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「技術的には引けを取らないが、若手が成績を伸ばしている。悔いはない」(スポーツナビ)水口栄二、引退の記者会見でそう話し、17年間に及ぶ現役生活を振り返った。球団からはコーチ就任の要請を受けているという。「オリックスの」と言えばいいかもしれないが、ボクにとっては、間違いなく「近鉄バファローズの水口」だ。90年のドラフト2位で近鉄に入団した。それは、故・仰木彬氏が近鉄監督時代のこと。その前後の近鉄、大石大二郎(静岡商高-亜細亜大)の存在があまりに大きく、「ポスト大石」を育てるため、大石タイプの二遊間選手を意図的に探し、そして獲得していたように思う。水口獲得もその一環だったような気がする。84年 吉田剛(取手二高)86年 真喜志康永(沖縄高)88年 米崎薫臣(此花学院高)90年 水口栄二(松山商高-早稲田大)92年 大島公一(法政二高-法政大) 95年 武藤孝司(横浜商高-創価大)残念ながら結局は、大石ほどの選手はいなかった(失礼!)守備力、走力、打撃力はもちろん、人気面においても。ただ水口の場合、長打力こそないものの、追い込まれてもカットして自分の好きな球を待ち続けるなど、そのいやらしい打撃術は天下一品だった。あわせて高校時代から発揮してきた抜群なリーダーシップで、地味ながら生存競争の激しいプロ球界を生き抜いてきた。水口を一言で例えると、玄人好みの、職人気質の選手ってとこかな?----------------------------------------------------------水口栄二。松山商高時代、86年の夏に甲子園に出場している。ポジションは遊撃手、打順は1番。決勝まで勝ち進んだが、天理高に2-3で敗れた。また、準決勝では先日引退を表明したヤクルト・鈴木健がいた浦和学院高と対戦をしている。水口、この甲子園大会では毎試合2本以上の安打を放ち、「大会最多安打19本」の記録を打ちたてた。その記録はいまだ破られていない。そして早稲田大時代。1年生のときから遊撃手のレギュラーを獲得。4年生時には第80代主将としてチームをリーグ優勝に導いた。東京六大学ベストナインも4回獲得している。 そのうち、88年秋と89年春のベストナイン。二塁手部門は、大島公一(法政大)だった。水口と大島、似たタイプの選手だけに、プロ球団に入団してから様々な明暗があった。そのことは後日。いつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.29
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埼玉・秋季県大会を観戦した。なぜか1回戦からさっそく埼玉栄高-春日部共栄高の好カードが組まれており、小雨が降る中でも市営大宮球場のネット裏は満員状態だった。決勝戦ならいざ知らず、たかだか(失礼!)新人戦の1回戦でこの観客数はスゴイ。春共栄 000 100 100 =2埼玉栄 300 000 10x =4勝敗はともかく、埼玉栄高のエースナンバーをつけた右腕・土肥投手は、大いに期待できる投手だった。球速は(あくまで目測だけど)140kmぐらい。しかも球質が重そうで、春日部共栄打線をもってしても打ち崩すのは難しそうに見えた。埼玉栄の打線も3番・白崎、4番・酒井など安定感があって、来年の夏は期待できそう・・・いや、県大会・関東大会を順調に勝ち進めば、センバツ出場だって夢じゃない。埼玉栄には、ほかにも凄い1年生投手がいるらしい。いつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.29
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今大会のドラフト注目選手・大場翔太(4年・八千代松蔭高)が投げれば、東洋大は絶対に負けない。そう思えるほど抜群の安定感を誇っている。東洋大・高橋昭雄監督をして「大場は宇宙人だから」と言わしめた。広島・苑田聡彦スカウト部長は、そんな大場を見て「怪物。黒田2世だな」と舌を巻いた。182cm、77kgの身体を目いっぱいに使って、気合いたっぷりの投球術。(ほんとはもっと体重がありそうに見えるが・・・)今日の亜細亜大戦。大場が2失点の完投で今季6勝目。連勝記録を「14」に伸ばすとともに、この日の13奪三振で通算383三振を奪った。東洋大の先輩・松沼雅之の持つ376奪三振のリーグ記録を更新、今日の勝利は、歴代単独10位となる通算31勝目になった。---------------------------------------------------------大場の通算31勝目が歴代10位ということは、1位は誰か?さっそく調べてみた。1位 芝池 博明(専大) 41勝 2位 田村 政雄(中大) 39勝 2位 松沼 雅之(東洋大) 39勝 4位 高橋 善正(中大) 35勝 4位 宮本 賢治(亜大) 35勝 6位 山本 和行(亜大) 33勝 高橋善正、東映(現・日本ハム)や読売に在籍した。現在は、たしか「良昌」という名前で評論家活動をされている。宮本賢治は元ヤクルト、山本和行は元・阪神。ちなみにシーズン最多勝は9勝。記録を持っているのは3人。上記の高橋善正、山本和行に加え元・近鉄の阿波野秀幸(亜大)がいる。大場は、今季この記録も更新する可能性がある。いつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.28
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ロッテ・成瀬善久(横浜高)の名を、テレビや新聞で目にすることが最近増えた。それもそのはず。9月27日の対ソフトバンク戦では、スコア6-0の完封劇を演じ、16勝目(1敗)を挙げた。今季4度目の完封で、自身の10連勝達成でもある。これで防御率(1.71)、勝率(.941)はリーグ1位、勝利数(16勝)は横浜高の後輩・涌井秀章(西武)に次いでリーグ2位となった。----------------------------------------------------宇都宮出身の成瀬、横浜高時代は寮生活をしていた。だが、厳しい練習の続く名門・横浜高の練習は想像以上で、入部後たったの1か月で退部を考えていたという。今日の日刊ゲンダイが詳しく紹介していた。もうこんな厳しい練習はやってられない。横浜高を中退してさっさと宇都宮に帰って就職しよう。安直にそう考えた成瀬少年、さっそく宇都宮の実家に電話をする。電話口に出たのは父親だった。「オレ、野球部も学校も辞めるから・・・。親父に俺の気持ちがわかるか!」ふいに口をついて出た言葉。躾に厳しかった父親、殊に野球について厳しかった父親が、意外にもあっさりと息子の申し出を承諾する。それから1ヶ月後、成瀬にとって部活最後の日は練習試合が組まれていた。宇都宮から両親が観戦に駈けつけ、その試合を見守った。練習試合が終り、「さっ、俺の野球生活も終わった!」だが、晴れ晴れとした気持ちの成瀬の目に飛び込んできたのは、初めて見る父親の涙だった。小さい頃から父子の二人三脚で続けてきた野球。退部を意外なほどにあっさりと認めた父親の心の奥を、垣間見たようで、「じゃぁ、オマエにおれの気持ちがわかるのかよ?」と言葉を切り返されたようで、野球を辞める意思は瞬く間に吹っ飛んだ。-----------------------------------------------------------高校時代に刻んだ体験。そしてプロ入り後は、単に「涌井の高校の先輩」としてしか扱われなかったもどかしさをもバネにして、今季の成瀬の成績があるのかもしれない。大きな背番号「60」を今では気に入っている。だから、今後も手放すつもりはないという。いつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.28
