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明日から、チビの受験の本番です。頑張って欲しいものです。今日で、一月も終り、明日から忙しくなるなあ・・・。裏庭の斜面に降りてみた。裏庭じゃなくて、東側の道路沿いだから、本当は、表庭かな?ふきのとう、出てるかなあ。毎年、塔がたっちゃって気がつくから、今年は、ちゃんと、塔が立つ前に、収獲したい。あった、あった、小さな頭を出している。でもまだ、ほんの少し。今年は、ふきの好きな伯母に送ってあげたい。嵐君のお芝居の申し込みに行った。翔君の「ビューティフル・ゲーム」の方は、大阪の平日を一枚、潤君の「白夜の女騎士(ワルキューレ)」は、3枚づつ、何回か、申し込んだ。それから、ワルキューレは、一枚のも平日狙いで。今回の愛しの潤君のお芝居は、野田秀樹脚本、蜷川幸雄監督なので、娘達も見たいと言い出した。勿論、私と一緒なら、きっと、泊まりになるだろうと踏んだのだろう。お芝居より、多分、東京でのショッピング目当てだなあ。しかし、当たったら、良いお芝居になると思うので、是非、観せてやりたい。ほかの役者さんも、一流。鈴木杏ちゃん、ニノの仲良し勝村政信さん、演技派、杉本哲太、渋い演技の六平直政さん、濱田マリさん、山口沙弥香さん等等。すごい豪華メンバー、さすがに蜷川作品です。当たると良いなあ。でも今回は、たぶん、申し込むの嵐ファンだけじゃないからなあ。激戦覚悟。当たりますように。(=人=)
2006年01月31日
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TVを見ていて、すごく怖いことを知った。今、高校生や、若い女性の携帯依存症が増えていると言う。携帯に依存が強いと、対人関係が、うまくできなくなったり、希薄になったりすることは知っていたが、それは、そういう状況になる現象で、医学的なことではないから、自分さえ、しっかりしていれば良いと思ったが、この医学的なことは、自分ではどうしようもないと、怖かった。携帯電話でメールをし始める前に、脳波と、脳のどこが作用しているのか調べる実験。被験者の頭に機械が付けられた。まず、α波とβ波が普通の状態の時、やや、α波が上になっていたが、メールを打ち始めたら、なんと、両方の波が下降し始め、最終的には、断然β波が上になった。次に脳のどこが働いているかの実験。普通、人間は、文章を考えたり、言葉を選んだりするのは、前頭葉で行うそうだ。物を考えたりする、一番思考をつかさどる場所。しかし、携帯メールを始めたら、今まで使っていた前頭葉じゃなく、脳の後ろの方が使われていることが解った。そして、モニター画面では、前頭葉に点いていたポイントが、全く反応しなくなった。これが、携帯脳と言う状態らしい。事実、携帯を四六時中打っている女高生に、色色な設問をしたところ、昨夜食べた食事も思い出せない状態になっていたと言う。怖いなあ。「認知症」と同じ状態だそう。メールを打つと、指先を使ったり、文章を考えたりするから、依存症にならなければ、返って脳に良い・・・と思っていたが、医学的な実験の結果は、携帯脳になり、物事を深く考えられなくなってしまうのだそう。だから、対人関係も上手く出来なくなり、ものを深く考えられないから、すぐに、切れたりするのだそうだ。本当に怖いじゃないですか。娘達にも、この番組見せたら良かった。でも、こういう怖い結果が出たことは言っておかないとな。
2006年01月30日
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今日は、久しぶりのお食事会。今回は、私が幹事。最近、我が家のすぐ近くに出来た、本当に素敵な、流行のレストランウェディングも出来るお店にした。ここ、まだ、試験的に開店していて、お昼しかやっていない。パパの誕生日に、ディナーを申し込みに行ったら、まだ、やって無いんです・・・と仰っていた。従業員が慣れてから、夜も始めますとおっしゃっていたのが、ああ、ちゃんとしたお店なんだと思えた。建物も、すごく素敵。古いヨーロッパの家みたい。11時半集合で、行った。中に入ると、すぐに、カウンターバーみたいなのがあって、少し、テーブルが置いてある。そこに、Kちゃん以外がもう、来ていた。「皆様お揃いになられましたら、ご案内いたします」と、暖かいお茶を出してくださった。座って、お喋りしていたら、Kちゃん登場。皆で中に案内された。とても天井の高い店内に、20ほどの丸いテーブルがゆったり置かれていた。女性のグループが一組、入っていた。ベージュの壁に、シャンデリア。本当に、結婚式の披露宴会場そのものだなあ。白いテーブルクロスも、清潔感があって良い。お料理は一応予約してあった。ギャルソンが来て、「メインはお肉になさいますか、お魚になさいますか」と仰るので、お料理の内容を聞いたら、どっちも選びがたい。皆、同じ意見で困っていたら、「両方を一皿にできますが・・」もうひとつ上のコースならそうなると言う。「今日は、新年会だから、少し贅沢しちゃおうよ」。運ばれてきたお料理は、この上なく美味しかった。すごく良いなあと思ったのは、フランス料理のお店に行くと、お喋りを中断して、そのお料理の説明を聞かなくてはならない。しかし、ここは、少しでも私達が、おしゃべりしていると、絶対、入ってこない。そして、「これ何?」という段になって、さっと近付いて来て、解り易く説明してくださるのだ。そういうところも皆、大変、気に入った。内容は、フランス料理なのだが、途中で、本当に小さな渋い小鉢に、赤い古米にいくらの乗った物が出てきたり、なかなか素敵だった。中でも、友人達が歓声を上げたのは、直径10センチ以上もある、チョコレートでできた卵の殻の中に、クリームブリュレが入っていていたもの。そのチョコレートの壁に、あめで包んだピスタッチオがくっついていて、そこから、糸のように30センチほどあめの糸が針金のように伸びていた。卵が落ち着くように、下にフルーツ。パティシェのセンスの良さが解るデザートだった。最後にお紅茶に折り紙で作った風船がついてきた。「?」とボーイさんのお顔を見ると、「今日、新年会と伺っていおりましたので、うちのシェフからです」わぁ~と歓声があがったのは、当たり前。中に美味しいクッキーが、二つ。こういう心使いって、良いよねぇ。もう、超満足の食事会だった。お値段も、何回か行ったお店より、お値打ち。今度は、娘や母と一緒に来よう。
2006年01月29日
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やっと髪を染めた。もう、何年、こうして染めているだろう。昨日、鏡に映して悲しくなった。もう、ほとんど白くなってしまっている。染めなければ、10歳は老けて見えてしまうだろう。髪は、元気で量も多い。3週間しか、持たないって事は、それだけ、延びるのが早いって事だもんね。なのに、色素だけが、無くなって、白くなる。薄くなるよりは、良いでしょう・・・と、薄くなった年輩の方に言われた。しかし、今、薄い方が、対処し易いんじゃないのかなあ。部分ウィッグの良い物が、出ているから。私は、アレルギー体質なので、なかなか合う薬がない。染料って、バカにできない。以前、染めていただいた時、染料が合わず、最初、言えずに我慢していたが、痛くて痛くて、とうとう、洗い流していただいた。翌日、頭がくらくらして、めまいがして仕方が無かった。だから、今は決まった美容院で、決まった薬品のしか使えないのだ。若い頃から、肌も、人一倍、敏感肌で、お化粧品を選ぶのが大変だった。デパート勤めだった。それも、商品券の売り場だったものだから、自然、一階になり、お化粧品売り場が近くにあった。季節季節に新製品が出ると、皆、試供品をもらっていた。女性の多い職場なので、お化粧品の売り場にとって、従業員は、とても大切なお客さんでもあったのだ。しかし、いつも私は、蚊帳の外。もらっている友人に「良いなあ」と言うと、「だめだめ、あなたには、怖くてあげられないわよ」と仲の良い美容部員の子に言われてしまった。そのくらい、私の肌は、弱く、一旦荒れると、皮膚科に行かなければ治らなかった。だから、今使っているお化粧品にたどり着くまで、本当に、そこらに居る美容部員より、多くのメーカーを知っているくらい、使った。いまのメーカーは、本当にやっと出合った物。時々、「アトピーの方も大丈夫ですよ」って言われ、他のメーカーに浮気もしたりするが、やはり、最後は、やっぱりこれが良いと、帰っていく。これが一番、私に合っているからだろう。自由に好きなお化粧品を使える事が、どんなに、女として幸せか、解って無い人が多い。私から見たら、本当に羨ましい限りなのに。自由にお化粧品を使ってみたかったなあ。
2006年01月28日
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オネエがマフラーを編みたいから教えてくれと言ってきた。「うっそ」およそ女の子らしい事をしない子なのだ。唯一、チョコレートタルトだけは、作り方を覚えたのでたまに作るが。二階の押入れの中に売るほど毛糸があったので、二人で見つけに行った。私は、ピンクと緑、パープル、イエローの毛糸で、しましまにチビのマフラーを編んでやろうと選んだ。オネエは、私がセーターを編もうと買ってあった、結構、高級品のこげ茶のあま撚りの毛糸が気に入って、駄目だというのに、これが良いと抱きしめて離さない。全くもう・・・。それなのに、私が編み出したのに、一向に始めない。私の方は、もう、20センチくらい編めちゃっているのに。チビが、「あ、それ、私の?」「うん、そうよ」と言うと、こんな言葉が返ってきて、ギャフンだった。「あ~、解った、来週からの試験にして行けるように編んでくれてるんだ」「・・・・・」少し編めた部分を頬にくっつけ「あ~、母の愛に包まれて、受験に行くんだなあ」思わず冷や汗がタラ~。そんなつもりじゃなかったし、編む物がなかったから、色からしてチビ向きだなあっと思っただけで、編み始めたのだ。まあ、調子合わせておきましょう「そうだよ~、頑張んなさいね」あ~、嘘をついてしまった。ごめん・・・・。しっかし、よく、そんな恥ずかしくなるような言葉、言えるなあ。これぞ、次女の要領の良さか。聞いていたオネエが噴き出していた。相変わらず、オネエはまだ編み出していない。
