話していたら、やっとパパが来た。やれやれ、キッチンに行くと、保険屋さんのTさんと2人に、「ありがとう」と拝まれた。Tさんはよく母の所に来ていて、話し相手になってくださっている。「冗談じゃないよ~、何話して良いか解らないから、とんでもない事しゃべったかもしれない」と言うと、「良い、良い。」呆れたものだ。本当に。午後から、警察に父の免許証の失効手続きに行った。ついでに、半年前、申請してそのままだった古物商取り扱い許可証を貰いに行った。いたって、簡単に渡してくれた。手続きは、県庁に行ったり、すっごく大変だったのに。何だか、気が抜けた。でも、これで、私もプロの仲間入り。オークションの開催も可能になった。頑張りましょう。
2005年11月28日
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ゆっくり寝ていようと思ったのに、8時過ぎに目が覚めてしまった。オネエは学校に行くと用意をしていた。日曜なのに、ご苦労様です。15日が卒論の提出日なので、追い込みか。広島で、小さな女の子が段ボールで見つかった。どうして、こう、弱い者が犠牲になる事件が多いのだろうか。警察は、もう、犯人を特定しているらしい。所謂、地固めってやつをしているのか。倫理とかって物が非常に希薄に成っている、先日見た映画「ALWAYS」の時代には、こういう簡単に弱い物を手に掛ける事件は少なかった。人々がもっと、人に優しかった。人の悲しみに優しかったし、命の尊さを、戦争で嫌って程思い知っていたから、命の重さを皆が、きちんと、わかっていた。忘れもしない、吉展ちゃん事件が起きて、日本中を騒がしたくらいだもの。日本は一体、何処に行こうとしているのだろう。マンションの耐震審査の虚偽も露見した。これも、倫理観の喪失だ。本当に人の命より、お金や、自分の立場が重くなってきた嫌な世の中だ。このマンション問題は、非常に稚拙な事件だと思う。このまま、解らずに済むとでも思っていたのだろうか。バカとしか言いようが無い。情け無い世の中だ。せめて、私の周りだけでも、倫理観は大切にしたい。
2005年11月27日
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最後の推薦入試の日。地下鉄に乗って30分。綺麗な学校だった。私は、父兄控え室へ。初めて、お弁当のいる試験だった。控え室は、いくつかあるサロンの一つだった。良く陽の入る、明るい窓際から、階下に沢山の椅子とテーブルのあるオープンテラスが見えた。やはり、ここでも20人ほどのご父兄がいらした。今日は、長いから・・と、色色持って来た。潤君のラジオが長い間聞けていなかったので、カセットも持ってきた。ヘッドホンをして、刺繍をし始めた。お昼近くにチビからメール。「お昼食べてるよ」あまり食欲が無いというので、昨日買ってあった物を持たせたが、「何か買って来ようか?」と返すと、「いらない、食べられない」と返ってきた。私も、何か食べようと、荷物をそこに置いて、コンビ二に買いに出ようとしたら、横にいらした方が声を掛けていらした。「お嬢さんですか?」「ええ、お宅は?」「ええ、うちも娘です」その方もずっと、鉤針編みで何か編んでらした。「綺麗ですね、何を編んでらっしゃるんですか?」と聞くと「セーターです」素敵な毛糸だった。そこから、暫くおしゃべり。ひょんな話から、オネエの話になった。暫く話をしたら、その方は、お昼を済ませてきます・・・と出ていらした。すると、今度は、私の前で一生懸命さっきから何か書いていた子が、声を掛けてきた。どう見てもご父兄じゃないなあ。学生さんだろうなあ・・・と思っていたが、やはり、そうだった。「あの~、お話聞いちゃったんですが、Tの大学院なんですか」「ああ、上の娘の事ですか?」「はい、実は、私も受けたんですけど、落ちちゃったんです」「そう・・?じゃ、心理の4年生?」「はい」「じゃ、それ、卒論ですか?」「はい」とても、感じの良い、賢そうな女の子だ。今時の子とは違う、地に足の着いた感じのする子。それから、オネエの大学の学内で何人受けて何人受かったとか、この学校にも大学院があるが、大学院のない優秀な大学からの受験生が来るので、自分の大学なのに、結局一人しか受からなかったとか、色色な話をした。話をすればするほど、良い子だなあと思った。素直で、賢くて、品も良い。頑張って欲しいと思った。コンビニに食事を調達に行き、サロンに戻って、食べ始めたら、横に試験官らしい年輩の男性が座った。黙って、食べていたが、そのまま黙って、出て行った。さっきの女の子に、買って来たおにぎりを「どうぞ」と差し出すと、素直に「ありがとうございます。御馳走になります」と受け取ってくれ、一緒に食べ、また少しおしゃべりをした。弟さんの受験の付き添いで来たそう。静岡がご実家で、一人で暮らしているそうだ。まだ、あちらこちらの大学院を受験予定だという。本当に、頑張ってね。二次でT大に受かったら、オネエの同級生になるなあ。こんな子がお友達だったら、良いのになあと思った。暫くすると、チビが入って来た。「どうだった?」「う~ん、解んない。作文は書けたけれど面接がねぇ」「?」「一緒に3人で受けたんだけど、一人は、脚本でもう幾つも賞を取ってる子で、もう一人は、劇団には入っているって」「そう、Aは何をアピールしてきたの」「ただただ、映画が好きって事くらい」「そう、じゃ、本当にわかんないね」学校を出て、地下鉄に乗り、繁華街の駅で降りて、いつものお店に入った。お土産に美味しいほうれん草とベーコンのサンドウィッチと、クリームブリュレに似た物を買って、チビはケーキを、私は、違う物を頼んで食べた。終わった~。これで、あとは、年明けの本試験だけだ。後は、年末の主婦に戻れば良い。結果はどうであれ、3つの受験はチビを大きく成長させた。親としては、それだけで、十分だと思った。疲れました。明日はゆっくりしましょう。
2005年11月26日
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今日は、コーラスがあった日だが、大会が終わったので、失礼した。発声練習だそうだ。明日、人間ドックのキャンセル待ちにしてあったのが、空いたと電話があり、パパと行く事になっていた。午前中まで行くつもりだった。しかし、明日は、チビの最終目標である大学の推薦試験日。心配。夕方、チビが帰って来て、自信がないと、言い出した。とても不安がっていた。私も不安。一度も行った事がないし、学校も見てみたかった。オネエは、違う学部を受けたので、同じ大学だったが、場所が違った。どうにも、気持が治まらなくて、人間ドックをキャンセルした。こんな気持じゃ、明日、落ち着いてバリウムなんか飲めない。パパに電話。「人間ドックキャンセルしたから」「そうか、じゃ、俺一人で行ってくるわ」「あ、御免、パパのもキャンセルしちゃった」「あ~?」「だって一人で食事するの、嫌だもん」「・・・!!。今、電話落っことしそうに成ったぞ」人間ドックに行くと、最後は、美味しい食事が用意され、サロンでいただくことになっている。病院なのだが、人間ドックの人専用の施設で、外来患者と接する事のないような造りになっている。だから、サロンも、別になっているのだ。毎年、パパと人間ドックを受けた後、そこで用意された美味しい食事を頂いて帰る。まあ、そう、待たずに次ぎがあるだろう。パパも、受験に付いていく事は、「お前が行かなかったらきっと気にして、寝込むと思っていたよ」と納得したので、親ばかだが、行く事にした。これで、推薦入試は最後。頑張って欲しい。
2005年11月25日
