2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全31件 (31件中 1-31件目)
1
風邪が酷くなった。熱を測ったら、37度2分。平熱が36度4分の私には、この数値は、結構だるい。日曜の頭痛が少しづつだが、残っていて、畳屋さんが来た日も、畳屋さんと喋りながら、トイレに駆け込み、もどしたりしていた。パパが冗談で、妊娠していると思われたんじゃないか・・・と言っていたが、人の体型を見て、言う冗談にしちゃきついよな~と思ったが、反論する元気も無かった。胃腸の調子が良くない時は要注意なのだ。だから、昨日も、わざわざ美容院で洗髪してもらったり、用心していたのに、やっぱり、こうなった。一日、横になっていた。折角、部屋が綺麗になって、片付けようと、始めたばかりなのになあ。夕方、何とか食事を作ろうと起き上がったが、どうにもだるくて、動けなかった。病院に行こうと思っていたのに、気がついたら、もう、閉まった時間だった。ホームドクターは、木曜が休診。物凄くヤバい。休診とわかっていたから、4時からの診察に行こうと思っていたのに、寝てしまったのだ。本当に最悪です。全く、虚弱体質は、損です。
2007年01月31日
コメント(0)
風邪ぎみだったので、髪を洗いに行った。予約の要らない美容院で、洗ってもらった。予約の要る方の美容院の方が、お値段も安いし、上手い。しかし、電話をしたら、もう一杯だそう。髪は、何時もそちらで染めていただく。丁度、私より、10歳年下の先生。同じお嬢さん二人いらっしゃる、とても素敵な美容師さんで、最近、上のお嬢さんが、美容学校に進まれたそうで、跡継ぎが出来てよかったね・・・と話した。彼女とは、本当に色色な話をする。非常に頭の良い方で、話にも卒が無い。若くして、自分のお店を一からデザインし、設立した辣腕ぶりは、見習わなくちゃといつも思う。美容師になったのも、手に職をつけようと、高校生の時、他の職業の為の専門学校のパンフレットを前に、考えて、美容師に決めたと言う。私が高校生の頃、そんなにしっかり自分の将来を見据えることは出来なかった。髪を洗ってもらい、下に降りると、今日は、火曜日と気がついた。このあたりのスーパーは、火曜日が、お得な日。だから、朝から凄い人だった。私も少し買い物。夕方、綺麗になった襖が届いた。職人さんが、次々はめていく。綺麗になった襖と畳。いっぺんに様子が変わった。さあ、後は私がすべきことばかりだなあ・・・。明日から頑張るぞ!
2007年01月30日
コメント(0)
疲れからか、朝、起きられなくて、布団の中でうとうとしていた。犬がやけに鳴いた。時計を見たら、8時半。えーーと、今日、何か有ったっけ?・・・・・・。!!!!畳屋さんだーーー!!!!慌てて着替えて、髪をゴムで留めた。下に降りると「こんにちは~」と男の人の声。鏡を覗き込んだ。とりあえずOK。玄関のドアを開けると、男の方が二人いらした。「すみません」と平謝り。「いやいや、昨日、京都までいらっしゃっていたと伺ってますんで」優しそうなお兄さん。すぐに、玄関じゃなくて、庭からお祖母ちゃんの部屋に入ってもらった。大きな物は、前日片付けてあったが、弔電が入った、数個の紙袋やら、書類の入った紙袋、ジョーバがそのままだった。それに、祭壇も。一緒に片付けていただいて、廊下は、足の踏み場も無くなった。職人のお兄さんたちは、手際よく、畳をはずし、襖を外して運び出した。「それじゃ、夕方、また、お持ちします」「宜しくお願いします」あ~、慌てました。バツが悪いったらありゃしない。洗面所に行き、顔を洗った。眠い。昨日、直ぐに寝てしまい、片付けをして無い。ハンドバックやら、いろいろな物を片付けた。畳の無くなった床を、掃除機で掃除した。押入れも、お祖母ちゃんを引き取る為、半分、入っていた物を出していたが、元に戻さないといけない。娘達の部屋に置かしてもらっていた物を運んだ。これから、大変だなあ・・・。午後から、斎場のKさんが来た。祭壇を崩し、灯篭だけは、新盆に要るので残していただき、畳んでお雛様の雪洞のように仕舞って、あとの台やら、金色の大きな蓮の電気やらは、引き取っていただいた。夕方、きれいになった畳が運ばれてきた。青々とした畳は、良い香りがした。とんとんと、叩きながらはめていくと、8畳の部屋は、広くなったよう。襖は、まだ乾いていないとかで、明日になった。お礼に、余っていたタオルを失礼にならないように、貰っていただいた。綺麗になった畳に掃除機を当てた。何だか、粉っぽい。固く絞った雑巾で拭くのが、ベストとは解かっていたが、まだまだ、誇りっぽい仕事が残っていたので、掃除機だけですました。やれやれ、やっと、普通の部屋に戻りました。一つ一つ、日常に戻りつつ有ります。
2007年01月29日
コメント(0)
昨日の疲れも取れていなかったが、今日は、京都に向かった。四十九日が過ぎて直ぐに納骨とは・・・と眉をひそめる方もいらっしゃるだろうが、今の私の状態や、京都に帰りたがっていたお祖母ちゃんの事を考え、この日に納骨と決めた。最初に、大谷廟に向った。ここは全国から、お釈迦様の下にお骨を収めていただく為、大勢の人が訪れる。父のお骨も、ここにある。売店で、お寺さんが指定した骨壷を買い、「分骨所」で、その中に持って行ったお骨をその六角形の蓋物の中に収める。残りは、半紙に包み、お墓に入れる。宗派によって、全部のお骨を納める場合もある。受付で、お骨を預け、永代供養の料金を支払い、書類を貰い、奥の院に向かった。ある程度の人数が集まると、お坊さんがやってきて、別のお堂に通される。実に立派な古い建物だ。大きな阿弥陀様の像のある本堂に通され、家族ごとに縦に並び、読経が始まると、順に焼香していくのだ。3人のお坊さんの読経は、ピーーーンと張り詰めた冷たい空気の中、綺麗に響く。15分ほどの読経、焼香で終わり。次にお骨を受け取り、さらに奥の方の納骨堂に行く。「はの2列」。ここに、我が家がお世話になっているお寺さんの収納の引き出しと祭壇があるのだ。まるで、団地か、重要書類の収納庫のように、お骨の入る引き出しがある。日本中からこの本山に集まった無数のお寺の納骨の棚がある。「いろはにほへと」まで、一階から6階までびっしりと、並んでいるのだ。あちこちから読経の声が聞こえる中、お坊さんを待っていると、鍵を持ったお坊さんがやってきて、一番上の扉を開くと、小さな仏壇になっている。そこでまた、読経していただき、焼香する。そして終ると、仏壇の下の数段の引き出しを次々開けて、隙間のあるところを探し、先の六角形の骨壷がまるでパズルのように隙間にストンと入れられた。その数段下には、父のお骨が入っている。正直、読経の間、お祖母ちゃんのことじゃなく、父のことを考えていた。「お父さん、来たよ。お祖母ちゃんと仲良くね」と心の中で言っていた。父とお祖母ちゃんが同じ引き出しに入ることが、何だか、凄く皮肉だと思った。これも、「滑稽」なのだろう。「あなおかし」の世界だな。その時点でもう、1時近かった。お昼ごはんを何処かで食べようとしたが、とりあえず、そのままお墓に向かった。お墓は京都女子大の裏にあって、近くに洒落たお店が数軒あったが、どこも、一杯。仕方が無い、先に納骨しよう。お墓の下に車を止めて、管理室に、水桶や、たわし、草取りのために、一つしかなかった小さなシャベルを借りて、緩やかな丘の上のお墓に向かった。パパも反対側から登ってきた。ビッシリ並んだお墓の中、見覚えある墓石が見えた。さあ、じゃ、二人で納骨しましょう。パパが、12年前、おじいちゃんのお骨を納骨した時のように、花代をどかし、前の焼香台をどかそうとした。しかし、焼香台はびくともしなかった。「おかしいなあ」と、二人で力をあわせて、引っ張った。しかし、やはりびくともしない。あんりゃ???持って来た小さなシャベルの先で、隙間をこすったら、!!!!!セメントでくっついてる!!うっそ!!「パパ、セメントでくっついてるよっ」「そんな訳ないだろう?」とパパも隙間を覗き込んだ。しかし、二人で唖然とし、顔を見合わせた。そんなバカな。誰がこんな事をしたんだろう。お爺ちゃんのお骨を納骨して以来、触っていないはずだ。ボケたお祖母ちゃんが、業者に頼んでしたのだろうか・・・。全く、解からなかった。すぐに、義弟に電話した。しかし、義弟も全く心当たり無いと言う。さあ、困った。どうしよう・・・・。「仕方が無い、ここを掘って入れよう」と、墓石の前を小さな草取り用のシャベルで掘り出した。「ええ?こんなとこに入れるの?」と言うと、「人間、土に返るのが一番なんだから、これで良いんだ」そりゃそうだけど・・・・。折角、お爺ちゃんと一緒にしてあげようと思ったのに・・・。少しシャベルの先で、隙間を叩いてみたが、セメントじゃ、どうにもならない。仕方が無いよね。深く掘った穴の中に、半紙に包んだお骨を入れて、土を戻した。お線香をたいて、お花を手向け、お数珠をして合掌。その時点でもう、4時過ぎ。おなかが減って、二人とも機嫌が悪い。その上、悪い事に、京都の街中は、道路沿いに駐車場を設けたレストランが無い。何か食べようとするには、駐車場に車を入れ、歩いてお店を探さないといけない。パパはそれが面倒なのだ。もう、喧嘩。結局、京都駅前の駐車場に入れて、京都駅の地下街でやっと昼食にありついたのは午後5時。こういう時、夫婦って、最悪の状態になる。お互い口も利きたくないし、できたらそこから別々に行動したくなるのだ。しかし、おなかも一杯になったら、また、仲直り。地下街で、物凄くおいしそうな生チョコのケーキを売っていたので、子供達にお土産。駐車場に戻り、伏見のお祖母ちゃんの妹のお宅に行った。うどん屋さんと、マンションを経営しているのだが、今日は、お休みらしく、お店の電気は消えていたが、電話をしたら、開けてくれ、納骨の報告をして、暫く話をして失礼した。表に出ると、もう真っ暗。帰宅したのは、午後10時近く。お互い疲れからか、また、帰宅後に些細な事でぶつかった。頭が、がんがんし始めていた。多分、パパとの喧嘩と、昨日からの疲れからだろう。もう、早く寝ちゃいましょう。本当に疲れました。後味の悪い日だった。
2007年01月28日
コメント(4)
やっと四十九日を迎えた。お祖母ちゃんが、亡くなって、お葬式が終ってから、ずっと止まることなく回り続けた盆灯篭も、この日までで止まる。多分、パパにとっては、あっという間の四十九日だったろう。しかし、私にとっては、心底、「やっと迎えた」と言う気持だった。この四十九日までが、どれほど、苦しく待ち遠しかった事か。パパには、本当に申し訳がないが、私の中でお祖母ちゃんに対する思いは、生前と余り変わっていない。この四十九日の間にパパに「お前はお袋が嫌いだったからな・・」と言う言葉を何度か言われた。しかし、最初から嫌いだったわけじゃない。一緒に二人で買い物に行ったり、食事に行ったりした事も多々あった。一緒に住みたいとも思った時もあった。しかし舅が亡くなってからのお祖母ちゃんには、目に余る事が多すぎた。「それじゃ貴方は、例えば私の父に、お祖母ちゃんが私に吐いた暴言の数々と同じことを言われたら、嫌いにならなかった?」と言い返したかった。だが、体中震える思いで我慢した。それは、ボケる前からの事だったのに、パパには、ボケた上での暴言だったとしか記憶にないから。悪いが、最後まで好きにはなれなかった。そしてその人が亡くなり、お骨がずっと家の中にあった辛さは、パパには到底解からない事だろう。全てリセットしたいのに、それが出来ない、刻々と、時の過ぎるのを、悶々と待っていたのだ。そして、今日、やっとその日を迎えることができた・・・。朝、10時に近くの大型スーパーの駐車場で、京都からの親戚達と待ち合わせ。用意をして、出かけた。お寺さんに着くと、少しお約束の時間より早かったが、写真を供え、白木の位牌を供え、お骨を供え、読経が始まった。私はただただ、「成仏してください」と願い続けた。それから1時間半、四十九日の読経から、納骨のお経まであげていただいた。本堂は、大寒を迎え、本当に寒かった。ストーブが幾つか用意されていたが、体の芯から冷えた。お経が終わり、法話を伺い、お寺を後にした。今日は、皆さんを呼月にお連れした。東京の伯母達が来たときに入ったお部屋。総勢14人。パパがご挨拶をして、召し上がっていただいた。ほとんど、舅の親戚じゃなくて、お祖母ちゃんの実家の人ばかり。結婚した当初は、何故、お祖母ちゃんの親戚ばかりと付き合わなければならないのかと、どんな親戚だろうと、嫁ぎ先の親戚との付き合いの無さに、おかしいんじゃないのかと、不思議で仕方が無かったが、今は、それも受け入れた。午後3時、お開きにして、皆さんと呼月の駐車場で、ご挨拶し、分かれた。帰宅後オネエは、仏教大学の心理学部の学会出席のため、2泊3日の予定で、京都に旅立った。着替えて、少し寝ていたら、パパが「お疲れさん、映画見に行こうか」と言い出した。パパは「どろろ」が見たくて仕方が無い。用意をしてチビと3人で家を出たが、私が時間を間違え、「どろろ」は始まってしまっていた。仕方が無いので、まだ、チビが「硫黄島からの手紙」を見て無いので、もう一度、見ることにした。二回目の「硫黄島」。今回は、じっくりニノを見ることが出来た。前回は、ただただ、筋を追い、映像を見ることが精一杯だったが、今回は、ニノの役者としての演技を見る余裕が得られた。そして、前回、号泣した最後の手紙の発掘シーンも勿論だが、琴線に触れる箇所が、多々あった。改めて鑑賞し、本当に、良い映画だと思った。そして二回目のほうが、感じる事が多かった。この映画、一回見た方は、もう、一回、ご覧になって欲しいと思った。閉店間近のおすし屋さんに入って、おなかを満たし、帰宅。流石に疲れました。「終ったな」とパパが言った。「うん、終ったね」。そう言うのが精一杯の気持だった。パパと私の間の気持は、同じ部分もあるけど、先の分かれたこよりのように、違う方を向いているような気もした。それは、息子と言う立場と、嫁と言う立場の違いだから、仕方の無い事だろう。お疲れ様でした。
