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疲れていたのだろう、起きたのは、10時半過ぎ。パパはもう起きていた。東京から送った荷物が届いたが、なんだか、開梱する気になれず、そのまま玄関に置いた。チビは、昨日の今日だというのに、一番の志望校のオープンキャンパスにお友達と一緒に出かけた。オネエは、学校に行った。昨日は疲れてそのまま寝てしまい、気持が悪かったので、シャワーを浴びた。昼間に入浴すると、掃除がしたくなる。少し、カビ除去剤をまいて、出た。お昼は、パパと二人。何だか、美味しいもの、食べたいね・・・と、二人で、遅い昼食を食べに、近くのインド料理のお店に行き、ランチメニュウのカレーとナンとタンドリーチキンのセットを頼んだ。パパも同じので良い・・・と言った。あれ?パパ、チキン、駄目だったんじゃなかったっけ。案の定、運ばれてきたステンレスのプレートに乗ったチキンを見て、「あ・・」可笑しかったが黙っていたら、シブシブ食べていた。「とうとう、チキンを食べちまった」爆笑。帰宅後、二人で、ワンコ達を迎えに行く事になった。所が、オネエの車にケージが乗ったままになっていた。車のキーを捜したが、何処にも無い。オネエの携帯に電話したが、すぐに留守電になってしまう。これは電波の届かない所にいる証拠。ケージが無いと、二匹を迎えに行くのは無理。どうしよう・・・。あ!思い出した。確か、母の所にあるはず。電話すると「有るわよ」。無事、出発。お店に着くと、犬舎に行った。ジュリアンはすぐに解ったらしく、大きな体をピョンピョンさせた。可愛い奴だなあ。横の犬舎にいたジュンも、前足で柵を蹴って走り回った。一匹ずつ出してもらい、パパはジュリアン、私はジュンを連れてお店を出た。車に二匹を乗せ、さあ、帰ろうね!ジュンは、ケージが嫌い。甲高い声で時折、吠えた。ジュリアンは、私の横に、ぴったり背中をくっつけて大人しく、外を見ながら座っていた。時々、振り向いては、ほっぺたをなめられた。帰宅後は、さっさと自分の場所に行き、ホッとしたように落ち着いていた。夕方、帰宅したチビは、余程、模擬授業が面白かったらしく、聞いてきた話を夢中で私やパパに聞かせた。よしよし、その調子、興味が沸いたよう。良い事だ。それから、オネエも帰宅し、久しぶりに焼肉屋さんへ。午後8時過ぎ、買い物をして帰宅。日常が戻った。遊んできたんだから、明日から、頑張りましょう。嵐君に沢山、パワーも貰ったしね。
2005年07月31日
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昨夜は草臥れ果てて、深い眠りにすぐに落ちた。ぐっすり寝たせいか、7時過ぎに目が醒めてしまった。でも、今日は、フィルムコンサートの後は、子ども達と一緒の時間が長いから、きっと歩き回る羽目になる。もう少し寝ようと、そのまま横になっていた。次に気がついたのが、8時前。もう、眠れない。起きて、用意をし、子ども達の部屋に電話して、一緒に朝食を食べに下に降りた。このホテルの朝は、バイキング。どういう訳か、和食のメニューが多い。昨日、遅くに食べたせいか、余り食欲がない。ベーコンとスクランブルエッグ、ヨーグルトと、小さなクロワッサン一個で、もう入らなかった。子ども達を残し、荷物を送り返すため、フロントで段ボールを買って上がった。昨夜、疲れ果てて寝てしまったので、入浴が出来ず気持が悪い。まだ時間があるので、シャワーを浴びた。着替えて、荷物を造り、10時前、子ども達と下に降りた。チェックアウトし、ホテルを出て、山手線に乗り、子ども達は次の原宿で降り、私は大久保に向かった。グローブ座に着いたのは、上映5分前。いたいた、嵐友のK子ちゃんと、お嬢さん。今回、一緒に見る事になっていた。「お久しぶりです」そう、ニノの「理由なき反抗」以来だ。フィルムコンサートはなかなか面白い内容だった。各グループを超えた対談やら、グローブ座の座席に座って、グループごとの話も面白かった。嵐君の寸劇も面白かった。上映後、グッズを買いに、地下に降りた。K子ちゃんが、上映前に要領良く機転を利かせておいてくれ、私は、長蛇の列に加わる事無く、グッズを購入できた。感謝。グローブ座を出て、K子ちゃんと娘さんとお茶を飲みに、近くのお店に入った。娘さんは、まだ中学校一年生と言うのに、身長が私と同じくらい有った。K子ちゃんに良く似た、目の大きな可愛い子。とても素直な良い子だなあと言う印象。何だか、いつもメールでおしゃべりしているので、こうしておしゃべりするのが、初めてじゃないみたいだった。楽しい時間はすぐに経ってしまう。お店を出て、一緒に電車に乗り、K子ちゃんは途中の駅で乗り換えなので別れた。今度は、何時会えるかなあ。私はそのまま、娘達のいる原宿へ。考えてみたら、今日も嵐君の公演があるわけで、原宿の駅は、土曜日と言う事もあり、若い子で一杯。娘達と合流。お昼を食べた。それから、また、私は佐吉さんのお店に行く為、解散。HANAE MORIビルは遠かった。地下への階段が見えたら、ほっとした。降りたすぐのお店に入り、ドールのお洋服を購入。それから佐吉さんのお店に。いつものように、佐吉さんのお嬢さんがいらした。私を覚えていてくださった。「いつぞやは、お電話をくださり、ありがとうございました」とご挨拶し、「東京に出て来る時は、是非、お電話くださいって仰って頂きましたが、来てしまいました」と詫びると、「いいえ、佐吉は、昨日から札幌に行っておりますので、お気になさらないでください」と素敵な笑顔で仰った。この子に会いたくて来ましたと言うと、ケースを開けてくださった。700万の子。やっぱり、どうしようもなく、可愛い。目が普通のEJと違うのだ。あれから、本当に沢山のEJを見てきたが、この子の目は、潤んでいるように見えるのだ。暫く、正面から、横からと見つめていた。ため息ばかり出す私に「お人形はご縁ですから、如何ですか」と仰ってくださったが、700万では手も足も出ない。「ありがとうございます」と言い、ふと、横を見ると、スタイナーのドールに「ジュモー」の札。「あの~、この子、スタイナーだと思いますが・・・」と言うと、実に優雅な仕草で立ち上がられ、私の横にいらして、「佐吉が間違ったんでしょう」と仰り、札を外した。見ていただけますか?と仰り、ヘッドの後ろを見せられた。やはり、「C」の文字。間違いなく、スタイナーのフィギアC。「ええ、間違えなく、スタイナーのフィギアCです」と言うと、「C?」と首をかしげられたので、「ええ、スタイナーはA、B,Cと他にもブルグアンとか有るんですよ」と言ったら「そんなに沢山あるんですか」と仰って、「Kさんは、お目が高いですね」と仰っていただいた。お世辞でも佐吉さんのお嬢さんに仰っていただけると、本当に嬉しくなってしまう、単純な人間だ。暫く、おしゃべりをして、失礼した。今回、東京でしたいこと、全部したなあ・・と自然と笑顔になって歩いていた。子ども達と落ち合い、お茶でも飲もうとお店を探した。間が悪かった。嵐君の公演前に食事をしてしまおうと言う女の子で、どのお店にも、行列。仕方ない、テイクアウトのできるお店を見つけ、帰りの「のぞみ」の中で食べる夕食を頼んだ。そのお店も、ごった返していた。お店のウェーターでは間に合わず、中にいたコックさんも出てきて、注文した物を包んでくれた。「いつも土曜日はこんなに混むんですか?」と聞くと、やっぱりこう返って来た。「いや~、代々木体育館でコンサートがあるんで、その前にみな食事にくるんですよ、混んじゃって済みません」。内心「いえいえ、私もその一人ですからこちらこそ」と言った。原宿の駅も信じられないくらい、混んで、改札口のあたりが、人で埋まり、動いていないのがガラス越しに見えた。こりゃ、あそこから入るのは無理かも。仕方ない、少し歩き、竹下通り口まで行った。幸い、こちらも混んではいたが、表参道口ほどではなかった。品川まで行き、お土産を買い、のぞみに乗った。楽しい旅は終わり。午後9時帰宅。今回、子ども達と別行動が多かった。最初は、心配だったが、考えて見れば、一人は、もう、21歳。心配したこっちが馬鹿だった。次回からは、「嵐夏コンパック」のある品川プリンスホテルに泊まろうと思った。本当に楽しい、二日間だった。伯母や従姉妹達にも会えたし、あの凄いコンサートにも参加できた。K子ちゃんにも会えたし、佐吉さんの店にも行けた。充実した二日間だった。感謝。
2005年07月30日
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またやっちゃった。8時26分発の電車だったのに、8時36分だと思い込んで、タクシーをその時間に呼んだ。駅に着いて、気がついた。電車は出た後。しかし、幸運にも本当に36分の特急があった。名古屋に着いて走ったが、間に合う訳が無い。次の「のぞみ」に乗ったら、平日だし、こんな時間だったので、これまた運よく、禁煙席がABC連番であった。子ども達に平謝り。東京駅から中央線に乗り換え、三鷹の伯母の家に。春に伺った時はあまり元気が無かったが、今回は、元気元気、安心した。だって、94歳だよ!卓球するんだよ!マージャンするんだよ!こういう生き方ができたら、本望。従姉妹達もいてくれた。美味しいお昼ご飯をいただいた。先日、中国の山岳民族に会いに行ったキャリアトラベラーの従姉妹の作ったマツタケご飯がめちゃめちゃ美味しかった。旅行のおみやげのマツタケだそうで、良い香りがして、しこしこと歯ごたえがあり、本当に美味しかった。山岳民族のお祭りに偶然出あった話や、山肌一面の色とりどりのお花のじゅうたんを映した写真は本当に素敵。4千メートル級の山だったそう。伯母の家を失礼して、午後からは渋谷に行きホテルにチェックイン。子ども達とはここから別行動。シャワーを浴び、夕方まで少し寝た。午後5時、用意をして、代々木体育館へ。東京公演初日、初回。スタンド席、一番ステージに近いブロックの、一番端、隣は照明機器だった。今日の客席は尋常じゃなかった。一年ぶりのコンサートを待ちに待った東京近郊のファンの興奮が嵐君達にも伝わった。コール&レスポンスも、嵐君達が負けそうなくらいだった。コンサート自体は大阪公演に比べ、全体にまとまっていた。メンバーにも、とても余裕があった。ただ、残念だが、大阪初回より曲が減っていた。今回は愛しの潤君も、ニノも翔君も大ちゃんもすぐ前に、何回も来てくれ、手を振ってくれた。相葉ちゃんに至っては、すぐ1メートルも離れていない場所をトロッコに乗って、通り過ぎ、汗びっしょりの笑顔が素敵だった。そして、アンコールが何と、4回!!!三回のアンコールが終わっての「もう一回、もう一回」、一万人以上の声は揃いに揃い、代々木体育館の天井が破れるくらいの勢いだった。ステージに出てきた潤君も嬉しそうに、でもいつものひねくれ屋の虫がうずいたのか、「え?もう、いいって?」と最初に嫌がらせ。会場も負けずに「もう、一回」とやり返すと「もう一回って、もう、やったじゃ~ん」。翔君も「あんま遅くなると、ママが心配するから」。ニノに至っては「もう、飛行機で帰んなくちゃ成んないから」。相葉ちゃんが「どこにだよ」「ロス!」冗句で返す。で潤君「じゃ~、ここは僕らの出発点でもあるし、『A・RA・SHI』で行こうか」イントロが始まると、悲鳴に似た歓声、会場はもう、興奮のるつぼ。嵐君と会場が、正に一体になって、大合唱。凄かった。本当に凄かった。今まで何回かコンに行ったが、こんなコンは初めて。後で知ったが、ほとんどそんな事を普段言わないジャニーズ事務所の社長、ジャニーさんも、「今日の代々木は凄かったな~」って言ったそうだ。それを知り、ああ、やっぱり、凄かったんだと納得。自分がその中に参加でき、本当に、幸せだと思った。それから会場から出るのが大変だった。そりゃ、1万人以上の人が退場するのだから。アナウンスに従って、順番に退場。結局、コンサートが終わったのが、9時半近く。会場を出たのが、10時だった。ホテルに帰る途中、コンビニでサンドイッチを買った。ホテルに着いたのが、10時15分、子ども達の部屋に行って夕食。部屋に帰って、11時、就寝。忘れられないコンサートになった。
