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人間として生を受けた以上、死を避けることはできません。ですから、死もまた人生の一部だとして受け入れることです。死から逃れられない以上、無闇に死を恐れるよりも、むしろ親しむべきだと思います。生を軽んじる風潮があるのは、実は死を知らないからだと思います。小さい頃から、死を受け入れ、死と親しむことです。そうすれば、いざ死が近づいてきても、恐怖は遙かに小さいはずです。死と親しむためには、昔のように老人と一緒に生活することです。人間は誰もが老い、そして死んでいく。その姿を子供たちに見せることです。そして、できれば家の畳の上で死を迎えたいものです。無理に命を引き延ばす病院での延命措置は、却って人間の尊厳を傷つけているようにも思われます。いかに安らかに死を迎えることができるか、それをもっと考えるべきではないでしょうか?◆ヒンズー教徒は、死期が近づくとベナレスに行ってガンジス河で身を清め、「死を待つ家」という施設で静かに死を待ちます。その施設では、死ねばガンジス河に流すことによって、魂は神のもとに行き、解脱できると教えます。死期が近づくと、そんな死を待つ家に家族揃って出かけて起居を共にします。そこでは、一切の医療行為は行われず、ただ死を静かに待つだけです。死を迎えた老人は、「ラーマ、ラーマ」と、つぶやくように神の名を唱えます。ベッドに横たわる老人には、常に家族が寄り添い、手を握り、腕や足をなでさすり、聖典を読み、神をほめ讃える歌を歌い、思い出を語り、受けた恩への感謝を述べます。そんな濃密な家族の絆に包まれて迎える死は幸せだと思います。インドでは、死も生も共存しています。聖なるガンジス河の畔では、死体が次々と薪の上で焼かれ、焼かれた灰はガンジス河に流されます。そのそばでは、ヒンズー教徒たちが水に浸り、口をすすぎ、合掌しています。時には、死体が焼かれている地点から程遠からぬ場所で、新郎新婦が僧侶から祝福を受けています。本当の人間の姿を象徴しているように、死ぬ場所と新しい生活を迎える場所とがインドでは共存しているのです。◆今の日本ではどうでしょうか? 核家族になって、老人は子供たちと別々に暮らすことも多くなっています。老人ホームに入る場合もあります。そして、点滴など何本もの管につながれ、医療機器に囲まれて病院で寂しく死んでいきます。そんな状況の中では死に親しむことは不可能です。また、死を恐れるなと言っても難しいことです。インドの現状と日本の現状と、果たしてどちらが人間にとって幸せなのでしょうか?
2006.06.30
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親子の問題は夫婦の関係と無縁ではなく、問題児は問題のある家庭から生まれる。問題児を治そうと思ったら、まず家庭が変わらなければならない、と少年院法務教官や保護監察官などを歴任し、1万件以上の非行相談に携わってきた相部和男さんは仰います。家庭は、子供にとっても息抜きの場所でなくてはならなりません。そのためには、明るく楽しい雰囲気づくりが大切です。子供の前で夫婦喧嘩はしない、子供との約束を守る、子供を比較しない、何でも話し合える関係をつくることです。非行の赤信号が現れてからでは遅く、次のような黄信号の間に対応することが大切です。□ 声をかけないと起きられない □ 学用品や食べ物を粗末にする□ 「メシ」のように単語で要求する □ 注意されるとふくれたり口答えをする□ 家族と一緒に食事をしたがらない □ 後片付けや手伝いができない□ 外で遊ばず家でゴロゴロしている □ 要求が通らないと泣いたり騒いだりする□ 家族との会話が少なくなる □ 病気でもないのに学校に行くのを嫌がるまた、子供をダメにする親のタイプには次のような兆候があります。□ 小さいときに子供をしっかりと抱いてやらず、ミルクなどの人工栄養で育てる。□ 幼児期に溺愛し、大きくなってわがままになってくるとガミガミしかる。□ いつまでも子離れができず、大きくなっても添い寝する。□ 両親の教育方針の不一致や、祖父母などの口出しにより対応がバラバラである。□ 親が真面目で硬くて面白くなく、子供が息抜きできない。□ 成績が上がれば何かを買ってやるなどと利益で子供をつる。□ 「誰々を見習いなさい」などと近所の子や兄弟姉妹と比較する。□ 「あんたのためよ」などと恩着せがましい言葉を必ずつける。□ 「早く起きなさい」「早く食べなさい」などと、朝から子供をせかす。□ 親だから子供に何を言ってもよいと、感情のままに不用意な言葉を投げ付ける。□ 兄弟の片方を優遇したり差別したりする。□ 子供を指導監督したがり、机の引き出しや手紙の類まで検査する。ようは、夫婦仲が良く、夫婦がお互いの役割をしっかりと果たすことです。それには、まずお父さんがお母さんの話を聞いてやり意思の疎通を図ることがスターとなります。
2006.06.29
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単に「頭にきた」から、「ガンをつけられた」からなどという理由で、「邪魔者は消してしまえ」とばかりに単純な行動に走る子供が増えています。(この頃では、大人も同じですが)まるで幼児以下の幼さで、自制心、理性、冷静な判断、良心のかけらもありません。自分の感情のままに行動するのでは、犬猫などの動物と少しも違いません。「弱い者、無抵抗な者に腕力を振ってはならない」と、筋の通った暴力否定を教えずに、何が何でも暴力否定という形式論を押しつけたことが、この頃の家庭内暴力や校内暴力の根底にある。理解力も備わっていない日本人に、民主主義、自由、権利、平等、人権などといった玩具を与えたためである。教育と躾の不在であると笹沢佐保さんは言います。確かに、言うことも聞かない憎たらしい子供にしてしまったのは、幼いころに過保護や猫可愛がりをした親自身の責任です。面倒だから、不愉快な思いをしたくないからと、子供の躾を怠ってきた親は私を含めて多い。友だち感覚の親子はその表れだと思います。そういう親に限って、教師がわが子に体罰を加えようものなら、親の躾がなっていないことを棚にあげて、声を荒げて抗議したりしがちです。本来なら、自分が面倒がって怠っていることを、他人がやってくれたのだから感謝すべきだと思うほどです。◆人間は環境の動物で、普段から慣れ親しんでいるものに染まってきます。子どもの躾や若者のマナーがなっていないのも、周りの大人たちが自ら良い手本を見せてこなかった結果にしかすぎません。親自らが手本となって、子供を人間として育てる心がけが大切です。それには、まず親自身が成熟しなければなりません。とくに、「敬する」ことを、大人自身が身をもって背中で教えることです。「人間と動物を分けるボーダーラインは、たいていの場合「愛」というが、愛はある程度の動物にもある。大切なのは『敬』である。『敬する』というのは、より高いものに対する人間独特の心で、敬するから至らない自分を顧みて恥じる。恥じるから慎み、戒める。この『恥じる、慎む、戒める』ということが主体となるときに道徳心というものが起き、これが人間と動物を分ける限界線である」と安岡正篤さんは言いました。敬の的である父親、愛に満ちた母親のもとで育まれた子供たちには、自然と人間的、人格的な素地が育まれるはずです。とくに、夫婦仲が良く、夫婦がお互いを敬することを背中で教えることです。ところが、多くの家庭では、「お父さんみたいにならないのよ」と子供に言い続けているのだから、子供が父親を敬するはずがありません。
2006.06.28
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誰でも若い間は、心の中では勉強しなければと思っているのだが、つい目先の楽しみに目を奪われて、勉強が疎かになってしまうことがよくあります。私たちには誰にも、お金が欲しい、恋人が欲しい、可愛い洋服が欲しいなどという煩悩があります。勉強しているとき、「ああ、こんな面白くない勉強に苦しむよりも、好きなスポーツやゲームをして遊びたいな」と思うことが誰にもあるはずです。この「遊びたいな」という気持ちも煩悩です。勉強だけでなく、スポーツでも何でも「苦しいな」「辛いな」と思うとき、たいてい「つらいことは願い下げにしたい」という煩悩が心の中に起きます。そこで、「学校の勉強など社会では何の役に立もたない」「走り込みや階段登りなどして何の役に立つのか」などと言い訳や逃げ道を見つけて、「やめた」と放り出してしまえば、目の前の苦しみや辛さからは一時的に解放されます。だが、「ああ、あの時にもう少し勉強しておけば希望の会社に入れたのに」とか、「あの時にもう少し練習しておけば試合に勝てたのに」と必ず後で後悔することになります。「大学は4年間の自由時間を買うため」などと親が聞いたら嘆くようなことを平気で答える学生もいるが、ある4回生は「私は今まで、勉強こそしなかったが充実した学生生活を送ってきたと自負し、親や高校の先生にも言ってきた。だが、いま卒業を控えて、私が自信を持ってやってきた音楽、バイト、友達付き合い、それらはすべて、大学生でなくてもよかったことばかりである。