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あなたは、次のような能力の衰えを感じる兆候はありませんか?1.「いつ、どこで、何を」したかを覚えているエピソード記憶2.複数のことに同時に気を配りながら仕事を進める注意分割3.行動の計画を立てるプランニング東京老人総合研究所の矢冨直美さんは、この三機能を高めておくことが大切だと仰います。それには、大勢で話し合い、経験を思い出して話したり、相手から記憶すべき課題を与えられたりする会話は、記憶や注意分割の訓練にとてもいいそうです。スエーデンでの研究では、独り暮らしで子供や友人の訪問が週一回未満の高齢者は、家族同居で子供や友人が週1回以上訪ねてくる高齢者より、年間の痴ほう発生率が8倍も高いということです。他者との交流の大切さがわかります。自治医科大学の植木彰教授は、動脈硬化を防ぐことも大切で、魚に含まれる脂肪酸と肉などに含まれる脂肪酸の摂取量の比率が大切で、魚が肉より多くなるように勧める。お勧めは、1日に魚1回、野菜2回、果物1回を献立に入れることです。痴呆症老人の医療が専門の御殿場高原病院院長の清水允煕さんは、人間は本来90歳まではボケないもので、アルツハイマー型を除いて90歳までにボケるのは、それまでの生活史が引き起こす症状だと言われます。ボケない秘訣は、色々なことが言われるが、家族の心掛けとして次の二点が大切です。・優しく接し楽しくさせる・お年寄りを引退させないシェクスピアの『リア王』では、老いたリア王が、誠実だがお世辞を言えない三女コーディリアを退け、「お父様は太陽」と追従する長女と次女を愛したことから悲劇が始まるが、老人専門家からは痴ほう老人の見事な描写だと評価されています。老人が耳に快い褒め言葉を期待し始めたら、リア王の長女や次女のように大げさに照れずに褒めそやして、いつもニコニコ生活するようにするとボケないそうです。普段からお年寄りに優しい配慮を忘れず、家庭や地域社会の営みに参加したり協力したりできる機会を作り、自分の存在価値を実感させることが大切です。◆次回に続く
2006.09.30
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皆さんの中には、悪党どもから子供を守った主人公のシェーンが去って行くとき、子供が「シェーン」と叫ぶ映画のラストシーンに涙した人も多いと思います。あのシーンを、あなたはどう受け取りましたか?最後の決闘で悪党を全部倒したとき、彼も撃たれケガをしています。そして、ケガの手当てもせずに、傾きながらも馬に乗って砂漠の方へ消えていく。手当てもしないで、人も居ない所へ行ったら、必ず死が待っているはずです。それを暗示しているのですが、アメリカ人は孤独に強く、死ぬ時もシェーンのように一人で死んでいける人が多い。ところが、日本人は全くの孤独には耐えられず、今のホームレスの人たちもそうだが、隠居といっても昔から人里離れた所で隠者のような生活をすることはできません。せいぜい、私のいる嵯峨野のような適度な孤独が味わえる街の周辺に止まっています。老後の孤独が嫌なら、早いうちから地域に知り合いを作るようにすることです。92歳になるお婆ちゃんは、自宅に新しい風呂があるにもかかわらず、毎日電車に一駅乗って銭湯に出掛けます。そのために定期券まで持っています。暑さ寒さも何のその、少々の風雨でも休まない。夕食後のほぼ決まった時間にやってくる。実は、その同じ時間帯に常連のお婆さんたちがやってくる。「あら、誰それさんは遅いわね。何かあったのかしら」、こんな会話から情報交換が始まり、本音を聞いてもらったり聞いてあげたり、まさに裸の付き合いです。銭湯のメンバー・タイムの積み重ねが、彼女たちの元気で長生きの秘訣らしい。傾聴ボランティアという言葉をよく聞くようになったが、人間は誰かに話を聞いてもらうだけで心までスッとして軽くなるものです。汗も垢も疲れも洗い流し、お互いに愚痴を言い合い聞き合って心の垢も流してしてしまう場として、銭湯を見直してみるのも面白いと思います。ところが、今の年配者、特に男の人たちは、仕事だけが生き甲斐で、仕事が人生の時間の大部分を占め、会社や仕事での人間関係のほうが家族や地域の中での人間関係よりも濃い(いや殆どというべきかもしれない)という人が多いはずです。そんな会社や職場という他人から与えられた生き甲斐は、いずれ定年がくれば否応なく返上しなければなりません。職場での人間関係も、定年になって職場を辞めてしまえばゼロになってしまうのが普通です。定年後、数年であの世にいけた時分はそれでもよかったが、その後20年も30年も生きる時代になった今日、生き甲斐も人間関係も失った生活は惨めです。金や地位を得ることだけを目標に生きてきて、急に人間の触れ合いを求めてもできることではありません。結局、本人の普段からの生き方がとわれることになります。
2006.09.29
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つまらないことから口喧嘩をしたり、腹が立ったりすると、すかさず顔に出ます。そんな時の顔を鏡で見ると、鬼のように恐ろしい顔をしています。逆に嬉しい時や楽しい時の顔は、恵比寿さんのように素晴らしい顔をしています。普段から穏やかな心を持っていると、自然と穏やかな顔になってきます。絶えず怒ったり不平不満を言ったりしていると、人相そのものが暗くなってきます。顔を造り出す心が変わってくると、自分の見聞する世界も変わってきます。それにつれて、自然と顔の相が変わってきます。だから大人の顔は自分の責任と言われるのです。微笑は、いつも人の心を和ましてくれます。赤ちゃんを見つめていると、自然と優しい心になってきます。赤ちゃんの無心な笑顔を思い浮かべて、笑顔の練習をしてみてください。何事にも明るく前向きに対処していると、トントン拍子に全てがよくなってきます。「悟りとは平気で死ぬことではなく、どんな境遇でも平気で生きていくことだ」と松岡子規は言いました。平気で生きていくには、今あることをあるがままに受け入れ、今という時をできるだけ愉快に生きることです。「花見んと 群れつつ人の 来るのみぞ あたら桜の 咎にありける」と西行法師が嵯峨野のひっそりとした庵室が花見客で騒がしくなるのを嫌って謡うと、「憂き世と見るも 山と見るも ただその人の心にあり 非情無心の草木の花に 憂き世の咎はあらじ」と老いた花の精が答える能の一節があります。花はただ咲いているだけ。それをどうみるかは、その人の心次第です。この世のすべてのこともそれと同じで、あなたがどう感じるかで辛くも楽しくもなるものです。ポリアンナのように、「うれしくなるゲーム」の達人、名人を目指したいものです。
2006.09.28
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『少女ポリアンナ』(エレノア・ポーター著)という小説をご存じですか?ポリアンナは、「嬉しくなるゲーム」の天才で、どんなことの中にも嬉しくなる要素を探し出します。嬉しいことがいっぱいある時なら、このゲームは簡単です。でも、悲しい時にこそ、どんな薬にも勝る大効果を発揮します。彼女は、どんなに辛いことや悲しいことに囲まれても、どこまでも食い下がって、必ず嬉しいことを見いだすのでした。そして嬉しいことを見つけたとき、自分一人が喜ぶのではなく、周りの人にも喜びを分けてあげる名人なのです。この童話は、何事も悪い面ばかりを見るのではなく、その裏に潜んでいる良い面を見ることが、前向きに明るく生きる秘訣だということを教えてくれます。事業を営んでいると、取引先が倒産したり不渡り手形をつかまされたりすることがあります。そんなとき、「こん畜生」とその人を恨んだり、あれこれと悩むのが普通です。京セラの稲盛和夫さんも、昔はそうだったそうです。しかし、あるときから、過ぎ去ったことに拘泥せずに前向きに考えるようになり、「火傷程度で済んでよかった。命までは取られなかった」と思えるようになるにつれて、運のほうも開けてきたそうです。ある経営者は、明るさが大事だと考え、毎日良いことだけを「光明日記」と名づけた日記に書いています。これを何年も続けていると、自分の人生はいいことだけで満たされている気分になり、自然と心が明るくなり、手相や顔までが変わってくるそうです。作家の五木寛之さんは、弟さんが亡くなられてからしばらくの間、ものが書けなくなってしまいました。そこで新しいノートを買って来て、どんなちっぽけなことでもいいから、その日嬉しいと感じたことを書き留めるようにしたところ、毎日の些細なことに喜びを感じて、気力を取り戻したのだそうです。このエピソードを拙著『いい話のおすそわけ』(三笠書房)で紹介したところ、長野県のご婦人から次のようなお手紙をいただきました。息子のことで悩んでいましたが、私も正月から『喜びノート』を作って、身近に感じた楽しいこと、嬉しいことを書き始めました。『喜びノート』が一週間を過ぎた頃、不思議な力を発揮しだしました。毎日、楽しいこと、嬉しいことを書いていると、自然に「ありがとう」の言葉を書きたくなるのです。楽しいこと、嬉しいことが有り難く思えて、感謝の気持ちに変わるのが不思議でした。神々しい日の出、家の前を流れる清らかな千曲川の流れ、四方の山々の雄大さ、青く高く静けさに満ちている空、夜空には無数の星の輝き、電話の孫の声・・・。今までは当たり前と思っていたことが、有り難いと思えるようになりました。「私の小さな悩みなんてたいしたことはない。な~んだこれしきのことで悩んだりして」と、大きな気持ちになることができました。去年の日記を見ると、愚痴の何と多いことか。心の持ち方一つで、こんなに人生が楽しくなるなんて知りませんでした。私、五六歳。これからの人生、楽しい、楽しい人生になります。またある方は、毎日寝る前に、その日の楽しかったことだけを思い出して寝るそうです。すると、ぐっすり眠ることができます。ぐっすり眠れれば、翌日の朝は爽やかに目覚めることができます。そこに善の循環が生まれます。◆明日に続く