2005年07月29日
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午前中、子ども達と犬を遠くのペットホテルに連れて行った。ケージにジュンを入れ、オネエの車に。私の車には、後ろにシートを敷いて、チビがジュリアンを乗せた。ジュリアンは車が大好き。普段から、散歩中に車に乗った私に会うと、乗せて・・・と、車の窓に飛びついてくる。だから、車の窓の下が小傷だらけだ。ワクチンの証明書と、4日分の食事をもって出発。ジュンだけなら、近所で預かってくれるのだが、ジュリアンのような大型犬は預かってくれる所が少ない。約25分で到着。超、大型ショッピングセンターの一角にある。お店に連れて入ると、買い物客の、「わあ、大きい」「可愛い~」のつぶやきが聞こえた。書類を書いている間も、ジュンはじっとしていない。流石にジュリアンは、どっしり構えて、座っていた。中の犬舎に入れられて、ちょっとの間のお別れ。オネエは大学の試験とかで、途中から帰った。チビとショッピングセンターの中にある食堂街でお昼を食べて、今度はチビの塾。チビを駅前で降ろし、私は、デパートの駐車場に入り、止めた。明日の私鉄の切符を買った。今日は、土用丑の日。うなぎの美味しいお店が食品売り場にある。毎年、食べに行くのだが、今年は家族の時間がバラバラなので、仕方なく、買いに行った。驚いた。まだ、二時過ぎなのに長蛇の列。最後尾に並んだ。「どのくらいですか?」と最後尾の札を持った男性に聞いた。「30分くらいです」しか~し、実際は、一時間近く掛かった。何だか、しゃくになり、母の分も買おうと電話したら、「半分で良い」って、そんな事できるかなあ。いつもなら、一串がそのくらいだけど・・・。順番が来た。やはり、今日は、無いそう。仕方ない5匹買った。高かった。月々積み立てていたお買い物券がこれですべて無くなった。不況たって、皆、使う時は惜しげも無く使うんだなあ・・・と思った。デパートを出てJRに行き新幹線の切符を購入し、帰宅した。朝から出かけ、もう、5時過ぎ。母の家に寄って、うなぎを切り分け、残りを貰って帰った。ご飯を炊いて、少し、ゆっくりした。お店で食べる時のように、お吸い物をつくった。ひつまぶしのために、少し濃い目の味にした。次々帰宅した家族の評判は上々。「お店で食べるのより、美味しいくらいだね」そりゃ、御母さんが一時間近く、皆に美味しいうなぎを食べさせたくて並んだんだもん。あったり前でしょう。確かにフワフワしてて、とろけるように美味しかった。小鉢にすこしずつ移し、一回目はそのまま、二回目は薬味を入れてお茶漬け。三回目は薬味を入れて、うな丼のように食べるのが、この名古屋地方のひつまぶしの食べ方。家で食べると、ご飯の量も調整できるから良いね。美味しかった。今日は、超、忙しかった。明日になれば、嵐君に会えます。ああ、楽しみ!
2005年07月28日
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今日は、朝から、チビを塾に送っていき、費用を払い込んだ。一括だったので、かなりの額になって痛かった。まあ、チビがこれで頑張ってくれるのなら、お安いものか。チビは、午後から、名古屋ドームで行われる東海地区全大学、短大、全専門学校全300校参加の進学フェアにお友達と行った。今は、子どもの数が減って、学校も死活問題なのだろう。パンフレットを見ると、東海地区、主だった街の駅前30箇所から、無料直行バスが出る。勿論、乗った場所まで連れて帰ってくれるから、親としては安心。午前中に出られたので、そのまま買い物に行った。帰宅後、ニノの「南君の恋人」を見ながら家事。今日は、からっとした、正に晴天。風も気持が良い。シーツを洗った。午後から、CDを聞きながら、溜まりに溜まった洗濯物を選別した。まずは、ここから。明後日は、子ども達を連れて、東京。まだ切符を買っていない。明日で良いかな?ホテルは、夕方から子ども達と別行動なので、渋谷の駅前に取った。これなら、迷子にならないだろう。本当は、品川プリンスホテルに「嵐夏コンパック」がお値打ちに設定されていたが、品川から二人で大丈夫かと心配するより、どうせ、原宿や渋谷にいくのだから、その真ん中に泊まったら、午後3時から翌日お昼までいられるから、私も夜のコンサートを安心して楽しめる。翌日も私は、フィルムフェスタに行くので、午前中は別行動。これも楽しみだなあ。明日は忙しい。犬二匹を遠くのペットホテルに連れて行く。それに土用丑の日だから、うなぎも用意しなくちゃならないし、切符も買いに行かなきゃならない。それから、父の代からお世話になったお店が今月一杯で閉める事になり、パパと、行かなくちゃ・・・と言っていた。29,30といないので、今日か明日しか行く日が無い。最後の日は、きっとお客さんが一杯だろうから、ゆっくりお話が出来ない。私も、3回ほど飲みに連れて行ってもらった。娘が二十歳になった時も、このお店だけは安心だからと、初めて、お酒を外で飲ました。父は、ご夫婦でやってらっしゃるこのお店が好きで、お嬢さんが高校生の頃、もう、大きくなった自分の娘がつまらなくて、よく食事に連れて行ったりしたそうだ。そのお嬢さんも、今は、御母さんになった。父が亡くなった時、御夫婦でいらして涙してくださった。パパも父に連れられて行くようになってから、今でも、お客さんの接待の終わりはいつもこのお店で、ご自宅にも何度もお邪魔している。私も何度か、パパを迎えに行った。今のパパを唯一「君」付けで呼んでくださる方達。お客とお店・・・と言う関係より深い。お店が無くなるのは寂しいけれど、もう、お歳だから仕方あるまい。何だか、気がせく。夏休みの唯一のバカンスだから、前準備も必要ですね。進学フェアに行ったチビは、楽しかったらしい。各学校が色色嗜好をこらし、高校生の興味のありそうなイベントを開いている訳だから、そりゃ楽しかっただろう。お土産に、自分が作った砂糖菓子のリースや、蜂蜜で作ったろうそくを貰って帰って来た。まだまだ、お気楽だなあ。
2005年07月27日
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嵐夏コン「ONE」初日、初回に行った。どれだけ楽しみにしていた事か。楽しみにし過ぎて、頭痛まで起こした。どきどきの初日行脚。なのに、台風。嵐君のコンは名前の通り、去年も名古屋は雷と土砂降りだった。今年は本物の台風。朝、10時の大阪行きの特急に乗った。駅までパパが送ってくれた。ちゃんと寝たのに、眠い。うとうとしているうちに、鶴橋着。そこからJRで「大阪城公園前」へ。雨が酷い。2時間前に着いた。昼食を摂って、大阪城ホールへ。グッズ売り場に並んだ。グッズによって並ぶ列が違うので、雨に濡れながら、何度も並んだ。手渡してくれる女性の手も雨だれでびしょびしょになっていた。会場は一時間前に開場した。席は、スタンド一階、通路側。まあまあの席かな。同じ料金で、アリーナ席とスタンド席、立ち見席がある。いつも不公平だよなあって思う。暗転。星の王子様のような衣装の五人が登場。相変わらず、切れの良い踊り。舞台装置が去年より地味だなあ・・・と思っていたら・・!!3曲目くらいから、なんと、アリーナの客席頭上を舞台がそのまま移動し始めた。つまり、前にあった舞台が、そのまま移動し始めたのだ!!驚いた。ニノが「見て、見て、動いてるよ、動いてるよ」と興奮して叫ぶ。他のメンバーも、歌いながら、寝転がったり、舞台の前面に足をぶらぶらさせて腰掛けたり、思い思いに広い移動する舞台の上で、楽しんでいた。気を良くした大ちゃんが「もう、皆、舞台の上に上がっといで」と思わず言っちゃって、「あ、だめだめ、俺が怒られちゃうからなあ」爆笑。MCも相変わらず面白かった。缶けりを以前大阪でした。今回も、缶けりをし始めたのだが、まともに、鬼の相葉ちゃんに見つかったのは翔君だけ。舞台の裏に探しに行った相葉ちゃんが見つけたのは、「大宮SK」伝説の大ちゃんとニノのおちゃらけコンビ。短パンにサングラスで登場。一曲歌ったら、もう、大うけ。そして、次に登場したのは、愛しの潤君。しかし、何と全身スパンコールの「松健サンバ」の衣装。で、ジュニアを引き連れて、松健サンバならぬ、松潤サンバ。これまた、会場、大うけ。翔君に「これほど鬘が似合わねぇのも珍しい」と言われ、「おれ、今日、これが一番、緊張したよ~」って。かっわいい~。最後の方で、何と、メンバーがスタンド席の一階と二階の通路を唄いながら、来てくれた。あの広い会場でも、すぐ傍に来てくれてファンは大盛り上がりだった。初日だからだろう。クレーンに乗った翔君が次の曲に間に合わなくて、衣装が変えられなかったり、相葉ちゃんが、曲が終わったのに、もう一回一人リピートしてしまい、メンバーに総スカンをくって、舞台の蔭に隠れたり、ニノが自分のパートを唄うのを忘れたり、もう、大騒ぎだった。そりゃ、6月に出るはずだったアルバムが8月に伸び、新曲も多かったから仕方ない。しかし、プロとしては、駄目ジャン。きっと、二部は、きちんと出来ただろう。嵐君達は、本当に謙虚だから、一部が終わってから、皆で反省会を開いただろう。二部も見たかったが、足がもう、限界だった。一部だけにしたのは正解だった。今回、初めて司会者がいた。始まる前も、終わってからも。だから、いつもみたいに、何回もアンコールが出来なかった。そういう風な構成にしたのだろう。めちゃめちゃ楽しかった。一緒に大きな声で歌った。やっぱり嵐君は最高。会場を出て、電車で難波に行き、美味しいたこ焼きをおみやげに買った。しかし、難波の駅に戻るのに、走った、走った。難波から特急に乗ったら、嵐帰りの女の子が同じ電車に一杯。同じコンサートの袋を持っているので、すぐに解る。帰宅後、行く前に作っておいたカレーを食べた。今日は、本当に楽しかったな~。
2005年07月26日