極端にいうなら、どうせ勉強する気がなかったら、退学してそれだけに打ち込んでいればいいという類のものでもある。私は、つまらない自己主張のために視野が狭くなり、頑なに突っ張っていただけである」と自嘲気味に語ります。◆誰にも、「楽をしたい」「目先を楽しみたい」という煩悩があり、ともすれば目の前の小さな楽しみを追って楽な道を選びがちだが、それでは苦しみの後にある真の大きな喜びを得ることはできません。スポーツ選手を見ればよく分かります。イチロー選手は、小学校の3年生の時から1年365日中360日は厳しい練習に明け暮れ、友達と遊べる時間は1週間に5,6時間だったそうです。華やかなシンクロで活躍した武田美保さんも、小学校の時から1日10時間以上も水の中で練習を重ねてきました。人間の命とは時間であり、時間の使い方が命の使い方であり、その集積が人生です。時間の花は刻々と散り、自分に後どれだけの時間が残されているかも分かりません。しかも、テレビゲームのようにリセットもできない1回限りの人生です。自分の命が大切で愛おしいと思う人?では、あなたは「今」という時間を大切に生きていますか?時間をどう使うかは自由だが、その結果も自己責任で、自分が使ったように結果も出ます。誰にも1日は24時間しかないから、遊びなどに興じればそのひと時は楽しくても、その分だけ勉強する時間がなくなります。その結果、将来もっと大きな幸せを得る機会を失って一生惨めな目に会うかも知れません。歳を取れば取るほど、そんな後悔で一杯です。言い訳をせず前向きに取り組めば、どんな苦しいことの中にも楽しみを見つけることができます。まず、しっかりと自分の将来を見据え、「何のために勉強するのか」を明確に意識することです。そのうえで、どうやって毎日の苦しみと上手く付き合って楽しく生きていくかを考えることが大切だと思います。そこに、明日への希望が生まれ、強の充実感が生まれます。
2006.06.27
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・何のために毎日面白くもない学校に行かなければならないのか分からない・何のために役にも立たないことを勉強しなければならないのか分からない・何のために自分は生まれてきたのだろうと虚しくなることがある・やりたいことが分からずなかなか勉強に身が入らないし働く気にもならない・・・君は、今までにこんな事を思ったことはないだろうか?次のデータのように、学年が上がるにつれて勉強が半分も分からない人が半数を超え、それにつれて授業が面白くなくなり、勉強に身が入らないという人が増えてきます。◆授業の理解度と満足度(H10年 文部科学省) よく分かる 大体分かる 半分以下 授業が楽しくない 不登校 小学生 19.9% 48.2% 31.9% 8.8% 27万人強 中学生 4.7% 39.5% 55.7% 33.6% 11万人強 高校生 3.5% 33.9% 62.7% 45.0%◆大学生の勉強に立ち向かう姿勢(H9 青年学研究会) 頑張ることができる 45.6%(好き・面白い・興味をそそられる等) 勉強は義務である 5.4%(卒業や就職ができない・親が煩い等) あまり身が入らない 49.0%(人生の目標がない・分からない等)◆あなたの勉強に立ち向かう姿勢は? 青年学研究会 (私の講演会出席者 於立命館)頑張ることができる 45.6% 真剣に取り組んでいる 37.5%勉強は義務である 5.4% 適当にこなしている 47.2%あまり身が入らない 49.0% あまり身が入らない 15.3%◆あなたの将来に対する見通しは?やりたいことがハッキリしない 21.9% 38.5%自分自身の能力や性格をよく知っていますか? あまりよく知らない 57.9%自分自身の働き甲斐や生き甲斐を意識しているか? 明確でない 62.5%東大本郷キャンパスの保険センター精神科にも、「何を勉強したらいいか分からない」「これから何をしたらいいんでしょうか」と言ってくる学生が年間600人(約1割)もいます。平成13年山梨大学工学部でも単位不足の学生の親権者に、「学力不足よりも人生のビジョンがないことが現れている。青春の真っただ中で、ブラブラしている学生を放っておけない。もう一度勉強する意味と自分の人生設計を確認して復学して欲しい」と学生の約5%に早期退学を勧告したほどです。不況といいながらも食うには困らなくなり、学校を卒業しても進学も就職もしない人が、高卒で10.5%、大卒で21.7%もいます。社会に出るのが嫌で何年も留年している大学生も多く、ニートが64万人、フリーターといわれる15歳から34歳の若者も200万人を超えます。 以前は、自分のやりたいことをやり通すために、生活費稼ぎにフリーターをしている若者も多かったが、今ではやりたいことが見えない目的喪失症の若者が殆どです。「何のために勉強するのか」という目的も不明確なままに、ただ「よい大学に入る」という目先の目標だけを与えられて受験戦争を勝ち抜いてきた結果がこれです。これでは、毎日をドキドキ、ワクワクしながら心ときめいて生きていくことは不可能です。
2006.06.26
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日本の昔の暮らしにははっきりした個人の空間がなく、間仕切りがあっても襖であり、鍵のかかる扉ではなかった。灯りの下に家族が集い、子供は勉強し、母親は縫い物をしていた。それぞれが別のことをしていても、自然とコミュニケーションがとれていた。しかし現在では、「ただいま」と帰宅した子供は自分の部屋に直行し、家族と会話らしい会話を交わすこともなく、テレビを見たりして自分だけの時間を過ごしている。それでは、何のために家族があるのか、何のために同じ屋根の下に暮らしているのか分からない。扉という区切りができた生活空間の変化と、個人に重点が置かれた戦後民主主義により、「あなたと私」、「先生と生徒」というような総てを平等にとらえる意識が隅々まで浸透した。対立、対比を際立たせる「と」の意識は、「自分は自分」「他人は他人」という自分勝手な個を作り上げてしまい、責任ある個としての意識は根付かなかった。日本の伝統や風習の中から培ってきた共通性や共有性の「の(~の中の)」哲学をもって、新しい関係のシステムを考えるべきではないか、と裏千家一五代家元宋室の次男である伊佐政和さんが『茶の湯の小窓』に書かれていました。◆上高地から山に登っていまして投稿が遅れました。 お詫びに24日の上高地の写真をお届けします。 また、興味のある方は「上高地ライブカメラ」と検索して頂きますと、毎日5回河童橋から穂高の写真が見られます。本日(25日)7時の写真の一番前に写っているのが私です。
2006.06.25
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◆明日24日は山の上ですので本日配信しておきます(上高地より)上智大学のデーケン教授は、不意に襲ってくる死を心安らかに迎えるための教育や、その遺族も悲しみに負けぬために悲しみの教育を受けておくべきだというのが持論で、ドイツやアメリカでも行われている「死の教育」「悲しみの教育」を日本でも行うべきだと提唱し実践されています。教授は、人が死を恐れる理由の一つは、自分の全てがその日から全く消滅する感覚に耐えられないことにあるらしいと仰います。ところで、臨死体験者の話には次のような共通したものがあります。1.時空を超えて親しい人の姿をはっきりと見、声を聞いた。2.過去に死んでいった愛する者たちが、かたわらにいたことを感じた。3.彼らが、何ともいえぬ慈愛に満ちた愛の光に包まれていた。死に臨んだ人に、「あなたは死んだ両親や兄弟、友人たちにまた会えるのよ。臨死体験から蘇生した人たちがそれを証明しているのよ」と言ってあげたらどうだろうか?そういう死なら、私たちはもう怖くなくなるはずだと思うのだが?◆インドのベナレスはガンジス川最大の聖地で、多くのヒンズー教徒が沐浴に訪れます。沐浴をしているかたわらでは、遺体を焼いた灰を川に流している。焼いているかたわらには、次の番を待つ白布をかぶった遺体がある。その隣にも、またその隣にも、次の番を待つ遺体があり、時には最後の遺体の隣では生きている老人が番を待っている。そんな番を待つ老婆の一人は、「人間としてのこの世での役割を終えたので、最期を迎えるべく、はるか遠くから歩いてこの聖地までやってきた。ここまで来れば、後は灰になって聖なる川に戻され、次の生を待つだけである。次の生が、運良く再び人間になるのか、鳥になるのか獣になのか、それは自分にわからない」と淡々と語る。つまり、死を迎えることは、同時に生を迎えることであるという輪廻転生の思想です。死は生まれ変わりでもあるから、家族にも涙はなく、さほど悲しい雰囲気もありません。仏教では、人はこの世に修行に来たのであって、修行が終わった者からあの世に帰るという教えもあります。このような考え方を信じるか否かは自分自身の問題だが、そう信じることができた人は、この世にあまり執着することもなく毎日を楽しく生きられるのではないでしょうか?