2007年01月27日
コメント(2)
いよいよ明日、四十九日を迎える。仏教では、この日までこの世に魂がいて、この日を境に、天上に魂が帰って行くという。昨日、母に手伝ってもらって、最後の引き出物を買いに行った。散々迷ったが、やはり、海苔の詰め合わせにした。本当は、ウェッジ・ウッドの紅茶の詰め合わせにしたかったが、母が、「無難な物になさい」とのたもうたので、こういうことは、年長者の言う事を聴いておいた方が良いので従った。それでも、大きな包みが幾つかになり、母に半分持ってもらって、車まで運んだのだが、今日は、同じデパートに頼んであったお菓子を取りに来た。このあたりでは、「しおみ」と言うお菓子を必ず出す。この地に来て、初めて口にしたが、仏事の時、例えば、お通夜に伺う時など、「夜伽見舞い」としても、持って行くことが多いのだ。このお菓子、老舗のご主人が、その昔、この地の海に白い波頭を見て、思いつき、作ったお菓子で、「潮を見る」と言う意味らしい。小さな白い、山型をしており、その山型の天辺は丸く、中は、こしあんが入っている、一口大のお菓子。回りの白いところは、しっとりした落雁のよう。これが結構、重いのです。取りに行く前に、夕飯のおかずを買った。最後に、大きな袋に汐見を入れていただき、受け取った。う~ん、重い。頑張って、駐車場まで運んだ。帰りにお店に寄って、子ども達の礼服の下に着る黒のカーディガンを二枚買った。私は黒のカーディガンがあったので、助かったが、先日、子ども達は、礼服の下にブラウスだけで震え上がっていたので、こりゃいかんと、用意した。帰宅後は、いらっしゃるお宅の分に袋を分けて、お菓子やら、そろえた物や、葬儀のときの写真を入れた。さあ、準備万端です。今日は、早く寝ましょう。
2007年01月26日
コメント(2)
午前中に、髪を染めに行った。土曜に、四十九日があるし、翌日は、京都に行く予定だから、今日しかない。朝早くから、美容院の鏡の前に座って、白くなった自分の髪を染めてもらった。やっぱり、髪は、女の命です。染めて綺麗になった髪で、10歳は若返った。午後から、母と映画を見に行った。そう、見たかった、愛しの潤君主演の「僕は妹に恋をする」母を誘ったのは、最近、「花男」で、潤君の魅力にはまりつつあり、私の持っている、「ごくせん」と、「君はペット」のDVDを見ているから。席は、前日予約してあったが、随分前の方だった。前売りのチケットじゃ、前日に指定券を買えないので、買った前売りは、とって置こうっと。映画は、実に綺麗な映画だった。内容は、今一だったが、潤君が大きな画面に映し出されるたび、何て綺麗なお顔なのよ~と、内心うっとり。母は「花男」とはまた違った抑えた演技の、穏やかで、妹との恋に苦しむ、真摯な潤君に、「なかなか良いわね」だって。ゆっくりときが流れて、潤君の言っていた様に、気持が動いた瞬間を切り取ったみたいに、静かで、綺麗な映像だった。うん、やっぱ、潤君、良いです(#^.^#)帰りに、グッズをゲット。しかし、欲しいグッズが無かった。携帯のフィルムに付いていたシールを帰宅してから、携帯に貼ったら、あら素敵!!満足満足。その代わりに、帰りに母にあっちこっちとお使いに引き回され、くたくたに疲れた。這うように帰宅。でも、今日は、相葉ちゃんの動物園があったし、ニノの「拝啓、父上さま」もあって、嵐デイでした。嵐の前の静けさって感じ?あ~、楽しかった。
2007年01月25日
コメント(4)
今日は、カウンセリングの日。なのに、何かと忙しい。お寺さんから電話があって、納骨の話やら、お参りの話。畳みをお願いした業者から、注文書のファックスやらが来て、その処理やら、雑用に追われた。夕方から、カウセリング。何だか、すごく穏やかな気持になったと伝えた。カウンセラーも、最後の方で「Kさん、喋り方が前回と全く違っている事、気がついてらっしゃいます?」と聞かれた。全く気がつかなかった。「とてもゆったりと、お話されましたよ」そうなんだ。やっぱり、お祖母ちゃんの部屋を片付け、お祖母ちゃんの事を自分の中で消化していっているのだろう。「次にお目にかかるのが、楽しみです。あせらず、ゆっくり、元に戻れば良いんですから」と言われた。そうなんだ。ゆっくり、元に戻れば良い。カウンセラーは、時々、それまでしていた話と全く脈絡の無い話をし始める。そうすると、ADHDの私は、パニクッてしまったり、言葉が出なくなる。カウンセラーにそう伝えると、「はい、ワザとしてます」一瞬目が点になり、大笑いしてしまった。そうなんだ・・・と思った。娘が段々カウンセラーになっていくのを見て、大変だが、なかなか面白い職業だと思い始めていたが、やはり、生半可な気持じゃやっていけない仕事だなあ。勿論、仕事は全部そうだが、仕事の対象が「人の気持」だから、多分、一生、経験が積み重なるような仕事じゃないから、大変だなあ。オネエ、頑張るんだよ。何だか疲れてしまい、帰りに、スーパーで、お豆腐と、お肉のお惣菜を買った。ここ暫くは、忙しいから、仕方がないなあ。今日は、早く寝ましょう。
2007年01月24日
コメント(0)
TVを見ていたら、懐かしい物を目にした。河童のバッチ。東京には、「都民の日」と言うのがあって、この日は、休日になるのだ。そして、毎年、違うデザインの河童のキャラクターのバッチが売られる。そのバッチをTVで見た。もう、東京を離れて、35年以上経つから、忘れていた小さな思い出の品物。多分、探したら、我が家のどこかに幾つかあるかもしれない。以前は、毎回見ていた「なんでも鑑定団」を久しぶりにリアルタイムで見た。今は、日曜に放映されている再放送を時々見るくらいになったが、以前は、金額をだいたい当てられたので、面白くて、見ていた。興味のある物も沢山出てきたし、その歴史的な解説も面白かった。スポーツ用品屋さんだった、北原さんが、趣味で集めたおもちゃを、雑誌で紹介し始めた頃から、私もアンティークに没頭して行ったから、北原さんが有名になっていくのが、何だか嬉しかった。毎回楽しみに見ていたものだが、裏で面白いドラマがあったりして、いつの間にか見無くなったが、今夜、久しぶりに見ていたら、この河童のバッチが出てきたのだ。子供の頃、このバッチをつけていると、井の頭動植物園の入場が「ただ」だった。まあ、都が決めた施設は皆この日無料なのだが、この河童のバッチは、東京都民の人、および、都民だった人には、一目で何かわかる、馴染みの物なのだ。何だか凄く懐かしかった。このバッチをつけて、いつもは回りの池やら、公園しか行かない井の頭公園に、堂々と入り、動物園を友達と一緒に回ったり、大きな温室に入ってみたり、ビートルズに夢中だった頃、もう、記憶の底の方に沈殿していた思い出。東京を離れて、三重県に引っ越してきて、三重県民の日と言うのが無いのが、不思議だった。都民の日は、学校もお休みだったから、当然、他の道府県もあると思っていた。無いのは、なんだか同じ国民として、不公平だなあ・・・と言う気もした。確か、10月1日だったような気がするが、今も都民の日は有るんだろうなあ。やっぱり、何か、不公平な気がするな~。
2007年01月23日
コメント(2)
月曜日。お勤めしている訳じゃなし、学生でもなし、なのに、月曜日が苦手です。専業主婦は、曜日もあまり関係ないけれど、世の中が動き出す雰囲気みたいなのが、「さあ、頑張ろう」と言う気持とは、正反対の気持になっちゃう。あ~、また、昼間は1人の時間をもてあますんだろうなあ・・・と言う働く主婦に叱られそうな贅沢な気持かなあ。やらなくちゃいけないことは、山ほどあるのに、ずっと繋がった山の無い時間、抑揚の無い時間を、持て余してしまうのだ。もっと時間を上手に使いたいと思ってみるが、結構、出かけなくちゃならない方が、うまく使えている。それでも、四十九日までは、することがあるから、よいしょと、立ち上がると、動ける。午後から、お祖母ちゃんの部屋の畳と、襖のリフォームのため、マンションのリフォームでいつもお世話になっている、賃貸マンションの業者さんに電話した。「自宅の方をお願いしたいんですが・・」と言うと、すぐに来ると言う。さあ、大変、お祖母ちゃんの部屋に残っていた物を全部廊下に出した。玄関から、リビングまでの長い廊下に紙袋やら、椅子やら、人一人通れる位のスペースを残し、並べた。すると、丁度最後の足のマッサージ機を運び出した途端、ピンポーン。玄関は物があるので、庭から業者さんに入っていただいた。まだ、掃除機を掛けていなかったので、そのままスリッパで上がってもらった。電話で、部屋に何も無いことを確かめられたので、前もって、お祖母ちゃんの部屋だった事、亡くなった事を話してあった。「お母様、何時お亡くなりになられたんですか?」と聞かれ「12月の10日です」と言うと、とても驚かれて、「それは存知あげなくて、申し訳ありません」と仰って、「それじゃ、これから、手続きとかすぐにさせて頂きます」・・・。「????・・・あの、何のですか?」「・・いや、マンションの方のです」あ~~~、この方、誤解なさってらっしゃいます。「母が亡くなったもので・・・」と電話で言ったものだから、マンションは母の名義だったので、母が亡くなったと思ってしまったらしい。「あ、ごめんなさい、私の母じゃなくて、姑です」と祭壇を指して言った。すると一瞬、何の事かわからなかったらしい。きょとんとなさって、「Fさんじゃないんですか?」と母の名前を仰った。「いえいえ実家の母じゃないです」不謹慎だったが、もう、二人で笑っちゃった。「あ~、良かった」と言いそうになって、慌てて「いや、すみません、そうだったんですか~」と物凄く慌てて仰ったのが、可笑しかった。こういう時のこういう滑稽って、生きていると、本当に漫才のネタになるようにある。業者さんに悪気は無い。話を聞き、誤解し、本当にこれからの手続きが大変だとやって来て、違う人間だったと解って、正直に「あ~、良かった」と言いそうになり、いやいや不謹慎だと、慌てて、ご愁傷様・・と頭を下げる。これこそ、「滑稽」そのものだろう。私が電話をしてから、事務所では大家さんが亡くなったと、ちょとした騒ぎだったそうだ。父が亡くなった時、銀行関係が凍結になり、それを解放するのに、東京から原戸籍を取り寄せ、母が女房である事を証明しないと、手が出せず、大変だったのだが、同じように、家賃振込みの母の銀行口座が凍結になり、家主の名前も変わるから・・と事務的な対処をしなくちゃ・・と、慌てて、いらっしゃったのだそう。どうりで、「すぐに行きます」といやに対応が敏速だなあ・・・と思った。こちらも「母」としか言いようが無かったのだから、仕方有るまい。畳みは、大分痛んでいた。お祖母ちゃんが施設に入ってから、暫くジュンを中に入れて飼っていたので、畳みの所々がぼろぼろで、その上に、敷物を敷いてあった。こりゃ、相当予算が行っちゃうだろうなあ・・・と覚悟していたが、「大丈夫です、畳表だけで何とかします」と仰っていただいた。襖は、片側が、皆、板なので、片面だけの唐紙の張替え。両方とも、朝、出したら、夕方には出来上がるそうで、今月末に取りに来てくださるそう。さあ、これで、この部屋も綺麗になりますなあ。全部終ったら、リビングとの境を開け放そう。お日様の一杯入る、家の中心の部屋だから、明るくしたい。新しいお仏壇も用意して、私の人生も、新しくしたいと、心から思った。頑張って、動きましょう。