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いよいよ明日は大阪初日。・・・だというのに、朝から頭が痛い。何故だ?緊張してるのか?「ウェスト・サイド・ストーリー」の千秋楽で大阪に行った時も、「理由なき反抗」でグローブ座に行った時も、「エデンの東」で行った時も、こんな事はなかったのに。理由は少し解っている。去年、浜松公演を一部、二部ぶっ続けてスタンディングをし、足がつって、死にそうになったから。でも、今回は、そんな事が無いよう、一部だけにした。お芝居は落ち着いて座って観られるが、コンサートは、そういう訳に行かないから仕方無い。多分、それが、頭痛の種だろう。初日、初回が面白いから、第一希望にしたら、当選した。大丈夫、大丈夫、あんなに楽しみにしていたのだから・・・と自分に言い聞かせた。パパが、帰って来た。関空早朝6時着。チビが塾に行くので、8時には起きていたが、7時過ぎにメールが有ったときは、まだ寝ていた。11時に電車が着く。迎えに行こうと思い、家を出た。12時に美容院を予約していたのを、それまで覚えていた。私の髪は、異常に多い。その上、ここ一年以上、カットしていない。短くした事は一度も無いが、梳いてもらっている。娘がいつもお世話になっているお店に予約してもらった。しかし、また、忘れてしまったのだ。パパを車に乗せ、ベトナムの話や、チビのオープンキャンパスの話など色色しゃべっているうちに、パパが食事をして帰えろうと言い出した。で、お店を探しているうちに、12時になってしまった。もう、本当に自己嫌悪。どうしちゃったんだろう。若年性、痴呆か?慌てて、娘に連絡して、お店の電話番号を教えてもらい、お詫びの電話をし、予約しなおした。今度は夕方4時。食事を済まし、一旦、帰宅した。頭痛は相変わらずしている。全くどういう体なんだ。4時美容院に行った。アンティーク家具の置いてある、素敵なお店。オーナーは、私の家と同じ団地に住んでらっしゃる。あちこちに支店を持つ大手の美容院。この団地にも、大きな洋館の本店がある。何しろ、ヨーロッパの古い小学校が解体された際に、レンガや建材をすべて購入し、船便で輸入し、職人さんが再現した建物だそうで、本当に、お庭もまるでそこだけ、ロンドン郊外のように素敵。一度だけ、中で開かれたチェンバロとバイオリンのサロンコンサートに行った事があるが、アンティーク好きの私にはたまらない内装だった。しか~し、料金が並じゃない。遠くは名古屋からも、セレブ達が外車でやってくるようなお店で、私達、庶民には縁の無いお店だ。我が家の二階の窓から、煙突と、屋根が見えている、かなり目立つ代物。夜はライティングもされ、よく雑誌の撮影にも使われているようだ。本店がすぐ傍にあるが、行ったお店は駅前のごく普通の料金のお店。カットしてシャプーしてトリートメントしてもらう頃には、不思議に頭痛はしなくなった。やっぱり、精神的なものだったのだなあ。リラックスしたら、治った訳だから。全く、困った物だ。夜は、ルンルンで用意をした。明日は、待ちに待った夏コン初日。台風が来ているので、少々、心配だが、雨が降れば、それだけ暑くないので、良いかな。楽しんできま~す。
2005年07月25日
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大変な一日になった。チビがオネエの大学のオープンキャンパスに行く日。結局、昨夜遅くに帰宅したオネエは今日は、午前中に家庭教師のアルバイトがあり、私が、お食事会の時間に遅れて、大学に連れて行く事になった。本当は、お食事会をキャンセルしようかと思ったが、当日だったので、友人達に迷惑を掛けたくなかった。しかし、結果的には、かけてしまう事になった。9時過ぎに家を車で出た。駅前の百貨店のあったビルの駐車場に止めた。映画館や、店舗が入っているので止められるのか、心配だったが、まだ開店前だったので、止める事が出来た。電車で名古屋まで行き、そこからまた地下鉄で30分。オネエの大学は、地下鉄の地下道からそのまま階段を上がると、大学の本館に入れるように最近なった。とりあえず、チビをその階段の下まで送った。その時点で、10時半過ぎ。オネエがバイトが終わったら、大学に来てくれるそうなので、後の事は安心。本当にトンボ返りでまた地下鉄に乗って、名古屋に戻り、特急に乗ろうと思っていたのに、目の前で出てしまった。仕方が無いので、次の電車に乗った。しかし、帰ってきたのは、約束の時間を過ぎていた。30分ほど遅れることは、すでに伝えてあった。しかし、更に15分過ぎていた。階段を駆け下りるのももどかしく、約束のお店に向かった。確か駅前のビルの地下だった。所が、そのお店の前に行くと何とシャッターが下りている。もう、頭が混乱した。え?ここじゃないの?慌てて、友人に電話。しかし、出ない。次々、今日のメンバーに掛けたが出ない。最後の一人に掛けた。「もしもし?」あ~良かった。同じお店だが、駅前のデパートの上にある支店の方だったのだ。今来た道をまた信号が変わるのももどかしく、戻ってエレベーターに乗ってお店に向かった。店内に入ると、いたいた。皆にお詫びし、席に着いたが、つい「みんな、電話でてよ~」とぼやいてしまった。一瞬、皆無言。あ~、またやっちゃった。最近、こういうの多い。安定剤を飲んでいると、気持は落ち着くが、気配りが出来なくなった。以前は、気を使いすぎて、頭痛になった。安定剤を飲むようになって、必要以上に気を使う事はなくなり、頭痛も減ったが、心が痛くなる事が多くなったような気がする。約束を忘れたり、今日も、チビが大学の説明会ぎりぎりの時間に大学に着いて、トイレにいけなかった。以前なら、特急に乗っている間に、「トイレは良いの?」と聞いてあげられたのに、全く、思いもつかなかった。神経が図太くなってしまったような気がする。安定剤、良いことないなあ。頭痛が無くなった事は大きいけれど、気持が後から、こんなに傷ついてしまうのだから、マイナスの面が多いような気がする。それでも、楽しい、時間だった。2時半、皆でお店を出て、解散。駐車場に行く途中で大きなピンクのユリを売っていたので、二束買った。あぁ、やっぱり、気持、疲れてるなあ。午後3時過ぎ帰宅。やれやれ、朝から3時間掛けて、トンボ帰りだった。明後日は大阪を皮切りに、約一ヶ月間の嵐君の夏コンサートが始まる。私も初日初回に参戦。明日は、パパが帰って来るから、それまでに少し、家の中を片付けなくちゃ。朝の便で帰国して、大阪から帰って来る。私と一日違いで、大阪だなあ。お昼前には、家に着くが、私は午後から、美容院に行く。明日も忙しそうな一日になりそう。今日は、疲れたので、女3人でパスタを食べに行った。チビは機嫌よく帰って来た。オープンキャンパスはまずまず面白かったらしい。私には、とんだ一日だったが、まあ、良かったかな?チビには頑張って欲しいものです。
2005年07月24日
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今日からチビの塾だというのに、チビは、なかなか用意が出来ず、早々に送っていく羽目になった。お弁当も、久しぶりに作った。塾にチビを落とし、帰りに買い物に寄った。こんなに早くに行った事がなかったので、いつもと雰囲気が違い面白かった。そう言えば、マンションに住んでいる頃は、こうして、朝早くに買い物に行ったものだ。4と9のつく日に市が出て、新鮮なお魚やお野菜が安く買えた。しかし、このあたりはそんな市など立たないから、いつも、買い物は、夕方になった。開いたばかりのお花屋さんで、薔薇を買おうと思ったが、今日は、あまり、気に入った色が無かったのでパス。帰宅すると、パパから電話。ベトナムは気温36度だそうだが、湿気が余り無いので、日本の方が暑いそうだ。時差は二時間。今日は、オネエが帰って来る。先日買った書棚が着たが、まだ設置する場所の片付けが出来ていない。オネエが帰ってきたら、させよう。午前中に一仕事終えたので、時間が有効に使えた。早起きは三文の得と言うが、こりゃ本当だなあ。私の場合、早起きはしているが、なかなか動き出せない。でも、今日のように、どうしようもなく、否応無く動かされたような状態だと良いのだ。午後から色色できた。明日も、何とか自分を騙し、動けるようにしたいなあ。あ、そう言えば明日は、オネエの大学のオープンキャンパスにチビが行きたいと言っていた。一応、ターゲットにオネエの大学も入っている。学部は違うが、姉妹揃って同じ大学ってのも良いなあ。偶然だが、まだ、子どもを生む前、電通のデザイナーだったパパは、この大学の何十周年記念かの本の編集、デザインをしているのだ。その頃、何度も、学長や理事にお目にかかっていた。娘がその大学に行くことになった時、何と言う、ご縁かと思った。まさか、あの頃、おなかにいた子が、その大学に行くなんて思っても見なかった。あまた有る大学なのになあ。縁は異なもの味な物だ。
2005年07月23日
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今日は、ここ数日に比べ、実にのんびりした一日だった。朝、搭乗前にパパから電話。無事に「いってらっしゃい」・・と送った。オネエは今日から、適応障害児たちのお泊りボランティアに出かけた。・・・・と言う事は、今日と明日は、チビと二人きり。家族が半分いないのは、寂しい。友人の中には、御主人が単身赴任、子どもも、大学のある町に下宿・・・と言う人も少なくない。こんな感じなんだろうなあ。私には、何だか、耐えられそうもないなあ。今日は、母とチビと3人で夕食を食べに行く約束。相変わらずの暑い一日。明日は雨だそうだから、いくらか、涼しくなるのかなあ。新しい洗濯機は、まだ使いこなせない。新しいデジカメも、まだ、取り説を読めないでいるから、今日は、古いデジカメを騙し騙し、使って撮影。オネエが新しいデジカメを持って行きたいと言っていたが、取り説と、メモリーカードが見当たらず、結局、持って行けず、可哀想な事をした。今日は、嵐君の「まごまご嵐」のDVDを沢山見た。この地方は、放映されていない。録画して送ってもらっているので、何ヶ月か遅れ。でも、めちゃめちゃ、面白い。どうしてこんな面白い番組、こっちで放映しないのかなあ。素人のおじいちゃんとおばあちゃんの、一日孫になる番組だが、彼らの真摯にお年寄りに接する真面目な行動や、にじみ出る優しい気持ちがおじいちゃんやおばあちゃんの心を柔らかくする。別れ際に涙する姿に、もらい泣きする嵐君達は、本当に良い子ばかりで、改めて「嵐」は良い子ばかりのグループだなあと思った。くだらない番組が多い中、良い番組なのになあ。如何して放映してくれないのですか?東海テレビさん。来週は大阪、夏コンサートの初日に参戦。楽しみだなあ。今年は、どんな企画で楽しませてくれるのか、本当に楽しみ。
2005年07月22日