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2日前に書いた「斎藤佑樹のリベンジ(対法政大戦)」。我ながら、書いていることが甘過ぎたリベンジした理由について詳細な報道があったので、そのことを書きたいと思う。------------------------------------------------------まず法政大がKOした2回戦のこと。法政・主将の大澤裕介(作新学院高)が、その試合の斎藤佑樹(1年・早稲田実)のクセについてこう明かした。「投球動作に入る時に、ボールがユニホームに触れながらグローブに入ったら変化球、触れなかったら真っすぐだった。変化球の種類は分からないけど、だいたいが落ちる系のボールなので対応できた」。一方の斎藤、「調子は悪くないのにあんなに打たれるわけがない」と研究班の部員らとビデオを見返した。「頭がパニクッた」と振り返った原因を2日間で突き止め、見事に修正した。そして、ならばと、序盤はそのクセを逆手に取る。変化球のクセをわざと見せて直球を投げ、逆も繰り返した。(日刊スポーツ)------------------------------------------------------その結果、大学入学後初の完投で6勝目を挙げた。小さなクセを見つけ出すほうも凄いが、それに気づきすぐに修正しつつも、気づかぬふりで逆に相手に揺さぶりをかける斎藤も立派な投手だ。いつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.27
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ヤクルト・鈴木健が引退を表明した。「多くの方々に声援をいただき感謝の気持ちでいっぱい。もう野球ができないのは残念で複雑な気持ちだが、心の整理ができたので引退を決めた」(毎日新聞)1988年秋のドラフト1位で西武に入団したのだから、現役生活は19年間にも及ぶ。03年からヤクルトに移籍したのだけど、ボクにとってはあまり鈴木健のヤクルトのユニフォーム姿は印象がない。近鉄ファンだったボクにとって、鈴木健といえば西武。白地にブルーのラインが入ったユニフォーム姿の印象が強い。もちろん、鈴木といえば背番号は「8」。何食わぬ表情で左打席に構える姿は、相手チームのファンには結構な威圧感をもって見えた。最も活躍したのは97年。読売に移籍した清原和博(PL学園高)の後をうけ4番に座り、打率.312を残してチームを優勝に導いた。常に腰痛などに悩まされ、ひょっとしたら今引退するのは本意ではないかもしれないが、まずはお疲れさま!と言いたい。-------------------------------------------------------鈴木健。埼玉・越谷シニアを経て浦和学院高に進学。甲子園には86年夏と87年夏の2回出場している。まず86年。2年生ながら4番打者を務め、準決勝進出を果たした。3回戦で対戦した広島工高には高津臣吾(亜細亜大、現・ヤクルト)、4回戦で勝利した高知商高には岡林洋一(専修大、元・ヤクルト)らが。そして準決勝で相対した松山商高に3-14で大敗したが、その松山商高には水口栄二(早稲田大、現オリックス)、佐野重樹(元・近鉄)らがいた。87年。初戦の2回戦で尽誠学園高に2-5で敗退した。この時、尽誠学園高には伊良部秀輝(元・ロッテ)や佐伯貴弘(現・横浜)がいた。-----------------------------------------------------鈴木健、高校時代は83本の本塁打記録保持者(当時)であり、俄然プロ球界から注目されるスラッガーだった。現在の記録保持者はもちろん、87本塁打の中田翔(大阪桐蔭高)。いつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.26
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彼のフランス・ボルドーの地に「ジャポン」コールが響いた。スコア5-12、7点差を追うジャパン。ゴールライン付近に迫るものの、どうしてもトライを奪えない。だが後半43分、CTB・平浩二(同志社大-サントリー)がカナダのディフェンスをかいくぐってのトライを果たす。スコア10-12。圧倒的なプレッシャーに包まれながらも、難しい位置から大西将太郎(同志社大-ヤマハ)が冷静にコンバージョンを決め、同点に追いつく。「トライを決めた瞬間、みんなが喜んでいたけど冷静になるように務めた。蹴った瞬間、ボールの軌道を見てゴール成功がわかったので、みんなの笑顔を見たくて急いでみんなのもとに走って行きました」(大西)その瞬間、ノーサイド。ジャパン、勝てなかったけど負けなかった。その昔、対ジンバブエ戦で1勝して以来の「負けない」試合だった。抱き合って喜ぶ選手たち。その瞬間、スタンドでは再び「ジャポン」コールが沸き起こった。J-SPORTSの実況は涙声、解説の小林深緑郎さんも涙声。-------------------------------------------------------------引き分けで喜んでちゃダメだよ、これまでの3戦はすべて負けているんだし。なんて声も一方ではあるだろうけど、後半20分頃からは無意識のうちに胸に手を当てて見入ってしまい、ギリギリで引き分けに持ち込んだことにボクは感動したいつもジャパンの試合を斜めから見る気(け)があるけれど、ボクにとって、今日の試合は格別だった。こんなに緊張して見たジャパンの試合、たぶん初めてかもしれない。それだけ、選手たちの気迫を画面を通じて感じ取ることができた。いつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.25