2006.06.23
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少し昔の話だが、ニューヨークに住む一人の少女が、「サンタクロースはいるのか?」という質問を、『サン』紙を発行している新聞社に出しました。同紙は社説で次のように答えました。「サンタクロースはいます。それはこの世の中に、愛や、人への思いやりや、真心があるのと同じように確かなことです。サンタクロースがいなかったら、素直に信じる心も、詩も、ロマンもなく、人生はちっとも楽しくない。この世で一番確かで、本当のものは、大人の目にも子供の目にも見えないものです」◆仏教思想家のひろさちやさんも、「極楽世界はあるか否か」という質問をよく受けるそうです。あるとき、「有るか、無いか」を説いても、誰も行ったことも見たこともないのだから、いくら納得させようとしてもムダである。そうではなくて、「有るべきか、それとも無いほうがよいか」を説けばいいと悟り、こう答えるようにしているそうです。「たとえば、医者が患者を手術するとき、患者は助かるだろうか、死ぬだろうかといったふうには考えないだろう。患者を助けなくてはならないと考えて、一生懸命に努力するはずだ。これと同じで、浄土が有るか無いかではなく、浄土はあるべきだと信じれば、生き方が違ってくるはずである」◆フランスの物理学者パスカルもこんなことを言っています。「神が有るか無いかはわからない。しかし、神がある方にかけたら人生は喜びに満ち、無いほうにかけたら悲惨の極みだ。だから、有る方にかけたほうが得だ」私たちは、目に見えないものを信じない傾向があります。でも、言葉や映像を通じて見たり聞いたり、五感で感じたり認識したりできるものは、この世の中のほんの一部でしかないと思います。生きとし生けるものへの熱い思い何かを成し遂げるために人知れず努力した思い出連れ合いや子供たちへの愛、真心、誠実・・・。これらは目には見えません。でも、そんな目に見えないものこそが、私たちの心を豊かにし、人生を意味あるものにしてくれるのではないでしょうか?
2006.06.23
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何か問題が起きると、「政治が悪い」「学校が悪い」「先生が悪い」などと言いがちだが、他に責任を転嫁していては何も解決しません。親が、「全て悪い」と反省することです。戦前までは、父親は子供をゲンコツで叩いて教え、隣近所の人も子供が悪いことをしていると叱ったものです。動物も人間も、大きくなってからで反発するだけだが、自我が芽生える九歳頃までにしっかりと躾をすれば自然と身につくものです。◆生まれたばかりの虎の赤ちゃんは、おっぱいが欲しくてお母さんのお腹に寄っていき、乳首を探し当てると、その周りを両足で挟んでおっぱいを押し出そうとします。ところが、前足をかけられた母親は、すごい勢いで我が子を蹴ります。ときには、赤ちゃんは一メートルも吹っ飛びます。おっぱいを飲みたい一心の赤ちゃんは、蹴られても、蹴られても寝そべっていているお母さんのお腹にスリ寄っていきます。そのうちに、赤ちゃんは前足の鋭い爪を立てないことを覚えます。これは、爪が鋭い武器であることを教えるとともに、仲間といるときは爪を立てないように教えるのだといいます。二週間ばかりすると、今度はおっぱいを飲んでいる子供の首筋に激しく噛みつくようになります。その頃には赤ちゃんの乳歯がはえ始め、乳首を噛むようになるからです。そこでお母さんは、歯もまた危険であることを教えるために、わが子の首を噛むのです。◆この頃では、暴力禁止といって体罰を禁止するが、(こんなことを言うと非難されると思うが)人間の親も虎の教育を見習って、ときには体をもって教えることも大切です。この頃の子供たちが、暴力を振るって人を殺してしまったりするのも、幼いときの厳しい躾の不足からくるような気がします。「大概の家では、子供が3歳位まではべたべたと甘くし、その後もチヤホヤと育てる。それは間違っていると思う。私の家では、子供が3歳までは間違ったことをしたら夜中に水をかけるまでして躾ました。子供はそれが身にしみて、ことの善悪を覚えるのです。そして3歳過ぎたら子供の人格を認めて話して聞かせてから、もし分からないときは体罰もしました。3歳までに躾れば、恨みは残らず躾だけが残る。3歳過ぎてそれをしては、恨みだけが残って躾は残らない」とある主婦は言います。欧米では、物心がつくまでの子供は厳しく躾られます。親が愛情に溺れて我が子を甘やかすのは養育責任の放棄であるとして世間の指弾さえ浴びます。とくに将来上に立つ階層の子ほど厳しく、高校に入る頃にようやく自律が認められるのが伝統です。躾のためには、自我が出るまでに体で覚えさせることも大切だと思います。
2006.06.22
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結婚式は、晴れて好きな人と一緒になれ、多くの人に祝福される日です。それだけに、人生最高の幸福をつかんだという気持ちになりがちです。だが、結婚がゴールだと思って甘い気持ちに浸っていると大間違いです。結婚は二人の人間が、お互いに自分と相手の過去を捨て去って、これからの未来を新しい人間として一緒に助け合っていこうと決意するスタートでしかなく、これからが苦しくて長い本番です。「若い時代は、顔見たり様子見たりしているときは、花咲いているときやの。その間はいいの。一世一代の一番いい時期やの。一番いい時期に見て、惚れるの。人間、いつまでも若かったらそれでいい。言っている間に30になり40になる。50,60いうたら、カツラかむらないかんようにもなる。いつまでも若い気でいたらいいが、面倒になると扱いが悪くなる、始めの甘さが、酸うなったり渋くなったりするわな。諸行無常やからね。なかなか人生は花のようにはいかん。いつまでも若いと思っていると、大間違い。年寄りとは意見が合わんというてる間に、自分がその年寄りになる」と清水寺の大西良慶さんも諭すように、一緒になった後の長い年月こそ問題です。◆結婚するとは、自分たち二人だけの問題のようだが、子供や親の問題などさまざまな問題を背負うことでもあり、後にはさまざまな苦労が待ち構えています。結婚は両親を取り替える儀式と言った人がいるが、さまざまな苦労をも覚悟する場が結婚式なのです。この頃は、出会って結ばれるのが早い代わりに離れるのも早い。お互いに気ままだから、それが結婚生活にもでて、お互いに注文が多く、注文通りにならないと直ぐに別れます。生保関係の友人は、この頃は金の切れ目が縁の切れ目でリストラ離婚も多いと言います。子供の問題にしても、幼稚園ごろまでは可愛いが、やがてさまざまな問題が待ち受けています。ときには、正直なところ子供なんかいない方がよかったと思うことさえあります。親を看取るというのも、いかに裕福だろうと楽なものではありません。でも、楽でもないことをやり通した後に残る充足感や、逃げなかったという安堵感など、そんな苦労があるからこそ、後になってしみじみと幸せかをかみしめることができます。今の人は、大人も子供も目先の楽だけに走り、大変さの裏側にある重みのある幸せ感を見過ごしてしまっているように思います。夫婦は大変だと思うし、その都度、その都度、幸せなものではないけれども、その辛さを共有し合うことで結びつきの重みがついてくるのだと思います。
2006.06.21
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北海道のある中学生も、卒業するときにこんな詩を書き残していったそうです。先生、聞いて下さい、僕らの悩みと焦りを。先生、話して下さい、あなたの青春の夢と希望を。先生、笑って下さい、教室の悪さを吹き飛ばして。先生、叱って下さい、僕らのサボリと不平を。先生、教えて下さい、人生の果てしない辛さと厳しさを。この詩ではないが、若者たちが「勉強の意味・学校の意味・働く意味・生きる意味」などさまざまな人生の問題に悩んでいても、先生や大人のほとんどが応えられないのが現状だと思います。そんないらだちのなかで、つかの間の楽しみに走ったり、大学生がイベントを口実に女性に乱暴したり、中学生が「生きるのに疲れた」と自殺したり、友達を暴行の末に殺して埋めてしまうような世相はなんとも哀しい限りです。佐々木千尋(作家三好京三氏養女)さんは、高三の時に次のように書いています。「勉強ばかりして個性のない人間にはなりたくないと思っていたし、今もそれは変わらないが、今までの私はそう思い込むことで勉強から逃げていたにすぎない。私は大学で個性の探究をしたい。そのためのパスポートだと思って、辛くても頑張るしかなさそうだ。私の人生の最大目標は、いい大学でも高収入でもない。楽しく生きるということである。では何が私にとって楽しいことかというと、いい友達を持つ、良い家庭を持つ、そして自分の素養を伸ばすこと。もちろんいい服を着て、一流レストランに行く暮らしにあこがれなくはない。でも時々思うのだ。仮にお金を何億円も与えられて、ぜいたくの限りを尽くして、そうしたら、その後は何をすればいいのか。