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年が明けたと思っていたら、もう、今日で1月も終わり。本当に時が経つのは早い。今日は、足がつってしかたない。何故につるのか解らない。何も特別に動いた覚えもないし、家の中は、いつも25度に設定してあるから、冷えることもない。本当に解らない。夕方、懐かしい人を見た。岡林信康。伝説のフォークシンガー。大好きなはっぴいえんどが、バックバンドだったが、私が岡林を知った時、はっぴいえんどはまだ、知らなかった。「友よ」「チューリップのアップリケ」「山谷ブルース」・・・。当時、多感な中学生だった私には、ものすごいショックな歌ばかりだった。中学生って未来しか見えなかった時代。その時代に物凄く現実的な歌で、物凄い暗い歌で、世の中、本当にこんな世界しかないのか・・・と思ったら、生きていけなくなるような歌ばかりだった。でも、今日、何と「チューリップのアップリケ」をフルコーラス唄ったのに驚いた。この曲、当時、放送禁止じゃなかったかなあ。この曲をフルコーラスで聞いたのは、多分、40年振りだろう。本当に、40年ぶりだ。ところが、歌えた。この曲、救い用のない暗さで、「銭ゲバ」の風太郎が育った環境をそのまま歌にしたような歌だ。初めて聞いた時、驚いて、体が固まった覚えがある。こんな歌があるんだ。こんなに、暗くて、夢が無くて、どうしようもない世界を描いてる歌があるんだ・・と驚いた。能天気に育っていた自分には、計り知れない世界だった。そして中学生の頃、ギターを買い、ギターをかき鳴らしながら歌ったのは「友よ」岡林さんは、その後暫く、学生運動の象徴になったこの歌を、一切、歌おうとしなくなった。今の私の年代の方で、少しミーハーだった方は、多分全員、歌えるくらい、街にこの歌は、独り歩きして行った。そして「山谷ブルース」この曲で、そういう街がそういう人たちがいることを知った。岡林信康と言う名前が、あまりに大きくなりすぎ、神様みたいに思われてた岡林。はっぴいえんどを大好きになった時、彼のバックバンドだったと知ったのは、うんと後だった。私の中で、「岡林信康」と「はっぴいえんど」は結びつかなかった。松本隆の美しい言葉の歌と、岡林のあまりに直接的な言葉の歌が、違いすぎたから。でも、大人になって聴き比べてみれば、どちらにも、強いメッセージ性のあるものだと気づいた。だが、岡林は、余りに大きくなりすぎ、いつの間にか、いなくなっていた。当時は、「高石ともや」も、メッセージ性の強い歌を歌っていたし、ちょっと変わったところでは、特別な世界観を持った「あがた森魚」がいた。「加川良」とは、何度か、お客さんが20人くらいの会場でのコンサートで会って話をしている。加川良と言えば、高田渡もいたなあ。まだ、吉田拓郎が「人間なんて」を歌う前だろう。いや、同時くらいかな?で、伝説の「中津川フォークジャンボリー」があった。ちなみに「あがた森魚」はある雑誌で私の中学の友人と住んでる・・・と知って、思いきりびっくりした。吉祥寺の「ぐぁらん堂」と言うフォーク喫茶?ジャズ喫茶?が、溜まり場だったので、有りえる話だなあと思った。今日、TVに昔と全然変わらない姿で、「チューリップのアップリケ」を歌う岡林を見つけ、物凄い勢いで、あの時代にタイムスリップしたみたいだった。中学から高校生になる頃の私は、ギター片手に学校で、拓郎や五つの赤い風船、六文銭や陽水を歌ってたし、あの頃は、本当に、音楽以外は、私の中に何もなかったような気がする。でもその後、高校生時代の私は、海外のハードロックに移行していった。レッドツェッペリン、グランドファンクレイルロード、サーロードバルティモア、クリーム、エマーソンレイク&パーマー、ディープパープル・・等等。今は伝説になった「MUSIC LIFE」と言う雑誌も、毎月お小遣いで買い、本棚にずらーーーっと並んでた。毎月一曲つづ、楽譜とギターコードが付いていて、キャロル・キングの曲やエルトン・ジョンの曲をピアノでコピーしたりしていた。音楽、いつもいつもそばにあった。岡林の前はなんだったかなあって考えたら、GSだった(笑)後ろ向きの話題は、良くないかな?と思いつつ、やっぱり、50年以上生きてきて、自分の中に蓄積しているものって、ものすごくたくさんあるんだなあって、今更ながら気が付く。血がたぎるような思いもした青春真っ最中は、いつもいつも、音楽だった。そういえば、歌謡曲にはあまり興味がなかったのは、なぜだろう・・・・?今も、演歌はあまり好きじゃない・・ってか、嫌いだ。岡林の曲なんて、演歌みたいなのにね。これも何故だか解んないや。
2009年01月31日
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今日は、表に出たくないし、何もしたくないなあって、最悪の状態です。気持ちが、完全にで、楽しく仕事をしようと、とうとう、グッズの片づけに手を付けた。和室に1つ段ボールを運んではあったが、開いてなかった。先日買ってきたプラスチックの平べったいケースに、「いざッNOW」「ONE」「ARASHIC」「TIME」「AROUND THE ASIA」「ARAUND THE ASIA in DOME」のロゴを写真からプリントし、箱の横に貼った。もうね~、写真が、コンサート会場で買ったやつとか、ジャニショで買ったやつとか、アイドルショップで買ったやつとか、尋常じゃないくらいあって、どれがどれだか解んなくて参った。ファイルしてある奴は、ちゃんと何々コンて書いてあるからどうにかなったが、コンサート会場で買ったままになってるものは、最近のは、右下に「Time」とか書いてあるので解ったけど、Arashicコンのとかは、衣装を見て、解ったくらい。その上、お芝居の写真もゴチャマンとあって、「WEST SIDE STORY」をはじめ、「燕のいる駅」とか「エデンの東」「白夜の三銃士ワルキューレ」の写真は、全然整理できてなくて、参った。ニノの「理由なき反抗」と翔君のお芝居、相葉ちゃんの「忘れられないひと」のはあまりなくて良かったんだけど、大ちゃんの「バクマツバンプー」の写真も「転生薫風」の写真も出てきて、これ、いつ上演だったっけ?って、?????だらけになった。おまけに、翔君のソロコンと、大ちゃんのソロコンの写真や、最近のは大ちゃんの個展のグッズも出てきて、おいおい、ケース全然足りないし…って落ち込んだし・・。段ボールまだ1個だよ。まだ、パントリーに4つある。それぞれのコンサートのパンフレットも、まだ出てきてないし。どんだけあんの?って、自分に突っ込み入れた。こりゃ、雑誌の整理なんて、まーーだまだだなあ。でも、楽しかった。短いけど、ファンになって、どれだけ楽しい思いしてきたのか、グッズ見て、しみじみ思った。これ全部、行ったんだなあって。お芝居の千秋楽にオイオイ泣いた大ちゃんの顔や、難しいお芝居を演じきって、泣きそうに目を赤くしてる「ワルキューレ」の潤クンの写真なんか、宝物だよね。そう、見てるから、なかなか進まない。でも、楽しくなけりゃ、片付けはつまらない。明日も、頑張ろうっと。
2009年01月30日
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嵐君が、アニメになるニュースが飛び込んできた。それぞれにキャラクターが、ぴったんこ。似顔絵も、そっくり。新聞に出てたので、ワイドショーを張ってたら、やっぱり放映した。仲良し5人が、またまた、愉快そうにコメントしてるのを見るのは、本当に微笑ましいよね。楽しみだけど、10周年企画、これだけじゃないでしょう。夏コンは、アリーナサイズで、前のように数を増やして、日本中、回ってほしいなあ。チビは、今日から春休みって、3学期は、10日も行ってないじゃん。良いなあ大学って。私は短大だったから、まして、教職課程を採ったから、土曜日も午後の授業があったし、びっしり、学期内も授業があった。まあ、でも、就職は、売り手市場だったから、チビみたいに苦労はしていないか。休みに入った今日だけのんびりで、明日は、大きな会場である企業展の説明会にまた行く。御苦労さまですm(__)m庭のハッサクがたわわになった。そろそろ実が落ち出したので、先日、早速、袋を持って、取りに降りた。実がなってから、間引きをしていないので、一個一個が小さい。こりゃ、来年から、ちゃんと間引かないと、小さいままだなあ。どっさり採れたが、まだまだなってる。その夜、家族に剥いてあげたが、親指の爪が痛くなった。3個剥いて、気が付いた。そうだ!これ、おしゃれに美味しくならないかなあ。で、空いてたビンにお砂糖漬けにして入れてみたら、あら!素敵。冷蔵庫に入れておいた。今朝見たら、もう、無くなりそう。うん、好評です。一杯の時に写真撮っとけば良かった。また、近いうちに、作りましょう。まだ、爪が痛いので、待っててね。昨日ヤフー動画で「旭山動物園物語」の予告を見た。予告だけで、超見たくなった。我が家では、パパだけが、この動物園に行っている。良いなあ、北海道、行ったことがない。素晴らしい役者さんばかり出てらっしゃる。また、見たい映画が増えた。最近、また、表に出たくなくなっている。鬱だよなあ。本当に厄介です。ブログの中での私は、こんなに自由に動けるのに、どうして、人に会いたくなかったり、表に出たくなくなっちゃうんだろうなあ。お陰で、食糧品が無くなってきた。また、どっさり買いものにいかなくちゃならない。でも、行けない・・・・。嵐クン聞いて、頑張ろうっと。一杯だったのに、もう、無くなりそうです。
2009年01月29日
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二度目のアップです。最近、人生を考えることが多くなった。青春を過ごし、一生を共にする人に出会い、命を二つ、この世に、産み落とし、自分を犠牲にしてでもかまわない愛しい物を得た喜びを知り、夢中で、子育てし、やっと自分の時間をもてるようになり、その代りに、子供たちは、離れて行く。あんなに一生懸命だった自分は、なんだかとても遠くなった気がする今日この頃。でも、とても静かな時間も持てるようになった。ふと気が付くと、そばにはいつも一生を共にすると決めた人がいて、でも、なんだか、戦友みたいになってて、二人の時間が多くなって、お互いの居場所が、考えもしないうちに決まってて、こんなもんかなあ・・・って思っていた今日この頃。ちょっとしたことで、大好きだった歌を思い出した。もう、7年も前のこと。この歌を聞いて、この歌を初めて聞いて、オイオイ泣いた。なんて、今の自分たちにぴったりとした状況を歌ってるんだろう・・なんて、本当にうまく私の心を表現しているんだろうって思った。それは、大切だったはずの人も同じ思いだった。まだ更年期の前。まだ、子育て最中の頃だった。そして、今日、久し振りに聞いた。あの時よりもっと、心にズシンと入った。ああ、この人は、こういう気持ちだったんだなあって、小田さんを思った。小田さんは、私より年上だから、7年前に、こんな気持ちだったんだなあって。「こうして、この時が続けば・・・と願ってから、 人生はやがて確かに終わると感じた・・・ ありふれた日々が、輝いていく ありふれた今が、思い出に変わる・・ 言葉の前に走りだす、いつも遠くを見ている。 言い訳していないか、怒りを忘れてないか 弱いから立ち向かえる、悲しいから優しくなれる 時はこぼれていないか、愛は流されていないか? 二人で生きる、夢やぶれても、 二人立ちつくしても、明日をむかえる 誰のものでも、誰のためでもない かけがえのない、このぼくの人生 本当に大切なものに気がついて、 それを忘れてはいけないと心に。 決して、それを忘れてはいけないと」7年経って、46歳だった私は、もうすぐ54歳になる。もう、本当に、残された人生は、3分の1になった。この7年は大きい。この歌を初めて聞いた時、本当に号泣した。カラオケで歌おうとしても、泣いて歌えなかった。多分、子育ても終盤に入り、難しい年ごろになってきた娘たちのこととか、そろそろ「女」としての人生の終わりが見えてきたり、最後の人生の曲がり角に立っていたのだと思う。今の私には、この歌を心から受け入れ、静かな気持ちで聞けるようになった。どうしたって、パパと二人で、残りの人生を静かに歩いて行くしかないし、それは、本当にかけがいのない人生でもあるし、二人で立ち尽くすこともあったけど、それでも明日は来たし・・。「言葉の前に走りだす」そうありたい「いつも遠くを見ている」これは年とともにできるようになった「言い訳していないか」しないようにと思うけれど、弱くなった分、することが多くなった。「怒りを忘れてないか」うん、これは多分、忘れてない。「弱いから立ち向かえる、悲しいから優しくなれる」本当にそうだと心から思う。「時はこぼれていないか」こぼれないよう、一生懸命に走ってきたけど、一杯こぼしてる「愛は流されていないか?」完全にながされてるよ、悲しいけど。でもね、小田さん、それが、私の人生なんだなって、小田さんみたいに、自分に厳しくなれない自分がいるから、これでも、「かけがえのない、愛しい人生」なんだなあって、今は、凄く感じる。7年前は、多分、自分に怒ってた。小田さんの歌を聞いて、どうしてこうなれないのかって怒ってた。こうなりたいなあって、目標みたいに思った。歌の半分は、そのままで、もう半分は目標だった。だから、悔しくて泣いたのかもしれない。でも、人生もあと3分の1もなくなって、こんな人生もありだよって、自分を許せるようになった。だから、余計、この歌がジーンとくるのかもしれない。歌は、本当に、その時の状況や、立場、気持ちで変わるもんだね。今なら、泣かずに歌えるような気がする。今日、この歌を聞いて、改めて思う。「かけがえのない、この私の人生」小田和正「風の坂道」
2009年01月28日