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早稲田大・斎藤佑樹(1年・早稲田実)、法政大を相手に完投勝利を収めた。中1日の先発で、一昨日のリベンジを見事に果たした。早大 210 100 302 =9 法大 001 000 000 =1 <斎藤佑樹、今日の成績>9回、被安打5、奪三振9、与四死球3、自責点1。試合後の勝利インタビュー。「前回の投球は身体が開くのが早かったので、それを矯正しました」。少し強張った表情でボソボソと答えていたが、今日2安打を放った打撃に話を向けられると一転して笑顔に。「法政戦では、なぜか打てるんで・・・」そう、春季リーグでも法政戦でよく打っていた。ボクはたまたま神宮球場でその試合を観戦していたから、斎藤のバッティングをよく覚えている。-------------------------------------------------------一昨日の法政大、斎藤佑樹を見事に攻略した。法政ベンチの”読み”はこうだった。「ピンチになると変化球が多くなる」「低めの変化球(ツーシーム)は、見極めろ」そして「直球は怖るるに足らず」その狙いは(あくまで素人の予想だけど)、これまでの斎藤の生命線である「ボールに外れる変化球」を徹底して見極めることで、投球の幅を狭くさせストライクゾーンに球を多く投げさせようということだろうか。その試合では作戦が奏功したが、今日はまるでダメだった。斎藤の高低差の大きい変化球を、法政の各打者はバットをブンブン振りまわしていたように見えた。法政大・金光興二監督が「優勝回数42回(リーグNo.1)の法政のプライドを見せろ」と檄を飛ばしたが、それが空回りした格好。さらに立教大戦に続き勝ち点を失ったことで、優勝戦線からの完全脱落が決まり、東大との最下位争いが濃厚となった。どうした、法政???いつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.25
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東京六大学野球、早稲田大・斎藤佑樹(1年・早稲田実)だけを書いている場合じゃなさそうだ。慶應義塾大-明治大戦が大変なことになっている。第1戦 9月22日(土)慶應大 001 000 003 =4明治大 002 200 000 =4第2戦 9月23日(日)明治大 000 000 000 =0 慶應大 001 000 00X =1第3戦 9月24日(月)※延長12回慶應大 002 000 000 000 =2 明治大 000 000 200 000 =2 3試合を消化して慶應の1勝2分け。------------------------------------------------------今日の試合、先制点を叩きだしたのは慶應大の9番打者・漆畑哲也(2年・慶應高)。走者を二塁に置き、明治大・久米勇紀(4年・桐生一高)がカウント2-2から投げた直球。捕手は内角に構えていたが、逆球で外角に行ったボールを漆畑は右中間に弾き返し、二塁走者が生還した。一気に三塁ベースに駆け込んだ漆畑。二度三度と、遠慮がちに三塁側ベンチに右手にコブシをつくり、小さなガッツポーズを作って見せた。漆畑哲也。05年、慶應高の主将としてセンバツで甲子園に出場している。チームのエースは、いうまでもなく中林伸陽(現・慶應義塾大2年)。慶應旋風を巻き起こしたのは記憶に新しい。----------------------------------------------------------漆畑選手の出身は埼玉。2歳年上の兄・雅彦氏の影響を受けて野球を始めた。中学時代は兄のいる越谷シニアに所属していた。今から遡ること8年前、99年のシニアリーグ全国大会。漆畑本人はバット引きの役回りだったが、兄は越谷シニアの投手としてマウンドに立っていた。そして相手チームのエースとして、相対していたのは現・慶應大の青池悠五(4年・静岡高)。漆畑と青池、不思議な縁で慶應大でチームメイトになった。(「慶大野球部ブログ」内、漆畑哲也選手の日記より引用)-----------------------------------------------------------最後に。兄の漆畑雅彦氏のこと。現在、中央大学準硬式野球部に所属しているらしいが、浦和学院高時代は2度、甲子園に出場している。03年のセンバツ。三回戦に勝ち進んだが、智弁和歌山高に延長12回の末、6-7で敗退した。この時、先発投手でありサヨナラ打を放ったのは、智弁和歌山・本田将章。現在、早稲田大の遊撃手を務めている。ちなみに、当時の浦和学院高エースは、現・日本ハムの須永英輝だった。いつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.24
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目下、東京六大学リーグで春から5連勝中だった斎藤佑樹(1年・早稲田実)、今日の法政大2回戦に登板した。だが、序盤から常にイニングの先頭打者を塁に出すなど、なかなか安定しない。そして4回。先制点を奪われたあと、法政大の7番・田川輝彦(4年・広島商高)に一塁線を破る二塁打を打たれ、決勝点となる2点目を失った。<今日の斎藤の成績>投球回数6回、被安打9、奪三振3、与四死球1、自責点2。「いまは頭の中がパニックの状態で、まだ整理できていない」これまで築いてきた「不敗神話」が潰え、試合後のインタビューで、斎藤佑樹はそう答えていた。123456789計早稲田大0000010001法政大00020000×2勝利投手は、法政大のエース・平野貴志(4年・桐蔭学園高)。久々に先発・完投し「復活」の兆しを見せた。打のヒーローは田川輝彦。広島商高1年生の時、三塁手として2002年センバツで甲子園に出場した。一回戦で樟南高を6-3、二回戦で鵡川高を1-0で破り、3回戦に進出したものの、鳴門工高に1-19で大敗した。また、この田川。高校時代に早稲田大の上本博紀(3年)がいる広陵高と対戦したことがある。それは02年夏の広島県大会・決勝戦。広陵 000 003 204 =9 広商 001 300 001 =5 田川は4番・三塁手で出場、4打数2安打2打点とひとり気を吐いたが、甲子園は叶わなかった。一方の上本は7番・二塁手として、この決勝に出場していた。当時、広陵のエースは西村健太朗(現・読売)だった。いつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.23
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東都大学野球。一昨日の20日、1勝1敗で星を分けた國學院大-青山学院大の第3戦が行われた。國學院大の先発は1年生エースの村松伸哉(光星学院高)ではなく、高橋広志(3年・山本学園高)。だが制球が悪く打者5人に対して2四球にワイルドピッチもあり、被安打0ながら自責点2で2回早々に降板。急きょ登板した2番手・左腕の磯崎大輔(4年・日大鶴ケ丘高)もまったくダメ。打者4人に3四球(押し出し含む)、自責点1。堪らず國學院大・竹田利秋監督は、村松伸哉をマウンドに上げた。すでにこれまで駒澤大、東洋大に勝ち点を失っているため、このゲームを絶対に落とすわけにはいかない。2回途中からの村松登板は、そうした竹田監督の意欲の表れだった。青学大 120 000 000 =3 國學大 010 004 00x =5 今シーズン、0勝4敗で勝ち星のない村松。あまりに早い救援登板にもかかわらず9回までのロングリリーフを見事にこなし、自らの初勝利とチームに初勝ち点をもたらした。7回2/3、被安打1、与四死球1、奪三振10、自責点0。完璧な投球だ。でも、救援直後は投球に「力(りき)み」が見られた瞬間があった。それは2回、二死走者二・三塁の時。青山学院大の打者は2番・加守田隆介(2年・青森山田高)。