2006年01月27日
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パパが、会社案内を作り始めた。毎日、結構遅くまでやってくる。夕食が、9時くらいだったのに、今日は、11時になっても帰ってこない。こっちも眠くなってきたので、電話した。やっぱり、好きなんだなあ、デザインが。以前、親会社に頼まれ、自己啓発の社内ポスターを作ったことがある。「たぬき」つまり、「た」のつく言葉の禁止事項を上手く、従業員に啓発するためのポスターだった。向こうは、パパが元デザイナーと言う軽い気持で頼んできた。社員、数十万人の一部上場会社の支社。たった30枚のポスターなのに、「大きな会社は、こういうのにも、良い紙を使うなあ」と呆れるほど、しっかりした紙だった。私は出来上がったポスターを見て、本当にパパは、才能があるんだなあ・・・と感動してしまった。狸の顔の、どアップのイラストに、文字は、ほんの少し。狸の耳も無いのに、狸と解るデザイン。極力抑えた、コピーだった。しかし、大きな紙の中、すごくインパクトのある、良いポスターだった。パパに頼んだ方も、気に入ってくださり、結構評判になった。お礼に、コップに入ったパズルを幾つか頂いた。「電通で、製作料何百万もするポスターを作っていた人だって分かってるのかなあ」と憤慨する私に、「良いんだよ、お客さんが、喜んでくれるなら」と飄々としていた。しかし、後日、慌ててその方が、商品券を持って来た。多分、評判になり、誰が作ったのかと言う話になり、担当者が、事情を知り、こう言う事になったのだろう。ちょっと、鼻が高かった。こういうちゃんとした物を作るのは、それ以来だ。あちこちの方に「会社案内は無いのですか」と尋ねられ、重い腰を上げたのだ。自分が作り始めたら、のめり込む事が解っているから、なかなか手につかなかったらしい。きっと、毎晩、ワクワクしながら作っているんだろうなあ。だからここの所、考え込む事が多いが、機嫌は良い。だって、今回は、自分の会社のだもの。出来上がるのが、すごく楽しみです。
2006年01月26日
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最近、カウンセリングにいけない事が多かった。久しぶりに行った。最近は、気持に落ち着きが出て、以前のような、酷い鬱にはならなくて済んでいる。今日は、自分を見つめる事について、話をした。自分て、一番解らないと思う。じぶんが一番解らない奴だと思う。カウンセラーが提案してくれた事が面白かった。「娘さんの中にご自分を見る事はありますか?」あると答えたら、どんな風に?と聞かれた。「娘の中に自分の欠点を見出した時、すごく嫌です」。それを許す事が、自分を認めることになる・・・との事。自分に自信が無い。不安で仕方が無い。一人になって、自分の事を考えると、何故?何故?と自問の渦の中に入って出られなくなってしまうのだ。つまらないプライドはしっかりあるのに、自信に繋がらない。だから、地に足がついていない。人生なかなか難しい。もう、半分以上生きてしまった。確かに50歳になる前、これで良いのかと、苦しんだ。しかし、誕生日を迎えたら、嘘みたいに楽になった。だが、相変わらず答えは出ていない。自分にある物の、なんと皆、中途半端なものばかりなのか・・・。一つとして、完璧なものはない。子育て、家事、仕事。不安ばかりが募ってしまう。自分を見つめなおすと、いよいよそれが、顕著になるから、一人で見つめなおすことが出来ない。こうしてカウンセラーの力を借りなければ出来ない。情け無いなあ。しっかりしなさい私。
2006年01月25日
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なんだか久しぶりにゆっくりした。御祖母ちゃんのホームの近くの斎場で、従業員のお母様の葬儀があり、終わったら、御祖母ちゃんを連れて、みんなで一緒に昼食をしようとパパが言っていた。お昼近く、娘達と用意をして待っていたが、電話が鳴らない。おかしいなあ、もうそろそろ葬儀の終わる時間なのになあ・・。と思っていたら、電話。「何やってんだ、ずっと待ってんだぞ」「は~??」パパは、お昼ごろ葬儀が終わるから、それから御祖母ちゃんを迎えに行って、近くで食事を・・・と言っていただけなのに・・。どうしろってんだ!!まだ、お店も決まってないのに、どう動きゃ良いの?そういうと、「お昼頃に終わるって言う事は、そのくらいに駐車場で待ってりゃ良いじゃないか」これには、娘達が「は~?」斎場の前で、待ってる方が可笑しいんじゃないの~。すぐに、車でホームまで行くと言うと、「もう良いっ、店決めろ、そっち行くから」で、3人でそのお店に行くことになった。最近、パパ、すごく機嫌が悪い。私にも、娘達にも。だから、小さな喧嘩が絶えない。お仕事、忙しいのは確か。御祖母ちゃんが、下の方がもう駄目で、すっかりボケてしまったのも原因かな?でも、お店は、パパの方が近かったのに、私達の方が先に着いた。・・・・とパパの車が通り過ぎた。あ!また、通り過ぎたよ。3人で爆笑。天才的な方向音痴は、お店の場所もなかなか覚えないらしい。ばつが悪かったのか、車から降りてきたパパは、もう、機嫌がなおっていた。御祖母ちゃんは、今日はいつもよりしっかりしていた。すごく不思議なのだが、頭がしっかりしている時は、歩けるのだ。しかし、ぼっけボケの時は、支えなければ、歩けなくなる。やはり、脳の相互作用なのだろう。御祖母ちゃんは、本当にすっかりボケた。食事をしていても、顎に汁がこぼれても、全く気にせずご飯を口に運んでいる。むさぼるように食べる姿は本当に悲しい。大きくなった息子が、おしぼりで拭いてあげている姿は、見ていて、子どもと、親が反転してしまったような感じ。TVでそういう姿を見ると、老いては子に従い、など美しい言葉に飾られた映像に見えるが、実際に目の当たりにすると、結構辛い。一旦座ってしまうと、なかなか立ち上がれない。食事が終り、娘達が、二人掛かりで支えても立てなかった。パパが何とか立たせた。その途端、娘が小声で言った。「お母さん、臭いよ」「え?」おばあちゃんの座っていたあたりに尿のにおい。うっそ、慌てて御祖母ちゃんのズボンを見たが、濡れている様子は無かった。・・・と言う事は、ズボンが既に汚れて乾いている可能性があった。御祖母ちゃんをホームに送り、そのことを伝え、ズボンを替える様頼んだ。しかし、ホームの方が仰るには、なかなか言う事を聴いてくれないとの事。本当、大変です。帰りは、パパの車に乗り換えた。娘達は、そのまま、CDショップに行くと言う。パパの車に乗ったら、やはり匂いがした。これからは、御祖母ちゃんの座る下に、何か敷かないといけない。また、一つ、学びました。
2006年01月24日
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とうとうライブドア堀江社長が逮捕された。もう、夜8時から、私が楽しみにしている、「TVのちから」と言う、家出人捜索番組が、臨時のニュース番組に差し替えになったり、号外が出たり、大騒ぎになっている。何だかな~。あんなに、ホリエモンとか言って、マスコミもちやほやしていたのになあ。「お金でなんでも買える。買えないものはない」と言う言葉だけが、一人歩きして、堀江さんの人格を疑いの目で見た報道がされている。この言葉が、「こういう事を言えば、すごくセンセーショナルに聞こえるでしょう、それが、僕の作戦です」って言っていた、つまり、そう言う事をふまえて発言していたことは、マスコミも知っているはずなのに、この言葉だけが大きく取り上げられ、彼が、注目を浴びる為に言った言葉であり、批判を百も承知で、本気で言った言葉じゃないことも知っているのに、犯罪者の扱いを受けた途端、この言葉がまるで本気の言葉のように取り上げられ、識者と呼ばれる人が、TVで批判している。何か、可笑しいんじゃないですか~。魔女裁判じゃないんだから~。確かにこの言葉を、反対に堀江さんが、本気じゃなかったと言っていたにもかかわらず、トップに登りつめて行った時、本気でそう思い始めてしまっていたのかもしれないのは確かだが。登りつめて、地に足がつかなくなってしまったのだろうか。TVって、マスコミって怖いなあと思った。私達は、新聞や、TVでしか、情報を得られない。しかし、それが、操作された情報だとしたら、本当の事を知ることは出来ない。アメリカのUFO情報がよくそういう話題に上がる。私達は、NASAから発信される情報を信じて見ている。アメリカのNASAからしか、宇宙の情報は、発信されてないから。それって、本当の事なのかしら?だから、私は、矢追さんの宇宙物の話がすきなのだ。本当かどうか解らない、本当はね・・・・ってNASAを辞めた人の口から、まことしやかに、話される話は、本当に信じがたい事ばかりで、面白い。NASAの言う事が本当か、辞めた人間の言う事が本当か、それが解らないから面白いのだ。まあ、今回の堀江さんに関しては、これから、司法の手ではっきりしてくるだろう。宇宙の話じゃなく、日本の経済の中枢をになった人の話だから、ますます寒々とした世の中になっていくような気がしてならない。
2006年01月23日