2006.09.27
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1.情報化社会ほど人間を大切にするいくらコンピュータ社会になろうとも、コンピュータは単なる機械であって、そこに魂を含むのは人間です。機械の後ろにいる人間を忘れて、薄っぺらな加工情報に振り回され、何でも知ったつもりなっていると判断を誤る危険性が高まります。また、コンピュータさえあれば何でも一人でできそうな錯覚をお越しがちだが、仕事は多くの人の力を借りて初めて成り立つものです。力を貸してくれる人間の気持ちが分からないで、誰が協力してくれるでしょうか? ましてや。仕事の対象は人間そのものです。人間に対する観察力とか興味がない人は、必ず取り残されていくはずです。人々の表情や行動、考え方に関心を持って、生の人間観察力を磨くことがますます大切な時代です。2.情報化社会では一般教養の広さが問われる現在は、本人にその気さえあれば、誰でもが必要な情報を自由に素早く取り出して、大量に蓄積したり自由に利用できる社会です。だが、情報が増えれば増えるほど、自分に何が必要かという価値観やポリシーを持って、膨大な情報の中から必要最小限の情報を選び出す能力が問われます。そうしないと、情報洪水の中に埋没してしまって、木を見て森を見ずということになりかねません。戦後、経済界切っての情報人間といわれた伊藤忠の瀬島龍三が歴代の調査部長に残した三つの教訓があるが、それは今にも通用する原則です。◆机の中を空っぽにせよ。むやみやたらに情報を詰め込むな。◆部分にこだわらず全体から入れ。地球を網で包むような感覚で捉えろ。◆情報はあくまでも素材である。その素材をキラキラと輝かせるのは人間の頭脳である。情報は、利用してアイデアを生み出すことに意義があるのであって、集めることには何の意義もありません。集めた情報から本質をつかみだし、それを新しい切り口で、どう組み立て直すかが大切です。それには、その人の教養の広さと深さが問われることになります。3.情報化社会では自分の問題意識が試される解釈上の問題が起きない定型情報は、コンピュータなどを使って低コストで迅速に共有化することができます。ところが真に価値ある情報は、多様な解釈が可能で、その内容が正しく相手に伝わらなければ意味のない文脈情報に多く、その取り扱いが勝負となります。◆アンテナ精度を高めるために絶えず問題意識を持つ人間は耳や目が無条件に情報を捕捉するのではなく、関心のあるものにしか反応しません。従って、何に関心を持っているかで集まってくる情報が違ってきます。情報が増えれば増えるほど、しっかりとした問題意識を持っていないと、情報洪水に流されてしまいます。◆異質の生情報を大切にする同質の情報や加工情報だけに偏ることなく、異質の情報で多面的に見ることで初めて物事の本質が見えてきます。新鮮な生の異質情報にぶつかって初めて、アイデアもパチパチと閃きます。◆情報をどう編集し直すかが問われる複雑な情報を自分なりの新鮮な切り口で編集し直すことによって、新しいものが生まれます。その切り口がいかに独創的で新鮮かが、智慧の時代の決め手となります。
2006.09.26
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創造性の発揮には、童心と好奇心、「何故」という疑問を持ち追求する姿勢が大切です。子供は好奇心の塊で、君たちも小さいときにはアリの行列を飽きずに何時間も眺めていたり、何を見ても「何で、何で」と疑問を持って両親などに聞いたことがあるはずです。そんな純粋な好奇心=童心を、何時まで持ち続けることができるかです。好奇心は問題意識=関心事と置き換えても良いが、人間の意識の中に問題意識があると、それに関連したことがテレビを見ていても、人の話を聞いていても、時にはマンガを見ていても、無意識のうちに「アッ、これ使える」とドンドン情報が飛び込んできます。そうやって情報が増えるから、益々関心を持っているテーマに詳しくなっていきます。でも、自分の関心分野だけに情報源や勉強の範囲を限らないことが大切です。例えば、医者や計理士になるのだから専門のことだけ知っていればいいというのでは、底の浅い専門家になってしまいます。ガリレイやニュートンなどにしても、哲学、神学、数学、医学、天文学などに通じていたから新しい発想ができたのです。斬新な発想をするためには、異質の中にある類似や相似的事項から類推する力を磨くことが大切です。◆生情報が大切ですもう一つは、自分の目で現場を実際に見るとか、原本に当たるとか、実際に体験してみることを大切にすることです。生の情報に耳目を嘱することが創造性を刺激します。B・ハイマン博士によると、聞いたことは10%、見たことは20%だが、見て聞いたことになると50%、実際に体験したことになると70%も学習効果があったそうです。ある大学生が、インターネットで資料を集めて卒論を教授に提出したら、「これではダメだ」と言われ、専門図書館を紹介され、再度調べて書き直すように指示された。そこで、その図書館の情報をインターネットで調べてみたが、資料は自分が調べたものと大差ないように思われた。でも、実際に書棚の前に立ってみて驚いた。書棚一本が関連資料でいっぱいで、インターネットの検索に引っかからなかった資料がたくさんある。内容の広さと深さもさることながら、本物の資料を手に取り目で見て問題点を肌で感じることができたことが大きかった。「インターネットは便利ではあるが、手に入る情報は自分に都合の良いものしか手に入らないし、薄っぺらなものでしかないことを痛感した」と彼は言う。そうやって多面的に集まった異質の豊富な情報が、感性なり創造性の元を形作り、その分野にさらに深く広く詳しくなっていき、益々先端を走る原動力となります。
2006.09.25
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この図形が三角形か四角形か、正三角形の返がみな同じ長さなどということは、10歳になって知ればよいことであって、5歳、6歳が覚えねばならぬことではない。5歳、6歳が覚えねばならぬことは、犬や猫がどんなに可愛いか、白雪姫がどんなに可哀想か、ピーターパンがどんなに勇ましいか、夕焼けの色がどれほど美しいかなどである。そして、遊びの楽しさが彼の人生の思い出につながるような毎日である、と遠藤周作さんは言う。全く同感です。ところが、この頃の親は目先のことばかり考えています。幼稚園をしている知人から聞いた話では、この頃では絵やピアノだけでなく、英語とか算数とか、学校に行ってから役立つことを教えないと園児が集まらないと言います。小さい頃から損得勘定だけで知識だけを詰めこまれたあげくが、人の痛みも感じず、人を思いやる心もなく、感動する心も持たない、今の情緒欠乏症の子供たちの姿です。そんな子供たちが創る社会は、オウム真理教のようなそら恐ろしい社会のような気がします。子供が小さいうちに教えなくてはならないことは、感動する心と真の勇気、そして人間関係がうまく行くように挨拶と感謝、労りの言葉が自然と口をつくようにすることです。
2006.09.24