2007年01月22日
コメント(2)
今日は、いつものメンバーとのお食事会。今日の会場は、我が家から、直ぐの場所。お祖母ちゃんのいたホームからもう少し奥に入って行った、昔ゴルフ場のあった場所。その手前の道までは、出かける際、何度も通っている道だったが、ここまで奥に入ったことがなくて、綺麗な新しい教会のある結婚式場やら、洒落たお店などが建ち、少し驚いた。お店も、とても雰囲気の明るい、良いお店だった。皆さんに葬儀の参列やらのお礼を言って、横浜で買って来たお土産を渡した。今日は、歯医者さんの奥さんのMちゃんと、不動産屋さんの社長さんのKちゃんが、お嬢さんたちの共通一時試験のため、欠席。受かってくれると、私達も嬉しいなあ。お料理は、創作フランス料理ってとこかな。そう変わった物はなかったが、美味しかった。一番は牛の頬肉。柔らかくて、良く煮込んであって、美味。最後のスィーツは、やはり、あまり美味しくなかった。それは、お店が悪いんじゃなくて、スィーツを、受け付けなくなっている私の舌の問題。何故だか解かりません。以前はあんなにケーキが好きだったのに、最近は、余程の事が無い限り、自分からスィーツに手が伸びない。元々、アイスクリームは全く駄目だったが、好きだったケーキも、最近は、先日、名古屋での買い物の際、桃のジューシーなケーキを美味しく食べたくらい。他のメンバーは美味しいね~と言っていたから、美味しいケーキだったのだろう。とても落ち着けるお店だった。長時間お喋りをしていても、叱られない、女性客にはもってこいのお店だった。また、家族で来たい。帰宅後、早速着替えて、ぐだぐだとリビングで寝ながらTVを見ているパパを促して、お祖母ちゃんの部屋の片付けに入った。もう、今日は、全部やっちゃうつもり。次々箪笥から物を出し、廃棄。もう、何が出てきても驚きません。お布団は迷ったが、皆の話を聞くと、亡くなった人の使っていた寝具は、処分するもの・・途の事で、まだまだ新しかったが、これも廃棄。押入れがすっきりして、出してあった寝具が収納できた。洋服ダンス代わりにしていた背の高い観音開きの書棚、私達が新婚時代につかっていた黒い大きなサイドボード、父が使っていたマッサージ椅子、お祖母ちゃんの自慢だった鏡台、そして、箪笥。全部、大きな窓から庭に出して、パパとチビが、駐車場にとりあえず、運んだ。家具は、これで、家具式お仏壇以外何も無くなった。お仏壇は、新しいのが来るまで、暫く使う。パパとチビが、暗くなった表で作業している間、私は、床の間に置いてあった人形の入った段ボールやら、人形用の段ボール、クロスステッチがビッシリしてある売り物の、ビクトリアン調のクッションの入った段ボールやらを、部屋の中、移動させた。疂屋さんに電話して、ふすまも替えてもらわないとなあ。盆灯篭と、祭壇以外、何も無くなった部屋は、8疊の広い部屋。リビングとの境のふすまを開け放し、広く使いたいと思った。人形関係の物は全部こっちに置こう。そうすれば、パパが欲しがっている、地上デジタルの大型の液晶TVもリビングに置けるだろう。今回、嬉しかったのは、あれほど頑として父の使っていたマッサージ椅子を新しいのに代えようとしなかったパパが、「うん、新しいの買おうか」と言ってくれた事。ああ、これで、私の肩こりの為に娘達に頼んで揉んでもらわなくて済むようになるなあ・・と超、嬉しかった。それに、部屋が一杯で、なかなか出来なかったジョーバが、これで、毎日乗れるようになったこと。痩せたい。頑張るぞ!!もう、午後7時過ぎ。さすがに疲れ果てて、ほこりを防ぐ為していたマスクをはずし、父が病気になった時に買った「酸素、酸素」で、酸素を吸い込んだら、頭がすっきりした。これ本当に優れものだわ。暫く、吸い込んでいたら、疲れが、すーーとした。オネエが帰って来たので、切り上げて皆で食事に出た。近くの居酒屋風のお店で、美味しい食事を食べて、帰宅。「華麗なる一族」を見ていたら、オネエが、「ロ、テストさせて」と言い出した。「これ見てから」と約束。それからたっぷり2時間掛かって、ロールシャッハテストをさせられた。私は、このテストを「いや」って程している物で、最初のこうもりみたいな絵をもう覚えてしまっていて、「今日は何にしようかな」と言ってし始めたら、オネエが「こういう患者が一番困る」とブツブツ言いだした。仕方ないよ、子供の時から、何度もさせられてきたんだもん。しかし、最後の一枚に至るまで、今日は、随分、明るい判断だったように思う。それだけ、気持が立ち直っているって事だね。ただ、ところどころに、成仏できない霊のような顔が見えちゃったのは、お祖母ちゃんの事がまだ気持の重荷になっているのかもしれない。オネエが「こんなとこ、気が付く人、御母さんくらいだよ~」と腐っていた。また、結果が楽しみです。
2007年01月21日
コメント(0)
今日は、小休止。パパは、仕事に出かけちゃったし、オネエも、出かけちゃった。お昼は、昨日買って来たピザをチビと食べた。このピザ、本当は、3種類あった。照り焼きチキンピザと、ポテトツナピザ、そしてもうひとつ。何だか解からなかったが、ゆで卵のスライスが乗っていた。実は、次々買い物かごに入れて、さあ、最後の一種類・・・と手を出そうとしたら、向こうから男性の手がさっと伸び、そのスライス卵のピザを持っていかれちゃった。「あ、」と思ったけど、1秒の差で、二種類しか買えなかった。こういう時、凄く悔しい。私の方が、先に見つけたのに・・・なんて思っても、口には出せない。仕方が無いから、ツナポテトをもうひとつ買ったが、「あのピザ、何だったんだろう」って食べながら思った。あ~、私も相当に、食いしん坊だなあ。午後から、1人で映画を見に行こうか迷ったが、結局、昨日の疲れで、いけなかった。愛しの潤君の「僕は妹に恋をする」。今日、TVで、映画の宣伝に出てきたのは、ちゃんと録画できたし見られたけれど、肝心の映画はまだ見られそうにない。早く見たいなあ・・・。潤君、どんどん有名に、大きくなって行っちゃうなあ。昨日、本屋さんにちょっと見に行ったら、潤君が表紙の雑誌が一杯あった。何だか、寂しいような嬉しいような、複雑な気持。あのくらいの年齢の男の子って、精神的な成長が、本当に、著しい。男の子を産んだことが無いので、嵐君達が、息子みたいで、可愛くて仕方が無い。夜、飲酒運転でトラックに追突され、幼いお子さんを亡くされたご夫婦の再現ドラマを見た。この方のお蔭で、危険運転防止法ができたんだった。ニュースでは知っていたが、実際、たまたま現場を通りかかったTV局のカメラマンが捕らえた映像やら、再現ドラマを見たら、ニュースが、現実の物として、こちらにぐっと迫ってきて、おいおい泣いてしまった。妊娠8ヶ月の自分が運転していて追突され、最初に脱出し、助手席の背中に火のついた旦那様を皆に手伝ってもらい救い出し、子供を助けようとしたが、後ろのチャイルドシートにいた子ども達はすでに火に包まれ、1000度の炎で助け出す事が出来なかった。ただただ燃え盛る炎の中の子ども達のことを、どれほどの思いで見ていなければいけなかったのか、もう、助からないだろう、人間はまず感覚が麻痺し、呼吸が止まり心臓が止まる・・熱い思いをしないよう、事故のショックで意識が無くなっていますよう願ったと言う。しかし、後の遺体の司法解剖で、死因は焼死であり、最後まで意識が有る中、亡くなっていったことが判明。彼女がこの数年、どんなに自分を責めて生きてきたのか・・と思ったら、お気の毒で、同じ二人の女の子の母として自分が同じ目に遭ったら、気がおかしくなってしまっていたかもしれない。彼女ほど強く生きられたのか、疑問に思い、彼女の強さに、本当に感銘を受けた。死んでしまいたかっただろう・・・でも、事故から2ヵ月後に新しい命を授かり、その命に対する責任もあったから、死ぬ事も許されなかった。そのジレンマが彼女をどのくらい苦しめただろう、どれほど慟哭の日々だったろう・・・再現ドラマを見ながら静かに涙した彼女を見ていて、たまらなくなって嗚咽した。たった一人の不届きな飲酒運転のドライバーのため、これほどまでに苦しめられたのに、懲役4年と言う判決に、憤慨したのは当然だろう。そして20万人以上の署名を集め、多くの人の協力を得て、2年後「危険運転防止法」が閣議で採決され、立法された。しかし、その法律から逃げる為、最近は、ひき逃げが増えているそう。飲酒で事故を起こし、けが人が出ると、重い罪を科される。逃げて、お酒が抜けた頃に出頭すると刑が軽くなる。法律の抜け道を、卑怯にもひき逃げと言う方法ですり抜ける。言語道断。全く、許せない。飲んだら、ハンドルは握ってはいけない。それは免許を持つ者誰でもが、肝に銘じなければいけないことなのに・・。本当に、嘆かわしい現実が、まだまだ、起きていることに、日本が壊れていくような気がした。ドライバーの皆さん、もう一度しっかり考えてみようじゃないですか。
2007年01月20日
コメント(0)
今日は、六七日の日。寒くなりそうだったので、用心して中に着込んだのに、バタバタしていたので、上にコートを着て行くのを忘れて、馬鹿みたいだった。パパと二人のお参り。今日は、ずっと、阿弥陀様の像を見ていた。何時頃の作かなあとか、煩悩丸出しだった。本堂は相変わらず、寒い。ほっさんの法話は、最近、憂う事ばかりの事件は、現代の人たちが、心の拠り所の無い人が多いから・・・・と言うお話だった。宗教の無い、先進国は、日本だけだろうなあ。儒教が入ってくる前は、国学があった。最近、その国学に興味があって、一度ゆっくりしたら、調べてみたいと思った。美しい精神を持っていた日本人の心を、もう一度、調べようと思う。10時からのお参りだったので、帰宅したら、まだ11時前。パパと二人で、お祖母ちゃんの部屋の片付けになった。残っていた箪笥の中を整理。ぼけていたんだなあ・・・厳重に包んである物が出てきた。宝石でも、入っているのか・・・と包みを次々解いて行ったら、出てきたのは、使いかけの粉洗剤。それが、幾つも出てきた。それから、私の化粧品。何処行っちゃったのかと思っていたイブ・サンローランのおしろいと、ディオールの口紅。驚いた。両方とも、頂いて、肌に合わなかったので、洗面所の引き出しの中に入れてあったが、気が付くと無くなっていて、使っていなかったから、自分で処分したのだろうと思っていた。お祖母ちゃんが持って行っていたんだ・・・。使ってない、新品のお皿数枚まで、箪笥の中から出てきた。パパが食事にしようと、買い物に出た。昼食後、駅前の銀行に行く用事があったので、着替えて、そのまま美容院にシャンプーブローしてもらいに行った。風邪気味なので、お風呂で洗髪できない。こういう時、入浴して洗髪すると、決まって、翌日に風邪が酷くなる。そのまま駅前に出て、銀行で用事を済ませ、デパートに入った。あ、四十九日のお客様に持って帰って頂くものを用意して無い・・・。ここのところ、七日、七日のお参りで精一杯だったからなあ。えーーと。何をしたら良いんだろう。そうだ、まず、お菓子。このあたりで、決まって、引き出物に出すお菓子があって、そのお店に行って、注文。パパに電話して、もう、今日、全部すませちゃうから・・と伝えた。「頼むわ」。了解。あと何にしようかなあ・・・と思っていたら、友人とばったり。結構、彼女とは、このデパートで会う。そうだ、相談してみよう。彼女も近年、お父様と、お姑さんを亡くされたばかりだった。良い情報を頂いた。ブランド物のタオルが、お値打ちだったそう。よし、一つは、タオルにしよう。このあたりでは、四十九日の法要に来て下さった方に、引き出物と、精進落としのお食事を用意する。大体お菓子と、お海苔や椎茸、お茶などの乾物のセットや、商品券なのだが、先日、京都でパパのお祖母ちゃんの七回忌に行った時、驚いた。帰宅して重い紙袋を開けたら、親戚中の名前の入ったそれぞれの品物が出てきた。伯母の名前のついたお醤油、叔父の名前のついたお砂糖、また別の名前のついた洗剤・・・。