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今日は、造影CTの結果の出る日。朝から、調子は、やはりいまいち。朝食に、昨日のおみおつけに卵を入れて飲んだ。最近、年のせいか、こういう、ザ・ジャパンと言う感じの食事が美味しい。昔は、もう、絶対に、洋食が好きだったのに、体質が変わってきたのかな?昨日、ネットサーフィンしてたら、ジャニーズだけのニュースばかり集めたサイトに行きあたった。面白かったので、ここのHOMEの右下のブックマークに入れたので、ご覧になりたい方は、クリックしてみてください。で、見てたら、潤クンが、年末に人間ドックに行った話が出てた。忙しすぎる彼らの間では、「人間ドックにいきたいね」が、合言葉みたいになってるそう。で、やっと暇ができたので行ったそう。結果は、問題なしだったんだって。25歳で、人間ドックで何か出たら、問題だよね。話がどんどん飛んじゃうけど、1週間前のこと。嵐の大先輩でもあるフォーリーブスが全国コンサートを、現在興行中なんだそうだが、メンバーの青山君が、実は癌を患っていて、病院から会場に通って、自分のソロ曲だけに出演している…と言う記事が出ていた。1970~1980年代フォーリーブスって、ものすごい人気だったんだよ。ジャニーズ事務所のドル箱だった。解散して、「マグマ大使」に出てた天才子役だった江木クンは役者さんになったり、踊りの上手い、北公次君は、劇団四季に入ったとか、興行に参加したとか詳しくは知らないけど、それぞれの道で活躍してた。で、去年だったか、一昨年だったか、再結成されて、話題になった。さっき、その青山クンが、亡くなったニュースが飛び込んできた。新聞の記事を読んで間がなかったから、びっくりした。年は、私とそう変わらない。やっぱり、この年代は、本当に、毎年人間ドックをちゃんと受けなくちゃいけない年齢だなあって、再確認した。で、私の結果は。問題なし。たしかに胆石はあるけど、人間ドックを受け出した12年前から有るし。ただ、これもあまり問題じゃないけど、胆のう胞が、年々大きくなっているそう。今は、卵より一回り大きくなってるんだって。食事したあとに、圧迫感とか有るようだったら、部分麻酔して、中の水を抜く手術もしますよって、言われた。面白かったのは、結果を教えてくれた先生。最初から、この先生、面白かった。人間ドックの先生に要検査って言われ、そのことを話すと、「要は、悪いものがないのか解れば良いんですよね。はいじゃ、検査しましょ」って仰った先生。「医師の中には、大袈裟に検査って言う医師もいますから」ってさばさば仰った先生。今日も、「問題ないですね」って仰ってから、胆のう胞の話になり、私が、良く分からなくて、じっと先生の顔を見ちゃったら、すごいめんどくさそうに、「説明しましょか」って、息を大きく吸いながら仰った。思わず「すみません、お願いいします」って言ったら、人体の内臓の図が描いた大きなメモがあって、それに私の状態を書き込んで下さり、とても分かりやすく説明してくださった。パパも、面白そうに聞いていた。胆汁が出るしくみとか、胆石が、胆のうの入口をふさぐから凄い痛みが出るので、胆のうの中にあるうちに手術で取れないのか・・・・と単純に素人だから聞いたら、「もう、そうなったら、大変なことになっちゃいます」つまり、胆石を取るため胆のうにメスを入れると、中の胆汁が内臓に出てしまい、腹膜炎になっちゃうんだそう。色々勉強になった。胆汁が、油物を食べたときに、油を分解する役目だってことは知っていたが、内臓にあふれたら、腹膜炎になっちゃうなんてのは、聞かなきゃ解らなかった。これからは、脂っこいもの、あまり食べないよう気をつけましょう。インフルエンザが、来週、最高潮になるそう。手の洗い方とか、ポスターにあった。勿論、いつも病院に行く時は、マスクをして行く。午前中に元気でも、午後に少し熱が出始め、夕方には、高熱になるそう。48時間以内に、薬を服用しないと、お年寄りは死に至ることもおるそうだ。皆さん、風邪かな?と思ったら、「少し様子を見る」ことなく、すぐに病院にかかってください…とのことです。健康、一番大切ですね。
2009年01月28日
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一日、パソコンの前にいた。久し振りに、ネットサーフィン。オークションから始まって、最後は、ジャニーズネタのニュースばかりのサイトまで、面白かった。良いお天気だったのに、なーにもしなかった・…と言うより、昨日の造影剤のおかげで、今日一日、トイレと、パソコンの前の往復。下痢。もう、本当に嫌になっちゃいます。腹痛を伴わない下痢ほど気持ち悪いものはない。おなかが痛けりゃ、納得もする。小さなころから、、腹痛と下痢ばかりの人生だったから。でも、腹痛の伴わない下痢ってなんなんだよ!造影剤を排出しようとする身体の自然の摂理。全く、人間ドックの先生のおかげだ。座って出来ることをした。まずは、年賀はがきの抽選の結果。これ、結構楽しみ。去年は、3等が当たり、全国の美味しいものが選べるカタログを頂いた。しかーーし、今年は、何と、切手シートがたった1枚当たっただけ。そうか~、今年は、あまり良い年じゃないかもなあ。昨日、相葉ちゃんのお芝居のチケットが届いた。まだ、開けてない。千秋楽が当選しただけで、十分なのに、席に対する欲までは、厚かましすぎるかな?まあ、今日は体調も良くないし、これで、最悪の席だったら、余計、具合が悪くなりそうだから、もう少し、メンタル的に大丈夫な時まで、開けるのは延期です。今、グッズを少しずつ片付けている。かなり重複した物もある。雑誌なんか、ぜーーーんぶ、切りぬかずに、そのまま2004年からあるから、5年分。相当な量だ。これ、切りぬいてファイルすると、何冊になるだろう・・・。考えただけで、ぐっと疲れる。まあ、余生をこれで楽しむのも、味なものかな・・・・なんちゃって。それにしても、嵐君達の髪形が随分変わってて、時代を感じる。たった5年のことなのになあ。今日、先日録画できなかった「少年倶楽部」の再放送を2週間ぶりに、リビングと、ダイニング、両方で録画しちゃった。よしよし、これで、二回ダビングができます。リビングの方は、修理に出していたDVD機器なので、随分前の物が録画されてて、懐かしかった。ニノの「拝啓 父上様」「太郎物語」なんかも入ってた。DVDに落として、削除したはずなのに、残ってた。懐かしい気がするけど、たかだか2年くらい前なんだよね。時間が過ぎるのは、早いね~。「優しい時間」は何年前だったかなあ。昨日の「宿題くん」の潤クンの髪形を見てたら、何だか、「きみはペット」を見たくなった。あの頃の髪形だよね。明日から、また見ようかな?あ、今日は「トライアングル」の日だ。うーん、楽しみっす。
2009年01月27日
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今日は、午後から、病院で、CTスキャンの予定。朝起きたら、身体の調子があまりよくない。こんな日は、朝から優鬱になります。実は、カレンダーを見るまで、忘れていた。朝食に、いつものように豆乳を飲んで、薬と一緒に紅茶を飲み、ぼーーっとカレンダーを見たら、何か今日の予定が書いてある。遠くで見えないので、立って見に行ったら、「CTスキャンPM2半」て書いてあった。あ!、今日だったんだと思った途端、「ヤダナア~」と優鬱が余計に酷くなった。午後で良かった。だって、朝食しちゃったし。まあ、飲み物は良いと思ったから良いか。あ、そう言えば、予約の紙、どこ行ったかな~。探したら、バフェの中に入っていた。やはり、朝食は良いそう。午後からは、昼食はだめだが、水分も良いそう。何々?「まれに、発疹や、めまいなどがあるので、1時間後から数日、様子を見てください。具合が悪くなった場合は、すぐに、救急に連絡ください」って・・どんなだ。造影剤が少し怖い。お婆ちゃんが、脳梗塞を起こしたのは、造影剤の検査のすぐ後だったからなあ。おまけに、私の血管は看護婦さん泣かせだから。お昼、パパが帰ってきて、一緒に病院に行った。少し待たされ、手首に名札の紙を巻かれた。「造影剤をしますのでね」・・・って、意識が無くなったりした時の、身元の証明か?どんなんだよっ!CTスキャン自体は、初めてじゃないから、どうってことはない。看護婦さんが、右腕に点滴用の針を刺したが、やはり、だめ。「ごめんなさいね~」って、凄い痛いんだよ、失敗すると。大きな脱脂綿を貼り付けられて、やり直し。で、左腕にもう一回。私の血管は、普通の人より細いのだ。太っちゃいるが、腕に肉はそう付いてないから、血管はちゃんと見えているが、相当細いらしい。やだなあ、この人、あまりうまそうじゃないなあ・・。と、また、腕に針のささる感じ。何度も「痛いですか?」って聞く。普通の針より、うんと長い。針先だけ残して、造影剤につなぐからだ。「あ、入った」やれやれ。と、移動して、大きなCTの機械のある部屋に。男の方に代わり、太ーーーい注射器に200CCの造影剤が。そのチューブの端を腕に刺さった針に差し込んだ。「すみませんが、ご自分で持ってもらえますか」って。刺さった方の手で注射器を持って、CTの中に。で、やっと、注射器がセットされた。「一度に液が入ります。かーーっと体が熱くなりますが、すぐに戻りますのでご心配なく」っと、腕に液の入る冷たい感じがしてCTが動き出した。いつもCTの時、面白いなあって思う。この透明な個所で、体を輪切りに映し出す装置が動くのだ。これを発明した人は、本当にすごいよなあ。何度か、息を止めてと言われ、万歳した格好でスキャンされた。両手を挙げたまま、深呼吸して止めると、背中の筋肉がつりそうになった(笑)「大丈夫ですか?何か不具合があったら、すぐに仰ってください」と。技師の方が言いに来たので、正直に言ったら、クスッと笑われた。私も笑っちゃった。撮影はすぐに終わった。また最初の場所に戻り、針を抜いてもらい、「水分を沢山取ってください。食事は、気持ちが悪くなるといけませんので、1時間後にしてください」と言われ、CTスキャン室を出た。やっと終了。待ってくれていたパパの車に乗って帰宅。すぐに紅茶を沢山飲んだ。帰りに買ってきたハンバーガーと、昨日、デルーカで買ってあった、アボガドとカニのチーズ乗せを温めて食べた。パパはそのまま会社に出かけた。暫くすると、ものすごく眠くなり、どうしようもなくなってソファに横になったら、すぐに眠りに落ちた。大丈夫かなあ・・・と頭の端っこの方で、小さな不安があったが、そのまま寝てしまった。起きたら、もう、7時前。パパが帰ってきて、オネエが食事の用意をしてくれていた。気分がものすごく悪い。気持ちが悪いのじゃなくて、体中がだるかった。余程、病院に電話をしようかと思ったが、様子を見ていたら、普通のだるさになったので、そのままにした。今日はもともと、体調が良く無かったのだから、こんなもんかなあ・・・と言う感じ。多分、造影剤を使ったと言うだけで、心理的に弱いから、身体に影響してしまったのだろう。全く、よわっちい。結果は、明後日。どうせ、なんでもないんだろうなあ。本当に、人間ドックの先生が、大袈裟なばっかりに、パパも、私も、とんだ目にあった。まあ、これで、私に何かあったら、反対に感謝するんだろうけれど、その可能性は、限りなく少ない。だって、この10年、毎年結果に書かれる「胆石症」だもん。悪けりゃ、とっくに、「痛い、痛い」と言うことになっているし、手術しましょう・・になっている。ほんと、来年は、この先生に当たらないようにしたいものだ。は~、体、本調子じゃないっす。早く、元気になって、動きたいなあ。
2009年01月26日
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はい今日は、二度目のアップです。さっきのは、アクセスのお礼のご挨拶。こっちは、いつものブログっす。今日は、パパはゴルフなのだが、帰宅後に、オネエの借りるマンションを見に行った。まずは、名古屋駅前の不動屋さん屋さんから。今時の部屋探しは、パソコンでする人が多い。特に、若い人が借りるワンルームや、2DKくらいまでパソコンを開くと、わんさか出てくる。その中から、オネエが選んだのは、オートロックのワンルーム。このオートロックというのが、曲者。実は、友人のマンションがそうだったが、昔、遊びに行った時、ガッカリしたことがある。確かに、入るところは、オートロックだったが、裏に回ったら、何のことはない。普通に、非常階段から簡単な塀だけ乗り越えたら、入れちゃう。今回は、そういうことがないことを祈りながら、係の女性の車に乗って、現場に連れて行ってもらった。繁華街より少し離れた大きな郵便局の近く。通りに面しているから、防犯上は、合格。さて、オートロック。しっかりしていた。裏の非常階段も施錠してあり、住民しか鍵を持たされていない。非常階段も、そう簡単に入れない塀が作られており、非常階段からの侵入は不可能。部屋の前の通路の塀も、景色が見えないくらい、高い。1階じゃないから、安全面、防犯面では合格だ。私たちが、エレベーターに乗ろうとしたら、若い女性がオートロックの鍵を開けて入ってきて、エレベーターに乗らずに、鍵で非常階段のドアを開け、入って行った。なるほど、エレベーターに乗る時も、誰かと一緒になりそうな時は、用心のため、乗らないのだ。そのくらい、気をつけないと、自分の身は守れない時代になってしまったんだなあ。さて、お部屋の中。とても奇麗だった。築5年以内だから、まだ、新しい。広さも、女の子が一人で暮らすには、まあまあの広さ。お風呂はユニットバス。台所には、ガス台にちゃんとグリルも付いている。エアコンも付いていた。まあ、ベッドを置いたら、かなり狭くなるが、お値段の割には、7畳半は広い。キッチンとお部屋の区切りのドアも付いてる。クロゼットもあるから、洋服ダンスは要らないし。なかなか良い部屋だった。駐車場も下にあるし。隣の入居者が気になったが、個人情報保護法で、不動産屋さんも、知らないそう。入居が決まったら、管理している会社に聞いてくださいとのこと。もう一つ、引っ越しして来ても、近所にはご挨拶しないよう言われた。「女の子が一人で暮らすのを、わざわざ教える必要はないですから」だそう。何とも、味気ない、殺伐とした世の中になっちゃったんだなあ・・・と都会で暮らす「隣は何をする人ぞ」がそのままになった現代を憂いた。1階のエントランスも奇麗だし、なかなか良いマンションだった。一応、ここで決まりだね。すぐ近くに、大きなスーパーもあるし、地下鉄の駅まで歩いても、10分かからないし。まあ、彼女は車で移動だけど。少し安心した。案内してくださった女性も、28歳の一人暮らしだそう。やはり近郊で、お母様が心配なさって、しょっちゅう、いない間に来ては、お料理を作って置いて行ったり、掃除をしに来ているそうだ。とても感じの良い、お嬢さんだった。元の場所に戻り、ご挨拶し別れた。やれやれ、少し休憩したくなり、車を止めた駅前に戻り、ついこの前行ったばかりだが、ミッドランドスクエァに行き、ディーン&デルーカで、お茶。お昼にあまり食べなかったからか、おなかが空いた。サーモンときのこペーストのパイ包みと、チャイを頼んだ。パパは、大好きチョコレートケーキにエスプレッソ。オネエは、珍しくシュークリームとアイスティ。今日は、レポートの宿題で来られなかったチビに、お土産のマフィンを買い、一息入れた。実は今日、いつもの食事会だったが、体調があまりよくないので、お休みした。午前中に、ぐだぐだ横になっていたら、少し具合が良くなって、部屋を見に来たが、足がつっていた。運動した訳じゃないし、やっぱり、本調子じゃない。ゆっくり、チャイを飲みながら、体が安らんで行くのを待って、車に戻った。ディーン&デルーカのレシピ本が出たので、買ってきて、帰りの車の中で見たら、おいしそうなイタリアンメニューが載っていた。少々疲れましたが、良い経験をしました。人様のマンションを見に行くなんて、なかなかないことだからね。さあて、オネエの一人暮らしが、本格的に動き出した。少し楽しみかな?