フィニッシュではスライダーで空振り三振に斬って取ったものの途中、肩に力が入り大きく外れる直球があった。-------------------------------------------------------------村松の光星学院高と加守田の青森山田高。青森県内においては甲子園を狙う強豪どうしであり、双壁である。調べてみたら、村松が2年(当時)、加守田が3年(当時)の05年。春と夏の青森県大会で両高は相対している。春は春季県大会の決勝。村松が先発したものの、5-6で敗戦。そして夏も県大会決勝で戦った。村松は3番手投手としてマウンドに立つものの、結局1-8で大敗。甲子園への道は絶たれた。この試合、加守田は青森山田高の捕手として試合に出場している。バッテリーを組んでいたのは、エース・柳田将利(現・ロッテ)だった。-------------------------------------------------------------審判の判定に激高したり、制球にこだわらずダイナミックな投球フォームを見せる村松。強烈な「負けず嫌い」な男なのかも?大学に進んでも青森山田・加守田に強烈なライバル意識を持っていたのかもしれない。ボクは勝手にそんな仮説を転がしてみた。いつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.21
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ヤクルト・古田敦也監督兼捕手が監督も現役も辞めるという。今日、本人が記者会見を開いて涙を見せた。ボクは、この人に元々興味はない。ただ、このニュースに関心をもったのは、後任の候補者たちの中にこの名前を見つけたから。---------------------------------------------------------その名は、荒木大輔(早稲田実-ヤクルト-横浜)。記事を見て、荒木監督というのも面白いなぁと、そう思った。現在は西武の投手コーチ。そして荒木を語る上で欠かせないのは早稲田実1年生の時。80年夏の甲子園の思い出。予選中に故障したエースに代わり、背番号「11」をつけて甲子園に出場。あれよあれよという間に勝ち進み決勝に進出。対戦したのは、エース・愛甲猛を擁する横浜高。結局、スコア4-6で優勝を逃すものの、端正なマスクと相まって「大ちゃんフィーバー」が巻き起こった。その様は、昨夏の斎藤佑樹フィーバー」と比べても、まるで遜色なかった。当時、荒木のチームメイトには、後に西武に入団する石井丈裕(法政大)、早実時代に名二塁手として名を馳せた小沢章一(故人・早稲田大)などがおり、なんと荒木は高一の夏から高三の夏まで5回連続で甲子園に出場した。最後の甲子園出場になった82年夏は、準々決勝で畠山準、水野雄仁らを擁する池田高校と対戦したが、2-14で敗退した。----------------------------------------------------------来季、荒木の監督姿を見てみたい。いつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.19
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アサヒ・ドット・コムを読んでいたら、朝日新聞記者・井上明氏のコラムが紹介されていた。今年、「プロ志望届」を提出した高校生は105人。今回は高校通算87本塁打を放った中田(大阪桐蔭)や甲子園で155キロをマークした最速右腕の佐藤由らが注目される。大学、社会人に先駆けて行われる分離ドラフトも今回が3年目。昨年は103人の届け出で、指名を受けたのが33人。05年は112人に対し指名が38人。04年に指名されたのは24人と狭き門に変わりはない。 ----------------------------------------------------------※井上明氏昭和44年夏の甲子園・決勝。太田幸司を擁する三沢高校を決勝再試合の末に破り、全国制覇した松山商高の優勝投手。大学卒業後、朝日新聞の記者になった(ようだ)。----------------------------------------------------------コラムによると、高校生が「プロ志望届」を出しても約3割ぐらいしか指名を受けることはないらしい。結果、残りの7割は別の道を進まざるを得ない。たしかに「狭き門」だ。今年のドラフト---。だいぶ以前の日刊ゲンダイによると、高校生では次の3人がズバ抜けているものの他は小粒。一方の大学・社会人は「不作の年」だと書いていた。(高校生)仙台育英高・佐藤由規成田高・唐川侑己大阪桐蔭高・中田翔そして、その後に行われる社会人・大学生ドラフトでは、とあるスカウトがこう呟いたと記事に書いていた。「今年の社会人と大学生は一握りの選手以外に欲しい選手がいない。だから、1位指名のクジを外したら以降はだれも指名しないよ」と。記事には、その一握りの選手名が書かれていなかったが、推測するとこういった選手たちのことだろうか。慶應義塾大・加藤幹典(川和高)東洋大・大場翔太(八千代松陰高)ENEOS・田沢純一(横浜商大高)これ以外の選手名をボクは思いつかない。法政大・平野貴志(桐蔭学園高)、日体大・小笠原ユキオ(日章学園高)、日本生命・下敷領悠太(法政大)らは・・・?首都圏以外はまったくわかりません、ハイ。いつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.17
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全国各地では高校野球・秋季地区大会がはじまっている。茨城では、このほど常総学院高の監督に復帰した木内幸男氏が久しぶりに指揮をとり、6回コールドで勝利し、まずは復帰後の一勝を挙げた。この夏の甲子園まで、常総学院高の監督は持丸修一氏だった。だが、甲子園には出場しても、なかなか上位進出を果たせないため、それまで総監督だった木内氏が復帰した。齢(よわい)77歳の木内氏、厳しい高校野球の世界にまたも身を投じるとは、まさに意気軒昂ではある。木内幸男氏。1953年、茨城・土浦一高の監督に就任し、高校野球に賭けた半生がスタートする。以降、数々の実績を打ちたてたのは周知のとおり。甲子園出場20回、甲子園通算成績57戦40勝17敗(甲子園通算勝利数監督歴代 3位)全国制覇3回、全国準優勝2回まさに名将、である。ちなみに土浦一高時代の教え子に、元・阪神監督の安藤統男氏がいることを知り、ボクはちょいと驚いた。---------------------------------------------------さて、昨日の常総学院高。先発投手は、島田隼人投手(2年)。日本ハムや横浜などで投手をしていた島田直也氏(常総学院高)の長男。木内監督、過去には島田父の指導もしており、父子に対しての評価を話している。「親父は横に曲がるスライダーがよかったが、息子は落ちるスライダーがいい」(スポーツニッポン)----------------------------------------------------最後に。高校生の「プロ志望届」が締め切られた。今年は105人の提出があったようだ。ボクが興味をもったのは、プロ志望届を出すだろうと思っていたのに、提出せず大学に進学する選手たちのこと。帝京高・垣ヶ原達也 → 青山学院大広陵高・野村祐輔 → 明治大高知高・森田将之 → 近畿大浦和学院高・鮫島勇人→ 東洋大(スポーツニッポン・日刊スポーツより一部引用) いつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.16