気がついてみると頭の中にあるのはブランド名ばかりで、何も悟れていなかったら、本当に惨めで空しいに違いない・・・」◆未だに「お金で買えない価値なんて無い」と言った若い経営者もいるが、多くの人が生き甲斐を見失っている今日ほど、誰もが「生きるとは何か」「幸せとは何か」について、じっくりと考え直してみる必要に迫られている時代はないのではないかと思います。私たちの一生は長いようで短く、一瞬のうちに過ぎ去っていきます。しかも、リハーサルもリセットもできない一回きりの儚い夢舞台です。だからこそ、まずは自分の命の意味を良く知って自分なりの幸せ計画の台本を描き、人生の主役を悔いなく楽しく演じきりたいものです。「富士を知らない者にとっては、富士は存在しないのと同じ」と昔の高僧は言ったが、「自分の命の意味を知らない者にとっては、自分はこの世に存在しないのと同じ」だと思いませんか?連綿とした先祖の命を受け継いで(30代遡るだけで20億人超)「いま」を生きている私たちは、生まれたくて生まれてきた者もいなければ、もっと生きたいと思っても生きられない不思議な存在です。そう考えると、目には見えないものの何らかの意志が働いて、私たち一人ひとりに、この世に於ける役割が与えられて送り出されてきたと思われてなりません。その役割(この世に於ける使命)こそが人間の命で、生はその命の花を精一杯に咲かせ、その場になくてはならない存在となるために与えられているのではないでしょうか?そんな使命と、それを実現する天職を見つけて一隅を照らす存在になることが自己実現であり、そこに「人間として生まれてきて良かった」という生き甲斐も生まれるはずです。チャンスは、意識し、準備している人にしか生かせません。あなたが、毎日イキイキと命輝いて生きていくための人生設計に少しでもお役に立てれば幸いです。
2006.06.20
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新入生の方々もやっと学校に慣れたことだと思います。そこで、「君の咲かせたい花はどんな花 自己実現と生き甲斐を求めて」を1から始めたいと思います。さて、いま、君は学校が、勉強が楽しいですか?「人生は面白くなければ」がサントリーの佐治敬三さんの口癖だったが、たった一度の人生なのだから「明るく・楽しく・自分らしく」命輝いて生きなければ生まれてきた甲斐がありません。それも、人生には「いま」しかないのだから、「いま」を楽しむ(ただ遊びほうけることだけが楽しむことではなく、充実した日々を送るという意味で)ことが大切です。君たちにとっては学校や勉強が大部分を占めるのだから、学校や勉強が楽しくないことには「いま」を楽しみ、充実した学生生活をおくることは不可能です。それには、人生に目的を持ち、「何のために勉強するのか」を明確に認識することが大切です。そこに明日への希望が生まれ、今日の充実感が生まれます。そんな思いから、NPO活動の一環として大学生を対象に始めた『生き甲斐と自己実現を求めて』セミナーでの「自分探しの旅」(ある意味では「自分創り」を通して、彼らは初めて自分を深く見つめ人生を考える機会をもてたと喜びます。そして、もっと早くこのような機会に出合っていたら、学生生活ももっと充実したものになっていただろうにと残念がります。◆大手商社に就職が決まった受講生から、次のような手紙が来ました。「面接の際に言いたいことを全部言って、聞きたいことを全部聞いて、面接官との会話を楽しんで、その上で内定が出たことが純粋に嬉しいです。もし先生に出合わなければ、自分の言いたいことも分からないままに就職活動をしていたと思います。そして、これだけの納得感、満足感を持って就職活動を終われなかったと思います。社会に巣立つに先立って、自分なりの幸せ感とは何か、生きる目標とは何か、自分の特性とは何かを考える機会が得られた私は本当に幸せ者だと思います」◆大学関係者も、「入学時点で学力が低くても、大学生活をどう過ごすかという目的が明確な学生は伸びる。そのために教職員も智慧を絞っているが、大学の力だけでは限界がある。中学、高校から将来を考えさせる教育をすればもっと意欲が湧くのだが」と言います。◆多摩大学学長の中谷巌さんも、「詰め込みの受験勉強だけを続けてきた学生は、新しい生活が始まるにもかかわらず、みんな虚しい表情をしている。彼らの表情を輝かせるために新入生のために『自己発見』の必須授業を採り入れ、授業の中で『自分は何者なのか』を見つめてもらうようにした。それを通して生きる目的、勉強する目的を見出した学生たちは、毎日の生活にとても積極的になりました」と言う。◆群馬県の中学校の先生からも、私のハガキ通信を『道徳&感性』の教材にしたクラス全員の感想文が送られてきました。その返信をまた同僚の先生が取り上げ、中学生との交流へと発展していくなかで、彼らも真剣に生き方を求めていることを知りました。(興味のある方はまとめたものがあります)
2006.06.19
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これからの社会は、いま以上に人間はコンピューターと共存しているだろう。だからこそ、小中高における学校教育は、パソコンにはどっぷりと浸かってはならない。本来、学校では、五体を使い、五感を総動員する教育をしなければならない。土を耕して種をまく、芽が出て花が咲き実もなるが、やがて枯れて土に戻る。いつも割って食べている卵も、親鳥が抱くとヒナに孵る。その不思議は、タマゴッチどころではない。やらねばならないのは五感による教育であって、パソコンではない。時間が足りないときは躊躇なくパソコンをカットすればよく、その逆は許されない、と竹内技術研究所の神尾健三さんは言います。パソコンがあらゆる場面に浸透してきて、「学校へ行かなくてもコンピューターで教育をすればよい」という学校無用論者さえいるが、「教」だけしか考えない危ない教育論です。コンピューター社会になればなるほど、私たちを取り巻く環境が人工化すればするほど、感じる力や人間性などの人間教育や、自然に親しみ、そこから学ぶことが大切になります。学校では、些細なこと丸暗記したり、機械の操作を身につけることではなく、地球と人間の共生の体験や、人間の器をより大きく育てることに充てるべきだと思います。
2006.06.18
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限りある命であることを見据えて、そこから毎日を見直してこそ、何が本当に価値ある生き方で、何が大事で何が些細なことかが見えてきます。『死ぬ瞬間』の著者E・キューブラー・ロス博士は、医者から3カ月の命だと宣告された九歳の少年から手紙を受け取りました。そこには、こんな質問が書かれていました。「大好きなロス先生。あと一つだけ聞きたいことがあります。命って何ですか。死ぬってどういうこと? どうして子供が死ななくちゃならないの」それに対して、博士は次のように答えています。「ほんの短いあいだだけ咲く花があります・・・。春が来たことを知らせ、希望があることを知らせる花だから、みんなから大切にされ、愛される花です。そして、その花は枯れます。でもその花は、やらなければならないことをちゃんとやり終えたのです」彼女はまた、次のように語っています。「死は怖いものではない。実のところ、死は人生で最も素晴らしい、途方もない経験になりうる。そうなるかどうかは、いま自分の人生をどう生きているかにかかっている。そして、いまという瞬間、大切なことはただ一つ愛だけである」◆人間の命も、長い短いが問題ではありません。いかに自分の役割を認識して、自分の花を命一杯に咲かせることができたかが問題なのです。すべては決別の歌だ人はさよならと言うとき一番美しい姿になる目に光があふれ胸に愛が溢れてくるああ決別を持つゆえに人生は美しい私の好きな坂村真民さんの詩です。実際に二人の姉を喪って、死の間際に何とも言えないいい顔をする瞬間があることを実感しました。そんなこともあって、ある知り合いの方が若くして亡くなられたときに、娘さんにこの詩を書いたハガキを出しました。その娘さんは、時々この詩を読み返してはお母さんを思い出し、元気づけられているということです。死は誰にも訪れます。死に支度なんて、何も暗く考えることはありません。死ぬということと生きるということは同じなのです。だから、充実した日々を送ればいいのです。そのゴールが死なのです。◆生きることは素晴らしい。しかし、命には終わりがあることを意識したとき、それはさらに素晴らしい。
2006.06.17