2009年01月25日
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昨日、カウンターを見たら、本館の方のカウンターが7万を超えていた。カウンターは正直、あまり気にしたことがないが、0が並んでいるのに、気がついて、あ、もう、7万回もクリックしていただいてるんだ・・・と感謝の気持ちでいっぱいになった。で、この日記のカウンターを見たら、14万を超えている。元々、この日記は、日々のことを残したくて書き出した。お婆ちゃんの介護に疲れた心のはけ口になったり、難病になった父とのことを、残り少ない父との愛しい日々を書き残したくて、書き続けてきた。最初は、本館の方が、圧倒的に数が多かったが、お人形をさぼっているうちに、こちら楽天さんに借りているブログの方が多くなった。勿論、同じ方が来て下さっているだろうから、数としてはそうないのだと思う。いたずらも多いし、気が付いた時、いたずら書き込みを削除していると、そのアドレスも分かるから、アクセス数の中に、そのアドレスが多く入っているし、本来の来訪者の数は、半分くらいだろうと思うそれにしても、感謝、感謝だ。これからも、日々のことや、感じた事を書いていきたい。お人形も、今、アップの準備中。お人形好きな皆さま、もう少々、お待ちください。そして今日も覗きにいらしてくださった皆様、本当に、拙い文章でごめんなさい。そして、心から、ありがとうございますm(__)m
2009年01月25日
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オネエが、最近、何やらパソコンと首っ引きになっていた。何してるんだろうと思ったら、アパート探し。オネエは、臨床心理士の試験に受かってから、今年の4月から、本格的にカウンセラーとして働き出す。この一年の実績を買われ、今まで行っていた小学校や、大学にそのまま籍を置くことになったが、愛知県と三重県に登録したので、もう数か所、行くことになる。そこで、名古屋市内に住むことに決めた。大学も、表に出したくなく、地元の大学に行かせた。本人は、東京や京都に行きたかったようだが、そのころ、若い女の子が犠牲になる事件が多発し、心配になって、「家から通える所」と大学の条件を出した。彼女の同級生の大半は、進学校だったので、家を出て遠方に行った。その子たちは、今はほとんど帰郷し、家から通える場所に就職して自宅通勤している。それを考えると、大学の時に家から出しておけば良かったと思ったが、今となっては仕方がない。今回、家を出たら、もう、お嫁に行く年に近いし、帰ってこないだろうと、ものすごくさみしい思いを味わっている。でも、そんなことを言っていても仕方ない。パパも、「いい加減、子離れしろ」と怒る。自分の思いを抑え、子供の旅立ちを、心から喜んでやらなくちゃと自重する。彼女が決めた住まいは、オートロックのついた7階建てのマンション。今日、正式に私たちに申し出てきた。「ここに決めようと思うんだけど」。彼女のそろえた資料を見て驚いた。私たちが新婚時代に住んだ賃貸マンションのすぐ近く。パパと私が知り合った広告代理店からも、歩いてすぐの場所。縁を強く感じた。もうすでに、見に行ったし、不動産屋さんとも話しをしてきたそう。我が家を建てた住宅メーカーの管理。これも、偶然。住んでいる人も、身元のしっかりした方ばかりとか。家賃は、お風呂付でワンルームで55000円。まあまあかな?これに光熱費や、駐車場代、車の維持費などのほか、純粋の生活費がかかる。今は、月、十万くらいしか収入がないが、資格を取ったお陰で、相当上がる。「生活した上で、結婚する貯金もしなきゃならないぞ・・・」とパパも念を押した。電化製品などは、同じく資格を取って実家に帰る大学院時代の友人が、置いて行ってくれるものを、分けていただくことになったし、不足するものだけで良い。明日、早速、見に行くことになった。引っ越しは、本格的に仕事の始まる3月初めにしたいという。もう、本当に家にいる時間が少なくなった。「ただいま」と言う声が、ひとつ減るんだなあ…と思うと、それでけで、胸がキューンと寂しくなる。長女でしっかり者だったから、頼りにしていた。私もこれからは、もっとしっかりしなくちゃならなくなった。オネエの門出を心から、喜んでやりたいから。考えてみれば、私も3か月余りだったが、家を出ていたんだった。ただ、その時は、父が家賃を払ってくれていたし、光熱費も、父の口座から落ちていたから、一人住まいは形だけだった。パパとの結婚が決まって仕事を辞め、お嫁に行くまでは家にいろと言われ、一人暮らしは解消になった。あの時、父は、こんな気持ちだったんだなあと、今になって解った。皆、親は、同じ思いをしているいんだなあ。でも、やっぱり、寂しい・・・。
2009年01月24日
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昨日は、新ドラマの話をしたが、一つ、抜けていた。「レスキュー」が、今日から始まる。まだ、ドラマ自体は見ていないが、映画「252生存者あり」のTV版だなあと、予告を見て思った。映画「252生存者あり」は、本当に、泣かされる映画だった。もう、上映が終わったので、ネタばれも良いだろう。元レスキュー隊員が、聾唖者の娘の誕生日に、プレゼントを買いにデパートに行くのだが、その時、巨大暴風雨が起きる。こぶし大のひょうが降り、目の前で次々被害者が出る。待ち合わせしていた妻子に会えず、そのころ妻子は、突然の豪雨に合い、地下鉄の駅に避難するが、はぐれてしまう。何とか子供だけに会えた元レスキュー隊員だったが、襲ってくる雨水と戦い、昔の地下鉄の駅に避難した。しかし刻々と状況が変わり今度は、娘が、事務所の下敷きになる。下敷きになった娘は、それまでに助かった人々と一緒に上に聞こえるよう、パイプをたたく「252」を覚えていて、父親達に助け出される。その後、兄でもあるレスキュー隊員が「252」のサインに気づき次々助けられるが、最後の一人になった時、崩落が起き、兄弟二人とも生き埋めになる。何とか這い出した兄は、助けられなかった弟を思い、苦しむ。その時、声の出せない娘が必死に崩落現場で「パパー、パパー」と叫ぶのだが、これが、涙涙のシーン。結局、最後は全員、助かり、めでたしめでたしの映画だったが、2時間余りの時間が短く思えた。最近上映になったり、今後上映になる映画で見たいのは、「誰も守ってくれない」と「感染列島」両方とも、邦画だ。「誰も守ってくれない」は今日、「徹子の部屋」で詳しく紹介された。大女優の予感のある子役、志田未来ちゃんが、犯罪を犯した兄のため、いわれのない差別や、苦しみを加せられる。犯罪者の家族側から描いた映画だ。「感染列島」は、近い未来に、有りそうな話。もう、上映されているので、早く見に行きたい。邦画が本当に面白い。かの「おくりびと」が、今日、アメリカアカデミー賞にノミネートされたニュースが飛び込んできた。すでに海外の映画賞を取っているが、やはり、アカデミー賞を取ってほしい。本当に良い映画だったと思う。従姉妹を亡くしてすぐだったので、少し迷ったが、見に行った。「死」を本当に尊厳を持って、描いていたし、納棺師という職業があったことさえ知らなかったが、ともすると忌み嫌われる職業のように思うが、実は、大変美しい所作のある、日本の美しい一つの儀式であると、教えてもらった。日本の映画賞では、堺雅人さんが「クライマーズハイ」で、助演男優賞を取った。堺さんは、去年の大河ドラマで注目されたが、私は、堺さんが準主役だった「秘密の花園」というドラマが好きだった。その再放送が、この地方で今日から始まった。楽しみ。映画館に、最近、見に行ってないなあ。見に行こう。
2009年01月23日
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今期の新番組のドラマが、昨日の「キイナ」で出そろった。月曜の「ヴォイス」火曜の「メイちゃんの執事」「神の雫」「トライアングル」、水曜の「キイナ」木曜の「ありふれた奇跡」金曜の「ラブシャフル」「歌のお兄さん」、土曜の「銭ゲバ」日曜の「本日も晴れ」・・・11時以降も新しいドラマが数個あるが、とりあえず、嵐関係と、ゴールデンのドラマは、HDDに撮ったりして、全部、見た。ドラマ好きには、正直、3か月クールじゃなく、半年、やってほしいといつも思う。で、今期の中で、面白かったのが「トライアングル」「キイナ」「銭ゲバ」「歌のお兄さん」(←これは特別だもんね)だ。「トライアングル」は、非常に面白い。過去の事件を解決するため、医者から国際警察「インターポール」の刑事になって、フランスから帰国する江口洋介が良い。過去とコラボしながら話が進むのが面白くて、「何?何?」ともう2回目だが、興味津々で見ている。「キイナ」は、正直、過去に放映された「ケイゾク」によく似てる。が、面白い。天才的な頭脳を持つ、菅野美穂と昔の同棲相手の、つかっちゃん(塚地武雄)のやりとりが良い。天才的な頭脳を持つ、捜査員・・・てのが、「ケイゾク」と同じシチュエーション。「私、犯人解っちゃいました」が「ケイゾク」の決め台詞だった。キイナも、よくにたシチュエーションだが、面白い。まあ、似てても、面白けりゃ、文句ないんだけど、「ヴォイス」は医者ものにありがちなストーリーだし、「本日も晴れ」は、「ドクターコトー」が医者から警官になっただけって感じだし。ただ気になったのは、キイナの髪形やお化粧、ありゃないよ。スタイリストが良くない。これは私だけじゃなく、オネエもそう言ってたから、確かな感覚だろう。山田太一が脚本だから・・・と「岸部のアルバム」世代の私としては、非常に期待して見たのが、「ありふれた奇跡」。だが、期待外れ。加藤亮君の家族のやりとりが、一番、うまいし自然だが、いかんせん、主役の仲間由紀恵が下手過ぎ。山田太一の脚本は、本当に日常的な会話が自然な形でセリフになっているから、とても難しい。加藤亮君も、彼の祖父役の井川比佐志さんも、父親役の風間杜夫さんも抜群に上手い。だから、加藤クンの家族の場面はほっとする。流れるように、日常会話が自然に演じられ、ほっとする。山田さんは、どうも、八千草薫さんがお好きなようで、「岸部のアルバム」にも出ていたが、今回も、仲間のお婆ちゃん役で出てらっしゃるが、流石にうまい。山田さんの脚本は、役者の技量を白日のもとに曝すから、怖いなあと思う。折角の山田さんの脚本なのだから、「岸部のアルバム」のように・・・とは言わないが、もっと、観る者を引き付けてほしい。漫画家ジョージ秋山の原作「銭ゲバ」。ウ~ンこれはね、ゴールデンタイムで放送すべきものじゃない。まして9時からでしょう。青少年が見るのに、まずいんじゃないの?って思った。映画だったら、R指定になる話なんだよね。原作は、救いようのない話だから。私が中学生の時にマンガが問題になって、所謂、有害図書になった。強盗をはじめ殺人まで、あらゆる社会悪がすべて織り込まれている。それも一人の男がすべてを、これでもかと犯す話だ。これがTVで放映されると知った時、原作をリアルタイムで読んでたパパは、「無理だろう」って言った。私も無理だよなあって、どうするんだろうって思った。一回目を見て、ああ、社会的に問題になりそうな、子供時代の差別の対象になる、生まれついての奇形の顔を、父親にされた怪我の跡・・・と変えてあったり、TV向きにはしてあるなあ…と思ったが、可愛がってくれていた人を、小学生が感情に任せて殺してしまったり、青少年が見るには、十分に残忍だった。殺人を犯した後に、感情が高ぶり、後悔と罪の重さに叫ぶシーンは、小学生には見せたくないと思った。(ここからネタばれありです)これから金持ちになるために、だまして結婚した身体の不自由な女房を殺してしまったり、その女房の姉を犯して、そのためにできた自分の子も自ら殺し、結局、その姉も、姉妹の父親も殺してしまうのだが、こんな本当に救いようのないストーリーを、一体、どうTV向きにしていくのか、興味がある。松山ケンイチ君が良い。松山君て、何となく、ニノに似てるんだよね。「デスノート」のLを演じた気迫より、この役を演じるには、気迫が必要だ。さっき書いたが、子供時代自分を唯一可愛がってくれていた近所のお兄さんをお金のために殺してしまうのが、最初の殺人なのだが、してしまったことに、彼の最後の良心が、「あーーーっ」と叫ぶシーンは、「ああ、本当にこの子、頭がおかしくなっちゃう」とぞっとした。子役も、凄い演技者だった。どうか脚本家の先生、救いようのないこの原作を、救いようのある話に変えていってほしい。あとのドラマは、今まであったドラマの話の繰り返しのようだったり、単純に面白くなかったり、あまりに、「ありえないでしょう」って話だったり。「ラブシャッフル」なんて、感覚的に古いなあって感じだし。あ、「歌のお兄さん」は、大ちゃんの表情見たさです。いつもコンサートで見せてくれる、きもちが暖かくなるあの笑顔や、おもしろ顔が見たくて見てる。話の内容は、「まあ、あんなもんでしょう」って感じ。私のつぼは、先輩お兄さん。あの方、私の好きな北海道が産んだスター(笑)大泉洋君と一緒の劇団の方。下積みがしっかりしてらっしゃるから、面白演技にぶれがない。これで、楽しみがまた増えた。TVドラマ大好きです。
2009年01月22日
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今日は、以前から、ランチしようと約束してあった友人と嵐会。名古屋の駅前にできたミッドランドスクエアで待ち合わせ。所が、車で行こうか、電車で行こうか迷っているうちに、電車に乗り遅れた。こういうの、本当に、落ち込む。家を出る時、門から左に行くと東名阪。右に行くと駅。車に乗って、迷っちゃったのだ。どっちから行こうかって。これって完全にADHD障害の症状。迷ってる暇なんかないのに、迷った。結局、ぎりぎりの時間に電車に決めて、駅方面に走りだしたが、こういう日に限って、信号が全部赤。で、止めようと思っていたデパートの駐車場は、開店したばかりで列。あ、もう、間に合わない・・・。今度は車で行こうと、高速道路方面に走りだしたが、駅とは、我が家をはさんで反対方向。速効で計算したら、次の電車に乗っても、車で行っても、到着は変わらないことに気が付き、もう一回、引き返し、並んでいる駐車場の列に加わった。自分で、バカみたいと思った。で、ミッドランドに着いたのは、30分遅刻。その間に、友人が美味しい堂島ロールを並んで買っておいてくれた。ありがとね。入ったお店は、イタリアン。パスタと、パンと、飲み物のセット。ここのお店のほかにも沢山お店があるが、ミッドランドスクエアは、皆、どこも良いお値段。入ってるお店も、セレブご用足しのお店ばかりだから、仕方ない。その代り、面白い。久し振りに4人でわいわい、嵐話や、ジャニーズ話。私は嵐以外は、あまり解んないのだが、聞いてるだけで楽しいよね。わいわいがやがや、女4人のおしゃべりはほんとに楽しい。お店を出てから、大好きなお店ディーン&デルーカにキッシュを買いに行った。ここのお店大好きなんですよ。色々なイタリアンお総菜や、イタリアンの食材も置いてある。ついでに、「ラタトゥーユ」も美味しそうだったので、ゲット。それから、その横の「富澤商店」にも行った。ミッドランドに行く時は、この二つは、外せない。パパが先日から、ずーーーーっと「メープルシロップ」と言い続けている(笑)パパは、毎朝、飽きもせず、マフィンにメープルシロップを塗って食べているから、無いと、物足りないらしくて、人の顔を見ると繰り返し言う。先日まで、友人がカナダで買って来てくれた物があったので、間に合っていたが、とうとう、ここ数日無くなり、顔を見ると「メープルシロップ」と言うので、一番大きなビンを買った。勿論、パパ持ち。そのほかにも、近くのスーパーでは見たことはないが、中華街では何度か見たXOジャンと、何にでも使える、小エビの干したものもゲット。このお店、本当に宝の山っす。友人は、ポップコーンをつくる・・とキャラメルソースとトウモロコシの乾燥したものをゲット。なるほどなあ、そういう方法もあるのか…と感心。私にはそれは思いつかなかった。ミッドランドを出て、駅前に移動。ホテルの喫茶店に入り、ケーキとお茶で、また、おしゃべりっす。小さな子がいる友人が帰らなくちゃならない時間になり、丁度良い時間だったので、解散。あ~、楽しかった。駅に行くと、ちょうど、良い電車があった。乗り込んで座ると、少々気持ちが悪い。少し食べ過ぎました(爆)ランチのパンは食べなかったの、最後のアップルパイが効きました。電車から降りて、デパートで買い物をし、車に戻った。今日学んだこと。名古屋は車で行った方が、断然お得だということ。これからは迷わず、車にしようっと。帰宅後、少し、喉が痛い。風邪、うつってきたかな?繁華街に行ったからなあ。これ、放っておくと、虚弱体質の私は、すぐに熱が出る。すぐに、お医者さんに行き、診察してもらったら、やはり、喉が白く腫れていたそう。薬を処方してもらい、帰宅。今日は、寒いのでお鍋にした。白菜、水菜、群馬のねぎがあったので、お鍋にしようと思ったのだが、タンパク質がない。どうしようか冷蔵庫を見たら、だいぶ前に買って使い、残って冷凍にしてあったカニのポーションと、塩鮭5切れがあった。えーーい、これ入れちゃおう。どうなる事やらと思ったが、大正解だった。脂の乗ったしゃけは、お鍋にしても、超美味だった。これ、スーパーのセールで一切れ100円だったよ。ゆずポンズも、残り少なかったので、めんつゆに、ポッカレモンを入れたら、ゆずポンズと同じ味になった。結局、なーーにも、買わずにすんじゃった。これ、主婦のアイデアですな。今日は楽しかったし、美味しかったし、花丸。