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老ゆるは嘆くに足らず。嘆くべきはこれ老いて虚しく生きるなり。 『呻吟語』老いることは誰も避けることができないが、お迎えが来るのをただジッと待つだけの人生には私は絶えられません。私の最大の願いは、ボケて周りの人に迷惑をかけるようなこともなく、何らかの形で誰かのお役に立ちつつ、ある日コロリと逝くことです。年金制度でギリギリのところではあるが経済的には保障され、医療保険や介護保険で病気や身体の面でもギリギリの線は保証されています。では、今のサラリーマンが高齢者になったときに何が足りないのか?それは、友達、人間の触れ合い、心の豊かさである、と堀田力さんは言います。「今日の最大の不幸はハンセン病でも結核でもなく、皆から自分がいてもいなくてもいい見捨てられた存在だと感じることである」とマザー・テレサも言いました。ある街の路地裏に、生きていることすら誰も知らないようにひっそりと生きている老人がいました。老人の部屋に入ると、窓は閉め切ったままで、部屋は一度も掃除をしたことがないようなひどい状態でした。教会のシスターたちが老人の家を訪れて掃除をしようとすると、老人は「ほっといてくれ」と大声で怒鳴ったが、老人にニッコリと微笑んで構わずに掃除を続けた。「ほっといてくれと言うのがわからないのか」と老人はまた言ったが、さっきよりはいくらか穏やかな語調だ。翌日から窓を開け、掃除や洗濯をし、いろいろと話しかけるようにしたところ、やがて老人の目に輝きがよみがえったといいます。今の日本では何不自由なく生きているように思えるけれども、心の飢えを持っている人はたくさんいます。誰からも必要とされず、誰からも愛されていないという心の貧しさ、それはひと切れのパンに飢えているよりもひどい貧しさではないでしょうか?そして、お金の有無に関係なく、これほど寂しく生き甲斐を失わせるものはありません。以前は子供や孫を含めた家族や地域社会がその面を支えてきたが、核家族化が進んで親と子が同居する習慣はなくなりつつあり、地域社会の絆も薄れてきています。残るは夫婦関係だけだが、どんなに絆の深い夫婦でも必ずどちらかが先に死にます。配偶者に死なれたら周りには誰もいなくなり、誰も訪ねてくる人もいないとなると、孤独に弱い日本人は耐えられなくなり、急に老けたり呆けたりする人が多いようです。◆次回に続く
2006.09.23
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人間誰しも、生まれたくて生まれてきた人もいなければ、いくら生きていたいと思っても時が来れば命が尽きる儚い存在です。だからこそ、山本有三著『路傍の石』の一節にも、たった一人しかない自分を たった一度しかない人生を本当に生かされなかったら人間に生まれてきた甲斐がないじゃないか・・・とあるように、たった一回しかない自分の短い人生を、悔いなく明るく楽しくイキイキと生ききらなければ、人間として生まれてきた甲斐がないと思います。それも、チェーホフ著『三人姉妹』の一節に「私は、よくこんなことを考えます。もし、生活をもう一度始めから、しかもちゃんと意識してやり直せたらね。すでに費やしてしまった生活はいわば下書きで、もう一つほかに清書があるとしたらとね」とあるように、私たちの人生はやり直しのきかない『たった一回きりの本番だけの旅』です。そんな最も大切な人生の旅において、「いかに生き、いかに死すべきか」に心を傾けることもなくうかうかと老い、「自分の人生は何だったのだろう? もうやり無しもできない。生き甲斐を見つけることもできずに人生を終わるのか」と嘆く人は多いものです。だが、人生とは「自分は何者で、どうすれば幸せになれるのか、充足感をもてるのか」を見つけ出す終わりなき自己発見の旅であり、今からでも遅くないと思います。「人生って、死ぬまでの時間をどう過ごすかってことなのね。そのために何かに夢中になる。何もしないでじっと死ぬのを待っているのって、ちょっと耐えられないよね。でも、何かをしていれば、その間に命が燃え尽きる。問題は何で燃え尽きるか。自分に適したものは何か。それが人の使命でしょ。その与えられた目的に夢中になっていれば、死ぬなんて恐くない」と、歌舞伎役者の坂東玉三郎さんも語ってみえました。理想的な人生とは、坂東さんではないが、死ぬまでの一瞬一瞬を夢中になって燃焼させられるものを持ち、毎日ワクワクドキドキしながら生きていくことだと思います。結局、一生夢中になれて自分の命を燃焼し尽くして悔いのないものとは何か、つまり「自分の人生には生きる価値がある」と自ら思える最大のものとは何かを突き止め、後は、蓮如が「幸せとは、実際に財産や名誉を獲得することではなく、実現を夢見ることにある」言ったように、自己実現を夢みて楽しく歩き続ければいいのではないでしょうか?
2006.09.22
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清水寺の貫主、森清範さんは、「心の中に善い種のある人は自然に感動できるし、悪い種のある人は感動したくてもできない。心の中に善い種を植えつけるには、日々の勉強、心の鍛錬を怠らないことだ」と仰います。 感動は人との出会いの中で生まれます。自分の命が単調になっていると思ったら、躍動している人の命の「気」をもらい、同じように振る舞うことです。出会いを感動的なものにするのも嫌なものにするのも、コミュニケーション次第です。コミュニケーションそのものが、私たちの喜びや安らぎを創り出します。愛(相手に対する関心)を持って話し、愛を持って聞き、愛をもって相手を受け入れることです。誰かに出会ったら、「あなたにお会いできて嬉しいわ」と言葉に出して言ってみてください。その瞬間から感動の出会いを味わうことができるはずです。感動は、我慢することの中でも生まれます。私の子供の頃は、普段はつましく、お正月やお盆、お祭りには、新しい靴や服を買ってもらったり、なにがしかの小遣いをもらって映画を観たり、御馳走を食べたりすることができました。ですから、お正月やお盆、お祭りが待ち遠しいものでした。子供には行けないところもいっぱいありました。だから大人になるのを待ちわびたものです。でも、今の子供たちは、欲しいものは何でもすぐに買ってもらえ、どこへでも行くことができます。ですから、感動することがなくなり、大人になりたくない症候群が増えています。もっと子供たちに我慢させることが、子供たちに感動を与え、生きる喜びを与えることになると思います。あなたも、仕事が忙しいときには、「毎日が日曜日だったらな」と思ったことがありませんか? そんなときの余暇は、思いがけない贈り物のようにありがたく楽しいものです。ところが、定年などで生活全体が余暇になってしまった人にとっては、余暇は砂漠のように味気なく、倦怠と苦痛以外の何物でもありません。感動にも、これと同じような側面があります。なんでも可能になれば、それが当たり前になってしまい、感動を生むことはできません。感動とは、何かに「感じ」て「動く」ことです。行動して初めて、真に感動したことになります。感動が熱いうちに行動に移すことが大切です。そのことに感謝し、行動することによって、さらに感動の輪が広がり増幅していきます。
2006.09.21
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明日のことは誰にもわかりません。わからないからこそ、いつ来るとも知れない運を最大限に活かすために、努力し続けなければなりません。松下電器の創業者、松下幸之助さんは、「よく考えてみると、人間の90%までは運やな。それならば努力せんでよいのか、汗流さんでいいのかということになるが間違いや。ほとんどは運に任されているけれども、肝心な所は人間に任されている。例えば自分が船に乗っているとして、大きい船かそれとも小さい船かは、それぞれの人にとって一つの運命かもしれない。ところが、無事にその船が大海を渡り、目指す港に着くことができるかどうかは、舵取り次第で、肝心の舵のところは人間に任されている。運が90%だから、残りの10%の舵取りの努力をせんでいいということにはならん。努力したら必ず成功すると考えてもあかんよ。しかし、成功するには必ず努力が必要なんや。そういうことを理解しておれば、自分に与えられた人生を謙虚に受け入れ、かつ力強く歩いていくことができる。人生に傲慢になったらあかん。まず、とにかくコツコツと努力を積み重ねていくことが基本であり大事なことや。汗を流す、それを先行させることや」と言われました。京セラの稲盛和夫さんも、「世の中には、一生懸命に努力して成功する人と、努力しても実を結ばない人がいる。目に見える部分の努力だけでは、人としての奥行きを創ることができない。目に見えない部分でひたすら徳を積むことが、器を大きくし、泰然自若とした人格を創る。そして、努力が実を結ぶかどうかの分かれ目では、次の二つの要素が左右する。一つは粘り強いこと。なかなか突破できない壁に突き当たった時、粘りに粘ってどこまでも目標を達成しようとする人は、最後には成功する。他方、少しやってみて、これは自分の手に負えないと直ぐに諦めてしまう人は、結局成功することはできない。もう一つは、動機の純粋さ。金を儲けたいとか、格好いいことがやりたいというような不純な動機を持っている人は、状況が不利になるとすぐに諦めてしまう。ところが、これは本当に世のため人のために必要だと信じられる人なら、苦難を乗り越える闘いを続けることができる。動機が善で、私心がないことが、粘りを生み、成功をもたらす」と言われました。この世の中の全ては、成功するまで諦めずにやり続ける人が成功し、いい加減なところで諦めて中途半端に投げ出した人が失敗するだけのことだと思います。誰にも負けない私心のない強烈な念いと、どうしてもやり抜くのだという意志と、絶対にできるという信念をもって努力する時、女神の見えざる手が差し伸べられるはずです。
