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東日本大震災関連の義援金・募金活動(ポイント等)のお知らせ 今回は音楽の話とあまり関係なく申し訳ありません(ご所望でない方はスルーしてください)。 だんだんと被害を受けた現地の様子がニュースになる機会が減ってきてしまうのは仕方ないのでしょうが、今回の大きな被害には継続した義援金・募金活動が効果的なのだろうなと日々思っています。当初、立ち上げられた義援金プロジェクトが期間終了となっていくのも多い中、継続性のあるものが一つでも多くあればと願っています。 大きな額の募金はもちろん必要でしょうが、管理人も含め一般市民には大きなアクションは起こしづらい部分もあることでしょう。個人的には、「チリも積もれば山となる」式の行動もあっていいように思います。 手軽なところで、ポイントなどを寄付する方法のリンクをいくつかまとめておきます。(1) T-POINTでの寄付(7月末まで期間延長されたようです。)(2) 楽天ポイントでの寄付(ここは楽天ブログなので、楽天ポイントお持ちの方に…。5月末までですがぜひ期間延長してほしいところです。)(3) Yahoo!ポイントでの募金(壁紙購入での募金へのリンクもあります) あともう一つ、少額でもという方への方法で当管理人もやっている方法があります。コンビニでの「釣り銭寄付」です。例えば、980円買ったら千円札で払って20円は寄付、450円買ったら500円玉で払って50円寄付、といった具合です。スーパーではレジに募金箱のないところも多いので、この方式は難しいのですが、コンビニはたいがいレジ脇に箱があるのでやりやすいかな、などと感じています。 下記ランキング(3サイト)に参加しています。 お時間の許す方は、“ぽちっと”クリックで応援をよろしくお願いします! ↓ ↓ ↓
2011.04.29
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INDEXページ(ジャンル別、アーティストのアルファベット順)を更新しました。 ここ2週間ほどの間に更新した記事をあらたに追加しました。INDEXページへは、下のリンク、もしくは本ブログのトップページ右欄(フリーページ欄)からお入りください。 アーティスト別INDEX~ジャズ編へ ←今回更新 アーティスト別INDEX~ロック・ポップス編へ ←今回更新 アーティスト別INDEX~ラテン系(ロック・ポップス)編へ ←今回更新 アーティスト別INDEX~邦ロック・ポップス編へ ←(まだ件数は少ないですが、今月から国内ロック・ ポップスの索引を新たに設けました)下記ランキング(3サイト)に参加しています。応援くださる方は、各バナー(1つでも2つでもありがたいです)をクリックお願いします! ↓ ↓ ↓ ↓にほんブログ村 : にほんブログ村人気ブログランキング: 音楽広場:
2011.04.28
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軽快なリズムの80年代ヒット曲 英国の音楽誌ニュー・ミュージカル・プレス(一般にNMEの略称で知られる有名音楽誌)の記者をしていたクリッシー・ハインド(Chrissie Hynde)によって結成されたバンドがプリテンダーズ(The Pretenders)である。つまりは、音楽ライターからバンドリーダーへの転身というわけだが、当の本人であるクリッシーにしてみれば、記者としてアーティストたちやその作品を目にする中で“これなら自分にもできる”という自信を抱いての転身だったのだろう。 時代を振り返れば、その当時、ロックは迷走していた。ロンドンではパンク・ロックのムーヴメント(1977年のいわゆる“ロンドン・パンク”)が起こり、しかもそれは短期間で終息する。そんな中からポスト・パンク、ニュー・ウェーヴといった新たな流れが生まれてくるわけだが、これら一連の流れは、いわば“既存ロックの否定”という側面を持っていた。プリテンダーズは、いわば混迷の時代の寵児の一人とも言っていいのかもしれない。 クリッシー率いるプリテンダーズは、1979年にデビュー・シングル、1980年に初アルバムをリリースした。デビュー・シングル「ストップ・ユア・ソビン」はキンクスのカバーで、この曲に代表されるように、心地よいストレートなロックをプリテンダーズは展開していった。MTV時代が到来し、80年代特有の華やかなサウンドが世間を席捲しても、プリテンダーズのスタンスは変わらず、基本的にシンプル&ストレートな良質なロックを提供し続けた。 そんな彼らの代表的ヒット曲の一つがこの「ドント・ゲット・ミー・ロング(Don’t Get Me Wrong)」である。