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今日は、朝、開店を待って、足らなかったパンジーと、プランターを買いに行った。思い立ったら速攻でしないと気がすまない。植えていなかったミニ薔薇も植えた。可愛い、赤みの強いピンク。本当は地植えが良いのだが、どこに植えて良いのか解らない。玄関の門扉横の植え込みには、既に1メートルほどに育ったコニファの根元に、黄色のミニ薔薇を植えてあるし、庭は、庭木ばかりで、よく陽の当たる斜面には、植える場所は沢山あるが、夏には、一面、人の丈になる夏草で埋まってしまい、とても世話ができない。毎日お水をやる事を思うと、やはり、コンテナに植えたほうが、正解かなあと思い、可愛いテラコッタのコンテナに植えた。午後から、海外から届いて、開梱していなかった荷物をあけた。ジュモーのポートレート。今、日本で買ったら、200万円は下らない。バブルの最盛期には、500万なんてのもざらだったモールドの子。美しいビスク、フレンチドールらしい薄いビスク。初期のジュモーの証拠である、手首の繋がった、不釣合いな大きな手。そして何より、非常に美しい、少し出っ張った、ブルーの光彩のはっきりしたアーモンドアイ。超、可愛い。色色な写真集に出ている色色なポートレートジュモー・アーモンドアイの子より、うんと可愛い!!ただ、裸に近い。これから、靴や、洋服を探してやらないとなあ。これほどのドールなので、安物のお洋服じゃ似合わない。今度、また、東京に帰ったとき、HANAE MORIビルのアンティーク街で探そうかなあ。先日購入したお洋服は、残念な事に、少し大きかった。これ、高かったんだけれど仕方ない。探すのも楽しみだから。早速、キャビネットの先住のポートレートの子と並べてあげた。うん、可愛い。さあ、そろそろ、ドールを始めようかなぁ。
2005年11月24日
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さあて、始動開始。買って来た苗と、底石と土。プランターとテラコッタの鉢を用意。一番簡単な金魚草から、プランターに次々、植えていった。次、厄介だけど、綺麗に球体に咲くネット式の壁掛けに、やしの敷物を入れてみる。形が今一合わない。軍手でやしの一部を引きちぎって、少し薄くして、所々に穴を開けた。苗を一つポットから外し、ポットを切り、底の穴の部分を利用し土から出ている苗の部分を包んで、籠の中から穴を開けたやしの部分に通していく。つまり、表には苗の部分しか出ない訳だ。しかし、段々、中が詰まってきて、旨く入らない。軍手をはずしてし始めた途端、やしでとげを刺した。「痛い!」立ち上がったら、スカートの上に落ちたやし殻が無数に足の上に落ちた。今度は、足が痛い。全く、これだから、やしの皮は使いたくないのだ。最初の時は、厚手のビニールが付いていた。しかし、一年使うと、ぼろぼろになってしまった。探して探して、これを買って来たが、どうも具合が良くない。とげを抜きに家の中に。老眼でとげが見えない。ったく、腹がたちます。老眼鏡をかけて、見たら、あった、あった。爪が割れて痛かったので、バンドエイドをしていたが、それも取って、やっと、棘を抜く事ができた。さあ、表に出て作業継続。このやしの鉢、パンジーが足らない事が分かった。明日、また買いに行こう。テラコッタのコンテナに黄色のパンジーを。持ち手つきの籠のデザインのテラコッタには、片方にクリサムセマム・ノースボールを片方に、ピンクのパンジーを植えた。一回り小さなテラコッタの鉢にアンティーク色のビオラ。合計、7つ、植えられた。片付けをして、ホースで駐車場の土を流した。とりあえず、日の当たる場所に移動して置いた。どこに置くかは、全部、植えてから決めよう。まだ、ミニバラとかあるし、今日はここまで。夜、「Gの嵐」を見た。UFOネタ!!大好き。画面に多々映っているのに、誰も何も言わない。「え?皆、見えないの?」はっきり、右端に映ってるのに・・・。UFO、大好きなのに、ニノは信じてないみたい。地球にしか生物がいないなんて思うのは、地球人の思い上がりだぞ!!大体、この人間だって、元は宇宙から来たんだからね!サルが進化して、人間になるわきゃ無いじゃん。・・・と言いたい。あ~、楽しかった。明日も頑張りましょう。
2005年11月23日
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午前中、お花を買い足しに行った。郵便局から、関税付きの海外郵便が届いているので、午後二時過ぎに行くとの電話。それまでに、銀行二つ、郵便局、お花を買いに行こう。一番最初にホームセンターに行った。あった、あった、色が変わるビオラ。これ、綺麗なんだよね。パンジーも10個で580円と超ラッキー!いつぞや、球体に咲かせて、門扉横の壁に掛けておいたら、道行く人が、皆、声を掛けてくださった。今年は、あれに挑戦。薄紫で、色の混じっていないものを7つ買った。あとは、ピンクと、黄色。私はなぜか、パンジーに関しては、あまり色の混じった物が好きじゃない。ビオラは、花びらに色の混じった物も植えるが、パンジーは単色が主。それに大好きな金魚草が、6連苗の黄色があったのでこれも買った。ホームセンターを出て、駅前の銀行に行く頃、11時を過ぎたのでお昼にハンバーガーを買った。今日は、卒論を書いているオネエもうちにいるので、3人分。後は、郵便局と思っていたら、パパから帰るコール。え?早いじゃん。仕方ない、帰宅した。郵便局からの荷物をオネエに頼んで、午後から、残った用事を済ませた。夕方、大型スーパーに行ったら、元気良く動いているワタリかにを売っていた。これ、おみおつけに入れると、美味しいんだよなあ。ほたるいかと一緒にお買い上げ。帰宅後、お大根といかを煮て、かにのおみお付けを作った。かには、半分に切っても、おみおつけの中に入れても動いていた。残酷物語。包丁を入れる段から、熱湯に入れるまで、良い感じはしなかった。ちゃんと命は無駄にしないよ。美味しくするからね・・と言いながら作業。我ながら、馬鹿みたい。あとはサラダとパパの北海道土産の帆立をオーブンでバターを殻に塗りこんで焼いた。今日の夕飯は、ちょっと贅沢かなあ。たまには良いか。美味しい夕食は、家族を幸せにします。帰って来たチビと、パパは、「美味しいねぇ」「旨い」と食べてくれた。やっとこれだけ出来るようになった。更年期で、大きなお鍋も洗えなかった。おみおつけも久しぶりに作った。家族には本当に迷惑を掛けている。このまま、旨く、回り出すと良いのですが・・・・。
2005年11月22日
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ぞくぞくと、握手会に行った人達の報告が入った。倒れて、係員のお世話になるのも良い歳して恥ずかしい話だし、何せ、CDが売り切れた時点で切られるのだから、握手できる保障はない。前のりで、新幹線代を使い、宿泊代を使い、行ったことのない幕張メッセと言う施設に行くのも不安だった。しかしその不安は、皆の報告で打ち砕かれた。CDは時間最後まで売り切れると言う事はなかったよう。それより何より、嵐君達は、夕方まで握手をし続けてくれていたそう。あ~、行けばよかった。聞けば、午前中で終わりとあったが、販売が午前中で終わりであって、名古屋から、始発の新幹線で行った子が、3時過ぎに、握手できたそう。10時過ぎに幕張に着いて、CDを購入し、それから4時間くらい並んで握手できたのだ。あ~、行けば良かった。愛知万博の時だって、4時半起きして5時過ぎには出かけて、7時前に会場にいけたのに。あの時の勢いが私にはなかった。やっぱり、体力的に不安だったのだろう。聞けば、トイレも途中で抜けて行けたそうだ。行けばよかった・・・の思いが強くなった。無意識のうちに、行って見た時の自分をシュミレーションしていた。午前7時過ぎの新幹線に乗って、9時前東京着。京葉線に乗り換えて、幕張着10時過ぎ。CDを買うのに、二時間並んでぎりぎり買えた。そこから4時間並んで、夕方、撮影に途中抜けていた潤君も戻ってきて、握手できたじゃん!!あ~ばかばか私。足がつっても、握手できると分かっていたら、何とか、万博の時みたいに、床に座っちゃったり、対処できたのに。非常に残念。オネエが残念がる私に一言。「今回は縁が無かったんだよ。だって、万博の時は、凄い勢いで、電車の時間とか調べてたジャン」そうなんだよねぇ。この「勢い」ってのが、大事なのだ。この年になると、この「勢い」が無いと、無茶はできない。やはり、今回は、縁が無かったのだろう。次回は、絶対に行こうと思った。老い先短い・・・とは言わないが、身体が動くうちに、是非、生の嵐君としゃべりたい。握手したい。待ってろよ!!嵐!