間違って、持って帰ってきちゃったのかと思い、慌てて、電話で確かめたら、京都では、法事の時の引き出物は、それぞれ親族が用意した物を持って帰ってもらうんだそう。ふ~ん、そうなんだ~。こういう時、東京生まれの私は、物凄く戸惑う。東京では、お食事をして、お菓子くらいしか出さない。父が亡くなった時、物凄く母とあたふたとしてしまった覚えがある。えーーー!!そんな事するの~~と、ビックリしてしまった。何しろ、全く何も知らなかったから。これも、経験しておく物だと思った。今回は、だから、あたふたはしない。上の階に上がり、タオルを選び、箱詰めにしてもらい、「七七日忌明け志」のお熨斗(のし)と、名前を入れて頂くのに時間が掛かったので、お願いして、少し見て回ったら、フェイラーの売場に出た。私はここのタオルのハンカチしか使っていない。もう何年も前から、化粧ポーチやらハンカチやら、ここで買ったり頂いたりした物を使っている。新作が出ていたので、見ていて、ふと気がついた。そう言えば先日母が「レッスンバックを探している」って言っていたなあ。そうだ、母のお返し、ここで見繕おう。「お返しなんかしなくて良いわよ」と相当な金額を渡してくれた母への、せめてもの気持で、お礼をしたかった。そう思って、見ていたら、素敵なのが見つかった。お揃いの模様のめがねケースもあった。両方買っても、母がしてくれた金額の半分にもならないが、パパも気にしていたし・・・。箱詰めにして頂き、忌明けのお印をつけてもらい、これで母へのお返しも買えた。タオル売場に戻ると、大きな袋に、一杯になった品物を受け取り、下に降りた。あとは、海苔の詰め合わせか、お茶の詰め合わせか、何か見繕わないといけないが、もう、足が限界。今日は、パパが、新年会に行くって言っていたから、子ども達と3人だけの食事。帰りの車で運転中、足がつった。あ~、限界超えちゃいましたね、今日のお買い物。車に乗る前に買った紅茶を飲んだら、少し足も楽になった。夕食後、潤君の「花男」をうるうるしながら見て(笑)お祖母ちゃんの部屋の片付けをした。そろそろ辞めて、ゆっくりお風呂に入ろうかと思っていたら、パパから電話。「タクシーが捕まらない、迎えに来てくれ」時計は、すでに午前1時。またですか~~~。電話口の向こうから、私もお知り合いの行き着けのお店のGちゃんのお声。もう、二人とも、超ご機嫌。仕方が無い、お祖母ちゃんの部屋の片付けをそこそこにして、エプロンをしたまま、迎えに行ったら、ご機嫌の二人が出てきた。うわーーーお酒臭いなあ。私は基本、お酒飲みが苦手。父が飲む人じゃなかったし、うちにお客さんを連れてくる人じゃなかったから、男の人の酔っ払いは、嫌だなあ・・・と言う感じの環境で育った。だから、パパも家では一切飲まない人。今日のように、お付き合いで酔っ払ったパパは、仕方が無い。Gちゃんと言うそのお店の経営者は、父の代からのお付き合い。だから、パパの事を唯一「君」付けで呼んでくださる方。奥さんと一緒にお店を経営なさってらっしゃったが、2年前から、奥さんは引退し、今は、1人でやってらっしゃる。パパはどんな方と飲みに行っても、最後はそのお店で、タクシーを呼んでもらい帰宅する。奥さんが一緒だった頃は、3人でお店を閉めて、一緒のタクシーで帰った事も多々あった。私の車を見つけるとGちゃんはにこにこしてご挨拶。パパが乗り込み、お店の前を出ると、手を振って見送っていた。パパは車に乗ると、もう、こっくりこっくりし始めた。こいつーー、こんな時間に迎えに来させて・・とCDのボリューム一杯にして、嵐君の歌を思い切り、歌ってやった。車の中は物凄いお酒臭くなった。でも、本当に、お酒が強くないのに、パパご苦労様です。帰宅後、さっさと二階に上がって寝ちゃった。私は、何だか目が冴えちゃって、結局、3時過ぎまでまた、起きていた。今日は、何て長い一日だったんだろう。明日は少しゆっくりしようっと。
2007年01月19日
コメント(0)
足がつって、目が覚めた。全く何とかなりませんか?塩水を飲むと良い・・・とか、足をお湯につけて揉むと良い・・とか、良いと言われる事は全部した。パパを起こさないように、ベッドから降りて足を引きずりながら、下に降りて、タイガーバームを塗りこんだら、やっと治った。すっかり目が冴えちゃった。まだ、5時前。表は暗い。もう一回、二階に上がって、ベッドの中にすべり込んだ。何だか、またつりそうだなあ・・・・。気にしない、気にしない・・・・そう思っていたら、眠りに落ちた。今日は、昨日の勢いで、セーターを洗面所のボールの中で3枚洗って、干した。モード学園時代に教えてもらった方法で洗った。まず、優しくもみ洗いし、2回すすいで、押しながら残った水を出す。半分に折ったバスタオルの上に形を整えて置き、端からくるくる巻く。そして、その上から乗って、足踏みをすると、あら不思議、水気は取れてるし、形の崩れも無い。そして、ワイヤーのハンガーにタオルを一枚クルクルクルと端から端まで巻いて、それに干すと、ハンガーの跡もつかないし、早く乾く。台所も、綺麗にし、今日は、ぶり大根を煮込んだ。脂の乗ったぶりと、そのだしのしみ込んだお大根は、超美味。飴色になったお大根の美味しいこと、美味しいこと。私とオネエは、目玉が大好き。パパとチビは、「気持ち悪い」と食べない。コラーゲン一杯なのにねえ。食後に、注文してあったゆず茶が届いたので、皆で飲んだ。「ゆず茶」と名前がついているが、ゆずのジャムのようなもの。スプーン二杯で、一日分のビタミンCが取れるそう。我が家は風邪に弱い人が多いので、これも通販で頼んだ。暖かいお湯を注ぐと、良い香り。風邪、治ると良いなあ。先日、オネエの宿題に協力した。知能指数の検査。しかし、子供時代何回も受けたが、全く違った。大人用だそうで、知識問題が相当あった。四文字熟語の意味やら、言葉の意味、数学的な問題やら、地理歴史、多岐に及ぶ問題だった。その他に、バラバラのパズルを時間内に組み立てたり、バラバラの絵を時間経過順に添って並べ替えたり。たっぷり二時間掛かった。その時、凄く面白い現象があった。数学の問題で、段々難しくなって、暗算が難しい応用問題になった時、私の前頭葉の5センチほど中に入ったところが、ジーーーンとしたのだ。「脳がジーンとしてる」と言ったら、オネエがケラケラ笑った。「多分、使っていなかったのをいきなり使ったから、凄い刺激を受けたんだね」と笑いをこらえながら言った。そんな事あるかい!!ったくいい加減な事を言う。しかし、複雑な問題になったら、その問題を聞く事自体が、もうだめだった。一つの問題を、半分は暗算でして行ったが、その認識が出来る前に次の段階の問題の文を読み始めるので、頭がこんがらがった。たしかこんな問題。「Aと言う人が品物を三割引きで買いました。Bという人が同じ品物を4割引きで1200円で買いました。では、BさんはAさんより幾ら得したでしょう」問題は一回しか言ってもらえない。冷静に考えれば、一割の差なのだから、4割引と言う事は6割で1200円だから、元値2000円でその一割だから200円とすぐに解かるのだが、こうして頭の中で書くのが、もう、出来なくなっちゃっていたのだ。自分でショックだった。暗算は、珠算2級なので得意だったのに、こんな単純な問題を最後まで頭の中に書けなかったことが、悔しかった。ああ、脳細胞は、日々、死滅しているなあ・・・と思ったが、脳が、ジーンとした事が、自分でも可笑しかった。結果は、まだ出ていない。ちょっと楽しみ。明日は、六七日の法要です。寒くなりそう。風邪気味なので、気をつけましょう。
2007年01月18日
コメント(0)
今日は、楽しみにしていた嵐ファン仲間との新年会。・・・・と言っても、3人のプチ嵐会。ホテルのバイキングに、誘っていただき、出かけた。お祖母ちゃんのことがあって、大阪や東京での嵐友との食事会はあったが、おうちの近い、このお二人とは、しょっちゅうメールはしているが、お目にかかるのは何だか久しぶりで、凄く楽しみだった。このホテルのある場所は、昔、本当に良く通った場所なのだが、全くもっての浦島太郎子気分。駅の規模も、駅前の様子も昔とは物凄い違いで、改札を出ると、え~、うっそーーー!と言う感じ。昔は、駅前から両側に道が延びていた。左に暫く行くと、大好きな骨董屋があって、古いアイロンとか、レコードとか、蓄音機を、あしげく通って、手に入れた。そのうち、オーナーと仲良くなり、行くと裏の倉庫に自由に入れてくれ、誇りっぽい倉庫の中でランダムに積まれてあった机の引き出しから、シルバーにピンクの珊瑚がついたブローチを見つけ、レコードのおまけにもらっちゃった事もあった。うちにある、柳家金五楼の落語のアンティークのレコードは、ほとんどここの骨董屋で探し出したもの。懐かしさと、戸惑いに駅の建物を出ると、目前に立派な建物。美術館だった。あ~、ここか~。いわくつきの美術館。・・・・と直ぐ横が、そのホテル。中に入って、階段を上がって行ったら、椅子が並んでいて、沢山の女性客が待っていた。まだ開店していないのに、凄い人。ふ~ん、ここのバイキング、こんなに人気があるんだ~。・・・と、椅子の一つに、Aさん。「Aさん」「あ、いっこさん、久しぶりだね~」早速お喋りし始めたら、もう1人のKちゃん登場。あんりゃ?何だか、スリムになってるぞ。お顔がすっきりしてる。聞くと、やっぱり、ダイエットしてるそう。良いなあ・・・・。本当に羨ましいぞ~。と、開店したらしく、お店の人が予約客から、中に案内し始めた。3番目に呼ばれ、中に入った。中は広い、お料理も出来たてのほやほやが並んでいた。席に案内されて、お料理を取りに行った。う~ん、みんな美味しそうです。バイキングって、当たりとはずれがある。これは間違いなく「当たり」ですな。皆、味が良いし、素材も良い。お肉も、女性客が食べやすいように、サイコロステーキ。スィーツの種類が、半端じゃない。そう思って、回りを見たら、あらまあ、女性ばかりです。本当に女性ばかり。少し離れたお席に、親子で中学生くらいの男の子がいたのと、遠くのお席に、中年のご夫婦らしき方がいただけで、あとは、本当に、4~50人全部、女性だった。量はあまり食べられない人なので、少しずつ取ってきたが、それでも、もう、おなか一杯。可愛いカップの茶碗蒸しも、シュウマイも、フルーツも、スィーツも、食べられなかった。でも、お喋りは思い切り楽しいし、私の話を聞いてもらっちゃたし、超、満足なお食事会でした。そこから、折角なのでジャニショに向かった。あったあった、凱旋コンの写真と、「花より男子」の写真。何だか、ここ数日のうさを晴らすような気持になってしまって、思い切り、注文した。もう、本当に、心もおなかも一杯になったし、暖かくなった。今日、お二人に会えて、本当に良かった。こんな楽しい思い、久しぶり。悶々と毎日を送っていたのが、嘘のように、気持が晴れた。地下鉄の駅まで行き、また、会おうね、と約束してそこで解散。私はそのまま地下鉄に乗って、デパートに向かった。今日は、自分の物じゃなくて、パパの物を買いにきた。今日からバーゲンの始まった巨大デパートの一角にパパのお気に入りのブランドがある。普段は、母がパパの誕生日にここで買い物をするのに付き合うのだが、今日は、私1人で買いにきた。ほぼ半額。大きな袋一杯、買っちゃった。所々にわんこの刺繍や、模様が入っているのが素敵なのだが、お店の方の対応も、いつも本当に、感じが良くて、気持が良い。今日も「あの~半そでが欲しいんですけれど・・」と我が侭を言うと、奥から抱えて出して来て下さった。ポロシャツやら、ベストやら、セーターやら、ハイネックのシャツやら、たっぷり一年分お買い上げ。これで、暫く、買いに来なくて良いな。・・・・しかし、疲れました。お茶が飲みたくなって、お店に入った。美味しそうな桃の小さなケーキがあったので、頼んだ。超美味。ふわふわで、余り甘くなくて、シブーストみたいな感じ。これ、お土産に買って帰りたいなあ・・・と思って聞いたが、お店のみのケーキだった。残念。電車に揺られて、駅に帰りついたら、思い出した。今日、パパのズボンのお直しが出来ているんだった。地元のデパートに寄って、それも受け取った。もう、物凄い荷物。名古屋のデパートで、一つだけ自分の物を買った。それは、観葉植物。エアープランツと、ハートリーフ。前から欲しかった。帰宅したら、足が痛い痛い。今日は、本当に楽しかった。Aさん、Kちゃん、ありがとうございました。明日から、また、頑張れそうです。頑張るぞ!