2006.09.20
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3.組み合わせを創る新鮮な特定解を作り上げるには、成功のセオリーを視点にして、いろんな素材=知識を組み合わせる必要があります。どれだけ新鮮な視点で組み合わせるかが決め手になります。新鮮な視点がでるか否かは、普段から好奇心と問題意識を持ってイキイキと生活していることが大切です。それと、普段から多面的に考える癖をつけることも大切です。国語の先生が、黒板にチョークで小さな点をつけ、「これは何か」と生徒に聞きました。数秒経って、一人が「黒板につけたチョークの点」と答えると、クラスの全員がこの当然の答えにホッとして、誰もそれ以上のことを言おうとしなかった。先生は、「これは驚いたね、昨日同じ問題を幼稚園の子供たちに出したら、梟の目、星、小石、丸めた紙袋、腐った卵など、50もの答えが返ってきたよ」と言いました。創造性には、子供のような好奇心とこだわらない心が大切だが、大人になるにつれて常識に染まり童心を忘れてしまいます。教育者ニール・ポストマンは「子供たちは疑問符の姿で入学し、終止符の形で卒業する」と言ったが、そうやって物事を明確に捉える方法学ぶことと引き換えに、想像力の大部分を失ってしまいます。とくに今日の教育では一つの正解を教えることに重点を置いているので、私たちはそのような学校教育を通じて、「正解は一つ」という思想を植え付けられ、一見無駄にみえる思考をやめてしまいます。でも、新しい新鮮なアイデアはそんな無駄の中から生まれます。会社でも、企画を考えさせると、小さい頃から正解を求めるように訓練されているため、一つのもっともらしい正解を見つけると、大抵はその先を考えようとはしません。でも、それでは他社真似に近いありきたりの解でしかなく、新鮮な驚きと感動を人に与えることは不可能で、大きく成功することは不可能です。このことは、テレビ番組を見れば一目瞭然で、どのチャンネルをひねっても大同小異で、彼らの創造性のなさを露呈しています。アイデアを一つだけ提案するとすれば、一般には実現性の薄い、主流を外れた案に賭けるよりも、確実な企画を提案します。でも、それでは革新的な変革は不可能です。4.評価できる(素晴らしいアイデアマンとは評価の名人です)珍しいアイデアも、使えて効果が出なければ意味がなく、評価こそが命です。ある意味では、チョイスできる能力が創造性とも言えます。千利休が選び抜いた茶器、昔の名画やクラシック音楽は、今でも私たちの心を和ませます。そのような作品が、今なお現代の人々の心を打つのは、非凡な人々が選びに選び抜いた、抜きん出た感性の結実だからだと思います。私たちが企画を考えたり、改善案を考えたりする場合も、とにかく思いつく限りのアイデアを発想し(量が質を保証する)それらを新鮮な視点でもっていくつかの組み合わせを作りその中から最善の一点を選び出すということをしたいものです。
2006.09.19
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知恵とは情報の分解と再組み立てだから、どのような素晴らしい知恵であろうと、結局はその人がこれまでに知っていた情報の新しい組み合わせ方の発見であるとも言えます。1.事実をできるだけたくさん集める天才的な発明家として知られるトーマス・エジソンは、貪欲な読書家でもあり、あらゆる分野の本を読み漁り、彼の生涯の読書量は350万ページにのぼったと伝えられています。350ページの本という厚い本だが、それでも1万冊です。普通の単行本なら、15,000冊にもなります。毎日一冊ずつ読んでも30年から50年近くかかる計算です。また、彼はメモ魔でもあり、読んだ本の要点はもちろん、見たり聞いたりしたことは何でも、その場でポケットに入れた黄表紙のノートに書き付けました。彼が世を去ったとき、びっしりとメモで埋まった3,400冊のノートが発見されました。飽くことのない情報収集で絶えず頭脳を刺激し続けたこの偉大な発明家は、「天才は、1%の閃きと99%の汗から成り立っている」という名句を遺したが、それは彼の実感だったと思われます。いま情報化時代ということで、簡単に情報が手に入るようになったが、それらの表面的で薄っぺらな情報で知ったつもりになるのが一番危険です。彼のように苦労をしていろんな情報を多面的に収集して、それを独自の視点で分類整理することがない限り、なかなか閃きも生まれないような気がしてなりません。とくに、社会に出たら現場の一次情報に自ら触れることが大切です。他人の頭を通過した二次情報では、必ずそこで一度篩にかけられて、事実が一部しか伝わらなかったり都合の良いように加工されたりしています。◆ブラックボックス化の危機体験に基づいた生きた知識でないと、なかなか使い物にはなりません。ところが、現在の私たちの生活は、前に立つだけでドアが開いたり、シャッターを押すだけで写真が写ったり、パソコンや自動操縦のジェット機などに代表される複雑なメカニックの中身がどうなっているのかわからず、故障したらお手上げという状態です。物作りでもそうで、伝統技術の継承者不足で、長年の熟練を要するノウハウがコンピューター化されてきています。その結果、機械の中身やメカニズムは、どうせ難しくてわからないからどうでもいいと、一種のブラックボックス視して棚上げしてしまう考え方が一般化してきた気がします。だが、ブラックボックスになってしまっては、新しい事態に臨機応変に対応したり、それをさらに発展させていくことは不可能です。この傾向は、教育でも顕著です。「なぜそうなるのか」の思考過程を無視して、答だけを記憶させる傾向が強いが、これでは百科辞典的に知識は蓄積されても、応用がきかずに知恵にはならないと思います。2.本質=規則性・セオリーを発見する知識が特定解の創出に役立つには、その規則性・セオリーを見つけ出して、その視点を生かして新たな応用方法を編み出すことが大切です。それには、知識を抽象化して、本質を見つける必要があります。その本質(規則性・セオリ-)に普遍性がないものは応用ができません。例えば、「コンビニが流行っているな」だけで終わるのではなく、「現在では、コンビニは何故流行るのか」と考え、「現代人は、簡便さを求めているのではないか」と仮説を立て、それを他のモノで普遍性があるか検証してみる必要があります。ジーンズ、弁当、使い捨てカメラ、デジカメ、携帯電話などの流行っている要因も、「簡便さ」という1つのキーワードで説明することができます。次に、このセオリーを自分の問題に当てはめて、どう解決するかを考えるのが生きた知恵の本質です。この成功した例の一つが、「甘栗むいちゃいました」だと思います。◆明日に続く
2006.09.18
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女優の中村メイコさんは、小学校3年生のときに「夕焼けはなぜ赤い」という理科の問題が出たとき、お父さんに聞いた通りに「空が恥ずかしがっているから」と書いたら、ペンペンッと乱暴にバツがついて返ってきた。「どうしてウソを教えたの」とお父さんに言うと、途端に不機嫌になって「どちらもウソじゃない。考えて出す答えはいくつあってもいい。君、○×で片付くのが人生じゃないんですゾ」と言われたそうです。また、九九ができなかったそうだが、お父さんは「ダメなところばかり考えると、悲劇のヒロインになる。悲劇は君には似合いませんゾ。好きなものを一生懸命にやればいい。好きなものは信じられないくらいやれる。掛け算が苦手だって、足し算をいくつもいくつも積み重ねれば答えが出る」とも言われたそうです。戦後は、白黒、善悪、損得、優劣など、何でも二進法で判断しがちだが、その両極端の間には無数の選択肢があります。その微妙な違いを認め、教えていくことが大切だと思います。そのときに、欠点是正型の教育ではなく、長所を伸ばしてやることが大切です。
2006.09.17
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働き盛りの30代に対する調査では、「老後に明るい見通しを持っている」と答えたのは男性で14.4%、女性で15.8%だけでした。また、幾つになっても生き甲斐は幸せ感の大きな要素と思うが、『21世紀にあなたが幸せになるための条件』というアンケート調査(同和火災が平成10年春発表)によれば、1位 「健康」56%2位 「お金」24%3位 「家庭円満」14%でした。「仕事」は30代では6位でしたが、29歳以下では24位でしかありません。本当に、これで幸せになれるのでしょうか?健康である、お金がある、家庭が円満である、確かに表面的には幸せそうにみえます。でも、健康で、お金があっても不幸な気持の人は一杯います。逆に、病気で、お金も余り無くても幸せな気分で毎日を過ごしている人も沢山います。私たちは、健康やお金、贅沢な生活、地位などという良い状態だけが幸せだと考えて、表面的な良い状態だけを求めすぎて不幸な気持に陥っている人が多いように思います。それでは、ごく一部の人しか幸せにはなれないことになります。どんな境遇の人でも、たとえば五体満足や健康でなくても、お金がそんなに沢山無くても、たとえいまが逆境にあっても、それでもなお毎日をイキイキと生きていくことはできると思います。それが大切だし、それこそが本当の幸せの姿だと思います。それは、どんなに小さなことでも良いから、自分にやるべきことがあり、それが誰かの役に立っているということから感じる生き甲斐にあると思います。例えば、お金がどれだけあっても、歳を取ってやるべきことが無くなると急速に生気を失うように、人間というものは自分の生きていることに対して何か手応えを感じないと心身共に健康に生きていくのが難しいようです。それでは、幸せとは言えません。『生き甲斐』を辞書で引いてみると、「生きる張り合い・生きていて良かったと思えること・生きている幸せ、利益、効験」などとあるが、私は、生き甲斐とは、たった一度しかないこの人生を自らの命を輝かせて、『心豊かに、明るく』ワクワクドキドキしながら、イキイキと生きていくことに尽きると思います。