2009年01月21日
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まさに、「冬眠中」というのが、今の自分の気持ち、状態に一番ぴったりする言葉かなあ。じゃ、目覚めた状態とは・・・と言われると、これまた、難しいかな?したいことは、山ほどある。だが、気力が追い付いてない。したいことを羅列してみようっと。その1 嵐グッズを整理して、要らないものは、オークションに出す。その2 お洋服を整理して、要らないものは、処分したり、オークションに出す。その3 お人形をアップする。その4 キッシュや、塩パイを作りたい。その5 休んでいた革工芸をまた、始める。まあ、日常的なことが多いかな。えいっと気持ちを無視し、始めれば、出来そうなのだが、身体が動かない、気持ちが動かないのだ。全く、困ったものだ。そのほかに、考えていることがある。それは、何か身につけるには、最後の年齢になっているので、本当にしたいことを始めようと思っている。それは、人形作り。自分は何を一番したいのか考えると、究極の手習いは「人形」になる。きちんと勉強して、個展を開くまで到達したい。どうしてもしたい。その目標のために、生きているような気さえしてくるのだ。今まで、したいことは全部どういうわけか、出来てきた。前にも書いたが、手相がそういう手相だそう。生命線と頭脳線が離れている。片方だけのそういう人は多いが、両手ともの人は、何万人に一人だと言われた。したいなあ…と思っていることは、いつの間にか、叶ちゃうのだそうだ。だが、この人形作りだけは、そう簡単にいかない。思い起こせば、手始めにしたことは18歳のころに始めた、七宝焼きのアクセサリー作り。1200度になる電気窯も購入し、夢中で作った。これは、プロになれるまでやった。教室の手伝いを頼まれたが、これを仕事にする気がなかったので、断った。次にしたのが、手芸が好きだったので、刺繍、特にクロスステッチ。これも、作った作品が好評で、モード学園時代の刺繍教室を開いている友人から頼まれ、沢山作りためていたものを、個展の時に、出したら、全部売れちゃった。「すごく好評だったよ」って言って頂いた。刺繍しただけじゃなく、袋物に仕立てたり、お化粧品用のポーチに仕立てたから、好評だったのだと思う。プチポアン作家の第一人者の久家先生とも、何度か個展でお話させていただいたことがある。先生の教室に入ろうと思っていたが、この年になったら、老眼が邪魔をするのに、気が付いた。子供が幼稚園の時には先生に頼まれ、ご父兄の交流になればと、皆さんにパッチワークを教え、最後に大きな大きなキルトに仕上げ、幼稚園に寄付した。でも、私がダメなところは、メジャーになると、興味が無くなっちゃうところ。パッチワークも、そのまま続けていれば、洋裁上級免許も、専門学校、専修学校教員免許も持ってるのだから、ちゃんとプロに成れたものの、皆がし始め流行り出したら、もう、飽きちゃうのだ。これ、どうしようもない性格だよね。その中で、ずーーとずっと追い続けている目標が、人形作り。多分、これは、飽きないと自信がある。だからこそ、早く始めたいのだ。今までしてきた色々なことは、この人形作りのために習得した技術だったような気がしてならない。古裂れ集めも、刺繍も、アンティークドールのコレクションも全部、この道につながっているような気がする。あと元気で生きられても、20年。絶対に、MADE IN IKKOの人形を作るぞ
2009年01月20日
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月曜日は、どうも、いけません。何故かぐだぐだと過ごしちゃう。夜、ZEROで生翔君に、そのあとで、録画嵐君に会えるから、頑張って起きているんだけどね。大ちゃんのドラマ「歌のお兄さん」の主題歌「くもりのち快晴」と、翔君の映画「ヤッターマン」の主題歌「believe」がカップリングで3月4日に発売されることになったが、またまた、ジャニーズ事務所は、オネエいわく「枚数を売れるように汚いからくりで出す」のだ。そのからくりとは・・・それぞれのPVのDVDをつけた「初回限定版」なるものが、パート1、パート2、それに通常版と何と3枚一度に出すのだ。それもジャケットの写真は、全部違うから、ファンは、バカと言われようが、3枚とも買う。自分で、バカみたいと自嘲しながら、しっかり予約した。そりゃー、オリコン1位になるよな。こういうの、いつもだから、慣れちゃったけど、よく考えると、オネエの言うことも確かになあ・・と思う。まあ、普段は初回限定版と通常版と2枚だから、家の中用と車用と丁度良いんだけど、3枚はね~。いつだったか忘れちゃったけど、シングル出して、すぐにその曲が入ったアルバムが出ることになっちゃって、潤君がラジオで、「ほんっと、シングル買っちゃった方には、申し訳ないんすけど・・」って、言ってたなあ。そりゃ、小中学生には、1200円のCDと3000円のアルバムは、お小遣いからしたら、大きいよね。そういう感覚を持ち続けてくれてるのが、嬉しかったなあ。←そこか?まあ、そろそろ10周年企画が動き出したかなって感じかな?さてさて、今日は、オネエが快挙です。夜、最近油ものを一切口にしなくなったオネエに合わせ、早くから、蒸し料理をしたのに、すっかり出来上がっちゃったのに、誰も帰ってこなくて腐っていた。8時過ぎ、オネエが息せき切って帰宅。「お母さーん、見て見て」と大きなスーパーの袋をリビングのソファに置いた。「何買ってきたの?」と怪訝そうに聞く私にオネエが得意そうな顔で、「びっくりするよ~」とソファの上にカラフルなものをバラバラっとひっくり返した。わぉーーー、大好きマカロンそれも大量マカロンて、凄く高くて、京都の専門店など、1個200円から400円する。こんなに沢山買ったら、軽く1万円超えちゃう。「どーしたの~、こんなに」と聞くと・・。母のところに寄ったら、母がマカロンを出してくれたそう。「どうしたの?これ」「Kでセールしてたから」で、値段を聞き驚き、フットワーク軽く、駅前のデパートまで車を飛ばし、大量に買ってきたという。だがレジのおばさんに「これ、こんなに沢山大丈夫?好き嫌いがあるから・・」と言われたそう。「いえ、大好きなんで」と言ったら「それなら良いけど」って・・。どういう意味だ?だって、このマカロン、何と何と1個20円なんだもん。かわいそすぎ。いつも、マカロンの専門店で、ずらずらっと並ぶ、色とりどりのマカロンを、「あ~、端から端まで買いたい」と思う衝動を、ぐっと抑え、せいぜい5つくらいしか買えないのだ。それが、6種類しかないが、1個20円って・・・。賞味期限が22日までなのに、大量に売れ残っちゃったからじゃないか・・というのが、私とオネエの見解(笑)そうか~、この地区では、まだ「マカロン」の浸透率が低いのか。よくやった、娘よ。早速、二人で記念撮影。だって、この先、絶対、こんなことあり得ないから(爆)食事前だから、1個だけ、奇麗なピンクのフランボワーズをいただきました。うん、美味しい見て見て、この大量のマカロン。可愛いでしょう?奇麗でしょう?
2009年01月19日
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ずっと楽しみにしていた、平安神宮に行った。私たち夫婦は昨年の3月、銀婚式を迎えた。子供たちにプレゼントされ高山旅行にも行かせてもらったが、近くなった京都、どうしても、この機会に、挙式をした平安神宮と、結納の式をした六盛に行きたかった。昨日からの体の不調に、少し不安だった。朝、やはり、少しもどしたりしたが、大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせ、出発。今日は、デジカメを駆使して、新名神を撮ってみた。出来たての高速道路は、とても奇麗。おまけに、空いていた。下の画像でも分かるが、トンネルが、兎に角広い。道幅が、4車線くらいありそうな幅。勿論、反対車線はない。上りはまた、別にトンネルがある。それを考えても、大変な工事だったのが、分かる。20メートルごとに、消火栓が設置してあり、緊急の電話ボックスも設置してある。鈴鹿山脈を越えるので、とてもトンネルが多いのだが、画像のトンネルは中でも、一番長いトンネル。奇麗だし、明るいし、走っていてとても気分が良いっす。赤い橋げたの橋は、ひとつの見どころの橋。画像では、写らなかったが、ベイブリッジのような、吊橋のような装飾になっている。途中の「信楽」はあの狸の陶器の置き物で有名な信楽焼の産地。途中に北陸の福井方面に行くジャンクションがある。我が家から、以前は2時間半掛かった京都も、この道路のお陰で、今日も1時間で京都に着いた。大好き土山のパーキングエリアには、帰りに寄ります。12時に六盛に予約を入れてあったので、先に昼食。はあ、なんだか奇麗になっている・・・と思ったら、やはり、去年、改装したそう。創業100年以上になるそうだ。美味しい、美味しい、手桶弁当、頂きました。あの日も、結納が終わってから、皆で頂いたお料理。懐かしいなあ。京都らしい、和食。特に、小柱の炊き込みご飯と、鶏ひき肉を蒸して作ったものに、ケシの実がまぶしてあった物が美味しかった。勿論、お魚の焼き物も、ふっくらもちもちに煮込んであったかぼちゃも、美味。こういう味、なかなか出せませんよね~。真ん中の小鉢に入った数の子の味付けも、絶妙。生湯葉のお刺身も、さっぱりしていて、おいしかった。さて、個室でゆっくりお茶を頂き、くつろいでから、お土産のお酒を頂き、車を預かっていただくことにし、そのまま平安神宮に向かった。懐かしい平安神宮。25年ぶりです。平安神宮って、四条通の繁華街とは離れているので、「行こう」と思わないと、なかなか行かない。ついでに行く場所じゃないから、本当に久しぶりだった赤い門をくぐると、平安京を模した本当に広い敷地に、本殿がはるか向こうにある。25年前、ここで挙式をし、オネエのお宮参りもした。振りだした雨の中、たくさんの観光客にまじって、お参り。アジアの観光客が多かったのにはびっくりした。顔は一緒でも、すれ違いざまに聞こえる、聞き覚えのある言葉は中国語だったり。実は、今回来たのには、理由があった。平安神宮で挙式をすると、「弥生会」という会員に自動的になるのだが、何度かの引っ越しで、お知らせが来なくなってしまった。今までは、子育てやら、親の介護やらでこちらも気持ちに余裕がなくて、会員の資格も生かせなく、そのままにしてあったが、やっと、そういうことに目を向ける余裕も出来、折角、ここで挙式をしたのだから、改めて会員に復活していただこう・・・とやってきたのだ。この会員は、一般の人には公開していない、神宮の中庭にある由緒正しい見事なしだれ桜を、無料で見ることができたり、毎月の機関誌や、年末には、神棚に置くお札も送っていただけるシステムで、その他にも、弥生会だけの海外旅行など、交流もあるそうだ。これもご縁だなあ・・・と感動したのは、そこにいらした神主さんに訳を話すと、社務所に向かう途中、何と何と、この2週間だけ、挙式をした本殿横の社殿に特別に入れるのだそうで、「どうぞ、見てってください・・」と案内され、もう、懐かしくて、気持ちがほーーっとしちゃいました。生演奏の雅楽の中、火炎太鼓の音とともに、三三九度を上げたのを思い出した。「懐かしい・・」としか言葉が出なかった。そうだそうだ、あの日、写真撮影のころになって、小雨が降り出し、今日みたいに、中庭で社殿をバックに写真を撮ったんだった。社務所に案内されて、お茶を頂きながら、いろいろなお話をした。結婚式を挙げた日にちと、パパの名前と私の旧姓を伝えたら、すぐにデータがあった。嬉しいじゃないですか。平安神宮で挙式した価値が、こういうところにあるんだなあって、改めて思った。で、すぐに会員の資格の復活をしていただいた。「近くなりましたから、桜の季節には、是非、いらっしゃってください」と言って頂き、さっきの挙式をあげた社殿の前で、家族全員で、写真を撮ってくださった。よくお礼を申し上げ、平安神宮をあとにした。それから、少し行くと、スフレの専門店があったので、お茶を飲みに入った。これがまた、おいしかった。注文を聞いてから焼くので、25分ほど待たされたが、出来たてのスフレの真ん中をサクサクと崩し、私はべりージャムを、パパは胡桃とキャラメルクリームを、チビとオネエもそれぞれのクリームを入れて、スプーンで頂きましたが、本当に初めての味だった。ケーキ大好きパパも、「うまいなあ」って。良かったね。偶然に入ったお店だったが、どうも、地元で人気らしく、京都の若者で一杯で、待っている人も多かった。あ~、楽しかった。4月にオネエが、仕事の都合で家を出る予定。こうして家族で小旅行にいけるのも、あと、何回だろう。子供たちも、楽しかったようで、良かった。帰りに、大好き土山パーキングエリアに寄って、夕食の買い物。楽しかったが、帰りの高速が少し渋滞し、美容院にチビを送って行ったので、6時からのNHKBSの「少年倶楽部」を録画できなかった。まあ、再放送まで待てばいいから良いっか。貴重な時間だった。なにより、楽しかった。京都、まだまだ、楽しい場所がいっぱい。また、行こうね。
2009年01月18日
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今日は、阪神淡路大震災の有った日。もう、14年も経ったんだって。時の経つのは、早いなあ。つい、この前みたいに思いだす。地震の被害って、時間が経つごとに明らかになり、報道もカメラが入り、次々、悲惨な状況が伝えられる。あの日、このあたりも揺れた。震度4だった。TVに映し出される光景は、初めて地震の恐怖を形として見た最初だったかもしれない。グニャリと曲がリ、途中から崩れた高速道路。今にも倒れそうなビルや、崩れ堕ちたマンション。6千人以上の人が亡くなった。その後も、仮設住宅での孤独死やら、避難所の問題やら、次々ニュースになった。確か、この地震から、救急医療の「トリアージュ」も取り入れられたんだった。改めて、ご冥福をお祈りします。今日は、朝から酷い頭痛と、吐き気、胃腸の気持ち悪さに、何もできなかった。本当にこうなると、参っちゃうのだ。原因は、たぶん、食べ物。体調があまりよくない時に、消化の悪いものを食べると、こうなる。ただ、体調が「あまりよくない」状態が、自分じゃ解らないので、難儀なのだ。多分、ここ二日の出来事からだろう。ADHD障害者は、物凄くストレスに弱いんだそう。油断したのだ。確かに、足がつって、眠れなくて、睡眠薬を服用したり、身体が弱ってるのに、夜中まで起きていたりしちゃったから。良い加減解れよって、自分自身に突っ込む。情けない・・・・。あ~、肩から首の鈍痛と、腸のあたりの今にも吐きそうな感じが、めっちゃくちゃ気分悪い。実は、明日、京都に行く予定だ。それも、私とパパが結婚した平安神宮に行き、25周年無事来たお礼と、すぐ近くの結納を交わした六盛というお料理屋さんに、行くのだ。予約もした。この状態ではまずいので、背中から首にかけ、温湿布を貼った。は~、その緊張もあるのかなあ。もう、本当に嫌になっちゃいます。どうしてこう、弱っちいのか。精神も体も、強く生まれたかった。あ、精神力は、培うものか。反省。また、抗不安剤のお世話になっちゃうのかなあ。あ~、だるいっす。頭痛がなかったら、私の人生、変わってただろうなあ。ま、このまま、あと少し、生きてみますけど。早く、治れ~~!