2005年11月21日
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チビが最初に受けた大学の発表があった。郵送で来ることは分かっていた。午前中、一度、郵便やさんが、私宛のエクスパックをほかの郵便と一緒に持ってきた。あ~、まだなんだ。と少しがっかりした。昼過ぎ、おかしいなあ、駄目でも来るはずなのに・・・とポストを見に行った。ありゃ?沢山入ってるじゃない。郵便は毎日沢山来る。ほとんどが、ダイレクトメールやら、公の物。仕事のもの。半分は見もしないで、ゴミ箱行き。だが、A4サイズの大きな青い封書。それも、赤い速達の文字とライン・・って何よ、手渡しが基本じゃないの。郵便やさん、怠慢です。上の娘の時の経験から、受かったと思った。大抵だめな時は、封筒が小さい。受かった時は、書類が入っているから、封筒が大きいのだ。郵便物を持って家の中に駆け込んで、二階で寝ていたチビに玄関ホールから呼びかけた。「A,受かったよ!」寝ぼけ眼とくぐ篭った「ふぁ~い」と言う返事。リビングに居たパパに「とりあえず、受かったわ」と言うとオネエが「これで、安心しちゃわないと良いね」そうなのだ、彼女の本当に行きたいところ、したい勉強はここでは出来ない。起きてきたチビに「おめでとう」と言うと、ほっとしたような顔をした。そこに畳み掛けてオネエが「でもこれに甘んじちゃいけないんだよ」「うん、分かってる」確かに、昨日もチビは、朝早くから図書館に出かけて行った。夕方に戻ってくると、「どうしよう、四文字熟語がなかなか覚えられない」と悩んでいた。「大丈夫、覚えていないようで、頭の中には入っちゃてるもんだから」と言ってやると、安心したようだった。今までの、のほほ~んとした目とは、目つきも変わってきている。何とか目標のところに入れると良いね。ほっとしたら、嵐君の握手会が気になりだした。やっぱり行けば良かったかなあ。でも、体力的な不安があった。愛知万博は、合計すると、7時間くらいの待ち時間があった。帰宅して、ベッドで眠ることが出来なかった。足がすぐつってしまい、一晩、下で寝た。足がつってはお風呂のお湯に足をつけて揉んで、タイガーバームを塗りこんで、うとうととすると、またつった。途中、レストランなどで、休憩ができたのに、こうなる自分の身体に自信が持てなかった。一人で行ったら、トイレにも行けないだろうし、何時間待たされるか雲を掴むような話に不安になった。まあ、これで良かったのかもしれない。春の「サクラ咲ケ」の握手会も行かなかったし。諦めましょう。
2005年11月20日
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とうとう母を連れていった。 今回で、試写会から三回目の「ALWAYS」。とうとう、一番見せたい人、母を連れて行った。やはり母は、中盤から涙涙で、映画に行く前は、帰りに買い物をしていく・・・と言っていたが、映画が終わると、何か言おうと口を開くと泣き出し、とても、人前にでられないと、そのまま一緒に帰った。昨年、11月、50年連れ添った最愛の夫を骨髄異型性症候群と言う、白血病に似た難病で一年近くの看病の末、亡くして一年。高校を出て、父と婚約し、田舎からお嫁さんになるため六ちゃんのように一人上京し、20歳で東京の父と結婚した。私が11歳になるまで住んだ、東京都港区芝田村町(現 西新橋)の家のあったそのままの風景に、懐かしい、懐かしいわねぇ・・を連発。銀座和光の風景を見て「銀座、散歩したわねぇ」。都電の姿を見て「あなた、毎週あれでピアノに通ったわね」。力道山の映像が出てくる頃には、もう、涙が溢れて仕方がなかったそう。何を見ても、聞いても、泣いていた。映画の内容にも、勿論いたく感動していた。堤さんの演じる、勢いのある、曲がったことが大嫌いで、冗談が大好きで、頑固親父で、そのくせ、なかなか人にごめんなさいが言えなくて、本当に、鈴木オートそのままの父を思い、映画を見終わっても、泣いていた。そして、「良い映画だわね~」と涙声で、一言だけ言えた。私は私で、3回目だというのに、今迄で一番、涙が出た。悪魔先生の場面では、もう、分かっていたので、切なくて、可哀想で、周りは誰も泣いてないのに、嗚咽してしまった。ふと見ると、パパも目頭を熱くしていた。本当に良い映画だ。暖かい気持になる。人に優しくしたくなる。自分の中の熱いものに火をつけてくれる映画だ。配給会社や、この映画に関わったすべての作り手の方に、お礼を言いたいくらい。こんなに良い映画をありがとうございましたm(__)m 「ALWAYSー三丁目の夕日」絶対、本当にお薦めです。
2005年11月19日
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今日は、本当は、革工芸の日だった。昨日、先生からお電話があった。今回、会場が借りられなかったので、先生のお宅でレッスンの予定だったのだが、酷いお声で「風邪を引いてしまって」とお電話。もう、本当に、お大事になさってください。先生、お若いようでも、なんったって、私の高校時代の音楽の先生なのですから。来月までレッスンはお預けです。午後から、母を連れて、パンジーを買いに行った。パンジーが欲しいと言っていたのに、箱を見るとビオラばっかりじゃん。私は、キンギョソウを買った。これ、こぼれ種で毎年咲く。ふと見ると、「培養土6袋1000円」ラッキー♪。母と台車を持って来て、積んだ。今年は、ちゃんと植えなくちゃ。お花は可愛い。癒してくれる。長い間、できなかったガーデニング。今年は出来そうです。夜、嵐君の握手会が、幕張である事が分かった。行きたいな~。しかし、注意書きを見れば、CDを購入した人に握手券が配布され、CDが売り切れたら、終わりだそう。新幹線代使って、前のりして宿泊して、握手できなかったら・・・と思うと、怖くていけない。それに体力的にも、無理かなあ。泣く泣く諦めた。何万人も来るんだろうなあ。若さが欲しい!!つくづく思った。
2005年11月18日
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リバーダンス、一昨年、TVで見てから、行きたくて仕方が無かった。昨年、父の事があって、行けなかった。今年こそは行きたいなあ・・と思っているうちに、良い席のチケットはなくなった。平日の夜公演のA席しか取れなかった。仕方が無い。受験生もいるから、迷ったが、昨日のこともあったし、気持を変えてほしかった。次の受験日まで日もあったので、行く事にした。夕方、チビを学校に迎えに行き、パパと3人で高速に乗り、会場に向かった。オネエと待ち合わせて、劇場に入る前に夕食を摂った。愛知県芸術大劇場、すごい劇場だった。まだ、建って間が無い。愛知県が総力を結集させて作った劇場。さすがにすごかった。まるで、パリのオペラ座のように、ボックス席が、両側に幾つも交互に並んでいた。一つのボックス席は全部で15席くらいしかない。ボックス席からほかのボックス席が見えないようになっていて、とても落ち着ける空間だった。二つの重いドアを開けると、はるか向こうに舞台が見えた。オペラグラス3つ、持って来て正解。始まった。エキゾチックな音楽とともに、短いスカートを履いたダンサーが大勢出てきて、非常に切れの良いアイリッシュダンスを始めた。足だけで踊るダンス。その鍛え抜かれた動きに、目を奪われた。オペラグラスで足の動きを追うが、その早い動きにただただ、驚愕。拍手とともにヒューヒューと言う声が上がった。次は、イーリアンパイプという楽器の演奏。口で吹いていない。脇に挟んだ、空気の袋を押しながらの演奏。何て、良い音!初めて耳にする、心地良い音を聞いているうちに、涙が出てきてしまった。何て、人を癒す音なんだろう・・と思ったら、もう、涙がとめどなく出て来て困ってしまった。次は、とても可愛い女性の演奏者が、フィドルと言うバイオリンを演奏しながら、舞台狭しと動き回る。彼女は、フラメンコの時は、バンドネオンも演奏していた。パーカッションの鈴の音も大好きな音。これは、フュージョンとしても素晴らしいなぁ。二部構成になっていて、二部に、黒人のタップダンスと、リバーダンスの競演があった。それも本当に素晴らしかった。パパは、これが一番のお気に入りだったそうだ。今一かなと思ったのは、男性テナーの歌。やはり、声楽をやっていた娘も後で、あれは今一だったねと言っていたから、そうなのだろう。混声の合唱や、女性シンガーのソプラノは素晴らしかった。中には同じ人が歌い、踊っているのに驚いた。才能も勿論だが、訓練なんだなあ。最後の群舞には、会場から手拍子が起きた。総勢、100人近い出演者が勢ぞろい。たっぷり二時間半の公演が終わった。「良い物見たね」とパパに言うと、「おお、アレグリア以来だな」といたく感動していた。娘達も「こんな席だから、途中で寝ちゃうと思ったけど、寝てる暇、無かった。」「凄かった。良かったねぇ」と口々に感動の様子。「来年は、もっと良い席取れよな」って、あまり色色な亊に感動しないパパが、7000円もするDVDとCDのセットを何の迷いも無く購入していた。行って良かった。また、来年、行こうね!