1986年に発表されたアルバム『ゲット・クローズ』収録のシングル曲で、翌年リリースのベスト盤(『ザ・グレイト・プリテンダーズ(原題:The Singles)』)にも収録された。米ビルボードのシングル・チャートで10位、同様に英国でも10位のシングル・ヒットとなった。感情をストレートに出せない女性の心境を描写した内容の歌だが、サウンド面では、リラックスして肩の力を抜きながらも、心地よくストレートにロックしている。ビデオクリップがいかにも80年代なのはご愛嬌として、日本では自動車のCMやら朝の情報番組のテーマ曲に採用されたのも、テンポの良さを考えればそれも頷ける。 以下、興味のある方は、下手なドラマ仕立てが微笑ましい(それも80年代的というべきか?)、公式のPV映像をどうぞ。 [収録アルバム]The Pretenders / Get Close (1986年)The Pretenders / The Singles (1987年)←ベスト盤 【Aポイント+メール便送料無料】プリテンダーズ Pretenders / Get Close (w/Bonus Tracks) (輸入盤CD) 下記3つのランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、ひとつでも“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓ ↓
2011.04.26
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夜のうちにアクセス数の合計が150000を超えました。これもひとえに皆様のおかげです。あらためて感謝いたします。今後ともご愛顧をお願いします。 下記3つのランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、ひとつでも“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓ ↓
2011.04.24
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ジャズ・ギタリストによる “1ヶ月後の裏アビイ・ロード” 『アビイ・ロード(Abbey Road)』と言えば、ビートルズの事実上のラスト・アルバムにして不朽の名盤。これがリリースされたのは1969年9月末(英国)および10月初め(米国)のことだった。それからわずか1ヶ月後、そこに収められた楽曲の過半を取り上げ、レコーディングしている人物がいた。そのレコーディングの成果がこのジョージ・ベンソン(George Benson)のアルバムである。 このようなアルバムが、それも早いタイミングで吹き込まれたことは、ビートルズの影響力の大きさゆえと言えばそれまでなのかもしれない。けれども、少し穿った見方をすれば、ジャズ側・CTI側からの便乗企画という捉え方もできる。真意はともかく、本盤はさして有名盤として後世に記憶されなかった。けれども、内容自体は、これまであまた出されたビートルズのカバー・アルバム類の中では、特段によくできた作品の一つだと思う。 演奏者ジョージ・ベンソンは1943年生まれ。というわけだから、ビートルズとほぼ同世代(細かく言えば4人のうち最年少のジョージと同い年)である。60年代半ばからジャズ・ミュージシャンとして頭角を現し、70年代以降はフュージョン、さらにはいくつかのアルバムでシンガーとしても成功している。 上で触れたように、おそらく企画としては、セールスを狙った“二番煎じ”だったのかもしれない。“二番煎じ”というのは二重の意味で、一つは、ビートルズ人気にあやかろうということ。さらに、もう一つは、ウェス・モンゴメリーの『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』(1967年)の成功の二番煎じでもあったのではないかと考えられる。ウェスの同アルバムは、ジャズ・ギタリストがイージーリスニング路線をとり、ビートルズやその他ポップスの楽曲を演奏して成功した。しかしウェスは翌68年に死去しており、ジョージ・ベンソンはジャズ出身のギタリストとしてその後継者的な見方もされた。この“二番煎じ”は、二重の意味で、そしていい意味で、本盤で裏切られたと思う。 まず、ビートルズの『アビイ・ロード』のうちカバーされているのは10曲。しかし、本盤のトラック数は全部で5つ。つまるところ、この盤の大きな特徴は、元のアルバムの曲構成をそのまま引きずるのではなく、曲をピックアップした後に組み合わせを再構成している点と言える。