2007年01月17日
コメント(4)
始動開始やっと動けるようになりつつある。今日は、年末から、次々通販で注文した物を返品用に梱包した。買ったのは、ミンクのコートを作る際、出る毛皮で作られたヤーンで編んだ、フリルの襟のジャケット。渋いピンクと、グレイ2着。ミンクである事、とても可愛いデザインである事で気に入り買った。しかし、注文した号数では合わなかったし、着ていて、着易い物を・・・がモットーだが、肩が凝りそうだったので、返品。もうひとつは、フランスのデザイナー物の革のジャケット。ありふれたデザインがだめ。良い歳をして未だに、変わったデザインが好き。もうそろそろ、品の良い何でもないデザインを着たいが、着こなす自信が無い。デザインがシンプルな物は、その人の人となりで着こなすしかないが、その「人となり」が出てしまうデザインを着る自信がまだ無い。だから、誰も着ていそうも無いこの革のジャケットは、一度で気に入ったが、一枚仕立てだった。ステッチが、面白い所に入っているし、ウエストから下にギャザーが入っていて、そのギャザー部分に、丸いパンチングがビッシリしてある。ボタンも、レーザーでお花の模様が彫ってあり、凄く可愛かったのに、試着したら、一枚仕立てなので、下に着ている物とのすべりが悪い。こればかりは、試着してみないと解からなかった。残念だが、これも返品。通販は、良い物が安く買える。まして、日本にまだ入っていない、海外ブランドも買える。だから、上手く使えば、それなりのお洒落ができる。最近は、かなり上等な物も扱う。以前、TVショッピング番組「ショップチャンネル」でフランスのメーカーの靴を買った。値段もそう高くなく、とても履き易くて、嵐君のコンサートにはいつもそれを履いて行くと、足がつらなくて、樂チンだった。違うデザインの物が欲しくて探したが、名古屋では無いと言われた。嵐君の夏コンに行った際、渋谷のデパートで、このブランドの靴を見つけた。入って行くと店員さんが「日本では唯一うちだけが扱ってます」と言い、私がはいていた、ピンクとベージュのコンビの靴を見て、仰った「むこうで、お求めになられたんですか?」日本の通販で買ったと言ったら、とても驚いてらっしゃった。私の履いていた色は、日本にはまだ入ってない色だったそう。「ショップチャンネル」が先行輸入していた物だったのだ。だから、私は通販が大好き。でも、今回のジャケットのように、こうして、「はずれ」の時も多い。母は、返品が面倒だから、通販は嫌だと言うが、慣れてしまえば、何ということはない。30日以内に返品すればいいのだから、ゆっくり返せば良いのだ。梱包して、宅配やさんに取りに来てもらった。宅配屋さんといえば、先日、デパートから品物が届いた。名前と、携帯電話の番号しかない。誰からかなあ・・・と思いつつ、パパの会社関係だろうと、そのまま受け取った。しかし、夕方、帰宅したパパが差出人の名前を見て「知らない」。えーーー、誰?この人。一応、市内のデパートの包装紙だし、デパートの配送伝票だし、デパートの担当者の名前もあるから、爆弾じゃないだろう。恐る恐る開けてみた。和菓子の詰め合わせの中に、「K様」と書かれた白い封筒が出てきた。中を開けると、パソコンで打った文字の手紙が出てきた。「先日は、大変なご迷惑をお掛けしました。本来なら、伺いして、お礼、お詫びを申し上げるところですが、醜態をお見せしてしまい、とてもお顔を合わる事ができません・・・」あ~、と、覗き込んでいた娘達と、パパと納得。あの、血だらけ、酔っ払いおじさんだ。しっかりした文章に、きっときちんとした方だったんだね・・と話した。年末の忘年会にお酒を飲み、運転をしたことは、言語道断だが、怪我をし、我が家の前にたどり着き、犬に吠えられ、警察や救急車を呼ばれた事は、確かに醜態だろう。だが、翌日、あの雪であのまま放って置いたら、命の問題になったのだから、あれで良かったと思った。まあ、生きていれば、色色な亊に出会いますね。ありがたく、頂いておきましょう。でも、これからは気をつけてくださいませ。
2007年01月16日
コメント(3)
良いお天気です。しかし、相変わらず、何もしてません。でも、気持は、少し上向き。最近また、買い物ばかりしている。通販。しかし、返品も多い。世の中、バーゲンの季節なのになあ。表に出て、足で探そうじゃない。パパと午後からデパートに行った。仕事から午前中に戻ってきて着替えて、出かけるオネエを連れて、お昼に、御寿司を食べに行った。そのお店は、オネエの小学校からのお友達の家が経営しているお寿司屋さんで、回転寿司なのだが、物凄く美味しい。私は、この市では一番だと思っている。彼のご実家は、お魚屋さんなのだ。勿論、街のお魚屋さんじゃなくて、料亭などに魚を入れている、大きな規模の一般客はいないお魚の業者なのだ。だから、本当に美味しいネタだし、しゃりが、メチャクチャ良いのだ。柔らかすぎず、硬すぎず、すっぱ過ぎず、本当に、美味しいしゃり。チビは、何度か連れて行ったが、オネエは初めて。しかし、12年もの同級生だった、仲良しの男の子のお店、入った途端言った。「あれ?ここ、K君のお店だよね」はいそうです。彼の御母さんとは、ずーーっと役員で御一緒だった。所謂、相当な美人で、女将さん風な方。いつも、良い物を品良く着てらっしゃった。どうしてらっしゃるかなあ・・。学校に行くオネエと別れて、デパートに入った。パパの礼服が出来上がったので、試着しに来たのだ。パパは、物凄く、ズボンの長さに対してうるさい。馬鹿みたいにうるさい。洋裁の免許があったから、昔は、全部私がしていた。紳士物は、女性物と違い、重りの布が縫い付けてあげて有る。だから、その布から、取って縫い直さないといけないのに、たかだか5ミリの長さを、出せだの、縫い上げろだの言うのだ。5ミリなんて、上にちょっと引っ張れば、変わんないジャン・・と、よく言い合いになった。それでも、昔は、素直に5ミリを直した。しかし、私が鬱になってからは、直せと言わなくなった。縫い物は大好き。お針事が好きなのだ。しかし、ミシンを使わなくちゃならない紳士物のズボンは、嫌い。で、案の定、不満を言った。お店の方に「ね~、5ミリなんて、出さなくても『出しときました』って言っておけば、解かんないですよ」と言うと、笑いながら「いやいや、きちんと直させていただきます」と仰った。水曜に出来上がるそう。お願いして、お店を出た。コーヒーが飲みたいというので「アフタヌーンティ」に入ろうとしたら、その前の私のお気に入りのお店がバーゲン。あ、可愛いセーターと上着。はい、お買い上げ。私の買い物は早い。気に入ると、直ぐにゲットする。そして、何十年も着る。今有る物も、もう、随分昔の物が多い。着れ無くなった物は、娘達が持って行って着ている。お洋服の趣味が同じだから、買っても、惜しくはないのだ。しかし、反対に、物持ちが良いから、なかなか物がなくならず、片付かない。お洋服もそう。最近やっと、30年前の毛糸で編んだジャケットを娘にあげた。娘は気に入って着ている。ね、だから、余計捨てられないのだ。昼間の喫茶店は女性客ばかり。会社さぼって、こんなとこでケーキをパクついている所を見られたら、パパ、大変だね。まあ、たまには良いか。どうせ、今日も、帰ったら会社に戻って、お仕事だもんね。あ~、楽しかった。
2007年01月15日
コメント(0)
つまんない日、その2。今日も、皆、出かけた。平日と変わんないジャン。でも、今日は、結構面白かった。「華麗なる一族」が放映されるので、その前哨戦と言うべき、番宣があって、面白かった。この『華麗なる一族」には、苦い思い出が有る。原作を読んだのだが、あまりの人間関係の複雑さと、会社関係の専門用語やら、政治の世界を描いていて、読破する前に、挫折した。ただ、「難しい小説だなあ」と言う、感想しか残らなかった。しかも、作者が女流作家であることが、余計、挫折感が強かった。で、今回は主役がキムタクなものだから、ちゃんと見ようと、構えていた。その上、そうそうたる俳優さんばかり。楽しみだ。もうひとつ、楽しみな番組は「東京タワー」これは、もう、原作を読んだ。リリーフランキーさんの原作は、優しくて、おかんの思いが切なくて、少し涙が流れました。もこみち君がどう演じてくれるか、楽しみ。賠償美津子さんのおかんと、泉谷さんのおとんは、正に、適役。そしてそして、潤君の「花より男子」。前作より面白い。原作を頭痛になりながら2日で読破したが、それぞれのエピソードや、登場人物をどう組み合わせていくか、実に楽しみ。TV本当に、好きです。脚本家の先生方、ここに何時も目を光らせているドラマ大好き人間がいること、肝に命じて、本を仕上げてくださいませ。
2007年01月14日
コメント(0)
パパは朝からゴルフ。ん?明日も行くって言っていたなあ。100切ってから、面白くて仕方がないのでしょう。まあ、ご機嫌でいてくれれば、良いとは思うのだが、ここ数週間、映画を見て無い。見たい映画が一杯あって、1人で楽しめば良いのに、ついつい、皆で見たくなってしまうのだ。「硫黄島」も、パパと見に行って、子ども達に、絶対見せたいと思った。今見たいのは、「めぐみ」嵐君関係は、一人でも見に行くが、これは家族で見たい。それなのに、チビも、オネエも、出かけた。また、私1人になっちゃいました。あ~、つまんないなあ。で、色色検索して遊んだ。まず、ベトナムのお醤油が、もう残り少ないので、日本で売っている所を探した。1時間以上、検索してみたが、「無い」無いのだ、本当に、全く無い。有名な世界的なメーカーなのに・・・。一つだけ、ベトナム在住の日本人の輸出業者がいて、問い合わせたら、液体の海外発送は出来ない・・・とお返事を頂いた。そうなんだ・・・。でも、トランクに入れて、持って帰って来ちゃったけど・・。そう言えば、不思議だった。新婚旅行で、ヨーロッパに行った帰り、成田で、トランクを開けさせられて、中身の点検があったが、ベトナムから帰って来たとき、それがなかった。「あれ?」と不思議だったが、そのまま、忘れた。厳しくなったはずじゃないの?税関さん。税関も、結構、いい加減なのは、人形の輸入で経験している。人形を輸入すると、関税が掛かってくるのだが、その税関の係員によって、関税がべらぼうに高かったり、え?いらないの?ってことも多々ある。「その時の係員の匙加減、次第なんですよ」ある関係者の方がそう仰って、納得した。なるほどなあ・・・。で、お醤油も無事、うちに帰って来たわけか。しかし、あのお醤油、何処かで見つけないと、もう、ほんの少しです。美味しいんですよ~、ほんとうに。
2007年01月13日
コメント(0)
おなかの薬が無くなったので、久しぶりに、内科に行った。本当は、精神科の主治医の日だったので、午後から精神科にも薬を貰いに行こうと思ったが、どうにもこうにも、気持がだるくて、行けなかった。自分の中の空気がよどんでいる感じがする。どうにかこの状況を打破しないと、自分でも気持が悪い。夕方、買い物に出掛けた。そうだ!宝くじの結果をまだ調べていなかった。大きなホームセンターなのだが、食品も扱っていて、去年から、宝くじも扱っている。時々、ナンバーズを買うのだが、去年のサマージャンボも、一等前後賞3億円が出てるし、結構、地方くじの1千万も2回出ている売場なのだ。その上、誰もここの事を知らなくて、穴場。去年のパパの誕生日のプレゼンントの宝くじもここで買ったのに、私が「ここは絶対当たらない」と言っているお店で確かめてしまい、案の定、当たっていなかった。元々当たっていなかったのだが、確かめるまでは、誰もが「もしや」と思っている物だ。そこのお店が悪い訳じゃないが、やはり、私の「勘」で、そんな感じのする店だから、買ったところで確かめて欲しかった。買い物をして、重い荷物を持って、売場のカウンターに行き、買った宝くじを出して、確かめていただいた。高額が当たると、「ピーーーッ」と凄い音がすると、先日TVで言っていた。「ピーーッ」その音を期待したが、「あ~、残念でしたね~、300円だけです」と、人の良さそうな女店員さんが、300円を渡しながら仰った。「今回も、出ましたか?当たり」と、試しに聞いてみた。「はい、二等が出ましたよ」「え?1億?」「はい」やっぱりそうだ、ここは、本当に穴場だ。だって、暮に私が買いにきたとき、ケースの中には、そんなに沢山、宝くじは無かった。名○デパートの下にある「チャンスセンター」など、うず高く、いくつも宝くじの山があるのに、ここは、その一つの山も無かった。それなのに、そこから1億が出ている。もう、絶対、これからは、ここだなあ。父が宝くじが好きだった。何十年も買い続け、敗者復活の結果まで楽しみにしていた。はずれた金額をこつこつ貯めた方が、お金は貯まる・・・と言う主義だから、私は、あまり買わない。それでも、ビギナーズラックで、ナンバーズを初めて友人と買ったら、何とそれが大当たりした。だけど、毎回買うわけじゃない。パパは、こういうのは確率の問題で、何処で買っても、一緒だ・・・と言う主義だが、私は、絶対、「運」の問題だと思っている。当たりが出るところは、何回も出るのがその証拠だ。パパが買うところが、なかなか当たらなくて、私が買うところが、案の定、また当たったから、今日は、さすがに「また当たったのか・・」と言った。それは、このスーパーの売っている宝くじの数を知っているから、少ないのに、当たった事が、パパには不本意なのだろう。だから、言ったじゃない、あそこは良く当たるって。これは、勘の問題と思っている。事実、このスーパーは、数は出ないが、当たりが出るのだ。大きな高い宝くじは余り買わない。今回、私が年末ジャンボを買ったのは、本当に久しぶり。何故か、買いたくなって買ったので、「当たり」を期待したが、世の中、そんなに甘くは無いって事です。あ~、当たらないかなあ・・宝くじ。