2005年11月17日
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最終目標である大学の願書がまだ提出できていない。志望理由の作文が、まだ書けないと言うのだ。昨日、帰宅してから、ずっと書いていた。パパが「あのなぁ、決められた時間で書かなきゃならないんだぞ、時間が有り余ってる訳じゃないんだ」普段あまり、勉強や受験の事に口を出さないパパが、きつい口調でチビに言った。私は不安で、子ども部屋のソファに座って出来上がったら、郵便局に走ってやろうと待っているうち、寝てしまった。気が付くと、もう、朝。え?徹夜したのに書けないの?!「ううん、書けたけど・・・」「あなた行きたいって言ったじゃない?行きたいなら、書けるのじゃないの?」自信なさ気に差し出した原稿を見た。書けてるじゃない。もっと自信、持ちなさい。少し添削してやって、やっと清書。学校は、遅刻して行く事になった。まあ、進学校なので、受験生は、登校していたりいなかったり。この時期は登校に対して、うるさくない。学校に連れて行く途中、郵便局の本局に寄って、投函させた。やれやれ。こんな事が、何時まで続くのか・・・・。いつまでも親が付いているわけにも行かない。頑張って欲しい。心配は尽きないなぁ。母がお使いに連れて行って欲しいと言っていたっけ。電話して、一緒に大型スーパーに行った。やっと、周りを片付けて、壊れたDVDを引き出した。それを、そこの電器売り場に持って行ったのだ。先日、メーカーの相談室に状態を説明し、結局、修理しなくてはならない状態だと分かった。私が電器製品売り場に行っている間に、母は、また、すごい買い物をしていた。私も買い物をした。母はパンジーが欲しくてお花売り場に行ったが、もう、薄暗くて、色がよく分からず、今日は辞めて、帰宅した。疲れました。
2005年11月16日
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今日は、チビの二校目の推薦入試。今日は、お嬢様学校で有名な女子大。中学からある総合学園。今日も、一緒に行くのは・・と考えたが、何せお嬢様学校だ。多分、父兄は一番多く来ているだろう。8時過ぎの電車と地下鉄、私鉄を乗り換え、試験場に。案の定、かなり広いサロンには、座る席を探さないと無いくらい一杯の父兄。ご両親でいらしてる方も多い。4人掛けのテーブルにお一人、いらっしゃったが、「相席させて頂いても宜しいですか」と伺ったら、本を読んでらした御母さんが「どうぞ」横のグループは、一緒の学校のご父兄らしく話に花が咲いていた。私は、持って行った刺繍をしながら待った。途中で、ご両親らしいご夫婦が前に座られ、下宿の話をし始めた。遠くから娘を出すのだなあ・・・。我が家は、絶対パパが許さない。オネエは本当は、東京や大阪に行きたかったらしいが、我慢した。当然、チビもそう。暫くすると、隣にいらした方が声を掛けてらっしゃった。聞くと、滋賀から受験しにきたそう。当然下宿か。大変ですね・・・というと。苦笑なさって「ええ、仕方がないです。滋賀は大学がないですから」そうなんだ。家から通えるだけましか。ふと気が付くと、娘が受験した学部とは違う学部の試験が終わったらしく、女の子が入って来た。あ、Hちゃん!と言う事は・・・あ、Oさんだ!なんだ、私の前に食事会の仲間、Oさんが座ってた。私の顔を見ると「な~んだ、来てたの」知っていれば、おしゃべりできたのに。先日の映画鑑賞会に、仕事の都合が付かず、来られなかった内科医の奥さん。上のお嬢さんは、医学部に在籍中。下のお嬢さんは、チビと同じ文系で仲良くしていただいている。姉妹ともに学年が一緒。チビの試験はまだ掛かるので、そこでバイバイ。暫くすると、チビが落ち込んで入って来た。「駄目だった」「?」「書けなかった」試験は、要約と論文。「まあ、試験は水物って言うから、次、頑張れば良いよ」と言う前に少し文句を言ってしまった。何せ、今まで、散々言って来たが、受験に対し、高をくくっていたのか、全く本を読もうとしなかったし、塾も真面目に行こうとしなかった。自業自得なのだ。こちらの気持も治まらない。「だからあれほど言ったじゃない」と言うと、ショボンとしていた。私鉄に乗って、名古屋の繁華街に戻る頃、こちらの気持も落ち着いた。友人に教えてもらったお洒落なレストランに連れて行った。「良い、ここに、気持全部、置いていきなさい。明日から、心を入れ替えて頑張りなさい」というと、「はい」と素直に頷いた。美味しいランチを食べ、デザートに美味しいケーキを食べて、帰宅した。心配していたオネエが「どうだった?」「失敗しちゃった」「そか、でも、あんたの目標はあそこじゃないんだから、気持入れ替えなさいよ」可哀想だが、仕方が無い。明日から、また、頑張れ!!
2005年11月15日
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DVDの録画機器が壊れた。HDDが100時間録画できるものなのだが、目一杯録画してあり、嵐君の歌番組やら、ドラマ、感動した終戦記念番組やら、皆がいる時には、とても見られない、「蛍の墓」の実写版など、ゆっくり時間が空いたら見ようと思っていた物が、入っている。修理に出さなくてはならない。まだ見て無い送ってもらったDVDなどがあるから。しかし、このDVDが置いてある場所が問題。キッチンのTVの下なのだ。我が家は、リビングのTVは、パパの専用みたいになっている。で、キッチンのTVは私専用。だから、周りにお化粧品の入った籠やら、嵐君の大きな写真やら、趣味で集めたドール小物などがある。あまけに、上には、コルクボード。は~、元気のある時じゃないとこれ、修理に持っていけないよ~。まあ、暫く、時を待ちましょう。夕方、少し雨。今年は、お花、植えたいなあ。頑張ってみるかな?