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生きとし生けるものには必ず死が訪れます。それなのに、私たちは死を恐れ不老長寿を願います。不老不死は、私たち人間の永遠の願いです。一四世ダライ・ダマは言う。「人間として生を享けた以上、死は不可避的に訪れる。しからば、その死を、それもまた人生の一部として享受する他ない。また、死が人生の一部である以上、そしてそれから逃れられない以上、無闇に死を恐れるよりは親しく付き合った方が良いにきまっている。死と親しむためには、死後を思うことが役立つだろう。自分自身の老後を。年老いることには何も特別な意味はない。誰もが年老いる。老後といえども、それも立派に人生の重要な一部である。人間は年老い、やがて死を迎える。その時になれば、従容として死ねばいい。来世があるか否か、再生するか否か、思い迷う必要はない。あるがままの死を迎え、認め、受容すればいい。それが死というものだ・・・。誰もが明日を見通すことはできない。そのために、常に明日は不安に満ちている。これは死の恐怖と同じ種類の不安である。人が死を恐れる大きな理由は、死を見通すことができないからであろう・・・。もしあなたが、特別な修行もつまず、深く仏の教えに帰依しているわけでもない、ごく普通の人間で、しかも死を恐れているならば、死を思うな。考えるな。そして、現実に死が迫ったなら、酒でも飲み、残された時間を楽しめ。やがて人生とともに恐怖も終わる」私たちは、命が有限であればこそ、いつもそのことが頭の片隅に無意識にあって、・自分にとってかけがえのないものは何か・何のために生きているのか・いま自分は何をしなければならないかなどと真剣に考えられるのではないでしょうか?また、本心から信じていないにしても、来世のことが気になって自分の身を正しく処していこうとする面もあります。そして、どんなに苦しくて不公平に思える現世であっても、死ねば終わりで平等だと思うことで、この世の苦労にも耐えられます。
2006.06.16
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真面目で無趣味で仕事しか知らなかったAさんは、企業戦士として戦後の何十年かを生きてきました。そんな彼だから、「○○会社の○○」という肩書を失った途端に自分のアイデンティティを失い、やがて娘を母と間違えて子供のように甘えるようになりました。彼の妻は妻で、いつも帰りの遅い夫を待つだけの生活だった。その鬱積から子供にのめり込み、持てる限りのエネルギーを注ぎ込むようになった。娘たちがクラブ活動で30分帰りが遅くても、玄関の前で待っているほどだった。子供たちは、「心配してくれるのは分かるが、いつも監視されているようで息が詰まり嫌だった」と言う。彼女は、将来や結婚に対して夢を持っていた。だが、結婚してからの人生は、その夢を少しずつ削ぎ落としていくような日々だった。夫の帰りを待ち、子供たちの帰ってくるのを待ち、「待つだけの自分の人生。私の一生って何だったんだろう」とつぶやく。◆楽しい人生を送るには、楽しい家庭が大切だが、意外と相手選びは難しいものです。1.どんな仕事を素晴らしいと思っているか、どのようにお金を稼ぐべきだと思っているか、人生と仕事の関係についてどう考えているか・・・など、人生における目的意識の共通性は大切です。「何かやりたいことがある」、と聞いてみるのもいい。何もやりたいことがないような、目的意識のない人と結婚しても楽しいはずがありません。2.誰もあまり口に出して言わないが、セックス観の違いは後で大きな問題になります。離婚理由で『相性の違い』ということがよく言われるが、ほとんどは二人のセックス観の違いではなかろうかと思います。不倫に走る人の深層心理にも、これが関係しているように思うのだが?3.笑いのツボは、その人の持っている知識とか経験、育った環境など、あらゆることが影響します。だから、いろんな物事に対する見方も、意外と笑いの物差しと共通します。一緒に同じ道を歩む人を見つけ、幸せな人生を送るためには、まず笑いのツボを探ると良い。泣くところは誰もが似たようなものだし、一緒に泣いているような家庭では明るく楽しい人生はおくれません。共に笑い、笑いの絶えない家庭でありたいものです。4.ヨーロッパでは、若い娘たちに「あなたが一番自慢にしていることは何ですか」と聞くと、「私の母が一番得意にしている料理を、小さいときから習っています。それが私の一番の自慢です」という答えがよく返ってきます。昔の日本にも「おふくろの味」がありました。ハートは一時的なものだが、胃袋はいつまでも覚えています。家族皆が心を合わせることができ、家族が早く帰りたくなるような、もてなし上手な相棒は宝物だと思います。
2006.06.15
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恋いをすることは、春になると花が咲くように、年頃になれば誰にでも起きる自然の成り行きです。そんな時に好意を示してくれる人が現れると、相手のなすこと全てが素晴らしく見えてくるものです。恋は相手を美化します。アバタもエクボで、ただ粗野なだけの男を「男らしい」、神経質な人を「本当にデリケートな人」などと美化する。相手の本当の姿を見る目がなくなり、勝手に美化しただけの相手に多かれ少なかれ恋いしているのです。それとあわせて、美化した相手に合わせて自分をも飾ろうとする。そうやって、恋の深みに落ちていきます。恋いは、相手への盲目的な執着でもある。障害は恋いの炎を燃え盛らせる油で、不安や苦悩が多ければ多いほど燃え上がる。だから、不倫は普通の恋よりも激しくなります。ところが結婚してしまうと、『女房に もってみれば みな夢』(一茶)ではないが、不安もなくなって情熱は消えうせ、相手を美化することもなくなって実態が見えてきます。どんなに素敵な異性でも、いざ結婚してみると段々とアラの方が見えてくるものです。そうなっても相手を見捨てずに、苦しくて醜い人生を共に生きようという夫婦が、別の形で相手と新しく結びつこうと努力する中で本当の愛が始まります。◆人と人との出会いはある意味では偶然であり、出生そのものもまた偶然の賜物でしかありません。そんな偶然が積み重ねて出会った二人が、掛け替えのないパートナーとなるには、それを持続しようとする意志の力が必要で、それが愛というものかもしれません。チェーホフは、「幸せなど存在しない。あるのは、そうなりたいという願いだけだ」と言ったが、結婚もまた同じであろう。幸せな結婚生活は、「幸せで充実した日々を共に過ごそう」とするお互いの意志の力により、そのための日常的な努力が必要です。男が「幸せにしてやる」などというのは傲慢以外の何物でもなく、また「幸せにしてくれる?」と女の方から言うのも人任せで、後から出るのは不満でしかないはずです。「二人で幸せを創っていこう」というのがお互いに対するプロポーズの言葉であれば、それは双方にとって自分との約束にもなり望ましい。お互いによく見せようとして肩肘張ることなく、「二人でいると、とても気持ちのいい風に吹かれているような気分になる」、そう言える仲の二人を見るとうらやましい。(HPにも書きましたが、幸せは創るものではなく感じるものだと思います)恋は誰でもできるが、愛は創るもので日々の努力の賜物であり、お互いの長所も欠点も併せ呑んで認めあうことから始まります。今にしてそう思うが、最早私には手遅れです。
2006.06.14
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今野由梨さんは、未だ女性の四大卒が少ない時代で就職は厳しく、何処も扉を開けてくれませんでした。そこで雇ってくれないなら自分で会社を興すしかないと、今で言うフリーターをしながら資金を貯めていたとき、ニューヨーク世界博のコンパニオンとして渡米しました。そのときにアメリカで得たヒントを元に、日本で初めての電話を使った双方向での情報サービスを提供する会社を興しました。「就職に挫折して10年、それは光りを求めての無謀で遠回りの、しかし掛け替えのない20代の旅でした」と語ります。中学卒業後プロボクサーを志し一発で合格したが、内蔵の病で新人王の夢を断念した小笹公也さんは、アルバイト先の塗装屋で修行して21歳で独立しました。今では社員1500人近くを抱えるリホーム会社の社長だが、38歳の時に大検に合格し作春から大学の商学部に週四日は通い、パソコンで決済をしたり指示を出したりしています。宝塚歌劇団で花組主演娘役として活躍し、退団後はテレビドラマのヒロイン役などを演じていた枡谷多紀子さんは、30代半ばに虚構の世界しか知らない自分が不安になって芸能界を去り、自宅でピアノと歌を教えながら歯科医師を目指して予備校に通い、2度目の受験で私立の歯科大学に合格した。歳を取ってからの勉強は苦労が多く、やっと頭に入れたことがあっと言う間に抜けていく。学校は卒業できたものの、国家試験にはなかなか受からない。母親の看病と家事も重なり、やっと4度目の挑戦で合格しました。現実の社会や生身の人間に直接関わりたいという思いを抱いて、挑戦した歯科医の夢の実現に10年を費やしたが、「投げ出さなかったのは宝塚で鍛えられたおかげ」と笑う。夢への挑戦には人それぞれのドラマがあり、どんな経験も無駄にはなりません。早咲きの花もあれば遅咲きの花もあります。何歳になっても前向きに挑戦し続ければ成就しないことはないはずです。君に、『頑張れ』というエールを送ります。◆次回より新しく始まります 夢は実り少なく 敵はあまたあれども 顔に笑みを浮かべて 我は歩み続けん あの遠き 大空の星を求めて 「ラ・マンチャの男」より
2006.06.13