有名曲を単発的に取り上げたウェスのアルバムとは異なり、トータルに考えたのである。しかもその組み合わせ方にセンスが感じられる。例えば、「ビコーズ」の後に元のビートルズ盤では1曲目の「カム・トゥゲザー」が来ていたり、G・ハリスンの「サムシング」の続きにR・スターの「オクトパスズ・ガーデン」が出てきたりする。 もう一つの“裏切り”は、本盤でのジョージ・ベンソンがギター演奏だけに終わらなかった点である。複数の曲でヴォーカル部分にもチャレンジし、色気のある歌声を披露している。後々、シンガーとして成功していく大きな契機ともなったわけである。結果、ビートルズのカバー盤としては出色の出来のアルバムになった。細かな注文をつけるならば、日本盤ではタイトルが単に『アビイ・ロード』だけになっているが、やはり原題通り、その“裏面”とか“別の一面”というのを表に出す工夫が欲しかった。あと、ついでながら言うと、ジャケット写真は一応“アビイ・ロード”っぽいショットだが、何ともお粗末な写真…。そんなわけで、見た目や印象の問題はあるものの、ビートルズのカバー盤として素晴らしい盤であることは確かなので、この点はあらためて強調しておきたい。[収録曲]1. Golden Slumbers You Never Give Me Your Money2. Because Come Together3. Oh! Darling4. Here Comes The Sun I Want You (She's So Heavy)5. Something Octopus's Garden The End[録音・パーソネル]George Benson (g, v)Herbie Hancock, Ernie Hayes, Bob James (p, org, harpsichord)Ron Carter, Gerry Jemmott (b)Idris Muhammad, Ed Shaughnessy (ds)Ray Barretto, Andy Gonzalez (per)Wayne Andre (tb, euphonium)Don Ashworth (bs, bcl)Sonny Fortune (as)Jerome Richardson (ts, cl, fl)Mel Davis, Bernie Glow, Freddie Hubbard (tp, flh)Marvin Stamm (tp)Phil Bodner(fl, oboe)Hubert Laws (fl)Raoul Poliakin, Max Pollikoff (vln)George Ricci (cello)Emanuel Vardi (viola)1969年10月22~23日、11月4~5日録音。 【メール便送料無料】ジョージ・ベンソンGeorge Benson / Other Side Of Abbey Road (輸入盤CD) (ジョージ・ベンソン) 下記3つのランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、ひとつでも“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓ ↓
2011.04.22
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スーパースター、ロッドの大ヒット作 1975年発表の『アトランティック・クロッシング』で、ロッド・スチュワート(Rod Stewart)は活動拠点を米国に移し、レコード会社もワーナーに移籍して新天地に立った。続けて翌1976年にリリースした移籍第二作がこの『ナイト・オン・ザ・タウン(A Night on the Town)』である。前作『アトランティック・~』では、アナログA面がロック曲、B面がスロー曲とう構成になっていたが、本作でもA面・B面で雰囲気を変えるというこのアイデアを踏襲している。ただし、順序をひっくり返し、今回はA面(CDでは1.~4.)が“スロウ・ハーフ(Slow Half)”、B面が“ファスト・ハーフ(Fast Half)”となっている。 この構成の微妙な変化はどういうことだろうか。そこから伺えるのは、ロッド・スチュワートがおそらくは前作の成功でアダルト・ロック的路線に目覚めたのではないかということである。前作ではアルバム後半にあったスロー曲群を今度は前半に持ってきた。ふつうレコードを買った聴き手はA面からターンテーブルに載せるわけで、明らかに先にスロー部分を聴かせることを意図していた思われる。実際、スロウ・ハーフの出来は見事であり、その意味では、前半を特に聴かせどころとしてアルバムが作られているとも言える。 冒頭の1.