2005年11月14日
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父が亡くなって一年が経ち、やっと、鳥居をくぐれるようになった。毎月、お参りに行っていたお千代保稲荷にパパと二人、お参りに行った。高速を使い、車で、約一時間。結構遠いが、ここにお参りしないと、何だか、気持がすっきりしない。この一年、どんなに行きたかったことか。ここは、お商売の神様。とても、賑わう。毎月、月末と月初めの間の夜中にお参りをすると、願いが叶うといわれ、その日はものすごい人になる。一年ぶりに行って驚いた。参道のお店が所々、変わっていた。以前は、本当に素朴な八百屋さんとか、お漬物屋さんとか、川魚を食べさせるお店が並んでいたが、大きなセレクトショップが出来ていた。数え切れない数十万点とありそうな髪留めやら、アクセサリーを置いてあるお店。中に入ったら、色色なパワーストーンも扱っていた。もうビックリ。そこから、本殿に続いている参道を進むと、また新しいお店。私が好きそうな、アンティークレースやら、可愛いトルソーやら、飾り棚やら、時計、ワニ革、オーストリッチなどを使った高級ハンドバックまで置いてある。ここ、娘達を連れてきたら、絶対、喜ぶなあ。おなかがすいていたので、パパとラーメンを食べにおよそラーメンなんて出て来そうにない、綺麗な広いお店に入った。私が座った、大きな背もたれのレザーチェアに、我が物顔で、白い猫が寝ていた。あまり可愛いので、なぜなぜしたら、甘えてきた。よく人になついた猫。可愛い首輪をしていた。私のセーターに近付いて来て、くんくんと匂い嗅いでハンドバックにすりすりした。きっと、うちのミルキーの匂いがするのだろう。おなかも膨れたので、さあ、お参りです。一年ぶりのお参り。たくさんの名詞が、本殿横のお社のすだれに挟まれている。パパも名詞を出して、はさんだ。ご利益に預かった人の、灯篭やらお神酒が奉納してあった。ここはいつも本当に活気のある神社。お稲荷さんなので、お揚げもお供えする。裏神様にも丁寧にお参りして、本殿を出た。一キロも参道がつづいているだろうか。ここの名物は、川魚と、地元で採れるお野菜、特におみかんが多い。自然薯など、街中のお店で一本5千円もしそうな立派な物が、3本7000円で買えちゃう。この時期は、松茸、さつまいもなどが安い。20本も有りそうなバナナも、300円。可愛い綺麗な濃いピンクのミニ薔薇の鉢植えも100円。そして、もう一つの楽しみは、くしかつと、お味噌で煮てあるドテ。そこかしこの店で、皆立って食べている。勿論、お店の中に入れるところもある。娘達を置いてきたので、夕食用に買った。パパはここの手作りの草もちが大好き。ちょっと目を放した隙に、案の定、買っていた。しいたけが美味しそうだったので200円で袋に一杯入った物を二つ買ったら、おまけにおみかん5つ、おねぎ3本、柿一個大根一本、大根葉もつけてくれちゃった。商売になってないんじゃないの~と心配してしまうくらい。参道はそう、幅が広くない。やっと車一台が通れるくらいだから、ほとんど車は入ってこない。と言うより、人が沢山で入れない。だから、本当にゆっくり見て回れる。実に楽しいのだ。そろそろ夜の帳が下りてきて、あたりが暗くなってくると、屋台のお店も片付けはじめ、店舗も、前に出していた物を片付け始める。私達も、車を止めた駐車場に戻り始めた。ふと見ると、中華ちまきを売っていた。こりゃ、お夕飯の支度をしなくて済んじゃうなあと、残ったちまきを全部買った。顔見知りのおばさんで、包んでくれるまで、これ、どうぞと、ふかひれのスープをサービスにくださった。なかなか美味だった。これだから、お千代保稲荷参りは辞められません。それに今日はおみくじも、良かった。いつも、あまり良くないのだが、パパは、吉、私は、中吉だった。チビの受験のお守りも買って、切り火もしてもらった。この切り火、なかなか粋で良い。確かうちにも、火打ち石、あったよなあ。良いお土産ができた。帰宅したら、もう、真っ暗になった。子ども達は、「変わったからまた行こうね」と言うと、嬉しそうにしていた。来月、皆で、また、行こうね。
2005年11月13日
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娘の大学の推薦入学試験に付いて行った。大学受験で親が行く事もないかなあ・・と思ったのだが、今日行く大学は、初めての所であったし、何より、私の母校だったので、一緒に6時に起きて、7時過ぎの電車で出かけた。寝不足で、少々気分が悪い。まだ、身体の調子が良くない。名古屋に出て、地下鉄で25分、バスで5分。結局、家から2時間近く掛かった。私が通っている頃は、地下鉄なんて通っていなかったから、名古屋から、バスで1時間掛けて行くか、地下鉄で20分行ったところからバスに乗り、さらに30分・・・と言う不便な場所に有った。だから、毎日5時半起きで通ったものだ。バスを降りて、でんぐり返った。何?ここ!!すっかり洒落た家の並ぶ、街になっていた。私が通っている頃は、地下鉄からバスに乗り換え、名古屋大学の生徒が降りて、N大学の生徒が降りて、T大学の生徒が降りて、M大学の生徒が降りて、うちの大学と、免許センターに自動車の免許の書き換えに行く人だけがバスに残り、バスを降りると、ただただ赤茶けた土の盛ってある宅地にもなっていない土地が、学校まで続いており、学校が遠くに見えたのに、今や、結構な交通量の洒落た店の並ぶ表通りから、大学への道の両側は、本当に素敵なおうちの並ぶ高級住宅街になっていた。こりゃ、浦島太郎状態。あの頃は、プレハブに毛のはえたお好み焼きやさんしかなくて、休講になると、バスに乗って地下鉄の駅に戻って、時間を潰したものだ。父兄は、綺麗な学食に通され、そこで待たされた。大きなTVが有り、音声が、四方の壁から聞こえ、画面も4つあった。暫く本を読んでいたり、TVを見ていたりしたが、さすがに眠くなり、少し寝てしまった。大きな荷物を持ってらっしゃる親御さんもいらっしゃった。多分、地方から泊まりで受けにいらっしゃったのだろう。そろそろ面接かなあ・・と言う時間、少し表を見たくなり、そこから出て、歩いた。まだ、工事中で、校舎を広げるようだった。そこにいた警備員さんに「法輪塔はどこかに行っちゃいましたか?」と聞いた。うちの学校は仏教系で、合掌した形の塔が校舎のシンボルだった。「あ、卒業生の方ですか?」と言われ、そうだというと、案内してくださった。あった、あった、法輪塔。懐かしいなあ。なんたって30年ぶりだもん。私の青春がそこに確かにあったのだ。初めての恋、初めての試練、初めての・・・で一杯だったあの頃。本当に懐かしい。涙が出てきそうだった。あの頃、本当に一生懸命だったなあ。教職課程を取ったから、一般の学生より、授業時間が多かった。卒論を書くのに、日曜も通った図書館。友人と二人、童話を先生と一緒に研究したゼミ室。イソップのカラスが口ばしで皿の水を飲もうとして失敗する話が、原作ではカラスじゃなくて、鷹だったことが驚きだった。日本では鷹よりからすの方が、馴染みが深かったのでそうなったのだが、何時からそうなったんだろうとか、興味が次々沸いてきて、先生と3人で面白がって研究した。これは、授業外の特別に開いていただいたゼミだった。私が無類の童話好きだと知った先生が、やってみない?と誘ってくださった。本当に楽しい時間だった。庭を歩いていて、そんな楽しい時間を思い出した。こんなに変わってしまったけれど、間違いなく、やはりここは、私の母校なのだ。ふと見ると、受験に来た子達が、帰りだした。待合室の学食に戻って暫く待つと、チビがやってきた。「どうだった?」「何だか、すごく明るい先生に当たって、楽しかったよ」「楽しかった?」「うん、NHKのアナウンサーの人がいたよ」そうだ、ここ、アナウンサー科もあったんだった。私の同級生も2人アナウンサーになった。先輩には、あの、あべ静江さんや、スケーターの伊藤みどりさんは後輩だ。まあ、受かると良いね。帰りに名古屋の繁華街で、遅い昼食。疲れました。チビはもっと買い物などしたかったらしいが、私は、もう、クタクタで、ふくれるチビを引っ張って帰った。とりあえず、一つ終わった。あと幾つかなあ。
2005年11月12日