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「そうは言っても、やっぱりやりたいことが分からない」という人も多いだろう。でも、今はやりたいことが分からなくても悲観することはありません。何かを求め続けて人生を真剣に生きていれば、何時かは自分の人生に目覚め、天職にも巡り会い、きっと君の未来に素晴らしい道が開けてくるはずです。いつ本当の自分に気付くかはわからないが、その時々の状況に真剣に立ち向かっていくことです。そうやって人一倍努力していれば、運命の女神がきっと微笑みかけてくるはずです。運命の女神は、微笑みと努力を愛します。いつも心に夢と希望を抱いて微笑みを忘れず、明日に向かって明るく歩き続けるしかありません。どんな分野でも、だいたい35才くらいまでで将来が決まることが多いので、できれば30代の半ば頃までに、本当に自分に合ったものを見つけて挑戦して下さい。◆中学校から大学まで同じ私立校に通い、レールに乗っただけの人生のような気がして、「一生追いかけるものが欲しい」と京都を飛び出した長谷川ゆかさんは、ニューヨークに渡って15年、高級ブティック街に服飾ギャラリーを構えるまでになりました。渡航して、美術学校の自由な雰囲気と現代アートに衝撃を受けて入学し画家を目指した。ニューヨークファッション工科大学への入学も、ふと立ち寄り、すれ違った教授が「その服どうしたの」と自分で作った服を見て声をかけられたのがきっかけである。実力が認められて、全米代表として国際ファッションショーにも出た。ある年末に、ニューヨークでキツネを一匹買って作った帽子とマフラーを身につけてバス停に立っていると、中年女性に手招きされた。帽子とマフラーを指さして、「売ってくれ」と頼まれた。彼女はギャラリー経営者で、それが縁となって自分のブランドの立ち上げにつながりました。「人生ハプニングの連続。それをどうするかは自分次第。何かにとらわれたりせず、ドキドキすることを表現したい」と彼女は言います。◆明日に続く
2006.06.12
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73歳になる小浜はさんは、健康法の一つをして、近所の登校児童を声かけと握手で送っています。初めは目を伏せたまま足早に過ぎた子も、次第に笑顔でこたえ、学校や友達の話までしていくようになりました。ある朝、テレビの選挙放送を見ていて、いつもより遅くを表に出てびっくり。低学年の子供たちが、ずらりと並んで握手してもらうのを待っているではありませんか。夫の定年後、新興住宅地に引っ越してきた岩井さんは、奥さんから「これから私たち二人暮らし。何かとご近所の方々にお世話になることも多いのだから、会ったら挨拶ぐらいきちんとしてください」と言われた。会社で地位のあった岩井さんは、長年、挨拶は相手からされるのが当たり前と思っていたので、自分の方からなかなかできない。ある日、清水の舞台から飛び降りる気で挨拶してみると、相手が言葉を返してくれた突端、目の前がパッと開けた気がして、挨拶も結構いいものだと思うようになった。もっともっと声をかけあいませんか。そうすれば、温かい人情が復活するように思います。また、子供たちを暴漢から守ることにもなると思うのですが?でも、この頃では子供の安全のためと言って、気軽に声も掛けられない雰囲気があります。何だか寂しい社会ですね。
2006.06.11
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死の恐怖から離脱する方法が、『蛇本生経』に書かれています。父親と息子が畑で働いている時、息子が毒蛇に噛まれて死にます。それを聞いても、何時も「死んでいるんだよ」と教えられていた母親は驚きもせず、息子の嫁と娘、女中に晴れ着を着せ、料理を持って急ぎます。やがて、皆で手分けをして火葬を始めます。皆、晴れ晴れとした顔をして、泣いたりする者は一人もいません。呆れかえった帝釈天が聞くと、父親が詩で答えます。蛇が古い皮を捨てるように 己の身を捨てるかくて人の死して 身に用なきとき焼かれる者は 親族の泣き悲しむのを知らずゆえに私は これを悲しまない彼はすでに 己の行くべき所に行ったのだ◆「生きよう、生きよう」とするから苦しく、死を恐怖に感じるのです。どうせ死は避けられないものです。「死んでいる」と思って、明日のことは考えずに今日一日を精一杯に生きることです。充実した人生を送ること、それが即ち死に支度そのものです。考えようによっては、生きるということは死に向かって歩き続けることだから、生きるということと死ぬということは結局一つです。となると、生ある間をどう楽しく充実して生きるかということが、すなわち良く死ぬことにつながります。つまり、良く生きることが、良く死ぬための死に支度になるということです。充実した人生とは、人々の心の中に何かを遺す生活を送ることだと思います。どんな仕事でもいいから、人のために役立つことを自分の生きてきた証拠として人の心の中に遺すことができれば、死んでも生きているのと同じです。つまり、人の心の中で生き続けることになります。それができれば、死など怖くはないはずです。お迎えが来るまで、次の詩のように自分の花を咲かせる努力をし続けることです。小さな花であってもいい人の目にふれない花であってもいいよく咲いたと神様にほめられるようにこの世に生きているかぎり 一生懸命に努力して花を咲かせたい
2006.06.10
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シェクスピア著『キング・リア』の一節に、「人は泣きながら生まれてきた」というリア王の台詞があるが、お釈迦様も「人生は苦なり」と言ったように、この世は楽しいことばかりではなく、自分の思い通りにならない苦しいことの方が多いものです。お釈迦様は「生・老・病・死」を四苦と言いました。(注)苦=思い通りにならないものを、無理に思い通りにしようとすることから起きる。生まれて死ぬまでの人間の一生そのものが苦しみで、この四つの苦労は、生きとし生ける者には誰にでも訪れます。この四つの苦を克服することが、心豊かに楽しく生きることにつながります。さらに、次の四つの苦を合わせて八苦と言います。愛別離苦(愛する人とも別れなければならない苦しみ)怨憎会苦(憎い人とも会わなければならない苦しみ)求不得苦(欲しいものが得られない苦しみ)五陰盛苦(五陰=現象界の存在の五種の原理、すなわち色〈物質および肉体〉・受〈感受作用〉・思〈表象作用〉・行〈意志や記憶など〉・識〈認識作用・意識〉の五つから生ずる心の苦しみ)こんなに苦に満ちた娑婆なのに、なかなか未練が尽きないのが人間の煩悩です。「(そんなに浄土が良い所なら)本当なら浄土に行くことは喜ばしいことなのに、ちっとも行く気が起こらないのは、この世には男女関係とか利害関係とか、いっぱい執着することがあるからだ。それは、子供のころ小川でフナを釣ったり、野原でウサギを追い掛けた懐かしい故郷を離れがたいのと同じで、まだこの世に執着が残っていて煩悩の故郷を離れがたいからだ」と親鸞も言っています。◆この苦自身は取り除けないが、それを持ったままでどこまで滅することができるかです。江戸初期の禅僧、沢庵和尚は、次のように『結縄集』に書いています。「人間は、この世に客としてやって来たと思えば苦労はないものだ。満足できないことがあっても、自分は客なのだから、これに耐えなければならない。子供や孫、兄弟たちも、自分と一緒にきた相客であると思って仲良く暮らし、心を残さずにさらりと辞去しなければならない」また道元禅師は、「死んだと思ったら一切のものが流れてしまう。死んだと思ったら惜しいというものがないようになる。死んだと思ったら腹が立たない。死んだと思ったら生死の苦労から離れられる。自分が死んだと思ったら何の苦しみもなくなる」と言いました。
2006.06.09
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Gさんの家庭円満の秘訣は、奥さんの話をよく聞くことだそうです。以前は、Gさんも仕事が忙しくて奥さんと話をする機会も少なく、いさかいも多かったそうです。ところが、せめて休日や食事の時ぐらいは奥さんの話を聞いてやろうと思って実践し始めました。家庭円満になったのはそれからだそうです。会話には、男性(職場)会話と女性(家庭)会話があります。職場では、常に具体的な目的を前提とし、仕事を効率的に処理することが求められるから、交わされる会話も目的会話で、簡潔に要領良くを旨としています。一方、家庭内での妻や子供との会話は、井戸端会議や長電話でわかるように、取り留めのない話が延々と続き、目的や効率をさほど必要としません。会話の重点は話の内容ではなく、言葉を交わし合うことから生じる親近感や一体感にあります。そうした会話の価値観の違いが父親には理解できず、「家にいると、嫁さんや子供のチマチマした話しばかりで閉口する」となり、両者の疎外感が増幅されていきます。◆夫婦の間で、ほめたりプレゼントをすることも効果があります。とかく、夫が「今日の味噌汁は辛いな」と言えば、妻は妻で素直に「あらそう、ごめんなさい」と言わず、何かと口答えをしがちです。近所でも評判のおしどり夫婦のHさんは、奥さんが作った料理はどんなものでも「うまい、今日の料理は作るのが大変だったろう」などと、労りの言葉を忘れません。奥さんは、「ほめられると、過去の嫌な思い出や辛かったことなどすべて忘れてしまう」言います。Jさんは、よくプレゼントをするそうです。大したものではないが、ちょっとした機会に買ってきては渡すそうです。奥様は「またこんなものを買ってきて」と言いつつも嬉しそうです。「夫婦なんだから、そんなことをいちいち口に出して言わなくてもとか、そんなことをしなくても」と考えがちだが、一生付き合う夫婦だからこそ、お互いに相手への労りと感謝の気持ちを言葉や態度で表現したいものです。20代から50代の主婦に、「夫からどう呼ばれたいか」と調査したところ、「名前で」という答が37%(仕事をしている主婦では半数近く)もありました。45歳の主婦は、「結婚して21年、『オイ』とか『いたか?』で、ただの一度も名前を呼ばれたことがない」と嘆いていました。名前を呼び合うことも良いと思います。