「今夜きめよう(Tonight’s The Night-Gonna Be Alright)」は、超有名曲にして、ロッド最大のヒット・シングル曲。シングルとして大ヒットし、UKチャートでは5位どまりだったものの、米ビルボードでは8週連続1位という記録を打ち立てた。同じくスロウ・ハーフでいい味を出している曲としては、4.「キリング・オブ・ジョージ―(The Killing Of Georgie -Part I and II)」。ニュージャージーのギャングによってNYで殺されたロッドの知り合いを歌にしたもので、全英ではシングルチャートで2位を記録した。余談ながら、この曲は、前半(Part I)がB・ディランの『血の轍』収録の「運命のひとひねり(Simple Twist of Fate)」、後半(Part II)がビートルズの「ドント・レット・ミー・ダウン」に似ているとよく言われる。他にはキャット・スティーヴンスのカバーである2.「さびしき丘(The First Cult Is The Deepest)」も、別の曲(『アトランティック・クロッシング』収録の「もう話したくない」)との両A面シングルとしてヒットした。 続くファスト・ハーフは、決して出来が悪いわけではないが、曲調の起伏という面ではやや単調な感がある。その分だけ、ロック曲収録ハーフの完成度は、前作よりやや低いと言えるかもしれない。とはいえ、5.~8.はノリのいいロッド節でしっかりと固められている。印象的なのは、最後の9.「貿易風(Trade Winds)」がしんみり・ゆったり系のナンバーというところ。この曲でファスト・ハーフ(そしてアルバム全体)が締めくくられていて、単に早い曲調のまま終わるのではなく一工夫が凝らされている。 ちなみに、個人的には、ロッドの作品の中で『アトランティック~』と共にわりによく聴いているアルバムの一つが本作である。さらにこれら2枚の比較では、本盤『ナイト・オン・ザ・タウン』の方が(別に絶対的に出来がいい悪いということではないのだが)筆者としては聴く頻度が高いように思う。[収録曲]1. Tonight's the Night (Gonna Be Alright)2. The First Cut Is the Deepest3. Fool for You4. The Killing of Georgie (Part I and II)5. The Balltrap6. Pretty Flamingo7. Big Bayou8. The Wild Side of Life9. Trade Winds1976年リリース。 【メール便送料無料】ロッド・スチュワート / ナイト・オン・ザ・タウン[CD] 下記ランキング(3サイト)に参加しています。 お時間の許す方は、“ぽちっと”クリックで応援をよろしくお願いします! ↓ ↓ ↓
2011.04.19
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ジョンのソロ最大のヒット曲 ジョン・レノン(John Lennon)が射殺されたのは1980年12月8日のことだった。そこから時系列に少しさかのぼってみると、その前月の11月17日には“主夫業”による活動休止から5年ぶりの復帰作となるアルバム『ダブル・ファンタジー』(ジョン・レノン&ヨーコ・オノ名義)が発売されている。さらにさかのぼると、同アルバムに先だって10月末にリリースされていたのが、この先行シングル「スターティング・オーバー」であった。 このシングル曲および続くアルバム本体のリリースからほどなくしてジョンの悲劇的な死が訪れたこともあいまって、この曲は特大のヒットを記録した。英米のチャートはもちろんのことカナダやオーストラリアでも1位を記録。とくにイギリスでは、ビートルズ解散後のジョンのシングルとしては初のNo.1ヒットであった。 この曲について、ジョン自身は、“50年代のロックンロールを80年代風のアプローチにしたもの”と述べている。確かにリズム部分は“古き良き時代”のロックンロールを踏襲している(しかもそうした“古き良きR&R”へのジョンの愛着は75年のアルバム『ロックン・ロール』でかつて示されていた)。けれども、出来上がったサウンドはまったく古臭さがなく、80年代というロック音楽の歴史的には新しい時代の到来に見合ったものといっていいように思う。 この曲の詞の内容は割とシンプルで、二人の愛をはぐくんでやり直していこうというもの。曲名「スターティング・オーバー」にある“start(ing) over”というのが“再び最初からやる”、“出直す”という意味である。