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本日は、PTA 役員会。午前中に髪を洗いに行き、午後一番で学校へ。Kちゃんは、やはり、来ていなかった。色色な事務的な説明や報告が先生から、1年生から6年生まであった。中には、長い話をなさる先生もいらして、自分のこども以外の学年の話聞くのは、かなり苦痛。終わってから、謝恩会のことで6年生の役員が集まって、話し合い。うちの学校は、1年生にその学年を専門に教える学年団と言う先生の一団が出来る。基本は6年、持ち上がりなのだ。1年生からの一人一人の学習段階の把握には、非常に力を発する方法だ。しかし、中には、ご都合で途中から学年団をはずれて、別の学年団に移られる先生もいらっしゃる。今回、3年間学年団にいらした先生に御出席頂きたく、希望していたが、一度、役員の所に御辞退のお電話があった。その先生の御出席をもう一度、学年主任の先生にお願いしようと言う話になり、結局、私がお話させていただいた。弟の一年後輩の先生で、上の娘の1年生の時の担任の先生で、とても生徒にも、御父兄にも人気のある、本当に良い先生。穏やかにお話される。お願いをして、皆で解散。疲れました。まだ、本調子じゃない。おなかの中が、ドーンとしている。頭も少し痛い。本当に弱いなあ。しっかりしろ、私。
2005年11月11日
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ぶっ倒れた。ここの所の無理が祟った。そう健康じゃないのに、深夜までチビの願書の論文につきあったり、自分の仕事に時間が無くて、無理をした。しかし、そのくらいしか思い当たらない。この大腸からくる、背中左側の酷いこりと、それから来る頭痛は、もっと心理的な負担が合った時にしかならないのに。何を負担に思っているのかな?そう言えば、心理カウンセリングを都合で休んだ。やはり、気持を吐き出さないと、いけないんだなあ。こうしてブログに書き綴っていても、本当の気持が出てこないのかもしれない。カウンセラーに導かれて、本音が出てくるのかもしれない。やはり、心理学は、本物なんだ。オネエ、頑張ってね。午後から、もどしたり、頭痛に七転八倒した。チビや、オネエが交代で背中を揉んでくれるが、どうにも治らない。全く、斬ってしまいたい神経。何時になったら、この苦しみから解放されるんだろう。健康になりたい。
2005年11月10日
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以前から、友人達と約束していた、今日は、映画の鑑賞会。最初5人で行くはずだった。今日水曜日はレディスディで1000円なので、パソコンから、シネコンの一つに予約していた。直前になって、歯医者さんの奥さんのMちゃんから「行けない」との電話。可哀想に、何とか受付の時間を縫って出てきてくれようとしたが、どうしても時間の都合がつかないそう。彼女、最近、疲れからかすごく痩せてきた。食事の量は、私より多いので心配は無いと思うが、歯医者さんの奥さんと聞くと、人は、優雅だなあって思うらしいが、実際は、本当に大変なお仕事をしてらっしゃるのだ。身体、壊さないように、また、行こうね。チビが、実力テストだったので、皆よりも早く待ち合わせて、私は、先にシネコンの下にある、大きなイタリアンバイキングのお店に行った。ここ、最近できたばかりだが、凄い人気で、今日は平日で入れたが、土日は、ほとんど並ばないと入れない。チビがお料理を取ってきて食べ始めたくらいに二人の友人がやって来た。久しぶりに会う友人達。食事をしながら、話に花が咲いた。途中でチビは図書館に行くと帰って行った。映画は2時からで、もう一人、直前に来るはずだった。シネコンのロビーで、待っていたが、こないのでTEL。そうしたら、大変、別の場所に行ってしまっていた。何だか、あまり具合が良く無いそう。「ごめんね、今日は辞めておく」「うん、解った、気をつけてね」余ったチケットどうしようかと思っていたら、何と、何と、「Kさん」と誰かに肩を叩かれた。振り向くと、もう随分前に辞められたコーラス部の先輩。「あ、先輩!」聞くと、同じ映画を見ようと来てらした。事情を説明したら、「良いよ、貸しなさい、買い取ってあげるから」あ~、持つべきは、暖かい先輩。早々に引き取っていただいた。映画は、本当に何回見ても、良かった。ただ、前回見た時、笑ったところは笑わず、違う所で笑い、違う所で泣いた。最初から、それぞれの登場人物の気持が解っているから、今まで見ても解らなかった部分の気持が解って、余計に泣いてしまった。友人達も、エンドロールが終わるまで立てなかった。やはり、目を真っ赤にしていた。「良い映画だね~」「ほんと、誘ってくれてありがとう」「うん、皆に見せてあげたかったから」「ALWAYS」あと、二回、母と家族と見る。今度はどんな風に見えるのかなあ。Iさんとはそこで別れた。Tちゃんと少し話しがしたかったので、喫茶店に入った。一時間ほど、会社の話や、昔の話などして二人で夕食の用意を買い物した。久しぶりに本当に楽しかった。夜、心配だったKちゃんから電話。仕事のことやら、色色な亊で、相当参っていた。何もしてあげられないが、頑張って欲しい。また、彼女は、頑張れる人だから。また、映画行こうね!
2005年11月09日
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久しぶりにゆっくり出来た。ここの所の寝不足で、皆を出してから、お昼近くまで寝てしまった。オネエの大学卒業式のことをすっかり忘れていた。着物を出して置くよう頼まれていたんだった。結婚する時に作った、小紋、オネエが成人式に着たお振袖、私のサーモンピンクの色無地、を出した。午後からオネエをつれて着物やさんに。自分で一度、お振袖を持って袴を合わせに行った。ありがたいことに、成人式に着物を作ったので、無料で袴を貸していただけるそう。オネエには見せた事が無かったが、小紋がとても可愛かった。「こんなの見た事無いよ、私」そりゃそうだ、見せた事無いもん。「めっちゃ可愛い!!」そりゃ、35過ぎたら着られないだろうなあと思いつつ、松坂屋にお勤めしてる時に買ったお気に入りだ。こっちも、結婚前に、最後のお正月に京都のパパの家に着て行ったきりの、本当に一度しか袖を通した事の無い着物。私も超、お気に入りだった。「これが良い、これにする」はい、決まり。お店の方も、小紋の中に使われている紫の色と同じ袴の色があり、「本当に誂えたみたいに良く合います」との事。実は、もう一枚、付け下訪問着があったが、持ってくるのを忘れた。まあ、本人も気に入っているし、これで良いのじゃないでしょうか?雨の中、着物を抱えて帰った。卒業式にこの着物を着て、袴を着けたオネエを見るのが、楽しみになった。また、記念写真撮ろうね。
2005年11月08日
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今日、チビが、一つの大学に論文と願書を出す日。もう、すったもんだした。本人が何を書いて良いのか解ってないのだ。自分の思いをそのまま、書けばいいんだから・・。と言っても、相当どツボにハマってしまったらしく、ぽろぽろと、涙を流す。「泣くこたぁないじゃん、な~に泣いてんのよ」とはっぱを掛けるが、乗ってこない。まずいなあ。オネエが冷静沈着にチビに言って聞かせる。こういう時は、オネエに任せておいた方が良い。何せ、大学受験の経験者として、一番、近い時間にいるから。それに、さすが、青年心理学の道を極めようとしているだけあって、上手い。ふむふむ、な~るほど、こういう時は、こう対処したら良いんだな。親はこういう時、情け無い。ついつい、どうしてよ~と言ってしまう。少し離れて見られないのだ。「自分が行きたい大学の学部なのに、何故、書けないの?」と、あったりまえの事を言ってしまうのだ。深夜、何とか、書けたようで、「御母さん、郵便局に連れて行って」と言い出したのは、午前1時過ぎ。親は心配で眠れないもんだ。夜中の道をチビと一緒に近くの本局に出しに行った。24時間開いているのでありがたい。これで、二回目だよな。これから先、まだまだ長いのに、最初からこれで、本当に、先が思いやられます。オネエは、全部自分でやったから、何も心配しなかった。それだけ、オネエは、自分のやりたい事がはっきりしていたからだろう。同じように育てたつもりなのに、チビは、将来の夢は?と聞くと「私ね、家事を全部終わって、美味しいお紅茶が飲めたら、それで良いの」とのたもう子だから、お嫁に行くまで、何をしたいのか解らないのだ。淡い夢はあるらしいが、実現にこぎつけようという、オネエほど強い気持が無い。だから、こうなっちゃうのだ。頑張ろうぜ、Aちゃん。
2005年11月07日