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第32回全日本クラブ野球選手権。24時間テレビで完走を果たした「欽ちゃん」こと萩本欽一監督率いる茨城ゴールデンゴールズが、決勝でNOMOベースクラブを破り優勝した。これまでタレント・山本圭壱の問題とか、それを引き金にしたチームの解散問題とか、いろいろな問題を抱えていた。これらの問題が噴出するだいぶ以前、欽ちゃんはこんなことを言っていた。「みんな一生懸命に練習をしていて、確かに強くなっている。でも一番(優勝)になるには、一番になる物語があるんだよね」「いくら練習したってダメなんだよ。そこには必ず人間の物語があるんです。ウチのチームは一生懸命に練習して上手くなってるんだけど、まだ物語がないんですよ」今年の大会、茨城ゴールデンゴールズは、とりあえずクラブ野球選手権の優勝を果たした。ということは、これまで抱えた問題を乗り越えたことが「物語」だったのかもしれない。さらに欽ちゃんが24時間テレビで果敢にマラソンに挑戦したのは、物語に強引に「色」を添えたかったのかもしれない。---なんて、ボクは無謀な挑戦の動機を深読みをしてしまった。-----------------------------------------------------------優勝投手は北野偉也。決勝戦では9回を完投し、被安打1、与四死球1、奪三振2、自責点0。見事な投球だった。北野の大阪桐蔭高時代、02年夏の甲子園に背番号「13」をつけて出場した経験がある。だが、一回戦で東邦高と対戦し3-5で敗退した。高校時代のチームメイトには、現・ロッテの西岡剛がいた。 そういえば、茨城ゴールデンゴールズにはシーケル仁平こと仁平翔投手もいた。常総学院高時代、背番号「11」をつけて03年夏の甲子園に出場し、見事に優勝を果たした。決勝の相手は白河越えを狙ったダルビッシュ有を擁する東北高。この優勝を最後に名将・木内幸男監督は勇退。チームメイトには、現・阪神の坂克彦がいた。いつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.16
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今日の東京六大学、東京大-明治大。東京大、ひょっとしたら勝てたかもしれなかった。春季リーグ、法政大と引き分けに持ち込み、勝ち星までもう一歩という試合があったが、今日だって惜しかった。東大 000 000 003 0 =3 明大 000 010 002 1x=4 スコア3-3で迎えた延長10回。明治大、サヨナラ打を打ったのは今シーズンから4番に入った佐々木大輔(3年・日大三高)。一死走者二塁。カウント2-3のフルカウントから東京大・三宅孟投手(4年・城北高)が投げたフォークを、佐々木が巧くバットですくい上げ、打球はレフトの頭上を越えた。佐々木大輔。日大三高から、いわば「鳴り物入り」で明治大に進学した。だが、大学一年のころは木のバットに代わり、完全に調子を崩してしまい、野球をやることが楽しくない時期があったらしい。そういった苦難を経ての今日の4番奪取だった。高校3年の夏、甲子園に出場している。2回戦では、前田健太(現・広島カープ)を擁するPL学園高を破り3回戦に進出した。が、この大会で優勝した駒大苫小牧高にスコア6-7で敗退した。高校時代のチームメイトには、同じ明治大に進んだ千田隆之や秦祐太。そして中山怜大(現・立教大)、松島侑也(現・法政大)、浅香明生(現・日本大)らがいた。いつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.15
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今日のヤクルト-読売戦。さきほど帰宅してスポーツニュースを見た。スコア2-6の4点ビハインドで迎えた、ヤクルト最終回の攻撃、読売の投手はクローザーの上原浩治(東海大仰星高-大阪体育大)。※ラグビー日本代表だった大畑大介と高校時代のクラスメイトヤクルト、一死一・二塁の好機に川本良平が右打席に立つ。そして上原の3球目・カットボールを叩いた打球はライトスタンドに飛び込み、1点差に迫った。(だが、ヤクルトの反撃もここまで。結果、6-5で読売が勝利)YG 302 000 001 =6 YS 000 000 023 =5 ボクは川本良平という選手を初めて知り、さっそく調べてみた。崇徳高から亜細亜大を経て、04年にドラフト4巡目でヤクルト入りした(同期の1巡目は早稲田大・田中浩康)。入団から3年間は鳴かず飛ばずで過ごしたが、福川将和(大体大浪商高-東農大生産学部)の故障で、今年7月から一軍に登場。「ポスト古田」として売出し中の選手らしい。亜細亜大時代、現・ホークスの松田宣浩(中京高-亜細亜大)とチームメイトだった(川本が一学年上)。松田は主に3番打者、川本は5~7番あたりを打っていたようだ。そして、まだ2年生のとき、第31回日米大学野球選手権大会の日本代表選手に、内野手として選出されている。この時のメンバーが凄い。「松坂世代」と呼ばれる選手たちが4年生選手としてゾロゾロいた。以下、主要選手。【投手】和田 毅(早稲田大4年、浜田高。現・ホークス)川島 亮(八戸大3年、千葉経大付高。現・ヤクルト)久保裕也(東海大4年、沖学園高。現・読売)木佐貫洋(亜細亜大4年、川内高。現・読売)【捕手】絵鳩隆雄(創価大4年、創価高)※江戸川南シニアで松坂大輔とバッテリーを組んだ小山良男(亜細亜大4年、横浜高。現・中日)※横浜高時代、やはり松坂大輔とバッテリーを組んだ【内野手】村田修一(日本大4年、東福岡高。現・横浜)後藤武敏(法政大4年、横浜高。現・西武)※横浜高時代、松坂大輔とチームメイ田中浩康(早稲田大2年、尽誠学園高。現・ヤクルト)鳥谷 敬(早稲田大3年、聖望学園高。現・阪神)松田宣浩(亜細亜大1年、中京高。現・ホークス)小谷野栄一(創価大4年、創価高。現・日本ハム) ※江戸川南シニアで松坂大輔とチームメイトいつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.11
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また早稲田大にスゴイ1年生投手が現れた。今日の対東大第2戦。おおかたの予想では、早稲田大の先発は、右のエースナンバーをつける須田幸太(3年・土浦湖北高)のはずだった。ところが、須田を押しのけて先発のマウンドに上がったのは大石達也(1年・福岡大大濠高)。リーグ戦は初登板だ。高校時代、甲子園の経験はないが、145km右腕として、早くからプロ球界に注目された投手だった。123456789計東京大0000010001早稲田大10080001×10今日、テレビで初めて大石投手を見た。いやはや、スゴイのなんのって 驚いた ストレートは普通に140km台後半を投げていた。途中でテレビ中継は終わったので、以降はよくわからないが、今日の成績を調べてみた。5回、被安打1、奪三振7、与四死球0、自責点0。東京大相手のため、参考程度の記録でしかないがまたまた楽しみな投手が早稲田に現れた。いつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.09