2006.09.16
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アメリカの医学解説書に甲状腺の項を執筆したこともある菅谷昭さんは、25年勤めた信州大学医学部助教授を辞めて、ベルラーシで放射線被曝患者の治療を自費で続ける。23歳のとき、母の通夜の席で、「昔、母さんが易者に昭は43歳で死ぬといわれてずっと気にしていた」と聞かされたが、その時は笑い飛ばした。だが、米国の学会から帰る飛行機の中で今年43歳であることに気づき、「今、飛行機が落ちたら自分は死ぬが、『面白かった、十分に生きた』と満足して死ねるだろうか」と思った。仕事は多忙を極め、自分が何をしようとしているのかさえ分からなかった。そんな時(91年1月)、テレビでチェルノブイリ5年目の報道があり、多くの小児甲状腺ガンが発生し、現場の医療機関が対応しきれないことが報じられていた。自分の専門は甲状腺外科だから、何かやれることがあるかもしれないと思った。その春、民間の調査団に加わってゴメリ市を訪れた。国立ガンセンターの施設を視察すると、旧式の手術で幼い子供の首に大きな傷痕が残っている。「こんなむごいことをしてはいけない。自分なら違う方法でやれる」と大学を辞めてベルラーシに渡ったのです。大抵の人は、「いつ死ぬかもわからない」という事実を、「明日も生きている」という惰性に置き換えて、昨日のままに生きています。だが、私たちの命は、今日よりも明日、明日よりも明後日と確実に減っていきます。問題は、そのことをいかに自覚していくかです。今の仕事に打ち込めないというのも、そんな自らの命の尊さに気づいていないからです。ガンで余命数カ月と告げられた50歳のベンチャー経営者は、延命治療を拒否し、明晰な意思で死ぬ準備を始めました。後継者には経験と知識から会社経営のノウハウを詳細に書き遺し、家族にも今後の生活のことをメモにして遺した。友人たちにも、自分の心に去来する思いを偽ることなく書き遺し、膨大なメモのそこかしこに「○○さんに感謝する」というメッセージを記した。ガンは死の準備をできる時間があるから良いと言った人がいるが、誰にも生に限りあることを忘れて、私たちは命が永遠にあるかのように生きています。だが、生き甲斐のある充実した人生は、成り行き任せ、人任せでは決して開けません。就職、結婚、出産、異動、法事など人生の節目節目で、「いかに生き、いかに死すべきか」を真剣に問いつめて生きていくことが大切だと思います。極端に言えば、絶えず後3年とか5年の命と思って真剣に生きれば、今とはまた違った生き方が見えてくるはずです。
2006.09.15
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世の中には努力もし、実力も有り、忍耐もしたのに、ついぞ運に恵まれずに人生を終えた不運な人も多くいます。でも、この三つを欠いて好運だけで成功した人もいません。信長・秀吉・家康は言うに及ばず、いつの時代でも、成功した人は、皆、凄まじいほどの努力と優れた実力、そして驚くほどの忍耐力を持っていました。運命には、天命と宿命があります。男や女に生まれた、貧乏な家や裕福な家に生まれた、日本に生まれたなど、自分にはどうすることもできないものを「天命」と言います。一方、「宿命」は人間の力で開いていけるものです。しかし、努力が足りないのを運のせいにして、「どうしょうもない」「今年は厄年だから」「干支回りが悪いから」などと言って、楽な方に逃げようとしがちなのが私たち凡人です。(追補)天命と宿命を航海に例えてみると最初、船がどこの港に係留されていたか、どんな大きさの船だったかが天命といえます。だが、一度港を出てしまえば、自分の意志でどこへでも行くことが出来ます。また、自分の才覚で、大きな船に買い換えることも出来ます。次のような昔話があります。江戸の儒学者、尾形啓介のもとに、平太と名乗る遊び人風の男が訪ねてきました。「先生、どうか、あっしに運を授けて下せえ。お願いしやす」「待ちなされ、私は易者や祈とう師ではない」「しかし、先生の下へ相談に来た者は、皆幸せになっていると、もっぱらの評判でさぁ。あっしは、よくよく運のねえ男で、五年間奉公した店は潰れ、次の飾り職人の家は火事で焼け、しかも火付けの疑いで三年も牢に入れられ、無罪放免で帰ってみれば、惚れた女房は行方知れず。あとは捨て鉢の博打打ち。先生、どうかあしの運を変えてくだせえ」「そういうわけがあったのなら、よく聞きなされ。まず、お天道様と一緒に起きること。そして、ここへ来た瞬間からお主の運は変わったのだから、自分は運が悪い、不幸だという気持ちを一切捨てること。この二つを心に置いて、精一杯やりなさい」かくして、規則正しい暮らしを始めた平太は、毎日が健康で清々しく思えるようになり、真面目に働いて近所付き合いもするようになったので、人間関係も次第に広がり、運も上昇していった、という話です。よく考えてみると、大安や仏滅、鬼門や恵方にしても、人の心が創り出した迷信に過ぎません。何事も「自分の力ではどうしょうもない」と思う方が楽だから、超自然のせいにして現実から逃げているだけのことです。宿命は、全て打開することができます。静かに、自分の心に「諦めはないか」「甘えはないか」と問うてみることです。良いことも悪いことも、全て自分の行動に応じて巡ってきます。運は、その字の通り、努力を積み重ねて自ら運んでくるものなのです。
2006.09.14
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ある奥さんは、定年後、寂しそうに独りで晩酌をしている夫の姿が、最初のうちは嫌で嫌でしょうがありませんでした。あるとき、たまたま聞いた倫理の話がきっかけで、楽しい飲み相手になってやろうと決心し、「少々くたびれた居眠り芸者でございますが、ハートでサービスさせていただきます」と相手をするようにした。すると、後片付けは俺に任せておけとなるし、酒飲みのお父さんを嫌っていた娘もその姿を見て、「結婚相手は、お父さんとお酒を飲んでいてくれる人がいいな」と嬉しいことを言うようになったそうです。この頃は、定年離婚とかリストラ離婚、家庭内別居という話をよく聞きます。それを聞いて感じるのは、どちらか一方が悪いのではなく、お互いに自分のことばかり考えて、相手を不満に思い、相手の気持ちを思いやることに欠けているのではないかということです。(人間なんて、完全な人は1人もいません。それなのに、お互いに100%を求めすぎるかではないでしょうか?50%も叶えば、これはもう素晴らしいことだと思います。)幸せも不幸せも、突き詰めれば自分の心一つの置き所次第です。角度を変えて同じ我が家、我が身を見直してみれば、幸せの青い鳥は、山の彼方にではなく、平凡な我が家の中に、つまり現状に感謝する自分自身の心の中にいるはずです。生まれたばかりの赤ちゃんは、おっぱいをお腹一杯飲めば、後は何もいらないとばかりに幸せ一杯の顔をします。ところが、歳をとるにつれて、あれも欲しい、これも欲しい、ああもしたい、こうもしたいと、欲望ばかりが次々と湧いてきます。そして、それがなかなか叶えられないので、「自分はなんと不幸なんだろう」と不満で一杯になっています。アメリカの政治家、ベンジャミン・フランクリンは言いました。「人間の幸福は、時たま訪れる素晴らしい幸運よりも、日常の小さな便宜から生まれる。私には三人の信頼できる友がいる。老いたる妻、老いたる犬、そして僅かばかりの貯金」本当の幸せとは、まさにごく身近な日常的なものの中にあると思います。・雨露をしのげる家がある・今日も何事もなく家族全員が元気に食卓にそろった・今日も一生懸命に打ち込める仕事がある・楽しく語り合える友がいる・乗り物が普段通りに走っている・川は澄み明るい青空に白い雲が流れているみな、当たり前のように思っているが、まことに「有り難し」のことばかりです。「今、ここに」生かされている不思議さに、もっと目を向け感謝すべきではないでしょうか?