2009年01月17日
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今日から、大ちゃんのドラマ「歌のお兄さん」が始まる。東京では、11時過ぎからの放映だが、この地方は、大阪の番組の後に放映するので12時20分から。起きてられるかな?一応、予約録画にした。昨日の騒ぎの後始末です。9時過ぎに、すぐに市役所に電話して、昨日のことを報告。何度か電話を回されたが、誠意ある対応をして下さり、今日中に来るとのこと。朝から良いお天気だったので、引っ越しで出た、子供たちが着ていたファミリアのピーターラビットのセーターやら、可愛いパステルカラーの花がらのガウンやら、よそいきの大きな白い花がアップリケしてあるピンクのワンピースやらをクリーニング用の洗剤で洗濯した。長い事、仕舞ってあったので、所どころ黄ばんだり、黒いしみがついていたので、ダメ元で、色ものも洗える漂白剤を染み込ませて洗ったら、新品みたいにきれいになった。気持ちが一遍に晴れた。よし!好きなこと一杯しようと、次に栄養剤をジョーロに溶かして、庭や玄関先の植え込み、斜面やら、駐車場横のお花にあげた。ワンコ2匹がうるさくほえたので、ご飯もあげた。斜面の上の方に、沢山の「匂いスイセン」が咲いていた。スイセンて丈が高いので、根本近くや途中で折れて、可哀想に下向いちゃっているものが多くあって、満開の物はそのままにして、蕾を持ったものだけ、全部切って洗面所に水を張り、つけておいた。こうしないと、球根が痩せる。数えたら、40本以上あった。お玄関用、トイレ用、洗面所用に、それぞれガラスの花瓶に生け置いたら、家中、スイセンの甘い良い香りが漂った。それでも沢山余ったので、午後から、母のところに行く用事があったので、持って行ってあげようと思った。私の花好きは、家の中にいつも花を絶やさなかった母のおかげだからね。で、庭にいて気がつかなかったのだが、玄関に回ったら、男の人が、「あ、いたいた」とこちらに向かって来た。何だろうと見ると、車が3台、男性が6人ほどいた。「市役所のKと申します」ああ、来てくださったのか。で、ジュンが吠える中、斜面から降りていただいた。斜面の入口は、ジュンがつながれているから申し訳なかったが仕方ない。現場を見ると、やはりデジカメで撮っていた。「ああ、これは、火遊びみたいですね~」おまわりさんと同じ事を言うなあと内心思った。でも、かまどみたいになってるから、本当にあの子たちかなあ・・と未だに思っている。「で、その中学生の住所とかは、警察にご連絡いただいてるんですね」と聞かれたので、「本当かどうか分かりませんが、書いてくれたメモと、写真を渡しました」と伝えると、「解りました。済みませんが、すぐには片付け出来ないんですが、必ず、近々に奇麗にさせていただきますので」と、帰って行った。その対処や態度がとても丁寧で、こちらも恐縮した。こんなに大勢で来られたのには、少々びっくりしてしまったが、こういうケースが、これからホームレスなど、不況で増える可能性も考慮して、視察にきたのだと判断した。丁度、お昼です。何故か凄くおなかがすいて、いつもパパを待っているのだが、今日は一人で「流星の絆」で買った、「流星の絆コラボハヤシライス」(笑)で先にお昼を済ませた。パパが帰宅し、昼食を済ませ、母の家に行った。実は、父の遺品の洋服が、まだ沢山あって、父が亡くなった時にも貰って、パパのサイズに直して着ているのだが、冬物が沢山出てきたそう。父はお洒落な人で、父の時代は現場に出ることはなく、スーツで会社に行き、上だけジャケットを脱いでYシャツの上に作業着を着ていたので、数が沢山いった。それも、全部テーラーのオーダーメードだったので、物が良かった。捨てるにしのびなく、痩せたパパに母があげたいと思ったのだ。案の定、ほとんどが着れた。我が家の財政では、とても作れないお値段のものばかりだったので、有りがたく頂いて帰った。ただ、パパは、腕が長いので、いつも袖を出していただいている。父の行きつけのテーラーに持って行き、「ごめんなさい、新調じゃなくて」と恐縮すると、「いやいや、こうしてお父様のを直して着てくださるのは、服屋冥利につきます」と仰って下さる。時には「懐かしいですね~、このジャケット」と感慨深そうに、パパと父の思い出話に花が咲く。気持ちがほっとする時間だ。洋服の箱を抱えて帰宅。午後からは、洗濯物を畳んだり、やれやれ、今日も、ばたばたの一日で、また、嵐グッズの片づけができなかったなあ。夜、何とか起きて、「歌のお兄さん」を見た。流石に大ちゃんです。コメディも、ファンにだけ見せてくれるいつもの変顔満載で、乗りきってました。舞台で鍛えた演技力もしっかり手応えあって、流石、素敵でした。これで、大ちゃんのファン、また増えるだろうなあ。だって、本当に、演技力は嵐の他のメンバーに劣らないもんね。ただ、放映時間が遅すぎ、本当に腹が立ちますよ。東海地区は、嵐君に冷たい!凄く良かったよ、大ちゃん。家中のスイセンです。可愛いでしょう?
2009年01月16日
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どうしてこう事件に巻き込まれるんだろう。多分、そういう星の下に生まれたのかもしれないなあ・・・。今日は、パパの胃カメラの日。午前中に出かけて、1時間もせずに、検査をし、たまたまこの日の胃カメラの担当が、主治医だったので、そのまま結果も聞いて帰宅した。結果は、全く問題なし。胃カメラを飲むと、1時間くらい、食べられない。帰りにスーパーに寄って、消化の良い、刺激のないものを買ってきて、健康的な食事をした。午後、すぐに思いついてホームセンターに行った。パントリーが、まだ、片付いていないのが、気になって仕方無かった。特に、嵐グッズ。コンサートのたびに増えるグッズを、コンサート別に仕舞えるようなケースを見つけに行った。うちわが、結構、ネック。でも、丁度良いケースを見つけ、ゲット。ついでに、大好きなチロリアンデージーがあったので、土も一緒にゲット。帰宅して、さあ、整理しようと和室にケースを並べて始めようとしたのが4時前。・・・・と電話が鳴った。出ると、この地区の組長さんのSさんからだった。「今良いですか?」「はい」「あのね、今、Kさんちの斜面の横の橋桁の下で、中学生が焚き火してて、『危ないからダメだよ』って言ったんだけど、ちょっと不安だから、一緒に見てもらえないかな?」電話を切って、斜面側の窓を見たら、もうもうと煙が上がっていた。おいおい、冗談じゃない。ここの団地は、焚き火禁止区域だ。焼却炉のみが許可になっている。慌てて表に出たらSさんが家の前に来ていて、一緒に歩きだした。すると突然Sさんが、少し前にいた中学生くらいの3人の男の子を追いかけ声を掛けた。「君たち、さっきの子たちだよね」と、3人は振り返り立ち止まって「はい」。話を聞くと、この子たちが言うには、もともと火が付いていて、暖を取っていたと言う。Sさんが「火つけたの、君達と違うの?」と言うと、3人は口をそろえて「はい」。で、叱られて慌てて火を消そうとして、自転車の鍵をなくしたそう。5人で、近くの駅に通じる階段を降りて、橋げたの下に行くも高くて上がれない。仕方がないので、もう一度階段を上がり、飛び出してきたので、寒くてコートを着に一旦家の中に入り、Sさんと我が家の斜面から、降りた。我が家は三方が道路に面している。つまり、斜面の下の道路と、横の道路が、立体交差している。こういう感じだ。道幅は歩道もあって、広い--| |--- ↓道------| |------------ ↑橋 斜面今年は、植木やさんに来てもらっていないので、木の枝は伸び放題で、頭から、コートから、小枝や葉っぱだらけになりながら、斜面を下りた。橋げたの下に行くと廃タイヤが3~4個と、端の焦げた段ボール、そして、橋げたのコンクリートのそばには、カマドのようなものがコンクリートブロックで作られて、まだ火がくすぶっていた。どう見ても、ここがたまり場になっていた感じ。すぐに警察に言おう、そうだ、写真を撮っておかなくちゃ・・・と斜面を駆け上り、家の中にカメラを取りに戻った。鍵をかけ、下に降りると、Sさんのお舅さんもいらしていて、「こりゃ、ホームレスでもいるかな?」。でも、この団地で、そういう人は見掛けたことはない。写真を撮っていたら、中学生がしきりに「鍵、鍵」と言う。余程、大切な自転車なんだなあ・・と可哀想になった。「警察に電話します」と言うとSさんが止めた。「いや、先に自治会長さんに連絡します」って。何故だ?と思ったが、そこで警察に電話しますと強攻には言えず家に戻った。はい、混乱しました。どうしよう。ADHDの頭は、ますます混乱し、パパに連絡するも携帯電話は何度かけても留守電。ますます、どうしょうと混乱。そうだ、オネエに相談しよう…って情けないが、混乱するとこうなっちゃう。オネエがすぐに電話に出てくれたので顛末を話すと「すぐに警察に電話しな!」「うん」これでも、一応、親です(笑)・・とパパから電話。「どうした?」で、話すと、「何やってんだ!すぐに警察に電話しろ!」「うん、解ってる」警察に電話した頃は、もう、5時半になっていた。「分かりました。すぐに行きます」と警察。と玄関でピンポン。出ると、さっきの中学生。自転車の鍵が気になって、まだ、うろうろしていたらしい。警察に連絡したので、警官が来たら伝えるから・・・と、3人の住所と名前を書いてもらった。可哀想に、寒さで手がかじかんで、一人の男の子がペンを持てなくて、洗面所でお湯をかけてあげ、メモしてもらった。暫くすると、パパが帰宅、同時にパトカーが来たので、そのまま車で下に行くも、やはり木が張り出し、上に上がれず、戻って斜面から降りた。警官が足で焚き火をかきまぜたら、まだ、赤く火がくすぶっていた。もう、あたりは暗くて、懐中電灯で見ていた警官が言った「これ、原稿用紙ですね」。…ということは、やっぱり、さっきの3人が火をつけたのか?警官に、3人の書いたメモを渡し、まだ火が上がっていた写真も渡した。「何か分かりましたら、連絡します。それから、明日にでも、管理している市に連絡してください」と警官は、暫く現場検証して帰って行った。パパに凄く叱られた。「なぜすぐに警察に連絡しなかった?」「なぜそうすぐに、人を信用するかなあ、何が、寒そうで可哀そうだっただよ」「火が飛んでうちの枯草に燃え移ってたら、大変なことになるところだっったんだぞ」もう、解ってるよ。簡単に人を信じ過ぎちゃうって、バカだっって、十分解ってるよ。昔っから、それで痛い思い一杯してるけど、どうしても成長できないんだよね。何に対しても、一度は疑問を持つってのが、本当に出来ないバカだから、十分解ってるよ警官も、これは火遊びみたいですねって言ってたし・・・。お陰で、夕飯の支度ができなかったので、すぐに用意した。パパに叱られるわ、30段あまりの階段を何度も駆け登ったり駆け下りたりしたので、夜、足がめっちゃくちゃつるし、散々な目にあった。夜中、一人ゆっくり湯船につかり、マッサージして、出てから大好きなロクシタンローズのクリームを塗って、つった筋肉にタイガーバームを塗ってやっと気持ちが落ち着いた。は~、散々な目にあった、色々あった一日でした。静かに暮らしたいのになあ。
2009年01月15日
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馬鹿ビスタのおかげで、1時間掛けて書いたものが全部消えた。こういうとき、本当に、パソコンを壊したくなる。XPの方が、漢字もちゃんと熟語で出てきたのに、このビスタは、出てこない。例えば「はしご」を変換しようとすると「はシ語」になる。本当に、このパソコンは馬鹿だ。今日、大変な目にあったが、今は、書く気になれないので、少し気持ちが落ち着いたら、書くことにしようっと。
2009年01月15日
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昨日の雪辱戦。2回、洗濯をした。で~も、午後から、曇ってきちゃった。昨日だったら、良いお天気だったのになあ。引っ越しをした時、ものすごく沢山のセーターが出てきた。それこそ、20年くらい前の。私は洋服が捨てられないから、こうなるんだよね。で、一応、着られそうな物を残して、いつか、時間に余裕ができたら洗濯しようと、パントリーに積んであった。今日、一部、洗濯することができた。今、クリーニングに出さなくても、うちで上手にお洗濯できる洗剤が出ている。これ全部クリーニングに出したら、本当にすごいお金が一杯いっちゃうから、必ず自分で洗濯しようと決めていた。一回目は普通のお洗濯ものを洗濯して干して、二回目は、このセーターを洗った。表は寒いから、乾いても、冷たかったので、取りこんでからそのまま暖かい空気の出てくる空調の下にそのまま干した。石鹸の良い香りがした。前からしようと思っていた事ができた時って、凄くうれしいね。「やったね!」って、自分でVサインしてみたくなる。小さな「勝利」って感じかな。仕事が終わってから、借りてきた「憑き神」を見たら、バグって、バグって、肝心な最後が解らなかった。おいおい、冗談じゃないよ~。レンタルやさんに抗議しなくちゃ。TVのニュースは、相変わらず、物騒な事件ばかり。大学教授が校内で殺害されたり、一体、どうなっちゃっているんだろうなあ。一つ気になった事件てか、出来事があった。日本に働きに来ていたフィリピンのご夫婦の娘さんのこと。彼女は、日本で生まれて、日本で中学生になった。だから、日本語しかわからない。所が、両親の就労ビザが切れるそう。物凄く恥ずかしいが、知らなかった。日本で生まれた子は、日本国籍が取れると思っていた。アメリカはそうじゃない?でも、日本はだめなんだそうだ。可哀そうに、彼女はフィリピンに帰っても、言葉が解らないし、生活環境も違ってしまう。両親には解っていたことなんだろうけれど、こういう子、日本国籍にしちゃいけないんでしょうか?一応、入管は、あとひと月、猶予を与えたそうだけれど、彼女のお友達たちも、彼女を日本に残してあげたいって運動している。まあ、ご両親は、帰らなくちゃならないから、どうするのかは、彼女次第だと思うのだが、もう少し、日本もアメリカのように寛大であってほしいなあと思ったのは、私だけだろうか。平凡な日常が続いてます。あ、明日、パパは、「胃カメラ」です(*^^)v
2009年01月14日
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大きな黒い雲が、東にあったのに、良いお天気だった。午後から、雨が降るって、言ってたなあ・・・と、洗濯をするのを躊躇した。そうこうしているうちに、お昼になっちゃった。でも、いっこうに雨の降る気配はない。大きな黒い雲は相変わらず、向こうにある。こういうとき、本当に腹が立つ。「雨降るって言ったのに」だから、しなかったのになあって。で、すぐに洗濯をした。でも、この時間からしても乾かないから、乾燥機に入れていいものだけ。全くしゃくにさわります。午後からは、買い物。郵便局に行って、100均に行って、録画用DVDを沢山買ってきた。あとは、お肉やお魚、お野菜や、石鹸など。今日は、パパが新年会だから、子供たちと私だけ。こういう日は、パパの食べられないものを作る。「ブタキムチ」とか、「チキンのグリル」とか。で、今日は、ブタキムチ。美味しいよね。最近、嵐クン不足。潤クンの映画のDVDは、「花男」も「隠し砦・・」も手に入れたけど、何故か、見ない(爆)手に入れただけで、安心しちゃって、見ないんだよね~。特典映像だけでも見りゃいいのに、封も開けないで、仕舞っちゃう。何故だか解んない。スーパーの本のコーナーに行って、嵐クンの載ってる雑誌を探すと、前は、ちらほらしか無かったのに、今は、アイドル雑誌から、NONNOまで、全部買ってたら破産しちゃうくらい載ってるから、アイドル雑誌しか見ない。本当に売れちゃったよな~。何だかね、最初から手の届かない場所にいたけど、もっと遠くに行っちゃった感じがする。潤君も、最近は、めちゃくちゃ優しい表情になって、昔みたいにとんがって無くなっちゃったし。翔君も自分の立ち位置をふまえた、「大人」になっちゃったし。毎日楽しみだったニノの日記も、どういう理由だか解らないけれど配信中止になった。唯一の私達と嵐クンの日常をつなぐものだったのになあ。「私たちだけが解ってれば良い」って感じのアイドルだったのに、「みんなの知ってる」アイドルになりつつあって、ああ、スマップの昔からのファンの方は、こういう思いを味わったのだなあって知ったような気がした。車で出る時、最近、久々の「ビューティフル・デイ」に入ってるシークレットトークを聞いている。あの5人の変わらない空気感がすごく好きなんだよね。5人兄弟みたいな?凄く安心しちゃう、ああ、変わらないなあって。あまりしゃべらない大ちゃんが、たまに言う言葉も面白いし、いつものように口の悪いニノも面白いし、一生懸命な相葉ちゃんも可愛いし。お母さん役の翔君も、最近は「翔さん」てよばれるようになって、ひと皮もふた皮も剥けた感じがするし、潤クンは、相変わらず、まじめに話するし。普通に5人で、むしゃむしゃ焼き肉食べてるのが、たまんなく「普通」で良いなあってね。なんだか、ほんと安心する。女の子は18歳から22歳くらいに、ぐっと大人になるんだけど、嵐君達見てると、最近、ものすごく大人になったような気がする。先日、ちょっと昔のビデオを出してきて見た。2002年にファンと一緒にハワイツアーに行った時のビデオを、劣化が激しくて、あわててDVDに落とした。相葉ちゃんなんか、あの頃、旅に出る時、いつも持って行くって言ってた黒いワンコの枕を抱いてるし、罰ゲームで、高いところから、ビニールボートで落とされる大ちゃんと潤クンは、本当に怖がってて、潤君なんて可愛そうに、ぶるぶる腕が震えてるの。5人とも、まだ本当に昨日まで少年してましたって感じで可愛い。あれから6年経って、今や、飛ぶ鳥落とす勢いの「嵐」になっちゃったもんね。そりゃー、いろいろ体験して、大人になるのは当たり前か。見てたこちらが寂しい思いをするのも、仕方ないのかな。今年は、満10周年。絶対、何か仕掛けてくるよね。楽しみだけど、また、距離感を思い知らされるような企画は辞めてほしい。これ、確実にファン心理。あ、まだまだ、私ファンなんだと、実感する。いつまでできるかなあ。