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今日は、墓開き。朝から、何だかバタバタしている。おまけに、パパは、明後日からベトナム。関空発の早朝便に乗るので、前乗りで今日、大阪に発つ。10時にお寺に行く予定だったので、9時半に家を出た。15分もせずに着いてしまい、暫く、お寺の表に車を付け、TVを見て、時間を潰し、10分前にお寺への狭い坂を歩いて下りていった。5分前に庫裏のお玄関前に到着。呼び鈴を押そうとしたら、お玄関が開き、お坊さんと、奥さん、若奥さんが出てらした。ご挨拶をし、私が先導して、墓地へと出発。墓地に着くと、母はまだ、着いていなかった。オネエの車でお供え物をお店に取りに行ったのだ。実家の墓石のところに行くと、墓石の会社のSさんが祭壇を設置してらっしゃった。カンカン照りの中、お坊さんに日傘を差し掛けて、暫く、おしゃべりしながら母を待った。10分ほどすると、オネエとチビと母が、お供え物を抱えて走ってきた。すぐに設置された台にお供えをして、灼熱の炎天下、読経が始まった。余りの暑さに、お坊さんには日傘を差しかけていた。一人ずつ、お参りをして、またお坊さんの読経が始まった。・・様子がおかしい。読経の声が乱れ、見ると、もうろうとなさり、ふらっとなった。あ、まずい、倒れる!と思った途端、Sさんが、読経を止めさせようとし、お坊さんの脇に手を入れ、支えた。しかし、昔の方だ、読経をやめようとせず、ふらふらになりながら、続けた。私は、持っていたタオル地のハンカチを走って濡らしに行った。墓地の水道水は、この暑さで、生ぬるい水しか出なかったが、絞って来て、お坊さんの後ろ首筋に当てた。母は持って来た冷たいお茶を紙コップに入れ、読経の終わったお坊さんに飲ませていた。人心地付いて、やっと、歩けるようになられたので、Sさんと抱えて、墓地にある屋根の付いたベンチにお連れした。駐車場に待ってらした若奥さんに事情を説明した。いつも静かな落ち着いた若奥さんなのだが、さっと顔を曇らせ、慌てて、こちらにいらした。すぐに、お坊さんを冷えた車内に乗せ、冷たいお茶をもう一杯差し上げた。「済みません」と恐縮なさるお坊さんと若奥さんに深く頭を下げ、見送った。墓地の後片付けをし、お供物をSにも持って行って頂き、墓地を後にした。家に一旦戻り、駅にオネエを送って行き、そのままお寺に向かった。お供物や、お布施を持って、庫裏のベルを鳴らし待ったが、なかなか中から出てこられない。もしや、救急車で搬送されたかと、母と顔を見合わせた所、お玄関が開いた。暑い中での墓開きをお詫びし、お待たせしてしまった不手際をお詫びした。しかし、奥さんは恐縮なさり、本当はもう一つ、お経があるので、夕方にでも、もう一度、唱えさせていただくつもりです・・と仰った。しかし、お坊さんのお身体を考え、丁寧に御辞退した。それから、チビと母とで、お昼を食べ、パパと合流し、帰宅した。帰宅してからがまた大変だった。ベトナム行きの用意がしていなかったので、下着などや、洋服をそろえたが、何をどう揃えて良いのか、行った事のないアジアの地区なので、「高温多湿」の説明どおりの用意をした。大阪に向かう電車が、6時発だったので、駅まで送った。駅前の百貨店で買い物をし、チビがあとから塾に申し込みに行くと言っていたので、拾って帰ろうと電話したら、まだ家だと言う。仕方ない、一緒に一度塾の場所も見てみたいし、待っていよう・・・とTVを見ながら待った。チビが着いてから一緒に塾に行く。駅前の大きなビルの5階。こんな所に塾なんて有るのかなあ・・と言う場所。しかし、中に入ると、なかなか活気のある、生徒のやる気が伝わってくるような場所だった。それぞれ、食事室で食事を摂っている子、受付で、先生と談笑している子、授業のDVDを自分で真剣に選択している子、みな、瞳が輝いていた。中には、チビのお友達もちらほらいて、しょっちゅう学校に出入りしている私の姿をを見つけ、「こんばんは」と元気良く挨拶してくれる子も。まあ、こちらの意向も伝えたし、明日から、頑張ると言ってるし、初めて自分で行きたいと言い出した所だし、良いんじゃないですか?帰宅してやっと夕食。今日は、本当に疲れました。早くお風呂に浸かって、ゆっくりしたいものです。
2005年07月21日
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明日は、お墓の精入れの日。おまけにパパがベトナムに仕事で行くのだが、早朝便なので、明日、大阪に前乗りする。何だか、気持がせかせかしてしまう。一月ぶりのカウンセング。気持を吐き出した。やはり、ここは、私にとって、大切な場所。今回は、頭痛のメカニズムについて、自分なりの原因を追究してみた。やはり、マイナス思考による、極度の緊張しか考えられなかった。難しいが、これから、それを矯正して行こうと仰った。お昼の買い物をして帰宅。午後から、郵便局に行き、その足で髪を染めに行った。この日しか日程が開いていないそうで、忙しかったが、仕方がなかった。美容院は夕方まで掛かった。それから、もう一回郵便局に行き、銀行に行った。そして、通り道の本屋さんに潤君の「東京タワー」のDVDを取りに行った。最近、CDもDVDもそこのお店ばかりで買うようになってから、何も言わなくても、ポスターをくれるようになった。今回のポスターは、潤君は映っていないが、その、お気持が嬉しかった。一つ、良いことがあったが、何だか、落ち着かない、一日だった。
2005年07月20日
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相変わらずの暑さ。しかし、昨日より、まし。午前中、毛布を仕舞ったりした。撮影しなくちゃ・・・と思いながら、新しいデジカメの取り説を読むのが億劫で、なかなか撮影出来ない。父の遺品のデジカメを壊して、修理に持っていたら、「買った方が安い」と言われた。デジカメって、日々、進歩してるらしい。余り小さくなっていたので驚いた。7万画素なんていうのもある。私のが、1.5万画素だったから、超、高画質だ。しかし、画素数が上がると、ホームページの容量も多くなるので、使いやすい大きなモニターの付いた画素数もそう大きくない物にした。お昼、うちのそばに出来たラーメン屋さんに食べに行った。私は、スープもチャーシューも美味しいと思った。ただ、麺がちょっとべたっとしていて、残念だなあ・・と思ったが、パパとチビは、脂っこくてだめだったらしい。家族だけでやってらっしゃるみたいで、お店の中は、調理している息子さんだけがバタバタと動いていて、お父さんらしい人も、奥さんらしい人も、手持ち無沙汰の様子。こういうの、見ていてすごいマイナス。お店の造りや、意気込みは解るけれど、シーンとした店内は居心地も悪い。食べ物やさんて、本当に難しいねぇ。午後から、色色な雑用。銀行も郵便局も行かないといけないのに、気が付いたら、もう、4時。あ、今日、診察だった。忘れちゃいました。慌てて、車に飛び乗り、病院へ。薬を貰い、遠くの銀行と、郵便局に用事を済ませに行った。銀行と郵便局って、どうしてこう、ばらばらなんだろう。銀行によって6時を過ぎると、入金できなかったり、5時半を過ぎるとAT機が閉まっていたり、反対に、7時近くまで入金できたり、開いていたり、もう、いい加減、統一して欲しい。折角、お金をそろえても、入金できなくて、持ち帰った。少々、腹が立った。今の世の中、3時までに銀行に行かなくちゃ・・・と言う非常にわずらわしい気持を、お客様に持たせるのって、世の中のシステムに合ってないよなあ。足が異常に浮腫んでいる。それだけなら、まだ、良いのだが、浮腫んだ箇所が痒くなる。無意識のうちに掻いてしまうので、傷だらけ。良い歳をして、恥ずかしい状態。お医者さんは血液検査も尿検査も問題ないと仰るが、こう浮腫んでは、歩くのも支障がある。どうなっちゃったのかなあ。ここの所、やたら忙しい。予定が一杯で、こなしきれない。頑張らなくちゃねぇ。
2005年07月19日
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暑い、兎に角暑くて、気分が悪くなるくらいだった。この地方の梅雨明け。最高気温35度。我が家は、一番人のいるダイニングとリビングが、直接の屋根なのだ。カンカン照りになると、そのまま部屋の天井から熱気が降りてくる。どんなにクーラーを点けても、一歩、廊下に出ると、そこから二階が付いているので、そちらの方が、凉しい。おまけに、クーラーを、去年、買い換えようとして、お店で買ってきて付けにきてもらったら、今の容量の方がうんと大きく、結局キャンセルしたのだ。去年の時点で、もう、あまり冷えなくなっていたから、今日のような灼熱地獄の日は、全く、利かない。子ども達は、チビは、全統テストで学校に行ったし、オネエは「我慢できない」と自室に逃げた。勉強部屋の方が二階が付いているし、クーラーも利く。しかし、パパは、「汗、かいてくる」と、庭の草を取りに出た。しかし、心配になって一時間ほどして冷たくしたおしぼりを持って見に行くと、流石のパパも参っていて、日陰の箇所の草を取っていた。私も、家事をしていても、汗が吹き出て、我慢できず、表に出て、屋根に水を撒いた。やれやれこれで少しは、涼しくなるかなあ・・と。確かに30分ほど、クーラーは利いたが、この日差し。すぐにまた、灼熱地獄の部屋になった。何度かなあ・・・と温度計を見たら、クーラーを点けているのに、32度。気分が悪くなってしまった。もう、駄目・・と隣の御祖母ちゃんの部屋に逃げ込んだ。こちらは、二階があるし、クーラーも新しいので、天国。もう、今日は、仕方ない。午後からは、気分が悪くなった。慌てて、水分を摂ったり、避難したり。な~んにも出来なかった。家の中なのになあ。全く、どうにかしなくちゃいけません。
2005年07月18日
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今日は、昨日に比べ、ゆっくり出来た一日だった。チビは、先週の金曜から5連休で、20日の終業式まで明日の全統の試験に出かけるだけ。試験前と言うのに、実にのんびりしている。パパも、久しぶりに会社に出かけなかった。出張先で、ずっと、立って説明を聞いていたそうで、腰が痛いと、お昼過ぎまで、起きてこなかった。夕方、洗濯機と、ジュンのロープと、書棚を買いに皆で出かけた。洗濯機は、壊れた訳ではなかった。水垢が洗濯層に付着し、洗濯物に黒いかすが付くようになった。前回、洗濯機用の洗浄剤を買ってきて、洗浄したら、余程汚れていたらしく、いくら、すすいでも、その後に洗濯した物すべてに、かすが付いてしまい、洗浄剤に懲りて分解掃除に出そうとしたら、「買うのと同じくらい掛かりますよ」と言われ、結局、今の洗濯機に代えた。それから9年近く使っている。もう、そろそろ、そういう時期なのだ。仕方が無いので、買い換える事になった。書棚は、娘の専門書が増えて、今の書棚ではこれから益々増えるだろう、書籍を仕舞えない状態になってきたので。家具屋さんと電器屋さんが、一つの建物に入っているお店で、今は、便利な物で、夜遅くまで開いている。そこに行けば、一度で済むので行った。書棚は、私が気に入ったガラス扉付きのものと、オネエが気に入った、二層式のとどちらにするのか決めるのに大変だった。結局、ガラス扉付きの方になった。ガラス扉付きも下が二層式だったのでオネエも納得。隣の大型電器店へ。最近の洗濯機は、乾燥機付きが主流らしい。しかし、我が家には、既に乾燥機がある。それも昨年買ったばかり。で、カビのつきにくい、ドラムがステンレス層の洗濯機だけの物を探した。毛布が洗える現在の大きさと同じ物が欲しくて、探したが、なかなか無くて、大変だった。そのくらいの大きさになると、今の物より、全体が大分大きくなり、入らないのだ。しかし、やっと適当な物が見つかった。手続きをしてお店を出た。それから夕食。美味しい夕食でおなか一杯。会話も弾んだ。やっぱり、4人でいると楽しいね。帰宅後は、娘達とパパが、二匹の犬の散歩に行き、私は、その間に買い物した物を仕舞ったり、片付けたり。何だかやっと日常が戻った感じだなぁ。