2006.09.13
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では、実際に生きた解決策を考えるにはどうしたらいいのでしょうか?アイデアというのは、情報(知識も情報の一つ)の組み合わせです。たとえば、チョコレートパフェを思い浮かべて下さい。アイスクリーム、チョコレート、メロンやバナナなどの果物一つひとつが素材となる情報で、それらを組み合わせてできあがったチョコレートパフェがアイデアです。A・B・Cという三つの素材があると、A・B・C・AB・AC・BC・ABCという七通りの組み合わせ、つまり【2のn(情報量)乗-1】通りできます。10個の情報があれば、1,023通りもの組み合わせが出来ます。素材つまり情報量が多いほどアイデアも豊富になり、選択肢が増えて成功確率が高まります。情報を沢山集めるには、人間の脳は関心のないことは聞いても見ても素通りしてしまうので、何かに対して問題意識をもつことです。すると、それに関する情報が自然と集まってきます。例えばサッカーに関心があれば、サッカーに関する情報が豊富なはずです。それも、同じ素材が幾つあっても新しいものはできないので、異質の情報が必要になります。だから、いろいろな教科を学んだり自分とは異質な見方や考え方をする人と付き合い、複眼思考をする必要があります。そうやって手に入れた情報も、そのままでは使えません。そこから本質というか真理を引き出すことが大切です。(明日解説)そして、自分なりの仮説の下に複数の情報を組み合わせて企画を立て、それを実際に上手くいくか否かを繰り返し検証する中で、単なる知識が知恵へと昇華していきます。この組み合わせの視点(パフェで言えば味や色、見栄えなど)、つまり編集力が勝負です。それは、君自身の普段の生活や価値観そのものに左右されます。アルバイトをするにしても、ただ漫然と言われた通りにするだけでなく、常に社会の動きに耳目を研ぎ澄まして「何故だろう」と考えて仮説を立て、「どうしたら」と具体的に動いてみることです。そうやって生きた体験を積むことが大切です。たとえば、東海道新幹線の車内販売のアルバイトを始めて1年の徳淵真利子さんは、平均の3倍近い売上を上げて、正社員をいれて400人いる東京オフイスでNO1になりました。何故そんなに売れたのでしょうか?「のぞみ」の場合、通常は5人で16両を分担し、1日に東京・新大阪間を1往復か1往復半する。天候や時間帯、シーズンなどで売れ筋は異なります。そこで、1度廻った時点でコーヒーか、弁当か、ビールか、アイスクリームかなど売れそうなモノを見極めて、2度目からワゴンの目立つところ置くようにした。そして、一人ずつ客の間を見ながら、微笑みを欠かさず、ゆっくりと歩くのがポイントという。同じ条件の中で働いても、考える人とそうで無い人とではこんなにも違います。また、芸術を鑑賞したり恋をしたりして心豊かな学生生活を送って欲しいと思います。そういう中で、自ずと感性は磨かれていきます。
2006.09.12
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人生の各場面で遭遇する問題を解決してゆくには、他社他人の成功例(知識)をそのまま真似るだけではなかなか上手くいかず、その場その場にピッタリの特有の解(智慧)、つまり一般的な解ではなく特定解が必要です。知識と知恵の違いについては、次のように考えてみて下さい。ここに6人が座れる長椅子が沢山置いてあります。61人の人が座れるようにするには、何脚の長椅子を並べる必要があるでしょうか?数学の問題では、【61÷6=10余り1】だから、11脚が正解です。ところが、ある子は、「1人だけで座る子がかわいそうだから、詰めて7人座れば10脚でいい」と答えたが、先生は「数学の規則と思いやりは別だ」と言いました。すると、女の子が勢いよく手を挙げて黒板に【6×6+5×5=36+25=61】と書いて、「こんな場合には、実際は6脚には6人ずつ座り、5脚には5人ずつ座れば良く、答は11脚です」と答えました。先生の答は単なる知識であり、彼女の答が血の通った人間の智慧だと思います。同様に、サンタクロースや神や仏、あの世の地獄・極楽などは作り話で、実際には無いと切り捨ててしまうのは頭で考えた知識です。そのようなものは目には見えないけれども、一人ひとりの心の中にあるというのは、この世を楽しく規律を持って生きていくための人間の智慧です。◆社会に出て必要なのは知識ではなく智恵「知識は文明を支えてきたが、智慧は文化を創った」と言った人がいるが、私たちがこの世で出会う問題解決に必要なのは心の通った智慧です。そんな生きた智慧は、幾ら知識だけを詰め込んでもダメです。・まず基礎を習って身につけ、・そこから本質をつかみだし、・それを自分なりの視点で組み合わせて、・TPO(時・場所・状況)にあった最適の答を自ら創造することが大切です。知恵は、実際の生活体験を通して磨かれていくものだと思います。生活体験のない単なる知識や、コンピューターなどに組み込まれたソフトでは、現実の難しい局面に応用することは不可能だからです。これからの独創性が要求される社会では、知識を現実の問題に適用してみて実験し、大いに失敗体験を積むことがますます大切になると思います。ノウハウとは、ある意味では「NO HAW」であり、「いかにしたら失敗するか」を沢山経験することから生まれるからです。◆明日に続く
2006.09.11
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子供の成績が思うように伸びないことに悩んでいた和束小学校では、4年前から算数指導の第一人者として知られる愛知教育大の志水廣教授のアドバイスを受けて授業改善の取組を始めた。まず取り入れたのが「○つけ法」で、授業中に先生が教室を回りながら子供一人ひとりのノートやプリントに赤ペンで○をつけ、答は間違っていても×はつけず、出来ている部分まで○をツケ、正解のヒントを与えた。○をもらった子供は自信を持ち、積極的に授業に参加する意欲が湧いてきた。先生も子供の理解度を把握しながら授業が進められるようになった。もう一つは、出来る楽しさを味わわせるために、理解が遅れがちな子供を対象に、その日に習うことを予習する「先取り学習」を1時間目が始まる15分前に実施した。予習した子供は自信を持って授業にのぞみ、積極的に手を挙げるようになった。効果はてきめんで、前年度の学力テストでは全国平均を4点下回っていたのが10点上回り、京都府の学力テストでも府平均より7点も高かった。子供たちは皆、本来は素晴らしい芽を持ているのだが、それを伸ばしてやっていないだけであることがよく分かります。誰だって、分かる楽しさを味わわせれば伸びるものです。
2006.09.10
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明るい次の人生は、成り行き任せでは開けません。自ら積極的に関わっていくことです。それも、退職後楽しく生きている人は、事前準備に余念がなかった人がほとんどです。定年になってから考え始めるのではなく、少しずつで良いから40代、50代から趣味やボランティアを始めることです。なぜなら、この世界でも必ず長くやっているボスがいて、「定年になってから始めました」みたいな人は片隅に追いやられ、雑用ばかり押しつけられがちです。それでは面白くなくて長続きしません。会社人間で過ごしてきた人の中には、退社後も会社時代の感覚を引きずっていて、古くから活動している若者や主婦に横柄な態度をとったり、髪形や服装、敬語の使い方などの意見をしたり、周囲の迷惑も顧みずに取り仕切ったり、事務局に常識はずれの要求をしたりして浮いてしまったり、毛嫌いされて活動に参加しにくくなる人もいます。その挙げ句、家で毎日ゴロゴロしていて、今度は奥さんから嫌われて男三界に家無き人もみかけます。自分の身につけた特技を活かすのも良いと思います。鬼頭さんは、退職の10年前からハーモニカのプロを目指して研鑽を積んだ。今では、公開市民講座の講師を務める一方で、ハーモニカの新しいジャンルを切り開く演奏法にも仲間と一緒に取り組み、「とにかく忙しい」とイキイキとしています。大手鉄鋼メーカーの技術者だった小澤さんは、手品を覚え年100回以上も老人ホームなどを訪れるそうだが、手品のコンセプトや技を考えるのは技術開発と同じだと言う。わたしも、コンサルタントとして身につけたものを活かして、若者たちが生きる力を育むための手助け(自分探し・夢おこし・企画力育成・思考技術やコミュニケーション力育成など)をしています。普段から、何でも自分でやる癖をつけておくことも大切です。何もやらないと、倦怠感にさいなまれ神経症にもなります。単身赴任時代に料理を始め、定年後は気楽な居酒屋を始めてすっかり若返った人もいます。
2006.09.09