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立教大-慶應義塾大の第2戦。■慶應義塾大 4-3 立教大(延長10回)■立教 000 001 110 0 =3 慶應 000 000 021 1x=4 昨日負けて、どうしても今日は落とせない慶應の先発は中林伸陽(2年・慶應高)。高校時代は、甲子園に旋風を巻き起こした左腕。その中林、終盤に五藤崇史(4年・岐阜高)から本塁打を浴びるなど3点を失うと、すかさず昨日先発した加藤幹典が救援。9回裏には自ら同点となる適時打を叩きだした。そして3-3の同点で迎えた延長10回裏、5番・青山寛史(1年・関西学院高)が左中間越えの適時打を放ち、サヨナラ勝ちを決めた。この試合の注目選手は、立教大の先発・仁平昌人(1年・日大鶴ケ丘高)。高低差の大きいスライダーを駆使して慶應打線を途中まで翻弄し続けた。この仁平昌人、昨夏の高校野球・西東京大会。準決勝まで駒を進めたが、斎藤佑樹(現・早稲田大1年)を擁する早稲田実と対戦し、4-5でサヨナラ負けを喫した。昨夏の甲子園決勝・早稲田実-駒大苫小牧高は、家族とともにテレビ観戦したという。そして、その時に斎藤佑樹をライバルと改めて意識し、大学でも戦いたいと強く思ったようだ。(アサヒドットコム)いつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.09
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東京六大学野球、慶應義塾大-立教大の1回戦。■立教大 2-1 慶應義塾大(延長10回)■慶應 010 000 000 0 =1 立教 000 000 001 1x=2 慶應・加藤幹典(4年・川和高)、立教・松村裕二(4年・聖望学園高)。慶應・加藤の成績。9回、被安打9、奪三振11、与四死球1、自責点1。スコア1-0と慶應がリードで迎えた9回裏。立教の6番・東邦顕(4年・八千代松陰高)、短くもったバットを加藤の直球にうまく合わせる。打球はライナーでセンター前に飛ぶ適時打となり、土壇場で立教が同点に追いついた。そして、続く延長10回裏。再び立教の攻撃。四球や盗塁で二死一・三塁のチャンスを迎え、4番・五藤崇史(4年・岐阜高)が、慶應の2番手投手・相澤宏輔(3年・熊本高)から二遊間に飛ぶ人工芝ヒットを放ち、三塁走者が生還。サヨナラ勝ちを決めた。マウンド上で肩を落とす相澤。投手としては完全に打ち取った打球だっただけに、悔しさがその表情に表れていた。--------------------------------------------------同点打を放った立教・東邦顕、八千代松陰高時代はプロ注目の東洋大・大場翔太(4年)とバッテリーを組み、甲子園を目指していた。だが、3年生の夏(03年)は千葉大会準々決勝に駒を進めたものの、志学館高に1-2で敗れた。いつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.09
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3-91の大敗。たぶん、世界中が予想していたとおりの結果なんだろう。ワラビーズの攻めが圧倒的だったことは予想できた。ジャパンのディフェンスがズタズタになることも予想できた。期待したのは、八方塞がりでのジャパンの攻め手。SO小野晃征(クライストチャーチ高)の高速キックでのパスで活路を見出すという報道があって、ボクはそれに期待していた。小野に限らず、キックパスが何度か繰り出されたが、バックスがまるで反応していなかった。解説の清宮克幸氏は言っていた。「意思の統一が図れていない」。見ていてガックリだった。後半20分過ぎには、夜中ということもあり途中で寝てしまった・・・。話題は変わるけど。早稲田大時代の矢富勇毅(ヤマハ)を見て、ボクはワラビーズのSHグレーガンを思い出したことがある。同じスキンヘッドで、同じポジション。矢富はグレーガンのファンなんだろうか? だとしたら、今日のビッグゲームで相対して、何か感じることはあったかな?いつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.09
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東都に続き、東京六大学野球・秋季リーグが今日開幕した。開幕戦は早稲田大-東京大。早稲田大の開幕投手は、大かたの予想どおり斎藤佑樹(1年・早稲田実)。ボクは神宮球場でこのゲームを観戦した。秋季リーグとは名ばかりで、とにかく暑かった。東京地方の今日の気温は33℃。そして試合前、スタメンのアナウンス。「9番、ピッチャー 斎藤」と伝えられると、スタンドからは「ウォーッ」と歓声が上がった。佑ちゃん人気、まだまだ衰えず・・・だ。123456789計早稲田大2020130109東京大0000000011---------------------------------------------------この秋季リーグ、斎藤佑樹の課題はハッキリしていた。それは「5勝(春から通じて9連勝)」と「パワーのある直球」。結果から言うと、格下の東大を相手に直球を中心に攻め、無難に勝利したといったところ。投球回数7回、被安打3、奪三振7、与四死球1、自責点0。安打を3本打たれたものの、その内容はどれも完璧に捕らえられたものではなかった。特に、4番・大坪誉博(3年・芝高)が7回に放った右翼越えの二塁打。斎藤は今日、直球中心の投球だったが、大坪には変化球を投げることが多かった。大坪はタイミングが合わず凡打を繰り返していた。安打が飛び出した7回の打席も、まったくタイミングの合わない空振りをした後、たまたま振り遅れで当たった力のない打球が、右翼手の頭をフラフラっと越えた・・・、そんな感じに見えた。---------------------------------------------------------テレビのニュースでは、相変わらず斎藤を褒めちぎっていた。実際のところ、東大相手の投球で評価するのも腑に落ちない。次の法政大戦で、ホントの実力が現れるんじゃなかろうか。とまれ、1年生投手として春秋連続で開幕投手、かつ連続勝利投手となったのは80年ぶりの快挙だという。まずはメデタイ、メデタイいつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.08