2005年07月17日
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朝、8時過ぎに、犬の鳴く声で目が覚めた。ジュン?寝室の窓を開けて、鳴き声のした方を見た。しかし、ジュンではなかった。下に降りると、オネエが起きていた。「私、車で探してくる」朝食も摂らず出て行った。私は、先にシャワーを浴びて、朝食を摂り、後から車で探しに出た。この団地の隅から隅まで探した。しかし、見つからない。昨夜は夜だったので、車に轢かれてないか、夜目に見つけられなかったので、慎重に探したが、見つからなかった。散歩途中でも車が来ると、吠え立て飛び出す犬だったので、心配したが、それは大丈夫のようだった。母の家に寄ったが、母も捜してくれたそう。これだけ探してもいないと言う事はどこかで保護されているような気がして、一旦帰宅した。娘と相談し、警察に届けた。ちょっとほっとしたら、今度は、トイレが詰まってしまった。毎年、この時期になると、庭木の多い我が家は根っこが下水管にはびこり、詰まってしまうのだ。もう、本当に嫌になってしまった。何故こう色色な事件があるのよ~。で、○ラシアンに電話。30分ほどで、来てくださるそう。全く、何なのよ~とぼやきながら、片付け。すると、警察から電話。「見つかりましたよ。保護してるお宅からそちらに電話してくれるそうですから」との事。暫くすると、保護してくださってるお宅からお電話。昨日、私が探していた場所だった。すぐに、娘を連れて、車で迎えに行った。お宅は、桜並木の綺麗な川沿いのお宅で、我が家から1キロほどこの団地を降りていった所。同じコーギーの雑種を飼ってらっしゃるお宅だった。玄関横に繋がれたジュンは私の姿を見ると、吠え立てた。聞けば、御主人がうちに行くかも知れないと、夜のうちに、連れて歩いてくださったそう。しかし、一向にその様子がないので、連れ帰ったそうだ。全く、とんだお世話になってしまった。お礼を述べて、車に乗せ帰った。やれやれ。帰宅すると下水道工事の車が来ていた。○ラシアンのHさん。事情を話し、工事の手順を伺った。毎年の事なので、そう驚かない。ただ、申し訳なかったのは、マンホールが裏庭に三箇所あるのだが、背丈ほどに延びた草で、庭の敷石が見えず、草を掻き分け、マンホールまで来てもらった。庭師さんに来てもらうようパパに頼んで有るが、なかなか忙しいらしく、来て貰えない。それに裏庭に入ることなどほとんど無いので、そのままにしてあった。子ども達の部屋の前の庭なのだが、小さな虫が入るから嫌・・と、窓も開けないし、この庭に入るのは、半年ぶりくらいか。引っ越した当時は、あやめが毎年、紫の花を沢山咲かせたり、背丈以上大きな薔薇の木もあったが、あやめは咲かなくなり、薔薇は台風で、根元から折れて枯れた。大きくなりすぎた、黄色のガーベラのような花を咲かせる木だけ、毎年、花を一杯つける。西にある庭だが、結構、日が当たるので、小花も咲くが、夏は草で覆われ、庭師さんが来るまで、入らないようにしている。娘が、「家だけじゃない?こんな住宅街にあって、黒アゲハチョウ、とか大あげはとか蝉とか普通に飛んでるの」と嫌味を言うほど、ジャングル状態で本当に恥ずかしい状態。Hさんはそこで、一時間ほど作業していた。呼ばれて行くと、もう、Hさんは、顔から、首から滝のように汗一杯になっていた。説明を受け、終了。片付けます・・と仰るので、冷たい物をと、アイスコーヒーを入れて、出した。美味しそうに飲み干し、笑顔でお礼を言って下さった顔が、とても爽やかだった。料金は、3万円弱。本当に毎年、こんなに払っている。古い家なので、マンホールがコンクリートで、草の根が隙間から出て、詰まってしまうのだ。これをプラスチックの土管に代えると良いそうだが、以前聞いた業者は三つで50万以上掛かると言うので、仕方なく、毎年詰まっても仕方無いと、業者に来てもらっている。でも、○ラシアンのHさんは、「そんなに掛かりませんよ20万ちょっとくらいかなあ」と仰った。8年で償却なら、工事してもらったほうが良いかも。一度パパと相談しよう。Hさんは、片付け、帰って行った。夕方、ジュンがお世話になったお宅にお礼に伺った。御主人が今朝もさがしてくださったそう。本当にありがとうございましたm(__)m夜、パパからTEL。駅まで迎えに行くことになった。皆で車に乗って駅に行き、そのままアジアンカフェに夕食を食べに行った。で、食事もそこそこに報告。どうしてパパがいない時に限って、こう事件が起こるのか、本当に大変な二日間でした。
2005年07月16日
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今日は、半年ぶりの革工芸の日。宿題は出来て無いし、少々、気が重い。パパは、埼玉に出張。しかし、好きで始めたことなのだから・・と出かけた。皆さん暖かく、迎えてくださった。やっぱり、長い事、ハンマーを持たなかったので、相変わらず、へたくそ。でも楽しかった。今日は、先月行われた展示会の打ち上げ。展示会に行けなかったし、お手伝いも出来なかったので、遠慮しようと思ったが、先月電話でお話した際、革工芸の先生の実の妹さんであり、私が革工芸に誘っていただいた高校時代の恩師でもある方が、何度も打ち上げのお食事会に誘ってくださったので、参加させて頂く事になっていた。午後からのお教室はお休みにして、お食事するお店に場所を移した。辺鄙な場所にあるお店だったが、流石に年を重ねた方ばかりがいらっしゃるような、落ち着いた、とても良いお店だった。テーブルの端から端まで、白い紙が敷いてあり、その丁度真ん中あたりに、やはり端から順番にコースに出てくる献立が、きちんと達筆な墨で書かれていた。器も素敵なものばかりで、量も多くなくとても美味しかった。それから、同じ教室の方をご自宅までお送りして、私は、そのまま、昨日貰って来た書類を警察に出しに行った。少し書類の不備があったが、あとから発送する事で受け取っていただけた。夕方帰宅すると、ダイニングのテレビが付けっぱなしで、誰もいない。まあ、なんて事と、一人で怒っていた。しかし、夜になっても、チビからの連絡が無い。少々心配になった。朝、私が出かける時、夕方から塾の説明を受けに行くと言っていた。オネエに電話すると帰宅途中たっだ。さっき、バイト中にチビからメールがあったので、後から電話する・・・と返したそうだが、さっきからいくらメールしても返って来ないと心配していた。もう、夜9時過ぎ。おかしい。電話番号案内で塾の電話を調べ、2つほどの同じ系列の塾に電話したが、来ていないと言われた。だんだん不安になってきた。何度チビの携帯に掛けても、出ない。パパはいないし、どうしよう。もう一度、オネエに電話してみた。やはり何の連絡も無いと言う。もう、10時近い。こんな事は今まで一度も無かった。こうしていても埒があかない。意を決し、警察に電話しようと思ったが、その前に、何か手がかりは無いかと、勉強部屋に行った。・・・・・真っ暗な中で、部屋の一番奥に小さくうずくまって声を殺して泣いているチビがいた。私が夕方帰宅した時、部屋に見に来たがいなかった。その時は、隠れていたらしい。あ~、良かった・・・と安堵した途端、怒りがこみ上げてきた。「何してんのよ!御母さんがどれだけ心配したか解ってるの!!今から警察に電話しようと思ったのよ!!」と思わず怒鳴ってしまった。「あちこち・・・電話・・し出したから・・ヤバイなあって・・思った」泣きながら、やっと小さく答えた。冗談じゃない。ただ泣くばかりなので、落ち着かせ、下を向いたまま、私の顔を見ないので、顔をきちんと上げて話させた。実に、ちっぽけな事で悩んでいた。彼女にすれば、大ゴトだったのだろう。私が戻った6時くらいから4時間、泣き続け、目が腫れ上がっていた。この子って、こんなに純情だったのだと、少し驚いた。そのくらい「何を気にしてるの、悩んでるの」と言うようなことで苦しんでいた。オネエが帰ってきた。1時間ほどじっくり話しをした。やっと、涙を拭いて、笑顔が見られるようになった。もう大丈夫だな。それから三人で夕食。食べ終わったらもう、12時近かった。ところがこれだけで済まなかった。コーギーのジュンが鎖を切っていなくなったのだ。餌をやろうとチビが表に出たら、いなかった。もう、大騒ぎ。夜中に二手に別れ、一時間ほど探した。しかし、夜も更けていたので、女の子をそうそう表に出しておくのは良くないと、帰宅させ、帰巣本能を信じよう・・・と納得させ、寝かした。パパがいない時に限って、どうしてこう色色な亊が起きちゃうのかなあ。兎に角、疲れました。明日は早起きして探さないとなあ。
2005年07月15日
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今日の感想、「疲れた」。朝から、髪を洗った。そうこうしているうちに、お昼近く。今日は、チビの学校で二者面談。本当なら、チビと待ち合わせて、二者面談が終わったら、お昼を一緒に食べる約束だった。所が、思ったより早くに学校が終わり、チビが帰宅することになった。慌てて昼食の用意。今日は、塩焼きそば。シーフードやら、お肉を入れ、日○焼きそばを使い、ソースを入れず、中華味と、ごま油で味付け。我が家の定番お昼。先に一人で食べて、用意をしてチビと入れ替わりに学校に行った。先生と取りとめの無いことをお話。こっちが、全く勉強に熱心じゃない親なものだから、先生も緊張が解け、笑顔が多かった。まだ、何になりたいのかはっきりしないので、とリ合えず、どこでも良いですから、本人が行きたいと言っている大学志望でお願いします。と言った。本人も自分の実力を解っているから、無理を言わない。人生長いんだから、大学に通っている間に自分が本当にしたい事を見つけ、それから方向転換すれば良い・・と私もパパも思っている。それから、一旦帰宅し、前から行かなければならなかった県庁に行く事にした。折角、お化粧も出来てるし、着替えもしている。こんなチャンスを逃す事はない。電車で、約一時間。車で高速を飛ばしてもそのくらいかなあ。まあ、仕方ない、行きましょう。私の車のカーナビは、馬鹿カーナビなので、PCで地図をプリントアウトして家を出た。一つ、嬉しいことがあった。嵐君の夏コンのチケットが来ていた。ヤッホー!!高速に入って、ちょっと飛ばした。30分で県庁の有る町に入った。立派な県庁舎に車を止め、入っていったら、法務局は「総合庁舎です」って。ここそうじゃないの~?地図を貰い、そこからまた2キロほどの総合庁舎に。私の住んでいる街は、今はこの県で一番の人口なのだが、縦に長いこの県の端っこなので、県庁は、遠くの県の中心近くにある。しかし、この市には県の法務局の出先もあるので、そこで貰える書類だと思っていたが、県庁まで行かないと出せないと言われた。どんな重要な書類か、どんなに待たされるのか・・・と思って待っていたら、何のことは無い。ほんの2分ほどで出された。こんな簡単な書類なら、出先の機関でも出したら良いのに。たった、一枚、こんな簡単な書類を貰いに、一時間車を飛ばして来なくてはなら無いなんて、本当に、お役所は、現代社会に沿ってないなあ。帰りも約一時間近く、車で掛かった。そのまま夕食の買い物に。淡いピンクの薔薇の花が3本で100えんだったので、3束買った。本当になんて可憐な色なのでしょう。薔薇は大好き。でも、お花をたくさん買うのは、疲れている時が多い。家に帰りついたのは午後6時。流石に疲れた。本当に疲れました。だから、今日は、お刺身。食事をしたら、足がつってしょうがなかった。余程疲れているのだろう。参ったなあ。明日は、半年振りの革工芸。御祖母ちゃんが脳溢血で倒れてから、一度も行けなかったし、宿題も出来て無い。帰宅して、夜にしようと思っていたが、とてもそんな気力が無い。もう、今日は、早くシャワーを浴びてさっさと寝ましょう。お休みなさい。