2006.06.08
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暗い話題の多い世の中だが、元気に張り切っている人たちに共通しているのは、奥さんが明るく、子供も元気で、皆がお父さんの帰ってくるのを楽しみにしています。そういう円満な家庭には、エネルギーが溢れています。だから、お父さんが疲れて帰ってきても、家で十分に充電して会社に出勤できるので、何時も張り切っていられます。それが自然と子供にも影響して、良い子供に育っていきます。西シベリアのツンドラ地帯に住むネネツ族には、次のような伝説があるそうです。氷を横切ってどんどん北へと行くと、つむじ風の壁があり、それを越えるとお互いに愛し合っていて、敵意も憎悪も知らない人たちの住んでいる国にぶつかる。ところが、ここの人たちは片足しかない。一人では歩くことができないので、彼らはお互いに抱き合って歩く。愛情が強ければ強いほど、しっかりと抱き合うので歩き方が上手になり、風よりも速く駆けられるようになる。ところが、愛し合うことをやめると、彼らはたちまち抱き合うことをやめるので死んでしまう・・・。◆つまり、人は独りでは幸せにはなれないという知恵だと思います。二人三脚は、息が合わないとなかなかうまく走れません。ほんのちょっとお互いの息が乱れても、たちまち転んでしまいます。もともと片足しかない人たちは、自分一人では歩くことができないことを自覚しているから、お互いに労り合い、かばい合って走るから速く走ることができます。しかし、二本足の人間は、自分独りで走れると思っています。いや、自分独りで走った方が速く走れるとさえ思っています。だから、労り合い、かばい合って走ることをせず、かえって転んでしまうのです。男と女、夫婦、親子、経営者と社員、みなそうです。お互いに、自分独りではうまく生きられないと信じていれば、もっとうまく力を合わせてやっていけるはずです。◆ある夫婦は、「夫婦二人で一人と思う・互いの短所を見ず長所だけを見る・口喧嘩は翌日まで持ち越さない」の三つをお互いに守り円満です。同じ空間、同じ時間を共有する夫婦は、お互いに長所だけを見つめ合い、寄り添うことが大切です。相手の短所ばかり見ず、良いところだけを見てほめる、いわゆるアゲマンになればいいのです。この頃では、小賢しすぎるのか欠点ばかり指摘するサゲマンばかりが増えて、お釈迦様が掌のうえで上手に孫悟空を操るようにできない人が多いようです。夫婦は以心伝心などと、日本人は言葉での交流をあまり大事にしません。だが、育った所も習慣も違う二人が一緒に生活するのだから、分かり合えるほうが不思議です。一緒に暮らしている相手をよく観察し、お互いに思っていることをきちんと言葉でやりとりし、二人が一緒に生活していくにはどうしたらいいかを考えることも大切です。◆明日に続く
2006.06.07
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何かと悩みの尽きないのが人間で、心の苦しみもあります。本当はほんの小さな壁であっても、悩んでいる本人にしたら、自分の心の中で壁がどんどん大きくなって立ちふさがり、目の前が真っ暗になってしまって、果てしなく高くて長い、大きな壁が目の前に立ちふさがっているように感じるものです。でも、大概の悩みの壁は、自分で勝手に巨大なものにしてしまっているだけです。悩みというのは、ぐるりと取り囲む塀ではなく、必ずどこかで途切れているはずだし、例え四方八方塞がりでも、まだまだ上下(天地)に逃げ道、つまり解決策が残っています。行き詰まったときは、心の窓を大きく開いて視野を広め、四方八方、天地から、もう一度ぐるりと、現実を、足元を見つめ直してみることです。『出る穴が あるのに障子の トンボかな』という川柳があるが、視野を広げてみれば逃れられる「出る穴」がちゃんとあるのに、それに気づかないで、知らないで、バタバタと目の前の目先のただ一点、一カ所の障子の壁に頭を打ちつけて、いたずらにバタバタしているトンボの姿が思い浮かびます。それは、何かを思い詰めて、目先だけしか見えない私たち人間の姿でもあります。ただ立ちすくんで悩んでいるだけでは、壁は動いてくれません。壁が動かないなら、自分がとにかく右か左に動いてみることです。すると、意外に近くに壁の切れ目があるかもしれません。すぐに途切れがなくても、とにかく歩き回ってみることです。◆どんなときも笑顔を絶やさない人気の若手女優広末涼子さんは、「自分がやりたくて選んだことなら、どんなに大変でも苦にならない。でも、仕事ばかりでは笑えないこともあるから、友達や家族と過ごす時間も大切である。どうしても笑えない時には、好きな音楽とか小物で遊んだりとか、周りに好きなものを集める。やっぱり、笑いには理由がいるんですよ」と、いつも笑顔の秘訣を語ります。最後に、私の好きな小話を贈ります。大平原に二人の男がいた。二人は地平線を目指して走り出しました。走っても、走っても地平線には届きません。相変わらず、遙か彼方に見えたままです。やがて一人の男は、「もうだめだ。どうせ地平線には届きっこない」と走るのをやめました。しかし、もう一人の男は、目指す地平線がいまだに遥か彼方に見えたままでも、あきらめずに走り続けました。取り残された男は、走り続ける男を見守り続けました。男はグングン遠ざかり、いつしか地平線の彼方に消え、地平線を越えたかのように見えました。だが、走り続ける男の前には、相変わらず地平線は遙か彼方に見えたままです。走るのを止めて取り残された者たちは、「あの男は地平線を超えた。地平線の向こうに行ってしまった。成功したんだ」と讃えます。心より、君の夢の実現を祈ります。
2006.06.06
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私はいま、全日本のバレーボールチームにはいりたいと思っています。部活はバレー部に入っていて、キャプテンをしています。とてもつらく、泣きたい、悔しいと思ったこともあります。何度もくじけて、バレーをやめたいと思いました。でも、大好きだからやめられませんでした。いま、振り返ると、つらいことばかりではなく、続けて良かったと思います・・・、という中学生の投書がありました。勉強でもスポーツでもそうだが、「何故こんな嫌なこと、苦しいことをしないといけないの」と思えてくることがあります。でも、嫌なことを乗り越えてこそ良いことがあり、その苦労の代償としてより大きな喜びを得ることができるのです。◆有森祐子さんは、バルセロナの直後に走れなくなって「何を目標にしたらいいか分からない。何のために生きているのか分からない。自分の持って行き場がないの」とお母さんに泣きついたこともあるが、踵の手術を受けてリハビリをしているとき、「80歳位のおばあちゃんが、生きるために必死に歩こうとしている。それに比べれば私は歩ける。踵を少し切っただけじゃないか。頑張らなくちゃ」と、死にもの狂いで練習に励んで復活した。そして、アトランタの選考会を兼ねた北海道マラソンで優勝したときのインタビューで、「どのあたりが苦しかったですか? そのときにどう思って走ったのですか」と聞かれ、「30キロを過ぎたところです。でも、生きているから苦しめる。そう思って走りました。一番怖いのは、楽しいという意味を間違えること。楽しいというのは、苦しんで苦しんで最後に出てくる言葉だと思います。下手をすると、楽をすること、苦しさから逃げることを楽しいと勘違いすることがある」という彼女の言葉には実感が籠もります。夢を見ることは誰でもできるが、その夢を持ち続け、実現のために苦しい努力を何年も続けることは誰にでもできることではありません。◆アトランタ五輪で前回に続いてメダルを逸した柔道の田村享子さんも、2カ月間、一度も畳の上に立てなかったが、「このまま止めれば、一生悔いが残る自分がいる」と気持ちを切り替えた。体力の衰えからタイミングを合わせる柔道に限界を感じ、「世界一のスピードをつけよう」と挑戦し、世界選手権で連覇を果たした末に、ついにシドニーでやり遂げた。彼女は、「五輪金メダルで8年間。この8年間の思いは、初恋の人にやっと巡り合えたような感じです。この瞬間を味わうために、貴重な時間を費やしてきました。夢のような気持ちです」と語り、諦めなかった金メダルの重さと輝きをかみ締めていました。◆明日に続く