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高齢化社会になって、第二の人生という言葉をよく聞くようになりました。だが、大学のOB会などに出て目につくのは、趣味の世界や海外旅行などの楽しさを得々と話しながらも、その心の奥底に無為な時間を過ごす虚しさが見え隠れすることです。それは、表面的には豊かに楽しく暮らしているように見えて、実は人から必要とされていることが実感できなくて生き甲斐を見失っているからだと思います。「人間にとって最大の不幸は何かというと、それは飢えている、貧困だ、病気がある、障害を持っているなどさまざまな不幸があるが、本当の不幸はそれらではない。自分が誰からも必要とされていないと感じること。見捨てられた存在、それが最大の不幸なんだ」とマザー・テレサは言い、死の家に連れて来られた人たちに対して、「あなたは見捨てられた人じゃないんだ。あなたは望まれて生まれて来た人だ。だから私たちと同じように大事な人なんだ。死の瞬間まであなたは大事な人なんだ」と言い続けて命を支え続ける奉仕をしてみえました。比叡山開祖伝教大師も、「国宝とは何ものぞ。宝とは道心なり。道心ある人を名付けて国宝となす。経寸十枚これ国宝に非ず。一隅を照らす、これ国宝なり」(金銀財貨が国宝ではない。道を求める気持ちのある人が国宝である。社会の片隅でたった二人か三人でもいいから、人から喜ばれ頼られる人は国宝である)と仰いました。社会のため、人類のためになどと大げさなことではなく、身近で困っている人にどんな些細なことでも良いから、例えば話し相手になってやるだけでもいいから、自分の時間を捧げる人は現代の地蔵菩薩といえます。それを通して、自らも生き甲斐や歓びも感じることもできるはずです。◆明日に続く
2006.09.08
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感動するとき、命のリズムが蘇り、命がイキイキとしてきます。感動する素直な心が、人や生き物、自然に対して優しく振る舞う心を支えるもとであり、そうした優しい心を持つことが人から愛される根本です。感動を伝播させて人を感動させることができれば、人はあなたのために喜んで手を貸してくれます。部下は喜んで一生懸命に働き、成長していき、あなたを助けてくれます。子供は自分の才能を自然と開花させ、イキイキとしてきます。感動というと、私たちはとかく何か特別なことがないと無理だと思いがちだが、そもそもこの世の中に、大きな喜びに浸れるような機会など滅多にありません。大きな喜びばかりを求めていると、絶えず不満ばかり抱いて生きることになります。特別な何かを求めるのではなく、普段何気なく見過ごしているものの中に感動の種を見つけることです。いつもフレッシュな気持ちで、何事にも好奇心を忘れずに関心を持って見ることです。すると、人生のいたるところで、小さなことにうっとりとする小恍惚を見出せます。美しい花や星、風景や絵、音楽、心のこもった料理、こうしたものも、関心を向ければ、「美しい」「素晴らしい」「美味しい」と素直に感動することができます。そういう小恍惚を見出せる人は幸せな人であり、どんな状況の中でも生き甲斐のある人生を送れると思います。「よく見れば なずな花咲く 垣根かな」と芭蕉は詠んだが、好奇心もなく生きていると、そんなものはつい見逃してしまいます。また、江戸末期の歌人、橘曙覧は、「楽しみは 朝起きいでて 昨日まで なかりし花の 咲ける見るとき」と詠んでいます。本当に心豊かな幸せとは、日常のささやかな生活の中の小さな喜びを拾い集め、育んでいくところにあるような気がします。青空があり、風が吹き、雲が流れ、花が咲き、川がサラサラと流れ、海が光る。難しいパズルやゲームをクリアする。小説や趣味に没頭して時間を忘れる・・・。そういう喜びを当たり前のこととして見過ごしてしまい、何も感じられなくなってはおしまいです。幸せは、ある朝、突然に大きな足音を立てて近づいてくるものではありません。普段何気なく見過ごしている小さな幸せを見逃さないで、自らの努力で大きく育てていくことです。それが、幸せをより大きなものに育んでいくコツです。
2006.09.07
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家族のために一生懸命に働いてくれる主人(主婦)がいて、可愛い子供に恵まれ、元気に働ける健康がある。それなのに今の境遇に感謝の気持ちが持てず、他人ばかりが幸せに見えて、ストレスでいっぱいの人が多くなっています。私たちは普段、十分に幸せに囲まれながら、それを当たり前のことと思い、少しも意識していません。それどころか、他人と比べて不足していることのみを絶えず不満に思ったり、次から次へと新しいものを手に入れようとしては、それがなかなか手に入らないと言って、不満の種ばかり膨らませています。餓鬼のように自分が今持っているものに満足できない状態では、永遠に心が安らぐことはありません。地球と共存しながら「心安らかに、心豊かに、穏やかに生きる」ためには、「今ある、このままの自分」に感謝し満足して生きていくことが大切だと思います。事故で両腕を失った大野勝彦さんという方は、こう語ります。「事故で両腕を失って以来、何と胸が熱くなる瞬間が多いことでしょう。両腕を失って良かった。こんなに幸せでいいのだろうか。リハビリの進行につれて、字が書けるようになり、次は絵が描けるようになる。さらに一人で食事ができ、シャツが着られるようになる。健康な間は当たり前と思っていたことが、実は大きな喜びであり幸せであったのです。いつも一緒にいるのが当たり前と思っていた家族や周囲の人も、実は素晴らしい宝物で、それに気づくようになってから、自分の素晴らしさがわかるようになった」この前の阪神淡路大震災の時や、この頃のようにリストラが当たり前になってよく思うのだが、何かを失って初めて、今までの幸せに気づくことが何と多いことでしょう。・大病や大けがをする・愛しい人を失う・火事や震災で財産を失う・事故で電車やバスが止まる・リストラで仕事を失う・公害や災害で青い空や綺麗な川や海を失う何かを失う前に、今、自分の周りにある数々の幸せに気づきたいものです。
2006.09.06
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青春とは、やがて来たるべき船出へ向けての準備を整える修行の時代だと思います。空海は、18歳のときに讃岐の国から京の都に出てきて大学に入った。ところが24歳のときにドロップアウトして私度僧(自分勝手に頭を丸めた僧侶)となり、ボロをまとって各地を回る修行僧となった。やがて、31歳のとき無名の僧として遣唐使船に乗り込むまで、どこで何をしていたかは明らかでありません。だが、唐に滞在すること1年余、わずか2カ月前に密教の本山青竜寺に現れた日本の留学僧空海に密教の最高の地位にあった第七祖恵果大阿闍梨は、永い間修行している千人余の中国人門弟を差し置いて密教のすべてを伝授した。それによって、空海は当代随一の高僧となった。それは、青春の空白時代にいける修行の賜物だったと思います。「中途半端にやってもダメ。必死に全力疾走で勉強する。吸収できる年齢は35歳くらいまでと考えて自分を追い込んでいかないと本物の力にならない」と言う建築家の安藤忠雄さんは、19歳の1年間は朝9時から翌朝の4時まで机に向い、建築はもちろんインテリアデザイン、グラフィックデザインも含めて造形に関する総てに取り組んだそうです。◆どんな世界でも、人より飛び抜けるのはなかなか難いしものだが、まず確固たる基礎を身につけなければなりません。その基礎は、10代から20代前半までに形作られます。例えば、ピアニストを目指すのなら、それぞれ違う5本の指から同じ音をだすために、小さい頃から練習を積んでピアノ用の身体を作り上げることが不可欠です。それには、毎日何時間も練習しなければならないが、それも20代を越えては不可能です。一番本が読めて、一番ものを吸収する力があるのもその頃です。例えどんなに厚い本でも、その頃ならパッと取り組めるが、歳をとってくるとそうはいかなくなります。20歳前後の数年で、その人の視野の広さも決まります。何にでも柔軟に挑戦し吸収しておくと、社会に出てからも新しいものをどんどん吸収できるようになります。これからは知恵が問われる時代で、永遠に勉強して新しいものを取り入れていく柔軟性が必要です。だが、若いうちに勉強の基礎練習ができていないと、大人になってから急に勉強しようとしてもなかなか長続きしないものです。◆この時代に必要なのは、何ものかを求めんとする強い意志です。それを欠く者は、たたずみ君のように無気力と怠惰のうちに日々を過ごし、正に空白の青春となってしまいます。その当然の帰結として、輝かしい人生の船出の日が訪れることはないはずです。幕末の志士、橋本左内の『啓発録』をこの章の最後に示しておきます。1.去稚心(人に甘える幼い心を捨てる)自分の人生は自分自身のものなのだから、何事も人のせいにしたり、被害者意識を持ったりする幼い甘え心を捨て、自己責任で勉強にも真剣に取り組むことです。2.奮心(やる気を起こして努力する)人間はやる気がなければ努力しないし、努力しなければ成長もしません。3.立志(生きる目標や理想を持つ)人間にとって最も大切なことは、将来に対する姿勢を明確にすることです。目的と目標を持てばやる気も出るし、能力も自ずと磨かれて成長し、結果も自然とついてきます。4.勉学(自己満足や自己流を排して、好きなことも嫌いなことも学ぶ)自分の壁を超えられない者、自分の殻を破れない者は成長できません。若い間は、好き嫌いを言わずにまず挑戦してみることです。「わかる」とは、学んだ後に「かわる」ことです。学んだことを行動に生かし、自分自身が変わることが大切です。5.択交友(交わる友を選ぶ)「朱に交われば紅くなる」というように、学び合い、励まし合い、切磋琢磨し合う友を選ぶことが大切です。学生時代の友達は、永遠の友になることが多いものです。