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今日の読売-中日戦。1-1の同点で迎えた延長12回。読売は二死満塁のチャンスにルーキーの坂本勇人が代打で登場。プロ初安打となる2点適時打を放って勝ち越した。読売 000 000 010 002 =3 中日 000 100 000 000 =1 スポーツニュースを見て、あとで知ったこと。相手の中日・ 高橋聡文(高岡一高)が投げた真中近くへの直球。絶好球に見えたが、なぜか見逃した坂本。その直後、ベンチを飛び出した原辰徳監督(東海大相模高-東海大)が坂本を呼び、笑顔で耳打ちをした。「とにかく真っすぐを打て」坂本、その言いつけを守り5球目を叩き、決勝打を放った。後から調べると、5球すべてが直球だった・・・・中日は川上憲伸(徳島商高-明治大)が終盤追い付かれ、12回は継投が裏目に出た。-------------------------------------------------坂本勇人。 兵庫・伊丹シニアリーグを経て、青森の光星学院高に進学した。日米大学野球のMVP男・村松伸哉(國學院大・1年)や桑鶴雄太(東北福祉大・1年)らが高校時代のチームメイト。昨年、彼らが高校3年の時、センバツで甲子園に出場している。1回戦で対戦したのは、ダース・ローマシュ匡投手(現・日本ハム)を擁する岡山・関西高。光星学院の先発は、エースナンバーをつけた桑鶴。二番手で背番号「10」をつけた村松が救援し、最後に再び桑鶴がマウンドに立ったものの、4-6で初戦敗退した。<2006年3月25日> 関西 000 014 010 =6 光星 100 001 020 =4 そして坂本、昨秋の高校生ドラフトで読売から1位指名を受け入団した。今日のゲームは、まだ4試合目の出場機会だった。いつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.06
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8日に開幕する東京六大学野球、第一試合は早稲田大-東京大。注目されるのは、早稲田大の開幕投手。サンケイスポーツは、こう伝える。「早稲田・應武篤良は『頭の中では決めている』と話した」と。たぶん。春季リーグ戦で1年生ながら開幕投手を務めた斎藤佑樹(1年・早稲田実)が、春夏連続の開幕投手であることは疑いない。数日前、斎藤の身体全体を写した写真がスポーツ新聞に掲載されていた。それを見て驚いたのは、斎藤の下半身が一回り大きくなっていたこと。斎藤は言う。「スピードを上げること、強い球を投げることを意識して練習してきた。下半身をいじめ抜いてきた。春とは違った斎藤佑樹を見せられたらいいと思います」このブログでも以前書いた。斎藤の弱点は、直球にパワーがないこと。できれば開幕戦、神宮球場に観に行きたい。いつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.06
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昨日の続き。スコアはこちら。東都大学野球、東洋大-國學院大の第3戦。今日になって詳細が少しわかった。國學院大に完封勝利した東洋大・大場翔太(4年・八千代松陰高)、この勝利で春季シーズンから10連勝を達成した。見せ場はスコア1-0の1点リードで迎えた8回。無死満塁のピンチを招いたものの、國學院の後続打者を3者連続三振に斬ったシーン。東都リーグの連続勝利記録「11」、大場は記録達成に王手をかけた。尚、その記録保持者は現・ヤクルトの高市俊(青山学院大)。一方の國學院大・村松伸哉(1年・光星学院高)。9回のピッチングで事件が起きた。村松が投げた球。それを東洋大の打者が空振りした後に、打者の足に球が当たった。当然ストライクをコールされるはずが、なぜか「デッドボール」の判定。それを聞いた村松、マウンド上で激高。グラブを叩きつけて主審に歩み寄る。慌ててベンチを飛び出した國學院大・竹田利秋監督。村松を後ろから抱きついて抑え、どうにか事態は収束した。(その後に審判団が協議し、「ストライク」に判定が変更された)大学野球では珍しい「退場処分」に発展しそうな雲行きだったようだ。-------------------------------------------------------------大学野球の「退場」というか「乱闘」で思い出すのは、97年10月14日。東京六大学リーグの明治大-立教大4回戦。テレビのスポーツニュースでは繰り返し、そのシーンが放映されたから、なぜかボクはよく憶えている。たかがタッチプレーがきっかけになり、アマ史上最悪といわれる大乱闘に発展した。明治の選手5人が立教の選手に集団で暴行を加え、終いにはパトカーまで出動する事件になってしまった。このことにより、明治大の野球部部長と総監督が引責辞任。暴行した5選手は、そのシーズンの謹慎処分を受けた。その当時の明治大・主将は川上憲伸(現・中日)。ベンチには、下級生の現横浜・木塚敦志(浦和学院高)もいた。いつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.04
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今日の東都大学野球。昨日まで1勝1敗で星を分け合った國學院大と東洋大の第3戦が行われ、東洋大が3-0で勝利し勝ち点1を挙げた。投手は、東洋大が星野ジャパンの大場翔太(4年・八千代松陰高)。そして國學院大が、日米大学野球のMVP男・村松伸哉(1年・光星学院高)。一昨日行われた第1戦と同じエースどうしのガチンコ対決だ。123456789計東洋大0010000023國學院大0000000000東洋大の大場、調子が良かったのか悪かったのか?投球回数9、被安打9、与四死球3、奪三振13、自責点0。國學院大にとっては終盤にチャンスが多かったが、あと一本が出ず、残塁の山を築いたようだ。一方の國學院大・村松。投球回数9、被安打7、与四死球2、奪三振7、自責点3。決して悪い内容には見えないが、東洋大の2番打者・林崎遼(1年・東洋大姫路高)と7番打者・大野奨太(3年・岐阜総合学園高)の2本の本塁打の前に撃沈した。----------------------------------------------------------------3回に本塁打を放った林崎遼、まだ1年生の「ハンカチ世代」。昨夏の甲子園に出場、甲府工や桐生一高を破って準々決勝に進出し、駒大苫小牧高と対戦した。2006年8月17日<準々決勝>東洋大姫路 200 200 000 =4 駒大苫小牧 000 004 10x =5 この試合、林崎は駒大苫小牧高・田中将大(現・楽天)から本塁打を放って、高校野球ファンにその存在をアピールした。そして、甲子園が終了後に始まった日米親善高校野球の代表に現・早稲田大の斎藤佑樹(1年・早稲田実)らとともに選出された。-----------------------------------------------------------ちなみに今日の東洋大-國學院大。國學院大の6番打者・中澤竜也(1年)。駒大苫小牧高の出身で、昨夏の甲子園で林崎と相対していた。また、日米親善高校野球の代表選手に選ばれ、林崎とチームメイトも経験した。いつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.03