2005年07月14日
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今日は、ドールを一体、発送した。長いこと、我が家にいた子。丁寧に梱包して、発送した。どうか新しいママに大切にしていただけますように。久しぶりにいつもと違う道から帰った。驚いた。お店がつぶれていた。生前、父とよく一緒に食事に行った、中華料理のお店。個室ばかりだったので、落ち着いて楽しく食べられる父のお気に入りのお店だった。父の病気が解って、東京から伯母達が来てくれた時も、こちらの伯母や従姉妹も誘って、皆で、わいわいお食事したお店。ちょっとショックだった。父が亡くなってから、あまり思い出が多いお店なので、まだちょっと辛くて行けないでいた。このお店に行ける様になったら、もう大丈夫・・・と思っていたのに、つぶれていた。世知辛い世の中なのだなあ・・と実感。そう言えば、父が亡くなった前日に行った焼肉屋さんにもまだ行けない。そこの支店には、何回か行ったが、本店であるそのお店にはまだ行けない。自分じゃ、もう、とっくに大丈夫と思っていたが、やっぱり、無意識に避けていたのは、辛いからなんだなぁと今更ながら、気付いた。感傷に浸ってる暇は無いから、頑張りましょう。まだアップしなくちゃならない子が控えてますよ、IKKOさん。はい。
2005年07月13日
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今日も寝不足の頭がボーッとしているが、一旦目が覚めたら、もう眠れない。下に降りたら、もう誰もいなかった。いかんなあ。こんなんじゃ、完全に主婦失格。明日から頑張りましょう。バタバタとドールのお嫁入り先が決まった。その連絡や、発送の準備に午前中を使った。午後から、少し、眠かったが、珍しく、眠らなかった。銀行に行ったり、お使いに出たり。結構、フットワーク軽く動けた。でもやっぱり、鬱はあるなあ。解ってるだけましだが、気持がすっきりしたら、どんなに良いか。毎月、本屋さんで嵐君の出ている雑誌を見て、気に入った物を買うのだが、本屋さんにも行く気になれない。せめて運動不足にならないよう、スーパーの入り口から一番遠くに車を止めて歩いた。気持が少しだけ、晴れた。今日は、午後から、何年も掃除をしていない寝室を片付けた。部屋の3分の1しか出来なかったが、ゴミ袋が二つ一杯になった。嵐君にはまるまで、TV通販にはまりにはまって、これでもかと無駄使いした残骸。欲しいと思ったまま買ったアクセサリーのケースが、次から次に出てきた。なんとまあ、勿体無い事をしたのかと、ふか~く反省した。買い物依存症の人みたいだなあ。でも、買い物依存症の人は、買っても使わないで仕舞ってあるそうなので、私は、次から次と、使ったり、着たり、身につけたりしたから、依存症ではないか。それにしても、本当に反省。勿体無かった。今日は、色色出来たかな?明日もこうやって動けると良いなあ。
2005年07月12日
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午前中に市役所に行った。住民票やら、身分証明書やら、面倒な事。まあ、今までサボっていたのだから仕方が無い。午後から、少し、寝た。外は、雨だったのに、目が覚めた頃には上がって少し日が差していた。雨の匂いがした。人体のほとんどは水分だからだろう、水の匂いや、感触は気持が良い。夕方、大型スーパーに買い物に行った。一旦レジで会計を済ませ、買った物を袋に入れてから買い忘れた物を思い出し、もう一度売り場で探していたら、「Kさん」声を掛けられた。娘達の同級生だった男の子の御母さんで、この団地の隣の団地に数年前越してらっしゃったOさんだった。とても綺麗な方で、美大を出てすぐ結婚し、御主人の経営する会社を手伝っていらした。以前は時々、近所のスーパーで偶然会ったりしたが、最近は、全くお目にかかっていなかった。息子さんが二人いらして、二人とも、家の娘達と同じ学年で、幼稚園の時からのお付き合いだった。まだ、小学生の頃、学校に用事で出かけたとき、下駄箱のところで、下の息子さんが元気に「こんにちわ!」と言ってくれ、私が「あ、元気良いねぇ、こんにちは」と言うと、彼の後から来た娘の同級生の男の子に「Kの御母さんだぞ、挨拶しろよ」って言ったのだ。本当に、ごく自然に彼は靴を履きながら、横の子にそう言った。その言葉に私はいたく感激した。何て良い子なんだろう。何て、良いしつけをなさってらっしゃるんだろう。とても嬉しくなってしまった。後に、彼女にそんな事があったのよと言うと、「え~、ほんと~、うちじゃやんちゃで困ってるのになあ」と言ってらした。近いうちに、一緒にお昼でも・・・と約束して別れた。来年、またお引越しするそうだ。遠くになったら、なかなか会えないから、寂しくなる。人生、人との出会いは、運命だ。つくづく大切にしようと思った。
2005年07月11日
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今日は、二階の物置状態のパパの部屋を片付けた。・・・と言うより、すべての片付けをしようとした。パパは、こういう時、ヒステリックになる。機嫌がメチャメチャ悪くなり、何か言うと、怒鳴り声が返ってくる。当たり前の事だ。もう何年も私は、片付けが出来ない。着られなくなった子供服が、幾つにも袋に入れられて、部屋や、廊下に積んである。捨てられないのだ。パパの部屋には、ドールに入れられてきた緩衝材や、梱包材、が幾つもの大きな袋に入れられ、置かれている。子どもの勉強部屋は、10疊ほどの洋間で、押入れが無いので、置き式の押入れを買った。その上にも、横にも、畳んだ段ボールが幾つも置かれている。つまり、家中、私の物が溜まっている訳。ずっとずっと、パパは我慢をして来た。何時か私が出来るようになるまで。でも、もう、我慢が出来なくなったのだろう。チビと二人で、処分し始めた。最初は、二階の、昔、子ども部屋だったロフトのある部屋。今は、パパがトレーニングマシンや、洋服箪笥を置いて、パパの部屋になっている。ロフトは、チビの遊び場だった。3疊ほどの畳が敷かれて、背の低い書棚が並び、その奥に屋根裏の物置がある。後年、チビが、ロフトに、工作の作品やら、お気に入りのおもちゃやらをどんどん入れてしまい、足の踏み場もなくなっていた。そこは、私の物は無かったので、二人に任せた。チビは、パパに捨てられるのが嫌で、隣の自分達の寝室に運び出していた。ここも8疊ほどの部屋なのだが、ベッドが二つ置かれているし、洋服箪笥も置かれているので、そう、収納できない。しかし、その部屋の表に大きなゴミ袋に3つほど、子供服が入って置かれていた。パパが文句を言っていたが、頭が混乱して出来ないと、言った。明日、片付ける約束をした。次に、下の子どもの勉強部屋。段ボール箱も置き押入れの上のアンティークの商品も、間違えて仕入れた物も、どかされた。何故なのか解らない。この部屋は広いので、私のスペースも少しは使う権利がある・・と押入れの上と、ほんの1メートル四方の畳んだ段ボール箱の置き場だったのに。パパは、すべてどかしてしまった。そして、捨てるから駐車場に運べとチビに指示した。全く、私の主張は受け入れられ無かった。毎日、しようと思っていたのに、出来なかった。鬱だから仕方無いでしょう…と言ったら、だから、俺が片付けてるんじゃないか・・と言う。そうじゃないのに。パパは、片付けるイコール捨てるなのだ。確かに捨てなければ、片付かない。しかし、私が必要としている物まで捨てる事は、全く、私の人格を無視している事と同じじゃないか。激しく喧嘩した。解らない、お互いが解らなかった。全く理解できなかった。脳の思考回路に膜が貼ったような感じ。こうなったら、パパは何を言っても通じない。気持がこんなに行き違って、本当に悲しかった。今日は、本気で死にたくなった。ADHDの障害者は、家庭崩壊する人が多いそう。こう言う事なんだろうなあ・・・と今日は、実感した。気持の整理がつかないまま、部屋は綺麗になって行った。パパは怒っている私に、感謝の気持が無いと怒っていた。そりゃ、綺麗になったのは事実だが、不本意な綺麗ななり方じゃ、感謝の気持など持てるはずが無い。しかし、チビは本当に良く頑張って片付けていた。「よくやったね、偉いよ」と言うと、嬉しそうに「うん」と笑った。パパは、無言のまま下の駐車場に降りていった。もう、こうなったら仕方ない。捨てられるのを止められない。諦めて、私も手伝いに降りた。無言のまま、黙々と段ボールを崩し、緩衝材をゴミ袋に入れていった。一時間ほどして、お互いが落ち着いてきた。これで良かったのかもしれない・・と思えた。激しく主張したから、子供服は捨てられずに済んだし、商品も、廊下に置かれた。こんなに動いて働いたのは、久しぶり。真っ黒になって二人で片付けたら、物置状態の駐車場も綺麗になった。クタクタに疲れたのに、お夕飯は作る事が出来た。お夕食を皆で食べる頃には、パパに「ご苦労様」と言えた。最近、喧嘩が多いなあ。私もパパにも余裕がないのかもしれない。
2005年07月10日
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昨夜明け方まで起きていたので、今日は、超お寝坊。明け方4時くらいに寝た時、外は、土砂降り。パパは、キャンプ場で、会社の親睦会だと言うのに、大丈夫だろうか。9時過ぎ、目が覚めて下に降りると、もう、雨はやんでいた。5時間寝れば、まあ、だいじょうぶかな?何だか時間がすぐに過ぎてしまった。すぐにお昼になり、昼食を摂って、少しお昼寝。流石に眠かった。気が付くと、チビは、塾に、オネエはバイトに、パパは帰宅していた。何だか解らないうちに、一日が過ぎた。勿体無い時間を過ごしてしまった。50歳を過ぎてから、一日がすごく大切に思えて仕方が無い。貴重な一日だ。まして、今月は、予定が一杯。しなくちゃならない事も一杯。明日は、きちんとこなそう。
2005年07月09日