2007年01月12日
コメント(4)
今日は、ニノの「拝啓、父上様」が始まる。朝から何もしたくなくて、ボーっとTVを見ていたら、番宣にニノが出てきた、慌てて録画。日に日に、大きくなって行っちゃうなあ、嵐君達。私がファンになって、早3年。ファンになった頃は、まだそんなにメジャーじゃなかった。深夜番組に出たりしていたのに、いまじゃ、一流の方達と番組に出ている。私はTVドラマが大好き。だから、嵐君のファンになるうんと前から、ニノだけは、知っていた。まだ、幼顔のニノが出ていたドラマをいくつも見た。ファンになってから、次々有名な巨匠と呼ばれる監督作品に、多く出るようになった。普段のニノは、ゲームが大好きな、ポイントポイントで、物凄くきつい事を、さらりと言う、毒舌家なのだが、それもこれも、賢い証拠だろう。ニノのラジオを聞くと、その賢さが、群を抜いている事がわかる。斜に物を見ているが、その本質をしっかり把握する。本当に、何て頭の良い子なのかと感心する。二宮和也、侮れない奴。しかし、コンサートに行くと、結構、可愛いところも有る。なかなかファンと目を合わせない。物凄くシャイなのだ。今回の凱旋コンのときは、スタンドマイクを私の前の方に置いて、歌って踊ってくれたから、いつもより、ニノの姿を多く見られた。今日は、本当に、なーーんにもしなかった。大学時代の友人が、曾我蕭白のブログを読んでくれ、久しぶりに電話をくれた。彼女は、日本画が好きで、わざわざ東京まで見に行くほど。私が調べた、蕭白の襖絵のある場所やら、蕭白の絵のあるお寺を教えた。牡丹の咲く頃、見に行きたいね。最近、また、寝る時間が遅い。これは、鬱の症状がまた頻繁に出てきた証拠だ。鬱病患者は、夜に活動する人が多い。昼間、調子が悪くても、夕方からなら、動けるようになる・・・とは、専門家のオネエの弁だ。悔しいが、その通りの状態だから、あながち間違ってはいないだろう。昨日、カウンセリングで気持を吐き出してから、やはり、調子は良い。気持の調子が良いのだ。お昼にパパとお蕎麦を食べに行った。さあ、ソロソロ頑張って、生活立て直さないといけませんなあ。頑張りましょう。
2007年01月11日
コメント(3)
お祖母ちゃんが亡くなって、やっとひと月が過ぎた。寒い朝、沢山着こんで出かけた。今日は、オネエもいるし、関西から弟夫婦も来る予定だったが、10時からの法要に、9時半にまだ、1時間以上掛かりそうと電話。仕方がない、我が家から一緒に行くつもりだったが、そのまま出かけた。冬の本堂は、本当に底冷えがする。ストーブを炊いていただいてあったが、足の下から、冷たさが、上がってくる。お経の途中で、携帯に出る無作法を、お坊様に詫び、お経を始めていただいた。相変わらず、良いお声。しかし、この方とのお付き合いもそろそろ4年になるが、目に見えて、衰えてらっしゃった。このお歳の一年一年は、大きいのだろう。お経が一つ終っても、弟夫婦は到着しなかった。仕方が無いので、そのまま正真経を唱え始めた。このあたりでは、皆で声を揃えて、一緒にあげるのが慣わし。お経なんて、子供の時から縁がなかったが、父が亡くなり、お祖母ちゃんが亡くなり、その回数が増えると、漢字ばかりのお経も、意味が何となく解ってくるもので、なかなか面白い。大好きな西遊記の三蔵法師の名前も出てくるし、悪人もお釈迦様の前に出て、煩悩の罪を懺悔すれば、「三途の黒暗開くなり」と言う意味らしい。半分終った所で、やっと弟夫婦が着いた。失礼をお詫びして、そのまま一緒にお経を上げた。お経が終わり、パパが四十九日後のお骨の事を伺った。私は、父の時と同じように、四十九日が過ぎたら、納骨に行きたいと思っていた。そうしなければ、もう、耐えられない気持だった。だが、お坊様は、「このあたりでは、普通、百か日に納骨します」うっそー、あとまだ、50日なんて、耐えられない。一日も早く、納骨し、あの部屋に入らなければ、片付けも何も出来ない。ご挨拶して、奥さんに送られ、表に出た。頭が混乱していた。パパが何か言おうとすると、意味もなく、混乱したまましゃべった。些細な事で、喧嘩になった。パパは全然解ってなくて、私からそれを理解してくれとは言えなかった。そのくらい、混乱したし、私の中では大きな、大きな問題だった。ここまで何とか気持を支えたいた事が、達磨落としのように、がらがらと崩れたのだ。お骨さえこの家からなくなったら、また、平穏な気持でいられる。それだけを、49日、我慢しようと思ってやってきた。くるくる回り続ける盆灯篭の光を叩き壊したい衝動も、あった。それもこれも、49日まで・・・そう思って耐えてきた。気持が崩れそうだった。今日は、12時半からカウンセリングの予定だった。弟夫婦とオネエと昼食を摂り、帰宅し、着替えてすぐに、出かけた。この気持のまま出かけた。そして、カウセリングで吐き出した。吐き出している間に、少し冷静になれた。カウンセラーは、この二週間、私が、寝込んでいないか心配だったそう。幸い、寝込まなかったのは、嵐君のおかげだと思う。暮の大ちゃんのお芝居に行きたくて、頑張った。年明けの凱旋コンに行きたくて頑張った。確かに精神的なストレスは、おなかに来ていたから、暮は、ほとんど朝食を摂らなかった。吐き気で目が覚める事も多々あった。年明けも、余り調子は良くなかった。胃が物凄く痛くて、うずくまってしまった事もあった。しかし、倒れたら、行けないと思った。お風呂にも入れ無くなった。少し冷静になった時、お祖母ちゃんの人生を思った。散々嫌な思いをさせられた。お祖母ちゃんに出会うまで、人様から言われたことの無い言葉をこれでもかと浴びせられた。悪気なく、本当にお祖母ちゃんの身体を思い、したことも全部、悪意に、意地悪に取られた時、私の中にも悪魔が生まれた。清廉潔白じゃない自分がいた。そしてその事に、苦しみ鬱が酷くなった。「人間は清廉潔白じゃいられませんよ」何度も、カウンセラーに言われた。「攻撃されたら、仕返したいと思うのは、決して悪い事じゃなく、自己防衛の一つの形ですよ」何回、そう言って励ましてくれただろう。こう思った。お祖母ちゃんの人生、きちんと清算されていたのじゃないか。お祖母ちゃんが生きている頃、私の中の悪魔がこう言った。「この人は、亡くなったら餓鬼道に落ちるに違いない。天国にいるおじいちゃんに会えないだろう」しかし、亡くなる前の2年間のお祖母ちゃんの認知症は、お祖母ちゃんを、不幸にした。限りなく満足できない症状。どんな美味しい物を食べさせてもらっても、すぐに忘れ、自分はなにも食べさせてもらっていない・・と不満を口にし、どんなに、気持ちよい、入浴をさせてもらっても、自分は、何もしてもらっていない・・と施設の人を恨み、どんなに楽しいイベントをして頂いても、何も覚えて無い・・。毎日、被害妄想の中で人を疑い、攻撃的な言葉しか言えず、毎日、欺瞞と不満の中にいた。常に、ハングリー。それが、お祖母ちゃんにとって、どれほど不幸だったか。勿論、その標的になった、私や、施設のケアの方はたまらなかった。施設の方に「私達は仕事だから、やってられますけれど、奥さんはたまらないですよね」ときちんと解かってくださって頂いていただけ、お祖母ちゃんよりましだったかもしれない。前半は、苦労して苦労して、生活の為、家族を養う為に生き、後半は、素晴らしい伴侶に恵まれ、幸せだっただろう。しかし、その伴侶が亡くなり、一人になって12年。さらに、その後半は、日に4回も食事をするようになり、医者が止めるのも、回りが止めるのも聞かず、思い切り、好き勝手してきた人生。そのつけが、最後の3年にきた。それで、お祖母ちゃんの人生、つじつまが合ったんじゃないかと最近思えるようになった、きちんと神様が、プラスマイナス無しにしてくれたように思えた。そして、餓鬼道に落ちず、ちゃんとおじいちゃんに会えたに違いない。そう思えるようになった。付けの回ってきた最後の人生に、関わった私に、思い切り言いたい事を言って逝ったけれど、お蔭で、こちらの人生が、鬱と言う病でメチャクチャになったけれど、これも、私の神様からの宿題と思えば、大きな人生勉強をさせてもらったと言う事なのかもしれない。カウンセラーと話をしている間に、そう思えるようになった。それでも、やはり、帰宅し、お祖母ちゃんの部屋のお骨には、恐怖を感じてしまう。あせる事はない。ゆっくり、傷ついた気持を癒していけば良い。飲み込まなくちゃならない言葉は、もう生まれてこないのだから。もう、傷つけられる相手はいないのだから。もう、苦しむことはないのだから。
2007年01月10日
コメント(0)
今日は、亡くなった父の誕生日。母が朝、お墓に行く途中、我が家に寄って、東京で買ってきたお土産を娘達に渡した。母の家からお墓まで歩いて20分。我が家は、歩いて5分の場所にあるから、寄って行くのに丁度良いのだ。父のお墓は、古い墓地を整備し、とても新しい綺麗な墓地。回りには、木もなく、日差しの強い日は、何も遮る物が無い。私も後で、行こうかな。今日、TVを見ていて、凄くショックを受けた。曾我蕭白と言う江戸時代の画家の絵を知った。水墨画が主で、彩色画は少ないが、有名な絵には文化庁が所蔵している「群仙図屏風」がある。余り知られていなかったが、絵画研究家の辻惟雄さんによって、広くしられるようになったが、埋もれていた画家だ。応挙の美人画より、自分書いた美人画の方が数段上なのに、評価されないと、嘆いたと言う。確かに、応挙の美人画は美しいが、蕭白の美人画と並べて見ると、私も、一緒にTVを見ていた娘も、蕭白の方が上だと思った。ただ美しい応挙の美人画に比べ、蕭白の美人画は、今にも動き出しそうに、生き生きと、ある意味、おどろおどろしささえ感じる美人画だ。そして蕭白の作品は、その多くが、江戸末期、海外に流出してしまったのだそう。ボストン美術館に多くが所蔵されている。いつも思う。本当に、没落貴族やら、庄屋から、どんどん良い物が海外に流出した時代が、何とも日本人として悔しい。外国の人の目の方が肥えていたと言う事か。そのボストン美術館にある「雲竜図」。物凄い迫力に、圧倒された。去年、そのコピーを送ってもらい、実際の大きさにコンピューターを駆使し、微調整し和紙に、カラープリントしたそう。そして、蕭白が、度々訪れた伊勢地方の何処かの襖絵じゃないかと辻氏が探し回り、その寸法から、伊勢市のお寺のふすま絵だった事が解かったと言う。伊勢市、すぐそこじゃない。再現されたその雲竜の襖絵が、はめられた部屋。真ん中に座った辻氏。その迫力は、TVからも充分に伝わってきた。四方に踊り、渦巻く竜の姿。本当に今にもふすまから飛び出して行きそうだ。見たい。そう思った。どうしても見たい。こう思っちゃうと、私は止まらない。番組が終ると、着替えも化粧もせず、家を飛び出し、書店に向かった。2軒回って、本を見つけた。早々に帰宅し、コートを脱ぐと、すぐに本に見入った。曾我蕭白の作品が、載っていた。どれもこれも、正に、生きているような絵ばかり。「群仙図」の仙人は、およそ仙人の顔をしていない。まるで、妖怪。しかし、その表情の豊かさ、衣服の動きのある表現は素晴らしかった。これも見たい。そこから、始動開始。こういう興奮は久しぶりだ。好きな物を調べる事は、自分でも長けた方と自負している。まず、伊勢市役所、観光課に電話した。事情を話し、蕭白の絵が見られるところ、ふすまを再現したお寺を調べてもらった。しかし、県立美術館に、数点の絵が常設で見られる事しかわからなかった。そして、伊勢地方と言っていたが、松坂じゃ無いでしょうか・・と言われ、今度は、松坂市役所、教育委員会に電話。二つの寺に少し蕭白の絵があることが解かった。一つずつ、電話してみた。片方のお寺では、蕭白の絵を10数点所有してらっしゃるのがわかったが、常設はしておらず、4月のボタンの時期に、「牡丹祭り」を開催し、その際、公開だそう。そしてもうひとつのお寺は、全く公開はしていないそう。ただ、曾我蕭白の展示会があった時は、貸し出しているそうだ。しかし、両方とも、雲竜図の再現襖絵は、無い。しかし、片方のお寺の奥さんが、雲竜図があるのは、確か、伊勢の○寺さんじゃないかなあ・・と仰った。よくお礼を申し上げ、電話を切った。解かった・・・。もう少しだ。○寺、104番で調べたら、あった。すぐに、電話。「そちらに、ボストン美術館所蔵の曾我蕭白の『雲龍図』の襖絵があると、伺ったのですが・・」「はい、有りますよ」やったーーー!!!詳しく、場所を聞いた。見たい。どうしても見たい・・・・と言う気持で、この日一日掛けて調べ上げた。夜、パパが帰宅し、買って来た書籍を見せた。「おお、凄いな、俺も見たい」そうでしょう、そうでしょう。貴方なら、絶対見たいと言うと思った。「ボストン美術館日本美術調査図録」と言う本も出ているが、こちらは、ウン万円もするので、ちょっと買えない。しかし、曾我蕭白さんの事、少し調べてみようかな・・・と思った。不遇の江戸の画家、曾我蕭白さん。貴方は我が家では、応挙より、うんと人気がありますよ。