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今日は、センター試験二日目。しかし、我が家は平和。チビは今日は試験は無い。やはり、思ったとおり、英語のリスニングの機械による不具合で、再試験の子が多数出たと言う。そりゃ、そうだよな~。何万個と言う機械が、なんの故障も無く、作動したら、それこそ、○ONYは、万々歳で、明日の株式市況は、○ONY株の大高騰があるだろう。しかし、世の中、そう上手くは行かない物だ。娘が持って帰ってきた機械を少し遊んで見た。電源は有るが、途中でスウィッチを切ることは出来ない。が、いじくり回していたら、あった、あった、電池が入ってるところ。電池を抜いたら、止まった。最初に女性の声で、使い方の説明がある。ボリュームを自分の良いように調節して、試験官の注意を待つ。作動している間、赤いランプがつく。横にICチップが差し込んであった。抜いたらどうなるかなあと抜いてみたら、ランプがパカパカした。最初娘が、「これ、試験の時だけしか使えないように電池がそのくらいしか入って無いらしいよ」なんて言っていた。多分、そう言われてきたのだろう。しか~し、私のような親も居るのだ。これ、電池を取り替えたら、いくらでも使えるじゃない?聞けば、もう、既に、オークションに出ていると言う。そりゃ、史上初の試みだから、塾など、来年の対策のため、手に入れて、生徒に実際に使わせたいだろう。娘に「オークションに出す?」と聞いたら、「ううん、記念に持ってる」そう、それも良いかもね。だって、史上初めてのリスニングの試験の機械だもん。でも、あ~、これでまた、必要の無いゴミが増えちゃうね。
2006年01月22日
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今日は、チビのセンター試験の日。しかし、チビは至って、平常心。親の私はさすがに、いつもの寝坊が、できなくて、早くに目が覚めてしまった。チビは、数学など受けないので、二時間目から。会場は、学校の近く・・・と言うより、うちの学校の上の大学。いずれ、子ども達の行っていた学校は、その○○大学付属高校、中学、小学校、幼稚園になると、以前聞いた。だから、チビたちも、ほかの学校から受けに来る学生たちより、何だか、リラックスしているし、こちらも、いつもの全統を受けに行く気分。すごく寒いらしい。オネエが、「あそこ寒いから、暖かくしていきなさい」とチビに言っていた。途中のコンビニ寄って、簡易カイロとお茶を購入。高速に乗って、いつもの道を15分。大学の駐車場にチビを降ろして、私はUターン。夕方、少し早く迎えに行き、駐車場でTVを見ながら待っていたら、ものすごい数の子が出てきた。娘はこちらから見えているのに、もう、暗くて、車を見つけられないらしい。クラクションを少し鳴らしてやると、気が付いて、走ってきた。ありゃ、うちの学校の子は、皆、制服着てるよ。チビに、「あなた、制服じゃなくてよかったの?」と聞くと、「うん、良いのよ、朝は先生が来ていたらしいけど、友達がみんな、制服で寒い寒いって言ってたけど、私は暖かかったから。皆、明日は、私服にしようって言ってたよ」ま、良いか。しかし、そこから、表通りにでるまでが大変だった。迎えに来た車の渦と、駅とのピストン輸送しているバスが、一車線の大学の道に溢れた。ふとバス停を見ると、お友達が一杯。皆、ちゃんと駅までバスに乗って、電車で帰って来るのだ。ちょっと甘やかしちゃったかな?「あなたも、お友達と、一緒に帰らなくて良いの?」「うん、迎えに来てるって言ったら、良いなあって言われた」「そう、ちゃんと解ってるの?」「はい、ありがとうございます」よしよし、まあ、一生に一度のセンター試験、それも、学校の方針で、わが校は全員受験なので、彼女にも親の私達にも、本当にお呼びで無い受験だったから、送り迎えくらい、良いでしょう。でも、面白かったらしい。今年の試験から、ヒアリングがあり、○ONYの機械が配布され、それを使ってのヒアリングの試験があったのだ。「出来た?」「うん、ヒアリングはね結構できたよ」「後がだめかぁ」「出来てりゃ、国公立、受けるっしょ」「そりゃそうだ」ちゃん、ちゃん。先生が以前、面白いことを仰っていた。「今回、何の問題も起きなかったら、僕は、○ONYの株が高騰すると思いますので、週明けに株を購入しようと思っています」「だって、もう、何十万と言う数の機械が、一斉に使われて、何も問題が起きないと言う事になれば、それはそれですごいことですからね~」そこにいらしたご父兄は、爆笑だった。確かに今回、問題が起きなければ、すごいことだし、株はあがるだろう。なかなか面白い事を仰るなあと感心してしまった。結果はどうあれ、いよいよ始まった感がある。頑張れ!!
2006年01月21日
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今日は本当なら、革工芸の日だったが、休んだ。風邪が朝から酷くて、お年を召した方が多いお教室に、行くことがはばかられた。それに、明日は、チビのセンター試験。なのに、天気予報は、雪。また、交通の障害がでてきちゃうんだろうなあ。チビは至って、平常。そんなに落ち着いていて良いの?と言うくらい。「だって、あんまり関係ないもん」そりゃそうだ。でも、私立でもセンター利用ってのがあるじゃないの~。まあ、普通の子が緊張しない時に、異常に緊張する子なので、これで良いのかもしれないなあ。お人形を一体、アップした。まだまだカミングスーンにしてある子もいるから頑張らないとなあ。ジュモーのオープンマウスの泣き笛が健在の「ママー」と言う子もいるし、クローズドマウスの可愛い子もまだアップしていない。自分のペースじゃないとできないから、仕方ないなぁ。お洋服も今一だから、探さないと・・・・。やらなきゃいけないことは、山になっているのに、体がついていかない。もう一人、「私」が欲しい。最近、通販の食品を注文する事が多い。今日は、前から飲んでいる、韓国の豆乳が届いた。これ、本当に美味しいんだよね。日本の豆乳は、豆臭くて、青臭くて、飲めない。でも、これは、もう、ゴクゴクいっちゃう。朝は、これだけ。あと、卵料理をオムレツとか、スクランブルエッグとか。これ飲んでいると、お肌がすべすべしてくる。最近は、香酢も飲んでいる。所謂黒酢ってやつとはちょっと違う。中国の皇帝が御用達だったメーカーの物だそうで、慣れちゃうと、本当に何にでも掛けちゃうくらい美味しいと思えるようになるから不思議。家族は、全く駄目。良くそんな物食べられるわねぇと、言う。しかし、本当に中国の人になった気持ちになるくらい、美味しい。中国の方は、本当に何にでも掛けて食べるらしい。パパが仕事で中国に行った時、向こうの人は、当たり前のようにテーブルに置いてある香酢を何にでも掛けていたそう。これ、本当に優れもので、油物をちょっとこれに浸けると、ぱーーーっと、油が分解して小さな玉になってしまう。体の中の油をどんどん分解してくれてるのが、解るのだ。それに美味しいから、薄めても飲む。年を重ねるほど、やはり、食生活に気を使う。娘達も、結構、気をつけている。良いことだね。それなのに、風邪を引くから嫌になっちゃう。今日は、大人しくしていましょう。
2006年01月20日
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昨日、不覚にもここに、ドラマなら、自殺者が出ると書いたが、今日、本当に自殺者が出てしまったと知った。やはり・・・と言う思いと、命より大事な物って何?と疑問に思った。お金に頼って生きている人はそのお金の行く末が不安定になると、命まで消してしまうのだろうか。いやいや、そんな単純なことじゃないだろう。自分の名誉を守る為?自分が堕ちて行くのが怖いから?解らない。鬱が酷い時、自分がいなくなった方が、家族が幸せじゃないかと思い、死んでしまおうと思った。でも、思い留まったのは、反対に家族への愛だった。今回、亡くなった方は、家族への愛は無かったのだろうか。命以上の物って、あるのだろうか。私の周りで、3人の方が、ここ数年で自殺している。そのうちお二人は、まだ学生のお子さんを残した母親だ。その度、思った。「死ぬ気で生きられなかったのかな」単純バカの私には、鬱になっていても、解らない。死にたい気持は十分理解できるが、実行する気持が解らないのだ。宗教には、全く興味が無いことを前置きして。人は、この世に宿題を持って生まれてくる。神様が出した宿題。事実、小さな子に聞くと、「この人が良いなあって思って、お母さんのおなかの中に入ったの」と言う答えが返ってくる事が有るという。やはり、前世はあるのだ。そして、神は、宿題を課してこの世に命を送り込む。今回、この亡くなった方の宿題が、今回の試練であったら、あの世に帰った魂は、一体どうなるのだろう。小心者の私は、実は、それが怖くて、生きている。父が生きていたとき、よく、そういう話をした。戦地に赴き、亡くなった戦友の亡骸を、ツンドラの地にツルハシをつきたてて、穴を掘り、仲間と放り込み、土をかけた自分は、地獄に行くのか・・・とよく言った。今自分が、生きていることさえ、罪になるじゃないかと。反対にだからこそ、あいつらの分まで生きてやろうと思ったのだと。その父は、あの世を頑として信じなかった。そして、あの世が実在すると主張する私とよくぶつかった。「死んだら、きっと、ああIの言った通りだったなあって思うよ」と憎まれ口をたたいたものだ。私は私で、不思議な体験を多々しているものだから、あの世を信じて疑わない。たとえ、脳の一部の錯覚だと科学者が説明しても、あの世は、あると、断言してしまう。だからこそ、今、出された宿題をしっかり生き、人生を真っ当したいと思うのだ。よって、死に急ぐ人の気持が解らない。自分が一時の病で、そういう気持になったにも関わらず・・だ。この先、多分、この事件は、もっと裾野が広がっていくだろう。市井の人には、全く縁のない事件かもしれない。だが、今一度、生きる・・と言う意味を考えてみたいと思った。
2006年01月19日