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昨日の今日だから、ゆっくりしていたかったが、今日は、朝から、この街の集会場のお掃除。頑張って、早起きして、出かけた。普段あまり、ご近所の方とは、お話しない。年齢が皆さん、うんと年上の方ばかりで、二世帯で住んでらっしゃる方が多いのだが、子世代の奥さんは、皆さん、御勤めでお昼間いらっしゃらないから、二軒先の奥さんとしか、あまりおしゃべりはしない。掃除も年輩の方が多い。一時間ほどお掃除して解散。日ごろあまり、動かない私が、一生懸命、掃除機を掛けたり、雑巾掛けをしたものだから、汗びっしょりになった。反省。帰宅後、シャワーを浴びた。昨日の結果がメールで送られてきた。お二人の審査委員が、AとB°だった。「これからが楽しみな、明るい団体です」と言う書評だった。今迄で最高の評価。嬉しかった。今日は、のんびりしようっと。
2005年11月06日
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今日は、10年の総決算。最後の県の「お母さんコーラス大会」が、県庁所在地である。大きな会場に皆で電車で行った。パパには、今日が最後なので、見に来てくれるように頼んだ。オネエは、学祭に出かけて行った。チビは、再来週から、推薦入学の願書に出す、論文の製作で忙しくて、来られなかった。少し早く集合し、近くのキリスト教系の保育園をお借りして、練習。床が固くて、足がつりそうだった。お昼も、そこの会議室のような所で御弁当を摂った。衣装に着替える段になって、大騒ぎ。作ってきた飾りが間違っていた。ああ、最後の最後に、ポカやっちゃったなあ。慌てて、縫い直す。会場入り。白のTシャツに飾りをつけて、黒のオーガンジーのロングスカートに。集合が掛かり、リハーサル室ヘ。何回か歌詞を間違えた。え~、ここまで来て、唄えるかしら・・・不安。決められた時間が過ぎ、そのまま楽屋入り。今回、お昼の休憩後、一番の出。いつも、すごく楽屋で並んだまま待たされるが、その時に足がつったりするのだが、今回、一番なので、そう待たされること無く、出演。ああ、こうして楽屋で、油の匂いの中、どきどきする事ももう、無いんだなあ・・・と、感慨深かった。ライトの当たる、明るい舞台に出た。私は、今まで背が高いので一番後ろだったが、初めて、真ん中になった。一つの歌を全部、歌詞で唄う人が5人だけで、その中に入ってしまったからだ。後から、後悔したが、決まってしまった以上、頑張らないと。他の主要メンバーは、プロの声楽家Kさんと、他の団体に所属しているセミプロの二人、それに、ピアノの上手いAちゃん、全くの素人は私だけ。全くなあ。子どもの頃、5年間だけ声楽を習いに通っただけなんだから、一番下手でも仕方ない。あれ?オネエは3年だけだから、私の方が個人的に声楽を習った期間は上なんだ。今頃、初めて気がついた。ピアノの前奏が始まった。不思議と気持は、静かな海のように澄んでいる。唄いだした。何と、気持の良い事。歌詞も意識しないで出てくる。こんなに気持の良い、演奏は初めて。声も皆、良く出ていて、遠くに飛ばせている。良いんじゃないの~。唄っていても、自分が笑顔になっているのが解った。難しい歌だった。しかし、最後のハミング部分も綺麗に揃った。最後のピアノの音が終わって、拍手。指揮者の先生がご挨拶して退場。「唄えた!」それだけだった。涙が出てきてしまった。最後の歌だった。感慨にふけっている間もなく、写真撮影に行かなければならない。ロビーに出ると、パパがいた。近付いて「どうだった?」と聞くと、「良かった、涙が出そうだった」とニッと笑った。短い言葉を交わし、表に出て撮影。着替えに戻ってくると、同じところにパパがいたので、「着替えてくる」と言って更衣の場所に行き、衣装から私服に着替えてロビーにでてくると、横に革工芸でお世話になっている、他の団体に移られた以前の指導者の先生がいらしたので、パパと一緒にご挨拶。「うちでは知らない顔を見ました」なんて言って先生を笑わしていた。パパは車で待っているから、皆とちゃんとして来いよ・・と言い残して表に出て行った。ロビーに戻って先生を囲んで、皆でお茶を飲んだ。それから、うちの部を卒業した人達が皆、所属している、一つの団体の演奏を聴きに、会場に入った。革工芸でお世話になっている先生の団体だ。会場を出て、皆と別れ、パパの車で帰った。「良かったぞ。」「これで終わりだな?」パパが念を押すように言った。「うん、本当に長い間、ありがとうございました」短い会話だったが、満足だった。すがすがしい気持と、寂しい気持のがないまぜになった。10年間色色な亊があった。悲しいことも沢山あった。先輩の死、友人の死、そして、父の死。悲しいことも歌と歌を通して得た、宝物の友人達に支えられ、互いに励ましあい、慰めあって、そして、笑い合って、乗り越えてきた。終わったんだなあ・・・。家に近くなるごとに、思いが強くなった。ご苦労様、私。
2005年11月05日
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やっと一年経った・・・・のか、もう、一年経ったのか、良く解らない。今日は、父の命日。そう、この言葉を今日から使うのだ。何だか、風のように駆け抜けてきたような、反対に、全く進まない時計の下にいたような変な気持。本当は、午前中からコーラスの練習があったが、午前中は、髪を洗いに行って、病院に薬を貰いに診察に行った。バタバタと昼食を摂り、午後から学校に行き、みっちり、いつもより一時間も多く練習をした。もう、本当の本番まで、今日しかなかった。本気で練習。最後の、10年間最後の練習日になった。今年一杯で辞めるつもりだ。私が入部したコーラス部とは、最近、方向性が違ってきた。昨年くらいから、違うなあ、しんどいなあ・・と思い始めてきたが、下の娘がまだ、学校にお世話になっているうちは、続けようと決めていた。今年に入って、ますます練習が厳しくなった。以前は、3月までに曲が決まると、11月の大会に向けて、変わる事はなく、その曲を一生懸命に覚えて練習すればよかったが、今年は、夏休み前まで、なかなか決まらず、夏休み過ぎてから、新に曲が加わった。冗談じゃない、できるわけが無い・・・と思ったが、老兵は去れば良い・・と考えを改めた。今までは、月一回の練習で十分唄えていたのに、練習日が増えて、負担になった。私にとって、歌は、一番じゃないから、苦痛になった。行って唄いだすと、楽しいが、やはり、家を空けることがすごく心の負担になった。今年で辞め様と、夏前に決めていた。練習日が増えてからも、昔からの仲間が、仕事の合間をぬって来ていたが、もう、そんな片手間でできる練習量じゃなくなった。そして、次々、来れなくなった。残ったのは、私と、私をコーラス部に誘ってくれたKちゃんだけ。一番の古株になってしまった。でも、大会前に辞めるのは嫌だった。きちんと、けじめをつけて辞めたかった。何が何でも、大会だけは参加して辞めたかった。そう望んでいても出来なかった仲間達の分も頑張った上で、辞めたかった。だから、練習もできるだけ、調整して参加した。それが、今日、終わる。歌は、何とか、入った。草臥れ果てて、何か甘い物を咽喉に入れたくて、仲間たちと、喫茶店に行った10年、通い続けた喫茶店も、今年に入って、店じまいした。何もかもが、変わって行った。そりゃ、私だって、40歳から50歳になったんだもん。入部した時は、上の娘は中学一年、今は、大学4年。時は確実に経っていった。まだまだ女として輝いていた、痩せていた私はもういない。でも、これからは、別の所で輝きたい。頑張ろう。解散。暗くなってしまったが、お墓に行った。こんな時間、お墓には誰もいるはずが無いが、住宅街の中のお墓なので、真っ暗ではない。静かに、墓石の前に座り、手を合わせた。考えてみると、この一年、親不幸な娘だったなあ・・と思う。49日の法要と、伯母がお参りに来てくれたとき以外は、お墓がこんなに近いのに、Aが大学院に合格したときだけしか、報告に行かなかった。整然と墓石が並ぶ、墓地の暗い中、父に話しかける。返事は無い。黒い石の段の上に白くお線香の粉がこびりついていた。指でなぞると、まるで父の骨の粉のような感じがした。ここに来なくても、父はいつも心の中にいる。「またね」と声に出して言い、立ち上がって歩き出した。気持の中が何か変わった。軽くなったような、ホッとしたような、自分自身に戻ったような深い水の中に安らかに落ちていくようなそんな感じがした。車のライトをつけて、通りに出ると、帰宅途中の中学生が、歩道を歩いていた。
2005年11月04日