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本当に久しぶりのコーラス。朝、シャワーを浴びて、用意をした。良いお天気だったので、洗濯物も干した。今日は、帰りに警察に古物商の許可証のことで、行かなければならないし、薬も取りに行かなければならない。コーラスは、楽しかった。私は今回出なかったが、6月に小さな大会があって、今日は、すぐ後のレッスンだったので、出てくる人も少ない訳。久しぶりに、嵐君じゃない歌を唄った。毎日のように、一応、声は出しているので、おかげさまで、高い声も難なく出た。嵐君の御蔭です。とても難しい歌で、厄介。暗譜もしなくちゃならないので、大変です。でも楽しかった。久しぶりに、その後のお茶も行った。いつものメンバーじゃないけれど、少し若返ったメンバーだったが、皆、可愛い後輩。少し調子に乗って、しゃべる私の話を気持ちよく聴いてくださる。良い子ばかりが揃ってるクラブだ。それから警察に行き、説明を受け、帰りに病院に自分の薬と、御祖母ちゃんの薬を貰いに行った。病院の駐車場からパパに電話したら、今晩出掛けるので、今から着替えに帰る途の事。仕方ない、私がホームに持って行く事にした。薬を渡すだけのつもりで行ったのだが、少し嫌な事があった。介護の方の家族への無神経な対処に腹が立った。私が我慢すれば良いと、本当に腹を立てながらも、何も言わずにホームを後にした。それに、ここは認知症の人への対処の仕方がなってない人が、信じられないが、いる。勿論、いつもお世話になっている、ケアマネージャーさんは、とても、素晴らしい方だが、中には、そういうケアの方もいるのだ。先日も御祖母ちゃんが、パパに電話をしてきて、「クリーニングに出したいんだけど、取りに来て」と言う事があった。パパは、「そこの人に頼めば良いんだよ」と一旦電話を切った。しかし5分もするとケアの方から電話があった。「お母様がパジャマをクリーニングに出してくれと仰るんですが・・」!!!あなたは本当に、認知症専門のホームの職員さんですか?!と聞きたくなるような質問だった。どれをクリーニングに出し、どれを自分の所で洗濯をすれば良いのか、そんな事、認知症の人間が解ると思っているのだろうか。そんな事が判断できれば、そこに入れないでしょう・・と爆発しそうだった。パパがやんわりそう言うと「じゃ、こちらで勝手に判断させて頂いて宜しいんですね」ときた。パパの顔色が変わるのが解ったが、御祖母ちゃんを預けている以上、下手に出るしかなかった。「そうですね、宜しくお願いします」と言って電話を切ったが、パパは、心底怒っていた。この人は、全く介護をしていると言う自覚が無いんじゃなかろうか・・と思えた。質の良い介護をする職員は少ないのだなあとつくづく思った。介護は、介護される本人と、その家族両方に対処しなくては、良い介護とは言えないのじゃないだろうか。まして、自宅で介護できない事情があるから、ホームに入れざるを得ないのに。非常にデリケートな問題なのに、全くデリカシーが無いのだ。本当に、日本はまだまだだなあ。
2005年07月08日
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お昼から、墓石の相談に業者が来た。パパと母の家に行った。梅雨の時期なので、暫定的な日にちを決め、お寺さんにお願いした。色色大変。三宝にするめ、こんぶ、ひじきなどの海の物、大根、人参、しいたけなど、お酒、を用意するそうだ。こうして見ると、地鎮祭のお供物と同じだなあ。お祝い事なのか?実家には、元々、代々のお墓がある。何も無かった畑の中に、我が家のお墓が最初に立った。今は、立派なお墓の立ち並ぶ小さな墓地になったが、苔むした5基のお墓はどれも、もう、何が書いて有るのか解らないくらい古い。だから、何処に誰が入っているのか解らないのだ。車を運転しない母はそこに父の遺骨を入れると、そうそう簡単には行けない。そこで、父はこの団地の隣の団地に昔からある墓地が整備された際、新しく募集された墓地を購入した。今回、建立する墓石は、そこに立つ。余り分骨しない方が良い・・・と聞くが、こういう事情だから仕方がない。こちらの墓地は、母が歩いていける距離。お骨は父の抜け殻だから、分骨しても私は構わないと思っている。新盆の打ち合わせもした。またまた少し、あわただしくなる。仏教の事は解らない。私は無宗教主義だから、こう言うしきたりに違和感を覚える。しかし、母のためと、従っている。私は、宇宙が神だと思っている。宇宙は楕円形をしているそうで、神は、その宇宙をどこかで見ている気がする。名前は忘れてしまったが、先日TVでやっていた「シード・マスター」の話は正に私が長年考えていた事と全く一緒だった。彗星が地球に近付いた時に、ウィルスによる色色な感染病が地球に蔓延するそうだ。A香港型、狂牛病、SAAS,皆、そうだそうだ。つまり誰かが、地球を実験場にしていると言うのだ。それが、「シード・マスター」と言っていた。人間のDNAの配列の形態が、地球上のどの生物のDNAとも一致しない地球上では考えられない配列の形態である事も、地球外生物であった証拠だ・・といつか海外の学者が言っていた。と言う事は、この地球は、誰かの意思で作られた。・・・・と考えると、宗教とは、実につまらない物だと思う。神とあがめる物はこの宇宙を支配する「スペースマスター」であり、お布施や、寄付金や、上納金などお金が発生するようなちっぽけな話じゃないのだ。宗教戦争も実に、くだらない。生命を脅かす行為を神が喜ぶはずがないのだから。戦争をする人間を「スペースマスター」がどう見ているか、彗星にウィルスを乗せて、人体実験ならぬ、地球実験をする相手である。多分、今の地球の状態を、随分、面白がっているだろうなあ・・と思う。いやいや、反対に、嘆いてもいるだろう。そう考えるくると、本当に、宗教の儀式が、滑稽に思われて仕方ない。人の心のよりどころにするために宗教があるのなら、それも解る気もするが、何故、お金が発生するのか、全く違和感を覚える。まあ、ここだけの話だが。
2005年07月07日
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今日は、忙しかった。本当ならカウンセリングを受けに行きたかったが、謝恩会の仔細などの相談のため、PTAの役員が午前中から集まった。皆さん、とても熱心で、御意見も多く出て、非常に闊達な話し合いになった。上の娘がお世話になってから10年、いよいよ卒業で、お別れと思うと、しっかり、このお役を遂行して、皆さんに楽しんでいただける、謝恩会にしたいなあと思う。お昼を挟んでの話し合い。お父様もお一人、来て下さった。とても感じの良い方で、女ばかりの役員の中、居心地が悪いのじゃないかなあと心配だったが、お人柄なのでしょう、とても和やかにご意見もくださって、本当に良い会だった。帰宅してから、パパと照明写真を撮りに行った。父が残した、遺品の継続の為の手続き。まだ残っている物がちらほらある。面倒くさいが、仕方ない。夕方、母を誘って、お買い物。またまたどっちゃり。走る距離が今日は、そう大して無かったので、こちらも安心。流石に疲れました。で、潤君の「ミンテレ」で癒してもらい、今日は「Dの嵐」もあるので、気持は、まあまあ。毎日、こんな風だと良いのになあ。
2005年07月06日
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朝良いお天気だったのに、夕方から、雨。午前中、いつものようにグダグダと過ごす。明日、PTAの集まりがあり、その連絡に費やす。謝恩会の計画や下準備の相談をする。気が重いなあ。午後から、髪を染めに行き、そのまま病院に行く。帰りに買い物をして帰ってきて、やれやれと思っていたら、29日に嵐君の夏コンに行く為、小雀供を連れて一泊。その間に犬二匹をペットホテルに預けるのだが、ワクチンを打っていないと預かってくれないので、夕方から、二匹を獣医さんに連れていった。私は、大型犬のジュリアン担当。オネエはその為に早く帰宅し、ジュンをケージに入れ、出発。車の中で、ジュリアンは、足踏みしている。だが走り出すと、いつも大人しくなる。近所の獣医さんに着いてからが、また大変だった。可哀想にちっとも子ども達がブラッシングしてやらないものだから、毛玉だらけのジュリアンは、少し毛を切って、血液検査。その間中、ジュンは吠え続けた。無事、ワクチンを打ってもらい、検査してもらい、合計、二匹で48000円なり。もう、本当に犬を飼うのも大変です。でもこれで、ペットホテルに預かって頂けます。楽しみだなあ。
2005年07月05日
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この状況から抜け出せない。何をしようにも、身体がだるい。気持がだるい。頭痛の前兆のような感じも抜けない。全くなあ。これが鬱なのか、更年期障害なのか、はたまた、年齢的な老化なのか、それとも生まれ持った性格なのか・・。解らない。解らないから、対処が出来ない。もう、何ヶ月もこんな風に堂々巡りの輪の中から飛び出せない。嵐君のステージを見に行く時でさえ、頭痛になったらどうしよう・・・と、薬を多めに持って行く。美味しい物を食べに行っても、自分の中で「これ食べたら、また頭痛になるかも」と無意識に警戒してしまっている。友人達との会話も前より、うんと回数が少なくなった。これも原因かなあ。自分を変えるって、この年になると、すごく難しい。向上心が無くなったら、人間終わりだといつも思う。好奇心も大事な物だと思う。こっちは、まだ健在。ネットサーフィンが面白いから多分、好奇心は健在。向上心も無いわけじゃないが、実態が伴わない。一ミリでも向上したな・・・と実感が持てたら、本当に嬉しいのになあ。自分に甘いから、なかなか実現にこぎつけない。以前、しなくちゃいけない事と、したい事を書き出したことが有る。こんなにあったのか・・・・と思い、次に、無理だよ・・・と思った。しなくちゃいけない事ばっかりだった。こんなに何もして無いのかと思った。情けなくなっただけだった。頑張ろうと思うのに、身体が付いてこない。ある年齢に達した人は皆そう思うのだと友人に言われた。仕方ないよって言われた。でも、まだ、諦められない自分がいて、持て余している。それじゃ、何か努力していますか、貴方?していません。じゃ、駄目なんじゃないの。はい、そうですね。250パーセントくらい解っている。愚痴るのって情け無いよね。愚痴ったって何も変わらないし、反対に愚痴った分、落ち込む。じゃ、愚痴らなきゃ良いのに。愚痴ってる自分が許せないのに、気が付くと、愚痴ってる。最近、まともな本、読んで無いなあ。何だか、人の書いた物が、皆、偽者みたいに思っちゃう。昔は、「うん、うん、なるほどなあ」とか、純粋に面白いなあって思ったりしたのに。何を読んでもつまらない。新聞も以前は、隅から隅まで読んだのに、それが面白くて仕方が無かったのに。読まなくなった。興味のある記事は切り抜いたりしたが、何も実践されていない事に気が付いて、辞めた。理想と現実に気が付いた。成る程なあ・・と思っても、それは書いた人の脳にインプットされた経験で、本を読むことで、疑似体験しただけで、自分の現実には何一つも残っていない事に気が付いてしまった。本は、読んで生かせる人と、私のように、生かせない人がいる。人生に生かせる本に出会った人は、本当に幸せだよなあ。何かが退化してるのだろうか。脳?