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ライブドアに強制捜査が入った。とうとう来たか・・・と言う感。堀江さんは、少し、やりすぎたかな。上昇志向が高じて、法を犯したのだろうか。秘書の人が、彼はとても純粋な人だといつか言っていたが、純粋な人は、法を犯さない。堀江さんは、何も知らなかったのだろうか。強制捜査が入る以上、何か、あるのだろう。何だか、サスペンスドラマでも見ているよう。さしずめ、ドラマなら、ビルの屋上から、誰かが、飛び降りて、秘密を保持する・・・・と言う筋になるのだろう。東証が、止まっちゃったらしい。日本の証券取引場もたいした事ないなあ。何だか、日本の行く末を、暗に指しているような感じがして仕方が無い。農耕民族であった日本人は一体、どうなっちゃったんだろう。上昇志向だけが、先行していく。人の心が追いついて無い。そのしわ寄せが、子ども達に行っているのじゃないだろうか。見せ掛けの「個性重視教育」「ゆとりの時間」。何なのだろう。また、こう言う事を言うと、働く母親達に叱られそうだが、私は、母親は、きちんとうちにいるべきと常々思っている。確かに生活のレベルは上がるかもしれない。しかし、そのしわ寄せは、一番弱い立場の子どもにいくのじゃないだろうか。取り返しの付かない時間を犠牲にして成り立っている事を、早く皆が気が付くべきだと、危機感を持って思っている。それじゃ、ただ一日、うちにいれば良いのか・・・。そうじゃない。ちゃんと、時間をたっぷり使って、子どもと向き合うべきだと思うのだ。そのために、母親はうちにいるべきと思うのだ。子どもを生んだ以上、その子の人生に責任があるのだ。その子の心を豊かにしてあげる責任が有るのだ。物ではなくて、一緒に花を摘んだり、自分の子供のころの話をしてあげたり、一緒に夕食を作ったり、お菓子を作ったり、母親だけがしてあげられる事のなんと多い事か、一日、一緒にいた私でさえ、時間がもっと欲しかったのに・・・。母親の代わりは無いのだ。美味しい手の込んだ食事を作って、帰って来る家族を、しっかり迎えるべきだと思っている。大人になったとき、それがどんなに大切な事だったのか、きっと解るのじゃないだろうか。何回もここに書いたが、子どもは、表であった、辛い事、嬉しい事、話したい事を、一杯、心に抱えて帰って来る。色色な思いを、話したい些細なことを玄関まで大事に抱えて帰って来る。玄関を開けたときに、迎えてくれる人がいるからこそ、思いを抱えて帰って来たときに、しっかり、受け止めてくれる人に、「おかえり」と言ってその思いが冷めないうちに聞いてもらえるからこそ、また、次の辛い事に立ち向かって行けるのだと思う。そして、人の痛みを知り、人への思いやりが生まれるのだ。大人でも、辛い思いをして家に帰った時、誰も話す人がいなければ、自分の中にその思いを埋め込んでしまう。後で誰かに「何か有った?」と聞かれても、「なんでもない」と言って仕舞うことって多い。思いを抱えて帰って来た子にすぐに話を聞くから、すぐに対処ができるのだ。「なんでもない」と言っても、「話したくない?」と聞いてみてやると、案外「ううん、そんなことないよ」と話し出してくれるのは、まだ、鉄が熱い内だからなのだ。嬉しいことがあった時、「そう、良かったねぇ」と、嬉しいままの笑顔が消えないうちに聞いてやるのと、時間が経った時に聞いてあげるのとは、雲泥の差じゃないだろうか。子どもは子どもなりに、気持を砕く。「疲れてるお母さんにこんな話して良いかな」とちゃんと考える。私はこどもにそんな思いはさせたくなかった。せめて、子供の時くらい、素直に、自分の気持を吐き出せる対象でいてやりたかった。いつもいつも「ただいま」を聞いていたから、その日、一日がすぐに解った。すぐに傷を癒してやれたし、すぐに一緒に手を取り合って喜びを二倍にしてやれた。家計は、贅沢のできる環境じゃなかったが、赤ん坊の時から、ずっと一緒にいても、見逃す事の多い瞬間を、他人に託して、もっと見逃すのは絶対嫌だった。今、これで良かったとつくづく思う。そしてまた、いつもいつも、うちで母親が待っている事が当たり前になっている子は、話を聞いて欲しくて、前のめりで帰って来るものだ。当ての無い寄り道などしないから、子どもを危険からも守ってやれる。うちに帰っても、誰もいないことが解っているのに、寒々とした家に一人帰るつまらなさを経験した子は、当ての無い寄り道をする。そして危険にも、誘惑にも、堕ちてしまう率が高いのだ。掘江さんが、どんな子ども時代を過ごしたのか知らない。東大に入るくらい、優秀な子どもだったのだろうが、どんな家庭だったのか知らないが、急ぎ過ぎた上昇志向が招いた結果だったのだろう。なんだか、とても寒い感じがしてならないのは、私だけだろうか。
2006年01月18日
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風邪からか、昨日の騒ぎからか、疲れて、何もしたくなかった。午前中、ソファに寝転がっていた。・・・と、こういう時に限って、今までなかなかご縁が無かったドールが、お嫁に行く事になった。もう、我が家に3年以上いる子で、どういうわけか、なかなかご縁が無かった。私の撮影した画像が悪かったのか、私の撮影した画像より、うんと可愛い子だったのに、2~3のお問い合わせはある物の、フレンチドールなのに、お嫁になかなか出られなかった。彼女は、足を出すと、その方向に首を向ける歩行機能付きの子で、本当なら、投げキスをしながらその動作をするのだが、今は、投げキスはしない。その子が、急にお嫁に行く事になった。良かったね・・・・と言う気持ちと、寂しい気持がないまぜになった。そりゃ、彼女とは、長かったからなあ~。でも、良いママが見つかって良かったね!娘の大学の謝恩会が、来週ある。卒業式は、3月なのに、早々と謝恩会。午後、それに着るドレスを買いに、母を誘って名古屋に出た。母には、急に行くと言ったので、文句がでたが、じゃ、辞めとく?と聞いたら、「え~、行くけど、もっと早く言ってよ~」。昨年末のパパの誕生日に何もプレゼントしなかった事をすごく気にしていたからなあ。我が家の駐車場から、パルコの駐車場までいつも大体30分で行っちゃう。今日も、35分掛からなかった。そう飛ばしている訳じゃない。なまじ、名古屋市内に住んでいる人より、早いんじゃないかなあ。デパートの中で、以前、母と見て歩いた時、ああ、娘に着せたいなあ・・・と思ったお洋服が一杯のお店があった。今回、文句を言うかなあ・・とそのお店に連れて行ったら、案外気に入って、結局、そこで揃えた。お値段も、まあまあ。タフタのウェスト切り替えの同じ色のコサージュと、白いサテンのリボンの付いたベージュのスリップドレスに、シフォンの布で出来た、可愛い、小さな薔薇が、襟周りにビッシリ付いた、サーモンピンクのボレロ。ネックレスと、ビーズの刺繍の付いた、シフォンのストール。はい、出来上がり。上に上がって、今度は、パパが好きな犬がトレードマークのお店で、その犬がアップリケしてあるシャツを二枚、母が購入。お茶を飲みたくて、さらに上に上がったら、なんと、お気に入りのお店がなくなっていた。あそこのミートパイが、すごく美味しくて好きだったのに・・・。仕方が無いので、もう一つ上に上がり、美味しい大きなケーキで有名なお店に入った。ゆっくり休んで、表に出ると、外商さんのお客様対象の宝飾のセールをしていた。このデパートは、私の元職場。こうして文章にするとどうしても、お客様と言う表現が懐かしい。デパートにとって、店頭の売り上げより、外商の売り上げの方が、断然多い。だから、外商の顧客が、どれだけいるかで、そのデパートの売り上げが決まってくる。私の職場だった商品券売り場も、ほとんどの売り上げが外商さんだった。一応、亡くなる前、父もその一人。デパートは、外商の客のために、時々、こういう超、お得な、ほとんど儲けの無い販売会を催すのだ。だから、本当に良い物が安く買える。しかし、中に入るのに、外商の顧客である証明が必要だった。母に聞くと、「外商カードだったら、持ってるわよ」。即、御入場。色色、見て歩いていたら、1カラットのダイヤのネックレスが10万円だった。それも、その輝きからかなりクラスの上のダイヤと見た。当然「安い!!欲しい!!!」・・・となった。縦に可愛いダイヤが三つ、連なっている。しか~し、超冷静に、耳元で母が小さな声で言った。「辞めときなさい」。「買う気で探して見つかったダイヤじゃないでしょう。そういう物は、縁が無い物よ」そうか~。確かに母の言う事も一理ある。後ろ髪を引かれる思いで、会場を後にした。目の中に綺麗なキラキラとした輝きが残った。ああ、やっぱり欲しかったなあ。あんな綺麗なダイヤ、あのお値段じゃ、なかなか買えないよ~。私の心中を察したのか娘が、「はい、我慢我慢」。ブツブツ言い続ける私を尻目に、二人はさっさと、エスカレーターを下って行く。そうだよなあ、今日は、娘のパーティのドレスと、パパのプレゼントを買いに来たんだった。・・・・諦めましょう。車に戻って、帰宅する頃は、もう、薄暗くなった。良いお買い物が出来た。体は疲れたが、少し、気持が元気になった。頑張らなくちゃね。
2006年01月17日