ちなみに、原題としては、カッコつきで“(Just Like)”というのが加えられているが、これは、“Starting Over”の題目で発表しようとしていたところ、同名の別の曲が既にその時期に発表されており、異同を示すべく付け加えられた結果らしい。愛をテーマにした曲ながら、今の時期、東北さらには日本全体の再出発・再帰とダブりながら筆者の耳には響いてくる。勝手な聴き手の思い入れと言われればそれまでだけれど、そう思えるのは、この曲を含むアルバム『ダブル・ファンタジー』自体が全体としては前向きで明るいトーンであることも影響しているのかもしれない。 余談ながら、このシングル「スターティング・オーバー」のジャケット写真は、収録アルバム『ダブル・ファンタジー』と共通のショットで、日本人写真家である篠山紀信が撮ったもの。[収録アルバム]John Lennon & Yoko Ono / Double Fantasy (1980年)その他ジョン・レノンのベスト盤類にも収録。 下記ランキング(3サイト)に参加しています。 お時間の許す方は、“ぽちっと”クリックで応援をよろしくお願いします! ↓ ↓ ↓
2011.04.16
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21世紀メキシコのシンデレラ・ガールのデビュー作 ユリディア(Yuridia)は、1986年生まれのメキシコの女性シンガー。2005年、メキシコの大手テレビ局(TVアステカ)が企画したテレビ・ショーで、賞金300万ペソとレコード契約をかけた若きシンガーたちのコンクールがあって、そこでの活躍が認められデビューへのきっかけをつかんだ。ちなみに、コンクールの結果としては2位。賞金の半額とソニー・ミュージックのアルバム契約、さらには最新モデルの自動車を賞品としてゲットしたとのこと。 週末のテレビ番組で火がついた人気と評価への対応は早かった。上記の受賞からわずか1ヶ月後には、このデビューアルバム『天使の歌声(原題:ラ・ボス・デ・ウン・アンヘル)』が発売された。収められたのは、上記コンクール中で彼女が歌った15曲。加えて、彼女の父のつくった曲がボーナス・トラック(16.)として収録された。リリース時にはCDアルバムにDVDもセットにして売り出された。 このアルバムの売れ行きはまさしく爆発的だった。3週間足らずでメキシコ国内ゴールド・ディスクとなった後は、次の1週間でプラチナを達成。その後もロングセールスを続け、最終的には150万セット以上をメキシコおよびアメリカと中南米諸国で売り上げた。リリースが05年夏だったにもかかわらず、2009年の夏の時点でもまだアルバム売上ベスト100に入り続けるというロングセールスぶりだった。余談ながら、筆者がこれを買ったのも、デビュー直後ではなく2006年頃だったと記憶しているので、ロングセールスの一端にささやかながら加担したわけだ。 上記のように、基本カバー・アルバムなので、楽曲の出来云々というよりもシンガーとして“歌唱”を聴かせるアルバムである。荒削りな部分は確かに散見されるものの、当時20歳手前にしてはやたらと歌いっぷりに貫録がある。実際、アイドルといった風貌あるいは体型ではい(失礼!)。むしろ見た目は“田舎のイモねーちゃん”あるいは将来の“貫録あるおばちゃんぶり”が想像されそうなイメージである(重ね重ね失礼!)。 急に作られたアルバムということで、アルバム作品してのまとまりも不十分ではあるのだが、1.「天使(アンヘル)」の熱唱を聴くだけでも価値がある。これが気に入ったら、他のお気に入り曲をぜひ探していただきたい。個人的には1.「アンヘル」がダントツの熱唱だが、他には3.「マルディータ・プリマベーラ」、8.「デハメ・ボルベール・コンティーゴ」、12.「あなた(トゥ)」なども気に入っている。[収録曲]1. Ángel2. Ámame3. Maldita Primavera4. Lo Siento Mi Amor5. Peligro6. Así Fue7. Detrás De Mi Ventana8. Déjame Volver Contigo9. Como Yo Te Amo10. Daría11. La Muerte Del Palomo12. Tú13. Mi Forma De Ser14. Si No Te Hubieras Ido15. Mentira16. Sobreviviré(ボーナス・トラック)*米リリース盤は全10曲入り(ボーナス曲含めメキシコ盤より6曲少ない)です。2005年リリース。 【メール便送料無料】YURIDIA / VOZ DE UN ANGEL (W/DVD) (輸入盤CD) 下記3つのランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、ひとつでも“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓ ↓