2009年01月13日
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この本を読んだのは、まだ、仮住まいにいたころだから、この春のこと。毎日、慣れない生活の中、気持ちが落ちて仕方がなかった時に、この本の題名に惹かれて、書店で手にし、読んだ。本を読んだときは、そう、面白かった・・という感想はなかった。淡々とした、静かな物語だなあ…という感想だった。そしてその夏の頃に、この本が映画化され、上映された。派手な映画じゃないから、CMもそうしなかったが、見に行こうと思っているうちに、いつの間にかなくなり、とても残念な思いをした覚えがある。DVDになったら、ぜひ、見ようと思っていた映画だった。でも、気持ちが静かな時に見たかったので、なかなか借りに行けなかった。で、先日やっと、借りてきた。物語は、都会育ちのまいが、登校拒否になり、ハ-フの母親が、森に住む外人である自分の母親に預ける。その一夏の、まいと、お婆ちゃんの物語なのだが、美しい森の中、とても静かに日々が過ぎる。このお婆ちゃんの役をしているのが、まだ40代のシャーリー・マクレーンの愛娘、サチ・パーカーと言う女優さんなのだが、実に日本語がうまい。たまたま、この方が「徹子の部屋」に出てらした時に、見たが、おばあさんじゃなく、とても美しい方だった。おばあちゃんは、自給自足に近い生活をしている。縫いものをし、娘の昔のネグリジェで、まいのため、畑仕事用のスモックと、エプロンを作ってくれたり、イスの上にはキルトが。そうなんだ、それが女性のあるべき姿なんだと、改めて、本当の「豊さ」を思い知る。ジャムを作り、ハーブを育て、本来の「人」のある姿で生活をしている。その姿が、神々しくもあった。本では、それが、うまく感じられなかった。映画では、映像でダイレクトに入ってくるから、「外人」であることさえ、本を読んでいる間、持続して想像できなかったのが、映像は、外人そのもので描かれているから、ぶれることがなく、すべてを見ることができた。とても、とても静かな映画だった。美しい森の夏の季節が、素晴らしく、雨さえ、美しかった。その中で、まいは、少しずつ心を癒していく。お婆ちゃんは、まいを、孫としてじゃなく、一人の「人」として接し、いつも真っ正面から、向き合ってくれ「・・・ます。・・です。・・ません。」と話す。まいが思わず口にする「お婆ちゃん大好き!」そして笑顔でお婆ちゃんが返す「I KNOW」解ってるよ。そのやりとりが、映像では、ちゃんと素敵に成立する。これが、本との違いだろう。だから、優しい。本当に、優しい言葉になって、見る者を包んでくれる。こんなお婆ちゃんがいたら、私も言うだろう、「お婆ちゃん大好き」と。感動した。心が震えた。泣いた。ハーブティに浮かべられた白い花は、カモミールの白い小花だろう。ワイルドベリーでジャムを作るために、お婆ちゃんと、森のワイルドベリーが一面に生えている場所に行く。そうだ、私にも、同じ経験があったんだと、気がついた。祖父が、私のために、畑一面、イチゴを作ってくれたことを思い出し、思わず、嗚咽した。弟のことや、いろいろなことで、小学生のころ母との確執の中、寂しい思いをしていた。有る日、両親に連れられて行った祖父の家。大きなかごを持たされて、寡黙な祖父に「一緒においで」と言われ祖父が私を家から連れ出した。暫く行くと、一面のいちご畑。「好きなだけ取りなさい。お前のためのイチゴだよ」と祖父の目が優しかった。都会育ちの私は、もう、夢中で座り込み、カゴ一杯に、真っ赤な甘い香りのいちごを摘んだ。まるで、お婆ちゃんと一緒にワイルドベリーを摘むまいと同じように。そんな時間があったことも、忘れてしまっていたのに、この映画を見て、思い出し、嗚咽してしまったのだ。あの時の祖父の気持ちも、きっと、この西の魔女と言われるおばあちゃんと同じ気持ちだったのだろうと、今になって、その深い愛情を、思い知った。まいは、夏の終わりのころ、別居中だった父親の元に、母親と行くことになり、お婆ちゃんの家を出るが、その前に、お婆ちゃんと喧嘩をしてしまう。「ごめんなさい」が言えないまま、「お婆ちゃん大好き」も言えないまま。悲しそうなおばあちゃんの姿が、どんどん小さくなる車の中、まいは、少し心を痛めながら、別れてしまう。そして時がたち、まいは無事に中学生3年生になり、西の魔女は、天に召され、知らせが届く。泣きながら車を運転する母親と一緒に、森の家に行くまい。少し、大人になったまい。そこには、もう、「I KNOW」と言えないお婆ちゃんが横たわっていた。泣き崩れる母を一人にし、懐かしい作業場に行ったまい。いつか、自分のお気に入りの場所に植えようと育てていた草花の有った場所に行くと、お婆ちゃんが書いたものを、曇りガラスに見つける。それは、お婆ちゃんが生きていたころ、「人は死んだらどうなるの」と聞いたまいに、お婆ちゃんが答えた、「魂は体から離れて、自由になるのよ」という言葉と、「だから、お婆ちゃんが死んだら、必ず、まいだけに分かるように何か印をするわね」という約束だった。「西の魔女から、東の魔女へお婆ちゃんは、無事、脱出成功」と言う短い言葉。まいは、その時、初めてどれほど大切なものを、おばあちゃんに与えられていたのか気づく。そして、空に向かって思いきり言うのだ。「おばあちゃん、大好き」。一回目に見て感動して、二回目に見て納得して、三回目に何があるのかなあと思わせてくれる映画だ。本当に静かで、美しくて、毎日の生活に疲れてしまった時に、見たい映画だ。こんな素敵な生き方が、こんな素敵な生活が、あるんだと、気付かせてくれる。本も、勿論だが、やはり、私は、映画をお勧めしたい。DVDでもう、借りられます。是非、心が疲れたら、見てほしい映画です。も一つ、歌は「テルーの歌」を歌った手嶌葵ちゃん。透通った歌声が、この映画にぴったりです。「愛」があふれる映画です。こんなおばあちゃんに、なりたい。今から頑張れば、なれるかな?
2009年01月12日
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「どろろ」見ながら書いてます。この映画、結構好きなんだよね。パパは、柴崎コウが「どろろ」なんて、ありえないって、子役にさせるべきだろうって突っ込み入れてたけど、映画館で観た時、さんざんけなしてたけど。私はマンガの読者じゃなかったから、先入観なしにみれたから、面白かった。で、見ながら書いてます。これ、TVで放映されるの、二回目だと思う。裏で「Xマン」もやってるから、そっち見てる人も多いだろうなあ。最近、邦画が好き。日本人にしかわからない、「わび、さび」が分かる年になったからかな?今日は、日曜だと言うのに、3連休の中日だと言うのに、パパは昨日は仕事で、今日はゴルフ、明日も普通にお仕事です。貧乏暇無しとはよく言ったものですなあ。でも、たった1日のお休みに、ゴルフだって。オネエは、デートで、チビは、試験前の貴重な休みをバーゲンに出かけた。で、結局、いつもの平日と同じ状態っす。そう、家の中に私一人です。実は、朝、パパはすっごいそわそわしていた。私は、まだ、寝室にいたんだけど、吹き抜けのリビングから、気配が伝わってきた。・・・というのも、行くはずだったゴルフ場に早朝、雪が降ったらしい。雪が降ると、ゴルフはボールが見えないから、出来ない。ところが、ゴルフ場も必死です。雪に水とか撒いてゴルフができるようにするらしい。で、スタートが2時間遅れる・・と連絡が入った。パパも、一緒に行くはずのお仕事関係の方も、どうしてもゴルフがしたい。そこでパパが考えたのが、いつものゴルフ場の空き。すぐに電話していたが、どうやら、そのまま、雪が降ったゴルフ場に行くことになったらしい。本当に、「そこまでするか!?」と言いたいくらい、ゴルフが好きな人は、好きなんだね~。私には、解らないけど。気がついたら、出て行った。良かったね、出来て。さて、次々、子供たちも起きて用意しては出掛けて行き、一人になった。でも、結構、充実した一日を過ごせた。朝から、「寒中見舞い」のはがきを作って、午後からは、おでんを作った。いつも、私が作ると、火がきつすぎるのか、汁が濁っちゃうし、具も、膨らんで、うま味が逃げちゃう。で、今日は、4時間かかってとろ火で、蓋をせず、煮込んだ。おでん屋さんがするように、時々、汁を上から掛けて、具が膨らまないよう、大切に大切に煮込んだ。そうしたら、まあ、大成功。透通った奇麗な煮汁のおでんができました。お味も、それぞれの具が、すれぞれの味を無くさず、美味しい、美味しいおでんになった。帰宅した家族の皆様にも今日は、絶賛・・・・までは行かないが、「うん、旨い」とパパ。「うん、美味しい」とオネエ・・と好評だった。お天気もあまりよくなかったので、お洗濯もパス。後はのんびり、嵐クンのDVDを見たり、「バイオハザード」をしたり、楽しく過ごせた。昨日みたいに、お友達に会うのも楽しいけれど、こうして一人、好きなことをするのも、楽しい。一人で寂しいってこともないしね。要は、充実してれば、どちらでも、楽しいってことだな、うん。
2009年01月11日
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今日は、以前からお約束してあった嵐友とランチ。本当は、彼女と嵐のアジアツアーも行くはずだったが、事情で行けなくなり、幸運にも当たらない・・と踏んだ彼女は自力で北京公演を予約した後に、ソウル公演が当選し、私たちにグッズのお土産を抱えて帰国したのが、去年の晩秋。すぐに会いたかったのだが、私の方が、いろいろあり、会えなかった。年があけ、やっとその約束が実現した。パルコで1時に待ち合わせ、点心のお店上海湯包小館に行った。美味しい美味しい「小籠包」と、酸味の少しある、あんかけ焼きゾバを頂きました。もうね、ここ、本当に何を食べても、おいしい。オネエとチビに教えてもらい、家族でパルコ方面に行く時は、最近のお昼はいつもここです。土曜なのでやはり混んでいたが、中が広いので、少し待ったら、すぐに入れた。行けなかったソウル公演や、上海公演の写真を観せて頂いたり、ソウル公演の話を聞かせていただいたり、先日のカウントダウンコンサートの話を聞いたり、楽しい時間を過ごした。やっぱり、ご主人さまもファンになってくれたのは、百人力だよなあ。それから、デパートの中にある大きなケーキで有名な「HARBS」に。ここの栄の本店は、結婚して名古屋市内に住んでいたころ、ケーキ大好きパパと一緒に、何度も食べにきた。あまり量を食べられない私は、昼食代わりだったくらい、大きい。今日は、大好きマスカットティと比較的小さなチーズケーキにした。それでも食べられなくて、友人のと取り換えっこしてもらった(笑)ここで、子供のことやら話し込み、気がついたら4時!楽しい時間は、あっという間に過ぎちゃいます。彼女とは本当に不思議なご縁なのだ。元々嵐クンを通じ、別の友人から知り合ったが、なんと彼女のお姉様が、私と同じ短大の、それも同期生だったのだ。その上、彼女のご主人さまのお友達が、私の元彼(爆)これは、もう、全くの偶然だった。いたずら好きの彼女は、元彼に私と知り合いだと言っちゃった。「赤面して、『お元気ですか』って言ってたよ」といたずらっぽく笑う彼女の明るさが、一緒にいて、気持ちをほっとさせてくれる。お付き合いしていたころ、私も20代だったから、30年目の偶然に、本当に、懐かしかった。本当にすごい偶然だよね、ご縁を感じずにはいられません。彼も、素敵な紳士になってらっしゃるそう。4時過ぎ、彼女と再会を約束し、帰宅の途に就いた。今日は、いろいろな用事を済まそうと、高速を途中で降りて、別の友人たちのお宅に行った。歯科医の奥さんである友人は、受付を手伝っていて、今日は土曜日だから、午後は休診と思っていたのだが、行ってみたら、まだ診察中だった。幸い患者さんがおらず、受付にも彼女一人だったので、声をかけたら、びっくりしてすぐに、満面の笑顔になった。彼女は、先日、留守の間に、立派なお花を持ってきてくださった。帰宅すると玄関に二つのお花が置かれ、てっきりパパ関係かと思っていたら、一つはオネエの試験合格のお祝いに彼女のお嬢さんからだった。そのお礼に、京都でグッズを買ってきたのでそれを渡しに訪ねたのだ。彼女と小さな声でしゃべっていたら、中から、オネエの親友のお嬢さんが出てきた。あれ?今日、オネエと食事に行くって言ってたよね?「あ、今からです」には、友人は知らなくて「え?そうなの?」って。こっちが笑っちゃった。もう、一軒近くの友人の家にも行ったが、お留守で、お母様にことずけ、失礼した。それから、DVDを返して、また、借りて、やっと帰宅。パパも帰ってきて、特急で夕食のしたくをし、嵐クンの「VS嵐」の特番を見ながら、夕食。久し振りの嵐クン。やっぱ、あの仲の良さが、大好きです。めちゃ楽しい一日だった。気になっていた友人たちへのお届け物もやっと済ませたし。今日は、体は疲れたが、花丸の一日です。
2009年01月10日