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夕方、パパから電話。「今、ホームから、お袋の様子がおかしいから、救急車を呼んだって電話があった。救急車がホームを出る時、そっちに連絡が行くからお前、悪いけど、行ってくれるか」パパは、どうしても外せない仕事があって、こちらに連絡が入ったのだ。用意をして30分以上待っていたが、何も連絡が無い。心配になり、こちらからホームに電話をするが、通じない。多分、夕食前で、ほかのケアの方が、手が放せないのだろう。仕方ない、もう少し待ってみますか。15分経ってもう一回電話した。「あ、今、連絡しようとしていたところです」電話口の向こうで、ピーポーピーポーの救急車の音。「今、病院に向いました。書類をお持ちの上、病院に行ってください」午後6時半。病院到着。待合室に二人のホームの方がいらした。「すみません。どうなんでしょうか?」ご挨拶もそこそこにおばあちゃんの様子を聞いた。「目がうつろで、食事をなさったんですが、お箸で口に運ぼうとするんですが、顎に当たったり、全く口に入らなくて・・・・。」「おしっこをしてらっしゃるんで、おズボンを代えましょうと言っても、濡れていることが全く解らないらしいんです。それに、全く歩けなくて・・・。」「そうですか・・・・。」「救急車の方がお名前はと聞いても、『T』(弟の名前)と言ったり、何歳ですかと聞いても、『90歳』と言ってました」とのこと。お一人の方が、お子さんがいらっしゃると言うので、先に帰っていただいた。それから、二時間待たされた。一度、処置室から、CT室にストレッチャーで運ばれているのが見えた。残ったケアの方にそのあとずっと、愚痴られた。「私達の言う事を全く聴いてくださらなくて・・・」「『あんたなんかに世話にはならん』て仰って」「『なんであんたの言う事を聴かなきゃならんの』って仰ってねぇ」もう、こちらは、「そうですか・・・」と返すしかない。認知症なんだから、仕方ないでしょう・・と言いたかったが、このホームを出されたら、行く所が無い。以前同じような症状で救急でつれてきたお年寄りが、病院の都合で、何の治療も必要なしとのことで、返されたそう。そのため、今回も私一人じゃおばあちゃんを連れて帰れないだろうと、いてくださっているのだと聞き、申し訳ないので、表に出て、パパに早く来てくれるよう電話した。程なくしてパパが来て、その方に、よくお礼を言って、帰って頂いた。本当に大変だよなぁ、ありがとうございました。パパとそれから一時間待ったが、病院側からは何もない。ナースセンターに聞きに行った。「今、血液検査と、CTの結果待ちです」との事。処置室に御祖母ちゃんが点滴をされて寝かされていた。パパが入って行くと、目を凝らして、「ああ」「俺、解るか?」「S」。「じゃこれは?」とパパが私を指したら「あんたの嫁さん」なんだ、しっかりしてるじゃない。普段の御祖母ちゃんと変わりない。暫くすると、先生がやってきた。「点滴室に移します」点滴室に移り、また30分ほどして午後11時過ぎ。先生がいらした「写真は何も変わりないし、血液の数値も前とあまり変わり無いですね」「じゃあ、今回のは何だったのでしょう」「う~ん、何回か、脳梗塞や脳溢血をおこすと、てんかんの発作のように、こう言う発作が起きます。それでしょう」「もう、帰宅されてかまいませんよ」。車椅子を持って来て、御祖母ちゃんをパパの車に乗せ、パパはホームに連れて帰って行った。私は私の車で来ていたので、そのまま帰宅した。娘が御寿司を取ってくれていた。帰宅したら、もう、12時近かった。やれやれ、本当に大変です。もう、何だか、食欲もなかったが、少しつまんでそのまま、パパの帰宅を待っていた。午前1時、パパ帰宅。「もう、そろそろ、あそこじゃ、対応出来なくなってるかもしれないなあ。早急に介護認定の申請をしなおしてくれるみたいだし。いよいよ、特養探さないとなあ・・」。糖尿病、本当に怖いです。パパも最近、お祖母ちゃんの食事の仕方に似てきたよ。気をつけなくちゃね。私、少し口うるさくなってきたけど、これも、パパのためなんだから。人間、本当にああいう風になったら、悲しすぎるよ。
2006年01月16日
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昨日、家族との約束を破ってしまって、皆から総すかん。今回は、私が、どう考えても悪い。嫌な顔一つせず、嵐行脚をさせてくれているのに・・・。約束は守らないとね。反省。朝から、結構、皆冷たい。仕方ないなあ。でも、夕飯はパパが、以前私が、嵐君のお芝居で大阪に行っていない時に、子ども達をつれて、わざわざ私に嫌がらせで、私が大好物の鳥料理専門店に行ったのだが、今日そのお店に連れて行ってくれた。テーブルの上に七輪が有り、数々の部位の鳥肉を注文した。私は、鳥肉が大好き。特に、「そろばん」と言われる、鳥の咽喉の部分のお肉が大好き。ももも、皮せんべいも、超、超、美味だった。パパの無言の仲直り。私があまりしゅんとしているのを、可哀想に思ったのだろう。こういう所、パパの良い所。根が優しいから。夫婦ってこういうちょっとした優しさで、長い生活をやっていけると、いつも思う。ほんの少し、思いやりを持って生活をしていると、相手の良い所も普段の生活に隠れてて見えない部分も見えてくるものだ。昨日、雨に濡れて、そのままコートをロッカーに入れて、コンサートが終わる帰る頃には、しっかり湿気てしまい、それを着て帰ったものだから、また、風邪がぶり返した。くしゃみが止まらない。あ~、不覚だったなあ。
2006年01月15日
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午後一番に、新しく知り合った嵐友と名古屋で待ち合わせ。今回、ご一緒するのは、広島の方を除いては、近郊の方3人。最初にご一緒する事になったSさんと、広島の方はもう、何年も前からのお知り合い。近くの喫茶店で、自己紹介後、すぐに、楽しいお喋りになった。好きな物が一緒の方とは、旧知のようにすぐに仲良くさせていただけるのが、一番良い事。外は雨が激しく降っていた。コンサート一時間前になったので、会場のZEPP名古屋に向った。私は、そこで最初に嵐友になっていただいた長野のMさんと再会。ものすごく嬉しかった。お互い見つけると、走り寄って、一年以上ぶりの再会に手を取り合った。今回も彼女は、車で嵐仲間の方達といらしていた。その方達とも、再会を喜びあった。これだから、嵐君行脚はやめられない。チケットのナンバーごとに呼ばれて中に入り、オールスタンディングの会場に入る前、コインロッカーにコートや荷物を入れて中に入った。今回、一番後ろだったが、会場が狭く、私は身長が高いので、十分楽しめた。後から聴いた話だが、前の方は、結構、ギューギュー詰めで、なかなか体を動かせなかったそう。その点、私は、思い切り翔君と一緒に踊ったり、翔君と大ちゃんが作った曲の踊りも、レッスンビデオを見ながら、楽しく踊れた。曲は、3分の2が、嵐君の曲。セットリストと、感想。○オープニング(久しぶりの生嵐君です、どきどき)○.Lucky Man(う~最初にこれ持ってくるとは、おぬしやるなあ!いつもこれ、コンの時、アンコール曲に成ることが多いのに。はい、「ラッキーマ~ン!ラッキーマ~ン!」)○.身長差のない恋人(この曲好きなんだよね~)○.ハダシの未来(はい、手拍子,楽しい!!)○.イントロダクション -STORM-(Crazy groundの王様ラップ)○.unti unti(一昨年の翔君のソロ曲)○.ALL or NOTHING○.いま愛を語ろう○.オリジナル曲(まだ、曲が無いのそうで、いま愛を語ろうを使ったそうです)○.ONLY LOVE○.オリジナル曲(ニノと作ったって言ってました)○.RAINBOW(これ、潤君のソロ部分が多くて、一昨年のコンの時、歌ってほしかったのに、キャンセルになっちゃった曲で聞けてうれしかったぁ)○.今夜はブギーバック○.Hey Hey Lovein' you○.スケッチ(これは、抽選でCDが当たった人だけが聞けた曲)○.ペンの射す方向 (すごく良い歌で、翔君が作った詞がすごく良かったです)○.俺たちのSONG(大ちゃんと作った曲で、大ちゃん出演のレッスンビデオで皆と踊りましたが、大ちゃんのお顔がめちゃめちゃ面白かったぁ)○.二人の記念日 (完全版だと言ってましたが、何が完全なのかわかんなかった。)○.Thank you for my days(皆一緒に歌おうってマイクを向けました)○.Choo Choo TRAIN○.言葉より大切なもの(もう、ものすご~く盛り上がっちゃいました)○.五里霧中(もう、興奮のるつぼ!!)○.a Day in Our Life(~WAY! ~上! ~ねぇ! ~SAMEDAY!のコール&レスポンスも最高潮です!!)○.Yes? No?(これ聞くと、昨年のコンを思い出します。翔君「ラスト」の叫び声)「翔~君」コール、すごく長いこと続きました。アンコール○.JAM(もう、言う事なし!!)○.a Day in Our Life(これで、最後!と翔君の元気な声、ありがと~元気でね~と退場)と、ほとんどは嵐君の曲。二時間近く、翔君がラップを歌って、いつもほかのメンバーの唄うところは、私達にマイクを向けて、手をくるくる回して、唄うよう、促してくれたり、途中、バンドのメンバーを紹介してくれましたが、ニノの日記によく出てくる「モヒカンの音楽の先生」がいたり、嵐君達の曲のアレンジをした人だったり、作曲した人だったりで、すごく、有意義なコンサートでした。一人でどうなっちゃうんだろうなあって心配だったけれど、十分楽しかったし、音楽的にも、全然、不自由さは感じられなかった。翔君もフィルムを流して、お客さんがそれに見入っている間に着替えたリ、上手な構成だった。ダンサーが5人ほどと、バンドのメンバーが4人。それに翔君。MCも、いつものように卒の無い翔君と言う感じより、「名古屋って、盛り上がらないんでしょ・・って僕が言ったら『え~』って言ってください」と言いながら、皆で思い切り、「え~」って繰り返していたら、ボソッと「う~ん、なんか、そう言われると・・・嫌だなあ」と本音を言って、可愛かった。オペラグラスを持って行って、正解。でも、熱気でグラスが曇って仕方が無かった。期待をしていなかった分、超、超、楽しかった。グッズは、ポスターがすごく素敵だったが、貼る場所を考えたら、買えなかったが、今少し後悔。タオルと、ストラップ、写真は購入。コンサートが終わって、横のビルで、次の回に入る嵐友Aさんと待ち合わせ。大ちゃんのチケットを渡す約束をしていた。笑顔で走ってくるAさんに「すごく面白かった。大ちゃん出てきたよ」と言うと、大ちゃんファンのAさんは、すごく嬉しそうだった。一緒に来た方といると長野のMさんから「今から帰ります」とメール。無事にお帰りください・・・と返してふと見ると、ありゃ、Mさん。一緒に来ていた中学生のお友達のお嬢さんがおなかがすいたとか。また、暫くお喋り。本当に私にとって、Aさんも、Mさんも、嵐君を通じて知り合った、大切な友人だ。そして、今日、また、新しい、嵐友ができた。これだから、嵐君のファンは辞められません。次は、大ちゃんのソロコン。翔君とのコラボの曲は、今度は、翔君出演。う~ん、楽しみだわん。
2006年01月14日