2006.09.05
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「知ることは、感じることの半分も重要ではない。事実というものが後になって知識や知恵を生み出してくれる種子だとすれば、情緒や感覚がとらえるさまざまな印象は、そこに育つべき豊かな土壌である」と『沈黙の春』で有名な生物学者のレイチェル・カーソンも言っているが、情緒や感性という土壌がなければ、いくら良い種子があっても芽が出るはずがありません。だから教育には、自らがどんな種子を宿しているかを見極め、水や肥料に相当する知識を与えることも大切だが、種子が育つ豊かな土壌を育むことが最も大切だと思います。コンピューター社会となり、私たちを取り巻く環境が人工化すればするほど、豊かな個性と情感に支えられた人間味のある創造的な対応がますます求められます。そのために必要な、豊かな情緒や感じる力、異なる文化や価値観があることを理解し良い人間関係を築く術、自ら課題を見つけ問題解決へ取り組む姿勢、人間の器をより大きく育てる教養などは、集団の中でこそ養われるものだと思います。◆人物を磨くことを忘れた時代経済官庁のエリートが裏金の公金を流用して株式取引をし、これといった仕事もなく週1回程度の出勤で1,800万円もの年俸をもらっていた道路公団から天下りした人たちが橋梁工事の談合を繰り返して税金を食い散らかし、大阪市役所に代表される公務員が手厚い福利厚生という名目で税金を無駄遣いし、警官や教師の不祥事・・・、社会の良識や志を体現すると思われてきたエリート官僚をはじめ、大企業経営者の不祥事など、何ともやりきれない思いの行いが目につくこの頃です。公私ともに金儲け優先の経済性を最優先してきた戦後社会の中で、「人間は金儲けのためにどう役立つか」という手段としてのみ位置づけられ、仕事を通して社会にどう役立つかとか、仕事を通して人間としてどう成長するか、という観点が忘れられてきました。経済や経営のために役立つかどうかだけで人間が評価されるのは一見合理的なように見えるが、本質から外れています。志や誠実さや思いやりなど人間としての成長に係わる大切な資質を養うことが土台となって初めて良い仕事、創造的な仕事もできるからです。20世紀の功罪として、生活の便や快適さ、物の豊かさは著しく好転したが、それに引き換えて人間の内側の資源を耕すことは脇に置き忘れられ、衰弱してしまいました。かってのリーダーたちには、陽明学や禅などで心を磨き、試練に立ち向かうための不動心を求める気風があったが、今はそんなものには見向きもせず、哲学も志もなく、金だけが総てが評価される社会です。そういう社会に毒されることなく、学生の間に古典も読んで人間を磨いて欲しいと思います。また、クラス対抗行事などを通じて、成果を上げるには各人が得意なことを生かしつつ自分の持ち場を責任持ってこなすチームワークが必要なこと、皆でやり遂げた感動がいかに大きく爽やかであるかを実感することで、更に大きく育っていくものだと思います。
2006.09.04
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黒澤明監督が作品を作るときは、周到な準備と撮影現場でこれは面白いと感じる閃きの両方使う。その二つが非常にうまくいったときに最高の作品に仕上がるという。芸術家だけに限らず、まず日々の周到な準備が必要であり、そして何かあったときに臨機応変に創造できる柔軟性が加わるといい。周到な準備があるから閃きが出てくる。この両極端を持っていないといい仕事ができない、と塩野七生さんも言う。今の学校の教育というのは、単科で点数が出てくる。数学とか英語とか、点数評価ですね。ところが社会に出ると、点数評価だけでは始末に負えないことが沢山ある。幸か不幸か、平和の時代が長く続くと社会が安定してくる。単科別で成績がいいというのが、社会に出るときの目安にされてしまう。平和の時代はいいんです。教えられたことをやればいいんだから。ところが突発的な事が起きた場合には、それに対応できない。教えなかったことに対応できる力が、国でも個人でも今の日本には足りないとも言う。教えられたことに基づいて準備することはできても、全く予測だにしない天変地異が起こった場合の臨機応変な対応の悪さは、阪神大震災でも随分と目につきました。
2006.09.03
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昔、中国の胡との国境の塞に住んでいた翁(老人)の馬が逃げてしまった。隣人は同情するが、老人は「悲しむ必要はない。どんな幸福がやってくるかもしれない」と失望しませんでした。すると、やがてその馬が一頭の駿馬を連れて帰ってきた。隣人が祝うと、老人は「これが禍になるかもしれない」と言った。すると今度は、老人の息子がその馬から落ちて足を折ってしまいました。やがて、胡の侵略によって戦争が始まり、多くの若者が戦死しました。しかし、老人の息子は足が不自由だったために戦場に行かずにすみ、生き残ったのです。有名な「塞翁が馬」の故事です。あることが叶ったために新たな厄介事が次々に起きることもあれば、あることが叶わなかったために慶事が次々と持ち上がってくることがあるのがこの世です。だから、目の前のことに一喜一憂しないことです。でも、目の前のつまらぬことに一喜一憂するなと言われても、それが実行できないのが人間です。何かと考え込んだり、落ち込んだり、悔やんだり、人を呪ったり、あの世に持ってもいけない財産や地位にこだわったりして、暗いギスギスとした人生を送っている人がたくさんいます。杏林大学医学部の石川恭三教授は、絶えず「あと5年の命」だと思って自分を律せよと仰っています。私も60歳からは後5年の命と思い定め、昨年末に5年更新をしました。もし、自分の命があと5年だと知ったらどうしますか?その命ある5年間に、自分が「すべきこと」「したいこと」をいろいろ書き出して優先順位をつけてみて下さい。すると、その過程で、今まで見えなかったものがきっと見えてくるはずです。大きく見えていたことが小さくなり、小さく思えていたことが大きく見えてきて、価値観や人生観が変わってくるかもしれません。私たち人間がエゴや欲望の虜になってしまうのは、100年も200年も、いや永遠に生きられるように錯覚しているからです。ところが、残りの人生があと5年と思ったら、それまでの自分が大した理由もなく欲の衣を幾重にも身につけて心の不自由を奪われていたことや、絶えず他人と比較して心の平安を失っていたことの愚かさに気づくはずです。
2006.09.02
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「今の年齢、今の自分を大事にしてさえいれば、年をとるのも結構楽しい。このままずっと、『あの時はよかった』じゃなくって、『今の自分が一番好き』って言っていたいですね。20代の頃は自分に自信がなかったし、与えられるものを待っているところがあった。でも、恥ずかしがっていては何も進まない。30代になってずっと欲しかった『勇気』がようやく手に入った気がする。だから、今は好奇心でいっぱい。ほんと、30代って面白い。でも40代になったら40代が一番面白いって言っているかも。ドラマでご一緒した野際陽子さんも、上手に年を重ねていらっしゃる人でした。『今が一番楽しいわ』と弾むような雰囲気があって、ちょっとした時間にも『ヒップアップに効くのよ』なんて体操されていたりしている。歳のせいにして自分を甘えさせないところが格好良い」と女優の財前直美さんは語ってみえます。季節でもその時々の良さがあるように、人間にもその時々の良さがあります。その時分の花を楽しむ姿勢こそが、イキイキと人生を送るコツであろうと思います。それは、60歳を過ぎても変わりません。だが、残された短い時間を悔いのないように生きるには、終点を5年ぐらい先に置いて、・終点から逆算して後幾つ駅が残っているのか、・それらの駅を通り過ぎる間に何をすべきか、・何をやりたいのかを真剣に考えて人生計画を立て、そのうえで日々の小さな目標に置き換えて、毎日を楽しんではどうかと思います。私たちは、とかく自分がいつまでも生きているような錯覚をおこしがちです。平均寿命が80歳を超えたと言われれば、自分も80歳までぐらいは大丈夫だろうと思いがちです。少なくとも、明日も明後日も生きていると考えています。そして、大抵の場合はそうなります。だから、大抵の人は、「いつ死ぬかもわからない」という事実を、「明日も生きている」という惰性に置き換えて、昨日のままに生きています。若い人ならそれも分かるが、60代、70代になっても、誰もが漫然と生きているような気がしてなりません。それでは、人生を悔いなく終わるのは難しいと思います。
2006.09.01
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