2011.04.14
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昨日も地震が続き不安な毎日でが続きます。 当方は音楽ブログということもあり、遅ればせながら、音楽関連の大手ネットショップでの募金情報を掲載しておきます。 Amazon.co.jp たすけあおうNippon(東日本大震災義援金) HMVポイント募金(HMV震災支援プロジェクト) ←HMVポイントでの募金ができます Amazonの方は当面6月末まで義援金を募るようです。 それぞれに事情はあるのかもしれませんが、HMVの方は残念ながら4月15日まで(あと数日)です。復旧・復興が長丁場となる今回の災害では、支援も長く継続したいものです。特にポイント募金などは手軽なので長く続けてほしいと思います。 下記3つのランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、ひとつでも“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓ ↓
2011.04.12
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2011.04.10
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完成度の高さを誇る大人のポップス スティーリー・ダン(Steely Dan)は、1972年にデビューした米国のグループ。当初は6人組のバンドであったが、アルバム数枚を発表するにつれ、次第にスタジオ・レコーディングのみ(つまりライブ活動はなし)を志向していくことになっていった。これは中心メンバーのドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーの意向だったが、このことが原因でバンドは実質的に崩壊への道を歩む。最終的には、形式上、メンバーはベッカーとフェイゲンの二人だけとなり、スタジオでは様々なミュージシャンをゲストに迎えてレコーディング作品が作られていくようになる。こうした経緯のさなか、1977年に発表されたのが本盤『彩(エイジャ)』である(ちなみに、厳密にいえば、この時点ではギターのデニー・ダイアスというオリジナル・メンバーがまだ在籍していた)。 全米チャートで3位、グラミーの最優秀録音賞を受賞し、200万枚を売り上げるヒットとなった。売上のみならず、評論筋からも絶対的な太鼓判を押され、一流ミュージシャンとしてのスティーリー・ダンの評価が本作によって確立された。さらに2003年に本作はグラミーの殿堂入りが決まっている。 この音楽を形容するには、ポップ音楽という表現はどこか軽薄にすら響く。このアルバムをそういう範疇で括るのは相応しくないのかもしれないと思うが、他に適当な表現も思い当たらないので、さしあたりポップスと呼ぶしかない。しかし、ここにはジャズやロック、さらにはファンクなど多彩な要素が含まれている。 このアルバム(およびその後のベッカー/フェイゲン)が凄いのは、名立たるスタジオ・ミュージシャンらをスタジオに招き、そのテイクをほんの一部しか使わなかったりということを平気で出来た点である。一方では、極端にいえばワン・フレーズだけのためでも資金をつぎ込んでレコーディングし、それらをつなぎ合わせていくという贅沢さは、儲け主義市場の現在にはなかなか実現し得ない。他方で、ライブを無視し、レコード芸術としての作品を積み上げていこうとするスティーリー・ダンの二人の意気込み。この二つが相まって至上の名作である本盤『彩(エイジャ)』はこの世に生れ出た。“ポップ音楽”というありきたりな表現が軽薄に響くと述べたのはまさしくこの二つの点においてである。 結果、生まれてきた音の特徴は、その密度の高さにある。とにかく中身の濃い音楽なのである。“濃い”といっても、コテコテにファンキーだとか、バリバリにへヴィだとかいう形容は当てはまらない。あくまで広くポップスと呼べる範疇の中で、洗練され、中身の詰まった音楽と言えばいいだろうか。繰り返し集中して聴けば聴くほど、以前に気付かなかった工夫があることに気づく類のアルバムなのである。さらりと聞き流せること(ポップ性)とじっくり鑑賞に耐え得る(アート性)の双方がうまく両立している。この両立というのは、簡単なようでそうそう容易ではない。[収録曲]1. Black Cow2. Aja3. Deacon Blues4. Peg5. Home At Last6. I Got The News7. Josie1977年リリース。 下記ランキング(3サイト)に参加しています。 お時間の許す方は、“ぽちっと”クリックで応援をよろしくお願いします! ↓ ↓ ↓