2006.06.05
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この頃では、陰湿ないじめや「キレた」と言って傷害や殺人などを起こす生徒が増えています。そのようなことが起きると、「あれは気が弱いのだ」「意思が弱く努力することができないから、あんなことになってしまうのだ」「不良だ」「性格がひねくれているのだ」「あんな家の子だから当然だ」などと言って片づけてしまう傾向があるが、そうではないと思います。「乱暴な子供たちも皆、自分が人に認められないことを情けなく思い、悔しく思っているのである。そういう人に嫌われるような子供でも、必ずどこかに良いところがある。その良いところを引き出して認めてやらなければならないのに、それを少しもしないどころか、逆にバカにして非難ばかりする。少しも自分を出してもらえず、認めてもらえないから、反抗したり乱暴したりすることで人目につくようにして、自分の存在価値を人に示そうとしているのだ」と30年も前に教育者だった斎藤喜博が書いています。一人ひとりの人間の持っているかけがえのないものを引き出して拡大してやれば、誰もが満ち足りていじめや暴力など振るわず、イキイキとしてくるはずです。子供の問題は、実は知識偏重による個性のないノッペラな人間を作りだした大人たちの責任です。
2006.06.04
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私たちは、健康にどれだけ注意していても、また何もしていなくても、今日よりも明日、明日よりも明後日と、命は減っていき、日々死に近づいていきます。問題は、そのことをいかに自覚して生きていくかです。◆明治の俳人・歌人の正岡子規は脊椎カリエスにかかって、30歳にならぬ前から死ぬまでほとんど病床にあった人だが、ある日、忽然と次のように気付いたと書き残しています。「私は今まで、禅宗のいわゆる悟りということを誤解していた。悟りということは、いかなる場合にも平気で死ぬことと思っていたのは間違いで、いかなる場合にも平気で生きていくことである」◆吉田松陰も、弟子だった品川弥次郎に次のように語っています。「人間は生まれた時にすでに死ぬ運命が決まっていて、死を免れようとしてどうあがいても無駄である。朝に生まれて夕に死す者もいれば、100歳まで元気に生きる者もいる。それは定まった運命であって、人間の力ではどうしようもない。早く死ぬのが不運で、長く生きるのが幸運かというとそうではない。早く死んでも幸福な者もいれば、長く生きても不幸な者もいる。だから、人間の死のごときは自然に任せておけばいい。死にたくないという心から見れば、何百年生きても満足できないはずだ。死を恐れて苦労するよりも、生きている間のことを考えるがいい。つまり、生きている間に、なすべきことを精一杯に成し遂げればそれでいい。死など恐れるよりも、生を恐れなければない。『なぜ私は生きているのか』ということを考えて、その生きていることを生きているらしくするには働くほかはない」◆私たちは、死を怖がり、取り越し苦労をして心配ばかりしているが、今日を良く生きていれば、それが悔いなく良く死ぬことにつながると思います。・生きとし生ける者はすべて、この世のステージにおける役者である。カーテンが降りるとき役が終わり舞台から降りる。・死は嘆くべき出来事ではない。それは旅の終わりであり、目的地に着いたとき、持ち主が車(肉体)から降りるだけのことである。一つの完成であり、少なくともそうなるべき幸福な結末なのだ。・花は咲き、散る前に芳香を放つ。人は最後のときが近づくと、ただしかめっ面をするだけだ。人も花のように、何か善いこと輝かしいことをして芳香を遺したいものである。
2006.06.03
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90幾つかだがまだ達者なお婆さんは、ある夜、60幾つかのお嫁さんと一緒に風呂に入った。お婆さんは先に着物を脱いで風呂に入り、「ああ、良い湯やね」と脱衣所で裸になっているお嫁さんに声をかけた。お嫁さんが風呂に入ると、お婆さんは湯船の縁に腰をおろして目をつぶっている。「お婆ちゃん、そんなところで眠りはったらあかんがな」と声をかけたが、お婆さんは動かない。「ああ、良い湯やなあ」といい気持ちになった瞬間に、極楽往生していたのです。こんな死に方こそが、多くの人の理想であろう。人間というものは、「オギャア」と生まれた瞬間から死に向かって一歩、一歩、歩き始める旅人のようなもので、行く手には死というゴールが必ず待っています。だから、死に対する恐怖がいつでも人をとらえて放しません。だが、死というものが行く手にちゃんとあり、逃げたくても逃げられないものなのだと自覚し、死というものをきちんと見すえて、そこから改めて生を考え直して良く生きることが、このお婆ちゃんのように安らかな死を迎えることに繋がると思います。◆「生と死は決して両極端の存在ではなく、葉が落ちても木は枯れないように、死は生の中に包括されている。一人ひとりの死は、『命の流れ』という大木から、秋になって枯れ落ちる葉に似ている。しかし、地上への落ち方は一枚一枚異なる。その落ち方に意味があるのではないか。死は忌み嫌うものではなく、普段から死をしっかりと見つめ、よく考えておくことが充実した生に繋がる。正月、結婚記念日、誕生日、お盆、親族の法事の時など、いろいろな機会を通じて死について話し合っておけば、もっともっと生を大切に考えるようになるに違いない。そのことが、親子や夫婦、嫁姑などの縁の不思議さを思い、また改めてその関係を考え直させ、お互いにいつ死んでも悔いのない生き方につながるのではないか」と高尾病院理事長の中村仁一さんは仰います。人生は「諸行無常(万物は常に変化し止まらない)・老少不定(死期に定まりは無い)・一寸先は闇」で、私たちには明日の運命すら知りようがありません。だから、いつ、どのような事態が生じようとも後悔することのないように、死に方について普段から考えておき、今という一瞬一瞬を大切に生きるほかありません。
2006.06.02
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また、女子中学生の次のような投書も目につきました。婦人問題が真剣に考えられているこの頃、私には高齢化社会に向けて女性も働くべきだと思う一方で、子供を持つ女性は働くべきではないという二つの矛盾した考えがある。ところが、「お母さんに『お帰り』と言って欲しい」という友達のつぶやきを聞いて以来、母親は働くべきではないと思い続けている。婦人問題を訴えている女性は、働くことに生き甲斐を感じ、働かなければならないのではなく、働きたくて働いているのだと思う。しかし、子供の教育も親にしかできない大事な仕事ではないだろうか。女性が職場に出て、「子供も、今は寂しくても、いつかは分かってくれるはず」というのは、あまりにも勝手すぎる。子供は親の矯正なしでも、誤った道でそれなりに育つのである。家庭内暴力、校内暴力の発端もここにあるのではないか。母親は職場に出る前に、もっと大事な仕事があることに気づかなくてはならない。そして、そこが女性の最良の職場だと思う・・・。現代では、このような意見は少数派で、家庭で家事や子育てをしているよりも、外に出て働く方が進歩的であり、大切なことだという考え方が強いように思われます。そのような家庭軽視が、確かに物質的には豊かな生活をもたらした反面、ずっと子供を鍵っ子にしておいたために、登校拒否や非行、いじめなどという現代のさまざまな家庭問題や社会問題を引き起こしているようにも思われてなりません。落ち着ける家庭がなければ、活力の充電もできず能力も発揮できません。子供の躾に大切な時期を疎かにしては、子供の一生を台無しにしてしまい親の責任も果たせません。◆マーケティング・コンサルタントの黒田節子さんは、「家をほったらかして外で働く女性たちは精神的な流民であり、その流民の子が孤児になる」と手厳しい。女優の左幸子さんも、「鶏ガラのスープを、澄んだコンソメスープに作れないでいつも苦労していました。このことをサクソホン奏者渡辺貞夫夫人の同席しているところで漏らしたら、『ネギとショウガを入れてごらんなさい』と教えてくれた。違う機会に渡辺さんの家でお握りをいただいた時、オカカを混ぜたもの、梅干しを小さく刻んで混ぜたもの、タラコを混ぜたものなど、いずれも一口大の美しい三色お握りが出され、それを見て『まあ素晴らしいお握りね』と感嘆の声を上げると、夫人は『だって、私はこの道10年の主婦のプロよ』と言って明るく笑い声をたてられた。この経験から、立派な主婦は、社会に出て男性と肩を並べて仕事をすることと本質的にちっとも違わないと思った」と言うが、家庭のあり方というものを、今一度真剣に考えてみる必要があると思います。
2006.06.01
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