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今日は亡くなった父の誕生日。生きていたら、今日で81歳なんだぁ。頑固で、粋な爺さんになっていたろうなあ。父のことを書いた物や、若い時の写真が、「ALWAYS三丁目の夕日」の初回限定版DVDのおまけのCDRに採用されて、収録されているのが、私が、父にしてあげた最後の親孝行かな。父が生きている間に、もっと話を聞いて、父の人生を文章にしてあげたかった。あんな人生、なかなか無いと思うから。もう、ここでも何度か書いたが、本当に、こういうのを、波瀾万丈って言うんだと思う。庄屋の11人兄弟の末っ子に生まれて、子供のころから、皮靴をはくようなお坊ちゃんだったのに、小学校に入ったころから、超がつく「ワル」になった。それは今にして思えば、結核になった母親、看病した実の姉たちも次々感染、父だけには感染しないよう、遠ざけ、母親はもちろんのこと、姉たちも10代の娘盛りに次々亡くなり、腹違いの先妻の兄弟たちの中で、寂しさからなったのだと思う。都会育ちの私には、庄屋って聞いても、ピンとこなかった。言わば、時代劇で聞く言葉。どんなだったか父に聞いたらこう言っていた。見渡す限り、農地が広がり、お米の出来る頃は、小作人という、庄屋に付随する人達が、何日も何日も、父の家の蔵に、お米の入った米俵を運び込むのを、幼い父は縁側に座り、見ていたそう。つまり、土地さえ持っていたら、小作人が働いてくれる、庄屋には良い時代だったのだ。だから、戦争が終わり、農地改革が進み、庄屋の土地だった所は、当然ながら、その小作人の物になり、庄屋は、土地を無くした。祖父は、庄屋ではあったが、教育関係の仕事をしていたので、暮らしに困ることはなかったのだそう。授業中、机の上でマッチで火をつけ、暖を取るようなワルだった父。だが、父親が著名な教育者だったことから、担任教師が父を叱れなかったこともあいまって、「ワル」はエスカレートし、手に負えなくなった家族から、東京の兄の元に預けられたが、相変わらずのワルで喧嘩をしては、伯母が何度も中野の警察にもらいうけに行ったそうだ。そこから中野の通信学校に入り、「赤紙(徴兵命令)」が来た訳じゃないのに、14歳で、戦争に行った。そして終戦になり、復員できると思って乗った船は、ロシアに向い、捕虜になった。その捕虜の時の話がまた面白くて、極寒のロシアで、生き抜いた話が、本当に面白くて、子供のころ「もっともっと」とせがんでしてもらった。45万人が抑留されて、6万人が亡くなったソ連シベリア抑留者。ツンドラ(永久凍土)の地で、実に要領よく生き抜いた話を、私は子供のころに、目を輝かせて、聞いた。亡くなった方が多くいた中、父は、反対に太って帰国したのだから。育ち盛りの4年を父はロシアの地で過ごし、晩年まで、ロシア語も覚えていた。復員してからは、まじめに働くが、頼りの兄が亡くなってから、その兄が社長をしていた会社で、兄の共同経営者だった人に冷遇され、見かねた知り合いの印刷会社の社長からヘッドハンティングされた。その会社に、今の「文化出版局」の現社長大沼さんの弟さんがいて、父を慕ってくださった。父が亡くなった時、大沼さんからお花とお手紙を頂いたのには、恐縮した。当時の仕事は面白くて、家電アドバイザーの有名な女性評論家と交流があったり、歌舞伎の内部だけの雑誌を作っていて、歌舞伎役者の方との交流があったり、なかなか面白い話があった。だが、その会社も経営が危なくなり、大沼さんから文化出版局に一緒に移らないかと誘われたが、自立しようとお断りして、田舎に帰ったのが、38年前。そして、今の会社の前身である小さな工場から、会社を興し、バブル時には100人を超える従業員を抱える会社にした。晩年はパパに経営者の座を譲り、病気になる前は、本当に、会長職として、のんびりとした生活を送り、旅行好きで、よく母と二人、日本の端から端まで、出かけて行ったものだ。最後の最後に、10万人に一人という、骨髄異型性症候群という難病に侵されたのも、なんだか父らしかった。いつもいつも、父はハングリーだった。寂しがり屋で、頑固で、ユーモアのセンスもあり、その反面気の弱いところもあり、昭和という、良い時代に生きたと思う。多分、戦争経験者、軍隊経験者の最後の世代だっただろう。何せ、上の学校に入れようとした伯父に反発し、自分から志願して、14歳で入隊したくらいだから。自分でも「戦争がなかったら、自分は立派な金バッジ(やくざさんの親分)だった」と言っていたくらいだから、そのやんちゃぶりは分かるだろう(笑)亡くなってもう、4年もたつのか・・・と改めて、時間の早さに驚く。81歳の父、見たかったなあ。どんな爺さんになってたのかな?天国のお父さん、お誕生日おめでとう。
2009年01月09日
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松の内も終わり、今日は、お玄関や、門扉の松を片付けた。また、来年まで、眠っててください。いつものようなお玄関になった。昨日、可愛いピンクのガーベラを3本100円で売っていたので、2束買ってきた。ガーベラは、春の使いみたいだよね。今度は、桃の節句の飾りだけど、節分が過ぎるまでは、まだ、飾らない。今日も暖かくて、良いお天気だったので、お洗濯を二回した。でも、取り込む時、やっぱり暖かいといえども、冬なんだなあ、Gパンが、冷たかった。明日から、この地方も冷え込み、雪が降るかもって。雪じゃなかったら、雨だそう。気温もぐっと下がるそうだ。きっとこういう時だろうね、全館空調のありがたみを知るのは。火事のニュースばかり。沢山の子供が亡くなった。来週、成人式を迎えるお嬢さんまで。可哀そうだなあ。きっと、お母さんが着物を揃え、楽しみになさってらしただろうに・・・。でもね、いつも思う。若い方が亡くなると、子供やお年寄りはどうしようもないが、若い子が、どうして逃げられなかったのかなあって。火事って、きっと、本当に一瞬でひろがるんだね。煙も、凄い勢いで拡がるんだろう。いくつかの火事のうち、放火があった。放火犯は知っているのだろうか?放火の罪は、殺人の次に重いって。むしゃくしゃして、火をつける気持ちの割に、人生をやり直すのに、大変な時間を要するくらいの重い罪が科せられるって。勿論、放火をすること自体、重い罪だけれど、罰は、思っているより、重いことを知ってほしい。下らない話題を放映するより、もっともっと、TVで、放火の懲役年数を誰もが知るようにしてほしい。それで放火を少しでも止められるなら、それにこしたことはないもんね。亡くなられた方のご冥福、お祈り申しますm(__)m火事の時、こうするようにって、小学校の時、消防署の方が学校に来て教えてもらった。この年になっても、強烈に覚えている。火事になったら、濡れた布、タオルでも、そばにある洋服でも良いから、濡らして、口に当てながら、立って逃げるんじゃなく、腰を低くして、しゃがんだまま逃げなさいって、教えてもらった。先日、ホテル火災の事件から学ぶTV番組で、同じように、濡れたタオルを口に当てていたご夫婦が、無事に助かったのを放映していたが、ああ、やっぱりそうなんだと、内心、あの消防士のオジサンに感謝した。子供達には、小さな時から、口を酸っぱくして教えてきた。火事は自分が気を付けていても、類焼などの被害もあるから。何もかも無くなっちゃうんだよね。思い出の品も、アルバムも全部。新聞では「火災」って二文字だけど。お年寄りが、御位牌を取りに行って焼死するって話を、たまに聞くけれど、命に代わるものは何もない。御位牌なんて、お金さえ出せば、幾らでもお寺さんは作ってくれる。そんなものと命を引き換えにしないでほしい。御位牌には、魂なんかないんだから。魂は、天上に昇って行ってるのだから。火事の一報を聞くたび、本当にお気の毒だと思う。私も気をつけましょう。画像は、片付ける前のお正月のお玄関の飾りです
2009年01月08日
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さてさて、昨日は病院もまだまだ混むと思い、今日、二人で、人間ドックの結果を持って、病院に出かけた。夫婦で病院とは、情けないっす。私は、消化器科と泌尿器科。パパは眼科と消化器科。インフルエンザの人もいるかもしれないので、売店でマスクを買ってちゃんと感染しないようにしてから、まずは消化器科へ。消化器科は、もう、ものすっごい人、人、人。座る場所など勿論無いし、立ってる場所もない。広い廊下の椅子も両側とも一杯。一応、受付を済ませ、それぞれの受診の科に行った。私は泌尿器科、パパは眼科。受付の時に熱も計ったが、うっそ、熱があった。37度2分だって。私にしちゃ、ある方だな。何だろう、風邪かなあ。でも体はだるくないから、大丈夫。泌尿器科は二階。二階は産婦人科、外科、整形外科、口腔科など感染の心配のない科ばかり。人も一階ほどいない。何だかほっとした。泌尿器科。父が、膀胱がんになった時、来た以来だ。患者さんは、お爺さんばっかだなあ。暫く待って呼ばれ、診察室に入り、イスに座った途端、先程採尿して出してあったものを、顕微鏡でのぞいていた先生が、あっけなく仰った。「何も問題はないですよ」「?」「たぶん、人間ドックの時は、たまたま白血球が見られただけだと思います」「・・・と仰ると?」「女性の場合、多いんですよ。採尿した際に、どうしてもバイ菌とか入っちゃうんですよね」「そういうことですか・・・」「はい、全くなんでもないですね」はい、診察5分もなく、終了。先生が不思議そうに仰った。「昨日は、空いてたのに、なんで、今日はこう一杯なんだろうなあ」「え?昨日は空いてたんですか?」横にいた看護婦さんも、「そう、昨日は、ガラガラだったんですよ」しまった!。昨日来ればよかった。先生がまた仰った。「それに、貴女のように健康診断の結果を持ってくる方が多いんですよ」あ、成る程と思った。暮に、人間ドックを受けた人が、押し寄せて来たんだと。眼科に行ったパパは、ここは開業医の紹介状のある、状態の難しい患者しか診ないことを知らされたそう。消化器科に戻った時点で1時間過ぎた。人が半分くらいに減っていた。程無くパパが呼ばれて入った。私はパパより3番後。パパは「胃カメラ」だそう。お~~、可哀そうに。ここの胃カメラは、太いのです。すぐに私が呼ばれた。人間ドックの結果を先生に見せた。「・・で、どういう事で、いらしたんですか?」私の方が聞きたかった。だって、人間ドックを受け始めた最初から、胆石はあった。毎年「胆石有り」と言われるが、今回のように「要検査」になったのは初めてだったから。「胆石があるだけで、検査をするように言われたのは初めてなんですが」と言うと「うん、医師の中には、そういう医師もいますからね」。「問題ないってことですか?」「悪さしない胆石なら、問題ないですけど・・・」戸惑っている私に、先生が畳みかけるようにおっしゃった。「分かりました。悪いものがないか、検査したら良いってことですね」って。そりゃそうだ。「じゃ、検査、お願いします」で、造影剤投与のCTスキャンになった。痛そうだなあ。まあ、良いか。パパは、眼科が受けられなかったので近くの眼科に行った。この先生、私もお世話になっている話好きな、気さくな先生。ここで、パパは検査の結果「緑内障」の診断が下りた。網膜はく離だったら、大変だなあ…と思っていたが、緑内障だった。暫く通わなくちゃならなくなった。お互い、検査の結果が出るまでは、安心できないが、とりあえず、今日のところは、そう、問題はなかった。昼食を済ませ、帰宅。パパは会社に戻った。帰宅後、買い物に出た。今日は、1月7日。七草の日。七草、オネエが午前中に近くのスーパーに行ったら、売り切れだった。少し離れたスーパーに探しに行ったら、あったあった、無事にゲット。帰宅し、すぐに、行動開始。お粥だけじゃ寂しいので、少し色々作った。はい、出来上がり。七草粥、大変美味しかったです。こういう食事も、良いものですな。画像は、今日の夕食です。七草のお粥と、美味しい美味しい紅鮭のカマの干物、それに大根おろしにポン酢でチリメンジャコをあえた物あとは、早春らしく、菜花のおひたしです
2009年01月07日
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ははははは、朝から、ゲーム三昧の一日でした~。今日は、この地方は、凄く良いお天気でした。で、朝早くから、お洗濯。10時前にお洗濯が終わり、さて、干そうと洗濯機から出したら・・・・・・・(-_-メ)紙、紙、紙。そう。もう、今までも何度も有ったことなのだが・・・。娘たちは、顔をタオルで拭かない。いくら言っても、タオルの微量の繊維が付くのを嫌がってティッシュで拭く。その上、洗面所で使ったティッシュを、その辺りにポイと置きっぱなしにする。いくら言っても、ちゃんとゴミ箱に捨てられない。これはもう、ひとつの精神障害だと、諦めているが。で、今までこの事件の繰り返し。こっちも、一つ一つの洗濯物を確認しなきゃいけないのだが、毎日のことなので、面倒でしない。まあ、いわば、どっちもどっちなのだが、今日は、それが、めちゃくちゃ大量。歩くと、パラパラと床に落ちるくらい。こりゃ、ティッシュじゃないな。・・・と家にいたオネエを呼び付け、詰問した。どうやら、犬の散歩に出た時に、チビがポケットに犬のウンチ用に入れていたキッチンペーパーだということが分かった。もう、それで、せっかくのやる気が失せた。全く、なーーーんにもしたく無くなっちゃった。チビに腹を立て、自分に腹を立て、どうしようもない気持ちになった。で、それから、ゲーム三昧。本当に、ずーーーーーーーーーーーーっと、Wiiの「バイオハザード」をしていた。お陰で、夕方、指が固まった。指が、ピストルの引き金を引く形に固まった(爆)中断したのは、昼食にパパが帰ってきて、買い物に行き、昼食をしていた間だけ。パパに顛末を話したら、「本人に責任とらせろ」って。パパ?呆れるかなあ・・と思ったが、案外、ゲームしてる私の横で、マッサージ機に寝ころびながら、私よりうんと上級になってるから、アドバイスしてくれてた。なんちゅー夫婦なんだ!でも流石に夕方、やり過ぎで気持ちが悪くなった。目もいたくなったし、指もしばらく揉んでつかえるようになったくらい。馬鹿みたい・・・と自分でおおいに反省した。帰宅したチビは、洗面所で一つ一つ洗濯物に付いた紙を取っては、掃除機をかけて、洗濯機の中も紙だらけで、掃除機を掛けていた。で、一言逆襲してきた。「洗濯する前に、ちゃんとポケットの中、見るんじゃないの?」で、言ってやった。「人に洗濯してもらうんだから、女の子なんだから、ちゃんと中を見て出しなさい」勝った!!!ははははははは(*^^)v「ゲームは一日2時間くらいにしましょう」だな。
2009年01月06日
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お正月休みも終わり、今日から仕事始めです。景気が悪いから、仕事始めの華やかさもあまりピンとこない。チビも、今日から大学が始まった。彼女は1月は試験の月。試験が終われば、春休みに入るから、大学って、休みばっかだなあ。オネエの初出勤は、8日からだって。小学校が始まらないと、仕事も始まらないからね。3月までは、今の仕事の状態。週4日の勤務だが、4月からは、本格的に臨床心理士として県の登録になり、正式に派遣される。お給料も今より、だいぶ増えるから、一人暮らしをしたいみたい。時々話をしてくれるが、多分、オネエは、普通の新社会人が経験するもの以上の物を、この一年に、経験したと思う。大学生から大学院の間に、ずっとボランティアで、精神的な問題を抱えた子に接してきたが、社会人になり、毎日小学校や中学校に行き、実際に家庭訪問したのは、初めての経験だったからだ。ボランティアは、精神障害を抱えた子が通ってくる施設での仕事だった。つまり、親が問題意識を持ち、ちゃんとそういう施設に連れてくる家庭の子だったわけだ。しかし、社会に埋もれた、そういう施設にさえ、来ない子の家庭と、がっつり取り組まなくちゃならないのが、今の仕事だ。その違いは、とても大きいはず。彼女は幼稚園の時からの、私立育ち。多分、彼女の回りには、絶対無かった家庭環境だろう。始めて見る家庭環境、初めて経験する人たちだろう。家庭訪問しても、子供が学校に行こうとしないのを、無視する親。何日も同じ洋服を着せたまま、いつお風呂に入ったのか解らないネグレクトの子。家族がだれもいない家に、一人で放っておかれている子。世の中の暗部と、実際、対決しなくちゃならない仕事だ。その暗部から、子供たちを救い出さなくちゃならない仕事だ。どれほど、考え、悩み、その子の立ち場になってやらなくちゃならないか・・。今更ながら、「臨床心理士」の仕事の難しさを思い知っただろう。帰宅したオネエから話を聞いて、何度涙したろう。「可哀想だね~」。私はそれで済むが、オネエはそれじゃ済まないのだ。は~、きっつい仕事だなあって、この子大丈夫かなあって、心配したが。1年経って、臨床心理士の免許にも合格して、あ、もう、引き返すつもりはないな・・・・と、その道を突き進むオネエに、親ながら感心した。どうか、体を大事に頑張ってほしい。残りのお休み、ゆっくり楽しんでください。良いお天気だったので、朝から、洗濯。気持ち良かった。夜には、横溝正史の「悪魔の手毬唄」が稲垣吾郎君の金田一で放映された。なかなか良くできてた。原作にとても忠実だった。違ったのは、最後の場面。犯人が解って、目前で、気がふれて、入水自殺するのだが、原作は、いつの間にかいなくなって、気がついたら、入水自殺してたんじゃなかったかなあ。うる覚えで申し訳ないですが。CGのお陰で、本当にちゃんと忠実に原作通りだったのは、横溝ファンとしては、とてもうれしかった。この作品は、横溝さんが登場する数少ない作品の一つ。ファンとしては、凄く、嬉しい作品だった。実は、私は、この作品は「獄門島」の三つ子殺害の話の焼き直しじゃないかと思っている。作家として、横溝さんが、もっと違うシチュエーションで、三人の姉妹の殺人を書き直したかった作品だったのじゃないかと思っている。だから、「獄門島」より、うんと私には面白かった。50冊以上読んだので、正直、小さな作品は、もう誰が犯人なのか、内容もわすれてしまったが、好きな作品は「真珠郎」と「三つ首塔」「女王蜂」そしてこの「悪魔の手毬唄」が特に好きだ。また、横溝正史ブームが起きて、次々、映像化されるのを望む。
2009年01月05日