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引き続き、今日の東都大学リーグ。第1試合・駒澤大-亜細亜大の第2戦。駒澤大が8-1で勝利、亜大に連勝して勝ち点を挙げた。123456789計亜大0000000011駒澤大01400120×8駒澤大・9番打者は林裕也。05年夏、甲子園決勝で京都外語大西高を下し、2連覇を達成した時の駒大苫小牧高の主将。05年8月20日<決勝> 京都外大西 100 000 200 =3 駒大苫小牧 100 011 20x =5 林はこの試合、トップバッターだった。3番は現・國学院大の辻寛人、4番は現・亜細亜大の本間篤史。この時の先発投手は松橋拓也、現在は明治大に在籍している。そして、2番手でマウンドに立ったのは田中将大(現・楽天)だった。その前年、駒大苫小牧高は決勝で愛媛・済美高を13-10で破り、連覇街道がはじまった。当時の主将は現・駒澤大の佐々木孝介。そして、その時を起点にして、昨年の早稲田実との伝説の決勝引き分け再試合へと続く。---------------------------------------------------------もうひとつ。同じ駒澤大、今日の亜細亜大戦に先発し勝利投手となった河村光速(埼玉栄高)。03年秋季大会では、翌春のセンバツをかけて関東大会に出場した。だが、準々決勝で土浦湖北高と対戦し3番手で登板したものの4-6で敗戦。センバツ出場の夢は絶たれた。夢を砕いた土浦湖北高のエースは現・早稲田大の須田幸太。高校時代のチームメイトだった三戸貴正は現在、河村と同じ駒澤大に進学している。いつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.02
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今日の東都大学リーグ。第2試合の東洋大-國學院大。國學院が4-3(延長10回)で昨日の雪辱を果たし、勝ち点は明日(3日目)に持ち越された。東洋大・大場翔太(4年・八千代松陰高)は、延長10回途中に3番手で登板。1/3回を投げた。球数 8、打者 2、被安打 1、奪三振 1。勝敗はつかなかった。そして、第3試合の立正大-青学大戦は、青学大が4-3で立正大を破り、勝ち点を挙げた。123456789計立正大0020001003青学大00220000×4立正大の7番・越前一樹(1年)と青学大の7番・下水流昂(1年)は横浜高時代のチームメイト。昨夏の甲子園に一緒に出場している。06年8月6日。甲子園開幕の初日、第3試合。大阪桐蔭高と対戦した好カードだったが、スコア6-11と予想外の大敗を喫した。横浜 100 010 013 =6 桐蔭 000 200 45X =11 2-2の同点で迎えた7回。大阪桐蔭は長打を絡めて横浜を突き放し、8回には謝敷正吾(現・明治大1年)、中田翔(現・大阪桐蔭高3年)の連続本塁打などで5点を加え、勝負を決めた。打力で神奈川県大会を勝ち抜いてた横浜高、バントミスや失策が相次ぎ「打撃のチーム」が完全に裏目に出た。この試合、横浜高の先発はエース・川角謙。昨秋のドラフトでプロに行くかも?との噂もあったが、現在は下水流と同じ青学大の1年生。背番号「15」を着けているようだ。-------------------------------------------------------------もうひとつ。今日の立正大戦、4回に2点本塁打の決勝打を放った青学大の9番打者は日置和宏。埼玉にある栄東高の出身(埼玉栄高とは違う)。日置が高校3年だった04年、進学高の栄東高は快進撃を続けた。3回戦では、優勝候補のひとつ春日部共栄高もなぜか(失礼!)破り、準々決勝まで進出した。さすがに浦和学院高には0-11(5回コールド)で大敗したが、日置は2番手として、その試合に登板していた。いつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.02
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今日は人間ドックを予約せずに、神宮球場に行くべきだった。東都大学リーグ、今日開幕した。開幕試合の東洋大-國学院大戦は、注目投手どうしの競演が見られたようだ。星野ジャパン(北京五輪テスト大会)で活躍した大場翔太(東洋大4年・八千代松陰高)と、日米大学野球でMVPを獲得した村松伸哉(國学院大1年・光星学院高)の豪華な投手戦だ。123456789計東洋大0000201003國学院大0010010002大場翔太。今秋開かれるドラフトの注目選手。春季リーグ戦では、最高殊勲選手、最優秀投手、ベストナインの3冠を受賞した。村松伸哉。日米大学野球に、1年生投手としては斎藤佑樹(早稲田大)とともに2人だけ選出された。話題は斎藤佑樹のことが先行していたが、フル回転の登板で勝利に貢献した村松がMVPを獲得した。----------------------------------------------------------試合は7回表、小島脩平(2年、桐生一高)の適時打で勝ち越し、東洋大が先勝した。小島脩平。高校2年の春と夏、甲子園に出場。だが、いずれも初戦敗退。春のセンバツは明徳義塾高と対戦したが、スコア0-10で敗れた。明徳の投手には、現・亜細亜大の鶴川将吾、現・早稲田大の松下建太。そして野手には、現・日本大の森岡佑紀らがいた。いつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.01
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今日の午前中、年に1回の人間ドッグに行ってきた。一年前と比べて体重が約6キロ減。だからといって昨年がデブだったというわけじゃない。評価は「やや太り気味」程度。医者からは「よく頑張りましたね」と言われた。ハッキリ言って、ボクは何も頑張っていない。特にこの一年間は、たまにMTBを漕ぐ程度で、スポーツらしきことはやっていない。たまたま、一年前が通常と比べて太っていただけだ。--------------------------------------------------ま、そんなことはどうでもいい。帰宅すると、カミさんがすごい剣幕でまくし立てた。世界陸上・50m競歩に出場した日本の山崎勇喜選手。残り1周になって、スタッフの誘導ミス。山崎はそれを知らずに、最後の力を振り絞ってゴールに向かったものの結局「棄権」扱いにされてしまい、可哀想でしかたなかった。という話だった。慌てて「YOU TUBE」を見た。なるほど、3人のスタッフが揃いも揃って、山崎を間違った方向へ誘導していた。確かに山崎にとっては気の毒なことだ。そして、もっと気の毒なのは世界陸上を独占放送するTBSのホームページに書いてある表現。「競歩の山崎選手、誘導ミスに気づかず」えっ、気づかなかった山崎が悪いんかい?いつもご協力をありがとうございます。人気ブログランキングに参加中です。クリックをお願いします。
2007.09.01
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