2005年07月04日
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雨の一日。でも、すごく涼しい日だった。久しぶりに本当に家族がゆっくりした日。会社にパパが行かなかったなんて、一体、何日ぶりだろう。ゴルフに行った日も夜に様子を見に行っていたし、元旦も、機械を止める訳に行かず、行ったし・・・。確か、父のお通夜の日も行ったから、お葬式くらいだったかなあ。24時間操業だから、仕方がないが、従業員さんは、時間で交代するが、パパは、それが無い分、本当に大変。中小企業のおやじなんて、皆こんな風に大変なんだろうなあ。就寝していても、機械がトラブルで止まると、時間構わず、○コムから「機械が止まりました」と電話がある。以前は起きて、動かしに行ったが、「そんな事していると、本当に死んじゃう」と私が怒ってから、時間を決めて、行くようになったが、大変さは、変わらない。最近は、これに来年の新卒者への説明会やら、仕事が増えた。本当にパパには、喧嘩はするけれど頭が上がらない。今日、終戦の話をTVでしていた。もう、60年も経ったそうだ。私は、「もはや戦後は終わった」と言われた年に生まれた。私の年代の方は、父親が戦争に行った方が少ない。志願して行かなければ、まだ行かなくて良い年だったからだろう。しかし、当時かなりの不良だった父は、折角、上の学校に行くよう言われたのに反抗して志願兵となった。14歳だった。当然、すぐには出兵せず、通信兵の学校に通い、さあ実戦・・・と海軍で出兵し、終戦になり、全く実戦の経験無しで、ソビエトに4年も抑留だけされた。だから、私は父の御蔭で、話だけは山ほど聞いた。ほとんど、抑留の時の話だったが、子どもの私は、いつも父に話をしてもらうのが、好きだった。大人になって、悲惨な情景も聞いたが、子どもの頃は、抑留時代の面白いエピソードをたくさん聞いた。文才があれば、本にしたいほど、面白かった。例えば、ツンドラ(凍土)にトイレを作った話や、数に弱いロシア人の兵隊から、運搬中の食料を大量にちょろまかし、収容所に戻って、皆でお団子にして食べた話。ドラム缶一杯にカニをゆでて、食べた話。とても美しいロシアの少女との恋の話。今思い出しても、面白かったなあと思う。勿論、大人になってからしてもらった中には、病気などで亡くなった戦友を埋める為、皆で穴を掘って、遺体を焼いた悲惨な話や、盲腸の手術を、麻酔無しでした話などもあった。当時ロシアには40万人もの日本人が抑留されていたそうだから、辛い話も多かった。今、父がいなくなって、もっと色色聞いて置けば良かったと思う。娘達も、おじいちゃんから時々話してもらっていたようだ。戦争自体は知らないが、渦中にいた人間の気持は、父に話してもらって知っている。父ともっと色んな話をしたかったなあ。TVで終戦の話をしているのを見て、そんな父の事を思い出した。あ、日付が変わっているから、今日は月命日だ!もう、あの日から8ヶ月も経ったんだ。お父さん、そちらで元気に楽しくやってますか?
2005年07月03日
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朝から、最低な気分。頭も痛い。何故かなあ・・・。確かに身体の調子は良くない。ジンマシンもまだ消えない。でも頭痛になるような事あったかなあ・・・・。下に降りると、パパとオネエがもう起きていた。・・・・と言うより、オネエは下で寝たようだ。お昼まで、頭痛でボーーーっとしていた。薬を飲んだり、ロイヒ膏を貼ったりして対処。しかし、今日は、ぜーーーッたい、おなべを洗うと決めていた。で、ビショビショになりながら、何日も積まれていたお鍋達を洗った。どうしてだか、いつも、本当に下着までビショビショになってしまうのだ。もう、もう、触るのも嫌なくらい、ものすご~~く、汚かった。でも、夏は匂うしハエが来るから、流石の私も、やらざるを得ない。自分でも「しなくちゃ、しなくちゃ」と自分を追い詰め、気持の負担になっていたのは確かだから。綺麗になったお鍋たちは、ピカピカしてとても綺麗。普段やれないくせに、し始めると、徹底してしないと気がすまない厄介な性格。ちょっとでもステンレスが曇っていると嫌。「少しくらい」と言う娘に、絶対いやだと言って、笑われた。全く、両極端で厄介な自分を持て余している。お鍋が片付くと、手の込んだ、料理がしたくなるのだ。で、今晩は、ちょっと手の込んだ煮物。夕方から煮込んだ。夜。ジャニーズフィルムフェスタの特電に挑戦。予約開始時間5秒前に繋がったのに、まだ、7時じゃなかったので、アウト。しかし、それから約一時間、家の二つの電話と、携帯から掛けたが、どうしても繋がらない。あの5秒が惜しまれた。しかし、8時ちょっと前、やっと繋がり、希望の日時と枚数でチケットが取れた。やったーーっ。頑張った甲斐があった。これでゆっくり眠れます。あ、今朝の頭痛はこれだったのか・・・。緊張しすぎてたのだ。全くなあ、こんな事でなるとは情け無い話。でも、取れて良かった。今日は、お鍋も洗えたし、チケットも取れたし、言う事無し。
2005年07月02日
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朝から、やっと梅雨らしい雨。やっぱり梅雨はこうでなくちゃね。雨水を跳ね飛ばして走る、車の音、葉っぱに雨粒が当たる音。良いなあ。水の音、人間に不可欠な物の音だ。自然と人間の接点の音だ。午前中、相変わらず何も出来なかった。新しく来た子の洋服を探さなくちゃ。下着みたいなみすぼらしい格好だもの、折角の可愛いお顔が台無し。何か良いのないかなぁ。始めようと思ったら、午後一番に会議があるとかで、パパが早めの昼食を頼むとのTEL。折角始めたのになあ。中断。今日は、カレーライス。レトルトのカレーにお肉をいためて足す。結構、美味しくなっちゃうのだ。それに、半熟卵を乗せる。後で一人で食べるのもなあ・・・と結局、一緒にお昼前のニュースを見ながら食べた。物騒な事件ばかり。日本は、これから何処に行くのだろう・・・。パパが出掛け、午後から、少し、家事。なんちゃって偉そうに言えないくらいの家事。如何して出来ないのかなあ。如何して持続して出来ないんだろう。解らない。足は、相変わらず浮腫んでいる。ダイニングテーブルに座ったまま、動けなかった。やらなきゃいけない事は、山のように有るのに・・・。暫くすると、チビが帰ってきてお昼を用意した。チビの食事が終わり、夜の試験勉強のため、二階に寝に上がって行った。暫くすると私も眠くなり、リビングで寝てしまった。夕方、気が付くと隣にパパが同じようにいびきをかいて寝ていた。ありゃ?確か、会社に行ったよねぇ?そっと起き上がったら、帰っていた上の娘が「おはよう」と嫌味。パパを見て「何時からここで寝てた?」と聞くと、「私が帰ってきたら、二人共寝てたよ」娘は昨日のアンケートをクラス別に分けていた。そのうち段々大掛かりになったらしく、「お父さん、起きて、そこ邪魔!」。「疲れているんだから・・」と起こさないように言った。毎日、昼夜も休日も問わず、頑張って働いてくれている。オネエはブツブツ文句を言いながら、作業をしていた。「それ、今日、学校に持って行くの?」「うん、もうすぐ行くよ」卒論の大切な資料になるのだ。暫くすると、大きな段ボールに幾つもの封筒に入れたアンケートを入れ、出かけようとしていたので、気をつけて行くよう言った。着々と自分の事をしているオネエ。頑張んなさい・・・・と心の中で言い娘の車を見送った。パパは、一時間ほどすると、起きて会社に戻った。表は雨が上がり、そろそろ夜のとばりが降りてきた。ほんの少し、薄暗い、こういう色の空が好き。世の中の皆が、前のめりになって歩いている。自分の仕事をして、今日のまとめに入るこの時間。主婦は、夕食を作り始め、中高生は家路を急ぎ、外回りの社用車は会社に戻る。家々の電気がつき始め、雨戸を閉める音がそこかしこでする。この時間が一番、日常を感じさせる。さあ、私も頑張って、美味しい夕食を作りましょうかねぇ。
2005年07月01日
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