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お正月最後のお休みの日です。パパは、ゴルフ。昨夜は、母を呼んでをすき焼きした。例の松坂牛をいただきましたよ。値段の差?う~ん、あまり解らなかった。1000円の…と思っていたら、怒られた。「あれ1500円のだぞっ」だって。1500円のも、十分、おいしかった。柔らかくて、噛まなくても良いくらいだった。2500円との値段の違いは、しゃぶしゃぶの方が、解ったかも知れないね。すき焼きの濃い味になると、あまり違いは解らなかった。1500円のも、とても美味しかったが、そう枚数は食べられない。ふが奇麗に入ってるってことは、それだけ脂っこいってことで、私は3枚食べたら、もう、十分だった。お肉の大好きな私が・・・だ。スーパーの「黒毛和牛」で充分だなあって、思った。多分、都会で食べたら、ン万円取られるかもしれない。地元の利だな、ありがたいです。ただ、卵アレルギーの母には、かわいそうだった。卵が食べられないから、そのまま食べていたが、味が濃いからね。来年からは、しゃぶしゃぶにしよう。明日からチビは大学が始まるから、今朝から宿題のレポートに追われてる。私はと言えば、お正月前後に録画したものの整理。CMを編集して、DVDに落としたり。DVDが一度に7枚になっちゃった。「HERO」も録画したし、嵐クンの「世紀の実験」もダビしたし。結構疲れました。お年賀状も、次々届き、やっと、いつも出す方々の分もそろった。今年は、元旦に届くよう、急いで作り、投函したので、何もメッセージを入れられなかった。皆さま、ごめんなさいね。家の中が暖かいので、玄関の梅が満開になっちゃった。良い香りがしている。しょっちゅう、霧吹きで、苔の部分に水分を与えてやらないと、乾いちゃう。オネエが頂いてきたシクラメン。とっても奇麗で、喜んだのだが、「水やりは、2~3日に一回で良いんだって」という言葉にその通りにしたら、二日目、しおれてしまい、慌ててお水をやったら生き返った。相当、乾燥している。こりゃ、加湿器が各部屋に必要だなあ。今年のお正月は、のんびりしたし、初詣ばかりしてたなあ。さあ、明日からまた、日常が始まります。今年は、何をしようかなあ。画像は、満開になったピンクの梅。
2009年01月04日
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昨日、お千代保稲荷に行ったばかりだが、お商売の神様で、熊手は有っても、お札などない。だから、当然のことだが、古いお札を処分して下さる場所も無い。気になって仕方がなかったが、お正月は、大きな神社は混むしなあ・・・・と敬遠していたら、昨日、椿大社に行ってきたオネエが「すいてたよ」って。オネエの友達の家が、この椿神社の近くなのだ。だから、よく行くらしい。我が家の車は、皆、ここでお祓いしていただいている。距離もそう遠くない。で、パパと午前中なら混まないだろう・・・と出かけた。高速に入り、隣の鈴鹿で降りて、すぐに右折すると、もう、大きな赤い鳥居をくぐる。ここから、いつもなら10分もかからない。車は順調に進んだ・・・・・・が、あと4キロの地点で止まった。行列。前の車は、愛知県ナンバー、後の車は大阪ナンバー。おいおい、あとまだ4キロもあるよ。私は渋滞が、割と平気な人。車の中で、CDを聞いたり、TVを見たり時間をつぶすのが上手だ。今日は、朝から「HERO」を昨日に続きやってて、面白く見ていた。11時過ぎ、「HERO」が終わっても、まだ、2キロ以上あった。ずらずらっと並んだ車を尻目に、若い人達が、空き地に車を止めて歩きだしていた。昔だったら、私も2キロくらい、歩いたんだが、あそこ、坂があるしなあ・・・。パパは、最後まで車のつもりらしく、次に始まったお笑いの番組を見てた。結局、2時間半。参道に入り、勝手知ったる駐車場。前の車が、警備員に言われるがまま、入って行った第2、第3駐車場を通り過ぎ、参道のすぐ前にある駐車場まで行った。時間は1時半をとうに過ぎていた。おなかがすいた。お店は色々有るが、結婚式もできる椿会館というのがあって、このあたりでは美味しいので、そこに入って昼食。横に、一家13人で来た団体さんが入ってきて、お子さんが7人。そのうち女の子は一人だけで、あとは全部男の子だったが、どうやら、お母さんが姉妹らしく、見ていて、微笑ましかった。さて、参拝です。本殿に続く長ーい道を歩き出した。ここ、木が気が遠くなるほど大きくて、マイナスイオンが一杯で気持ち良い。・・・・・と、人の流れが止まった。うっそ。参道の半分くらい来たら、社殿まで行列が・・・・。おーい、オネエ、どこが空いてんだよ~。一歩一歩少しずつ進み、やっと社殿の前にきた。途中右に行くと、本殿に祭られている猿田彦大神の奥さんの社殿もあり、ここは、縁結びや、夫婦円満の神様として有名で、こっちの方も行きたかったが、この列から外れたら、もう一回並ばなきゃならないので、今日は辞めた。だんだん前に進み、やっと社殿の前にきた。「伊勢国一宮」の提灯が掛けられてあった。二礼二拍手一礼して、家族の健康と、会社の繁栄を願った。横の社務所では、お守りやら、お札、ストラップや車に貼るもの、破魔矢、熊手が売られていた。まあ、今日はこのために来たようなものだから、お札を買った。私はそのほかに、立てられる小さな熊手と、車に貼るシールを買った。身体の芯から冷えちゃった。これも勝手知ったる何とかで、お祓いを申し込む場所があって、中に入れて、お茶も飲めるし、トイレも奇麗な洋式があるので、靴を脱いで上がった。私がトイレに行っている間にパパは、売られていた神棚を興味深く見ていた。欲しいんだよね、ここの。ホームセンターで売られているようなのじゃなく、屋根も、ちゃんと萱葺きになっている。会社にいつか欲しいって、いつも言ってるから。景気が悪いし、こういうときに、欲しいのはよく分かる。熱いお茶を頂いて、休憩。よく来るくせに、あまりここの神社の由来を知らなかったので、パンフレットをもらった。えここ、日本最古の神社なんだ何々・・・・社殿は後に天皇が建てたのだけれど、元々、太古の昔から、原始人の時代から、山の麓に信仰の場所があったそう。それで、あの杉の木ね。そんな凄い神社だったなんて、知らなかったよ。道理で、あちこち遠くからわざわざ来るはずだ。こういうことって、地元の人間は、あまり知らない。当然のことのように、昔からここにお参りに来てるから。伊勢神宮より、古いんだって。そりゃ、あそこは、代々の天皇家をお祭りしてるわけだから、天皇が神様だった時に、出来た神社だからね。天皇が、元々信仰があった場所に、神社を建てたのが、この椿さんだから。あっちは、天照大神で、こっちは猿田彦大神。どういう関係なんだろうなあ。神話の世界も面白そうだなあ。古いお札を、ちゃんと係の方に収容していただいて、名物の「ふまんじゅう」と草餅を買って、車に戻り、帰宅の途についたが・・・・・それからが、驚き桃の木さんしょの木だった。走り出したら、「小山田記念病院→」の看板と「5分」の文字。あんりゃ?この病院は、おばあちゃんが入院していた、特養や、老健がある、物凄い大きな病院で、日本では老人介護では有名な病院なのだが、うちから、15分なのだ。近いから、入院させていただいていたのだが、・…ということは、来た時は、名阪高速に乗ってきたが、こっちから行ったら、家は近いってこと?案の定、電光掲示板に「高速渋滞15キロ」って出てる。よし、下の道から、帰ってみよう。カーナビに高速を入れないで、自宅を設定した。走り出して5分もしないうちに、いつも、生み立て卵を買いに来る時に通る道に出た。うっそなんだ~、ここからなら、もう、カーナビ要らないよ。そこから、すいすいすい、我が家まで15分かからなかった。えーーーーーこんな近いんじゃん。それじゃ、あの2時間半はなんだったの。冗談じゃない、あの時間を返してくれーーー!!途中、並んで通った道と交差した道を曲がってきたから、この道から来ていたら、2時間半もかからず、行けたわけだ。あ~、知らないって、罪だなあ。帰宅して、オネエが帰って来てから顛末を話したら、バカにされた。「はあバカみたい、高速使うか」「・・・・」「椿って、20分もあったら、行ちゃうんだよ」「うん、今日、解ったよ」「・・・御苦労さまでした」こんな有名な由緒ある神社が、こんな近くにあるのだから、これからは、もっと、頻繁に行こうっと。最近、夫婦喧嘩が多いから、夫婦円満の、奥さんの神社にもお参りしないとなあ(笑)疲れたけれど、面白かった。待ってる間に撮りました。だんだん本殿が近づいてきました。山の尾根や、社殿の屋根に、雪が残ってます。先日、この雪で、パパはゴルフができませんでした(*^^)v…ということは3日も残っているんだね。横からの景色もきれいでしょ。この左横が、広い社務所につながってます。
2009年01月03日
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お正月、二日目です。今日は、娘たちは、それぞれデート。オネエは椿大社に、チビは、熱田神宮に。良いなあ。良いなあって、喚いてた。だって、4日は、パパもゴルフ行くし。私だけ、どこも行けないのか~~って、子供みたいに。洗面所にいたオネエが「あ、私ら出掛けるんで、お母さん、不安定になってる」とのたまった(爆)で、パパが「良いぞ、どこでも連れていってやるぞ」って。自分も4日に行くから、後ろめたいのか、可哀そうに思ったのか。どうせなら、私たちが結婚式を挙げた、京都の平安神宮に行こうか…と相談した。お昼前に出て、結納をかわした「六盛」で名物の手桶弁当を食べてこよう・・・と。だが、やっぱり、諦めた。2日だから、まだまだ、一杯に決まっているし、平安神宮は、回りにあまり駐車場がない。また、今度、行こう・・ということになり、結局、混んでるかも知れないが、いつものお千代保稲荷に行くことにした。今晩の夕食の、凍ったカニの足を出して、帰宅後、すぐに食べられるようにして行った。お千代保稲荷に着くまで、いつもより倍の時間がかかった。途中、上げ馬神事で有名な、多度神社への道を通るので、凄い車だったが、今朝からずっとキムタクの「HERO」を全回数、放映していて、パパと見ながら行ったので、そう苦にはならなかった。多度神社の前の鳥居が、はるか向こうに見えるのだが、その下の道は、まさに、数珠つなぎの車だった。お稲荷さんも勿論、混んでいたし、参道は動かなかったが、そこは勝手知ったる何とかで、行列を尻目に、裏口から入り、少し戻って鳥居をくぐってお参りし、人が一杯で動かない回廊を回らず、そのまままた、裏口から出た。今日のおみくじは、珍しい、「吉」でした凄い人だったが、ちゃんと名物の串カツとドテは食べられました。帰宅したら、カチンコチンに凍っていたカニの足が、食べごろになっていた。でも、机の上にビニールを敷いて、新聞紙を広げ、回りをタオルで囲ってあったのだが、皆溶けて、回りのタオルがびしょびしょになるくらいで、机も濡れてしまっていた。程無くして子供たちも、次々帰宅。さあ、カニパーティです。今年のカニは、「網走水産」さんの4Lのカニの足。今までで、一番大きかった。身入りも良くて、めちゃくちゃ美味しかった。この「網走水産」さんとは、楽天に入る前から、会社でお付き合いがあり、ホタテや、たらこなども、送ってもらっている会社で、商品に間違いがないので、進物用にも使っている。以前、買った時のおまけのカニの甲羅部分で、残っていたご飯を使い、カニ雑炊も作った。カニみそが溶け込み、ものすごく美味しかった。なんと言う贅沢。お正月ならではです。一年に一度の贅沢です。今年も無事、食べることができました。感謝。あ~、ぜーーったい、太ってるなあ。絶対、体重、増えたわ。反省。
2009年01月02日
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最近、また、横溝正史の「金田一耕助」シリーズが、TVでよく放送されるようになった。金田一耕助と聞いたら、ちょっと黙っていられない。私が、このシリーズに出会ったのはTVの「三つ首塔」を見て、興味を持ったのが、きっかけだった。確か、若い黒沢年男が主演だったと思う。金田一を誰が演じたのか忘れたくらい、黒沢さんの演技が強烈だった。短大を出て、デパート勤めを始めたころだから、今から33年前。まだまだ、横溝先生はご健在で、次々、新刊を出してらした。近鉄で名古屋までの通勤時間に、「金田一シリーズ」を読み始め、50冊、読破した。面白くて面白くて、少年小説まで、読んだ。そして、世の中も、「金田一」ブームになり、次々、映画化された。映画化って、難しいよね。読んだ私たちの中では、しっかり「金田一」さんのイメージが出来上がっちゃってるから。映画は石坂浩二さんが演じた。上映された物は、全部見た。「犬神家の一族」をはじめ「悪魔の手毬唄」「獄門島」「女王蜂」、新刊の映画化「病院坂の首くくりの坂」の映画まで。あ、最近のリメイク版の「犬神家の一族」は見てないが、先日、TVで見た。TVでは、古谷一行が金田一を演じた毎週会えるのが、嬉しかった。でも、正直、二人とも私の「金田一」のイメージとはちょっと違う。私の中の金田一は、痩せっぽっちで、背は低く、衣装は石坂さんの金田一のままだが、「貧相」な姿なのだ。しかし、一旦笑うと、人をひきこむ笑顔をする。なかなか俳優さんに、そういう感じの人は、いないよなあ。横溝さんが、亡くなった時、ああ、もう、これで新しい金田一に会えないなあって寂しかった。横溝さんのブームがまた来ると良いなあ。
2009年01月02日
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皆様、あけましておめでとうございます。 本年も、よろしくごひいきに・・違うな、 本年も、宜しく、お願いいたします <m(__)m>カウントダウンを見て、皆で、新しいうちのダイニングで、お屠蘇で乾杯した。飛騨に行った時に、造り酒屋さんで買ってきたお酒は、ものすごーく美味しかった。フルーティで、口当たりが良くて。これ、もう一本買えば良かった。少しTVを見てから、氏神様にお参りに行こう・・・ということになった。昔、パパがスキーを始めるって言うので、もこもこのダウンコートを、お揃いで買ったのだが、引っ越ししたら出てきた。全くの新品。だって、結局、スキーには行かなかったから。で、それを着こんで、皆で表に出た。暖かかった。家を出て、少し行って、駅とは反対側の坂を降りて行くと、大きな氏神様がある。上の方に、明かりがちらちら、木立から見えた。石段をあがっていくと、鳥居があって、その横に御手洗があったので、手をひしゃくで水をすくって清めたら、冷たかった。狛犬さんも両側にあった。境内の中は、人がいっぱいいた。テントが張られ、何か振舞っていたし、いつも閑散としている社務所も、開いてて、中に人が集っていた。傍らでは、「どんど焼き」という、一晩中焚かれる焚き火みたいなのがあって、そのまわりに、皆集まって、暖をとりながら、立っていた。はい、まずは、お参りです。二礼、二拍手、一礼。ここは、鈴もちゃんとあります。「どうか、家族皆、この一年、無事に健康で、過ごせますように」お願いすることは、沢山あるが、結局、健康が何より。横の社務所で、お札も売っていた。情けない話だが、お財布を持ってこなかった。お賽銭用の小銭だけしか持ってこなかった。・・・とチビが、 「私、持ってるよ」お~、良い子、良い子。無事、お札を頂いた。さて、先のテントの前に行ったら、振舞い酒ならぬ、甘酒を、振舞っていた。ちょっと照れくさいが、頂いた。わ、おいしい。お酒臭くない。・・・と母、「これ、アルコールじゃなくて、本当の米麹の甘酒よ」何とも、香ばしくて、ハチミツみたいな、もっとコクのある味がした。う~ん、カラメルみたいな香りかな?ちょっと違うなあ。兎に角、飲んだことの無い味だった。子供たちも口ぐちに「美味しいね」。焚き火の前に立って、頂いた。石段をゆっくり降りて、また、坂を登って、帰宅。パパと母を車で2分ほどの家に送って行った。借りてきた「クライマーズ・ハイ」を見てたら、眠くなって寝た。朝10時過ぎ、オネエに「もうすぐ11時になっちゃうよ」と起こされた。パパは、昨日、5持起きしてゴルフ場に行ったが、雪でクローズになり、帰ってきたのだ。で、大掃除を手伝ってくれたので、眠かったらしい。表を見たら、雨。ここのところ、ずっと元旦は晴れていたので、珍しいね。さあ、おせちの用意と、お雑煮の用意です。元旦でも、主婦は、遊んでられないっす。いつものように、元旦の朝食?いやいや、ブランチを頂きました。我が家は、「明けましておめでとう」の前に、毎年、一人づつ、今年の抱負を言う。私は「健康に留意して元気でいること」を、目標にした。…というのも、先日の人間ドックの結果に、要検査項目があったから。お年賀状を整理して、帰ってきた住所不明のはがきの物を、新しい住所がわかったので、すぐに印刷したり、結構、一日、忙しかった。夜は、念願だったリビング端の和室の掘りごたつで、おせちの夕食を頂きました。「和室の掘りごたつでみかん」が、望みだったので満足、満足。2009年の元旦の夜は、静かに更けていきます。さてさて、今年はどんな年になるかな?良い年にしたいものですね。毎年、干支の紙のランチョマットなのだが、今年はテーブルクロスを取り払い、祝い盆にしてみました。
2009年01月01日
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