2011.04.08
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60年代ストーンズをさかのぼってみる ~気まぐれ連載・PART 2~ ザ・ローリング・ストーンズ(The Rolling Stones)のデビューは1963年。グループ名だけが継続していて実はメンバーがすっかり入れ替わってしまうならともかく、およそ半世紀も当初からの中心メンバーをそれなりに維持して活動できている稀有なバンドである。前項でも触れたが、ストーンズの音楽的ピークは『ベガーズ・バンケット』(1968年)さらには『レット・イット・ブリード』(1969年)を嚆矢とし、『メイン・ストリートのならず者』(1972年)を経て、『イッツ・オンリー・ロックン・ロール』(1974年)の頃までというのが筆者の見解である。けれども、他の時期が聴くに値しないというわけではもちろんない。最盛期以前のストーンズを聴くことによって、むしろ上の時期のバックグラウンドがよくわかるし、それを知ることで『メイン・ストリート~』や『イッツ・オンリー~』の聴き方も変わってくるのではないかと思う。 『アフターマス(Aftermath)』は1966年に発表されたアルバム。日本ではかつては“余波”(原題Aftermathの訳語)という語がタイトルに添えられていた。この当時のストーンズは、本国イギリスと進出先(売り込み先)の米国では異なる盤がリリースされていた。そんなわけで、同じタイトルでも先に発売されたUKヴァージョンと、数ヶ月後に出たUSヴァージョンで内容が(そしてジャケットも)少し異なる。個人的な好みに過ぎないと言われればそれまでで、たぶん繰り返し聴いているという単純な理由に過ぎないのかもしれないが、曲の並びという面では、筆者は1.「黒く塗れ」から始まる米国盤の方が気に入っている(ただし米国盤の方では英国盤の曲が複数削られている)。 本盤は上記のストーンズ絶頂期の序章ともいえる内容で、ストーンズ・サウンドそのものの完成とまではいかないものの、アルバムとしてはかなり完成の域に達した出来である。さらに、バンドとして大きなきっかけをつかむ作品になったとも言える。というのも、このアルバム以前は自作曲でない曲も多く演奏していた。しかし、本盤では初めて全曲がバンドのオリジナルで占められた(いずれもミック・ジャガー/キース・リチャード名義)。よって、“ストーンズの原点”的な位置づけもなされることがある。個人的には本盤を聴いてまず耳に入ってきた最初の衝動というか衝撃(それは“スリリング”という表現がぴったりである)はずっと忘れられないものである。 本盤の最大のよさであり特徴と言えるのは、“ストレートでないこと”だと思う。そもそもストーンズの音楽はロックンロールの本流とは少し違うところで培われてきた。もともとは“黒人の音楽(とりわけR&B)を自分たちがやったらどうなるか”というところからスタートしている。その意味では、音楽的方向性は多少違えど、イギリスのもろブルースロックなアーティストたちと似た発想に立っていたとも言える。後のストーンズばかり聴いていると、“これぞロック”という音楽こそが彼らの身上という誤解が生まれそうになるのだが、当時の彼らはそうではなかった。“イギリスの若者が演るブラックっぽい音楽”が初期のストーンズだった(11.などを聴きながらふと思うのだが、例えばオーティス・レディングなどとつなげて聴くと面白いように思う)。その経緯が音の跳ね方一つとってもストレートではないとの印象を与えることにつながっているのではないだろうか。 ともあれ、その結果仕上がった本盤の演奏は、スリリングとしか形容できないものである。背筋がぞくぞくする。それと同時に、工夫して苦労して作り上げた様が目に浮かぶ。体内から自然に湧きあがってきた音楽が聴き手をぞくぞくさせるこということもままあるけれど、ストーンズのこの作品に関してはまったく逆である。工夫を積み重ね、いろいろと考えながら演奏を重ねていって、このスリリングな音楽が出来上がっていると感じる。その意味では、貫禄がついて王道を行く後のストーンズとは全然違う印象の彼らがここに収められており、遡って聴いてみられるべきアルバムの筆頭が『アフターマス』だと言ってもいいのかもしれない。[収録曲]1. Paint It Black2. Stupid Girl3. Lady Jane4. Under My Thumb5. Doncha Bother Me6. Think7. Flight 5058. High And Dry9. It’s Not Easy10. I Am Waiting11. Going Home1966年リリース。 【送料無料】アフターマス/ザ・ローリング・ストーンズ[CD]【返品種別A】 下記ランキング(3サイト)に参加しています。 お時間のある方、応援くださる方は、“ぽちっと”よろしくお願いいたします! ↓ ↓ ↓