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翔君のソロコンサートが明日名古屋を皮切りに全国のゼップで行われる。これのチケットは、ファンクラブの電話による予約抽選。今回、大ちゃんのソロコンも2月からあるので、両方申し込んだ。しかし、大ちゃんの方は見事当選したが、翔君の方は、落選した。当落確認できる日から、モアチャンス・・と言う方法で、追加抽選があったが、これにも落選した。諦めていたら、知り合った方嵐ファンの方から、ご一緒させていただけるとのお申し出。正にラッキー!!しか~し、今朝から、くしゃみが止まらず、寒気がして、いくら暖房しても寒い。体もだるくて仕方が無い。これが悪寒てやつだなあ、やばいなあ・・・と思っていたら、夕方、とうとう、発熱。終了間際のホームドクターに飛び込んで、診察、投薬していただいた。これに、○ンケルでとりあえず大丈夫。全く、自分の体の弱さに辟易してしまう。今は、医療が発達したので、昔なら、助からなかった赤ちゃんも、育つようになった。しかし、私が生まれた時代は、赤ちゃんの死亡率も高かったはずだ。私のように、小さな頃から虚弱体質の人間は、本当は、生きられない命だったのじゃないだろうか・・・。助けていただき、良かったのか悪かったのか、この年まで付き合い、こう頻繁に熱が出たりすると、弱気になり、ついついそんな罰当たりなことを考えてしまう。いつも、これは神様の出した試練だと思うようにしているが、ADHD障害者である事も試練だとしたら、随分、宿題をもらって生まれてしまったなあと思う。神様は、そのことに耐えられると判断した者にしか、宿題をださないから、頑張って・・・なんて慰めていただいた事もあるが、こう、体が弱いと、自分の細胞の一個一個に、「しっかりしてよ~」と言いたくなるのは、許されないことだろうか。う~ん、明日は翔君に元気をもらいに、しっかり、暴れてくるぞ~。
2006年01月13日
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今朝も、頭痛。ああ、もう、嫌。薬を飲んだ。負けたくない。朝食を取って、少し動いた。御祖母ちゃんのお布団を干した。洗濯をした。お玄関のお正月の飾り物を片付け、買って来た薔薇を生けた。暮れから置きっぱなしだった段ボールを片付けた。ドールを選別し、衣装を選び、着替えさせて、キャビネットの中を整理し、撮影をした。ほとんど一日、動いていた。動けた。嬉しかった。午後、賞を頂いた、「ロボット」と言う映画制作会社から、賞品の本が届いた。既に持っていたものだったが、嬉しかった。今日は、何だか、すごく気持も落ち着いている。食事も美味しく作れた。久しぶりの花丸の日だった。昨日、夕方、消防自動車が、何台も下の大きな道路を行った。どこか大きな火事だと、二階のベランダから見たが、高台の我が家からも、わからなかったが、ニュースで、近くの団地の公団住宅から出火し、二人亡くなったそう。お気の毒に・・。我が家も火の用心です。
2006年01月12日
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今日は、カウンセリング。午後から、出し忘れたお年賀状を松の内が過ぎてしまったので、「寒中見舞い」にして出したり、玄関や、門扉の松飾を片付けたり、お人形の関係者に、ご挨拶状を出したり、結構、有意義に過ごせた。夕方、着替えて、病院へ。御祖母ちゃんのことなど話した。先生に言われたのは、「3日で6日ですから、3・2が6ですね」あ、ほんと。そう言えば、母もそう言っていた。「3日御祖母ちゃんと接すると、倍の6日寝込むね」って。なかなか面白いこと言うなあ。でも、ぶっ倒れてしまう自分が恨めしかった。お人形のお問い合わせが、少しある。早く、アップしなくちゃなあ。良いお人形がたくさんあるから、ご紹介したいし。夜、娘が「永谷栄一郎って、お母さんの幼馴染だよね」というので「そうだけど、永谷君がどうかした?」と聞くと、「うん、新聞に永谷園の会長がなくなったって書いてあるよ」そうなんだ・・・。永谷君のお父様、暮れに亡くなってらしたと知った。永谷君とは、一杯思い出が有る。本当に良く一緒に遊んだ。お宅に行くと、確か二人お姉さまがいらして、永谷君が可愛がってもらっている事が良く解った。いつかも、ここに書いたが、永谷園は、元々、お茶屋さんだった。狭い倉庫にお茶の箱が積んであって、子どもだった私達は、その箱の上を飛んであそんだ。すると、おじさんが、「こら!、お茶の箱の上に乗っちゃだめ!」と二人してすごく叱られた。そのおじさんが、今回亡くなった永谷園名誉会長だ。永谷君の家は、二階がリビングになっていて、その周りにお部屋があった。「良いもの見せてあげる。一杯開けちゃだめだよ」と永谷君が言ってそっと開けてくれたふすまの間から見た光景は、私にとって、驚きだった。3疊ほどの部屋に、セキセイインコが放し飼いになっていて、たくさんのインコが、部屋のなかほどにある木に止まっていたり、飛んでいたりした。もう、本当にびっくりしてしまったものだ。こんな事もあった。庭のブランコに乗っていて、私は、何かに気が付いて、ADHD障害の悲しさから、後先考えずにブランコを降りて、永谷君の乗っているブランコの前に飛び出した。その結果、彼のこいでいたブランコにおでこの生え際をしたたか打って、ぱっくり傷口が開いた。おばさんが飛んでいらして、母に知らせが行き、病院で二針縫ったそう。今も、その傷跡は、私のおでこに残っている。永谷君とは、東京都港区の今はもう、無くなった西桜幼稚園から、南桜小学校(後に桜小学校)と一緒だったが、たしか、3年生くらいに、永谷君が麻布小学校に5年生に私が武蔵野第一小学校に転校して、そのままになっていた。私が育った、伯父が社長をしていた会社の社宅も、その会社も今はなくなり、なんと、永谷園の本社社屋になった。それからは、全く別の場所で、別の人生を送ってきた。その後、永谷園はご存知のように大会社になり、一人息子だった栄ちゃんは、当たり前のように、現在は、永谷園の社長に就任した。怖かった御父さんは、名誉会長になり、今日その訃報を聞いた。こんなに遠くになってしまったが、多分、永谷君も、私との幼い頃の思い出を共有してくれているかもしれないと思うと、すごく、すごく懐かしい。お茶漬けのりを開発したすごい方だったが、私には、永谷君のお父様だった。栄ちゃん、お父様のご冥福、遠くからお祈りいたします。
2006年01月11日
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やっと、気持良く起床できた。しかし、11時。下に降りると、誰もいない。雨戸を開けて、パンを食べようと、トースターにバターロールを入れたら、オネエが起きて来た。「あ、おはよう」「おはようって時間じゃないよ」・・・と裏のドアがガチャガチャ言った。あれ?パパ。「どうしたの?」「今日、お袋の眼科」「だって、いつも、病院に行く時は、お昼ご飯食べてくるじゃない」姑は、通院の際、いつも、パパとお昼ご飯を食べるのを、楽しみにしていた。「今日は、目のレーザー手術で、早く終わったから、ホームに連れて帰った」そりゃ、おばあちゃん、がっかりしたんじゃないの・・と思ったら、「いや、食事の事も忘れてるみたいだった。」もう、そこまで痴呆がきてるのか・・・・。まだ、11時過ぎだが、オネエも一緒に何か作って・・と言うので、焼きそばを作った。私はまだ食べたくなかったので、小さなバターロールにチーズをはさんで食べた。何だか、今日は、調子良さそう。洗濯をした。気持も、立て直せた。机の上を綺麗にした。色色な雑用もこなした。こういう日が続くと良いのになあ。オネエがアドレスを取った。これで、やっと、私のパソコンを占領される時間がなくなった。娘達の部屋は、家の一番西。私のパソコンはリビングで一番東の部屋にある。娘とパソコンでやり取りもできるようになった。私の方が、ネットでは先輩なので、色色聞いてくるので、メールの時のフォントの変え方や、自分の好きな壁紙でメールを飾る方法など教えた。こりゃ、なかなか便利。以前は、インターフォンがあったので、それで連絡しあっていたが、犬が線を切ってしまってから、いちいち、廊下まで出て、一番端っこの部屋までいかなければならなかったが、これは、本当に便利になった。こう書くと、大邸宅のように聞こえるが、娘の部屋は、後から継ぎ足した部屋で、リビングの隣が、おばあちゃんの8疊の部屋で、その向こうが、玄関ホールになっている。そこに上に上がる階段があり、反対側に下に降りる階段があり、3段降りたところにドアがあって、その向こうが娘達の勉強部屋なので、リビングからは、相当大声で叫ばないと、聞こえないのだ。暫く、娘と遊んで、お使いに出かけた。本当に今日は、良い調子。このまま続くと良いなあ。
2006年01月10日
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酷い頭痛で目が覚めた。やはり、昨日の洗髪がいけなかったのだろう。情けなくなった。自分で洗髪もできないのか・・・。下に降りたら、オネエがいたので、背中の凝っている部分に温シップを張ってもらった。こちらが言わないのに、ちゃんと痛い部分に貼っていってくれるので、不思議に思っていると、「だって、すごく硬い部分がすぐに解るもん」それほど凝っているのか・・・・。参った。またまたソファの上に逆戻り。今日は手ごわそうだったので、頭痛薬を久しぶりに飲んだ。午後、母から、お墓に行くから、車に乗せて行って途の事。少し頭痛が和らいだので、オネエの車で母を迎えに行った。我が家から、車で2分の母の家は、もう、松飾が取ってあった。「今日、御父さんの誕生日だからね!」あ、そうだった。生きていれば、今日で78歳になったはずだった。お墓に先日京都で母が買ってくれたピンクの房の付いた、水晶のお数珠を初めて持って行って手を合わせた。「御父さん、お誕生日おめでとう」って、亡くなった人に可笑しいね・・・と言いながら、お花を代えて、孫達が手を合わせていた。母を家に送り、レンタルCDを返しに行くと言うオネエを見送り、チビと家の中に入った。表は良いお天気なのになあ。おばあちゃんのお布団を干す元気が無い。やっと、ソファの皮を洗ったばかり。明日はもう少し元気になっていると良いなあ。