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パパが昨日から北海道に社員を連れて行っている。良いなあ、これで、娘達は修学旅行で行ったし、私だけが、未踏の地になっちゃった。もう絶対、行くぞ~。で、お土産にかにを送ったとメールが入った。ワクワク。大好物なのだ。今日は、朝から、もう、本当にゆっくりした。明日から、また怒涛の日々だ。ここの所一番忙しくて、日記の更新も出来なかった。後書きだ。その日にタイムスリップして書くのも面白い。昨日は、3人だったので、近くのイタメシやさんに食べに行った。本当にここのお店、美味しいんだよなあ。パスタは食べなかったが、お肉料理を頼んだ。私は、いつも食べる、メニューに無い特別に作ってもらっちゃう「チキンソテー」。本当に美味しくて、半年くらい前にランチメニューにあって、それから、何回か行ったが、メニューに無いので、聞いたら、「良いですよ作りますよ」って仰っていただき、それ以来、これしか食べない。娘は、オネエが、牛肉頬肉のソテー、チビは子羊のローマ風。それに、サラダとパン。ちょっと贅沢かなあ・・・とおもいつつ、パパはもっと美味しい物食べてるんだから良いっかっと言いつつ、皆美味しい物をたべてると、良い笑顔になっちゃう。夜遅く、パパ、帰還。しっかし、私は、連日の疲れで、先に休んでしまった。無事帰れてよかった。飛行機だから、やっぱり少し心配。明日からまた頑張ろう。
2005年11月03日
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今日は、学校の合唱コンクール。父兄コーラス部も、最後を飾る。中学生の全クラスが、課題曲と、自由曲を歌う。伴奏も、指揮も勿論、クラスの子が担当する。35回目だそう。と言う事は、私は、10年目で10回出ているから、ほぼ三分の一は、参加している事になる。学生たちは、随分と上手くなった。最初の頃は、恥ずかしそうに声を出す物だから、「歌」になっていないクラスも多かったが、最近は、完全に皆、本気で歌い、本気で「歌」になっていた。全クラスが唄い終わり、4,5年生、高校1~2年生の音楽専攻のクラスの演奏。毎年「流浪の旅」が唄われる。大好きな歌だ。オネエが5年の時は、ソプラノのソロの部分を唄った。あの頃は、音大に行くつもりだったからなあ。それから、学生の合唱団の演奏。我校の合唱団は、最近、非常に優秀で、色色な賞を総なめにしている。先日も、TVで唄っていた。確かに素晴らしい演奏だった。さあ、いよいよ我合唱団の出番。歌詞が今一入っておらず、不安の私は、何時に無く緊張した。これが、最後の学校でのステージと思うと、余計に緊張してしまった。友人のTちゃんが、わざわざ「Iちゃんが最後だから、聞きにきたよ」と、素敵な笑顔で来てくれた。ありがたいなあ。先生との「ふるさと」「村祭り」などを唄いだすと、聞いていた生徒が大盛り上がりで、声援していた。毎年、一番盛り上がる時間。成績の発表で、今年も歓声が上がったり、涙する女の子がいたり、正に、青春の一ページ。お疲れ様。これで、一つ、練習試合みたいなのが、終わった。後は、県のホールで盛大に行われる、県の「お母さんコーラス大会」だけ。一年の総決算だね。頑張ろうっと。
2005年11月02日
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朝、9時近くの電車で大阪に。11時、難波着。今日こそは、あのお好み焼きやさんをみつけるぞ!!いつもと違う、道に入った。だが、やっぱり見つからない。公演は、1時からだから、あまり時間が無い。仕方ない、このお店は名古屋にもあるから入りたくないなあ・・と思いつつ、諦めて、そのお店に入り、海鮮お好み焼きを食べた。会場に着くと、すごい行列。え?この列に並ばなきゃ、入れないの?とその列の後ろについたら、前の方が「指定券を持ってらっしゃる方は、あちらですよ」と教えてくださった。何だ、すぐ入れるじゃない。と言う事は、この列は?は~、当日券の抽選の列なんだ。席は、1階だが、後ろの方。今日は、しっかり、オペラグラスを用意してきた。幕が開き、切れの良い、台詞まわし、殺陣が繰り広げられた。大ちゃんは、もう、汗でびっしょり。初めに「バクマツプー千秋楽はじまるよ」とおどけた大ちゃんの声。以前に見たときも感心したのだが、舞台のアイデアが良い。最初に出演者の名前がライトになっていて、その背中に映し出されたり、新撰組の大きな旗に映し出されたり、有森也実さんの被っていた布が広げられ、そこに映ったり、なかなか良いのだ。途中、千秋楽だからと、色色面白い台詞が入った。下ネタ連発の坂本竜馬の場面では、大ちゃんは、笑ってしまい、こちらを向けず、後ろを向いた刀を持った肩が震えていた。坂本竜馬が下ネタを連発している間中、後ろを向いたままで、やっと竜馬の台詞が終わり「今日は、一番長いじゃないか」と言えた。爆笑だった。その前に客席に降りてきた竜馬が、客席のお客さんをお地蔵さんに見立て「どうか下ネタを言いませんように」と拝む場面も。大ちゃんはすごい熱演だった。最後に、ヒロインが斬られて死んだ場面では本当に大きな声をあげ「おいらを一人にしないでくれよー」と泣き叫んでいた。会場のあちらこちらで、ハンカチを目頭に当てている姿が見られた。最後の台詞を言い終えると、割れるような拍手が起きた。出演者が一度出てきて、ご挨拶。皆が引っ込み、もう一度、拍手がおきると、「千秋楽記念、第三幕『おならプー』」の大ちゃんのアナウンス。内容は、出演者のおふざけの短いしばいだったが、そこは、嵐のファンがほとんどと言う、家族のような雰囲気での上演。もう一度、全員が出てきて、ご挨拶。客席から、この芝居の脚本家であるきだたろうさんが、お花を持って舞台に上がり、大ちゃん、有森さん、ヒロインの子に花束を渡した。大ちゃん「本当にありがとうございました。またやりますから」土方歳三「おならプー?」大ちゃん「え?おならプーで良いの?」と客席に向かって言うと、爆笑。記念写真を撮ろうとスタッフの方がデジカメを持ってでてらした。出演者ときださんが、舞台の階段に座り、パチリ。その後「みんなも一緒に入ってね」と大ちゃん。客電が点けられ、客席をバックにまた一枚。大ちゃん「これ、絶対、何かに載せますから」客席から、歓声が上がった。そのカメラを持った人に「どなたですか?」爆笑。で、もう一度、皆さんが並んで、はけた。しかし、拍手は鳴り止まず、大ちゃん一人で登場。「え~、もう、ほんと、ありがとうございました」前の方で何か言われたらしく「え?もう、涙も枯れはてて、でないっすよ」と笑顔。大ちゃんの笑顔は本当に人を癒す。客席からの「踊って~」の声に「もう、そんな元気も残って無いっす」「ほんと、またやりますから」に強い拍手。一旦、手を振りながら引っ込んだが、まだまだ鳴り止まない拍手。舞台の扉が開きまた登場。会場からの沢山のありがとう・・の言葉に、「いや、ありがとうはこっちですよ。ね、本当に、みんながこうして来てくれなきゃ、できなかったし。」また声が飛ぶ、「ほんと、また、やりますから、またきてください」笑顔で舞台のセットの扉が閉まる間際まで、手を振っていたが、最後に口をぎゅっと閉じた目に涙が。場内アナウンスがあったが、誰も出て行こうとしない。拍手はそのまま鳴り続けた。3回目、大ちゃん登場。今度は、苦笑。「早く東京にかえらせてくれ~」と本音。余程疲れているんだろう。しかし、大ちゃんのその言葉に会場から「いや~」の悲鳴。汗と涙でぐしょぐしょの顔。何かをやり遂げた、実に爽やかな笑顔だった。「ね、また絶対、頑張ってやりますから、そんとき、またきてください」笑顔で手を振りながら「本当に、ありがとう、ありがとね」両手を思いっきり振りながら、舞台のそでに降りていった。アナウンスで「このお芝居を見た人8万人、当日券の抽選に並んだ人8千人、入れなかった人7千人」と細かい数字の発表があった。帰り支度をしながら、数字が発表になるたび、ため息のような声が上がった。見ていたこちらも、本当にご苦労様と言いたかった。良いお芝居をありがとう、大ちゃん。会場を出て、暫く歩いて、タクシーに乗った。帰りの電車まで大分時間があったので、今度こそ見つけようと、以前行った吉本会館の方に着けて貰いタクシーを降りた。吉本の前は何か、人気の芸人さんが出るのだろう、若い人が、ものすごく沢山並んでいて、係りの人が何か叫んでいた。その前を通り、ふと見ると、あった!!!あったよ、あの美味しいお好み焼きのお店。苦節半年。3回目にしてやっと、見つけました。いつも探していた通りと、反対側だったんだ。すぐに、4人前のお好み焼きを頼み、近くのファーストフードのお店でお茶を飲んだ。出来立てのお好み焼きと、いつものように蓬莱の豚まんを買って、近鉄の難波駅へ。午後、8時帰宅。疲れました。
2005年11月01日
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