2007年01月09日
コメント(2)
成人式だそうだが、長年、15日が成人式だった私の年代は、8日の成人式に、物凄く違和感がある。同じ19から20歳の若者でも、片や、お酒を飲んで暴れる馬鹿な者がいるかと思えば、財政破綻した夕張市には、素晴らしい若者もいる。感動して、私ももらい泣き。夕張市は、前市長の無茶苦茶な無駄使いのせいもあり、昨年、財政破綻した。それまで毎年60万の予算を貰っていた成人式に、何と今年は、たった1万円しかもらえない事になったそう。そこで、成人式を迎える実行委員たちが頑張って、募金をしたり、地元の企業に協力してもらったり、夕張を離れて成功した元住民に協力してもらい、手作りの成人式を行ったのだそうだ。実行委員の女の子が、成人式に泣きながら、協力してくれた方への感謝の気持を言葉にしていた。きっと、この成人式に参加した若者達は、素晴らしい心の宝物を手に入れたに違い無い。もっと早く知っていたら、私もほんの少しだが、協力させてもらいたかった。今日は、子ども達は、出かけていない。パパも会社。私1人で、横浜の写真をプリントしたり、TVを見たり、楽しんで過ごせた。夕方、買い物に行き、おでんを煮た。前回、おでんを煮た日、お祖母ちゃんが倒れた。パパは飲みに行っていて、子ども達と3人だけで食べた。それが、ずっと、心に引っかかっていた。まるでリベンジのつもりで、今回、買って来たのだ。丁度、本当に、ひと月前の事。おでんを食べたパパは、味もわからなかっただろう。だから、今回は、心を込めて、火加減に細心の注意を払い、美味しいおでんを作った。あれから、ひと月。何と言うひと月だったんだろう。その間にパパの誕生日も、クリスマスも、大晦日もお正月もあった。全部、まるで、霞の中の出来事だったよう。早く晴れないかなあ、私の心の中の空。
2007年01月08日
コメント(0)
疲れていたのか、お昼近くまで起きられなかった。パパは、明日は会社とか。映画行こうか・・・・と迷ったが、オネエは、デート。最近、家族で遊びに行くことが無くなっちゃった。つまんないね~。本当に、こどもが大きくなると、つまらないです。父や、母も、こんな思いをしていたのかなあ。私も、随分大きくなっても、親と行動する事が多かったからなあ。高校の時、友人に、親と買い物に行くって言ったら、呆れられた覚えがある。「えーー、まだ、親と行くの?」って言われたんだった。それに比べたら、最近まで、一緒に行動してくれていたわが娘達は、良い方か。益々、夫婦で過ごす事が多くなるなあ。娘達がまだ「硫黄島からの手紙」を見ていないと言うので、是非、見て欲しいと思った。今日から嵐君は、大阪公演。昨日、帰宅してTVを点けたら、ニノが生放送で、出ていた。「ありゃ、こんな時間まで生で出ていて、明日、大阪間に合うのかなあ」と心配だった。まして、天候が悪く、新幹線は遅れているし、飛行機も欠航便が続出していた。11時に番組が終って、直ぐに出発したのかな・・・。まるで親の気持。最後まで迷ったが、今回は、横浜だけで、我慢する事にした。やはり、気持的に、今一だからかな?元気一杯もらえるのは解っているのだが、大阪まで行くことやらが、しんどい。本当に最後まで迷ったが、無理をするのも良くない・・と思い、大阪は諦めた。もう少し、元気になってから、また、会えるよね。午後から、忌明けの品物をカタログから選んだりした。なかなか大変な作業で、パパは毎日、名簿を更新したり、あちこちに電話している。やはり、四十九日を過ぎるまでは大変です。夜、買って来たXOジャンを使って、イカと和えたら、好評。しかし、ホウレン草にピーナッツクッキーを潰してお醤油で和えた方は不評。クッキーと言っても、お砂糖と、ピーナツの粉が固めてある物で、そのまま食べると、ポロポロ崩れる物。硬く焼いてある物じゃないので、お砂糖さえなかったら、美味しいのになあ。崎陽軒のシュウマイは、生なので、近くのスーパーで売っている物と、少し違って、美味しかった。明日は、おでん、煮ましょう。
2007年01月07日
コメント(0)
朝から、すごい風雨。レストランで、バイキングの朝食を母と頂きながら、今日は何処に行こうか・・・と楽しみ。荷物を送って、さあ、出発。最初に横浜に行き、元町に出た。外人墓地は後にし、山下公園の方に歩き出した。おいおい、物凄い雨と、海風。山下公園の赤い靴の女の子の像を見せてあげたかったが、もう、公園の入り口に行くと、雨脚が酷くなり、だーーれもいない。警備員さんが、不思議そうにこちらを見た。そりゃ、こんな日に来る奴なんていないよなあ。母と爆笑しながら、一応、来た記念に氷川丸をバックに記念写真。直ぐ前に、私が良く行く人形の家。早々に飛び込んだ。持っていた潤君のポスターは、傘を入れる袋を被せていたので、無事。リニューアルされてから、来ていなかったので、楽しみだった。入り口で荷物を預かっていただいた。私が見たいのは、アンティークドールだけ。母が、すごく楽しそうに、見ていたので、私は先にさっさとドールの所に行った。ありゃ~、展示品が少なくなっちゃってるよ~。多くなったと思って来たのに、めちゃくちゃがっかり。ここ、良いアンティークドール、持っているのになあ。母が、「ここ面白いわぁ」と嬉しそうに上がってきた。丁度、北原さんのコレクション展が開催されていた。古い香水のビンやら、広告の看板やら、マッチの箱やら、そりゃ凄い数。これも、母は、「あ、あれ有ったわ」と興奮して見ていた。中のショップで、食事会の友人達にお土産を買った。そこの女の子に、がっかりした事を伝えると、「あ、そうですよね~、あの、そこにアンケートが有りますから、書いていただけませんか」と言われた。彼女も、アンティークドールが好きなのだそうだ。昔は、アンティークドールの写真も図録も小物も売っていたが、今はそれも無くなったそう。残念な事。思ったより、時間を取られ、もう、11時過ぎになってしまった。もう、三鷹に向かわないと、伯母との約束の時間に間に合わない。そのまま駅に戻り、みなとみらい線で渋谷まで出た。傘を持っていなかったので、500円でジャンプ傘を買ったのだが、水滴を落とそうとトントンとしたら、壊れた。実は、朝、ホテルの売店で300円で買った傘が、子供用か・・・と言うくらい小さくて、もう一回、新横浜の駅前で買ったばかりだった。ジャンプ傘が壊れると、無用の長物になる。なぜなら、ベルトで抑えてないと、開いちゃうからなのだ。仕方が無い、母が、「もう、傘を差すところ無いから、捨てちゃいなさいよ」と言うので、傘を持ってなくて濡れて困る人には良いな・・・と思い、駅に置いて来た。渋谷から吉祥寺に出て、おでん種を買って、母は、こざさの最中を買って、伯母の家までタクシーで向かった。伯母は少し調子が悪いそうで、寝ていた。それでも、二人の従姉妹達と、楽しいお喋りは、母には、父の3回忌以来だから、楽しそう。いつも、美味しいケーキを出してくれるのだが、そのケーキ屋さん、実は、帝国ホテルにいたパティシェのお店だったことが最近解かったそうだ。どうりでいつも凄く美味しいなあ・・・と思っていたが、そう言う事だったのかぁ。今日は、オレンジピールをチョコでコートした美味しいお菓子も出てきて、帰りに残った物を箱ごと、頂いちゃった。横浜で山下公園に行った話をしたら、「あ、あの氷川丸、もう今年、廃船になるそうよ。」「え?見てくりゃ良かった~」と言ったら、「いやいや、もう、去年の秋から中にも入れないはずよ」との事。記念写真撮っておいて、正解でした。たっぷり2時間話をして、そろそろ失礼しようと立ち上がってお玄関に向かったら、伯母が起きて来てくれた。顔色も良いし、大丈夫そう。良かった。従姉妹に三鷹の駅まで送ってもらい、東京駅に出た。雨も小降りになっていた。東京駅で、これでもか・・・と母が子ども達にお土産を買った。ごまたまご、東京バナナ、ひよこ、おせんべい、崎陽軒の生しゅうまい。もう、持てませんよ~。母と新幹線の中で食べる駅弁を買った。なんと、叙々苑の焼肉弁当があったので、ゲット。新幹線に乗ってすぐ、わが心の東京タワーが綺麗なライトアップで見えた。最近、また、新しいビルが立ち並び、ますます見えにくくなった。いつかまた、懐かしいあの街に行きたいね。東京都港区芝田村町(現西新橋)。今度は、母も連れて行ってあげよう。変わっちゃったけど、変わらない所も有るあの街へ。後8時前、帰宅、お疲れ様でした。あ~、楽しかった。
2007年01月06日
コメント(0)
待ちに待った日。嵐アジアツアー凱旋コンサート。やっと当たった、プラチナチケット。前回夏コンで、嵐君達に会ってから、私自身も、私の状況も、何て変わってしまったのだろうと思った。・・・と出かけにTVを観ていたら、「めざましTV」で、小倉さんが、嵐のコンサートを絶賛してくれ、昨日招待されて観てきた話をしてくれた。勿論、その様子の画像も、勿論ゲット。新幹線に乗ったら、良いお天気で、大好きな富士山が、物凄く綺麗だった。ベトナムのイェンちゃんに送ってあげようと、デジカメに撮った。嵐友達と待ち合わせてランチの予定だったので、少し早めに着いた。ホテルに荷物を預けて、隣のホテルのランチバイキングのレストランに入った。いたいた、顔馴染みの仲間たち。「あ、いっこさん」声を掛けていただいた。もう何回、この方達と、一緒にお食事しただろう。美味しい食事を頂いて、嵐話。この時間が本当に楽しい。今日は、私は一部だけ。足がつってから、名古屋以外は、全て一回の公演しか参戦しないことにしたが、皆、二部も行くそう。時間になったので、横アリに向かった。入る前にグッズを買おうと思ったが、物凄く並んでいた。嫌だなあと思って、係員に聞いたら、中でも売っているそう。そう言えば、前回も、会場の中で売っていた。えい、まだ時間も1時間近くあるし、中で買おうと入った。所がそれが、大きな間違いだった。中の売場は、私が入る座席の真反対、しかも、表以上の人が並んでいた。もうひとつおまけに、「最終の方は、開演時間に間に合わない可能性があります」だって。カチンときた。間に合うように中に入れたら良いのに、中に入れる時間も決まっているのだ。文句を言おうと思ったら、「皆さん間に合いますよう、最大限の努力をいたしております!!」思わず噴出した。間に合うかなあ・・・とドキドキしていたら、案外、早く列が進み、中には、30分前に入れた。しかし、中でも、グッズ別に並ばなければならない。何とか全グッズ、ゲットし、会場を出たのは、開演5分前。走った、走った。足がつりそうで、参った。席は、真ん中あたりのこれも、真ん中あたりの座席。全体が見られて、なかなか宜しいです。暗転、始まった。嵐がデビューしてからの全部のシングル曲のプロモーションビデオが少しずつ流れた。隣の子が話かけてきた。可愛らしいお嬢さん。「お1人ですか?」「はい、貴方も?」「はい、私、いつも1人なんです」「あ、私もですよ、で大体、いつもこうして端っこ、通路側です」と喋っていたら、もっと暗転。今日は、出掛けに、ライトと団扇を忘れてきて、手ぶらで応援。「ARASHIC」の時の白いコートを着て登場。花火が下から噴出した。やっぱ、生の嵐君の歌は最高です。韓国、台湾のセットリストに、「花より男子」のテーマソングを加えたセットリストに成っていた。途中、ニノがとてもご機嫌で「悩んで、ないない♪」の所を、大きな声でどすを利かせて、台詞を言うように言ったのが大受け。MCの時も、話題にしていた。MCは、翔君が汗かきで、いつも、衣装の早替えの時、ズボンがくっついて衣装さんが往生するので、ベビーパウダーをつけているそうなのだが、「花男」の番組の宣伝で潤君が遅れて横アリに着いた時、翔君が仁王立ちになり、「てんかふ」をぱたぱた付けてもらっている最中で、真っ白でびっくりしたそう。で、次に出てきた時、翔君が調子に乗って、顔まで真っ白ででてきた。勿論つっこまれ、爆笑。潤君が、今朝の小倉さんが自分達の話をしてくれた事を、ステージの上から話した。皆、潤君の番宣をみてて、見れなかったそう。見られた自分が嬉しかった。今日、一番楽しみにしていたのは、セットリストに一番好きな「BLUE」が入っていることだった。