2006年01月09日
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やっと少し、体が動けるようになってきた。日曜だが、何となく、お正月のまま休みになった気がして仕方が無い。不思議な感覚。そりゃ、毎日、お昼近くまで起きられなかったから。すごく久しぶりにお風呂で洗髪した。多分、昨年の夏以来だ。風邪の合間を縫って入浴はしても、洗髪はずっと美容院でしていたから。お風呂の暖房をつけて、ゆっくり二時間近く掛かって入浴した。たっぷりトリートメント剤を髪につけたまま、湯船でマッサージしたり、体を洗ったりする。何回か、湯船で時間を潰してから、最後にトリートメント剤を洗い流して、お風呂から出る。もう、本当に気持が良くて、天国なのだが、私にとっては、掛け。これで、明日の朝がどうなるか怖い状態なのだ。ストーブの前で髪を乾かすと、ドライヤーで乾かす時間の半分も掛からないで乾く。皆が寝静まった夜中、スルッスルになった、長い髪の毛をブラッシングして、思い切り、贅沢な時間を過ごす。久しぶりに良い気分。こういう時、日本人に生まれて良かったとつくづく思う。
2006年01月08日
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今日は七草粥。夕方、近くのスーパーに起き出して行ったが、もう、売り切れていた。さあ大変、毎年している事ができない。仕方が無い、あちこち、行ってみたら、あった、あった。七草の入ったパック。なずな すずしろ せり ごぎょう すずな はこべら ほとけのざの七草色色効能がある。せり 効能/消化を助け黄疸をなくす なずな(所謂、ぺんぺん草) 効能/視力、五臓に効果 ごぎょう 効能/吐き気、痰、解熱に効果 はこべら 効能/歯ぐき、排尿に良い ほとけのざ 効能/歯痛に効く すずな(カブの事) 効能/消化促進、しもやけ、そばかす すずしろ(大根の事)効能/胃健、咳き止め、神経痛 調べてみたら、結構面白かった。地方によっては、この草を包丁で刻みながら唄う歌もあるみたい。我が家は、本だしで味をつけてしまうから、おかゆじゃなくて、おじやかな?家族があまり柔らかいご飯が好きじゃないから、いつも、七草粥に、結構、アレンジしてしまう。今日は、一膳目にお茶碗に半分くらいの七草粥だけを食べて、儀式は終り。後は、おどんぶりに七草粥を入れ、甘塩のしゃけをむしってほぐした物を乗せたものに、たっぷりの刻みのりをふりかけ、三つ葉を乗せて食べた。それに、お菜は、スモークサーモンと、さらし玉葱をマヨネーズで。これじゃ、胃腸を休める・・・と言う意味が無いかもしれないなあ。まあ、気持の問題だからね!これだけ用意するのが精一杯。あ~、しんどかった。
2006年01月07日
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今日は、本当なら、診察の予約が入っていた。しかし、どうにもこうにも、体がだるくて、出かけられなかった。今日も、一日、ほとんど、ソファの上で寝ていた。お昼過ぎ、パパが昼食に帰宅し、一緒に買い物に出かけようとしたら、私の車のフロントガラスに雪が少し、残っていた。ああ、また振ったんだ。この冬は本当に良く降る。雪の被害も各地に出ている。雪は、好きじゃない。振っているチラチラとした雪を見る分にはいいが、積もった雪は、見るのも、出かけるのも、好きじゃない。だから、若い時、スキーに行くのは、結構、勇気のいるリクリエーションだった。暑いのより、寒い方が好きだが、ここの所の寒さは、厳しい。何でも、北極を巡る寒気団がそのまま日本の上空に居るそう。そりゃ、寒い訳だ。そう言えば、暮れから地震が続いている。新潟の時も、こういう群発の小さな地震の後に、大きいのが来ている。地震雲も最近よく見る。怖いなあ。2006年、どんな年になることやら。
2006年01月06日
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ぶっ倒れました。インフルエンザの注射のせいか、おばあちゃんとの3日間のせいか、何もする気にもなれず、体はだるくて仕方が無い。折角頂いたお年賀状の返事も書けずに、一日、ソファに横になる一日。全くなあ、なんてこった。昨日は大丈夫だったのになあ。御祖母ちゃんの使ったお布団も、シーツも、毛布も、洗濯できず、そのまま、部屋に敷いたまま。おまけに毎日、雪がちらつき、干す事もできない。早く、何とかしなければ、匂いが消えないのに。こういう時、本当に情けなくなる。自分の精神力の弱さに、死んでしまいたくなる。頑張って起き上がろうとするが、ちょっと歩くと、ふらふらしてしまい、椅子に突っ伏してしまう。新しい年になってまだ4日目なのに、新年早々、鬱か~。ヤダヤダヤダ・・・・。娘が今日、大学に出て行った。お友達と、ゼミ室で新年会をするそうだ。帰りに買い物を頼んだ。チビも、今日から、塾に行きだした。チビはもう、崖っぷち。頑張れ!!パパは、通常出勤、午後からは、賀詞交換会。ソファで寝ていたら、パパが着替えに帰ってきた。おでこに手を当てて、「熱はないみたいだな」。だから、いやになっちゃうんです。なまじ、熱が無いって事は、精神的な理由ってことですから。「ゆっくりしてろ」の言葉を残し、パパは出かけていった。私は申し訳なさで一杯になった。強い心と、強い体が欲しい。これ、今年も言い続けなくちゃならないんだろうか・・・・。
2006年01月05日
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暮れに、インフルエンザの予防接種を二人分予約してあった。チビとオネエの分と思ったのだが、オネエが「私、注射は、絶対嫌!」と良い歳をしての反乱。仕方が無いので、私が受ける事になった。ほとんど外出しない私は、この30年、インフルエンザに掛かった事も無ければ、予防接種もしたこともないが、まあ、予約したし、なかなか手に入らないワクチンだそうだし、打っとこうかと、オネエの車でチビとホームドクターに行った。ベテランの看護婦さんだったので、注射もあっという間に終り、痛い・・・と言う印象もなかった。オネエの車で行ったのは、今朝パパの車がえんこし、私の車で会社に出て行ったからなのだが、オネエが、どうしても私にしてもらいたい事がある・・とのことで、3人で出かけたのだ。なんだろうと思ったら、そのままゲームセンターに連れて行かれた。「何々」と言うと、「お母さんに取ってもらいたいんだ」と言う。自分で言うのもなんだが、私は、UFOキャッチャーの達人である。チビの幼稚園の謝恩会の帰りに、子ども達が欲しがっていたぬいぐるみを次々とゲットして、そこにいたおかあさん方に「Kさんにそんな才能があるとは知らなかった」と感嘆されてしまったくらい、何故か、狙った獲物は取れちゃうのだ。で、オネエが欲しがっていたのは、QPのCMに出てくる、気味の悪い、あの「たらこQP」のお人形。娘達は、あれを、超可愛いという。ゲーセンに行くと、なるほど、彼女達には取れそうも無い素材。体の部分がラバーでできていて、顔は可愛いキューピーさん。まともに吊り上げられる代物じゃない。これは、ラバーの収縮の反動を利用して、吊り上げるのじゃなく、クレーンの動作をうまく利用し、落っことすしかない。し始めて5回ほど経った後、難なく続けて2個ゲット。「お母さん、本当にすごいね~」とお褒めの言葉を頂き、「さ、帰るよ、折角インフルエンザの注射したって、こんな空気の悪い所に居たんじゃ何もなんないでしょう」とそそくさとそこを出た。エレベーターで下に降りて、大型スーパーのトイレに行き、手を洗い、うがいをした。折角出てきたのだから・・・と、少し買い物をして帰宅。夜は、恒例のかにパーティ。まつばがにの足を、毎年一箱買う。大体、一箱に12肩ほど入っているのだが、それをレンジで解凍し、そのまま、食べるのだ。今年も、美味しいかにだった。やっと、お正月らしい気分になった。今日は、何もしなかったので、明日から洗濯おばさんしなくちゃね。
2006年01月04日
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朝9時過ぎ、ご飯の用意をして、御祖母ちゃんを呼んだ。「夕方になったね」「まだ、朝だよ」「なんで~、こんなに暗いじゃない」そうなのだ。糖尿病性網膜症で、こんなに明るいのに、おばあちゃんには夕方の明るさにしか見えないのだ。糖尿病、本当に怖い。虫の居所が悪かったのか、朝食後、御祖母ちゃんの反乱が始まった。施設に帰りたくないと言う。「私あそこの仕事はやめたいの」自分が施設で仕事をしていると思っているのだ。パパが一時間ほど相手をしていたが、疲れてしまい、言いたい放題言わせておいた。「そのうち、疲れて寝るだろうから」パパの弟からお年始の電話。みなに代わって、ご挨拶した。姪っ子たちも、甥っ子も大きくなった。その後は、兄弟で御祖母ちゃんの話。午後、暫く、御祖母ちゃんは、大人しくソファに座っていたが、私も娘も、もう、あまりしゃべることがなく、TVを見ていた。「Sは出かけた?」と聞くので「うん、会社に行ったよ」と言うと、一転「私、もう、帰るからSが帰ってきたら教えて」???御祖母ちゃんがおしっこに立った。今日は、朝一回、失敗してから、どういうわけか、パパがいないので、見ていたが、大丈夫だった。しかし御祖母ちゃんのいた場所から、匂いがして来た。娘がソファに鼻を近づけると、「臭い!」え?嘘。私も匂いをかいで見た。確かに臭い。そこに出かけていたパパが帰って来た。パパがおばあちゃんの部屋に入って行くと、怒りながら出てきた。「もう、おむつがないじゃないか!」気が付かなかった。おばあちゃんのいる間に、おばあちゃんの部屋には入らないようにしていた。