2011.04.06
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ザ・ビッグ・オーの遺作 ロイ・オービソン(Roy Orbison)は1936年、テキサス生まれのシンガーソングライター。1955年にシングル「ウービィ・ドゥービィ」でデビューし、エルヴィス・プレスリーの後釜的存在と目されるもすぐにヒットには恵まれなかった。大きく飛躍したのは1960年の「オンリー・ザ・ロンリー」から5年ほどの間で、かの有名曲「オー・プリティ・ウーマン」も、もともとはこの時期のヒット・ナンバーであった。 その後、60年代後半から70年代全般にかけては不調が続いた。妻の交通事故死、火事で息子2人を失うなど個人的な不幸にも見舞われた。とはいえ、着実にキャリアを重ねていった結果、80年代には再び注目を浴びる。一つは1987年のロック殿堂入り(関連過去記事)である。そして、もう一つは、覆面バンド、トラベリング・ウィルベリーズとしての活動である(このバンドのメンバーとしてロイはレフティー・ウィルベリーの偽名で参加、他のメンバーはボブ・ディラン、ジョージ・ハリスン、トム・ぺティ、ジェフ・リンであった)。 そんな復活劇のさなか、1988年末にロイは心筋梗塞のため帰らぬ人となった。まだ52歳だった。翌89年には主人不在の“新作”がリリースされた。この『ミステリー・ガール(Mystery Girl)』は急逝の直前数カ月で吹き込まれたアルバムだった。本作は米国チャート(ビルボード)で5位、全英チャートでは2位を記録する大ヒットとなった。悲しい記録ではあるが、ビルボードのチャートで死後にTOP 5に2作同時ランクイン(本盤と上記ウィルベリーズ盤)というのは、エルビス・プレスリー、マイケル・ジャクソン、ロイ・オービソンの3者だけだとのこと。 アルバムの内容は、50~60年代からのロイのよい部分をうまく生かしたつくりをしている。よい部分というのは、伸びのあるファルセット・ヴォイスの魅力もそうなのだが、何よりもロカビリー要素を残す“古き良き時代”的な曲調が、単に過去のものとして懐古的に再現されるのではなく、うまく現代風にアレンジされている点である。曲は多くがロイの自作曲で、プロデュースは曲によりロイ自身を含む様々な面々が担当(ジェフ・リンやボノの名も含まれ、トム・ぺティ&ザ・ハートブレイカーズのギタリストであるマイク・キャンベルも複数曲を共同プロデュースしている)。1.「ユー・ガット・イット」(シングル発売され全米9位、全英3位のヒットとなった)のようにいかにもジェフ・リンなアレンジの曲もあるものの、最終的に全体のトーンを取りまとめているのは、やはりロイの伸びのある声。曲ごとにプロデュースが統一されていない点を考慮すれば、なかなかうまくまとまった作品に仕上がっていると思う。ちなみに、演奏面でもジェフ・リン、トム・ぺティ、マイク・キャンベル、ボノらが参加している。 急逝後のロイの勢いはこのアルバムで止まったわけではなかった。かつてのヒット曲「オー・プリティ・ウーマン」(1964年、全米・全英をはじめ各国で1位)が、1990年にはジュリア・ロバーツとリチャード・ギア主演の映画『プリティ・ウーマン』の主題歌ともなり、あらためてのリバイバル・ヒットとなった。この曲を始めロイの音楽の人気が死後も続いていることは、亡くなった後20年間に10枚以上ものベスト盤がいろんなレーベルから繰り返しリリースされていることからもうかがい知れる。[収録曲]1. You Got It2. In the Real World3. (All I Can Do Is) Dream You4. A Love So Beautiful5. California Blue6. She's a Mystery to Me7. The Comedians8. The Only One9. Windsurfer10. Careless Heart1989年リリース。 下記ランキング(3サイト)に参加しています。 お時間の許す方は、“ぽちっと”クリックで応援をよろしくお願いします! ↓ ↓ ↓
2011.04.03
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