生で「ブルー」を聞きたいとずっと思っていた。花道を何回かメンバーが来てくれ、黒の綺麗ならめ入りのスーツで、クレーンに目の前に大ちゃんが乗って、歌ってくれた。もう感激。本当に良い歌なのだ。大宮SKは相変わらずのおちゃらけ。しかし最後にニノが「もう、本当に小道具さんにお願いです。もっとこれ軽くしてください」といつも使うバズーカ砲を重そうにしていたのが可笑しかった。そして、その後で花火が出て、その火花が飛んだらしく「アチッ」と小さな声で言って、笑いを誘っていた。メンバー紹介の歌の時、画面にそれぞれのデビューからの画像が流れた。潤君の画像に、2004年の24時間TVで大泣きした場面が写り、ああ、もう、3年も経つんだなあと感慨深かった。やはり、山場は「COOL&SOUL」から。この夏コンで9回も見たのに、まだまだ見たいと思うくらい、カッコ良いのだ。私の一列前から下は親子席で、親子席は立っての応援は禁止なので、良く見えたし、親子席は、メンバーが必ず、来てくれるので、おこぼれを頂いた。ニノが随分、長いこと、いてくれた。潤君も、今日は「楽しい」を連発。お手振りもゲット。本当に、機嫌が良かった。きっかり二時間半の公演。楽しかった。本当に楽しかった。このまえ、君たちに会ってから、私の状況は何て変わってしまったのだろう・・と思ったら、涙が出てしまった。でも、元気しっかり貰いました。本当に来て良かった。会場を出て、ホテルに戻ったら、母がもう来ていた。そのまま冷たいお茶を飲み、母と一緒に表に出た。駅前に行くとダフ屋が一杯。写真も売っていた。偶然、友人が声を掛けてくださった。母とそのまま中華街に行った。母は初めてだそうで、喜んだ。夏に家族で来た時に入ったお店が美味しかったので、探して入った。母も私も、あまり食べられないので、少し贅沢をしようと言う事になった。ふかひれの姿煮、車えびのエビチリ、かにつめのフライ、ここのお店の名物料理、鳥の風味焼き、それに、野菜のXOいため。ありゃ、結構、頼んだなあ。でも、やっぱり食べられなくて、お持ち帰りにしてもらった。海老チリは、もう、プリプリだった。ふかひれは、本当に美味。かにつめは、一つでおなかが一杯になっちゃう。野菜炒めが美味しくて、帰りに、XOジャンを買って帰ることにした。お店を出て、中華街でいつも行く、いつも、送っていただく食材やさんに行った。ここのジャスミン茶を、我が家では常備していて、毎日、飲んでいるのだが、凄く大きな袋に、白いジャスミンが、一杯入っているお茶が、1500円。これ一袋で、半年はもつのだ。それから、皆が大好きなピーナツクッキー。これは、奥から大きな箱のまま出してもらった。奥さんが、「いつもこのまま食べるの?」と仰るので、「はい、皆大好きで」と言うと、「これね、スプーンで潰して、ホウレン草なんかとお醤油であえると美味しいよ」と教えてくださった。そして、母と絶対買って帰ろうと言ったXOジャン。ここのお店の作った物を頂いた。これは、イカなどをさっと茹でて、和えたり、野菜炒めの最後にちょっと振りかけるそう。母はとても楽しそうだった。歩いていると、中華街のお寺に出た。もう仕舞っていたが、そのライトアップが、ものすごく綺麗だったので、写真に撮ろうとして気が付いた。デジカメ忘れた・・・・。あ~、こんな夜に、中華街に来るなんて、なかなか無いのに、馬鹿みたい。私は、中華街が大好き。何回も来て、何処のお店に何が売ってるか、何処のお店が、美味しいか把握しているつもりなのに、大好きな街なのに、夜、来た事が無いし、こんなライトアップされているのを見たことが無かった。残念だったが、携帯のシャメで我慢。そろそろ、8時過ぎ。帰って、潤君の「花男」を見なくちゃ・・と、地下鉄の駅に行き、戻った。明日は、少し早く出て、山下公園やら、人形の館やら、元町やら外人墓地をみせてあげよう。今日は、楽しかった・・・。こんな気持、久しくなかった・・・。お祖母ちゃんの事が有ってから。気持は萎えたままだった。やっぱり、嵐君は私の心のお薬なんだなあ。
2007年01月05日
コメント(2)
朝、すぐに、昨日の美容院に電話した。いつものIさんにカットをお願いしたい・・・と伝えると、午後2時に予約が取れた。髪、何時から切ってないかなあ。切ると言っても、梳いていただくだけなのだが。パパは、明日から、会社。お休みは今日まで。映画にでも行こうか・・と言ったが、オネエは、お友達とランチ。チビも、学校の宿題で、繁華街の調査とかで、名古屋に出かけてしまった。子供が大きくなると、本当に、つまんないです。明日から、母と一緒に横浜。今年初めての新年早々の嵐君のアジアツアーの凱旋コン。メチャクチャ楽しみ。予約した時間に美容院に向かったが、道が物凄く混んでいた。止めようと思っていた駐車場のあるデパートも、ショッピングセンターの駐車場も、ながーい列。こりゃ、時間に間に合わない・・・と、普通の青空駐車場を覗いたら、空いていた。ラッキー。直ぐに入れて、美容院に。I さんは、ここのチーフ。総勢20人もいるような大きな美容院。うちの団地にある、ヨーロッパからレンガを運んで建てたお城のような建物は、ここの美容院の本店。あちこちに支店がある。Iさんは、娘達にも人気がある、今年小学生になる男の子の御母さんだが、全く、そんな風に見えないくらい、若くて、綺麗。お喋りしながら、さっさと髪をすいていく。爆発しそうなくらい、広がっていた髪の毛が、落ち着いた。髪が物凄く多いので、パーマも掛けられない。年に一回、こうしてすいてもらう。軽くなった。表に出たら、少し、歩きたくなった。デパートに入ったら、凄い人。お気に入りのいつも行くお店に行ったら、バーゲンしていた。ふと見ると、暖かそうなコートとも、ジャケットとも言えない上着が掛かっていた。凄く可愛いデザイン。ボタンが大きなスナップで、飾りが、向日葵みたいな形に生地で作ってあって、暖かそう。お値段もまあまあ、ゲット。明日これ、きて行こう。気持が少し、上向き。明日は楽しいと良いなあ。
2007年01月04日
コメント(0)
子ども達の片付けは、一日以上掛かっている。出したゴミ袋を見たら、ありゃ?これ、昨日までオネエが着ていたお洋服じゃない?オネエに聞いたら、烈火のごとく怒ってチビに食って掛かっていた。チビは、整理が面倒になり、自分の物と分けずに、手当たり次第、ゴミ袋に捨てたらしい。面白い奴だ。ん?あ”--、私の手編みの肩掛けまで捨ててあるじゃん!冗談じゃない、寒いから貸して・・・といつぞや持って行ったやつだ。こりゃ、言わなきゃいけないなあ。チビを呼んで、叱った。「は~い、解かった」。オネエに叱られた後で、いやに素直に謝った。オネエが怖いらしい。大好きなお姉ちゃんだもんね。髪を洗いたくて、美容院に電話をしてみた。娘が年中無休の美容院に行っているので、そこに電話をしたが、休みだった。自分で洗えば良いのに、また、ここ数日、お風呂に入れなくなった。お祖母ちゃんの部屋のドアが開いたままになっている。お葬式が終ってから、ずっと、盆灯篭が回ったままになっている。パパは、毎朝、お線香を上げている。その匂いも嫌なのだが、さすがにそれまでパパには言えない。お線香の匂いが嫌で、自分の父親のお仏壇にお参りに行っても、お線香を炊かないのだが・・。お祖母ちゃんはもう、いないのに、施設にいる時より、うんと気持が重い。まるで、そのまままた、この家に帰って来たような気がしている。お祖母ちゃんの部屋に、お祖母ちゃんがいるようであの日々を思い出し、気持が、重い。本当に困った物だ。あの日々を思い出して・・・じゃないのかもしれない。言いたい事を、相手に言えないうちに、相手が認知症になり、言えないまま、その気持を何処にぶつけて良いのか解からないまま日が過ぎ、相手は、土俵の上からいなくなった・・・そして、こちらが逆立ちしても通じない姿になって、帰ってきた・・・そういう状態か。ここ数日の夜、お風呂には、何とか頑張って入るのだが、髪が洗えない。朝から、悶々とソファに横になり、「髪が洗えない」・・・とつぶやく。で、美容院に電話をしてみた。夜、私の様子に気がついたオネエが、「私、洗ってあげるよ」と言ってくれたが、一緒にお風呂に入れない。自分の娘なのに、本当に不思議。「駄目、入れない」を繰り返す私に、「大丈夫だから、入っといで」と何回も言ってくれる。開いたままだったお祖母ちゃんの部屋の戸を閉めてくれた。チビも「頑張れ」。ああ、自分の鬱が、また、皆の気持に陰を落としてる・・・と落ち込んだ。情けなくて、仕方が無かった。意を決して、お風呂場に行き、洋服を脱いだ。入ってしまえば、なんと言う事は無い。気持ちよく、洗髪し、湯船に沈んで、「どうしてこんな気持良いことが、できないんだろう」と自分でも不思議でも仕方が無いが、それが鬱なのだ。お風呂から出たら、もう、2時を少し過ぎていた。全くなあ。新年早々に鬱。何時になったら、治るんだろう。
2007年01月03日
コメント(0)
パパは、以前から約束してあったゴルフに出かけた。暮れにも予定があったが、さすがに相手の方が、お祖母ちゃんが亡くなって間が無かったので、遠慮なさって、キャンセルになった。しかし、パパは、1人で31日に行っちゃった。パパの御母さんだから、パパがそれで良いなら・・と何も言わなかった。今日は、私のはとこの旦那様達とのコンペへの参加。皆さん「良いんですか」と仰ったそうだが、パパは、今、ゴルフが面白くて仕方が無いらしいから、気がまぎれるなら、どんどん行ってくると良いね。ゴルフを始めて早10年以上になるが、最近、また、面白くなってきたらしい。まして、仕事関係じゃないから、今日のメンバーは楽しくて仕方が無いらしい。年齢も、近いし、お互い私の親戚の旦那様同士だから、気持ちが樂なんだろう。子ども達は、このお正月休みに、部屋を綺麗にする約束をパパとした。もう、足の踏み場もないくらい散らかっていた。お昼から、ゴミ袋を一杯持ち込んで、片付けていた。私は、朝からずっとドラマを見ていた。「西遊記」一度見たが、こうして、立て続けに見ると、面白い。元旦のお昼は、カレーライスを食べた。今日は、何にしようかなあ。もうすっかり、お正月気分はない。夕方、パパが帰宅。凄く機嫌が良い。え?とうとう目標だった「100」をクリアしたそうだ。「100切ったら、御祝いするんだ」と言いつづけて10年。とうとう、切ったそう。良かったね~。おめでとう!!元旦のおめでとうより、嬉しそうだった。左腕を手術しているから、どうしても、ドライバーを振るとき、かばっちゃう。なかなか、それを、克服できなくて、クラブを変えたり、弦を担いだり、色色していた。近々、御祝いしましょう。夜は、母の所で、すき焼き。2日は、毎年、一緒にすき焼きを食べる。父が最後のお正月だった時も、一緒に食べて、大騒ぎをした。父にしてみれば、これが最後のお正月と解かっていたのだろう。それから、一昨年のお正月と去年のお正月は、お祖母ちゃんと母を呼んでうちでした。で、今年は、母だけになったので、大掃除もできていないうちでより、母のところで・・・と近所を良い事に、お願いした。やっぱり、大勢で食べると、美味しいね。やっと、お正月らしい気持になった。お肉は、母が松坂牛を奮発してくれた。ここは、本当に、普通にスーパーで、松坂牛が買えるからありがたい。パパの100切りの御祝いも出来たし、美味しいお肉でした。帰宅後は、また、皆でグデグデ。お正月のTVは、なかなか面白いです。
2007年01月02日
コメント(0)
元旦。年があけて、いつもなら大きな声で言う「おめでとう」が、言えなかった。これが、喪中の気持なんだなあ。父のときは、1年近く覚悟していたから、これほどじゃなかった。昨日のうちに、玄関のドアに張ってあった「忌中」の張り紙も剥がしたが、気持は、物凄く重い。朝、ゆっくり起きて、一応作ったお雑煮に火を入れながら、お節を、お重に詰めていった。ショップチャンネルでお節を頼むようになって、早4年。本当に、ここのお節は、お得な上に、全国津々浦々から、一流の食材、一流の味で、満足。どうしたら、こんなに柔らかくなるんだろう・・・と言うくらい柔らかくて美味しい数の子、どうしたら、こんなにふっくら美味しく炊けるのかしら・・・といつも思う黒豆は、市販されている物の2倍もあるような大きさ。食べられなかった紅白ナマスも、ここのは食べられる。真空パックになっているから、29日に届いて、冷蔵庫で保管し、残った物も、そのまま仕舞っておける。さあ、何とかお正月らしくなりました。皆が起きて来て、お正月だけは、リビングでお食事。大きなテーブルにつき、座った。しかし、今年は祝い箸は無し。お年賀状も、ダイレクトメールと、ほんの4~5枚だけ。初詣にも行けないし、ただただ、TVを見ていた。暖かい元旦。今年は、良い年になると良いね。気持、元気になりたい。まるで、今は咽喉に骨が引っ掛かったような感じ。一生忘れられない元旦だろう。
2007年01月01日
コメント(0)
全31件 (31件中 1-31件目)
1


![]()