まさか、オムツが無くなっているとは、気付きもしなかった。パパは、怒りながら、買いに走った。そりゃ、ソファが臭くなるはずだ。パンツも履かずに直接ズボンをはいていた訳だから、おしっこが沁みてきたのだ。買って来たオムツをして、ズボンをかえた。ズボンを洗おうとしたら、パパが、「もう、今夜帰すから良いよ、施設に洗ってもらえば良いから」と言うので、ビニールに汚れたズボンを入れて御祖母ちゃんのカバンに入れた。落ち着いてから、パパに「さっき、『Sが帰ってきたら、ホームに帰るから言って』って言ってたよ」と言うと、なんとおばあちゃんがこう言いだした。「IさんとAちゃんが嫌だったから帰るって言ったんだ」ビックリした。喧嘩したわけでも、言い合いをしたわけでもない。ただ、娘と3人で楽しくTVを見ていただけ。娘はその傍ら、パソコンをしていただけなのに。痴呆になって、こんなになっても、姑にとって、嫁はあくまで気に入らない存在なのだ。パパが、済まなそうに私を見て「まあまあ」と言う顔をした。そうだった、痴呆なんだった。夕食後、パパとオネエで御祖母ちゃんを施設に送っていった。嫌がるかと思ったが、自分の部屋に行くと、落ち着いていた。当直の男の人に色色と話をした。御祖母ちゃんは部屋にいるようパパに言われたが、何か自分の事を言われるのじゃないかと気にし、私達のところに来るたび、パパに叱られ、娘に部屋に連れ戻されていた。おしっこの事、やはり、施設でも、部屋のゴミ箱にしてしまったりしたそう。今回、10中8・9失敗していたことを話すと、施設ではそんなには失敗はないと言う。痴呆のほうは、やはり、日に日に、悪くなっているそう。目がほとんど、見えていないことが今回、3日過ごしてよく分かった。そばにあったボールペンを箸と間違えて食べ物に突っ込んだり、お皿に出した梅の種を、何回も食べ物と間違えて口に入れていた。本当にこれから、もっと進むだろう。平穏無事の日々がいつまで続くのか、不安になった。なるようにしかならないのだが・・・。帰宅後、パパが言った。「ご苦労様だったね」お正月3が日。正に、お正月気分にはなれず、最悪の3日だった。パパは、考え込んでしまっていた。「本人には、全く分かってないのに、俺の勝手で、正月だからって連れて来たが、良かったのかな」「俺の自己満足で、本人には、変な里心をつけさせてしまったし、おしっこに大騒ぎして怒ったり、可哀想な事をしたんじゃないかなあ」パパの気持は良く分かります。でも、パパ、とりあえず、今回はこれで良かったんじゃないかな。私達、すごく勉強になったし。でも、出来れば、来年は、365分の3でも、別の日にして欲しいよ。お正月かなんだか分かっていない御祖母ちゃんを連れて来るのは、お正月中じゃなくても良いのじゃないかな。大晦日から2日くらいまでは良いけれど。せめて、三が日の最後の日くらい、私もゆっくり家族だけで、お正月気分になりたいもの。その代わり、他の日に来てもらって下さい。ゴメンネパパ。私の人生も、限られてるから、大切な大切なお正月なのです。そのくらいのわがまま言わせてください。その代わり、来てもらったほかの日は、一生懸命、お世話させていただきます。さあ、明日から、後始末で大変だ。
2006年01月03日
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お正月だと言うのに、我が社は、暮れから一日も休まず、操業している。誰か彼か出勤しているので、パパは会社に見に出て行く。今日も、午後から、出て行った。そのあいだの出来事。御祖母ちゃんが、トイレに立った。すぐに私が行くと嫌がるので、御祖母ちゃんが、トイレから出て、自分の部屋に入ったのを見計らってトイレに見に行った。トイレのドアを開けて、でんぐり返った。おしっこの海。足の踏み場もないくらい、便器の中にトイレットペーパーはあるが、便器の中にしたとは思えないくらいのおしっこ。慌てて、トイレットペーパーで拭き取った。何回か拭き取っても追いつかない。便器の周りも濡れていた。どうしよう。考えた。仕方ない。水分をまず拭き取って、イヌ用のアルコール剤をトイレ中に撒いた。何回も、何回も拭いた・・・・が、匂いが消えない。便器も濡れている。やれやれ、おばあちゃんがトイレに行くたび、こうだったのか・・・と、パパが可哀想になった。私がすると、姑がすごく嫌がり、攻撃的な言葉が出てくるので、パパがずっとしてくれていた。30分ほど格闘して、やっと何とか納得するまで掃除したが、ふと思った。ここがこんなに濡れていると言う事は、御祖母ちゃんが履いているズボンも濡れてない訳が無い。意を決して、御祖母ちゃんの部屋の戸をあけた。「御母さん、悪いんだけど、ズボン見せてくれる?」「なんで?」「うん、トイレがおしっこで汚れてたから、ズボンも濡れてないかなあと思って」姑は「そんなことあらへん」と突っぱねた。「でも、汚いままはいてるといけないから」と言うと、怒ったようにズボンを脱いで、私に投げてよこした。・・おかしい確かに、濡れていない。私の仕草をじっと見ている。匂いをかいだら、きっと怒るだろう。とりあえず、お尻の部分は濡れていないので、そのまま渡した。姑は非常に不愉快そうにした。ボケていても、こういうプライドは、健在なのだ。パパが帰宅し、顛末を話した。「そんなに床がビチャビチャだったら、裾がよごれてるんじゃないのか」「うん、でもお母さんが見てる前で、匂い、かげなかったよ」と言うと、パパは御祖母ちゃんの部屋に入って行った。暫くすると、パパの怒鳴る声がした。「きたないだろうが!!」聞けば、おばあちゃんは、乾いちゃえばどうということはないと言い張り、なかなか見せなかったそう。しかし、やはり、裾はおしっこで汚れていた。今朝、昨日浸けてあったズボンを二回洗濯し、デオドラント効果のある柔軟材で仕上げ、乾燥機で乾かしてあった。そのズボンに着替えさせて、汚れたズボンと、靴下をまた、洗面器に浸けた。介護とは、こういうことなんだと勉強した。まだまだ甘っちょろいだろう。以前、父の知り合いの方が、きつい香水をしてらして、私が父にそれを言った時、父がこんなことを言ったのを思い出した。その方は御自宅で、痴呆老人を看てらして、出かけるとき、自分がおしっこの匂いがしないか気になって仕方が無かった・・・と仰っていたと。それに比べれば、私のこの経験なんて、本当に細たるものか。パパがボソッと言った。「365分の3だから、我慢してくれな」分かってるよパパ。頑張るよ。お正月気分は、台無しだが仕方ないよね。パパの親なんだもん。夕食は、母を呼んで、すき焼きにした。御祖母ちゃんも「すきやきは、美味しいねぇ」と感動していた。施設では、すき焼きなんてしないもんね。
2006年01月02日
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お昼近くに起床。起きたら、パパと御祖母ちゃんはもう、起きていた。お雑煮と、お節と、祝い箸を用意し、机に並べた。起きてきた娘達と一緒に皆で、例年のごとく、今年の抱負を一言ずつ言って、お屠蘇でおめでとうをした。昨年はおじいちゃんの喪中だったので、二年ぶりのお正月だった。お年賀状は、少ない。今は皆、元旦に届かない時期に書くからなあ。それでも、私のお友達のは、多かった。母に寂しかったら、こちらにこないかと電話するが、昨年のように、父を亡くして間がなかった時期と違い、もう、母の時間が出来上がっていたので、一人でも大丈夫との事で、午後に一緒にお墓参りをする約束をして電話を切った。御祖母ちゃんは、大変だった。トイレがちゃんと出来ないのだ。御祖母ちゃんが、トイレに立つたび、パパが後を追った。トイレがアンモニアの匂いで臭くなった。大変なことになったなあ・・という思いがあるが、まだ、実感がない。紙おむつをしているが、トイレに行き、ちゃんと座れず、一旦座ったら、自分の力で座りなおすことができないから、そのまましてしまうのだ。まだ、72歳。母と2つしか違わないのに、それまでの生き方で、こうも違う人生になってしまうのだ。夕方、御祖母ちゃんに寝ているように言って、娘達と一緒にパパの車で母を迎えに行き、父のお墓に行った。「御父さん、おめでとうございます。今年も見守っていてください」と心の中で言った。娘達は、何かお願い事を言っては、「仏様だから、お願い事は言っちゃ駄目。ご挨拶だよ」と言われ、そのたび、あ、そうか・・と言い直していた。途中、氏神様の下を通ったら、「氏神様に拝んでいこう」とパパが言い出し、車を端に寄せ、皆で階段を上がり、ここに来て初めて氏神様にお参りをした。「こっちは、言って良いんだよね」とチビが言う。そりゃ、受験生、一杯頼みたいことが有るだろう。「良いよ」と言うと、暫く手をあわせていた。車まで戻ると、母が、「私ここから歩いて帰るわ、良いお散歩にもなるし」と言うが、寒いので風邪を引かれても困ると無理やり車に乗せ帰宅した。静かな冬らしい寒さの良い元旦だった。夕方、パパが「悪いけれど、お袋がズボンを汚したんで頼むな」お風呂場に出しておいてと頼み。洗面器に洗剤と漂白剤を溶かして浸けた。人間のおしっこの匂いってすごい。犬のおしっこの匂いには慣れっこになっちゃっていたが、人間のおしっこの匂いは、なかなか取れない。ズボンの替えをたくさん持って来なかったらしく、急いで、洗った。しかし、すすいでも、すすいでも匂いが取れない。やはり、一晩浸ける事にした。は~、元旦から、姑のおしっこの後始末か。ん?このズボン、さっき履いたままリビングのソファに座ってたよ?慌てて、自分が座っていた場所に鼻をくっつけてみると、「臭い!」しっかりおしっこの匂いがした。・・・・と言う事は、私のスカートも?あ~、昨日綺麗にしたばっかりなのに、ソファカバーを外し、お風呂場に持って行き、匂いのする箇所に洗剤をつけて置いた。自分のスカートも脱いだ。お正月だから、今朝、新しく出したスカートだったのになあ。先が思いやられます。
2006年01月01日
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